車と暮らしの「動く部分」を握る ― 小型モーターで世界トップ、標準化を究めた巨人が挑む「ユニット化」への転換
注意:数値は確認できた時点のもので、決算期・為替・市況により変動します。投資判断の前に必ず最新の有価証券報告書・決算短信・決算説明資料をご確認ください。本稿は情報提供を目的としたもので、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。シェアは同社開示・各資料に基づく推計を含みます。
- 0. エグゼクティブサマリー
- 1. 企業概要と沿革 ―「標準化」を究めた小型モーターの専業メーカー
- 2. 小型モーターとは何か ― 車と暮らしの「動く部分」
- 3. 事業構造 ― 自動車電装が主力、ライフ・インダストリーが補完
- 4. ビジネスモデルの核心 ―「標準化戦略」と「EVに強い電装部品」
- 5. 競争環境 ―「小型モーターの世界トップ」とコモディティ競争
- 6. 財務分析 ― 増収増益と鉄壁の財務
- 7. 中期経営計画「経営計画2030」― 標準化からの転換
- 8. 成長ドライバー ― 車の電動化・3つのM・ユニット化
- 9. 強み(独自の視点)
- 10. 弱み・リスク(独自の視点)
- 11. ガバナンス・株主還元
- 12. バリュエーションの考え方
- 13. シナリオ分析
- 14. 投資家としての着眼点(まとめ)
- 15. 参考資料(マブチモーター)
0. エグゼクティブサマリー
マブチモーター(証券コード6592、東証プライム、電気機器)は、千葉県松戸市に本社を置く、小型直流(DC)モーターの専業グローバルメーカーである。自動車のドアミラー、ドアロック、パワーウィンドウ、各種バルブなどを動かす小型モーターで世界トップシェアを握る。製品は世界170か国超に供給され、その多くが、私たちが毎日使う車や家電の「動く部分」に組み込まれている。
マブチモーターの強さの源泉は、独自の「標準化戦略」にある。顧客ごとに個別設計するのではなく、製品を標準化し、少品種を大量生産することで、高品質と低コストを両立させる。この思想を、アジア(主に中国・ベトナム)を中心とする国際分業体制で徹底し、世界一の小型モーターメーカーになった。事業は、自動車電装機器市場(売上の約77%)と、家電・工具・医療機器などのライフ・インダストリー機器市場(同約23%)の2つからなる。
財務は鉄壁だ。2025年12月期は売上高2,004億円(前期比2.1%増)、営業利益255億円(同17.7%増)、純利益263億円(同104.8%増)と増収増益で、自己資本比率は90.3%、現金等残高は1,399億円という、実質無借金・キャッシュリッチな超健全財務を誇る。配当も増配し、株式分割も予定する。
しかし、マブチモーターには課題もある。小型DCモーターはコモディティ化が進み、中国勢の追い上げと価格競争にさらされている。これに対し、マブチは中期経営計画「経営計画2030」で、(1)モーター単体から「ユニット・アクチュエーター」へ事業領域を広げる事業コンセプト「e-MOTO」、(2)モビリティ・マシーナリー・メディカルの「3つのM領域」への集中投資、(3)ギア・ステッピングモーター・モーションコントロールの専業企業を相次いでグループ化するM&A、を推進。2030年に売上3,000億円・営業利益率15%以上・ROIC12%以上を目指す。本稿では、車と暮らしの「動く部分」を握るマブチモーターを、その標準化哲学から、ビジネスモデル、財務、転換戦略、シナリオまで立体的に解剖する。
1. 企業概要と沿革 ―「標準化」を究めた小型モーターの専業メーカー
1-1. 標準化という哲学
マブチモーターは1954年に設立された、小型直流モーターの専業メーカーだ。創業者の馬渕兄弟は、小型モーターの性能を飛躍的に高める独自の磁石モーターを生み出し、それを「標準化」して大量生産するという思想を確立した。当初は玩具・模型用の小型モーターから始まり、やがて自動車電装、家電、工具、医療機器へと用途を広げていった。
マブチモーターの企業哲学の核は、「標準化」だ。多くの部品メーカーが顧客ごとに個別設計する中で、マブチは製品を標準化し、限られた品種を大量に生産することで、高品質と圧倒的な低コストを両立させる。これは、フォードがT型車を標準化して大量生産でコストを下げたのと同じ発想だ。標準化された高品質・低コストのモーターを、世界中に大量供給する――この戦略が、マブチモーターを世界一の小型モーターメーカーに押し上げた。
1-2. 国際分業とグローバル展開
マブチモーターは、早くから生産をアジア(主に中国・ベトナム)に展開し、国際分業体制でコスト競争力を磨いてきた。本社は千葉県松戸市に置きつつ、生産の主力は海外にある。製品は世界170か国超に供給され、海外売上比率が極めて高い。グローバルな自動車メーカーや電機メーカーが主要顧客で、為替(とくに円安・円高)が業績に大きく影響する構造でもある。
1-3. 二つの市場
マブチモーターの事業は、大きく二つの市場に分かれる。自動車電装機器市場(売上の約77%)が主力で、ドアミラー、ドアロック、パワーウィンドウ、各種バルブ、パーキングブレーキなどを動かす小型・中型のモーターを供給する。もう一つがライフ・インダストリー機器市場(同約23%)で、家電、電動工具、理美容機器、そして健康・医療機器などに幅広くモーターを供給する。
2. 小型モーターとは何か ― 車と暮らしの「動く部分」
マブチモーターのビジネスを理解するには、小型モーターが私たちの身の回りでいかに多く使われているかを押さえる必要がある。
2-1. 自動車は「モーターの塊」
現代の自動車には、驚くほど多くの小型モーターが使われている。ドアミラーを格納・調整するモーター、パワーウィンドウを上下させるモーター、ドアをロック・解錠するモーター、シートを動かすモーター、各種バルブを開閉するモーター、パーキングブレーキを作動させるモーター――数えれば、一台に数十個もの小型モーターが組み込まれている。これらが、車の快適性・安全性・利便性を支えている。マブチモーターは、こうした自動車電装用の小型モーターで高いシェアを持つ。車が高機能化するほど、一台あたりのモーター搭載数が増える傾向にある。
2-2. 暮らしのあらゆる「動き」に
自動車以外でも、小型モーターは暮らしのあらゆる「動き」を担っている。家電(掃除機、空調、調理家電など)、電動工具、理美容機器(電動シェーバー、ドライヤーなど)、そして健康・医療機器。物を回す、動かす、振動させる――こうした動作のほとんどに、小型モーターが使われている。マブチモーターは、この「動く部分」を、標準化された高品質・低コストの製品で世界中に供給している。
2-3. なぜEV化に強いのか
ここで重要なのが、自動車電装用の小型モーターが、本シリーズで取り上げたフコク(ワイパーゴム)と同様に、EV化に強い点だ。ドアミラー、パワーウィンドウ、ドアロック、シートといった電装部品は、ガソリン車だろうとEVだろうと、車である限り必要だ。EV化で需要が消えるエンジン部品とは異なり、これらの電装用モーターは動力源に関係なく使われる。それどころか、車の電動化・高機能化(自動運転、快適装備の充実など)が進むほど、一台あたりの小型モーターの搭載数は増える傾向にある。マブチモーターは、EV化を脅威ではなく機会にできる立ち位置にある。
3. 事業構造 ― 自動車電装が主力、ライフ・インダストリーが補完
マブチモーターの事業は、2つの市場セグメントからなる。
3-1. 自動車電装機器市場(売上の約77%)
主力セグメントだ。小型電装用モーター(ミラー、ドアロック、パワーウィンドウなど)と、中型電装用モーター(パーキングブレーキ、各種バルブなど)を供給する。2025年12月期の販売実績では、パワーウィンドウ用が旧世代製品の生産・販売終了で減少した一方、バルブ、ミラー、ドアロック用などの販売が好調で、全体では増加した。長年の実績と高い顧客依存度を背景に、この領域で高いシェアを持つ。
3-2. ライフ・インダストリー機器市場(売上の約23%)
家電、電動工具、理美容、健康・医療機器向けにモーターを供給する。2025年12月期は、採算性重視の方針で家電・工具・理美容用の受注を絞り込む一方、健康・医療用の販売が伸び、後述するM&Aによるグループ化(マブチオービーギアシステム、マブチマイクロテックなど)も寄与して増加した。半導体・自動車サイクルとは異なる需要を持ち、収益の分散に貢献する。
3-3. 国際分業とグローバル供給
生産はアジア(主に中国・ベトナム)が中心で、国際分業体制によるコスト競争力が強みだ。製品は世界170か国超に供給される。海外売上比率が極めて高く、為替の影響を大きく受ける。中国・ベトナムへの生産集中は、コスト面の強みである一方、地政学リスク(米中対立など)や中国景気の影響を受ける面もある。
4. ビジネスモデルの核心 ―「標準化戦略」と「EVに強い電装部品」
4-1. 標準化戦略 ― 少品種大量生産の高品質・低コスト
マブチモーターのビジネスモデルの核心は、標準化戦略だ。顧客ごとに個別設計するのではなく、製品を標準化し、限られた品種を世界中で大量生産する。これにより、(1)規模の経済による圧倒的な低コスト、(2)標準化による安定した高品質、(3)在庫の効率化と短納期、を実現する。顧客は、マブチの標準モーターを使えば、高品質な製品を低コストで安定的に調達できる。この「標準化×大量生産×国際分業」の組み合わせが、マブチモーターの世界一を支えてきた。
ただし、標準化戦略には光と影がある。光は、低コスト・高品質・大量供給という強み。影は、標準品ゆえにコモディティ化しやすく、価格競争に陥りやすいことだ。後述するように、マブチはこの影に対して、事業の転換で応えようとしている。
4-2. 自動車電装の高シェアと顧客依存
マブチモーターは、自動車電装の小型モーター(ミラー、ドアロックなど)で高いシェアを持ち、自動車メーカー・部品メーカーから高い信頼を得ている。一度、ある車種の設計に組み込まれると、その車種が作られ続ける限り、マブチのモーターが使われ続ける。この設計段階での食い込みと、長年の実績・信頼が、安定した需要を生む。
4-3. EVに強い電装部品という追い風
前述の通り、自動車電装用の小型モーターは、EV化で需要が消えず、むしろ車の電動化・高機能化で搭載数が増える傾向にある。マブチモーターは、EV化を機会にできる「EVに強い自動車部品メーカー」の一つだ。これは、本シリーズで取り上げたフコク(ワイパーゴム)と共通する強みであり、第一稀元素化学工業(排ガス触媒、EVの敗者)とは対照的なポジションである。
5. 競争環境 ―「小型モーターの世界トップ」とコモディティ競争
小型モーターの世界市場は、マブチモーターが世界トップシェアを握るが、競争は激しい。小型DCモーターは技術が成熟しており、中国・新興国のメーカーが品質を上げて台頭し、価格競争が激化している。コモディティ化の圧力は、マブチモーターにとって構造的な課題だ。
競合としては、中国・新興国の小型モーターメーカーが、低価格を武器に台頭している。また、モーター全般では、ニデック(旧・日本電産)のような大手モーターメーカーも存在するが、ニデックがHDD用・車載駆動用など幅広いモーターを手がけるのに対し、マブチは自動車電装・民生用の小型DCモーターという特定領域に特化している点で、立ち位置が異なる。
マブチモーターの対抗策は明確だ。(1)コモディティ化した低採算品からは撤退・絞り込み(採算性重視)、(2)標準化による圧倒的な低コストで価格競争に耐える、(3)そして後述する「ユニット・アクチュエーター」への高付加価値化と「3つのM領域」への多角化で、価格競争の土俵から抜け出す。実際、2025年12月期にはパワーウィンドウ用の旧世代製品の生産・販売を終了し、低採算の家電・工具・理美容用の受注を絞り込むなど、採算性を重視した事業の選別を進めている。
6. 財務分析 ― 増収増益と鉄壁の財務
6-1. 2025年12月期 ― 増収増益、純利益は倍増
マブチモーターの2025年12月期は、売上高2,004.17億円(前期比2.1%増)、営業利益254.67億円(同17.7%増)、親会社株主に帰属する当期純利益262.72億円(同104.8%増)と、増収増益を達成した。自動車電装機器市場とライフ・インダストリー機器市場の両方で売上が伸び、売価・プロダクトミックスの改善とコストダウンが利益率向上に寄与した。純利益が倍増したのは、前期に計上した減損損失(ポーランド拠点など)の消滅や、税負担率の正常化による。営業利益率は約12.7%で、小型モーターメーカーとして高い水準だ。
6-2. 鉄壁の財務 ― 自己資本比率90.3%
マブチモーターの最大の特徴の一つが、鉄壁の財務だ。自己資本比率は90.3%、現金等残高は1,399億円という、実質無借金・キャッシュリッチな超健全財務を誇る。これだけの財務体力があれば、設備投資サイクルの谷でも揺るがず、M&Aや成長投資の原資も豊富だ。一方で、これだけ厚い自己資本と現金を抱えることは、ROE(自己資本利益率)が相対的に低めになりやすいという、資本効率の課題の裏返しでもある。豊富なキャッシュを、成長投資(M&A)や株主還元にどう活かすかが、大きな論点になる。
6-3. 株主還元 ― 増配と株式分割
株主還元も手厚い。2025年12月期の配当は、前期比30円増配の年間106円(中間39円・期末67円)。さらに、2026年12月期には1株を2株に分割する株式分割を実施し、分割前換算で年間112円と、過去最高の配当を予定する。配当方針は、長期安定的な配当の実現のため、株主資本配当率(DOE)3〜4%を目安としている。キャッシュリッチな財務を背景に、安定した還元を続けている。
7. 中期経営計画「経営計画2030」― 標準化からの転換
マブチモーターは、中期経営計画「経営計画2030」を推進している。これは、コモディティ化の圧力に対し、「標準化されたモーター単体の大量供給」という伝統的なモデルから、より高付加価値なモデルへ転換しようとする、重要な戦略だ。財務目標として、2030年に売上高3,000億円、営業利益率15%以上、ROIC12%以上、ROE10%以上を掲げる。
戦略の柱は3つだ。第一に、事業コンセプト「e-MOTO」。モーター単体を売るのではなく、モーターにギアやセンサー、制御を組み合わせた「ユニット」や「アクチュエーター(駆動装置)」へと事業領域を広げる。単体の部品より、機能を統合したユニットの方が、付加価値が高く、価格競争に巻き込まれにくい。第二に、「3つのM領域」――モビリティ(Mobility=車載)、マシーナリー(Machinery=ロボット・産業機械)、メディカル(Medical=医療機器)――を成長領域と定義し、集中投資する。とくにロボットや医療機器向けの拡販を加速する。第三に、M&A。2025年以降、ギア、ステッピングモーター、モーションコントロールの専業企業を相次いでグループ化し、事業ポートフォリオを拡大している。豊富なキャッシュを、これらのM&Aに活用している。
さらに、温室効果ガス削減や女性管理職比率といった非財務指標も、財務目標と同等に管理する。「標準化された小型DCモーターの大量供給」という強みを土台にしつつ、「ユニット化・高付加価値化・多角化」で、コモディティ化を乗り越えようとする――これが経営計画2030の本質だ。
8. 成長ドライバー ― 車の電動化・3つのM・ユニット化
マブチモーターの中長期の成長を支えるドライバーは複数ある。
第一に、自動車の電動化・高機能化。 EV化、自動運転、快適装備の充実が進むほど、一台あたりの小型モーターの搭載数が増える。EVに強い電装部品として、車の高機能化が追い風になる。
第二に、3つのM領域への多角化。 モビリティ(車載)に加え、マシーナリー(ロボット・産業機械)、メディカル(医療機器)という成長領域に集中投資する。とくに、人手不足を背景に拡大するロボット市場や、高齢化で成長する医療機器市場は、有望だ。
第三に、ユニット・アクチュエーターへの高付加価値化(e-MOTO)。 モーター単体から、ギア・センサー・制御を統合したユニットへ事業を広げることで、付加価値を高め、価格競争から抜け出す。これが利益率向上の鍵だ。
第四に、M&Aによるポートフォリオ拡大。 豊富なキャッシュを使い、ギア・ステッピングモーター・モーションコントロールの専業企業をグループ化。技術と製品ラインを拡充し、ユニット化・多角化を加速する。
第五に、健康・医療用の伸び。 ライフ・インダストリー機器市場で、健康・医療用の販売が伸びている。採算性の高い分野へのシフトが、収益性を支える。
9. 強み(独自の視点)
第一に、小型モーター世界トップと自動車電装の高シェア。 ミラー・ドアロックなどの自動車電装用小型モーターで高シェア。長年の実績と顧客依存度が、安定した需要を生む。
第二に、標準化戦略による高品質・低コスト。 少品種大量生産と国際分業による圧倒的なコスト競争力と安定品質。価格競争に耐える土台だ。
第三に、EVに強い電装部品という追い風。 電装用モーターはEVでも必要で需要が消えず、車の電動化・高機能化で搭載数が増える。EV化を機会にできる立ち位置だ。
第四に、鉄壁の財務。 自己資本比率90.3%、現金1,399億円という超健全財務。設備投資サイクルの谷でも揺るがず、M&A・成長投資の原資が豊富だ。
第五に、転換戦略(e-MOTO・3つのM・M&A)。 コモディティ化に対し、ユニット化・高付加価値化・多角化で応えようとする明確な戦略。豊富なキャッシュを成長投資に活かし、価格競争の土俵から抜け出そうとしている。
10. 弱み・リスク(独自の視点)
第一に、コモディティ化と価格競争。 小型DCモーターは技術が成熟し、中国・新興国メーカーの追い上げで価格競争が激化している。これが最大の構造的課題だ。標準化戦略の強み(低コスト)が、同時にコモディティ化しやすいという弱みでもある。e-MOTO・高付加価値化が成功するかが、生命線だ。
第二に、自動車生産への連動。 主力の自動車電装は、自動車生産に連動する。自動車市況の悪化は逆風だ。EV耐性はあるが、自動車生産全体のサイクルの影響は受ける。
第三に、中国・ベトナムへの生産集中と地政学。 生産がアジア(中国・ベトナム)に集中しており、米中対立、中国景気、サプライチェーンの分断といった地政学リスクの影響を受ける。
第四に、為替の振れ。 海外売上比率が極めて高く、利益が為替に大きく左右される。円高は逆風になる。
第五に、転換戦略の実行リスク。 e-MOTO(ユニット化)、3つのM(多角化)、M&Aは、標準化された単体モーターの大量供給とは異なる事業モデルであり、実行には新たな能力が要る。M&Aの統合や、ユニット事業の収益化が想定通り進むかは未知数だ。
第六に、資本効率の課題。 自己資本比率90.3%・現金1,399億円という鉄壁の財務は、ROEが相対的に低めになりやすい資本効率の課題と表裏一体だ。経営計画2030でROIC12%・ROE10%を掲げるが、豊富なキャッシュを成長投資・還元にどう活かすかが問われる。
11. ガバナンス・株主還元
マブチモーターは、DOE(株主資本配当率)3〜4%を目安とした長期安定的な配当を方針とし、2025年12月期は増配(年106円)、2026年12月期は株式分割と過去最高配当を予定するなど、株主還元に積極的だ。一方で、自己資本比率90.3%・現金1,399億円という鉄壁の財務は、資本効率(ROE)の課題と表裏一体であり、東証のPBR改革の文脈でも、豊富なキャッシュの活用が問われる。経営計画2030でROIC12%・ROE10%という財務目標を掲げ、M&A(成長投資)と株主還元を通じて資本効率を高めようとしている。投資家としては、(1)e-MOTO・3つのMによる高付加価値化・多角化の進捗、(2)M&Aの統合と収益貢献、(3)資本効率(ROIC・ROE)の改善、(4)株主還元の継続性、を確認することが重要だ。
12. バリュエーションの考え方
マブチモーターのバリュエーションを考える鍵は、「コモディティからの転換が進むか」と「鉄壁の財務・資本効率」だ。
マブチモーターは、世界トップシェアと鉄壁の財務を持ちながら、コモディティ化と資本効率の課題を抱えてきた。これは、(1)e-MOTO・3つのMによる高付加価値化・多角化が成功し、利益率(営業利益率15%目標)が向上するか、(2)豊富なキャッシュをM&A・還元に活かして資本効率(ROIC12%・ROE10%目標)が改善するか、によって、再評価の余地が決まる。事業の質(世界トップ・EV耐性・鉄壁財務)という土台はあるが、リターンの鍵は「転換と資本効率改善が進むか」にかかっている。
一方で、(1)自動車生産サイクルの影響、(2)コモディティ化・価格競争の継続、(3)転換戦略が想定通り進まないリスク、には注意が要る。「割安・キャッシュリッチだから買う」だけでなく、「転換と資本効率改善という触媒があるか」を見極めることが重要だ。EVに強い電装部品という構造的な強みと、e-MOTO・3つのMという成長戦略が、その触媒になり得るかが鍵になる。為替を除いた実力ベースの収益力を見極めることも要る。
13. シナリオ分析
強気シナリオ(転換成功+3つのM+資本効率改善) e-MOTO(ユニット化)と3つのM(モビリティ・マシーナリー・メディカル)が成功し、ロボット・医療向けが成長して、営業利益率15%以上を達成する。M&Aが収益に貢献し、豊富なキャッシュを成長投資・還元に活かして資本効率(ROIC12%・ROE10%)が改善する。EV化・車の高機能化でモーター搭載数が増え、コモディティ競争から抜け出す。2030年売上3,000億円目標に近づき、業績・株価・評価が切り上がる。
基本シナリオ(堅実な転換+サイクルの波) 自動車電装の高シェアと鉄壁の財務で底堅く推移しつつ、e-MOTO・3つのMによる高付加価値化・多角化を着実に進める。自動車生産サイクルや為替の波を受けながら、緩やかに利益率と資本効率を改善する。コモディティ化への対応は進むが、本格的な転換には時間がかかる。最も蓋然性が高い。
弱気シナリオ(価格競争+転換頓挫+低資本効率) 中国勢との価格競争が激化し、標準品の利益率が圧迫される。e-MOTO・3つのMの高付加価値化・多角化が想定通り進まず、M&Aの統合にも苦戦する。自動車生産の低迷や円高も重なり、厚い自己資本ゆえの低い資本効率が続く。世界トップでありながら、成長と評価が停滞する。
14. 投資家としての着眼点(まとめ)
マブチモーターは、本シリーズの三類型でいう「多角・シクリカル型」に属し、「EVに強い自動車部品」という強みと、「コモディティからの転換」という課題を併せ持つGNTだ。小型モーターで世界トップ、自動車電装で高シェア、標準化戦略による高品質・低コスト、鉄壁の財務――事業の質と財務の堅さは確かである。
向き合う際の論点は明確だ。第一に、EVに強い電装部品という構造的な強みを、どう評価するか。車の電動化・高機能化でモーター搭載数が増える追い風がある。第二に、コモディティ化に対し、e-MOTO(ユニット化)・3つのM(多角化)・M&Aによる転換が成功するか。これが利益率向上と再評価の鍵だ。第三に、鉄壁の財務の裏返しである資本効率(ROIC・ROE)の課題が、豊富なキャッシュの活用で改善するか。第四に、自動車生産サイクル・中国生産・為替をどう見るか。
結論として、マブチモーターは「世界で車が走り、暮らしに動きがある限り、その小さなモーターで稼ぐ」息の長いニッチトップであり、EV化で需要が消えない――むしろ機会にできる――強みを持つ。世界トップシェア、標準化の強み、鉄壁の財務は本物だ。だが、その価値は、コモディティ化の圧力と資本効率の課題に隠れてきた。それゆえ、投資の鍵は、事業の良さとEV耐性に加えて、「転換(ユニット化・多角化)と資本効率改善という触媒が進むか」の見極めにある。「小型モーター世界一」「EVに強い」という強みに安住せず、転換戦略の進捗・資本効率の改善・サイクルの局面という論点で冷静に値踏みすることが、車と暮らしの動く部分を握る巨人と付き合う要諦である。
15. 参考資料(マブチモーター)
- マブチモーター IR:2025年12月期 決算短信・決算説明資料、中期経営計画「経営計画2030」、ファクトブック(mabuchi-motor.co.jp、e-MOTO・3つのM領域〔モビリティ/マシーナリー/メディカル〕・ROIC12%以上/ROE10%以上/2030年売上3,000億円/営業利益率15%以上・標準化戦略)
- Yahoo!ファイナンス「マブチモーター【6592】決算情報」(finance.yahoo.co.jp、2025年12月期 売上2,004.17億円〔+2.1%〕・営業利益254.67億円〔+17.7%〕・純利益262.72億円〔+104.8%〕・配当106円〔+30円〕・2026年1:2株式分割・小型モーター専業)
- CREX経済データプラットフォーム「マブチモーター(6592)」(crex-data.com/company/6592、自動車電装77%/ライフ・インダストリー23%・標準化戦略・中国/ベトナム国際分業・170カ国・自己資本比率90.3%・現金1,399億円・3つのM・M&A3社グループ化・経営計画2030)
- ログミーFinance「マブチモーター、売上高は2,000億円突破/営業利益は前年比+32.2%」(finance.logmi.jp、2026年、市場別販売実績・パワーウィンドウ用の旧世代終了・ミラー/ドアロック好調・採算性重視・健康医療・マブチオービーギア/マブチマイクロテック・DOE3〜4%・設備投資・ポーランドマブチ減損)
- 松井証券/みんかぶ/銘柄スカウター(finance.matsui.co.jp・minkabu.jp・scouter.monex.co.jp、決算・業績推移)
- 経済産業省「2020年版グローバルニッチトップ企業100選」選定企業一覧(小型モーター関連)
※小型モーターの世界シェア、自動車電装でのシェア、セグメント比率は同社開示・各資料に基づく推計を含みます。財務数値は決算期(12月期)・為替・自動車市況により変動します。

