二つの世界トップを握る ― 海底ケーブルの「光の増幅役」と、コンデンサの「足」で世界を支える滋賀の高収益企業
注意:数値は確認できた時点のもので、決算期・為替・市況により変動します。投資判断の前に必ず最新の有価証券報告書・決算短信・決算説明資料をご確認ください。本稿は情報提供を目的としたもので、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。シェアは同社推定・各資料に基づく推計を含みます。
- 0. エグゼクティブサマリー
- 1. 企業概要と沿革 ― リード端子から光通信へ、技術が橋を架けた
- 2. 二つの世界トップニッチ ― 「光の増幅役」と「コンデンサの足」
- 3. 事業構造 ― 売上はほぼ半々、利益は光が圧倒
- 4. ビジネスモデルの核心 ―「一貫生産の要素技術」と「納入シェアのロックイン」
- 5. 競争環境 ― 限られた競合と、海底ケーブルの地政学
- 6. 財務分析 ― 高収益と、両柱の成長
- 7. 成長ドライバー ― 生成AI・データセンターという巨大な追い風
- 8. 強み(独自の視点)
- 9. 弱み・リスク(独自の視点)
- 10. ガバナンス・株主還元
- 11. バリュエーションの考え方
- 12. シナリオ分析
- 13. 投資家としての着眼点(まとめ)
- 14. 参考資料(湖北工業)
0. エグゼクティブサマリー
湖北工業(証券コード6524、東証スタンダード、電気機器)は、滋賀県長浜市に本社を置く、創業60年超の電子部品メーカーである。社名の「湖北」は、琵琶湖の北に位置することに由来する。地味な社名と立地ながら、この会社は二つの世界トップシェア事業を握る、極めて純度の高いグローバルニッチトップだ。
第一の柱は光部品・デバイス事業。海底ケーブルの中継器(光増幅器)に組み込まれる「光アイソレータ」で世界シェア50%超を握る。海底ケーブルは国際通信の約99%を支える「世界の情報の大動脈」であり、その光信号を遠くまで届ける増幅を安定させる、なくてはならない部品だ。第二の柱はリード端子事業。アルミ電解コンデンサの電極部品である「リード端子」で、世界シェアは数量ベース40%以上、金額ベース60%以上。日系コンデンサメーカーへの納入シェアは80〜90%に達する。
ビジネスモデルの核心は、海底ケーブル用光部品では「素子づくりから組み立てまでの一貫生産」と、1986年に確立した磁気光学結晶の製造技術という要素技術。リード端子では、日系コンデンサメーカーへの圧倒的な納入シェアによるロックインだ。収益性は高く、2025年12月期は売上174.54億円(前期比9.6%増)、営業利益46.24億円(同17.4%増)、全社営業利益率は約25%に達する。とりわけ光部品・デバイス事業の営業利益率は約47%という驚異的な水準である。
最大の追い風は、生成AIとデータセンターがもたらす国際データ通信量の爆発的増加だ。これが海底ケーブルの新設ラッシュを呼び、光アイソレータの需要を押し上げる。さらに、これまで低収益だったリード端子も、データセンター・車載向けの高付加価値品で収益性が改善し、両柱がそろって利益成長ドライバーになりつつある。加えて、20年かけて開発した石英ガラスという「第3の柱」も立ち上がろうとしている。
一方で、海底ケーブルというプロジェクト型需要のロットの波、リード端子の日系コンデンサメーカーへの顧客集中、海底ケーブルを巡る地政学、東証スタンダードの中小型ゆえの流動性、そしてPER36倍前後という高めのバリュエーション(成長期待の織り込み)が、リスクとして併存する。
1. 企業概要と沿革 ― リード端子から光通信へ、技術が橋を架けた
1-1. 琵琶湖の北、長浜の60年企業
湖北工業の創業は60年以上前にさかのぼる。本社は滋賀県長浜市。出発点(祖業)は、アルミ電解コンデンサ用のリード端子(リード線端子)の製造だった。コンデンサという電子部品の「足」にあたる電極部品を作る、地味だが堅実なものづくりが原点である。
1-2. 1986年、磁気光学結晶という転機
会社の運命を変えたのが、1986年に確立した磁気光学結晶の製造技術だ。この技術を応用し、「ファラデー回転子」と呼ばれる、光の偏光方向を回転させる特性を持つ素子の量産化に成功したことが、長距離光通信用デバイス市場への進出の足がかりになった。以来、光アイソレータ、光アッテネータ、光フィルタといった受動光デバイスを生み出し続けてきた。
ここで重要なのは、これら光デバイスの根底に、一貫して磁気光学結晶の製造技術と薄膜の評価技術という要素技術が貫かれている点だ。同社の研究開発部門は「デバイスとしての性能を発揮するには、材料から特性を熟知していることが差別化戦略になる」と語る。リード端子という金属加工の祖業から、磁気光学結晶という材料技術へ、そして光通信デバイスへ。一見飛躍に見える事業の広がりは、実は「材料を究めるものづくり」という背骨でつながっている。本シリーズで繰り返し見てきた「コア技術の橋渡しで主役を増やす」パターンだ。
1-3. 2023年上場、二つの世界トップを持つ会社として
湖北工業は2023年3月に東京証券取引所スタンダード市場に上場した。社長の石井太氏は、日本鉱業(現JX金属)を経て1995年に同社へ入社、2000年に社長就任、2025年に社長CEOに就いた。上場により、これまで知る人ぞ知る存在だった「二つの世界トップシェアを持つ高収益企業」が、広く投資家の目に触れるようになった。
2. 二つの世界トップニッチ ― 「光の増幅役」と「コンデンサの足」
湖北工業を理解するには、二つの主力製品が「何で、どこで、なぜ不可欠か」を押さえる必要がある。
2-1. 海底ケーブル用光アイソレータ ― 国際通信の大動脈を支える
インターネット、電話、テレビなど、国際通信の約99%は海底ケーブルが支えている。海底ケーブルは、髪の毛ほどの細さ(光ファイバは直径約125マイクロメートル、髪の毛は60〜80マイクロメートル)の光ファイバを束ねたもので、光の点滅でデータを送る。
ところが、光は長距離を進むと減衰する。一般に光は100km進むごとに強さが100分の1に減衰するといわれる。そこで、海底ケーブルには一定間隔(50〜100kmごと)に「中継器(光増幅器)」が設置され、弱まった光を増幅して遠くへ送る。たとえば太平洋を横断する約9000kmの海底ケーブルには、100〜200個もの中継器が設置されている。
湖北工業の光アイソレータは、この中継器(光増幅器)の中で使われる。光を一方向だけに通し、逆方向の光(反射光)を遮断することで、増幅を安定させる重要な役割を担う。海底ケーブルは深さ6000mの深海に敷設され、運用期間は四半世紀に及ぶ。一度敷設すれば簡単には修理できないため、その中の部品には極めて高い性能と信頼性が求められる。この超高信頼性の要求こそ、参入障壁であり、湖北工業が海底ケーブル用光アイソレータで世界シェア50%超を握る理由だ。
2-2. アルミ電解コンデンサ用リード端子 ― あらゆる電子機器の「足」
もう一つの柱、リード端子は、アルミ電解コンデンサの電極部品だ。アルミ電解コンデンサは、電気を蓄えたり特定周波数の電流だけを流したりする電子部品で、小型・軽量で静電容量が大きいのが特徴。生活家電、情報通信機器、そして車載用電子回路など、あらゆる電子機器に使われる。
リード端子は、コンデンサと電子基板を接続する重要部品で、鉄・銅・アルミ・錫といった異なる金属を溶接・プレスして作られる。1つのアルミ電解コンデンサに2個使われる。同社グループは年間約400億個(アルミ電解コンデンサ約200億個分)のリード端子を生産しており、世界シェアは数量ベースで40%以上、金額ベースでは60%以上に達する。文字通り、世界中の電子機器の「足」を作っている会社だ。
3. 事業構造 ― 売上はほぼ半々、利益は光が圧倒
湖北工業の事業は、この二つに対応する2セグメントからなる。
- 光部品・デバイス事業:海底ケーブル用光アイソレータをはじめとする光通信用受動光デバイス。
- リード端子事業:アルミ電解コンデンサ用リード端子。
3-1. 売上構成と利益構成の「ねじれ」
ここに、投資家が押さえるべき重要な「ねじれ」がある。売上構成はほぼ半々だが、利益構成は光部品・デバイス事業が圧倒的なのだ。
直近の部門別営業利益率を見ると、光部品・デバイス事業が約47%、リード端子事業が約5%、全体で約25%(時点により変動)。つまり、長らく利益の源泉は光部品・デバイス事業であり、リード端子は売上規模こそ大きいが利益貢献は薄い、という構造だった。光アイソレータは超高信頼性ゆえに高付加価値・高利益率、リード端子は数量勝負のコスト競争的な部品、という性格の違いがそのまま利益率に表れている。
ただし近年、この構造が変わりつつある。データセンター向けや車載向けの高付加価値コンデンサ需要が増え、リード端子事業の営業利益率も2025年度には10%を超す見通しとされる。低収益だったリード端子が利益成長ドライバーに育ちつつあり、「二本柱ともに利益を生む」体制への転換が進んでいる。
3-2. 生産体制 ― 素子は本社、組立はスリランカ
光デバイスは、素子をつくる本社工場(滋賀)と、組み立て工程のあるスリランカ工場という分業体制で生産される。素子という「技術の核」を国内に置き、労働集約的な組み立てを海外で行う。この一貫生産体制が、後述する競争力の源泉になっている。
4. ビジネスモデルの核心 ―「一貫生産の要素技術」と「納入シェアのロックイン」
湖北工業の堀は、二つの事業で性格が異なる。
4-1. 光部品 ―「素子から組み立てまでの一貫生産」と材料の知
光部品・デバイス事業の競争力の源泉は、光デバイスに用いる素子づくりから組み立てまでを一貫して行う生産技術・生産体制にある。多くの部品メーカーが素子を外部調達して組み立てるのに対し、湖北工業は磁気光学結晶という材料そのものから自社で作り、その特性を熟知した上でデバイスに仕上げる。「材料から特性を熟知していることが差別化戦略になる」という同社の言葉は、この一貫生産の意味を端的に表す。
さらに、海底ケーブルという用途の特殊性が堀を深くする。深海6000m、運用25年、修理困難という極限の信頼性要求は、新規参入者にとって極めて高いハードルだ。たとえ同等の光アイソレータを作れても、海底ケーブルシステムに採用されるには、長年の実績と信頼の蓄積が要る。この「超高信頼性の実績」という時間の堀が、世界シェア50%超を支えている。
4-2. リード端子 ―「納入シェア80〜90%」というロックイン
リード端子事業の堀は、日系アルミ電解コンデンサメーカーへの圧倒的な納入シェアにある。リード端子の売上の約9割は、日本ケミコンやニチコンといった日系コンデンサメーカー向けで、これら日系メーカーに対する湖北工業の納入シェアは80〜90%に達する。
なぜこれほど食い込めているのか。リード端子はコンデンサの品質と信頼性を左右する重要部品であり、コンデンサメーカーは安定した品質のリード端子を、信頼できるサプライヤーから継続調達したい。一度サプライチェーンに組み込まれた湖北工業は、簡単には置き換えられない。年間400億個という量を、安定した品質で供給できる体制そのものが、参入障壁になっている。利益率は薄いが、需要が積み上がるストック的な性格を持つ。
4-3. 二つの事業の補完関係
この二つの事業は、性格が補完的だ。光部品は高利益率だが、海底ケーブルというプロジェクト型のロットの波を受けやすい。リード端子は低利益率だが、あらゆる電子機器に使われる需要の裾野が広く、相対的に安定的。高収益・変動大の光部品と、薄利・安定の足腰のリード端子。この組み合わせが、会社全体の収益の質と安定のバランスを取っている。そしていま、リード端子が高付加価値化で利益率を上げつつあり、補完から「両輪の成長」へと進化しようとしている。
5. 競争環境 ― 限られた競合と、海底ケーブルの地政学
5-1. 光アイソレータ ― 世界の過半を握る
海底ケーブル用光アイソレータは、湖北工業が世界シェア50%超を握る寡占市場だ。深海・長期運用・超高信頼性という極端な要求と、磁気光学結晶からの一貫生産という参入障壁により、正面から競合できるプレーヤーは限られる。光通信デバイス全般では国内外に競合があるが、こと「海底ケーブル用」という最も信頼性要求の厳しいニッチでは、湖北工業の地位は際立って強い。
5-2. リード端子 ― 世界トップ、日系顧客と一体
リード端子では世界シェア数量40%超・金額60%超で世界トップ。日系コンデンサメーカーと一体化したサプライチェーンが堀であり、台湾・中国メーカー向けは売上の約1割にとどまる。裏を返せば、日系コンデンサメーカーの競争力と運命を共にする面もある。
5-3. 海底ケーブルの地政学 ―「どの陣営が敷いても」恩恵を受ける
見逃せないのが、海底ケーブルが米中対立の地政学的な最前線になっている点だ。グーグル、メタ、アマゾン、マイクロソフトといった巨大IT企業(ハイパースケーラー)が、自社のデータセンターをつなぐために海底ケーブルの新設に巨額を投じており、その敷設ルートや事業者の選定は、安全保障の観点からも注目される。
ここで湖北工業の立ち位置は、本シリーズで論じた「武器商人/ツルハシ売り」に近い。海底ケーブルを誰が、どのルートで敷設しようとも、その中継器には光アイソレータが必要であり、その過半を湖北工業が供給する。つまり、海底ケーブルを巡る覇権争いの勝敗にかかわらず、ケーブルが新設され続ける限り恩恵を受ける。ただし、地政学が逆風に転じれば(特定地域でのケーブル計画の停滞や、サプライチェーンの分断)、影響を受ける可能性も併せ持つ。
6. 財務分析 ― 高収益と、両柱の成長
6-1. 業績の推移 ― 着実な増収増益
湖北工業の業績は着実に伸びている。2025年12月期は、売上高174.54億円(前期比9.6%増)、営業利益46.24億円(同17.4%増)と増収増益を達成した。光部品・デバイス事業が15.0%成長と牽引し、リード端子事業も拡大した。2026年12月期も両事業の成長が見込まれ、全体で12.4%の増収を予想している。
上場時(2020年12月期は売上111.7億円規模)から見ても、データセンター・AI需要を背景に売上が着実に拡大してきた。過去12四半期は、純利益率・営業利益率の底上げ、自己資本比率の高止まり、有利子負債の縮小と、財務の質が改善傾向にある。
6-2. 驚異的な収益性
特筆すべきは収益性だ。全社営業利益率は約25%。これは製造業として極めて高い。内訳では、光部品・デバイス事業が約47%という驚異的な営業利益率を誇り、これが全社の高収益を牽引してきた。長らく約5%と薄利だったリード端子事業も、データセンター・車載向け高付加価値品の拡大で2025年度には10%超へ改善する見通しで、両柱がそろって利益を生む体制へ移行しつつある。ROEも8〜10%を上回る水準が続き、ROAも健全だ。
6-3. バリュエーションは高め
一方、株価のバリュエーションは高めだ。予想PERは36倍前後(時点により変動)で推移し、二つの世界トップシェアとAI・データセンターの成長期待が相応に織り込まれている。上場来、株価は大きく上昇してきた。配当は2026年12月期で1株40円予想。発行済株式数は2,600万株と少なく、時価総額は1,300億円規模の中小型株である。
7. 成長ドライバー ― 生成AI・データセンターという巨大な追い風
湖北工業の成長を支えるドライバーは、いずれも強力で構造的だ。
第一に、国際データ通信量の爆発的増加と海底ケーブルの新設ラッシュ。 生成AIとデータセンターの普及で、世界を行き交うデータ量が爆発的に増えている。これがハイパースケーラーによる海底ケーブルの新設ラッシュを呼び、ケーブルに不可欠な光アイソレータの需要を押し上げる。同社は光デバイスの増産投資を進めており、この追い風を取り込もうとしている。海底ケーブルという「AIデータ通信の物理的なインフラ」を支える立場は、極めて構造的な成長の源泉だ。
第二に、リード端子の高付加価値化。 データセンター向けや車載(EV・車載電子回路)向けの高付加価値コンデンサ需要の増加で、これまで薄利だったリード端子事業の収益性が改善している。低収益の足腰が、利益成長ドライバーへと変わりつつある。
第三に、第3の柱・石英ガラス。 同社は20年かけて独自製法を開発した石英ガラスを、2025年秋に米国の展示会でお披露目した。半導体や光学用途で使われる石英ガラスは、二つの世界トップに続く「第3の柱」候補であり、長期の成長余地を広げる。
第四に、両事業の補完による安定成長。 高収益・変動大の光部品と、安定・裾野の広いリード端子。両輪が成長することで、単一事業の波に依存しない成長が期待できる。
8. 強み(独自の視点)
第一に、二つの世界トップという希少性。 一つの世界トップシェア事業を持つ会社は珍しくないが、性格の異なる二つの世界トップ(光アイソレータ50%超、リード端子60%超)を併せ持つ会社は稀だ。これは収益の柱を二重に持つことを意味し、ポートフォリオの強さになる。
第二に、材料からの一貫生産という堀。 磁気光学結晶という材料技術から、素子、デバイスまでを一貫して作る。材料の特性を熟知しているからこそ、高性能・高信頼性のデバイスを作れる。後発が材料から追いつくのは容易ではない。
第三に、超高信頼性の実績という時間の堀。 海底ケーブルという深海25年運用の極限環境で実績を積んだことが、最大の参入障壁。新規参入者がこの信頼を得るには長い時間がかかる。
第四に、納入シェアによるロックイン。 リード端子の日系コンデンサメーカーへの納入シェア80〜90%は、サプライチェーンに深く組み込まれた粘着性を示す。簡単には置き換えられない。
第五に、AI・データセンターという構造的追い風と高収益。 海底ケーブルもデータセンター向けコンデンサも、AI時代のデータ通信・処理の拡大に直結する。営業利益率25%という高収益が、その追い風を効率よく利益に変える。
9. 弱み・リスク(独自の視点)
第一に、海底ケーブルのプロジェクト型・ロットの波。 光部品事業は高収益だが、海底ケーブルの敷設はプロジェクト単位で、案件のタイミングやロットが大きく変動する。需要が均すように積み上がるわけではなく、案件の端境期には業績が振れるリスクがある。
第二に、リード端子の顧客集中。 リード端子は売上の約9割が日系コンデンサメーカー向けで、日本ケミコン・ニチコンといった特定顧客への依存度が高い。これら顧客の業績や戦略の変化、コンデンサ市場全体の浮き沈みが、間接的に業績に響く。
第三に、海底ケーブルの地政学リスク。 米中対立の最前線である海底ケーブルは、地政学が追い風にも逆風にもなる両義性を持つ。特定地域でのケーブル計画の停滞や、サプライチェーン分断が起きれば、影響を受ける可能性がある。
第四に、高めのバリュエーション。 予想PER36倍前後は、二つの世界トップとAI成長期待を相応に織り込んだ水準だ。期待通りに成長しても株価が伸びにくく、期待を下回れば調整しやすい「高い梯子」の状態にある(本シリーズ本編で論じた高PER株の非対称な値動き)。
第五に、中小型ゆえの流動性。 東証スタンダード上場で発行済株式数2,600万株と少なく、時価総額も中小型。出来高が限られ、大きなポジションの売買では流動性とボラティリティに留意が要る。
第六に、為替・原材料とカントリーリスク。 海外向け売上や金属原材料の価格、そしてスリランカ生産拠点の政情・物流の安定性も、リスク要因として意識すべきだ。
10. ガバナンス・株主還元
湖北工業は2023年上場の比較的新しい上場企業で、石井太社長(2025年から社長CEO)が長く経営を率いてきた。上場により資本市場との対話が本格化し、配当(2026年12月期で1株40円予想)も実施している。財務面では自己資本比率が高く、有利子負債の縮小が進むなど、堅実な財務運営がうかがえる。中小型の成長企業として、今後はIR強化や株主還元方針の明確化、資本効率の向上が、投資家の関心事になる。創業家でない経営陣による長期経営という点で、承継やガバナンスの透明性も中長期の論点になり得る。
11. バリュエーションの考え方
湖北工業は「優良な高収益成長企業」であることは間違いないが、その優良性と成長期待は株価に相応に織り込まれている。予想PER36倍前後という水準は、二つの世界トップシェアと、AI・データセンターによる海底ケーブル新設ラッシュという成長ストーリーへの期待を反映している。
投資家が意識すべきは2点だ。第一に、高PER株の非対称性。期待が高い分、好材料への反応は鈍く、悪材料(海底ケーブル案件の端境期、コンデンサ市況の調整、AI投資の一巡)への反応は過敏になりやすい。第二に、光部品事業のロットの波。高収益の光部品は案件型ゆえに四半期業績が振れやすく、単年度・単四半期の数字だけで割安・割高を判断すると振り回される。海底ケーブル新設という長期トレンドの本質と、案件タイミングによる短期のノイズを切り分けて見る姿勢が要る。
12. シナリオ分析
強気シナリオ(AIデータ通信スーパーサイクル+三本柱化) 生成AI・データセンターの拡大で国際データ通信量が爆発を続け、海底ケーブルの新設ラッシュが長期化。光アイソレータの需要が構造的に拡大し、増産投資が報われる。リード端子も高付加価値化で利益率10%超を定着させ、石英ガラスが第3の柱に育つ。二つ(やがて三つ)の世界トップがそろって成長し、高収益を保ったまま業績・株価が伸びる。
基本シナリオ(成長トレンド+ロットの波) AI・データセンターの追い風で長期的には成長するが、その過程で海底ケーブル案件のロットの波や、コンデンサ市況の調整を周期的に受ける。光部品の高収益とリード端子の高付加価値化が両輪で利益を支え、着実に成長。ただし高バリュエーションゆえ、株価は業績の振れに敏感に反応する。最も蓋然性が高い。
弱気シナリオ(案件端境期+地政学+バリュエーション調整) 海底ケーブル案件が一巡して端境期に入り、光部品事業の業績が振れる。コンデンサ市況の調整やAI投資の一服も重なる。海底ケーブルを巡る地政学が逆風に転じ、高めのバリュエーションが調整される。中小型ゆえ、業績の踊り場では株価の下押しも大きくなる。
13. 投資家としての着眼点(まとめ)
湖北工業は、本シリーズの三類型でいえば「独占型」に属し、しかも二つ(やがて三つ)の世界トップを束ねる独特の存在だ。海底ケーブルの光の増幅役と、コンデンサの足。いずれもAI時代のデータ通信・処理の最深部で「なくては困る」ポジションを握り、営業利益率25%という高収益を実現する事業の質は際立っている。海底ケーブルを「誰が敷いても恩恵を受ける」武器商人的なポジションも魅力的だ。
向き合う際の論点は明確だ。第一に、高めのバリュエーション(PER36倍前後)が、成長をどこまで織り込んでいるか。優良ゆえに、買い値の妥当性を冷静に見極める必要がある。第二に、海底ケーブル案件のロットの波と、地政学リスクをどう見るか。第三に、薄利だったリード端子の高付加価値化が、第二の利益エンジンとして定着するか。第四に、第3の柱・石英ガラスが育つか。第五に、中小型ゆえの流動性とボラティリティを許容できるか。
結論として、湖北工業は「世界のデータ通信が増え続け、海底ケーブルが敷かれ続け、電子機器が作られ続ける限り、その不可欠な部品で高収益を積み上げる」構造的な成長企業である。二つの世界トップという物語は強力だが、その業績は案件のロットと地政学という波の上に乗り、株価には高い期待が織り込まれている。華やかなシェアと成長ストーリーに酔わず、バリュエーション・案件の波・両柱の成長持続という論点で冷静に値踏みすることが、この「滋賀の隠れた王者」と付き合う要諦である。
14. 参考資料(湖北工業)
- 湖北工業 IR「事業紹介」(kohokukogyo.co.jp/ir、海底ケーブル用光アイソレータ世界シェア50%超・リード端子 数量40%超/金額60%超)
- Yahoo!ファイナンス「湖北工業【6524】決算情報」(finance.yahoo.co.jp、2025年12月期 売上174.54億円〔+9.6%〕・営業利益46.24億円〔+17.4%〕・光部品+15.0%・2026年予想+12.4%・配当40円・予想PER36.23倍・発行済2,600万株・時価総額〔約1,286億円〕)
- 株主手帳オンライン「2つの世界トップシェア持つ高収益企業」(kabutecho.com、2025年11月、石井太社長/光部品営業利益率47%・リード端子5%→10%超・全体25%・海底ケーブルは国際通信の99%・第3の柱=石英ガラス)
- 経済産業省 METI Journal ONLINE「海底ケーブル用光部品で世界トップシェア 湖北工業の強さの秘密」(journal.meti.go.jp、2020年、1986年磁気光学結晶・ファラデー回転子・素子から組立まで一貫生産・加藤研究開発部長コメント)
- 週刊エコノミスト「編集長インタビュー 石井太 湖北工業社長」(weekly-economist.com、2023年、海底ケーブルの仕組み・中継器100〜200個・社長略歴)
- 日本経済新聞「湖北工業、光部品5割増産 海底ケーブル向け世界首位」(nikkei.com、光アイソレータ世界シェア50%強・本社/スリランカ工場・増産投資)
- 株予報コラム/フィスコ レポート(column.ifis.co.jp・corp.akatsuki-sc.com、2セグメント・売上構成・リード端子400億個・日系コンデンサメーカー〔日本ケミコン6997・ニチコン6996〕向け9割・納入シェア80〜90%)
- TradingView/松井証券(jp.tradingview.com・finance.matsui.co.jp、株価・時価総額・上場来高安)
- 経済産業省「2020年版グローバルニッチトップ企業100選」選定企業一覧
※海底ケーブル用光アイソレータ世界シェア50%超、リード端子世界シェア(数量40%超・金額60%超)、各営業利益率は同社開示・各資料に基づきます。財務・株価指標は時点により変動します。証券コードは6524です。

