そもそも企業にとって「優秀」とは何なのか
―就職氷河期世代を通して考えてみる―
会社の採用や評価の場面で、よく聞く言葉に「優秀な人材」というものがあります。でも、この「優秀」という言葉、よく考えるとかなりあいまいです。いったい何をもって「優秀」と言っているのでしょうか。
多くの企業が考える「優秀さ」には、いくつか共通する要素があります。たとえば、仕事に必要な専門知識やスキルを持っていること、目標を達成して成果を出せること、周囲と協力しながら円滑に仕事を進められること。さらに、問題が起きたときに考えて対応できる力や、環境の変化に合わせて学び続ける姿勢、場合によってはリーダーシップも求められます。
こうして並べてみると、どれももっともらしく聞こえますし、実際に仕事をするうえで大切な要素でもあります。ただし、ここで一度立ち止まって考えたいのは、これらは本当に「人の価値」や「能力のすべて」を表しているのか、という点です。
企業が評価している「優秀さ」は、多くの場合、短期間で測りやすいものや、これまでの経歴から分かりやすいものに偏りがちです。学歴、職歴、年齢、新卒か中途か、といった分かりやすいラベルが、本人の中身よりも先に見られてしまうことも少なくありません。
就職氷河期世代と企業の評価
この評価のされ方が、特に強く影響した世代が、就職氷河期世代です。
就職氷河期世代とは、1990年代後半から2000年代初頭の不況期に、新卒として就職活動を行った人たちのことを指します。この時代、多くの企業が新卒採用を大幅に減らし、「どんなに頑張っても、そもそも募集がない」という状況が広がっていました。
重要なのは、彼らが「能力が低かったから就職できなかった」のではない、という点です。単に、社会の側が彼らを受け入れる余裕を失っていただけなのです。しかし、その後の評価では、この事情はほとんど考慮されませんでした。「新卒で正社員になれなかった」という事実だけが残り、それがその人の評価として貼り付けられてしまったのです。
これは冷静に考えると、かなりおかしな話です。景気や採用人数は、個人ではどうにもできません。それにもかかわらず、その結果だけを見て「優秀ではなかった」と判断するのは、あまりにも乱暴です。
むしろ、就職氷河期世代の中には、厳しい環境の中で生き残るために、さまざまな工夫をしてきた人が多くいます。正社員になれなくても仕事を続け、非正規雇用や派遣、アルバイトを掛け持ちしながら生活を支えてきた人もいます。必要に迫られて新しいスキルを身につけたり、異なる業界を経験したりした人も少なくありません。
こうした経験を通じて身についた力は、本来であれば「優秀さ」の一部として評価されてもおかしくないはずです。たとえば、環境の変化に対応する柔軟性、限られた条件の中で工夫する力、失敗しても立ち直る力。いわゆる「レジリエンス」と呼ばれる力です。
しかし、日本の企業社会では、こうした力はあまり評価されてきませんでした。それよりも、「新卒で入社したか」「一つの会社に長く勤めてきたか」「年齢に見合った肩書きがあるか」といった、分かりやすい経歴のほうが重視されてきたのです。
この評価基準は、安定成長が続いていた時代には、ある程度うまく機能していました。新卒で入り、年功序列で経験を積み、管理職になっていく。一直線のキャリアを前提とした社会では、それ以外の道を歩んだ人は「例外」として扱われがちでした。
しかし、就職氷河期世代は、その「一直線の道」そのものが用意されていなかった世代です。それにもかかわらず、評価の物差しだけは変わらず、「普通のルートを歩んでいない=優秀ではない」と見なされてきました。これは個人の問題というより、明らかに社会や制度の問題です。
もちろん、就職氷河期世代にも弱みはあります。キャリア形成が遅れた人が多く、専門性を積み上げる機会が限られていたケースもあります。また、何度も否定される経験をしたことで、自信を持ちにくくなった人もいます。経済的な不安から、リスクを取る決断が難しくなることもあります。
ただし、これらは「能力が低いから」ではなく、そうならざるを得ない環境に置かれてきた結果です。この点を無視して、「自己責任」で片づけてしまうのは、公平とは言えません。
ここで改めて問い直したいのが、「企業にとっての優秀さとは何か」という問題です。
決められたルートを順調に歩いてきた人だけが優秀なのでしょうか。
失敗せず、つまずかず、遠回りをしなかった人だけが評価される社会は、本当に健全でしょうか。
現実の仕事では、想定外のトラブルや変化がつきものです。そのときに必要なのは、教科書通りの正解を知っていることよりも、考えて動ける力や、他人と協力する姿勢、簡単には折れない心だったりします。これらは、むしろ厳しい環境を経験してきた人ほど身につけていることが多い力です。
「優秀さ」は、テストの点数や経歴のきれいさだけで測れるものではありません。
状況に応じて学び直せること。
失敗しても立ち上がれること。
周囲と関係を築きながら、地道に仕事を続けられること。
こうした力も、立派な「優秀さ」の一部です。
就職氷河期世代は、決して「能力の低い世代」ではありません。ただ、評価されにくい社会構造の中に長く置かれてきただけです。企業や社会が「優秀さ」の定義を見直さない限り、同じような問題は、これからの世代にも繰り返されていくでしょう。
だからこそ今、「誰が優秀か」を決める前に、「何を優秀と呼んできたのか」を問い直すことが必要なのだと思います。

