「就職氷河期世代は優秀でしょうか」と問われて、私は少し黙ってしまう。
優秀、という言葉がまずひっかかる。優秀かどうかと尋ねられて気持ちよく答えられるのは、おそらく採用担当者か、あるいは「世代論」を商売にしている評論家くらいなもので、それ以外の人にとっては、ふつう、何かしっくりこない問いだ。
私がこの問いにすぐ答えないのは、答えそのものが難しいからではない。答えを出す前に、整理しておかないと不誠実になることが、いくつかあるからだ。
第一に、就職氷河期世代と呼ばれる人々が、いったいどんな時間を生きてきたのか。第二に、私たちが「優秀」と言うときに、何を測っているつもりなのか。第三に、その物差しが彼らの人生に合っているのか、合っていないのか。この三つを踏まずに、「優秀でしたね」とか「優秀になれませんでしたね」と判定するのは、誰に対しても少し失礼なように思う。
だから、回り道だけれど、まずは時計の針を一度戻すところから始めたい。
「氷河期」という名前が、隠してしまうもの
私が個人的にいまでも違和感を持っているのは、「氷河期世代」というネーミングそのものだ。
たしかに、有効求人倍率や採用数を見れば、この時期がきわめて厳しかったことは間違いない。1991年、不動産バブルが弾けて株価が崩れ、銀行の不良債権が積み上がる。1997年、山一證券が破綻し、北海道拓殖銀行が消え、翌年には日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が国有化される。2001年、ITバブルが弾ける。2008年、リーマンショック。節目ごとに、景気は階段を踏み外すようにして落ちていった。この十数年、新卒採用の門は、ずっと半分閉まったままだった。
けれど、「氷河期」という言葉には、どこか「自然現象」のような響きがある。氷河は誰のせいでもなく、ただそこにあって、寒いだけだ。冬が終われば溶ける。終わってしまえば、それまで。
実際にこの時期を社会の入口として迎えた人々が経験したことは、自然現象とはまるで違っていた。あれはむしろ、椅子取りゲームの椅子が、ある日、特定の世代の前でだけ、半分以上撤去された、という出来事に近い。
そして、撤去したのは天気ではなかった。
人事部長たち、経営会議、取締役会、政治家たち、そして1985年成立の労働者派遣法、1999年の派遣対象業種の原則自由化、2004年の製造業派遣解禁——こういう、明確に固有名詞のある決定の積み重ねが、椅子を撤去した。誰のせいでもなかった、ということはない。みんな、誰かが決めていた。
だから「氷河期世代」と呼ぶたびに、私たちはほんの少しだけ、加害の構造を曖昧にしている。これは小さなことのようだが、これから先の議論の前提として、できれば覚えておきたい。
あのころ、世の中には終わりの匂いが漂っていた
少し脇道にそれるが、彼らが20代を過ごした時期の、空気の質感の話をしておきたい。
経済の話だけしていると見落としがちなのだが、1990年代後半から2000年代前半にかけての日本というのは、奇妙な「終末感」を一国規模で共有していた時代だった。
1995年、阪神・淡路大震災で6000人以上が亡くなる。同じ年、地下鉄サリン事件で東京の地下鉄に毒ガスが撒かれた。Windows 95が発売され、個人のPCが本格的に普及しはじめたのも同じ年だ。庵野秀明の『新世紀エヴァンゲリオン』が放映されたのも、ちょうどその年。あのアニメで主人公たちが世界の終わりを延々と扱っていた背景には、ああいう時代の地気のようなものが、たしかにあった。
1997年、神戸連続児童殺傷事件、いわゆる酒鬼薔薇聖斗事件が起きる。山一證券の野澤社長が記者会見で「私らが悪いんであって、社員は悪くないんですから」と泣いた、あの映像が流れたのも、同じ年だ。
1999年、ノストラダムスの大予言の年だ。世間は半ば本気で、半ば茶化しながら、世界の終わりを話題にしていた。同じ年に椎名林檎の『無罪モラトリアム』が出て、宇多田ヒカルの『First Love』がミリオンを記録した。両方とも、明るい時代に出てきた音楽ではない。
つまり彼らは、社会人になろうとするまさにそのとき、社会のあちこちで「これまでの常識がもう機能していない」というシグナルを、毎日のように浴びていた。バブルの大人たちが信じていたような「日本はうまく回っている」という感覚は、もうどこにもなかった。教師たちは、彼らに昔の成功話を語っても、口ごもるしかなかった。
このメンタルの基底音を頭に置いておかないと、彼らの「制度を信じない」「組織に依存しない」という構えが、なぜそんなに早いうちから固まったのかが、たぶん分からない。あれは性格ではなく、世界観として、皮膚から染み込んだものだ。
数字で見える話と、数字には出ない話
この世代の輪郭を、いったん数字で押さえておこう。
おおよその区切りで言うと、1970年から1984年生まれ。2026年の現時点で、42歳から56歳。日本の労働人口のおよそ四分の一近くを占める。一千数百万人の規模だ。一つの世代として、これだけの人数が同時に冷遇されたという現象は、世界的に見ても珍しい。
新卒大学生の有効求人倍率は、1991年に2.86倍あった。バブル絶頂のころは、学生1人に対して3社近くが手を挙げていた計算になる。それが2000年には0.99倍まで下がる。3社で1人を取り合っていた構造が、3人で1社の椅子を奪う構造に裏返った。これは「数倍厳しくなった」という温度差の話ではない。市場の力学が、ある瞬間、世代をまたいで反転してしまった、という話だ。
そして、もうひとつ大事な数字がある。非正規雇用の比率だ。1990年におよそ20%だったものが、2010年代の半ばには40%近くまで上がる。氷河期世代の相当数が、新卒で正社員ルートに乗れず、派遣・契約・パート・アルバイトを行き来しながら、20代を過ごした。
数字に出ないのは、ここからだ。
正社員と非正規の差は、給与水準の差だけではない。それは、自分が「会社という社会」に属していると感じられるかどうかの差であり、健康診断を当然のように受けられるかどうかの差であり、住宅ローンが組めるかどうかの差であり、結婚を考えたときに「いまの自分が誰かの人生に責任を持つのは無責任じゃないか」と一瞬怯むかどうかの差だ。
そういう、生活の細部に染み込んだ「半人前感」のなかで、彼らは20代を過ごした。
これは、生涯賃金のグラフや、管理職比率の推移では、絶対に見えない。けれど、人を本当に削るのは、こちらの種類の重さのほうだ。
そして、半人前感は、たいていの場合、数年で抜けない。20代でしみ込んだ「自分は仮にここにいるだけで、本当の場所じゃない」という感覚は、30代になっても、40代になっても、ふとしたときに顔を出す。職場で意見を求められたとき、新しい挑戦の機会が回ってきたとき、「自分なんかが」と思ってしまう、あの一瞬の躊躇。あれは、20代でしみ込んだ感覚の、長い長い残響だ。
「優秀」を語るのなら、こういう残響まで含めて語らなければ、フェアにはならないと思う。
「自己責任」という言葉が空気になった、あの時期
この世代を語るうえで、もうひとつ外せないのが、「自己責任」という言葉が国民的なキーワードとして普及した、あの時期の空気だ。
「自己責任」という単語自体は、もちろんもっと前からあった。法律用語としても、教育の文脈でも、戦後ずっと使われてきた言葉だ。ただ、これがあらゆる場面で、特に若年層に向けて鋭利に振り回されるようになったのは、2000年代の前半だ。象徴的だったのは2004年のイラク日本人人質事件をめぐる議論だが、それより前から、雇用や生活保護や住居の議論で、この言葉は明らかに刃物として使われていた。
「正社員になれないのは、努力が足りないからだ」 「派遣のままなのは、自分で選んだからだ」 「結婚できないのは、贅沢を言っているからだ」 「親の介護で離職するのは、計画性がないからだ」
これらの言い回しは、当時、大手新聞のコラムでも、ワイドショーのコメンテーターの口からも、職場の上司の説教でも、ふつうに飛び交っていた。社会全体が、構造的な問題を、個人の人格の問題に翻訳して片付けるという、奇妙な癖を身につけた時代だった。
その癖が極端に振れた瞬間のひとつが、2008年の年末、いわゆる「年越し派遣村」だ。リーマンショックを受けて、製造業派遣の人々がいっせいに契約を切られた。住む場所まで失った数百人が、日比谷公園にテントを並べた。あの光景がやっと「これは個人の努力の話じゃない」と国民に分からせた瞬間だったが、それまで何年もの間、同じ構造的問題はずっと「個人の問題」として処理されてきた。
この空気のなかで20代を過ごすというのが、どういうことか、想像してみてほしい。
自分の状況がどれほど苦しくても、その苦しさを「社会のせい」にする言葉が、社会のどこにもない。むしろ、苦しさを口に出した瞬間に、「甘えている」「愚痴を言うな」「もっと努力しろ」という声が、四方八方から飛んでくる。だから、苦しい人ほど、口を閉じる。口を閉じた人は、苦しさが見えない。見えないものは、ないことになる。
この圧力のなかで、彼らの多くは、自分を責める癖を身につけた。
そして2008年6月、その圧力の暗い側面が、いちばん悲惨な形で噴き出した。秋葉原通り魔事件だ。当時25歳だった加藤智大は、派遣社員として自動車部品工場で働いていた。事件の少し前、彼は派遣切りを通告されたと思い込んで職場でトラブルを起こした。彼の犯行は決して許されるものではないし、彼を世代の代表のように扱うのも間違っている。けれど、あの事件のあと、しばらくのあいだ、社会には「ああ、あれは個別の異常者の話だけでは済まされない」という空気が、たしかに流れた。働き方、雇用、孤立、自己責任。それらがからみあって、ひとつの世代の若者たちを、どこかで決定的に追い詰めているのではないか、と。
その空気は、しかし、長くは続かなかった。年越し派遣村での議論の盛り上がりも、数年で消えていった。世論は、また「自己責任」と「個人の努力」の語彙に戻った。一度開きかけた窓は、また閉じた。
そしてここが重要なのだが、自分を責める癖というのは、大人になってからの能力開発に、決定的なブレーキをかける。新しいことに挑戦するとき、人に助けを求めるとき、あるいはただ単に「これは自分のせいではない」と認識するとき。これらの場面で、自己責任の刷り込みが、足を引っ張る。
つまり、彼らは単に経済的に不利だったのではなく、心理的にも、能力を伸ばす土壌を耕しにくくされていた。
それでもなお、相当数の人が、自分の能力を伸ばしてきた。これがどれくらい大変なことかを、ちゃんと評価しなければ、「優秀かどうか」の議論は、上澄みだけをなめて終わってしまう。
鍛えられたが、評価されなかった技能たち
それで、彼らは具体的にどんな能力を身につけたのか。ここからが、少し独自の話になる。
私の見るところ、氷河期世代の中堅層が共通して持っている能力は、ざっくり五つあると思う。順番に書いていく。
ひとつ目は、徒手空拳で問題を解く力だ。マニュアルがない、前例がない、上司も知らない、という状況で、彼らは社会人としての一歩目を踏み出した。だから、解き方を自分で発明する習慣がついている。これが、ロールモデル付きで育った世代との、いちばん大きな違いだと思う。何かわからない問題が出てきたとき、「とりあえず手を動かして、外形を掴んでから考える」という反射が、たいていの氷河期世代に備わっている。これは、仕事のあらゆる局面で、地味に効く。
ふたつ目は、複数アイデンティティを同時に走らせる力だ。本業のかたわらに副業を持っていたり、転職を繰り返していたり、専門領域を二つ三つ持っていたり、業界をまたいで動いてきたり。これは、一つの会社にずっといる、というモデルが、彼らには使えなかったから、必然的に身につけた能力だ。今でこそ「パラレルキャリア」と呼ばれて持て囃されるが、彼らはその概念がないころから、概念がないまま、必要に迫られてやっていた。複数の人格、複数の責任、複数の文脈を、頭のなかで切り替え続ける認知負荷は、想像以上に高い。
三つ目は、制度を信じすぎない冷静さだ。終身雇用も、年金も、企業も、政治家も、彼らはあまり信用していない。これは、信じた結果としてひどい目に遭った経験から来る、痛みを伴った学習だ。だが、この「信じすぎない」という構えは、これからの不確実な社会を生きるうえで、実は大事な能力になっている。AIが仕事を変え、年金が削られ、企業が三十年もたない時代に、「制度を信じきっていない」という心の構えは、ある種の予防接種のように効いてくる。
四つ目は、期待値を低く保つ技術だ。聞こえは悪いが、これは深い知恵だ。彼らは「がんばれば報われる」という物語を、若いうちに何度も裏切られた。だから、過剰に期待しない。期待しないかわりに、地道に手を動かす。SNS時代の若い人たちが、すぐに承認や成果を求めて疲弊しがちなのに対して、彼らは評価されなくても淡々と仕事を続ける耐久力を持っている。これは「優秀さ」の定義から外れがちだが、組織を実際に回しているのは、この種の力だ。
五つ目、これがいちばん大事だと思うのだが、自分で答えを作る習慣だ。彼らには、ロールモデルがほとんどいなかった。上の世代の生き方は使えない、下の世代の前例にはなれない、その間でどう生きるかは、自分で考えるしかなかった。だから、何かを決めるとき、誰かの答えを借りずに、自分の頭で組み立てる癖がついている。これは、AIが大量の標準解を吐き出す時代に、皮肉なほど価値が上がっている。
これらの能力は、新卒の就職活動でアピールされるような種類の優秀さとは、まったく形が違う。資格でもない、TOEICのスコアでもない、新卒で大企業に入った人がスムーズに身につけるような能力でもない。むしろ、「ふつうの道を歩めなかった」ことによって、副産物として獲得された能力たちだ。
そして私が注目したいのは、これらの能力が、いまの日本社会がもっとも必要としている能力と、ほとんど完全に重なっているということだ。
つまり、皮肉なことに、彼らは自分たちを冷遇した社会の、未来の解決策になっているのだ。
アナログとデジタル、両方の住人として
もうひとつ、彼らの位置を語るうえで重要なことがある。それは、彼らが人類史でもまれな「アナログとデジタル両方を、生身の経験として知っている」最後の世代だ、ということだ。
考えてみてほしい。彼らは、子どものころは黒電話とブラウン管テレビとファミコンの世界に育った。中学高校でポケベルや初期の携帯電話に触れ、大学のころにインターネットが家庭に入ってきて、就職の前後でWindows 95が出て、社会に出てから携帯メールが当たり前になり、三十代でiPhoneが登場し、四十代でクラウドとSNSが日常になり、いまAIと向き合っている。
この技術的密度のなかで、ひとつの社会人人生を過ごしている。これは、過去の世代も、これからの世代も、おそらく経験できない密度だ。デジタルネイティブな若手は、変える前の世界そのものを知らない。完全なアナログ世代は、変えた後の世界の細部が分からない。
このあいだに立てるのが、氷河期世代だ。彼らは、両方の言語を話せる。
これがどれくらい貴重なことか、もう少し具体的に書こう。
紙の書類を手で整理した経験があるから、デジタルツールが解決している問題が「もともと何だったのか」がわかる。電話で取引先と話した経験があるから、メールやチャットだけでは伝わらないニュアンスがあることを身体で知っている。手書きで考えをまとめた経験があるから、思考と入力の速度が違うことの意味がわかる。FAXで仕事を回していた時期があるから、いま中小企業や役所の現場で「なぜまだFAXなのか」が見える。
これらは、一見小さなことのように見える。しかし、組織のなかで何かを変えようとするとき——たとえばDXを進めるとき、リモートワークを定着させるとき、AIを業務に組み込むとき——いちばん必要なのは、「変える前の世界」と「変えたあとの世界」の両方をリアルに知っている人だ。前者しか知らないと、変革の必要性が分からない。後者しか知らないと、変革のコストが分からない。
つまり、本物のDX人材は、ある意味で氷河期世代に固有の存在だ。彼らがいなくなった後、この種の翻訳者を、社会は別の場所から調達してこなければならなくなる。これはなかなか難しい話だ。
日本のソフトパワーを、誰が背負ってきたか
ここで、ちょっと意外な角度の話をしたい。
いまの日本が、世界に対して持っているもっとも強い武器のひとつは、たぶん「文化」だ。アニメ、マンガ、ゲーム、J-POP、ファッション、デザイン、食。経済の世界での日本の存在感がじりじり下がっているなかで、文化的な存在感は、ある意味で逆方向に伸びている。世界中の若者が、日本のコンテンツを毎日のように消費している。
この、いまの日本の「文化的勝ち筋」を、誰が現場で支えているか、考えたことがあるだろうか。
アニメスタジオで動画を描き続けてきた人。ゲーム会社で深夜まで仕様書と格闘してきた人。出版社で次のヒット作を探し続けてきた編集者。地方で工芸の技術を継承してきた職人。レストランで新しい和食を再構築してきた料理人。デザイン事務所で見えない仕事を積み上げてきたデザイナー。
これらの仕事の現場の中堅層、いま技術を後輩に渡している世代——その圧倒的多数が、氷河期世代だ。
なぜか。理由は、ある意味で身も蓋もない。彼らは大企業の正社員ルートに乗れなかったから、こういう「賃金が低くて、安定もしていなくて、けれど面白い」業界に流れた。そしてそこに腰を据えて、長く居続けた。短期間で他業界へ転職する選択肢が、もともと彼らにはあまりなかったから、結果として、誰よりも深く一つの業界に詳しくなった。
これは、純粋にひどい話なのか、それともよかった話なのか、私は判断できない。彼らが受けるべきだった給与は、たぶん全然受け取れていない。だから、まずは「ひどい話」と言うのが正しい。けれど、同時に、彼らがその場所に長く居てくれたおかげで、日本の文化産業はある程度の厚みを保ったということも、たぶん本当だ。
そしていま、彼らの世代が引退に近づいて、ようやく問題が顕在化しつつある。アニメ業界の中堅アニメーター不足、ゲーム業界のシニアエンジニア不足、伝統工芸の後継者問題。これらの問題が同時多発的に騒がれているのは、偶然ではない。氷河期世代が、低賃金と引き換えに支えていた厚みが、いま物理的に消えつつあるからだ。
「氷河期世代は優秀か」と問うとき、こういう、目に見えないかたちで国全体の競争力に貢献してきた人々を、忘れてはいけない。彼らの仕事のあとを、誰がどう受け継ぐのかを考えなければいけない。それは、過去の評価の話ではなく、これからの日本の話だ。
統計の隙間で働いてきた人たちの話
ここで、いったん、「結果として成功した人」の話から離れたい。
世代論をすると、どうしても、可視化された成功例にばかり光が当たる。経営者になった、起業した、本を書いた、メディアに出ている。こういう人たちの話は強烈で記憶に残るから、つい「氷河期にも成功者はいた」という結論で終わってしまいそうになる。
けれど、私が本当に書きたいのは、そっちじゃない。
ある氷河期世代の人を想像してみてほしい。彼女は、新卒で正社員になれず、派遣として大手メーカーの経理部に入った。最初は時給1500円だった。気がつけば、十年以上が経っていた。そのあいだに、彼女は同部署の業務をほぼ全部覚えた。新しく入ってきた正社員に仕事を教える役割になった。基幹システム移行のときには、現場でいちばん詳しい人として頼りにされた。年下の正社員に、敬語で「教えてください」と言われた。
ある日、職場で大きなトラブルが起きる。原因を特定し、対応策を立て、関係各所に頭を下げて走り回って収拾するのは、たいてい彼女のような人だ。
そして、その仕事は、評価されない。評価される人は、その上にいる正社員の管理職で、彼女の名前は議事録にも報告書にも載らない。
これは比喩ではない。日本の企業のあちこちで、文字通り、いま起きていることだ。
こういう「縁の下の優秀さ」は、定量化されないので、生涯賃金にも、管理職比率にも、企業のIRにも反映されない。だから、「氷河期世代は優秀ではなかった」という統計的な見え方が、繰り返し再生産される。だが、その統計が見落としているのは、その優秀さが、まさに統計のマス目に入らない場所で発揮されてきたという事実だ。
私はこういう人たちのことを、ずっと、もう少し正面から語る言葉が欲しいと思ってきた。
なぜなら、こういう人たちが、いま、ぽつぽつと、ひとり、またひとりと、現場から消えていきつつあるからだ。介護のため、自分の体調のため、燃え尽きたため、あるいは単純に「もういい」と思ったため。彼らの抜けたあと、職場はあきらかに機能を落としている。だが、その機能低下は、誰の責任にもならない。「優秀な人ではなかった」ことになっているから、抜けても損失として認識されない。
これが、いま日本の生産性が地味に削られていく、ひとつの理由だと、私は本気で思っている。
彼らはなぜ、こんなに静かなのか
書きながら気づいたのだが、ここまで語ってきて、ひとつ大きな問いが残っている。
それは、「こんなにひどい目に遭ったのに、なぜこの世代は、もっと声をあげないのか」という問いだ。
他の国であれば、これほどの世代規模で構造的不利益を被ったら、政治運動になっておかしくない。実際、フランスやスペインやイタリアの若年層は、似たような失業問題を抱えたとき、街頭に出た。アメリカでも、リーマン後の若者たちはオキュパイ運動を起こした。
ところが、日本の氷河期世代は、ほとんど声をあげなかった。雨宮処凜さんのような書き手や、いくつかの労働運動はもちろんあった。年越し派遣村のような出来事もあった。けれど、世代全体としての政治的な突き上げにはならなかった。彼らはいまも、選挙の投票率がそれほど高いわけでもなく、自分たちの利益を代表する政治勢力を持っていない。
これはなぜか。
私の見立ては、あまり気持ちのよいものではない。彼らが声をあげなかったのは、声をあげることのコストを、若いうちにきっちり学習させられたからだ、と思う。
「甘えるな」「自己責任だ」「文句を言う前に努力しろ」——この言葉のシャワーを20代のあいだ浴び続けた人間は、不満を言うことそれ自体が、自分の評価を下げる行為だと、骨身に染みて知っている。だから、口を閉じる。閉じることが、生き延びる戦略として、いちばん合理的になっている。
これは、性格の問題でも、世代の気質の問題でもない。学習された沈黙だ。
そして、社会の側から見ると、この沈黙は、ものすごく都合がよかった。ひどい目に遭わせても文句を言わない世代がいたから、雇用の柔軟化を進めることができた。彼らが声をあげていたら、もっと早く、もっと大きな政治的反作用が起きていたはずだ。それがなかったから、企業も政治も、対応を先送りにできた。
ある意味、氷河期世代の沈黙は、いまの日本社会のしくみそのものを、無償で支えてきた。
これは「優秀かどうか」とはまた別の話なのだが、彼らの静けさを、もう少し、社会は認識してほしいと私は思う。あれは、声をあげる能力がなかったからではなく、声をあげないという技を、必死に磨いた結果なのだ。
それから、どうしても書いておきたい、暗い側面
ここまで肯定的なことを書いてきたが、氷河期世代を「優秀」と褒めて終わるのは、私の良心が許さない。
なぜなら、この世代のなかには、優秀さの議論からもっとも遠いところに置かれてしまった人たちが、いるからだ。
長期のひきこもり状態にある人。社会との接点を失ってしまった人。いわゆる「8050問題」——80代の親が50代の子を支え続けるという状況——の当事者になっている人。内閣府の近年の推計では、ひきこもり状態にある人は全国でおよそ146万人規模に上るとされ、そのかなりの部分が、氷河期世代と重なる。
彼らを「努力不足」と切り捨てるのは、簡単すぎる。同じ条件を、同じタイミングで受けたら、誰もがそうなりうる距離にいたのが、この世代だ。新卒の就職活動で30社、50社、100社と落ち続けたあと、人がどう壊れていくかを、私たちはもっと真剣に想像しなければならない。あれは、自尊心が一枚ずつ剥がれていくような時間だ。半年もすれば、玄関を出ること自体が、ちょっとした登山になる。
そういう人たちのことを忘れて、「氷河期世代の生き残りは優秀だ」と言うのは、サバイバーバイアスを通り越して、加害的な言説に近づく。
私が「優秀か」という問いに留保なしの「イエス」を返せないのは、優秀さの議論がしばしば、こうした人々を視界から消してしまうからだ。優秀さを語ることが、優秀さの基準に届かなかった人を、二重に傷つけることになりうる。それは、避けたい。
そしてもうひとつ、忘れてはいけないことがある。彼らがいま背負っている、二重の負担のことだ。
氷河期世代の多くは、いま、人生で二重の負担を同時に受け止めている。ひとつは、若い時期の収入損失。本来なら20代から30代にかけて積み上げるはずだった給与の伸び、退職金の積立、技能経験、人脈、そして単純な貯蓄。これらの土台が、構造的に薄い。
もうひとつは、これからやってくる重荷だ。彼らの親世代——団塊やそのすぐ下——が、本格的な介護期に入る。彼ら自身の子どもが(いる人は)まだ教育費のかかる年齢にいる。つまり、上にも下にも経済的・心理的負担を抱えながら、自分自身の老後の準備もしなければならない。
ふつうの世代であれば、若いころに積んできた蓄えで対処できるこの局面を、彼らは半分の体力で引き受けなければならない。
これを「優秀かどうか」という尺度で見るのは、はっきり言って、残酷だ。
下の世代は、彼らをどう見ているか
ここで、もうひとつ角度を変えてみたい。氷河期世代を、彼らから見てではなく、下の世代——いまの20代、30代——から見たら、どう見えているか、という話だ。
私が話を聞いていて感じるのは、若い世代の氷河期世代に対する感情が、ものすごく複雑だ、ということだ。
ひとつには、敬意がある。直属の上司として氷河期世代の人を見ている若手は、その仕事の幅広さ、対応力、修羅場慣れに、しばしば素直に感心している。「あの人が抜けたら、たぶん部署が止まる」と評する若手の話を、私は何度も聞いた。
けれど、同時に、当惑もある。
なぜ氷河期世代の上司は、こんなに無理をするのか。なぜ評価されない仕事を抱え込むのか。なぜ会社のおかしいルールに、もっと正面から異議を唱えないのか。なぜ若手が「これはおかしいですよね」と言ったとき、苦笑するだけで黙ってしまうのか。
下の世代は、氷河期世代の沈黙の理由を、たぶん本当には分かっていない。彼らは、「自分の権利を主張する」ことを当たり前として育った世代だから、なぜ上の世代がその権利を行使しないのか、感覚的に理解しにくい。
そしてここに、実は、いまの日本企業のなかで起きている、いちばん深い世代間ミスマッチがある。氷河期世代は「言わずに動く」「無理をしてでもやり遂げる」「個人の損得を表に出さない」という働き方を、20代でしみ込ませた。下の世代は「言葉にする」「無理はしない」「個人の権利を守る」という働き方を、20代で身につけた。両者の働き方そのものが、ぶつかっている。
これを「世代間ギャップ」という言葉で片付けたくない。なぜなら、これは性格や好みの違いではなく、それぞれの世代が「生き延びるために合理的だった」と学んだ戦略の違いだからだ。氷河期世代の沈黙は、彼らが過酷な環境で身につけた知恵だった。下の世代の率直さも、彼らが新しい環境で身につけた知恵だ。どちらも、合理的だ。
ただ、放っておくと、両者は分かりあえない。そして、分かりあえないまま、氷河期世代が現役を退く時期が来る。彼らが現場から消えたあと、その背中で受け渡されてきた暗黙知が、社会のあちこちでぽろぽろと落ちていく。
下の世代から氷河期世代への、いちばんの恩返しは、たぶん、彼らの黙ってきた苦労を、自分たちの代で「黙らずに」継承することだ。氷河期世代が呑み込んできた不条理を、下の世代が言葉にする。それが、上下のあいだで成立すれば、この国の働き方は、たぶん少しずつ変わる。
「優秀」の物差しが、最初から壊れている、ということ
ここまで来て、私はようやく、最初の問いに正面から戻れる気がする。
「就職氷河期世代は優秀でしょうか」
私の答えは、こうだ。
——優秀さの定義が、この世代にはそもそも合っていない。彼らは、自分たちのために定義された言葉を持たない、最初の世代だ。
日本社会で「優秀」と言うとき、たいていの場合、それは「組織のなかで、標準的なルートを、標準的なペースで、標準的な成果を出しながら歩める人」を指している。新卒で入社して、規定の年数で昇進し、規定の業績を出し、規定の役職に就く。そういう線形のキャリアを描ける人が、優秀と呼ばれる。
この定義では、氷河期世代の多くは、定義上、優秀になれない。なぜなら、彼らは標準ルートを歩むことを、最初から許されなかったからだ。
これは、よく考えるとおかしい。優秀さの定義に「標準ルートを歩めること」が含まれているなら、その定義は、標準ルートを用意してもらえた人にしか適用できない。ルートを与えられなかった人には、最初から優秀になる権利がない。これは、評価のしくみとして、明らかに偏っている。
そして、この偏った定義こそが、日本社会の停滞の、かなり大きな原因になっている。
なぜなら、世界を変えるような仕事は、たいてい標準ルートの外にあるからだ。新しい産業を作る、新しいサービスを立ち上げる、既存の常識を疑う、社会の隙間を埋める、誰もやっていないことをやる。こういう仕事は、定義上、標準ルートに乗っていない。だから、標準ルートでの成功者を「優秀」と呼んでいる限り、本当に必要な優秀さは見えなくなる。
氷河期世代は、強制的に標準ルートの外に置かれた世代だ。だからこそ、そこで本当に世界を動かす仕事をしている人たちが、たくさんいる。フリーランスで世界中の仕事を引き受けている人。地方で誰もやらなかった事業を立ち上げた人。IT革命の現場で、泥臭く実装を回し続けた人。文化やサブカルチャーの分野で、日本の存在感を国際的に支えた人。家業を継いで地域を支えた人。外資系で、日本人の常識を超えるキャリアを切り開いた人。NPOで誰も手をつけていなかった社会課題に取り組んだ人。
これらの人は、「氷河期世代の管理職比率」みたいな統計には決して出てこない。出てこないが、日本社会がいまもなんとか動いているのは、相当な部分、彼らのおかげだ。
そういう人たちを「優秀」と呼ばない言語体系のほうが、たぶん、間違っている。
結局、私たちは何をすればいいのか
最後に、もう少し具体的な話に着地させたい。
「氷河期世代は優秀か」という問いの本当の意義は、過去を採点することではなく、これからの社会のあり方を考える足がかりにすることだと思う。
具体的には、三つの方向性がある。
ひとつ目は、彼らがいま現役の中核世代である、という単純な事実を、社会としてもっと真剣に受け止めることだ。彼らは40代半ばから50代半ば。あと10年から20年、現役で働く。この期間に、彼らの能力をどう活かすかで、日本の中期的な未来は大きく変わる。賃上げ、再教育、リスキリング、管理職登用、起業支援。何をするにしても、「この世代を最優先で投資対象にする」という発想がいる。2019年に始まった「就職氷河期世代支援プログラム」は、ささやかな第一歩としては評価できるが、規模としても、内容としても、まだ全然足りない。
ふたつ目は、優秀さの基準そのものを更新することだ。新卒一括採用、終身雇用、年功序列という三点セットを前提にした優秀さの定義は、もう機能していない。複線型のキャリア、副業、転職、起業、独立、休職、再挑戦——こういう動きを「ふつうのこと」として位置づける評価軸が必要だ。氷河期世代は、すでにこの新しい働き方を実践してきた、最初の大集団だ。彼らの経験を、次の世代の標準にしていくべきだ。
三つ目は、もっとも難しいが、もっとも大事なことだ。それは、この世代のなかでいまも苦しい状況にある人々への、社会的な責任を引き受けることだ。彼らが置かれた状況は、自己責任ではない。バブル崩壊の後始末を、たまたま社会の入口にいた世代に、不公平に背負わせた結果だ。だから、社会として、構造的に償いをするしかない。これは慈善ではなく、責任だ。
そして、この三つは、実は一つのことを違う角度から言っているだけだ。それは、「人を一人ひとりとして見るしかない」ということだ。氷河期世代は、人を均一に扱う制度の限界を、身をもって示してきた世代だ。彼らから学べる最大のレッスンは、たぶんこれだと思う。
それで結局、彼らは優秀なのか
長々と書いてきたが、最初の問いに、もう一度戻りたい。
「就職氷河期世代は優秀でしょうか」
私のいちばん正直な答えは、こうだ。
——彼らは、優秀だ。ただし、その優秀さは、「優秀」という言葉では捉えきれないほど、複雑で、痛みを含んでいて、いまの社会に正しく見えていない種類のものだ。
彼らは、用意された道を歩めなかったかわりに、道のないところを歩く技術を身につけた。標準的な評価から外されたかわりに、評価軸そのものを問う視点を持った。同情されるべき位置に置かれたかわりに、誰かに同情される前に、自分でなんとかする習慣をつけた。そして、ここがいちばん大事なところだが、自分たちの世代を「気の毒な世代」として消費しようとする物語に、ずっと違和感を抱きながら、それでも黙って働いてきた。
私は、彼らの優秀さの、いちばん深い部分は、この最後のところにあると思う。「優秀かどうか」という問いそのものに、たぶん多くの氷河期世代は、もう少し疲れた顔で笑うんじゃないかと思う。「いまさらそんなこと聞かれても」と。「優秀かどうかを判定する暇があったら、次の四半期の数字を出さないと」と。
そういう、ちょっと冷めた、ちょっと疲れた、それでも仕事を止めない——その粘り強い不機嫌さこそが、たぶん彼らの本当の優秀さだ。それは美しい言葉ではないし、ポスターには貼り出せない。でも、社会というものを実際に動かしているのは、そういう種類の力だ。
だから、もしあなたの周りに氷河期世代の人がいたら——それは上司かもしれず、同僚かもしれず、部下かもしれず、家族かもしれず、隣の席で黙々とパソコンを打っている人かもしれない——その人に、できれば「優秀ですね」ではなく、「いつもありがとうございます」と伝えてみてほしい。
たぶん、そのほうが、彼らの優秀さの本当の形に届く言葉だと思う。
そして、もしあなた自身が氷河期世代なら——ここまで読んでくれて、ありがとうございました。あなたが優秀かどうかは、私には判定できない。けれど、ここまでの人生を、ここまで持ってきたという事実そのものが、もう答えだと思う。
優秀さなんて、本当はずっと前に、置いてきていいものだったのかもしれない。
歩いてきた距離は、誰にも取り上げられない。誰に評価されなかったとしても、誰に記録されなかったとしても、その距離はあなたの足の裏に残っている。それでもう、十分すぎるほど十分だ、と私は思う。

