氷河期世代の「90年代の音楽」と再会する——0円で心を癒すあの頃のサウンドスケープ

この記事は約6分で読めます。

はじめに——「あの曲」を聴くと、あの頃に戻れる

ふとした瞬間に、90年代の曲が頭の中で流れることがある。コンビニのBGMで懐かしいメロディが聞こえて、立ち止まる。「この曲、高校のときに毎日聴いてたな」。あの頃。制服を着ていた。将来に漠然とした希望があった。100社不採用の絶望も、手取り16万円の現実も、もやし炒めの日常も、まだ知らなかった。音楽を聴くだけで、あの頃の「自分」が一瞬だけ蘇る。

90年代は日本の音楽が「最も輝いていた時代」の一つだ。CDが最も売れた時代。ミリオンセラーが毎月のように生まれた時代。小室哲哉、Mr.Children、GLAY、SPEED、宇多田ヒカル、B’z、サザンオールスターズ、スピッツ。名前を挙げるだけで「あの曲」「あのMV」「あの歌詞」が脳内で自動再生される。

「90年代の音楽」は「氷河期世代のタイムマシン」だ。曲を聴けば、あの頃の自分に戻れる。戻って「あの頃は楽しかったな」と一瞬だけ感じる。一瞬だけでいい。一瞬の「楽しかった記憶」が、今の日常に「色」を添えてくれる。

しかもこのタイムマシンは「0円」で起動する。YouTubeで、Spotifyの無料プランで、ラジオで。90年代の音楽は「いつでもどこでも無料で」聴ける。

「90年代の音楽」が心を癒す科学的理由

なぜ「昔の音楽」を聴くと心が癒されるのか。科学的な説明がある。

理由1は「音楽回想法」。音楽は「記憶」と強く結びついている。特に10代〜20代前半に繰り返し聴いた音楽は、脳の「自伝的記憶」と結合している。その音楽を聴くと、当時の記憶(場面、感情、匂い、温度)が一気に蘇る。蘇った記憶が「ポジティブなもの」であれば、幸福感が生じる。「あの頃の自分は楽しかった」→「自分にも楽しかった時期がある」→「自分の人生はすべてが辛いわけではない」。この認知の修正が「癒し」になる。

理由2は「ドーパミンの分泌」。好きな音楽を聴くと、脳の報酬系が活性化し、ドーパミン(快感ホルモン)が分泌される。「好きな曲のサビが始まる瞬間」のゾクッとする感覚。あれはドーパミンが分泌されている証拠だ。90年代の「大好きだった曲」を聴けば、ドーパミンが出る。出れば気分が良くなる。気分が良くなれば、もやし炒めが美味くなる。科学的に証明された「もやし炒めが美味くなるメソッド」。

理由3は「安全な感情体験」。現実の生活では「感情を動かされる体験」が少ない。毎日同じ通勤、同じ仕事、同じ帰路。フラットな日常。音楽は「感情を安全に動かしてくれる」装置だ。切ない曲を聴いて切なくなる。力強い曲を聴いて励まされる。楽しい曲を聴いてウキウキする。これらの「感情の起伏」が、フラットな日常に「彩り」を加える。

「0円で90年代の音楽を聴く」方法

方法1は「YouTube」。90年代の曲の多くがYouTubeで公式に聴ける。アーティストの公式チャンネル、レコード会社のチャンネル。MVも観られる。無料。広告が入るが、聴くだけなら問題ない。「90年代 ヒット曲 メドレー」で検索すれば、1〜2時間のメドレー動画が見つかる。帰宅後にBGMとして流す。もやし炒めを作りながら。発泡酒を飲みながら。

方法2は「Spotifyの無料プラン」。Spotifyは無料プランでも「シャッフル再生」で音楽が聴ける。「90年代J-POP」「90年代ヒット」などのプレイリストが公式に用意されている。プレイリストをシャッフルで流せば、「次に何が来るか」のワクワク感がある。「あ、この曲!懐かしい!」。このサプライズがドーパミンをさらに活性化する。

方法3は「ラジオ」。NHK-FMの「歌謡スクランブル」や民放のラジオ局で、90年代の曲が流れることがある。ラジオは「聴きっぱなし」でいい。操作不要。流しておくだけで「懐かしい曲」が不意に流れる。不意に流れるからこそ「驚き」があり「喜び」がある。radikoアプリ(無料)でスマートフォンから聴ける。

方法4は「図書館のCD」。図書館でCDを借りられる。90年代のベストアルバム、コンピレーションアルバム。無料で借りて、自宅のパソコンやCDプレーヤーで聴く。「CDを借りに図書館に行く」行為自体が「外出の理由」になり、引きこもり防止にもなる。

「90年代の音楽」を「推し活」にする

前の記事(総合新規04「推し活入門」)で「推しを見つける」ことを提案した。90年代のアーティストを「推し」にするのは、45歳男性にとって最もハードルが低い推し活かもしれない。

「90年代のアーティスト推し活」の具体的方法。推しのディスコグラフィーを全部聴く(YouTube+Spotifyで0円)。推しの歴史をネットで調べる(ウィキペディア、ファンサイト。0円)。推しのライブ映像をYouTubeで見る(0円)。推しの楽曲のランキングを自分で作る(ノートに書く。0円)。SNSで同じ推しのファンとつながる(0円)。

「90年代のアーティストはもう活動していないのでは?」。多くのアーティストは現在も活動を続けている。Mr.Children、B’z、スピッツ、サザンオールスターズ。彼らは今も新曲を出し、ツアーを行っている。「90年代に好きだったアーティストの最新アルバムを聴く」。あの頃の延長線上にある「今の音楽」を発見する楽しみ。「あ、あの頃の面影がありつつも、進化している」。この発見が「推し活」の深みを生む。

「90年代の音楽」が教えてくれること

90年代の音楽を聴いていると気づくことがある。「あの頃、自分は希望を持っていた」。歌詞に出てくる「夢」「希望」「未来」「愛」。これらの言葉を、あの頃の自分は素直に受け取っていた。「いつか夢が叶う」と信じていた。今は信じていない。信じられなくなった。だが「信じていた時期がある」事実は消えない。

もう一つ気づくこと。「あの頃の自分は、今の自分よりも確実に『弱かった』」。15歳の自分、18歳の自分。社会を知らない。お金の管理ができない。一人で生きるスキルがない。今の45歳の自分は、「20年以上一人で生き延びてきた」強さを持っている。あの頃の弱い自分が聴いていた音楽を、今の強い自分が聴く。「弱かった自分が好きだったもの」を「強くなった自分」が再発見する。この「時間を超えた再会」が、90年代の音楽の最大の魅力だ。

「音楽のある夜」のシミュレーション

18時30分。帰宅。着替える。スマートフォンでSpotifyを開く。「90年代J-POP」のプレイリストを再生する。音楽が流れ始める。19時。もやし炒めを作る。フライパンからジュージューと音がする。BGMは90年代のヒット曲。「あ、この曲。高校の文化祭でかかってたな」。もやし炒めを皿に盛る。発泡酒を開ける。19時30分。テーブルに座って食べる。もやし炒めと発泡酒と90年代の音楽。3つが揃った夜は「贅沢な夜」だ。20時。食器を洗う。音楽は流し続ける。20時30分。ソファに座って本を読む。BGMは引き続き90年代。21時。音楽を止める。静寂が戻る。「いい夜だった」。

この「音楽のある夜」のコスト。0円。Spotifyの無料プラン。YouTubeなら広告入りだがやはり0円。0円で「高校時代に戻れる2時間」が手に入る。

まとめ——「あの頃の自分」に会いに行く

90年代の音楽は「あの頃の自分」に会いに行くタイムマシンだ。タイムマシンの燃料はスマートフォン1台。操作は「再生ボタンを押す」だけ。押した瞬間に、15歳の自分が蘇る。18歳の自分が蘇る。22歳の自分が蘇る。蘇った自分は「まだ何者にもなっていない」自分だ。可能性だけがあった自分。あの自分に「お前、45歳まで生き延びたぞ」と報告する。報告したら、音楽を止めて現実に戻る。現実は手取り16万円のもやし炒め生活。だが「あの頃の音楽」を聴いた後のもやし炒めは、少しだけ味が違う。なぜかわからないが「少し美味い」。それが音楽の力だ。

今夜、YouTubeを開いて「90年代 ヒット曲」と検索してみてほしい。最初の1曲のイントロが流れた瞬間、「あ」と声が漏れる。その「あ」が、タイムマシンの起動音だ。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

タイトルとURLをコピーしました