日経6万6千円と「我慢の時期」が、同じ夏に同居する理由
長編・2026年夏の日本経済。数字はすべて2026年8月時点の公表値・報道に基づく。
プロローグ:同じ日の新聞に、正反対の日本が載っていた
2026年8月10日、朝の経済ニュースは高揚していた。日経平均株価は午前、6万6931円をつけた。 史上最高値の更新が、もはや日常の風景になっている。財務省が発表した上半期の経常黒字は17.4兆円と過去最大。AIブームに沸く世界の半導体需要が輸出を押し上げ、「国」としての日本は、かつてなく稼いでいる。
ところが同じ日、スーパーの精肉コーナーでは、国産牛肉のパックを手に取り、値札を見て、そっと棚に戻す人がいる。輸入牛にすら手が伸びない。夕食のもう一品を、家計簿の都合で諦める。それが、この夏の、もう一つの日本の風景だ。
株は最高値、でも牛肉は買えない。 この二つは、なぜ同じ国の、同じ日に、平然と並んでいられるのか。
安易に片づけるなら、「金持ちと貧乏人の格差」で終わる話だ。だが、それでは何も説明したことにならない。私が本稿で解きたいのは、もっと構造的な問いである。なぜ、日本という国が豊かになればなるほど、多くの家計はむしろ苦しくなるように感じるのか。 そのからくりの中心には、「K字経済」と呼ばれる、日本の裂け目がある。上向きに跳ねる線と、下向きに沈む線。この二本の線が、なぜ同時に引かれてしまうのか。それを、できる限り具体的な数字で追っていく。
第1章:「国は絶好調、家計は我慢」——まず矛盾を直視する
まず、明るい数字を並べてみる。どれも本物だ。
- 株価:日経平均は8月10日午前に6万6931円。史上最高値圏。
- 成長:民間予測では、4〜6月期のGDPは年率2.1%増。実質賃金の改善で消費も堅調とされる。
- 経常黒字:上半期17.4兆円で過去最大。半導体輸出が牽引。
- 賃上げ:連合の最終集計で平均5.01%、厚労省の主要企業集計では5.18%。3年連続で5%台という数字は、実に1991年以来、35年ぶりの高さだ。
これだけ見れば、日本経済は完全に復活したように映る。実際、賃上げは歴史的な水準で3年続き、輸出企業は最高益を更新し、株式市場は世界の投資マネーを吸い寄せている。「失われた30年」の暗いトンネルを、ようやく抜けたかに見える。
にもかかわらず、多くの家庭の実感は「我慢」だ。日本金融経済研究所の馬渕磨理子氏は、いまの日本を大企業・富裕層と中小・低中所得層に分かれるK字型経済と表現し、恩恵が中小企業や家計の隅々まで届くかどうかが最大の課題だと指摘してきた。
ここに、この特集の核心がある。マクロ統計は「豊か」と告げ、家計簿は「苦しい」と訴える。そのどちらも、嘘ではない。 問題は、「どの数字が、誰の財布に効いているのか」だ。平均という魔法の言葉が、この矛盾を覆い隠している。
歴史を振り返れば、かつての日本の好景気は、少なくとも「みんなで豊かになる」という建前を保っていた。輸出で稼いだ大企業の富が、下請けへ、従業員へ、地方へと循環し、「一億総中流」という言葉が実感を伴っていた時代があった。だが2026年の好景気は、その循環の回路が、どこかで断ち切られている。稼ぐ主体と、潤う主体と、痛む主体が、はっきりと分かれてしまった。「国が豊かになれば、いずれ国民も豊かになる」という、戦後日本が信じてきた前提そのものが、静かに壊れている。 それがK字経済の、いちばん不気味なところだ。まずは、その入り口として「平均」の嘘から解体していこう。
第2章:「平均」は、もう誰のことも言い表せない
経済統計は「平均」で世界を語る。平均賃金、平均消費、一人当たりGDP。だが、上と下に大きく引き裂かれた社会では、平均値はもはや「典型的な誰か」を指し示さない。
分かりやすい例を挙げよう。10人の部屋を思い浮かべてほしい。そこに年収数億円の資産家が1人入ってくると、部屋の「平均年収」は跳ね上がる。だが、残り9人の暮らしは1円も変わっていない。株高や輸出好調が生む果実が一部に集中するとき、「平均」はこの資産家に引っ張られて上昇し、あたかも全員が豊かになったかのような錯覚を生む。だが本当に知りたいのは、真ん中に立つ人——中央値の暮らしだ。平均が上がっても中央値が動かなければ、多数派の実感は「何も変わらない」で正しい。いまの日本で「統計は上向きなのに実感がない」と言われるとき、その多くは、平均と中央値の間に開いた、この見えない溝を指している。
一つ、象徴的な数字がある。厚生労働省の毎月勤労統計によれば、令和8年6月分の実質賃金は前年比1.6%増、6か月連続のプラスとなった。物価の上昇を賃金の伸びが上回り始めた——つまり統計上は、「我慢の時期」は終わりつつある、とすら読める。
それなのに、街の実感はまるで追いついていない。なぜか。
答えの一つが、いまの物価高の「かたち」にある。エコノミストが**「跛行(はこう)型インフレ」**と呼ぶ現象だ。ここ数年、物価が2%を大きく超えて上がった主因は、エネルギーと食料品の高騰にある。逆に、食品・エネルギーを除いたベースでは、2024年後半以降むしろ2%を割る局面もあった。つまり、上がっているのは、私たちが毎日買うもの、値段を覚えているものばかりなのだ。牛肉、卵、パン、電気代。一方で、たまにしか買わない耐久財の値下がりは、家計の実感には響かない。
物価指数は、この全部をならして「平均」を出す。だから指数の上では実質賃金がプラスに転じても、日々の買い物で殴られ続ける生活者の体感は、指数よりずっと痛い。 平均は嘘をついているわけではない。ただ、生活の手触りを、平らにならしすぎているのだ。
そして、この「平均のならし」は、もっと深刻な分断を隠している。賃金の分断であり、資産の分断だ。次章から、K字を上下に引き裂く力の正体に踏み込む。
第3章:K字の上半分を押し上げる、三つのエンジン
なぜ「国」だけが突出して豊かに見えるのか。それは、いまの好調を生んでいるエンジンが、特定の場所にしか効かないからだ。日本経済の上向きの線を押し上げているのは、主に三つの力である。
第一に、株高。 日経平均6万6千円は、株式や投資信託を持つ人にとっては、寝ている間にも資産が膨らむ魔法だ。だが、株を持たない人にとっては、テレビの向こうの他人事にすぎない。
第二に、円安。 40年ぶりの水準まで進んだ円安は、トヨタやソニーのような輸出企業の円建て利益を膨らませ、訪日外国人の消費を押し上げる。だが同じ円安が、輸入に頼る食料やエネルギーの値段を吊り上げ、内需で暮らす人々の財布を削る。
第三に、外需=AI半導体ブーム。 世界の生成AI投資が、日本の半導体・製造装置の輸出を押し上げ、過去最大の経常黒字を生んだ。だが、その果実は関連企業とその株主に集中し、地方の中小サービス業には、ほとんど滴り落ちてこない。
三つのエンジンに共通するのは、それが「資産を持つ人」と「輸出の側にいる人」を潤し、「賃金で暮らす人」と「内需の側にいる人」には冷たいという点だ。しかも残酷なことに、この三つは互いに連動している。円安が株高を呼び、株高が資産家をさらに富ませ、AIブームが円安下の輸出を加速させる。上向きの線は、自分自身を強化しながら、どんどん上へ伸びていく。
この三つのエンジンが同じ空間に共存する光景は、いまや観光地に行けば誰でも目撃できる。40年ぶりの円安で、日本は世界から見れば「バーゲンセール中の国」だ。訪日外国人は、割安になった日本で高級寿司をほおばり、老舗旅館に泊まり、デパートで爆買いをする。同じ店の同じカウンターで、隣の日本人客は、値上がりしたランチセットの価格に指を止め、いちばん安い一品を選ぶ。同じ円安が、片方には「宴」を、もう片方には「我慢」をもたらす。 為替という一つの数字が、まったく逆向きに二人の人生に作用する——これほど分かりやすいK字の縮図はない。観光で潤う地域や店は上向きの線に乗り、その裏で、輸入コストに苦しむ地元の暮らしは下向きの線に沈む。同じ通りの、同じ夏の話である。
問題は、下向きの線には、これに対応する自己強化のエンジンが存在しないことだ。では、この「上と下」を最も鋭く分けている線は、具体的にどこに引かれているのか。私は、それが**「株を持つか、持たないか」**だと考えている。
第4章:株という、新しい分断線
かつて日本の格差は、主に「賃金の差」だった。正社員か非正規か、大企業か中小か。だが2026年、そこに、もう一本の、より太い線が加わった。保有資産の差だ。
日銀の資金循環統計をもとにした分析によれば、**家計の金融資産は2025年度末に約2,400兆円と過去最高に達し、そのうち株式・投資信託の割合は23.6%**にまで高まった。この2割超えは、バブル期に匹敵する水準だという。株式・投信の保有額は564兆円と、45年前の10倍超に膨らんだ。その主因は、株高による評価益の拡大である。
一見、明るいニュースに聞こえる。「貯蓄から投資へ」が進み、新NISAが普及し、家計も株高の恩恵を受け始めた——と。実際、家計に占める現預金の比率は、長く50%台前半で推移してきたが、いったん5割を割り込み、足元では47%程度まで下がっている。
だが、ここに落とし穴がある。株式・投信の恩恵は、決して家計に均等に配られているわけではない。 2,400兆円の金融資産は、持てる者に厚く、持たざる者に薄い。株高で評価益を膨らませているのは、もともと投資に回せる余裕のあった層だ。日々の生活で精一杯の家庭には、そもそも株に振り向ける原資がない。むしろ、わずかな現預金は、高止まりする物価によって実質的に目減りしていく。株を持つ人の資産は勝手に増え、株を持たない人の現金は勝手に減る。 この非対称こそ、いまの日本で最も静かに、最も確実に進行している分断だ。
この「現金の目減り」は、感覚の話ではなく、数字で追える現実だ。大和総研の分析によれば、家計の1年後の予想インフレ率(中央値ベース)は足元で二桁近い高さで推移しており、人々は「現金のまま持っていれば実質的に価値が減る」と、はっきり意識し始めている。だからこそ現預金からの資金流出が続くのだが、ここにも残酷な非対称がある。投資に回せる余裕のある層は、株や投信に逃がして目減りを防げる。だが、生活防衛でわずかな預金にしがみつくしかない層は、目減りをそのまま受け入れるほかない。 インフレは、資産を持つ者には「株高の追い風」として、持たざる者には「現金の税」として働く。同じ物価上昇が、上向きの線と下向きの線を、さらに引き離す。
国際比較で見ると、日本の特異さはより際立つ。欧米の家計は資産の相当部分を株式や投信で持ち、株高の恩恵を家計全体で広く受け止めてきた。対して日本は、長らく半分以上を現預金で抱え込んできた「貯蓄大国」だ。政府はいま、家計の「株・投信・債券」比率を4割まで高める目標を掲げているが、これは裏を返せば、株高の恩恵がこれまで家計にほとんど行き渡っていなかったことの告白でもある。分厚い現預金の壁が、多くの家計を、この40年ぶりの資産インフレの宴の外側に立たせている。
注目すべきは、この危うさを、ほかならぬ政府自身が認めていることだ。2026年8月に公表された経済財政白書は、インフレ下で金融資産の差が家計に与える負の影響を注視するとし、恩恵の偏りによる二極化の恐れに警鐘を鳴らした。株高を手放しで喜ぶのではなく、それが社会を上下に引き裂きかねない、と国の公式文書がわざわざ書いている。これは、K字経済がもはや一部の論者の主張ではなく、政策当局が向き合わざるを得ない現実になったことの証左である。
賃金の格差に、資産の格差が重なる。二本の分断線が交差したところに、いまの日本のいちばん深い裂け目がある。
第5章:「賃上げ5%」という数字の、二重の意味
ここで、多くの人が抱く反論を先回りしておきたい。「でも、賃上げは3年連続で5%だろう。ボトムも上がっているじゃないか」——と。
たしかに、賃上げは起きている。だが、同じ「賃上げ」という言葉が、上と下では正反対の意味を持っていることを見落としてはならない。
大企業の5.18%という賃上げは、**「攻めの賃上げ」**だ。最高益を更新し、株主にも配当で報い、余裕をもって従業員に還元する。稼いだものを分配する、健全な循環である。
一方、中小企業はどうか。経団連の集計によれば、従業員500人未満の中小企業の賃上げ率は**4.20%**で、前年の4.35%から低下し、大手との差はむしろ広がった。しかも、その中身は大企業とは似て非なるものだ。商工中金の調査によれば、中小企業の賃上げ判断の基準は、いまや「収益力」ではなく「労働力の維持・確保」へと移っている。驚くべきことに、赤字企業の約6割までが、全従業員を対象に賃上げを実施しているという。利益が出たから還元するのではない。賃上げをしなければ人が辞めてしまい、事業が続けられないから、身を削って上げる。 これは、勝者の分配ではなく、敗者の防衛だ。
つまり、こういうことだ。上向きの線の5%は「余裕」から生まれ、下向きの線の4%は「悲鳴」から絞り出されている。同じ数字が、一方では繁栄の証、他方では消耗の証。統計の表面をなでるだけでは、この決定的な違いが見えない。
そして、ここに「トリクルダウン(したたり落ち)」が起きない構造がある。nippon.comが指摘するように、インフレ率が4〜5%のときに実質賃金をプラスにするには、賃上げ率を6〜7%以上に高める必要がある。だが、取引先への価格転嫁が十分にできない多くの中小企業には、とても届かない目標だ。大企業の最高益は、下請けの中小へと流れていく途中で、価格転嫁の壁にせき止められる。上流がいくら潤っても、堰があるかぎり、下流は乾いたままだ。トリクルダウンは、来なかったのではない。構造的に、来られなかったのである。
この堰の正体は、日本経済に根深く残る「下請けの二重構造」だ。原材料費や人件費が上がっても、発注元の大企業に対して立場の弱い中小は、そのコスト増を納入価格に上乗せしにくい。値上げを申し出れば「では他社に頼む」と言われかねない——その力関係が、価格転嫁を阻む。近年、政府が「労務費の転嫁」を促す指針を打ち出し、取引適正化に力を入れているのも、この構造がいかに頑固かを物語っている。大企業が最高益を更新するそのとき、下請けは原価高を自腹でかぶり、それでも人手をつなぎとめるために赤字で賃上げをする。上流の利益率と下流の利益率が、同じ好景気の中で逆方向に開いていく。 これは景気の波の問題ではなく、取引の力関係という、もっと固い岩盤の問題だ。だからこそ、金融政策や為替では動かせない。K字の裂け目の底には、この岩盤が横たわっている。
第6章:独自の読み——なぜK字は、政策で「閉じない」のか
ここまで見てくると、当然の疑問がわく。これほど問題がはっきりしているのに、なぜ政治は、この裂け目を埋められないのか。
私の見立てはこうだ。K字が閉じないのは、政治の怠慢だけが原因ではない。この経済を動かすほとんどすべての政策レバーが、片方の腕を持ち上げると、もう片方の腕を押し下げてしまうという、構造的なジレンマを抱えているからだ。
順に見てみよう。
- 円安:輸出企業と株価と資産家(上向きの線)を潤す。だが輸入物価を通じて、賃金生活者と内需(下向きの線)を痛める。
- 利上げ:円安を止め、預金者を助け、行き過ぎた資産インフレを冷ます。だが、借入に頼る中小企業の資金繰りを圧迫し、住宅ローンの負担を重くする。日銀は2025年12月に政策金利を0.75%へ引き上げたが、この一手も、上と下で恩恵と痛みが逆に出る。
- 株高:資産を持つ層を豊かにする。だが持たざる層にとっては、自分の現金の実質価値が相対的に下がるだけだ。
つまり、上向きの線と下向きの線を、同時に持ち上げる万能のレバーが存在しない。 一つ引けば、どこかが上がり、どこかが下がる。だからこそ、政治はいつも「どちらを優先するか」の選択を迫られ、その都度、片方の不満が噴き出す。
しかも、上向きの線に乗る層は、声も大きく、政治的な影響力も持ちやすい。株式市場の動揺は即座にニュースになり、輸出企業の業績は経済政策の成否として語られる。一方、下向きの線に沈む中小の下請けや、賃上げの届かないパート、実質目減りに耐える預金者の苦しさは、統計の「平均」の中に溶けて見えなくなる。痛みが分散し、恩恵が集中する構造は、政治の目を、どうしても上向きの線のほうへ引き寄せる。 「株高を守る」政策は打ちやすく、「見えない下流の乾き」を癒す政策は、票にも数字にもなりにくい。K字が閉じにくいのは、経済の構造だけでなく、この政治の重力のせいでもある。
いま国会で消費税の減税をめぐる議論がくすぶっているのも、この文脈で読むと分かりやすい。それは、上向きの線には効かず、下向きの線だけを直接持ち上げられる、数少ないレバーを求める動きだと解釈できる。株高や円安の恩恵が届かない層に、税の側から可処分所得を戻せないか——という発想だ。効果や財源をめぐって賛否は激しいが、政治が「ボトムを持ち上げる専用のレバー」を必死に探している、その焦りの表れではある。
K字は、放っておけば閉じない。むしろ、上向きの線を強化するエンジン(株高・円安・外需)が自己強化的に回り続けるかぎり、裂け目は自然に広がっていく。 これが、私がこの経済を悲観的に見る、いちばんの理由だ。
第7章:ただし、反対の光も見ておく
とはいえ、悲観だけに沈むのは、記者として誠実ではない。K字が「閉じ始めている」と読める材料も、たしかに存在する。両論を並べておきたい。
第一に、実質賃金は現に6か月連続でプラスに転じている。 これは小さくない。物価に賃金が追い越され続けた長い時代が、統計上は終わりつつある。
第二に、賃上げそのものが歴史的だ。 3年連続5%台は35年ぶり。地域別最低賃金も、全国平均で時給1,176円へと引き上げられる目安が決まった。底のほうの賃金にも、確実に上昇圧力がかかっている。
第三に、皮肉なことに「人手不足」が、労働者の側に交渉力を与えている。 中小の「守りの賃上げ」は、経営には重いが、働く人から見れば「辞めると言えば賃金が上がる」時代の到来でもある。かつての買い手市場から、売り手市場へ。これは下向きの線を、下から押し上げる力になりうる。
**第四に、「貯蓄から投資へ」の裾野が広がれば、**株高の恩恵を受ける家計は増えていく。新NISAをきっかけに投資を始めた層が育てば、資産の分断は、少しずつだが緩む可能性もある。
これらを踏まえれば、公平な結論はこうなる。K字は、上と下が同時に沈む「悪い二極化」ではなく、上も下も上がりつつ、上がより速く上がる「速度差の二極化」に近い。 誰も置き去りにされていない、と言えば言い過ぎだが、全員が沈んでいるわけでもない。問題は「差」であって「絶対的な貧困化」ではない——少なくとも、いまのところは。だが、その「速度差」こそが、人の不満を生む。隣の線が自分より速く上がっていくのを見せられ続けることは、絶対水準の停滞より、ときに人を苛立たせるからだ。
第8章:体感の正体——数字がプラスでも、苦しいと感じる理由
最後に、統計と体感の溝を、もう一段深く掘っておきたい。実質賃金がプラスでも人々が「楽にならない」と感じるのには、いくつもの理由が折り重なっている。
一つは、すでに述べた跛行型インフレ。毎日買うものほど値上がりし、記憶に焼きつく。
二つ目は、アンカー(基準)の問題。人は「1年前」ではなく「値上げが始まる前」の値段を覚えている。卵が、コーヒーが、外食のセットが、「あの頃はこの値段だった」という記憶と比べられ続ける。指数がどれだけ落ち着こうと、水準そのものが上がってしまった以上、その記憶との差は埋まらない。
三つ目は、手取りの問題。名目賃金が上がっても、税や社会保険料が増えれば、可処分所得(実際に使えるお金)の伸びは目減りする。「賃上げされたはずなのに、通帳の残り方が変わらない」という感覚は、ここから来る。
四つ目は、将来不安。年金や老後、教育費への不安が拭えなければ、今日の余裕は貯蓄や投資に回され、消費の実感にはつながらない。家計金融資産に占める現預金比率が下がったのも、裏を返せば「現金のままではインフレで目減りする」という不安に背中を押された、防衛的な資産シフトという側面がある。
五つ目は、比較の相手が変わったことだ。SNSを開けば、株や不動産で資産を膨らませた人の話が流れてくる。かつては隣近所と比べていた暮らしを、いまは上向きの線を駆け上がる誰かと、否応なく比べさせられる。自分の実質賃金がわずかにプラスでも、その伸びの何倍もの速さで資産を増やす人を見せられれば、豊かになった気には、とてもなれない。
これらすべてが、「統計はプラス、気分はマイナス」という、いまの日本人の心象を作り上げている。経済指標は、社会の平均を測る道具であって、個人の暮らしの手触りを測る道具ではない。 ここを取り違えると、「景気は回復しているのに、なぜ国民は満足しないのか」という、的外れな問いに迷い込む。的外れなのは、問いのほうだ。
エピローグ:「平均」を見るのを、やめてみる
この夏の日本経済を一言でまとめるなら、こうなる。国は豊かに、暮らしは選別的に。 株高・円安・AIブームという三つのエンジンが、資産と外需の側を勢いよく持ち上げる一方で、賃金と内需の側は、跛行型インフレの逆風の中を、ようやく前に進み始めたばかりだ。
これから注目すべき点を、三つに絞る。
- 中小企業の価格転嫁が、どこまで進むか。 下請けが取引先にコスト増を転嫁できなければ、賃上げは「守りの消耗」のままで、上流の最高益は下流に届かない。ここが、K字を閉じるか広げるかの、最大の分岐点になる。
- 実質賃金のプラスが、続くか。 6か月連続のプラスは朗報だが、原油高や円安が再燃すれば、あっけなくマイナスに逆戻りしうる。この夏の明るさが定着するかどうかは、まだ分からない。
- 資産と労働の分断を、政策がどう扱うか。 政府の白書が自ら二極化リスクを認めた以上、株高の恩恵を持たざる層にどう広げるか、あるいは税でどう補正するかが、次の政治の主戦場になる。
そして、私たち自身への提案を、最後に一つ。「平均」を見るのを、少しやめてみてはどうか。 一人当たりGDPも、平均賃金も、平均株価も、上下に引き裂かれた社会では、もはや誰の実感も代表しない。大事なのは、上向きの線がどこまで伸びたかではなく、下向きの線が、いつ、どうやって上を向くかだ。株が6万6千円をつけた夏に、牛肉を棚に戻した人の手元。そこにこそ、この国の景気の、本当の答えがある。
※本稿の数値は、内閣府(GDP・経済財政白書)、財務省(国際収支統計)、厚生労働省(毎月勤労統計・最低賃金)、日本銀行(資金循環統計)、連合・経団連・商工中金の各集計、および日本経済新聞・時事通信・nippon.com等の2026年の公表資料・報道に基づく。「跛行型インフレ」やトリクルダウンをめぐる考察、K字が政策で閉じない構造に関する解釈は、筆者の分析を含む。株価・相場水準は変動するため、利用時点の最新値を確認されたい。

