「結婚しなければならない」とは思っていない。でも「このまま一人でいいのか」という問いも、頭から消えない——そういう氷河期世代は多いと思います。
この記事は、「結婚=幸せ」という価値観を押し付けるものではありません。結婚しないという選択は、完全に正当な選択です。でも、婚活という行為そのものには、結婚するかどうかとは別に、やってみる価値があると自分は思っています。その理由を、正直に書きます。
婚活は「結婚するための活動」だけではない
婚活という言葉のイメージは、「結婚相手を探す活動」です。でも実際に婚活をした人に話を聞くと、「婚活を通じて自分のことがよくわかった」「婚活をしたことで人と話す力がついた」「婚活を経験して、一人でいることの価値を再認識した」という声が多く出てきます。
婚活は、自分という人間を棚卸しする機会でもあります。プロフィールを書く・自己紹介をする・相手と話す——この過程で、「自分は何が好きで・何が嫌いで・何を大切にしているか」が否応なしに明確になっていきます。就職氷河期という時代に、自分のことより生存を優先してきた世代にとって、この棚卸しは意外と重要な経験になります。
「出会い」は婚活以外では作りにくい
40代以上になると、自然な出会いの機会は極端に減ります。職場・趣味の集まり・友人の紹介——これらの出会いが若い頃より少なくなるのは、多くの人が感じていることです。
婚活は、「出会いの場を意図的に作る行為」です。結婚を目的にするかどうかにかかわらず、同世代の新しい人と話す機会を作ることは、人生の豊かさにつながります。婚活パーティーで知り合った相手が結婚相手にならなくても、友人になったケースは実際にあります。婚活で出会った人との会話が、自分の視野を広げるきっかけになることもあります。
「やってみた」という事実は大きい
人生において、「やってみた」と「やらなかった」の差は、結果より大きいことがあります。
婚活をやらずに40代・50代を過ごした後、「あの時やっておけばよかった」という後悔は、婚活をやって結果が出なかった後悔より大きいことが多い。少なくとも、やった後には「自分はやれるだけやった」という感覚が残ります。
就職氷河期世代は、時代に選択を奪われてきた世代です。就職・キャリア・給与——多くの場面で「選べなかった」経験を持つ世代です。婚活は、自分で選んで動ける数少ない領域のひとつです。その機会を自分の手で使うことは、氷河期世代にとって特別な意味を持つと思っています。
婚活をやめる選択も、やってみた後でいい
「婚活してみたけど、やっぱり一人の方が自分に合っている」という結論も、立派な結論です。
婚活をやってみた上で「結婚しない」を選ぶことと、やらずに「できなかった」まま終わることは、まったく違います。前者は能動的な選択、後者は受動的な結果です。
婚活をやってみることで、「自分は結婚という形のパートナーシップを本当に望んでいるのか」という問いへの答えが出ることがあります。やってみて「やっぱり求めていた」なら続ければいい。やってみて「自分には合わない」と感じたなら、その判断を自信を持って持てる。どちらに転んでも、やってみた経験は無駄になりません。
まとめ
「結婚しなくてもいい」は本当のことです。でも「婚活してみる価値がない」は、やってみないとわからない話です。
自分を知る機会として・出会いの場を作る手段として・「やれるだけやった」という感覚を持つために——婚活はその目的だけでも、試してみる価値があります。氷河期という時代に多くのことを奪われてきたこの世代に、自分で選んで動ける機会が残っています。それをどう使うかは、あなた次第です。

