婚活プロフィールを何回書き直したか、数えたことがある。
答えは23回だった。マッチングアプリの登録から婚活を休止するまでの約3年間で、23回。2ヶ月に3回のペースで書き直していた計算になる。変えた理由も、変えた結果も、変えるたびに何かが分かったことも、全部記録していた。今日はそれを全部書く。
なお最初に言っておくと、23回書き直した末に「完璧なプロフィール」は完成しなかった。たぶん完成しないものだったのだと今は思っている。
第1稿(登録初日):真面目すぎて逆に怖い
マッチングアプリに登録した日、私は「誠実に書こう」と思った。誠実に。これが最初の間違いだった。
第1稿の内容は概ね以下のようなものだった。「1974年生まれ、就職氷河期世代です。非正規の期間が長く、老後への不安があります。婚活は初めてで、結婚相手を真剣に探しています。共に老後に向けて支え合える関係を構築できればと思っています。趣味は読書と散歩です。よろしくお願いします。」
今読み返すと、相当に怖い。「老後への不安があります」という書き出しで始まる婚活プロフィールが、どんな印象を与えるかを、登録初日の私は全く考えていなかった。「真剣に探しています」という一文も、真剣すぎて圧迫感がある。「共に老後に向けて支え合える」というフレーズは、まるで互助会の勧誘文だ。
結果:マッチングゼロ。1週間で全面改訂を決意した。
第2稿〜第5稿:「明るくポジティブに」の罠
ネットで「婚活プロフィールの書き方」を調べた。出てきたアドバイスは大体このようなものだった。「ポジティブな言葉を使う」「趣味を具体的に書く」「一緒に行きたい場所を書く」「笑顔の写真を使う」。
私は素直に従った。第2稿では「休日は読書カフェや自然の多い公園を散歩するのが好きです。好きな作家は〇〇で、最近は〇〇を読んでいます。一緒に本屋さんや美術館に行けるパートナーを探しています!」という文章になった。
感嘆符がついた。私のプロフィールに感嘆符が登場した瞬間だった。
第3稿では「ゆっくりした休日が好きで、自炊も得意です。家庭的な雰囲気を大切にしたいと思っています!」が追加された。第4稿では「一緒においしいものを食べに行けたら嬉しいです!」が入った。第5稿では感嘆符が3個になっていた。
気づいた時、私はこのプロフィールの人物が「私ではない誰か」になっていることに気づいた。感嘆符が3個つく文章を書く人間が私ではない、という事実は、どんなに取り繕っても変えられない。
マッチングは少し増えたが、実際に会うと「プロフィールと少し雰囲気が違いますね」と言われることが続いた。当然だ。プロフィールの人物と実物が別人なのだから。
第6稿〜第10稿:「本当のことを書く」への転換
5回の書き直しを経て、私は方針を変えた。「求められている自分を書く」から「実際の自分を書く」へ。
第6稿の書き出しは「よく本を読みます。読んでいる間は話しかけないでほしいタイプです」にした。これは本当のことだ。
第7稿では「休日の過ごし方は静かに過ごすことが多く、外向きのイベントより、長い散歩か、好きな場所でぼーっとする方が好きです」と書いた。これも本当のことだ。
「本当のことを書く」プロフィールにした結果、マッチング数は第2稿〜第5稿期より減った。でも実際に会った時の「話せた感」は格段に上がった。「プロフィールと同じ人だ」という感想をもらうことが増えた。
これは重要な発見だった。婚活プロフィールの目的は「たくさんの人に会うこと」ではなく「自分に合った人と会うこと」だ。自分を飾ることで会える人が増えても、合わない人との会話が増えるだけで、最終的には両方の時間を無駄にする。
第11稿〜第15稿:「自己開示の深さ」の試行錯誤
本当のことを書く、という方針は固まった。次の問題は「どこまで本当のことを書くか」だった。
第11稿では「就職氷河期世代として、キャリアが安定しなかった時期が長くありました」という一文を入れてみた。これは「本当のこと」だが、初対面の相手にとっては情報量が多すぎた可能性がある。実際、その稿でマッチングした方との会話は、最初から就職氷河期世代の話になり、私が「この人は私をどう見ているのか」と考えすぎて、上手く話せなかった。
第12稿では「就職」の部分を削除した。第13稿では「年齢的に老後を意識しています」という一文を入れてみた。第14稿で削除した。第15稿では「何を書いていいか少し迷いながら書いています」という正直すぎる一文を入れた。これは誰かに見せた瞬間に「それはさすがに入れない方がいい」と言われて翌日削除した。
自己開示の適切な深さは、相手との関係の深さに応じて変えるものだ。婚活プロフィールというのは「関係がまだ始まっていない段階」に向けて書くものだから、深い自己開示は「重い」と感じられる。これを頭では分かっていても、本当のことを書こうとすると深くなりすぎる、というジレンマが第11〜15稿の時期に続いた。
第16稿〜第20稿:写真との整合性を考え始める
ある時期から「プロフィール写真と文章の整合性」を意識するようになった。
私の写真は、比較的真面目な印象のものだった。スーツではなく普段着で、笑顔の、特別に作りこんでいない写真。この写真と感嘆符が3個の文章は確かに整合していなかった。写真と文章を「同じ人物として成立させること」が必要だった。
第16稿から、写真の印象に合わせて文章のトーンを落ち着いたものにした。感嘆符を全廃した。「好きな本を紹介できるような関係になれたら」という一文を入れた。これは実際に言いそうな言葉だった。
第19稿あたりで、ある知人に「このプロフィールを読んで会いたいと思うか」と聞いた。知人の答えは「会いたいとは思うが、何を期待していいか分からない」だった。的確な指摘だった。相手が「この人に会ったら何が起きるか」を想像できるかどうかが、マッチングの意思決定に関わる。
第20稿では「本の話なら30分話せます」という一文を追加した。具体的な「自分の取り扱い説明書」的な情報が、相手の期待値設定を助けることに気づいた段階だった。
第21稿〜第23稿:諦めと受容の境地
第21稿は、ほぼ第20稿と同じだった。変えたのは「散歩が好きです」を「一人で長く歩くのが好きです」にしたくらいだ。なぜ変えたかはもう覚えていない。
第22稿も微細な変更だった。「本の話なら30分話せます」を「本の話なら時間を忘れます」に変えた。「30分」という数字が「短すぎる」と感じたからだが、「時間を忘れる」というフレーズが嘘っぽくて翌週また戻した。
第23稿で私は気づいた。「もうこれでいい」という感覚が来た。完璧ではない。でも「これが今の自分だ」という納得感があった。23回目にして初めて、プロフィールを書き終えた時に「よし、終わり」という感覚になった。
23回の書き直しから学んだこと
婚活プロフィールとは、「自分を相手に伝えるための文書」でありながら、同時に「自分が何者かを自分で確認するための作業」でもある。23回書き直したのは、婚活のためだけでなく、「自分のことを自分で理解していく作業」でもあったと思う。
就職氷河期世代として、自分のことを言語化する機会が少なかった。就職活動の面接では「自分を売ること」を求められたが、本当の意味で「自分を説明すること」は、婚活プロフィールの書き直しによって初めて、真剣に取り組んだかもしれない。
23回の書き直しを通じて、最終的に残ったことはひとつだ。「本当のことだけを書く。ただし全部を書く必要はない」。これだけだ。シンプルだが、23回かけて辿り着く価値はあった。

