「気の持ちよう」で片づけられた20年分の不調について
「気の持ちようだよ」と言われた最初の日
20代後半。就職に失敗し、派遣で働き始めて数年が経った頃、体の不調を感じ始めた。
具体的に言えば、常に疲れている。寝ても疲れが取れない。朝起きるのがつらい。食欲がない日がある。逆に、際限なく食べてしまう日もある。集中力が続かない。何をするにも億劫。休日は一日中ベッドの中にいる。外に出る気力がない。
これらの症状を、当時の同僚に話した。「なんか最近、ずっと疲れてて」。同僚は笑って言った。「気の持ちようだよ。前向きに考えれば元気になるって」。
気の持ちよう。
この言葉は、それから20年間、私の不調に対する社会の公式回答であり続けた。
「気の持ちよう」の万能感
「気の持ちよう」は、あらゆる不調に対して使われる万能の回答だ。
「疲れが取れない」→「気の持ちようだよ」。「やる気が出ない」→「気持ちの問題だよ」。「将来が不安で眠れない」→「考えすぎだよ、気の持ちよう」。「何もかもが億劫」→「それは気持ちが後ろ向きだからだよ」。
どんな訴えも、「気の持ちよう」で片づけられる。この言葉は、訴える側の問題を、訴える側の内面に帰す。外的な要因——経済的な困窮、雇用の不安定さ、将来の見通しのなさ——は考慮されない。すべてが「気の持ち方」の問題に還元される。
「気の持ちよう」と言う人は、たいてい善意で言っている。励ましのつもりだ。「前向きに考えれば大丈夫」「考え方を変えれば楽になる」。ポジティブシンキングの処方箋。だがこの処方箋は、病気の原因ではなく症状に対してしか効かない。
私の不調の原因は、「気の持ち方」ではなかった。就職できなかったこと。非正規で不安定な生活を続けていること。貯金がないこと。将来の見通しが立たないこと。これらの構造的な問題が、心身の不調を引き起こしていた。「気の持ちよう」では解決しない種類の問題だ。
20年分の不調リスト
20年間で経験した不調を、時系列で並べてみる。
20代後半。慢性的な疲労感。睡眠の質の低下。食欲の不安定。この時期は「若いんだから大丈夫」「気の持ちよう」で片づけられた。
30代前半。疲労感に加えて、頭痛が頻繁に起きるようになった。週に2、3回、こめかみが締めつけられるような痛み。緊張型頭痛だと思う。ストレスが原因だろうと自己診断した。市販の頭痛薬で対応。病院には行かなかった。
30代後半。胃の不調が加わった。食後にムカムカする。ストレスによる胃炎か逆流性食道炎か。胃薬を常備するようになった。胃薬代が月に1000円程度。この頃から、不調が複数同時に存在する状態が常態化した。
40代前半。腰痛が始まった。デスクワークの姿勢が原因だろう。加えて、肩こりが慢性化。首が回らない日がある。眼精疲労も重なり、夕方になると目がかすむ。
40代半ば(現在)。上記のすべてに加えて、膝の痛み。階段の上り下りがつらい。そして全体を覆う「疲れ」。朝起きた時点で疲れている。寝ても疲れが取れない。常にエネルギーの残量が20%くらいの感覚。
これらの不調すべてに対して、周囲からの回答は一貫していた。「気の持ちよう」「考えすぎ」「運動すれば治る」「年齢のせい」「みんなそうだよ」。どれも、問題を矮小化する回答だ。矮小化されるから、本人も「大したことない」と思い込む。思い込んだまま、不調が蓄積される。20年分の蓄積は、もはや慢性疾患と呼んでいい域に達している。
「みんなそうだよ」という嘘
「みんなそうだよ」。これも「気の持ちよう」と並んで、よく投げかけられる言葉だ。
みんな疲れてる。みんな眠い。みんな肩が凝ってる。みんな胃が痛い。だからお前だけじゃない。だから我慢しろ。
だが「みんなそう」は事実ではない。同年代でも、健康状態には大きな個人差がある。ジムに通い、栄養バランスの良い食事を取り、定期的に人間ドックを受けている人は、私よりずっと健康だろう。彼らは「みんなそう」の「みんな」には含まれない。
「みんなそう」は、不調を「普通のこと」として正常化する機能を持っている。正常化されると、対処しなくなる。「みんなそうなんだから、自分も我慢すればいい」。我慢が美徳として機能する。我慢した結果、不調が悪化する。悪化しても「みんなそう」で片づけられる。
「みんなそう」の本当の意味は、「私はそれに興味がない」だ。あなたの不調に興味がない。聞きたくない。だから「みんなそう」と言って会話を終わらせる。これは同情のように見えるが、実際は拒絶だ。やわらかい拒絶。
病院に行けなかった理由
20年間の不調に対して、私はほとんど病院に行かなかった。理由は複数ある。
理由1。金がない。毎回のことだが、これが最大の理由だ。保険適用でも、初診料、検査費、薬代を合わせると、1回の受診で数千円かかる。数千円が毎月の食費を圧迫する。
理由2。「気の持ちよう」を信じてしまった。周囲から「気の持ちよう」と言われ続けると、自分でもそう思い始める。「病院に行くほどのことではない」「大げさだ」「我慢すれば治る」。これらの自己否定が、受診のハードルを上げた。
理由3。時間がない。派遣社員が平日に病院に行くのは難しい。有給が取りにくい。早退もしにくい。土曜日にやっている病院は混んでいる。半日待って5分の診察。その5分のために半日を費やす気力がない。
理由4。何科に行けばいいかわからない。「慢性的な疲労」は何科の管轄なのか。内科? 心療内科? それとも全身を診てもらえる総合診療科? 何科に行けばいいのかわからないから、どこにも行けない。
これらの理由が重なって、20年間、ほぼ無治療で過ごしてきた。市販薬でのセルフメディケーション。頭痛薬、胃薬、痛み止め、湿布。月の薬代は2000円から3000円。病院に行ったほうが安いのかもしれないが、病院に行くための「最初の一歩」が踏み出せない。
「気の持ちよう」ではなかった
40代に入って、ようやく心療内科を受診した。受診のきっかけは、不眠が限界に達したことだ。3日間ほとんど眠れない夜が続き、仕事中に意識が飛ぶようになった。さすがにこれは「気の持ちよう」ではないと思った。
心療内科の医師は、丁寧に話を聞いてくれた。症状、生活環境、仕事の状況、経済的な不安、将来への恐怖。30分以上かけて聞いてくれた。今まで誰にもこんなに丁寧に聞いてもらったことがなかった。
医師の診断は「適応障害の疑い」だった。環境の変化やストレスに対して、心身が適応できなくなっている状態。これは「気の持ちよう」ではなく、医学的な状態だ。治療が必要だ。
「気の持ちよう」ではなかった。20年間「気の持ちよう」と言われ続けたが、それは誤りだった。気の持ちようで解決する問題ではなく、専門的な治療が必要な状態だった。
もっと早く行けばよかった。20年前に行っていたら。あのとき「気の持ちよう」を信じずに、専門家に相談していたら。蓄積された20年分の不調は、もっと軽く済んでいたかもしれない。
「気の持ちよう」という言葉は、20年間、私を病院から遠ざけた。善意の言葉が、結果的に害を為した。善意であっても、専門的な知識がなければ、害になることがある。「気の持ちよう」を言う前に、「一度、病院に行ってみたら?」と言ってほしかった。一言の違いが、20年分の差を生む。
不調を抱えながら働くということ
20年間、不調を抱えながら働いてきた。休職したことはない。休めなかった。非正規で休職すると、契約が切れる。切れたら収入がゼロになる。ゼロになると生活できない。だから体調が悪くても出勤する。
体調が悪いまま出勤すると、パフォーマンスが落ちる。ミスが増える。集中力がない。効率が悪い。これが評価に影響する。評価が下がると契約更新に響く。だからパフォーマンスが落ちないように、無理をする。無理をすると体調がさらに悪化する。悪化しても休めない。
この無限ループを20年回し続けた。心身が壊れなかったのは、「壊れる」レベルには達しなかったからだ。ギリギリのところで持ちこたえてきた。持ちこたえられたのは偶然であり、もう少し条件が悪ければ壊れていた。壊れなかった自分をラッキーだと思うべきか、それとも壊れなかったことで問題が放置され続けたことをアンラッキーだと思うべきか。どちらとも言えない。
「気の持ちよう」と言う社会へ
最後に、「気の持ちよう」と言い続けてきた社会に対して、静かに抗議しておく。
「気の持ちよう」で片づけることで、社会は何を得たか。不調を訴える人間を黙らせた。黙った人間は、不調を抱えたまま働き続けた。労働力として消費された。消費し終わったあと、20年分の蓄積された不調を抱えた中年が残った。
「気の持ちよう」で片づけることで、社会は何を失ったか。早期に治療していれば回復できた人材を、慢性的な不調のまま放置した。放置された人材は、本来のパフォーマンスを発揮できなかった。社会全体の生産性にとって、マイナスだ。
「気の持ちよう」は、個人にとっても社会にとっても、コストの先送りにすぎない。今「気の持ちよう」で片づけた問題は、10年後、20年後に、もっと大きな問題として返ってくる。歯医者の話と同じ構造だ。初期に対処すれば安い。放置すれば高くつく。
次に誰かが「最近、体調が悪くて」と言ったとき、「気の持ちようだよ」と言わないでほしい。代わりに、「病院に行った?」と聞いてほしい。たった一言の違いだ。その一言が、20年分の蓄積を防ぐかもしれない。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。「気の持ちよう」で不調を片づけられた経験がある人は、きっと少なくないはずです。
