氷河期世代の「親の老い」を目の当たりにしたとき——帰省のたびに小さくなる母の背中
はじめに——「あれ、こんなに小さかったか」
帰省した。駅の改札を出ると、母が待っていた。手を振っている。近づいて気づいた。「あれ、こんなに小さかったか」。記憶の中の母は、もっと大きかった。子どものころ見上げていた母は、今は自分が見下ろしている。身長が縮んだのか。それとも背中が丸くなったのか。どちらにせよ、母は「小さく」なっていた。
帰省のたびに、母の変化に気づく。前回は気づかなかった杖。前回よりゆっくりになった歩行速度。前回より増えた白髪。前回より聞こえにくくなった耳。変化は少しずつ、確実に進んでいる。その変化を見るたびに、胸が締めつけられる。「親は永遠にいるわけではない」。頭ではわかっている。だが心が追いつかない。
このエッセイでは、「親の老い」を目の当たりにしたときの感情と、独身の子どもとして何ができるかを考える。
「親の老い」に気づく瞬間
親と離れて暮らしていると、「老い」は「変化」として気づく。毎日一緒にいれば、変化は緩やかすぎて気づかない。だが数ヶ月ぶりに会うと、「前回と違う」ことが際立つ。
気づく瞬間1は「体の変化」。背中が丸くなった。歩くのが遅くなった。手の甲のシミが増えた。体重が減った(または増えた)。声が小さくなった。耳が遠くなった。
気づく瞬間2は「行動の変化」。料理の品数が減った(作る気力がなくなった)。掃除が行き届かなくなった。外出が減った。テレビの音量が大きくなった。同じ話を繰り返すようになった。
気づく瞬間3は「精神の変化」。以前より怒りっぽくなった。または無気力になった。新しいことへの興味がなくなった。「もう歳だから」が口癖になった。
これらの変化に気づいたとき、子どもは複雑な感情を抱く。悲しみ。「元気だった親が弱っていく」悲しみ。焦り。「何かしなければ」という焦り。無力感。「何もできない」という無力感。罪悪感。「離れて暮らしていて申し訳ない」という罪悪感。そして恐怖。「いつか親がいなくなる」恐怖。
独身の子どもにできること——「離れていてもできること」
離れて暮らしている独身の子どもに、何ができるか。「同居して介護する」は現実的ではない場合が多い(仕事を辞められない、生活の基盤が都会にある)。離れていてもできることを具体的に示す。
できること1は「定期的に電話する」。月に2〜4回。週に1回が理想。「元気?」「ご飯ちゃんと食べてる?」「変わったことない?」。短い会話でいい。5分でいい。電話の目的は「安否確認」と「つながりの維持」。親の声のトーンから体調を推測する。「いつもと違う」と感じたら、「ちょっと体調悪い?」と聞いてみる。
できること2は「帰省の頻度を上げる」。年に1〜2回の帰省を、年に3〜4回に増やす。交通費がかかるが、親が元気な時間は有限だ。「帰省=義務」ではなく「帰省=親と過ごす時間を確保するための投資」と考える。高速バスで交通費を抑え、頻度を上げる。
できること3は「親の『困っていること』を聞く」。帰省したとき、「何か困ってることない?」と聞く。「大丈夫よ」と言われても、実は困っていることがある。「電球が切れたけど交換できない」「庭の草が伸びたけど刈れない」「重い荷物が持てない」。帰省中にこれらの「小さな困りごと」を解決する。電球を替え、草を刈り、荷物を整理する。1時間で終わることが、親にとっては「できなかったこと」だ。
できること4は「見守りサービスを導入する」。離れていても親の安否を確認できるサービスを導入する。郵便局の「みまもり訪問サービス」、電力会社の安否確認サービス、自治体の見守り事業。親の同意を得て導入する。「心配だから」と正直に伝えれば、多くの親は受け入れてくれる。
できること5は「地域包括支援センターの存在を把握しておく」。親の住む地域の地域包括支援センターの電話番号をスマートフォンに登録しておく。何か異変を感じたとき、すぐに相談できるように。親がまだ元気な段階でも、「事前に把握しておく」ことが重要。別の介護カテゴリの記事で詳しく解説した。
「親孝行」の形は一つではない
「親孝行」と聞くと、「同居して面倒を見る」「立派な家を建てる」「孫の顔を見せる」といった「大きな親孝行」を想像するかもしれない。独身で低収入の氷河期世代には、これらの「大きな親孝行」は難しい。
だが親孝行の形は一つではない。月に1回電話する。帰省したときに肩を揉む。一緒に散歩する。一緒にテレビを見ながら笑う。母の日にカーネーション(500円の小さな花束)を送る。誕生日に「おめでとう」のLINEを送る。これらの「小さな親孝行」は、すべてほぼ0円でできる。
親が最も喜ぶのは「子どもが元気でいること」だ。元気に生きていること。仕事をしていること。ご飯を食べていること。これだけで、親にとっては十分な「親孝行」だ。独身でも、非正規でも、低収入でも。生きていれば、それが親孝行だ。
「いなくなる日」に備える
親の老いを目の当たりにすると、「いなくなる日」を意識するようになる。意識するのは辛い。だが意識しておくことで、「そのとき」のパニックが軽減される。
備え1は「親の情報を整理しておく」。通帳の場所、保険の加入状況、年金の額、かかりつけ医、服用している薬、アレルギー。これらの情報を把握しておく。前の介護カテゴリの記事で詳しく解説した。
備え2は「葬儀の希望を聞いておく」。「そんな縁起の悪い話」と嫌がる親もいるが、「万が一のとき、何も知らないと困る」と伝えれば、話してくれることが多い。一般葬がいいか家族葬がいいか。宗派は何か。お墓はどうするか。
備え3は「今の時間を大切にする」。親がいる「今」を大切にする。帰省したとき、「早く帰りたい」と思わず、もう1時間だけ母と話す。もう1品だけ母の手料理を食べる。もう1回だけ一緒に笑う。「今」の積み重ねが、「いなくなった後」の記憶になる。記憶が多いほど、喪失の痛みは——消えないが、「良い時間を過ごした」という納得が、痛みを支えてくれる。
まとめ——「小さくなった母の背中」を見て思うこと
帰省のたびに小さくなる母の背中。その背中を見るたびに、「自分はもっと何かできるのではないか」と思う。できることは限られている。独身で、離れていて、お金もない。でも電話はできる。帰省はできる。肩を揉むことはできる。一緒に笑うことはできる。
限られたことを、限られた中で、精一杯やる。それしかない。それが自分にできる「親孝行」の全部だ。全部が少なくても、ゼロよりはましだ。ゼロよりましなら、やる価値がある。
次の休みに、母に電話しよう。「元気?」。たった2文字。この2文字が、母の1日を少しだけ明るくしてくれるかもしれない。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

