公務員試験に「何度でも挑戦する」ための心の整え方——100社落ちた世代だからこそ持てる粘り強さ

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はじめに——「また落ちた」のトラウマと向き合う

公務員試験に不合格だった。封筒を開けて「不合格」の文字を見た瞬間、22歳のあの日がフラッシュバックする。100社目の不採用通知。「またか」。あの絶望感。あの無力感。「自分にはどこにも居場所がないのか」。

22歳の自分と45歳の自分。時間は経ったが、「落ちたときの痛み」は変わらない。痛みが変わらないのは、「拒絶」に対する人間の本能的な反応だからだ。人間は「拒絶」を「身体的な痛み」と同じ脳の領域で処理する。だから不合格は「本当に痛い」。物理的に痛い。胸が締めつけられる。胃がキリキリする。眠れなくなる。

この痛みを抱えながら、「もう一度受ける」決意をすることは、容易ではない。だが氷河期世代は「痛みに耐えて動き続ける」ことを20年以上やってきた。100社落ちても101社目に応募した。派遣先が決まらなくても、次の案件を待った。貯金がゼロになりそうでも、もやし炒めを食べて生き延びた。

この「粘り強さ」は、氷河期世代が20年間で培った「最強の武器」だ。公務員試験の不合格1回や2回は、100社不採用に比べれば「かすり傷」だ。かすり傷で立ち止まるには、もったいないほどの「粘り」を、自分はすでに持っている。

「不合格の痛み」を正しく処理する

不合格の痛みを「処理」するには、いくつかのステップがある。処理せずに放置すると、痛みが「トラウマ」に変わり、次の挑戦を阻む壁になる。

ステップ1は「感情を認める」。悔しい。悲しい。怒りがある。情けない。自分を責めたくなる。これらの感情は「自然」だ。否定しない。「悔しくて当然」「悲しくて当然」。感情を認めることが、処理の第一歩。

ステップ2は「感情を吐き出す」。紙に書く。「悔しい。また落ちた。なぜ自分はダメなのか。あんなに勉強したのに」。思いつくまま書く。文法も体裁も気にしない。書くことで、頭の中の「ぐるぐる」が紙の上に固定される。固定されると、少し楽になる。

ステップ3は「1週間のモラトリアムを取る」。不合格の通知を受け取った日から1週間は、勉強しない。公務員試験のことを考えない。普段の生活に戻る。もやし炒めを食べる。散歩する。発泡酒を飲む。1週間経てば、痛みは「激痛」から「鈍痛」に変わる。鈍痛なら、考えることができる。

ステップ4は「原因を分析する」。1週間のモラトリアムが明けたら、冷静に「なぜ落ちたか」を分析する。筆記で落ちたなら、どの分野が足りなかったか。面接で落ちたなら、どの質問で詰まったか。論文で落ちたなら、何が足りなかったか。原因がわかれば、対策が立てられる。対策が立てられれば、「次は違う結果になる」可能性が生まれる。

ステップ5は「来年の計画を立てる」。原因分析をもとに、来年の試験に向けた計画を立てる。「今年は数的推理が足りなかった→来年は数的推理の問題集をもう1冊やる」「面接で志望動機が弱かった→来年は自治体の政策をもっと調べる」。具体的な計画があれば、「次がある」という希望が生まれる。希望があれば、痛みに耐えられる。

「100社落ちた経験」が「何度でも挑戦する力」になる

22歳のとき、100社に落ちた。100回の「不合格」を経験した。100回の痛みに耐えた。100回目の不合格の後も、101社目に応募した。この「101社目に応募する力」は、「打たれ強さ」「回復力」「粘り強さ」と呼ばれる。

公務員試験の不合格は1回。100回の不合格に耐えた人間にとって、1回の不合格は「いつものこと」だ。いつものことなら、処理の方法は知っている。落ち込んで、1週間休んで、原因を分析して、計画を立てて、また勉強する。22歳のときに100回やったプロセスを、45歳の今もう1回やるだけ。

「100回落ちた経験がトラウマになっている」。わかる。トラウマはある。だがトラウマは「弱さの証」ではなく「生き延びた証」だ。100回の不合格を経験してなお、生きている。生きているからこそ、45歳の今、公務員試験を受けることができる。トラウマを持ちながら挑戦する。それは「トラウマがない人の挑戦」より、遥かに勇敢だ。

「何度でも受けられる」ことの価値

公務員試験は「何度でも受けられる」。受験回数に制限はない。年齢の上限を超えない限り、毎年受験可能。今年落ちたら来年。来年も落ちたら再来年。

「何度でも受けられる」は「何度でも挑戦できる」と同義だ。人生で「何度でも挑戦できるチャンス」がどれだけあるか。就職活動は年齢制限がある。婚活もタイミングがある。だが公務員試験は「受験資格の年齢範囲内」であれば何度でも。

1回目の挑戦で不合格。2回目で不合格。3回目で合格。こうした「複数回受験での合格者」は実際にいる。1回で受からなくても、3回受ければ合格する可能性が上がる。3回受けるのに必要なのは「3年間の粘り強さ」だ。3年間。氷河期世代にとって、3年間は「20年間の非正規生活」に比べれば短い。

「挑戦を続ける」ための精神的な技術

技術1は「小さな成功を拾う」。不合格だったが、「今年は筆記試験を突破した」。不合格だったが、「面接で聞かれた質問にすべて答えられた」。不合格の中にも「去年より進歩した」部分がある。進歩を見つけて、自分を褒める。「去年は一次で落ちた。今年は二次まで進めた。偉い」。この「偉い」が、来年への燃料になる。

技術2は「仲間を見つける」。公務員試験を目指す人のSNSコミュニティ、掲示板、ブログ。同じ目標を持つ人とつながる。「自分だけじゃない」と知ることで、孤独感が和らぐ。不合格の報告をしたとき、「自分もです。来年一緒に頑張りましょう」と返してくれる仲間がいるだけで、心が軽くなる。

技術3は「不合格を『データ』として扱う」。感情的に処理するのではなく、「データ」として扱う。「今年のデータ:筆記56%、面接C評価。来年の目標:筆記65%、面接B評価」。データとして扱えば、感情の揺れが小さくなる。データは「失敗」ではなく「改善の材料」だ。

技術4は「『公務員試験以外の人生』を充実させる」。公務員試験が人生の「すべて」になると、不合格が「人生の否定」に感じられる。試験以外の活動——散歩、読書、料理、サークル——を維持する。試験以外の部分が充実していれば、不合格のダメージが「人生全体」に波及しない。「試験は落ちたが、散歩は気持ちよかったし、もやし炒めは美味かった」。この「他の良いこと」が、精神のクッションになる。

技術5は「『やめる勇気』も持っておく」。何度挑戦しても不合格の場合、「やめる」選択も正しい。「やめる」のは「諦める」のとは違う。「この方法ではダメだとわかったから、別の方法を試す」。公務員試験をやめて、民間の正社員を目指す。資格を取ってキャリアチェンジする。「やめる」は「別の道を選ぶ」であり、「人生を諦める」ではない。

「最後の1回」を決めない

「今年が最後の挑戦」と決めると、プレッシャーが大きくなる。プレッシャーが大きいと、面接で緊張しすぎる。緊張しすぎると、パフォーマンスが落ちる。落ちると、不合格になる。不合格になると「もう終わりだ」と絶望する。

「最後の1回」を決めない。「今年がダメでも、来年もある」。この「来年もある」が、プレッシャーを軽減し、面接でのリラックスを可能にし、パフォーマンスを上げる。結果として合格率が上がる。

「来年もある」と思えるのは「年齢の上限に達していない」場合に限る。上限が近づいている場合は、「残り何回受けられるか」を計算し、「残りの回数で合格するための最善の戦略」を立てる。上限が近い場合こそ、焦らず冷静に。焦りは判断を誤らせ、パフォーマンスを下げる。

「合格した自分」をイメージする

不合格が続くと、「合格する自分」がイメージしにくくなる。「自分には無理なのかもしれない」。この「無理かもしれない」が、勉強のモチベーションを削り、面接での自信を奪い、結果として不合格を招く。「自己成就的予言」だ。

この連鎖を断ち切るには、「合格した自分」を具体的にイメージする。合格通知を開く瞬間。泣きそうになる自分。母に電話して「受かったよ」と報告する場面。4月の入庁式で辞令を受け取る場面。初日のデスクに座る場面。初めてのボーナスを受け取る場面。これらの「場面」を頭の中で何度も再生する。再生するたびに、「合格する自分」が少しずつリアルになる。リアルになれば、「無理かもしれない」が「できるかもしれない」に変わる。

「氷河期世代の粘り強さ」は合格への最短ルート

公務員試験に合格するために最も必要な資質は「頭の良さ」ではない。「粘り強さ」だ。頭が良くても、1回の不合格で諦めたら合格率はゼロ。頭は普通でも、3回挑戦すれば合格率は飛躍的に上がる。

氷河期世代は「粘り強さ」の達人だ。20年間の非正規雇用を生き延びた。100社の不採用に耐えた。手取り16万円でもやし炒めを食べ続けた。この「粘り」は、公務員試験の勉強を続ける力になり、不合格に耐える力になり、何度でも挑戦する力になる。

「粘り強さ」を持っている自分を、誇りに思ってほしい。この粘り強さは、20年間の苦しみの中で培われた。苦しみの副産物が「粘り」だ。副産物を武器に変えて、公務員試験に挑む。苦しんだ20年間が、合格への最短ルートになる。

まとめ——「それでも、もう1回」

不合格の通知を受け取った。痛い。辛い。「もうやめようか」と思う。だが1週間後、ふと考える。「あと1回だけ、やってみようか」。この「あと1回」が、人生を変える。

「あと1回」の勇気。この勇気は、氷河期世代だからこそ持てる。100社落ちても101社目に応募した経験があるから。20年間もやし炒めを食べ続けた経験があるから。「それでも明日は来る」と知っているから。

明日は来る。来るなら、もう1回テキストを開こう。もう1問解こう。もう1回面接の練習をしよう。「もう1回」の積み重ねが、合格への道を作る。道は見えないかもしれない。だが「もう1回」歩き続ければ、いつか道が見える。見えたとき、そこには「正規の公務員」としての新しい人生がある。

それでも、もう1回。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

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