まえがき:そもそもロジャーズの保有銘柄はどこまで知ることができるのか
ジム・ロジャーズという投資家の保有銘柄について書くとき、最初にはっきり認識しておかねばならないことが一つあります。それは「ロジャーズは自分のポートフォリオを完全には公開していない」という事実です。
アメリカでは、運用資産が1億ドル以上の機関投資家は四半期ごとに保有銘柄を米証券取引委員会(SEC)に「13F」という書式で報告し、これが一般に公開されます。ウォーレン・バフェットが率いるバークシャー・ハサウェイの13Fは、毎四半期ごとに世界中の投資家から食い入るように読まれるわけです。
しかしロジャーズは状況が違います。彼は1980年にクォンタム・ファンドを退任した後、機関投資家としては引退しています。現在彼が運用しているのは基本的に自分自身(と家族)の資産であり、これは「個人投資家」のカテゴリに入ります。アメリカ法上、個人投資家には保有銘柄の開示義務はありません。彼が会長を務める「Rogers Holdings」と「Beeland Interests」という法人組織は存在しますが、これらは主に自分の資産管理と「ロジャーズ国際商品指数(RICI)」のライセンス業務などを行う実体であり、ファンドとしての13F開示義務は負っていません。
では、なぜ私たちはロジャーズの保有銘柄について語ることができるのか。答えは、彼自身が極めて饒舌だからです。テレビ番組、雑誌インタビュー、講演会、自著、YouTube動画、そして近年は中国メディアやロシアメディアにまで頻繁に登場し、「今私は何を持っている」「最近何を売った」「何を買い始めた」と惜しみなく語ります。これらの発言を丹念に拾い集めれば、彼のポートフォリオの輪郭はかなり鮮明に浮かび上がってきます。
ただし注意点があります。第一に、彼の発言はあくまでスナップショットであり、翌週には変わっている可能性があります。第二に、本人は「だいたい何々を持っている」「最近買った」とは言うものの、保有数量や時価評価額までは語りません。第三に、二次情報のジャーナリストや解説者が、ロジャーズの「セクター推奨発言」をあたかも「保有銘柄」のように書いてしまっているケースもあります。本記事ではこの違いを意識的に分け、できる限り一次情報に近い形で再現することを心がけました。
それでは、2026年1月時点における、ジム・ロジャーズ氏の保有銘柄ポートフォリオの全体像から見ていきましょう。
第1章:2026年初頭のロジャーズ・ポートフォリオ全体像
2026年1月初旬、ロジャーズはロシアの経済メディアであるRBCインベストメント、およびラジオRBCのインタビューに応じ、年初の恒例となっているニューイヤーインタビューを行いました。この内容は世界の各国メディアで一斉に報じられ、ロジャーズの最新ポートフォリオの輪郭が明らかになりました。さらに、2025年12月22日には中国の国泰海通証券が主催したライブ配信イベントで、中国市場についての見解を改めて披露しています。
これらの最新インタビューを総合すると、2026年初頭時点でのロジャーズの保有資産は、おおよそ次のような構成になっています。
第一に、現金、特に米ドル現金を大量に保有しています。彼は自身、繰り返し「米国は史上最大の債務国だ」「米ドルは長期的にはリスクだ」と警告してきましたが、それでも世界が不安定化したとき人々は米ドルに逃避するため、当面の安全資産として米ドル現金を多めに持っていると説明しています。
第二に、貴金属、特に金(ゴールド)と銀(シルバー)を保有しています。ただし、2025年に金は約60%、銀は約120%上昇して史上最高値圏にあるため、現状ではこれ以上の積み増しはしていないと述べています。下落局面が来れば追加購入の意向です。
第三に、中国株式の幅広いポートフォリオを保有しています。具体的な銘柄名としては、中国の航空会社(エア・チャイナ、中国東方航空、中国南方航空など)が複数の報道で挙げられており、セクターとしては観光、運輸、航空、農業を重点的に組み入れています。
第四に、ウズベキスタンの株式を保有しています。これは2026年1月に明らかになった新しい動きで、タシケント証券取引所に上場している全85銘柄のほぼ全てを買ったとロジャーズ本人が語っています。
第五に、ウズベキスタンの通貨であるスム(som)を保有しています。為替ヘッジは行っていません。
第六に、ロシアの通貨ルーブル(ruble)の保有を継続しています。ただしロシアの株式は2025年秋に全て売却済みです。
このポートフォリオを総括すると、彼は明らかに「西側先進国から距離を置き、フロンティア新興国の通貨と株式、そして実物資産(貴金属)に集中している」状態にあります。これは、彼が長年警告し続けてきた「ドル基軸通貨体制の終焉」「西側の過剰債務」「アジアの世紀」という長期テーゼが、いよいよ自身のポートフォリオ配分にも明確に反映された姿だと言えます。
それでは、各保有資産について、章を分けて深く掘り下げていきましょう。
第2章:米ドル現金 — 矛盾の中の現実主義
ロジャーズの現金ポジションについては、多くの読者が違和感を覚えるかもしれません。彼ほどアメリカの財政を批判し、ドルの長期的価値を疑問視してきた人物が、なぜ大量の米ドル現金を保有しているのか。
その答えは、ロジャーズ自身の言葉で端的に表現されています。「人々が問題に直面したとき、米ドルを安全な避難所と見なす傾向がある。だから私もドルを持っている」。
これは、ロジャーズが原理主義的なドル否定論者ではなく、極めて現実主義的な投資家であることを示しています。彼は「いずれドルは大きな調整を迫られる」と長期では見ていますが、「目の前の数年で考えると、世界が混乱したときの逃避先はやはりドルになる」と短中期的には認識しています。長期テーゼと短期戦術を分けて考えられる、典型的なマクロ投資家の発想です。
なぜそれほど現金を厚く持つのか。理由は明確で、次の市場の暴落に備えるためです。ロジャーズの基本的なシナリオは、現在の世界の株式市場はFRBや各国中央銀行の長年の緩和政策によって過熱しており、2025年から2026年にかけて大幅な調整が来る可能性が高いというものです。その調整が来た時に、自分の好きな国の好きな資産を、現金で大量に買い向かえる余力を持っておく。これが彼の「機会主義者(オポチュニスト)」としてのスタンスです。
ここから個人投資家が学べる最も重要なことは、現金は「持っていない人にはチャンスが見えない資産」だということです。市場が暴落して優良資産が叩き売られる時、ほとんどの人はすでに資金を株式に投入し尽くしており、追加で買う余力がありません。むしろ、ローンで投資していた人は強制ロスカットに追い込まれ、底値で売らされます。一方、十分な現金を抱えていた投資家だけが「歴史的なバーゲンセール」を享受できる。これがロジャーズの繰り返し説いてきた教えです。
ロジャーズが保有している現金の通貨構成については、彼は明言していませんが、複数のインタビューを総合すると、米ドルが中心、シンガポールドル(生活通貨)、人民元、ウズベクスム、ルーブルといった多通貨に分散していると推測されます。中国に長期コミットしている彼が人民元を持っていることは複数の場で確認されています。
第3章:貴金属 — 金と銀のなかでの戦略
金(ゴールド)の保有
ロジャーズは金を長年保有し続けてきました。彼は金を「中央銀行が無限に発行できない、紙幣のように増刷できない、唯一の通貨」と呼びます。インフレヘッジとして、政府の財政破綻リスクへの保険として、そして「最後の砦」として、金は彼のポートフォリオの不可欠な部分です。
ただし2025年から2026年にかけての金価格は劇的でした。一年で約60%上昇し、1979年以来の最高のリターンを記録しています。JPモルガンは2026年末に1オンスあたり5,055ドルを目標として提示しているほどです。
この高値圏で、ロジャーズはどう動いたか。彼は「今は買い増していない」と明言しています。「下げ局面が来たら買い増したい」とも。これが彼の「待つ忍耐」の典型的な実践例です。長期で買いだと思っている資産でも、足元の高値で追いかけない。これは個人投資家がなかなか守れない規律ですが、ロジャーズはあっさりと実行しています。
銀(シルバー)— 金よりも好き
ロジャーズの貴金属における特徴的なスタンスが、「金よりも銀が好き」というものです。
彼の論拠は二つあります。第一に、銀は金よりも価格水準が低く、絶対値で見たときの上昇余地が大きいこと。第二に、銀は工業用途(太陽光パネル、電子機器、医療など)があり、産業需要の側面も持つこと。
2025年の銀価格は約120%上昇し、過去最高値を更新しました。ロジャーズはこの動きを当然と受け止めていますが、彼自身は「現在の高値では追加購入していない、しかし下げが来れば買う」と発言しています。
特筆すべきは、ロジャーズが「金も銀も売るつもりはない」「将来的に子供たちに引き継ぎたい」と語っていることです。これは、彼にとって貴金属が単なる投資商品ではなく、世代を超えた資産保全の手段であることを示しています。
保有形態 — 現物か、ETFか
ロジャーズの貴金属保有がどの形態(現物地金、ETF、鉱山株、先物)かについて、彼は具体的には明言していません。ただし複数のインタビューでの発言から推測すると、現物保有が主と考えられます。彼は何度も「金や銀は印刷できないからこそ価値がある」と語っており、紙の請求権ではなく実物に価値の源泉を見ています。シンガポールには貴金属を物理的に保管できる施設が複数あり、富裕層にはこうした保管サービスの利用が一般的です。
個人投資家がロジャーズを真似して貴金属を保有する場合、現物地金(金貨や金延べ棒)、上場ETF(ゴールドETFやシルバーETF)、鉱山株式という三つの選択肢があります。それぞれリスク特性が異なるため、自分の目的(インフレヘッジ、有事の備え、価格上昇による値上がり益)に合わせた選択が必要です。
第4章:中国株式 — ロジャーズ・ポートフォリオの中核
なぜ中国なのか — 歴史的視座
ロジャーズの中国株への確信は、1980年代後半に遡ります。彼は世界一周旅行の最中に中国を訪れ、若者のハングリー精神、商売人の貪欲さ、改革開放の本気度を観察し、「21世紀は中国の世紀になる」というテーゼを確信していきました。
彼の有名な言葉に、「19世紀は英国の世紀、20世紀はアメリカの世紀、21世紀は中国の世紀」というものがあります。歴史的に世界の中心は移動してきた。中世のアラブ、ルネサンスのイタリア、大航海時代のスペイン・ポルトガル、17世紀のオランダ、19世紀の英国、20世紀のアメリカ。そして21世紀は再びアジア、特に中国に戻ると彼は見ています。
このテーゼに沿って、ロジャーズは1999年、2005年、2008年、2013年と、節目ごとに中国株を買い増してきました。一度買った中国株を売ったことはほぼなく、淡々と買い続ける「ガチホ」のスタイルです。
2回目の中国訪問時には、わざわざ上海まで足を伸ばし、外国人向けの中国B株口座を開設しています。それ以降、彼は中国B株、香港上場のH株、米国ADRに上場している中国概念株まで、幅広い形態で中国株式エクスポージャーを構築してきました。
セクター別の構成 — 政策に従って投資する
ロジャーズの中国投資の独特な点は、「政府の政策に従って投資する」という発想です。中国は社会主義市場経済を採用しており、政府が「これからの重点分野」を明確に提示します。ロジャーズはこの政府の方向性に逆らわず、追い風が吹いている分野に乗ることが、中国における賢明な投資戦略だと考えています。
具体的に彼が長年注目してきたセクターを時系列で見ると、2013年以降は農業、鉄道、ヘルスケア、金融サービスへの投資を増やしました。2017年には教育セクターへの投資を開始。2021年からはコロナで打撃を受けた観光、エンターテインメント、運輸の各セクターに注目し、加えて農業と「新農村建設」の長期テーゼも継続。
そして2025年12月の国泰海通証券のライブ配信で、彼は再び「観光、運輸、航空が中国の発展の恩恵を最も受けるセクター」と発言しました。加えて農業セクターを「現時点で最も過小評価されている分野」と評価しています。
具体的な銘柄 — 航空会社の名前が出てくる
ロジャーズが具体的に名前を挙げる中国株は、主に航空会社です。複数の二次情報源(特に2026年1月の市場分析記事)によれば、彼は以下の航空関連銘柄を保有しているとされます。
エア・チャイナ(中国国際航空)— 香港証券取引所ティッカー0753、上海証券取引所601111。中国の旗艦航空会社で、北京を拠点とします。中国国際路線で強い競争力を持つ。
中国東方航空(China Eastern Airlines)— 上海証券取引所600115、香港証券取引所0670、ニューヨーク証券取引所CEA。上海を拠点とし、長江デルタの巨大経済圏を抑える。
中国南方航空(China Southern Airlines)— 香港証券取引所1055、上海証券取引所600029、ニューヨーク証券取引所ZNH。広州を拠点とし、東南アジア路線で強い。
これら三つは「中国の三大国営航空会社」と呼ばれ、ロジャーズは複数の場で航空セクターへのコミットメントを語っています。中国の中間所得層が増え、彼らが国内・国際旅行に出かけるようになる長期トレンドに乗る投資です。
過去には、ロジャーズは中国の鉄道セクターにも投資しており、Hollysys Automation Technologies(米国ナスダックHOLI)という、中国の高速鉄道向け自動制御システムを手がける会社にも言及してきました。ただし、この銘柄は2024年に中国の投資家による買収で非公開化されたため、現在のロジャーズの保有状況は不明です。
「中国株が買われすぎたら売却する可能性」
2026年1月のロシアメディアとのインタビューで、ロジャーズは興味深い発言をしています。「中国市場が買われすぎてきていると感じている。場合によっては中国の保有を一部売却するかもしれない」。
これは、長年の「ガチホ」スタンスからの微妙な変化です。中国株式(特に香港ハンセン指数)は2024年から2025年にかけて、政府の景気刺激策と国家ファンドによる買い支えで急騰した経緯があります。長期強気派のロジャーズも、足元の過熱には警戒感を持ち始めているということでしょう。
ただし彼は同時に「中国は今後一世紀にわたって世界最重要経済になる」「下落局面では中国資産を買い増したい」「中国株は子供たちに引き継ぐ予定だ」とも語っており、長期的な信念は揺らいでいません。短期の高値で部分利確、下落で買い増しという、機動的な対応を示唆していると読めます。
人民元(RMB)
ロジャーズは人民元現金を保有していることを複数のインタビューで認めています。彼は「いずれ人民元は国際的な決済通貨として、ドルに対抗する地位を確立するだろう」と長期見通しを語ってきました。
実際、人民元の国際化は中国政府の長年の戦略であり、SWIFTの統計でも人民元決済のシェアは緩やかに上昇傾向です。ただし、中国の資本規制の存在、地政学リスク、米中対立といった要因により、ドルに取って代わる時期がいつになるかは不透明です。ロジャーズはここでも「長期の方向感は確信、短期のタイミングは不確実」というスタンスです。
第5章:ウズベキスタン株 — 2026年の最大の話題
衝撃的な発表 — タシケント取引所のほぼ全銘柄を購入
2026年1月8日、ロシアメディアRBCインベストメントとラジオRBCに対するインタビューで、ロジャーズはセンセーショナルな発表を行いました。「私は米国株を全部売り、その資金の一部をウズベキスタンに投じた。タシケント証券取引所で取引されている銘柄のほぼ全てを買った。多くないんだ、銘柄の数は。だからほぼ全部買った」。
この発表は世界中のフロンティア市場ウォッチャーに衝撃を与えました。ウズベキスタンの首都タシケントにあるタシケント共和国証券取引所には、2025年末時点で約85の上場企業があります。これは東京証券取引所の数千社、ニューヨーク証券取引所の数千社と比べると、極めて小さな市場です。日本の地方銀行一行よりも上場社数が少ないのです。
ロジャーズはこの小さな取引所の中で、銀行、石油・ガス、通信、エネルギー、鉱物採掘、農業、金融サービスといった主要セクターをカバーする約85銘柄を一気に買い集めたと報じられています。日経や英BBC、米ブルームバーグといった主要メディアもこのニュースを取り上げました。
なぜウズベキスタンなのか — フロンティア中のフロンティア
ウズベキスタンは中央アジアに位置する人口約3,600万人の国です。ソビエト連邦の崩壊後に独立し、長年カリモフ大統領による権威主義体制下にありました。経済は閉鎖的で、外国人投資家が容易にアクセスできる市場ではありませんでした。
転機が訪れたのは2016年。カリモフ大統領の死去後、ミルジヨエフ大統領が就任し、本格的な経済開放、自由化、民営化、IPO推進が始まりました。為替の自由化、外資誘致、規制緩和が次々と進められ、ウズベキスタンは「中央アジアの新しい星」と呼ばれるようになります。
ロジャーズはこの変化を2021年頃から注視していました。彼はFortuneやForbesのインタビューで、「ウズベキスタンの経済開放と民営化計画、IPO計画は、海外投資家の重大な関心を呼ぶだろう」と発言していました。そして実際に2025年後半、彼は行動に移したわけです。
ロジャーズの理屈は、彼が1980年代にオーストリア株を買ったときと同じ構造です。「誰も注目していない国がある。しかしその国の政府は資本市場の開放と発展に本気だ。だから今買えば、後で皆が殺到する時に売り抜けられる」というロジックです。
ウズベキスタンの強みは、ロジャーズによれば、第一に巨大な天然資源(金、銅、ウラン、天然ガス、石油など)、第二に観光資源(サマルカンド、ブハラといったシルクロードの古都)、第三に資本主義への明確な方向転換と若い人口です。「ウズベキスタンは新たなサクセスストーリーになるかもしれない」と彼はマネックス証券のインタビューで語っています。
具体的にどんな銘柄か
ロジャーズが個別銘柄を公表しているわけではありませんが、タシケント証券取引所の主要銘柄として知られているものを挙げると、以下のような企業があります。
ウズベキスタン国営石油ガス会社(Uzbekneftegaz, UZGZ)— 国の石油・ガス産業の中核。原油・天然ガスの探鉱から精製まで一貫して手がける。
ウズメタルコムビナト(Almalyk Mining and Metallurgical Combine, AGMK)— 銅、金、銀、亜鉛などを生産する大手鉱業会社。
ウズデュランプロム(UMID)— 通信セクター。
クィズィルクム・セメント(Qizilqum Cement)— セメント大手。
ウズベキスタン人民銀行(People’s Bank of Uzbekistan)、ナショナル・バンク・オブ・ウズベキスタンといった大手金融機関。
ウズベキスタン鉄道(Uzbekistan Railways)— インフラ。
これらは全て、ウズベキスタン政府が一部または全部を保有する国営または半国営企業であり、民営化(IPO)の対象となっている、あるいはその計画があります。ロジャーズが「ほぼ全銘柄」を買ったと表現しているということは、これらの企業群のほとんどに分散投資していると考えられます。
スム(som)通貨の保有
ロジャーズはウズベキスタンの通貨「スム(som)」も保有していると明言しています。さらに、為替ヘッジは行っていないとも述べています。これは大胆な姿勢です。
ウズベキスタンのスムは、2017年に変動相場制に移行してから大きく減価しました。2017年9月の自由化前は1ドル=4,210スム程度だったものが、2025年には1ドル=12,000スム超まで切り下がっています。新興国通貨の典型的なボラティリティです。
ロジャーズがあえて為替ヘッジをかけずにスムを保有しているのは、「ウズベキスタンの経済成長が今後加速すれば、スムもいずれ強含む」「短期的な為替変動より、長期の経済成長から得られる株式リターンの方が大きい」という見立てだと考えられます。
個人投資家がウズベキスタン株を買うには
正直に申し上げると、日本の個人投資家がウズベキスタン株を直接買うのは、現状では極めて困難です。日本の証券会社(SBI証券、楽天証券、マネックス証券など)の取扱対象には、タシケント証券取引所は含まれていません。
可能な選択肢としては、ウズベキスタン現地の証券会社に口座開設し、現地で取引するという方法がありますが、言語、法務、税務の壁が高いです。あるいは、フロンティア市場に投資するETFや投資信託の中に、ウズベキスタン株が組み入れられているケースがあれば、それを通じて間接的にエクスポージャーを得ることができます。たとえばiShares MSCI Frontier and Select EM ETF(FM)のようなETFは、フロンティア市場の銘柄を組み入れていますが、ウズベキスタンの比重は限定的です。
ロジャーズ自身も、マネックス証券のインタビューで「ウズベキスタンへの実際的なアクセスは難しい」とは認めています。だからこそ、彼は自分で現地に行き、現地の証券会社を通じて買い集めるという、ほとんど機関投資家のような行動を取っているわけです。個人投資家が真似するのは現実的ではないにせよ、「次の大化け候補がある国はどこか」を考えるヒントにはなります。
第6章:ルーブルの保有とロシア株の全売却
ロジャーズは2026年1月のRBCインタビューで、もう一つ重要なポートフォリオ変更を明らかにしました。「私は2025年秋にロシア株を全て売却した。しかしロシアの通貨であるルーブルは引き続き保有している」。
なぜロシア株を売ったのか
ロジャーズは以前から、ロシアの株式と通貨に長期的な関心を持ってきました。「20世紀末から21世紀初頭にかけてのロシアは、農業国としての潜在力、エネルギー資源、教育水準の高さといった強みを持つ」と彼は評価してきました。
しかし2022年のロシアのウクライナ侵攻以降、状況は劇的に変わりました。西側諸国の経済制裁、ロシアからの外国資本流出、ロシア企業のESG面での評価低下、そして何より、ロシア株を外国人投資家が自由に売買できなくなった事実。これらは、ロジャーズの投資判断にとって看過できない要因でした。
彼が2025年秋に売却した具体的なロシア銘柄として、以下が報じられています。
アエロフロート・ロシア航空(Aeroflot)— ロシアの旗艦航空会社。
フォスアグロ(FosAgro)— 肥料の世界大手。農業強気派のロジャーズが長年保有していた銘柄。
AFKシステマ(AFK Sistema)— ロシアの大手コングロマリット。
モスクワ証券取引所(Moscow Exchange)の株式。
そしてロシア連邦の国債(federal loan bonds、OFZ)。
これらをまとめて手放したという事実は、ロジャーズが「ロシアの株式市場に外国人として参加し続けることのリスク・リターンが見合わない」と判断したことを意味します。
なぜルーブルは持ち続けるのか
興味深いのは、株式は全て売ったのに通貨であるルーブルは保有し続けているという点です。
ロジャーズの説明は明示的ではありませんが、複数の発言を総合すると、おおむね次のように読み取れます。第一に、ルーブルは原油価格や金価格と相関性が高く、現在の貴金属・エネルギー高騰局面では強含む可能性がある。第二に、ロシアという国家自体は莫大な資源と人口を持ち続けており、いずれ国際社会との関係正常化が起これば、ルーブルは再評価される。第三に、株式は売却が難しい一方、通貨は保有コストが小さく、長期で持ち続けやすい。
これは、株式と通貨を別の資産クラスとして使い分けるロジャーズの「マクロ投資家」としての面目躍如です。
第7章:売却済み — 米国株、日本株
米国株 — 2025年全売却
ロジャーズの2025年から2026年初頭にかけての最大のポートフォリオ変更は、何といっても「米国株の全売却」です。
彼は2025年5月のWealthionによるインタビューで、「私は最近、米国株を全て売った。なぜなら、このパーティーは前にも見たことがあるからだ。お金が簡単に儲かる時代は、長く続いたことが歴史上一度もない」と明言しました。
そして2026年1月のRBCインタビューで、この決定を改めて確認しています。「米国市場は最近、史上最高値に達した。2009年から上昇を続けているが、これはアメリカ史上で最も長い強気相場だ。私はこのサイクルが終わりに近づいていると見て、アメリカで保有していた全てを売却した」。
具体的にどの米国株を持っていたのか、彼は明言していません。ただし、過去のインタビューや著作から推測すると、農業関連株、商品関連株、エネルギー株、金融株、運輸株、農業ETFといった、彼のテーマに沿った銘柄が中心だったと考えられます。バフェットのように「コカコーラを長期保有」というスタイルではなく、テーマ別の分散投資だったと見られます。
米国を売却した理由として、ロジャーズは以下を挙げています。
第一に、株価評価の過熱。S&P500のPERは歴史的高水準にあり、特にAI関連株のバリュエーションは異常な水準と見ています。
第二に、米国の財政赤字と債務問題。連邦政府債務は36兆ドルを超え、年間の利払いだけで国防予算を上回ります。
第三に、FRBの政策の限界。「FRBですら無限のお金は持っていない。もしFRBが全員を救おうとすれば、たいてい事態をもっと悪化させる」とロジャーズは語ります。
第四に、AIバブルへの警戒。NVIDIAなどのAI半導体銘柄が天文学的な時価総額になっていることへの違和感。彼は「AIは画期的な技術だが、現在の株価はバブル的だ」と述べています。
日本株 — 売却、後悔、再評価
ロジャーズと日本株の関係は、長年にわたって複雑な変遷を辿ってきました。
2011年の東日本大震災直後、彼は日本株を大量に買い集めました。「災害は買い」という冷徹な投資哲学の実践です。当時、世界中のヘッジファンドが日本売りに走る中、彼は逆を張りました。買った銘柄の具体的な名前は公表されていませんが、日銀がETFを通じて間接的に大株主になっている主要企業(アドバンテスト、ファーストリテイリング、ファミリーマート、ファナック、京セラ、キッコーマンなど)を含む幅広い分散投資だったとされます。
2018年、彼は一度日本株を全て売却します。理由は、安倍政権下の消費税増税、人口減少リスク、日銀の異次元緩和への懸念でした。「歴史的に増税後に景気が向上したことはない」というのが彼の理由でした。
しかし2024年4月、日本経済新聞の豊島逸夫氏のコラムで、彼は「日本株を売ったのは間違いだった。今は強気だ。日本は変わる」と前言を撤回しています。理由として、デフレ脱却の兆し、企業ガバナンス改革、東京証券取引所のPBR改善要請、日銀のマイナス金利解除、海外投資家の日本回帰といった要因を挙げました。
ところが2025年に入ると、彼の論調は再び慎重に揺れます。プレジデント・オンラインや週刊ダイヤモンド総予測2025などの取材で、「日本株を再びすべて手放した」と発言。日銀の金融政策、日本政府の財政運営、人口動態への根本的な懸念が再燃したと述べています。彼の2025年の著書『「日銀」が日本を滅ぼす 世界3大投資家が警告する日本の未来』(SBクリエイティブ)は、まさにこの再評価の論拠を詳述したものです。
つまり、2026年初頭時点でロジャーズが日本株を保有しているかどうかは、彼自身の発言にも揺らぎがあり、明確ではありません。ただし、ポートフォリオの主軸ではないことは確かです。彼は「日本は好きな国だ」と何度も強調しつつ、「投資先としては慎重」というスタンスを取っています。
韓国株 — 北朝鮮の開放を待つ
ロジャーズは過去、韓国株を保有していた時期があります。理由は「いずれ南北朝鮮の交流が進み、38度線で何かが起こる。10年以内にそうなれば、韓国は北朝鮮の経済開発の中核になる」というテーゼでした。彼は2020年頃のインタビューでこの考えを表明していました。
しかし最近の発言では、韓国株の保有について明示的に触れていないため、現状の保有有無は不明です。北朝鮮そのものへの投資は、北朝鮮に上場市場がないため不可能ですが、彼は「もし北朝鮮の経済が開放されたら、隣国の韓国、中国(特に丹東のような国境都市)、ロシア(極東地域)の関連株や不動産が大化けする」とのテーマで興味を持ち続けています。
第8章:エネルギーと農業 — 商品市場へのコミットメント
ロジャーズ国際商品指数(RICI)
ロジャーズの保有銘柄を語るとき、欠かせないのが「ロジャーズ国際商品指数(Rogers International Commodity Index, RICI)」です。これは彼が1998年に設計した商品指数で、世界の主要な商品先物38銘柄を加重平均したものです。
RICIの構成は2025年1月の年次見直しでも変更なしと発表されました(PR Newswire 2025年1月24日付)。この「変更しない」という姿勢自体が、ロジャーズの哲学を象徴しています。彼は「指数は透明性、一貫性、安定性のために、構成変更は稀であるべきだ」と語っています。流行に応じて構成銘柄をいじりまくる多くの指数とは対照的です。
RICIの構成カテゴリは、エネルギー(原油、ガソリン、天然ガスなど)、農産物(小麦、トウモロコシ、大豆、綿花、砂糖、コーヒー、カカオなど)、金属(金、銀、銅、亜鉛、アルミニウム、プラチナなど)、家畜(牛、豚など)といった、人類の経済活動の根幹をなす実物商品で構成されています。
ロジャーズ本人がRICIに連動するファンドや先物にどの程度投資しているかは公表していませんが、彼が会長を務める「Beeland Interests」がRICI関連商品のライセンス収入を得ています。RICIに連動するETFとしては、ELEMENTS Rogers International Commodity Index – Total Return ETN(ティッカー:RJI)や、複数の地域・セクター別版が存在します。
農業 — 過小評価されたセクター
ロジャーズが長年強調してきたのが、農業セクターへの強気論です。彼は「もし若者が私のところに来て『どんなビジネスをやるべきか』と聞いたら、農業をやれと答える」と何度も発言しています。
2025年12月の国泰海通証券のライブ配信でも、彼は農業セクターを「現時点で最も過小評価されている分野」と再評価しました。
ロジャーズの農業強気論の論拠は以下の通りです。第一に、世界の農業従事者の平均年齢は60歳を超えており、後継者不足が深刻。第二に、新興国の所得増による食生活の変化(穀物中心から肉・乳製品中心へ)が、間接的な飼料穀物需要を爆発的に増やす。第三に、気候変動と水資源の制約により、農業生産の不確実性が高まっている。第四に、農地そのものが「枯渇しない実物資産」として価値を保つ。
過去のインタビューで、ロジャーズが具体的に名前を挙げた農業関連銘柄として以下があります。
フォスアグロ(FosAgro, MOEX: PHOR)— ロシアの肥料大手。ただしこれは2025年秋に売却済み。
MSMマレーシア・ホールディングス(MSM Malaysia Holdings, Bursa Malaysia: MSM)— マレーシアの砂糖会社。2013年頃のインタビューで言及。
過去には他にも、米国のディア(John Deere, DE)といった農機メーカー、モンサント(旧Monsanto、現バイエル)といった種子・農薬企業について話していました。
砂糖 — 個別商品への注目
砂糖はロジャーズが個別に言及することが多い商品です。「砂糖は過去最高値から大きく下落している。私は今、砂糖を買っている」とMoneyWeekのインタビューで2013年頃に語っていました。
砂糖価格は需給バランスが激しく動く商品で、近年では2023年から2024年にかけて高騰、その後2025年には調整局面に入っています。ロジャーズ自身が現時点で砂糖をどの程度保有しているかは不明ですが、彼の農業テーマの一環として、長期的な注目銘柄であることは確かです。
エネルギー — 慎重な強気
エネルギーセクターについて、ロジャーズは「長期的には需給がタイトになる」と見ていますが、ここ数年は具体的な強気発言は控えめです。シェールガス革命によって米国がエネルギー輸出国に転じたこと、再生可能エネルギーの台頭、地政学リスクの増大など、複雑な要因が絡み合っているためです。
ただし、彼は2010年代に「原油は1バレル100ドルから下げ止まる」という見立てを発信し続け、結果として2014年後半からの原油急落で読み違えたという過去があります。これを反省してか、近年は原油価格について具体的な数値目標を述べることは少なくなっています。
第9章:ロジャーズ・ホールディングスとビーランド・インタレスツの実態
Rogers Holdings
ロジャーズ・ホールディングス(Rogers Holdings, Inc.)は、ジム・ロジャーズが会長を務める個人資産管理会社です。本拠地はシンガポール。彼の個人資産の運用、書籍やコンサルティングからの収入の管理、各種ライセンス事業の取り扱いといった機能を持ちます。
非公開会社のため、保有資産の詳細や運用方針は公表されていません。ただし、ロジャーズ本人の発言から、上記までに述べてきた中国株、ウズベキスタン株、貴金属、現金などは、おそらくこの法人を通じて保有・運用されていると推測されます。
Beeland Interests
ビーランド・インタレスツ(Beeland Interests, Inc.)は、ロジャーズが創設・運営している別の法人です。「ビーランド」はロジャーズの本名(James Beeland Rogers Jr.)に由来します。
主な事業は、ロジャーズ国際商品指数(RICI)のライセンス事業、商品関連の投資商品の組成、コモディティ投資に関するコンサルティングです。RICIに連動するETF、ETN、ミューチュアルファンドなどがこの法人からライセンスされて世界中で運用されており、長年にわたるライセンス収入の源泉になっています。
スタートアップ投資 — Tiger Brokers、DealStreetAsiaなど
ロジャーズは公開市場の株式以外に、いくつかのスタートアップへのエンジェル投資も行ってきました。CB Insightsなどのデータベースで把握できる範囲では、以下のような企業に投資した記録があります。
Tiger Brokers — シンガポール拠点のオンライン証券ブローカー。2017年のシリーズB-IIラウンドに参加。
DealStreetAsia — アジア地域のスタートアップ情報メディア。2019年に保有を売却。
Life3 Biotech — シンガポールの代替タンパク質スタートアップ。
Deep Sea — 詳細は不明。
Into the Future — 詳細は不明。
これらの投資は、彼のメインのポートフォリオに比べると規模は小さいと推測されますが、「アジアの新興企業のエコシステムに身を置く」という意味で、彼のテーマと一致する動きです。
Forbes & Manhattanの役員職
ロジャーズはカナダ拠点のForbes & Manhattanという商品関連プライベートエクイティ会社の役員も務めていました(一定期間)。これは鉱業や農業関連の未上場企業に投資するファンドで、彼の商品強気論と直結する活動でした。
第10章:ロジャーズが「持っていない」もの — 重要なネガティブ情報
投資家のポートフォリオを理解する上では、「何を持っているか」と同じくらい「何を持っていないか」が重要です。ロジャーズが意識的に避けている資産クラスを整理します。
AIテック株 — 「私は理解していない」
ロジャーズは2025年2月のScienceDirect掲載のRunhuan Feng氏とのインタビューで明言しました。「私はAI関連の株や、AIに関わるテック株には投資していない」。
理由は、彼の「自分が深く理解できないものには投資しない」という哲学に忠実な姿勢です。「AIは電気や自動車、鉄道に匹敵する革命的技術だ。我々が知っていることを全て変えるだろう」と彼はAIの長期的な変革力は認めています。しかし「だからといって、現在のAI関連株のバリュエーションが正当化されるとは限らない」と彼は冷静です。
彼は「新しい技術はしばしばバブルを生む」「いつ売るかも考えなければ、賢い投資にはならない」と警告しています。NVIDIA、Microsoft、Google(Alphabet)、Meta、Tesla といった、いわゆる「マグニフィセント・セブン」やそれに類するAI関連大型株を、彼はおそらく一切保有していません。
暗号通貨 — 「政府が脅威と感じれば潰される」
ロジャーズは暗号通貨に対して長年懐疑的です。ビットコイン、イーサリアム、その他のいわゆるアルトコインを保有しているという発言は一切ありません。
彼の論拠は以下の通り。第一に、政府が脅威と感じれば規制で潰すことができる。第二に、価値の裏付けが「需要と人々の信頼」だけであり、実物の裏付けがない。第三に、すでに投機的バブルに入っている。
ただし彼は「ブロックチェーン技術自体は重要な技術」「中央銀行発行のデジタル通貨(CBDC)はいずれ主流になる」と将来の貨幣形態については一定の見解を示しています。
米国大型テック以外の米国株 — 全売却
前述の通り、ロジャーズは2025年に米国株を全て売却しました。これにはダウ工業平均30銘柄、S&P500の構成銘柄、ナスダック100、ラッセル2000など、米国の主要指数構成銘柄が全て含まれます。彼は「アメリカ自体に投資しない」というスタンスです。
日本のメガバンクや自動車株
ロジャーズは日本の特定セクター(メガバンク、自動車、商社など)に対して、特別な強気発言をしたことがほとんどありません。彼の日本観は「投資する国としてのフレームワーク」が中心で、個別セクターや銘柄への踏み込みは少ないです。
西側政府国債 — 米国債、独国債、英国債
ロジャーズは西側先進国の国債について、極めて否定的です。「米国債は、かつてのような『絶対安全資産』ではなくなりつつある」「日本国債は最悪の投資の一つ」「欧州各国の国債もリスクが高い」というのが彼の見方です。
ロジャーズ・ポートフォリオに、米国債、ドイツ国債、英国債、日本国債は含まれていないと考えられます。
ヨーロッパ株式
ロジャーズはヨーロッパの株式について、近年あまり強気な発言をしていません。1980年代のオーストリア株での成功以降、彼の関心はアジアと商品にシフトしており、ヨーロッパは「成長性が見えない」「人口動態が悪い」「規制が厳しすぎる」と評価しています。ドイツ、フランス、英国の主要企業をロジャーズが現在保有しているという情報は確認できません。
第11章:ロジャーズの過去の伝説的ポジション
現在の保有銘柄を理解するには、過去にどんなポジションで成功・失敗したかを知ることが大切です。歴史を振り返ります。
クォンタム・ファンド時代(1973-1980)
クォンタム・ファンドが行った具体的な取引は、ソロスのアーカイブやロジャーズの自伝『Street Smarts』に断片的に記載されています。代表的なものは以下です。
英国通貨ポンドの売り(後にソロスが1992年に伝説的に再現する戦略の原型)。
国防関連株のロング、航空株のショート(業界の構造的問題を見抜いた)。
イスラエル株のロング(中東情勢の節目を捉える)。
ドル建て商品のロング、ドルのショート。
これらの組み合わせで、10年で4,200%という人類史的なリターンを叩き出しました。
1984年 オーストリア株式の伝説
すでに哲学編で触れましたが、ロジャーズの個人投資家としてのキャリアの最高傑作の一つが、1984年のオーストリア株式投資です。彼は当時、ウィーン株式市場の取引量が20年前の半分まで落ち込み、誰もオーストリアに注目していない状況を見出し、現地調査の後で大量に買いに動きました。
その後、オーストリア政府が資本市場活性化策を打ち出し、ウィーン株式市場(ATX指数)は1985年から1986年にかけて急騰。ロジャーズはこの「無視された国全体を買う」という戦略で巨額の利益を上げました。
1999-2013年 中国株の段階的買い増し
すでに第4章で触れたように、ロジャーズは1999年、2005年、2008年、2013年と節目ごとに中国株を買い増してきました。買い増しのタイミングは、1999年(アジア通貨危機後の反動)、2005年(中国経済の急成長加速期)、2008年(リーマンショックでの暴落時)、2013年(中国経済の調整局面)といった、市場が悲観に染まった時です。
2008年 ファニーメイのショート
リーマンショック前後、ロジャーズはアメリカの不動産金融大手ファニーメイ(Federal National Mortgage Association, FNMA)を空売りしていました。サブプライムローン問題で住宅市場の崩壊を予測し、ファニーメイがその影響をモロに受けると見ていたためです。この空売りは大成功し、ファニーメイは2008年に事実上の破綻状態になり、政府管理下に入りました。
2011年 東日本大震災後の日本株買い
2011年3月の東日本大震災と福島原発事故の直後、世界中の投資家が日本売りに走る中、ロジャーズは「災害は買い(Buy Disaster)」の哲学に従って日本株を買い集めました。具体的な銘柄は公表していませんが、日経平均のETFや主要大型株への分散投資だったと推測されます。
その後の日本株式市場は、アベノミクス相場で2012年末から2018年頃まで大きく上昇しました。ロジャーズはこの上昇の途中(2018年頃)で利確しています。
失敗 — 2008年以降の商品ロング
ロジャーズの大きな失敗の一つが、2008年のリーマンショック後の商品ロング継続です。彼は「商品のファンダメンタルズは損なわれていない」と強気を維持しましたが、その後5年間の商品の反発(約+50%)は世界株(約+150%)に比べて大幅に劣後しました。彼自身、後にこの読み違いを認めています。
失敗 — 2014年以降の原油強気
ロジャーズは2010年代に原油の長期強気を維持しましたが、シェール革命と中東情勢の変化により、原油価格は2014年後半から急落し、彼の見立てとは逆方向に動きました。これも彼の「早すぎる」傾向の表れでした。
第12章:ロジャーズ・ポートフォリオから読み解く投資の知恵
ここまでロジャーズの保有銘柄を細かく見てきました。最後に、これらの個別の事実から、個人投資家が学べる普遍的な教訓を整理します。
教訓1:銘柄選びより資産配分
ロジャーズのポートフォリオで最も特徴的なのは、個別銘柄選びより資産配分(アセットアロケーション)と地域配分(カントリーアロケーション)の方が圧倒的に重要視されている点です。「中国の航空会社を買う」という個別判断より、「現金、貴金属、中国株、ウズベク株という大きな塊をどう組み合わせるか」が彼の意思決定の中心です。
これは個人投資家にとって極めて重要な示唆です。投資のリターンは、銘柄選びより、株式・債券・現金・実物資産の配分で大部分が決まるという研究は、ブリンソンらの古典的な実証研究が示す通りです。ロジャーズはこの原則を体現しています。
教訓2:現金は戦略的に持つ
ロジャーズが現金を「敗北」ではなく「武器」と見ていることは、注目に値します。多くの個人投資家は、「現金で持っているとインフレで目減りする」「機会損失だ」と考えがちです。しかしロジャーズの視点では、「次の暴落で買い向かえる弾薬」として現金は最重要な戦略資産です。
具体的には、ポートフォリオの2割から3割を常時現金(または現金等価物)で持っておく、というルールを自分に課している投資家も少なくありません。これは資産の値動きを抑えると同時に、機会が来た時に動ける柔軟性を生みます。
教訓3:海外通貨を意識する
ロジャーズの保有資産が、米ドル、人民元、スム、ルーブル、シンガポールドル、ユーロ(推測)など多通貨に分散していることは、彼の「単一通貨に賭けない」哲学の表れです。
日本に住む個人投資家にとって、円資産だけに偏ることは大きなリスクです。なぜなら、日本円の長期的な購買力は、円安と日本経済の構造問題により、これからも目減りする可能性が高いからです。最低でも円、米ドル、その他外貨(ユーロ、人民元、新興国通貨など)に分散することが、ロジャーズ的な発想です。
教訓4:「皆が見ていない国」に賭ける勇気
ロジャーズの最大の特徴は、「皆が見ていない国に賭ける勇気」です。1984年のオーストリア、1990年代の中国、2020年代後半のウズベキスタン。いずれも、彼が動いた時点では「なぜそんな国に?」と思われていました。
個人投資家がこれをそのまま真似するのは現実的に難しいですが、「皆が買っている人気銘柄を避け、誰も話題にしていない領域に目を向ける」という基本姿勢は応用可能です。日本市場で言えば、メガバンクや東証プライムの大型株より、東証スタンダードや東証グロースの中で、地味だが堅実に稼いでいる中小型株。グローバル市場で言えば、米国大型ハイテク株より、フロンティア新興国のインデックスや、商品関連株。
教訓5:「持ち続ける」ことの強さ
ロジャーズの中国株は、1999年から2026年まで、約27年間にわたって基本的に持ち続けられてきました。途中、何度も大きな下落局面がありましたが、彼は売らずに耐えました。さらに下落時には買い増しました。
この「持ち続ける力」が、彼の長期リターンの源泉です。個人投資家が短期で売買を繰り返す中で、複利のリターンを取り逃がしているケースは非常に多いです。ロジャーズ的な発想は、「数十年単位で正しいと信じる長期テーゼに、忍耐強くベットし続けること」です。
教訓6:間違いを認めて修正する柔軟性
ロジャーズは「持ち続ける」だけの頑固な投資家ではありません。日本株を「売ったのは間違いだった」と前言を撤回したり、商品の読み違えを認めたり、ロシア株を全売却したりと、状況に応じてポートフォリオを大きく組み替えます。
長期テーゼと短期戦術を別物として考え、長期は信念を貫き、短期は柔軟に対応するという二重のスタンスが、彼の生存力の源泉です。
教訓7:自分が理解できないものには絶対投資しない
ロジャーズがAI株や暗号通貨を一切保有していないのは、彼が技術音痴だからではありません。「自分が深く理解できる範囲に集中する」という規律を、80歳を超えても貫いているからです。
個人投資家も、流行に乗って分からない資産に飛び込むことを避けるべきです。理解できないものは、たとえ皆が儲かっていても、自分にとっては大きなリスクです。
第13章:ロジャーズ・ポートフォリオの時系列変遷
最後に、過去30年あまりにわたるロジャーズのポートフォリオの大まかな変遷を時系列で整理しておきます。これを眺めることで、彼の「長期テーマがどう実装されてきたか」が見えてきます。
1980年代:オーストリア株、シンガポール株、ブラジル株など、欧州周縁国と新興国のフロンティアへの集中投資。商品にも一部投資。
1990年代:世界一周の旅で得た情報をもとに、ドイツ株、ポルトガル株、各国の通貨ペアトレード、商品市場での先物取引などを拡大。1998年にRICIを設立。
2000年代前半:商品スーパーサイクル論に確信を深め、農産物、貴金属、エネルギー商品への投資を拡大。中国B株、H株への投資を本格化。
2000年代後半:シンガポールに移住(2007年)。中国株への買い増しを継続。リーマンショック直前にファニーメイをショート。世界株の暴落をある程度予測。
2010年代前半:商品ロングの継続(結果的には外れ)。中国株、農業株、貴金属の保有を継続。ロシア、ミャンマー、北朝鮮といった「次のテーマ」を探索。
2010年代後半:日本株を東日本大震災後に買い、アベノミクス相場で利確。中国株を継続保有。ロシア株(フォスアグロ、アエロフロート等)を取得。
2020年代前半:コロナ禍下で日本株を一時再評価。商品市場の再上昇。中国市場の停滞期に保有継続。
2024-2025年:日本株を売却(後に一部後悔発言あり)。米国株を全売却。ロシア株を全売却。
2025年末-2026年初:ウズベキスタン株を一斉購入。現金(米ドル)、金、銀、中国株、ウズベク株、ルーブルが主要ポジションに。
第14章:個人投資家としての教訓と実践
最後に、私たち日本の個人投資家が、ロジャーズの保有銘柄から学べる実践的な教訓をいくつかまとめます。
第一に、地域分散の徹底。日本円・日本株への偏りを意識的に減らし、米ドル、中国元、その他新興国通貨、貴金属など、複数の地域・資産クラスに分散すること。
第二に、現金を戦略的資産として位置付ける。常にポートフォリオの一定比率(10〜30%)を現金で保有し、暴落時の買い向かいに備えること。
第三に、実物資産の組み入れ。金や銀のETFまたは現物を、ポートフォリオの5〜15%程度組み入れ、インフレと通貨リスクへのヘッジとすること。
第四に、自分が理解できる範囲に集中。流行のテーマ(AI、暗号通貨、特定の人気銘柄)に飛びつかず、自分が継続的に追える業界・地域に集中すること。
第五に、長期テーゼを持つ。10年、20年単位で何が変わると信じるか、自分なりの仮説を持ち、その仮説に沿った投資を継続すること。短期のノイズに振り回されないこと。
第六に、間違いを認める柔軟性。テーゼに従って投資しつつ、明らかに間違ったときは素直に認め、ポートフォリオを修正する勇気を持つこと。
第七に、政府と中央銀行に過度に依存しない。日銀やFRBが永遠に市場を救えるという神話を疑い、彼らの政策の限界を認識すること。
第八に、情報源を多様化する。日本のテレビ・新聞だけでなく、海外メディア、現地の生の声、自分自身の旅行や仕事での観察といった、多様な情報源を組み合わせること。
これらは、ロジャーズが半世紀以上にわたって実践してきた原則そのものです。彼のポートフォリオが日々変わっても、これらの原則は変わりません。
おわりに:保有銘柄の向こうにあるもの
ジム・ロジャーズの保有銘柄を細かく見てきました。中国の航空会社、ウズベクの銀行株、現金、金、銀。これらは表面的には「ただの資産リスト」ですが、その背後には彼の世界観、歴史観、人類社会への洞察が詰まっています。
私が彼を読み解いて最も感じるのは、保有銘柄リストは結果に過ぎないということです。本質は、彼が世界をどう見ているか、何を信じているか、何を恐れているか、どのタイミングで動くか、という思考の枠組みです。同じ銘柄を真似しても、彼の世界観なしでは、同じ判断は下せません。
だからこそ、ロジャーズの保有銘柄を学ぶことは、「彼を真似ること」ではなく、「彼の頭の中を覗いて、自分自身の世界観と投資哲学を構築するためのヒントを得ること」だと、私は考えます。
世界が大きく揺れている2026年初頭、彼のポートフォリオが示しているメッセージは明確です。西側先進国の絶対的な優位は揺らぎつつある。実物資産と新興国通貨に分散する時代が来ている。現金は弱さではなく強さの源泉である。そして、自分が理解できないものには手を出すな。
これらは、八十三歳の冒険投資家が、私たちに残してくれる、最も重要なメッセージだと思います。
参考資料
本記事の執筆にあたって参照した主要な情報源は以下の通りです。
一次情報源(ロジャーズ本人の発言)
ジム・ロジャーズ著、花輪陽子・アレックス南レッドヘッド翻訳監修『「日銀」が日本を滅ぼす 世界3大投資家が警告する日本の未来』SBクリエイティブ、SB新書、2024年
ジム・ロジャーズ著『捨てられる日本 世界3大投資家が見通す戦慄の未来』SB新書
ジム・ロジャーズ著『日本への警告』講談社+α新書、2019年(花輪陽子氏監修)
ジム・ロジャーズ著『危機の時代 伝説の投資家が語る経済とマネーの未来』日経BP、2020年
ジム・ロジャーズ著『ジム・ロジャーズ 大予測』東洋経済新報社
ジム・ロジャーズ著『2030年 お金の世界地図』SBクリエイティブ
Jim Rogers, A Bull in China: Investing Profitably in the World’s Greatest Market, Random House Trade Paperbacks, 2007
Jim Rogers, Street Smarts: Adventures on the Road and in the Markets, Crown Business, 2013
Jim Rogers, Hot Commodities: How Anyone Can Invest Profitably in the World’s Best Market, Random House, 2004
Jim Rogers, Investment Biker: Around the World with Jim Rogers, Wiley, 1994
Jim Rogers, Adventure Capitalist: The Ultimate Investor’s Road Trip, Random House Trade Paperbacks, 2003
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国泰海通証券(Guotai Haitong Securities)主催ライブ配信における発言、2025年12月
Yahoo Finance / GlobeNewswire, “Jim Rogers predicts China to become world’s most important economy”, 2025年12月22日
Acquirer’s Multiple, “Jim Rogers Warns Investors: Be Very, Very Careful”, 2025年5月19日
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Zamin.uz, “Investor Jim Rogers sold his shares in the USA and chose Uzbekistan”, 2026年1月9日
Chronicle Journal / Financial Content, “The Great Pivot: Why Jim Rogers is Abandoning Wall Street for Uzbekistan as the ‘AI Bubble’ Nears its Breaking Point”, 2026年1月12日
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日本語の参考記事
ダイヤモンド・オンライン記事「『はっきり言おう』ジム・ロジャーズが『アベノミクスは失敗だった』と語る納得のワケ」2025年4月12日
プレジデント・オンライン記事「日本は『お気に入りの国』だけど…世界の投資家ジム・ロジャーズが『日本株をすべて手放した』と明かすワケ」2025年1月16日
note記事「ジム・ロジャーズが警告する市場の未来:迫りくる危機と資産戦略、そして日本経済への洞察」マクロ経済研究所、2025年9月17日
日本経済新聞・豊島逸夫氏コラム「我が友ジム・ロジャーズ氏『日本株売ったのは間違い』」2024年4月3日
日本経済新聞「ジム・ロジャーズ氏『米国株上昇の終わり近い』」2023年12月
東洋経済オンライン記事「ジム・ロジャーズ『コロナ禍後何に投資すべきか』」花輪陽子氏
東洋経済オンライン記事「ジム・ロジャーズ『割高なオルカン投資はリスクがある』」2025年8月
日経ビジネス記事「ジム・ロジャーズ 日本株を再び買い始めた」2020年
ダイヤモンド・オンライン「日本株暴落を予言する伝説の投資家ジム・ロジャーズ氏に聞く『今の買い』」2019年
マネックス証券「ジム・ロジャーズ氏特別インタビュー」シリーズ全4回、岡元兵八郎氏取材、2023年12月
マネーツリーブログ「世界を代表する投資家ジム・ロジャーズ氏に習う、投資するなら知っておきたいお金の哲学」花輪陽子氏
二次情報・解説記事
Wikipedia「ジム・ロジャーズ」(日本語版、2026年閲覧)
ZUU online 岩田太郎「世界三大投資家を徹底比較 ロジャーズ、バフェット、ソロス」2018年
ARKADEAR「ジム ロジャース氏 インタビュー」
セミナーズ「天才投資家ジム・ロジャーズとは?経歴や名言を初心者向けに解説」
Strainer「ジョージ・ソロスの半生③クォンタム・ファンドでの圧倒的な成功と苦しみ」
Moomoo, “Jim Rogers: Invest Only in What You Have Knowledge about”
Futunn, “Global investor Jim Rogers: do what you are familiar with”
Picture Perfect Portfolios, “How To Invest Like Jim Rogers: Co-Founder Of The Quantum Fund”
Timothy Sykes, “Legends of Trading: Jim Rogers”
Investwizardry, “Understanding Jim Rogers’ Investment Approach”
Insider Monkey, “Jim Rogers’s Latest Predictions and Investments”
CB Insights “Jim Rogers Portfolio Investments”
PitchBook “Jim Rogers investment portfolio”
Taipei Times, “Jim Rogers is buying Chinese shares”, 2008年
MoneyWeek, “Jim Rogers: Buy farms and China”, 2013年
note記事「香港から離れる投資家|ジム・ロジャーズのポートフォリオ」ZUUMA、2020年
Traders Union「ジム・ロジャーズ:経歴、キャリア、ビジネス洞察」2025年

