血管の奥へ、髪より細いワイヤーを届ける ― 心臓カテーテル治療のガイドワイヤーで世界トップ、町工場発の医療ニッチトップ
注意:数値は確認できた時点のもので、決算期・為替・市況により変動します。投資判断の前に必ず最新の有価証券報告書・決算短信・決算説明資料をご確認ください。本稿は情報提供を目的としたもので、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。医療・治療に関する記述は事業理解のための一般的な説明であり、医学的助言ではありません。シェアは同社開示・各資料に基づく推計を含みます。
- 0. エグゼクティブサマリー
- 1. 企業概要と沿革 ―「ワイヤーロープの町工場」が世界の心臓治療を変えた
- 2. PCIガイドワイヤーとは何か ― 心臓カテーテル治療の「道先案内人」
- 3. 事業構造 ― メディカルが主役、デバイスが急成長
- 4. ビジネスモデルの核心 ―「4つのコア技術×一貫生産×現場主義」
- 5. 競争環境 ― ガイドワイヤーで世界一、巨大企業がひしめく市場で
- 6. 財務分析 ― 高収益と成長加速、強固な財務
- 7. 中期経営計画「Building the Future 2030」
- 8. 成長ドライバー ― 高齢化・低侵襲・横展開・新興国
- 9. 強み(独自の視点)
- 10. 弱み・リスク(独自の視点)
- 11. ガバナンス・株主還元
- 12. バリュエーションの考え方
- 13. シナリオ分析
- 14. 投資家としての着眼点(まとめ)
- 15. 参考資料(朝日インテック)
0. エグゼクティブサマリー
朝日インテック(証券コード7747、東証プライム、精密機器)は、愛知県瀬戸市に本社を置く医療機器メーカーである。心臓のカテーテル治療(PCI=経皮的冠動脈インターベンション)で、詰まった血管に最初に通す極細のワイヤー「ガイドワイヤー」で世界トップシェアを握る。とりわけ、最も難度の高い慢性完全閉塞(CTO)治療向けのガイドワイヤーでは、世界の心臓カテーテル医にとって事実上の標準的存在だ。
朝日インテックの出発点は、1976年に大阪で創業した極細ステンレスワイヤーロープの町工場だった。円高でコスト競争にさらされる中、高付加価値分野として医療に挑み、1995年に世界で初めてCTO治療用のPCIガイドワイヤーの開発に成功したことが、運命を変えた。以来、ガイドワイヤー世界一の地位を築き、海外売上比率は約7割、110カ国以上に展開するグローバルニッチトップへと成長した。
ビジネスモデルの核心は、(1)伸線・ワイヤーフォーミング・トルク・樹脂コーティングという4つのコア技術と素材からの一貫生産、(2)医師の細かな要求を素材レベルから作り込む現場主義(医師との共創)にある。これが模倣困難な品質と指名買いを生み、過去10年以上、営業利益率20%前後という高収益を維持してきた。そして足元は成長が加速し、2026年6月期は売上1,411億円(前期比17.6%増)、営業利益422億円(同40.4%増)、営業利益率は約30%へと跳ね上がる見通しだ。
一方で、リスクも明快だ。中国市場への依存度の高さ(中国の集中購買による価格下落圧力、米中対立の影響)、生産拠点のタイバーツ高など為替の両面性、高めのバリュエーション(成長期待の織り込み)、そして長期的な治療パラダイムの変化である。本稿では、血管の奥へ髪より細いワイヤーを届ける医療ニッチトップ・朝日インテックを、沿革からビジネスモデル、財務、競争、シナリオまで立体的に解剖する。
1. 企業概要と沿革 ―「ワイヤーロープの町工場」が世界の心臓治療を変えた
1-1. 1976年、極細ワイヤーロープから
朝日インテックの創業は1976年、大阪。最初の事業は、産業機器向けの極細ステンレスワイヤーロープの製造だった。髪の毛ほどの細さのステンレス線を何本も撚り合わせて、強くしなやかなロープを作る。地味だが高度な金属加工技術を要するものづくりが、すべての出発点である。
ところが、1980年代の円高は、こうした金属部品メーカーに激しいコストダウン圧力をかけた。汎用品では新興国に勝てない。生き残りのために、朝日インテックは「高付加価値分野」へ活路を求めた。そこで目をつけたのが、医療機器だった。極細ワイヤーを正確に作る技術は、人体の血管に入れる極細の医療器具にこそ活かせる――この発想が、町工場を世界的医療メーカーへと変えていく。
1-2. 1995年、世界初のCTO治療用ガイドワイヤー
転機は1995年。朝日インテックは、世界で初めて慢性完全閉塞(CTO)治療用のPCIガイドワイヤーの開発に成功した。CTOとは、心臓の血管が完全に詰まってしまった状態で、カテーテル治療の中でも最も難しい。詰まった硬い病変を、極細のワイヤーで貫いて通さなければならない。この極めて高い技術を要する領域に、朝日インテックは町工場で培った極細ワイヤーの技術で挑み、成功した。
重要なのは、この製品がカテーテル治療の権威である医師からの依頼に応えて生まれたことだ。「こういうワイヤーが欲しい」という現場の切実なニーズを、素材レベルから作り込んで実現する。この「医師との共創」という原体験が、朝日インテックの企業文化の核になった。本社は現在、愛知県瀬戸市にある。
1-3. 世界トップへ ― 医師が広げたブランド
CTOガイドワイヤーの成功は、独特の経路でブランドを世界に広げた。難しいCTO治療を朝日インテックのワイヤーで成功させた医師が、学会でその症例を報告する。それを見た世界中の心臓カテーテル医が「あのワイヤーを使いたい」と求める――こうして、難度の高い領域での実績が、医師から医師へと伝わり、世界中に普及した。今では、PCIガイドワイヤーで世界トップシェア、国内では約8割、中国でも約6割という地位を築いている。
2. PCIガイドワイヤーとは何か ― 心臓カテーテル治療の「道先案内人」
朝日インテックのビジネスを理解するには、心臓カテーテル治療の中でガイドワイヤーが果たす役割を押さえる必要がある。
2-1. カテーテル治療と「最初に通すワイヤー」
心臓に血液を送る冠動脈が、動脈硬化などで狭くなったり詰まったりすると、狭心症や心筋梗塞を引き起こす。これを治す代表的な方法が、カテーテル治療(PCI)だ。胸を開く外科手術ではなく、手首や脚の血管から細い管(カテーテル)を入れ、血管の中を通して心臓の患部まで到達させ、風船(バルーン)で広げたりステントを留置したりして血流を回復させる。体への負担が小さい「低侵襲治療」である。
このとき、カテーテルやバルーンを患部まで導くために、**最初に血管の中を通す極細のワイヤーが「ガイドワイヤー」**だ。狭く曲がりくねった血管の中を、髪の毛より細いワイヤーで、患部まで正確に進めていく。後続のカテーテルやステントは、このガイドワイヤーをレール(道先案内人)にして患部へ届く。ガイドワイヤーが患部に到達できなければ、治療そのものが始まらない。文字通り、治療の成否を握る「最初の一手」である。
2-2. なぜ難しいのか ― 相反する性能の両立
ガイドワイヤーには、相反する性能の両立が求められる。先端は血管を傷つけないよう柔らかくしなやかでなければならないが、硬い病変(とくにCTO)を貫くには十分な硬さと推進力も要る。医師が手元で回した力(トルク)が、血管の奥の先端まで正確に、遅れなく伝わらなければ、繊細な操作ができない。表面は血管内を滑らかに進むようコーティングされている必要がある。
これらを、直径わずか0.3〜0.4mm程度の極細ワイヤーで、しかも血管の奥深くまで実現する。これは、朝日インテックが町工場時代から培った極細ワイヤーの加工技術と、医師との共創による作り込みがあって初めて可能になる、職人技の塊である。CTO治療という最難関で世界一になったことが、同社の技術の高さを証明している。
3. 事業構造 ― メディカルが主役、デバイスが急成長
朝日インテックの事業は2つのセグメントからなる。
3-1. メディカル事業 ― 循環器と非循環器
メディカル事業が中核で、売上の大半を占める。これは2つの領域に分かれる。
- 循環器領域:心臓のカテーテル治療向け。主力のPCIガイドワイヤーをはじめ、カテーテル、バルーンなど。世界トップシェアを握る、最も強い領域。
- 非循環器領域:心臓以外の血管内治療・低侵襲治療向け。末梢血管(手足)、脳血管、腹部、消化器など。循環器で培った技術を、体の他の部位の治療へ横展開している成長領域。
3-2. デバイス事業 ― 医療部材と産業部材
デバイス事業は、医療機器メーカー向けの医療部材(OEM・受託的な部材供給)と、創業以来の産業部材(極細ワイヤーロープなど)からなる。近年、このデバイス事業が急成長しており、2026年6月期第3四半期には前年同期比約49.5%増という大幅な伸びを示した。他社の医療機器に部材を供給するこの事業は、朝日インテックの技術が「自社ブランド製品」だけでなく「他社製品の中身」としても広く使われていることを示す。
3-3. グローバルな製造・販売
海外売上比率は約7割。日本(研究開発・試作の中枢)と、量産を担うタイ・ベトナム・フィリピンの生産拠点という分業体制を敷き、110カ国以上に製品を供給する。地域別では、国内に加え、米州、欧州、そして中国を中心とするアジアが重要市場だ。とくに中国は、後述するように成長の柱であると同時にリスクの源泉でもある。
4. ビジネスモデルの核心 ―「4つのコア技術×一貫生産×現場主義」
朝日インテックの高収益と世界トップを支えるビジネスモデルは、3つの要素の組み合わせで理解できる。
4-1. 4つのコア技術と一貫生産
朝日インテックは、ガイドワイヤーづくりの基盤となる4つのコア技術を自社で握る。(1)金属線を極限まで細く引き伸ばす伸線技術、(2)ワイヤーを設計通りに成形するワイヤーフォーミング技術、(3)医師が手元で回した回転力を先端まで正確に伝えるトルク技術、(4)血管内を滑らかに進ませる樹脂コーティング技術。
多くの医療機器メーカーが部品を外注して組み立てるのに対し、朝日インテックは素材(金属線)から製品まで一貫生産する。コア技術を自社で握り、素材レベルから作り込むからこそ、他社に真似できない品質と、医師の細かな要求に応える試作スピードを実現できる。そして、研究開発・試作を日本に集約し、量産をタイ・ベトナム・フィリピンで行う分業により、コスト競争力と研究開発への資源集中を両立させている。
4-2. 現場主義 ― 医師との共創
朝日インテックの企業文化の核が現場主義だ。同社の製品は、医師の「こういう操作感が欲しい」「こんな機能が欲しい」という現場の声を吸い上げ、それを素材レベルから作り込んで生まれる。CTOガイドワイヤーが医師の依頼から生まれたように、医師との共創が新製品を生み、その製品で治療を成功させた医師が学会で報告することでブランドが世界に広がる。この「医師の声→製品→医師の評価→普及」という独特のサイクルが、消耗品でありながら高単価とブランド指名買いを実現している。
4-3. 複数の源泉に支えられた深い堀
これらが組み合わさり、朝日インテックは複数の源泉に支えられた深い堀を築いている。医療機器という薬事承認の壁(無形資産)、医師の信頼と指名買い(ブランド・切り替えコスト)、素材から作り込む一貫生産(技術・ノウハウ)。とくにCTOという最難関領域では、同社製品がほぼ独占的で、「この治療をやるならこのワイヤー」という不可欠性を築いている。一つの優位に依存せず、複数を重ねた堀は壊れにくい。この堀が、過去10年以上にわたる営業利益率20%前後という高収益を支えてきた。
5. 競争環境 ― ガイドワイヤーで世界一、巨大企業がひしめく市場で
血管内治療(インターベンション)の世界市場は、グローバルな医療機器の巨人がひしめく大市場だ。アボット、ボストン・サイエンティフィック、メドトロニックといった欧米の巨大医療機器メーカー、そして日本のテルモなどが、カテーテル、ステント、バルーンといった製品で激しく競う。
この中で朝日インテックの立ち位置は明確だ。ガイドワイヤーという特定領域で世界一。とりわけ、最も難度の高いCTO治療向けでは、事実上の標準的存在として圧倒的な地位を持つ。巨大企業がカテーテル治療全体を広くカバーする中で、朝日インテックは「治療の最初の一手であるガイドワイヤー」という、技術力で明確に差がつく超ニッチに集中し、そこで世界一を取る「狭く深く」の戦略を採る。
さらに、デバイス事業を通じて、競合を含む他社の医療機器に部材を供給してもいる。つまり、自社ブランドのガイドワイヤーで世界一を取りつつ、他社製品の中身としても朝日インテックの技術が使われる。これは、医療機器という大きなエコシステムの中で、技術の深さによって独自のポジションを築いていることを示している。
6. 財務分析 ― 高収益と成長加速、強固な財務
6-1. 売上の推移 ― 二桁成長の継続
朝日インテックの業績は、高い成長を続けている。2025年6月期は売上高1,200.25億円(前期比11.6%増)と過去最高を更新した。そして2026年6月期は、通期予想で売上高1,411.42億円(前期比17.6%増)、営業利益422.20億円(同40.4%増)、経常利益426.88億円(同44.4%増)と、成長が一段と加速する見通しだ。第3四半期累計でも売上1,083.66億円(前年同期比18.0%増)、営業利益374.14億円(同45.5%増)と、計画を上回るペースで推移している。
牽引役は、世界トップの循環器領域(PCIガイドワイヤー)の継続的なシェア拡大に加え、急成長するデバイス事業(3Q累計で前年同期比約49.5%増)だ。メディカルとデバイスの両輪が、二桁成長を支えている。
6-2. 営業利益率30%へ ― 高収益の一段の向上
特筆すべきは収益性の高さだ。朝日インテックは過去10年以上、営業利益率20%前後という高水準を維持してきたが、足元ではそれが一段と向上し、2026年6月期予想では営業利益率が約30%(営業利益422億円÷売上1,411億円)に達する見通しだ。売上総利益率も上昇しており、生産性向上と販売単価の高さ(高付加価値品の比率上昇)が効いている。医療機器メーカーとしても極めて高い収益性であり、深い堀がもたらすプライシングパワーの強さを物語る。
6-3. 強固な財務
財務基盤も強い。2026年6月期第3四半期末で、自己資本比率は81.6%(前期末77.9%から上昇)、純資産は1,671億円超。有利子負債の縮小も進み、現金も積み上がっている。高収益で稼いだキャッシュが、健全な財務として蓄積されている。なお、生産拠点であるタイのバーツ高は売上総利益率にマイナス要因として働くなど、為替の影響は両面で受ける。
7. 中期経営計画「Building the Future 2030」
朝日インテックは、2025年8月に新たな中期経営計画「Building the Future 2030」を策定した。2030年(2030年6月期)に向けた成長戦略を示すもので、これまで掲げてきた高い成長目標を、さらに着実に推進する内容だ。同社はこの計画における成長戦略を推進することで、さらなる企業価値の向上を目指すとしている。
成長戦略の柱は、(1)世界トップの循環器領域でのシェア拡大の継続、(2)非循環器領域(末梢・脳・腹部・消化器など)への横展開、(3)新興国を中心とする地理的拡大、(4)急成長するデバイス事業の伸長、である。営業利益率30%という高収益を保ちながら、二桁成長を継続できるかが、この計画の核心だ。
8. 成長ドライバー ― 高齢化・低侵襲・横展開・新興国
朝日インテックの中長期の成長を支えるドライバーは、いずれも強力で不可逆だ。
第一に、世界的な高齢化と心血管疾患の増加。 心臓病は世界の主要な死因であり、高齢化が進むほど患者が増える。先進国でも新興国でも、この需要の底上げは不可逆なトレンドだ。
第二に、低侵襲治療(カテーテル治療)の普及。 体への負担が小さいカテーテル治療は、外科手術を置き換えながら世界に広がっている。この普及そのものが、ガイドワイヤーの需要を構造的に押し上げる。
第三に、非循環器領域への横展開。 循環器(心臓)で確立した技術とブランドを、末梢・脳・腹部・消化器といった非循環器領域へ展開する。一つのニッチに留まらず、隣接領域へ染み出すことで、単一市場の天井を超える成長を継ぎ足せる。
第四に、新興国という地理的な伸びしろ。 国内のシェアは約8割と高水準だが、新興国ではまだ取り切っていない地理が広い。中国・インド・東南アジアなどで、カテーテル治療の普及とともにシェアを伸ばす余地が大きい。「世界一だが、まだ世界のすみずみには届いていない」という理想的な伸びしろを持つ。
第五に、デバイス事業の成長。 他社医療機器向けの医療部材供給が急成長しており、自社ブランドに次ぐ新たな成長エンジンになりつつある。
9. 強み(独自の視点)
第一に、複数の源泉に支えられた深い堀。 薬事承認、医師の指名買い、素材からの一貫生産。これらが重なり、模倣困難で壊れにくい堀を形成する。とくにCTOという最難関領域でのほぼ独占的地位は、技術の高さの証明だ。
第二に、現場主義による「医師との共創」サイクル。 医師の声から製品を生み、その製品の治療成功例が学会で広がってブランドが世界に伝わる。この独特の普及サイクルが、消耗品でありながら高単価と指名買いを生む。
第三に、地理的な伸びしろと横展開。 新興国という未開拓の地理と、循環器から非循環器への横展開。単一ニッチの天井を超える成長余地が、明確に残っている。
第四に、営業利益率30%という卓越した収益性。 過去20%前後だった利益率が、足元では30%へ。深い堀がもたらすプライシングパワーと、生産性向上が、医療機器としても突出した高収益を実現している。
第五に、強固な財務とデバイス事業という第二の柱。 自己資本比率81.6%という鉄壁の財務と、急成長するデバイス事業。安定性と新たな成長エンジンを併せ持つ。
10. 弱み・リスク(独自の視点)
第一に、中国市場への依存とその両義性。 中国は朝日インテックの重要な成長市場(PCIガイドワイヤーで中国シェア約6割)だが、同時に最大のリスク源でもある。中国の医療機器の集中購買制度(带量采购=VBP、大量に一括購入する代わりに大幅な価格引き下げを求める仕組み)は、シェアと利益率に構造的な価格下落圧力をもたらす。また、米中対立やトランプ政権の対中政策が中国経済に打撃を与えれば、中国依存度の高い朝日インテックは影響を受ける。実際、海外証券会社が「中国依存度の高い医療機器メーカー」として投資判断を引き下げ、中長期の営業利益成長率見通しを引き下げた経緯もある。新興国シェア拡大という成長ストーリーと、中国の価格圧力・地政学リスクは、表裏一体だ。
第二に、為替の両面性。 海外売上比率約7割ゆえ、円安は売上にプラスだが、生産拠点であるタイのバーツ高は製造コスト(売上総利益率)にマイナスに働く。為替は売上と原価の両面で影響し、その方向は一様でない。近年の高収益の一部は為替に左右される面があり、為替前提を除いた実力を見る必要がある。
第三に、高めのバリュエーション。 高い成長と利益率を背景に、株価は成長期待を相応に織り込んだ水準で評価されてきた。高PER成長株は、成長が続く限り報われるが、成長率の鈍化や中国リスクの顕在化といった失望には敏感に反応し、株価が大きく調整しやすい(本シリーズ本編で論じた高PER株の非対称性)。
第四に、長期の治療パラダイム変化。 低侵襲治療がかつて外科手術を置き換えたように、いつか薬剤による根治や、ワイヤーを使わない次世代治療が主流になれば、ガイドワイヤーという製品の位置づけが揺らぐ。今の成功モデルが将来も続く保証はない、という技術代替リスクは、特化型企業に共通する長期の弱点だ。
第五に、規制・薬事のリスク。 医療機器は各国の薬事規制に左右され、規制変更や承認の遅れが事業に影響し得る。これは参入障壁(堀)であると同時に、自社にとっての制約にもなる。
11. ガバナンス・株主還元
朝日インテックは、創業以来の現場主義と長期志向で、ガイドワイヤーという専門領域に集中し続けてきた。自己資本比率81.6%という鉄壁の財務は、安定した経営の表れだ。高成長企業として、稼いだキャッシュを研究開発・設備(新興国生産拠点の増強)・横展開へ投資し、成長を再投資で加速させる姿勢が基本だ。投資家としては、(1)中国の価格圧力下でも利益率を維持できるか、(2)成長投資が新興国・非循環器・デバイスの成長として実るか、(3)高い財務体力を成長投資と株主還元にどうバランス配分するか、を見ていくことになる。
12. バリュエーションの考え方
朝日インテックは「高成長・高収益の優良医療株」であることは間違いないが、その優良性と成長期待は株価に相応に織り込まれてきた。高PERは、将来の高成長を市場が織り込んでいる状態を意味する。
投資家が意識すべきは2点だ。第一に、高PER株の非対称性。期待が高い分、好材料への反応は鈍く、悪材料(中国の価格圧力、成長率の鈍化、地政学)への反応は過敏になりやすい。海外証券会社が中国リスクを理由に成長率見通しと目標株価を引き下げた局面で株価が大きく下げたのは、その典型だ。第二に、為替を除いた実力成長。円安が売上を押し上げる一方、バーツ高が原価を押し上げる。為替の綱引きを除いた実力ベースの成長率と利益率を見極める必要がある。優良企業であることと、その株が今の値段で割安であることは別問題だ。営業利益率30%という高収益が「平常運転」なのか「ピーク」なのかを冷静に見ることが要る。
13. シナリオ分析
強気シナリオ(横展開+新興国+デバイスの三重成長) 循環器でのシェア拡大を続けつつ、非循環器領域への横展開が成功し、新興国でも普及が進む。急成長するデバイス事業が第二の柱に育つ。中国の価格圧力を、新製品と数量増で吸収し、営業利益率30%を保ったまま二桁成長を継続。低侵襲治療と高齢化という不可逆なトレンドに乗って、高成長・高収益の優良株として評価が続く。
基本シナリオ(高成長の継続+中国の重し) 高齢化・低侵襲治療の追い風で成長を続けるが、中国のVBPによる価格圧力や為替が、成長率や利益率の重しになる局面を周期的に挟む。非循環器・新興国・デバイスが成長を支え、全体としては高成長・高収益を維持するが、高バリュエーションゆえ株価は業績の振れと中国リスクに敏感に反応する。最も蓋然性が高い。
弱気シナリオ(中国リスク顕在化+成長鈍化) 米中対立や中国経済の悪化、VBPの厳格化で、中国依存度の高い朝日インテックの成長と利益率が想定以上に圧迫される。為替の逆風や、次世代治療法の台頭懸念も重なる。成長率が鈍化し、高めのバリュエーションが調整されて株価が大きく下落する。
14. 投資家としての着眼点(まとめ)
朝日インテックは、本シリーズの三類型でいう「成長型」GNTの代表格だ。心臓カテーテル治療のガイドワイヤーで世界一を握り、薬事承認・指名買い・一貫生産という複数の源泉に支えられた深い堀を持つ。営業利益率30%という卓越した収益性、地理的な伸びしろ、非循環器・デバイスへの横展開という成長余地――事業の質と成長性は最上級だ。
向き合う際の論点は明確だ。第一に、中国依存とその両義性をどう見るか。中国は成長の柱であると同時に、VBPの価格圧力と地政学リスクの源泉だ。これが朝日インテックの最大の論点と言ってよい。第二に、高めのバリュエーションが、成長をどこまで織り込んでいるか。優良ゆえに、買い値の妥当性を冷静に見極める必要がある。第三に、為替(円安とバーツ高)を除いた実力成長はどれくらいか。第四に、長期の治療パラダイム変化に、横展開で備えられるか。
結論として、朝日インテックは「世界で人々が心臓病を患い、低侵襲治療が広がり続ける限り、その最初の一手であるガイドワイヤーで高収益を積み上げる」息の長い成長企業だ。町工場の極細ワイヤー技術が世界の心臓治療を変えたという物語は強力で、事業の質は折り紙付きである。だがその果実は、中国という両義的な市場のリスクと、高い期待が織り込まれた株価をくぐり抜けた先にある。「世界トップ・高収益・高成長」という三拍子に酔わず、中国リスク・バリュエーション・実力成長という論点で冷静に値踏みすることが、血管の奥へワイヤーを届ける世界王者と付き合う要諦である。
15. 参考資料(朝日インテック)
- 朝日インテック IR:新中期経営計画「Building the Future 2030」策定に関するお知らせ(2025年8月14日、asahi-intecc.co.jp)・有価証券報告書・決算短信
- バフェット・コード「朝日インテック」(buffett-code.com/company/7747/、2025年6月期 売上1,200.25億円〔+11.6%〕・売上総利益812.35億円〔+17.6%〕・タイバーツ高・新中計)
- Yahoo!ファイナンス「朝日インテック【7747】決算情報」(finance.yahoo.co.jp、2026年6月期予想 売上1,411.42億円〔+17.6%〕・営業利益422.20億円〔+40.4%〕・3Q累計 売上1,083.66億円・営業利益374.14億円〔+45.5%〕・純利益+204.2%・デバイス事業+49.5%・自己資本比率81.6%・メディカル/デバイスの2セグメント)
- FISCO 企業情報・注目銘柄ダイジェスト(web.fisco.jp、PCIガイドワイヤー世界トップシェア・本社瀬戸市・ジェフリーズ証券の投資判断引き下げ〔中国依存・対中政策リスク・営業利益成長率見通し年率15%→10%〕)
- 朝日インテック 公式サイト「ストーリー」「グローバル展開」(asahi-intecc.co.jp、1976年創業・1995年世界初CTO治療用ガイドワイヤー・4つのコア技術・一貫生産・現場主義・海外売上比率約7割)
- キタイシホン「朝日インテック【7747】の事業内容」(kitaishihon.com/company/7747、メディカル/デバイス事業・地域別・新中計)
- 経済産業省「2020年版グローバルニッチトップ企業100選」選定企業一覧
※PCIガイドワイヤーの世界シェア・地域別シェア(国内約8割・中国約6割等)は同社開示・各資料に基づく推計を含みます。財務数値は決算期(6月期)・為替・市況により変動します。
