- 1. はじめに ―― 「市場を解いた男」とは何者か
- 2. サイモンズの人生① ―― 3歳で「数学者になる」と決めた少年
- 3. サイモンズの人生② ―― 暗号解読者、そして幾何学者
- 4. なぜ数学者が投資の世界へ ―― 40歳の転身
- 5. モネメトリクスからルネサンスへ ―― 暗中模索の10年
- 6. メダリオン・ファンドの誕生と「存続の危機」 ―― 1988〜1990年
- 7. 数字で見るメダリオン ―― 人類史上、おそらく最強の運用記録
- 8. 手法の核心① ―― 「モデルから始めない。データから始める」
- 9. 手法の核心② ―― 隠れマルコフモデルと「信号(シグナル)」という発想
- 10. 手法の核心③ ―― 統計的裁定取引と「平均回帰」
- 11. 手法の核心④ ―― 「単一の巨大モデル」という思想
- 12. 手法の核心⑤ ―― 「コンピュータを、決して上書きしない」
- 13. 手法の核心⑥ ―― レバレッジ・分散・リスク管理の三位一体
- 14. 「なぜ当たるのか」を問わない ―― サイモンズの認識論
- 15. 最大の資産は「人」 ―― 「ウォール街からは、一人も採らなかった」
- 16. 秘密主義の文化 ―― なぜメダリオンは外部に固く閉ざされているのか
- 17. 「容量(キャパシティ)の限界」 ―― なぜ約100億ドルで蓋をするのか
- 18. メダリオンと、それ以外 ―― なぜRIEFは振るわないのか
- 19. ルネサンスが突きつける「効率的市場仮説」への反証
- 20. サイモンズ手法の限界と、誤解されやすい点
- 21. 個人投資家は、サイモンズから何を学べるのか ―― そして、何は学べないのか
- 22. 数学者の晩年 ―― フィランソロピーと「美に導かれて」
- 23. サイモンズ語録 ―― 本人の言葉から
- 24. まとめ
- 25. 参考資料
1. はじめに ―― 「市場を解いた男」とは何者か
投資の世界には、伝説と呼ばれる人物が何人もいます。ウォーレン・バフェット、ジョージ・ソロス、ピーター・リンチ、レイ・ダリオ。彼らはいずれも、数十年にわたって市場平均を上回り続けた、まぎれもない巨人です。
しかし、もし「運用成績の数字そのもの」だけで歴代の投資家を一列に並べたとしたら ―― その先頭に立つのは、おそらく彼らの誰でもありません。ジム・サイモンズ(James Harris Simons、1938–2024)という、一人の数学者です。
サイモンズが率いた投資会社、ルネサンス・テクノロジーズ(Renaissance Technologies、通称レンテック)。その旗艦ファンドである「メダリオン・ファンド(Medallion Fund)」は、1988年から2018年までの31年間で、**手数料控除前の年率平均リターンが約66%、手数料控除後でも約39%**という、ほかに比較対象が存在しないレベルの記録を残しました。コーネル大学の研究者ブラッドフォード・コーネルの分析によれば、1988年にメダリオンに投じた100ドルは、2018年には約3億9870万ドルに膨れ上がっていた計算になります。複利の年率にして63.3%。しかも、その31年間、メダリオンは一度も年間ベースで損失を出していません。ドットコム・バブルの崩壊も、2008年の世界金融危機も、すべてプラスで通過しました。
評伝『The Man Who Solved the Market(市場を解いた男)』の著者グレゴリー・ザッカーマンは、本の冒頭でこう書いています ―― バフェット、ソロス、リンチ、コーエン、ダリオ、その誰もが、サイモンズには「及ばない(fall short)」。
ここで、多くの人が抱く疑問はこうでしょう ―― なぜ、投資の専門家でも、経済学者でも、ウォール街の出身者でもない、純粋な数学者が、これほどの記録を打ち立てられたのか?
そして、その疑問の裏側には、もっと不穏な問いが潜んでいます ―― バフェットの投資哲学は、本人が何十年も語り、無数の本が書かれ、誰もが学べます。ところがサイモンズの手法は、ほとんど誰も正確には知りません。メダリオン・ファンドは外部投資家に対して固く閉ざされ、社員は厳格な秘密保持契約に縛られ、サイモンズ本人も生涯、肝心の中身についてはほとんど語りませんでした。「最強の手法」が、同時に「最も知られていない手法」でもある ―― これがサイモンズという存在の、最大の逆説です。
本稿の狙いは、その「ほとんど語られない手法」の輪郭を、それでも公開されている一次情報 ―― サイモンズ本人のTEDインタビューや大学講演での発言、ルネサンスの規制当局への提出書類、コーネルらの学術分析、そしてサイモンズ本人が長時間取材に応じたザッカーマンの評伝 ―― を丹念につなぎ合わせることで、できる限りわかりやすく描き出すことです。
先に、本稿全体を貫く「サイモンズ手法の本質」を、一文で言っておきます。
サイモンズは「市場を予測する天才」ではなかった。彼は「ほんのわずかな統計的優位を、見つけ、検証し、何百万回も繰り返す仕組み」を作った人だった。
メダリオンの勝率は、わずか50.75%。コイン投げと、ほとんど変わりません。それでも人類史上最強の記録を打ち立てた ―― この一見矛盾した事実をどう理解するかが、本稿の旅の中心になります。
2. サイモンズの人生① ―― 3歳で「数学者になる」と決めた少年
ジム・サイモンズの手法を理解するには、まず「彼がどういう頭の持ち主だったか」を知る必要があります。それは、ウォール街の人間とは、まったく異質な頭でした。
ジェームズ・ハリス・サイモンズは、1938年4月25日、米国マサチューセッツ州ブルックラインで、ユダヤ系アメリカ人の家庭に生まれました。マルシアとマシューの一人息子でした。
彼は後年、印象的な回想を残しています ―― 「私は3歳のときから数学をやりたかった。文字通り、3歳から。数や形のことを考えていた」。これは誇張ではないでしょう。サイモンズは少年期を通じて、ひたすら数や図形のことを考え続ける子どもでした。
逸話があります。少年時代、地元の園芸店でアルバイトをしたとき、彼は商品の置き場所をすぐ忘れてしまい、まったく使い物にならなかった。それでも「将来はMITで数学者になりたい」と言うと、店の大人たちは「これまで聞いたなかで一番おかしな話だ」と大笑いした ―― 肥料の置き場所も覚えられない少年が、MITの数学者になる、と。
ところが、その「最後に笑う」物語は、普通のレベルでは終わりませんでした。サイモンズは17歳でMITに入学し、通常4年の課程をわずか3年で終え、1958年に数学の学士号を取得します。そのままカリフォルニア大学バークレー校に進み、1961年(正式な学位授与は1962年)、わずか23歳で数学の博士号を取得しました。指導教官はバートラム・コスタント。博士論文では、長年ほかの数学者たちを退けてきた「多次元の曲がった空間の幾何学」に関する難問を解いてみせます ―― しかも、指導教官の「やめておけ」という助言に逆らって。
ここに、後のサイモンズを貫く性質が、すでに二つ表れています。一つは、混沌のなかに構造(structure)を見出す異様な才能。もう一つは、権威や常識に逆らってでも、自分が面白いと思った問題に賭ける性向です。この二つは、やがて金融市場という「世界で最も混沌として見える場所」で、決定的な武器になります。
MITとバークレーのあいだの時期、彼は学友たちと一緒に、ボストンからボゴタ(コロンビアの首都)まで、原付バイクで縦断する旅に出ています。当時、彼は原付に乗ったこともなく、所有してもいませんでした。7週間かけてボゴタまでたどり着いたこの無謀な旅を、サイモンズは後年「死にかけた。母が知っていたら絶対に許さなかっただろう」と振り返っています。数学の天才でありながら、同時に、計算ずくのリスクテイカーでもある ―― この二面性も、覚えておいてください。
3. サイモンズの人生② ―― 暗号解読者、そして幾何学者
3-1. 「信号を、雑音のなかから見つける」訓練
博士号を取得したサイモンズは、MITとハーバードで数学を教えますが、すぐに「落ち着かなさ」を感じます。彼の人生には、このパターンが繰り返し現れます ―― 一つの場所で成功すると、退屈し、まったく違う領域へ飛び込む。
1964年、サイモンズは決定的な選択をします。彼はプリンストンにあった国防分析研究所(Institute for Defense Analyses、IDA)に入り、4年間、暗号解読者(codebreaker)として働きました。冷戦の真っただ中、IDAは米国政府のために、ソ連の暗号を解読する、選り抜きの数学者集団でした。
IDAには、サイモンズにとって魅力的な制度がありました ―― 勤務時間の半分は政府の仕事に充て、残り半分は自分の数学研究に使ってよい。給料も高い。サイモンズ自身、TEDのインタビューで「抗いがたい誘惑だった」と語っています。
ここでサイモンズが磨いた技術こそが、後のすべての土台になります。暗号解読とは何か ―― それは、一見すると意味のないランダムな記号の列(雑音、ノイズ)のなかから、隠された規則性(信号、シグナル)を見つけ出す作業です。敵の通信は、暗号化されているから、表面的にはでたらめにしか見えない。だが、そこには必ず構造がある。その構造を、統計的な手法で、データから炙り出す。
この「雑音のなかから信号を見つける」という思考様式が、そっくりそのまま、後年のサイモンズが金融市場に対して取った姿勢になります。金融市場の値動きも、表面的にはランダムな上下動にしか見えない。だが、暗号解読者の目には、こう映る ―― 「これは、解かれるのを待っている暗号ではないか?」。あるルネサンス社員は、後年このことを見事に言い表しています。「市場の非効率性は、あまりに複雑で、いわば暗号として市場のなかに隠れている。レンテックは、それを解読(decrypt)するのだ」。
3-2. ベトナム戦争と「クビ」
サイモンズは、政治的に活発な人物ではありませんでした。しかし、ベトナム戦争には強く反対していました。1967年、彼の上司のさらに上司にあたるマクスウェル・テイラー将軍が、ニューヨーク・タイムズ・マガジンに「ベトナムでは万事うまくいっている」という趣旨の記事を寄稿します。サイモンズはこれを「実に愚かな記事だ」と感じ、ニューヨーク・タイムズに「テイラー将軍のもとで働く全員が彼の見解に同意しているわけではない」という投書をしました。
その後、ニューズウィークの記者から取材を受けたサイモンズは、自分の立場をこう説明します ―― 戦争が終わるまでは、自分は勤務時間の100%を自分の数学研究に充てる。戦争が終わったら、その分、彼ら(IDA)の仕事を100%やる。そうすれば帳尻が合う、と(一種の消極的な抗議でした)。この取材のことを上司に伝えると、彼らはまったく面白がらず、サイモンズは解雇されました。
サイモンズは後年、これを淡々と語っています ―― 「でも、それでよかった。自分がやってきた数学の仕事があるから、どこかでいい職に就けるとわかっていた」。
3-3. ストーニーブルックと「チャーン=サイモンズ理論」
予言通り、彼にはすぐ職が見つかりました。1968年、サイモンズは、まだ創立11年目だったニューヨーク州立大学ストーニーブルック校に、数学科の学科長として迎えられます。
サイモンズはここで、もう一つの才能を発揮します ―― 人を見抜き、集める才能です。当時のストーニーブルックは、物理学科は優秀でしたが、数学科はお粗末でした。サイモンズは潤沢な資金を使い、優秀な数学者を次々に採用し(そして容赦なく解雇もし)、わずか10年で、世界有数の幾何学研究の拠点を作り上げてしまいます。「クビにする側にいるほうが、クビにされる側にいるよりいい」と、彼は後にMITの聴衆に語っています。
このストーニーブルック時代、サイモンズは数学者としての最大の業績を残します。バークレーにいた高名な数学者、陳省身(チャーン・シンシェン)との共同研究から生まれた「チャーン=サイモンズ理論(Chern-Simons theory)」です。
これは微分幾何学・トポロジーの理論ですが、その後、思いがけない展開を見せます。物理学者たちが、この理論を場の量子論や弦理論に応用し始めたのです。チャーン=サイモンズ形式は、現代物理学に深い影響を与え続けています。この業績により、サイモンズは1976年、アメリカ数学会のオズワルド・ヴェブレン幾何学賞を受賞しました。これは幾何学における最高の栄誉の一つです。
つまり、サイモンズが投資の世界に入る前、彼はすでに「歴史に名を残す数学者」だったのです。たとえ一度も金融に関わらなかったとしても、彼の名は数学史に刻まれていました。この事実は重要です。サイモンズは「金儲けのために数学を使った人」ではなく、「もともと一流の数学者であり、その思考様式をたまたま市場に向けた人」なのです。順番が、普通のファンドマネジャーとは逆なのです。
4. なぜ数学者が投資の世界へ ―― 40歳の転身
4-1. 「数学のほうが、ビジネスより現実的だ」
世界的な数学者が、なぜ40歳で大学を去り、投資の世界へ飛び込んだのか。これは、サイモンズを語るうえで誰もが引っかかる点です。
サイモンズ自身は、後年バークレーの数学者デイヴィッド・アイゼンバッドとの対話のなかで、この転身について逆説的なことを言っています ―― 「数学のほうが、ビジネスよりも現実的(real)だ」。1970年代に学界から「実業の世界」へ移った理由を問われての言葉です。彼にとって、抽象的な数学こそが「本物」であり、ビジネスはむしろそれより手応えの薄いものだった、というのです。
では、なぜ移ったのか。理由は、おそらく一つではありません。
第一に、退屈。サイモンズは、一つの領域で成功すると退屈してしまう人でした。チャーン=サイモンズ理論をやり遂げ、ストーニーブルックの数学科を世界レベルに育て上げた彼は、また「新しい混沌」を求めていました。
第二に、もともと相場が好きだったこと。サイモンズは早くから取引そのものに惹かれていました。後で見るように、彼は若い頃の取引で「数学の博士論文を書くか、大豆を取引するか、両立は無理だ」と悩んだほどです。
第三に、そしておそらく最も深い理由は、金融市場が「巨大な、未解読の暗号」に見えたことです。IDAで雑音から信号を取り出す訓練を積んだ数学者の目に、市場の値動きは、解かれるのを待っている暗号文として映った。これは、彼にとって抗いがたい知的挑戦でした。
4-2. きっかけは「結婚祝いの金」と「大豆」
サイモンズが相場に最初に触れたのは、もっと俗っぽいきっかけでした。
ザッカーマンの評伝によれば、サイモンズは最初の結婚のあと、結婚祝いでもらった5000ドルを、ユナイテッド・フルーツ社とセラニーズ社の株に入れました。ところが、株価がほとんど動かないことに、彼はすぐ退屈してしまいます。そこで証券会社の担当者が「大豆はどうか」と勧めた。サイモンズは大豆の先物を2枚買い、数千ドルの利益を得て、その素早い儲けの「興奮(rush)」にすっかり取り憑かれてしまった ―― これが、すべての始まりでした。
ここで注目したいのは、若き日のサイモンズが「興奮に取り憑かれた」という点です。彼は、自分が感情に流される人間であることを、早い段階で自覚していました。後にルネサンスで彼が「完全にシステマティックな(人間の感情を排した)手法」に賭けたのは、自分自身がごく普通の、感情に左右されるトレーダーだったからです。サイモンズは、自分の弱さを知っていた。これは、本稿で何度も立ち返る重要なポイントです。
4-3. 「運でも、構造は見える」
サイモンズは、TEDのインタビューで、初期の取引についてきわめて正直に語っています ―― 30代後半、少し数学に飽きていた頃、彼は取引を始め、かなりの金額を儲けた。だが「それは純粋に運だった。数学的なモデリングなどでは決してなかった」。
しかし ―― ここからがサイモンズらしいのですが ―― 「データを眺めているうちに、しばらくして気づいた。ここには、何か構造があるように見える、と。そこで数学者を何人か雇い、モデルを作り始めた」。
運で儲けながら、その背後に構造を見て取り、構造をモデル化しようとする。普通のトレーダーは、運で儲けたら「自分は天才だ」と勘違いします。サイモンズは違いました。彼は「これは運だ」と正しく認識し、しかし同時に「運の背後に、データとして取り出せる規則性があるのではないか」と考えた。運を運と認める謙虚さと、それでも構造を探す執念。この二つの組み合わせが、ルネサンスの出発点でした。
5. モネメトリクスからルネサンスへ ―― 暗中模索の10年
5-1. 最初の会社「モネメトリクス」
1978年、サイモンズはストーニーブルックの学科長の職を辞し、ニューヨーク州ロングアイランドのストーニーブルックに、ヘッジファンド運用会社を設立します。社名は「モネメトリクス(Monemetrics)」。「money(金)」と「econometrics(計量経済学)」を掛け合わせた名前でした。
しかし、興味深いことに、設立当初のサイモンズは、「数学を自分のビジネスに応用しよう」とは、すぐには思いつかなかったといいます。最初は、賢い人間を数人雇い、通貨を対象にした「中途半端な(half-baked)」取引モデルを作りはしたものの、実際の売買はほとんど手動でやっていました。モデルを人間が上書きし、勘で取引し、ときには運で儲けた ―― これは後のルネサンスとは正反対の姿です。
サイモンズは、データを集めているうちに、徐々に気づいていきます ―― 自分が集めているこのデータは、数学的にモデル化できるのではないか。この「徐々の気づき」こそが、ルネサンスの本当の起点でした。1982年、モネメトリクスは「ルネサンス・テクノロジーズ」と社名を変えます。
5-2. 最初の決定的な人材 ―― レナード・バウム
サイモンズが最初に頼ったのは、IDA時代の同僚、レナード・バウム(Leonard “Lenny” Baum)でした。
バウムは、ただの数学者ではありません。彼は1960年代後半、IDAで同僚のロイド・ウェルチとともに、後に「バウム=ウェルチ・アルゴリズム(Baum-Welch algorithm)」と呼ばれることになる、画期的なアルゴリズムを開発した人物です。これが何なのかは次章で詳しく説明しますが、ひとことで言えば「隠れマルコフモデル(Hidden Markov Model、HMM)の、見えないパラメータを、観測データだけから推定する手法」です。
ここに、すでに運命的な符合があります。バウム=ウェルチ・アルゴリズムは、その後、音声認識やバイオインフォマティクス(遺伝子解析)の分野で爆発的に使われ、現代の機械学習の重要な礎の一つになりました。そして、まさにその発明者が、ルネサンスの初期の中核メンバーだったのです。サイモンズは、後年世界が「機械学習」と呼ぶことになる発想を、その発明者本人とともに、1980年代前半に金融市場へ持ち込んだ ―― これがどれほど時代を先取りしていたか、考えてみてください。
バウムは、為替市場で実際に成果を上げました。ただし、バウム自身は次第にモデルから離れ、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)にもとづく直感的な取引へと傾いていきます。これは後にサイモンズとの方向性の違いを生むのですが、いずれにせよ、バウムがルネサンスに残した「隠れマルコフモデル」という思考の枠組みは、決定的でした。
5-3. 二人目の鍵 ―― 代数学者ジェームズ・アックス
次にサイモンズが組んだのが、代数学者で数論の専門家、ジェームズ・アックス(James Ax)でした。アックスもまた一流の数学者で、コール賞という数論の賞を受賞しています。
アックスは、バウムの数学的モデルを拡張し、商品先物の取引に応用していきます。サイモンズはアックスのために「アックスコム(Axcom)」という取引部門を作りました。
そして1988年、サイモンズとアックスは、ルネサンスの中核ファンドを立ち上げます。それが「メダリオン・ファンド」です。
なぜ「メダリオン(勲章、メダル)」という名前なのか。これは、サイモンズとアックスが、それぞれ数学の賞 ―― サイモンズはヴェブレン賞、アックスはコール賞 ―― を受賞していたことにちなんでいます。ファンドの名前そのものが、「これは数学者たちのファンドである」という宣言だったのです。
6. メダリオン・ファンドの誕生と「存続の危機」 ―― 1988〜1990年
6-1. 順調なスタート、そして暗転
メダリオン・ファンドのスタートは、実は華々しいものではありませんでした。むしろ、初期のメダリオンは、何度もつまずき、一度は閉鎖の瀬戸際まで追い込まれます。この「危機の時代」を知ることは、ルネサンスの本質を理解するうえで、とても重要です。
立ち上げ当初、アックスのモデルは好調でした。ところが1989年に入ると、状況が暗転します。損失がふくらみ、ファンドはピークから谷まで30%もの下落を喫しました。最終的に1989年は4.1%の損失で終わります。数字としては破滅的とまでは言えませんが、サイモンズには十分でした。彼は取引を一時停止します。
ここでサイモンズとアックスのあいだに、根本的な対立が生まれます。サイモンズは「モデルを再評価すべきだ」と主張しました。アックスは「同じアプローチを続けるべきだ」と譲りませんでした。サイモンズが過半数の持ち分を握っていたため、結果としてアックスは去ることになります。
評伝には、この時期のルネサンスの空気を伝える、印象的な言葉が引かれています ―― あるメンバーは「ジムに信念があるのかどうかも、はっきりしなかった。会社が生き残るのか、たたむことになるのかも、わからなかった」と振り返っています。
つまり、後に「人類史上最強」と呼ばれるファンドは、誕生からわずか1〜2年で、消滅しかけていたのです。
6-2. 転機 ―― エルウィン・バーレカンプの登場
ここで、ルネサンスの運命を変える人物が登場します。エルウィン・バーレカンプ(Elwyn Berlekamp)。カリフォルニア大学バークレー校の教授で、ゲーム理論と符号理論の世界的権威でした。
バーレカンプの経歴は象徴的です。彼はMITで、情報理論の創始者クロード・シャノンのもとで電気工学を学び、夏のあいだはベル研究所で、ジョン・ケリー ―― あの「ケリー基準(Kelly criterion)」、つまり最適な賭け金の大きさを決める数式を生んだ人物 ―― のもとで働いていました。ケリーの仕事は、「賭けのサイズをどう決めるか」が決定的に重要だ、ということを教えるものでした。この教えは、後にバーレカンプがメダリオンを立て直すときの、核心になります。
1988年、サイモンズはバーレカンプを取引部門に招き、戦略を見直してほしいと頼みます。バーレカンプが見たアックスコムのモデルは、その膨大な頭脳に比して、意外なほど単純なものでした ―― 値動きを追って、上昇(あるいは下降)している商品を、その傾向が続くと見て買う「トレンド戦略」。あるいは、値動きが行き過ぎたと見て、反転に賭ける「リバージョン(反転)戦略」。基本的に、この二つだけでした。
アックスが去った後、1989年、バーレカンプがメダリオンの投資判断を引き継ぎます。彼はサンドー・シュトラウス(データ担当)、ヘンリー・ラウファー、そしてサイモンズ本人とともに、半年をかけて、メダリオンの取引システムを根本から作り直しました。
6-3. 1990年 ―― 「二度と振り返らなかった」
作り直されたシステムを引っさげて臨んだ1990年、メダリオンは、手数料控除後で**55.9%**という、爆発的なリターンを叩き出します。
そしてバーレカンプは ―― ここがまた象徴的なのですが ―― その後、自分の持ち分を、16か月前に買った価格の6倍でサイモンズに売却し、バークレーの教授職に戻っていきました。彼にとって、ルネサンスは「解くべき面白い問題」であって、骨を埋める場所ではなかったのです。
バーレカンプの後、シュトラウスが刷新されたシステムの運用を引き継ぎ、メダリオンは1991年に39.4%、1992年に34%、1993年に39.1%と、好成績を続けます。評伝の表現を借りれば、メダリオンは1990年以降、「二度と振り返らなかった(never looked back)」のです。
この「危機から転換へ」の物語から、私たちは三つのことを学べます。
第一に、ルネサンスの成功は、最初から保証されていたものではなかった。むしろ、何度も失敗し、消えかけた。後から見れば必然のように見える成功も、当事者にとっては綱渡りだった。
第二に、転換点は「人」と「賭けのサイズ」だった。バーレカンプという、賭け金の最適化(ケリー基準)を血肉化した人物が加わり、システムを作り直したことが転機になった。何を取引するかだけでなく、「どれだけ賭けるか」が決定的だった ―― これは後の章で詳しく見ます。
第三に、サイモンズは「モデルを疑う」側に立った。アックスが「同じやり方を続けよう」と言ったとき、サイモンズは「再評価すべきだ」と言った。モデルへの盲信ではなく、モデルへの健全な懐疑。この姿勢が、後のルネサンスの文化の核になります。
7. 数字で見るメダリオン ―― 人類史上、おそらく最強の運用記録
手法の中身に入る前に、「その手法が、どれほどの結果を生んだのか」を、数字で確認しておきましょう。数字を知っておくと、後の手法の説明が「なぜそうするのか」という腑に落ち方で理解できます。
7-1. リターンそのもの
複数の資料 ―― ザッカーマンの評伝(巻末付録に年次データ)、コーネルの学術分析、ウィキペディアがまとめた年次報告書ベースの数字 ―― を突き合わせると、メダリオンの記録はおおよそ次の通りです。
- 1988〜2018年の31年間で、手数料控除前の年率平均リターンは約66%、控除後は約39%。
- コーネルの分析では、1988年の取引開始から2018年まで、100ドルが約3億9870万ドルに成長。複利年率63.3%。
- この31年間、年間ベースで一度も損失を出していない(コーネルの分析。なお1989年については、評伝では4.1%の損失とされ、資料により扱いに差があります。いずれにせよ、本格稼働後の長期にわたり、負けの年がほぼ存在しない、という点は共通しています)。
- 1994年から2014年半ばまでに限れば、手数料控除前で年率平均71.8%。
- 累計の取引利益は、1000億ドルを超える。
- 2008年、S&P500が38%超下落した世界金融危機の年に、メダリオンは(資料により数字に幅がありますが)手数料控除後で74〜82%という、突出したプラスを記録。
- 2020年、コロナ・ショックの年も、メダリオンは76%上昇。
7-2. これがどれほど「異常」か
この数字が、どれほど人智を超えているか。比較のために、いくつか補助線を引きます。
バフェットのバークシャー・ハサウェイの長期の年率リターンは、おおむね20%前後とされます。これだけでも「歴史的」と称えられる水準です。メダリオンの「手数料控除後39%」は、その約2倍。しかも、**「控除後」で39%**だという点を、よく味わってください。
メダリオンの手数料は、悪名高いほど高額です。当初は固定報酬5%+成功報酬20%。それが5%+36%になり、最終的には**「5/44」 ―― 固定報酬5%+成功報酬44%**にまで引き上げられました。一般的なヘッジファンドの「2/20(固定2%+成功報酬20%)」と比べてみてください。メダリオンは、その儲けの半分近くを手数料として抜いたうえで、なお投資家に年率39%を残したのです。手数料控除前の66%という数字は、「手法そのものが生み出した付加価値」を表しています。
コーネルは、40年以上にわたって投資のアノマリー(変則性)に関する論文を何百本も読んできた研究者ですが、その彼が「メダリオンに近づくパフォーマンスは、見たことがない」と書いています。彼の論文のタイトルは、率直そのものです ―― 「Medallion Fund: The Ultimate Counterexample?(メダリオン・ファンド ―― 究極の反例か?)」。何に対する反例か。「市場は効率的であり、継続的に勝つことは不可能だ」とする効率的市場仮説に対する、反例です。
7-3. 数字に隠された「逆説」
ここで、本稿の冒頭で予告した逆説に戻ります。これほどの記録を生んだメダリオンの、個々の取引の勝率は ―― 共同CEOを務めたロバート・マーサーの有名な発言によれば ―― **わずか50.75%**でした。
マーサーは、友人にこう語ったと伝えられています ―― 「我々が正しいのは、50.75%のときだけだ。だが、その50.75%について、我々は100%正しい。そのやり方で、何十億ドルも稼げる」。
トップクラスの博士号保持者を何十人も集めた組織が、個々の取引では、コイン投げと大差ない勝率しか出せない。これは一見、衝撃的です。しかし、ここにこそ、サイモンズ手法の本質があります。
考えてみてください。50.75%の勝率でも、それを何百万回繰り返したらどうなるか。1回1回の優位(エッジ)はごくわずか ―― ルネサンスは1取引あたり平均0.01〜0.05%程度しか稼いでいなかった、という推計もあります ―― ですが、その極小の優位を、1日に15万〜30万回の取引で、何年も繰り返す。すると、大数の法則によって、結果はほぼ確実に大きなプラスへ収束していきます。
「90%の勝率で10回取引する」よりも、「60%の勝率で1000回取引する」ほうが、はるかに確実に儲かる ―― これがサイモンズ手法の数学的な心臓部です。彼らは「大きな一発」を狙わなかった。「ほんのわずかな優位を、桁外れの回数、繰り返す」ことに賭けたのです。
そして、これこそが、メダリオンが外部に閉ざされ、規模に蓋をされている理由にも、直結します(第17章で詳述します)。極小の優位は、規模を大きくすると消えてしまうからです。
では、その「ほんのわずかな優位」を、彼らはどうやって見つけ、どうやって繰り返したのか。いよいよ、手法の核心に入ります。
8. 手法の核心① ―― 「モデルから始めない。データから始める」
8-1. ウォール街の常識を、ひっくり返す
ルネサンスの手法を理解する第一歩は、それが「伝統的なウォール街のやり方の、正反対」だと知ることです。
伝統的な投資 ―― バフェット流のバリュー投資も、多くのアクティブファンドも ―― は、おおむね「理論や仮説から始める」スタイルです。「この会社は競争優位がある(から株価が上がるはずだ)」「金利が下がれば不動産が上がる(はずだ)」「この国の経済成長は加速する(はずだ)」。まず人間が、経済や事業についての「物語」「理論」を立て、それを検証するためにデータを使う。
ルネサンスは、この順序を、まるごとひっくり返しました。サイモンズの有名な言葉があります ―― 「我々はモデルから始めない。データから始める(We don’t start with models. We start with data.)」。
理論を立てて、それに合うデータを探すのではない。先に膨大なデータを集め、そのデータのなかから、「ランダムなら起こりえないはずの、変則的なパターン(anomalous patterns)」を、コンピュータに探させる。理論は ―― 必要なら ―― 後から考える。あるいは、考えなくてもいい(この点は第14章で詳述します)。
サイモンズはこれを、こうも表現しています ―― 「我々は、過去のデータのなかを探索し、ランダムには起こらないと予想されるような、変則的なパターンを探す」。
8-2. 「データを、手で集めた」時代
この「データ第一主義」が、どれほど徹底していたか。TEDのインタビューでのサイモンズの回想が、それを生々しく伝えます。
1980年代、金融データは、いまのようにきれいな形でコンピュータに入ってはいませんでした。そこでルネサンスのメンバーは、どうしたか ―― 彼らは連邦準備制度(FRB)まで足を運び、過去の金利の履歴などを、手で書き写したのです。コンピュータ上に存在しないデータは、人力で集めるしかなかった。「我々は、とにかく大量のデータを集めた」とサイモンズは言います。
ルネサンスのデータへの執念は、年を追うごとに常軌を逸していきます。彼らは株価や出来高はもちろん、過去の取引注文、企業の年次・四半期報告書、インサイダー取引の記録、政府の各種報告、経済予測、ニュース記事、保険金請求のデータ ―― ありとあらゆるものを集めました。一説には、1700年代までさかのぼる歴史的データを、世界銀行やFRBから取り寄せていたとも言われます。さらには、天候のパターン、海運のデータ、月の満ち欠けといった、一見「金融とは無関係」に思えるものまで、片っ端から検証の対象にしました。ある時期には、年に1テラバイトのペースでデータを追加していった、とも伝えられています。
なぜ、ここまでするのか。理由はシンプルです。「モデルから始めない」なら、頼れるのはデータの量と質だけだからです。理論という地図を持たずに宝を探すなら、探索する土地そのものを、できる限り広く、できる限り精密に持っておくしかない。
8-3. 「データの掃除」という、地味で決定的な作業
そして、ルネサンスがデータについて最も重視したのが、量よりもむしろ「クリーニング(掃除)」でした。
生のデータには、入力ミス、欠損、異常値、形式の不統一が、無数に紛れ込んでいます。汚れたデータからパターンを探せば、「汚れが生んだ偽のパターン」をつかんでしまう。これは、データ分析における最も古典的で、最も致命的な落とし穴です。
ルネサンスは、データの収集と掃除に、膨大なリソースを割きました。サイモンズはこの分野の重要性をよく理解しており、データ担当のサンドー・シュトラウスのような人物を中核に据えていました。後年、サイモンズは同僚にこう語っています ―― 「我々が取引のあらゆる面で最高かどうかはわからない。だが、取引のコストを見積もることにかけては、我々が最高だ」。地味なデータ整備とコスト管理こそが、派手なモデルの土台を支えていた ―― これは見落とされがちな、しかし決定的なポイントです。
9. 手法の核心② ―― 隠れマルコフモデルと「信号(シグナル)」という発想
9-1. マルコフ連鎖とは ―― 「いまの状態だけが、次を決める」
ルネサンスの数学的な土台の一つが、第5章で名前を出した「隠れマルコフモデル(HMM)」です。これは少し抽象的ですが、できる限りかみ砕いて説明します。なぜなら、ここがサイモンズ手法の知的な核心だからです。
まず「マルコフ連鎖」から。これは「次に何が起こるかの確率が、いまの状態だけで決まり、過去の経緯には依存しない」ような、出来事の連なりのことです。
評伝が使っている、わかりやすいたとえを借りましょう ―― 野球は、ある意味でマルコフ的なゲームです。打者が「3ボール2ストライク」のとき、そのカウントにどういう順序で到達したか(ファウルが何回あったか、など)は、次の1球の結果には関係ありません。次の1球がストライクなら、打者はアウト。重要なのは「いまのカウント」という現在の状態だけで、そこに至る歴史は関係ない。これがマルコフ連鎖の考え方です。
9-2. 「隠れ」マルコフモデル ―― 見えない状態を、出力から推測する
では「隠れ(hidden)」とは何か。
「隠れマルコフモデル」とは、その出来事の連なりを支配している「状態」が、**直接は見えない(隠れている)**場合のモデルです。私たちに見えるのは、その隠れた状態が生み出す「出力」だけ。私たちは、見える出力から、見えない状態を、確率的に逆算する。
またしても評伝のたとえが秀逸です ―― 野球のルールをまったく知らない人が、各イニングの得点だけを知らされる、と想像してください。「このイニングは1点、次のイニングは6点……」。この人には、なぜそうなったのか、まったくわかりません。しかし、隠れマルコフモデルを使えば、野球を理解していない人でも、その得点を生み出した「試合の状況(隠れた状態)」を推測できる。たとえば、得点が2点から5点へ急に跳ねたら、「満塁ホームランが出た確率」と「走者一掃の三塁打が出た確率」の、どちらが高いかを、確率として推定できる。
そして、第5章で触れた「バウム=ウェルチ・アルゴリズム」こそが、この推定を可能にする道具です。レナード・バウムとロイド・ウェルチが開発したこのアルゴリズムは、「過程の出力だけから、その背後にある隠れた状態の確率やパラメータを推定する」ための、数学的な手続きです。
9-3. 市場を「隠れマルコフ過程」と見る
ここまで来れば、ルネサンスが何をしようとしたか、見えてきます。
ルネサンスは、金融市場を、一種の隠れマルコフ過程として捉えました。私たちに見えるのは、価格や出来高という「出力」だけ。その背後には、「市場の状態(レジーム)」という、直接は見えないものがある ―― 強気の状態、弱気の状態、過熱した状態、パニックの状態。市場の状態は刻々と移り変わる。
そこでルネサンスは、見える出力(価格、出来高など)から、見えない状態を確率的に推定し、「いまこの状態にいるなら、次にこう動く確率が、ランダムより少しだけ高い」という関係を、データから炙り出そうとした。先進的な使い手は、隠れマルコフモデルを「市場のレジーム(局面)の変化を捉える」ために用いた、と伝えられています。
ここで、第3章で述べた「暗号解読」と、きれいにつながります。暗号解読も、隠れマルコフモデルも、本質は同じ ―― 「見える出力から、見えない構造を逆算する」。サイモンズがIDAで磨いた技術、バウムが発明したアルゴリズム、そして市場という対象 ―― これらが一本の線でつながったところに、ルネサンスは生まれたのです。
9-4. 「信号(シグナル)」という単位
ルネサンスが市場のなかから探していた、その「ランダムより少しだけ予測が当たるパターン」のことを、彼らは「信号(シグナル)」と呼びました。この「シグナル」という言葉づかい自体が、暗号解読の出自を物語っています。
シグナルには、無数の種類があります。評伝やルネサンス研究者の整理を総合すると、シグナルはおおむね次のようなカテゴリに分けられます ―― トレンド(値動きの継続)、平均回帰(行き過ぎの反転)、ペア(相関する2銘柄の乖離)、季節性(曜日や時期の効果)、ファンダメンタル要因、数学的要因、リード/ラグ相関(ある資産の動きが別の資産に先行する関係)、自己相関(ある日の動きが翌日の動きを示唆する関係)。そして、それぞれのカテゴリのなかに、さらに大量の個別シグナルがある。
具体例をいくつか挙げましょう。ヘンリー・ラウファーは、曜日にもとづく繰り返しの取引パターンを発見しました ―― 月曜の値動きは金曜の値動きをなぞることが多く、火曜は以前のトレンドへ回帰しやすい。彼はまた「前日の取引が翌日の動きをしばしば予測する」効果を見つけ、これを「24時間効果」と名づけました。メダリオンのモデルは、明確な上昇トレンドがあれば金曜の遅い時間に買い、月曜の早い時間に売る ―― いわゆる「週末効果」を取りに行きました。あるいは「経済指標の発表前に価格が下がり、発表直後に上がる」傾向を捉えた、経済指標発表シグナル。先物が普段より安く寄り付いたら買い、上がったら売る、というシグナル。
これらの個々のシグナルは、それ単体ではごく弱いものです。当たる確率は、ランダムよりほんの少し高いだけ。だが ―― ここがルネサンスの真骨頂です ―― 弱いシグナルを、何百、何千とかき集め、組み合わせることで、全体として意味のある予測力を生み出した。一本の糸は簡単に切れるが、何千本も束ねれば、容易には切れない綱になる。
そしてサイモンズは、シグナルが「永遠ではない」ことも、はっきり認識していました ―― 「金鉱が発見されれば、金の採掘で儲けるのは難しくなる。誰もが競争相手になるからだ」。あるシグナルは、市場の変化とともに、あるいは他者が同じものを使い始めることで、効力を失っていく。だからこそ、ルネサンスは新しいシグナルを探し続けなければならなかった。サイモンズの有名な比喩 ―― 「システムは常に水漏れしている。我々は、ゲームに勝ち続けるために、水を足し続けなければならない」。
10. 手法の核心③ ―― 統計的裁定取引と「平均回帰」
10-1. 統計的裁定取引(スタットアーブ)とは
ルネサンスの取引戦略を、もう少し具体的なレベルで見ていきましょう。その中核をなすのが「統計的裁定取引(statistical arbitrage、通称スタットアーブ)」です。
「裁定取引(アービトラージ)」とは、本来、「同じもの(あるいは経済的に等価なもの)が、二つの場所で違う値段で売られているとき、安いほうを買い、高いほうを売って、確実な差益を得る」取引のことです。
「統計的」裁定取引は、これを確率の世界に拡張したものです。「経済的に関連の深い複数の証券のあいだに、本来あるべき価格関係(統計的な平均的関係)がある。その関係から価格が一時的に乖離したとき、やがて元の関係に戻る(回帰する)ほうに賭ける」。一つひとつの賭けは確実ではない ―― だから「統計的」 ―― が、多数の賭けを束ねれば、全体としては高い確率で利益が出る。
最も古典的でわかりやすい例が「ペア取引(pairs trading)」です。たとえば、コカ・コーラとペプシ。この2社の株価は、似た事業構造ゆえ、普段はある一定の関係を保って一緒に動きます。ところが何かのきっかけで、コカ・コーラだけが不自然に上がり、ペプシだけが取り残されたとする。このとき「割高になったコカ・コーラを空売りし、割安に取り残されたペプシを買う」。そして、二つの株価関係が元のさやに戻れば、利益が出る。重要なのは、この取引が「市場全体が上がるか下がるか」には、ほとんど依存しないことです。コークとペプシの「相対的な」関係だけに賭けている。これを「市場中立(マーケット・ニュートラル)」と言います。
10-2. ルネサンスの土台は「平均回帰」だった
評伝が明かしている、重要な事実があります。ルネサンスの取引の「岩盤(bedrock)」をなしていたのは、長年にわたって「平均回帰(reversion to the mean)」の予測シグナルだった、ということです。
平均回帰とは、「価格は、初期の動きのあと、しばしば元へ戻る(行き過ぎは修正される)」という考え方です。ある株が、何かの理由で本来の関係から大きく外れて動いたとき(”out of whack” になったとき)、ルネサンスはそれが元へ戻るほうに賭けた。評伝の表現では、メダリオンは「株が本来あるべき関係から外れた後の、回帰に賭けることで、十分な勝ち取引を見つけ続けた」。年を追うごとに、ルネサンスはこの岩盤の上にさまざまな工夫を積み重ねていきますが、10年以上にわたって、それらは中核である平均回帰シグナルへの「二次的な補完」にすぎなかった、と評伝は記しています。
なぜ平均回帰が機能するのか。ある社員の言葉が、これ以上ないほど簡潔に本質を突いています ―― 「我々は、人々が値動きに対して示す『反応』から、金を稼いでいる」。
ここが核心です。市場で価格が大きく動くと、人間は反応します ―― 怖くなって投げ売りしたり、欲が出て飛びついたり、慌てて追随したり。その「過剰反応」が、価格を本来あるべき水準から行き過ぎさせる。ルネサンスは、その行き過ぎを統計的に検知し、反転に賭けた。つまり、ルネサンスが「収穫」していたのは、ほかの市場参加者たちの感情的な過剰反応だったのです。
10-3. 「負けているのは誰か」 ―― サイモンズの結論
メダリオンがほとんどの取引で勝っているなら、その反対側で、コンスタントに負けているのは誰なのか。サイモンズは、この問いを真剣に考えました。
評伝によれば、サイモンズが行き着いた結論はこうです ―― 負けているのは、めったに取引しない人たち、たとえば長期保有の個人投資家ではない。多国籍企業の財務担当者のように、必要に応じてたまに為替ポートフォリオを調整するだけの人でもない。ルネサンスが食いものにしていたのは、自分たちと同じ土俵にいる、ほかの投機家たち ―― 大小さまざまな、頻繁に売買するトレーダーたちの、判断のミスや弱さだった。
これは、サイモンズ手法の倫理的・構造的な位置を、はっきりさせてくれます。ルネサンスは、世界経済の成長から果実を得ていたのではありません。バフェットが「優れた事業の長期的な成長」から利益を得ていたのとは、まったく違う。ルネサンスは、ほかの短期トレーダーたちの感情と過誤から、利益を吸い上げていたのです。これは「ゼロサムに近いゲームで、人より上手くやる」という性格の事業です。だからこそ、自分たちのやり方が広く知られてしまえば、優位は消える ―― 秘密主義は、この構造の必然的な帰結でした(第16章で詳述します)。
10-4. 「危機のとき、最も儲かる」理由
メダリオンが2008年や2020年のような大混乱の年に、突出したプラスを出したことを、第7章で見ました。これは偶然ではありません。
評伝はこう指摘しています ―― 投資家はストレス下で過剰反応し、感情的な判断を下す。メダリオンが金融市場の極度の混乱期に、しばしば最大の利益を上げたのは、おそらく偶然ではない。
理屈は、これまでの話の延長線上にあります。ルネサンスの利益の源泉は「他者の過剰反応」でした。市場が混乱すれば混乱するほど、人間の恐怖と強欲は増幅され、過剰反応は激しくなる。つまり、ほかの誰もが恐怖で麻痺しているときこそ、ルネサンスの「平均回帰」の畑には、最も豊かな収穫が実る。彼らの手法は、混乱を「嫌う」のではなく、混乱を「食べて」いたのです。
11. 手法の核心④ ―― 「単一の巨大モデル」という思想
11-1. ばらばらの戦略を、一つにまとめる
ルネサンスの手法を語るうえで、絶対に外せないのが、ヘンリー・ラウファーが強く主張し、ルネサンスの設計思想となった「単一の、一枚岩の取引システム(a single, monolithic trading system)」という考え方です。
普通のヘッジファンドは、複数のトレーダーやチームが、それぞれ別々の戦略を回しています。Aチームは株のペア取引、Bチームは商品先物のトレンド、Cチームは為替の裁定 ―― といった具合に。
ルネサンスは、これを拒否しました。サイモンズは「メダリオンは、単一の、一枚岩の取引システムを持つべきだ」と主張しました。すべての資産クラス(株、債券、商品、通貨)、すべてのシグナル(トレンド、平均回帰、季節性、相関……)を、ただ一つのモデルのなかに統合する。
なぜか。理由は、いくつもあります。
第一に、データを最大限に活かせる。ラウファーは、すべてのきれいな価格データを使えるように、単一の、資産クラスを横断するモデルを推し進めました。株のデータも、債券のデータも、為替のデータも、一つのモデルに入れれば、それらのあいだの「隠れた関係」まで捉えられる。「日本円の動きが、原油の動きを通じて、ある米国株に影響する」といった、複数の資産をまたぐ多次元的な関係を、ばらばらのモデルでは決して捉えられません。
第二に、新しいシグナルの評価が、正確にできる。単一のモデルなら、新しいシグナルの候補が見つかったとき、「それをモデルに加えると、全体のパフォーマンスがどれだけ変わるか」を、厳密に評価できる。サイモンズ自身が、その手順を語っています ―― 新しいアイデアが見つかるたびに、まず統計的検定で「これは本当に新しい発見か、それともすでにやっていることに埋め込まれているだけか」を判定する。本当に新しいなら、次に「全体のなかでどう位置づけ、どれだけの重みを与えるか」を決める。そうして一つ改善し、その上にまた一つ重ね、さらに一つ重ねていく。
第三に、リスク管理を一元化できる。ポートフォリオ全体のリスクを、一つのモデルのなかで最適化できる(これは次章で詳述します)。
11-2. 「多次元のアノマリー」
ルネサンスがこの単一モデルで捉えようとしていたものを、評伝は「多次元のアノマリー(multidimensional anomalies)」と表現しています。
ルネサンスは、ほとんどの投資家が考えているよりも、はるかに多くの要因が市場に影響していることに気づいた。そして、それらの要因のあいだに、信頼できる数学的な関係があることを発見した。一つの社員の言葉 ―― 非効率性は、あまりに複雑で、いわば市場のなかに暗号として隠れている。レンテックはそれを解読する。「我々は、時間をまたいで、リスク要因をまたいで、セクターと業種をまたいで、それを見つける」。
ここで強調すべきは、評伝が繰り返し述べる、ある「地味な真実」です ―― 外部の人間は誤解しがちだが、ルネサンスの本当の鍵は、何か一つの天才的なシグナルではなかった。本当の鍵は、「エンジニアリング」 ―― それらすべての要因と力を、いかにして一つの自動取引システムのなかに組み上げるか、だった。
つまり、ルネサンスの強さは「魔法のような予測式」にあったのではなく、「無数の弱いシグナルを発見し、検証し、単一のシステムに統合し、運用し続けるための、巨大で精緻な仕組み(インフラ)」そのものにあった。個々のひらめきではなく、ひらめきを量産し、検証し、束ねる「工場」を作ったこと ―― それがルネサンスの本質です。
11-3. マーサーとブラウン ―― 言語認識から来た二人
この「単一の巨大システム」を、ソフトウェア工学として完成度の高いものに作り上げたのが、1993年にIBMの研究所からルネサンスに加わった、ロバート・マーサー(Robert Mercer)とピーター・ブラウン(Peter Brown)の二人でした。
二人はもともと、IBMで「計算言語学」、とりわけ音声認識・機械翻訳の研究をしていた、コンピュータ科学者です。そして ―― ここにまた符合があります ―― 彼らがIBMでやっていた音声認識の仕事は、まさに隠れマルコフモデルとバウム=ウェルチ・アルゴリズムを使うものでした。
評伝が説明しています ―― ブラウンやマーサーたちIBMのチームは、「音」を、確率的な連なりの出力として捉えていた。各段階がランダムでありながら、前の段階に依存している ―― つまり隠れマルコフモデルです。音声認識システムの仕事は、観測された音の集合を受け取り、確率を計算し、その音を生み出した「隠れた」単語の連なりを、最も確からしく推測することだった。そのために彼らは、バウム=ウェルチ・アルゴリズム ―― サイモンズの初期の盟友レニー・バウムが共同開発したもの ―― を使っていた。
言語と市場。一見、まったく無関係に見えます。しかし、数学的な構造としては、驚くほど似ている。どちらも「隠れた状態が、確率的に出力を生み出す、時系列の連なり」です。マーサーとブラウンは、IBMで言語に対してやっていたことを、ルネサンスで市場に対してやった ―― 取引を「数学的な最適化問題」として捉え直したのです。
評伝には、彼らが加わった当時のルネサンスの様子を伝える、印象的な一節があります ―― ブラウンとマーサーは、優秀な数学者ばかりのこの会社が「大規模なシステムの作り方をまったく知らなかった」ことに気づき、現代的なソフトウェア工学の手法を持ち込んだ。天才的な数学者たちのひらめきを、堅牢な「機械」に変えたのが、この二人だったのです。
二人は2010年、サイモンズの第一線引退にともない共同CEOとなり、2017年にマーサーが退任した後は、ブラウンが単独CEOとして、現在もルネサンスを率いています。
12. 手法の核心⑤ ―― 「コンピュータを、決して上書きしない」
12-1. たった一つの、絶対のルール
サイモンズ手法のなかで、おそらく最も有名で、最も重要で、そして最も「人間にとって難しい」のが、この鉄則です。
2014年、サンフランシスコ州立大学での講演で、サイモンズは語りました ―― 趣旨を訳します。「唯一のルールは、我々はコンピュータを決して上書き(override)しない、ということだ。誰も、ある日オフィスに来て『コンピュータはこうしたがっているが、それは狂っている、やめるべきだ』とは言わない。なぜそうしないかというと、それをシミュレートできないからだ。過去を研究して『あのとき上司が来て気を変えたかどうか』を検証することなど、できない。だから、ただシステムに従い続ける。そして、それがうまくいってきた」。
サイモンズは別の場面でも、同じことを、もっと短く言っています ―― 「我々はモデルを上書きしない(We don’t override the models.)」。
これは、第5章で見た初期のモネメトリクスとは、正反対です。初期の彼らは、モデルを人間が上書きし、勘で取引していた。ルネサンスが本当のルネサンスになったのは、サイモンズが1988年、会社の取引を完全にモデルにもとづかせると決めたときでした。彼はこれを「素晴らしい決断だった」と振り返っています。
12-2. なぜ「上書きしない」のか ―― 三つの理由
なぜ、これほど厳格に「人間の介入」を排除するのか。理由は三つに整理できます。
理由①:感情を、構造的に締め出すため。 これが最も基本的な理由です。第4章で見た通り、若き日のサイモンズは、相場の「興奮」に取り憑かれる、ごく普通の感情的なトレーダーでした。人間は、恐怖と強欲から逃れられない。だが、いったんルールを決め、それを機械に実行させ、「人間は決して介入しない」と決めてしまえば、感情が判断に侵入する余地は、構造的にゼロになる。サイモンズは「自分は感情に流される」と知っていたからこそ、「自分(人間)を、システムから締め出す」という設計を選んだのです。
理由②:システムを「検証可能」に保つため。 これは、サイモンズの講演の言葉の核心です。もし人間が気まぐれにモデルを上書きできるなら、そのシステムの過去のパフォーマンスを、正しくシミュレートできなくなります。「このモデルは過去30年でどう機能したか」を検証しようにも、「あのとき人間が介入したかどうか」という、再現できない要素が入り込んでしまう。検証できないものは、改善できない。モデルを純粋に保つことは、モデルを科学的に改善し続けるための、絶対の前提条件なのです。
理由③:「並より少し賢い人間」は、たいてい「並のモデル」より愚かだから。 これは私の解釈を含みますが ―― 50.75%の勝率でコンスタントに勝つモデルは、人間の直感では、しばしば「狂っているように」見えます。なぜなら、そのモデルは、人間が「常識的」と感じる判断を、確率的にわずかに裏切るからこそ、優位を生んでいるのです。人間が「これは狂っている」と感じてモデルを上書きするとき、その人間は、たいてい「モデルが捉えた微妙な統計的真実」を、「自分の直感という、検証されていない思い込み」で潰しているにすぎません。
サイモンズは、バークレーのインタビューでこう言っています ―― ほかのヘッジファンドも今や同じようなコンピュータモデルを使っているが、彼らは一貫していない。「モデルに奴隷のように従うか、さもなければ、うまく機能しないかのどちらかだ」「我々は、決してモデルを上書きしなかった」。
12-3. 「自動化」の徹底
この「人間が介入しない」という思想は、ルネサンスの運用を、極限まで自動化された姿にしました。
メダリオンは、1日に15万〜30万回の取引を執行していました。一度に、4000のロング(買い持ち)と4000のショート(売り持ち)、合わせて約8000ものポジションを抱えていた、とも言われます。これだけの複雑性を、人間のチームが監視することなど、物理的に不可能です。シグナルは、いったん有効だと検証され、どれだけの資金を割り当てるかが決まれば、システムに組み込まれ、あとは「干渉なしに、ただ仕事をさせる」。
評伝は、後年のルネサンスについて、こうも書いています ―― システムはますます機械学習に頼るようになり、コンピュータが自分自身で学習し、適応していった。たとえば、コンスタントに勝っているシグナルには、誰の承認もなく、誰がそれを認識することもなく、自動的により多くの資金が回されるようになっていた。天文学者が宇宙を絶え間なくスキャンする強力な機械を設置するように、ルネサンスの科学者たちは、見過ごされたパターンとアノマリーを発見するまで、市場を監視し続けるよう、コンピュータをプログラムした。
ここでも、サイモンズ手法と機械学習の、深い親和性が見えます。「人間が答えを与えるのではなく、データを与えれば、機械が自分で答えを出す」 ―― これは、まさに現代の機械学習の発想です。ルネサンスは、その発想を、世界がそれを「機械学習」と呼ぶ何十年も前から、実践していたのです。
13. 手法の核心⑥ ―― レバレッジ・分散・リスク管理の三位一体
13-1. なぜレバレッジをかけるのか
ここまでで、ルネサンスが「ごく小さな統計的優位を、膨大な回数繰り返す」手法であることを見てきました。ここで、当然の疑問が生まれます ―― 1取引あたりわずか0.01〜0.05%の優位で、どうして年率66%もの数字になるのか?
答えの一つが「レバレッジ(てこ、借入による増幅)」です。
ある分析によれば、メダリオンは平均して約12.5倍のレバレッジをかけていた、とされます。つまり、自己資金の12倍以上の規模で、ポジションを取っていた。小さな優位も、12倍に増幅すれば、無視できない大きさになります。
ここで、多くの人が「危険ではないか」と感じるはずです。レバレッジは、優位が逆に振れたとき、損失も12倍に増幅するからです。1998年に破綻したLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント) ―― ノーベル経済学賞受賞者を擁した、伝説的なヘッジファンド ―― は、まさに過大なレバレッジによって、一夜にして崩壊しました。
ルネサンスが、レバレッジを「武器」として使えて、LTCMのように「凶器」にしなかったのは、なぜか。それは、レバレッジが、単独で使われたのではなく、「極端な分散」と「モデルに組み込まれたリスク管理」と、三位一体で機能していたからです。
13-2. 「極端な分散」が、レバレッジを安全にする
メダリオンは、一度に約8000ものポジションを、ロングとショートの両方で抱えていました。取引対象は、株、債券、商品、通貨と、資産クラスを横断し、世界中の市場に及び、保有期間も、超短期から数日まで、さまざまでした。
これがなぜ、レバレッジを安全にするのか。
考えてみてください。もし、たった1つのポジションに12.5倍のレバレッジをかけていたら、そのポジションが8%逆に動いただけで、自己資金はほぼ消し飛びます。これがLTCM的な破滅の構造です。
ところが、互いにあまり相関しない8000ものポジションに、リスクを分散していたらどうか。個々のポジションの予測は、しばしば外れます(勝率50.75%なのですから)。しかし、8000の独立した賭けに分散していれば、外れたポジションの損は、当たったポジションの益が、確率的にほぼ確実に埋め合わせてくれる。ポートフォリオ全体としての値動きは、個々のポジションよりはるかに滑らかで、予測可能になる。
ある研究者の整理を借りれば、ルネサンスのポートフォリオは「単に異なる銘柄名に分散していた」のではなく、「何百もの、互いに相関しないリスク要因に、本当の意味で分散していた」。滑らかで予測可能なポートフォリオだからこそ、そこに高いレバレッジをかけても、破滅のリスクは小さい。分散がレバレッジを可能にし、レバレッジが小さな優位を大きなリターンに変える ―― これが、ルネサンスのリターンの数学的な構造です。
13-3. リスク管理は「モデルの外」ではなく「モデルの中」にあった
そして、最も重要な点。ルネサンスにおいて、リスク管理は「取引モデルとは別の、独立した部門の仕事」ではありませんでした。リスク管理は、取引モデルそのものの、設計と実行と容量管理のなかに、組み込まれていたのです。
評伝が伝える、決定的なエピソードがあります。マーサーとブラウンが作り上げたシステムには、「自己修正」する能力がありました。たとえば、ある取引が想定通りに執行されなかったとき、システムは自動的に、ポートフォリオを目標の状態に戻すための、代替の売買注文を探しました。そして ―― 戦略がうまく機能していないとき、あるいは市場のボラティリティ(変動性)が急上昇したとき、ルネサンスのシステムは、自動的にポジションとリスクを減らす傾向があった。
人間が「危ない」と判断してリスクを減らすのではない。モデル自身が、危険な兆候を検知して、自動的に身を縮める。リスク管理が、人間の判断という「弱い環」を経由せず、システムのなかで完結している。これも「コンピュータを上書きしない」思想の、当然の延長です。
13-4. LTCMという反面教師 ―― 「モデルを、真実と信じない」
ルネサンスのリスクへの姿勢を、最も鮮やかに照らし出すのが、LTCMとの対比です。1998年のLTCMの崩壊は、ルネサンスにとって、強烈な反面教師でした。
ルネサンスのニック・パターソンは、こう総括しています ―― 「LTCMの基本的な誤りは、自分たちのモデルを『真実』だと信じたことだ。我々は、自分たちのモデルが現実を反映しているなどとは、決して信じなかった ―― 現実の、いくつかの側面を捉えているにすぎない、と考えていた」。
これは、深い言葉です。LTCMの天才たちは、自分たちのモデルが市場の「真実」を捉えていると信じた。だから、モデルが「ありえない」と告げる事態が起きたとき、彼らは「これは一時的な異常で、すぐ正常に戻る」と考え、ポジションを減らすどころか、増やした。そして、現実がモデルを裏切ったとき、彼らは死にました。
ルネサンスは、正反対の前提に立っていました。自分たちのモデルは、現実の「一部の側面」を、確率的に、不完全に捉えているだけだ。だから、モデルが間違うことを、最初から織り込んでいる。勝率は50.75%でいい ―― なぜなら、モデルを「真実」だと思っていないから。この「自分たちのモデルへの、徹底した不信」こそが、ルネサンスを30年以上、生き残らせた最大の理由かもしれません。第6章で、サイモンズがアックスと袂を分かったのも、「モデルを再評価すべきだ」というサイモンズの姿勢ゆえでした。モデルへの健全な懐疑は、ルネサンスの創業以来の遺伝子だったのです。
14. 「なぜ当たるのか」を問わない ―― サイモンズの認識論
14-1. 「惑星がなぜ太陽を回るのか、私は知らない」
ここで、サイモンズ手法の、最も哲学的で、最も誤解されやすい部分に踏み込みます。
伝統的な投資家にとって、「なぜそうなるのか」の説明 ―― ストーリー、ロジック、因果関係 ―― は、投資判断の中心にあります。「なぜこの株を買うのか」と問われて、「理由はわからないが、データがそう言っている」と答えたら、まともな投資家とは見なされないでしょう。
サイモンズは、ここでも常識をひっくり返しました。評伝が伝える、彼の有名な言葉があります ―― あるシグナルが統計的に有意な結果を生むなら、それを取引モデルに組み込むには、それで十分だ。同僚にこう語ったといいます ―― 「私は、惑星がなぜ太陽の周りを回るのか、知らない。だからといって、その軌道を予測できないわけではない」。
これは、ルネサンスの認識論の核心を、一文で表しています。予測することと、説明することは、別のことだ。市場のパターンが「なぜ」存在するのかを完璧に理解できなくても、そのパターンが「実際に」存在し、統計的に有意であるなら、それを使って予測することはできる。
14-2. 「奇妙だが、信頼できる」シグナルたち
この姿勢は、実務に直結していました。ルネサンスの研究者たちは、しばしば「なぜそうなるのか首をかしげるような(head-scratching)」シグナルに出くわしました。理屈の説明がつかないのに、データ上は確かに機能するパターン。
ルネサンスは、こうしたシグナルをどう扱ったか。評伝によれば ―― 彼らはしばしば、その不可解なシグナルを取引システムに組み込んだ。ただし、少なくとも最初のうちは、それに割り当てる資金を制限した。そして、なぜそのアノマリーが現れるのかを理解しようと、研究を続けた。多くの場合、時間が経つと、合理的な説明が見つかった。そして、そのアノマリーを「ばかげている」と切り捨てた他社に対して、メダリオンは優位を得た。
最終的にルネサンスが落ち着いたのは、評伝の表現では「理にかなったシグナルと、説明はつかないが統計的に強い結果を出す意外な取引と、そして、あまりに信頼できるので無視できない、いくつかの奇妙なシグナル」の組み合わせでした。
ここに、サイモンズの知的な勇気があります。普通の人間は、「説明できないもの」を怖がり、無視します。「理屈が通らないから、これは偽物だろう」と。サイモンズは違いました。彼は「説明はできないが、データは確かにそう言っている」というシグナルを、おそるおそる、しかし確かに、システムに取り込んだ。そして、説明できる他社が見落としたものを、拾い続けた。
14-3. 「ファインマン的」とも違う、サイモンズの立場
ただし、誤解してはいけません。サイモンズは「理解しなくていい」と言ったのではありません。彼は「理解する前に、まず予測を始めてよい。理解は後から追いつけばよい(し、追いつかなくても予測の妨げにはならない)」と言ったのです。実際、ルネサンスは不可解なシグナルについて、後から説明を探し続けました。理解を放棄したのではなく、「理解を、予測の前提条件にしなかった」のです。
これは、暗号解読者の姿勢そのものです。暗号解読者は、敵がなぜその暗号方式を選んだのかという「動機」を理解する前に、まず暗号文の統計的な構造から、解読を始めます。理解は、解読を進める過程で、徐々に追いついてくる。
そして、これはまた、現代の機械学習が直面している問題とも、深く響き合います。深層学習のモデルは、しばしば「なぜそう予測するのか」を人間に説明できません(「ブラックボックス問題」)。それでも、予測は当たる。サイモンズは、この「予測はできるが説明はできない」という、20世紀の科学者にとっては居心地の悪い状態を、いち早く、平然と受け入れた人でした。彼の認識論は、時代を数十年、先取りしていたのです。
15. 最大の資産は「人」 ―― 「ウォール街からは、一人も採らなかった」
15-1. 「金融の人間は、何も付け加えてくれない」
ルネサンスの手法を支えたものは何か、とサイモンズに問えば、彼はおそらく「モデル」とも「データ」とも答えなかったでしょう。彼は何度も、こう言っています ―― 会社の「秘密のソース(secret sauce)」は、偉大な科学者たちと、協働的な雰囲気だ、と。
サイモンズの採用方針は、徹底していました。彼はこう断言しています ―― 趣旨を訳します。「我々はルネサンスで、金融の世界から人を雇ったことは、一度もない。一度もだ。なぜなら、彼らには付け加えるものが何もない、と私は考えたからだ」。
ビジネススクールの出身者も採らない。ウォール街の出身者も採らない。経済学部で株式市場の予測に関する論文を書いているような人々 ―― サイモンズはそうした論文を「ひととおり読んだ」と言います。そして、こう続けます ―― 「それらは全部、間違っていた。どの論文も間違っていた。だから、我々はそういう論文を読むのをやめた」。
では、誰を採ったのか。「良い科学をやってきた人」を採った、とサイモンズは言います。数学者、物理学者、統計学者、コンピュータ科学者、天文学者、暗号研究者。財務の知識ではなく、生の科学的才能 ―― この才能は、後から教えることができない。財務の知識のほうは、必要なら後から学べる ―― これがルネサンスの哲学でした。
15-2. なぜ「科学者」でなければならなかったのか
なぜ、ここまで「金融の人間」を排除したのか。理由は、これまでの章を振り返れば、明らかです。
ルネサンスがやろうとしていたのは、「金融の常識」を使うことではなく、「金融の常識を、データで疑うこと」でした。第8章で見た通り、ルネサンスは「モデルから始めない、データから始める」。第14章で見た通り、「なぜ当たるのか」の物語よりも「実際に当たるか」の統計を信じる。
ここに、金融の専門家を入れたら、どうなるか。彼らは、無意識のうちに「金融の常識」「経済の物語」を、データ分析に持ち込んでしまう。「金利が上がれば株は下がるはずだ」「割安株は報われるはずだ」 ―― そうした「もっともらしい先入観」が、データが語る生の真実を、汚染してしまう。
サイモンズが欲しかったのは、市場について「何も知らない」けれども、混沌としたデータのなかから構造を取り出す訓練を、徹底的に積んだ人々でした。彼はTEDで率直に言っています ―― 「私は、ファンダメンタルズの取引をする人間を、どう雇えばいいのか、よくわからなかった。何人か雇ったが、儲ける者もいれば、儲けない者もいた。それでビジネスにはできなかった。だが、科学者をどう雇えばいいかは、わかっていた。その分野には、私には目利きの力があったからだ」。
サイモンズは、ストーニーブルックで数学科を世界レベルに育てた経験から、「優れた科学者を見抜き、集める」ことにかけては、自分が一流だと知っていました。だから彼は、「自分が目利きできるもの(科学者)」だけで勝負する、という戦略を選んだのです。これは、第2章で見たサイモンズの、もう一つの才能 ―― 人を見抜く力 ―― の、直接の応用でした。
15-3. 「みんなが、みんなの研究を知っている」文化
採用と並んで、サイモンズが「秘密のソース」と呼んだのが、「協働的な雰囲気」です。
ルネサンスの研究文化には、一つ際立った特徴がありました ―― 社内では、誰もが、ほかの全員が何を研究しているかを知っている。サイモンズはMITでの講演で、こう述べています ―― より大きな規模で研究を進める最良の方法は、誰もがほかの全員が何をやっているかを、確実に知るようにすることだ。早ければ早いほどよい。自分がやっていることを、ほかの人に話し始めよ。それが、物事を最も速く刺激するからだ。
これは、ヘッジファンド業界の常識とは、正反対です。普通のファンドでは、トレーダーやチームは、自分の戦略を社内ですら秘密にします。情報は、競争の武器だからです。ルネサンスは、社外に対しては徹底的に秘密主義(次章)でありながら、社内では徹底的にオープンでした。初期には、事務スタッフですら、取引システムのソースコードにアクセスできた、という話さえあります。
なぜ、社内ではオープンなのか。それは、ルネサンスが「単一の巨大モデル」(第11章)を共有財産として育てていたからです。全員が同じ一つのシステムを改善しようとしているなら、情報を隠す意味がない。むしろ、ある研究者が思いついたシグナルが、別の研究者の発見と組み合わさって、初めて意味を持つ ―― そういう「組み合わせ」こそが価値を生むなら、情報は共有されなければならない。
サイモンズのリーダーシップ哲学は、彼自身の言葉で言えば、こうです ―― 「可能な限り最高の人材を雇え。私には人を見る目がある。そして、彼らにボールを持って走らせろ」。優れた才能を集め、彼らに自由を与え、彼らの知識を一つの場所で共有させる。サイモンズがやったのは、究極的には「銘柄選び」ではなく「組織設計」でした。彼は、市場を解く人ではなく、「市場を解く機械(組織)」を設計した人だったのです。
16. 秘密主義の文化 ―― なぜメダリオンは外部に固く閉ざされているのか
16-1. 「外部投資家お断り」という、異例の決断
ヘッジファンドというビジネスの常識からすると、ルネサンスの行動には、理解しがたい点がいくつもあります。その最たるものが、「メダリオン・ファンドを、外部投資家に対して、完全に閉ざしている」ことです。
メダリオンは、1993年以降、新規の外部投資家を受け入れていません。さらに2005年には、それまで残っていた最後の外部投資家の口座も、ルネサンス側から買い取って、閉じてしまいました。現在、メダリオンが運用しているのは、ルネサンスの現・元社員と、その家族の資金だけです。
これは、ビジネスとして見ると、奇妙です。コーネルが皮肉を込めて指摘しているように ―― 業界トップクラスの高額な手数料を取れる、史上最高のパフォーマンスを誇るファンドを持ちながら、サイモンズは「外部投資家を入れるべきではない」と結論し、もともといた外部投資家の口座まで閉じた。普通の経営者なら、この「金の卵を産むガチョウ」に、できるだけ多くの人を入れて、手数料収入を最大化しようとするはずです。
なぜ、サイモンズは正反対のことをしたのか。理由は、大きく二つあります。一つは「容量の限界」(次章で詳述)。もう一つが、本章のテーマである「秘密主義」です。
16-2. なぜ、徹底的に秘密にするのか
ルネサンスの秘密主義は、徹底しています。社員は厳格な秘密保持契約に縛られます。サイモンズ本人も、生涯、肝心の手法についてはほとんど語りませんでした。会社のウェブサイトは、長年、驚くほど簡素なものでした(バフェットのバークシャー・ハサウェイのサイトが同様に簡素なのは、有名な偶然の一致です)。
なぜ、ここまでするのか。理由は、第10章で見た「ルネサンスの利益の源泉」を思い出せば、すぐにわかります。
ルネサンスは、世界経済の成長から果実を得ているのではありません。ほかの市場参加者の、感情的な過剰反応や判断ミスから、利益を吸い上げている。これは、本質的に「他者との競争」によって成り立つ事業です。
そして、サイモンズ自身が、シグナルの宿命を、はっきり言葉にしていました ―― 「金鉱が発見されれば、金の採掘で儲けるのは難しくなる。誰もが競争相手になるからだ」。あるシグナルは、それを使う人が増えれば増えるほど、効力を失っていく。もしルネサンスが、自分たちが見つけたシグナルを公開したら ―― あるいは、社員が辞めて他社でそれを使ったら ―― そのシグナルは、たちまち多くの人に使われ、優位は消滅します。
つまり、ルネサンスにとって、秘密主義は「傲慢」でも「閉鎖性」でもありません。それは、自分たちの優位(エッジ)を保存するための、生存上の必須条件なのです。手法が知られた瞬間に、その手法は死ぬ。だから、知られてはならない。
16-3. 「外部投資家を入れない」ことの、もう一つの意味
メダリオンを社員の資金だけで運用することには、秘密保持に加えて、もう一つの効果があります。それは、「手法が漏れる経路を、物理的に減らす」ことです。
外部投資家がいれば、その投資家に対して、ある程度の運用報告をしなければなりません。報告すれば、そこから手法の一端が推測されうる。外部投資家がいなければ、報告の義務は最小限になり、手法は社内に完全に閉じ込められる。
さらに、社員の資金だけで運用することは、社員に対する、究極の「黙っていろ」というインセンティブにもなります。社員自身の老後の資産が、メダリオンのなかにあるのです。手法を漏らすことは、自分自身の資産の価値を毀損することと、同義になる。サイモンズは、組織の構造そのものを、秘密が漏れにくいように設計したのです。第15章で見た「社内ではオープン、社外には完全に秘密」という非対称性は、こうして組織の隅々まで貫かれていました。
17. 「容量(キャパシティ)の限界」 ―― なぜ約100億ドルで蓋をするのか
17-1. 「規模」という、ルネサンス最大の敵
メダリオンが外部投資家を閉め出している、もう一つの ―― そしておそらく、より本質的な ―― 理由が、「容量(キャパシティ)の限界」です。
メダリオンの運用資産は、長年、おおむね100億ドル前後(時期により100億〜150億ドル程度)で、意図的に「蓋」をされています。毎年、莫大な利益が出ますが、その利益は投資家(=社員)に分配されてしまい、ファンド自体はそれほど大きく膨らみません。コーネルは、メダリオンが20億ドルから100億ドルへ成長する過程で、リターンが落ちなかったことに注目しつつ、しかしそれ以上の規模では話が変わる、と示唆しています。
なぜ、もっと大きくしないのか。年率39%(控除後)で回せるファンドなら、1000億ドルにすれば、毎年390億ドルの利益が出る計算です。なぜ、その「うまみ」を、自ら放棄するのか。
答えは、サイモンズ手法の数学的な構造そのものにあります。ルネサンスの優位は、その性質上、規模を大きくすると、消えてしまうのです。
17-2. なぜ「小さな優位」は、規模に殺されるのか
第7章と第10章で見た通り、ルネサンスの利益の源泉は、「極小の、束の間の、統計的な非効率性」でした。1取引あたりわずか0.01〜0.05%。当たる確率は50.75%。これらの非効率性は、なぜ存在し続けるのか ―― それは、個々の非効率性が、あまりに小さく、あまりに短命なため、大きな資金を動かす人間のトレーダーにとっては、利益を出して取引する価値がないからです。
ところが、ここに大きな資金を投入しようとすると、何が起きるか。
第一に、自分の取引が、価格を動かしてしまう(マーケット・インパクト)。ある銘柄が0.05%だけ割安だと検知して、小さな金額で買うなら、その割安を収穫できます。だが、巨額の買い注文を出せば、その注文自体が価格を押し上げ、検知したはずの0.05%の割安は、自分が買い終わる頃には消えてしまう。
第二に、取引コストが増える。大きな注文を、価格に影響を与えずに執行するのは、ますます難しくなる。
第三に、そもそも市場に存在する、収穫可能な非効率性の総量は、限られている。それは無限にあるわけではない。同じ小さな機会を、より多くの資金が奪い合えば、一つあたりの取り分は減っていく。
ルネサンス自身が、この問題を深く理解していました。評伝が伝える、印象的なエピソードがあります ―― もしメダリオンが、ある収益性のあるシグナルを発見したとします。たとえば「ドルは午前9時から10時のあいだに0.1%上昇する傾向がある」と。このとき、メダリオンは9時の鐘とともに買ったりはしません。そんなことをすれば、毎日その時刻に何かが起きていると、ほかの市場参加者に教えてしまう。代わりに、メダリオンは1時間のあいだに、予測不能な形で、買いを分散させた ―― 自分の取引シグナルを守るために。ルネサンスは、自分たちの最も強力なシグナルのいくつかを、社内で「容量まで(to capacity)」取引する手法を開発していた、とも言われます。これは、価格を動かしてしまうことで、競争相手がそのシグナルを見つけられないようにする、という、攻めと守りを兼ねた高度な技術でした。
17-3. 「パフォーマンスか、規模か」 ―― サイモンズの選択
ここに、サイモンズという経営者の、最も重要な「価値観の選択」が表れています。
ほとんどのヘッジファンドは、「運用資産(AUM)の最大化」を選びます。なぜなら、固定報酬は資産規模に比例するからです。市場に勝つのは難しいが、資金を集めるのは比較的やさしい。だから多くのファンドは、パフォーマンスをそこそこに保ちながら、規模を追う。
サイモンズは、正反対を選びました。彼は「パフォーマンスの最大化」を選び、そのために「規模」を、自ら進んで犠牲にしたのです。あるルネサンス研究者の言葉を借りれば ―― 「リターンがあまりに強いので、彼らは戦略が有効であり続けるように、ファンドを大きくすることを、あえて見送っている」。
第6章で見た、バーレカンプが持ち込んだ「賭けのサイズの最適化(ケリー基準)」の思想を、思い出してください。ケリー基準の教えは、「賭けは、大きすぎても小さすぎてもいけない。優位の大きさに見合った、最適なサイズがある」というものです。ルネサンスにとって、ファンドの規模そのものが、一つの巨大な「賭けのサイズ」でした。優位の大きさを超えて規模を膨らませることは、ケリー基準に反する「賭けすぎ」であり、長期的にはリターンを破壊する。サイモンズは、それを知っていた。だから、約100億ドルで、蓋をした。
これは、強欲を、規律で抑え込んだ、ということです。目の前にある「もっと手数料を稼げる」という誘惑を、「それをやれば金の卵を産むガチョウそのものを殺す」という冷静な計算で、退けた。サイモンズが、若き日に「相場の興奮に取り憑かれた」自分を知っていたことを、もう一度思い出してください。彼は、自分とルネサンスを、強欲から守る仕組みを、ファンドの構造そのものに埋め込んだのです。
18. メダリオンと、それ以外 ―― なぜRIEFは振るわないのか
18-1. ルネサンスの「もう一つの顔」
ここまで、ほぼ「メダリオン・ファンド」の話をしてきました。しかし、ルネサンス・テクノロジーズは、メダリオンだけの会社ではありません。
ルネサンスは、外部投資家向けにも、いくつかのファンドを運用しています。代表的なのが、2005年に設定された「ルネサンス・インスティテューショナル・エクイティーズ・ファンド(RIEF)」です。ほかに「ルネサンス・インスティテューショナル・ディバーシファイド・アルファ(RIDA/RIDA)」などもあります。これらは、メダリオンとは異なり、年金基金などの外部の機関投資家が投資できます。ルネサンス全体の運用資産(レバレッジ込み)は、2021年4月時点で1650億ドルにのぼる、と報じられています。
ところが ―― ここが重要です ―― これらの外部向けファンドは、メダリオンの驚異的なリターンには、まったく及んでいません。RIEFは、歴史的に、メダリオンを大きく下回り続けてきました。2020年4月の報道では、メダリオンとRIEFなど他ファンドとのリターン格差は、17〜19%程度に達していた、とされます。とりわけ2020年は、メダリオンが76%上昇する一方で、外部向けファンドは大きな損失を出し、その対照が際立ちました。
18-2. なぜ、同じ会社なのに、これほど違うのか
「同じルネサンス・テクノロジーズが運用しているのに、なぜメダリオンだけが突出して、外部向けファンドは振るわないのか」 ―― これは、当然の疑問です。陰謀論的な憶測も、いろいろあります。
しかし、ここまで本稿を読んできた読者には、もっと素直で、もっと構造的な説明が見えるはずです。鍵は、第17章で論じた「容量の限界」です。
メダリオンの驚異的なリターンを生んでいるのは、「極小で、束の間の、統計的な非効率性」でした。そして、それらの非効率性は、その性質上、小さな資金(約100億ドル程度まで)でしか、収穫できない。
RIEFのような外部向けファンドは、メダリオンとは、そもそも狙っている獲物が違います。RIEFは、外部の機関投資家から大きな資金を集めることが前提です。そして大きな資金は、定義上、「極小で束の間の非効率性」を収穫できません(第17章の理屈の通りです)。だから外部向けファンドは、より大きな資金でも回せる、より長い保有期間の、より「容量の大きい」戦略を採らざるをえない。そしてそういう戦略は、当然、メダリオンほどの優位は持ちません。
つまり、メダリオンと外部向けファンドの差は、「ルネサンスが外部投資家に手を抜いている」からではなく、「メダリオンの手法は、構造上、規模を大きくできない。だから、規模が必要な外部向けファンドには、そもそも適用できない」からなのです。これは、第17章で見た「なぜメダリオンを大きくしないのか」という問いの、裏返しの答えでもあります。メダリオンを大きくできないのと、まったく同じ理由で、メダリオンの手法を外部向けの大規模ファンドに移植することも、できないのです。
18-3. この事実が教えてくれること
メダリオンと外部向けファンドの落差は、私たちに、とても重要なことを教えてくれます。
それは、「史上最強の運用チームでさえ、規模の制約からは逃れられない」ということです。ルネサンスは、世界最高の科学者を集め、最高のデータとシステムを持っています。その同じチームが、運用しているのです。それでも、外部向けの大規模ファンドでは、メダリオンの足元にも及ばない成績しか出せない。
これは、「優位(エッジ)」というものの、冷徹な本質を示しています。本物の優位は、しばしば「小さく、収穫可能な量に限りがある」。だからこそ、それは消えずに残り続けている(誰もが収穫できるなら、とっくに消えている)。そして、だからこそ、それを「大きな規模」で再現することは、原理的に難しい。
この一点を理解することは、後の第20章・第21章 ―― サイモンズ手法の限界と、個人投資家への示唆 ―― を考えるうえで、決定的な土台になります。
19. ルネサンスが突きつける「効率的市場仮説」への反証
19-1. 「市場は効率的だ」という主流の教義
ここで一度、視点を引いて、ルネサンスが学問の世界に対して持つ意味を考えてみましょう。
20世紀後半の金融経済学を支配してきた、最も有力な理論が「効率的市場仮説(Efficient Market Hypothesis、EMH)」です。ごく単純化すれば、こういう主張です ―― 株価は、すでにあらゆる入手可能な情報を織り込んでいる。だから、割安・割高な銘柄は存在しない。市場を継続的に上回ることはできず、上回って見える人がいても、それは単なる偶然(運)である。
この仮説は、強力な実務的帰結を持ちます ―― だから、アクティブ運用は無駄であり、低コストのインデックスファンドを買って市場全体に投資するのが、最も賢明だ、と。
19-2. 「究極の反例」としてのメダリオン
ここに、メダリオン・ファンドが立ちはだかります。
コーネルの学術論文のタイトルを、もう一度思い出してください ―― 「Medallion Fund: The Ultimate Counterexample?(メダリオン・ファンド ―― 究極の反例か?)」。
コーネルの論証は、こうです。メダリオンは、31年間にわたり、複利年率63.3%(手数料控除前)という、学術文献に報告されたいかなるものをもはるかに凌ぐリターンを上げた。そして ―― ここが決定的なのですが ―― メダリオンのリターンは、「リスクを取った見返り」では説明できない。
効率的市場仮説の信奉者が、高いリターンを見たときの、お決まりの反論があります ―― 「それは、それだけ高いリスクを取ったからだ。ハイリスク・ハイリターンにすぎない」。ところが、メダリオンには、この反論が効きません。コーネルの分析によれば、メダリオンの「市場ベータ」も、各種の「ファクター・ローディング(リスク要因への感応度)」も、すべてマイナスでした。つまり、メダリオンは、市場が下がるときにむしろ上がる傾向すらあった。これは「市場リスクを多く取ったからリターンが高い」という説明の、正反対です。コーネルは、率直に書いています ―― 「このパフォーマンスを説明する、適切な合理的市場の説明は、現時点で存在しない」。
19-3. サイモンズ自身の、繊細な立場
興味深いのは、サイモンズ本人が、効率的市場仮説を「全面的に否定」していたわけではない、という点です。
サイモンズは、こう述べています ―― 趣旨を訳します。「効率的市場理論は、『大きな非効率性は存在しない』という点では、正しい。だが我々は、規模が小さく、持続時間が短いかもしれない、アノマリーを見ている。我々は予測を立てる。そして、そのすぐ後に、状況を再評価し、予測とポートフォリオを修正する。これを一日中、繰り返す。我々は、常に出たり入ったり、入ったり出たりしている。だから、活動(取引)に依存して、金を稼いでいる」。
この言葉は、サイモンズの立場を、精密に表しています。彼は「市場は完全に非効率で、大きな歪みがゴロゴロしている」とは言っていません。むしろ逆で、「大きな非効率性は、存在しない」ことを認めています。彼が賭けたのは、「極小で、束の間の、しかし統計的には確かに存在する、無数の小さな非効率性」でした。
つまり、メダリオンは効率的市場仮説の「完全な否定」ではありません。それはむしろ、効率的市場仮説の「境界線を、精密に描いてみせた反例」です ―― 「市場はおおむね効率的だ。だが、完全には効率的ではない。その『完全ではない』わずかな隙間に、これだけの富が眠っている」。バフェットが「価値の歪み」という比較的大きな非効率性を突いたのに対し、サイモンズは「統計の歪み」という極小の非効率性を突いた。アプローチはまったく違うのに、二人とも、効率的市場仮説の「市場に勝つことは不可能」という結論を、それぞれのやり方で、生きた証拠として反証してみせたのです。
20. サイモンズ手法の限界と、誤解されやすい点
サイモンズ手法を正しく理解するには、その「すごさ」だけでなく、「限界」と「誤解されやすい点」も、誠実に見ておく必要があります。
20-1. 限界① ―― 「規模」の壁は、絶対である
これは、第17章・第18章で詳しく論じた通りです。サイモンズ手法の最大の限界は、それが「規模を大きくできない」ことです。
メダリオンの手法は、約100億ドル程度の規模でしか機能しません。それ以上にすると、自分の取引が市場を動かし、優位そのものを消してしまう。だからこそ外部投資家を閉め出し、だからこそ外部向けのRIEFはメダリオンに遠く及ばない。「最強の手法」は、同時に「ごく限られた規模でしか使えない手法」でもある ―― これは、サイモンズ手法の、構造的で、逃れようのない限界です。
20-2. 限界② ―― 莫大な「先行投資」が必要である
サイモンズ手法は、「アイデア一つ」で始められるものではありません。
それを実行するには ―― 世界トップクラスの数学者・物理学者・コンピュータ科学者の集団、何十年分もの、掃除され尽くした膨大なデータ、それを処理する計算インフラ、そして「人間が決して介入しない」自動取引システム ―― これらすべてが必要です。そして、第6章で見たように、ルネサンスでさえ、これらを組み上げ、機能させるまでに、10年以上の暗中模索と、消滅寸前の危機を経験しました。
サイモンズ手法は、「再現可能なレシピ」ではありません。それは、「莫大な資本・人材・時間を先行投資できる、ごく一部の組織にしか、そもそも挑戦すらできない手法」なのです。
20-3. 限界③ ―― シグナルは「水漏れ」する
サイモンズ自身が認めていた通り ―― 「システムは常に水漏れしている」。
あるシグナルは、市場環境の変化によって、あるいは他者が同じものを使い始めることによって、効力を失っていきます。「金の卵を産むガチョウは、永遠には存在しない」とサイモンズは言いました。ルネサンスの成功は、「一度発見した必勝法を、ずっと使い続けた」ことによるのではありません。それは、「失われていくシグナルを上回るペースで、新しいシグナルを発見し続けた」ことによる、終わりのない自転車操業の上に成り立っています。一度立ち止まれば、優位はじわじわと漏れ出して、消えていく。
20-4. 誤解されやすい点① ―― 「未来を予言している」のではない
サイモンズ手法について、最もありがちな誤解が、「ルネサンスは、未来を予言する魔法の数式を持っている」というイメージです。
これは、正しくありません。本稿で繰り返し見てきた通り、メダリオンの個々の取引の勝率は、わずか50.75%です。彼らは、個々の予測については、ほとんど当てられていません。彼らがやっているのは「予言」ではなく、「コイン投げよりほんの少しだけ偏ったコインを見つけ、それを何百万回も投げること」です。「天才的な予測」ではなく「凡庸な予測を、桁外れの規模と規律で運用すること」 ―― これがサイモンズ手法の正体です。
20-5. 誤解されやすい点② ―― 「人間を排除した」のではなく「人間を再配置した」
「ルネサンスは人間の判断を排除した、完全に自動化された会社だ」 ―― これも、半分正しく、半分誤解です。
確かに、ルネサンスは「取引の実行」と「個別の取引判断」からは、人間を完全に排除しました(第12章)。だが、「研究」 ―― 新しいシグナルを発見し、検証し、システムにどう組み込むかを考える仕事 ―― は、徹頭徹尾、人間(科学者たち)の仕事でした。
つまり、ルネサンスは人間を「排除」したのではなく、「再配置」したのです。人間を、感情に流されやすく、検証もできない「取引の現場」から引き上げ、人間が本当に強い「研究と発見」の場所に、再配置した。サイモンズが「秘密のソースは偉大な科学者たちだ」と言ったのは、この意味です。サイモンズ手法は、「人間 vs 機械」の物語ではありません。それは「人間と機械の、最適な役割分担」の物語なのです。
20-6. 誤解されやすい点③ ―― 「サイモンズだから運がよかった」のか
「サイモンズの成功も、結局は途方もない幸運だったのではないか」 ―― この問いは、サイモンズ自身が、最も真剣に向き合った問いでした。
サイモンズには、印象的な言葉があります ―― 「この商売では、運と頭脳を取り違えるのは簡単だ」。そして、「私が天才だという評判は、その大部分が運によるものだ。私は朝オフィスに来て『今日の自分は賢いか?』とは考えない。『今日の自分は、運がいいか?』と考える」。
これは、謙遜以上のものです。サイモンズは、「運」と「実力」を取り違えることの危険を、誰よりも深く理解していました。だからこそ彼は、「運だったかもしれない」という可能性に対する、構造的な防御を、ルネサンスに組み込みました ―― 統計的検定で、シグナルが「本物か、偶然か」を徹底的に検証する。一つの賭けに頼らず、何千ものシグナルに分散する。モデルを「真実」と信じない。
31年間、一度も負け年がない、という記録は ―― それ自体が、「これは運だけでは、まず説明できない」ことの、最も強い証拠です。コーネルが「学術文献に、これに近いものは存在しない」と書いた通りです。サイモンズの成功には、初期の「純粋な運」(本人がそう認めている)も確かにありました。しかし、その運を「実力の仕組み」へと転換したこと ―― そここそが、サイモンズの、運ではない部分でした。
21. 個人投資家は、サイモンズから何を学べるのか ―― そして、何は学べないのか
ここまでの議論を、現代の個人投資家にとっての「持ち帰り」に落とし込みます。ただし、サイモンズの場合、まず「学べないこと」をはっきりさせるところから始めなければなりません。それが誠実だからです。
21-1. まず ―― 「直接は、真似できない」と認める
率直に言います。サイモンズ手法を、個人投資家がそのまま真似ることは、できません。
第20章で見た通り、サイモンズ手法には、世界トップクラスの科学者集団、何十年分もの掃除されたデータ、巨大な計算インフラ、完全自動の取引システム、そして約100億ドルという「ちょうどいい規模」が必要です。個人投資家は、このどれも持っていません。「メダリオンのやり方で投資しよう」というのは、「一人で半導体工場を建てよう」というのと、同じくらい非現実的です。
サイモンズから「銘柄選びのテクニック」や「必勝のシグナル」を持ち帰ろうとするのは、最初から方向を間違えています。そういうものは、存在しないか、存在しても個人には使えないか、使えてもすぐ「水漏れ」して消えるか、のいずれかです。
では、サイモンズからは何も学べないのか。そんなことはありません。学べるのは「手法」ではなく、「手法の背後にある、思考の構え」です。そして、それは驚くほど実践的です。
21-2. 学べること① ―― 「物語」より「証拠」を信じる訓練をする
サイモンズ手法の根っこは、「もっともらしい物語ではなく、検証された証拠を信じる」という姿勢でした。
個人投資家が今日からできるのは、自分の投資判断について、こう自問する習慣をつけることです ―― 「自分はいま、『物語』で買おうとしているのか、それとも『証拠』で買おうとしているのか?」。「この会社は将来伸びそうな気がする」「この技術はすごそうだ」 ―― これらは物語です。サイモンズなら、こう問うでしょう ―― 「その『気がする』を裏づける、検証可能なデータはあるか? それとも、ただ自分がそう感じているだけか?」。
物語を完全に捨てる必要はありません。個人投資家には個人投資家の土俵があります。しかし、「自分はいま物語に酔っているだけかもしれない」と、常に一歩引いて疑う癖 ―― これはサイモンズから直接学べる、最も価値ある姿勢です。
21-3. 学べること② ―― 「感情を、仕組みで締め出す」
サイモンズの「コンピュータを決して上書きしない」という鉄則の、本当の教訓はこれです ―― 「意志の力で感情に勝とうとするな。感情が入り込めない『仕組み』を、あらかじめ作っておけ」。
個人投資家にとって、自分専用の「メダリオン・システム」を作ることはできません。しかし、「感情が入り込めない仕組み」を、ささやかな形で作ることはできます。たとえば ―― 毎月決まった日に、決まった額を、決まった対象に積み立てる(積立投資)。あらかじめ「この条件になったら売る/買う」とルールを紙に書き、そのルールに従う。相場が荒れている日には、口座を見ない。
これらはすべて、「その場の感情(恐怖と強欲)が、判断に介入する経路を、構造的に断つ」という、サイモンズと同じ思想の、個人版の実装です。サイモンズが組織の構造に埋め込んだものを、個人は自分の習慣の構造に埋め込む。規模はまるで違いますが、思想は同じです。
21-4. 学べること③ ―― 「自分の優位の、容量を知る」
第17章・第18章で見た「容量の限界」は、実は個人投資家にとっても、深い教訓を含んでいます。
それは、「自分に本当に優位がある領域は、たいてい狭い。その狭さを、正直に認めよ」ということです。
サイモンズほどの組織でさえ、自分たちの優位が「約100億ドルまで」だと冷静に見極め、それ以上には手を出しませんでした。個人投資家も、同じ問いを自分に向けるべきです ―― 「自分が本当に理解していて、人より少しでも分がある領域は、どこまでか? どこからは、ただ自分が背伸びをしているだけか?」。
「最強の投資家でさえ、自分の優位の限界に蓋をした」。この事実は、個人投資家に「身の丈を超えるな」という、強い戒めを与えてくれます。優位のない領域で大きく賭けることは、サイモンズの真似ではなく、サイモンズが最も警戒したこと(賭けすぎ)の、真似なのです。
21-5. 学べること④ ―― 「運と実力を、取り違えない」
「この商売では、運と頭脳を取り違えるのは簡単だ」 ―― このサイモンズの言葉は、個人投資家にこそ、突き刺さります。
相場で何度か儲かると、人は「自分には才能がある」と思い込みます。サイモンズは、初期に運で大金を儲けたとき、「これは運だ」と正しく認識しました。個人投資家も、儲かったとき・損したときに、こう自問する価値があります ―― 「この結果は、自分の判断が正しかったからか? それとも、たまたま相場全体が動いたからか? 自分は、運を実力と取り違えていないか?」。
この問いを習慣にできる人は、勝ったときに傲慢にならず、負けたときに自分を全否定せず、長く市場に居続けられます。そして ―― バフェットの章でも、サイモンズの章でも、結論は同じところに来るのですが ―― 長く居続けられることこそが、複利の前提なのです。
21-6. 学べないこと、学べることの、総まとめ
整理します。サイモンズから個人投資家が学べないものは、「具体的な手法」 ―― シグナル、数式、自動化、データ、規模。これらは、個人には原理的に手が届きません。
サイモンズから学べるものは、「思考の構え」 ―― 物語より証拠を信じる、感情を仕組みで締め出す、自分の優位の容量を正直に見積もる、運と実力を取り違えない。そして、その全部の土台にある、サイモンズ最大の資質 ―― 自分が間違いうることを、深く、構造的に、認めていたこと。
サイモンズは「市場を予測する天才」ではありませんでした。彼は「自分(人間)が、いかに当てにならないかを知り尽くし、その当てにならない人間を、最も活きる場所に再配置する仕組みを設計した人」でした。個人投資家がサイモンズから受け取れる最大の贈り物は、必勝法ではなく、この「自分への、徹底した謙虚さ」 ―― それを、自分のささやかな投資生活の構造に、どう埋め込むか、という問いそのものなのです。
22. 数学者の晩年 ―― フィランソロピーと「美に導かれて」
22-1. 「私が金を稼ぎ、マリリンがそれを配った」
サイモンズの物語は、運用記録だけでは終わりません。彼の人生の後半は、フィランソロピー(慈善・寄付)に捧げられました。
1994年、サイモンズは妻のマリリンとともに、「サイモンズ財団(Simons Foundation)」を設立します。この財団は、数学と基礎科学への支援に焦点を当てた、世界最大級の慈善団体の一つに育ちました。サイモンズは、自身の役割を、いつもの乾いたユーモアで、こう表現しています ―― 「私が金を稼ぎ、マリリンがそれを配った」。
サイモンズが寄付の対象に選んだのは、彼が生涯愛した「基礎科学」 ―― すぐには成果が出ないが、何十年もかけて人類の知の地平を広げる、その種の研究でした。サイモンズ財団は、数学、理論物理学、天体物理学、生物学、量子物理学などに、巨額の資金を投じてきました。財団の内部研究機関である「フラットアイアン研究所」では、研究者が計算科学を駆使し、分野を横断して問題に取り組んでいます。チリには、サイモンズ財団の支援で「サイモンズ観測所」という望遠鏡群が建設されました ―― 宇宙から届く、かすかな「信号」を捉えるために。雑音から信号を取り出すことに人生を捧げた男が、最後に宇宙の信号を捉える観測所を作った、というのは、できすぎた符合に思えます。
22-2. 「数学教師を、増やす」 ―― Math for America
サイモンズのフィランソロピーで、もう一つ重要なのが、2004年に設立した「Math for America(数学のためのアメリカ)」です。
これは、米国の公立学校の数学教育を改善するための非営利団体です。サイモンズの問題意識は、明快でした ―― 「この国の科学を向上させる鍵は、より優れた数学教師を、惹きつけ、引き留めることだ」。彼は、数学・科学を教えることが、十分な報酬を得られ、誇りを持って続けられる「専門職」であるべきだ、と考えていました。
3歳で数学者になると決め、ストーニーブルックで数学科を育て、ルネサンスで数学者を集めた男が、最後に「次の世代の数学者を育てる教師たち」に投資した ―― サイモンズの人生は、「数学」という一本の糸で、最初から最後まで貫かれています。
22-3. 個人的な悲しみ
サイモンズの人生は、輝かしい記録の連続に見えますが、その裏側には、深い個人的な悲しみがありました。
サイモンズは、二人の息子を、若くして亡くしています。最初の妻バーバラとのあいだの息子ポールは、若くして自転車事故で亡くなりました(サイモンズは彼を偲んで、ストーニーブルックにエイヴァロン自然保護区を作りました)。もう一人の息子ニックは、2003年、24歳のとき、バリ島への旅行中に溺死しました。ニックはネパールで働いていたことがあり、サイモンズ夫妻は、彼を偲んで「ニック・サイモンズ研究所」を通じて、ネパールの医療に多額の寄付をしました。
サイモンズには、よく知られた言葉があります ―― 「最善を尽くしたなら、謝るべきことは、そう多くはない。だが、謝るべきことがないことと、つらくないことは、別のことだ」。これは投資について語った言葉ですが、二人の息子を失った父親の言葉として読むと、まったく違う重みを帯びてきます。最善を尽くしても、避けられない悲しみがある ―― サイモンズは、それを知っていました。
22-4. 「美に導かれて」
ジム・サイモンズは、2024年5月10日、ニューヨークで亡くなりました。86歳でした。第一線を退いた後も非業務執行会長として2021年まで会社に関わり、そしてメダリオン・ファンドには、亡くなるまで自身の資金を投じ続けていました。
晩年、MITで学生から「人生の教訓を一つ挙げるとしたら」と問われたとき、サイモンズの答えは、意外なほど「非クオンツ的」なものでした ―― 「美に導かれなさい(Be guided by beauty)」。
彼は、こう続けました ―― 「美とは、一つの美学だ。本当にうまく機能するものには、美がある ―― 会社の運営のされ方であれ、定理の証明が出てくる様子であれ」。
これは、サイモンズという人物の、最も深いところを照らす言葉だと思います。彼は、金のために数学をやったのではありませんでした。彼は、数学の「美」 ―― 混沌のなかから、簡潔で、整合的で、機能する構造が立ち現れる、あの瞬間の美しさ ―― を、生涯追い求めた人でした。市場は、彼にとって、解くべき美しい問題でした。ルネサンスという組織は、彼にとって、うまく機能する一つの「美しい定理」でした。
サイモンズはまた、こうも語っていました ―― 「科学者と数学者は、混沌とした自然界の表面の下を掘り下げ、予期せぬ単純さ、構造、そして美しさを探すように、訓練されている」。
ジム・サイモンズの生涯は、まさにその一文の体現でした。暗号の下に、市場の下に、宇宙の雑音の下に ―― 彼は、隠れた構造と、その美しさを、探し続けたのです。
23. サイモンズ語録 ―― 本人の言葉から
本稿で触れた、サイモンズ本人や関係者の言葉のうち、重要なものを振り返ります(いずれも原文の趣旨を日本語に要約したもので、逐語訳ではありません。原文の出典は参考資料を参照してください)。
手法の哲学について
- 我々はモデルから始めない。データから始める。
- 我々は、過去のデータのなかを探索し、ランダムには起こらないと予想される、変則的なパターンを探す。
- 我々の取引には三つの基準がある ―― 公開市場で取引されていて、流動性があり、モデル化が可能なら、我々はそれを取引する。
- 私は、惑星がなぜ太陽の周りを回るのか知らない。だからといって、その軌道を予測できないわけではない。
規律とリスクについて
- 我々はモデルを上書きしない。
- 唯一のルールは、コンピュータを決して上書きしないこと。それをシミュレートできないからだ。
- (LTCMの誤りは)自分たちのモデルを「真実」だと信じたこと。我々は、モデルが現実を反映しているとは、決して信じなかった。(ニック・パターソン)
- 我々が正しいのは50.75%のときだけだ。だが、その50.75%について、我々は100%正しい。(ロバート・マーサー)
- 投資で成功するとは、常に正しくあることではない。損失を最小化し、利益を最大化することだ。
人と組織について
- 我々はウォール街から人を雇わない。良い科学をやってきた人を雇う。
- 可能な限り最高の人材を雇え。そして、彼らにボールを持って走らせろ。
- 才能ある人を雇って、あとは祈る、では足りない。彼らに、自分が正しいと思うことをやる自由を与えなければならない。
- 良い雰囲気と賢い人々は、多くを成し遂げられる。
- (研究を速く進めるには)誰もが、ほかの全員が何をやっているかを知るようにせよ。
運と謙虚さについて
- この商売では、運と頭脳を取り違えるのは簡単だ。
- 私は朝、「今日の自分は賢いか」とは考えない。「今日の自分は運がいいか」と考える。
- 金の卵を産むガチョウは、永遠には存在しない。
- システムは常に水漏れしている。我々は、ゲームに勝ち続けるために、水を足し続けなければならない。
人生について
- 数学のほうが、ビジネスよりも現実的だ。
- 美に導かれなさい。本当にうまく機能するものには、美がある。
- 科学者は、混沌とした自然界の表面の下を掘り下げ、予期せぬ単純さ、構造、美しさを探すよう訓練されている。
- 最善を尽くしたなら、謝るべきことは多くない。だが、謝るべきことがないことと、つらくないことは、別だ。
- (レナード・バウムの信条として)悪いアイデアは良い。良いアイデアは素晴らしい。アイデアがないのは、最悪だ。
24. まとめ
ジム・サイモンズとルネサンス・テクノロジーズの物語は、投資の歴史における「最大の謎」であると同時に、最も筋の通った物語でもあります。謎なのは、肝心の手法が秘密のベールに包まれているから。筋が通っているのは、その手法の「思想」が、サイモンズという人間の生涯を通じて、一貫しているからです。
本稿で見てきたことを、骨格だけ取り出して、最後にまとめます。
第一に、サイモンズは「予測の天才」ではなく「仕組みの設計者」だった。 メダリオンの勝率は50.75%。コイン投げと大差ない。彼が作ったのは「未来を当てる魔法」ではなく、「ほんのわずかな統計的優位を、見つけ、検証し、何百万回も繰り返す仕組み」だった。
第二に、その手法は、伝統的な投資の「正反対」だった。 モデルから始めず、データから始める。物語ではなく、検証された証拠を信じる。「なぜ当たるのか」を理解する前に、「実際に当たるか」を統計で確かめる。これは、サイモンズが暗号解読者として磨いた「雑音から信号を取り出す」思考の、市場への移植だった。
第三に、技術の核は「隠れマルコフモデル」「統計的裁定」「単一の巨大モデル」「人間の非介入」「分散とリスク管理の一体化」だった。 ばらばらに見えるこれらの要素は、すべて「自分(人間とモデル)は間違いうる」という一つの前提から、論理的に導かれている。モデルを真実と信じない。だから分散する。だから人間を取引から締め出す。だからリスク管理をモデルに組み込む。
第四に、最大の資産は「人」と「組織設計」だった。 サイモンズは「銘柄を選ぶ人」ではなく「市場を解く機械(組織)を設計する人」だった。ウォール街からは一人も採らず、良い科学をやってきた人を集め、社内では情報を完全にオープンにし、社外には完全に閉ざした。
第五に、その手法には「規模の限界」という、絶対の制約があった。 だからメダリオンは外部投資家を閉め出し、約100億ドルで蓋をした。だから外部向けのRIEFは、同じチームが運用しても、メダリオンに遠く及ばない。「最強の手法」は「ごく狭い規模でしか使えない手法」でもあった。
第六に、その全部の根っこには、サイモンズの「自分への徹底した謙虚さ」があった。 「この商売では運と頭脳を取り違えるのは簡単だ」。彼は、自分が運に恵まれた可能性も、自分が感情に流される人間であることも、モデルが間違いうることも、すべて深く認めていた。その謙虚さを、組織の構造そのものに埋め込んだことが、ルネサンスを30年以上、生き残らせた。
冒頭に置いた一文を、もう一度。
サイモンズは「市場を予測する天才」ではなかった。彼は「ほんのわずかな統計的優位を、見つけ、検証し、何百万回も繰り返す仕組み」を作った人だった。
私たち個人投資家は、この仕組みを直接は真似できません。科学者集団も、何十年分のデータも、自動取引システムも、ちょうどいい規模も、持っていないからです。しかし、その仕組みを貫く「思考の構え」 ―― 物語より証拠を信じる、感情を仕組みで締め出す、自分の優位の容量を正直に見積もる、運と実力を取り違えない、そして何より、自分が間違いうることを深く認める ―― これらは、規模を問わず、誰にでも持ち帰れる、サイモンズからの本当の贈り物です。
ジム・サイモンズは、混沌の表面の下に隠れた「構造」と「美」を探し続けた、一人の数学者でした。市場という、世界で最も混沌として見える場所で、彼は確かに、隠れた構造を見つけ出しました。そして、それを「美しく機能する仕組み」へと組み上げてみせた。「美に導かれなさい」 ―― 彼が遺したこの言葉は、投資の教訓であると同時に、混沌のなかに秩序を求めるすべての人への、静かな励ましとして、残り続けています。
25. 参考資料
本稿は、以下の一次資料および準一次資料・解説資料・学術資料にもとづいて作成しました。ルネサンス・テクノロジーズの手法の詳細は秘匿されているため、本稿は「公開されている範囲の情報」を相互に突き合わせて再構成したものであり、ファンドの実際の内部運用を正確に記述したものではありません。運用成績の数値(年率リターン、勝率、レバレッジ等)は、起点・終点の取り方や手数料控除前後の違い、資料の推計方法によって差異があるため、本稿では趣旨を要約して記述しています。引用はすべて原文の趣旨を日本語に要約したものであり、逐語訳ではありません。
一次資料(サイモンズ本人・関係者の発言)
- 「A Rare Interview with the Mathematician Who Cracked Wall Street」TEDインタビュー(クリス・アンダーソンによるジム・サイモンズへのインタビュー、2015年3月収録)。書き起こし:https://singjupost.com/a-rare-interview-with-the-mathematician-who-cracked-wall-street-jim-simons-at-full-transcript/
- ジム・サイモンズ、サンフランシスコ州立大学での講演(2014年、「我々はコンピュータを決して上書きしない」発言)。
- ジム・サイモンズ「Mathematics, Common Sense, and Good Luck: My Life and Careers」MIT講演(2010年12月9日)。
- Simons Foundation, “Simons Foundation Chair Jim Simons on His Career in Mathematics”(サイモンズ財団による本人インタビュー):https://www.simonsfoundation.org/2012/09/28/simons-foundation-chair-jim-simons-on-his-career-in-mathematics/
- MIT Sloan, “Quant pioneer James Simons on math, money, and philanthropy”:https://mitsloan.mit.edu/ideas-made-to-matter/quant-pioneer-james-simons-math-money-and-philanthropy
- サイモンズの発言を集成した記事:Novel Investor, “Wise Words from Jim Simons”:https://novelinvestor.com/wise-words-from-jim-simons/
評伝・書籍(準一次資料)
- Gregory Zuckerman, The Man Who Solved the Market: How Jim Simons Launched the Quant Revolution, Portfolio/Penguin, 2019.(サイモンズ本人が長時間の取材に応じた、唯一の本格的評伝。本稿の手法・人物・歴史に関する記述の多くは、本書および本書の詳細なまとめ・書評に依拠している。)
- 本書の章別まとめ・引用:Novel Investor「Notes: The Man Who Solved the Market」 https://novelinvestor.com/notes/the-man-who-solved-the-market-by-gregory-zuckerman/
- 同:Christian B. B. Houmann によるまとめ https://bagerbach.com/books/the-man-who-solved-the-market/
- 同:Some Ben?「Notes on The Man Who Solved The Market」 https://blog.someben.com/2019/11/notes-on-man-who-solved-the-market-jim-simons/
学術資料
- Bradford Cornell, “Medallion Fund: The Ultimate Counterexample?”, Cornell Capital Group, 2020.(メダリオンのパフォーマンスを効率的市場仮説の観点から分析した学術ノート):https://www.cornell-capital.com/blog/2020/02/medallion-fund-the-ultimate-counterexample.html
- Mohammad(および関連研究者)によるルネサンス/統計的裁定取引に関する諸論文(SSRN等)。
- バウム=ウェルチ・アルゴリズムおよび隠れマルコフモデルの技術的背景:Leonard E. Baum らによる1960年代後半〜1970年の一連の論文(”An inequality and associated maximization technique in statistical estimation for probabilistic functions of Markov processes” 1970 ほか)。
伝記的事実・経歴
- Wikipedia, “Jim Simons”(生没年、学歴、IDA、チャーン=サイモンズ理論、ヴェブレン賞、家族、フィランソロピー):https://en.wikipedia.org/wiki/Jim_Simons
- Wikipedia, “Renaissance Technologies”(会社の沿革、メダリオン・ファンド、RIEF、運用成績、IRSとの和解、経営体制):https://en.wikipedia.org/wiki/Renaissance_Technologies
- Berkeley Inspire, “Jim Simons (1938–2024): A mind at play in the real world”:https://inspire.berkeley.edu/o/jim-simons-19382024-a-mind-at-play-in-the-real-world/
- Cal Alumni Association, “‘World’s Smartest Billionaire’: James Simons is Cal Alumnus of the Year for 2016″:https://alumni.berkeley.edu/california-magazine/spring-2016-war-stories/world-s-smartest-billionaire-james-simons-cal-alumnus
- Celebratio Mathematica, “Simons — Biography”(数学者としての経歴の詳細):https://celebratio.org/Simons_J/article/375/
- TBR News Media, “James Simons, SBU benefactor and mathematician, dies at 86″(死去の報、ストーニーブルックとの関係):https://tbrnewsmedia.com/james-simons-sbu-benefactor-and-mathematician-dies-at-86/
手法・戦略の解説資料
- Cornell Capital Group(上掲)。
- LuxAlgo, “Simons’ Strategies: Renaissance Trading Unpacked”:https://www.luxalgo.com/blog/simons-strategies-renaissance-trading-unpacked/
- QuantVPS, “Jim Simons Trading Strategy Explained: Inside Renaissance Technologies”:https://www.quantvps.com/blog/jim-simons-trading-strategy
- QuantifiedStrategies.com, “How Jim Simons’ Trading Strategies Achieved 66% Annual Returns”:https://www.quantifiedstrategies.com/jim-simons/
- Quartr, “Renaissance Technologies and The Medallion Fund”:https://quartr.com/insights/edge/renaissance-technologies-and-the-medallion-fund
- Read Trung, “Jim Simons and the Making of Renaissance Technologies”:https://www.readtrung.com/p/jim-simons-and-the-making-of-renaissance
- Breaking the Market, “The Greatest Geometric Balancers: Renaissance Technologies, Part I”(バーレカンプとケリー基準の関係の考察):https://breakingthemarket.com/the-greatest-geometric-balancers-renaissance-technologies-part-i/
- Branko Blagojevic, “How Renaissance Technologies Solved the Market: Part 3 – Incentives”(インセンティブ設計とLTCMとの対比):https://breeko.github.io/post/2019-11-28-how-renaissance-technologies-solved-the-market-part-3/
- Hugh Christensen, “A Review of The Man Who Solved the Market”(シグナルの分類、技術的考察):LinkedIn 掲載。
- The Why Company, “Why the Medallion Fund was so successful”:https://www.thewhycompany.co.uk/post/why-the-medallion-fund-was-ao-successful-key-insights-from-the-man-who-solved-the-market
バウム=ウェルチ・アルゴリズム/隠れマルコフモデルの技術背景
- “The Baum-Welch Algorithm — Statistical Ideas that Changed the World”:https://ledaliang.github.io/journalclub/baumwelch.html
- 隠れマルコフモデルおよびバウム=ウェルチ・アルゴリズムに関する技術解説(Wikipedia「Baum–Welch algorithm」ほか)。
本稿についての注記
本稿は、公開された一次資料・評伝・学術資料・解説記事にもとづく、ジム・サイモンズとルネサンス・テクノロジーズの投資手法の解説であり、特定の銘柄・手法・ファンドの推奨や投資助言を目的とするものではありません。ルネサンス・テクノロジーズの実際の運用手法の詳細は秘匿されており、本稿の手法に関する記述は、あくまで公開情報からの再構成・推定です。運用成績に関する数値は資料により差異があり、本稿はその趣旨を要約して記述しています。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任において、必要に応じて専門家に相談のうえ行ってください。

