スマートフォンしか持っていない人間の「デジタル弱者」ぶりを正直に書く

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スマートフォンしか持っていない人間の「デジタル弱者」ぶりを正直に書く

パソコンを持っていない

告白する。パソコンを持っていない。

正確には、かつて持っていたが壊れた。壊れたのは5年前。修理に出す金がなかった。新しく買う金はもっとなかった。中古のパソコンでも3万円はする。3万円は、NISAの半年分だ。パソコンとNISAを天秤にかけて、NISAが勝った。結果、パソコンなしの生活が5年間続いている。

「パソコンがなくてもスマートフォンがあれば大丈夫」。そう言われることがある。確かにスマートフォンは万能に近いデバイスだ。メール、LINE、ウェブ検索、動画視聴、SNS、地図、カメラ、電卓、音楽プレイヤー。これらはすべてスマートフォンでできる。日常生活の大半はスマートフォンで完結する。

だが「大半」と「すべて」は違う。パソコンがないとできないこと、あるいはパソコンのほうが圧倒的に効率的なことが、いくつかある。そして、それらの「いくつか」が、意外と重要なのだ。

パソコンがないと困ること

困ること1は「長文の入力」だ。履歴書や職務経歴書の作成。ハローワークのオンライン申請。確定申告のe-Tax。これらの手続きでは、ある程度の量のテキストを入力する必要がある。スマートフォンのフリック入力で長文を打つのは、パソコンのキーボードに比べて3〜5倍の時間がかかる。さらに画面が小さいので、全体を俯瞰しにくい。誤字に気づきにくい。修正が面倒。

困ること2は「複数のウィンドウを同時に操作すること」。パソコンなら、ブラウザで調べ物をしながら、別のウィンドウでExcelに入力し、さらに別のウィンドウでメールを書ける。スマートフォンでは、一度に一つのアプリしか表示できない(分割表示もあるが使いにくい)。求人サイトを見ながらメモを取る、という作業ですら、アプリの切り替えが必要で非効率だ。

困ること3は「ファイルの管理」。Excelファイル、PDFファイル、Wordファイル。スマートフォンでもこれらのファイルを開くことはできるが、編集は困難だ。Excelの複雑な表をスマートフォンの小さな画面で編集するのは、虫眼鏡で新聞を読むようなものだ。できなくはないが、ストレスが大きい。

困ること4は「オンライン面接」。コロナ禍以降、オンライン面接が増えた。Zoom、Teams、Google Meet。スマートフォンでも参加できるが、画面が小さく、カメラの位置が不自然になりがちだ。パソコンの大きな画面で面接官の顔を見ながら話すのと、スマートフォンの小さな画面でやるのとでは、印象が大きく異なる。

困ること5は「副業・在宅ワーク」。クラウドソーシングのライティング、Web制作、データ入力。これらの副業は、パソコンが前提だ。スマートフォンだけでできる副業は、アンケート回答やポイントサイトなど、単価が極めて低いものに限られる。パソコンがないことが、副業の選択肢を大幅に狭めている。

スマートフォンだけで確定申告をした話

確定申告をスマートフォンだけでやろうとしたことがある。e-Taxのスマートフォン対応が進んでいると聞いて、チャレンジした。

結果から言えば、「できた」。できたが、3時間かかった。パソコンなら1時間で終わる作業だ。

何が大変だったか。まずマイナンバーカードのICチップをスマートフォンで読み取る作業。カードをスマートフォンの背面にかざして、NFC(近距離無線通信)で読み取る。位置がずれると「読み取れません」と表示される。何度もカードの位置を調整して、ようやく読み取れた。

次に、収入や控除の金額を入力する画面。スマートフォンの画面が小さいため、入力欄が見づらい。数字を入力するたびにキーボードが画面の半分を覆い、入力した数字が確認しにくい。入力ミスに気づくのが遅れる。気づいて修正するのにも手間がかかる。

最後に、電子署名を行って送信。ここでまたマイナンバーカードの読み取り。またカードの位置を調整。「送信しました」の画面が出たとき、安堵のため息が出た。確定申告を完了した達成感よりも、「もう二度とスマートフォンでやりたくない」という疲弊感のほうが大きかった。

「パソコンを買えない」問題

パソコンを買えばいい。わかっている。わかっているが、買えない。理由はシンプルに金だ。

新品のノートパソコンは、最低でも5万円。中古でも2〜3万円。この金額を捻出するために、何かを削る必要がある。食費? NISAの積立? 歯医者代? どれも削れない。削れるものがないから、買えない。

パソコンは「あれば便利」だが「なくても死なない」。死なないが、不便。不便だが、不便を我慢するコスト(ストレスと時間の浪費)は、目に見えない。目に見えないから、「パソコン代」という目に見えるコストと比較して、パソコン代のほうが高く感じる。

だが長期的に考えれば、パソコンがあれば副業ができる。副業で月1万円稼げれば、3〜5ヶ月でパソコン代を回収できる。回収後はプラス。投資としては悪くない。だが「投資」するための初期資金がない。ここでもまた、「元手がない」問題が立ちはだかる。

自治体や団体が、低所得者向けにパソコンを無料貸与するプログラムを実施している場合がある。「デジタルデバイド対策」の一環だ。だがこういったプログラムの情報は、パソコンがある人はネットで見つけられるが、パソコンがない人には届きにくい。パソコンがない人にパソコンの情報が届かないという皮肉。

スマートフォンだけでできることの限界

スマートフォンだけでできることと、その限界を整理しておく。

できること。メール、LINE、SNS、ウェブ検索、動画視聴、音楽、地図、カメラ、QRコード決済、ネットバンキング、ネットショッピング、簡単な文書作成(Googleドキュメント等)、確定申告(e-Tax)、マイナポータル、ハローワークの求人検索。日常生活と基本的な行政手続きは、スマートフォンでほぼカバーできる。

限界があること。長文の作成(履歴書、職務経歴書、レポート等)。Excelの複雑な操作。プレゼン資料の作成。Web制作。プログラミング。大容量ファイルの管理。オンライン面接(画面の大きさと安定性)。クラウドソーシングの多くの案件(パソコンでの作業が前提)。

つまりスマートフォンは「消費」には十分だが、「生産」には不十分だ。情報を見る、読む、聞く——これらの消費活動はスマートフォンで完結する。だが情報を作る、書く、編集する——これらの生産活動は、パソコンのほうが圧倒的に効率的だ。

副業やスキルアップは「生産」だ。クラウドソーシングでライティングする、Webサイトを作る、Excelのスキルを上げる。これらはすべて「何かを作る」作業。作る作業にはパソコンが必要。パソコンがなければ、生産活動の入口に立てない。

スマートフォンしかない生活は、「消費者」としては成立するが、「生産者」にはなれない。生産者にならなければ、収入を増やす手段が限られる。限られた手段の中で生き延びるしかない。これがスマートフォンしか持っていない人間のリアルだ。

格安スマートフォンの限界

パソコンだけでなく、スマートフォン自体にも限界がある。特に格安スマートフォンを使っている場合。

私が使っているスマートフォンは3年前に購入した端末で、当時の価格は2万円弱。格安SIM(月額1078円)との組み合わせで、通信費は最小限に抑えている。だが端末のスペックが低い。アプリの起動が遅い。複数のアプリを同時に使うとフリーズする。カメラの画質が悪い。バッテリーの持ちが悪い。

最新のiPhoneは10万円以上。ハイスペックのAndroid端末も7万円以上。これらの端末なら、パソコンの代替としてある程度使える。だが2万円のスマートフォンでは、「スマートフォンでできること」の中でも限界がある。アプリが落ちる。画面が固まる。動画がカクカクする。

デジタル格差は「パソコンがあるかないか」だけでなく、「どのレベルのスマートフォンを持っているか」にも及ぶ。10万円のiPhoneと2万円のAndroidでは、できることの質が違う。デジタル格差の中に、さらに細かい格差がある。

デジタル弱者を支援する制度

デジタル弱者を支援するための制度や取り組みがある。知っておいて損はない。

支援1は「自治体のスマートフォン講座」。多くの自治体が、スマートフォンの使い方講座を無料で開催している。対象は高齢者が中心だが、40代50代でも参加できる場合がある。LINEの使い方、QRコード決済の始め方、マイナンバーカードの使い方などを教えてもらえる。

支援2は「デジタル活用支援推進事業」。総務省が推進する事業で、携帯電話ショップや公民館で、デジタル活用の講座が開催されている。マイナポータルの使い方、オンライン手続きの方法などが学べる。無料。

支援3は「中古パソコンの寄贈プログラム」。NPOや企業が、使わなくなったパソコンを回収・整備して、必要な人に安価または無料で提供するプログラム。「認定NPO法人イーパーツ」などが実施している。対象は非営利団体や教育機関が中心だが、個人向けの寄贈プログラムもある場合がある。

支援4は「生活福祉資金貸付制度」。社会福祉協議会の低利子・無利子の貸付制度。パソコン購入費を借りられるケースもある(就職活動に必要な場合など)。

これらの支援を知っているかどうかで、デジタル格差への対処が変わる。知っていれば使える。使えれば状況が改善する。改善すれば、デジタル弱者から「デジタル並者」くらいには上がれるかもしれない。

スマートフォンだけの生活が教えてくれたこと

パソコンなし、スマートフォンだけの生活を5年間続けて、わかったことがある。

わかったこと1は「不便に慣れる」ということ。最初は不便だった。だが5年も経つと、不便が「通常」になる。通常になると、不便を感じなくなる。感じなくなることは、良いことのように見えるが、実は危険だ。「不便に慣れる」ことで、「改善しよう」というモチベーションが失われる。不便な状態が固定化する。

わかったこと2は「情報の受け取り方が変わる」ということ。スマートフォンの小さな画面では、長文を読むのがつらい。つらいから、短い記事、動画、SNSの投稿ばかりを見るようになる。「深く考える」ための長文を読む機会が減る。減ると、思考が浅くなる。思考が浅くなると、判断力が鈍る。デバイスの制約が、思考の質に影響するとは、使い始める前には想像しなかった。

わかったこと3は「デジタルの恩恵を受けるにも初期投資が必要」ということ。パソコンがあれば副業ができる、確定申告が楽になる、オンライン面接が快適になる。だがパソコンを買う金がない。デジタルの恩恵は「持てる者」のもの。「持たざる者」は、恩恵の入口にすら立てない。

まとめ——「デジタル弱者」は恥ではない

パソコンを持っていないこと、スマートフォンの操作に不慣れなこと、新しいデジタルサービスについていけないこと。これらは恥ずかしいことではない。能力の問題ではなく、環境の問題だ。環境——経済力、時間、学習機会——が不足しているから、デジタルスキルが身につかない。

恥じるべきは、デジタル弱者を「自己責任」で片づける社会のほうだ。デジタル化を推進するなら、デジタルについていけない人への支援もセットで提供すべきだ。デバイスの提供、講座の開催、窓口の維持。これらがなければ、デジタル化は一部の人間だけのためのものになる。

スマートフォンしか持っていない。でも生きている。生きているなら、できる範囲でデジタルを使う。使えないものは使えないと認め、使えるものは最大限に使う。この「できる範囲で」が、デジタル弱者のサバイバル戦略だ。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。パソコンを持っていないことに引け目を感じている人は、きっと少なくないはずです。

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