バリューアクト・キャピタル徹底解剖――取締役会に座る「友好的アクティビスト」の流儀

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本稿は、日本市場で活動する主要アクティビスト各社を一社ずつ詳細に解説するシリーズの第4回です。今回は、敵対ではなく「協調」で企業を変革することで知られる米投資ファンド「バリューアクト・キャピタル(ValueAct Capital)」について、その成り立ち、運用構造、投資哲学、米国・日本における主要な投資案件、投資銘柄、そして投資方針を、公開情報をもとに包括的に整理します。なお本稿は特定の有価証券・金融商品の取得や売却を勧誘するものではなく、運用資産額・保有比率等は時点により変動します。投資判断はご自身の責任で行ってください。


  1. 0. エグゼクティブ・サマリー――30秒で分かるバリューアクト
  2. 1. 会社概要――基本データ
  3. 2. 創業者ジェフ・アッベンと、後継者たち
    1. 2-1. ジェフ・アッベン――伝説の投資家ピーター・リンチの弟子
    2. 2-2. メイソン・モーフィット――24歳で見出された後継者
    3. 2-3. ロブ・ヘイル――日本改革の立役者
  4. 3. ファンドの構造と運用哲学
    1. 3-1. 「ファンダメンタルズが割安な企業」への集中投資
    2. 3-2. 「グローバルチャンピオンへの変革を支援する」
    3. 3-3. 取締役会の議席――手法の核心
    4. 3-4. 「友好的」だが「弱腰」ではない
  5. 4. 米国の主要キャンペーン
    1. 4-1. マイクロソフト(2013年)――アクティビズム史に残る「事件」
    2. 4-2. アドビ・システムズ――クラウド転換の支援
    3. 4-3. 21世紀フォックス――メディア再編への関与
    4. 4-4. バリアント・ファーマシューティカルズ――手痛い「失敗」
    5. 4-5. その他の米国・欧州案件
  6. 5. 日本における主要キャンペーン
    1. 5-1. オリンパス(2017〜2018年〜)――日本戦略の「テストケース」にして最大の成功
    2. 5-2. JSR(2020年〜)――社外取締役派遣からJIC買収へ
    3. 5-3. 任天堂(2019〜2020年)――対話による良好な関係
    4. 5-4. セブン&アイ・ホールディングス(2020〜2023年)――手痛い「敗北」
    5. 5-5. リクルートホールディングス(2023年〜)――「資産は株価の2倍」
    6. 5-6. トップコン・マネーフォワード――多様化する関与
  7. 6. 投資銘柄一覧(整理)
    1. 日本企業
    2. 米国・欧州企業
  8. 7. 投資方針の総括――バリューアクトは何を狙っているのか
    1. 7-1. ターゲットの選定基準
    2. 7-2. 求めるものの本質
    3. 7-3. 「取締役会から変える」という方針
  9. 8. 評価とリスク――筆者の見立て
    1. 8-1. 強み
    2. 8-2. 弱みと批判
    3. 8-3. 投資家・企業はどう向き合うべきか
  10. 9. 参考資料

0. エグゼクティブ・サマリー――30秒で分かるバリューアクト

バリューアクト・キャピタルを一言で表すなら、「経営陣の信頼を勝ち取り、取締役会の内側から企業を変革する『友好的アクティビスト』の元祖」です。創業は2000年、創業者はジェフ・アッベン氏。運用資産は約100億ドル(おおむね1.5兆円)規模で、アクティビストのなかでも有数の大手です。

バリューアクトの手法は、カール・アイカーン氏やビル・アックマン氏のような派手で攻撃的なアクティビストとは対照的です。公開の場での非難合戦や委任状争奪戦をできるだけ避け、経営陣との信頼関係を築いたうえで、自社のパートナーや信頼する独立取締役を取締役会に送り込み、内側から地道に経営改革を進めます。創業以来、同社のチームは50を超える上場企業の取締役会の議席を経験してきました。マイクロソフト(バルマー退任からナデラ体制への移行期)、アドビ、ロールス・ロイス、21世紀フォックス、モトローラ・ソリューションズといった名だたる企業の変革に関与してきた実績は、その手法の有効性を物語っています。

日本でも、バリューアクトは粉飾決算事件で経営危機にあったオリンパスを社外取締役として支え、営業利益率を3%台から20%超へと劇的に改善させる「成功モデル」を築きました。JSR、任天堂、リクルート、トップコン、マネーフォワードと、関与の対象と手法を多様化させています。一方、セブン&アイ・ホールディングスでは委任状争奪戦に発展し敗北を喫するなど、「協調型」であっても常に勝てるわけではないという現実も経験しました。本稿では、この独特なアクティビストの実像を多面的に描き出していきます。


1. 会社概要――基本データ

まず、バリューアクトの基本的なプロフィールを整理します。

  • 正式名称:バリューアクト・キャピタル・マネジメント(ValueAct Capital Management, L.P.)。
  • 形態:非公開(プライベート)の投資会社(ヘッジファンド)。
  • 設立:2000年6月(米国カリフォルニア州サンフランシスコ)。
  • 創業者:ジェフリー・W・アッベン(Jeffrey W. Ubben)。2020年に退任。
  • 現CEO:メイソン・モーフィット(Mason Morfit)。2020年にアッベンの後任としてCEOに就任。2024年からはロブ・ヘイル(Rob Hale/デイビッド・ロバート・ヘイル)が共同CEOに昇格。
  • 本社:米国カリフォルニア州サンフランシスコ(レターマン・デジタル・アーツ・センター。映画監督ジョージ・ルーカスゆかりのプレシディオ地区にあります)。
  • 運用資産(AUM):約100億ドル(2024年)。2015年半ばには約190億ドルのピークに達しましたが、後述するバリアント・ファーマシューティカルズでの損失などにより一時14億ドル規模まで減少し、その後も変動しています。2021年3月時点では約130億ドルでした。
  • 主要ファンド:バリューアクト・キャピタル・マスター・ファンド(ValueAct Capital Master Fund LP)、バリューアクト・キャピタル・パートナーズ(ValueAct Capital Partners LP)など。
  • 運用成績:創業の2000年から2015年までの平均年間ネットリターンは約15〜17%とされ、同期間の主要指数(年率5%未満)を大きく上回ってきました。
  • 特徴:少数の銘柄に集中投資し、ポートフォリオの回転率が極めて低い(=長期保有)。

ここで注目すべきは、運用資産がアクティビストとして有数の規模でありながら、投資先を10〜18社程度に絞り込む「集中投資」のスタイルです。一社一社に深く関与し、取締役会の議席を得て長期的に経営改革を進めるという同社の手法は、この集中投資なくしては成り立ちません。


2. 創業者ジェフ・アッベンと、後継者たち

バリューアクトを理解するには、創業者ジェフ・アッベン氏と、彼が育てた後継者たちの存在が欠かせません。

2-1. ジェフ・アッベン――伝説の投資家ピーター・リンチの弟子

ジェフリー・W・アッベン氏は1961年生まれ。米名門デューク大学を卒業後、1987年にノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院で経営学修士号(MBA)を取得しました。卒業後は大手資産運用会社フィデリティ・インベストメンツに入社し、ここで彼の投資哲学を決定づける出会いがありました。「マゼラン・ファンド」を率いた伝説的な投資家ピーター・リンチ氏に師事したのです。

アッベン氏はリンチ氏から、「業界構造を徹底的に調べて優位性を見いだす」という分析手法と、「投資先への電話取材などを通じて粘り強く対話する」という姿勢を学びました。この「徹底した調査」と「経営陣との粘り強い対話」こそが、後のバリューアクトの「協調型アクティビズム」の原点となります。1990年にリンチ氏が引退した後、アッベン氏はバリュー投資で知られるブラム・キャピタル(Blum Capital)のマネージング・パートナーを1995年から2000年まで務め、バリュー投資の腕を磨きました。

そして2000年、アッベン氏は数億ドルの運用資産と2人のパートナーとともに、サンフランシスコでバリューアクト・キャピタルを設立しました。創業まもない2000年、時価総額1億ドル規模の小さな企業に対する最初のアクティビスト案件で、彼らは公開の計画を一切示すことなく取締役会の議席を獲得しました。これが、バリューアクト流の「静かなアクティビズム」の幕開けでした。

アッベン氏は2020年6月にバリューアクトを退任し、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資に特化した新ファンド「インクルーシブ・キャピタル・パートナーズ(Inclusive Capital Partners)」を共同設立しました。「ファイナンスを卒業した投資家」として、社会課題の解決と投資リターンの両立を目指す道へと進んだのです。

2-2. メイソン・モーフィット――24歳で見出された後継者

アッベン氏からCEOの座を引き継いだのが、メイソン・モーフィット氏です。彼は米国の外交官の息子としてインドやインドネシアで育ち、中学生のときに家族でワシントンに移住。名門プリンストン大学を卒業しました。アッベン氏との出会いは、彼がスイスの投資銀行クレディ・スイスでリサーチ・アナリストとして働いていたときでした。

モーフィット氏がバリューアクトに加わったのは2000年、創業まもない頃で、当時まだ24歳でした。最初の数か月は無給で働きながら、アッベン氏の投資スタイルに没頭していったといいます。MBAを持たないことを意に介さず、実力でのし上がった彼は、2007年には経営委員会に加わり、アッベン氏の正式な後継者に指名されました。2013年に社長、2017年に最高投資責任者(CIO)兼ポートフォリオ・マネージャー、そして2020年にCEOに就任。創業者から後継者への「綺麗な世代交代」は、創業者個人への依存が強いヘッジファンド業界では珍しい成功例とされています。

2-3. ロブ・ヘイル――日本改革の立役者

そして、バリューアクトの日本での成功を語るうえで欠かせないのが、ロブ・ヘイル(デイビッド・ロバート・ヘイル)氏です。彼は世界的な経営戦略コンサルティング会社パルテノン・グループ(現EYパルテノン)の子会社を経て、2011年からバリューアクトで働いてきました。後述するオリンパスやJSRで自ら社外取締役を務め、日本企業の改革を内側から主導した立役者です。2024年にはモーフィット氏と並んで共同CEOに昇格しました。コンサルティング出身のヘイル氏の存在は、バリューアクトが単なる「物言う株主」ではなく、実際に経営改革を実行できる「経営のプロ集団」であることを象徴しています。


3. ファンドの構造と運用哲学

3-1. 「ファンダメンタルズが割安な企業」への集中投資

バリューアクトの投資戦略は明快です。同社は、ファンダメンタルズ(企業の基礎的条件)の観点から本質的に割安だと判断した、限られた数の企業に対して、相当な規模の持株(発行済株式の5〜10%程度)を取得します。投資チームが探すのは、「市場で不人気になっている企業」や「大きな転換期にある企業」です。

こうした企業は、業界環境への不安、業績の悪化、経営陣の交代、規制の変更といったさまざまな理由で、一時的に「ミスプライス(誤った価格付け)」されていることがあります。バリューアクトは、その誤った価格付けの背後にある「磨けば光る本質的価値」を見抜き、長期保有を前提に投資するのです。特定の業界に特化せず、ソフトウェアから化学、金融、メディアまで幅広い業種に投資するのも特徴です。

3-2. 「グローバルチャンピオンへの変革を支援する」

バリューアクトは、自らの目標を「投資先企業がポテンシャルを最大限に発揮し、グローバルチャンピオン企業へと変革する過程をサポートすること」と位置づけています。これは、単に株価を上げて売り抜けるのではなく、企業そのものを世界的な優良企業へと育て上げる、という長期志向の哲学です。だからこそ、ポートフォリオの回転率は極めて低く、一社一社と数年単位で付き合います。

3-3. 取締役会の議席――手法の核心

バリューアクトの手法の核心は、「取締役会の議席を獲得する」ことにあります。アッベン氏が創業以来手掛けた82件のアクティビスト案件のうち、約半数で取締役の議席を獲得したという分析があります。同社のチームはこれまでに合計50を超える(一説には55以上)上場企業の取締役会の席を経験してきました。

なぜ取締役会の議席にこだわるのか。それは、外から圧力をかけるだけでは経営は本質的には変わらない、という信念があるからです。取締役会の内側に入り、経営陣と同じ情報を共有し、戦略の議論に直接参加することで初めて、企業の根本的な変革を促せる――これがバリューアクトの考え方です。アッベン氏自身、バリアントや21世紀フォックス、AESコーポレーションなどの取締役を歴任し、モーフィット氏はマイクロソフトの取締役を、ヘイル氏はオリンパスやJSRの社外取締役を務めました。

3-4. 「友好的」だが「弱腰」ではない

バリューアクトは「友好的アクティビスト(フレンドリー・アクティビスト)」の代表格とされますが、ここで重要なのは、「友好的=弱腰」ではないという点です。彼らは「非公式の場で常に経営陣との関係構築に努める一方、その方法が効果的でない場合は株主としての権利を行使することを厭わない」という姿勢を明確にしています。後述するセブン&アイの事例では、対話が決裂すると、社長を含む取締役5名の再任に反対し、独自に4名の取締役候補を送り込む委任状争奪戦に踏み切りました。普段は物静かでも、いざとなれば牙を剝く――この緩急こそが、バリューアクトの本質です。


4. 米国の主要キャンペーン

バリューアクトは、米国で数々の著名企業の変革に関与してきました。ここでは代表的な案件を見ていきます。

4-1. マイクロソフト(2013年)――アクティビズム史に残る「事件」

バリューアクトの名を決定的にしたのが、ソフトウェアの巨人マイクロソフトへの関与です。2013年5月、バリューアクトはマイクロソフト株を約20億ドル分(発行済株式の1%未満)取得したことを明らかにしました。

驚くべきは、わずか1%にも満たない持株比率で、巨大企業マイクロソフトを動かしたことです。この発表の直後、当時のCEOスティーブ・バルマー氏が退任を表明します。バルマー氏退任とバリューアクトの圧力との因果関係について、バルマー氏もマイクロソフトも公式には否定していますが、市場では「バリューアクトの圧力が一因」と広く受け止められました。その後マイクロソフトはバリューアクトと情報共有・協働の協定を結び、取締役会への参加オプションを与えました。2014年初め、モーフィット氏がマイクロソフトの取締役に就任し、2017年末まで務めます。この間、新CEOサティア・ナデラ氏のもとでマイクロソフトはクラウド企業へと劇的な変貌を遂げ、株価も飛躍的に上昇しました。「わずか1%の株式で巨大テック企業の変革に立ち会った」この事例は、バリューアクト流アクティビズムの威力を世界に示しました。

4-2. アドビ・システムズ――クラウド転換の支援

バリューアクトは、ソフトウェア大手アドビにも投資しました。彼らは、デジタルソフトウェアへの移行、モバイルアプリ、そしてクラウドベースのサブスクリプション(定額課金)といった当時の潮流を、アドビにとっての「価値創造の原動力」になると見抜きました。アドビが従来のパッケージ販売からクラウド・サブスクリプション・モデル(Creative Cloud)へと転換する流れを後押しし、これは見事に成功しました。「業界の構造変化を先読みし、その波に乗る企業を支援する」というバリューアクトの分析力が光った事例です。

4-3. 21世紀フォックス――メディア再編への関与

2014年8月、バリューアクトはメディア大手21世紀フォックス(21st Century Fox)に10億ドルの出資を行い、2015年9月にはアッベン氏が取締役に指名されました。マードック家が支配するメディア帝国の内部に入り込み、後のディズニーへの資産売却など、メディア業界の大再編の局面に関与しました。

4-4. バリアント・ファーマシューティカルズ――手痛い「失敗」

バリューアクトの歴史を語るうえで避けて通れないのが、バリアント・ファーマシューティカルズ(Valeant Pharmaceuticals)での手痛い失敗です。アッベン氏は2014年9月にバリアントの取締役に就任しましたが、同社はその後、医薬品の不当な価格つり上げや、特定の薬局を通じた不透明な取引慣行が発覚し、株価が暴落しました。バリューアクトはこの一件で巨額の損失を被り、運用資産が大きく減少する一因となりました。「協調型」で取締役会に深く関与していたがゆえに、投資先の不祥事の打撃をまともに受けたこの事例は、バリューアクトの手法が抱えるリスクを浮き彫りにしました。

4-5. その他の米国・欧州案件

このほかバリューアクトは、英航空エンジン大手ロールス・ロイス(2020年8月に保有株を全売却)、無線通信機器のモトローラ・ソリューションズ、不動産サービスのCBREグループ、メディア・出版のマーサ・スチュワート・リビング・オムニメディア(創業者の問題を抱えた同社の再建を支援)、農業のアグリウム、油田サービスのハリバートン、金融のアメリカン・エキスプレスやシティグループ、音楽配信のスポティファイ、ソフトウェアのセールスフォースやインサイト・エンタープライゼズ、記憶装置のシーゲイト・テクノロジーなど、極めて幅広い業種・地域の企業に関与してきました。これらの多くで取締役の議席を獲得し、内側から経営改革を進めてきたのです。


5. 日本における主要キャンペーン

バリューアクトは2017年から2018年頃にかけて日本企業への投資を本格化させ、いまや日本市場で最も注目される「協調型アクティビスト」となりました。ここでは主要な案件を見ていきます。

5-1. オリンパス(2017〜2018年〜)――日本戦略の「テストケース」にして最大の成功

バリューアクトの日本における最初の、そして最大の成功事例がオリンパスです。モーフィット氏はオリンパスへの投資を、日本戦略の「テストケース(試金石)」と位置づけていました。

バリューアクトが投資を始めた2017年から2018年当時、オリンパスは2011年に発覚した粉飾決算事件(巨額の損失隠し)の後遺症から、深刻な経営危機にありました。バリューアクトは2018年5月にオリンパス株を5%以上取得したとして大量保有報告書を提出し、取締役を送り込む株主提案を行いました。

当初、オリンパス社内にはこの提案に否定的な声もありました。しかし、オリンパス側がバリューアクトの北米の投資先(モトローラなど)に対して評判の調査を行ったところ、好意的な反応が多かったこともあり、最終的にオリンパスはバリューアクトの提案を受け入れました。2018年秋、バリューアクトのロブ・ヘイル氏が取締役に就任します。これは、投資運用会社の関係者が日経225採用企業の取締役を務めた初めてのケースとされ、画期的な出来事でした。

その後のオリンパスの変貌は劇的でした。長年の主力であったカメラ事業(映像事業)を売却し、内視鏡などの医療機器(メドテック)分野に経営資源を集中。2023年3月期には売上・利益ともに過去最高を記録し、営業利益率は3%台から20%を超える水準へと跳ね上がりました。株価は約4年半でおよそ4倍になりました。バリューアクトは「グローバルチャンピオンのメドテックカンパニーになるという同社の目標達成に、いくつかのサポートを提供できた」と総括しています。「友好的に取締役会に入り、選択と集中を支援して企業価値を劇的に高める」――バリューアクト流アクティビズムの理想形が、ここに実現したのです。

5-2. JSR(2020年〜)――社外取締役派遣からJIC買収へ

2020年3月、バリューアクトは半導体材料大手のJSRの株式を6.2%保有していることを発表しました(後に9%以上に拡大)。2021年1月には、オリンパスで実績を上げたロブ・ヘイル氏をJSRの社外取締役に選任します。オリンパス再建に貢献したヘイル氏が社外取締役に就いたことで、企業価値向上への期待から買いが入り、JSR株は2021年1月27日に3,545円と当時の高値を更新しました。

そして2023年6月、JSRは政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)から、1株4,350円でのTOB(株式公開買付け)による非公開化の提案を受けます。バリューアクトはこれに賛同しました。投資収益は2倍以上になったと試算されています。半導体材料という日本の戦略産業の再編に、バリューアクトが深く関与した事例です。

5-3. 任天堂(2019〜2020年)――対話による良好な関係

バリューアクトは2019年4月から任天堂株を買い始め、コロナショックで株価が急落した2020年3月に保有を増やしました。2020年4月には11億ドル(約1,200億円)相当の任天堂株を保有していることを明らかにしました。

注目すべきは、バリューアクトが任天堂に対して取締役を派遣する要求を出さなかったことです。代わりに、任天堂の経営陣と複数回にわたって面談を重ね、良好な関係を築きました。任天堂の古川俊太郎社長(CEO)は「バリューアクトが示したビジョンを信頼している」と述べており、両者の関係は極めて友好的でした。優良企業に対しては、過度な要求をせず対話に徹するという、バリューアクトの柔軟な姿勢を示す事例です。

5-4. セブン&アイ・ホールディングス(2020〜2023年)――手痛い「敗北」

一方、バリューアクトが手痛い敗北を喫したのが、セブン&アイ・ホールディングスです。バリューアクトは2020年から主要株主となり、複雑なコングロマリット構造を批判。2022年1月には、コンビニ事業を中核とした「グローバルチャンピオン」を創出すべきだとして、部門の売却や分社化を含む「戦略的選択肢」の検討を求める書簡を送り、4.4%の株式保有を明らかにしました。バリューアクトは「公に関与することはめったにないが、戦略的焦点が無く、効果の無い経営体制があるため公開に至った」と説明しました。

しかし、井阪隆一社長を中心とするセブン&アイ経営陣は、「イトーヨーカ堂の食品開発力がコンビニのヒット商品を生み出すシナジー(相乗効果)がある」として、コンビニ事業の分離案を拒否しました。対話は決裂し、バリューアクトは「建設的」アプローチを断念。2023年5月の定時株主総会において、井阪社長を含む取締役5名の再任に反対し、独自に4名の取締役候補を送り込むという、実力行使(委任状争奪戦)に打って出ました。

バリューアクトは、有力な議決権行使助言会社であるISS(インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ)から「井阪社長らの選任に反対すべき」という強力な支持を取り付けました。しかし、株主総会の採決では、井阪社長の再任が賛成多数で可決され、バリューアクト側の株主提案はすべて否決されました。バリューアクトの日本投資責任者は「目標達成まで保有する」と語りましたが、この敗北は「協調型」のバリューアクトであっても、経営陣の強い抵抗と他の株主・安定株主の支持の前には敗れることがあるという現実を示しました。なお、その後セブン&アイはカナダのアリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けるなど、構造改革を巡る攻防は続いています。

5-5. リクルートホールディングス(2023年〜)――「資産は株価の2倍」

2023年11月16日、バリューアクトはリクルートホールディングスの株式1,800万株超(発行済株式数の1%強)を取得したと発表しました。バリューアクトは、求人検索サービス「インディード(Indeed)」などを傘下に擁するリクルートの資産は「既に現在の株価の2倍の価値がある」と主張しました。この発表を受けて、調整局面にあったリクルートの株価は上昇に弾みをつけ、当時の年初来高値を更新しました。マイクロソフトやオリンパスと同様、「優良なグローバル企業の隠れた価値を顕在化させる」というバリューアクトの狙いがうかがえる案件です。

5-6. トップコン・マネーフォワード――多様化する関与

近年のバリューアクトは、関与の手法を一段と多様化させています。測量機器・医療機器のトップコンに対しては、M&Aや非上場化を「支援」する側面で関与しました。また、家計簿アプリなどで知られる成長企業マネーフォワードとは、敵対ではなく「資本業務提携」を結びました。成熟した割安企業の再建だけでなく、成長企業のパートナーとなる――バリューアクトの関与スタイルは、対象企業の性格に応じて柔軟に進化を続けています。


6. 投資銘柄一覧(整理)

バリューアクトがこれまでに関与・投資してきた主な銘柄を整理します。なお、これは「これまでに関与が報じられた主な銘柄」であり、現時点の保有を示すものではありません。保有比率は時点により変動します。

日本企業

  • オリンパス(2018年〜、社外取締役を派遣、カメラ事業売却・医療集中を支援、営業利益率3%台→20%超)
  • JSR(2020年〜、社外取締役を派遣、2023年JICによる非公開化TOBに賛同、収益2倍以上)
  • 任天堂(2019〜2020年、約1,200億円、取締役要求はせず対話で良好な関係)
  • セブン&アイ・ホールディングス(2020〜2023年、コンビニ集中を要求、委任状争奪戦で敗北)
  • リクルートホールディングス(2023年〜、「資産は株価の2倍」と主張)
  • トップコン(M&A・非上場化を支援)
  • マネーフォワード(資本業務提携)

米国・欧州企業

  • マイクロソフト(2013年、約20億ドル、モーフィットが取締役就任、ナデラ体制移行に立ち会う)
  • アドビ・システムズ(クラウド・サブスクリプション転換を支援)
  • 21世紀フォックス(2014年、10億ドル、アッベンが取締役就任)
  • バリアント・ファーマシューティカルズ(2014年取締役就任、後に株価暴落で巨額損失)
  • ロールス・ロイス(2020年8月に全売却)
  • モトローラ・ソリューションズ、CBREグループ、マーサ・スチュワート・リビング・オムニメディア
  • アグリウム、ハリバートン、アメリカン・エキスプレス、シティグループ
  • スポティファイ、セールスフォース、インサイト・エンタープライゼズ、シーゲイト・テクノロジー、AESコーポレーション ほか

7. 投資方針の総括――バリューアクトは何を狙っているのか

7-1. ターゲットの選定基準

バリューアクトが狙う企業には、明確な共通点があります。第一に、「ファンダメンタルズが本質的に割安」であること。一時的なミスプライスの背後に、磨けば光る本質的価値があることです。第二に、「転換期にある」こと。業績悪化、経営交代、規制変更、不祥事などで市場の評価が一時的に下がっている企業です。オリンパス(粉飾決算後)、マイクロソフト(バルマー末期の停滞)はその典型です。第三に、「対話によって変革が可能」であること。経営陣が外部の知見を受け入れる余地があり、取締役会に入って内側から改革できる企業を好みます。

7-2. 求めるものの本質

バリューアクトが企業に求めるものは、突き詰めれば「選択と集中による、グローバルチャンピオンへの変革」です。オリンパスのカメラ事業売却・医療集中、セブン&アイのコンビニ集中の要求がその典型です。非中核事業を切り離し、最も競争力のある事業に経営資源を集中させることで、企業の本来の力を解放する――これがバリューアクトの一貫した狙いです。短期的な増配や自社株買いを求める他のアクティビストとは異なり、事業ポートフォリオそのものの再構築という、より本質的で長期的な変革を志向します。

7-3. 「取締役会から変える」という方針

バリューアクトの投資方針を最も特徴づけるのは、「取締役会の内側から変える」という一貫した手法です。外から圧力をかけるだけでは経営は本質的には変わらない――この信念のもと、彼らは経営陣の信頼を勝ち取り、自社のパートナー(モーフィット、ヘイルら)や信頼する独立取締役を取締役会に送り込みます。コンサルティング出身のヘイル氏に象徴されるように、彼らは「批判する評論家」ではなく「改革を実行する経営のプロ」として企業に関与するのです。


8. 評価とリスク――筆者の見立て

8-1. 強み

バリューアクトの最大の強みは、「経営陣の信頼を得る能力」と「改革を実行する経営の知見」、そして「長期保有の忍耐」です。敵対的な手法をできるだけ避け、建設的な対話を通じて取締役会に入り込む手法は、敵対型アクティビズムへのアレルギーが強い日本企業にとって、最も受け入れやすいものです。オリンパスの劇的な再建は、この手法が「企業と投資家の双方にとってのウィン・ウィン」を実現しうることを証明しました。コンサルティングや事業会社の知見を持つチームが、実際に取締役会で経営改革を主導できる点も、他のアクティビストにはない強みです。

8-2. 弱みと批判

一方で、バリューアクトにも弱点はあります。第一に、「協調型ゆえのリスク」です。バリアントの事例が示すように、取締役会に深く関与しているがゆえに、投資先の不祥事の打撃をまともに受けることがあります。第二に、「協調型でも勝てるとは限らない」ことです。セブン&アイの委任状争奪戦での敗北は、経営陣が強く抵抗し、安定株主が経営陣を支持すれば、ISSの支持を得てもなお敗れることを示しました。第三に、その手法は時間がかかります。短期的なリターンを求める投資家には、数年単位で取締役会に関与し続けるバリューアクトのスタイルは「遅い」と映るかもしれません。

8-3. 投資家・企業はどう向き合うべきか

筆者の見立てでは、バリューアクトは「日本企業にとって最も『組みやすい』アクティビスト」です。エリオットやオアシスのような外圧型が「脅威」だとすれば、バリューアクトは状況によっては頼れる「パートナー」になりえます。オリンパスのように、経営危機にある企業が外部の経営知見を取り入れて再生する――そのための触媒として、バリューアクトの手法は大きな価値を持ちます。ただし、セブン&アイのように経営方針を巡って根本的に対立すれば、友好的なバリューアクトであっても委任状争奪戦という実力行使に出ることを忘れてはなりません。

個人投資家にとっては、バリューアクトが取締役を送り込んだ銘柄(オリンパス、JSRなど)は、内側からの本格的な経営改革による中長期的な企業価値向上が期待できます。彼らの「選択と集中」「グローバルチャンピオンへの変革」という視点は、優良企業の隠れた潜在力を見極めるうえで、大いに参考になるでしょう。リクルートで「資産は株価の2倍」と指摘したように、彼らのバリュエーション分析は、割安な優良株を発掘するヒントを与えてくれます。


9. 参考資料

本稿は、以下の公開情報・報道・公式資料をもとに構成しています(主なもの。数値・保有比率等は執筆時点で確認できた範囲のものであり、時点により変動します)。

公式・一次情報

  • ValueAct Capital 公式サイト、バリューアクトによるセブン&アイ・ホールディングス取締役会宛て公開書簡
  • 各社の適時開示・大量保有報告書(オリンパス、JSR、任天堂、リクルート等)

新聞・通信社・経済誌

  • 日本経済新聞(バリューアクトのセブン&アイへの分社化要求ほか)
  • Institutional Investor(モーフィットへの世代交代、オリンパスを「テストケース」とする日本戦略ほか)
  • Financial Times、Wall Street Journal(マイクロソフトの取締役獲得ほか)

専門メディア・その他

  • 株探ニュース/みんかぶ「デリバティブを奏でる男たち」(アッベン・モーフィット・ヘイルの経歴、リクルート投資ほか)
  • マネックス証券「アクティビストタイムズ」(JSR・任天堂への投資ほか)
  • Insider Monkey、Dataroma(13F・AUM・保有銘柄データ)
  • GuruFocus、The Activist Investor、Institutional Investor等によるアッベンの投資手法分析
  • Investopedia(アドビ案件の分析)

百科事典等(一次情報の確認は上記公式・報道で実施)

  • Wikipedia「ValueAct Capital」「Jeffrey W. Ubben」「バリューアクト・キャピタル」

 

本稿は情報提供を目的としたものであり、特定の有価証券・金融商品の取得・売却を勧誘するものではありません。投資判断はご自身の責任において行ってください。記載内容には執筆時点で確認できた情報を用いていますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。

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