本稿は、日本市場で活動する主要アクティビスト各社を一社ずつ詳細に解説するシリーズの第9回です。今回は、経営難に陥った企業や国家の債券への投資(ディストレスト投資)を出発点とし、日本では公共性の高いJR九州に株主提案を行ったことで知られる米ヘッジファンド「ファーツリー・パートナーズ(Fir Tree Partners)」について、成り立ち、運用構造、投資哲学、グローバル・日本における主要な投資案件、投資銘柄、そして投資方針を、公開情報をもとに包括的に整理します。なお本稿は特定の有価証券・金融商品の取得や売却を勧誘するものではなく、運用資産額・保有比率等は時点により変動します。投資判断はご自身の責任で行ってください。
0. エグゼクティブ・サマリー――30秒で分かるファーツリー
ファーツリー・パートナーズを一言で表すなら、「破綻企業や危機にある国家の債券を主戦場とする、ディストレスト投資の老舗マルチストラテジー・ファンド」です。設立は1994年、創業者は近代プライベート・エクイティ(PE)の父とされるジェローム・コールバーグ氏のもとで腕を磨いたジェフリー・タネンバウム氏。本拠地は米ニューヨークで、運用資産はピークの2015年には約130億ドルに達しました(その後、人材流出や投資の不振で半減したとされます)。
ファーツリーの本質は、株式アクティビストというより、「ディストレスト債(経営難企業の不良債権)」「ソブリン債・地方債(危機にある政府の債券)」「イベント・ドリブン(企業の破綻・再編などの事象を捉える投資)」を得意とするマルチストラテジー・ファンドです。プエルトリコの債務危機、デトロイト市やアラバマ州ジェファーソン郡の財政破綻といった、米国の名だたる「破綻処理」の現場に、債権者として深く関与してきました。
日本においても、ファーツリーは東芝のアクティビスト連合に参加するなど活動してきましたが、その名を最も広めたのが、2016年に上場したばかりのJR九州(九州旅客鉄道)への株主提案です。2020年6月、ファーツリーは自らの株主提案の内容を説明する「ウェブキャスト(ライブ配信)」を行い、これは「アクティビストの活動が新しい次元に入った」と評されました。公共性の高い鉄道インフラ企業に対するアクティビズムという、難しい論点を投げかけたこの案件を中心に、本稿ではファーツリーの実像を多面的に描き出していきます。
1. 会社概要――基本データ
まず、ファーツリーの基本的なプロフィールを整理します。
- 正式名称:ファーツリー・パートナーズ(Fir Tree Partners)。運用主体はファーツリー・キャピタル・マネジメント(Fir Tree Capital Management LP)。
- 形態:非公開(プライベート)のグローバル投資会社。ヘッジファンドとプライベート・エクイティの双方を手掛けるマルチストラテジー型。
- 設立:1994年(米国ニューヨーク)。
- 創業者・社長:ジェフリー・タネンバウム(Jeffrey Tannenbaum)。現在は会長職を退き、名誉会長(chairman emeritus)。
- 本社:米国ニューヨーク。
- 運用資産(AUM):ピークの2015年に約130億ドル。その後、人材流出や投資の不振などで運用資産は半分以下に減少したとされます。一時期は約80億ドルとも報じられました。
- ファンド構造:18本前後の私募ファンドを運用。一部はケイマン諸島の法律に基づいて組成。
- 投資家層:大学基金、財団、公的・私的年金基金、投資家など。
- 主要戦略:ディストレスト債、イベント・ドリブン、特別な状況(スペシャル・シチュエーション)、ソブリン債・地方債、新興国、そして欧州・アジアでの「エンゲージメント(株主としての関与)」。
ファーツリーの特徴は、その収益源が「破綻企業や危機にある政府の債券」にあることです。クランチベースやSECの記録によれば、ファーツリーの富は「破綻した企業」と「危機にある政府の債務」への投資から生まれています。2011年にはブルームバーグの「最も収益を上げたヘッジファンド100」にランクインするなど、かつては世界有数の存在感を誇りました。インスティテューショナル・インベスター誌の「トップ100」にも常連として名を連ねていました。
2. 創業者ジェフリー・タネンバウム――PEの父に学んだ「価値投資家」
ファーツリーを理解するには、創業者ジェフリー・タネンバウム氏という人物を知る必要があります。
2-1. ジェローム・コールバーグの「唯一のアナリスト」として
ジェフリー・タネンバウム氏の経歴は際立っています。彼はニューヨーク大学(NYU)で法務博士・経営学修士(JD-MBA)の学位を取得し、テュレーン大学を最優等(summa cum laude)かつファイ・ベータ・カッパ(成績優秀者の栄誉協会)で卒業しました。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)でも学び、香港中文大学で大学院研究も行うなど、国際的な教養を身につけた人物です。
彼のキャリアの出発点は、PE業界の名門コールバーグ・アンド・カンパニー(Kohlberg & Co.)でした。そこでタネンバウム氏は、ジェローム・コールバーグ氏の「唯一のアナリスト(sole analyst)」として働きました。ジェローム・コールバーグ氏とは、KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)の創業者の一人であり、「近代プライベート・エクイティ業界の父」とされる伝説的な投資家です。タネンバウム氏は、このPEの巨人のもとで、企業価値を見抜き、再建する手法を直接学んだのです。
2-2. 1994年、ファーツリーの設立
そして1994年、タネンバウム氏はファーツリー・パートナーズを設立しました。ファーツリーは、PEとヘッジファンドの双方の投資手法を追求する「グローバル投資ビジネス」のパイオニアとなり、世界最大級の投資会社の一つへと成長しました。コールバーグ仕込みの「企業の本質的価値を見抜く目」と、ディストレスト投資(割安に放置された不良債権や破綻企業への投資)を組み合わせたのが、ファーツリーの強みでした。タネンバウム氏はケンブリッジ大学で講師も務め、同大学初の「バリュー投資(価値投資)」の講座を開設するなど、教育者としての顔も持ちます。
2-3. 「サステナブル資本主義」への転身
興味深いことに、タネンバウム氏は2000年代初頭から徐々に運用の責任を後進に引き継ぎ、2000年代半ばには日々のポートフォリオ運用から退きました。その後の彼の関心は、「サステナブル(持続可能)な資本主義」へと向かいます。
彼は、米国最大級の民間太陽光発電事業者「sPower」を創業・育成し、ミッション・ドリブン(社会的使命を重視する)な事業に投資する持株会社「タイタン・グローブ(Titan Grove)」を設立しました。さらに「ファーツリー・フィランソロピーズ(FTP)」を通じて、米国のエネルギー自立や国内雇用創出、持続可能な資本主義の促進に取り組んでいます。FTPは、米国初の超党派の「海外石油依存脱却シンポジウム」を主催し、オバマ政権のエネルギー閣僚を招くなど、政策面でも影響力を発揮してきました。ディストレスト投資で財を成した投資家が、後半生をクリーンエネルギーと社会貢献に捧げる――タネンバウム氏は、そんな異色の経歴を持つ人物なのです。
3. ファンドの構造と投資哲学
3-1. ディストレスト投資という原点
ファーツリーの投資哲学の核心は、「ディストレスト投資」にあります。これは、経営難に陥った企業の債券(ディストレスト債)や、財政危機にある政府の債券(ソブリン債・地方債)を、額面より大幅に安い価格で買い集め、再建や法的整理、再交渉の過程で価値を回収するという手法です。
エリオット・マネジメントのアルゼンチン債投資と同様、この手法は「危機にある者から法的権利を盾に利益を得る」として「ハゲタカ」批判を受けることもあります。しかし、ファーツリーの視点では、これは「市場が過度に悲観して投げ売りした資産を、緻密な分析に基づいて適正価値で買い取る」というバリュー投資の一形態です。コールバーグ仕込みの「本質的価値を見抜く目」が、ここで生きるのです。
3-2. イベント・ドリブンと「逆張り」
ファーツリーのもう一つの柱が、「イベント・ドリブン」投資です。これは、企業の破綻、M&A、事業再編、経営交代といった「イベント(事象)」を捉えて利益を狙う戦略です。後にファーツリーで要職を務めたアーロン・スターン氏(後述)は、「逆張り(コントラリアン)のアイデア選択」を得意とし、ソブリン債・地方債、新興国、そして欧州・アジアでのエンゲージメント(株主関与)といった新領域に、この手法を持ち込みました。市場のコンセンサスとは逆の判断を下し、他者が見過ごす価値を見出す――これがファーツリーのスタイルです。
3-3. マルチストラテジーとしての性格
ファーツリーは、株式・債券を問わず、あらゆる資本構成(キャピタル・ストラクチャー)に投資するマルチストラテジー・ファンドです。日本では「JR九州に株主提案したアクティビスト」として知られますが、それは同社の活動のごく一部にすぎません。本質は、ディストレスト債、ソブリン債、イベント・ドリブン、特別な状況など、多様な戦略を機動的に組み合わせる総合投資会社なのです。日本の上場株で大量保有報告書の保有比率が5%を超えたのは、後述するJR九州が初めてでした。それだけ、ファーツリーにとって株式アクティビズムは「数ある戦略の一つ」にすぎなかったのです。
4. グローバルでの実績――破綻処理の現場で
ファーツリーの真骨頂は、米国を中心とした「破綻処理」「債務再編」の現場にあります。ここでは代表的な案件を見ていきます。
4-1. プエルトリコ債務危機――「アドホック・グループ」の主役
ファーツリーの名を世界に知らしめたのが、米自治領プエルトリコの債務危機への関与です。プエルトリコは2010年代、巨額の債務を抱えて財政破綻の危機に陥りました。この局面で、ファーツリーは「プエルトリコ・アドホック・グループ」と呼ばれる債権者集団の中心的存在となりました。このグループには、モナーク、ペリー・キャピタル、ブリゲード、センターブリッジ、デビッドソン・ケンプナー、ストーン・ライオンといった名だたるヘッジファンドが名を連ねていました。
ファーツリーは、プエルトリコ政府開発銀行(GDB)の債務再編において主導的な役割を果たしました。後にファーツリーのパートナー兼マネージング・ディレクターを務めたアーロン・スターン氏は、「プエルトリコ政府開発銀行の革新的な再編」を主導したと、自身の経歴で語っています。財政危機にある政府の債務をどう再編するか――この極めて専門的で政治的にも難しい交渉を、ファーツリーは得意としてきたのです。
4-2. デトロイト市・ジェファーソン郡の財政破綻
ファーツリーは、米国の地方自治体の財政破綻処理にも関与してきました。2013年に財政破綻した自動車の街デトロイト市、そしてアラバマ州ジェファーソン郡の破綻処理において、債権者として、また債券保証会社(モノライン)と協力する形で関与しました。地方債(ミュニシパル債)の世界は専門性が高く、参入する投資家は限られますが、ファーツリーはこの難しい領域で存在感を発揮してきました。
4-3. グレイスケール・ビットコイン・トラスト――近年の関与
近年では、ファーツリーは暗号資産(仮想通貨)の領域でも声を上げています。グレイスケール・インベストメンツが運用する「グレイスケール・ビットコイン・トラスト(GBTC)」に対し、ファーツリーは株主(受益者)の償還(解約)を妨げているとして公然と異議を唱えました。「グレイスケールの最新の言い訳」だとして、投資家が保有資産を現金化できない構造を批判したのです。割安に放置された資産(GBTCは長らく保有するビットコインの価値より大幅に安く取引されていました)の価値を解放しようとする、ファーツリーらしいイベント・ドリブン的な関与でした。
5. 日本における活動――JR九州への挑戦
ファーツリーは日本でも投資を行ってきましたが、その株式アクティビズムが最も鮮明に表れたのが、JR九州(九州旅客鉄道)への一連の株主提案です。前述のとおり、日本の上場株でファーツリーの保有比率が5%を超えたのは、このJR九州が初めてでした。それだけ、JR九州はファーツリーにとって特別な投資対象だったのです。
5-1. 背景――2016年上場のJR九州
JR九州は、旧国鉄から続く公共性の高い鉄道会社で、2016年10月に東京証券取引所に上場しました。ファーツリーは、この上場の時から投資している大株主でした。JR九州は、鉄道事業だけでなく、駅ビルやマンションなどの不動産事業も手掛けており、ファーツリーはこの不動産事業に大きな価値があると見ていました。
5-2. 2019年――自社株買いの要求と「歩み寄り」
ファーツリーが最初に株主提案を行ったのは、2019年6月の株主総会でした。同社は3月時点でJR九州株を6.1%保有しており、発行済株式の10%、総額720億円を上限とする大規模な自社株買い、指名委員会等設置会社への移行、株式報酬制度の導入など、6つの議案を株主提案しました。
JR九州はいずれの提案にも反対し、大規模な自社株買いについては「短期的な株主還元のみを求めている」と反論しました。結果、6議案はすべて否決されました。しかし、青柳俊彦社長は総会後、「自社株買いは他の議案に比べると賛成が多かった。株主の気持ちを十分に受け止め、今後の配当政策をきちんと考えなくてはならない」と語りました。そして実際、JR九州は同年11月、2020年3月までに100億円を上限とする自社株買いを実施すると発表します。ファーツリーの当初の提案に対し、JR九州が一定の「歩み寄り」を見せたと考えられます。提案は否決されても、企業の行動を変える――アクティビズムの一つの成果でした。
5-3. 2020年――不動産情報開示の要求と「ウェブキャスト」
ファーツリーは翌2020年も株主提案を行いました。今度の提案の核心は、「JR九州が保有する不動産に係る収益、NOI(純営業収益)、EBITDAなどの情報開示」を求める定款変更と、「不動産投資などに詳しい社外取締役3名の選任」でした。ファーツリーは、JR九州の資本効率の悪さと、不動産事業の不透明性に強い不満を持っていたのです。「駅ビルなどの不動産事業が、どれだけの収益を生んでいるのか開示せよ」という要求でした。
この2020年の株主提案で、ファーツリーは画期的な手法を取りました。2020年6月11日午前10時から、株主提案の内容を説明する「ウェブキャスト(ライブ配信)」を行ったのです。これまで、アクティビストが国内機関投資家向けに説明会を開いたり、提案先企業の株主にメッセージを発したりしたことはありました。しかし、JR九州の株式を保有していない人でも視聴できる、公開のライブ配信は前例がありませんでした。このウェブキャストには、ファーツリーが提案する社外取締役候補3名も登場し、自身のキャリアや抱負を語るなど、極めて丁寧な説明が行われました。市場関係者は、これを「アクティビストの活動が新しい次元に入った」と評しました。みずほ証券の菊地正俊氏が著書『アクティビストの衝撃』で「アクティビスト活動の第3次ブーム」と呼んだ潮流を、象徴する出来事でした。
しかし、JR九州は「個別不動産の情報開示は鉄道事業と一体で運営されているため不適切だ」などとして反対し、株主にも否決を呼びかけました。結果、2020年6月23日の株主総会で、ファーツリーの全ての株主提案は否決されました(不動産情報開示への支持率は3割強)。会社提案の取締役11人が選任されました。
5-4. アーロン・スターンの突然の辞任
この2020年の攻防の裏で、注目すべき出来事がありました。ファーツリーの投資責任者で、JR九州への株主提案をまとめた中心人物だったアーロン・スターン氏が、株主総会直前の5月上旬頃、突然辞任したのです。
JR九州は、2019年の提案を受けて危機感を強め、ファーツリーと「お互いに訪米したり訪日したりしながら、何度も対話を続けてきた」(JR九州幹部)といいます。その対話の相手だったスターン氏の突然の辞任に、JR九州幹部は「辞任の連絡なんてない。衝撃を受けた」「積み重ねてきた努力が失われたようなむなしさを感じた」と語っています。スターン氏は新しいファンド(後にカナダ・モントリオールで設立したコンベリウム・キャピタル)を立ち上げるためとされましたが、その後JR九州とファーツリーのやり取りは書面だけになりました。キーパーソンの離脱が、アクティビズムの行方を左右することを示す事例です。
5-5. 2021年――「一転無風」の総会
そして2021年6月、ファーツリーがJR九州株を5%超取得していることが再び報じられましたが、この年の株主総会は「一転無風」となりました。ファーツリーは株主提案を行わなかったのです。中心人物のスターン氏が去ったことで、ファーツリーのJR九州への攻勢は事実上、収束していきました。
なお、ファーツリーは東芝の経営再建を巡るアクティビスト連合にも参加するなど、JR九州以外の日本企業にも関与してきましたが、JR九州ほど目立つ単独キャンペーンは展開していません。
6. 公益インフラへのアクティビズムという論点――独自分析
ファーツリーのJR九州案件は、筆者の見るところ、「公共性の高いインフラ企業に、株主価値最大化のアクティビズムは馴染むのか」という、極めて重要な論点を提起しました。ここで独自の分析を加えておきます。
JR九州は、単なる営利企業ではありません。九州地方の人々の足を支える鉄道インフラであり、赤字のローカル線も多く抱えています。鉄道事業だけを見れば、人口減少が進む地方では収益を上げるのが難しく、不動産事業の収益で全体を支えているのが実情です。
ファーツリーの主張――「不動産事業の収益を開示せよ」「資本効率を高めよ」「自社株買いをせよ」――は、株主価値最大化の論理としては正論です。実際、JR九州の不動産事業がどれだけ稼いでいるのかが不透明であれば、投資家は適正な企業価値を評価できません。情報開示の要求は、ガバナンスの観点から見れば合理的でした。
しかし一方で、「不動産で稼いだ利益を株主還元に回せ」という要求を突き詰めると、「赤字のローカル線を維持するための原資が減る」という問題に直面します。株主の利益と、地域の足を守るという公益性は、必ずしも一致しないのです。ファーツリーのアーロン・スターン氏が記者会見で「鉄道事業には口出ししない」と述べたのは、この難しさを意識してのことでしょう。
JR九州の株主総会でファーツリーの提案が否決された(不動産情報開示の支持率3割強)背景には、こうした「公益企業へのアクティビズムの難しさ」があったと筆者は考えます。純粋な営利企業であれば通ったかもしれない正論も、公共インフラを担う企業に対しては、他の株主の賛同を得にくかったのです。これは、JR北海道やJR四国のような、より公益性が高く収益性の低い鉄道会社をどう持続させるかという、人口減少下の日本社会全体に通じる難問でもあります。ファーツリーは、図らずもこの根源的な問いを日本社会に投げかけたのです。
7. 投資銘柄・案件一覧(整理)
ファーツリーがこれまでに関与・投資してきた主な銘柄・案件を整理します。なお、これは「これまでに関与が報じられた主な銘柄・案件」であり、現時点の保有を示すものではありません。
日本企業
- JR九州(九州旅客鉄道)(2016年上場時から投資、2019年に720億円の自社株買い等6議案、2020年に不動産情報開示・社外取締役3名を提案=ウェブキャストで説明、いずれも否決、2021年は無風)
- 東芝(経営再建を巡るアクティビスト連合に参加)
グローバルの主要案件(ディストレスト・イベントドリブン)
- プエルトリコ債務危機(「アドホック・グループ」の中心、政府開発銀行〔GDB〕の再編を主導)
- デトロイト市の財政破綻(債権者として関与)
- アラバマ州ジェファーソン郡の財政破綻(債権者として関与)
- グレイスケール・ビットコイン・トラスト(GBTC)(償還制限を批判、ディスカウント解消を要求)
- そのほか破綻企業のディストレスト債、新興国のソブリン債など
創業者の関連事業
- sPower(米国最大級の民間太陽光発電事業者、タネンバウムが創業・育成)
- タイタン・グローブ(Titan Grove/ミッション・ドリブンな事業の持株会社)
- ファーツリー・フィランソロピーズ(FTP/エネルギー自立・持続可能な資本主義の推進)
8. 投資方針の総括――ファーツリーは何を狙っているのか
8-1. ターゲットの選定基準
ファーツリーが狙うのは、第一に「市場が過度に悲観して投げ売りした、割安な債券・資産」です。破綻企業のディストレスト債、危機にある政府のソブリン債・地方債、ディスカウントの大きい投資ビークル(GBTC)などがこれにあたります。第二に、株式アクティビズムにおいては、「隠れた資産価値を持ち、それが株価や市場で正しく評価されていない企業」です。JR九州の不動産事業がその典型でした。コールバーグ仕込みの「本質的価値を見抜く目」で、市場の評価と本来の価値の差(ギャップ)を見出すのが、ファーツリーの基本です。
8-2. 求めるものの本質
ファーツリーが求めるものは、案件によって異なります。ディストレスト債では「債務の適正な再編・回収」、GBTCでは「償還の自由化(ディスカウント解消)」、JR九州では「不動産事業の情報開示と資本効率の改善」でした。共通するのは、「割安に放置された、あるいは構造的に閉じ込められた価値を解放する」という一点です。JR九州への要求も、突き詰めれば「不動産という隠れた資産の価値を開示・顕在化させ、資本効率を高めよ」というものでした。
8-3. 「逆張りで価値を解放する」という方針
ファーツリーの投資方針を最も特徴づけるのは、「逆張り(コントラリアン)で、閉じ込められた価値を解放する」という発想です。市場のコンセンサスとは逆の判断を下し、他者が手を出しにくい難しい領域(破綻処理、ソブリン債、公益インフラ)に踏み込んで、緻密な分析と粘り強い交渉で価値を引き出します。JR九州のウェブキャストに象徴される「丁寧な説明」も、複雑な主張を株主に理解してもらい、味方につけるための手法でした。
9. 評価とリスク――筆者の見立て
9-1. 強み
ファーツリーの最大の強みは、「ディストレスト・債務再編の専門性」と「逆張りの分析力」、そして「丁寧な情報発信」です。プエルトリコやデトロイトの破綻処理に見られるように、他者が参入しにくい専門領域での交渉力は群を抜いています。コールバーグ仕込みのバリュー投資の目は、市場が見過ごす価値を発掘します。そしてJR九州のウェブキャストは、アクティビストの情報発信の新たな水準を示しました。提案が否決されても、2019年のJR九州の自社株買いのように、企業の行動を変える影響力も持っています。
9-2. 弱みと批判
一方で、ファーツリーには明確な弱点があります。第一に、運用規模の縮小です。ピークの2015年に約130億ドルあった運用資産は、人材流出や投資の不振で半減したとされ、かつての勢いはありません。第二に、キーパーソンへの依存です。JR九州案件は、投資責任者アーロン・スターン氏の辞任とともに事実上収束しました。一人の人材の離脱がキャンペーン全体を左右する脆弱性があります。第三に、「ハゲタカ」批判です。破綻企業や危機にある政府の債券から利益を得る手法は、エリオット同様、倫理的な批判を受けることがあります。第四に、公益企業へのアクティビズムの難しさです。JR九州の事例が示すように、株主価値最大化の正論が、公共性の前に他の株主の賛同を得られないことがあります。
9-3. 投資家・企業はどう向き合うべきか
筆者の見立てでは、ファーツリーは「割安に放置された価値を解放することにかけては一流だが、近年は往年の勢いを欠くディストレスト投資の老舗」です。彼らがJR九州に投げかけた「公益インフラへのアクティビズム」という論点は、株主価値と公益性のバランスという、現代の資本主義の根源的な問いを含んでいます。不動産など本業以外に隠れた資産を抱え、その価値が不透明な企業は、ファーツリーのような投資家から情報開示を迫られるリスクがあることを認識すべきでしょう。
個人投資家にとっては、ファーツリーの活動は「隠れた資産価値」と「情報開示の重要性」を考える好材料です。JR九州のように、不動産事業の収益が不透明な企業は、その実態が開示されれば株価が見直される可能性があります。ファーツリーのウェブキャストのような「丁寧な情報発信」は、アクティビストの主張を理解するうえで貴重な教材でもありました。ただし、ファーツリーは株式アクティビズムよりディストレスト投資を主戦場とするため、日本の個人投資家が日常的に接する機会は、エリオットやオアシスほど多くないかもしれません。それでも、彼らの「逆張りで価値を解放する」という哲学と、公益企業へのアクティビズムが投げかけた問いは、長く記憶されるべきものだと筆者は考えます。
10. 参考資料
本稿は、以下の公開情報・報道・公式資料をもとに構成しています(主なもの。数値・保有比率等は執筆時点で確認できた範囲のものであり、時点により変動します)。
公式・一次情報
- Fir Tree Partners 公式情報、各社の適時開示・大量保有報告書(JR九州等)
- Titan Grove 公式サイト(タネンバウム氏の経歴、ファーツリーの沿革)
新聞・通信社・経済誌
- 日本経済新聞(JR九州の株主総会でのファーツリー提案否決〔2019年・2020年〕、アーロン・スターン氏の突然の辞任、2021年「一転無風」の総会ほか)
- 日本証券新聞(アーロン・スターン氏インタビュー「JR九州『株主提案』の背景」)
- Bloomberg(タネンバウム氏の「グリーンへの転身」、運用資産の半減ほか)
専門メディア・その他
- マネックス証券「アクティビストタイムズ」(JR九州vsファーツリーの攻防の詳細)
- QUICK ESG(ファーツリーのウェブキャストと「アクティビズムの新次元」分析)
- Centro de Periodismo Investigativo(プエルトリコ債務危機とファーツリーの関与)
- Insider Monkey/Crunchbase/AlphaMaven(タネンバウム氏の経歴、AUM)
- McGill Desautels(アーロン・スターン氏の経歴=プエルトリコGDB再編・JR九州キャンペーン)
- 菊地正俊『アクティビストの衝撃』(中央経済社)
百科事典等(一次情報の確認は上記公式・報道で実施)
- 各種公開プロフィール(一次情報の確認は上記公式・報道で実施)
本稿は情報提供を目的としたものであり、特定の有価証券・金融商品の取得・売却を勧誘するものではありません。投資判断はご自身の責任において行ってください。記載内容には執筆時点で確認できた情報を用いていますが、その正確性・完全性を保証するものではありません。

