ベネッセホールディングスの通信教育×介護×Berlitzモデル ~ 「進研ゼミ」の老舗が2024年に上場廃止した理由~

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はじめに ~ 私もかつて「赤ペン先生」に育てられた

小学生の頃、毎月「進研ゼミ小学講座」のテキストが届くのが楽しみでした。「赤ペン先生」と呼ばれる添削担当者が、私の答案に丁寧なコメントを書いてくれて、「次もがんばろう」と励まされたことを覚えています。

高校生になると「進研ゼミ高校講座」「進研模試」を受験。中学生のいる友達の家では「こどもちゃれんじ」の「しまじろう」が大活躍。社会人になってからは「Berlitz(ベルリッツ)」で英会話を学ぶ友人もいました。

ベネッセは、日本人の多くにとって「学習」の代名詞。「ベネッセでお世話になった」「進研ゼミで育った」という人は、何千万人もいるはずです。

しかし、株式会社ベネッセホールディングス(旧コード9783、旧東証プライム)は、2024年5月17日に上場廃止しました。

2024年3月期の連結決算:

  • 売上 4,108億円(微減)
  • 営業利益 202億円(前期比-2%)
  • 当期純利益 64億円(同-43%)
  • 営業利益は過去最高だった2011年3月期の半分の水準

創業家(福武家)が欧州の投資ファンドEQTと組み、MBO(経営陣による自社買収)を実施。全株ベースの株式価値は約2,700億円。日本の教育・介護業界では過去最大規模のMBO。

少子化で苦戦する主力「進研ゼミ」、人手不足が深刻な介護事業、第三の柱が見つからない事業構造――。ベネッセは2007年の株価ピークから、長期にわたって低迷してきました。

非公開化後、ベネッセは780億円程度の資金支援を受けて、教育のデジタル化や介護分野でのM&Aなどで再成長を目指しています。

本記事では、ベネッセHDの「通信教育×介護×Berlitz」モデルを多角的に分析し、その独自の強さと、現代に直面する弱点の両面に迫ります。

ベネッセの歴史 ~ 福武書店から教育の老舗へ

ベネッセの起源は、1955年、岡山市で福武哲彦氏が設立した「福武書店」です。当初は地域の参考書出版業。

1969年、進研模試(大学入試模擬試験)を開始。これがベネッセの教育事業の起点。

1972年、福武哲彦氏の長男・福武總一郎氏が経営に参画。

1980年、「進研ゼミ」(通信添削講座)を開始。「赤ペン先生」による添削指導が大ヒット。

1988年、「こどもちゃれんじ」開始。幼児向け教育教材。「しまじろう」というキャラクターが日本中の幼児に親しまれる。

1995年、福武書店から「ベネッセコーポレーション」に社名変更。社名は「Bene(よい)」と「esse(生きる)」を組み合わせたラテン語の造語。「よく生きる」を企業理念に。

1995年、介護事業(ベネッセスタイルケア)を開始。教育+介護の事業構造を構築。

2000年、東証一部(現プライム)上場。

2003年、ベネッセアートサイト直島(瀬戸内国際芸術祭の前身)を本格展開。瀬戸内の島々にアートを展開し、地域活性化に貢献。

2010年代前半、Berlitz(語学教育の世界的大手)の買収(買収完了は2001年)、東京個別指導学院、お茶の水ゼミナール等の M&A。

2014年7月、ベネッセコーポレーションで約3,500万件の顧客情報漏洩事件発生。会員の個人情報(氏名、住所、電話、メールアドレス、子供の氏名・生年月日等)が大量に流出。日本企業史上最大規模の個人情報漏洩事件。

事件後、進研ゼミの会員数が急減(事件後10年間、苦戦が続く)。

2010年代、少子化と個人情報漏洩事件の影響で、ベネッセHDの株価・業績が長期低迷。

2023年11月10日、ベネッセHD(創業家・福武家)が欧州投資ファンドEQTと組んでMBOを発表。全株ベースの株式価値は約2,700億円。

2024年3月、TOB(株式公開買付)成立。

2024年5月17日、上場廃止。

ベネッセのビジネスモデル ~ 3つの事業セグメント

ベネッセHDのビジネスモデルは、3つの事業セグメントから成り立っています(上場廃止前2024年3月期時点)。

第一に、「国内教育事業」(売上比率約半分)。

主要サービス:

  • 進研ゼミ:小学生~高校生対象の通信教育講座
  • こどもちゃれんじ:幼児対象の教材(しまじろうキャラクター)
  • 進研模試:大学入試模擬試験
  • GTEC:英語4技能検定
  • 学校向け教育支援
  • 東京個別指導学院(連結子会社):個別指導塾
  • お茶の水ゼミナール
  • EVERES(ハイレベルオンライン塾)

第二に、「介護・保育事業」(売上比率約3割)。

主要サービス:

  • ベネッセスタイルケア:高齢者向けホーム約130施設
  • グランダ、リハビリホームグランダ、メディカルホームグランダ、まどか、アリア等の各種ブランド
  • 保育園、学童保育
  • 介護人材紹介
  • 介護システム

第三に、「大学・社会人事業」(売上比率約5%)。

主要サービス:

  • Berlitz(ベルリッツ):世界的な語学教育機関
  • リクルートサイト
  • 大学向けキャリア支援
  • 法人向け研修
  • リスキリング支援
  • 株式会社Waris(女性向けキャリア支援)

加えて、「その他」(売上比率約15%):

  • 瀬戸内国際芸術祭(直島事業)
  • 海外事業(こどもちゃれんじ中国・台湾、Berlitz各国)
  • 出版事業

これら3つの柱を中心に、人生の各段階(幼児~小中高大~社会人~シニア)をカバーする「ライフサイクル教育・ケア」事業を展開していました。

「進研ゼミ」の長期低迷

ベネッセの長期低迷の中心にあるのが、主力の「進研ゼミ」の苦戦です。

進研ゼミの問題:

第一に、少子化。日本の出生数は1970年代の200万人台から、2024年には70万人を割り込む水準に。子供の数自体が大幅減少。

第二に、個人情報漏洩事件(2014年)の影響。約3,500万件の顧客情報漏洩で、ブランド信頼が大きく毀損。事件後、進研ゼミ会員数が継続的に減少。

第三に、共働き世帯の増加。「家庭学習の進研ゼミは、共働きが一般的になり、保護者が近くで見守るという前提が変わり、構造的な限界を迎えている」(大手証券会社のアナリスト)。

第四に、デジタル時代の競合。ベネッセ以外にも:

  • スタディサプリ(リクルート):月額1,815円~
  • スマイルゼミ:タブレット型通信教育
  • Z会:高難度コース
  • 公文式
  • 個別指導塾(明光義塾、トライ、東進等)
  • 集団指導塾(早稲田アカデミー、SAPIX、四谷大塚等)
  • YouTube・無料学習動画
  • AI教材(atama+、Qubena等)

第五に、海外進出の困難。こどもちゃれんじ中国事業は、コロナ禍ゼロコロナ政策、台湾の「こどもちゃれんじ」事業整理損計上(2024年)など、苦戦が続く。

ベネッセは「チャレンジ AI学習コーチ」(生成AI活用、2024年3月開始)などの対応を進めていますが、進研ゼミの長期低迷を止めるには至っていません。

介護事業 ~ ベネッセスタイルケア130施設

ベネッセHDの第二の柱が、介護事業(ベネッセスタイルケア)です。

ベネッセスタイルケアの規模:

  • 高齢者向けホーム:約130施設
  • 主要展開エリア:首都圏、名古屋、関西
  • 新規展開:石川県金沢市、広島県、熊本県等
  • 主要ブランド:「グランダ」「リハビリホームグランダ」「メディカルホームグランダ」「まどか」「アリア」

主な取り組み:

  • 入居率目標:93.9%(2024年3月末目標)
  • 介護スタッフの採用・教育
  • 介護DX(デジタル化)
  • Oisix食材を活用した食事提供
  • 東京電力エナジーパートナーとのカーボンニュートラル契約
  • 入居者のアート展(世田谷美術館等)

介護事業は、超高齢社会の日本で重要な成長領域。ただし、介護事業も人手不足、規制(介護報酬改定)、施設運営コスト等の課題に直面しています。

学研HD(教育の同業)は、介護事業を強化して売上高の5割を占めるまで成長。これに対し、ベネッセHDの介護・保育事業は売上比率約3割。「介護に次ぐ柱」が見つかっていないことが、長期的な課題です。

Berlitz ~ 世界的な語学教育機関

ベネッセHDが2001年に買収した「Berlitz(ベルリッツ)」は、世界的な語学教育機関です。

Berlitzの概要:

  • 創業:1878年、米国マサチューセッツ州(マキシミリアン・ベルリッツによる)
  • 世界70カ国以上に展開
  • 大人向け語学レッスン、子供向け語学レッスン、企業向け語学研修
  • 「ベルリッツメソッド」(直接教授法):母国語を使わず、ターゲット言語のみで学ぶ
  • 英語、日本語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語、韓国語等

Berlitzの戦略的意義:

  • グローバル展開する数少ないベネッセ事業
  • 大学・社会人事業の中核
  • 法人需要(駐在員研修、グローバル人材育成)
  • リスキリング(生涯学習)需要への対応

しかし、Berlitzにも課題:

  • オンライン語学スクール(DMM英会話、Cambly、レアジョブ、ネイティブキャンプ等)との競争
  • AI翻訳の進化(DeepL、ChatGPT、Google翻訳)
  • 語学学習自体の市場縮小
  • コロナ禍での対面レッスン需要減

Berlitzは、ベネッセHDの「第三の柱」候補と期待されていましたが、まだ十分な収益貢献には至っていません。

MBOによる上場廃止

ベネッセHDの2023年11月10日のMBO発表は、日本の教育業界に大きな衝撃を与えました。

MBOの概要:

  • 実施主体:創業家(福武家)+ 欧州投資ファンドEQT
  • TOB価格:1株2,600円(前日終値2,128円から22%プレミアム)
  • 全株ベース株式価値:約2,700億円
  • 日本企業の教育・介護分野で過去最大規模のMBO

MBOの理由(ベネッセHD説明):

  • 通信教育市場の縮小予測
  • 介護事業の人手不足
  • 非公開化により事業の立て直しを図る
  • 経営の自由度・意思決定スピードの向上
  • 長期視点での構造改革

MBO参加投資ファンドEQTの実績:

  • 欧州・アジアで20社超の投資実績
  • 教育・介護分野に強い
  • ノードアングリア(インターナショナルスクール、香港等)でデジタル技術活用・海外展開支援で生徒数10倍以上に拡大した実績

MBO後の再成長計画:

  • 5億ドル(約780億円)程度の資金支援を受ける
  • 教育のデジタル化への投資
  • 介護分野でのM&A
  • 海外展開(特にアジア)
  • 第三の柱の育成(リスキリング、教育DX等)

ただし、MBO後の業績は非公開化のため、外部からは見えにくくなりました。

業績の推移 ~ 長期低迷の軌跡

ベネッセHDの長期的な業績推移を整理しておきましょう。

ピーク期:

  • 2007-2008年:株価ピーク(最高値5,160円)
  • 2010年代前半:売上高7,000億円超
  • 営業利益のピーク:2011年3月期約400億円

長期低迷期:

  • 2014年:個人情報漏洩事件で会員数急減
  • 2010年代後半:少子化加速、進研ゼミ会員減少
  • 2020年代:コロナ禍、中国こどもちゃれんじ低迷

直近:

  • 2024年3月期(上場最終期):売上4,108億円(売上は半減)、営業利益202億円、純利益64億円
  • ピーク比:売上ほぼ半減、営業利益半分以下

事業構成の変化:

  • 国内教育:かつて売上の6-7割 → 現在約半分
  • 介護・保育:かつて売上の1-2割 → 現在約3割
  • 大学・社会人:約5%程度(伸び悩み)
  • その他:約15%

「教育の老舗から、介護も含む複合企業へ」という事業転換は進めましたが、結果として「進研ゼミ低迷」「介護成長」「第三の柱不在」という構造に。

株価は2007年の最高値5,160円から、MBO発表時の終値2,128円台へと、約60%下落していました。

弱点1:少子化と国内教育市場の縮小

ベネッセHDの最大の構造的弱点は、日本の少子化と国内教育市場の縮小です。

日本の出生数:

  • 1970年代:200万人台
  • 1980年代:130-150万人
  • 2010年代:100万人前後
  • 2024年:70万人を割り込む水準

子供の絶対数が減少することは、進研ゼミ・こどもちゃれんじ・進研模試・東京個別指導学院等、国内教育事業すべての成長制約となります。

ベネッセは「1人あたりの教育投資額」を上げて対応していますが、教育費は家計の中で増加する一方、子供の数の減少が事業基盤を蚕食しています。

加えて、若年層の人口減少は、ベネッセだけでなく、学研HD、Z会、河合塾、駿台、東進、明光、トライ等、すべての教育企業の課題です。

弱点2:個人情報漏洩事件の長期的影響

2014年7月のベネッセコーポレーション約3,500万件の顧客情報漏洩事件は、日本企業史上最大規模の個人情報漏洩事件です。

事件の概要:

  • 漏洩件数:約3,504万件
  • 漏洩情報:氏名、住所、電話、メールアドレス、子供の氏名・生年月日等
  • 流出経路:業務委託先のシステム担当者が顧客情報を持ち出し、名簿業者に売却
  • 賠償金:会員1人当たり500円程度のお詫び金(総額200億円超)

事件の影響:

  • ブランド信頼の毀損
  • 進研ゼミ会員数の急減
  • 株価下落
  • 個人情報保護法の改正契機

10年後の現在も、「ベネッセ=情報漏洩」というイメージが、特に親世代の一部に残っています。これは、進研ゼミ・こどもちゃれんじの会員獲得に長期的な悪影響を与えています。

弱点3:第三の柱の不在

ベネッセHDの長期的課題が、「教育」「介護」に次ぐ「第三の柱」が見つからないことです。

期待された候補:

  • 大学・社会人事業(Berlitz、リスキリング):売上比率約5%にとどまる
  • 海外教育事業:中国こどもちゃれんじ低迷、台湾事業整理損計上
  • アート・観光(瀬戸内国際芸術祭):地域貢献として価値あるが、収益貢献は限定的

同じ少子化に直面した学研HDは、介護事業を強化して売上の5割に成長させました。ベネッセHDは介護事業の比率が3割に留まり、それ以外の柱が育っていません。

「ベネッセは何の会社か」という問いに、明確な答えを示せない状態が、株価低迷の原因の一つでした。

弱点4:介護事業の人手不足

ベネッセスタイルケア(介護事業)は、深刻な人手不足に直面しています。

介護業界の課題:

  • 介護スタッフ全国不足:2025年に約32万人、2040年に約69万人不足の推計
  • 賃金水準の低さ(業界平均月給25万円程度)
  • 重労働、夜勤、感染リスク
  • 若年層の介護離れ
  • 外国人技能実習生制度の限界

ベネッセスタイルケアは:

  • 賃金引き上げ
  • 福利厚生強化
  • 介護DX(センサー、ロボット、ICT活用)
  • 研修プログラム充実

などで対応していますが、人手不足は構造的な課題。施設拡大には、人材確保が必要条件。

加えて、介護報酬改定(3年ごと)が、収益に直接影響。政府の介護政策に依存する構造もリスクです。

弱点5:デジタル教育の遅れ

ベネッセは伝統的に「紙ベース」の通信教育で成長してきましたが、デジタル教育へのシフトが遅れていると指摘されてきました。

デジタル競合:

  • スタディサプリ(リクルート):月額1,815円~、有名講師の動画授業
  • スマイルゼミ(ジャストシステム):タブレット型
  • 学研の教室、Z会、四谷大塚オンライン等
  • AI教材:atama+、Qubena、デキタス等

ベネッセは:

  • 「進研ゼミ」のタブレット化(チャレンジパッド)
  • 「チャレンジ AI学習コーチ」(生成AI活用、2024年3月開始)
  • EVERES(ハイレベルオンライン塾)
  • 学校向け教育支援のデジタル化

などで対応していますが、デジタルファーストで生まれた競合との差はまだ大きい。

紙ベース教材のコスト構造(印刷、製本、配送)に対し、デジタル教材は限界費用がほぼゼロ。ビジネスモデルの根本的な転換が必要です。

弱点6:海外展開の苦戦

ベネッセHDの海外展開は、複数の苦戦を経験しています。

主な海外事業:

  • こどもちゃれんじ中国:かつて中国版「樂智小天地」で大人気だったが、ゼロコロナ政策、少子化、競合台頭で苦戦
  • こどもちゃれんじ台湾:2024年に事業整理損計上、事業縮小
  • Berlitz各国:世界70カ国以上に展開も収益化は限定的
  • 海外進学支援、留学事業

特に中国市場は、ベネッセHDの海外売上の主要部分でしたが、現状は厳しい。

EQT傘下となり、欧州・アジアでのM&A・展開が期待されますが、海外展開には時間がかかります。

弱点7:ベネッセ創業家・福武家の影響力

ベネッセHDは、創業家(福武家)の影響力が強い企業です。

福武家の主要メンバー:

  • 福武總一郎氏(創業者・福武哲彦の長男、現在は名誉顧問)
  • 福武英明氏(會長)

福武家の事業活動:

  • ベネッセHDの経営
  • 瀬戸内国際芸術祭(直島、豊島、犬島等)
  • 福武財団
  • アート、文化事業

福武家がMBOを主導し、EQTと組んだことは、長期視点での経営判断を可能にしました。一方で:

  • 創業家の意向への依存度
  • 上場廃止による透明性低下
  • 福武家の長男・次男・三男世代以降の経営承継
  • 福武家のアート事業(瀬戸内)と本業(教育・介護)の関係性

「家業」としての色合いが強い経営は、グローバル機関投資家の視点では懸念点でもありました。

弱点8:上場廃止による情報開示の低下

2024年5月の上場廃止により、ベネッセHDの情報開示は大幅に低下しました。

非公開化後:

  • 四半期決算開示なし
  • 株主向けIR資料なし
  • 詳細な事業セグメント情報なし
  • 外部からの監視低下

これにより、ベネッセHDの再成長プロセスが、外部からは見えにくくなりました。

メリット:

  • 短期的な株主圧力からの解放
  • 長期視点での投資判断
  • 構造改革の柔軟性

デメリット:

  • 情報開示の透明性低下
  • 一般顧客・取引先からの信頼影響
  • 将来の再上場時の評価ボラティリティ

特に、教育・介護という「社会インフラ」的事業を行う企業の上場廃止は、社会的責任の観点からも論争を呼びました。

弱点9:EQT傘下での経営

ベネッセHDは現在、欧州投資ファンドEQT傘下となっています。

EQTの強み:

  • 欧州・アジアでの教育・介護投資実績
  • ノードアングリア等の成功事例
  • 5億ドル(約780億円)の追加資金支援
  • グローバルネットワーク

しかし、ファンド傘下経営のリスク:

  • 投資期間(通常5-10年)後の出口戦略
  • IRR(投資収益率)追求でのコスト削減圧力
  • 短期的な事業売却・分割の可能性
  • 創業家ビジョンと投資家リターンの調整

EQTは「長期的な企業価値向上」を掲げていますが、最終的には投資の回収(再上場・売却)が必要。ベネッセの「よく生きる」というパーパスとの両立が、長期的な課題です。

弱点10:教育市場の構造変化

教育市場全体が、構造変化に直面しています。

変化要因:

  • 大学入試制度の変化(共通テスト、総合型選抜・学校推薦型選抜の拡大)
  • 探究学習、STEAM教育、プログラミング教育
  • AI・ChatGPT普及で「知識暗記」の意味低下
  • グローバル教育(インターナショナルスクール、海外大学進学)
  • リスキリング(社会人の学び直し)
  • 教育費に対するコスパ意識の高まり

ベネッセが伝統的に強かった「通信添削」「家庭学習」「テスト対策」のニーズが、構造的に変化しています。

新しい教育ニーズへの対応:

  • AIネイティブ教材
  • 探究型学習プラットフォーム
  • 海外大学進学支援
  • 社会人リスキリング
  • 教育コーチング・パーソナライズ学習

これらの新領域では、ベネッセは新規参入企業と同じスタート地点。伝統的なブランド資産が活かしにくい領域です。

まとめ ~ MBO後のベネッセが描く未来

ベネッセHDの通信教育×介護×Berlitzモデルを、改めて整理しましょう。

強みとしては、進研ゼミ・こどもちゃれんじ・進研模試・GTEC等のブランド力、しまじろうキャラクターの圧倒的認知度、約130施設のベネッセスタイルケア介護施設、Berlitz(世界70カ国の語学教育)、東京個別指導学院・お茶の水ゼミナール等の塾事業、瀬戸内国際芸術祭(アート×地域活性)、創業1955年からの70年の蓄積、「よく生きる」企業理念、人生のライフサイクル全体をカバーする事業ポートフォリオ、福武家の長期的ビジョン、EQT傘下での780億円資金支援、生成AI活用「チャレンジ AI学習コーチ」、新規エリアでの介護施設展開(金沢・広島・熊本)、教育・介護のシナジー追求。

ただし弱点も多数あります。少子化と国内教育市場の縮小(出生数200万人→70万人)、個人情報漏洩事件(2014年、3,500万件)の長期的影響、第三の柱の不在、介護事業の人手不足、デジタル教育の遅れ(スタディサプリ等競合)、海外展開の苦戦(中国・台湾事業)、ベネッセ創業家・福武家の影響力、上場廃止による情報開示の低下、EQT傘下での経営(投資ファンドの出口戦略)、教育市場の構造変化(AI・探究学習・グローバル教育)。

ベネッセHDの本質的な特徴は、「教育の老舗としての伝統」と「少子化・デジタル化・グローバル化への構造変化への対応苦戦」という、現代日本の社会構造変化を象徴する企業であることです。

ピーク時の売上7,000億円から現在の4,000億円台、株価ピークから60%下落、そしてMBOによる上場廃止――。ベネッセの70年の軌跡は、「日本の教育」「日本の少子高齢化」「日本の家族構造の変化」「日本企業のデジタル対応」「日本企業のグローバル化困難」――現代日本のあらゆる課題を映し出しています。

私たちが幼児期に出会った「しまじろう」、小中高で受講した「進研ゼミ」、高齢になった親が入居する「ベネッセスタイルケア」、英会話を学ぶ「Berlitz」――これらすべてが、ベネッセという1つの企業に集約されています。

ビジネスを設計する人にとって、ベネッセHDの事例は「ライフサイクル事業展開の可能性と限界」「個人情報セキュリティの重要性」「第三の柱を育てる難しさ」「老舗ブランドの構造変化対応」「MBOによる上場廃止戦略」「家業経営の長所と短所」――多面的な教訓を提供してくれます。

10年後、ベネッセは再上場しているでしょうか。第三の柱を育てているでしょうか。進研ゼミは復活しているでしょうか――。それは、現代日本の教育・介護業界における興味深いテーマの一つです。

参考資料

  • 株式会社ベネッセホールディングス 公式IRサイト(上場廃止前)https://www.benesse-hd.co.jp/ja/ir/
  • 株式会社ベネッセホールディングス「2024年3月期 決算短信」https://www.benesse-hd.co.jp/ja/ir/doc/library/20240515_02j.pdf
  • 株式会社ベネッセホールディングス「事業内容(セグメント)」https://www.benesse-hd.co.jp/ja/about/management/business_segment.html
  • 日本経済新聞「ベネッセ、新たな船出も『正解』見えず 最後の決算発表」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC151OU0V10C24A5000000/
  • 日本経済新聞「ベネッセがMBO 欧ファンドと、『進研ゼミ』立て直し」
  • マネジー「ベネッセが上場廃止、過去最大規模のMBO 『進研ゼミ』立て直しへ」https://www.manegy.com/news/detail/7923/
  • ログミーファイナンス「ベネッセホールディングス/次期は介護・保育事業の回復がけん引」https://finance.logmi.jp/articles/378014
  • President Online「個人情報流出事件と少子化だけではない…ベネッセ『進研ゼミ』が長期低迷している『内部要因』」https://president.jp/articles/-/76228
  • note「ベネッセ、最後の決算発表」大企業30歳が語る政治と経済 https://note.com/lively_avocet156/n/nf4640bc19731
  • ベネッセホールディングス ニュースリリース https://blog.benesse.ne.jp/bh/ja/news/2024/
  • ベネッセグループ会社案内2023-2024 https://www.benesse.co.jp/purpose/img/info2023.pdf
  • 福武總一郎『直島から瀬戸内国際芸術祭へ ベネッセアートサイト直島の挑戦』
  • 投資ファンドEQT 公式情報
  • 学研HD、Z会など競合企業の公式情報
  • 厚生労働省「介護人材確保対策」関連資料
  • 文部科学省「学校基本調査」各年度版
  • 日本経済新聞、東洋経済オンライン、ダイヤモンド・オンライン、Bloomberg等のベネッセ関連報道
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