- はじめに ~ 私もかつて「赤ペン先生」に育てられた
- ベネッセの歴史 ~ 福武書店から教育の老舗へ
- ベネッセのビジネスモデル ~ 3つの事業セグメント
- 「進研ゼミ」の長期低迷
- 介護事業 ~ ベネッセスタイルケア130施設
- Berlitz ~ 世界的な語学教育機関
- MBOによる上場廃止
- 業績の推移 ~ 長期低迷の軌跡
- 弱点1:少子化と国内教育市場の縮小
- 弱点2:個人情報漏洩事件の長期的影響
- 弱点3:第三の柱の不在
- 弱点4:介護事業の人手不足
- 弱点5:デジタル教育の遅れ
- 弱点6:海外展開の苦戦
- 弱点7:ベネッセ創業家・福武家の影響力
- 弱点8:上場廃止による情報開示の低下
- 弱点9:EQT傘下での経営
- 弱点10:教育市場の構造変化
- まとめ ~ MBO後のベネッセが描く未来
- 参考資料
はじめに ~ 私もかつて「赤ペン先生」に育てられた
小学生の頃、毎月「進研ゼミ小学講座」のテキストが届くのが楽しみでした。「赤ペン先生」と呼ばれる添削担当者が、私の答案に丁寧なコメントを書いてくれて、「次もがんばろう」と励まされたことを覚えています。
高校生になると「進研ゼミ高校講座」「進研模試」を受験。中学生のいる友達の家では「こどもちゃれんじ」の「しまじろう」が大活躍。社会人になってからは「Berlitz(ベルリッツ)」で英会話を学ぶ友人もいました。
ベネッセは、日本人の多くにとって「学習」の代名詞。「ベネッセでお世話になった」「進研ゼミで育った」という人は、何千万人もいるはずです。
しかし、株式会社ベネッセホールディングス(旧コード9783、旧東証プライム)は、2024年5月17日に上場廃止しました。
2024年3月期の連結決算:
- 売上 4,108億円(微減)
- 営業利益 202億円(前期比-2%)
- 当期純利益 64億円(同-43%)
- 営業利益は過去最高だった2011年3月期の半分の水準
創業家(福武家)が欧州の投資ファンドEQTと組み、MBO(経営陣による自社買収)を実施。全株ベースの株式価値は約2,700億円。日本の教育・介護業界では過去最大規模のMBO。
少子化で苦戦する主力「進研ゼミ」、人手不足が深刻な介護事業、第三の柱が見つからない事業構造――。ベネッセは2007年の株価ピークから、長期にわたって低迷してきました。
非公開化後、ベネッセは780億円程度の資金支援を受けて、教育のデジタル化や介護分野でのM&Aなどで再成長を目指しています。
本記事では、ベネッセHDの「通信教育×介護×Berlitz」モデルを多角的に分析し、その独自の強さと、現代に直面する弱点の両面に迫ります。
ベネッセの歴史 ~ 福武書店から教育の老舗へ
ベネッセの起源は、1955年、岡山市で福武哲彦氏が設立した「福武書店」です。当初は地域の参考書出版業。
1969年、進研模試(大学入試模擬試験)を開始。これがベネッセの教育事業の起点。
1972年、福武哲彦氏の長男・福武總一郎氏が経営に参画。
1980年、「進研ゼミ」(通信添削講座)を開始。「赤ペン先生」による添削指導が大ヒット。
1988年、「こどもちゃれんじ」開始。幼児向け教育教材。「しまじろう」というキャラクターが日本中の幼児に親しまれる。
1995年、福武書店から「ベネッセコーポレーション」に社名変更。社名は「Bene(よい)」と「esse(生きる)」を組み合わせたラテン語の造語。「よく生きる」を企業理念に。
1995年、介護事業(ベネッセスタイルケア)を開始。教育+介護の事業構造を構築。
2000年、東証一部(現プライム)上場。
2003年、ベネッセアートサイト直島(瀬戸内国際芸術祭の前身)を本格展開。瀬戸内の島々にアートを展開し、地域活性化に貢献。
2010年代前半、Berlitz(語学教育の世界的大手)の買収(買収完了は2001年)、東京個別指導学院、お茶の水ゼミナール等の M&A。
2014年7月、ベネッセコーポレーションで約3,500万件の顧客情報漏洩事件発生。会員の個人情報(氏名、住所、電話、メールアドレス、子供の氏名・生年月日等)が大量に流出。日本企業史上最大規模の個人情報漏洩事件。
事件後、進研ゼミの会員数が急減(事件後10年間、苦戦が続く)。
2010年代、少子化と個人情報漏洩事件の影響で、ベネッセHDの株価・業績が長期低迷。
2023年11月10日、ベネッセHD(創業家・福武家)が欧州投資ファンドEQTと組んでMBOを発表。全株ベースの株式価値は約2,700億円。
2024年3月、TOB(株式公開買付)成立。
2024年5月17日、上場廃止。
ベネッセのビジネスモデル ~ 3つの事業セグメント
ベネッセHDのビジネスモデルは、3つの事業セグメントから成り立っています(上場廃止前2024年3月期時点)。
第一に、「国内教育事業」(売上比率約半分)。
主要サービス:
- 進研ゼミ:小学生~高校生対象の通信教育講座
- こどもちゃれんじ:幼児対象の教材(しまじろうキャラクター)
- 進研模試:大学入試模擬試験
- GTEC:英語4技能検定
- 学校向け教育支援
- 東京個別指導学院(連結子会社):個別指導塾
- お茶の水ゼミナール
- EVERES(ハイレベルオンライン塾)
第二に、「介護・保育事業」(売上比率約3割)。
主要サービス:
- ベネッセスタイルケア:高齢者向けホーム約130施設
- グランダ、リハビリホームグランダ、メディカルホームグランダ、まどか、アリア等の各種ブランド
- 保育園、学童保育
- 介護人材紹介
- 介護システム
第三に、「大学・社会人事業」(売上比率約5%)。
主要サービス:
- Berlitz(ベルリッツ):世界的な語学教育機関
- リクルートサイト
- 大学向けキャリア支援
- 法人向け研修
- リスキリング支援
- 株式会社Waris(女性向けキャリア支援)
加えて、「その他」(売上比率約15%):
- 瀬戸内国際芸術祭(直島事業)
- 海外事業(こどもちゃれんじ中国・台湾、Berlitz各国)
- 出版事業
これら3つの柱を中心に、人生の各段階(幼児~小中高大~社会人~シニア)をカバーする「ライフサイクル教育・ケア」事業を展開していました。
「進研ゼミ」の長期低迷
ベネッセの長期低迷の中心にあるのが、主力の「進研ゼミ」の苦戦です。
進研ゼミの問題:
第一に、少子化。日本の出生数は1970年代の200万人台から、2024年には70万人を割り込む水準に。子供の数自体が大幅減少。
第二に、個人情報漏洩事件(2014年)の影響。約3,500万件の顧客情報漏洩で、ブランド信頼が大きく毀損。事件後、進研ゼミ会員数が継続的に減少。
第三に、共働き世帯の増加。「家庭学習の進研ゼミは、共働きが一般的になり、保護者が近くで見守るという前提が変わり、構造的な限界を迎えている」(大手証券会社のアナリスト)。
第四に、デジタル時代の競合。ベネッセ以外にも:
- スタディサプリ(リクルート):月額1,815円~
- スマイルゼミ:タブレット型通信教育
- Z会:高難度コース
- 公文式
- 個別指導塾(明光義塾、トライ、東進等)
- 集団指導塾(早稲田アカデミー、SAPIX、四谷大塚等)
- YouTube・無料学習動画
- AI教材(atama+、Qubena等)
第五に、海外進出の困難。こどもちゃれんじ中国事業は、コロナ禍ゼロコロナ政策、台湾の「こどもちゃれんじ」事業整理損計上(2024年)など、苦戦が続く。
ベネッセは「チャレンジ AI学習コーチ」(生成AI活用、2024年3月開始)などの対応を進めていますが、進研ゼミの長期低迷を止めるには至っていません。
介護事業 ~ ベネッセスタイルケア130施設
ベネッセHDの第二の柱が、介護事業(ベネッセスタイルケア)です。
ベネッセスタイルケアの規模:
- 高齢者向けホーム:約130施設
- 主要展開エリア:首都圏、名古屋、関西
- 新規展開:石川県金沢市、広島県、熊本県等
- 主要ブランド:「グランダ」「リハビリホームグランダ」「メディカルホームグランダ」「まどか」「アリア」
主な取り組み:
- 入居率目標:93.9%(2024年3月末目標)
- 介護スタッフの採用・教育
- 介護DX(デジタル化)
- Oisix食材を活用した食事提供
- 東京電力エナジーパートナーとのカーボンニュートラル契約
- 入居者のアート展(世田谷美術館等)
介護事業は、超高齢社会の日本で重要な成長領域。ただし、介護事業も人手不足、規制(介護報酬改定)、施設運営コスト等の課題に直面しています。
学研HD(教育の同業)は、介護事業を強化して売上高の5割を占めるまで成長。これに対し、ベネッセHDの介護・保育事業は売上比率約3割。「介護に次ぐ柱」が見つかっていないことが、長期的な課題です。
Berlitz ~ 世界的な語学教育機関
ベネッセHDが2001年に買収した「Berlitz(ベルリッツ)」は、世界的な語学教育機関です。
Berlitzの概要:
- 創業:1878年、米国マサチューセッツ州(マキシミリアン・ベルリッツによる)
- 世界70カ国以上に展開
- 大人向け語学レッスン、子供向け語学レッスン、企業向け語学研修
- 「ベルリッツメソッド」(直接教授法):母国語を使わず、ターゲット言語のみで学ぶ
- 英語、日本語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語、韓国語等
Berlitzの戦略的意義:
- グローバル展開する数少ないベネッセ事業
- 大学・社会人事業の中核
- 法人需要(駐在員研修、グローバル人材育成)
- リスキリング(生涯学習)需要への対応
しかし、Berlitzにも課題:
- オンライン語学スクール(DMM英会話、Cambly、レアジョブ、ネイティブキャンプ等)との競争
- AI翻訳の進化(DeepL、ChatGPT、Google翻訳)
- 語学学習自体の市場縮小
- コロナ禍での対面レッスン需要減
Berlitzは、ベネッセHDの「第三の柱」候補と期待されていましたが、まだ十分な収益貢献には至っていません。
MBOによる上場廃止
ベネッセHDの2023年11月10日のMBO発表は、日本の教育業界に大きな衝撃を与えました。
MBOの概要:
- 実施主体:創業家(福武家)+ 欧州投資ファンドEQT
- TOB価格:1株2,600円(前日終値2,128円から22%プレミアム)
- 全株ベース株式価値:約2,700億円
- 日本企業の教育・介護分野で過去最大規模のMBO
MBOの理由(ベネッセHD説明):
- 通信教育市場の縮小予測
- 介護事業の人手不足
- 非公開化により事業の立て直しを図る
- 経営の自由度・意思決定スピードの向上
- 長期視点での構造改革
MBO参加投資ファンドEQTの実績:
- 欧州・アジアで20社超の投資実績
- 教育・介護分野に強い
- ノードアングリア(インターナショナルスクール、香港等)でデジタル技術活用・海外展開支援で生徒数10倍以上に拡大した実績
MBO後の再成長計画:
- 5億ドル(約780億円)程度の資金支援を受ける
- 教育のデジタル化への投資
- 介護分野でのM&A
- 海外展開(特にアジア)
- 第三の柱の育成(リスキリング、教育DX等)
ただし、MBO後の業績は非公開化のため、外部からは見えにくくなりました。
業績の推移 ~ 長期低迷の軌跡
ベネッセHDの長期的な業績推移を整理しておきましょう。
ピーク期:
- 2007-2008年:株価ピーク(最高値5,160円)
- 2010年代前半:売上高7,000億円超
- 営業利益のピーク:2011年3月期約400億円
長期低迷期:
- 2014年:個人情報漏洩事件で会員数急減
- 2010年代後半:少子化加速、進研ゼミ会員減少
- 2020年代:コロナ禍、中国こどもちゃれんじ低迷
直近:
- 2024年3月期(上場最終期):売上4,108億円(売上は半減)、営業利益202億円、純利益64億円
- ピーク比:売上ほぼ半減、営業利益半分以下
事業構成の変化:
- 国内教育:かつて売上の6-7割 → 現在約半分
- 介護・保育:かつて売上の1-2割 → 現在約3割
- 大学・社会人:約5%程度(伸び悩み)
- その他:約15%
「教育の老舗から、介護も含む複合企業へ」という事業転換は進めましたが、結果として「進研ゼミ低迷」「介護成長」「第三の柱不在」という構造に。
株価は2007年の最高値5,160円から、MBO発表時の終値2,128円台へと、約60%下落していました。
弱点1:少子化と国内教育市場の縮小
ベネッセHDの最大の構造的弱点は、日本の少子化と国内教育市場の縮小です。
日本の出生数:
- 1970年代:200万人台
- 1980年代:130-150万人
- 2010年代:100万人前後
- 2024年:70万人を割り込む水準
子供の絶対数が減少することは、進研ゼミ・こどもちゃれんじ・進研模試・東京個別指導学院等、国内教育事業すべての成長制約となります。
ベネッセは「1人あたりの教育投資額」を上げて対応していますが、教育費は家計の中で増加する一方、子供の数の減少が事業基盤を蚕食しています。
加えて、若年層の人口減少は、ベネッセだけでなく、学研HD、Z会、河合塾、駿台、東進、明光、トライ等、すべての教育企業の課題です。
弱点2:個人情報漏洩事件の長期的影響
2014年7月のベネッセコーポレーション約3,500万件の顧客情報漏洩事件は、日本企業史上最大規模の個人情報漏洩事件です。
事件の概要:
- 漏洩件数:約3,504万件
- 漏洩情報:氏名、住所、電話、メールアドレス、子供の氏名・生年月日等
- 流出経路:業務委託先のシステム担当者が顧客情報を持ち出し、名簿業者に売却
- 賠償金:会員1人当たり500円程度のお詫び金(総額200億円超)
事件の影響:
- ブランド信頼の毀損
- 進研ゼミ会員数の急減
- 株価下落
- 個人情報保護法の改正契機
10年後の現在も、「ベネッセ=情報漏洩」というイメージが、特に親世代の一部に残っています。これは、進研ゼミ・こどもちゃれんじの会員獲得に長期的な悪影響を与えています。
弱点3:第三の柱の不在
ベネッセHDの長期的課題が、「教育」「介護」に次ぐ「第三の柱」が見つからないことです。
期待された候補:
- 大学・社会人事業(Berlitz、リスキリング):売上比率約5%にとどまる
- 海外教育事業:中国こどもちゃれんじ低迷、台湾事業整理損計上
- アート・観光(瀬戸内国際芸術祭):地域貢献として価値あるが、収益貢献は限定的
同じ少子化に直面した学研HDは、介護事業を強化して売上の5割に成長させました。ベネッセHDは介護事業の比率が3割に留まり、それ以外の柱が育っていません。
「ベネッセは何の会社か」という問いに、明確な答えを示せない状態が、株価低迷の原因の一つでした。
弱点4:介護事業の人手不足
ベネッセスタイルケア(介護事業)は、深刻な人手不足に直面しています。
介護業界の課題:
- 介護スタッフ全国不足:2025年に約32万人、2040年に約69万人不足の推計
- 賃金水準の低さ(業界平均月給25万円程度)
- 重労働、夜勤、感染リスク
- 若年層の介護離れ
- 外国人技能実習生制度の限界
ベネッセスタイルケアは:
- 賃金引き上げ
- 福利厚生強化
- 介護DX(センサー、ロボット、ICT活用)
- 研修プログラム充実
などで対応していますが、人手不足は構造的な課題。施設拡大には、人材確保が必要条件。
加えて、介護報酬改定(3年ごと)が、収益に直接影響。政府の介護政策に依存する構造もリスクです。
弱点5:デジタル教育の遅れ
ベネッセは伝統的に「紙ベース」の通信教育で成長してきましたが、デジタル教育へのシフトが遅れていると指摘されてきました。
デジタル競合:
- スタディサプリ(リクルート):月額1,815円~、有名講師の動画授業
- スマイルゼミ(ジャストシステム):タブレット型
- 学研の教室、Z会、四谷大塚オンライン等
- AI教材:atama+、Qubena、デキタス等
ベネッセは:
- 「進研ゼミ」のタブレット化(チャレンジパッド)
- 「チャレンジ AI学習コーチ」(生成AI活用、2024年3月開始)
- EVERES(ハイレベルオンライン塾)
- 学校向け教育支援のデジタル化
などで対応していますが、デジタルファーストで生まれた競合との差はまだ大きい。
紙ベース教材のコスト構造(印刷、製本、配送)に対し、デジタル教材は限界費用がほぼゼロ。ビジネスモデルの根本的な転換が必要です。
弱点6:海外展開の苦戦
ベネッセHDの海外展開は、複数の苦戦を経験しています。
主な海外事業:
- こどもちゃれんじ中国:かつて中国版「樂智小天地」で大人気だったが、ゼロコロナ政策、少子化、競合台頭で苦戦
- こどもちゃれんじ台湾:2024年に事業整理損計上、事業縮小
- Berlitz各国:世界70カ国以上に展開も収益化は限定的
- 海外進学支援、留学事業
特に中国市場は、ベネッセHDの海外売上の主要部分でしたが、現状は厳しい。
EQT傘下となり、欧州・アジアでのM&A・展開が期待されますが、海外展開には時間がかかります。
弱点7:ベネッセ創業家・福武家の影響力
ベネッセHDは、創業家(福武家)の影響力が強い企業です。
福武家の主要メンバー:
- 福武總一郎氏(創業者・福武哲彦の長男、現在は名誉顧問)
- 福武英明氏(會長)
福武家の事業活動:
- ベネッセHDの経営
- 瀬戸内国際芸術祭(直島、豊島、犬島等)
- 福武財団
- アート、文化事業
福武家がMBOを主導し、EQTと組んだことは、長期視点での経営判断を可能にしました。一方で:
- 創業家の意向への依存度
- 上場廃止による透明性低下
- 福武家の長男・次男・三男世代以降の経営承継
- 福武家のアート事業(瀬戸内)と本業(教育・介護)の関係性
「家業」としての色合いが強い経営は、グローバル機関投資家の視点では懸念点でもありました。
弱点8:上場廃止による情報開示の低下
2024年5月の上場廃止により、ベネッセHDの情報開示は大幅に低下しました。
非公開化後:
- 四半期決算開示なし
- 株主向けIR資料なし
- 詳細な事業セグメント情報なし
- 外部からの監視低下
これにより、ベネッセHDの再成長プロセスが、外部からは見えにくくなりました。
メリット:
- 短期的な株主圧力からの解放
- 長期視点での投資判断
- 構造改革の柔軟性
デメリット:
- 情報開示の透明性低下
- 一般顧客・取引先からの信頼影響
- 将来の再上場時の評価ボラティリティ
特に、教育・介護という「社会インフラ」的事業を行う企業の上場廃止は、社会的責任の観点からも論争を呼びました。
弱点9:EQT傘下での経営
ベネッセHDは現在、欧州投資ファンドEQT傘下となっています。
EQTの強み:
- 欧州・アジアでの教育・介護投資実績
- ノードアングリア等の成功事例
- 5億ドル(約780億円)の追加資金支援
- グローバルネットワーク
しかし、ファンド傘下経営のリスク:
- 投資期間(通常5-10年)後の出口戦略
- IRR(投資収益率)追求でのコスト削減圧力
- 短期的な事業売却・分割の可能性
- 創業家ビジョンと投資家リターンの調整
EQTは「長期的な企業価値向上」を掲げていますが、最終的には投資の回収(再上場・売却)が必要。ベネッセの「よく生きる」というパーパスとの両立が、長期的な課題です。
弱点10:教育市場の構造変化
教育市場全体が、構造変化に直面しています。
変化要因:
- 大学入試制度の変化(共通テスト、総合型選抜・学校推薦型選抜の拡大)
- 探究学習、STEAM教育、プログラミング教育
- AI・ChatGPT普及で「知識暗記」の意味低下
- グローバル教育(インターナショナルスクール、海外大学進学)
- リスキリング(社会人の学び直し)
- 教育費に対するコスパ意識の高まり
ベネッセが伝統的に強かった「通信添削」「家庭学習」「テスト対策」のニーズが、構造的に変化しています。
新しい教育ニーズへの対応:
- AIネイティブ教材
- 探究型学習プラットフォーム
- 海外大学進学支援
- 社会人リスキリング
- 教育コーチング・パーソナライズ学習
これらの新領域では、ベネッセは新規参入企業と同じスタート地点。伝統的なブランド資産が活かしにくい領域です。
まとめ ~ MBO後のベネッセが描く未来
ベネッセHDの通信教育×介護×Berlitzモデルを、改めて整理しましょう。
強みとしては、進研ゼミ・こどもちゃれんじ・進研模試・GTEC等のブランド力、しまじろうキャラクターの圧倒的認知度、約130施設のベネッセスタイルケア介護施設、Berlitz(世界70カ国の語学教育)、東京個別指導学院・お茶の水ゼミナール等の塾事業、瀬戸内国際芸術祭(アート×地域活性)、創業1955年からの70年の蓄積、「よく生きる」企業理念、人生のライフサイクル全体をカバーする事業ポートフォリオ、福武家の長期的ビジョン、EQT傘下での780億円資金支援、生成AI活用「チャレンジ AI学習コーチ」、新規エリアでの介護施設展開(金沢・広島・熊本)、教育・介護のシナジー追求。
ただし弱点も多数あります。少子化と国内教育市場の縮小(出生数200万人→70万人)、個人情報漏洩事件(2014年、3,500万件)の長期的影響、第三の柱の不在、介護事業の人手不足、デジタル教育の遅れ(スタディサプリ等競合)、海外展開の苦戦(中国・台湾事業)、ベネッセ創業家・福武家の影響力、上場廃止による情報開示の低下、EQT傘下での経営(投資ファンドの出口戦略)、教育市場の構造変化(AI・探究学習・グローバル教育)。
ベネッセHDの本質的な特徴は、「教育の老舗としての伝統」と「少子化・デジタル化・グローバル化への構造変化への対応苦戦」という、現代日本の社会構造変化を象徴する企業であることです。
ピーク時の売上7,000億円から現在の4,000億円台、株価ピークから60%下落、そしてMBOによる上場廃止――。ベネッセの70年の軌跡は、「日本の教育」「日本の少子高齢化」「日本の家族構造の変化」「日本企業のデジタル対応」「日本企業のグローバル化困難」――現代日本のあらゆる課題を映し出しています。
私たちが幼児期に出会った「しまじろう」、小中高で受講した「進研ゼミ」、高齢になった親が入居する「ベネッセスタイルケア」、英会話を学ぶ「Berlitz」――これらすべてが、ベネッセという1つの企業に集約されています。
ビジネスを設計する人にとって、ベネッセHDの事例は「ライフサイクル事業展開の可能性と限界」「個人情報セキュリティの重要性」「第三の柱を育てる難しさ」「老舗ブランドの構造変化対応」「MBOによる上場廃止戦略」「家業経営の長所と短所」――多面的な教訓を提供してくれます。
10年後、ベネッセは再上場しているでしょうか。第三の柱を育てているでしょうか。進研ゼミは復活しているでしょうか――。それは、現代日本の教育・介護業界における興味深いテーマの一つです。
参考資料
- 株式会社ベネッセホールディングス 公式IRサイト(上場廃止前)https://www.benesse-hd.co.jp/ja/ir/
- 株式会社ベネッセホールディングス「2024年3月期 決算短信」https://www.benesse-hd.co.jp/ja/ir/doc/library/20240515_02j.pdf
- 株式会社ベネッセホールディングス「事業内容(セグメント)」https://www.benesse-hd.co.jp/ja/about/management/business_segment.html
- 日本経済新聞「ベネッセ、新たな船出も『正解』見えず 最後の決算発表」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC151OU0V10C24A5000000/
- 日本経済新聞「ベネッセがMBO 欧ファンドと、『進研ゼミ』立て直し」
- マネジー「ベネッセが上場廃止、過去最大規模のMBO 『進研ゼミ』立て直しへ」https://www.manegy.com/news/detail/7923/
- ログミーファイナンス「ベネッセホールディングス/次期は介護・保育事業の回復がけん引」https://finance.logmi.jp/articles/378014
- President Online「個人情報流出事件と少子化だけではない…ベネッセ『進研ゼミ』が長期低迷している『内部要因』」https://president.jp/articles/-/76228
- note「ベネッセ、最後の決算発表」大企業30歳が語る政治と経済 https://note.com/lively_avocet156/n/nf4640bc19731
- ベネッセホールディングス ニュースリリース https://blog.benesse.ne.jp/bh/ja/news/2024/
- ベネッセグループ会社案内2023-2024 https://www.benesse.co.jp/purpose/img/info2023.pdf
- 福武總一郎『直島から瀬戸内国際芸術祭へ ベネッセアートサイト直島の挑戦』
- 投資ファンドEQT 公式情報
- 学研HD、Z会など競合企業の公式情報
- 厚生労働省「介護人材確保対策」関連資料
- 文部科学省「学校基本調査」各年度版
- 日本経済新聞、東洋経済オンライン、ダイヤモンド・オンライン、Bloomberg等のベネッセ関連報道

