一人暮らしの部屋で倒れたら誰が気づくのか問題

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ある夜、考えた

ある夜、風呂上がりに軽い立ちくらみを起こした。洗面台の縁を掴んで、なんとか持ちこたえた。数秒で収まった。たいしたことはない。疲れていただけだ。

だがその数秒の間に、ひとつの問いが頭を過った。

「もしここで倒れて動けなくなったら、誰が気づくんだろう」。

一人暮らし。独身。家族は遠方。友達はいない。恋人もいない。この部屋に、今、私以外の人間はいない。もし風呂場で意識を失ったら。スマートフォンは別の部屋にある。声を出しても、隣の部屋に聞こえるかどうかわからない。鉄筋コンクリートの壁は、悲鳴をも吸収する。

最初に異変に気づくのは誰だろう。職場だろうか。翌朝、出勤しない私を不審に思って連絡してくれるかもしれない。派遣会社に連絡が行き、派遣会社が私に電話をかける。電話に出ない。メールを送る。返信がない。ここで初めて「おかしい」と思われる。だが「おかしい」と思ってから、実際に部屋を確認しに来るまで、どのくらいかかるか。1日? 2日? 1週間?

派遣社員に対して、無断欠勤の初日から安否確認に駆けつけてくれる会社は、おそらくない。「体調不良で休んでいるのだろう」と解釈されて、2、3日は放置される可能性が高い。3日目あたりで「さすがにおかしい」と思われ、派遣会社の営業が自宅を訪問する。だが鍵がなければ中に入れない。管理会社に連絡し、緊急開錠を依頼する。手続きに時間がかかる。

最短で2、3日。最悪で1週間以上。その間、私は部屋の中で意識を失っている。あるいは、もっと悪い状態になっている。

この想像を、風呂上がりの洗面台の前でした。立ちくらみが収まったあと、しばらく動けなかった。立ちくらみのせいではない。想像の重さのせいだ。

孤独死までのタイムライン

一人暮らしの人間が自宅で動けなくなった場合、発見までにどのくらいの時間がかかるか。これは「孤独死」の問題として、近年よく議論されるようになった。

孤独死の発見までの時間は、平均して数日から数週間と言われている。中には数ヶ月発見されないケースもある。

私の場合、発見のきっかけになりそうなものを考えてみた。

職場からの連絡。無断欠勤が続けば、派遣会社が動く。これが最も早い経路だろう。出勤日であれば、2、3日で発見される可能性がある。ただし、長期休暇中や退職直後は、この経路が機能しない。

郵便物の溜まり。ポストに郵便物が溜まっていることで、管理会社が異変に気づくケースがある。だが一人暮らしの郵便物は少ない。DMとチラシが中心で、目立つほど溜まるまでに日数がかかる。

近隣住民の気づき。異臭、虫の発生、洗濯物が何日も干しっぱなし。これらの兆候で近隣住民が通報するケースがある。だがこの段階では、すでにかなりの日数が経過している。

家族・親族からの連絡。親が定期的に電話をくれている。1週間連絡がなければ、異変を感じるかもしれない。だが親も高齢で、すぐに駆けつけられるわけではない。遠方に住んでいるから、管理会社に連絡して確認してもらうことになる。

これらの経路を総合すると、私が自宅で動けなくなった場合、発見までに最短2日、最長で1週間から2週間はかかるだろう。2日ならまだ助かるかもしれない。2週間なら、もう助からないかもしれない。

対策として考えたこと

この問題に対して、いくつかの対策を考えた。実行しているものもあれば、検討中のものもある。

対策1。毎日、親にLINEを送る。「おはよう」の一言でいい。この一言が止まったら、親が異変に気づく。実際にやっている。毎朝6時半に「おはよう」と送る。親は「おはよう」と返してくれる。このやり取りが、安否確認のシステムとして機能している。

対策2。自治体の見守りサービスを調べる。一部の自治体では、一人暮らしの高齢者向けに見守りサービスを提供している。電話での安否確認、訪問、緊急通報装置の貸出など。ただし対象は高齢者が中心で、40代の単身者はカバーされないケースが多い。

対策3。民間の見守りサービスを検討する。電気ポットの使用状況を家族に通知するサービス、人感センサーで動きを検知するサービスなど。月額数百円から利用できるものもある。検討はしているが、まだ導入していない。月額数百円でも、「本当に必要か」と迷ってしまう。必要になったときには手遅れなのだが。

対策4。スマートフォンの緊急SOS機能を設定しておく。iPhoneには緊急SOSの機能があり、特定の操作で緊急連絡先に自動通報できる。この機能を有効にして、緊急連絡先に親の番号を設定した。倒れても、スマートフォンが手元にあれば使えるかもしれない。スマートフォンが手元にない場合は使えないが、ないよりましだ。

対策5。玄関の鍵を信頼できる人に預ける。信頼できる人がいれば、の話だが。いない。友達がいないから。親は遠方で鍵を預けても意味がない。管理会社にマスターキーはあるが、管理会社が独自判断で開錠することは通常ない。警察や消防の介入が必要になる。

どの対策も、完璧ではない。完璧な対策は、「一人暮らしをやめること」だが、やめる相手がいない。結婚する相手がいない。シェアハウスという選択肢もあるが、45歳の独身男性がシェアハウスに入るハードルは高い。

結局、不完全な対策を複数組み合わせて、リスクを少しでも下げる。ゼロにはできないが、ゼロに近づける。この「ゼロに近づける」作業を、一人で黙々とやっている。この作業自体が、孤独の象徴だ。

この問題の本質

「倒れたら誰が気づくのか」問題の本質は、「私の存在を日常的に確認している人間がいない」ということだ。

家族と暮らしていれば、毎日顔を合わせる。パートナーがいれば、毎日会話する。友達が頻繁に連絡をくれれば、途絶えたときに気づいてもらえる。

これらのすべてがない人間——独身で、一人暮らしで、友達がいない人間——は、日常的に存在を確認してくれる人がいない。存在が、社会から不可視になっている。

毎日出勤していれば、職場が確認してくれる。だが職場は「従業員」としての私を確認しているのであり、「人間」としての私を確認しているわけではない。契約が終われば、確認は止まる。長期休暇中も確認は止まる。職場の確認は、条件付きだ。

無条件に存在を確認してくれる人が、誰もいない。この「誰もいない」が、一人暮らしの最も深刻なリスクだ。経済的な問題ではなく、実存的な問題。存在していることを、誰にも知られていない時間がある。その時間に何かが起きたら、誰にも気づかれない。

この恐怖は、普段は意識しない。意識していたら日常生活が送れない。だが立ちくらみのような些細なきっかけで、ふっと表面に浮上してくる。浮上するたびに、心がざわつく。ざわつきを抑えて、また日常に戻る。戻れるうちはいい。戻れなくなったときが、本当の問題だ。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。一人暮らしの安否問題に不安を感じている人は、きっと少なくないはずです。

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