日本の個人投資家を語るとき、もっとも「物語性」が際立つのが片山晃氏である。ハンドルネーム「五月(ごがつ)」。元手65万円を150億円超に増やし、近年さらに300億円規模まで膨らませたとされる、まごうことなきトップランナーだ。しかし片山氏の凄みは、単なる資産規模ではない。経歴の異色さ、思想の深さ、そして個人投資家から機関投資家、ベンチャー投資家、競走馬牧場オーナーへと進化し続ける「変態(メタモルフォーゼ)」の連続にこそある。今回はこの稀有な投資家を、私なりの独自視点でじっくり立体的に描いてみたい。
- まずプロフィールから──秋田出身の1982年生まれ
- ネトゲ廃人時代──「神」と呼ばれた4年間が後の投資を作った
- 22歳、65万円スタート──「ビッグマネー」というドラマがすべてを変えた
- 第一段階:デイトレード期(2005〜2008)──「うまくない」と自覚しながらも資産1,000万円へ
- 第二段階:中小型株集中投資期(2009〜2012)──ファンコミュニケーションズの後悔と日本ライフラインの全力投資
- 第三段階:プロ転向期(2013〜2014)──ひふみ投信入りという衝撃
- 第四段階:再独立とシリウスパートナーズ設立(2014〜)──ベンチャー投資への進出
- 投資手法の核心──成長性、EPS、そして「何倍になるか」
- 保有銘柄から透ける「片山銘柄」の特徴
- モダリス事件──伝説の投資家にも訪れた失敗
- 競走馬という第二の人生──ハクレイファーム代表として
- 2025年──資産300億円超への到達
- 著書から読み解く片山哲学──「投資は信念と忍耐」
- 個人投資家から見た「片山銘柄」──追っても勝てるか?
- 結びに──片山晃氏が日本の個人投資家に残した遺産
まずプロフィールから──秋田出身の1982年生まれ
基本情報から押さえておこう。片山晃氏は1982年、秋田県生まれ。2020年時点での資産は150億円(日本経済新聞 電子版より)。中小型株への長期投資と集中投資で成功した個人投資家であり、ベンチャー投資を行っている株式会社レッドマジックの代表取締役。インターネット上でのハンドルネームは五月(ごがつ)。雑誌やネットニュースサイトのインタビューに、たびたび顔出しで登場しており、資産100億円超えの個人投資家としては顔出しはかなり珍しい。
ここでまず私が独自の視点として強調したいのは、「秋田出身」というディテールである。日本のスター個人投資家を見渡すと、地方出身者が多い。BNF氏は熊本、テスタ氏は兵庫、片山氏は秋田。この共通点は偶然ではない。地方の経済感覚は、東京の浮ついた数字感覚とは違う。100万円、1,000万円、1億円という金額のリアリティが、肌感覚で理解できる距離にある。これは投資家にとって地味だが決定的な強みになる。机上の数字が「実体経済の何に対応しているのか」を、彼らは無意識に判断している。
ネトゲ廃人時代──「神」と呼ばれた4年間が後の投資を作った
片山氏の経歴で最も語り継がれるのが、ネトゲ廃人時代である。
片山氏は高校卒業後、専門学校に入学したが中退し、4年間ネットゲームばかりをやり続けたネトゲ廃人だった。22歳のとき、株式投資を題材にしたドラマ「ビッグマネー」を観たことにより、2004年に株式投資を開始した。
別のソースでは、片山氏は高校卒業後ゲーム関連の専門学校に入学するが1年で中退し、その後はほぼ引きこもり状態となり4年ほどオンラインゲームに没頭。やり始めたらとことん突き詰める性格で、ゲームの世界で「神」とまで呼ばれる存在になったと紹介されている。
ここを単なるエピソードとして流してはいけない。私は片山氏のキャリアにおいて、このネトゲ時代こそが「投資家としての基礎訓練」だったと見ている。
第一に、彼はゲームの中で「マーケット感覚」を身につけている。多くのオンラインゲームでは、レアアイテムの売買・経済システム・需給バランス・チートやBOTへの対応など、現実の市場と驚くほど似た構造がある。ゲーム内経済を読む力は、株式市場を読む力に直結する。
第二に、「徹底的に没頭する集中力」を獲得している。普通の人が3ヶ月で挫折することを、4年間ぶっ通しで「神」レベルまでやり込めた集中力こそ、後にチャート・決算・四季報を何時間も読み込む能力に転用された。
第三に、これが最も重要だが、彼は20代前半で「世間の評価軸からドロップアウトする経験」をしている。普通の大卒就活レールから外れた人間にしか持てない発想の自由度が、その後の投資判断を支えている。
つまり片山氏のネトゲ廃人時代は、彼を「カリスマ投資家」へと育てた揺りかごであり、無駄な時間どころか、最も濃密な訓練期間だったというのが私の見立てである。
22歳、65万円スタート──「ビッグマネー」というドラマがすべてを変えた
22歳となり周りの仲間たちが大学を卒業したとき、片山氏は焦り始める。「このままじゃダメだ」という思いに至り、たまたま見たテレビドラマ「ビッグマネー」(主演・長瀬智也、原作は石田衣良の小説『波のうえの魔術師』)に強く影響を受けて株式投資を始めた。
深夜のゲームセンターのアルバイトで稼いだ65万円を元手に、22歳のときから株式投資を開始。最初に作った証券会社の口座は楽天証券だった。
ここで再び独自視点を添えたい。65万円というのは、現実的な金額である。たとえばBNF氏は160万円、テスタ氏は300万円。片山氏の65万円は、その中でも特に少ない。「お前にも始められるぞ」という象徴的なメッセージ性を、この金額は持っている。
そして片山氏は2006年までアルバイトと株式投資を両方行う兼業投資家で、2006年末にアルバイトを辞めて専業投資家になったときの資産は200万円だった。1年半で65万円が200万円。3倍ちょっと。決して「神」ではない、地に足のついた成長スピードである。ここから始まった人生が、後に2万倍の資産倍増を生む。
第一段階:デイトレード期(2005〜2008)──「うまくない」と自覚しながらも資産1,000万円へ
片山氏の投資スタイルは、初期と現在では大きく違う。これも重要な独自視点なので強調しておきたい。
片山氏は初期はデイトレードで相場に挑んでいた。自分では「デイトレードはうまくない」と語っているが、好調な相場環境にも助けられ、2007年10月には資産が1,000万円に到達。しかし、2008年にリーマン・ショックが起こったことにより「デイトレードでは勝てない」と投資の方針を転換した。
ここがファーストターニングポイントである。私はこの自己認識の正確さが、片山氏の天才性の根源だと考えている。多くの個人投資家は、「自分はデイトレが下手」とは認められない。プライドが邪魔をして、損切りを繰り返しながらも同じスタイルにしがみつく。片山氏は違った。「自分はうまくない」と認め、即座にスタイルを切り替えた。この「メタ認知」と「変化対応力」が、彼を凡庸な勝ち組投資家から伝説の領域へ押し上げた。
ファンドマネージャーの世界でも、自分の戦略がワークしなくなったと認められる人は意外と少ない。片山氏は20代半ばでこれを実行した。22歳でゲーマーから投資家にクラスチェンジし、26歳でデイトレーダーから長期投資家にクラスチェンジ。彼の人生はクラスチェンジの連続なのだ。
第二段階:中小型株集中投資期(2009〜2012)──ファンコミュニケーションズの後悔と日本ライフラインの全力投資
リーマン後の片山氏は、中小型株のファンダメンタルズ投資へと舵を切る。これが彼の人生最大の成功パターンになった。
2005年7月に65万円の資金で株式投資を始め、7年半で2,000倍近い驚異的なパフォーマンスを記録。資産は12億円超に到達した。投資を始めた当初はデイトレなどの短期売買が中心だったが、2009年に資産が5,000万円を超えたあたりからは中小型株の中長期投資が主体になる。決算や業績の上昇修正のような適時開示などの公開情報を分析して、その銘柄が割安かどうか、割安が解消されるきっかけがあるのかを予測することで、数カ月で株価が2〜10倍になるような銘柄をいくつも発掘してきた。
そしてこの時期に有名な逸話が生まれる。日本ライフライン(7575)への全資産投資である。
医療機器輸入商社の日本ライフラインは、ペースメーカーなど心臓領域を得意分野とし、EPカテーテル等を自社生産する医療関連銘柄。当時片山さんは医療関連のセクターへ注目しており、その中で株価数倍になるチャンスが日本ライフライン(7575)にはあると見込んでいた。ただいくら有望株とはいえ、全資産投資などそうそう出来るものではない。片山さんは過去大相場を作った銘柄にはどのような特徴があり、合理的に考えていつ売買すればいいかを常日頃から研究していた。また過去に片山さんは、ファンコミュニケーションズという銘柄に投資した際に何故この銘柄にもっと投資しておかなかったのかと後悔し、その時は資産の7%を投資したが、後から考えれば確実にあがる見込みがあったのに何故7%しか投資しなかったのかと自分を責めた。このときの経験を踏まえ、10倍になるチャンスを秘めた銘柄が来たときには資産を全額突っ込むと決めていた。
そして実際、片山さんの予想通り、2014年の年始には100円以下の株だった日本ライフラインは、2018年に株価3,000円(株式分割有)を超える大化け株へと変貌した。
私はこの「ファンコミュ→日本ライフライン」のエピソードを、投資家心理の教科書だと考えている。投資の世界で最も難しいのは「正解の銘柄を見つけること」ではなく、「正解の銘柄に十分な金額を張ること」なのだ。これは多くの個人投資家が見落としているポイントである。
たとえば、テンバガー候補を見つけても、5%しか張らなければ、ポートフォリオ全体は1.5倍にしかならない。逆に「これは10倍になる」と確信して50%張れば、ポートフォリオは6倍になる。同じ銘柄選定能力でも、ポジションサイジング次第で結果は劇的に変わる。
片山氏は、ファンコミュニケーションズという「成功した投資」を「失敗した投資」として記憶した。十分張らなかったことを失敗と呼んだのだ。これは普通の投資家には到達できない自己批評の領域である。そしてその学習を、日本ライフラインで全力投資という形で実践した。「正解を知っているのに張らないこと」のコストを、誰よりも理解していたのである。
第三段階:プロ転向期(2013〜2014)──ひふみ投信入りという衝撃
そして次のクラスチェンジ。2005年7月に65万円の資金で株式投資を始め、7年半で2,000倍近い驚異的なパフォーマンスを記録した個人投資家・五月(ごがつ)さんこと片山晃さんが「ひふみ投信」を運用するレオス・キャピタルワークスに「シニアアナリスト」として入社した。
これは2013年のことで、日本の個人投資家コミュニティを震撼させた事件だった。それまで日本では、「個人投資家として大成功した人がプロの世界に行く」という流れが事実上存在しなかったからだ。
私の独自視点で言えば、片山氏のこのプロ転向は、日本の運用業界における「文化的革命」だった。プロは大学・大学院でファイナンスを学び、証券会社や運用会社で訓練を受けた人がやるもの──そういう固定観念を、専門学校中退・元ニートの30歳が打ち破ったのである。これは投資業界の権威主義を内部から壊した。
片山氏自身は「もちろん、これまで僕はとにかく自由に、自分が考えたアイデアを相場で表現したいと思うタイプだったので『縛られたくない』というのはあった。でも、一定の制約があるなかで、そこで自分の能力を発揮していくという新しいトライは、それはそれで別の面白さというか、試されている感覚があって、いい緊張感の中で仕事ができている」と語っている。
なぜプロに行ったのか。これは私の解釈だが、片山氏は「個人投資家として勝つこと」のレベルでの達成感に飽きていたのだと思う。65万円が12億円になっても、それは数字が増えただけで、社会的な意味は薄い。他人のお金を運用し、責任とプレッシャーの中でパフォーマンスを出すという「次のレベル」を求めたのだ。これはマズローの欲求段階説で言えば、自己実現の領域に踏み込んだ動機と言える。
第四段階:再独立とシリウスパートナーズ設立(2014〜)──ベンチャー投資への進出
ところが、片山氏は1年でひふみ投信を退社する。
2014年に独立し、未上場企業投資を行う法人「シリウスパートナーズ」を設立した。2014年、未上場企業への投資を行うシリウスパートナーズ株式会社を立ち上げ、再独立。複数の上場企業にも大株主として名を連ねている。
ここがまた興味深い。なぜ1年で辞めたのか。本人は「自由にやりたい」と語っているが、私はこれを「投資家としての本能」と「組織人としての制約」のミスマッチだったと見ている。
ファンドマネージャーは月次・四半期でパフォーマンスを評価される。下げ相場でも顧客資金の解約に対応しなければならない。指数(ベンチマーク)からの乖離を一定以下に抑える必要がある。こうした制約は、片山氏が個人投資家時代に持っていた「全力投資の自由」「テンバガー狙いの集中投資」とは相性が悪い。
クロスメディア・パブリッシングの紹介によれば、ペンネーム:五月(ごがつ)、専門学校中退後の4年間をネットゲーム廃人として過ごした後、22歳で株式投資に出合い、2005年5月からの7年半で65万円の投資額を12億円まで増やした。2013年に運用会社レオス・キャピタルワークスに入社、1年間の機関投資家業務を経験し再独立。現在の総資産は150億円で、企業買収やヘッジファンドの設立、累計50件以上のスタートアップ投資など活動の幅を広げている。北海道に競走馬の生産牧場を持つ馬主としても知られるとある。
つまり再独立後、片山氏の投資領域は次のように拡張していった。
第一に、上場株への個人投資はそのまま継続。日本ライフラインなどへの集中投資を続行。
第二に、シリウスパートナーズを通じた未上場ベンチャー投資。50件以上のスタートアップへの出資。
第三に、ヘッジファンド「シュバイツェル・インベストメント」の設立。片山さんがアニメ化を進めている金融冒険ノベル『WORLD END ECONOMiCA(ワールドエンドエコノミカ)』に登場する架空の資産運用会社から名前を取った。もともとは私個人の資産を運用するために立ち上げたもので、社名は重要でないと思っていたという。
第四に、競走馬牧場「ハクレイファーム」の運営。2017年にYSスタッドの創業者の引退に伴い片山氏が引き継ぐ形で運営している。ハクレイファームの前身はウメノファイバーなどを輩出した新冠の名門YSスタッドだった。
これだけのポートフォリオを個人で持っている投資家は、日本では極めて稀である。私の見立てでは、片山氏は「ベンジャミン・グレアム+ピーター・リンチ+バフェット+ソロス」の要素を、自分なりに組み合わせて独自進化させている。
投資手法の核心──成長性、EPS、そして「何倍になるか」
片山氏の投資手法を整理しておきたい。複数のメディアの分析を統合すると、以下のように整理できる。
投資手法の極意は、「成長が期待できる企業か否か」を最も重視する。ファンダメンタルズ分析を徹底し、特にEPS(1株当たり当期純利益)の成長率と営業利益の伸びを重要視する。将来有望な成長小型株への集中投資を実践している。
ここで興味深いのは、片山氏が「低PBR・低PER株では大きく儲からない」という立場を取っていることだ。マネー現代の記事タイトルにも、「なぜ『低PBR銘柄』『低PER銘柄』では大きく儲からないのか?」という記事がある。
これは典型的なバリュー投資家の発想とは違う。彼はバリュー(割安)だけでなく「グロース(成長)」を重視する。低PBR株は割安なまま放置されるリスクがある一方、EPSが急成長する銘柄は、PERが拡大し、EPSも増えるという「ダブルレバレッジ」が効く。たとえばEPSが3倍になり、PERが10倍から20倍に切り上がれば、株価は6倍になる。これが片山流テンバガーの方程式だ。
私が独自に強調したいのは、片山氏の投資哲学のエッセンスが「グロース寄りのバリュー」あるいは「GARP(Growth At Reasonable Price)」だという点だ。彼はピーター・リンチの系譜にある。ただ割安を買うのではなく、「成長企業を成長前夜の合理的な価格で買う」というスタイル。だからこそ低PBR・低PERだけでスクリーニングされる銘柄は彼の網に引っかからない。
保有銘柄から透ける「片山銘柄」の特徴
過去の代表的な保有銘柄を見ると、傾向がよく見える。日本ライフライン、オープンドア、チャーム・ケア・コーポレーション、クイック、トリケミカル研究所、ヒロセ通商、鈴木、歯愛メディカル、サイバーリンクス、ナガオカ、HEROZ、キッズウェル・バイオ、パピレス、クルーズ、テモナ、テクノマセマティカル……。
業種は驚くほど多岐にわたる。医療機器、旅行サイト、介護、人材、半導体材料、FX、自動車部品、歯科向け通販、地方IT、水処理、AI、再生医療、電子書籍、EC基盤、半導体IP……。
私の独自分析を述べると、片山氏の銘柄選定には三つの特徴がある。
第一に、「業種の多様性」。彼はセクターに偏見を持たない。医療でもITでも介護でもFXでも、成長性さえあれば突っ込む。これはセクターアロケーションでがんじがらめになる機関投資家には真似できない。
第二に、「テーマ株ではなく企業選び」。たとえば医療というセクターを選ぶのではなく、医療の中で日本ライフラインという特定企業を選ぶ。AIブームでHEROZを選ぶ。「テーマ」ではなく「個社のビジネスモデル」を見ている。
第三に、「時価総額1,000億円以下が中心」。保有銘柄は、日本ライフライン(7575)や鈴木(6785)など、時価総額1,000億円以下の成長性を秘めた小型株が多い。これは個人投資家ならではのアドバンテージで、機関投資家のスクリーニング対象から外れる領域を狙い撃ちにしている。
バフェット・コードによると、片山晃さんは現在25銘柄を保有している。これは光通信(315銘柄)や吉田知広氏(137銘柄)と比べると圧倒的に少ない。徹底した「精選×集中」が片山スタイルである。
モダリス事件──伝説の投資家にも訪れた失敗
光ある所には影がある。片山氏のキャリアには、避けて通れない事件がある。モダリス株のロックアップ違反だ。
2021年の3月に片山晃さんがロックアップ違反により、モダリス株を60万株売却したと発表があった。モダリス(4883)は、希少な疾患をターゲットとして治療薬を開発する遺伝子治療の東大発バイオベンチャー。東証マザーズに上場したのは2020年8月3日。今回に関しては、モダリス(4883)が上場した2020年8月3日から半年間は譲渡してはいけないというルールだった。事前にモダリスへ報告する義務を忘れてしまっていた。結果的に、ロックアップ違反で得た金額約4億円と違反のペナルティとして8,000万円を支払うこととなった。
この事件をどう評価するか。私の独自視点で率直に書いておきたい。
第一に、これは「悪意ある犯罪」ではなく「手続き上の不注意」だった。事前報告義務を忘れていたという、極めて事務的なミス。詐欺やインサイダーとは性質が違う。
第二に、片山氏は4億円の利益と8,000万円のペナルティを潔く受け入れ、自身のTwitterで謝罪した。これは「失敗の後処理が成功者を作る」という観点で評価できる。
第三に、しかしこの事件は、彼が個人投資家から責任を負う立場に進化していく過程の必然的な「成長痛」だったと、私は捉えている。65万円から始めたゲーマーが、数十億円規模のベンチャー投資家になり、未上場企業のロックアップ規制という細かい制度まで完璧に把握する──これは並大抵の学習量ではない。一人ですべてをやってきた個人投資家が、組織的なコンプライアンス体制を必要とする規模に達したことを、この事件は教えてくれた。
人は失敗から学ぶ。片山氏ほどの成功者でも例外ではない。むしろ、失敗を公開し謝罪し前に進む姿勢こそ、彼が後進から信頼され続ける理由でもある。
競走馬という第二の人生──ハクレイファーム代表として
片山氏のもう一つの顔が、競走馬のオーナーブリーダーである。2013年10月13日の新馬戦に愛馬デザイアドライブでJRAの馬主デビュー。その後は何頭か個人名義で走らせ、2018年にレッドマジック社名に名義を変更した。馬主の片山晃氏は、ハクレイファームという生産牧場も経営している。ハクレイファームの前身はウメノファイバーなどを輩出した新冠の名門YSスタッドで、2017年にYSスタッドの創業者の引退に伴い片山氏が引き継ぐ形で運営している。
そしてハクレイファーム自身が出している「マーケットブリーダー宣言」が興味深い。「弊社はすべての生産馬を原則として売却する方針を持っているマーケットブリーダーです。代表の片山は個人投資家であり、2013年から馬主(現在の名義は株式会社レッドマジック)として活動をしているので、その成り立ちからオーナーブリーダーという認識を持たれることもありますが、そうではありません。ハクレイファームは良い馬ほど市場に出していきます。レッドマジックでオーナーとしての栄誉を得ることにはそれほど関心はありません」と書かれている。
これは独自視点として深掘りしたい部分だ。普通の馬主は「自分の馬で大レースを勝ちたい」というエゴ・ドリブンで動く。しかし片山氏は逆だ。良い馬ほど他人に売る。これは投資家としての発想そのものである。「良いものを作って市場に出す」「他人に評価される価値を生み出す」という姿勢。
私の解釈では、片山氏は競走馬牧場すらも、彼自身の投資哲学の延長線上で運営している。投資とは、単にお金を増やすことではなく、「価値を作って世に問うこと」だという思想。日経新聞のインタビューで彼は、「自分は何かを生み出したわけではない。投資は単なる金稼ぎゲームではないか」と自問したと語っている。この自問への答えとして、馬牧場や未上場ベンチャー投資があるのではないか。
2025年──資産300億円超への到達
さらに最新の情報を追加しておこう。300億円投資家・五月=片山晃さん&100億円テスタさん対談、2025年8月までに稼いだ利益は300億円超、2025年注目は「空運」や「データセンター向け部品」「ネット広告・ゲーム・IP関連」、日本株に投資をする上で日本の政治にも注目すべきと述べている、2025年はnoteでの発信やブログ再開に注力している。
2020年に150億円、2025年に300億円超。コロナ後の5年間で資産が倍増している。これは日経平均の上昇率(2020年末の約27,000円から2025年の約4万円台後半)を大幅に上回るパフォーマンスだ。中小型成長株への集中投資というスタイルが、新NISAブームと日本株再評価の追い風を受けて爆発した形である。
著書から読み解く片山哲学──「投資は信念と忍耐」
片山氏は2015年に『勝つ投資 負けない投資』という著書を出版している。共著者は機関投資家の小松原周氏。2024年には改訂版が出ており、累計3.5万部超のロングセラーだ。
アルバイトで貯めた65万円を150億円まで増やした「究極の個人投資家」である片山晃(五月)氏。そしてもう1人は、大手資産運用会社でファンドマネージャー・アナリストを務め、徹底した企業リサーチと業績予想によって「不敗の機関投資家」として知られる小松原周氏。本書は2015年刊行の初版では多くの読者の方々から好評を博し、Amazonでは800個に迫る評価・レビューを集め、3万部5,000部を超えるスマッシュヒットとなった。
この本のメッセージで、私が最も心打たれたのが次の部分だ。
「投資には様々なやり方があり、どれを選ぶかは一概に論じることは出来ない」と片山氏は言う。投資にはその人の性格がものすごく出るもの。育ってきた環境や、今の家庭状況などのバックグラウンドによって、リスクに対する考え方も大きく異なる。そのため、「自分にはどんなやり方が向いているかというのは自身で見つけるしかない」と言われている。片山さんが薦めている「自分に合ったやり方」を見つける方法は、「いろいろなやり方に実際に触れてみて、それを実践している先駆者のブログや書籍から考え方を学び、しっくり来るまで試してみる」ということ。片山さん自身、「自分のやり方を自覚できるようになるまで、5年かかった」という。
そして、「投資には『信念』と『忍耐』が絶対的に必要である。スキルや経験は、これらに比べれば対して重要ではない」と語っている。
私はこの部分こそ、片山哲学の核心だと考えている。テクニックや手法を売り物にする投資本は山ほどある。しかし片山氏は、テクニックではなく「信念」と「忍耐」を語る。これは、彼自身がネトゲ廃人時代から、投資家として「自分のやり方を発見するまで5年かかった」という実体験から来ている。近道はない、という事実を、彼は自分の経歴で証明している。
個人投資家から見た「片山銘柄」──追っても勝てるか?
ここで現実的な話をしておきたい。「片山銘柄を後追いすれば儲かるのか?」という問題である。
結論から言えば、私の独自見解では、「銘柄をコピーしても勝てない」。理由は三つある。
第一に、片山氏は5%大量保有報告で動向が判明する規模で動くため、報告書が出た時点ですでに大量買いは終わっている。後追いの個人投資家は、彼が買い終わった水準より高値を掴むことになる。
第二に、片山氏のポジションサイズと、個人投資家のポジションサイズはまったく違う。彼が「全資産の30%突っ込む」と決断した銘柄でも、後追い投資家は同じ覚悟ができないから、結局ちょびっと買って中途半端に終わる。
第三に、最も重要だが、片山氏自身が「いつ売るか」のシグナルを発信しないため、買いはコピーできても売りはコピーできない。これが致命的だ。
ではどうすべきか。私の提案は、「銘柄ではなく考え方をコピーする」ことだ。彼が「成長企業を割安で買う」「業種を問わず個社のビジネスモデルを見る」「テンバガーが見えたら全力で張る」「自分のスタイルが固まるまで5年かける」という哲学を、自分の投資行動に落とし込む。これなら誰にでも実行可能で、長期的に効果を発揮する。
結びに──片山晃氏が日本の個人投資家に残した遺産
長くなったが最後に独自視点で総括したい。片山晃氏が日本の個人投資家文化に残した遺産は、大きく三つあると私は考えている。
第一に、「個人投資家でもプロになれる」という新しいキャリアパスを提示したこと。レオス・キャピタルワークス入社は、その後の個人投資家たちに「自分の腕を磨けば運用業界に行ける」という夢を与えた。これは投資業界の階級制度を壊した功績である。
第二に、「成長×割安」という投資哲学を日本市場に定着させたこと。バリュー一辺倒でもグロース一辺倒でもない、両者を統合した「GARP」アプローチが、彼の著書を通じて多くの個人投資家に伝わった。これは日本の投資教育に対する貢献度が大きい。
第三に、「投資家のその先」を示したこと。お金を増やすことが目標ではなく、それを使って何を成すかという視点を、馬牧場・ベンチャー投資・社会貢献という形で実践している。彼自身が日経新聞で「これは私の個人的な考えで、押しつけるつもりはないのですが、『せっかく投資でお金を稼いだのなら、社会的に意味のあることに使った方が充実するだろう』という思いが、今回の取り組みの根底にある」と語っている。これは投資家という生き方の最終的なロールモデルとして、後続に新しい問いを投げかけている。
ネトゲ廃人だった青年が、テレビドラマに触発されて株を始め、20年で300億円超を築き、機関投資家にもなり、ベンチャー投資家にもなり、馬牧場の経営者にもなった。この変態(メタモルフォーゼ)の連続を可能にしたのは、ひとえに彼の「自分に向き合う誠実さ」と「変化を恐れない好奇心」だった。
我々凡庸な個人投資家は、彼の銘柄リストを覗くより、彼の生き方そのものを参考にすべきだ。今の自分のスタイルが本当に自分に合っているか。次のステージに進む準備はできているか。投資で得たお金を、何のために使いたいか。──こうした問いに、片山氏の半生は静かに答えを与えてくれる。
次に四季報をめくるとき、五月さんがどの銘柄に名を連ねているか、ぜひチェックしてみてほしい。そこに彼の最新の「物語の続き」が書かれているはずだ。そして願わくば、自分自身の物語も、いま少しでも前に進めていきたい──と、私は片山氏の歩みを振り返るたびに思うのである。

