はじめに——「公務員になれ」と無責任に勧めるつもりはない
このシリーズでは公務員試験の攻略法を解説してきた。だが「全員が公務員を目指すべきだ」とは思っていない。公務員はすべての人に合う職業ではない。合わない人が無理に目指しても、勉強の時間が無駄になるか、合格しても続かないか、どちらかだ。
この記事では「目指すべき理由」と「目指すべきではない理由」を両方示す。両方を読んだ上で「自分はどちらに当てはまるか」を冷静に判断してほしい。判断の結果「目指す」なら全力で。「目指さない」なら別の道に全力を注ぐ。どちらも正しい選択だ。
目指すべき理由1:「雇用の安定」が人生を根本から変える
氷河期世代の非正規雇用者にとって、最大のストレス源は「雇用の不安定さ」だ。3ヶ月ごとの契約更新。更新されるかどうかわからない。更新されなければ収入がゼロになる。この不安が、20年以上にわたって精神を蝕んできた。
公務員は原則として「解雇されない」。懲戒免職(重大な法令違反等)でなければ、定年まで雇用が保障される。「来月の契約更新」を心配する必要がない。この「安定」は、手取りの金額以上の価値がある。「明日の仕事がある」という安心感。この安心感が、睡眠の質を上げ、メンタルを安定させ、生活全体の質を向上させる。
目指すべき理由2:「ボーナス・退職金・年金」のトリプルセーフティネット
前の記事で計算した通り、公務員にはボーナス(年間約100万円)、退職金(20年勤務で約551万円)、厚生年金(中断なしの20年加入で月3万円の上乗せ)がある。派遣社員にはこれらがすべてゼロ。この「トリプルセーフティネット」が、老後の生活を根本的に変える。
「老後2000万円問題」は公務員には当てはまらない。退職金551万円+ボーナス累計2000万円(+NISAでの運用)があれば、老後の資金不足は大幅に緩和される。「老後が怖い」氷河期世代にとって、公務員の「トリプルセーフティネット」は最強の保険だ。
目指すべき理由3:「社会的信用」が手に入る
派遣社員として20年間、「社会的信用の低さ」に苦しんできたはずだ。クレジットカードの審査。賃貸の入居審査。「職業は?」と聞かれたときの気まずさ。公務員になれば、これらの悩みが一掃される。公務員は社会的信用が高い。賃貸の審査は通る。クレジットカードも作れる。「公務員です」と胸を張って言える。
社会的信用は「自己肯定感」にもつながる。「自分には価値がない」と感じてきた20年間。公務員として働くことで、「自分は社会に必要とされている」と感じられるようになる。この精神的な変化は、給料の増加以上に大きな意味を持つかもしれない。
目指すべき理由4:「有給休暇」が本当に使える
公務員の有給休暇取得率は民間企業より高い。自治体によるが、年間15〜20日の有給のうち10〜15日は実際に取得されている。「有給を使いたい」と言って嫌な顔をされることが少ない。年末年始、お盆、ゴールデンウィーク。有給をつけて連休を延ばすことが「普通」にできる。
派遣社員時代は「有給を使うと契約更新されないかも」という恐怖があった。公務員にはその恐怖がない。有給は「権利」として堂々と使える。「休める」ことの幸福は、「休めない」生活を経験した人にしかわからない。
目指すべき理由5:「氷河期世代限定枠」は今だけの特別なチャンス
氷河期世代向けの公務員採用枠は「時限的な制度」の可能性がある。政府の「就職氷河期世代支援プログラム」は2020年度から集中的に実施されているが、永続的な制度ではない。いつ終了するかはわからない。終了すれば、45歳以上の非正規雇用者が正規の公務員になるルートは事実上閉ざされる。
「今だけのチャンス」を逃すか、掴むか。逃した場合、「あのとき受けていれば」という後悔は一生消えない。掴んで不合格でも、「挑戦した」という事実は残る。後悔より挑戦のほうが、精神的に健全だ。
目指すべきではない理由1:「安定志向だけ」で目指すのは危険
「安定しているから公務員になりたい」。この動機は面接では通用しないが、本音としては多くの人が持っている。だが「安定だけ」が目的で公務員になると、「安定以外に何もない」仕事に耐えられなくなる可能性がある。
公務員の仕事は「やりがい」を感じにくい面がある。ルーティンの事務作業、膨大な書類、複雑な規則、遅い意思決定。「つまらない」と感じる日が多いかもしれない。「安定」は「退屈」と背中合わせだ。
派遣社員時代に「割り切り労働」を実践してきた人なら、公務員の仕事も「割り切り」でやっていける。だが「やりがいのある仕事がしたい」と強く思っている人が公務員になると、ギャップに苦しむ可能性がある。公務員の仕事に「やりがい」を見出せるかどうか、事前に想像してみてほしい。
目指すべきではない理由2:「組織のルール」に従えない人
公務員は「組織の一員」として働く。上司の指示に従う。規則を守る。前例に倣う。「自分のやり方でやりたい」「ルールに縛られたくない」「上司に指示されるのが嫌だ」。こうした志向を持つ人には、公務員は向かない。
派遣社員時代は「合わなければ次の派遣先に行く」自由があった。公務員にはこの自由がない。合わない上司がいても、異動を待つしかない。合わない部署に配属されても、数年間は耐えるしかない。「逃げ場のなさ」は、公務員のデメリットの一つだ。
もちろん、派遣社員としてさまざまな職場環境に適応してきた人は、この「逃げ場のなさ」にも耐えられる可能性が高い。20年間で培った「適応力」と「我慢力」が、ここでも活きる。
目指すべきではない理由3:「勉強する時間・気力がない」場合
公務員試験に合格するには200時間前後の勉強が必要。仕事をしながら毎日1〜2時間の勉強を3〜6ヶ月続ける。この時間と気力を確保できるかどうか。
心身の状態が極度に悪い場合(うつ状態、慢性的な疲労、病気の治療中)、勉強に取り組むのは現実的ではない。まず体と心の回復を優先すべきだ。回復してから、翌年の試験を目指す。公務員試験は「来年もある」。今年無理なら来年。来年無理なら再来年。焦る必要はない。
ただし「面倒だから」「やる気が出ないから」は「目指すべきではない理由」にはならない。「面倒」「やる気が出ない」は「始めていないから」だ。テキストを1ページ開けば、「面倒」が「ちょっと面白い」に変わることがある。始めてみて、本当に無理なら諦める。始めもせずに諦めるのは、もったいない。
「判断チェックリスト」——自分に合っているか確認する
以下の質問に「はい」が多いほど、公務員に向いている。
質問1。安定した雇用と収入を最優先に考えている。質問2。組織のルールに従って働くことに抵抗がない。質問3。事務作業やルーティンワークが苦にならない。質問4。市民の役に立ちたいという気持ちがある(多少でも)。質問5。毎日1〜2時間の勉強を3〜6ヶ月続ける覚悟がある。質問6。面接で自分の経歴を正直に話す勇気がある。質問7。「もう遅い」とは思わず「まだ間に合う」と思える。
7つ中5つ以上「はい」なら、公務員を目指す価値がある。3〜4つなら、もう少し考える時間が必要。2つ以下なら、別の道を検討したほうがいいかもしれない。
まとめ——「冷静に判断し、熱く行動する」
公務員を目指すかどうかの判断は「冷静に」。判断した後の行動は「熱く」。冷静な判断なしに勢いで始めると、途中で挫折する。熱い行動なしに冷静な判断だけしていると、永遠に動き出せない。
この記事を読んで「目指す」と決めたなら、明日からテキストを開く。「目指さない」と決めたなら、明日から別の目標に向かう。どちらの決断も、「冷静に考えた上での選択」であれば正しい。正しい選択の先に、それぞれの「良い人生」がある。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

