はじめに——「合格=ゴール」ではない
公務員試験に合格した。長い勉強が報われた。泣きたいほど嬉しい。だが合格は「ゴール」ではなく「スタートライン」だ。合格した翌年の4月から、正規の公務員として働き始める。45歳の「新人」として。
ここで直面するのは「合格する前には見えなかった現実」だ。年下の上司。新人研修で20代の若者と一緒に座る居心地の悪さ。覚えなければならない規則と業務の膨大さ。「派遣とは全然違う」仕事の進め方。これらの現実を事前に知っておけば、入庁後のギャップに苦しまずに済む。
現実1:「年下の上司」が当たり前
45歳で入庁すれば、直属の上司は自分より年下の可能性が高い。係長が35歳、課長が40歳。自分より10歳年下の人間に指示される。「年下に指示されるのは屈辱だ」と感じるかもしれない。だが公務員の組織は「年齢」ではなく「職位」で動く。上司が年下でも、上司は上司。指示には従う。
覚悟すべきこと。「年齢のプライド」を捨てる。45歳でも「新人」。新人として学ぶ姿勢を持つ。年下の上司に「教えてください」と素直に言える人は、職場で受け入れられやすい。逆に「年上だから」とプライドを振りかざすと、孤立する。
派遣社員時代、年下の正社員に指示されることは日常だったはずだ。あの経験が、ここで活きる。「年下に指示されること」に慣れているのは、氷河期世代の強みだ。
現実2:「新人研修」が意外と辛い
入庁後、新人研修がある。期間は自治体によって異なるが、数日〜数週間。研修では、公務員の服務規律、法令の基礎知識、事務処理の方法、接遇マナーなどを学ぶ。
辛いのは「20代の新卒と同じ研修を受ける」ことだ。45歳の自分と、22歳の新卒が同じ教室に座り、同じ講義を受ける。周囲からの視線が気になる。「なんであの人こんな歳で新人研修を?」。実際にはそう思われていないかもしれないが、自意識が「思われている」と感じさせる。
覚悟すべきこと。研修は「通過儀礼」と割り切る。数日〜数週間で終わる。終われば配属先に行ける。研修中は「吸収する場」と捉え、できるだけ多くの知識を持ち帰る。20代の新卒には「若さ」があるが、45歳には「社会経験」がある。研修のグループワークでは、社会経験を活かしてリーダーシップを取ることもできる。年齢を「ハンデ」ではなく「武器」にする。
現実3:「仕事の覚え方」が派遣とは違う
派遣社員の仕事は「マニュアル通りに作業する」ことが多い。限定された業務を、決められた手順で行う。公務員の仕事は「もう少し広い」。法令に基づいた判断、住民への説明、関係部署との調整、上司への報告。「言われたことだけやればいい」ではなく「自分で考えて動く」場面が増える。
最初の半年は「わからないことだらけ」で辛い。規則の名前が覚えられない。書類の書式がわからない。システムの操作が覚えられない。「自分はやっていけるのか」と不安になる。
覚悟すべきこと。最初の半年は「わからなくて当然」。新人が半年でベテランと同じ仕事ができるはずがない。わからないことは聞く。聞くことは恥ずかしくない。「45歳なのに聞くのが恥ずかしい」と思って聞かないまま失敗するほうが恥ずかしい。聞けば教えてもらえる。教えてもらったらメモする。メモを見返す。3回聞いて3回メモすれば、4回目は自分でできる。
現実4:「給料が思ったより少ない」と感じる
公務員の初任給は、前の記事で計算した通り月額20〜24万円程度。手取りは16〜20万円。「派遣と変わらないじゃないか」と感じるかもしれない。特に入庁1年目は、ボーナスが満額支給されない(在職期間に応じた按分になる)。「思ったほど増えなかった」失望感がある。
覚悟すべきこと。「月給」だけを見ない。年収ベースで比較する。ボーナスを含めた年収は300〜400万円。派遣の年収200〜250万円と比較すれば、年間100〜150万円の増収。さらに退職金、年金の上乗せ。「月の手取り」は変わらなくても、「生涯の収入」は4000万円の差がある。目先の月給に一喜一憂せず、長期的な視点で見る。
現実5:「住民対応」のストレス
公務員、特に窓口業務に配属された場合、住民からのクレーム対応が発生する。「手続きが遅い」「説明がわかりにくい」「なぜこの制度は使えないのか」。怒鳴る住民、泣く住民、延々と話し続ける住民。窓口は「感情労働」の場だ。
覚悟すべきこと。住民のクレームは「自分個人への攻撃」ではなく「制度やサービスへの不満」だ。自分が悪いわけではない。制度が不便なのだ。この「切り分け」ができれば、クレームのダメージは軽減される。また、派遣社員時代にコールセンターや接客を経験している人は、「クレーム耐性」がすでに身についている。この耐性は公務員の窓口業務で直接的に活きる。
「合格後にやるべきこと」チェックリスト
合格から入庁までの期間(12月〜翌年3月)にやるべきことを示す。
やるべきこと1は「現在の仕事の退職手続き」。派遣元に退職を通知する。退職日を調整する(3月末が理想)。有給が残っていれば消化する。離職票を受け取る(失業保険の手続きに使う場合があるが、公務員に転職する場合は不要な場合が多い。念のため受け取っておく)。
やるべきこと2は「引っ越しの検討」。勤務先が現在の住居から遠い場合、引っ越しを検討する。公務員には通勤手当が支給されるので、「通勤時間と家賃のバランス」を考えて住居を選ぶ。
やるべきこと3は「スーツの準備」。入庁式と初日はスーツ。日常の勤務は自治体によるが、スーツまたはビジネスカジュアルが多い。ユニクロの感動ジャケット+感動パンツ(約12000円)を2セット用意すれば、しばらくは乗り切れる。
やるべきこと4は「基本的な法令の予習」。入庁前に「日本国憲法」「地方自治法」「地方公務員法」の基本を予習しておくと、研修がスムーズに進む。図書館で「公務員のための法律入門」的な本を借りて読む。
やるべきこと5は「心身のコンディションを整える」。入庁後の数ヶ月は「新しい環境への適応」で大きなエネルギーを使う。入庁前の1〜2ヶ月は、睡眠をしっかり取り、散歩で体力を維持し、精神を安定させておく。万全の状態で「スタートライン」に立つ。
「続けること」が最大のミッション
合格後の最大のミッションは「辞めないこと」だ。入庁してから半年〜1年は「辞めたい」と思うことがあるかもしれない。仕事が覚えられない。上司と合わない。住民対応が辛い。「派遣のほうが楽だった」と感じる。
だが「辞めたい」は一時的な感情だ。新しい環境への適応には時間がかかる。半年〜1年は「産みの苦しみ」であり、2年目以降は楽になる。仕事に慣れ、人間関係ができ、「自分の居場所」ができる。2年目以降は「この仕事、悪くないな」と思える日が増える。
「辞めたい」と思ったときの対処法。1年間だけ続けると自分に約束する。1年間が過ぎてもまだ辞めたければ、そのとき改めて判断する。多くの場合、1年後には「辞めたい」気持ちは薄れている。
まとめ——「覚悟」があれば乗り越えられる
合格後の現実は甘くない。年下の上司、新人研修の居心地の悪さ、覚えることの多さ、住民対応のストレス。だがこれらの「現実」は、20年間の非正規雇用を生き延びてきた氷河期世代にとって、「乗り越えられない壁」ではない。もっと辛いことを経験してきた。100社落ちた経験に比べれば、新人研修の数週間は何でもない。
「覚悟」があれば乗り越えられる。覚悟とは「辛いことがあると知った上で、それでもやる」という決意だ。この記事で「辛いこと」を事前に知った。知った上で「それでもやる」と決めたなら、あなたの覚悟は本物だ。本物の覚悟があれば、合格後の現実は必ず乗り越えられる。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

