「収入を増やすには副業」という結論
本業の給料は頭打ちだ。頭打ちというか、天井が低い。派遣社員の時給は、10年働いても大して上がらない。年収300万円弱のラインを、もう何年もうろうろしている。
NISAに回す金もなければ、歯医者に行く金もない。節約はもう限界まで絞った。これ以上絞れる雑巾はない。入りが変わらないなら、出を削るしかないが、出はもう限界。
ならば入りを増やすしかない。本業の給料を上げるのは難しい。交渉の余地がない。派遣先に「時給を上げてください」と言える立場ではない。言ったら次の契約更新がなくなるかもしれない。
残る選択肢は副業だ。本業以外で稼ぐ。月に3万円でもいい。3万円あれば、NISAの積立を始められる。3万円あれば、半年に一度くらい歯医者に行ける。3万円あれば、発泡酒をビールに格上げできる。
月3万円。年36万円。このささやかな目標を掲げて、副業の世界に足を踏み入れた。
結論から言う。月3万円は、達成できなかった。
挑戦その1、クラウドソーシングのライティング
最初に試したのは、クラウドソーシングでのライティングだ。
文章を書くのは嫌いではない。このエッセイシリーズを書いている程度には、文字を並べる能力はある。だから「書く仕事」ならできるだろうと思った。
クラウドソーシングサイトに登録し、案件を探した。「初心者歓迎」「未経験OK」の案件がたくさんある。報酬を見た。1文字0.5円。3000文字で1500円。
1500円。3000文字書いて1500円。試しにやってみた。テーマは「おすすめの観光地」。指定されたキーワードを含めて、指定された構成で書く。自由に書くのではなく、フォーマットに従う。
書き始めて気づいた。意外と時間がかかる。テーマについて調べ、構成を考え、文章を書き、推敲する。3000文字を仕上げるのに4時間かかった。時給換算375円。最低賃金を大幅に下回っている。
しかも提出後、クライアントから修正依頼が来た。「もう少しキーワードの出現頻度を上げてください」「この段落の表現を変えてください」。修正に2時間。合計6時間で1500円。時給250円。
これを毎日やれば月4万5000円にはなる。だが毎日6時間の副業は、本業との両立が不可能だ。朝8時から夕方6時まで本業。帰宅は7時。夕食を食べて8時。そこから6時間ライティングしたら深夜2時。翌朝は8時出勤。睡眠時間は5時間。これを継続したら、体が壊れる。
週末だけやるとしても、土日各6時間で3000円。月に12000円。目標の3万円に遠く及ばない。しかも週末を全部ライティングに費やすと、休息がゼロになる。休息がゼロの生活は、半年も持たないだろう。
3ヶ月で挫折した。向いていない、というよりも、構造的に成立しなかった。低単価のライティングで稼ぐには、圧倒的な速度が必要だ。私の速度では、時給換算で最低賃金に届かない。速度を上げるには経験が必要だが、経験を積むための時間がない。
挑戦その2、フリマアプリ
次に試したのは、フリマアプリでの不用品販売だ。
家の中を見回した。売れそうなものがないか探す。探した結果、売れそうなものがほぼないことがわかった。
まず、高価なものを持っていない。ブランド品はない。家電は全部安物で、中古市場での価値はほぼゼロ。本は図書館で借りて読むから、蔵書が少ない。服は消耗品として着潰しているから、売れる状態の服がない。
かろうじて出品できたのは、10年前に買ったゲームソフト数本と、読み終わった新書数冊。ゲームソフトは1本300円で出品して、2本売れた。新書は1冊200円で出品して、1冊売れた。合計800円。梱包材と送料を引くと、利益は400円程度。
400円。この400円を稼ぐのに、写真撮影、商品説明の作成、出品、購入者とのやり取り、梱包、発送、で合計3時間はかかった。時給133円。もはや趣味の領域だ。
フリマアプリで稼ぐ人は、「せどり」——安く仕入れて高く売る——をやっている。だがせどりには仕入れ資金が必要であり、商品知識も必要であり、保管場所も必要だ。仕入れ資金がない、商品知識がない、6畳一間に保管場所がない。三重の壁が立ちはだかった。
2週間で撤退。向いていなかった。そもそも売るものがない人間に、物販は無理だ。
挑戦その3、ブログアフィリエイト
次はブログだ。「ブログで月5万円稼ぐ方法」という記事をネットで読んで、やってみようと思った。
無料ブログサービスでブログを開設した。テーマは「一人暮らしの節約術」。これなら自分の経験をもとに書ける。半額シールの話、もやし料理の話、電気代の節約の話。書ける題材はいくらでもある。
3ヶ月間、週に3本のペースで記事を書いた。合計約40本。文字数は1本あたり2000文字程度。合計8万文字。結構な分量だ。
3ヶ月後のアクセス数。一日平均5PV。うち3PVは自分のアクセスだった。実質一日2PV。月間60PV。アフィリエイト収益はゼロ。文字通りのゼロ。8万文字書いて、1円も入らなかった。
なぜ読まれないのか。調べた。SEOの知識が足りなかった。キーワード選定、内部リンク構造、メタディスクリプション、被リンク対策。知らない言葉が次々と出てくる。ブログで稼ぐには、文章力だけでなく、マーケティングの知識が必要だった。
SEOを勉強する時間があるか。本業のあとの限られた時間で、SEOの知識を身につけ、それを実践し、効果を検証し、改善する。このPDCAを回すには、月に数十時間の投入が必要だ。しかもSEOは成果が出るまでに半年から1年かかる。半年間、無収入で記事を書き続ける精神力。これが私にはなかった。
4ヶ月目で更新が止まった。ブログは今も残っているが、最後の更新から2年以上経っている。「節約一人暮らしのコツ」というタイトルのブログが、インターネットの片隅で誰にも読まれずに眠っている。
挑戦その4、UberEatsの配達
頭を使う副業がダメなら、体を使う副業はどうか。
UberEatsの配達パートナーに登録した。自転車を持っていないから、徒歩での配達を試みた。徒歩配達は効率が悪いが、初期投資がゼロで始められる。
1日目。3件配達した。合計報酬は約1500円。稼働時間は4時間。時給375円。またこの数字だ。ライティングと同じ時給。
しかも肉体的にきつかった。45歳の足腰で、商品を持って歩き回る。3件目の配達を終えた時点で、膝が痛くなった。翌日は筋肉痛で歩くのが辛かった。
2日目。膝の痛みが引かないので休んだ。3日目も休んだ。4日目には「もういいか」と思っていた。2日間で1500円。膝の痛みは3日間。収支を計算すると、「休養に要した時間」を含めればほぼ赤字だ。
体を使う副業は、若い身体が前提だった。45歳の身体では、効率的に稼げない。稼げないうえに身体を壊すリスクがある。身体を壊したら本業にも影響する。本業に影響したら、副業どころではなくなる。
リスクとリターンが見合わない。撤退。
挑戦その5、ポイントサイト・アンケートモニター
もう少し手軽なものを試した。ポイントサイトとアンケートモニター。
ポイントサイトは、広告をクリックしたり、サービスに登録したりすることでポイントがもらえる。アンケートモニターは、アンケートに回答するとポイントがもらえる。
1ヶ月やってみた。毎日30分、ポイントサイトとアンケートを回す。1ヶ月後の獲得ポイントは約1500ポイント。1ポイント=1円なので、1500円。月1500円。
1500円。これでは何にもならない。30日×30分=15時間。15時間で1500円。時給100円。時給100円の仕事は、もはや「仕事」と呼べない。「暇つぶし」に100円のおまけがついた、という程度のものだ。
しかもアンケートの内容が虚しい。「最近購入した商品について教えてください」。購入した商品? 半額の惣菜と発泡酒と食パンだ。そんなアンケート結果が、マーケティングに役立つとは思えない。
1ヶ月で飽きた。正確には、虚しくなってやめた。
向いていないことの発見
5つの副業を試して、得られた最大の成果は「自分に向いていないことがたくさんある」という発見だった。
ライティング。速度が足りない。低単価案件では時給が最低賃金を下回る。高単価案件を取るには実績が必要だが、実績を積む時間がない。
物販。売るものがない。仕入れの知識も資金もない。商才がない。
ブログ。書けるが、読まれない。SEOの知識がない。マーケティングセンスがない。成果が出るまでの忍耐力がない。
配達。体力がない。45歳の身体で体力勝負は無理。
ポイントサイト。時給が低すぎて話にならない。
これらの「向いていない」を並べると、私に何が「向いている」のかがわからなくなる。ライティングも物販もブログも配達もポイントサイトも向いていないなら、何が向いているのか。何もないのではないか。
この「何もないのではないか」という発見が、副業挑戦の最も痛い成果だった。自分には特別なスキルがない。特別な才能もない。普通の事務作業を普通にこなす能力はあるが、それを副業に転用する方法がわからない。事務スキルをクラウドソーシングで売ろうとしたが、データ入力の単価は1件数円の世界だった。数円。もはや「タダ働きに小銭がくっついた」レベルだ。
「好きなことで生きていく」の残酷さ
副業の世界には、「好きなことで生きていく」「得意なことを仕事にする」というスローガンがある。
YouTubeの広告、副業セミナーのチラシ、インフルエンサーのSNS。「あなたの好きなこと、得意なことが、お金になります」。このメッセージは、一定の層には希望を与える。好きなことがあり、得意なことがある人にとっては。
だが「好き」も「得意」もない人間にとって、このスローガンは残酷だ。好きなことがわからない。得意なことが見つからない。見つからないまま40代を迎えた人間に、「好きなことで生きていく」と言われても、入口が見えない。
もっと言えば、「好きなこと」が仕事になる人は、「好きなこと」をやるためのリソースを持っている。時間、お金、教育、環境。これらが揃っていれば、好きなことを深掘りでき、深掘りした結果がスキルになり、スキルがお金を生む。
リソースがない人間には、「好きなこと」を深掘りする余裕がない。深掘りできなければスキルにならない。スキルにならなければ稼げない。「好きなことで稼ぐ」には、好きなことを育てる畑が必要だが、畑が持てない人間は種を蒔くこともできない。
「スキルがない人間の副業」問題
副業で成功している人の話を聞くと、たいてい「本業のスキルを横展開している」パターンだ。エンジニアが副業でフリーランスの開発案件を受ける。デザイナーが副業でロゴを作る。マーケターが副業でコンサルをする。専門スキルを持つ人間が、そのスキルを別の場所で売る。
では、専門スキルを持たない人間は、何を売ればいいのか。
一般事務の経験しかない人間が売れるものは、限られている。データ入力。文字起こし。簡単な書類作成。これらは単価が低い。低い理由は、誰にでもできるからだ。供給過剰。需要に対して供給が多すぎると、単価は下がる。経済学の基本だ。
「スキルがないなら身につければいい」と言う人がいる。正論だ。プログラミングを学べ。Webデザインを学べ。動画編集を学べ。それは正しい。正しいが、学ぶための時間と金がない。スクールに通う費用、教材費、学習のための時間。これらのリソースが揃っていれば、確かにスキルは身につく。揃っていないから困っているのだ。
「無料で学べるコンテンツがある」と言う人もいる。YouTubeのチュートリアル、無料のオンライン講座。確かにある。だが自学自習には、高い自己管理能力と、成果が出るまでの忍耐力が必要だ。本業で疲れた夜に、独学でプログラミングを学び続けるモチベーションを維持するのは、想像以上に難しい。実際にやってみたことがある。3日で挫折した。
それでも探し続ける
5つの副業に挫折したが、探すこと自体はやめていない。
やめたら、「本業の収入だけで一生やりくりする」という確定に至る。確定に至ると、NISAも歯医者も温泉旅行も、永久に諦めることになる。永久に諦めるには、まだ早いと思いたい。
次に何を試すか。まだ考え中だ。単発のアルバイトを週末にやる、という選択肢もある。イベントスタッフ、引っ越し作業員、工場の軽作業。これらは体力勝負だが、UberEatsほどの持続性は求められない。単発だから、体力が持つ範囲でやれる。
あるいは、全く違うアプローチもある。「稼ぐ」のではなく「減らす」。副業で月3万円増やすのではなく、支出を月3万円減らす。同じ効果だ。ただし、前述の通り、支出はもう限界まで絞っている。3万円削るには、家賃を下げるか、食費をさらに削るか、あるいは生活の何か根本的な構造を変えるか。どれも簡単ではない。
答えは出ていない。出ていないが、考え続けている。考え続けること自体が、一種の副業かもしれない。収入はゼロだが、自分の状況を分析し、選択肢を検討し、次のアクションを考える。この知的作業に、誰かが時給を払ってくれたら、月3万円くらいにはなるかもしれない。もちろん、払ってくれる人はいない。
「向いていない」を知ること自体の価値
5つの挫折は、無駄だったか。
短期的にはそうだ。時間と少額の金を失い、月3万円の目標は達成できなかった。
だが長期的に見ると、「向いていないこと」を知ったこと自体に価値があるかもしれない。向いていないことに時間を使い続けるよりは、向いていないとわかった上で次を探すほうが効率的だ。エジソンが「失敗ではない、うまくいかない方法を見つけたのだ」と言ったのと同じ理屈だ。
エジソンと私を同列に語るのは、さすがに気が引ける。だが「うまくいかない方法を5つ見つけた」のは事実だ。この5つの経験は、次の挑戦の肥やしになる。なるかもしれない。ならないかもしれない。だが、やらなければわからなかった。やったからわかった。その「わかった」に、少しだけ意味がある。
副業を始めて気づいた「向いていないこと」の多さ。それは同時に、「向いていること」を絞り込む作業でもあった。5つ消去して、残りの選択肢を見る。まだ見つかっていないが、消去法は確実に進んでいる。全部消去されたら、「何にも向いていない」という結論が出る。その結論が出たら、出たで受け入れる。受け入れた上で、「向いていなくてもできること」を探す。探し続ける。探すことをやめたら、本当に終わりだ。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。副業で挫折した経験がある人は、きっと少なくないはずです。
