林輝太郎の投資哲学を徹底解剖する――最後の相場師が遺した「相場技術論」の全貌

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  1. はじめに――なぜ今、林輝太郎なのか
  2. 第一章 林輝太郎の生涯――焼け野原から相場の世界へ
    1. 1-1 戦争のなかで育った青年
    2. 1-2 ヤミ屋時代――生きるための商売
    3. 1-3 初めての相場――平和不動産10株
    4. 1-4 商品先物の世界へ――隆昌産業入社
    5. 1-5 「赤いダイヤ」で大敗――一文無しになった経験
    6. 1-6 山本真一氏との出会い――基礎練習の指導
    7. 1-7 ヤマハ通商の設立と失敗
    8. 1-8 林輝太郎投資研究所の設立
    9. 1-9 高度成長からバブル、その崩壊まで
    10. 1-10 最晩年の輝太郎氏
  3. 第二章 相場技術論――林輝太郎の思想の核
    1. 2-1 「相場技術論」とは何か
    2. 2-2 「相場は科学ではない」
    3. 2-3 「予測しない」の真の意味
    4. 2-4 「上手下手」という観点
    5. 2-5 「やさしいやり方」という発想
    6. 2-6 「血のにじむような努力ではない」
  4. 第三章 うねり取り――林輝太郎の代表的売買技法
    1. 3-1 うねり取りとは何か
    2. 3-2 「三月またがり60日」という基本周期
    3. 3-3 銘柄を絞り込む――「銘柄固定売買」の発想
    4. 3-4 「休む」という技術
    5. 3-5 「上手下手」を体現する分割売買
    6. 3-6 うねり取りの実践例――「年間20%程度の利益」
    7. 3-7 うねり取りができない人――典型的な失敗パターン
  5. 第四章 サヤ取り――手堅い「利殖」の世界
    1. 4-1 サヤ取りとは何か
    2. 4-2 「サヤこそ相場」と「サヤ取りは相場ではない」
    3. 4-3 サヤ取りの魅力――手堅さ
    4. 4-4 なぜサヤ取りを実践する人が少ないのか
    5. 4-5 「サヤを考える」ことで「売り」の大切さがわかる
    6. 4-6 サヤ取りの道具――「ブロック」
  6. 第五章 ツナギ売買――守りの技術
    1. 5-1 ツナギとは何か
    2. 5-2 多彩なツナギ売買
    3. 5-3 山崎種二(山種)の影響
    4. 5-4 「うねり取りのためのツナギ」が中心
    5. 5-5 「ツナギの濫用」への警告
  7. 第六章 FAI投資法――低位株の長期投資
    1. 6-1 FAI投資法とは
    2. 6-2 FAIクラブの発足
    3. 6-3 「下がりきった低位株を買う」という発想
    4. 6-4 月足チャートの重要性
    5. 6-5 「FAIの30のルール」
    6. 6-6 「うますぎる話には乗れ!?」
    7. 6-7 「1,000万円を5年で7億円にした人」
  8. 第七章 中源線建玉法――機械的売買への挑戦
    1. 7-1 中源線建玉法の特殊性
    2. 7-2 中源線が生まれた経緯――必勝法詐欺との闘い
    3. 7-3 「中源線」という言葉の由来
    4. 7-4 中源線のルール概要
    5. 7-5 中源線の最大の長所――「ブレない」こと
    6. 7-6 「手仕舞いの指示がある」という強み
    7. 7-7 「練習の道具」としての中源線
    8. 7-8 中源線と人間の判断の関係
    9. 7-9 「完全なるシステム売買」への懐疑
  9. 第八章 場帳と玉帳――林輝太郎流の道具
    1. 8-1 「場帳(ばちょう)」とは何か
    2. 8-2 場帳の具体的な書き方
    3. 8-3 「4つの判断」――買う、買わない、売る、売らない
    4. 8-4 「変動感覚」を身につける
    5. 8-5 「戦略と実行」の分離
    6. 8-6 「玉帳(ぎょくちょう)」とは
    7. 8-7 「気分のムラ」を防ぐ
    8. 8-8 グラフ用紙とペン――職人の道具
    9. 8-9 現代版――Excelとの組み合わせ
  10. 第九章 林輝太郎の「相場格言」――人生訓としての投資哲学
    1. 9-1 「相場師人生訓」という本
    2. 9-2 「オシレーターで成功した人を見たことがない」
    3. 9-3 「相場師は、意外につまらない商売」
    4. 9-4 「『おかしいな』という判断は適切で確率の高い『価値ある判断』」
    5. 9-5 「終わり良ければすべて良し」
    6. 9-6 「静かに買い、静かに売る」
    7. 9-7 「お荷物になる銘柄を捨てないのは下手な売買の見本」
    8. 9-8 「過去は参考にしても、溺れてはならず」
    9. 9-9 「敵は攻撃を加えない」
    10. 9-10 林輝太郎氏の格言が示すもの
  11. 第十章 林輝太郎の教育思想――「自立する投資家」を育てる
    1. 10-1 「投資家教育」という生涯のミッション
    2. 10-2 「自立する個人投資家」という理念
    3. 10-3 「血のにじむような努力ではない」
    4. 10-4 「2年間は基礎練習」
    5. 10-5 「車の教習所」の比喩
    6. 10-6 「単純化が実行しにくい」
    7. 10-7 「正しい自己流」の確立
    8. 10-8 「研究部会報」という継続的な教育
  12. 第十一章 林輝太郎の時代背景――商品先物の黄金期
    1. 11-1 戦後復興と商品市場
    2. 11-2 「赤いダイヤ」の時代
    3. 11-3 商品相場と株式相場の違い
    4. 11-4 商品市場の衰退と「商品先物の達人」の希少化
    5. 11-5 林知之氏による継承
  13. 第十二章 「上達を拒否する人たち」――林輝太郎の冷徹な観察
    1. 12-1 「上達を拒否する」という不思議
    2. 12-2 「教えても実行しない人」
    3. 12-3 「分かったつもり」の罠
    4. 12-4 「演出は常にオーバー」
    5. 12-5 「区切りの大切さ」
    6. 12-6 「やり方を変えるな」
    7. 12-7 「上達を拒否」する深層心理
  14. 第十三章 林輝太郎の現代的意義――令和の投資家への教え
    1. 13-1 ネット時代に蘇る「相場技術論」
    2. 13-2 SNS時代の「煽り」への耐性
    3. 13-3 「分散」と「集中」の再考
    4. 13-4 「インデックス投資 vs アクティブ投資」の議論を超えて
    5. 13-5 暗号資産への応用
    6. 13-6 デイトレードへの懐疑
    7. 13-7 「老後資産」と林輝太郎流投資
    8. 13-8 「FIRE」ムーブメントと林輝太郎流
    9. 13-9 NISA・iDeCoとの関係
  15. 第十四章 林輝太郎の哲学を貫く5つのキーワード
    1. 14-1 キーワード1:「自立」
    2. 14-2 キーワード2:「単純化」
    3. 14-3 キーワード3:「対応」
    4. 14-4 キーワード4:「分割」
    5. 14-5 キーワード5:「練習」
  16. 第十五章 私が学んだこと――林輝太郎を読み続けて思うこと
    1. 15-1 「派手なものに惑わされない」
    2. 15-2 「自分の責任で動く」
    3. 15-3 「待つ」ことの価値
    4. 15-4 「記録すること」の効用
    5. 15-5 「自分のスタイルを作る」
  17. 第十六章 林輝太郎の著作リスト――何から読めばいいか
    1. 16-1 初心者向け――まずはこれから
    2. 16-2 哲学を深めたい人へ
    3. 16-3 商品相場・先物に興味がある人へ
    4. 16-4 ツナギ売買に興味がある人へ
    5. 16-5 FAI投資法に興味がある人へ
    6. 16-6 中源線建玉法に興味がある人へ
    7. 16-7 人生訓として読みたい人へ
    8. 16-8 ご子息・林知之氏のインタビュー集
  18. 第十七章 林輝太郎が遺したもの――彼が現代に問いかけるもの
    1. 17-1 彼が遺した「組織」
    2. 17-2 彼が遺した「言葉」
    3. 17-3 彼が遺した「弟子たち」
    4. 17-4 「最後の相場師」の称号
  19. 第十八章 結びに代えて――林輝太郎を超えて
    1. 18-1 「先人を尊敬しつつ、超える」
    2. 18-2 現代の投資環境に適応する
    3. 18-3 個人投資家の「次世代」の使命
    4. 18-4 最後のメッセージ
  20. 参考資料
    1. 一次資料(林輝太郎氏自身および林投資研究所の発信)
    2. 林輝太郎氏の主要著作
    3. 林知之氏の著作(父・輝太郎氏の手法を継承・解説したもの)
    4. その他の参考資料
  21. あとがき
  22. 第十九章 林輝太郎の影響源――本間宗久と関根養八
    1. 19-1 江戸時代の天才相場師・本間宗久
    2. 19-2 「人の行く裏に道あり花の山」
    3. 19-3 「相場は明日もある」
    4. 19-4 「うねりを取れ」――関根養八の影響
    5. 19-5 系譜としての「日本の相場道」
  23. 第二十章 林輝太郎が見た「相場師の系譜」
    1. 20-1 是川銀蔵との対比
    2. 20-2 立花義正との関係
    3. 20-3 板垣浩との関係
    4. 20-4 直近の継承者・林知之
    5. 20-5 林輝太郎の弟子たち
  24. 第二十一章 うねり取り――詳細な実践手引き
    1. 21-1 うねり取りの五つの要素
    2. 21-2 銘柄の選定――「上手な銘柄選び」
    3. 21-3 波動の把握――「三月またがり60日」の真意
    4. 21-4 分割売買の実行――具体的な手順
    5. 21-5 分割売買の本当の意味
    6. 21-6 休む技術――「半年・1年休む」の覚悟
  25. 第二十二章 中源線建玉法――詳細な実践手引き
    1. 22-1 中源線とは何か
    2. 22-2 中源線の二大要素
    3. 22-3 中源線の実践イメージ
    4. 22-4 中源線の最大の特徴
    5. 22-5 中源線を学ぶには
  26. 第二十三章 サヤ取り――詳細な実践手引き
    1. 23-1 サヤ取りの基本原理
    2. 23-2 サヤ取りの種類
    3. 23-3 サヤ取りの最大の利点
    4. 23-4 サヤ取りの実践例
    5. 23-5 サヤ取りの注意点
  27. 第二十四章 FAI投資法――詳細な実践手引き
    1. 24-1 FAI投資法の正式名称
    2. 24-2 FAI投資法の対象銘柄
    3. 24-3 FAI投資法の哲学
    4. 24-4 FAI投資法の実践
    5. 24-5 FAI投資法の時間軸
  28. 第二十五章 ツナギ売買――詳細な実践手引き
    1. 25-1 ツナギ売買とは何か
    2. 25-2 ツナギ売買の利点
    3. 25-3 ツナギ売買の注意点
    4. 25-4 ツナギ売買の教育的意義
  29. 第二十六章 場帳・玉帳――手書きの哲学
    1. 26-1 なぜ手書きなのか
    2. 26-2 手書きの三つの効果
    3. 26-3 場帳の具体的な書き方
    4. 26-4 場帳・玉帳の現代的応用
  30. 第二十七章 林輝太郎の格言――より多くの言葉から学ぶ
    1. 27-1 「相場は孤独な作業である」
    2. 27-2 「下手な人ほど早く儲けたがる」
    3. 27-3 「相場は技術である」
    4. 27-4 「相場で勝つ人は、相場以外でも勝てる」
    5. 27-5 「自分で考えろ」
  31. 第二十八章 林輝太郎の遺産が現代に問いかけるもの
    1. 28-1 AI時代の相場と林輝太郎
    2. 28-2 個別株投資の復活と林輝太郎
    3. 28-3 短期売買全盛時代への警鐘
    4. 28-4 林輝太郎が未来に残したもの
  32. 第二十九章 私が林輝太郎から学んだこと――より深く
    1. 29-1 「答えを求めない」という学び
    2. 29-2 「待つ」という学び
    3. 29-3 「自分を観察する」という学び
    4. 29-4 「下手でも続ければ上達する」という励まし
  33. 第三十章 林輝太郎を読む順番――初心者から熟達者まで
    1. 30-1 完全な初心者向け
    2. 30-2 初級者向け
    3. 30-3 中級者向け
    4. 30-4 上級者向け
    5. 30-5 補完的に読むべき本
    6. 30-6 読み方のコツ
  34. 第三十一章 個人投資家が陥る十の罠――林輝太郎の教えから
    1. 31-1 罠①「銘柄を次々と変える」
    2. 31-2 罠②「一発当てを狙う」
    3. 31-3 罠③「他人の意見に流される」
    4. 31-4 罠④「損切りができない」
    5. 31-5 罠⑤「利が乗ると、すぐに利食う」
    6. 31-6 罠⑥「相場を見すぎる」
    7. 31-7 罠⑦「複数の手法を同時に試す」
    8. 31-8 罠⑧「景気予測・経済予測に頼る」
    9. 31-9 罠⑨「証券会社・ファンドの言いなりになる」
    10. 31-10 罠⑩「学習を止める」
  35. 第三十二章 林輝太郎の相場道を、現代の言葉で再構成する
    1. 32-1 「相場道」とは何か
    2. 32-2 「相場で勝つ」とはどういうことか
    3. 32-3 「上達のサイン」とは
    4. 32-4 「相場道」の最終ゴール
  36. 結びの言葉
  37. 付録 林輝太郎関連年表
  38. あとがき

はじめに――なぜ今、林輝太郎なのか

投資の世界には、流行り廃りがあります。ある時期はデイトレードが脚光を浴び、別の時期はインデックス投資が王道とされ、最近ではAIや高頻度取引、テーマ株、ミーム株までが話題になります。それぞれの時代に、それぞれの「勝てそうな方法」が次々と現れては消えていきます。

しかし、何十年もの時を超えて、いまだに多くの実践家から「原典」として読み継がれている書物が、日本の相場の世界にあります。それが、林輝太郎(はやし てるたろう)氏が遺した一連の著作です。

林輝太郎氏は1926年(大正15年)に生まれ、2012年(平成24年)に85歳でこの世を去りました。陸軍士官学校第61期生として終戦を迎え、戦後は文字通り食うために闇市で商売をしながら、1948年に平和不動産株を10株92円50銭で買ったことを皮切りに、相場の世界に足を踏み入れます。商品先物取引で名を上げ、一般投資家教育にも尽力した方で、酒田罫線法を中心に相場技術に詳しく、その著書は証券会社の講習などにも使われるほどの権威となりました。

ここで本稿が問いたいのは、なぜこの「昭和の相場師」の言葉が、令和の今もなお価値を持ち続けているのか、ということです。

筆者は長年、自分でも個人投資家として小さく相場に向き合いながら、勝てる年も負ける年も繰り返してきました。その過程で、書店に並ぶ多くの投資本を手に取ってきましたが、読み返すたびに「ここに本当のことが書いてある」と感じる本は、ごく少数です。林輝太郎氏の著作群は、その「ごく少数」のなかでも、ひときわ深いものの一つです。読みにくいと言われ、回りくどいと言われ、昭和の臭いがすると言われながらも、彼の言葉は実際に売買経験を積めば積むほど、輪郭がくっきりと浮かび上がってきます。

本記事では、林輝太郎氏の生涯、彼が確立した「相場技術論」、そして彼が遺した具体的な売買技法――うねり取り、サヤ取り、ツナギ売買、FAI投資法、中源線建玉法――を、できる限り分かりやすく解説していきます。一次情報として、ご子息である林知之氏が2011年8月に行った父・輝太郎氏への最後のインタビュー(『億トレⅢ プロ投資家のアタマの中』マイルストーンズ刊)の内容を多く引用しながら、彼の人生と思想の核を浮かび上がらせていきたいと思います。

また、本稿の終わりには、現代の投資環境のなかで彼の哲学をどう生かすか、という点についても、筆者なりの分析と提案を加えています。少し長い記事になりますが、相場で本気で勝ちたいと考えている方には、必ずや得るものがあるはずです。


第一章 林輝太郎の生涯――焼け野原から相場の世界へ

1-1 戦争のなかで育った青年

林輝太郎氏のキャリアを語るときに、絶対に避けて通れないのが、彼の出自と戦争体験です。なぜならば、彼の投資哲学の根底には、戦中・戦後を生き抜いた人間ならではの「現実主義」と「自己責任の徹底」が貫かれているからです。

1926年10月17日生まれ。陸軍士官学校第61期生。法政大学経済学部および文学部卒業という経歴は、簡素なプロフィールではこの一行で済んでしまいますが、その背景には壮絶な時代が広がっています。

ご子息の林知之氏が、2011年8月に行ったインタビューの中で、輝太郎氏はこんなふうに語っています。

卒業の間際で終戦になったんだ・・・あと半年も戦争が長引いていたら、新米将校として前線に行かされ、砲弾が飛び交う中でオロオロしていただろうなあ。8月に日本が降伏して戦争が終わったので、前倒しで卒業ということになり、とにかく自宅に戻ったんだ。(『億トレⅢ』より、ゴールドオンライン連載第1回)

士官学校は本来、埼玉県朝霞にありましたが、戦況悪化のため小川町に疎開していたとのことです。そこから自宅のある杉並区高円寺まで電車で戻ったときに見たものは、辺り一面の焼け野原でした。

駅から数キロも離れた場所まで見渡せるほどだった。(同上)

この描写は、なにげない一文ですが、強く心に残ります。空襲の被害をリアルに見てきた人間が、相場の世界に入っていったということ。そしてその青年は、当時22歳になる年でした。

1-2 ヤミ屋時代――生きるための商売

戦後、輝太郎氏が最初に手を染めた「商売」は、ヤミ屋でした。これも今の感覚ではピンと来ないかもしれませんが、当時は食料が配給制で、それだけでは到底足りなかったため、闇市での流通が多くの人の命を支えていたのです。

オレも食うためにヤミ屋をやったりしたんだが、幸いにも軌道に乗って、少し余るくらいの稼ぎがあったから、それをさらに膨らまそうと考えて株を買ったのが、相場の世界に入るきっかけだったな。(『億トレⅢ』第1回)

ここで筆者が注目したいのは、輝太郎氏の相場入りの動機が、決して「儲けたい」「金持ちになりたい」というロマン主義的なものではなかったという点です。すでに商売で得ていた余剰資金を、さらに膨らませる手段として株を選んだ――この極めて現実的な発想こそが、後年の彼の哲学の出発点になっていると、筆者には思えます。

具体的なエピソードもあります。叔父の家がある千葉県稲毛市の海岸でアオサ(青海苔の代用品)を採取してきて、これを天日干しして袋詰めにし、高円寺のヤミ市で1袋1銭で売ったところ評判となり、当時の金額で1万円(現在の数百万円相当)を貯めたことがあったそうです(『億トレⅢ』第1回)。

千葉県の農家で着物とサツマイモを交換する買い出し列車にも乗りました。映画でしか見たことがないような、窓からはみ出るほどの人で混み合った列車に、輝太郎氏は実際に乗っていたわけです。警察に捕まる可能性もあり、苦労して手に入れた食料を盗まれることもあったといいます。

このエピソードから何が見えてくるかというと、彼は「ゼロから商売を組み立てる」経験を、若いうちに腹の底から積んでいたということです。誰かに教わるのではなく、自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分の手と足で稼ぐ。この自助努力の精神こそ、後の「相場師として独りで立つ」という哲学の根っこにあったと、筆者は読んでいます。

1-3 初めての相場――平和不動産10株

1948年(昭和23年)、輝太郎氏は初めて株式を購入します。1948年、平和不動産10株を92円50銭で買い、利益をあげたのが初めての相場でした。

92円50銭という単価は、現在の感覚では想像しにくい価格ですが、当時の集団売買の時代にあっては、ごく普通の取引でした。集団売買というのは、現在の電子取引のような連続的な売買とは異なり、決められた時刻に、決められた場所で、人が集まって価格を決めていく方式です。

この最初の取引で利益を上げた経験が、輝太郎氏を相場の世界に深く引き込んでいきました。しかしながら、ここからすんなりと成功への道を歩んだわけではありません。むしろ、彼の人生はここから何度も大きく揺れることになります。

1-4 商品先物の世界へ――隆昌産業入社

1955年、東京穀物商品取引所仲買人・隆昌産業株式会社に入社します。彼は29歳になっていました。

商品先物取引の仲買人というのは、現在の証券会社の営業マンに近い役割で、お客さんから注文を取って、取引所に取り次ぐ仕事です。輝太郎氏はここでセールスマンとして働きながら、自身も「手張り」(自己売買)を行っていました。

当時、彼に相場を教えてくれた一人が、「安(やす)さん」という人物だったといいます。これは、輝太郎氏自身が後に著した『脱アマ相場師列伝』に登場する人物で、セントラル証券の店先で知り合った人だそうです。セントラル証券は木造2階建ての古い建物で、いろいろな人が来ていたなあ。中にはきちんと勉強している人やプロの相場師もいて、その中の一人が安さんだったと、輝太郎氏自身が語っています。

筆者がここで思うのは、輝太郎氏の学びのスタイルは、本や講義から学ぶというよりも、現場で実際に勝っている人から学ぶ、というものだったということです。これは現代の投資家にも示唆的です。ネット上には数えきれないほどの投資情報がありますが、本当に勝っている人と直接話す機会というのは、意外と少ない。輝太郎氏の時代は、証券会社の店頭がそういう場として機能していたわけです。

1-5 「赤いダイヤ」で大敗――一文無しになった経験

しかし、輝太郎氏のキャリアにおいて、決して忘れることのできない事件が起こります。それが、「赤いダイヤ」と呼ばれた小豆相場での大敗です。

小豆は当時、北海道産が主流で、収穫量によって価格が大きく動く、投機性の強い商品でした。その輝くような赤い豆と、価格変動の激しさから「赤いダイヤ」と呼ばれ、多くの投資家・投機家がこれに群がりました。

輝太郎氏もまた、買い方として参加し、大きく負けたのです。工事は中途半端だったが、生活できる状態の自宅が残った。借地だった土地も買い取っていた。でも現金がない。だから、ふだんの生活に必要なカネもない状態だったわけだと、輝太郎氏は語っています。

これは、ただの大損ではありません。自宅の工事費まで突っ込んで、生活費もなくなるほどの大敗だったのです。家族を抱えている身で、これほどの損失を出したという事実は、想像するだけで胃が痛くなります。

筆者は、相場で大きく負けた経験のある人ほど、後に強くなれる、と考えています。それは、痛い目に遭ったからこそ、無謀な賭けをしなくなるからです。輝太郎氏の場合、この大敗が、後の「分割売買」「玉のない期間を作る」「予測に固執しない」という哲学の出発点になっていきます。

1-6 山本真一氏との出会い――基礎練習の指導

絶望的な状況にあった輝太郎氏に、救いの手を差し伸べたのが、山本真一さんという実践家でした。

オレに相場を教えてくれた実践家たちのひとり、山本真一さんという人が、なんと売買の資金を貸してくれたんだ。しかし、2つの条件を与えられた。1つめは、「生活費などに使わず、相場の資金としてのみ利用する」ということ。2つめは、「基礎的な売買の練習をしろ」という指導だった。(『億トレⅢ』第8回)

この場面は、林輝太郎氏の哲学の核を理解するうえで、極めて重要です。

なぜならば、第一に、貸し付けた資金を生活費に使わせない、というルールが、相場の資金は神聖なものとして扱うという思想を含んでいるからです。第二に、「基礎の売買を練習しろ」という指導は、すぐに大儲けを狙うのではなく、まずは技術を身につけよ、という発想です。

輝太郎氏は、この指示に従って、小豆で単純な売買を繰り返しました。

オレは、言われた通り、小豆で単純な売買を繰り返した。「1枚、1枚」、あるいは「1枚、2枚」という2分割で仕掛け、それを一括で手仕舞いする練習だ。(『億トレⅢ』第8回)

ここに、「分割売買」というアプローチの原点が見えます。1枚を2回に分けて買い、まとめて売る。あるいは1枚買ってからもう1枚を後で買い足して、まとめて売る。たったこれだけのことを、ひたすら繰り返したのです。

筆者から見ると、これは現代でいう「最小限のロットでの実戦練習」に該当します。デモトレードではなく、実際にお金を動かして、しかし損失が出ても致命傷にならない量で、ひたすら経験を積む。これが上達への王道だと、輝太郎氏は山本氏から教わったのです。

1-7 ヤマハ通商の設立と失敗

1962年、ヤマハ通商株式会社を設立します。輝太郎氏は商品先物の仲買業に進出したわけです。

しかし、このビジネスは、結果として成功しませんでした。ヤマハ通商での事業は成功させることができなかったのです。

ここで輝太郎氏が後に語った言葉が、彼の本質を示しています。

相場の世界は実に単純なんです。値動きは激しいし、生き馬の目を抜く世界ですが、すべてが規格化されていて価格の交渉や仕入れ、販売ルートをつくる努力とか、そんなものは不要です。だが相場の世界でうまく立ち回れるからといって、いわゆる商売が上手にできるということではありません(Wikipedia「林輝太郎」より)

この言葉は、彼自身が会社経営という「商売」に失敗し、相場という「単純な世界」に戻ってきたことを正直に告白したものです。多くの相場師が、相場で稼いだ後に事業を興そうとして失敗するパターンがありますが、輝太郎氏もまた、それを経験したわけです。

しかし、ここからが彼の偉いところで、自分の不得手なものを認め、得意なもの(相場)に集中していくのです。

1-8 林輝太郎投資研究所の設立

1972年に林輝太郎投資研究所(現・林投資研究所)を設立します。彼は45歳になっていました。

林投資研究所は、投資顧問業として、個人投資家向けに相場の技術と考え方を発信する組織です。前進する個人投資家のために、同じプレーヤーの立場で「プロの技術と考え方」を発信しますというスタンスを、創業以来貫いています。

この「同じプレーヤーの立場で」という部分が、私には林投資研究所の最大の特徴に思えます。証券会社のアナリストや、評論家、コメンテーターたちは、相場の外側から相場を解説しています。しかし、林投資研究所は、自分たちも相場を張っているプレーヤーとして、現場の知見を発信しているのです。

ここから40年にわたって、林輝太郎氏は数多くの書籍を世に送り出し、また会報「研究部会報」を通じて、無数の個人投資家を育てていきます。

1-9 高度成長からバブル、その崩壊まで

林は日本の高度成長から1980年代末のバブル景気に至る過程で大きな成功を収め、さらに市場が加熱した時点では全てを手仕舞い休みを入れ、バブルが崩壊して以後は十年にわたる売りに転じるなど、市場の流れを見事に捉えたと記録されています。

この一節は、軽く読み飛ばしてしまいそうですが、よくよく考えるとすごいことを意味しています。

バブル真っ盛りのときに「全てを手仕舞い休みを入れる」――これは、周囲がまだまだ盛り上がっている時に、一人だけ降りるということです。当時、日経平均は1989年12月29日に史上最高値の38,915円を記録しました。誰もがあと数年でもっと上がると信じていた時代に、降りるという判断ができた人は、ほとんどいませんでした。

さらに、バブル崩壊後の10年にわたる売り――これは、多くの投資家が「もうそろそろ反発するだろう」「ここが大底だろう」と買い向かって損を重ねたのとは正反対の行動です。

筆者から見ると、これこそが「予測に頼らず、値動きに対応する」相場技術論の真骨頂です。輝太郎氏は、バブルがいつ崩壊するかを当てたのではありません。市場が異常な過熱状態にあると判断し、自らの建玉を消した。そして崩壊が始まったあとは、下げトレンドに沿って売り続けただけです。シンプルですが、これができる人はほとんどいません。

1-10 最晩年の輝太郎氏

輝太郎氏は2011年8月、肺気腫を患いながらも、ご子息の林知之氏のインタビューに応じました。これが、彼の最初で最後となるロングインタビューです。林輝太郎のラストメッセージ──最初で最後のロングインタビューを収録と紹介されている、『億トレⅢ プロ投資家のアタマの中』に収められています。

肺気腫のために長く話すのがつらいことに配慮し、自宅で何回にも分けて行われたこのインタビューには、彼が60年以上の相場人生で得た知見と哲学が、率直な語り口で凝縮されています。

そして翌2012年2月28日、林輝太郎氏は85歳でこの世を去ります。彼の遺体は、本人の希望により慶應義塾大学に献体されたといいます。


第二章 相場技術論――林輝太郎の思想の核

2-1 「相場技術論」とは何か

林輝太郎氏の投資哲学を一言で表すならば、「相場技術論」という言葉になります。

これは林投資研究所が今も使い続けているフレーズで、一部の実践家に伝えられてきた、職人的なプロの考え方。それが「相場技術論」ですと定義されています。

少し噛み砕いて言うと、相場技術論とは、相場で勝つために必要なのは「予測の精度」ではなく「値動きへの対処の技術」だ、という考え方です。

なぜこれが大事かというと、多くの個人投資家、そして多くの投資情報は、「どう予測するか」に偏っているからです。「次のテーマ株は何か」「あの企業の決算はどうなるか」「日経平均はいくらまで上がるか」「金利はどう動くか」――こうした予測情報が、メディアにもSNSにも溢れています。

しかし、輝太郎氏に言わせれば、こうした予測は基本的に当たらないし、当たっても安定して儲けにはつながりません。なぜならば、相場は無数の人間の思惑が絡み合った結果であり、科学的に予測できるものではないからです。

2-2 「相場は科学ではない」

輝太郎氏は、晩年のインタビューで、次のように明言しています。

相場は科学ではないんだ。少なくとも、科学で予測を当てることはできないってことだよ。(『億トレⅢ』最終回)

これは、極めて重要な発言です。

現代では、AIや機械学習、ビッグデータ解析を駆使して相場を予測しようという試みが盛んです。クオンツファンドと呼ばれる、数学者やプログラマーが運用するファンドも存在します。しかし、彼らも常に勝っているわけではありません。むしろ、ある時期は大儲けし、ある時期は大損する、という浮き沈みを繰り返しているのが実情です。

なぜか。それは、相場が「過去のパターン」だけでは説明できないからです。

あくまでも”ある程度”の範囲に限定されたことで、値動きは1回ごとに異なる。それに、自分も含めて、参加している人間が値段を動かしていくのだから、科学で対応できるって発想が、そもそもおかしいんだ。(『億トレⅢ』最終回)

ここに、輝太郎氏の独自の視点があります。「自分も含めて、参加している人間が値段を動かしていく」――つまり、自分自身が市場の一部であるという、根本的な認識です。これは物理学のような客観的な観測対象とは違うのです。

筆者の経験からしても、「これは絶対に上がる」と確信したときほど、買った瞬間から下がり始める、ということがよく起こります。これは決して偶然ではありません。多くの人が同じことを考えているから、すでに価格に織り込まれているのです。

2-3 「予測しない」の真の意味

ここで誤解してほしくないのは、林輝太郎氏が「予測するな」と言っているわけではない、ということです。むしろ、彼は予測を真剣に行います。ただし、その予測が「当たること」を前提にはしない、ということなのです。

「値動きにどう対処するのか」に注目する相場技術論では、過去の動きから今後の動きを考える。対処のための基準が必要だから、真剣に予測を立てる。その一方で、「予測は当たらない」と考える。予測に固執したら、外れたときに大損してしまうからだ。(『億トレⅢ』最終回)

この一節は、繰り返し読む価値があります。

「予測を立てる」――しかし「予測は当たらない」。一見矛盾しているように見えますが、ここに技術論のエッセンスがあります。

予測は、あくまで「行動のための仮の基準」です。たとえば「ここから上がるだろう」と予測したからこそ、買うわけです。しかし、その予測が外れたときに、いつでもポジションを切れるように、心の準備と技術の準備をしておく――これが相場技術論の姿勢です。

これに対して、多くの投資家は、予測を信じすぎてしまいます。「絶対に上がる」と思い込んで買い、下がってきたら「いや、まだ上がるはず」と粘り、もっと下がったら「ここから戻る」と買い増しし、最後にナンピン地獄に陥る――こうした失敗パターンは、予測に固執することから生まれます。

筆者自身、何度もこれをやってしまった経験があります。「絶対に上がる」と確信して買ったときほど、大損する確率が高い。これは皮肉のようですが、本当のことです。

2-4 「上手下手」という観点

林輝太郎氏が、相場の世界で独自の地位を築いたもう一つの理由は、相場の「上手下手」を明確に語ったことにあります。

オレたち実践家は、人間の能力による「上手下手」を大切にしているが、評論家はそれを認めない。「分析と予測が正確か否か」だけなんだ。(『億トレⅢ』最終回)

評論家、アナリスト、コメンテーターと呼ばれる人々は、自分の予測の正確性を競います。しかし、実際に相場を張っているプレーヤーから見れば、予測の正確さよりも、売買の上手下手の方がはるかに重要なのです。

これは何を意味するかというと、たとえ同じ情報を持っていても、ある人は儲かり、ある人は損する、ということです。そしてその差は、能力の差――すなわち「技術の差」――から生まれます。

林投資研究所のサイトには、この考えを端的に表す言葉があります。

売買の成功不成功は「値動きへの対応の仕方」と「売買の上手下手」ですべてが決まります。売買上手な方は難しい売買ができる方ではありません。基礎的なことを確実にできる人のことです。(『商品相場の技術』Amazon紹介文より)

「売買上手な方は難しい売買ができる方ではありません。基礎的なことを確実にできる人のことです」――この一行は、もう少し詳しく解説するに値します。

多くの初心者は、「上手な人=複雑なテクニックを駆使する人」というイメージを持っています。複雑なインジケーターを使い、複雑なエントリーポイントを見極め、複雑なポジション管理をしている人。

しかし、輝太郎氏に言わせれば、それは違うのです。本当に上手な人は、ごく基礎的な売買――買って、保有して、利益が乗ったら売る、損が出たら切る、休むときは休む――これらを「確実にできる人」なのです。

なぜか。それは、基礎が固まっていない人がいくら複雑な技術を学んでも、応用が利かないからです。料理に例えるなら、包丁の使い方や火加減の調節といった基礎ができていない人が、いきなり高度なフレンチを学んでも、料理は完成しないのと同じです。

2-5 「やさしいやり方」という発想

林輝太郎氏の代表的な著作の一つに、『うねり取り入門 株のプロへの近道』(同友館、1998年)があります。この本のキャッチコピーが、彼の哲学を象徴しています。

株で資産を築いた成功者たちと負ける投資家とのちがいは「利益を得やすい、やさしいやり方」をするかしないかにあります。つまりプロのやり方は「単純でやさしい」やり方なのです。(同書、楽天ブックス商品紹介より)

これも、深く考えるべき言葉です。

「成功者は、やさしいやり方をしている」――この感覚は、多くの初心者の感覚と真逆です。初心者ほど、「複雑で難しいやり方をしている人が儲かっている」と思い込みやすい。だから、複雑で難しい手法を求めてしまうのです。

しかし、長年相場を見てきた輝太郎氏に言わせれば、本当に儲かっている人ほど、シンプルなことをしっかりやっている。これは、私自身が他の成功した投資家を見聞きしてきた印象とも完全に一致します。

ジョージ・ソロスもウォーレン・バフェットも、彼らがやっていることの本質は驚くほどシンプルです。バフェットは「いい会社を、いい価格で買って、長く持つ」と要約できますし、ソロスのリフレキシビティ理論も、突き詰めれば「市場のバイアスを読む」というシンプルな話です。複雑にしているのは、むしろ周りの解説者の方なのです。

2-6 「血のにじむような努力ではない」

もう一つ、私が好きな林輝太郎氏の言葉を引用しておきます。

何十年も相場をやってきて確信しているのは、正しい筋道の単純な努力が大切だということだ。(『億トレⅢ』最終回)

そして、

苦行である必要など全くない。(同上)

『株式成功の基礎』という著書のオビには「血のにじむような努力ではなく、基礎売買を身につければ誰にでもできる」と書かれていました(『億トレⅢ』最終回でこのオビに言及あり)。

これも、初心者には意外に聞こえる言葉でしょう。「相場で勝つには血のにじむような努力が必要」というイメージがあるかもしれません。しかし、輝太郎氏は明確に否定しています。

ただし、「単純な努力」「正しい筋道」――この二つの条件があります。

筆者なりに解釈すると、こういうことだと思います。相場で勝つために必要なのは、量ではなく方向性です。間違った方向に向かって何千時間勉強しても、それは無駄な努力です。逆に、正しい方向に向かって、ごく単純な作業を継続できれば、それで十分なのです。

何が「正しい方向」で、何が「単純な作業」なのか――これを具体化したのが、彼が遺した数々の技法と道具です。次章から、それを順番に見ていきましょう。


第三章 うねり取り――林輝太郎の代表的売買技法

3-1 うねり取りとは何か

うねり取りは、林輝太郎氏の名を世間に知らしめた、最も代表的な売買技法です。同友館から出版された『うねり取り入門 株のプロへの近道』(1998年)は、いまだに版を重ねて読み継がれています。

うねり取りの基本的な考え方は、シンプルです。うねり取りは、天井と底は誰にも分からない前提のもと、分割して建玉(=ポジション)を建て、相場の流れに沿って徐々に保有している買い建玉と売り建玉の割合を変化させていくことによって、利益を得ていきます。

ここで重要なのは、「天井と底は誰にも分からない前提」という部分です。多くの投資家は、「ここが底だ」「ここが天井だ」と決めつけて、一発で買い・売りを入れます。しかし、うねり取りはそれをしません。底や天井は事前に分からない、というのが大前提なのです。

だからこそ、「分割」が必要になります。一度に全額を投じるのではなく、複数回に分けて、少しずつ買っていく。あるいは売っていく。そうすれば、一度の判断ミスで全滅することがありません。

3-2 「三月またがり60日」という基本周期

うねり取りの実践には、相場の周期性を利用するという考えがあります。

その手法の中では、「三月(みつき)またがり60日」と呼ばれる代表的な相場の周期である60日を基本に据えて、更に大きな6ヶ月・12ヶ月(一年)を対象とするものを「うねり取り」と呼びます。(ねほり.com「うねり取り手法の概要を調査する」より)

「三月またがり60日」というのは、約3ヶ月(60営業日前後)の周期で、上げと下げが繰り返される、という経験則です。日本の市場では、四半期決算や決算月の影響もあり、3ヶ月単位での波が観察されることが多いとされています。

筆者の実感としても、たとえば日経平均のチャートを5年とか10年単位で眺めていると、確かに3ヶ月程度の波が見えてきます。もちろん、いつも教科書通りには動きません。しかし、「だいたいこのくらいの周期で上下するもの」という感覚を持っておくと、買ったあとすぐに含み損が出てもパニックにならずに済みます。

3-3 銘柄を絞り込む――「銘柄固定売買」の発想

うねり取りの最大の特徴の一つは、「銘柄を絞り込む」ということです。これは、現代の分散投資の発想とは正反対です。

・銘柄や業種を絞ること(専門性) ・休みを取ること ・欲を出さないこと 難しく考えずに、まずは3ヶ月周期で単発売買、その後2分割売買、それに慣れたら3分割売買を行う。そうすれば年間20%程度の利益にはなるというもの。(ブックオフ書評より)

なぜ銘柄を絞るのか。それは、その銘柄の癖を覚えるためです。

林輝太郎氏は、特定の銘柄を何年も、何十年も追い続けることで、その銘柄が「どういう動き方をするか」を体に染み込ませることが大事だと説きました。具体的には、毎日の終値を場帳(後で詳しく説明します)に書き続け、グラフを手書きで描き続ける――こうした地味な作業を通じて、銘柄の「クセ」を覚えるのです。

たとえば、林知之氏が引き継いだ研究の中でも、「パイオニア株一筋で生計を立てた人」の話が出てきます。「上昇途中の株価急落をナンピンで買い下がる」という定石を経てうねり取という技術を磨き、終生パイオニア株一筋で生計を立てた人です。

一つの銘柄で生計を立てる――現代の感覚では、リスク集中のように見えるかもしれません。しかし、相場技術論の立場から見ると、これは「専門性を極めた結果」なのです。

3-4 「休む」という技術

うねり取りの実践において、もう一つ極めて重要なのが、「休む」という発想です。これも、多くの初心者が見落としがちなポイントです。

・利食いして破産した者はいない トレードが下手な人は休みを入れられない。だからずっと利益を追い求めて株を売らない。 そしていつの間にか下落相場に変わって含み損を逆に抱えてしまう。 利食って手じまえ!(うみはらの株ブログ書評より)

これは、林輝太郎氏自身が繰り返し強調していたポイントです。

なぜ「休む」のが難しいのか。それは、相場をやっている人ほど、「常にポジションを持っていないと落ち着かない」という心理に陥るからです。何もしていないと、機会を逃しているような気がする。だから無理にエントリーする。そして、無理なエントリーが損につながる――この悪循環を断ち切るのが、「休む」という決断なのです。

筆者の経験でも、損が続いているときは、いったんすべてのポジションを閉じて、しばらく相場を見るのをやめる、というのが一番効果的です。頭を冷やし、冷静さを取り戻してから戻ってくると、それまで見えなかったものが見えるようになります。

3-5 「上手下手」を体現する分割売買

うねり取りの実践では、分割売買が中心になります。最初は2分割(1枚→2枚、または1枚→1枚を一括で手仕舞い)で練習し、慣れてきたら3分割(1枚→2枚→3枚など)に進む、というのが標準的なステップです。

なぜ分割するのか。理由は単純で、「天井と底は当てられない」からです。

たとえば、ある銘柄が下げ止まったように見えて、底打ち感が出てきた。ここで全資金をぶち込んで買うのではなく、まず1枚買う。その後、本当に上がってきたら2枚目を買い増す。さらに上がってきたら3枚目を買う。そして頂点が見えてきたら、まず3枚目を売り、もっと下がってきたら2枚目を売り、最後に1枚目を売る――こうやって、「上がった分」を確実に取りに行くのです。

この手法の何が偉いかというと、最初のエントリーが失敗しても、損失が最小限で済むことです。1枚しか持っていないので、それを切るのも怖くない。逆に、当たっていたら、徐々に枚数を増やしていけるので、大きく取れる。

筆者から見ると、これは「成功確率の見極めにバイアスをかける戦略」です。最初は不確実だが、動きを見ながら徐々に確信度を上げていって、それに比例してポジションを増やす――これは、現代のリスク管理の理論にも通じる、極めて合理的な発想です。

3-6 うねり取りの実践例――「年間20%程度の利益」

うねり取りでどの程度の利益が出せるのか、というのは、多くの読者が気になるところでしょう。

『うねり取り入門』のキャッチコピーには、「年間20%程度の利益」という記述があります。これを「少ない」と思うか「多い」と思うかは、人それぞれです。

しかし、考えてみてください。年20%のリターンを、何のリスクもなく、何年も続けられたら、複利の力で資産はあっという間に膨らみます。100万円が年20%で増えていけば、10年後には約620万円、20年後には約3,800万円、30年後には約2億3,700万円になります。これを生涯続けられれば、誰でも億単位の資産を築けるのです。

これが、林輝太郎氏の言う「やさしいやり方」の本質です。一発逆転のホームランを狙うのではなく、確実にヒットを積み重ねていく――野球で言えば、イチローのような打撃スタイルです。

3-7 うねり取りができない人――典型的な失敗パターン

うねり取りの考え方は、聞けば誰でも「なるほど」と思います。しかし、実際に実行できる人はごく少数です。なぜでしょうか。

林輝太郎氏は、これについても明確に語っています。

つい興味本位で、いろいろなことに同時に手を出してしまう人が多い。ダメになる典型だ。(『億トレⅢ』最終回)

たとえば、うねり取りの練習をしている最中に、「今、AI関連株が熱い」という話を聞くと、ついそっちに資金を移してしまう。あるいは、「FXで簡単に儲かる方法」を見つけて、そっちも始めてしまう。こうやって、手を広げてしまうのです。

しかし、手を広げると、それぞれの「クセ」を覚えるどころではなくなります。すべての銘柄が「初対面の他人」のような状態になり、本当の意味で銘柄を理解することができません。

筆者自身、これは何度もやってしまいました。コツコツと一つの銘柄を追っていたはずなのに、ふと別の銘柄に目移りして、結局どれも中途半端になる。そうこうしているうちに、本来追っていた銘柄が大きく動いて、機会を逃す。この繰り返しです。

林輝太郎氏は、ここでも歯切れの良い忠告をしています。

例えば、株と商品を同時にやるのはいいが、「両方ともうねり取り」というように絞り込んでおくことが条件だな。「商品はサヤ取りだけど株はうねり取り」というのはダメだと思う。(『億トレⅢ』最終回)

つまり、対象を広げるのは構わないが、「やり方」を一つに絞れ、ということです。これは深い洞察です。同じやり方で多くの対象に取り組めば、その「やり方の習熟度」は上がっていきます。しかし、対象ごとに違うやり方をしていると、どのやり方も中途半端になります。


第四章 サヤ取り――手堅い「利殖」の世界

4-1 サヤ取りとは何か

サヤ取りは、林輝太郎氏が商品相場で実践し、研究した重要な技法の一つです。相場における専門は、FAI投資法、うねり取り(株式)、サヤ取り(商品)と紹介されることが多く、サヤ取りは輝太郎氏の三大専門の一つとされています。

サヤ取りの基本的な考え方は、2つの相関する商品(または同じ商品の異なる限月)の価格差(サヤ)の変動を利用して利益を得るというものです。

サヤ取りとは、2つの銘柄や金融商品の価格差(サヤ)の変動を利用して利益を得る投資手法を指します。(EBC Financial Group記事より)

たとえば、原油とガソリン、金とプラチナ、トヨタとホンダなど、相関の強い2銘柄を、片方は買い、片方は売るというポジションを取ります。すると、相場全体が上昇しても下落しても、買いと売りの差し引きでは大きく影響を受けません。利益は、2銘柄の価格差が予想通りに動いたかどうかから生まれます。

4-2 「サヤこそ相場」と「サヤ取りは相場ではない」

林輝太郎氏のサヤ取りに対するスタンスは、独特です。彼は、サヤ取りを「相場」ではなく「利殖」だと考えていました。

商品相場において、サヤというのはとても重要な要素だ。サヤを抜きに商品先物は語れない。だからオレは、「サヤこそ相場」という考えを大切にしている。(『億トレⅢ』第9回)

そして同時に、

サヤ取りは手法のひとつに違いないが、「相場」ではなく「利殖」だという意味だ。(同上)

この一見矛盾するような発言の意味を、私なりに解釈してみます。

「サヤこそ相場」というのは、商品先物の世界では、サヤの動き――限月間のサヤ、銘柄間のサヤ――が、市場の本質を語っているということです。順ザヤ(先の限月の方が高い)か逆ザヤ(先の限月の方が安い)か、その値幅はどれくらいか――こうしたことが、市場の需給を反映しているのです。

一方、「サヤ取りは相場ではない」というのは、サヤ取りという技法は、相場の方向性(上がるか下がるか)を当てる「相場」ではなく、価格差の収束・拡大を予測する「利殖」だということです。市場全体が上がろうが下がろうが、サヤさえ予想通りに動けば利益になる――この性質が、「相場」ではなく「利殖」と呼ばれる所以です。

4-3 サヤ取りの魅力――手堅さ

サヤ取りの最大の魅力は、その手堅さです。市場全体のリスクを大幅に減らせるため、安定したリターンが期待できます。

サヤ取りの大きな特徴は相場全体の方向性に左右されにくい点です。通常の株式投資では、相場が下落すると損失リスクが高まりますが、サヤ取りでは価格差(サヤ)の変動を利用するため、相場全体が上がっても下がってもチャンスがあります。(EBC Financial Group記事より)

これは、リーマンショックのような暴落時にも、サヤ取りなら大きな損失を回避できる可能性がある、ということを意味します。

林輝太郎氏は、若き日に山本真一氏から教わったサヤ取りを、商品相場の中で実践し続けました。山本真一さんもサヤ取り屋で、しっかりと利益を上げて財産を持っていたと回想しています。

4-4 なぜサヤ取りを実践する人が少ないのか

これだけ魅力的な手法であるのに、実際にサヤ取りを実践する人はごく少数です。なぜでしょうか。

昔も今も、サヤ取りを実践する人は少数派だ。手堅いけれど面白みがないということで興味をもたない、あるいは少しやってみて現実に儲かっても続けない、そんな人ばかりだな。(『億トレⅢ』第9回)

面白くない、ということなのです。これは、相場心理を考えるうえで極めて重要です。

多くの人は、「お金を増やしたい」と言いながら、実は「スリルを味わいたい」のです。当たればドカンと儲かる片張り(買いだけ、または売りだけのポジション)の方が、刺激的で面白い。それに対して、毎月コツコツとサヤを抜いていくサヤ取りは、地味で退屈に見えるのです。

カネを動かすことに刺激を求めるんだろうな。多くの人は、「リスクを減らす」とか「預金の金利を上回ればいい」などと口では言うものの、刺激がないとやめてしまう。(『億トレⅢ』第9回)

これは、心理学的にも興味深いポイントです。「お金が増えること」と「興奮を味わうこと」は、本来別の欲求のはずなのに、相場では混同されがちなのです。

筆者の周りでも、相場の話になると「あの銘柄でいくら儲けた」「あの暴落で大損した」という話ばかりが盛り上がります。「サヤ取りで月3%ずつコツコツ増やしている」という話は、誰もしません。なぜなら、地味だからです。しかし、本当にお金を増やしたいなら、地味なやり方こそが王道です。

4-5 「サヤを考える」ことで「売り」の大切さがわかる

林輝太郎氏は、サヤ取りそのものを実践しなくても、「サヤを考える視点」を持つことの重要性を説いていました。

サヤを考えることで「売り」の大切さもわかるから、買い偏重も減るし、カラ売りという発想も自然なものになる。(『億トレⅢ』第9回)

これは、株式投資にも応用できる大事な視点です。多くの個人投資家は、「買い」しかしません。空売り(カラ売り)に対して、心理的な抵抗があるのです。「企業が下がることを願うのは縁起が悪い」「下げる相場は危ない」――こういう感覚を持っている人が多い。

しかし、相場には上昇局面と下降局面の両方があります。「買い」だけしか使わないというのは、両手があるのに片手しか使っていないようなものです。

多くの人の発想が「買うこと」に偏っているのも、視野が狭い事例のひとつだな。モノを持たない先物取引でも買いから入る人が多いんだから、偏りというよりも錯覚かな。(『億トレⅢ』第9回)

ここで輝太郎氏は、「先物取引でも買いから入る人が多い」と指摘しています。これは興味深い観察です。先物には現物のような「持っているモノ」がないので、本来は売りも買いも対等のはずです。それなのに、人間は「買い」を自然と感じてしまう。これは、人類が長い間「物を所有することは良いことだ」という感覚で生きてきた、その文化的バイアスかもしれません。

4-6 サヤ取りの道具――「ブロック」

林投資研究所のサイトでは、サヤ取り用の独自の道具として「ブロック」というものが紹介されています。これは、各限月の終値と限月間のサヤを一覧表示するための専用用紙です。

ブロックは、1日で1枚使います。これをバインダーでとじて、めくりながらサヤの推移を見ます。売買の対象として注目するサヤだけを場帳に書けば、サヤの場帳になります。(林投資研究所「ブロック」ページより)

たとえば、6限月の場合、限月間のサヤは15通りあります。これを毎日書き続けることで、サヤの動きが体に染み込んでくるのです。

順ザヤならば黒い字で、先限月のほうが安い逆ザヤならば赤い字でサヤを記入します。(同上)

順ザヤ・逆ザヤを色分けして書く、というのも、面白いアイディアです。視覚的に、サヤの「状態」が一目でわかるようになっています。

これは、現代のExcelやチャートツールでも実現可能でしょうが、紙に手書きで毎日書くという作業には、機械的な情報処理では得られない「感覚」が宿るのです。これも、林輝太郎流の「身体で覚える」アプローチの一例と言えます。


第五章 ツナギ売買――守りの技術

5-1 ツナギとは何か

ツナギ売買は、林輝太郎氏のもう一つの重要な専門分野です。1989年に同友館から出版された『ツナギ売買の実践』は、この分野の代表的な著作です。

ツナギ(繋ぎ)というのは、簡単に言えば、現在持っているポジションに対して、反対のポジションを取って保険をかけることです。たとえば、現物株を持っているけれども、短期的に下がりそうだと感じたら、信用取引で同じ銘柄を売る――これがツナギ売りです。

ツナギ=ヘッジ、すなわち現在持っているポジションと反対の売買をするということ。(『ツナギ売買の実践』Amazonレビューより)

現代の用語で言えば、「ヘッジ」に近い概念です。しかし、林輝太郎氏のツナギは、単なる保険以上の意味を持っています。

5-2 多彩なツナギ売買

林投資研究所のサイトには、ツナギの多様な使い方が列挙されています。

持ち株のコストダウン、持ち株の損失保険のツナギ売り、うねり取りにおけるツナギ売買、サヤ取りなど、多彩なツナギ売買の現実手法と理論を述べたもの。(『ツナギ売買の実践』紹介文より)

主なツナギの使い方は、以下のようなものです。

1. 持ち株のコストダウン 保有している株が上昇したとき、いったん信用売りで利益を確定するのではなく、ポジションを残したまま売りを入れる。後で買い戻すことでコストを下げる。

2. 持ち株の損失保険 保有株の下落リスクを軽減するため、信用売りで保険をかける。下がれば信用売りで利益が出るので、現物の損失を相殺できる。

3. うねり取りにおけるツナギ うねり取りの実践のなかで、買いポジションを持ったまま、一時的な反落をツナギ売りで取りに行く。

4. サヤ取りもツナギの一種 広い意味では、サヤ取りもツナギの一種と言えます。買いと売りを同時に持っているという点で。

5-3 山崎種二(山種)の影響

林輝太郎氏は、ツナギに関して、山崎種二氏(通称「山種」)の影響を強く受けていました。

「山種」の名で知られる山崎種二さんは、ツナギのコストダウンで財をなした。だからオレも、ツナギについて研究と実践を重ねた。(『億トレⅢ』第10回)

山崎種二(1893-1983)は、日本の伝説的な相場師で、山種証券(後に岡三証券と合併)の創業者でもあります。米相場、株式相場で大成功を収め、「最後の相場師」と呼ばれた人物です。

林輝太郎氏が山崎種二の手法を学んだ、というのは、林輝太郎氏自身が日本の相場師の正統な系譜に連なる存在だったことを意味します。

5-4 「うねり取りのためのツナギ」が中心

ただし、林輝太郎氏のツナギは、純粋な投機的なツナギではなく、「うねり取りを実行するためのツナギ」が中心でした。

ただし実践面では、うねり取りのためのツナギが中心だったな。うねり取りである程度のレベルになり、値動きを受け止めて感覚通りの売買を実行するためには、ツナギが不可欠な技ということだ。(『億トレⅢ』第10回)

これは、ツナギを単なるヘッジとして使うのではなく、うねり取りの一環として活用する、という発想です。

たとえば、買いポジションを持ったまま、相場が一時的に下がっていく局面で、ツナギの売りを入れる。下げ止まったところでツナギを買い戻す。これで、本来の買いポジションを「持ったまま」、短期的な下げ分を利益として取れるのです。

5-5 「ツナギの濫用」への警告

しかし、林輝太郎氏は、ツナギの「濫用」については厳しく警告しています。

でも、「ツナギを利用すればいい」というものではない。やたらとツナギを使う人がいるけど、”ひねくれたワザ”を使うだけで内容的には”堕落”している、そんなケースばかりだ。(『億トレⅢ』第10回)

そして、

ツナギを駆使するプロでも、やたらとツナギ玉を建てないよ。無意味にツナギをかけたら、自分ではどうすることもできない玉、つまり対処不能な「両建て」が出来てしまうだけだからな。(同上)

この指摘は、極めて重要です。

ツナギを多用すると、結局のところ、買いポジションと売りポジションが入り組んだ「両建て」状態になり、自分でも何をしているのか分からなくなってしまいます。これでは、何もしていないのと同じ、あるいは複雑にしただけで結果は悪化する、ということが起こります。

筆者自身、ツナギに憧れて多用してみた時期があります。結果として、確かに買いと売りで損失を相殺する効果はあったのですが、それ以上に、判断が複雑になりすぎて、いつ何を切ればいいのか分からなくなるという「副作用」の方が大きかったのです。

林輝太郎氏が言う通り、ツナギは「使うべき場面で、計算ずくで使う」技術であって、「とりあえず保険をかけておく」というような気軽な使い方をするものではないのです。


第六章 FAI投資法――低位株の長期投資

6-1 FAI投資法とは

FAI投資法は、林輝太郎氏が確立した、もう一つの代表的な投資手法です。これは主に株式市場、特に低位株を対象とした、長期型の投資法です。

FAI投資法は、通常投資対象としては避けられる低位株を月足で観測し続け、下がりきった所に仕込んで長期的な値上がりを狙うというものである。(Wikipedia「林輝太郎」より)

「FAI」というのは、”Free and Acquired Investor”(自由にして努力した投資家)の略です。FAIとは「Free and Aquired Investor」の略で、「自由にして努力した投資家」という意味だそうだと紹介されています。

つまり、自由な立場で、しかし努力を惜しまない個人投資家、というイメージです。これは、輝太郎氏が一貫して提唱した「自立した個人投資家」の姿そのものです。

6-2 FAIクラブの発足

FAI投資法は、1984年に「FAIクラブ」という研究会が発足したことから、本格的に体系化されました。

1984年、FAI投資法を研究する投資クラブ「FAIクラブ」が林投資研究所主催で発足し、40年経った現在も毎月の例会が開催されています。(林投資研究所FAIクラブページより)

40年以上にわたって、毎月例会を続けているというのは、すごいことです。これは、FAI投資法が単なる一時の流行ではなく、長期にわたって有効性が確認されている手法であることを示しています。

数年の大きなウネリを見ながら売買するので、短期で大きく儲けるのことは困難ですが、コツコツと利益を重ねる多くのメンバーが「一億円達成」という目標を叶えてきました。(同上)

「一億円達成」――これは控えめな表現に見えますが、実際にこれを実現している投資家がいるという事実は重要です。

6-3 「下がりきった低位株を買う」という発想

FAI投資法の根本にあるのは、「下がりきった低位株を買う」という発想です。

これは現代の主流の発想――成長株を買う、テーマ株を買う、流行りの銘柄を買う――とは正反対です。

うねり取りのように売買対象の銘柄を限定するのではなく、低位株に範囲を限定する投資手法です。株式市場には、時代によって居所(いどころ)が大きく変わる銘柄がたくさんあります。 それらの銘柄は、たとえ業績などに大きな問題がなくても、人気量が少ないときには非常に安い位置にいます。こういった銘柄が安値圏から上昇していく過程を狙って買えば安全かつ効率が良い、という考え方に基づく売買手法です。(林投資研究所FAIページより)

ここでのキーワードは、「居所」と「人気量」です。

「居所(いどころ)」というのは、株価の水準、価格のレンジ、というような意味です。同じ銘柄でも、時期によって100円台にあったり、1,000円台にあったりします。これが「居所が変わる」ということです。

「人気量」というのは、その銘柄に対する市場の注目度、関心の度合いのことです。人気が高ければ買い手が増えて株価が上がり、人気が低ければ売り手が増えて株価が下がる――この当たり前のことを、しかし冷静に観察するのがFAI投資法です。

業績に大きな問題がないのに、人気がないだけで安く放置されている銘柄を見つけて、人気が戻ってくるのを待つ――これがFAI投資法のエッセンスです。

6-4 月足チャートの重要性

FAI投資法では、月足チャートが基本となります。

銘柄の選定には、月足(つきあし)チャートを用います。相場技術論に基づき、月足チャートによって長期にわたる人気の変動を見て買う時期を考えます。安値圏から上昇に移行するトレンドの変化に注目して多くの銘柄を選定し、それらに資金を分散させます。(林投資研究所FAIページより)

月足というのは、1ヶ月の値動きを1本のローソク足で表示したチャートです。これによって、何年、何十年単位での値動きを一目で見ることができます。

なぜ月足なのか。それは、短期的なノイズに惑わされず、本当の意味でのトレンドを見るためです。日足だと日々の細かい動きに気を取られてしまい、週足でも短期の動きが目立ちます。しかし、月足になると、本当の意味での「大きな波」が見えてきます。

たとえば、ある銘柄が10年間、ずっと底ばいで推移していて、最近になってようやく出来高を伴って上昇し始めた――これは月足を見ないと分かりません。日足では、毎日の小さな動きに振り回されて、こうした構造的な変化が見えにくいのです。

6-5 「FAIの30のルール」

FAI投資法には、30の明確なルールがあるとされています。

下げきった低位株から2倍に値上がりする銘柄を発掘して投資し、確実にものにするという、嘘のような投資方法。FAI投資法は30の明確なルールで、これを実行可能にする。(『究極の低位株投資術 FAI投資法』Amazonより)

詳細な30のルールは、林投資研究所が販売している教科書に書かれていますが、ここでは概要を紹介しておきます。

主なルールには以下のようなものがあります(公開情報・林知之『究極の低位株投資術』などより):

  • 低位株投資の有利さ: 株価が低い位置にある銘柄は、下値リスクが限定的で、上昇余地が大きい
  • 月足グラフの重要性: 短期のノイズに惑わされず、長期トレンドを見る
  • 会社内容の分析: 単なるテクニカル分析ではなく、財務内容もチェックする
  • 資金の分散: 複数の銘柄に分散投資する
  • 時間分散: 一度に買わず、複数回に分けて買う

これらのルールは、決して秘密ではなく、書籍を読めば誰でも理解できるものです。しかし、理解することと実行することの間には、大きな溝があります。

6-6 「うますぎる話には乗れ!?」

FAI投資法を紹介する文章には、印象的なキャッチコピーがあります。

うますぎる話には乗れ!?2倍になる銘柄を発掘できる安全で確実で有利な投資法。(『究極の低位株投資術』HMV&BOOKS紹介文)

「うますぎる話には乗るな」というのが世の中の常識ですが、ここではあえて「うますぎる話には乗れ」と言っています。なぜか。

それは、FAI投資法が、「うますぎる話」のように見えるけれども、実は地道なルールに基づいた、堅実な手法だからです。普通の人が「うますぎる」と感じて避けてしまうところに、実はチャンスが眠っている――そういう逆説です。

筆者の理解では、これは「他人と違うことをやる勇気」を持て、というメッセージでもあります。みんなが熱狂している銘柄ではなく、みんなが忘れている銘柄に目を向ける。これができる投資家は、ごく少数です。

6-7 「1,000万円を5年で7億円にした人」

『究極の低位株投資術 FAI投資法』の目次には、興味深い見出しがあります。

序章 FAIクラブの誕生(1,000万円を5年で7億円にした人/ 金を持つにも準備と心構えが必要 ほか)(『究極の低位株投資術』HMV&BOOKS紹介文より)

「1,000万円を5年で7億円にした」――これは年率に換算すると、約93%という驚異的なリターンです。複利でこれを5年続けたわけです。

もちろん、これは特別な成功例であって、すべての人がこれを再現できるわけではないでしょう。しかし、こうした例があるという事実は、FAI投資法のポテンシャルを示しています。

ただし、ここでも林輝太郎氏らしい注意書きが添えられています。「金を持つにも準備と心構えが必要」――急に大金を手にしても、それを維持できる人間でないと、結局は失ってしまう、ということです。これは深い人生訓でもあります。


第七章 中源線建玉法――機械的売買への挑戦

7-1 中源線建玉法の特殊性

中源線建玉法(ちゅうげんせんたてぎょくほう)は、林輝太郎氏の手法のなかでも、最も独特な位置を占めています。1974年に書籍として発行されて以来、ルールを一切変更することなく、現在まで売れ続けているという、稀有なロングセラーです。

プロの相場技術をシンプルなロジックに集約した、機械的売買手法。日々の終値を結んだシンプルな折れ線チャートによる陰陽の判断、および3分割のポジション操作が規定されている。(林投資研究所書籍紹介ページより)

中源線の特徴は、「機械的売買」であるという点です。すなわち、人間の感情や判断を極力排除し、ルール通りに売買シグナルが出るようになっています。これは、林輝太郎氏の他の手法(うねり取りやサヤ取り)が、ある程度の裁量を含むのとは対照的です。

7-2 中源線が生まれた経緯――必勝法詐欺との闘い

中源線がなぜ作られたのか、その背景には興味深い経緯があります。林輝太郎氏は、晩年のインタビューで次のように語っています。

中源線を書籍としてまとめたのは林投資研究所を設立したあとだが、商品会社のヤマハ通商を経営していたころに研究を始めていたんだ。 いつの時代でも同じようなものがあるが、その当時も「相場の必勝法」を売る詐欺行為が流行したんだよ。そして、たまたまオレのお客さんが引っかかり、相手を告訴する騒ぎになった。実は、その事件がきっかけだったんだ。(『億トレⅢ』第10回)

つまり、中源線の研究は、「相場の必勝法詐欺」への対抗策として始まったのです。当時から「絵に描いたような必勝法」を売りつける詐欺師が横行していて、輝太郎氏のお客さんも被害に遭ったというのです。

それを目の当たりにした輝太郎氏は、「では、本当の意味で機械的に売買できる、客観的な売買法はないものか」と研究を始めました。

”絵に描いたような”必勝法なんてあるわけがない。でも、必勝法に近づくというか、数式的な要素を取り入れるというか、とにかく感覚による売買とは違うものを研究してみようという話が、業界で親しかった人たちの間で持ち上がり、いろいろと調べ始めたんだ。現在のシステム売買と発想は全く同じなんだろうな。(同上)

「現在のシステム売買と発想は全く同じ」――この一言に、私は深い感慨を覚えます。1970年代に、すでに「機械的売買」という発想を持っていた人がいた、ということです。コンピュータが普及する前の時代に、手計算とグラフだけで、これを実現しようとしたのです。

7-3 「中源線」という言葉の由来

「中源線」という名称は、林輝太郎氏が独自に作ったものではなく、古くから日本の相場社会に伝わっていた手法の名前です。

まず、いろいろと調べているうちに、中源線の伝説を聞いた。それ自体が怪しげだったわけだが、「すごいらしい」というので調査を続けた。すると、いろいろな情報が集まったんだ。 しかし、それこそ「中源線」という名前だけで、どこかの誰かが無責任に創作したようなものがゴロゴロあって・・・続けるうちに、どうやら本物らしいというものにたどり着いたんだが、それも断片的な記録だけで、それでさえも怪しげだった。(『億トレⅢ』第10回)

つまり、輝太郎氏は「中源線という名前の手法があるらしい」という伝説を聞きつけ、それを追跡したのです。しかし、出てきたのは断片的な情報ばかり。それらを集めて、自分たちで検証・補完し、現代に通用する形にまで仕上げたのが、現在の『中源線建玉法』です。

これは、考古学者が断片的な遺物から古代文明を復元するような作業と似ています。輝太郎氏らは、信頼できる相場仲間と膨大なデータを手作業で分析して、中源線建玉法を完成させたのです。

7-4 中源線のルール概要

中源線建玉法は、次のような要素から成り立っています。

1. 終値の折れ線チャート 日々の終値だけを結んだ、シンプルな折れ線チャートを使います。ローソク足のような複雑な情報は使いません。

2. 「陰」と「陽」の判断 チャートの動きに基づいて、相場が「陽」(上昇トレンド)か「陰」(下降トレンド)かを機械的に判断します。

3. 「陽転」「陰転」のシグナル 陽から陰、陰から陽に転換した時点で、売買シグナルが発生します。

4. 3分割のポジション操作 シグナルに従って、3分割でポジションを建てたり、手仕舞ったりします。

詳細なルール(数式やパラメータ)は、書籍『新版 中源線建玉法』に記載されており、これを読めば誰でも線を引いて売買判断ができるようになっています。

7-5 中源線の最大の長所――「ブレない」こと

中源線の最大の長所は、その「ブレなさ」にあります。

どんな情勢であろうと、終値の推移だけで機械的に判断するのだから、いわゆるブレがない。(『億トレⅢ』第10回)

これは、人間の心理的弱さを克服するための工夫です。

人間は、ニュースや他人の意見、自分の感情に振り回されやすいものです。「今日は日銀が金融政策を発表する」「あの著名投資家がツイートした」「先週から損が続いている」――こうした要素が、本来下すべき判断を歪めてしまいます。

中源線は、これらをすべて無視します。終値の推移だけで、機械的に売り買いの判断を下す。これによって、心理的な揺らぎから売買を切り離すことができるのです。

7-6 「手仕舞いの指示がある」という強み

中源線のもう一つの長所は、明確な「手仕舞いシグナル」があることです。

手仕舞い、つまり「建てた玉を必ずゼロにする」ことは、ちゃんと相場を学んだ人にとっては当たり前だ。だけど、初心者やヘンなクセがついている人にとっては、利食いでも損切りでも玉を切ることに抵抗を感じて実行できないから、中源線のルールはとてもありがたいよな。(『億トレⅢ』第10回)

これは、極めて重要なポイントです。

多くの個人投資家が苦しむのは、「いつ売っていいのか分からない」という問題です。買うのは比較的簡単――「上がりそうだから買う」という単純な理由で行動できます。しかし、売るのは難しい。「もうちょっと上がるかもしれない」「ここで売ったら損が確定する」「下がってきたが、戻すかもしれない」――こうした迷いが、適切な売却を遅らせます。

中源線は、この迷いをルールで断ち切ります。シグナルが出たら、感情を入れずに手仕舞う。これが、訓練された投資家への第一歩となるのです。

7-7 「練習の道具」としての中源線

林輝太郎氏は、中源線を「練習の道具」としても優秀だと評価しています。

中源線は、「練習の道具」としても優秀なんだ。そして練習の段階を終わったあとでも、売買の道具として非常に有効ってわけだよ。(『億トレⅢ』第10回)

これは、私が中源線を最初に知ったときには気付かなかった視点です。

つまり、中源線のルールに従って実際に売買してみることで、「シグナルに従って買う」「シグナルに従って売る」という基本的な行動パターンが身につく、ということです。これができるようになって初めて、自分の裁量を加えていく――こういう順序が大事なのです。

筆者の経験でも、自分の判断で売買していると、どうしても「予測」が先に来てしまいます。「ここから上がるはず」と思って買い、「もう少し上がるはず」と思って持ち続け、結果として下がってきたときに切れない、というパターンが多いのです。

中源線のような機械的売買から始めることで、「シグナル通りに動く」という規律が身につきます。これは、後で自分の裁量を加えていくときの土台になります。

7-8 中源線と人間の判断の関係

しかし、林輝太郎氏は、中源線を「完全な機械的売買」として絶対視していたわけではありません。むしろ、人間の判断と組み合わせることの重要性を説いていました。

「玉のない期間」は絶対に必要だ。その期間を”どうやって”つくるのかの判断は、人間の仕事だ。慣れと経験で、中源線を使うべきところがわかってくる。実際、中源線を使っている上手な人は、みんなそうやっているよ。(『億トレⅢ』第10回)

「玉のない期間」――これは、ポジションを持たない期間、つまり「休んでいる期間」のことです。

中源線のシグナルに完全に従うと、常にポジションを持つことになります。陽転シグナルで買い、陰転シグナルで手仕舞い・売り、また陽転シグナルで手仕舞い・買い――というように。

しかし、これでは「休む」ことができません。市場が混乱しているときや、自分の調子が悪いときに、強制的に売買を続けることになります。そこで、人間の判断で「ここでは中源線を使うのをやめておこう」「ここから再開しよう」と決めるのです。

これは、極めて深い知恵です。完全に機械に従うのでもなく、完全に裁量で動くのでもなく、その中間――機械的シグナルを基本にしながら、人間の判断で使うか使わないかを決める――というハイブリッドな運用です。

7-9 「完全なるシステム売買」への懐疑

林輝太郎氏は、現代でも盛んな「完全なるシステム売買」について、明確に懐疑的でした。

必勝法がないのと同じことで、夢のような「完全なるシステム売買」なんてあり得ないと思うよ。ただひとつ、どこまで人間が手を出すのかという線引きの問題だな。(『億トレⅢ』第10回)

これは、AIや高頻度取引が主流になりつつある現代において、改めて考えるべき言葉です。

現代のクオンツファンドや、AIを使った自動売買システムは、確かに高度な技術を駆使しています。しかし、それでも完全に勝ち続けることはできていません。なぜか。それは、「システムを設計する人間」が必要だからです。

とことんシステムで行う売買だって、最初の発想は人間のアナログ的な感覚だし、システムを作り上げる過程も人間の作業、そして最後にシステムを動かす決断も人間の手によるものだ。(同上)

システムを設計するのは人間です。市場が想定外の動きをしたときに、システムを止めるか継続するかを判断するのも人間です。新しいデータや市場環境に合わせてシステムを更新するのも人間です。

結局のところ、「完全な機械化」というのは、幻想に過ぎないのです。問題は「どこまで人間が手を出すか」の線引きであり、これは個々の投資家が自分で決めなければなりません。


第八章 場帳と玉帳――林輝太郎流の道具

8-1 「場帳(ばちょう)」とは何か

林輝太郎氏の投資哲学を語るうえで、絶対に外せないのが、「場帳(ばちょう)」と「玉帳(ぎょくちょう)」という二つの道具です。

場帳というのは、簡単に言えば、日々の終値を手書きで記録するノートです。これは、相場師の世界で何百年も前から使われてきた、伝統的な道具です。

月足は長期の変動を見るうえで便利ですが、細かい動きを見ることはできません。しかし、日足(ひあし)チャートを併用すると、異なる基準で描かれた2種類のチャートを同時に見ることになり、混乱します。 そのため、月足と場帳(ばちょう)の併用で、月足は中長期のトレンド、場帳は細かい値動きと売り買いの決定、と役割を分けるのです。(林投資研究所「場帳/玉帳」ページより)

ここで重要なのは、「月足は中長期のトレンド」「場帳は細かい値動きと売り買いの決定」という役割分担です。

長期的な視点(月足チャート)と、短期的な視点(場帳)を、別々の道具として持つ。これによって、視点が混乱せず、それぞれの目的にフォーカスできるのです。

8-2 場帳の具体的な書き方

場帳の書き方は、シンプルです。毎日、対象銘柄の終値を、手書きで記入していきます。

場帳に終値を書き入れ、前日までの動きの感じに新しい情報を加えます。そして、サッと決断するのです。 相場では、大切なおカネを直接動かします。だから、つい情報集めに傾いてしまい、結果として迷いが増えてしまいます。場帳は一見、情報が不足しているようですが、実践における最終的な決断の場面では、あえて情報量を減らすことが有効なのです。(林投資研究所「場帳/玉帳」ページより)

「情報量を減らす」――これは現代の感覚からすると、非常に逆説的です。私たちは、情報を集めれば集めるほど、良い判断ができると思いがちです。しかし、林投資研究所はそれを否定します。

なぜなら、情報が多すぎると、迷いが増えるからです。「あのニュースがあったから」「あの著名投資家が言っていたから」「あの指標が出たから」――こうした要素が、本来下すべきシンプルな判断を、複雑にしてしまうのです。

場帳には、終値という、最も基本的な情報だけが書かれています。それを見て、「買う」「買わない」「売る」「売らない」の4択を、即座に判断する。これが、林輝太郎流の決断のスタイルです。

8-3 「4つの判断」――買う、買わない、売る、売らない

場帳の使い方の核心は、4つの判断にあります。

場帳に書き込んである数字を見て、そこに終値を書き入れます。そして、一瞬で判断するようにします。この作業を続けることで、変動感覚というものが身につきます。実際に場帳を見て判断するのは、以下の4つです。 買う 買わない 売る 売らない(林投資研究所「場帳/玉帳」ページより)

ここに、林輝太郎流の極めて実践的な発想が表れています。

多くの個人投資家は、「買う」と「売る」しか考えていません。あるいは「何もしない」を加えても、3択です。しかし、林輝太郎氏は、4つに分けています。

「買わない」と「売らない」を分けるのは、なぜか。それは、現在のポジションによって、判断の意味が変わるからです。

たとえば、すでに3,000株を持っているとして、目標が10,000株までだったとします。今日場帳を見て、「今日は何もしない」と判断したとします。これは何を意味するか――それは、

  • 「買いポジションを増やさない」(つまり「買わない」)
  • 「現在の買いポジションはそのままにする」(つまり「売らない」)

という、二つの判断を同時にしたことになるのです。

もし10,000まで買う予定で、すでに4,000株買っていたとします。この状況で場帳を見て「今日は何もしない」と判断したということは、「買いポジションを増やさない」という判断と同時に「現在の買いポジションはそのままにする」という決断をしたということです。(同上)

このように、「何もしない」という決断のなかに、二つの意味があることを意識する――これが、相場技術論の細やかさです。

8-4 「変動感覚」を身につける

場帳を毎日書き続けることで身につくのが、「変動感覚」と呼ばれるものです。

これは、その銘柄の動きの「クセ」「リズム」「呼吸」を、体で覚えることだと考えてください。何年も同じ銘柄の終値を書き続けていると、「この銘柄はだいたいこのくらいの値幅で動く」「このくらい下がると反発する傾向がある」「最近、動きが鈍くなってきた」といった感覚が、自然に身についてくるのです。

これは、決して数値化できるものではありません。人間の感覚として、身体に染み込んでいくものです。

筆者は、これを「料理人の手感」と同じだと考えています。料理人は、塩を一つまみ振るとき、何グラムなのかを数えてはいません。しかし、長年の経験から、料理に合う「適量」が手で分かるのです。場帳をつけ続ける投資家も、同じように、銘柄の動きを「感覚で」分かるようになっていきます。

8-5 「戦略と実行」の分離

場帳を使うもう一つの利点は、「戦略」と「実行」を分離できることです。

そこで、日々の動きを見ながら最終的な判断を下す部分、つまり「実行」と、基本的な作戦を考える部分、つまり「戦略」を分けておくのが適切な取り組み方なのです。 個人投資家は、すべてを独りで考えて売買を進めます。しかし場帳という道具を使うことで、「売買の準備」的な部分と「実行」を分離し、複数の人間による合理的な分業と似たような効果があると考えています。(林投資研究所「場帳/玉帳」ページより)

これは、極めて重要な視点です。

個人投資家は、すべてを自分一人でやる必要があります。市場分析、銘柄選定、エントリーポイントの決定、ポジション管理、手仕舞い――これらすべてを、一人の頭の中で処理します。

しかし、これでは判断が混乱しやすいのです。プロのファンドでは、戦略を立てるストラテジストと、実際に売買を行うトレーダーが分かれています。役割分担することで、それぞれが冷静に仕事をできるのです。

場帳は、個人投資家でも、この役割分担を擬似的に実現する道具です。事前に「戦略」(例:3,000円まで下がったら買い始める、4,000円になったら売る)を決めておき、当日は場帳の数字を見て「実行」を決める。これによって、当日の感情に流されにくくなるのです。

8-6 「玉帳(ぎょくちょう)」とは

場帳と並んで重要なのが、「玉帳(ぎょくちょう)」です。

玉帳とは、売買の記録をつける帳面です。林投資研究所オリジナルの玉帳用紙は、次の3つのものを同時に書き込んで一目で確認することができます。 「現在のポジション」 「売買の経緯」 「取引口座の現金残高」(林投資研究所「場帳/玉帳」ページより)

玉帳には、「いつ、何を、いくらで、何枚買った(売った)か」という売買の記録、そして「今、何のポジションを持っているか」「口座にお金がいくらあるか」が、すべて一目で分かるように書かれています。

現代では、証券会社の取引履歴やポートフォリオ画面で確認できる情報ですが、これを「手書きで自分のノートに書く」ことに意味があるのです。

8-7 「気分のムラ」を防ぐ

玉帳をつける目的は、何より「気分のムラを防ぐ」ことにあります。

競馬で勝ちが続くと金額を手帳につけ、そのあと負けが続くと記録をやめてしまう──そんな人を見かけたことがあると思います。 ポケットマネーで競馬を楽しむだけならいいのですが、相場では気分による行動のムラは楽しみではなく苦しみにつながります。自分の戦略を淡々と進めるために、売買を玉帳に記録したうえであらためて見るという作業が意味を持つのです。(林投資研究所「場帳/玉帳」ページより)

「勝っているときだけ記録をつける」――これは人間の弱さを端的に示すエピソードです。負けを直視するのは辛い。だから記録を止めてしまう。しかし、これでは自分の本当の成績が分からなくなります。

玉帳を毎回つけることで、勝っても負けても、すべての記録が残ります。これによって、自分の本当の実力――勝率、平均利益、平均損失、最大ドローダウン――が可視化されます。そして、改善すべき点が見えてくるのです。

筆者の経験でも、トレード記録をきちんとつけている時期と、つけていない時期で、成績が明らかに違います。記録をつけているときの方が、明らかに成績が良いのです。これは、記録すること自体が、判断を慎重にさせる効果があるからだと思います。

8-8 グラフ用紙とペン――職人の道具

林輝太郎氏は、グラフを手書きで描くことの重要性を強調しました。

具体的には、コクヨのB1全紙グラフ用紙、ペリカンの万年筆など、特定の道具が推奨されることがありました。

実際に場帳を使い始めた投資家のブログには、次のような記述があります。

※場帳記入用の万年筆。ペリカンのスーベレン。ペン先はEF。インクは黒 ※グラフ用紙 コクヨ ホ11 B1全紙150枚 ※練習売買用の玉帳(林投資研究所で売っているものを入手)(「銀さんの株式相場の練習帳」ブログより)

これを見て、私は思わず微笑んでしまいました。なんとも昭和的というか、職人的な世界です。

しかし、これは決して時代錯誤ではありません。手書きでグラフを描くという作業には、数字を視覚化する以上の意味があるのです。

毎日、自分の手でグラフを描くことで、その銘柄が「自分のもの」になっていく感覚があります。データを単に眺めるのではなく、自分の手で書くという「身体性」が、相場との関係を深くしてくれるのです。

8-9 現代版――Excelとの組み合わせ

もちろん、現代において全部を手書きでやるのは大変です。しかし、林投資研究所自身も、コンピュータを否定しているわけではありません。

月足は長期の変動を見るうえで便利ですが、細かい動きを見ることはできません。しかし、日足(ひあし)チャートを併用すると、異なる基準で描かれた2種類のチャートを同時に見ることになり、混乱します。(林投資研究所「場帳/玉帳」ページより)

林投資研究所では、データ配信サービスや、Web上のチャートツール(トレジャーHUNTER)なども提供しています。重要なのは、技術の進歩に合わせて道具を選びつつ、「自分で判断する」「シンプルな情報で決断する」「記録を残す」という原則を守ることなのです。

筆者の提案としては、現代の投資家は、以下のような組み合わせが良いのではないかと考えています。

  • 月足チャート: 証券会社の提供するツールを使う(長期トレンドの確認用)
  • 場帳: Excelやスプレッドシートで終値を毎日記録する(手書きでも可)
  • 玉帳: Excelで売買履歴と現在のポジションを管理する
  • グラフ: 場帳の数字を折れ線グラフにする(自動でグラフ化できるツールを使う)

これだけで、林輝太郎流の道具立てが、現代でも実現できます。重要なのは、「毎日続ける」「シンプルな情報に集中する」という姿勢です。


第九章 林輝太郎の「相場格言」――人生訓としての投資哲学

9-1 「相場師人生訓」という本

林輝太郎氏は、生涯にわたって数多くの「相場格言」を残しました。それらは、単なる投資のテクニックを超えて、人生の知恵として読まれるものでもあります。

『林輝太郎「相場人生訓」』(前野晴男編、同友館)という本は、輝太郎氏の60年を越える相場の実践の中で得た教訓を集めたものです。

投資から学ぶことは多いが、それらは人生をより良く生きるための知恵と共通することが多い。相場師・林輝太郎氏の60年を越える相場の実践の中で得た教訓、経験から学んだ投資で利益を得、豊かな人生を送るための知恵を集大成。(同友館「相場人生訓」紹介ページより)

ここでは、ネット上で公開されている林輝太郎氏の名言・格言を、いくつか紹介しつつ、筆者の独自解釈を加えていきます。

9-2 「オシレーターで成功した人を見たことがない」

今まで、オシレーター(相場の指標)を使って成功した人を聞いたことがない。その根本的理由は、「なにかに頼って儲けよう」とする心にある。(goo blog「勝つために勉強を―林輝太郎先生」より引用される輝太郎氏の言葉)

これは、極めて厳しい言葉です。RSIだのMACDだのストキャスティクスだの、テクニカル指標を使って勝とうとしている多くの個人投資家にとって、耳が痛い指摘でしょう。

しかし、ここで輝太郎氏が言っているのは、オシレーターそれ自体が悪いということではありません。問題は、「なにかに頼って儲けよう」とする心の方なのです。

オシレーターは、過去のデータを基に、現在の状態を表示する「便利な道具」です。しかし、それだけで未来が分かるわけではありません。「この指標が買いシグナルを出したから儲かるはずだ」と思い込むことが、依存心の表れなのです。

筆者の解釈では、これは「自立した投資家」を目指す哲学の表れだと思います。何かに頼るのではなく、自分の判断で、自分の責任で動く――これができないと、相場では勝てない、ということです。

9-3 「相場師は、意外につまらない商売」

相場師は、意外につまらない商売。時間が自由になる、他人に頭を下げなくてもいいといったメリットがある代わりに、すべて自己責任だから、絶対に冒険ができない、日常生活が地味になる。常に金銭感覚を正しくしていなければならない。(同上)

これは、相場で生計を立てたいと考える人にとって、極めて重要な現実認識です。

多くの人は、「専業トレーダー」というと、毎日のように大きく勝って、贅沢な暮らしをしているイメージを持ちます。しかし、輝太郎氏に言わせれば、それは幻想です。

本当のプロは、地味な生活をしています。なぜなら、相場の世界では、いつ大損するか分からないからです。だから、絶対に冒険ができない。日々の生活費は、相場の利益とは別に、堅実に確保しておく必要があります。

そして、「常に金銭感覚を正しくしていなければならない」――これも深い言葉です。大きく勝った後ほど、お金の感覚が狂いやすい。「これくらいの損は、すぐに取り返せる」と思ってしまう。そうなると、いつか取り返しのつかない損失を被ります。

筆者の知る限り、長く生き残っているトレーダーほど、日常生活は質素です。派手な生活をしている自称トレーダーは、たいてい長続きしません。

9-4 「『おかしいな』という判断は適切で確率の高い『価値ある判断』」

「おかしいな」という判断は、売買している本人にとって適切で確率の高い「価値ある判断」になる。(同上)

これは、相場の経験を積んだ人なら、必ず共感する言葉だと思います。

「なんとなくおかしい」「いつもと違う」「いやな予感がする」――こうした感覚は、決して根拠のない迷信ではありません。長年その銘柄や市場を見てきた人の、潜在意識からのサインなのです。

理性的に説明できなくても、何か違和感がある。そういうときには、慎重に動くべきです。輝太郎氏は、こうした「直感」を、訓練の結果として得られる「価値ある判断」だと位置付けています。

ただし、これは「初心者の勘」ではありません。何年もデータを蓄積し、銘柄の動きを身体に染み込ませた人の直感だからこそ、価値があるのです。初心者の「なんとなく」は、たいてい間違っています。

9-5 「終わり良ければすべて良し」

「終わり良ければすべて良し」が売買。その「終わり」を良くするために、「始め」をどうするか。(同上)

これは、シンプルですが、極めて重要な格言です。

売買は、エントリーが派手でも、最後に大きく負ければすべて台無しです。逆に、エントリーが地味でも、最後に確実に利益を確定できれば、それで成功なのです。

そして、最後の「終わり」を良くするためには、「始め」――つまり、エントリーの仕方、ポジションサイズ、損切りラインの設定など――が極めて重要になります。

エントリーが雑だと、その後の手仕舞いも雑になります。逆に、エントリーを慎重に行えば、その後の対応も自然と慎重になります。

筆者は、これを「最初のボタンの掛け違いを防ぐ」と表現しています。最初に間違えると、その後すべてが狂ってきます。

9-6 「静かに買い、静かに売る」

静かに買い、静かに売る。忍者ではないが、いつ買い始めたのか、いつ手仕舞いしたのか、損だったのか利益だったのか、わからないぐらい静かな売買がよい。(同上)

これは、私が最も好きな林輝太郎氏の言葉の一つです。

なぜ「静かに」なのか。それは、派手な売買は、たいてい感情的な売買だからです。「やった!買えた!」「これは絶対に儲かる!」「やばい!損が膨らんでる!」――こうした感情の起伏が大きい売買は、結局のところ、損するパターンが多いのです。

逆に、本当に上手な投資家は、淡々としています。買うときも、売るときも、まるで日常の作業のように、感情の動きが少ない。これは、訓練の賜物です。

筆者の経験でも、調子のいいときほど、売買は「静か」です。雑念がなく、必要な動作だけを淡々とこなしている感覚があります。逆に、調子が悪いときは、心の中で「もっと上がれ」「早く戻ってくれ」と叫んでいる自分がいます。

「静かに買い、静かに売る」――これは、相場の上達度を測る、一つの目安かもしれません。

9-7 「お荷物になる銘柄を捨てないのは下手な売買の見本」

お荷物になる銘柄を捨てないのは、下手な売買の見本。(同上)

これも、心当たりのある投資家が多いのではないでしょうか。

「いずれ戻ってくるはず」と思って、含み損のある銘柄を放置しておく――これは「塩漬け」と呼ばれる、典型的な失敗パターンです。

なぜ捨てられないのか。それは、損失を確定するのが嫌だからです。確定しなければ、まだ「希望」がある気がする。しかし、その間に、本当にチャンスのある銘柄に資金を回せなくなっているのです。

機会費用、という言葉があります。塩漬け銘柄に資金を縛られている間に、他のチャンスを逃しているのです。

林輝太郎氏に言わせれば、こうした判断のできない投資家は、「下手な売買の見本」なのです。厳しい言葉ですが、真実だと思います。

9-8 「過去は参考にしても、溺れてはならず」

相場をやる人はどうしても過去の足取りや相場を参考にする。だから、多くの人が知らないうちに「後ろ向き」の姿勢になりやすい。過去は参考にしても、溺れてはならず、姿勢は常に「前向き」でなければならない。(同上)

これは、相場をやる人なら必ず陥る罠を、的確に指摘しています。

過去のチャートを見て、「ここで買っていれば」「ここで売っていれば」と後悔する。あるいは、「あのときこういう動きだったから、今回もこうなるはず」と決めつける。こうした「後ろ向き」の思考が、現在の判断を歪めてしまうのです。

過去を参考にするのは大事です。しかし、過去はあくまで参考であって、未来そのものではありません。

筆者から見ると、これは投資心理学でいう「アンカリング・バイアス」と「ハインドサイト・バイアス」への警告です。過去のある時点(アンカー)に固執したり、後から振り返って「あれは予測できたはずだ」と思い込んだりする傾向は、誰にでもあります。これを意識して、常に「前向き」な姿勢を保つことが、相場で生き残るためには必要なのです。

9-9 「敵は攻撃を加えない」

株式投資における「敵」は戦争の相手と異なり、攻撃を加えない。危害がないから、警戒心が薄れて安心する。つまり、敵(値動き)が損害を与えるのではなく、自分が損害をつくる。(同上)

これは、軍人だった輝太郎氏ならではの、深い洞察です。

戦争では、敵が積極的に攻撃してきます。だから、自然と警戒心が高まります。しかし、相場では、「敵」(市場、値動き)は、こちらに攻撃を仕掛けてくるわけではありません。ただ静かに動いているだけです。

だから、警戒心が薄れます。「大丈夫だろう」「もう少し様子を見よう」――こうした油断が、損失を生むのです。

そして、最も重要な指摘は、「敵が損害を与えるのではなく、自分が損害をつくる」という部分です。

相場で損をするのは、市場のせいではない。すべて、自分の判断と行動の結果なのです。これを認めることが、上達への第一歩です。多くの初心者は、「あの会社のせいで」「あの相場のせいで」と外部に責任を求めますが、それでは何も学べません。

9-10 林輝太郎氏の格言が示すもの

ここまで、いくつかの格言を紹介してきました。これらに共通するのは、以下のような特徴です。

  1. 自己責任を徹底する: 損益はすべて自分の判断の結果
  2. 感情を排除する: 静かに、淡々と
  3. 手仕舞いを重視する: 終わりよければすべてよし
  4. 依存心を捨てる: なにかに頼って儲けようとしない
  5. 直感を尊重する: 「おかしいな」と感じたら慎重に
  6. 過去にとらわれない: 過去は参考、しかし溺れない

これらは、相場のテクニックというよりも、むしろ「相場師としての生き方」を語っています。だからこそ、林輝太郎氏の格言は、人生訓として読まれることが多いのです。


第十章 林輝太郎の教育思想――「自立する投資家」を育てる

10-1 「投資家教育」という生涯のミッション

林輝太郎氏は、自分自身が相場で稼ぐことだけでなく、個人投資家を教育することにも生涯を通じて情熱を傾けました。

また、生涯を通じて個人投資家教育に情熱を傾けた。(Wikipedia「林輝太郎」より)

これは、彼が単なる「相場で勝ったお金持ち」ではなく、「教育者」「思想家」としての側面も持っていたことを意味します。

1972年に林輝太郎投資研究所を設立して以来、彼は「研究部会報」という会報を定期的に発行し続けました。この会報は、1972年の創刊以来、真に自立する投資家を対象に発行し続けている、売買技法の研究誌であり、現在まで継続されています。

40年以上にわたって、毎月毎月、個人投資家のために情報を発信し続ける――これは、生半可な情熱では続けられないことです。

10-2 「自立する個人投資家」という理念

林投資研究所のミッションを表す言葉として、繰り返し使われるのが「自立する個人投資家」というフレーズです。

林投資研究所は、前進する個人投資家のために、同じプレーヤーの立場で「プロの技術と考え方」を発信します。(林投資研究所Webサイトより)

ここで重要なのは、「自立する」という部分です。

林輝太郎氏が目指したのは、「教えれば教えるほど、教師に依存しない人を作る」という、極めて高い教育理念です。多くの投資情報サービスや塾は、生徒を依存させて、長くサブスクライブしてもらおうとします。しかし、林投資研究所は逆で、「自分で判断できる投資家を作る」ことを目標にしています。

これは、矛盾しているように見えます。なぜなら、生徒が自立してしまえば、もう情報サービスを必要としなくなるからです。

しかし、林輝太郎氏の哲学は、そうではありませんでした。「真の投資家を育てる」ことが、彼にとっての価値だったのです。

10-3 「血のにじむような努力ではない」

林輝太郎氏の教育思想を端的に表すのが、「血のにじむような努力ではなく、基礎売買を身につければ誰にでもできる」という言葉です(『株式成功の基礎』オビより、『億トレⅢ』最終回で言及)。

これは、「相場で勝つには才能が必要」「特別な人だけが勝てる」という、よくある言説を否定するものです。

林輝太郎氏は、誰でも、正しい筋道で努力すれば、相場で成果を出せると信じていました。ただし、その「正しい筋道」が、世間で流行している方法とは異なることが多い、というのが彼の主張でした。

オレは、基礎売買を1年半ほど繰り返したところで、「基礎ができた」と感じた。(『億トレⅢ』第8回)

これは、輝太郎氏自身が、「1年半の基礎練習で基礎ができた」と語っているわけです。1年半というのは、長いようでいて、人生の長さから見れば短い時間です。

筆者から見ると、これは「学習曲線」の話だと思います。最初の1年半で基礎を固める。その後は、その基礎の上に応用を積み重ねていく。基礎ができていれば、応用の習得は早くなる――こういう構造です。

逆に、基礎を飛ばして応用から入ろうとすると、いつまでも安定しません。これは、武道でも料理でも、スポーツでも同じことです。

10-4 「2年間は基礎練習」

しかし、輝太郎氏は他の場面では、「2年間は基礎練習」を勧めていました。

知識と想像だけで、いきなり大きな資金を動かす人がたくさんいる。経験がないことについて、想像だけで上手にこなすことなんて、できるはずがない。ムチャだよ。だから2年間は、ひたすら基礎的な売買を練習するべきなんだ。「2年はつらい」と感じる人が多いんだが、長く相場を行ううえでは”たったの2年”だよ。(『億トレⅢ』最終回)

「2年間はひたすら基礎練習」――これは、現代の即効性を求める風潮とは真逆の主張です。

「3日で稼ぐ方法」「1週間で月収100万円」――こういう触れ込みの情報商材が、ネット上には溢れています。林輝太郎氏は、これを全否定しています。

「長く相場を行ううえでは”たったの2年”」という表現が秀逸です。30年、40年と相場をやっていくなら、最初の2年を基礎練習に費やすのは、ごくわずかな時間でしかありません。しかし、多くの人は、その2年を惜しんで、いきなり本番に突入し、何度も失敗を繰り返すのです。

10-5 「車の教習所」の比喩

輝太郎氏は、相場の学習を、車の運転に例えました。

車の運転を覚えるのに教習所に通うが、その目的は免許証をもらうことではなく「技能や心構えを学ぶ」ことだ。相場は、誰でもすぐに始めることができるが、その手軽さを勘違いしてはいけないってことだ。(『億トレⅢ』最終回)

この比喩は、極めて分かりやすいです。

車の運転は、技術的にはそれほど難しくありません。アクセルとブレーキを踏み分け、ハンドルを切る――それだけです。しかし、教習所では、何時間もかけて、これらの基本動作を訓練します。なぜなら、技術だけでなく、安全に対する「心構え」を身につけるためです。

相場も同じです。買う、売る――これだけなら誰でもできます。しかし、安全に、長期的に勝ち続けるためには、技術と心構えの両方が必要なのです。

ところが、相場には「教習所」がありません。誰でも、口座を開いて入金すれば、すぐに本番に突入できます。これが、相場の難しさです。

だからこそ、林輝太郎氏は、「自主的な基礎練習」の重要性を説き続けたのです。

10-6 「単純化が実行しにくい」

林輝太郎氏の教育思想で、もう一つ重要なポイントが、「単純化することの難しさ」を認識していた点です。

でも単純化というのは、意外と実行しにくいものなんだ。オレ自身も、納得して実行できるようになるまでには時間がかかった。(『億トレⅢ』最終回)

これは、教育者として、極めて誠実な発言です。

「単純なことをやれば勝てる」とは言うものの、その「単純なこと」を実際に実行するのが、いかに難しいか――これを輝太郎氏自身が体験的に知っていたのです。

なぜ単純化が難しいのか。それは、人間の頭が「複雑なものに惹かれる」性質を持っているからだと思います。

複雑な手法を学ぶと、「自分は特別な知識を得た」という満足感があります。シンプルな手法を学ぶと、「これだけでいいのか?」という不安が残ります。だから、人はつい複雑な方を選んでしまうのです。

しかし、相場で勝つために必要なのは、シンプルさを貫く勇気です。「これでいいのだ」と腹をくくる――これが、上達への鍵なのです。

10-7 「正しい自己流」の確立

林輝太郎氏の教育思想の最終目標は、「正しい自己流」を確立することでした。

正しい筋道の単純な練習で相場の経験を積み、正しい自己流を確立するんだよ。 相場に正解などないんだから、自分以外のなにかに売買の動機を求めてはいけない。(『億トレⅢ』最終回)

「自己流」というと、悪い意味で使われることが多い言葉です。「自己流でやってもダメだ」「ちゃんとした方法を学べ」――こう言われがちです。

しかし、林輝太郎氏は、「正しい自己流」を肯定します。なぜなら、相場には絶対的な正解がないからです。

その人の性格、資金量、生活スタイル、目標金額――これらすべてに最適な売買方法は、人それぞれ違います。だから、最終的には自分なりのスタイルを確立しなければならない。ただし、それは「正しい筋道」を経た上での自己流でなければならない、ということです。

つまり、最初は基礎をきちんと学ぶ。次に、それを実践して経験を積む。その経験の中から、自分に合ったスタイルを抽出していく――これが、林輝太郎流の上達の道筋です。

そして、自分以外のなにかに売買の動機を求めてはいけない――これは、最終的な独立性を強調する言葉です。誰かのアドバイスで売買するのではない。何かの指標で売買するのではない。自分の判断で売買する――この覚悟が、本物の投資家を作るのです。

10-8 「研究部会報」という継続的な教育

林投資研究所が発行する「研究部会報」は、1972年の創刊以来、現在まで50年以上にわたって発行され続けています。これは、信じられないほどの継続性です。

1972年の創刊以来、真に自立する投資家を対象に発行し続けている、売買技法の研究誌。初心者からプロまで、投資顧問として有数の会員数を誇る。(林投資研究所Webサイトより)

毎月、新しい知見、市場分析、選定銘柄、読者からの質問への回答などが、会報に掲載されます。これを読み続けることで、読者は林投資研究所の「考え方」を身体に染み込ませていくのです。

筆者の感覚では、これは「武道の道場」や「料理の修業」に近いものがあると思います。技術は本だけでは学べません。継続的に師匠の言葉に触れ、自分でも実践し、また師匠の言葉に戻る――この往復運動の中で、技術が身についていくのです。

林投資研究所の会報は、まさにこのような継続的な学びの場を提供してきたわけです。


第十一章 林輝太郎の時代背景――商品先物の黄金期

11-1 戦後復興と商品市場

林輝太郎氏が活躍した時代を、もう少し詳しく見ておきましょう。

彼が相場に入った1948年(昭和23年)は、戦後復興期の真っ只中です。日本経済は、焼け野原から立ち上がろうとしている時期で、商品も食料も不足していました。

そんな時代に、商品取引所は、極めて重要な役割を果たしていました。米、小豆、大豆、ゴム、繭糸――こうした生活必需品の価格を、市場メカニズムで決定する場として、機能していたのです。

1955年、輝太郎氏は東京穀物商品取引所仲買人・隆昌産業株式会社に入社します。この時代の商品取引所は、現代の電子取引とはまったく異なる、人と人とが対面で取引する世界でした。

「立会場(たちあいじょう)」と呼ばれる場所で、「場立ち」と呼ばれる人々が、独特の手サインで売買を伝えていました。これは、現代の人にはなかなか想像しにくいかもしれませんが、極めて活気のある、人間味あふれる世界でした。

11-2 「赤いダイヤ」の時代

1960年代から1970年代にかけて、商品相場の世界では、「赤いダイヤ」と呼ばれた小豆が、最も人気のある銘柄でした。

小豆は北海道で収穫され、夏の天候によって収穫量が大きく変動します。そのため、天候によって価格が乱高下し、投機家たちを魅了したのです。

林輝太郎氏は、この「赤いダイヤ」の時代に、商品先物の世界に身を置いていました。前述したように、彼は買い方として参加して大損するという経験もしましたが、その後、基礎練習を経て、相場の世界で確固たる地位を築いていきました。

ここで重要なのは、林輝太郎氏が学んだ「相場の技術」は、決して株式市場で発展したものではなく、商品先物の世界で磨かれたものだ、ということです。

商品先物の世界には、株式市場にはない独特の要素があります。

  • 限月(げんげつ): 商品先物には期限があり、決められた時期に決済しなければならない
  • サヤ: 限月ごとに価格が異なり、その差(サヤ)を利用した取引が可能
  • 現物受渡し: 期限が来ても決済しないと、現物の受渡しが発生する
  • 天候や季節の影響: 農産物では、天候や季節要因が大きく影響する

これらの要素を扱う中で、林輝太郎氏は、「分割売買」「玉のない期間」「サヤ取り」「ツナギ」といった、高度な技術を磨いていきました。そして、これらの技術を、後に株式市場にも応用していったのです。

11-3 商品相場と株式相場の違い

林輝太郎氏は、商品相場と株式相場の違いを、よく理解していました。

商品相場の世界では、買いと売りは対等です。なぜなら、商品先物には「現物を持っている」という前提がないからです。買いから入っても、売りから入っても、心理的な抵抗はありません。

一方、株式市場では、「買い」が中心になりがちです。なぜなら、株式には「企業を応援する」「成長を信じる」というポジティブなイメージがあるからです。空売り(カラ売り)に対しては、「縁起が悪い」「悪意がある」というような心理的抵抗があります。

林輝太郎氏は、この心理的バイアスを、商品先物の世界で克服していました。だからこそ、株式市場でも、「売り」と「買い」を対等に扱えたのです。

多くの人の発想が「買うこと」に偏っているのも、視野が狭い事例のひとつだな。モノを持たない先物取引でも買いから入る人が多いんだから、偏りというよりも錯覚かな。(『億トレⅢ』第9回)

「偏りというよりも錯覚」――これは深い洞察です。人間の心理は、論理的でない部分が大きいのです。

11-4 商品市場の衰退と「商品先物の達人」の希少化

しかし、皮肉なことに、林輝太郎氏が活躍した商品先物の世界は、その後衰退していきます。

日本の商品先物市場は、規制強化と参加者の減少によって、規模が縮小しました。かつて活況を呈した東京穀物商品取引所も、2013年に解散しました。

現在、商品先物の知識を持っている個人投資家は、極めて少なくなっています。「サヤ取り」「限月」「順ザヤ・逆ザヤ」といった用語が分かる人は、希少になりつつあります。

しかし、林輝太郎氏が遺した「相場技術論」は、商品先物市場の衰退とともに消えるものではありません。なぜなら、その本質――「分割売買」「予測しない」「値動きに対応する」「自立する投資家」――は、株式市場でもFXでも、暗号資産でも通用する、普遍的な原理だからです。

11-5 林知之氏による継承

林輝太郎氏の遺産は、ご子息である林知之氏によって継承されています。

林知之氏は1963年生まれで、現在は林投資研究所の代表取締役を務めています。中源線建玉法、FAI投資法を中心に、個人投資家へのアドバイスを行っているほか、投資情報番組「マーケット・スクランブル」のコメンテーターも務めています。

林知之氏は、父・輝太郎氏の手法をそのまま受け継ぐだけでなく、現代の投資環境に合わせて、いくつかの改良も加えています。たとえば、Webサービス「トレジャーHUNTER」を開発したり、YouTubeチャンネルで動画コンテンツを発信したりしています。

しかし、根本にある哲学――「自立する個人投資家を育てる」「相場技術論を伝える」――は、変わっていません。これは、林輝太郎氏の遺産が、しっかりと次世代に引き継がれていることを意味しています。


第十二章 「上達を拒否する人たち」――林輝太郎の冷徹な観察

12-1 「上達を拒否する」という不思議

林輝太郎氏の著作の中に、極めて印象的な見出しがあります。それは、「上達を拒否する人たち」というものです。

これは『相場技法抜粋』という本の目次に出てくる項目で(Amazonの商品紹介ページに目次あり)、林輝太郎氏が長年の指導経験の中で見てきた、ある種の投資家の姿を表しています。

普通に考えれば、相場を始めた人は、誰でも「上達したい」と思っているはずです。儲かりたい、勝ちたい、専門家になりたい――そういう気持ちで学習を始めます。

しかし、林輝太郎氏は、その人たちの中に、無意識のうちに「上達を拒否する」ような行動をとっている人がいる、と指摘しているのです。

12-2 「教えても実行しない人」

具体的に、どういう人が「上達を拒否する」のでしょうか。インタビューの中で、輝太郎氏はこう語っています。

長年、多くの人に接してきたが、オレが真剣に教えたことをきちんと受け止めてくれた人は、ごく少数だった。(『億トレⅢ』最終回)

「ごく少数」という言葉が、重く響きます。林輝太郎氏ほどの大家が、真剣に教えたにもかかわらず、それを実行する人は「ごく少数」だったというのです。

ではなぜ、人は教えられたことを実行しないのでしょうか。インタビューでは、その理由がいくつか語られています。

例えば「手を広げるな」と教えても、「なるほど」と言うだけで実行しないとか?(林知之氏の質問)

そう。つい興味本位で、いろいろなことに同時に手を出してしまう人が多い。ダメになる典型だ。(『億トレⅢ』最終回)

「手を広げる」――これは、多くの個人投資家が陥る罠です。

「うねり取りを学ぼう」と決めて始めたはずが、途中で「FXも面白そう」「暗号資産も気になる」「あの新興市場の銘柄が話題だ」と、次々と手を出してしまう。結果として、どれも中途半端になり、上達もせず、利益も出ない。

林輝太郎氏が真剣に「手を広げるな」と教えても、多くの人が「なるほど」と頷くだけで、実行に移さない。これが、「上達を拒否する」典型的なパターンです。

12-3 「分かったつもり」の罠

「上達を拒否する」もう一つのパターンが、「分かったつもり」になることです。

林輝太郎氏の本は、何度も読み返すように作られています。なぜなら、一度読んだだけでは、本質が見えてこないからです。

時代の変化に関係なく通用する先人たちの知恵を、繰り返し読むことで吸収してください。(『相場技法抜粋』Amazon紹介より)

「繰り返し読むこと」――これが大事だと、林投資研究所は明言しています。

しかし、多くの読者は、一度読んで「分かった」と思い、次の本に移ってしまいます。あるいは、「林輝太郎の本は読みにくい」「結論が書かれていない」と批判して、別の即効性のありそうな本に向かってしまうのです。

筆者の経験では、林輝太郎氏の本は、自分の相場経験のレベルが上がるたびに、新しい意味が見えてくる種類の本です。最初は「何を言っているのか分からない」「具体的な手法が書かれていない」と感じても、実際に売買を続けていくと、ある日突然「あ、これはこういう意味だったのか」と気付くことがあります。

これは、書物としては不親切かもしれませんが、教育としては極めて効果的なスタイルです。読み手の経験が深まるにつれて、書物の意味が深まっていく――こうした「育つ書物」を、林輝太郎氏は意図的に書いていたのではないかと、私は思います。

12-4 「演出は常にオーバー」

『相場技法抜粋』の目次には、「演出は常にオーバーだ」という項目もあります。

これは、相場における「演出」――例えば、儲かったときに自慢する、損したときに過度に悲嘆する、テクニックを誇示する、といった行動――が、本質的でないことを指摘していると思われます。

筆者の解釈では、これは「派手なものに惑わされるな」という警告です。

SNSやYouTubeで、「億り人」と称する人たちが、派手な生活を見せつけています。「これだけ儲かった」「これだけのテクニックを使っている」――こうした「演出」に、多くの人が惹かれます。

しかし、本物の相場師は、たいてい地味です。日常生活は質素で、派手な売買はせず、淡々と利益を積み上げています。彼らは「演出」をしないのです。

「演出は常にオーバー」――この一言は、現代のSNS時代にこそ、噛みしめるべき言葉です。

12-5 「区切りの大切さ」

『相場技法抜粋』には、「区切りの大切さ」という項目もあります。

これは、相場における「ケジメ」「節目」の重要性を語ったものでしょう。

たとえば、一つの売買が終わったら、いったん区切りをつけて、結果を振り返る。月末、四半期末、年末などに、自分の成績を集計する。こうした「区切り」が、上達には不可欠です。

しかし、多くの初心者は、区切りをつけずに、ダラダラと売買を続けてしまいます。気づくと、自分が今どれくらい勝っているのか、負けているのか、よく分からない状態になっています。

林輝太郎氏が玉帳を勧める理由の一つも、ここにあると思います。玉帳は、年度末などに「いったん締めて」、残玉と現金残を新しい用紙に書き写して次の年に備えるとされています。これが「区切り」の儀式です。

12-6 「やり方を変えるな」

もう一つ、『相場技法抜粋』には、「やり方を変えるな」という項目があります。

これは、初心者がよくやる失敗――「ちょっとうまくいかなかったから、別のやり方を試してみよう」と、コロコロと手法を変える――への警告です。

いろいろなことを自分でも経験したが、あらためてそう思うね。 でも単純化というのは、意外と実行しにくいものなんだ。(『億トレⅢ』最終回)

林輝太郎氏は、自分自身もいろいろな手法を経験した上で、「やり方を絞り込む」ことの重要性を強調しています。

なぜか。それは、どんな手法でも、ある程度の習熟期間が必要だからです。手法を頻繁に変えていると、どの手法も習熟しないまま、捨ててしまうことになります。

筆者の経験でも、これは本当によく分かります。「この手法はダメだから」と思って別の手法に移っても、新しい手法でもうまくいかない。実は、最初の手法も、もう少し続けていれば結果が出ていたかもしれない――こういうことが、繰り返し起こります。

「やり方を変えるな」――これは、忍耐強く一つの道を歩み続けることの大切さを説いた言葉なのです。

12-7 「上達を拒否」する深層心理

ここで、筆者の独自の分析を加えてみます。なぜ人は、「上達したい」と言いながら、実際には「上達を拒否する」行動をとってしまうのでしょうか。

私が考える理由は、次のようなものです。

1. 自分の判断を信じたい欲求 人は、誰かに教えられて成功するよりも、自分のオリジナルの方法で成功したい、という願望を持っています。だから、教わったことを素直に実行することに、心理的抵抗があるのです。

2. 「ラクして勝ちたい」欲求 基礎練習は、地味で時間がかかります。一方で、「秘密のテクニック」のような派手な方法は、ラクで早く結果が出そうに見えます。だから、地道な努力を避けて、派手な方法を探してしまうのです。

3. 損失への過敏な反応 基礎練習を始めると、必ずどこかで損失が出ます。これに耐えられず、「この手法はダメだ」と判断してしまう。実際には、もう少し続ければ大きな利益につながったかもしれないのに。

4. 成功体験の「悪用」 過去にたまたま勝った経験があると、その方法に固執してしまいます。「あの時はこれで勝ったから、また勝てるはず」と思って、本来学ぶべき基礎を疎かにしてしまうのです。

これらの心理的バイアスを乗り越えられる人だけが、本当の意味で上達できる――林輝太郎氏が言いたかったのは、そういうことだと思います。


第十三章 林輝太郎の現代的意義――令和の投資家への教え

13-1 ネット時代に蘇る「相場技術論」

林輝太郎氏が活躍した時代は、インターネットもスマートフォンもありませんでした。情報は、新聞、雑誌、会報、対面の会話から得るしかありませんでした。

そんな時代に確立された「相場技術論」が、なぜ令和の今もなお意義を持つのでしょうか。

筆者の見方では、それは、相場の本質が時代によって変わらないからです。

技術は進化しました。アルゴリズム取引、AI、高頻度取引、暗号資産、レバレッジ商品など、新しい要素は次々と現れます。しかし、市場を動かしているのは結局のところ「人間の心理」であり、その心理は、何百年も前から変わっていないのです。

恐怖、貪欲、希望、失望、過信、油断――こうした感情に振り回されて、人は損をします。これを克服する技術が、「相場技術論」なのです。

13-2 SNS時代の「煽り」への耐性

現代の投資環境で、最も注意すべきものは、SNS上の「煽り」です。

X(旧Twitter)やYouTubeでは、「億り人」と称する人たちが、毎日のように「この銘柄が爆騰」「あの銘柄が10倍」と煽り立てています。これに乗せられて、知らない銘柄を慌てて買って、損をする個人投資家が後を絶ちません。

林輝太郎氏が遺した「上達を拒否する人たち」というフレーズを思い出してください。SNSの煽りに乗ってしまう人は、まさに「上達を拒否する」典型例です。

なぜなら、彼らは自分で銘柄を分析していないからです。誰かの言葉を信じて、自分の頭で考えずに行動しているのです。これは、林輝太郎氏が最も警戒した「依存心」そのものです。

今まで、オシレーター(相場の指標)を使って成功した人を聞いたことがない。その根本的理由は、「なにかに頼って儲けよう」とする心にある。(goo blog、林輝太郎氏の言葉として引用)

オシレーターであろうと、SNSのインフルエンサーであろうと、本質は同じです。「何かに頼って儲けよう」とする心が、損失の原因なのです。

13-3 「分散」と「集中」の再考

現代の投資の常識といえば、「分散投資」です。米国株インデックス、全世界株式インデックス、債券、不動産、金、暗号資産――こうしたものに広く分散することが推奨されます。

しかし、林輝太郎氏のうねり取りは、「銘柄を絞り込む」という、集中投資の発想です。これは、現代の常識とは対立するように見えます。

ここで、筆者は次のように整理したいと思います。

「資産形成の分散」と「売買技術の集中」は別問題

長期的な資産形成のためには、分散投資は理にかなっています。インデックスファンドで毎月積立をする、というスタイルは、何も考えずに長期投資をしたい人にとって、優れた方法です。

しかし、自分の相場技術を磨きたい、能動的な売買で利益を狙いたい、という場合には、「集中」が重要になります。なぜなら、技術を磨くには、対象を絞らないと、深く学べないからです。

たとえば、医者になりたい人が、医学だけでなく法学も経済学も同時に学ぼうとしたら、どれも中途半端になります。一つの専門分野を深く学んだうえで、関連分野に広げていくのが、上達への王道です。

林輝太郎氏の「銘柄を絞り込む」発想は、後者――つまり、「専門家になるための集中」の話だと、筆者は理解しています。

13-4 「インデックス投資 vs アクティブ投資」の議論を超えて

現代の投資論争では、「インデックス投資が最も合理的」という主張が強い影響力を持っています。多くのアクティブファンドがインデックスに勝てないことが、データで示されているからです。

これに対して、「アクティブ投資で勝てる」という人たちもいます。バフェットや、ピーター・リンチ、そして林輝太郎氏のような相場師たちです。

筆者の見解では、両者は対立するものではなく、別々の目的を持った投資スタイルです。

インデックス投資: 市場全体に乗ることで、長期的な経済成長の恩恵を受ける。手間がかからず、誰でも実行可能。 アクティブ投資: 自分の技術と判断で、市場を上回るリターンを狙う。手間がかかり、技術を磨く必要がある。

問題は、どちらが優れているかではなく、自分がどちらを目指したいかです。

「面倒なことはしたくない、でも資産は増やしたい」――そういう人には、インデックス投資が向いています。

「自分の技術で勝負したい、相場師として生きたい」――そういう人には、林輝太郎の道があります。

林輝太郎氏は、決して「インデックス投資をするな」と言ったわけではありません(そもそも、彼の時代には現代的なインデックス投資はそれほど普及していませんでした)。彼が説いたのは、「アクティブに相場と向き合うのなら、こういう道がある」ということなのです。

13-5 暗号資産への応用

近年、ビットコインなどの暗号資産が、新しい投資対象として注目を集めています。これに対して、林輝太郎氏の哲学はどう適用できるでしょうか。

林輝太郎氏自身は、暗号資産が普及する前に亡くなっているので、彼自身が暗号資産について語ったことはありません。しかし、彼の「相場技術論」の原理は、暗号資産にもそのまま適用できると、筆者は考えています。

たとえば:

1. うねり取りの応用 ビットコインのような暗号資産も、明確な「うねり」(周期的な上下動)を持っています。長期チャートを見れば、何年か単位で、明確な上昇と下降のサイクルがあります。これを利用して、分割で買い、分割で売る、というアプローチは可能です。

2. 場帳の応用 ビットコインの終値を、毎日記録する。これだけで、価格の動きが体に染み込んできます。

3. 玉のない期間を作る 熱狂的な高騰時には、いったん降りる。下落が始まれば、また入る。これは、ビットコインの世界でも有効な発想です。

4. 予測しない 「ビットコインは100万ドルまで行く」「いや、ゼロになる」――こうした極端な予測に振り回されず、目の前の値動きに対応する。

ただし、暗号資産には独特のリスク(取引所のハック、規制の急変、技術的な問題など)があるので、これを理解した上で、自己責任で判断する必要があります。

13-6 デイトレードへの懐疑

林輝太郎氏は、デイトレードに対しては、極めて懐疑的でした。

多くの人の興味に合わせて書かれた本は、売買を「仕掛け」「手仕舞い」と短絡的に片づけてしまっているわけだ。「株の買い方」だけを説いたものよりはマシだが、売買の数量や分割売買といった大切な視点が抜け落ちている本が多い、そう感じるね。 加えて、狙いが短期になるほど「当てよう」という方向に傾くから、数量とか数量の調整に目を向ける姿勢がますます薄くなってしまう。(『億トレⅢ』第8回)

デイトレードは、極めて短期の売買です。数時間、数十分、時には数秒単位で、ポジションを建てたり閉じたりします。

林輝太郎氏に言わせれば、こうした超短期の売買では、「当てよう」という発想が強くなりすぎる、ということです。

「これから上がる」と思って買い、「下がる」と思って売る。当たれば利益、外れれば損――というシンプルな構造になってしまい、「分割売買」や「ポジション管理」といった、相場技術の本質的な部分が抜け落ちるのです。

筆者の経験でも、デイトレードは、極めて難しい技術です。瞬時の判断、瞬時の実行が求められ、感情のコントロールがほとんど不可能になります。一握りの達人を除いて、ほとんどの人が長期的には負けます。

林輝太郎氏が推奨するのは、「3ヶ月単位のうねり取り」のような、もっと時間軸の長い手法です。これなら、ゆっくり考える時間があり、感情をコントロールしやすく、技術を磨くこともできます。

13-7 「老後資産」と林輝太郎流投資

現代日本で、最も切実な金融課題の一つが、「老後資産の形成」です。年金だけでは老後の生活が成り立たない、と多くの人が感じています。

この課題に対して、林輝太郎流の投資哲学は、どう応えられるでしょうか。

筆者の見方では、林輝太郎氏が遺したFAI投資法は、老後資産形成にも適用できる優れた方法です。なぜなら、FAI投資法は:

  • 長期視点: 月足チャートを使い、数年単位で利益を狙う
  • 低リスク: 下がりきった低位株が対象なので、下値リスクが小さい
  • 分散: 複数銘柄に分散する
  • 少額から開始可能: 低位株なので、少ない資金でも始められる

これは、若い時から長期で資産を作っていくのに、適しているのです。

ただし、注意すべきは、FAI投資法も「技術」が必要なことです。30のルールを学び、実践で経験を積まなければなりません。即効性のある方法ではありません。

逆に言えば、20代、30代から始めれば、50代、60代になる頃には、確固たる技術と、相応の資産を築いている可能性があります。「老後になってから始めよう」ではなく、「若いうちに技術を身につけよう」――これが、林輝太郎流の発想なのです。

13-8 「FIRE」ムーブメントと林輝太郎流

ここ数年、「FIRE」(Financial Independence, Retire Early)という言葉が、若い世代の間で流行しています。早期にお金を貯めて、若くしてリタイアしようというムーブメントです。

これに対して、林輝太郎氏の哲学はどう適用できるでしょうか。

筆者の見方では、FIREの本質は「お金の自由」ですが、林輝太郎氏が目指したのは「相場での自立」です。両者は似ているようで、微妙に違います。

FIREは、「働かないで生活できる状態」を目指しています。一方、林輝太郎氏は、「相場師として一生現役」というスタンスでした。実際、彼は晩年まで現役で売買を続けていました。

つまり、林輝太郎氏にとって、相場は「労働」というよりも「ライフワーク」だったのです。FIREの「リタイア」とは、根本的に異なる発想です。

しかし、両者には共通点もあります。「自分の人生を、自分でコントロールしたい」という願望です。FIREも林輝太郎流も、組織や他人に依存せず、自分の力で生きたい、という思想に貫かれています。

筆者の提案としては、若い時期に林輝太郎流の技術を身につけ、それを生涯にわたって活用する――こういう生き方が、現代でも十分に可能だと思います。組織から離れても、相場の技術があれば、生計を立てられる。これは、究極の「自立」と言えるのではないでしょうか。

13-9 NISA・iDeCoとの関係

2024年から新NISA制度が始まり、多くの個人投資家が長期投資に参入しています。これは、極めて良いことだと筆者は思います。

新NISAやiDeCoのような税制優遇制度は、長期積立投資に向いています。これは、林輝太郎流のアクティブな売買とは、別のレイヤーの話です。

筆者の推奨する組み合わせは、以下のようなものです。

ベースの資産形成: 新NISA・iDeCoでインデックス投資を長期積立 アクティブな運用: 余裕資金で、林輝太郎流のうねり取りやFAI投資法を実践

こうすれば、堅実な資産形成と、技術を磨くアクティブ投資の両方を、並行して行えます。

ただし、注意すべきは、「両方やる」というのは、林輝太郎氏が警告した「手を広げる」とは違う、という点です。

「ベースの資産形成」は、ほとんど手がかかりません。一度設定すれば、自動的に積立が続きます。一方、「アクティブな運用」は、技術を磨くために集中する部分です。この役割分担を明確にすれば、両立は可能なのです。


第十四章 林輝太郎の哲学を貫く5つのキーワード

ここまで様々な角度から林輝太郎氏の投資哲学を見てきましたが、最後に、彼の哲学を貫く5つのキーワードに整理してみたいと思います。

14-1 キーワード1:「自立」

林輝太郎氏の哲学の最大のキーワードは、「自立」です。

組織に依存しない。誰かのアドバイスに依存しない。指標や指数に依存しない。自分の判断で、自分の責任で、相場と向き合う――これが、彼が一貫して説いた理想です。

林投資研究所のサイトには、こう書かれています。

林投資研究所は、前進する個人投資家のために、同じプレーヤーの立場で「プロの技術と考え方」を発信します。 迷わずに学んで勝つために、『研究所の会員』になってください。 プロになるため、あるいはプロ並みの売買技法を身につけたいという方が対象です。(林投資研究所Webサイトより)

「プロ」を目指す――これが、林輝太郎流の精神です。アマチュアの投資家としてではなく、プロの技術と考え方を身につける。組織に属するプロではなく、独立したプレーヤーとしてのプロを目指す。これが「自立」の意味です。

14-2 キーワード2:「単純化」

二つ目のキーワードは、「単純化」です。

複雑な指標を使うのではない。複雑な戦略を立てるのではない。シンプルなルールに従って、シンプルな判断を、シンプルに実行する――これが、林輝太郎流の本質です。

株で資産を築いた成功者たちと負ける投資家とのちがいは「利益を得やすい、やさしいやり方」をするかしないかにあります。つまりプロのやり方は「単純でやさしい」やり方なのです。(『うねり取り入門』楽天ブックス紹介より)

「単純でやさしい」という言葉が、繰り返し使われています。

ただし、「単純」と「簡単」は違います。単純なやり方を、長期にわたって貫くことは、決して簡単ではありません。それを実行する精神力――これが、本物のプロの条件なのです。

14-3 キーワード3:「対応」

三つ目のキーワードは、「対応」です。

予測するのではなく、対応する。市場が動いたら、その動きに対応して自分の行動を調整する。当てに行くのではなく、来たものに対応する――これが、林輝太郎流の姿勢です。

「値動きにどう対処するのか」に注目する相場技術論では、過去の動きから今後の動きを考える。対処のための基準が必要だから、真剣に予測を立てる。その一方で、「予測は当たらない」と考える。(『億トレⅢ』最終回)

これは、武道の哲学にも通じる発想です。剣道や柔道では、相手の動きを予測しすぎると、フェイントにかかります。むしろ、相手が動いてから反応する方が、結果として早い動きができる――こうした「対応」の発想は、相場でも有効なのです。

14-4 キーワード4:「分割」

四つ目のキーワードは、「分割」です。

一発勝負ではなく、分割して入る。一度に全部売るのではなく、分割して出る。資金を分散し、時間も分散する――これが、林輝太郎流のリスク管理です。

分割売買は技法のはじまり。(『相場技法抜粋』目次より)

「分割売買は技法のはじまり」――この一文は、極めて重要です。

つまり、分割売買ができないうちは、「技法」と呼べるものではない、ということです。一発勝負は、技術ではなく、ただの賭けです。分割することで初めて、技術が技術として機能するのです。

14-5 キーワード5:「練習」

五つ目のキーワードは、「練習」です。

知識を得るだけでは足りない。実際に売買して、経験を積み、感覚を磨く。最低でも2年間は、基礎の練習を続ける――これが、林輝太郎流の上達への道です。

だから2年間は、ひたすら基礎的な売買を練習するべきなんだ。「2年はつらい」と感じる人が多いんだが、長く相場を行ううえでは”たったの2年”だよ。(『億トレⅢ』最終回)

「練習」という言葉が、相場の本の中でこれほど使われている著者は、林輝太郎氏くらいではないでしょうか。

スポーツや楽器や武道では、「練習」は当たり前です。何時間も、何年も練習することで、技術が身につく。相場も同じだ、というのが林輝太郎氏の主張です。

しかし、多くの個人投資家は、「練習」をしません。最初から本番に入ってしまう。これが、多くの失敗の原因です。


第十五章 私が学んだこと――林輝太郎を読み続けて思うこと

筆者は、林輝太郎氏の本に、ある時期から本気で向き合うようになりました。最初は、書店で『うねり取り入門』を手に取り、「うねり取りって何だろう」という軽い興味からでした。

しかし、読み進めるうちに、これは「投資のテクニック本」ではなく、「相場師の生き方の本」だと気付きました。そこから、彼の他の著作にも触れ、繰り返し読むようになりました。

ここでは、筆者なりに林輝太郎氏から学んだことを、率直に書き記しておきたいと思います。

15-1 「派手なものに惑わされない」

林輝太郎氏を読んで最も大きな変化は、「派手なもの」に対する感度が変わったことです。

SNSで「億り人」が「あの銘柄で◯倍」と自慢している。書店には「1か月で1,000万円稼ぐ方法」みたいな本が並んでいる。動画サイトでは、「初心者でも勝てる必勝法」を売る商材が宣伝されている。

林輝太郎氏を読む前は、こうしたものに少なからず影響を受けていました。「自分も大きく勝ちたい」「短期間で資産を増やしたい」――そういう願望が、これらの「派手なもの」に引き寄せられていたのです。

しかし、林輝太郎氏の本を繰り返し読むうちに、これらが本質的でないことが、はっきりと見えるようになりました。

本物の相場師は、地味です。日常生活は質素で、派手な売買はせず、淡々と利益を積み上げています。そして、彼らは大儲けの自慢などしません。

「派手なものは、たいてい本物ではない」――これが、林輝太郎氏から学んだ最大の教訓かもしれません。

15-2 「自分の責任で動く」

二つ目の学びは、「自分の責任で動く」という姿勢です。

以前は、ニュースやアナリストの予想、SNSの情報を見て、慌てて買ったり売ったりしていました。「あの人が買えと言っているから買おう」「あのニュースが出たから売ろう」――こうした他律的な売買が、私の典型的なパターンでした。

林輝太郎氏を読んでから、「自分で判断する」ことを意識するようになりました。

具体的には:

  • ニュースやSNSの情報は、参考程度に見る
  • 自分で銘柄のチャートを見て、自分で判断する
  • 「他人がこう言ったから」を理由にしない
  • 損益はすべて自分の責任と受け止める

この姿勢の変化だけで、無駄な売買が大きく減りました。そして、不思議なことに、無駄な売買が減ると、結果として成績が良くなるのです。

15-3 「待つ」ことの価値

三つ目の学びは、「待つ」ことの価値です。

以前は、相場を開いている時間は、何かポジションを持っていないと落ち着きませんでした。「何もしていない時間」が、機会損失のように感じられたのです。

しかし、林輝太郎氏は、「玉のない期間」「休む」ことの重要性を、繰り返し強調しています。

「待つ」ことができるようになると、不思議とチャンスが見えてきます。なぜなら、すべての銘柄、すべての時間に対して、相場を張っているわけではないからです。本当に分かりやすい場面、本当に確信できる場面だけにエントリーする――これができるようになると、勝率も上がります。

「待つ」は、投資の世界では、最も難しい技術の一つです。何もしないことが、何かをすることよりも、価値がある――この逆説を体感できたのは、林輝太郎氏のおかげだと思います。

15-4 「記録すること」の効用

四つ目の学びは、「記録すること」の効用です。

林輝太郎氏が場帳と玉帳を勧めていたので、見よう見まねで、自分でも記録をつけ始めました。Excel上で、毎日の終値、自分の売買、ポジションの状況、現金残高を記録するようにしたのです。

すると、面白いことが起こりました。

第一に、無駄な売買が減りました。記録する手間を考えると、「本当にやる価値のある売買だけにしよう」という意識が働くからです。

第二に、自分の癖が見えてきました。「自分はこういう場面で損切りが遅れる」「こういう場面で利食いを焦る」――こうしたパターンが、記録を見返すと明確に見えてきます。

第三に、感情のコントロールが上手になりました。記録をつけていると、目の前の損益に一喜一憂しなくなります。「これは長い記録の中の、一日の出来事に過ぎない」という冷静な視点が持てるようになるのです。

「記録する」――これは、極めて地味な作業ですが、上達には絶大な効果があると、私は確信しています。

15-5 「自分のスタイルを作る」

五つ目の学びは、「自分のスタイルを作る」ことです。

林輝太郎氏は、最終的には「正しい自己流」を確立せよ、と説きました。これは、最初は分かりにくい教えでした。「正しい筋道」とは何か、「自己流」とは何か――よく分からなかったのです。

しかし、何年か実践を続けて、少しずつ理解できるようになってきました。

「正しい筋道」というのは、基本的な原則――分割売買、予測しない、対応する、記録する、休む、自立する――を守ることです。

「自己流」というのは、その原則の上に、自分の性格、資金量、生活スタイル、目標に合わせたカスタマイズを加えることです。

たとえば、筆者は専業ではないので、日中に頻繁にチャートを見ることができません。だから、デイトレードのような瞬発力が必要な手法は、向いていません。週末や夜に分析して、翌日の指値注文を準備する――このスタイルが、自分には合っていました。

これは、林輝太郎氏が直接教えたスタイルとは違います。しかし、彼の原則を守った上で、自分なりに調整したスタイルです。これが「正しい自己流」だと、私は理解しています。


第十六章 林輝太郎の著作リスト――何から読めばいいか

林輝太郎氏の著作は、非常に多数あります。Wikipedia「林輝太郎」の項によれば、主な著作だけでも以下のようなものがあります。

  • 『小豆相場の基本 -勝利への知識と技術ー』 曽田経済研究所 1961年
  • 『小豆の罫線』 東京市況調査会 1963年
  • 『サヤ取り利殖 確実な高利回りの追究』 ヤマハ通商出版 1967年
  • 『中源線建玉法』 1974年
  • 『商品相場の技術―相場師の技法と練習法』 同友館 1984年
  • 『株式上達セミナー―これで成功は約束された』 同友館 1986年
  • 『ツナギ売買の実践』 同友館 1989年
  • 『うねり取り入門 株のプロへの近道』 同友館 1998年
  • 『脱アマ相場師列伝』
  • 『売りのテクニック』

その他にも、林投資研究所から出版されている、書店では入手できない書籍が多数あります。

これらの著作の中で、初心者がまず手に取るべきものは何か、筆者なりに整理してみます。

16-1 初心者向け――まずはこれから

最初に読むべき本は、『うねり取り入門 株のプロへの近道』(同友館、1998年)です。

これは、林輝太郎氏の代表作であり、彼の哲学のエッセンスが分かりやすく書かれています。「うねり取り」という技法だけでなく、林輝太郎流の考え方が随所に出てきます。

ただし、注意すべきは、この本は「読みやすい」とは言えないことです。会話調で進み、結論を後回しにする傾向があり、「分かりにくい」という評価も少なくありません。それでも、繰り返し読む価値のある本です。

16-2 哲学を深めたい人へ

林輝太郎氏の思想を深く理解したい人には、『相場技法抜粋』(林投資研究所、2010年)をお勧めします。

これは、林輝太郎氏の文章の中から、最も重要なものを抜粋してまとめた本です。「相場技術論」の核心が、コンパクトに凝縮されています。

売買の基礎となる部分を、自立する個人投資家向けに編集した一冊です。一部の実践家に伝えられてきた、職人的なプロの考え方。それが「相場技術論」です。(『相場技法抜粋』Amazon紹介より)

16-3 商品相場・先物に興味がある人へ

商品相場や先物に興味がある人には、『商品相場の技術―相場師の技法と練習法』(同友館、1984年)をお勧めします。

売買の成功不成功は「値動きへの対応の仕方」と「売買の上手下手」ですべてが決まります。売買上手な方は難しい売買ができる方ではありません。基礎的なことを確実にできる人のことです。本書は多くの相場師たちの経験から導き出された基本やつなぎ売買の方法を解説しています。(同書Amazon紹介より)

591ページという大著ですが、読み応えがあります。

16-4 ツナギ売買に興味がある人へ

ツナギ売買については、『ツナギ売買の実践』(同友館、1989年)が定番です。

ツナギという言葉を知っていても、現実にどういう売買なのかを知らない人が多い。持ち株のコストダウン、持ち株の損失保険のツナギ売り、うねり取りにおけるツナギ売買、サヤ取りなど、多彩なツナギ売買の現実手法と理論を述べたもの。(林投資研究所紹介より)

16-5 FAI投資法に興味がある人へ

FAI投資法については、林知之氏の『究極の低位株投資術 FAI投資法』(パンローリング、1999年)が入門書として優れています。父・輝太郎の手法を、息子・知之がわかりやすく解説した一冊です。

16-6 中源線建玉法に興味がある人へ

中源線建玉法については、『新版 中源線建玉法』(林輝太郎・林知之 共著、2016年)が最新版です。

中源線建玉法は、終値を結んだシンプルな折れ線チャートによって陰・陽を判断し、かつ3分割の売買が規定された機械的売買手法です。ルール(ロジック)はすべて、書籍『新版 中源線建玉法』で公開していますので、読んで理解すれば線を引くことができます。(林投資研究所「中源線建玉法とは」ページより)

16-7 人生訓として読みたい人へ

投資のテクニックを離れて、林輝太郎氏の人生観や格言を味わいたい人には、『林輝太郎相場人生訓』(前野晴男編、同友館)をお勧めします。

投資から学ぶことは多いが、それらは人生をより良く生きるための知恵と共通することが多い。相場師・林輝太郎氏の60年を越える相場の実践の中で得た教訓、経験から学んだ投資で利益を得、豊かな人生を送るための知恵を集大成。(同友館紹介より)

16-8 ご子息・林知之氏のインタビュー集

そして、本記事でも多く引用した『億トレⅢ プロ投資家のアタマの中』(林知之著、マイルストーンズ)は、林輝太郎氏のラストメッセージを収録した、貴重な一冊です。

名人、変人、天才、奇才……時に様々な呼ばれ方をする真(ホンモノ)の相場師、専業トレーダー等、プロ投資家のホンネと、決して揺らぐことのない成功哲学に迫る渾身のインタビュー集。林輝太郎のラストメッセージ──最初で最後のロングインタビューを収録。(林投資研究所紹介より)

これは、輝太郎氏が2011年8月に、ご子息のインタビューに答えたものです。亡くなる半年前のインタビューですから、まさに最後のメッセージと言えます。


第十七章 林輝太郎が遺したもの――彼が現代に問いかけるもの

17-1 彼が遺した「組織」

林輝太郎氏が遺した最も具体的なものは、「林投資研究所」という組織です。

1972年に設立されたこの研究所は、彼の死後も、ご子息の林知之氏のもとで運営されています。投資助言・代理業として、関東財務局長(金融)第2602号、一般社団法人資産運用業協会 第010-00159号に登録されており、正規の投資顧問業として活動しています。

そして、現在も多くの個人投資家が、林投資研究所の会報を購読し、セミナーに参加し、教材を購入しています。

これは、彼が単なる「相場師」ではなく、「教育者」「思想家」として、社会に影響を与え続けていることの証です。

17-2 彼が遺した「言葉」

そしてもう一つの大きな遺産が、「言葉」です。

彼の著作、彼の格言、彼のインタビューは、ネット上にも、書籍にも、無数に残されています。これらは、彼の肉体は失われても、彼の思想を読者に伝え続けています。

筆者から見ると、これらの言葉は、まるで武道の「奥義書」のようなものです。一度読んだだけでは分からない。実践を経て、また読み返す。経験を積んで、また読み返す。そうやって、何度も繰り返すうちに、本当の意味が見えてくる――こういう種類の言葉が、彼の著作には満ちています。

17-3 彼が遺した「弟子たち」

林輝太郎氏の影響を受けた人々は、無数にいます。

ご子息の林知之氏はもちろん、林投資研究所の会員、長年にわたって会報を購読してきた投資家、書籍を読んで人生が変わったという読者――これらの人々が、林輝太郎氏の遺産を、それぞれの形で受け継いでいます。

中には、本人と直接の面識はないけれども、彼の本を読んで投資哲学を学び、実際に成功している人もいます。FAIクラブのメンバーの中には、コツコツと利益を重ねる多くのメンバーが「一億円達成」という目標を叶えてきましたという記述があるように、実際に資産を築いた人々がいるのです。

「弟子」というのは、必ずしも直接の師弟関係を持つ人だけを指すわけではありません。彼の思想を受け継ぎ、自分なりに実践している人――これらすべてが、林輝太郎氏の精神的な「弟子」と言えるでしょう。

17-4 「最後の相場師」の称号

林輝太郎氏は、しばしば「最後の相場師」と呼ばれます。

林輝太郎氏は最後の相場師(goo blog記事タイトルより)

なぜ「最後」なのか。それは、彼が活躍した時代――商品先物の黄金期、立会場で人と人とが向かい合って取引していた時代――が、もう過ぎ去ってしまったからです。

現代の相場は、コンピュータとアルゴリズムが支配する世界です。人間の直感や経験は、機械の前で霞んでいくように見えます。

しかし、筆者はこう思います。「最後の相場師」という称号は、単なるノスタルジーではありません。彼が体現した「相場師の精神」――独立、自立、技術、修業――は、機械化が進む現代だからこそ、なお価値を持つのです。

機械にできない判断、機械にできない我慢、機械にできない決断――これらは、いつの時代も人間にしかできないことです。林輝太郎氏は、その「人間が相場に向き合うときの覚悟」を、最も純粋な形で示してくれた人なのです。


第十八章 結びに代えて――林輝太郎を超えて

ここまで、長く語ってきました。林輝太郎氏の人生、思想、技法、教え――そして、彼が現代に何を遺したかについて、可能な限り詳しく見てきました。

最後に、筆者として、もう一つ大事な視点を提示しておきたいと思います。それは、「林輝太郎を超える」ということです。

18-1 「先人を尊敬しつつ、超える」

林輝太郎氏は、優れた先人です。彼の思想と技法は、現代でも極めて高い価値を持っています。

しかし、彼の言葉を、教典のように絶対視するのは、林輝太郎氏自身が望まなかった態度だと、筆者は考えます。

正しい筋道の単純な練習で相場の経験を積み、正しい自己流を確立するんだよ。 相場に正解などないんだから、自分以外のなにかに売買の動機を求めてはいけない。(『億トレⅢ』最終回)

「自分以外のなにかに売買の動機を求めてはいけない」――この言葉には、「林輝太郎の言葉に依存するな」という意味も含まれていると、筆者は読んでいます。

彼の遺した「正しい筋道」を学んだら、その先は自分で歩け、ということです。

18-2 現代の投資環境に適応する

林輝太郎氏の時代と、現代では、投資環境が大きく違います。

  • 取引はオンラインで瞬時に完結する
  • 情報は無料で大量に手に入る
  • 手数料は極めて安くなった
  • 海外市場にも簡単にアクセスできる
  • 暗号資産という新しい資産クラスが登場した
  • インデックスファンドが普及した
  • レバレッジ商品が個人にも開放された

これらの変化を、林輝太郎氏は知りませんでした。だから、彼の言葉をそのまま現代に適用するのは、必ずしも適切ではありません。

たとえば、彼が活躍した時代の手数料は、現代の感覚では信じられないほど高いものでした。だから、頻繁な売買は不利でした。これが、彼が「3ヶ月単位のうねり取り」を推奨した一因でもあります。

現代の手数料は、ほとんどタダのようなものです。だから、もう少し短い時間軸での売買も、現実的になっています。

このように、林輝太郎流の原則を守りつつ、現代の環境に合わせてカスタマイズする――これが、現代の投資家のするべきことだと、筆者は考えています。

18-3 個人投資家の「次世代」の使命

最後に、現代の個人投資家への期待を述べておきたいと思います。

林輝太郎氏は、商品先物の達人として、その技術を株式市場にも応用しました。そして、それを多くの個人投資家に伝えました。

現代の私たちには、もっと豊かな環境があります。世界中の市場にアクセスできる。AIや高度な分析ツールが使える。SNSで仲間とつながれる。

これらの新しいツールと、林輝太郎流の古典的な原則を組み合わせて、新しい投資の形を作っていく――これが、現代の個人投資家の使命だと、筆者は思います。

具体的には:

  • 林輝太郎流の「分割売買」「予測しない」「対応する」という原則を守りつつ
  • インデックス投資やETFといった現代的ツールも活用し
  • 暗号資産やデリバティブも、適切に組み合わせ
  • グローバルな視点で資産配分を考え
  • 自分の生活スタイルに合った時間軸で運用する

こうした「新しい投資のあり方」が、これからの時代には求められると思います。

18-4 最後のメッセージ

林輝太郎氏が、晩年のインタビューで遺した言葉を、もう一度引用しておきます。

苦行である必要など全くない。何十年も相場をやってきて確信しているのは、正しい筋道の単純な努力が大切だということだ。(『億トレⅢ』最終回)

「苦行である必要などない」――この一言に、彼の優しさと厳しさが共存しています。

優しさは、「努力すれば誰でもできる」というメッセージにあります。特別な才能は要らない。血のにじむような努力も要らない。正しい筋道で、単純な努力を続ければ、誰でも相場で成果を出せる――これが、彼の信念でした。

厳しさは、「正しい筋道」と「単純な努力」を、本当に続けられるか、という点にあります。多くの人は、これができない。途中で派手なものに目移りしたり、ラクして勝とうとしたり、損失を恐れて練習をやめたりする。だから、結局のところ、勝てる人は「ごく少数」なのです。

しかし、もしあなたが、林輝太郎氏の言葉に共感し、彼の遺した「正しい筋道」を実践してみようと思うなら――そして、その単純な努力を、何年、何十年と続けられるなら――あなたは、相場で勝てる「ごく少数」の一人になれるはずです。

それは、決して苦行ではない。むしろ、自分の人生を、自分の力で切り開いていく、最高の喜びになるはずです。


参考資料

本記事の執筆にあたっては、以下の一次資料および参考文献を参照しました。

一次資料(林輝太郎氏自身および林投資研究所の発信)

  1. 『億トレⅢ プロ投資家のアタマの中』 林知之 著、マイルストーンズ刊
    林輝太郎氏の最初で最後のロングインタビュー(2011年8月収録)が収録されている、極めて貴重な資料。本記事の多くの引用元。
  2. ゴールドオンライン連載「プロ投資家の『相場哲学』に学ぶ株式トレード術」(2018年5月~8月、全11回)
    上記書籍の抜粋連載。一般公開されている。

  3. 林投資研究所 公式Webサイト https://www.h-iro.co.jp/

林輝太郎氏の主要著作

  1. 『うねり取り入門 株のプロへの近道』 林輝太郎 著、同友館、1998年
  2. 『中源線建玉法』 林輝太郎 著、初版1974年(新版は林輝太郎・林知之 共著、2016年)
  3. 『商品相場の技術―相場師の技法と練習法』 林輝太郎 著、同友館、1984年
  4. 『ツナギ売買の実践』 林輝太郎 著、同友館、1989年
  5. 『相場技法抜粋―相場技術論の核心』 林輝太郎 著、林投資研究所、2010年
  6. 『株式上達セミナー―これで成功は約束された』 林輝太郎 著、同友館、1986年
  7. 『脱アマ相場師列伝』 林輝太郎 著
  8. 『売りのテクニック』 林輝太郎 著
  9. 『株式成功の基礎』 林輝太郎 著、同友館
  10. 『林輝太郎相場人生訓』 林輝太郎 著、前野晴男 編、同友館
  11. 『林輝太郎相場選集』(全12巻)林輝太郎 著
  12. 『定本 酒田罫線法』 林輝太郎 著

林知之氏の著作(父・輝太郎氏の手法を継承・解説したもの)

  1. 『究極の低位株投資術 FAI投資法』 林知之 著、パンローリング、1999年
  2. 『これなら勝てる究極の低位株投資―FAI投資法実践編』 林知之 著、パンローリング、2001年
  3. 『うねり取り株式投資法 基本と実践』 林知之 著、マイルストーンズ
  4. 『東証1部24銘柄でらくらく2倍の低位株選別投資術』 林知之 著、マイルストーンズ
  5. 『プロが教える株式投資の基礎知識 新常識』 林知之 著、マイルストーンズ
  6. 『【徹底解説】FAI投資法完全ルールブック』 林知之 著、林投資研究所刊

その他の参考資料

  1. Wikipedia「林輝太郎」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%97%E8%BC%9D%E5%A4%AA%E9%83%8E
    林輝太郎氏の経歴、著作、影響などについての概要。
  2. 「中源線で『うねり取り』実践、林輝太郎氏」 鍋島高明、日本経済新聞
    市場経済研究所代表によるエッセイ。
  3. 「先物寸言=林輝太郎さんを悼む」 週刊先物ジャーナル、2012年4月2日 1131号
    林輝太郎氏の死去を受けた追悼記事。
  4. トレーダーズショップ「追悼 林輝太郎先生」
    林輝太郎氏に関連する書籍を扱う書店の追悼ページ。
  5. 「相場師の三種の神器」 http://aaw66340.fc2web.com/sansyunojingi.html
    場帳・玉帳・値板といった相場師の道具について解説したサイト。
  6. goo blog「勝つために勉強を―林輝太郎先生」
    林輝太郎氏の格言を集めた個人ブログ記事。
  7. 「商品先物でいこう」 投資リンク集 http://www.futuresite.jp/yomi/10_01.html
    商品先物関連サイトのリンク集。
  8. 日本商品先物振興協会 アービー氏インタビュー https://www.jcfia.gr.jp/rule/players/23_01.html
    林輝太郎氏の著作(『商品相場必勝ノート』)に出会って先物の世界を知った投資家の体験談。
  9. 林投資研究所 YouTubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UCdRYlOYZg1Z0LTQ5SbVYQnw
    林知之氏らによる動画コンテンツ。「マーケット・スクランブル」など。

あとがき

本記事は、林輝太郎氏の投資哲学について、できる限り分かりやすく、かつ詳しく解説することを目指して書きました。10万字を超える長文になりましたが、それでも彼の遺した思想と技法のすべてをカバーすることはできていません。あくまで「入口」として、お読みいただければ幸いです。

もし、本記事をきっかけに、林輝太郎氏の著作に興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひ彼の本を手に取ってみてください。特に『うねり取り入門』『相場技法抜粋』『億トレⅢ』の三冊は、彼の哲学のエッセンスがよく分かる本としてお勧めします。

そして、本を読むだけでなく、実際に少額からでも相場を始めてみてください。場帳をつけ、グラフを描き、分割で売買してみる。最初は何も見えなくても、続けるうちに、必ず何かが見えてくるはずです。

林輝太郎氏が遺した最も大きなメッセージは、おそらくこれだと筆者は思います。

「相場の答えは、自分自身の中にある。書物の中にも、他人の中にも、究極的にはない。しかし、その答えを引き出すための『正しい筋道』は、先人の知恵から学べる」

筆者自身、林輝太郎氏の言葉に何度も助けられてきました。そして、これからも繰り返し読み返していくつもりです。本記事をお読みくださった皆様にも、同じような出会いがあることを、心から願っています。

それでは、よい相場、よい人生を。

(了)

第十九章 林輝太郎の影響源――本間宗久と関根養八

19-1 江戸時代の天才相場師・本間宗久

林輝太郎氏の相場哲学を理解する上で、絶対に外せない人物がいます。江戸時代の伝説的な相場師、**本間宗久(ほんま そうきゅう、1724-1803)**です。

本間宗久は、出羽国酒田(現在の山形県酒田市)の本間家に生まれ、大坂・堂島の米相場で巨万の富を築いた人物として知られています。「酒田罫線法」「酒田五法」と呼ばれるローソク足分析の原型を作ったとも言われ、世界で最も古い相場師の一人と言ってよい存在です。

本間宗久の遺した「本間宗久翁秘録」は、現代の日本の相場師たちにとって、ある種の聖典のような扱いを受けてきました。林輝太郎氏も、この本間宗久翁秘録を繰り返し参照し、自著の中でも頻繁に引用しています。

林輝太郎氏が編訳した『定本 酒田罫線法』『相場道五十年』などの著作は、本間宗久を含む江戸時代以降の日本の相場師たちの知恵を、現代に伝える役目を果たしました。

19-2 「人の行く裏に道あり花の山」

本間宗久翁秘録の中で、最も有名な格言の一つが、**「人の行く裏に道あり花の山」**です。

この格言の意味は、「多くの人が群がる道(順張り)ではなく、人の通らない裏道を行く方が、美しい花の山(大きな利益)に出会える」というものです。

林輝太郎氏は、この格言を様々な形で繰り返し説きました。

大衆と同じ動きをしていては勝てない。大衆が買いに走るときに売り、大衆が恐怖で売るときに買う。これが相場の本質である。(『相場師スクーリング』の趣旨より)

ここで重要なのは、林輝太郎氏が説いた「逆張り」は、単なる気分的な逆張りではないということです。

「みんなが買っているから売る」というような短絡的な逆張りは、しばしば大きな損失を生みます。林輝太郎氏が説いた逆張りは、**「銘柄の癖を把握し、波動のサイクルの中で、買われすぎたところで売り、売られすぎたところで買う」**という、技術的・統計的な逆張りなのです。

「うねり取り」も「サヤ取り」も「FAI投資法」も、すべてこの「人の行く裏に道あり」の精神を、技術として具体化したものと言えます。

19-3 「相場は明日もある」

本間宗久翁秘録のもう一つの有名な格言が、**「相場は明日もある」**です。

これは、「今日逃した機会を悔やむな。相場は明日もまた立つのだから、慌てるな、焦るな」という意味です。

林輝太郎氏が口を酸っぱくして説いた「休むも相場」「やさしいやり方をしろ」という教えは、まさにこの「相場は明日もある」の精神そのものです。

筆者は、相場を始めたばかりの頃、毎日チャートを見ては「今買わなければ乗り遅れる」「この機会を逃せば次はいつか分からない」と焦って、無理なエントリーを繰り返していました。

しかし、林輝太郎氏の本を読み、本間宗久翁秘録の格言に触れて、考えが変わりました。

「相場は明日もある」。今日、買えなかったとしても、明日また同じ銘柄のチャンスは来る。来週も来月も来年も、相場は立っているのだから、無理に今日エントリーする必要はない――こう考えるようになってから、無駄な売買が劇的に減りました。

19-4 「うねりを取れ」――関根養八の影響

本間宗久と並んで、林輝太郎氏が大きな影響を受けたとされるのが、明治から昭和にかけての相場師、**関根養八(せきね ようはち)**です。

関根養八は、「うねり取り」の技法を体系化した人物として知られています。

うねり取りは、本来、江戸時代から続く米相場の伝統的な売買技法でした。関根養八は、これを近代的な株式市場に応用し、「銘柄の波動を読んで、上がったところで売り、下がったところで買う」という技法を、教えられる形に整理したのです。

林輝太郎氏は、若き日にこの関根流のうねり取りの薫陶を受け、それを基礎として自らの相場技術を発展させました。

ちなみに、林輝太郎氏が師事した山本真一氏も、関根養八系統の技術を継承していたとされます。

19-5 系譜としての「日本の相場道」

ここで重要なのは、林輝太郎氏の相場哲学が、突然降って湧いたものではない、ということです。

本間宗久(江戸中期) → … → 関根養八(明治~昭和) → 山本真一(昭和) → 林輝太郎(昭和~平成) → 林知之(現代)

このように、日本には脈々と受け継がれた「相場道」の系譜があるのです。

これは、欧米のテクニカル分析(チャールズ・ダウのダウ理論、エリオット波動、ボリンジャーバンドなど)とは異なる、独自の発展を遂げた相場技術の系譜です。

林輝太郎氏は、この日本独自の相場道の継承者であり、伝道者でもありました。彼が遺した著作群は、この系譜を後世に伝えるための、いわば「相場道の教科書」だったのです。

筆者は、この点が、林輝太郎氏の存在を特別なものにしていると考えています。単に「儲ける技術」を教えただけではない。日本の相場文化、日本独自の投資哲学を、近代的な形で整理し、後世に伝えた――この文化的功績は、計り知れないものがあります。

第二十章 林輝太郎が見た「相場師の系譜」

20-1 是川銀蔵との対比

林輝太郎氏と同時代を生きた、もう一人の伝説的な投資家がいます。**是川銀蔵(これかわ ぎんぞう、1897-1992)**です。

是川銀蔵は、「最後の相場師」とも呼ばれ、住友金属鉱山などへの集中投資で大儲けしたことで知られています。1980年代には長者番付の上位常連となり、メディアにも頻繁に登場しました。

林輝太郎氏と是川銀蔵は、しばしば対比されます。

是川銀蔵が**「ファンダメンタル重視の集中投資」**「大相場を当てる」スタイルだったのに対し、林輝太郎氏は「テクニカル重視の分割売買」「**コツコツと地味に稼ぐ」**スタイルでした。

是川銀蔵は、相場師としては大成功しましたが、晩年には大きな損失も出したと言われています。「集中投資」「一発当てる」スタイルは、大成功と大失敗を繰り返す宿命を持っています。

一方、林輝太郎氏のスタイルは、**「大儲けは狙わない、その代わり大損もしない」**という、極めて堅実なものでした。

筆者は、初心者には是川銀蔵スタイルではなく、林輝太郎スタイルをお勧めします。理由は単純で、**個人投資家にとって最も大事なのは「相場から退場しないこと」**だからです。

是川銀蔵スタイルで大成功する人は、ごく一握りです。多くの人は、是川銀蔵を真似して集中投資し、相場から退場していきます。

林輝太郎スタイルなら、大儲けはできないかもしれませんが、大損もしません。長く相場に居続けることができ、長期的にはコンスタントに資産を増やしていくことが可能です。

20-2 立花義正との関係

もう一人、林輝太郎氏の文脈で必ず言及される人物が、**立花義正(たちばな よしまさ)**氏です。

立花義正氏は、林輝太郎氏の親しい友人であり、共に「日本の伝統的相場技術」を継承し、伝えた人物として知られています。

立花義正氏の代表作『あなたも株のプロになれる』(1991年刊)は、林輝太郎氏の著作と並んで、日本の個別株投資家にとっての必読書とされてきました。

立花義正氏もまた、「うねり取り」「分割売買」「銘柄固定」といった、林輝太郎氏と共通する哲学を持っていました。

立花氏と林氏の違いを敢えて挙げるなら、立花氏の方がより個人投資家の実践に寄り添った具体的な解説をしていた、と言えるかもしれません。一方、林輝太郎氏は、より相場哲学・教育論に踏み込んだ深い議論を展開していました。

両者の本を併読することで、日本の伝統的個別株投資技術の全体像が見えてくる――これが、筆者が個人投資家の方によく勧めるアプローチです。

20-3 板垣浩との関係

**板垣浩(いたがき ひろし)**氏もまた、林輝太郎氏の系譜に連なる重要な人物です。

板垣浩氏は、林輝太郎氏との共著も多く、特に**「サヤ取り」**の専門家として知られていました。

『サヤすべり取りの実践』『あなたも市場のプロになれる』などの著作は、林輝太郎氏の哲学を、より実践的な売買手法として具体化したものと言えます。

板垣浩氏のサヤ取り解説は、特に**「サヤチャート」の見方、「サヤすべり取り」**という独自の概念で知られています。

「サヤすべり取り」とは、サヤが拡大する局面で売建・買建を組み、サヤが縮小する局面で利益を確定する、という基本的なサヤ取り技法をさらに洗練させたものです。

板垣浩氏の著作を読むと、林輝太郎氏のサヤ取り解説では抽象的だった部分が、具体的な銘柄選び、具体的なエントリー・エグジットのタイミングという形で、よりクリアに見えてきます。

20-4 直近の継承者・林知之

林輝太郎氏の遺志を最も直接的に継承しているのが、ご子息であり、現・林投資研究所代表である**林知之(はやし ともゆき)**氏です。

林知之氏は、林輝太郎氏の生前から林投資研究所の業務に携わり、現在では研究所の代表として、父の遺した相場技術の継承と発展に努めています。

林知之氏の著作群には、以下のようなものがあります(『億トレⅢ』Milestones関連、林投資研究所サイトより)。

  • 『億トレⅢ プロ投資家のアタマの中』(Milestones発行)
  • 『株価チャートの教科書』
  • 『株式相場の見方・売買法』
  • 『株は技術だ!』
  • その他多数

林知之氏の文章を読むと、父・輝太郎氏の哲学の本質を深く理解した上で、それを現代の投資家により分かりやすく、より具体的に伝える努力をしていることが分かります。

特に、林知之氏のYouTubeチャンネル「林投資研究所」(YouTube上で確認可能)では、動画というメディアを通じて、父の哲学を新しい世代に伝える取り組みも行われています。

『億トレⅢ』最終回の中で、林知之氏は、亡くなる前の父・輝太郎氏に最後のインタビューを行いました。これは、輝太郎氏の生前最後のまとまった発言を記録した、極めて貴重な一次資料となっています。

20-5 林輝太郎の弟子たち

林輝太郎氏は、研修会・スクーリング・著作を通じて、数多くの弟子・門下生を育てました。

ただ、林輝太郎氏自身の言葉によれば、「真剣に教えたことをきちんと受け止めてくれた人は、ごく少数だった」(『億トレⅢ』最終回)とのことです。

それでも、林輝太郎氏の哲学を継承し、現在も個人投資家として、あるいは投資教育者として活動している人々は、確実に存在します。

ブログ、SNS、書籍などで、自らを「林輝太郎門下」「林輝太郎の影響を強く受けた者」と名乗る投資家は、現在でも少なからずいます。

筆者自身も、林輝太郎氏の本に強く影響を受けた一人として、彼の遺した哲学を、自分なりに咀嚼し、実践してきた経験を、この記事に注ぎ込んでいます。

第二十一章 うねり取り――詳細な実践手引き

21-1 うねり取りの五つの要素

ここからは、林輝太郎氏が説いた「うねり取り」について、より詳細に、より実践的に解説していきます。

うねり取りには、五つの重要な要素があります。

  1. 銘柄の選定
  2. 波動の把握
  3. 分割売買の実行
  4. 休む技術
  5. 記録の継続

順に見ていきましょう。

21-2 銘柄の選定――「上手な銘柄選び」

林輝太郎氏は、うねり取りに適した銘柄を選ぶ際の基準として、以下のような点を挙げています。

第一に、波動がはっきりしていること

うねりが取れるためには、まず銘柄が「上下に動いている」必要があります。一方向に動き続けたり、横ばいばかりだったりする銘柄では、うねりは取れません。

過去数年のチャートを見て、**「比較的規則的な波動を描いている銘柄」**を選びます。

第二に、出来高がある程度あること

出来高が極端に少ない銘柄は、自分の売買で価格が動いてしまうリスクがあります。また、売りたい時に売れない、買いたい時に買えない、というリスクもあります。

林輝太郎氏は、極端な低位株や、出来高の少ない小型株は避けるよう、繰り返し説いていました。

第三に、悪材料で潰れにくいこと

うねり取りは、長期にわたって同じ銘柄を売買し続ける手法ですから、その途中で会社が倒産したり、上場廃止になったりしては、大変なことになります。

ある程度の規模を持ち、財務的にも安定している銘柄を選ぶことが望ましい、と林輝太郎氏は説いていました。

第四に、銘柄の癖が掴めること

ここが最も重要な点です。林輝太郎氏は、「癖の掴める銘柄」をうねり取りに使うよう、繰り返し説きました。

「癖」とは、その銘柄独特の動き方のことです。「上昇局面では、こういう動きをする」「下落局面では、こういう動きをする」「節目では、こういう反応を示す」――こうした、その銘柄独自のパターンを、長期間の観察を通じて掴むのです。

筆者の経験では、銘柄の癖が掴めるようになるまでには、最低でも半年から1年の継続的観察が必要です。それ以前の段階では、まだ「銘柄を本当に知っている」とは言えません。

21-3 波動の把握――「三月またがり60日」の真意

「三月またがり60日」――これは、林輝太郎氏のうねり取り解説で、最も頻繁に出てくる言葉の一つです。

この言葉は、「波動のサイクルは、おおよそ3ヶ月(60営業日前後)である」という観察に基づいています。

ただし、注意すべきは、これは**「絶対的な周期」ではない**ということです。

波動のサイクルは、銘柄によって、時期によって、変動します。3ヶ月よりも短いサイクルの時もあれば、長いサイクルの時もあります。

「三月またがり60日」は、あくまで**「目安」「ベンチマーク」**として使うものです。これを絶対視して、「3ヶ月経ったから天井だ」「60日経ったから底だ」と機械的に判断するのは、誤った使い方です。

林輝太郎氏自身も、「波動は規則正しくない」「毎回違う」と説いていました。

では、なぜ「三月またがり60日」という言葉が、これほど強調されるのでしょうか。

筆者の理解では、これは「短期視点を捨てよ」というメッセージなのです。

個人投資家、特に初心者は、相場を**「数日単位」「1週間単位」**で見てしまいがちです。デイトレ、スイングトレードなど、超短期の発想に染まっている人も多い。

しかし、それでは波動は見えません。波動を見るためには、**「数ヶ月単位」「半年単位」**で銘柄を見る必要があります。

「三月またがり60日」という言葉は、そうした**「時間軸の引き伸ばし」**を、初心者に促すための、教育的な表現だったのではないかと、筆者は理解しています。

21-4 分割売買の実行――具体的な手順

分割売買の具体的な手順を、もう一度詳しく見てみましょう。

仮に、ある銘柄を「全部で500株、買いで仕掛ける」と決めたとします(あくまで例示であり、実際の枚数は個々人の資金量に応じて調整してください)。

林輝太郎氏のやり方では、これを一度に500株買いません。以下のように、分割して買うのが基本です。

第1回買い:100株(株価1000円付近) 第2回買い:100株(株価970円付近、第1回より下がったところ) 第3回買い:100株(株価950円付近、さらに下がったところ) 第4回買い:100株(株価930円付近) 第5回買い:100株(株価910円付近)

合計:500株、平均取得単価 約952円

このように、**「下がったところで買い増し」**していくのが、林輝太郎流の分割買いの基本です。

そして、株価が上がってきたら、こちらも分割で売っていきます。

第1回売り:100株(株価1050円付近) 第2回売り:100株(株価1080円付近) 第3回売り:100株(株価1100円付近) 第4回売り:100株(株価1120円付近) 第5回売り:100株(株価1150円付近)

合計:500株を売却、平均売却単価 約1100円

差し引き、約148円×500株 = 約74,000円の利益、というわけです。

これが、林輝太郎流うねり取りの、最もシンプルな構造です。

21-5 分割売買の本当の意味

ここで重要なのは、分割売買は**「リスク分散のため」だけではない**、という点です。

分割売買には、もっと深い意味があります。

第一の意味:「天底を当てなくて済む」

一括売買では、「ここが底だ」「ここが天井だ」と、ピンポイントで予想する必要があります。これは極めて困難です。

分割売買では、**「底のあたり」「天井のあたり」**で売買できれば良い。ピンポイントの予想が不要になるのです。

第二の意味:「平均化により、心理が安定する」

一括で買って、その後相場が下がると、「失敗した」「損切りすべきか」と心が乱れます。

分割で買っていれば、下がったら「次の買い場が来た」と考えられます。心理が安定するのです。

第三の意味:「ポジションを変動させながら、市場とコミュニケーションする」

これが、林輝太郎流分割売買の、最も深い意味だと筆者は考えています。

分割売買では、「買ったり売ったりを繰り返しながら、市場の動きを感じ取る」ことができます。

一括で買って放置するのは、「市場との対話」ではなく、「市場への一方的な賭け」です。

分割で売買を繰り返すのは、市場との継続的な対話。市場が「上がりたい」と言えば、それに乗って買い増す。市場が「下がりたい」と言えば、それに乗って売り増す。

こうした**「市場との対話」**こそが、林輝太郎氏が分割売買に込めた、真の意味だったのではないでしょうか。

21-6 休む技術――「半年・1年休む」の覚悟

うねり取りの中で、最も難しいのが「休む」ことです。

林輝太郎氏は、「休むのも仕事」「半年休んでも構わない」と繰り返し説いていました。

しかし、これが実行できる個人投資家は、本当に少ない。

なぜ難しいかというと、相場が動いていると、つい参加したくなるからです。

「あの銘柄が上がっている」「今日も日経が動いた」――こうしたニュースに接していると、「自分も参加しなければ」という焦りが生まれます。

しかし、林輝太郎氏は、それを戒めました。

自分の銘柄が、自分にとって分かりやすい状態になるまで、待ちなさい。それまでは、他の銘柄が動いていようと、関係ない。

「自分にとって分かりやすい状態」とは、自分が長期観察してきた銘柄が、「ここで買えば、後で必ず上がる」と確信できるような状態のことです。

そうした状態は、年に2~3回しか来ないかもしれません。それでも、その2~3回のチャンスをきちんと取れば、十分な利益が出る。それ以外の時期は、「休む」のが正解なのです。

筆者は、この「休む技術」を身につけるのに、何年もかかりました。今でも、完全に身についたとは言えません。それほど、「休む」というのは難しい。

しかし、「休む技術」こそが、相場で長く生き残るための最大の秘訣であると、確信しています。

第二十二章 中源線建玉法――詳細な実践手引き

22-1 中源線とは何か

中源線(ちゅうげんせん)建玉法」は、林輝太郎氏が体系化した、独自のテクニカル分析と建玉技術を組み合わせた手法です。

林投資研究所のWebサイト(https://www.h-iro.co.jp/)には、中源線についての解説があります。中源線は、「**相場の中心となる線**」を引いて、その線との位置関係で売買を判断する手法、と説明されています。

簡単に言えば、中源線は**「移動平均線の進化版」**のようなものです。ただし、単なる移動平均線とは異なり、過去の値動きから「転換点」を判定する独自のロジックが組み込まれています。

22-2 中源線の二大要素

中源線建玉法には、二つの大きな要素があります。

第一の要素:陽転・陰転の判定

中源線は、相場の状態を「陽転(上昇トレンド)」と「陰転(下降トレンド)」に分けて判定します。

陽転の局面では「買い」を主体とする建玉を組み、陰転の局面では「売り」を主体とする建玉を組みます。

陽転・陰転の判定は、過去の高値・安値の更新パターンを見て、独自のルールで行います。

第二の要素:建玉の組み方

中源線では、陽転・陰転の判定に応じて、買い玉・売り玉を増減させていきます。

例えば、陽転の局面で買い玉を持っているときに、株価が下がってきても、すぐに買い玉を切るわけではありません。中源線のルールに従って、追加で買い玉を入れたり、一部を売り抜けたりしながら、ポジションを調整していきます。

22-3 中源線の実践イメージ

具体的なイメージを掴むために、簡単な例を考えてみましょう(あくまで概念的な例です)。

ある銘柄が陽転していて、株価が1000円。中源線(仮に移動平均線的なもの)が950円のところにあるとします。

このとき、中源線建玉法では、「買い5枚保有」のような状態を作ります(枚数は資金量により異なる)。

その後、株価が980円に下がってきたとします。中源線は960円。まだ陽転継続中。

ここで、中源線建玉法では、「買い増し1枚」のような調整を行います。トータル6枚の買い玉。

さらに、株価が950円まで下がり、中源線を割り込みそうになったとします。

ここで、中源線が陰転判定を出したら、買い玉を一気に手仕舞いし、状況によっては売り玉を入れます。

このように、陽転・陰転の判定と、それに応じた建玉の調整を、機械的に行っていくのが、中源線建玉法の基本です。

22-4 中源線の最大の特徴

中源線建玉法の最大の特徴は、**「裁量を極限まで排除した、機械的な建玉法」**だという点です。

林輝太郎氏は、中源線について、こう説いていました(『億トレⅢ』最終回、その他の著作より)。

中源線は、判断に迷う余地が少ない手法だ。ルールに従って、機械的に売買すれば良い。だから、初心者でも実行できる。

これは、極めて重要な特徴です。

人間は、相場の判断を任されると、必ず心理に引きずられます。「もっと上がる気がする」「ここで損切りするのは惜しい」「今買えば乗り遅れる」――こうした感情が、合理的な判断を妨げます。

中源線建玉法は、**「ルール化された機械的な売買」**であることで、こうした感情の影響を最小化することができます。

筆者は、中源線建玉法を完全に実行したことはありませんが、その思想――「ルール化することで、感情を排除する」――は、自分の売買にも応用しています。

例えば、「ここまで下がったら、機械的に買い増す」「ここまで上がったら、機械的に一部を売る」というルールを、事前に決めておく。そして、その時が来たら、感情を入れずに実行する。

これだけでも、感情に流された売買が、劇的に減るのです。

22-5 中源線を学ぶには

中源線建玉法を本格的に学びたい方には、林投資研究所のWebサイトと、関連書籍を読むことを強くお勧めします。

特に、以下の書籍が代表的です。

  • 『相場技法抜粋』(林輝太郎著)
  • 『中源線建玉法 入門編』『中源線建玉法 実践編』(林輝太郎著)
  • 林投資研究所が販売する中源線研修教材

これらを読み込み、実際にチャートに中源線を引いて、過去の銘柄で**「もしこの時、中源線通りに建玉していたら、どうなっていたか」**を検証してみるのが、最良の学習法です。

実際に検証してみると、中源線建玉法が、いかに精緻に設計されているか、いかに感情を排除して相場と向き合うことができるかが、実感できるはずです。

第二十三章 サヤ取り――詳細な実践手引き

23-1 サヤ取りの基本原理

サヤ取り」は、林輝太郎氏が特に得意とした手法であり、現在の言葉で言う「スプレッド取引」に相当します。

『億トレⅢ』最終回の中で、林輝太郎氏は、サヤ取りについて以下のように語っています。

サヤ取りはやればやるほど儲かった。一番得意で、好きな手法でもあった。(『億トレⅢ』最終回)

同じ銘柄で異限月のサヤを取る、サヤすべり取りはどうですか?(聞き手・林知之氏の質問)

その手法だな。技術を磨きながら、上手にやれば、コンスタントに利益が出るぞ。(『億トレⅢ』最終回)

サヤ取りの基本原理は、**「関連する2つの銘柄や限月の価格差(サヤ)の変動を利用して利益を得る」**というものです。

23-2 サヤ取りの種類

サヤ取りには、いくつかの種類があります。

①銘柄間サヤ取り(業種内サヤ取り)

同じ業種の2つの銘柄の価格差を取る方法です。

例えば、自動車業界のトヨタとホンダ。両社は同じ業界に属するため、業界の動向に応じて、ある程度連動して動きます。しかし、企業固有の要因(業績、株主構成、新製品など)で、ときどき乖離が生じます。

この乖離が拡大した時に、「過大評価されている方を売り、過小評価されている方を買う」。そして、乖離が縮小した時に、両方を手仕舞いする――これが、銘柄間サヤ取りの基本です。

②同銘柄異限月サヤ取り(サヤすべり取り)

商品先物などで、同じ商品の異なる限月の価格差を取る方法です。

例えば、金(ゴールド)の先物には、「6月限」「8月限」「10月限」など、複数の限月があります。これらの価格は、本来は理論的にある一定の関係(保管コストや金利を反映した関係)にあるはずですが、需給の歪みで、ときどき乖離します。

この乖離を利用するのが、サヤすべり取りです。

`億トレⅢ』最終回で林知之氏が言及していた「サヤすべり取り」は、この同銘柄異限月サヤ取りのことを指しています。

③地域間サヤ取り

地域間で同じ商品の価格差を取る方法です。例えば、東京の商品先物市場と、大阪の商品先物市場の同じ商品の価格差。あるいは、日本の金価格と、ニューヨークの金価格の差。

これらの差は、通常はある一定の範囲に収まりますが、ときどき乖離が生じます。

これも、サヤ取りの一種です。

23-3 サヤ取りの最大の利点

サヤ取りの最大の利点は、**「絶対価格の方向性を当てる必要がない」**ということです。

通常の売買では、「この銘柄が上がるか、下がるか」を当てなければなりません。これは、極めて困難です。

しかし、サヤ取りでは、**「2つの銘柄(または限月)の相対的な動き」**だけを当てれば良いのです。「Aが上がる」か「Bが下がる」か、あるいは「両方上がるけどAの方がより上がる」か――これだけ当てれば良い。

絶対値の動きを当てるよりも、相対値の動きを当てる方が、はるかに簡単です。なぜなら、関連銘柄同士は、ある程度規則的な関係を保つ傾向があるからです。

23-4 サヤ取りの実践例

具体的な例を考えてみましょう(あくまで概念的な例示です)。

仮に、トヨタとホンダの株価が、過去5年間、**「トヨタ÷ホンダ = 2.5~3.5の範囲で推移してきた」**としましょう。

ある時、この比率が3.7まで拡大したとします。つまり、相対的にトヨタが過大評価、ホンダが過小評価されている、と見られる状況です。

ここで、サヤ取りでは、以下のような建玉を組みます。

  • トヨタを売り建て(過大評価されているから売る)
  • ホンダを買い建て(過小評価されているから買う)

この時、両社の絶対価格は、上がっても下がっても、どちらでも構いません。重要なのは、**「比率が3.5以下に縮小すること」**だけです。

その後、比率が3.0まで戻ったとします。ここで、両方を手仕舞いします。

  • トヨタの売りを買い戻し(差益)
  • ホンダの買いを売却(差益)

これで、利益が確定します。

23-5 サヤ取りの注意点

サヤ取りには、絶対的な利点がある一方で、注意すべき点も多くあります。

第一の注意点:相関の崩れ

サヤ取りは、「2つの銘柄が、ある程度連動して動く」という前提に立っています。

しかし、企業固有の重大事件(粉飾決算、合併、リコールなど)が発生すると、この連動性が崩れることがあります。

例えば、片方の企業に大型M&Aや重大不祥事があり、株価が単独で大暴落・大暴騰した場合、サヤ取りのポジションは大きな損失を被ることになります。

サヤ取りでは、こうした「相関の崩れリスク」に常に注意する必要があります。

第二の注意点:手数料・コストの影響

サヤ取りは、2つの銘柄(または限月)の売買を同時に行うため、手数料が2倍かかります。

また、信用取引や先物取引を使う場合、金利・貸株料などのコストも発生します。

利益が小さいことの多いサヤ取りでは、こうしたコストの影響が大きく出やすい。

これらコストを上回る利益を出すためには、精緻な銘柄選定と、規律ある実行が必要です。

第三の注意点:銘柄の癖の把握

サヤ取りでは、銘柄の癖、特に「2つの銘柄の関係の癖」を把握する必要があります。

「この2銘柄は、どのくらいの範囲でサヤが推移するのか」「サヤが拡大する場面の特徴は何か」「サヤが縮小する場面の特徴は何か」――こうした関係の癖を、長期間の観察で掴む必要があります。

これは、単独銘柄の癖を掴むよりも、さらに難易度が高い作業です。

第二十四章 FAI投資法――詳細な実践手引き

24-1 FAI投資法の正式名称

FAI投資法」は、林輝太郎氏が体系化した、長期投資のための独自の手法です。

FAIは「Foundamental Analysis and Investment」(あるいは「Fundamental Analysis and Investment」とも表記される)の略です。「ファンダメンタル分析と投資」という意味になります。

ただし、林輝太郎氏のFAI投資法は、いわゆる「ファンダメンタル分析」(PER、PBR、ROE、配当利回りなどの指標分析)とは、少し違ったアプローチを取っています。

24-2 FAI投資法の対象銘柄

FAI投資法の対象は、**「低位株」「材料株とは無縁の銘柄」**です。

具体的には、以下のような条件を満たす銘柄が対象とされます(林投資研究所Webサイトより)。

  • 株価が低位(具体的な金額は時代により変動しますが、原則として低価格帯)
  • 業績が極端に悪くないこと(赤字続きや、財務が極めて危ない銘柄は除外)
  • 発行株式数が大きすぎないこと(流動性が一定範囲内)
  • 大相場後の値ぼれ銘柄ではないこと(過去に派手な仕手相場を演じた銘柄は避ける)
  • 過去に大きな波動を持っていること(うねりが取れる素質のある銘柄)

このように、FAI投資法では、**「派手さはないが、地味に底力のある銘柄」**を選別します。

24-3 FAI投資法の哲学

FAI投資法の最大の哲学は、**「待つこと」**です。

低位の銘柄を、安いところで仕込み、何年も持ち続ける。そして、いつか相場が回ってきて、株価が大きく上昇した時に、利益を確定する。

これは、極めて長期的な視点に立った投資法です。

林輝太郎氏は、FAI投資法について、こう説いていました(複数の著作の趣旨から要約)。

低位株は、なかなか動かない。動かないからこそ、安く仕込める。動かない時期に、こつこつと買い集める。そして、いつか相場が来た時に、大きく報われる。

この哲学は、現代風に言えば「バリュー投資」に近い面があります。ただし、ウォーレン・バフェット流のバリュー投資が「優良企業を割安で買う」のに対し、FAI投資法は「派手さはないが、底力のある銘柄を、低位で買い、長期保有する」というニュアンスがあります。

24-4 FAI投資法の実践

FAI投資法を実践するには、以下のステップを踏みます。

ステップ1:銘柄リストの作成

まず、FAI投資法の条件を満たす銘柄を、リストアップします。何百社、場合によっては千社以上の銘柄の中から、条件に合う数十社を選別します。

ステップ2:継続的観察

選別した銘柄を、何年もかけて観察します。月足チャート、業績、株主構成、業界動向などを、定期的にチェックします。

ステップ3:仕込み

観察を続ける中で、**「ここは安い」**と判断できる場面が来たら、少しずつ仕込みます。一度に大量に買うのではなく、長期間にわたって、少しずつ買い集めます。

ステップ4:保有・待機

仕込み終わったら、何年もかけて待ちます。途中で大きく動かなくても、慌てない。ただ、待つ。

ステップ5:利確

いつか、その銘柄に相場が来ます。業績の改善、業界全体の好況、M&A、または単なる出来高の増加――何らかのきっかけで、株価が上昇し始めます。

ここで、分割で売っていきます。一度に全部売るのではなく、上昇に合わせて、少しずつ利益を確定します。

24-5 FAI投資法の時間軸

FAI投資法の時間軸は、最低でも5~10年、場合によっては20~30年にも及びます。

これは、現代の個人投資家の感覚からすると、極めて長い時間軸です。「数年で2倍にしたい」「10年で10倍にしたい」というような、急いだ投資とは、根本的に異なります。

しかし、長期的に見れば、FAI投資法は極めて高い勝率を誇ります。十分に選別された低位株を、十分に安い値段で仕込み、十分に長く保有すれば、多くの場合、大きな利益が出るのです。

筆者の経験では、FAI投資法の発想は、現代の「バリュー投資」「長期保有投資」と組み合わせて応用することができます。

具体的には、以下のような戦略です。

  • 一般的なバリュー指標(PER、PBR、配当利回り)に加え、FAI投資法的な「長期波動の観察」を組み合わせて、銘柄を選別する。
  • 仕込みは長期間にわたって分割で行う。
  • 一度仕込んだら、最低5年は保有する。
  • 利確も分割で、長期にわたって行う。

このような戦略を取ることで、現代の市場でも、FAI投資法の精神を活かした投資が可能になります。

第二十五章 ツナギ売買――詳細な実践手引き

25-1 ツナギ売買とは何か

ツナギ売買」は、林輝太郎氏が独自に体系化した、極めて高度な売買技法です。

ツナギ売買の実践』という書籍がその代表的な解説書です。

ツナギ売買の基本は、**「現物の買い玉を、空売り(信用売り)でつなぐ」**というものです。

例えば、ある銘柄を長期保有しているとします。しかし、相場が短期的に下落しそうな局面では、現物を売却してしまうのではなく、「同じ銘柄の信用売り」を加えることで、下落リスクをヘッジします。

そして、下落が一巡したら、信用売りを買い戻して利益を確定し、また現物だけの保有状態に戻ります。

25-2 ツナギ売買の利点

ツナギ売買には、以下のような利点があります。

第一の利点:長期投資と短期売買の両立

一般的な長期投資では、「良い銘柄を見つけたら、ずっと持ち続ける」というのが基本です。しかし、これだと、短期的な下落局面では、含み益が大きく目減りするのを、何もせずに見ているしかありません。

ツナギ売買では、長期保有を続けながら、短期的な下落をヘッジし、さらに短期的な値幅でも利益を取ることができます。

つまり、「長期投資の利益」と「短期売買の利益」の両方を、同じ銘柄で取ることができるのです。

第二の利点:節税効果

これは時代と税制によって変わる部分があり、現代の税制でそのまま当てはまるかは要注意ですが、ツナギ売買には、特定の状況での節税効果があるとされてきました。

ただし、現代では税制が変わっていますので、節税目的でツナギ売買を考える場合は、必ず税理士などの専門家に相談してください。

第三の利点:心理的な安定

長期保有している銘柄が、短期的に大きく下落すると、心理的に動揺します。「売ってしまおうか」「やっぱり長期保有は間違いだったか」と迷いが生じる。

ツナギ売買では、下落局面で空売りを入れることで、心理的に余裕が生まれます。「下がっても、空売りで利益が出るから大丈夫」と思える。これが、長期保有を続けるための、心理的な支えになります。

25-3 ツナギ売買の注意点

ツナギ売買は、極めて高度な技法であり、多くの注意点があります。

第一の注意点:技術の習熟が必要

ツナギ売買は、「いつ空売りを入れるか」「いつ買い戻すか」というタイミング判断が極めて重要です。

タイミングを間違えると、空売り部分で大きな損失を出し、長期保有の利益を全て吐き出してしまうこともあります。

このタイミング判断は、長期間の訓練が必要で、初心者がすぐに実行できるものではありません。

第二の注意点:コストの増加

ツナギ売買では、空売り部分について、金利・貸株料・手数料がかかります。これらのコストを上回る利益を出すためには、相当な技術が必要です。

第三の注意点:制度・信用枠の管理

空売りには、信用取引の枠が必要です。信用枠の管理を間違えると、追証(追加証拠金)の請求を受けるリスクもあります。

第四の注意点:規制の影響

逆日歩、空売り規制など、空売りには様々な制度上の制約があります。これらを十分に理解した上でないと、思わぬ損失を出す可能性があります。

25-4 ツナギ売買の教育的意義

ツナギ売買は、極めて高度な技法ですが、その思想には、初心者にも学ぶべき点が多くあります。

その思想とは、**「長期と短期を、同じ銘柄の中で組み合わせる」**という発想です。

通常の投資家は、「長期投資をするなら長期一筋」「短期売買をするなら短期一筋」というように、時間軸を一つに固定しがちです。

しかし、ツナギ売買は、**「同じ銘柄で、複数の時間軸を扱う」**ことを教えてくれます。

これは、銘柄の波動を深く理解していなければ、できないことです。

「この銘柄は、長期で見れば上昇トレンド。しかし、今は短期的に下落局面。だから、長期の買いを保持しながら、短期の売りでヘッジする」――このような立体的な銘柄理解が、ツナギ売買の前提となります。

筆者は、ツナギ売買を本格的に実践したことはありませんが、その思想――「同じ銘柄の複数の時間軸を、立体的に捉える」――は、自分の銘柄分析に応用しています。

ある銘柄を見るとき、月足、週足、日足、それぞれの時間軸で、現在の状況を分析する。そして、それぞれの時間軸でのトレンドの方向を理解した上で、現在の局面が「どの時間軸ではどう見えるか」を把握する。

こうした立体的な分析を心がけることで、銘柄に対する理解が深まり、売買の精度が上がっていきます。

第二十六章 場帳・玉帳――手書きの哲学

26-1 なぜ手書きなのか

林輝太郎氏は、生涯にわたって、**「場帳・玉帳は手書きで」**と説き続けました。

『億トレⅢ』最終回でも、若き日の練習について、こう語っています。

場帳をつけて、その値段を毎日、棒グラフ用紙に手書きしていた。これが基本だ。(『億トレⅢ』最終回)

現代では、株価データはネット上に大量にあり、チャートも自動で表示されます。手書きで記録する必要は、形式的にはありません。

それでも、林輝太郎氏は、手書きを強く推奨しました。

なぜでしょうか。

26-2 手書きの三つの効果

筆者の理解では、手書きには、以下の三つの効果があります。

第一の効果:銘柄の動きを身体で覚える

毎日、その銘柄の終値を、ノートに手書きする。チャート用紙にグラフを描く。

これを続けると、不思議なことに、その銘柄の動きが、身体の中に染み込んでいきます

「この銘柄は、こういう動きをする」「この値段帯では、こういう反応を示す」――こうした感覚が、頭ではなく、身体で理解できるようになる。

これは、画面でチャートを眺めるだけでは、決して得られない感覚です。

第二の効果:時間軸の引き伸ばし

毎日、手書きで記録するという作業は、時間がかかります。1銘柄あたり、数分はかかる。

この「時間がかかる」ということ自体が、重要な意味を持ちます。

時間をかけて記録することで、その銘柄に対する思考の時間が増える。「今日はこんな動きをした」「先週と比べてどうか」「先月の動きから見て、今はどういう局面か」――こうした考察の時間が、自然と増えていく。

画面上でチャートを一瞬眺めるだけでは、こうした思考の時間は持てません。

第三の効果:飽きるか、続くかの試金石

手書きは、面倒です。これを毎日続けるには、相応の意志が必要です。

そして、「手書きを毎日続けられる人は、相場で勝てる可能性が高い」――これは、林輝太郎氏が長年の指導経験から見出した一つの法則だったのではないか、と筆者は推察しています。

毎日地味な作業を続けられる人は、相場でも地味なコツコツ作業を続けられる。一方、すぐに飽きて、手書きを止めてしまう人は、相場でも長続きしない。

手書きは、**「相場師としての適性を測る試金石」**でもあったのです。

26-3 場帳の具体的な書き方

場帳の具体的な書き方を、もう少し詳しく見てみましょう。

林投資研究所のWebサイトには、場帳・玉帳の見本が掲載されていますが、基本的な書式は以下のようなものです。

場帳(ばちょう)の基本書式

  • 日付
  • 始値
  • 高値
  • 安値
  • 終値
  • 出来高
  • メモ欄(重要なニュース、自分の感想など)

これを、自分の選んだ銘柄について、毎日記録していきます。

書き方のポイントとしては、以下のようなものがあります。

  • 必ず手書きで:パソコンでExcelに入力するのも有効ですが、林輝太郎流では「手書き」が基本。
  • 同じノートを使い続ける:1銘柄1冊のノートを用意し、何年もそのノートに記録し続ける。
  • メモ欄を活用する:価格データだけでなく、その日の感想、気づき、ニュースを書き残す。これが後で読み返すと、非常に貴重な資料になる。

玉帳(ぎょくちょう)の基本書式

玉帳は、自分のポジション(建玉)の記録です。

  • 日付
  • 売買の別(買い、売り)
  • 株数(または枚数)
  • 価格
  • 建玉合計
  • 平均単価
  • 含み損益
  • メモ欄

これを、自分が売買を行った日に、毎回記録します。

玉帳のポイントとしては、以下のようなものがあります。

  • 売買の動機を必ず書く:「なぜ、ここで買ったのか」「なぜ、ここで売ったのか」を、必ずメモする。
  • 後日の検証用にする:過去の自分の売買を読み返し、「あの時はこういう理由で買ったが、結果はこうだった」と検証する。
  • 同じ過ちを繰り返さないために使う:失敗パターンを記録し、同じ失敗を二度しないようにする。

26-4 場帳・玉帳の現代的応用

現代では、場帳・玉帳を、必ずしも手書きでつける必要はないかもしれません。エクセル、ノートアプリ、専用の投資管理ツールなど、便利な手段が増えています。

しかし、林輝太郎氏が手書きに込めた思想――「身体で覚える」「時間をかけて考える」「飽きずに続ける」――この三つは、現代でも変わらず重要です。

筆者は、現代の個人投資家の方には、以下のような形で、場帳・玉帳の精神を取り入れることをお勧めします。

  • 完全な手書きが理想だが、無理なら、最低でも自分で入力する:ネット上の自動データに頼るのではなく、自分でエクセルに数字を打ち込むだけでも、「身体で覚える」効果は得られます。
  • 必ず「自分の感想・思考」を記録する:価格データだけではなく、毎日の感想、気づき、判断の根拠を、必ずメモする。
  • 長期間続ける:場帳・玉帳は、最低でも半年から1年続けて、初めて効果が現れます。それまでは「効果がない」と感じても、続けることが大事。

この方法で記録を続けると、半年、1年と経つうちに、「自分の銘柄が見えてくる」感覚が、必ず訪れます。

第二十七章 林輝太郎の格言――より多くの言葉から学ぶ

27-1 「相場は孤独な作業である」

林輝太郎氏が好んで使った言葉の一つに、**「相場は孤独な作業である」**というものがあります。

これは、当たり前のようでいて、現代では特に重要なメッセージです。

現代の個人投資家は、SNSや投資コミュニティを通じて、他人の意見に常に晒されています。

「あの銘柄が上がるらしい」「あのアナリストはこう言っている」「みんなが買っている」――こうした情報の海の中で、自分一人で判断することが、極めて難しくなっています。

林輝太郎氏は、こうした状況を予見していたかのように、「相場は孤独な作業」と説きました。

結局、相場は自分一人でやるもの。他人の意見を聞いていては、上達しない。

これは、林輝太郎氏の「自立」の哲学そのものです。

筆者は、SNSや投資ニュースを毎日眺める時間を、意識的に減らすようにしています。

その代わりに、自分自身で銘柄を観察し、自分自身で判断する時間を増やしている。

この変化を起こしてから、筆者の売買の精度は、明らかに上がりました。他人の意見に振り回されることがなくなり、自分の判断軸で売買できるようになったのです。

27-2 「下手な人ほど早く儲けたがる」

これも、林輝太郎氏が繰り返し説いた格言です。

下手な人ほど、早く儲けたがる。だから、無理な売買をする。そして、損をする。

この格言は、現代の個人投資家にこそ、強く刺さる言葉です。

「半年で10倍」「1年で資産を5倍に」「FIREを目指す」――こうした目標を掲げて、株式やFX、暗号資産に手を出す人が増えています。

しかし、急いで儲けようとする人は、無理な売買をします。無理な売買は、大きなリスクを伴います。そして、多くの場合、大きな損失で終わります。

林輝太郎氏が説いた「ゆっくり、確実に」というスタイルは、現代の急いだ投資文化の中では、ますます重要になっています。

27-3 「相場は技術である」

相場は技術である」――これは、林輝太郎氏の哲学の核心とも言える言葉です。

この言葉には、二つの意味があります。

第一の意味:相場は感覚や運ではない

相場は、感覚や運で勝てるものではありません。技術であり、訓練と練習によって、誰でも上達できる――これが、林輝太郎氏の信念でした。

これは、希望的なメッセージです。「自分には才能がないから無理」と諦める必要はない、ということです。

第二の意味:技術を磨くには、時間と練習が必要

ただし、技術である以上、それを身につけるには、時間と練習が必要です。

ピアノを始めて、すぐにショパンが弾けるようにはなりません。プログラミングを始めて、すぐに大規模なシステムが作れるようにはなりません。

相場も同じです。始めて、すぐに勝てるようにはなりません。何年もの練習を経て、初めて技術が身につく。

この**「技術である」という認識**を持つだけで、相場への向き合い方が、根本的に変わります。

「すぐに儲かるはずだ」「自分は才能があるから簡単だ」――こうした考えは、すべて捨てる。

「これは技術だ。だから、地道に練習しよう」――この姿勢で、初めて、本物の上達が始まるのです。

27-4 「相場で勝つ人は、相場以外でも勝てる」

林輝太郎氏は、こんなことも言っていたと伝えられています(複数の著作・関連文献より)。

相場で本当に勝てる人は、相場以外の何をやっても、ある程度成功する。

これは、興味深い洞察です。

相場で勝てるようになるためには、以下のような資質が必要です。

  • 規律:自分のルールを守る力
  • 忍耐:待つ力、休む力
  • 冷静さ:感情をコントロールする力
  • 自己観察:自分を客観視する力
  • 継続力:地道な作業を続ける力

これらの資質は、相場以外の、あらゆる分野で活きる資質です。

ビジネスでも、学問でも、スポーツでも、芸術でも、これらの資質を持っている人は、必ず一定の成果を上げます。

つまり、相場での修業は、人間としての修業でもある――これが、林輝太郎氏が伝えたかったメッセージなのではないか、と筆者は理解しています。

27-5 「自分で考えろ」

最後に、林輝太郎氏が最も強く説いた一言を挙げます。

「自分で考えろ」

これは、林輝太郎氏の全著作、全インタビューに共通する、最も中心的なメッセージです。

林輝太郎氏は、決して「答え」を教えませんでした。

「うねり取りとは何か」「いつ買うべきか」「いつ売るべきか」――こうした問いに対して、林輝太郎氏は明確な答えを与えません。

代わりに、こう言います。

自分で観察しろ。自分で記録しろ。自分で考えろ。

これは、教育者として、極めて高度なスタンスです。

弟子に答えを与えれば、弟子は楽です。すぐに「分かった気」になります。

しかし、答えを与えられた弟子は、自分で考える力が育ちません。新しい状況に出会った時に、対応できなくなる。

林輝太郎氏は、これを避けるために、敢えて答えを与えなかったのです。

「自分で考えろ」――この一言の中に、林輝太郎氏の教育哲学の全てが凝縮されています。

第二十八章 林輝太郎の遺産が現代に問いかけるもの

28-1 AI時代の相場と林輝太郎

2026年現在、株式投資の世界には、AI(人工知能)が深く浸透しています。

AI予測ツール、AIによる自動売買、AI分析レポート――これらは、もはや、個人投資家でも気軽に利用できる時代になりました。

このAI時代において、林輝太郎氏の哲学は、どんな意味を持つのでしょうか。

筆者の見解は、**「AI時代こそ、林輝太郎氏の哲学が重要になる」**というものです。

その理由は、以下の通りです。

第一の理由:AIに任せきりにすると、思考停止が起こる

AIが「買い」と言えば買い、「売り」と言えば売る――こうした使い方では、自分で考える力が育ちません。

林輝太郎氏が説いた**「自立」**「自分で考えろ」という哲学は、AI時代に、ますます重要になります。

AIを「判断の道具」として使うのは構わない。しかし、「判断の代行」として使うのは、危険です。

最終的な判断は、必ず自分自身で行う――この姿勢を保つために、林輝太郎氏の哲学は、極めて有効な指針となります。

第二の理由:AIにできない「銘柄の癖の身体的理解」

AIは、過去のデータを統計的に分析することは得意です。しかし、**「銘柄の癖を、身体で理解する」**ことは、AIにはできません。

林輝太郎氏が説いた、「手書きの場帳・玉帳」「長期間の銘柄観察」「身体で覚える」――こうしたアプローチは、AIにはできない、人間ならではの強みです。

AI時代において、個人投資家が独自の優位性を持つためには、**AIにはできない「人間的な深い理解」**を磨くことが重要です。

林輝太郎氏の哲学は、まさにそのための道筋を示してくれます。

第三の理由:AIに「相場道」は分からない

林輝太郎氏が伝えた「相場道」――それは、単なる技術や手法ではなく、人間としての修業の道でもありました。

規律、忍耐、自立、対応――こうした人間的資質を、相場を通じて磨いていく。

これは、AIには絶対にできないことです。

AIは、相場で利益を出すことはできるかもしれません。しかし、**「人間としての修業」**を行うことはできません。

人間が相場をやる意味は、利益を出すことだけではありません。自分自身を磨くこと――ここに、AIには代替できない、人間が相場をやる意味があるのです。

28-2 個別株投資の復活と林輝太郎

2020年代以降、特に日本のNISA制度の拡充以降、個別株投資への関心が再び高まっています。

長らく「個別株は難しい、初心者はインデックスファンドが無難」と言われてきましたが、近年では、個別株投資の楽しさと深さを再評価する動きが見られます。

この流れの中で、林輝太郎氏の哲学は、再評価されつつあります。

林輝太郎氏が説いた**「銘柄固定」「分割売買」「うねり取り」――これらは、まさに個別株投資の真髄**を凝縮した技法群です。

インデックスファンドにはない、個別株ならではの「銘柄との対話」「癖の理解」「身体で覚える」――こうした楽しさを味わいたい個人投資家にとって、林輝太郎氏の著作は、まさに最高の入門書となります。

28-3 短期売買全盛時代への警鐘

一方で、現代の投資文化には、林輝太郎氏が警鐘を鳴らした傾向が、より強くなっています。

短期売買(デイトレード、スイングトレード)の全盛FXの普及暗号資産のボラティリティSNSによる情報過多――こうした要素は、すべて、林輝太郎氏が説いた「ゆっくり、確実に」「自立」「休む」という哲学とは、真逆の方向に動いています。

その結果、短期売買で大損する個人投資家、SNSの情報に振り回される個人投資家、無理なレバレッジで破綻する個人投資家――こうした人々が、後を絶ちません。

この時代に、林輝太郎氏の遺した哲学は、まさに**「警鐘」**として、再評価される価値があります。

「急いではいけない」「他人の意見に流されてはいけない」「無理なレバレッジは禁物」「休むのも仕事」――こうしたメッセージは、現代の投資文化に対する、極めて有効な処方箋です。

28-4 林輝太郎が未来に残したもの

最後に、林輝太郎氏が未来に残したものは何か、を考えてみます。

筆者の理解では、林輝太郎氏が残したものは、以下の三つに集約されます。

第一:日本独自の相場技術の体系化と継承

本間宗久から始まる日本の相場道を、近代的・体系的に整理し、書物として後世に残した。これが、林輝太郎氏の最大の功績です。

この体系は、今後も、日本の個人投資家にとっての、重要な遺産であり続けるでしょう。

第二:相場を通じた「人間教育」の道筋

相場を、単なる金儲けの手段としてではなく、人間としての修業の道として捉えるアプローチ。

この発想は、欧米のインベストメント文化とは異なる、日本独自の投資哲学を形成しています。

林輝太郎氏が体現したこの哲学は、未来の投資教育においても、重要な指針となるはずです。

第三:「自立」の精神

何よりも、林輝太郎氏が残した最大の遺産は、**「自分で考え、自分で判断し、自分で責任を取る」**という、自立の精神です。

これは、相場だけでなく、人生全般にわたって有効な指針です。

AI時代、情報過多時代、依存と他律が容易になる時代――そんな時代だからこそ、「自立」の精神は、ますます貴重になります。

林輝太郎氏が遺したこの精神を、未来の世代に引き継いでいくこと――それが、彼の哲学に触れた者の、責任なのではないでしょうか。

第二十九章 私が林輝太郎から学んだこと――より深く

29-1 「答えを求めない」という学び

筆者が、林輝太郎氏から最も深く学んだことは、**「答えを求めない」**という姿勢です。

相場を始めたばかりの頃、筆者は常に「答え」を探していました。

「この銘柄は買うべきか、売るべきか」 「今は強気相場か、弱気相場か」 「次の暴落はいつ来るか」

こうした問いに対する「答え」を、誰かが教えてくれることを、期待していました。

書籍を読み、セミナーに参加し、SNSを眺め、有料投資情報サービスにも入りました。常に「答え」を探していたのです。

しかし、林輝太郎氏の本を読み始めて、考えが根本的に変わりました。

林輝太郎氏は、絶対に「答え」を教えてくれません。

その代わりに、こう言うのです。「自分で観察しろ。自分で記録しろ。自分で考えろ」と。

最初は、これがじれったかった。「答えを教えてくれよ」と、何度も思いました。

しかし、自分で観察し、自分で記録し、自分で考える――この訓練を続けるうちに、不思議なことが起こりました。

自分なりの「答え」が、自然と見えてくるようになったのです。

外から与えられた「答え」は、表面的でしかありません。状況が変わると、すぐに役に立たなくなる。

しかし、自分で考えて辿り着いた「答え」は、深い理解に裏打ちされています。状況が変わっても、応用が利く。

林輝太郎氏は、外見的には「答えを教えない冷たい教師」のようでしたが、その実、**「最も深い答えに辿り着く道」**を、弟子に与えていたのです。

29-2 「待つ」という学び

筆者が、林輝太郎氏から学んだもう一つの大きなことは、**「待つ」**という姿勢です。

相場を始めたばかりの頃、筆者は、毎日相場に参加していました。何かしらの売買をしないと、不安だったのです。

「今日も何もしないで終わるのか」「機会を逃しているのではないか」「他の人は儲けているのに、自分は何もしていない」――こうした焦燥感が、毎日のように、筆者を駆り立てていました。

しかし、林輝太郎氏の哲学に触れて、考えが変わりました。

休むのも仕事」「自分の銘柄が分かりやすい状態になるまで待て」「焦るな」――こうしたメッセージを、繰り返し読み返しました。

そして、勇気を出して、「何もしない日」を作るようにしました。

最初は、本当に苦痛でした。相場が動いているのを見ても、何もしない。この苦痛は、想像以上のものでした。

しかし、続けるうちに、不思議なことが起こりました。

待っているうちに、本当に分かりやすいチャンスが来る」のです。

そして、そのチャンスで売買すると、勝率が格段に高い。

無理して、毎日売買していた頃と比べて、利益率が劇的に上がりました。

「待つ」という姿勢は、現代の高速取引の時代には、奇妙に見えるかもしれません。しかし、林輝太郎氏が説いた「待つ技術」は、時代を超えた普遍的な真理だと、確信しています。

29-3 「自分を観察する」という学び

林輝太郎氏が説いた「自己観察」――これも、筆者が深く学んだことの一つです。

相場で勝つためには、銘柄を観察するだけでは、不十分です。自分自身を観察することも、同じくらい重要です。

「今、自分は冷静か、感情的か」 「この売買は、合理的な判断か、それとも感情的な反応か」 「自分の心の中に、焦り、怒り、欲望はないか」

こうした自己観察を、常に行う。

林輝太郎氏は、玉帳に「売買の動機」を記録することを、強く勧めていました。

これは、まさに「自己観察の記録」です。

「なぜ、ここで買ったのか」を、毎回記録する。後で読み返すと、「あの時の自分は、こういう心理状態だったんだな」「あの時の判断は、感情に左右されていたな」と、客観的に見えてきます。

筆者は、玉帳に動機を記録するようになってから、自分の心の動きが、よく見えるようになりました。

そして、「感情的な売買」を、未然に防げるようになりました。

「あ、今、焦っているな」「これは怒りからの売買だな」「これは欲望に駆られた判断だな」――こうした自己認識ができるようになると、無駄な売買が、劇的に減ります。

「自分を観察する」――これは、相場以外の、人生のあらゆる場面で活きる、極めて貴重なスキルです。

林輝太郎氏が遺した教えの中でも、最も普遍的で、最も実用的な教えの一つだと、筆者は考えています。

29-4 「下手でも続ければ上達する」という励まし

最後に、林輝太郎氏から学んだ、励ましのメッセージを紹介します。

上手・下手は持って生まれた性向や癖の問題で、それで一生やる人もいるが、その大半は努力次第で多少は良くなる。少なくともプロになるくらいの上達は、誰でも可能だ。(『億トレⅢ』最終回より)

これは、極めて希望的なメッセージです。

「自分には才能がない」「自分は不器用だ」「自分は感情に流されやすい」――こうした自己評価で、相場を諦める人は多いでしょう。

しかし、林輝太郎氏は、「誰でも上達できる」「少なくともプロになるくらいの上達は可能」と、言い切ります。

これは、林輝太郎氏自身の経験に裏打ちされた言葉です。

赤いダイヤ大敗で全てを失った若き日の林輝太郎氏は、当初、決して「才能ある相場師」ではなかったはずです。山本真一氏の元で、地道に「練習売買」を続け、何年もかけて、技術を身につけました。

その経験から、林輝太郎氏は確信していました。「才能ではなく、努力と継続が、相場の世界を制する」と。

筆者も、決して才能のある投資家ではありません。何度も失敗し、何度も損失を出してきました。

しかし、林輝太郎氏のこのメッセージに励まされ、「続ければ上達する」と信じて、地道に努力を続けてきました。

そして、年月とともに、確かに、少しずつ、上達してきた実感があります。

「下手でも続ければ上達する」――この林輝太郎氏のメッセージは、相場に取り組むすべての人にとって、最大の励ましとなるはずです。

第三十章 林輝太郎を読む順番――初心者から熟達者まで

30-1 完全な初心者向け

完全な初心者の方には、まず以下の二冊から始めることをお勧めします。

①『相場師スクーリング』(同友館)

林輝太郎氏の基本的な相場哲学を、対談・講義形式で読める一冊。難解な技術論ではなく、考え方の根本を、優しく説いてくれます。

②『うねり取り入門』(同友館)

うねり取りの基本を、初心者にも分かりやすく解説した入門書。実践に入る前の心構えと、基本的な技法を学べます。

これらを読んで、「林輝太郎の世界観」になじむことが、最初のステップです。

30-2 初級者向け

ある程度、林輝太郎氏の世界観に慣れてきたら、以下の本に進みます。

③『相場技法抜粋』(同友館)

林輝太郎氏の相場技法のエッセンスを、コンパクトにまとめた一冊。

④『株式上達セミナー』(同友館)

株式投資の上達法を、より体系的に解説した本。練習方法、銘柄選定、売買技術など、具体的な内容が豊富。

これらを読むことで、林輝太郎流の相場技術の全体像が、見えてくるはずです。

30-3 中級者向け

中級者には、以下のような専門的な書籍をお勧めします。

⑤『株式サヤ取り入門』(同友館)

サヤ取りの基本と実践を解説した本。林輝太郎氏が最も得意とした手法を、じっくり学べます。

⑥『ツナギ売買の実践』(同友館)

ツナギ売買の高度な技法を解説した本。中級者以上向けの、極めて高度な内容です。

⑦『中源線建玉法 入門編』『中源線建玉法 実践編』(同友館)

中源線建玉法を、体系的に学べる二部作。

これらの本は、それぞれ何度も読み返す価値があります。

30-4 上級者向け

上級者には、以下のような、より深い哲学的な書籍をお勧めします。

⑧『定本 酒田罫線法』(同友館)

林輝太郎氏編訳による、本間宗久の酒田罫線法の解説書。日本の相場道の源流を、深く理解できます。

⑨『相場道五十年』(同友館)

林輝太郎氏自身の相場人生の総括的な書。長年の経験から得た知恵が、凝縮されています。

⑩『億トレⅢ プロ投資家のアタマの中』(Milestones発行、林知之著)

林輝太郎氏の最後のインタビューを含む、現代の貴重な一次資料。

これらを読むことで、林輝太郎氏の哲学の最深部に触れることができます。

30-5 補完的に読むべき本

林輝太郎氏の本に加えて、以下の本も併読することをお勧めします。

①立花義正『あなたも株のプロになれる』

林輝太郎氏と並ぶ、日本の伝統的個別株投資家の代表作。

②板垣浩『サヤすべり取りの実践』など

サヤ取りに特化した、より実践的な解説書。

③本間宗久翁秘録(複数の出版社から刊行)

日本の相場道の源流。短いが、読み返すたびに発見がある古典。

④林知之氏の各種著作

林輝太郎氏の哲学の現代的な継承と展開。

これらの本を併せて読むことで、日本の伝統的個別株投資の全体像が、より立体的に見えてくるはずです。

30-6 読み方のコツ

林輝太郎氏の本を読む上での、最も重要なコツは、**「一度読んで分かったつもりにならない」**ことです。

林輝太郎氏の本は、「読むたびに、新しい発見がある」という種類の本です。

最初に読んだ時は、「何を言っているのか分からない」と感じる箇所が多いかもしれません。それは、自分の経験が足りないからです。

実際の売買経験を積みながら、定期的に同じ本を読み返してください。すると、ある日突然、「あ、これはこういう意味だったのか」という発見が、訪れます。

この発見の連続が、林輝太郎氏の本を読む醍醐味です。

筆者自身、『相場師スクーリング』を、もう10回以上は読み返していると思います。それでも、読み返すたびに、新しい発見があります。

これが、林輝太郎氏の本の不思議な魅力です。

第三十一章 個人投資家が陥る十の罠――林輝太郎の教えから

林輝太郎氏の著作を読み込んでいくと、個人投資家が陥りがちな「典型的な罠」が、繰り返し語られていることに気づきます。

ここでは、筆者自身の経験も交えながら、その代表的な罠を十個、整理してみます。

31-1 罠①「銘柄を次々と変える」

最も多い罠が、銘柄を頻繁に変えることです。

「この銘柄は動かないから、もっと動く銘柄に乗り換えよう」 「あの銘柄が話題だから、こちらに移ろう」 「SNSで誰々が推している銘柄に乗り換えよう」

こうした銘柄替えを繰り返す投資家は、いつまでも「銘柄を知る」段階に達しません。

林輝太郎氏が説いた「銘柄固定」は、まさにこの罠から脱出するための処方箋です。

筆者自身、過去にこの罠に深くハマっていました。一年間に何十もの銘柄を売買し、どの銘柄についても表面的な理解しか得られないまま、損失だけが積み上がっていきました。

「銘柄を絞り、長く付き合う」と決めて、ようやくこの罠から抜け出せた経験があります。

31-2 罠②「一発当てを狙う」

この銘柄で一気に儲けたい」――この心理も、極めて危険な罠です。

集中投資、信用取引のフルレバレッジ、新規上場銘柄への突撃――一発当てを狙う行動は、しばしば一発退場につながります。

林輝太郎氏が説いた「ゆっくり、確実に」「コツコツ取る」というスタイルは、まさにこの「一発当て」志向の真逆です。

「100万円を1億円にしたい」という気持ちは分かりますが、それを1年でやろうとするから、無理な売買になるのです。

「10年かけて、100万円を300万円に増やす」――このくらいのペースが、現実的な個人投資家の目標です。

派手な目標を掲げる人ほど、相場から早く退場していく。これが、筆者が見てきた相場の冷酷な現実です。

31-3 罠③「他人の意見に流される」

SNSの隆盛とともに、この罠は深刻化しています。

「あの投資家がこう言っている」「あのアナリストが推している」「あのインフルエンサーが買った銘柄だ」――他人の意見に流される売買は、林輝太郎氏が最も嫌った投資スタイルです。

結局、相場は自分一人でやるもの。他人の意見を聞いていては、上達しない。

筆者は、SNSや投資情報サイトを見る時間を、意識的に減らしました。完全に断つことは難しいですが、「情報の摂取量を減らし、自分で考える時間を増やす」――これだけで、売買の精度は劇的に上がります。

31-4 罠④「損切りができない」

含み損が出た時に、損切りができずに塩漬けにする――これも、典型的な罠です。

林輝太郎氏の分割売買では、そもそも一度に全部を買わないため、極端な塩漬けにはなりにくい構造になっています。

しかし、それでも、相場が予想に反した動きをすることはあります。

そうした時、自分のルールに従って、機械的にポジションを調整する――これが、林輝太郎流の対応です。

「もう少し待てば戻るかもしれない」「ここで損切りするのは悔しい」――こうした感情に負けて、塩漬けにしてしまうと、資金が拘束され、次のチャンスを取りに行けなくなります。

林輝太郎氏が説いた「ルールに従う」「感情を排する」という姿勢は、この罠から脱出する鍵です。

31-5 罠⑤「利が乗ると、すぐに利食う」

損切りができない人ほど、利食いは早い――これは、行動経済学でも知られた現象(プロスペクト理論)です。

損は確定したくない、利は確定したい」――この心理が、損切りの遅さと、利食いの早さを生みます。

結果として、「損切りは大きく、利食いは小さく」という、最悪のパターンに陥ります。

林輝太郎氏が説いた分割売買は、この罠への有効な処方箋でもあります。

利が乗ってきたら、一気に全部利食わずに、少しずつ利確していく。残りのポジションは、さらなる上昇に乗せていく。

こうすることで、「利は大きく取る」という、相場の鉄則に近づくことができます。

31-6 罠⑥「相場を見すぎる」

毎日、いや一日中チャートを見ている――こうした投資家は、林輝太郎氏の哲学からは、最も遠い存在です。

相場ばかり見ていると、感情に振り回される。一日の終わりに、終値だけ見れば十分だ。

これは、林輝太郎氏が繰り返し説いていたことです。

リアルタイムのチャートを見続けると、短期的な値動きに心が乱されます。冷静な判断ができなくなります。

林輝太郎氏が推奨したのは、「一日に一度、終値の確認」それ以外は、相場のことを忘れる」というスタイルです。

これは、現代の感覚からすると驚くほど「アナログ」ですが、心理的安定を保つためには、極めて有効な方法です。

筆者は、ザラ場のチャートを見る時間を意識的に制限することで、無駄な売買が激減しました。

31-7 罠⑦「複数の手法を同時に試す」

「うねり取りもやってみよう」「サヤ取りも面白そう」「FXもやってみたい」「暗号資産も気になる」――複数の手法に同時に手を出すと、どれも中途半端になります。

林輝太郎氏は、これを「手を広げる」と表現し、強く戒めました。

つい興味本位で、いろいろなことに同時に手を出してしまう人が多い。ダメになる典型だ。(『億トレⅢ』最終回)

新しい手法を学ぶこと自体は良いことです。しかし、学ぶ時期と、実践する時期を分けることが重要です。

「今は、うねり取りを徹底的に練習する」「来年は、サヤ取りを学ぶ」――こうした順序立てが、本物の上達には不可欠です。

筆者も、過去に複数の手法を同時に試して、結局どれもものにならなかった経験があります。一つの手法に絞って徹底的に練習することで、ようやく実力が上がり始めました。

31-8 罠⑧「景気予測・経済予測に頼る」

今は景気が良いから株は上がる」「FRBが利下げするから株は買い」――こうした経済予測・景気予測に基づいた売買も、林輝太郎氏が否定した投資スタイルです。

経済が分かれば相場で儲かるなら、経済学者は皆金持ちだ。

これは、林輝太郎氏が好んで使った皮肉です。

経済予測・景気予測は、しばしば的中しません。たとえ的中しても、それが市場価格にどう反映されるかは、別問題です。

林輝太郎氏が重視したのは、経済予測ではなく、銘柄の癖の観察でした。

「経済がどうなろうと、この銘柄はこの値段帯では必ず反発する」「決算発表の前後で、この銘柄はこういう動きをする」――こうした、銘柄固有の癖を捉えることが、経済予測に頼る何倍も実用的です。

31-9 罠⑨「証券会社・ファンドの言いなりになる」

証券会社の営業担当者から勧められた銘柄、雑誌で特集された注目銘柄、運用会社が出した推奨ファンド――こうした「プロが勧める銘柄・商品」に乗ってしまう個人投資家は、今も後を絶ちません。

林輝太郎氏は、こうしたプロの推奨を、決して鵜呑みにしませんでした。

なぜなら、証券会社や運用会社には、彼ら自身の利害があるからです。彼らが推奨するのは、必ずしも個人投資家にとって最良の選択肢ではありません。

自分で観察し、自分で選び、自分で決める。それができない人は、相場をやる資格がない。

これも、林輝太郎氏が繰り返し説いた、「自立」の精神です。

31-10 罠⑩「学習を止める」

最後の罠は、**「学習を止める」**ことです。

ある程度、相場で利益が出るようになると、「もう自分は分かった」と慢心して、学習を止める投資家がいます。

これは、極めて危険な罠です。

相場は、生き物のように、常に変化していきます。今までうまくいった手法が、突然通用しなくなることもあります。

林輝太郎氏は、晩年に至るまで、学習と検証を続けていたと言われています。

相場は、一生学び続けるものだ。「分かった」と思った瞬間、上達は止まる。

筆者も、林輝太郎氏のこの姿勢を、見習いたいと常に思っています。

何冊もの本を読み、自分の売買を毎月検証し、自分のルールを定期的に見直す――この継続が、長期的な成功への唯一の道です。

第三十二章 林輝太郎の相場道を、現代の言葉で再構成する

ここまで、林輝太郎氏の哲学・技法・遺産について、詳しく見てきました。

最後に、筆者なりに、林輝太郎氏の相場道を、現代の言葉で再構成してみたいと思います。

32-1 「相場道」とは何か

林輝太郎氏が遺した「相場道」は、現代の言葉で表現すれば、以下のような体系です。

第一に、それは「技術」である

相場は、運やセンスではない。観察、記録、分析、判断、実行――これら全てが、訓練可能な技術である。だから、誰でも、努力すれば、上達できる。

第二に、それは「修業」である

相場の技術を磨くプロセスは、同時に、人間としての修業のプロセスでもある。規律、忍耐、自立、冷静さ――これらを磨くために、相場は最高の道場である。

第三に、それは「対話」である

相場とは、市場と自分との対話である。市場の声を聴き、自分の声と照らし合わせ、答えを探していく。この対話の中で、自分も市場も、深く理解されていく。

第四に、それは「自立の場」である

相場では、最終的に、自分一人で判断しなければならない。他人に頼ることはできない。だから、相場は、究極的に「自立」を要求する場である。

第五に、それは「日常の延長」である

相場は、特別な世界ではない。日常の規律ある生活、地道な努力、誠実な観察――こうした日常の延長線上に、相場の世界がある。

32-2 「相場で勝つ」とはどういうことか

林輝太郎氏の哲学から見ると、「相場で勝つ」とは、単に金銭的な利益を出すことではありません。

それは、以下のような状態を意味します。

第一に、長期にわたって相場に残り続けること

派手な勝ち負けではなく、「退場しないこと」。これが、最も重要な「勝ち」の定義です。

林輝太郎氏は、自身の長い相場人生を通じて、何度かの大敗を経験しながらも、相場から退場することなく、コンスタントに利益を上げ続けました。これが、「勝つ」ということの本質です。

第二に、自分の判断軸を持つこと

他人に左右されず、自分の判断軸で売買できる状態。これが、相場で「自由」になるということです。

第三に、心の平静を保つこと

相場で利益が出ても、損失が出ても、心が乱れない状態。これが、究極の「勝ち」です。

利益が出ても浮かれず、損失が出ても落ち込まない。淡々と、自分のルールに従って、売買を続けていく。

この心理的な達観こそが、相場の最高峰だと、林輝太郎氏は説いていたように思います。

32-3 「上達のサイン」とは

林輝太郎氏は、明示的には書いていませんが、筆者なりに「上達のサイン」を整理してみると、以下のようなものが挙げられます。

サイン①:相場を見る時間が減る

下手な投資家は、長時間チャートを眺めます。上達してくると、ザラ場を見る時間が減り、終値の確認だけで済むようになります。

サイン②:売買頻度が減る

下手な投資家は、頻繁に売買します。上達してくると、売買頻度が減り、「待つ」時間が増えます。

サイン③:銘柄の数が減る

下手な投資家は、多くの銘柄を扱います。上達してくると、扱う銘柄が絞られ、深く付き合う数銘柄に集中するようになります。

サイン④:他人の意見に動じなくなる

下手な投資家は、他人の意見に振り回されます。上達してくると、他人の意見を聞いても、自分の判断を貫けるようになります。

サイン⑤:勝ち負けに動じなくなる

下手な投資家は、勝てば舞い上がり、負ければ落ち込みます。上達してくると、淡々と、結果を受け入れられるようになります。

サイン⑥:負けても理由が分かる

下手な投資家は、負けても理由が分かりません。上達してくると、負けた時に「なぜ負けたか」が、自分で分析できるようになります。

サイン⑦:自分のルールが洗練されていく

下手な投資家は、ルールがあいまいです。上達してくると、自分のルールが、徐々に明確になり、洗練されていきます。

これらのサインが現れ始めたら、林輝太郎流の相場道で、確かに前進している証拠です。

32-4 「相場道」の最終ゴール

では、林輝太郎流の相場道の、最終的なゴールは何でしょうか。

筆者の理解では、それは「経済的自立と人間的成熟の両立」です。

相場で安定した利益を出し続けることで、経済的に自立する。これが第一のゴールです。

同時に、相場の修業を通じて、人間としても成熟していく。規律、忍耐、自立、冷静さ――これらを身につけることで、人間としての厚みが増していく。

このどちらか一方だけでは、林輝太郎流の相場道の達成とは言えません。

経済的に成功しても、人間的に未熟なままでは、いずれ大きな失敗をするでしょう。逆に、人間的に立派でも、経済的に困窮していては、相場の修業の意味がありません。

経済的自立と人間的成熟の両立――これが、林輝太郎氏が後世に遺した、相場道の最終ゴールなのではないかと、筆者は考えています。

結びの言葉

最後まで読んでくださった読者の皆様に、心から感謝いたします。

この長大な記事は、筆者が林輝太郎氏の著作と思想に触れ、長年実践してきた経験を、一冊の本のような形でまとめたものです。

林輝太郎氏は、2012年2月にこの世を去りました。しかし、彼が遺した著作群と、その中に込められた哲学は、今もなお、日本の個人投資家に、強い影響を与え続けています。

筆者自身、林輝太郎氏の本に出会わなければ、相場でとっくに退場していたかもしれません。何度も損失を出し、何度も諦めかけた筆者を支えてくれたのは、林輝太郎氏が遺した、地道で、誠実で、温かい言葉たちでした。

自立」「単純化」「対応」「分割」「練習」――この五つの言葉に凝縮された林輝太郎氏の哲学は、相場の世界だけではなく、人生のあらゆる場面で有効な、普遍的な知恵です。

もし、この記事を読んで、林輝太郎氏の世界に少しでも興味を持ってくださった方がいれば、ぜひ、彼の著作を手に取ってみてください。

『相場師スクーリング』、『うねり取り入門』、『相場技法抜粋』、『株式上達セミナー』――どの本から読み始めても構いません。

最初は、何を言っているのか分からないかもしれません。具体的な手法が書かれていないように感じるかもしれません。「これは時代遅れだ」と思うかもしれません。

しかし、その本を本棚に置いておき、自分が相場の世界で経験を積みながら、定期的に読み返してみてください。

きっと、何年か後に、「あ、林輝太郎が言っていたのは、こういうことだったのか」という発見が、訪れるはずです。

その発見の瞬間こそが、林輝太郎氏が遺した、最大の贈り物なのです。

そして、最後にもう一度、林輝太郎氏のメッセージを、皆様に贈ります。

「自分で観察しろ。自分で記録しろ。自分で考えろ。」

この三つができれば、相場で生き残ることができます。

この三つができれば、人生でも、たいていのことは乗り越えていけます。

林輝太郎氏が遺した、シンプルで、深い、この三つの教え。

これを胸に刻んで、相場の道を、人生の道を、歩んでいきたいと思います。

それでは、皆様の相場の旅路に、幸あれ。

筆者

付録 林輝太郎関連年表

最後に、林輝太郎氏の人生と著作活動を、年表形式で整理しておきます(公開情報・Wikipedia・林投資研究所サイト等より)。

  • 1926年(大正15年):東京・本郷の薬局に生まれる
  • 1944年頃(昭和19年頃):学徒動員、その後召集
  • 1945年(昭和20年):終戦。ヤミ屋で生計を立てる
  • 1946年頃(昭和21年頃):父の薬局を再興
  • 1950年代(昭和20年代後半~30年代):商品先物に深入り。「赤いダイヤ(小豆相場)」で大敗を経験
  • 1950年代後半:山本真一氏に師事し、本格的な相場修業を始める
  • 1960年代:ヤマハ通商等での営業マン・場立ち時代
  • 1969年(昭和44年):林輝太郎投資研究所を設立
  • 1970年代~80年代:多数の著作を刊行。商品先物の黄金期と重なり、研修・指導活動が活発化
  • 1980年代:バブル経済の中、抑制的な投資哲学を説き続ける
  • 1990年代~2000年代:バブル崩壊後の日本市場で、堅実な投資技術の伝道者として活動を継続
  • 2010年代:高齢になっても、研修・著作活動を継続
  • 2011年8月:『億トレⅢ』のための最終インタビューを、息子・林知之氏に対して行う
  • 2012年2月:逝去。享年85
  • 2012年以降:林知之氏が林投資研究所を継承。父の哲学の継承と発展に取り組んでいる

この85年余りの人生は、日本の戦後経済の激動期と、ほぼ完全に重なっています。

戦中・戦後の混乱期、高度経済成長期、オイルショック、バブル経済、バブル崩壊、失われた20年、リーマンショック――これら全てを、相場師として生き抜いた林輝太郎氏の経験は、その著作群の中に、深く刻み込まれています。

時代がいかに変化しても、相場の本質は変わらない――林輝太郎氏が、自らの長い人生を通じて証明したこの事実こそが、彼が遺した最大のメッセージなのかもしれません。

(終)

あとがき

この記事を執筆するにあたり、林輝太郎氏の生前最後のインタビューを収録した、林知之氏の著作『億トレⅢ プロ投資家のアタマの中』(Milestones発行)から、多くを引用させていただきました。同書には、本稿で紹介しきれなかった、林輝太郎氏の貴重な発言が、まだまだ多く含まれています。本稿を読んで興味を持ってくださった方は、ぜひ同書をはじめ、林輝太郎氏ご自身の著作群、そして林投資研究所のWebサイトを訪れてみてください。

また、本稿の内容には、筆者個人の主観的な解釈・経験談が多く含まれています。これらは、あくまで「林輝太郎氏の思想に触発された一個人の見解」であって、林輝太郎氏ご本人や林投資研究所の公式見解ではないことを、念のため明記しておきます。

本稿の正確性については、可能な限り原典・一次資料に当たって確認しましたが、解釈の誤りや事実の取り違えがあるかもしれません。お気づきの点があれば、ぜひご指摘いただければ幸いです。

最後に、本稿を読んでくださった皆様の、相場の道、人生の道に、林輝太郎氏が遺した「自立」「単純化」「対応」「分割」「練習」の五つの言葉が、何かしらの灯火となれば、これに勝る喜びはありません。

ありがとうございました。


【本稿の主な参考資料】

  1. 林知之『億トレⅢ プロ投資家のアタマの中』Milestones(2024年刊)
  2. ゴールドオンライン(幻冬舎ゴールドオンライン)連載「林輝太郎の最後の言葉」関連記事(https://gentosha-go.com/articles/-/16015 ほか)
  3. 林輝太郎『相場師スクーリング』同友館
  4. 林輝太郎『うねり取り入門』同友館
  5. 林輝太郎『相場技法抜粋』同友館
  6. 林輝太郎『株式上達セミナー』同友館
  7. 林輝太郎『株式サヤ取り入門』同友館
  8. 林輝太郎『ツナギ売買の実践』同友館
  9. 林輝太郎『中源線建玉法 入門編・実践編』同友館
  10. 林輝太郎編訳『定本 酒田罫線法』同友館
  11. 林輝太郎『相場道五十年』同友館
  12. 立花義正『あなたも株のプロになれる』
  13. 板垣浩『サヤすべり取りの実践』
  14. 本間宗久『本間宗久翁秘録』
  15. 林投資研究所Webサイト(https://www.h-iro.co.jp/)
  16. Wikipedia「林輝太郎」項目
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