はじめに——「コンビニの明かり」だけが味方だった夜
深夜2時。6畳のワンルームで眠れない。胃がキリキリする。ストレス性胃炎。22歳。100社不採用の翌日。布団から起き上がり、部屋着のまま外に出る。真冬の東京。息が白い。街灯は消えている。だがコンビニの明かりだけは——煌々と光っている。自動ドアが開く。暖かい空気。「いらっしゃいませ」。深夜のコンビニ店員の声。この声が「その日初めて自分に向けられた言葉」だった日がある。おにぎりを1個買う。鮭。130円。レジで「温めますか?」と聞かれる。「いえ、大丈夫です」。大丈夫じゃないが大丈夫と答える。
コンビニは「24時間365日開いている唯一の場所」であり、「孤独な人間がいつでも行ける場所」であり、「130円で人間の声を聞ける場所」だ。23年間の人生で「コンビニ」は「もやし炒め」に次ぐ「サバイバルの相棒」だった。このエッセイでは、23年間の「コンビニとの関係」を年代順に振り返り、「コンビニが氷河期世代に何を与え、何を奪ったか」を分析する。
第1章 22〜27歳——「コンビニ依存」の時代
22〜27歳。もやし炒めに出会う前。食事の7割が「コンビニ」だった。朝:コンビニのパン(130円)。昼:コンビニのおにぎり2個(260円)。夜:コンビニ弁当(450〜550円)。1日の食費:840〜940円。月の食費:約2万5000〜2万8000円。「手取り14万円の20%がコンビニに流れていた」。
コンビニ弁当の味は「悪くない」。だが「毎日食べ続けると飽きる」。そして「栄養バランスが悪い」。揚げ物が多い。野菜が少ない。塩分が高い。「コンビニ弁当を6年間食べ続けた結果」が「ストレス性胃炎の慢性化」「便秘」「体重増加」に表れた。コンビニは「便利だが体に悪い」。だが「自炊のスキルがなかった」自分には「コンビニ以外の選択肢」がなかった。
コンビニATMの利用。手取り14万円を銀行口座から引き出すのに「コンビニATM」を使っていた。手数料110〜220円。月に3〜4回。月の手数料440〜880円。年間5280〜10560円。23年間で——計算したくないが推定10〜15万円。「ATM手数料に15万円!」。15万円はNISA残高90万円の17%。「NISAの17%をATM手数料で失った」。「ネットバンキング+手数料無料の銀行」に変更したのは35歳。13年間で推定7〜10万円の手数料を払った。「知らないことのコスト」。
第2章 28歳〜——「コンビニ離脱」の時代
28歳。もやし炒めに出会った。コンビニ弁当(500円)がもやし炒め(60円)に置き換わった。月の食費が2万5000円→1万5000円に。月1万円の節約。年間12万円。「もやし炒めに出会ったことで、コンビニから年間12万円を取り戻した」。12万円はNISAの年間積立額に相当。「もやし炒めがNISAの原資を生んだ」のは別稿で何度も書いたが、裏を返せば「コンビニがNISAの原資を奪っていた」のだ。
28歳以降のコンビニ利用は「激減」した。月に2〜3回。利用内容は「公共料金の支払い」「ATM(手数料無料の銀行に変更後はほぼゼロ)」「どうしても買い物できなかった日の夕食」。月のコンビニ支出は500〜1000円程度。年間6000〜12000円。「コンビニ依存時代の5分の1以下」。
コンビニから「距離を置いた」ことで何が変わったか。変化1は「食費の劇的な削減」(前述)。変化2は「自炊スキルの向上」。コンビニに頼らないために「自分で作る」しかない。この「しかない」が「もやし炒めの120バリエーション」を生んだ。変化3は「健康の改善」。コンビニ弁当の揚げ物+塩分過多から、もやし炒め+自炊の「比較的バランスの取れた食事」に変わった。便秘が改善。体重が2kg減った。
第3章 「コンビニの店員」は「唯一の会話相手」だった
22〜27歳の「コンビニ依存時代」。毎日コンビニに行っていた。同じ店。同じ時間帯。同じ店員に会う。「いらっしゃいませ」「温めますか?」「袋は要りますか?」「ありがとうございました」。この4つのフレーズが「1日に自分に向けられる唯一の言葉」だった日がある。派遣先で誰とも会話しない日。帰宅後に誰とも話さない夜。「コンビニの店員の声だけが、人間の声」。
もちろん店員は「自分のために話しかけているわけではない」。マニュアル通りのフレーズだ。だが「マニュアルの言葉」でも「人間の声」は「人間の声」だ。AIの音声ではない。機械のアナウンスではない。「生身の人間が自分に向かって発した声」。この「声を聞くために」コンビニに行っていた——と言ったら大げさか。大げさだ。だが「声を聞けることの安心感」は確かにあった。
「コンビニの店員は友達か」。友達ではない。名前も知らない。自分のことを覚えているかどうかもわからない。「毎日来るおにぎりの客」として認識されているかもしれない。されていないかもしれない。だが「毎日同じ場所に行き、毎日同じ人に会い、毎日同じ言葉を交わす」という行為は——「関係の萌芽」ではある。「挨拶の関係」にすらなっていないが「存在の認知」くらいはされているかもしれない。「存在を認知されていること」は「完全に無視されていること」より——マシだ。
第4章 「コンビニコーヒー100円」の幸福度分析
コンビニコーヒー。100〜150円。2013年頃から各チェーンが本格導入。「100円で挽きたてのコーヒーが飲める」革命。スタバのコーヒーは400〜600円。ドトールでも250〜300円。コンビニなら100円。「100円で得られる幸福度」はスタバの400円と「ほぼ同等」(味の差はあるが「カフェインの効果」と「温かい飲み物を手に持つ安心感」は同じ)。
コンビニコーヒーの「コスパ」。100円で「15〜20分の幸福」(飲んでいる間の温かさ、カフェインの覚醒効果、「コーヒーを飲んでいる自分」のちょっとした贅沢感)。幸福度/コスト=高い。「発泡酒135円の幸福度10/10」には及ばないが「コンビニコーヒー100円の幸福度7/10」は「コスパの良い幸福」だ。
ただし「毎日コンビニコーヒーを買う」と月3000円。年間3万6000円。「水筒に家で淹れたコーヒーを入れて持っていく」なら月500円程度。差額月2500円。年間3万円。20年で60万円。「コンビニコーヒーを水筒に変えるだけで20年で60万円の節約」。この計算を知ってからコンビニコーヒーは「月に2〜3回の贅沢」に格下げした。「毎日の習慣」から「たまのご褒美」へ。ご褒美だからこそ「1杯の価値」が上がった。「毎日飲む100円」より「月に3回飲む100円」のほうが「美味い」。希少性の原理。発泡酒と同じだ。
第5章 「セブン・ファミマ・ローソン」の手取り16万円的使い分け
コンビニ3社の「手取り16万円の人間にとっての使い分け」。セブンイレブン。おにぎりの品質が高い(個人的な感想)。PB(セブンプレミアム)の食品が「スーパー並みの価格帯」のものがある。冷凍食品の質が良い。「食事のクオリティ重視」のときはセブン。ファミリーマート。ファミチキ(230円程度)のコスパが最強。「揚げ物が食べたいとき」はファミマ。Tポイント(現在はVポイント)が貯まる。ローソン。からあげクン(260円程度)。Pontaポイントが貯まる。「ウチカフェ」のスイーツが安い(150〜300円)。「甘いものが食べたいとき」はローソン。
最も「手取り16万円に優しい」コンビニは——「どのコンビニにも行かない」が正解。コンビニの商品は「スーパーの1.3〜2倍の価格」。同じおにぎりでもスーパーなら100円。コンビニは130円。30円の差。「30円×365日=10950円」。年間約1万1000円の差。「コンビニに行かず、スーパーだけで暮らす」のが「手取り16万円の最適解」。だが「深夜にスーパーは開いていない」「公共料金の支払い」「どうしても必要なとき」にはコンビニは不可欠。「必要最小限の利用」がベスト。
第6章 「深夜のコンビニ」は孤独な人間の居場所か
深夜1時。眠れない。部屋にいると「壁が迫ってくる」感覚。6畳の壁。パニック障害の予兆かもしれない。外に出る。深夜の住宅街。暗い。静か。怖い。だがコンビニの明かりが見える。蛍光灯の白い光。「光がある=安全」。コンビニに入る。温かい。明るい。「いらっしゃいませ」。人間の声。雑誌を立ち読みする(3分だけ。長いと迷惑になる)。おにぎりを1個買う。帰る。「5分間の外出」で「壁が迫ってくる感覚」が消えた。コンビニが「深夜のシェルター」として機能した瞬間。
深夜のコンビニには「自分と似た人間」がいる。スーツ姿のサラリーマン(残業帰り)。ジャージ姿の若者(眠れないのか)。パジャマにコートを羽織った中年男性(自分と同じ「壁が迫ってきた」人かもしれない)。深夜のコンビニは「昼間の社会から外れた人間の集合場所」であり「孤独の交差点」だ。全員が黙っている。全員が「何か買って帰る」。全員が「ここにいる理由を他人に聞かれたくない」。この「無言の連帯感」が深夜のコンビニの空気だ。
「コンビニは居場所か」。厳密には「居場所」ではない。「長居する場所」ではない(立ち読みを長くすると注意される)。「座る場所」もない(イートインスペースがある店を除く)。だが「いつでも行ける」「拒まれない」「130円で入れる」。この3つの条件を満たす深夜の場所は——コンビニだけ。「居場所」と呼ぶには物足りないが「避難場所」と呼ぶには十分。130円の避難場所。もやし炒め4.3食分の避難場所。
結論——「コンビニ」への感謝と決別
23年間。コンビニに費やした金額を推定する。コンビニ依存時代(22〜27歳):月2万5000円×72ヶ月=180万円。コンビニ離脱後(28〜45歳):月800円×204ヶ月=16万3200円。合計約196万円。「196万円をコンビニに使った」。196万円はNISAの残高90万円の2.2倍。「NISAの2倍以上をコンビニに払った」。この数字を知ると「もっと早くもやし炒めに出会いたかった」と思う。だが「コンビニがなければ22〜27歳の6年間を生き延びられなかった」のも事実。コンビニ弁当が「命をつないでくれた」。不健康だったかもしれないが——「生きていた」。
コンビニへの「感謝」。深夜に明かりを灯してくれて、ありがとう。130円のおにぎりで命をつないでくれて、ありがとう。「いらっしゃいませ」の声で孤独を薄めてくれて、ありがとう。コンビニへの「決別」。もう毎日は行かない。もやし炒めがある。発泡酒がある。NISAがある。「コンビニに頼らなくても生きていける自分」になった。28歳のもやし炒めデビューが「コンビニからの独立記念日」だった。独立して17年。もやし炒め2808回。コンビニのおにぎり——何個食べたか覚えていない。でも「最初の1個(深夜2時の鮭おにぎり130円)」だけは——覚えている。あの夜の、あの温かさだけは。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

