はじめに——「ゴミ出し」は「社会参加の最小単位」
火曜日と金曜日の朝。燃えるゴミの日。ゴミ袋を持って階段を下りる。ゴミ捨て場に行く。同じアパートの住人とすれ違うことがある。「おはようございます」。——言えたら良い。実際は「軽く会釈」で終わる。相手も会釈を返す。それだけ。1秒の交流。「1秒の会釈」が「この建物で唯一の近所付き合い」。23年間。ゴミの日だけが「同じ建物に住む人間の存在」を確認できる日。
「ゴミ出し」は「社会参加の最小単位」だ。「決められた日に」「決められた場所に」「分別したゴミを出す」。このルールを守ることが「地域社会の一員としての最低限の義務」。友達がゼロでも。近所付き合いがゼロでも。「ゴミを正しい日に正しく出す」だけで「社会のルールに参加している」。税金を払うこと。選挙に行くこと(行ってない回が多いが)。そして——ゴミを出すこと。「社会参加の3本柱」。そのうち最も頻度が高いのが「ゴミ出し」(週2回。年間約104回)。
第1章 「ゴミ袋」の経済学——23年間でゴミ袋にいくら使ったか
自治体指定のゴミ袋。地域によって価格が異なるが「10枚入り200〜500円」程度。1枚20〜50円。週2回のゴミ出し。月8〜10回。月の枚数:8〜10枚。月のゴミ袋代:160〜500円。年間1920〜6000円。23年間で4万4160〜13万8000円。「ゴミ袋に最大13万8000円」。13万8000円はNISAの残高90万円の15%。もやし炒め4600食分。
「ゴミ袋代を節約する」方法。方法1は「ゴミの量を減らす」。「持たない暮らし」(別稿参照)で持ち物を133点に減らした結果「ゴミの量」も減った。「買うものが少ない→捨てるものが少ない→ゴミ袋の使用枚数が減る」。133点の持ち物の「副次的な節約効果」。方法2は「ゴミを圧縮する」。「ゴミ袋の中の空気を抜く」。空気を抜けば「同じ袋にもっと詰められる」→「袋の使用枚数が減る」。方法3は「もやし炒めの生ゴミを最小化する」。もやしは「すべて食べる」(根っこも食べる)。豚こまは「すべて使い切る」。「生ゴミ=もやしの袋とトレーだけ」。生ゴミが少ない→燃えるゴミの量が少ない→ゴミ袋が小さくて済む。「もやし炒めは生ゴミが少ない料理」。エコ。
第2章 「ゴミの分別」から見える生活
ゴミの分別。「燃えるゴミ」「プラスチック」「ビン・缶」「ペットボトル」「紙」。自分のゴミの内訳。燃えるゴミ:もやしの袋。豚こまのトレー(プラスチックだが汚れているので燃えるゴミの地域もある)。ティッシュ。その他。プラスチック:食品の包装。卵のパック。洗剤の容器。ビン・缶:発泡酒の空き缶。月15本。「発泡酒の空き缶15本」は「ゴミの中で最も『存在感がある』品目」。「空き缶15本の山」が「1ヶ月の飲酒量」を可視化する。この山を見るたびに「飲みすぎか?」と自問する。自問して「月15本は適量(……たぶん)」と答える。
「ゴミの内容で生活がわかる」。もやしの袋→「もやし炒めを食べている」。発泡酒の空き缶→「毎日1本飲んでいる」。100均の袋→「100均に行った」。「ゴミは生活の鏡」。「冷蔵庫の中身が生活の現在を映す」なら「ゴミは生活の過去を映す」。冷蔵庫=現在。ゴミ=過去。NISA=未来。「現在・過去・未来」が「冷蔵庫・ゴミ・NISA」に対応している。
第3章 「ゴミ捨て場」での人間観察
ゴミ捨て場。朝7〜8時。同じ建物の住人が「ゴミを持って集まる」唯一の場所。23年間の観察で「ゴミ捨て場の住人パターン」を把握している。パターン1は「きっちり分別する人」。ゴミ袋が「美しく」まとまっている。プラスチックと紙が完璧に分かれている。「几帳面な人」。パターン2は「分別しない人」。何でも1つの袋に入れている。「面倒くさがりな人」。管理人から注意の張り紙が貼られることがある。パターン3は「ゴミの日を間違える人」。燃えるゴミの日にプラスチックを出す。回収されずに残っている。翌日の朝まで放置。「曜日感覚がない人」。パターン4は「深夜にゴミを出す人」。朝の回収なのに前日の深夜に出す。「朝起きられない人」。自分も「深夜出し」をしたことが——ある。何度か。
ゴミ捨て場は「匿名の交差点」だ。名前を知らない住人同士が「ゴミ」を介して交差する。「おはようございます」の会釈が「唯一のコミュニケーション」。だが「ゴミの出し方」で「相手の人柄」が何となくわかる。「きっちり分別する隣人」→「信頼できそう」。「分別しない隣人」→「関わりたくない」。「ゴミの出し方は人格の表現」。自分は——「普通に分別している」。特別にきっちりでもなく、分別しないわけでもなく。「普通」。「普通のゴミの出し方をする普通の住人」。存在感ゼロ。だが「存在感ゼロ」は「問題がない証拠」であり「ゴミ捨て場の平和の担い手」だ。
第4章 「ゴミの日を忘れた日」の絶望
水曜日の朝。目覚ましで起きる。7時30分。「あ、今日プラスチックの日だ」。だがもう出勤の準備をしなければならない。ゴミを出す時間がない。「出せなかった」。次のプラスチックの日は1週間後。「1週間分のプラスチックゴミが部屋に溜まる」。6畳のワンルーム。プラスチックゴミの袋が「部屋の角」を占拠する。「ゴミと一緒に暮らす1週間」。
「ゴミの日を忘れない」対策。対策1は「スマートフォンのリマインダーを設定する」。「火曜の夜22時:明日燃えるゴミ」「水曜の夜22時:明日プラスチック」。前日の夜にリマインダーが鳴れば「朝忘れない」。対策2は「前日の夜にゴミ袋を玄関に置いておく」。視覚的なリマインダー。「玄関にゴミ袋がある→ゴミの日だ→出勤時に持って出る」。対策3は「ゴミの日の朝は5分早く起きる」。5分あれば「ゴミを出して出勤する」余裕がある。「5分の早起き」のコストは「5分の睡眠」。リターンは「1週間分のゴミの解放」。
第5章 「ゴミ」は「人生の卒業証書」——捨てたものの記録
23年間で「捨てたもの」を振り返る。22歳:大学時代の教科書(引っ越しで処分)。25歳:壊れたガラケー。27歳:カップ麺のケース(100個分以上)。28歳:カップ麺の在庫(もやし炒めに切り替えたため処分)。30歳:消費者金融の明細書(完済後にシュレッダー)。33歳:奨学金の返済通知書(完済後に処分)。35歳:テレビ(NHK受信料の節約のため)。37歳:不要になった派遣先の書類。40歳:100点以上の持ち物(持たない暮らしの断捨離で処分)。45歳:使わなくなったアプリのアカウント(デジタルの断捨離)。
「捨てたもの」の変遷は「人生のフェーズの変遷」を映している。カップ麺を捨てた=「もやし炒め時代の始まり」。テレビを捨てた=「ラジオ時代の始まり」。消費者金融の明細を捨てた=「借金時代の終わり」。「捨てること=過去のフェーズを卒業すること」。ゴミ袋は「人生の卒業証書を入れる袋」だ。「カップ麺を卒業しました(卒業証書:もやし袋への切り替え)」。「借金を卒業しました(卒業証書:明細書の裁断)」。
「捨てられないもの」もある。もやし炒めの哲学。NISAの積立習慣。散歩の習慣。エスシタロプラムの処方箋。これらは「捨ててはいけないもの」であり「生存の装置」。「捨てるべきもの」と「捨ててはいけないもの」の区別が「人生の整理」であり「ゴミの分別」の本質だ。「ゴミの分別は人生の分別」。
結論——「ゴミを出す」ことは「社会とつながり続ける」こと
ゴミ出し。週2回。年間104回。23年間で2392回。「2392回ゴミを出した」。2392回、ゴミ捨て場まで歩いた。2392回、同じ建物の住人とすれ違った(すれ違わなかった日もあるが)。2392回、「社会のルールを守った」。友達がゼロでも。近所付き合いがゼロでも。「ゴミを正しい日に出す」ことで「社会の一員であり続けた」。
もやし炒めは「自分の体を維持する行為」。NISAは「自分の未来を維持する行為」。ゴミ出しは「自分と社会のつながりを維持する行為」。3つの「維持」が「23年間のサバイバル」を支えた。明日は火曜日。燃えるゴミの日。もやしの袋と発泡酒の空き缶をゴミ袋に入れて、朝7時にゴミ捨て場に持っていく。「おはようございます」——今日こそ声に出して言ってみようか。1秒の会釈ではなく。5語の挨拶。「おはようございます」。5語で「社会とのつながり」が少しだけ太くなる。ゴミ袋1つと5語の挨拶。これが「45歳独身男性の社会参加の全容」。少ない。だが「ゼロではない」。ゼロではないことが——大切だ。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

