- はじめに——「何を食べてきたか」で「どう生きてきたか」がわかる
- 第1章 22〜24歳——「カップ麺とパスタの時代」(2001〜2003年)
- 第2章 25〜27歳——「コンビニ弁当と牛丼チェーンの時代」(2004〜2006年)
- 第3章 28〜30歳——「もやし炒めとの出会い」(2007〜2009年)
- 第4章 31〜35歳——「自炊の目覚めと節約の極致」(2010〜2014年)
- 第5章 36〜40歳——「健康を意識し始めた食卓」(2015〜2019年)
- 第6章 41〜45歳——「食の哲学が完成した時代」(2020〜2024年)
- 第7章 「23年間の食費」累計——食に投じた総額はいくらか
- 第8章 「食」と「精神」の関係——食べるものが心を変える
- 第9章 「もやし炒め以降」の食卓——45歳からの新しい食の旅
- 第10章 「食卓の写真を撮る」——食で記録する人生
- 第11章 「食費の節約」と「栄養の最適化」は両立する——月1万5000円のメニュー革命
- 第12章 「もやし炒めのバリエーション100選」への道——飽きない工夫の全記録
- 第13章 「食」と「お金」の関係——22年間の食費が資産形成に与えた影響
- 第14章 「一人で食べること」の意味——孤食は本当に悪いのか
- 第15章 「食」と「季節」の関係——もやし炒めで感じる四季
- 第16章 「料理の師匠」はYouTubeだった——独学で料理を覚えた22年間
- 第17章 「食卓と人間関係」——誰かと食べた数少ない記憶
- 第18章 「発泡酒」という相棒——もやし炒めと発泡酒の23年間
- 第19章 「食の失敗」の記録——もやし炒めを焦がした夜、カレーを薄めすぎた日
- 第20章 「食」を通じて「次の世代」に伝えたいこと——もやし炒めの哲学
- 結論——「食べてきたもの」が「自分」を作った
はじめに——「何を食べてきたか」で「どう生きてきたか」がわかる
「昨日の夕飯は何でしたか?」。この質問に即答できる人は少ない。だが「20代の頃、何を食べていましたか?」と聞かれれば——思い出す。カップ麺。コンビニのおにぎり。牛丼。食パン。そして「もやし炒め」。
食事は「生きるためのガソリン」であると同時に「時代の記録」だ。何を食べていたかで、その時期の「経済状態」「精神状態」「生活環境」がわかる。カップ麺を毎日食べていた時期は「お金がなかった」。コンビニ弁当ばかりの時期は「自炊する気力がなかった」。もやし炒めが定番になった時期は「節約を覚えた」。納豆ご飯を追加した時期は「健康を意識し始めた」。
このエッセイでは、22歳から45歳までの23年間を「食べてきたもの」で振り返る。食事の変遷は人生の変遷だ。「食卓の歴史」は「個人の歴史」であり、「氷河期世代の歴史」でもある。
第1章 22〜24歳——「カップ麺とパスタの時代」(2001〜2003年)
大学を卒業して一人暮らしを始めた。22歳。手取り14万2000円。家賃4万5000円のワンルーム。風呂なし。キッチンは「1口コンロ」のみ。冷蔵庫は「小型」(実家から持ってきた学生時代のもの)。この環境で「自炊」のハードルは高い。いや、自炊はしていた。だが「自炊」の定義が今とは違った。「お湯を沸かす」が「自炊」だった。
22歳の食卓の主役。カップ麺(1個98〜128円。月に15個。月の費用約1500〜1900円)。パスタ(乾麺500g 198円。ソースはレトルト100〜200円。1食約80円。月に10回。月の費用約800円)。食パン(1斤98円。月に4斤。月の費用392円。トースターがなかったので「そのまま食べる」)。コンビニのおにぎり(1個100〜130円。週に3回。月の費用約1560円)。牛丼(吉野家の並盛280円。当時。月に4回。月の費用1120円)。
月の食費合計。約5872円+その他(飲料、調味料等)で約1万〜1万5000円。「月1万5000円の食費」。当時は「こんなもんだろう」と思っていた。栄養バランスは最悪。炭水化物(カップ麺、パスタ、パン、おにぎり、牛丼)に偏り、野菜はほぼゼロ。たんぱく質は牛丼の肉とカップ麺の具(小さなチャーシュー1枚)のみ。ビタミン・ミネラルは——摂っていなかった。
この時期の「食」に対する意識は「空腹を満たせればOK」。「美味しいかどうか」は二の次。「栄養があるかどうか」は考えすらしなかった。「安くて腹が膨れるもの」が正義。カップ麺は「お湯を注いで3分」で完成する「最も効率の良い食事」だった。パスタは「お湯を沸かして8分」で完成する「2番目に効率の良い食事」だった。
「料理」のスキルはゼロに等しかった。実家では母親が作ってくれていた。自分で作った経験は「目玉焼き」と「インスタントラーメン」くらい。「野菜を切る」「炒める」「味付けする」のプロセスは未経験だった。「料理を覚えよう」とは思わなかった。「料理している時間があったら寝たい」。疲労が食文化を破壊していた。
22〜24歳の食卓の「音」。カップ麺の蓋を剥がす「バリッ」。お湯を注ぐ「ジョボボ」。3分後にすする「ズルズル」。パスタを茹でる「グツグツ」。食パンをかじる「サクッ」(いや、焼いていないので「モチッ」に近い)。コンビニ袋の「カサカサ」。牛丼の「並盛お願いします」。これが22歳の「食卓の交響曲」だった。静かで、味気なく、効率的で、栄養がなかった。
第2章 25〜27歳——「コンビニ弁当と牛丼チェーンの時代」(2004〜2006年)
25歳。引っ越して「風呂あり」の物件に移った。キッチンは相変わらず1口コンロだったが、「まともな冷蔵庫」を中古で買った(リサイクルショップで8000円)。冷蔵庫があると「作り置き」ができる。——だが「作り置きを作る技術」がなかった。冷蔵庫は「飲料の冷蔵庫」として機能していた。発泡酒。麦茶。水。食品はほぼ入っていなかった。
この時期の食卓の主役は「コンビニ弁当」に移行した。カップ麺に飽きたのが理由。コンビニ弁当は「選ぶ楽しみ」がある。唐揚げ弁当。のり弁当。幕の内弁当。ハンバーグ弁当。「今日はどの弁当にしようか」。この「選ぶ楽しみ」が、食事の「唯一のエンタメ」だった。
コンビニ弁当の費用。1食450〜600円。昼はコンビニのおにぎり+サラダ(合計350円)。夜はコンビニ弁当(500円)。朝は食パン(1食25円)。1日あたり875円。月26日(出勤日)で22750円。休日の食費(自炊もどき+外食)を加えると月の食費は約2万5000円。「22歳のときより1万円増えた」。コンビニ弁当は「カップ麺より高い」。だが「カップ麺より美味い」。そして「カップ麺より栄養マシ」(野菜が少量ながら入っている弁当を選べば)。
26歳。牛丼チェーンの「価格競争」が激化した時期。吉野家280円。松屋290円。すき家280円。「牛丼が280円で食べられる」奇跡の時代。週に3〜4回は牛丼を食べていた。牛丼は「安い」「早い」「うまい」の三拍子が揃った「非正規雇用者の最強の味方」だった。牛丼に味噌汁(60円)をつけると「定食っぽい」。紅生姜は無料。紅生姜を山盛りにすると「彩りが出て」少しだけ「ちゃんとした食事」に見えた。
27歳。体に異変が出始めた。便秘。肌荒れ。口内炎が頻繁にできる。「食生活が偏っている」と薄々気づいてはいたが「改善する方法がわからない」「改善する気力がない」。27歳の自分にとって「食事」は「義務」であり「楽しみ」ではなかった。「食べなければ死ぬから食べる」。食べることが「作業」になっていた。
第3章 28〜30歳——「もやし炒めとの出会い」(2007〜2009年)
28歳。人生を変える出会いがあった。「もやし炒め」との出会いだ。きっかけは同僚(同じ派遣社員)の一言。「もやし炒め、簡単だよ。もやし1袋30円。豚こま100g 100円。醤油かけて炒めるだけ」。「自炊って、そんな簡単なの?」。「そんな簡単」だった。
帰宅してスーパーに寄った。もやし1袋30円。豚こま100g 98円。醤油は100均で110円(大瓶)。油はサラダ油198円。合計436円(醤油と油は何十回も使えるので、初回コスト)。1食あたりの材料費は約60円。カップ麺(98円)より安い。コンビニ弁当(500円)の8分の1。
初めてのもやし炒め。フライパンに油を引く。豚こまを入れる。ジュージュー。もやしを入れる。シャカシャカ。醤油をかける。ジュワッ。皿に盛る。食べる。「——うまい」。カップ麺とは次元が違う「うまさ」。「自分で作ったものが美味い」。この感動は忘れられない。28歳の秋。もやし炒めが「人生の主食」に昇格した瞬間だった。
もやし炒めの「進化」。最初は「もやし+豚こま+醤油」だけのシンプルバージョン。すぐに飽きた。「味変」を覚えた。塩こしょうバージョン。焼肉のタレバージョン。ポン酢バージョン。にんにくチューブ追加バージョン。「同じ材料でも味付けを変えれば別の料理になる」。この発見が「自炊の楽しさ」の入口になった。
29歳。リーマンショック。派遣切り。3ヶ月の空白期間。この3ヶ月間、もやし炒めが「命をつないだ」。食費を月8000円に抑えた月がある。朝は食パン(1食25円)。昼はおにぎり1個(自分で握る。米代のみ約30円)。夜はもやし炒め(60円)。1日115円。月3450円。残りの4550円で「米」「調味料」「飲料」を賄った。「もやし炒めがなかったら、あの3ヶ月を乗り越えられなかったかもしれない」。もやし炒めは「節約食」であると同時に「サバイバル食」だった。
30歳。次の派遣先が見つかり、もやし炒めは「サバイバル食」から「日常食」に戻った。週に3〜4回のペースが定着した。もやし炒めがある夕食。もやし炒めがない夕食。比率は6対4。「もやし炒めの日」は安心する。「今日ももやし炒めか」と思いつつ、安心する。変わらないことの安心。もやし炒めは「食事」であると同時に「生活のアンカー(碇)」だった。
第4章 31〜35歳——「自炊の目覚めと節約の極致」(2010〜2014年)
31歳。もやし炒めに「卵」を追加した。溶き卵をもやし炒めに回しかけて炒める。「もやし玉子炒め」の誕生。卵1個20〜25円の追加で「たんぱく質」が増え「見た目」が華やかになった。味も「ワンランクアップ」。卵は「コスパ最強の食材」であることを31歳で知った。
32歳。「もやし以外の野菜」を炒めることを覚えた。キャベツ(1玉150円。半分使って3〜4食分)。玉ねぎ(3個100円。1個で2食分)。にんじん(3本100円。1本で3食分)。「もやし以外の野菜も、切って炒めれば美味い」。この当たり前の事実に32歳で到達した。遅い。だが「到達した」ことが重要。
33歳。「味噌汁」を自分で作るようになった。出汁入り味噌(300円。2〜3週間分)。乾燥わかめ(100均110円。1ヶ月分以上)。豆腐(1丁40〜60円)。お湯を沸かす→味噌を溶く→わかめと豆腐を入れる。5分で完成。「もやし炒め+ご飯+味噌汁」。「一汁一菜」の完成。和食の基本形。33歳で和食の基本形に到達した。
34歳。奨学金の返済が完了した年。月1万5000円が浮いた。このうち5000円を「食費の増額」に充てた。月の食費が1万5000円→2万円に。5000円の増額で「週に1回、肉を多めに買える」ようになった。豚バラ肉。鶏もも肉。牛こまの半額品。「もやし炒めが豪華になった年」として記憶されている。
35歳。「カレーライス」を自分で作った。ルー(8皿分198円)。玉ねぎ3個。にんじん2本。じゃがいも3個。豚こま200g。合計約600円。8皿分。1皿75円。「カレーが75円で食べられる」。しかも「作り置き」で3日間持つ。もやし炒め以来の「革命」だった。カレーは「手間がかかる(30分)」が「3日間食べられる」。トータルの調理時間は「もやし炒め3日分(30分)」と同じ。効率は同等。味は「もやし炒めとは別次元の美味さ」。カレーが「第二の主食」に加わった。
この時期の月の食費は約2万円。食事の内訳。もやし炒め:週3回。カレーライス:月2回(1回作ると3日分)。パスタ:週1回。納豆ご飯:週2回。卵かけご飯:週1回。外食(牛丼):月2回。コンビニ弁当:月1回。食パン(朝食):毎日。「22歳の頃のカップ麺+コンビニ弁当」から「もやし炒め+カレー+味噌汁+納豆ご飯」に進化。食費はむしろ下がり、栄養バランスは大幅に改善された。「自炊=安い+美味い+健康」の方程式が確立した。
第5章 36〜40歳——「健康を意識し始めた食卓」(2015〜2019年)
36歳。健康診断で「コレステロール値が高い」と指摘された。「食生活を見直してください」。見直す。もやし炒めは——コレステロールに影響するか。豚こまの脂身が原因かもしれない。「豚こま→鶏むね肉」に変更。鶏むね肉は100g 60〜80円。豚こまと同等の価格で「低脂肪・高たんぱく」。もやし炒めの肉が「鶏むね」に変わった。味は——正直に言えば「豚こまのほうが美味い」。だが「健康のため」。味と健康のトレードオフ。健康を取った。
37歳。「納豆」を毎日食べるようになった。1パック30〜40円。毎日の夕食に納豆1パックを追加。「発酵食品の摂取」が目的。「腸活」という概念を知ったのはもう少し後だが、「なんとなく納豆は体に良いらしい」という知識はあった。納豆ご飯は「最もコスパの良い健康食」であり「最も簡単な料理」だ(ご飯にかけるだけ)。
38歳。「バナナ」を朝食に追加した。1房4〜5本で150〜200円。1本30〜40円。朝食が「食パン」から「食パン+バナナ」に格上げ。バナナの「食物繊維+カリウム+ビタミンB群」が朝のエネルギーになる。「朝バナナを食べるようになってから、午前中の集中力が上がった気がする」。気のせいかもしれないが、気のせいでもいい。
39歳。「魚を食べていない」ことに気づいた。22歳から17年間、「魚をほとんど食べていなかった」。肉は食べる。野菜は食べる(もやし中心だが)。だが魚は「調理が面倒」「骨がある」「生臭い」で敬遠していた。「缶詰」という解決策を見つけた。さんまの蒲焼き缶(100均110円)。鯖の味噌煮缶(100均110円)。ツナ缶(3缶198円)。「缶詰なら調理不要。開けるだけ」。もやし炒め+ご飯+味噌汁+缶詰の魚。「一汁一菜+魚」。39歳にして「和食の完成形」に到達。
40歳。「月1回の贅沢デー」を始めた。月に1回だけ「普段食べないもの」を食べる。予算1000円。スーパーの半額寿司(500円)。半額のステーキ肉(400円)+サラダ(100円)。デパ地下のお惣菜(1000円分)。「月1回の1000円」が「食の楽しみ」を飛躍的に増やした。「毎日の節約があるからこそ、月1回の贅沢が輝く」。贅沢は「日常があるからこそ贅沢」なのだ。
第6章 41〜45歳——「食の哲学が完成した時代」(2020〜2024年)
41歳。コロナ禍。外出自粛。在宅時間が増えた。この時間を「料理の実験」に充てた。もやし炒めのバリエーションを増やす実験。ニラもやし炒め。キムチもやし炒め。カレー粉もやし炒め。マヨネーズもやし炒め。「もやし炒めの可能性は無限大」であることを、41歳にして発見。もやし炒めは「制約(もやし+肉+調味料)の中の自由」を体現する料理だった。
42歳。「豚バラ大根の煮物」を覚えた。大根1/3本(50円)。豚バラ肉200g(200円)。醤油、みりん、砂糖。30分煮込むだけ。「煮物を作れる自分」に感動した。42歳で煮物デビュー。遅い。「これまで煮物を作ったことがなかった42歳男性」は珍しいだろうか。珍しくない。一人暮らしの独身男性で「煮物を作る」人は少数派だ。
43歳。「冷凍弁当」を自作するようになった。週末にもやし炒め、カレー、煮物をまとめて作り、1食分ずつ容器に入れて冷凍する。平日は「冷凍弁当を電子レンジで温めるだけ」。5分で「手作りの夕食」が食べられる。コンビニ弁当と同等の手軽さで、「コスパ」「栄養」「味」のすべてが上回る。「43歳にして家事の最適解に到達した」。
44歳。「料理の黄金比」を発見した。醤油3:みりん3:砂糖1。この比率で「ほぼすべての和食の味付け」が決まる。肉じゃが。きんぴらごぼう。照り焼き。すべてこの黄金比で美味くなる。「3:3:1」。この数字を知っただけで「料理のレベル」が一気に上がった。44歳で。遅い。遅いが「知った」ことが重要だ。
45歳(現在)。食卓の完成形。朝食:食パン1枚+バナナ1本+コーヒー(合計約80円)。昼食:手作り冷凍弁当(1食約150円)。夕食:もやし炒め+ご飯+味噌汁+納豆+魚の缶詰(合計約250円)。1日の食費合計:約480円。月の食費:約1万4400円+月1回の贅沢デー1000円=約1万5400円。
22歳の月の食費1万5000円(カップ麺+コンビニ弁当)。45歳の月の食費1万5400円(手作り自炊+腸活メニュー)。金額はほぼ同じ。だが中身がまるで違う。22歳は「炭水化物だけ」。45歳は「炭水化物+たんぱく質+食物繊維+発酵食品+ビタミン+ミネラル」。同じ予算で「栄養価が10倍」になった。「料理のスキル」と「知識」が、予算を変えずに食の質を激変させた。
第7章 「23年間の食費」累計——食に投じた総額はいくらか
22歳から45歳までの23年間の食費を推定する。22〜24歳:月1万5000円×36ヶ月=54万円。25〜27歳:月2万5000円×36ヶ月=90万円。28〜30歳:月1万8000円×36ヶ月=64万8000円。31〜35歳:月2万円×60ヶ月=120万円。36〜40歳:月2万円×60ヶ月=120万円。41〜45歳:月1万6000円×48ヶ月=76万8000円。合計:約525万6000円。
23年間の食費総額は約526万円。月平均約1万9000円。年平均約22万9000円。「23年間で526万円を食に投じた」。526万円は「手取り総収入4437万円」の11.9%。「稼いだお金の約12%を食べた」。残りの88%は「家賃」「光熱費」「社会保険料」「その他の生活費」に消えた。「食」に使えるお金は「12%しかなかった」。この12%で23年間を生き延びた。もやし炒めと発泡酒で。
「もし外食中心だったら」。月の食費を4万円とする。23年間で4万円×276ヶ月=1104万円。自炊(526万円)との差額578万円。578万円。「自炊を覚えなかったら578万円多く食費に使っていた」。578万円はNISAに投資していれば(月2万円×23年×年利5%=約1078万円に化ける元本の一部)。「もやし炒めを覚えたことが、老後の資金を救った」。
第8章 「食」と「精神」の関係——食べるものが心を変える
22歳のカップ麺時代。精神状態は「灰色」。食事が楽しくない。作る楽しみもない。食べる楽しみもない。「腹が膨れればいい」。食事が「作業」だった時期は、精神も「作業モード」だった。生きるために食べ、食べるために働き、働くために寝る。ループ。
28歳のもやし炒め覚醒以降。食事に「楽しみ」が生まれた。「今日は何味にしようか」と考える瞬間がある。「ニンニク多めにしよう」と決める瞬間がある。この「考える」「決める」のプロセスが、食事を「作業」から「創造」に変えた。創造は楽しい。楽しいから続けられる。続けるから上手くなる。上手くなるから「もっと作りたい」。「正の循環」が生まれた。
35歳のカレー革命以降。「料理ができる自分」への自己肯定感が生まれた。「カレーを作れる」は小さなスキルだが、「できなかったことができるようになった」実感は大きい。「もやし炒めしか作れなかった自分」が「カレーも煮物も味噌汁も作れる自分」に変わった。この変化は「能力の拡張」であり、「自信」の源泉。食卓のバリエーションが増えるたびに、「自分はまだ成長できる」と感じられた。
45歳の現在。食事は「楽しみ」であり「自己表現」であり「健康管理」でもある。もやし炒めは「節約」だが、同時に「自分の人生の象徴」だ。もやし炒めを食べるとき、28歳の自分を思い出す。「初めてもやし炒めを作ったあの日」。あの日から17年。同じ料理を17年間作り続けている。飽きない。もやし炒めは飽きない。「飽きないもの」を見つけた人間は強い。
第9章 「もやし炒め以降」の食卓——45歳からの新しい食の旅
45歳の食卓は「完成形」だと書いた。だが「完成」は「終わり」ではない。「ここからさらに進化する余地」がある。
進化1は「魚料理を覚える」。缶詰の魚ではなく「生の魚」を調理する。鮭の切り身(1切れ150〜200円)をフライパンで焼くだけ。「魚を焼ける自分」に進化する。進化2は「汁物のバリエーションを増やす」。味噌汁だけでなく「豚汁」「けんちん汁」「スープ」。冬場は「鍋料理」にも挑戦する。一人鍋は「経済的+栄養満点+温まる」の三拍子。進化3は「スパイスを覚える」。カレー粉、クミン、ターメリック、チリパウダー。100均で1瓶110円。スパイスを使えば「和食」だけでなく「インド料理」「東南アジア料理」のテイストも出せる。もやし炒めに「クミン」を振るだけで「インド風もやし炒め」に変身する。
食の旅は「終わらない」。22歳のカップ麺から始まった旅は、45歳のもやし炒めを経て、55歳の——何になるだろうか。「55歳の自分が何を食べているか」は、今日から10年間の「食の冒険」で決まる。
第10章 「食卓の写真を撮る」——食で記録する人生
22歳から45歳まで「食卓の写真」を撮ったことがあるか。——ない。「もやし炒めの写真なんて誰が撮るか」。でも撮っておけばよかった。「初めてのもやし炒め」の写真があれば、17年後に見返して「こんなだったか。まだ下手だったな」と笑える。「リーマンショックの3ヶ月間のもやし炒め」の写真があれば、「あのとき、こんなに質素だったのか」と振り返れる。
今日から「食卓の写真を撮る」習慣を始めよう。毎日じゃなくていい。月に1〜2回。「今日のもやし炒め」をスマートフォンで1枚。撮る。10秒。10秒で「今日の食卓の記録」が残る。10年後に見返したとき、「45歳の自分はこんなものを食べていたのか」と発見がある。食卓の写真は「人生の記録」の一部。もやし炒めの写真は「もやし炒めの人生」の証拠だ。
第11章 「食費の節約」と「栄養の最適化」は両立する——月1万5000円のメニュー革命
「食費を削る=栄養が犠牲になる」は間違いだ。22歳のカップ麺時代は「食費1万5000円で栄養ゼロ」だった。45歳の現在は「食費1万5400円で栄養満点」。金額はほぼ同じなのに、栄養価は天と地の差。この差を生んだのは「知識」と「スキル」だ。
知識1は「安い食材で栄養を最大化する方法」。もやし(30円。ビタミンC、食物繊維)。納豆(33円。たんぱく質、ビタミンK、食物繊維、発酵食品)。卵(20円。たんぱく質、ビタミンB群、鉄分)。豆腐(40円。たんぱく質、カルシウム、イソフラボン)。バナナ(35円。カリウム、食物繊維、ビタミンB6)。これら「5大コスパ食材」を毎日の食事に組み込めば、月1万5000円で「栄養士顔負けの栄養バランス」が実現する。
知識2は「栄養素の組み合わせ」。鉄分は「ビタミンC」と一緒に摂ると吸収率が上がる。ほうれん草の炒め物にレモン汁をかける。費用追加はレモン1個100円で5回分、1回20円。カルシウムは「ビタミンD」と一緒に摂ると吸収率が上がる。ビタミンDは「日光を浴びる」ことで体内で生成される。散歩30分で十分。費用ゼロ。「栄養素の組み合わせ」を知っているだけで、同じ食材から「より多くの栄養」を引き出せる。
知識3は「旬の食材を選ぶ」。旬の野菜は「安い」「美味い」「栄養価が高い」の三拍子。冬のほうれん草は夏の3倍のビタミンCを含む。夏のトマトは冬の2倍のリコピンを含む。旬の食材をスーパーの特売で買えば、1食のコストをさらに10〜20%下げられる。
スキル1は「まとめ買い+冷凍保存」。週末にスーパーで1週間分の食材をまとめ買いする。肉は100g単位に分けてラップで包み冷凍。野菜は切って冷凍保存袋に入れて冷凍。平日は「冷凍庫から出す→解凍→炒める」だけ。調理時間10分。「まとめ買い」はスーパーの特売日に集中することで「1週間の食材費を15〜20%削減」できる。
スキル2は「作り置きの技術」。日曜日に3〜4品を「まとめて調理」する。もやし炒め3食分。カレー6食分。切り干し大根の煮物4食分。きんぴらごぼう4食分。合計17食分を3時間で作る。1食あたりの調理時間は約10分。「平日は温めるだけ」の生活が実現する。コンビニ弁当に頼る必要がゼロになる。
第12章 「もやし炒めのバリエーション100選」への道——飽きない工夫の全記録
もやし炒めを17年間食べ続けている。週3〜4回。累計約2800回。「飽きないのか」と聞かれることがある。答えは「飽きない」。なぜか。「毎回微妙に違うから」。同じ「もやし炒め」でも、調味料を変えれば「別の料理」になる。
基本の5バリエーション。醤油バージョン(定番中の定番)。塩こしょうバージョン(シンプルだが旨い)。焼肉のタレバージョン(甘辛で食が進む)。ポン酢バージョン(さっぱり。夏向き)。味噌バージョン(コクがある。冬向き)。
応用の10バリエーション。ニンニク醤油バージョン(ニンニクチューブ追加。パンチが出る)。生姜醤油バージョン(生姜チューブ追加。体が温まる)。カレー粉バージョン(カレー粉小さじ1追加。エスニック感)。キムチバージョン(キムチ50g追加。発酵食品のダブル摂取)。マヨネーズバージョン(仕上げにマヨネーズひと回し。背徳感)。オイスターソースバージョン(中華風。深い味わい)。ナンプラーバージョン(タイ風。好みが分かれる)。ケチャップバージョン(洋風。子どもっぽいが美味い)。豆板醤バージョン(辛い。発泡酒が進む)。めんつゆバージョン(和風。安定の美味さ)。
さらに「具材の変更」で無限のバリエーションが生まれる。豚こまの代わりに鶏むね肉。ウインナー。ツナ缶。卵。もやしの代わりにキャベツ。ニラ。ピーマン。玉ねぎ。「調味料5種×具材の肉3種×具材の野菜4種=60通り」。応用の調味料10種を加えれば120通り。「120通りのもやし炒め」を2800回のうちに何通り試したか。おそらく30通りくらい。まだ90通りの「未踏のもやし炒め」がある。17年間食べてもまだ「新しいもやし炒め」がある。もやし炒めの可能性は無限大だ。
第13章 「食」と「お金」の関係——22年間の食費が資産形成に与えた影響
第7章で「22年間の食費は約526万円」と計算した。ここでは「食費の選択が資産形成にどう影響したか」をさらに深掘りする。
シミュレーション1。「もし22歳からずっと外食中心だったら」。月の食費4万円×12ヶ月×23年=1104万円。実際の食費526万円。差額578万円。この578万円を「毎月2万1000円ずつNISAに投資していたら」。月2万1000円×23年×年利5%=約1078万円。「自炊を選んだことで、理論上1078万円の資産を得る機会を創出した」。実際にはNISAは2014年に始まったので23年間フルには使えなかったが、「自炊の経済的価値」は明らか。
シミュレーション2。「もし28歳でもやし炒めに出会わなかったら」。28歳以降もコンビニ弁当中心で月2万5000円の食費だったとする。2万5000円×12ヶ月×17年=510万円。実際の食費(28歳以降)は約330万円。差額180万円。この180万円が「もやし炒めが生み出した追加貯蓄」。180万円はNISAの現在の残高90万円の2倍。「もやし炒めがなければNISAを始める余裕すらなかった」可能性がある。
シミュレーション3。「もし34歳で奨学金を完済していなかったら」。奨学金の返済が食費を圧迫し、「さらに食費を切り詰める→カップ麺に逆戻り→栄養悪化→体調不良→医療費増加→さらに食費を切り詰める」の悪循環に陥っていた可能性。奨学金の完済が「食の質を上げる」きっかけになった。奨学金の1万5000円が浮いた分を「食費に回す→もやし炒めのバリエーションが増える→栄養が改善→体調が良くなる→仕事のパフォーマンスが上がる→時給が上がる」の好循環。食費と収入は「つながっている」。
第14章 「一人で食べること」の意味——孤食は本当に悪いのか
「孤食」。一人で食事を摂ること。メディアでは「孤食は健康に悪い」「孤食は精神に悪い」と報じられることがある。だが独身の一人暮らしは「孤食が当たり前」だ。22年間、ほぼすべての食事を「一人」で摂ってきた。朝食も一人。昼食も一人(職場の休憩室で同僚と一緒のこともあるが、「一緒に食べている」だけで「会話している」わけではない場合が多い)。夕食は確実に一人。1日3食×365日×22年=約24000食。24000食のうち「誰かと一緒に食べた食事」は何回あっただろう。100回?200回?1%以下。99%は「一人」。
「一人で食べること」は本当に「悪い」のか。答えは「場合による」だ。「寂しいと感じながら一人で食べる」のは精神的に辛い。「一人で食べることを楽しんでいる」のなら問題ない。「一人で食べるしかないのに、罪悪感を感じる」のは不健全。「一人で食べるのが好き」なら健全。
一人で食べることの「メリット」を挙げる。メリット1は「自分のペースで食べられる」。相手に合わせなくていい。ゆっくり食べたければゆっくり。早く食べたければ早く。メリット2は「好きなものを好きなだけ食べられる」。もやし炒めを毎日食べても文句を言われない。納豆ご飯で済ませても白い目で見られない。メリット3は「テレビやラジオを見ながら食べられる」。食事中のテレビは「マナー違反」とされるが、一人暮らしなら「マナー」は自分が決める。メリット4は「食器が少なくて済む」。洗い物が楽。茶碗1個、皿1枚、箸1膳。5分で完了。
「孤食の寂しさ」を和らげる方法。方法1は「ラジオをつけながら食べる」(独自25参照)。パーソナリティの声が「食卓の相手」になる。「一人だが、声がある空間」で食べる。方法2は「SNSに食事の写真を投稿する」。「今日のもやし炒め」の写真を投稿する。「いいね」が1つつけば「誰かが見ている」実感がある。方法3は「食事を『儀式』にする」。ランチョンマットを敷く。箸置きを使う。「いただきます」「ごちそうさま」を声に出して言う。これらの「ちょっとした儀式」が、食事を「作業」から「体験」に変える。
第15章 「食」と「季節」の関係——もやし炒めで感じる四季
もやし炒めは「通年の料理」だが、季節によって「微妙に変わる」。
春。キャベツが安くなる。もやし炒めにキャベツを追加。「春キャベツのもやし炒め」。甘い。柔らかい。春の味。
夏。ニラが安くなる。もやし炒めにニラを追加。「ニラもやし炒め」。スタミナ。夏バテ防止。ポン酢で食べるとさっぱり。暑い日に食べると汗が出る。汗をかいた後の発泡酒が最高。
秋。きのこが安くなる。もやし炒めにしめじを追加。「きのこもやし炒め」。秋の味覚。食物繊維たっぷり。醤油バターで味付けすると「秋の定番おかず」になる。
冬。白菜が安くなる。もやし炒めに白菜を追加。「白菜もやし炒め」。味噌味にするとほっこり温まる。冬のもやし炒めは「体を温める」機能もある。生姜をたっぷり入れれば「風邪予防」にもなる。
「もやし炒めに旬の野菜を加える」だけで、四季を感じる食卓になる。追加コストは1食あたり20〜50円。「季節を感じる食事」が20〜50円で手に入る。旅行に行かなくても、レストランに行かなくても、「スーパーの旬の野菜」で季節を味わえる。もやし炒めは「四季のキャンバス」であり、旬の野菜は「季節の絵の具」だ。
第16章 「料理の師匠」はYouTubeだった——独学で料理を覚えた22年間
料理を教えてくれた人はいなかった。母親に「教えてくれ」と頼めばよかったのだが、実家を出てからは「自分で何とかする」しかなかった。最初の師匠は「カップ麺の裏の説明書」。「お湯を注いで3分」。これが料理の第1歩。
2つ目の師匠は「同僚の一言」。「もやし炒め、簡単だよ」。この一言がなければ、もやし炒めとの出会いは遅れていた。3つ目の師匠は「クックパッド(Cookpad)」。2010年頃からスマートフォンで「レシピ検索」ができるようになった。「もやし炒め レシピ」で検索すれば、何百ものバリエーションが出てくる。「こんな味付けがあるのか」「この食材を入れると美味くなるのか」。クックパッドは「一人暮らしの独身男性のための無料料理教室」だった。
4つ目の師匠は「YouTube」。2015年頃から料理系YouTuberが増え始めた。「リュウジのバズレシピ」「料理研究家ゆかり」「節約レシピ」。動画で「実際に作る過程」を見られるのが革命的だった。テキストのレシピでは「強火で炒める」と書いてあっても「どのくらいの火加減か」がわからない。動画なら「フライパンの上でジュージューしている映像」を見て「ああ、このくらいか」とわかる。YouTube は「視覚で学べる料理教室」であり、無料。22歳のときにYouTubeがあれば、もやし炒めとの出会いは28歳ではなく22歳だったかもしれない。
5つ目の師匠は「失敗」。焦がしたもやし炒め。塩を入れすぎた味噌汁。芯が残ったパスタ。水っぽいカレー。これらの「失敗」が「次はこうしよう」の学びを生んだ。失敗なしで料理が上達することはない。失敗は「最も効果的な師匠」だ。22年間で「何回失敗したか」は数えきれない。だがすべての失敗が「今の料理スキル」の礎になっている。
第17章 「食卓と人間関係」——誰かと食べた数少ない記憶
22年間の24000食のうち、「誰かと食べた食事」は1%以下と書いた。だがその「1%」は、記憶に鮮明に残っている。一人で食べた23760食は「記憶に残っていない」。だが誰かと食べた240食は「記憶に残っている」。「記憶に残る食事」とは「誰かと一緒に食べた食事」だ。
記憶1。22歳。大学の友人3人と居酒屋で飲んだ。卒業後初めての再会。みんな「仕事がつらい」と言っていた。自分は「まだ仕事が見つからない」と言えなかった。代わりに「派遣で頑張ってるよ」と嘘をついた。生ビールが苦かった。
記憶2。25歳。実家に帰省した正月。母親が作ったおせち料理。「もっと食べなさい」「やせたんじゃない?」。東京に戻る電車の中で泣いた。母親の料理が「この世で最も美味い料理」だと気づいた瞬間。
記憶3。30歳。派遣先の忘年会。唯一の社交的な食事。居酒屋の鍋を6人で囲んだ。正社員の人たちが「ボーナスで何を買った」と話していた。自分にはボーナスがないので黙って鍋をつついていた。鍋は美味かった。
記憶4。38歳。親と兄弟で外食した。親の誕生日。回転寿司。一人暮らしを始めて以来、初めて「家族で外食した」気がする。16年ぶりの家族での食事。寿司の味よりも「一緒に食べている」事実のほうが心に残った。
記憶5。42歳。コロナ明けに元同僚と2人で牛丼を食べた。「久しぶりだね」「元気だった?」。牛丼の並盛を食べながら、1時間話した。話の内容は覚えていない。だが「一緒に食べた」ことは覚えている。
5つの記憶。22年間でたった5つ。「誰かと食べた記憶」がこんなに少ない。だが少ないからこそ「鮮明」だ。毎日誰かと食べていれば「いつものこと」になり記憶に残らない。年に1回しか誰かと食べないからこそ「特別なこと」として記憶に刻まれる。「少ないことの豊かさ」がここにある。
第18章 「発泡酒」という相棒——もやし炒めと発泡酒の23年間
もやし炒めの話をするとき、発泡酒を語らないわけにはいかない。もやし炒めと発泡酒は「セット」だ。もやし炒めが「主役」なら発泡酒は「相棒」。もやし炒めが「メインディッシュ」なら発泡酒は「ペアリングの最高峰」。もやし炒めを皿に盛って、発泡酒のプルタブを開ける。「プシュッ」。この音が「夕食の開始の合図」だ。
発泡酒の歴史は氷河期世代の歴史と重なる。1990年代後半にサントリーやキリンが発泡酒を発売。ビールより安い(350ml缶で130〜150円。ビールは200〜230円)。「ビールを買うお金がないから発泡酒」。発泡酒は「貧乏人のビール」として誕生した。だが氷河期世代にとって発泡酒は「唯一の贅沢」であり「1日の終わりのご褒美」だった。
22歳のとき。発泡酒を初めて買った。「ビールとの味の違いがわからない」。わからないなら安いほうでいい。以来23年間、発泡酒を飲み続けている。発泡酒の年間消費量を推定する。月に15本(1日おきに1本)。年間180本。23年間で4140本。350ml×4140本=1449リットル。約1.4トン。「23年間で1.4トンの発泡酒を飲んだ」。これが液体の重さで人生を量った結果だ。
発泡酒の年間費用。1本135円×180本=年間2万4300円。23年間で55万8900円。約56万円。「56万円分の発泡酒を飲んだ」。56万円はNISAの残高90万円の62%。「発泡酒を飲まずにNISAに回していたら」。月2000円×23年×年利5%=約97万円。「発泡酒の代わりにNISAに投資していたら97万円」。
だが自分は「発泡酒を飲む人生」を選んだ。97万円の機会費用を払ってでも「毎晩の発泡酒」を選んだ。後悔しているか。していない。97万円で「4140回の幸福な瞬間」を買った。1回あたり234円。234円の幸福。プルタブを開ける瞬間の期待感。一口目の爽快感。もやし炒めとの完璧なマリアージュ。1日の疲労が「プシュッ」の一瞬で溶けていく感覚。これは97万円では買えない。4140回の「プシュッ」でしか手に入らない。
第19章 「食の失敗」の記録——もやし炒めを焦がした夜、カレーを薄めすぎた日
23年間の食の歴史には「失敗」もある。失敗の記録は「成功の記録」と同じくらい重要だ。失敗が「学び」を生み、学びが「今の料理スキル」を作った。
失敗1は「もやし炒めを焦がした」。28歳。もやし炒め歴3ヶ月目。フライパンを火にかけて、もやしを入れて、「ちょっとトイレに」。戻ったらもやしが黒焦げ。部屋に焦げた匂いが充満。窓を全開にして換気。焦げたもやしは食べられない。この夜の夕食は「食パン1枚」。教訓:もやし炒めから目を離すな。
失敗2は「味噌汁に味噌を入れすぎた」。33歳。味噌汁デビューの月。「味噌は多めが美味いだろう」。大さじ3杯。飲んだ瞬間「塩辛すぎて飲めない」。お湯を足して薄めたら「お湯に味噌が浮いている液体」になった。教訓:味噌は大さじ1杯から始める。
失敗3は「カレーの水を入れすぎた」。35歳。カレーデビュー。「水は多めのほうがたくさんできる」。ルーの箱に書いてある水の量の1.5倍を入れた。結果、「カレー味のスープ」ができた。ご飯にかけても流れ落ちる。教訓:レシピ通りの分量を守る。
失敗4は「パスタを茹ですぎた」。25歳。パスタを15分茹でた(通常8分)。「芯がなくなるまでしっかり茹でよう」。結果、「離乳食」のような柔らかさのパスタが完成。フォークで持ち上がらない。教訓:茹で時間は袋に書いてある。
失敗5は「炒め物に水を入れて油が跳ねた」。29歳。もやし炒めに水を足そうとして、熱いフライパンに水を注いだ。「バチバチバチッ!」。油が飛び散って腕に火傷。赤い斑点が3日間残った。教訓:熱い油に水を入れてはいけない。小学校の家庭科で習ったはずだが、忘れていた。
これらの失敗は「笑い話」として語れるが、当時は「夕食が台無しになった」深刻な問題だった。特に「焦がした夜の食パン1枚」は切なかった。だが失敗のたびに「次はこうしよう」と学んだ。学んだ結果が「17年間もやし炒めを焦がしていない」という実績だ。失敗なくして上達なし。料理も人生も同じだ。
第20章 「食」を通じて「次の世代」に伝えたいこと——もやし炒めの哲学
独身で子どもがいない自分には「次の世代に伝える」相手がいない。だがこのエッセイを読んでいる誰かが「次の世代」かもしれない。同じ氷河期世代かもしれない。もっと若い世代かもしれない。その人に「もやし炒めの哲学」を伝えたい。
哲学1は「安いものにも価値がある」。もやし1袋30円。この30円の食材が23年間の人生を支えた。「安い=価値がない」ではない。「安くても毎日食べ続けられるもの」は「高くて年に1回しか食べられないもの」より価値がある場合がある。毎日の「30円のもやし」のほうが、年に1回の「3000円のステーキ」より「人生を支える力」が強い。
哲学2は「自分で作ることに意味がある」。コンビニ弁当は500円。もやし炒めは60円。金額の差は440円。だが「差」はお金だけではない。「自分で作った」という事実が「自分で生きている実感」を生む。包丁を握る。フライパンを振る。味を整える。これらの行為は「自分の人生を自分でコントロールしている」実感そのものだ。コンビニ弁当は「誰かが作ったもの」。もやし炒めは「自分が作ったもの」。同じカロリーでも「自己効力感」が違う。
哲学3は「飽きないものを見つけたら、手放すな」。もやし炒めを17年間食べて飽きていない。「飽きないもの」を見つけることは人生でそう多くない。見つけたら手放さない。もやし炒めでも。発泡酒でも。散歩でも。読書でも。「飽きないもの」は「自分の人生のアンカー(碇)」になる。アンカーがあれば、人生の荒波に流されない。
哲学4は「食事を大切にすることは、自分を大切にすることだ」。22歳のカップ麺時代は「自分を大切にしていなかった」時代だ。「腹が膨れればいい」は「自分はどうでもいい」と同義だった。28歳でもやし炒めを作り始めたとき「自分のために料理する」行為が「自分を大切にする」行為に変わった。自分のために10分間フライパンに向かう。自分のために味付けを工夫する。自分のために皿に盛り付ける。この「自分のために」が「自己肯定感の源泉」になった。食事を大切にすることは自分を大切にすること。自分を大切にすることは生きる力を維持すること。もやし炒めは「自分を大切にする練習」だ。
結論——「食べてきたもの」が「自分」を作った
22歳のカップ麺は「生存」だった。25歳のコンビニ弁当は「妥協」だった。28歳のもやし炒めは「覚醒」だった。35歳のカレーは「進化」だった。45歳の一汁一菜は「完成」だった。食べてきたものの変遷が、自分の変遷そのものだ。
23年間で食に投じた526万円。この526万円で「体」を維持し、「心」を癒し、「人生」を続けてきた。526万円の食費の中心にいたのは「もやし炒め」。1食60円の料理が、23年間の人生を支えた。もやし1袋30円。豚こま100g 98円。醤油ひとかけ。この「30円のもやし」が、45歳の自分を作った。
今夜もフライパンを火にかける。油を引く。豚こまを入れる。ジュージュー。もやしを投入する。シャカシャカ。醤油をかける。ジュワッ。皿に盛る。発泡酒を開ける。プシュッ。「いただきます」。——17年間、何千回と繰り返してきた光景。何千回目でも、「いただきます」の一言は変わらない。食べる。「うまい」。17年前の初めてのもやし炒めと同じ感想。17年間「うまい」が変わらない。これがもやし炒めの力だ。
次の17年間も、もやし炒めと共に。62歳の自分が食べるもやし炒めは——きっと今よりも上手に作れている。きっと今よりも美味い。きっと今よりも「いただきます」に感謝が込められている。もやし炒め、ありがとう。これからもよろしく。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

