独身・一人暮らしが「入院」したとき何が起きるか——保証人・身元引受人・同意書の壁
突然の入院——想像してみてほしい
ある日、仕事中に激しい腹痛に襲われた。立っていられない。同僚が救急車を呼んでくれた。救急搬送。病院に着いて、ストレッチャーの上で天井を見つめている。医師が来て「急性虫垂炎です。手術が必要です」と言った。
ここまではよくある話だ。問題はこの先。
「手術の同意書にサインをお願いします。ご家族の方はいらっしゃいますか?」
いない。ここにはいない。家族は遠方にいる。母は74歳で3時間離れた実家。兄は別の県。今すぐ駆けつけてもらうのは無理だ。
「入院の保証人欄にもご記入をお願いします」
保証人。また保証人だ。賃貸契約でも保証人に悩まされたが、入院でも保証人が必要なのか。
「身元引受人の欄もお願いします」
身元引受人。退院後に自分を引き取ってくれる人。手術後に歩けない状態で退院するとき、迎えに来てくれる人。いない。
腹痛に苦しみながら、保証人欄と身元引受人欄の空白を見つめている。空白が、自分の孤独を映し出す鏡のようだ。
入院時に求められる「人」の壁
独身・一人暮らしの人間が入院するとき、複数の「人の壁」にぶつかる。具体的に何が求められるかを整理する。
壁1は「手術の同意書」。手術を受ける場合、同意書へのサインが求められる。本人がサインできる場合は本人でいいが、意識がない場合や判断能力が低下している場合は、家族の同意が必要になる。家族がいない場合はどうなるか。法的には「本人の事前の同意」があれば手術は可能だが、現場では家族の同意を求める慣行がある。家族がいない患者への対応は、病院によって異なる。
壁2は「入院保証人」。多くの病院が、入院時に「連帯保証人」の記入を求める。保証人の役割は、入院費用の支払い保証。本人が支払えなくなった場合に、代わりに支払う人。保証人がいなければ入院を断られるのか——法的には、正当な理由なく診療を拒むことはできない(医師法19条の応召義務)。だが実務上は、保証人がいないと入院手続きが滞ることがある。
壁3は「身元引受人」。入院中の緊急連絡先、退院時の引き取り、死亡時の遺体の引き取りを担う人。保証人と兼ねることが多い。身元引受人がいなければ、退院後の行き先を病院側が手配する必要が出てくる。
壁4は「入院中の身の回りの世話」。着替えの持ち込み、洗濯物の引き取り、必要な物品の購入。家族がいれば頼めるが、一人暮らしでは頼む相手がいない。病院の売店で買えるものは買えるが、自宅にある物が必要な場合は取りに帰れない(入院中だから)。
壁5は「退院後の生活」。手術後は安静が必要な場合がある。一人暮らしで、食事の準備も洗濯も掃除も自分でやらなければならない。体が動かない状態で、これらをこなすのは困難だ。家族がいれば手伝ってもらえるが、一人ではすべて自力。自力でできなければ、退院を延期するしかない。延期すれば入院費が膨らむ。
保証人なしで入院できるのか
「保証人がいなければ入院できない」は、実は正確ではない。
厚生労働省は2018年に「身元保証等がない場合の医療機関の対応について」という通知を出し、身元保証人がいないことを理由に入院を拒否しないよう医療機関に求めている。法的には、保証人なしでも入院できる。
だが「法的にはできる」と「現場でスムーズに対応される」は別問題だ。通知が出ていても、現場の事務スタッフが「保証人欄が空白だと手続きできません」と言うケースはある。現場レベルの運用が、通知に追いついていない。
保証人なしで入院する場合の対処法をいくつか挙げる。
対処法1は「遠方の親族に電話で保証人を依頼する」こと。入院中に書類を郵送してサインしてもらうか、FAXで送ってもらう。緊急入院の場合は後日提出でも認められることが多い。事前に親族(母や兄)に「もし入院したら保証人をお願いしたい」と伝えておくと、いざというときスムーズだ。
対処法2は「身元保証サービスを利用する」こと。NPOや民間企業が提供する「身元保証代行サービス」がある。入院時の保証人、身元引受人の代行を行ってくれる。費用は初期費用10万〜30万円+年会費1〜3万円程度。高額だが、頼れる人がいない場合の最後の手段。
対処法3は「病院のソーシャルワーカーに相談する」こと。多くの病院には「医療ソーシャルワーカー(MSW)」がいる。MSWは、入院中の生活面・社会面の問題を支援する専門職だ。保証人がいないことを相談すれば、代替手段を提案してくれる場合がある。「保証人がいないんですが、どうすればいいですか」と率直に聞く。
対処法4は「成年後見制度を利用する」こと。判断能力が低下した場合に備えて、事前に「任意後見契約」を結んでおく方法がある。信頼できる人(または法人)と契約し、将来、判断能力が低下した際に後見人として活動してもらう。医療同意の代行も含まれる場合がある。費用は契約時の公証人手数料1.5万円程度+後見人への報酬(活動開始後)。
入院に備えて今からできること
突然の入院に備えて、今からできる準備がある。
準備1は「入院セット」を作っておくこと。パジャマ、下着の替え、タオル、歯ブラシ、スリッパ、スマートフォンの充電器、保険証、お薬手帳、現金。これらをまとめたバッグを、自宅のわかりやすい場所に置いておく。救急搬送された場合、後で誰かに持ってきてもらう(「誰か」がいない問題はあるが、少なくとも準備はしておく)。
準備2は「緊急連絡先カード」を財布に入れておくこと。名前、住所、血液型、持病、服用中の薬、緊急連絡先(親族の電話番号)を記載したカードを財布に入れておく。意識を失った場合、このカードが身元確認と連絡の手がかりになる。
準備3は「親族に事前に伝えておく」こと。「もし自分が入院したら、保証人をお願いしたい」「手術の同意が必要になったら、電話で対応してほしい」。これらを、元気なうちに親族に伝えておく。伝えておけば、いざというとき親族も慌てない。
準備4は「医療保険に加入しておく」こと。入院費用の自己負担は、高額療養費制度で上限が決まっている。70歳未満で住民税非課税世帯なら月35400円が上限。だが入院中の食事代(1食460円×3食×日数)、差額ベッド代(個室の場合)、雑費は自己負担だ。1週間の入院でも5〜10万円はかかる。この費用を貯蓄で賄えないなら、安い医療保険(月1000〜2000円程度)に加入しておくと安心だ。
準備5は「かかりつけ医を持つ」こと。定期的に通院しているかかりつけ医がいれば、入院時に病歴や服薬情報を病院に提供してもらえる。初めての病院に搬送された場合でも、かかりつけ医の連絡先を伝えれば、情報の引き継ぎがスムーズだ。
退院後の「一人暮らし」の壁
入院そのものも大変だが、退院後も大変だ。
手術後は「安静にしてください」と言われる。安静にするには、食事を作ってくれる人、洗濯をしてくれる人、買い物をしてくれる人が必要。一人暮らしでは、これらをすべて自分でやるか、外部サービスを使うしかない。
使えるサービスとしては、「配食サービス」(自治体や民間の宅配弁当、1食500〜800円程度)、「ネットスーパー」(食材や日用品を自宅に配達してくれる)、「訪問介護」(要介護認定がなくても、自費で利用可能なサービスがある)などがある。
自治体によっては「退院支援事業」を実施しているところもある。退院後の一定期間、日常生活のサポート(買い物代行、調理、掃除など)を提供する事業。対象者や内容は自治体によって異なるので、入院中にMSWに相談するか、退院前に自治体の福祉窓口に問い合わせる。
退院後に自宅で一人で過ごすのが不安な場合、「ショートステイ」(短期入所生活介護)を利用する方法もある。介護保険の対象サービスだが、退院直後の一時的な利用として認められるケースがある。ケアマネジャーに相談する。
「入院できない」恐怖を超えて
独身・一人暮らしの人間にとって、入院は「医療上の問題」であると同時に「社会的な問題」だ。保証人がいない、身元引受人がいない、退院後の生活支援がない。これらの社会的な問題が、医療上の問題に上乗せされる。上乗せされた重さは、家族のいる人には想像しにくい。
だが「入院が怖いから病院に行かない」は最悪の選択だ。別のエッセイで書いた「健康診断の再検査を放置した話」と同じ構造だ。怖いから先送りする。先送りすると悪化する。悪化すると手遅れになる。
怖くても、備えることはできる。入院セットを準備する。緊急連絡先カードを作る。親族に事前に話しておく。医療保険に加入する。これらの準備は、お金がなくてもできるものばかりだ(医療保険は月1000円程度の出費だが)。
準備しておけば、突然の入院でもパニックにならずに済む。パニックにならなければ、冷静に対処できる。冷静に対処できれば、保証人の壁も身元引受人の壁も、乗り越え方がある。乗り越え方を知っているかどうかが、孤独な入院を「悲惨な体験」にするか「なんとかなった体験」にするかの分かれ目だ。
社会が変わるべきこと
独身者・身寄りのない人の入院が困難であることは、個人の問題であると同時に、社会の問題でもある。
入院の保証人制度自体が、「家族がいること」を前提とした仕組みだ。未婚率が上昇し、一人暮らしの高齢者が増加する社会で、「家族前提」の仕組みは時代に合わなくなっている。厚生労働省の通知(保証人なしでも入院拒否しない)は一歩前進だが、現場への浸透はまだ不十分だ。
必要なのは、身元保証の社会化だ。家族に代わって保証人機能を担う公的なサービス。あるいは、保証人不要で入院できる仕組みの標準化。賃貸住宅のUR(保証人不要)のように、医療の世界にも「保証人不要」の仕組みがあれば、独身者の入院はずっと楽になる。
社会が変わるのを待つ余裕はない。社会が変わる前に、自分で備える。備えることで、社会の隙間を自分で埋める。埋めなければならないのは理不尽だが、理不尽を嘆く暇があるなら、入院セットを準備するほうが生産的だ。
独身・一人暮らしでも、入院はできる。保証人がいなくても、対処法はある。退院後の生活も、サービスを使えばなんとかなる。「なんとかなる」の範囲を広げるために、今から準備する。準備することが、「一人で生きる」覚悟の一部だ。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。入院時の保証人問題に不安を感じている人は、きっと少なくないはずです。

