就職氷河期支援を20年後にやり始めた国への感情

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ニュースの見出しを二度見した

2019年、政府が「就職氷河期世代支援プログラム」を発表した。

ネットニュースの見出しを見て、二度見した。三度見したかもしれない。就職氷河期世代を、国が、支援する。この三つの単語が一つの文章に収まっていることが、にわかには信じられなかった。

私はそのとき40代半ばだった。就職に失敗してから、すでに20年以上が経っていた。

20年。子どもが生まれて成人するまでの時間だ。その間ずっと、氷河期世代は「自己責任」と言われ続け、制度の谷間に落ちたまま放置されてきた。それが突然、「支援します」と言い出した。

最初に湧いた感情は、喜びではなかった。怒りでもなかった。もっと複雑な、名前のつけにくい感情だった。強いて言えば、「今さら」と「やっと」が同時に押し寄せてきた感覚だ。今さら来たのか。やっと来たのか。このふたつは矛盾しているようで、矛盾していない。どちらも本音だ。

「やっと」の部分

まず「やっと」について書く。

20年以上、氷河期世代の問題は「個人の問題」として処理されてきた。就職できなかったのは本人のせい。非正規なのは本人のせい。貯金がないのは本人のせい。年金が少ないのは本人のせい。すべてが「自己責任」のフレームに押し込まれ、社会構造の問題として扱われることは稀だった。

それが、国のレベルで「支援が必要な世代」として認定された。これは、ある種の「公的な謝罪」に近い。直接「すみませんでした」とは言っていないが、「支援が必要」と認めたこと自体が、「放置していた」ことの間接的な認知だ。

この公的な認知は、個人の心理に影響する。20年間「お前のせいだ」と言われ続けた人間が、「お前のせいではなかった部分もある」と公的に認められた。その認知は、自己責任の呪縛を少しだけ緩めてくれた。「やっぱり時代のせいだったんだ」と、胸を張って言えるようになった。胸を張ってと言うほど大げさではないが、少なくとも後ろめたさなく言えるようになった。

だから「やっと」は本音だ。やっと認めてくれた。やっと見てくれた。やっと「いた」ことに気づいてくれた。

「今さら」の部分

次に「今さら」について書く。こちらのほうが分量が多くなる。なぜなら「今さら」のほうが、感情として圧倒的に大きいからだ。

2019年時点で、就職氷河期世代の中心層は30代後半から40代後半。新卒で就職に失敗してから、15年から25年が経過している。この年月の重みを、政策を作った人間は理解しているのだろうか。

20代で必要だった支援が、40代に届いた。これはどういうことか。

たとえるなら、溺れている人間が「助けてくれ」と叫んだのが20歳のとき。浮き輪が投げ込まれたのが40歳のとき。その間の20年間、溺れながらも自力でなんとか浮いていた。もう水を飲んで、何度か沈みかけて、それでも手足をばたつかせて水面に顔を出し続けた。40歳になってようやく浮き輪が飛んできた。

ありがたい。ありがたいが、もう体力の大半は使い果たしている。浮き輪をつかむ腕の力すら残っているかどうか。そして何より、20年間溺れかけていた間に飲んだ水は、もう吐き出せない。肺の中に染み込んでしまっている。

就職氷河期の「水」とは何か。キャリアの空白、スキルの未蓄積、低賃金の固定化、年金の未納期間、貯金ゼロ、社会的孤立、自己肯定感の喪失。これらは20年かけて蓄積されたものであり、支援プログラムひとつで吐き出せるものではない。骨折を20年放置した結果、骨が変な方向にくっついてしまった。今さら「治療しましょう」と言われても、まっすぐに戻すことはもうできない。

支援プログラムの中身を見て

支援プログラムの概要を読んだ。3年間で氷河期世代の正社員を30万人増やす、という目標が掲げられていた。

30万人。数字だけ見れば大きいが、氷河期世代の非正規雇用者は数百万人規模と言われている。30万人は、その一部にすぎない。しかも「3年間で」という期限つき。3年で解決できる問題なら、20年も放置されていない。

具体的な施策としては、ハローワークの専門窓口の設置、企業への助成金、職業訓練の拡充などが挙げられていた。どれも「やらないよりはまし」だが、「これで根本的に解決する」とは思えなかった。

特に引っかかったのは「職業訓練」だ。40代の人間にプログラミングやWebデザインの職業訓練を施して、20代の若手と同じ土俵で戦わせる。これは本当に「支援」なのか。40代の未経験者と20代の未経験者が同じ求人に応募したら、採用されるのはどちらか。答えは明白だ。職業訓練でスキルを身につけても、年齢というフィルターが立ちはだかる。スキルは身につくが、若さは取り戻せない。

ハローワークの専門窓口も、試しに行ってみた。窓口の相談員は親切だったが、紹介される求人は通常の窓口と大差なかった。「氷河期世代限定求人」という枠があるにはあったが、数は少なく、条件も特別良いわけではなかった。「専門窓口」の看板を掲げただけで、中身が劇的に変わったわけではない。看板の架け替えに近い。

「3年計画」のその後

支援プログラムは2020年度から3年間の計画でスタートした。しかし、開始直後にコロナ禍が襲った。

これは冗談のような話だが、笑えない。20年待ってようやく始まった支援プログラムが、開始早々にパンデミックで機能不全に陥った。ハローワークは混雑し、企業は採用を凍結し、職業訓練はオンライン化で対応に追われた。氷河期世代の支援は、コロナ対策の陰に隠れた。

氷河期世代は、またしても「後回し」にされた。就職氷河期のときは「景気が悪いから仕方ない」。支援が始まったら「コロナだから仕方ない」。いつも何かの「仕方ない」に阻まれる。仕方ない、は便利な言葉だ。時代の都合で個人が犠牲になることを正当化してくれる。

3年間の計画期間が終わった後も、支援は「延長」という形で続いている。延長されたこと自体は良いことだが、「延長しなければならないほど成果が出ていない」とも読める。30万人の正社員化という目標は、どの程度達成されたのか。報道を見る限り、目標には遠く及ばなかったようだ。

目標未達。この結果をどう評価するか。「コロナのせいで仕方なかった」と言えば、また「仕方ない」だ。だが本質的な問題は、コロナがあろうがなかろうが、20年分の蓄積されたダメージを3年の施策で取り戻すのは無理だ、ということだ。3年計画という時間設定自体が、問題の深刻さを過小評価している。20年かけて壊れたものを、3年で直せるわけがない。

怒りとは少し違う感情

政府の対応に対して、怒りを感じているかと聞かれたら、少し考えてしまう。

20代の頃なら怒っていたかもしれない。「なんで助けてくれないんだ」「なんで放置するんだ」と。若さには、怒りを燃料にして前に進むエネルギーがある。

だが40代の今、感じているのは怒りというよりも「諦めに近い理解」だ。国が20年間放置したのは、悪意ではなく、優先順位の問題だったのだろうと。

政治は、票になる問題を優先する。高齢者の年金は票になる。子育て支援は票になる。では氷河期世代は? 投票率が低く、政治的に組織化されておらず、声を上げることに慣れていない世代。自己責任論を内面化しているから、「助けてくれ」と叫ぶことすら躊躇う。政治家にとって、コストをかけて支援してもリターン(票)が読めない。だから後回しにされた。

この分析は冷静だが、冷静だからといって納得しているわけではない。理解はできるが、受容はしていない。政治が票の力学で動くことは理解できる。だが理解できることと許せることは別だ。見殺しにされた側は、見殺しの合理性を理解したところで、見殺しにされた事実は変わらない。

「支援」という言葉の響き

「就職氷河期世代支援」。この名称自体に、微妙な引っかかりがある。

「支援」とは、困っている人を助ける行為だ。災害支援、生活支援、就労支援。支援する側とされる側がいて、支援される側は「困っている人」として位置づけられる。

だが就職氷河期世代は、なぜ「困っている」のか。自ら困難に飛び込んだからか。違う。社会が困難な状況に追い込んだからだ。求人がなかった。正社員の椅子が足りなかった。非正規の待遇が劣悪だった。これらは個人が作った状況ではなく、社会が作った状況だ。

社会が作った状況の被害者を、社会が「支援する」。これは本来、「支援」ではなく「補償」と呼ぶべきではないか。交通事故の被害者に対して加害者がお金を払うのは「支援」ではなく「賠償」だ。同様に、社会構造の被害者に対して社会が手を差し伸べるのは「支援」ではなく「補償」であるべきだ。

「支援」という言葉は、あたかも「善意でやってあげている」というニュアンスを含む。困っている人に手を差し伸べる心優しい国家、という構図。だが実態は、自分たちが引き起こした問題の後始末だ。後始末を「支援」と呼ぶことで、責任の所在がぼかされている。「申し訳ないので補償します」ではなく「困っているなら支援しましょう」。主語が違う。因果関係が消えている。

届かない支援

支援プログラムが始まっても、実際に届く人と届かない人がいる。

届きやすい人は、まだ労働市場への復帰意欲があり、ハローワークに通える体力と精神力があり、職業訓練を受ける時間的余裕がある人だ。つまり、「比較的マシな状態にある人」だ。

届きにくい人は、長年の非正規雇用や無職の状態で心身が消耗し、ハローワークに行くこと自体がハードルになっている人。外出が困難な人。人と会うことが怖くなっている人。何年も社会との接点が薄くなり、「支援があります」という情報すら届いていない人。引きこもり状態にある人。

最も支援を必要としている人に、支援が届かない。これは就職氷河期支援に限らず、福祉全般に共通する構造的な問題だが、氷河期世代の場合は特に深刻だ。なぜなら、20年間「自己責任」と言われ続けた結果、「助けを求める」という行動自体のハードルが異常に高くなっているからだ。

「支援がありますよ」と言っても、「でも自分なんかが使っていいのだろうか」と躊躇する。自己責任論が内面化されているから、支援を受けることに罪悪感がある。「自分で何とかすべきなのに、国の世話になるなんて」と。この罪悪感は、外から見えない。支援の窓口は開いている。でも窓口に向かう足が、心理的に動かない。

これは支援する側の想像力の問題でもある。「窓口を開設しました、どうぞ来てください」では不十分なのだ。来られない人のところに出向いていく、アウトリーチ型の支援が必要だ。だがアウトリーチにはコストがかかる。コストがかかるから後回しにされる。後回しにされた結果、最も困っている人がさらに取り残される。支援から取り残される支援対象者。矛盾のようだが、これが現実だ。

同世代の中の温度差

就職氷河期世代支援に対する反応は、同世代の中でも温度差がある。

正社員として安定した職に就けた氷河期世代にとって、支援プログラムは「他人事」だ。「あの時代は大変だったよね」と過去形で語れる立場にいる。支援が必要な同世代がいることは知っているが、自分は当事者ではない。

非正規で今も不安定な状態にある氷河期世代にとっては、支援プログラムは「期待と失望の混合物」だ。期待しては裏切られることを繰り返してきたから、素直に喜べない。「どうせまた形だけだろう」という冷笑と、「もしかしたら何か変わるかもしれない」という微かな希望が混在している。

そしてもう一つの層がある。すでに諦めた人たちだ。労働市場から完全に退出し、引きこもり状態になっている人。親の年金で生活している人。この層にとって、支援プログラムのニュースはおそらく届いてすらいない。届いたとしても、「自分には関係ない」と感じるだろう。関係ない、というよりは「自分にはもう手遅れだ」と感じる、というほうが正確かもしれない。

同じ世代でありながら、支援に対する距離感がこれほど違う。「氷河期世代」という括りが、いかに内部に多様性を抱えているかがわかる。支援プログラムが「氷河期世代」を一枚岩として扱っている限り、この温度差に対応することは難しい。

感謝すべきなのか

ここで正直な感情を書く。

就職氷河期世代支援に対して、感謝すべきなのだろうか。

頭では、感謝すべきだとわかっている。やらないよりはやったほうがいい。遅くても来ないよりは来たほうがいい。少しでも状況が改善する人がいるなら、それは良いことだ。

だが心は、素直に感謝できない。

20年間放置しておいて、「支援します」と言われて「ありがとうございます」と返すのは、殴られた後に絆創膏を渡されて「ありがとう」と言うようなものだ。殴ったのはお前だろう、と。

もちろん、政府が直接「殴った」わけではない。就職氷河期は、バブル崩壊後の経済状況が生んだものであり、特定の誰かの悪意ではない。だが、その状況に対して適切な政策を打たなかった不作為は、広い意味では「殴った」に含まれると思う。見て見ぬふりをした。それは、直接殴ることとは違うが、殴られている人間を助けなかったことと同義だ。

助けなかった側が、20年後に「助けましょう」と言い出した。これに対して「ありがとう」とは、なかなか言えない。言えないが、「いらない」とも言えない。支援は欲しい。欲しいが、感謝はしにくい。この感情の複雑さを、支援する側に理解してほしいとは思わないが、ここに記録はしておきたい。

20年後の支援で取り戻せないもの

最後に、20年後の支援では取り戻せないものについて書いておく。

キャリアの20年分は取り戻せない。40代から正社員になっても、20代から正社員だった人間の20年分のキャリアの蓄積は取り戻せない。昇進、昇給、マネジメント経験、業界での人脈。これらは時間の中で積み上がるものであり、後からまとめて獲得することはできない。

年金の20年分は取り戻せない。20代・30代の厚生年金の加入期間がなければ、その分の年金は永久に減額される。40代から厚生年金に加入しても、20年分の穴は埋まらない。追納できる期間にも限りがある。

複利の20年分は取り戻せない。前のエッセイでも書いたが、投資は早く始めるほど有利だ。20代から始めた場合と40代から始めた場合では、最終的な資産に何倍もの差がつく。20年分の複利効果は、どんなに頑張っても取り返せない。

人間関係の20年分は取り戻せない。経済的な不安定さは、人間関係にも影響する。結婚を躊躇い、友人との付き合いを減らし、親戚の集まりを避ける。20年間のそうした「縮小」の結果として失われた関係性は、支援プログラムでは修復できない。

自己肯定感の20年分は取り戻せない。これが最も深刻かもしれない。20年間「自己責任」と言われ続け、すり減ってきた自己肯定感。これは支援プログラムの対象外だ。ハローワークの窓口で「あなたは悪くなかったんですよ」とカウンセリングしてくれるわけではない。職業訓練で自己肯定感が回復するわけではない。

つまり、20年後の支援で取り戻せるのは、「今からの部分」だけだ。過去の20年分は、すでに流れた水だ。流れた水は戻らない。支援は、これから流れる水の向きを少しだけ変えることしかできない。

それでも

ここまで書いてきて、自分の感情が「批判」に偏りすぎている気もする。少しバランスを取りたい。

支援プログラムが始まったことで、実際に救われた人がいる。正社員になれた人がいる。職業訓練で新しいスキルを身につけた人がいる。ハローワークの専門窓口で、初めて「氷河期世代なんですね、大変でしたね」と言ってもらえた人がいる。

その一人ひとりにとって、支援は「今さら」ではなく「間に合った」のかもしれない。私にとっては「今さら」でも、別の誰かにとっては「ギリギリ間に合った」かもしれない。その可能性を否定するつもりはない。

だから、支援プログラム自体を否定したいのではない。否定したいのは、支援の「遅さ」だ。そして、遅れたことに対する「説明の不在」だ。

なぜ20年もかかったのか。その間、何を考えていたのか。なぜもっと早く手を打てなかったのか。これらの問いに対する公的な回答を、私は見たことがない。「なぜ遅れたのか」が検証されなければ、同じことが繰り返される。次の世代が構造的な問題に直面したとき、また20年放置されるかもしれない。

遅れたことへの反省。これが、支援プログラムに最も欠けているものだ。支援策の中身よりも、まずは「遅れて申し訳なかった」の一言があれば、感謝のハードルはもう少し低くなったかもしれない。

湿布の話

このシリーズのどこかで書いた比喩を、もう一度使わせてもらう。

骨折した翌日に湿布が届くようなもの。ないよりはましだが、骨はもう変な方向にくっついてしまっている。

20年後にやり始めた支援は、その湿布だ。貼らないよりは貼ったほうがいい。少しは痛みが和らぐかもしれない。だが骨はまっすぐには戻らない。変な方向にくっついた骨と、一生付き合っていくしかない。

湿布を渡してくれたことには、一応の感謝を述べておく。ありがとう。遅かったけど、ありがとう。

ただし、次に誰かが骨折したときは、翌日ではなく当日に湿布を届けてほしい。できれば湿布ではなく、ちゃんとした治療を。そして何より、骨折しないような環境を整えてほしい。壊れてから直すのではなく、壊れないようにする。それが本当の「支援」だと思う。

20年待った世代からの、ささやかな要望だ。届くかどうかはわからない。届かなくても、ここに書いておく。次の世代のために。

 

 

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。「今さら」と「やっと」の間で揺れた経験のある人は、きっと少なくないはずです。

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