想像する勇気
老後のことを考えるのは怖い。特に、一人で迎える老後のことは。
だが怖いからといって考えないでいると、準備ができない。準備ができないまま老後を迎えると、さらに怖いことになる。だから、怖いけれど考えてみることにした。
「誰にも看取られない老後」。この言葉を正面から受け止めて、できるだけリアルに想像してみる。不安を煽りたいのではない。想像することで、対策を考えるきっかけにしたいのだ。怖さを「準備」に変換する試み。
70歳の自分を想像する
現在45歳。25年後の自分を想像する。70歳。
住んでいる場所。おそらく今と同じような賃貸のアパートだろう。持ち家を買う予定はない。買う資金もない。70歳で賃貸に住んでいることに、社会的なスティグマはあるかもしれないが、選択肢がないのだから仕方がない。
問題は、70歳で賃貸を借りられるかどうかだ。高齢者の入居を敬遠する大家は多い。「孤独死リスク」を理由に、高齢単身者の入居を断るケースがある。今住んでいる部屋を更新し続けられればいいが、建て替えなどで退去を求められたら、次の部屋が見つかるかどうか。この不安は、年齢とともに大きくなる。
収入。年金だけだろう。年金の見込額は月数万円。この金額で生活できるのか。できないなら、何らかの仕事を続ける必要がある。70歳で働ける仕事は限られている。清掃、警備、軽作業。体力が持つかどうか。
健康。70歳の体は、今よりさらに衰えている。持病があるかもしれない。定期的な通院が必要かもしれない。薬代がかかるかもしれない。自分で病院に行ける体力があるかどうか。
人間関係。親はもういないだろう。兄弟は疎遠なまま。友人はゼロ。パートナーもいない。日常的に会話する相手が、誰もいない可能性が高い。
この状態で、毎日を過ごす。朝起きて、一人で食事をして、テレビを見て、散歩に行って、一人で食事をして、テレビを見て、寝る。この繰り返しが、年金がもらえなくなるか、体が動かなくなるか、そのどちらかまで続く。
80歳の自分を想像する
さらに10年後。80歳。
体力はさらに落ちている。買い物に行くのが大変かもしれない。階段の上り下りが辛いかもしれない。料理ができなくなっているかもしれない。
この段階で、介護が必要になる可能性がある。要介護認定を受けて、訪問介護や通所介護を利用する。だが介護サービスを利用するにも、手続きが必要だ。手続きをする家族がいない場合、地域包括支援センターやケアマネジャーの力を借りることになる。
問題は、自分で助けを求められるかどうかだ。判断力が低下している可能性がある。認知症の初期症状が出ているかもしれない。自分で「助けが必要だ」と認識できない状態になっていたら、誰が気づいてくれるのか。一人暮らしなら、気づく人がいない。
ここが最も怖い部分だ。「助けが必要な状態になっているのに、助けを求められない」という状況。判断力があるうちは自分で動ける。判断力が失われたとき、一人暮らしの人間は、誰にも発見されないまま状態が悪化する可能性がある。
最期の日を想像する
いつか、最期の日が来る。全員に来る。
病院で亡くなるなら、医療者に看取られる。施設で亡くなるなら、職員に看取られる。家族がいれば、家族に看取られる。
だが自宅で一人で亡くなった場合。誰にも看取られない。
朝、目が覚めない。あるいは、夜、ベッドの上で心臓が止まる。あるいは、風呂場で倒れる。あるいは、台所で意識を失う。どの場面でも、隣に誰もいない。
最後に見る景色は、天井だろうか。テレビの画面だろうか。窓の外の空だろうか。わからない。わからないが、それが誰にも共有されない景色であることは確かだ。
最後の言葉は何だろう。「痛い」だろうか。「助けて」だろうか。何も言えないかもしれない。言えたとしても、聞く人がいない。壁に向かって言葉を発しても、壁は答えない。
この想像は、暗すぎるだろうか。暗いが、現実的だ。独身で一人暮らしの高齢者が自宅で亡くなるケースは、年々増えている。統計上の数字の一つに、私が加わる可能性は、ゼロではない。
発見までの時間
自宅で亡くなった場合、発見までにどのくらいかかるか。これは前のエッセイでも書いたが、老後の場合はさらに長くなる可能性がある。
70歳で働いている場合は、職場が異変に気づくかもしれない。だが退職後は、職場との接点がない。年金生活者の安否を日常的に確認してくれる機関は、限られている。
新聞を取っていれば、配達員が新聞の溜まりに気づくかもしれない。だが新聞を取る余裕がなければ、このセーフティネットは機能しない。
近隣住民が異臭に気づくかもしれない。だがこの段階では、すでに数日から数週間が経過している。
孤独死の発見までの平均日数は、報道によると17日というデータがある。17日。2週間以上。この間、自分の体はどうなっているか。想像したくないが、想像しなければならない。
「看取られない」ことの意味
「看取られない」とは、どういうことか。
看取りとは、死にゆく人のそばにいて、最期の時間を共に過ごすことだ。手を握り、声をかけ、呼吸が止まるのを見届ける。看取りは、死にゆく人のためだけでなく、残される人のためでもある。「最期まで一緒にいた」という事実が、残された人の心を支える。
看取られないとは、最期の瞬間を誰とも共有しないことだ。一人で生まれた人はいないが、一人で死ぬ人はいる。生まれるときは必ず母親がいるが、死ぬときには必ずしも誰かがいるとは限らない。
看取られないことは、怖いか。正直に言えば、怖い。怖いが、怖さの質は想像していたものとは少し違う。
「一人で死ぬ」こと自体は、意外と怖くないかもしれない。死の瞬間には意識がないかもしれない。痛みがないかもしれない。苦しまないかもしれない。死の瞬間そのものは、意外と穏やかかもしれない。
怖いのは、「一人で死んだ後」だ。誰にも発見されない時間。部屋の中で、季節が変わるのを待つように、ただ横たわっている時間。この時間の長さが、怖い。
そして怖いのは、「自分が生きていたことを、誰も覚えていない」という可能性だ。友人もいない。家族も疎遠。パートナーもいない。自分が死んだことを悲しむ人がいない。悲しまれないことは、存在しなかったのと同じではないか。この実存的な恐怖が、「看取られない」の核心にある。
準備できること
恐怖を書き連ねるだけでは、何も解決しない。準備できることを考えよう。
準備1。エンディングノートを書く。自分の意思を記録しておく。延命治療の希望、葬儀の希望、遺品の処分方法、連絡してほしい人のリスト。書いておけば、発見者がそれを参照して、対応できる。
準備2。死後事務委任契約を結ぶ。弁護士やNPOに、死後の手続きを委任する。費用はかかるが、誰にも迷惑をかけずに処理してもらえる。費用を捻出するのが課題だが、少しずつ貯めるしかない。
準備3。見守りサービスに加入する。安否確認を定期的に行ってくれるサービスに加入しておけば、異変があったときに早期に発見してもらえる。孤独死を完全に防ぐことはできないが、発見までの時間を短縮できる。
準備4。地域とのつながりを作る。民生委員、地域の集まり、ボランティア。なんでもいい。ゆるいつながりでも、定期的に顔を合わせる人がいれば、異変に気づいてもらえる可能性が上がる。
準備5。成年後見制度を理解しておく。判断力が低下したときに備えて、任意後見契約を結んでおく。信頼できる人や機関に、自分の代わりに判断してもらう仕組みを、元気なうちに準備する。
これらの準備は、一つ一つは大きなものではない。だがどれも「考える」「調べる」「手続きする」という手間がかかる。手間をかける気力があるうちに、やっておく必要がある。気力が衰えてからでは遅い。
想像することの効用
ここまで暗い想像を延々と書いてきた。読んでいて気が滅入っただろうか。申し訳ない。だが、この想像には効用がある。
想像することで、漠然とした不安が具体的な問題に変わる。「老後が怖い」という漠然とした不安は、対処のしようがない。だが「賃貸が借りられなくなるかもしれない」「発見が遅れるかもしれない」「死後の手続きを誰がやるのか」という具体的な問題は、対策を考えられる。
漠然とした不安は、夜中に増幅する。具体的な問題は、昼間に対処できる。不安を問題に変換することで、夜型の恐怖を昼型の課題に転換する。この転換が、想像することの効用だ。
そして想像の最大の効用は、「今、何をすべきか」が見えてくることだ。70歳の自分のために、45歳の今、できることがある。エンディングノートを書く。見守りサービスを調べる。地域包括支援センターの場所を確認する。これらは、今日からでもできることだ。
今日できることを、今日やる。明日できることは、明日やる。この積み重ねが、25年後の自分を、少しだけ楽にする。少しだけでいい。少しだけ楽になれば、最期の日が少しだけ穏やかになるかもしれない。
それでも生きている
誰にも看取られない老後。この想像は、暗い。暗いが、今の私はまだその老後を迎えていない。まだ45歳だ。まだ元気だ。まだ動ける。まだ考えられる。
「まだ」の期間に、できることをやる。やったからといって、誰かに看取られる保証はない。保証はないが、準備はできる。準備した上で、あとは流れに身を任せる。
一人で生きてきた。一人で食べてきた。一人で働いてきた。一人で年を越してきた。一人で老いていく。そして一人で死ぬかもしれない。
だが一人であることは、不幸であることとイコールではない。一人で過ごした時間の中に、確かに幸福な瞬間はあった。半額の刺身がおいしかった夜。年越しそばの海老天が揚げたてだった大晦日。図書館で良い本に出会った午後。散歩中に見た夕焼けがきれいだった夕方。
これらの瞬間は、一人で経験した。一人だったから誰とも共有していない。共有していないが、私の中には残っている。残っている限り、私の人生は空っぽではない。
誰にも看取られなくても、私の人生は、私が知っている。私が記憶している。記憶が消えるまでは、私の人生は私の中に存在する。それで十分かどうかは、わからない。わからないが、それしかないなら、それで十分だと思うことにする。
年越しそばの残り汁を飲み干すように、人生の最後の一滴まで、味わいたい。一人でも、味わえる。味わえることが、今の私の希望だ。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。誰にも看取られない老後を想像したことがある人は、きっと少なくないはずです。でもまだ、想像する時間があるということは、準備する時間もあるということです。
