URに住み始めてわかった「保証人不要」の精神的安堵感
UR賃貸との出会い
URの存在を知ったのは、35歳のときだった。
それまで何度か引っ越しを経験していたが、毎回、保証人の問題で苦労していた。親に頼む。親が高齢になるにつれて「この年齢で保証人になれるのか」という不安が増す。保証会社を使う。審査に落ちることがある。審査に通っても、保証料が家賃の半月分かかる。
ネットで「保証人不要 賃貸」と検索したとき、URの名前が出てきた。UR都市機構。旧・住宅公団。独立行政法人が運営する公的な賃貸住宅。
特徴を読んで、目を疑った。保証人不要。礼金不要。仲介手数料不要。更新料不要。
保証人不要。この四文字が、どれだけ大きな意味を持つか。保証人問題で何度も苦しんできた人間にしかわからない安堵感がある。
入居までの手続き
URの入居手続きは、民間の賃貸とは異なる。
まず、保証人の代わりに「収入要件」がある。月額家賃の4倍以上の月収があることが条件だ。家賃5万円なら、月収20万円以上。私の手取りは16万円だが、額面では20万円を超えている。ギリギリだが、条件を満たした。
収入要件を満たせない場合は、「貯蓄基準」で申し込める。家賃の100倍以上の貯蓄があればいい。家賃5万円なら、500万円の貯蓄。これは私には無理だ。だが収入基準で通ったので問題なかった。
手続きはシンプルだった。必要書類は、住民票、収入証明書、本人確認書類。保証人の書類は不要。保証会社の審査もない。「保証人はどうしますか」と聞かれることすらなかった。
書類を提出し、収入要件を確認され、部屋を内見し、契約。この一連の流れの中で、一度も「保証人」という言葉が出てこなかった。出てこなかったことに、深い安堵を感じた。
安堵感の正体
URに入居して最初の夜。部屋の中で、ぼんやりと天井を見つめながら、不思議な安堵感に包まれていた。
この安堵感の正体は何か。考えてみた。
それは「誰にも借りを作っていない」という感覚だ。
民間の賃貸では、保証人に借りを作っている。親にサインしてもらうたびに、「迷惑をかけている」「負担をかけている」という気持ちが生じる。保証人は、私が家賃を滞納したら、代わりに払わなければならない。その責任を、親に負わせている。申し訳なさ。この申し訳なさが、賃貸契約の裏側にずっと張り付いていた。
URでは、誰にも保証を頼んでいない。自分の収入だけで契約が成立している。自分の力だけで住む場所を確保している。この「自力で成り立っている」感覚が、安堵の核心だ。
独身で、友達がなく、保証人を頼める相手が限られている人間にとって、「保証人不要」は単なる事務手続きの簡略化ではない。精神的な解放だ。「誰かに頼まなければ住む場所が確保できない」という依存構造から、解放される。この解放感は、経験した人にしかわからない。
URの良いところ
住み始めてわかったURの良い点を、いくつか挙げる。
更新料がない。民間の賃貸では、2年ごとに更新料として家賃1ヶ月分を取られることが多い。家賃5万円なら、2年ごとに5万円。これが永久に続く。URでは更新料がゼロ。長く住むほど、民間との差額が広がる。10年住めば、更新料だけで25万円の差。
敷金のみで入居可能。礼金ゼロ、仲介手数料ゼロ。初期費用が民間より圧倒的に安い。民間だと敷金1ヶ月+礼金1ヶ月+仲介手数料1ヶ月+前家賃=約4ヶ月分。URなら敷金2ヶ月+日割り家賃。初期費用が半額程度で済む。
建物が頑丈。URの物件は鉄筋コンクリート造が多い。民間のアパートより遮音性が高い。隣人の生活音が気にならない。地震にも強い。
管理が丁寧。共用部分の清掃、植栽の管理、設備の修繕。URの管理は、民間の大家に比べると行き届いている印象がある。
高齢になっても追い出されない。URは年齢を理由に退去を求めない。民間の大家のように「高齢者はお断り」と言われることがない。住み続ける限り、ずっと住める。この安心感は、将来の住居不安を大幅に軽減してくれる。
URの難点
一方で、URにも難点はある。
立地が限定的。URの物件は都市部に集中しているが、駅から遠い物件が多い。徒歩15分以上の物件も珍しくない。駅近の物件は人気があり、空きが少ない。
築年数が古い。URの物件は1960年代から80年代に建てられたものが多い。リノベーションされた物件もあるが、築40年、50年のものも多数ある。設備が古い。風呂が狭い。キッチンが使いにくい。
家賃が民間より高いケースがある。同じ広さ、同じ築年数で比較すると、URのほうが民間より家賃が高い場合がある。特に人気エリアでは、URの家賃が民間を上回ることもある。
空きが少ない。人気のあるURの物件は、空きが出るとすぐに埋まる。希望の物件に入居するまでに、数ヶ月待つこともある。
コミュニティが希薄。URの団地は、住民同士の交流が少ない傾向がある。自治会活動が低調なところもある。孤独な人間にとっては「干渉されなくていい」というメリットでもあるが、「誰にも気づかれない」というリスクでもある。
URで老いていく
URに住み始めて、将来の住居に対する不安が少し和らいだ。少しだけだが、確実に。
ここに住み続ける限り、保証人の問題は発生しない。更新料もかからない。高齢を理由に追い出されることもない。住む場所が確保されている、という安心感。この安心感は、他の不安——収入、健康、老後——を相対的に軽くしてくれる。
URで老いていく。URの団地で、一人で歳を取っていく。隣の部屋にも、同じように一人で暮らしている人がいるかもしれない。同じ建物の中に、同じ孤独を抱えた人がいるかもしれない。会話はしないが、同じ空間にいる。この「同じ空間にいる」という事実が、わずかな連帯感を生む。
URの団地の廊下を歩くとき、隣の部屋のドアの前を通る。ドアの向こうに、誰かが住んでいる。誰かが生きている。生きている人がいるということが、なぜか少しだけ心強い。
保証人不要。この制度を作った人に感謝する。この制度がなかったら、私は住む場所を見つけるのにもっと苦労しただろう。もっと苦労して、もっとエネルギーを消耗して、もっと疲弊しただろう。保証人不要という四文字が、私の生活を一つ楽にしてくれた。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。保証人問題で住居探しに苦労した経験がある人は、きっと少なくないはずです。

