セルフレジ・QRコード・マイナンバーカード——「デジタル前提社会」に置いていかれる氷河期世代のリアル

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セルフレジ・QRコード・マイナンバーカード——「デジタル前提社会」に置いていかれる氷河期世代のリアル

コンビニのレジが変わった日

いつも行くコンビニのレジが、ある日突然セルフレジに変わった。

店員がいたはずの場所に、タッチパネルの機械が立っている。商品をバーコードリーダーに通し、画面をタッチして支払い方法を選び、現金かカードかQRコードで払う。これだけの作業を、自分でやる。

最初は戸惑った。バーコードがうまく読み取れない。画面の「お支払い方法を選択してください」の選択肢が多すぎる。現金、クレジットカード、電子マネー、QRコード決済。どれを選べばいいのか。後ろに人が並んでいる。焦る。焦るとさらに手元が狂う。画面に「もう一度やり直してください」と表示される。後ろの客が舌打ちした気がした。気のせいかもしれないが。

45歳の人間が、コンビニのレジでまごつく。情けない。だが情けなさを感じている暇はない。商品をバーコードに通して、支払いを済ませて、袋に詰めて、退店する。この一連の動作を、なんとかこなす。こなしたが、汗をかいていた。額に。コンビニで買い物をしただけなのに。

これが「デジタル前提社会」の入口だった。

「デジタル前提」が増えていく

セルフレジは序章にすぎなかった。社会のあらゆる場面で「デジタルが前提」になっていく。

飲食店の注文。テーブルにQRコードが貼ってある。「こちらからご注文ください」。スマートフォンでQRコードを読み取り、メニューを表示し、商品を選択し、注文を確定する。店員を呼んで口頭で注文する、という「当たり前」が消えつつある。QRコードを読み取れない人は、店員を探して「すみません、注文のやり方がわからないんですが」と聞かなければならない。聞くことが、恥ずかしい。恥ずかしいと感じること自体が、「置いていかれている」証拠だ。

行政手続き。マイナンバーカードの取得が推進されている。保険証との一体化。確定申告のオンライン化。住民票のコンビニ交付。「マイナンバーカードがあれば便利です」。便利だろう。だがマイナンバーカードの申請手続き自体がオンラインで行われることが多く、オンラインに不慣れな人はつまずく。市役所の窓口に行けば対面で手続きできるが、「対面の窓口」がいつまで残るかわからない。

病院の予約。「オンライン予約はこちら」。電話予約は「混み合っております」。ネットバンキング。「窓口での手続きは手数料がかかります」。オンラインなら無料。ホテルの予約。チケットの購入。駐車場の支払い。あらゆる場面で「デジタルのほうが安い・早い・便利」という設計になっている。

この設計は合理的だ。デジタル化は人件費を削減し、効率を上げ、コストを下げる。社会全体にとっては良いことだ。だが「デジタルに不慣れな人間」にとっては、社会のあちこちに小さな壁が立ち上がっている。壁は一つひとつは低いが、毎日のようにぶつかると、疲弊する。

氷河期世代はデジタルに強いのか弱いのか

氷河期世代(1970年代〜1980年代前半生まれ)は、デジタル技術の発展とともに育った世代だ。ファミコン、Windows 95、携帯電話、インターネット、スマートフォン。これらの技術を、登場するたびに受け入れてきた。その意味では、デジタルに「強い」世代のはずだ。少なくとも、70代80代の高齢者よりは強い。

だが「強いはず」と「実際に使いこなせている」は別問題だ。

氷河期世代の中にもグラデーションがある。IT企業で働いてきた人は、もちろんデジタルに強い。だが事務職や現場仕事をしてきた人は、業務で使うパソコンスキルは身についても、新しいデジタルサービス(QRコード決済、クラウドサービス、AIツール)にはついていけていない場合がある。

さらに、経済的な制約がデジタル格差を拡大する。最新のスマートフォンが買えない。パソコンを持っていない。Wi-Fi環境が不十分。格安SIMの低速回線では、QRコード決済アプリの起動に時間がかかる。アプリが起動する間、レジの前で待たされる。待たされている間に、後ろの客が苛立つ。苛立ちが伝わってくる。

デジタルに「ついていけない」理由は、能力の問題だけではない。環境の問題でもある。最新のデバイスを買う金がない。新しいサービスを試す時間がない。「慣れるために使ってみる」余裕がない。余裕がないから慣れない。慣れないから置いていかれる。このループだ。

キャッシュレス社会と「現金しか持てない人間」

キャッシュレス決済の普及が進んでいる。クレジットカード、電子マネー(Suica、PASMO)、QRコード決済(PayPay、楽天ペイ、d払い)。「現金不可」の店舗も登場し始めた。

別のエッセイで書いたが、クレジットカードの審査に4回落ちた経験がある。4回目にしてようやくカードを手に入れたが、それまでの数年間は「現金でしか払えない人間」だった。現金でしか払えない人間は、キャッシュレスの恩恵を受けられない。ポイント還元、割引、スムーズな決済。これらのメリットは、キャッシュレスのユーザーだけのものだ。

QRコード決済は、スマートフォンさえあれば使える。クレジットカードの審査は不要。銀行口座やコンビニチャージから残高を入金して使う。審査のハードルがない分、クレジットカードより始めやすい。

だがQRコード決済を「使い始める」には、アプリのインストール、アカウントの作成、本人確認、銀行口座の連携(またはチャージ方法の設定)が必要だ。これらの初期設定が、デジタルに不慣れな人間にはハードルになる。「やり方がわからない」「面倒くさい」「個人情報を入力するのが怖い」。これらの心理的な壁が、導入を遅らせる。

遅らせている間に、現金の使い勝手が悪くなっていく。ATMの手数料が上がる。現金払いにはポイントがつかない。「現金のみ」対応の自動販売機が減る。現金派の人間は、じわじわと不利になっていく。

マイナンバーカードの壁

マイナンバーカード。2024年12月には健康保険証との一体化(マイナ保険証)が予定されていた。マイナンバーカードがないと、従来の保険証が使えなくなる可能性がある(経過措置はあるが)。

マイナンバーカードを持っていない氷河期世代は少なくない。持っていない理由はさまざまだ。「申請が面倒」「写真を撮るのが面倒」「役所に行く時間がない」「個人情報の管理が不安」「そもそも必要性を感じない」。

だが社会は「マイナンバーカードを持っている前提」で設計され始めている。保険証、確定申告、各種証明書のオンライン取得。マイナンバーカードがあれば便利だが、なくても生きていける——この「なくても」の部分が、徐々に狭まっている。

マイナンバーカードの申請は、オンラインでも郵送でも市区町村の窓口でもできる。申請自体はそれほど難しくない。だが「暗証番号の設定」「電子証明書の有効期限管理」「カードの更新手続き」など、取得後の管理が地味に面倒だ。暗証番号を忘れたら市区町村の窓口に行かなければならない。平日の日中に。派遣社員が平日の日中に役所に行くのは、有給を使うか遅刻するかしかない。

「対面」が消えていく恐怖

デジタル化の本質は、「人と人の対面」を「人と機械の対面」に置き換えることだ。

コンビニのレジ。以前は店員と「袋要りますか」「お箸つけますか」と会話があった。セルフレジになって、会話がゼロになった。飲食店の注文。以前は店員に「おすすめは何ですか」と聞けた。QRコード注文になって、店員との接点がなくなった。銀行の窓口。以前は行員に「この手続きはどうすれば」と聞けた。ネットバンキングになって、わからないことはFAQを検索するか、チャットボットに聞くしかなくなった。

一人暮らしの氷河期世代にとって、これらの「対面」は日常の中の数少ない人との接点だった。コンビニの店員との短い会話。飲食店のスタッフとのやり取り。銀行の窓口での手続き。これらが消えていくと、人と話す機会がさらに減る。話す機会が減ると、声を出す回数が減る。声を出す回数が減ると、孤独が深まる。

デジタル化は効率を上げるが、孤独を深める。効率と孤独のトレードオフ。社会全体では効率が優先されるが、孤独な個人にとっては、効率よりも人との接点のほうが大切だ。だが「孤独な個人の事情」は、社会設計には反映されない。反映されないから、社会はどんどんデジタル化し、対面は減り、孤独は深まる。

「わからない」と言えない空気

デジタルサービスの使い方がわからないとき、「わからない」と言うのは恥ずかしい。

45歳の大人が、「QRコードの読み方がわかりません」と言うのは、「自分はデジタル弱者です」と宣言するようなものだ。この宣言は、社会的なスティグマを伴う。「この人は時代についていけていない」「この人は能力が低い」。こういう視線を感じる。感じるから、わからなくても「わかるふり」をする。わかるふりをして、こっそりスマートフォンで検索して、自力で解決しようとする。解決できればいいが、解決できないときに誰にも聞けない。

高齢者なら「デジタルがわからなくても仕方ない」と許容される。20代なら「デジタルネイティブ」として使いこなせて当然。40代50代は、「わかるはずだが、わからない人もいる」という曖昧なゾーンにいる。曖昧だから、「わからない」と言いにくい。言いにくいから、一人で抱え込む。抱え込んだ結果、デジタル格差が固定化される。

デジタル格差は経済格差を拡大する

デジタルに強い人は、デジタルの恩恵を受ける。ポイント還元、キャッシュバック、オンラインクーポン、早割、ネット限定価格。デジタルを使いこなせれば、年間数万円の「得」ができる。ふるさと納税のオンライン申請、医療費控除のe-Tax申告、格安SIMへの乗り換え、電力会社のオンライン切り替え。これらはすべてデジタルリテラシーがあれば実行可能で、年間で数万円〜十万円以上のコスト削減になる。

デジタルに弱い人は、これらの恩恵を受けられない。現金払いでポイントなし。窓口での手続きに手数料がかかる。紙の請求書に発行手数料がかかる。デジタルを使わないこと自体が、じわじわとコストとして積み上がる。

つまり、デジタル格差は経済格差を拡大する。デジタルに強い人はさらに得をし、弱い人はさらに損をする。氷河期世代はただでさえ経済的に不利な立場にある。その上にデジタル格差が加わると、不利がさらに重なる。

「置いていかれない」ための最低限のステップ

デジタル社会に完全についていく必要はない。だが「完全に置いていかれる」のは避けたい。最低限のステップを提案する。

ステップ1は「QRコード決済アプリを一つ入れる」こと。PayPayが最も普及率が高い。銀行口座を連携しなくても、コンビニのATMから現金でチャージできる。まずは一つのアプリで慣れる。慣れれば、レジの前で焦らなくなる。

ステップ2は「マイナンバーカードを取得する」こと。面倒だが、一度取ってしまえば5年間有効。保険証の一体化、確定申告のオンライン化、各種証明書のコンビニ取得。これらの恩恵を受けるために必要な「入場券」だ。市区町村の窓口で対面で申請できるので、オンラインが苦手でも大丈夫。

ステップ3は「わからないことは図書館や自治体の講座で学ぶ」こと。多くの自治体がスマートフォン教室、デジタル活用講座を無料で開催している。「高齢者向け」と銘打っているものが多いが、40代50代でも参加できる場合がある。恥ずかしいと思うかもしれないが、「知らないまま」のほうがコストが高い。

ステップ4は「身近な人に聞く」こと。職場の若い同僚、甥や姪、親戚の子ども。デジタルネイティブ世代に「使い方を教えてほしい」と頼む。頼むことは恥ずかしくない。知らないことを知ろうとする姿勢は、むしろ好意的に受け取られることが多い。

デジタル化と「人間らしさ」

最後に、デジタル化の波の中で「人間らしさ」について考えたい。

デジタル化は便利だ。効率的だ。安い。速い。だが「便利」が「温かさ」を消していく。コンビニの店員の「ありがとうございました」が聞こえなくなる。飲食店のスタッフの笑顔が見えなくなる。銀行の窓口の行員の丁寧な対応がなくなる。

デジタルが提供するのは「機能」だ。機能は正確で、効率的で、24時間動く。だが機能は温かくない。「お疲れさまです」と言ってくれない。「今日は寒いですね」と声をかけてくれない。機能は正確だが、無関心だ。

一人暮らしの氷河期世代が求めているのは、「機能」だけではない。人の温度だ。声だ。笑顔だ。これらがデジタル化によって消えていくことへの寂しさは、効率化の数字では測れない。

デジタル社会に適応しながら、人間らしさを失わないこと。これが、氷河期世代がデジタル時代を生き延びるための、最も大切な課題かもしれない。スマートフォンの画面の向こうに、人がいることを忘れない。スマートフォンを置いて、隣の人に「こんにちは」と言う。その一言が、デジタル社会における最も人間らしい行為だ。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。デジタル社会に「置いていかれている」と感じたことがある人は、きっと少なくないはずです。

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