「健康診断の再検査を無視し続けた男」の末路——放置のコストを全部計算する

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「健康診断の再検査を無視し続けた男」の末路——放置のコストを全部計算する

はじめに——「要再検査」の紙を引き出しにしまった日

健康診断の結果が届いた。封筒を開ける。「要再検査」の文字が目に入る。コレステロール値が基準値を超えている。「再検査を受けてください」。わかっている。わかっているが、再検査に行くには仕事を半日休まなければならない。派遣社員が半日休むと、その分の時給がなくなる。半日分の約5000円と、再検査の費用(3000〜5000円)。合計約1万円の出費。手取り16万円の人間にとって、1万円は軽くない。

「まあ、たぶん大丈夫だろう」。「要再検査」の紙を引き出しにしまう。しまったまま忘れる。翌年の健康診断でもコレステロール値が高い。また「要再検査」。また引き出しにしまう。3年続けて無視した。

この「3年間の放置」が、将来どれだけのコストを生むか。このエッセイでは、健康診断の再検査を無視し続けた場合に起こりうる「最悪のシナリオ」と、そのコストを具体的に計算する。放置が「節約」ではなく「浪費」であることを、数字で証明する。

「要再検査」を無視するとどうなるか——コレステロールの場合

コレステロール値が高い状態を放置すると何が起きるか。時系列で追ってみる。

1〜3年目。自覚症状なし。「やっぱり大丈夫だった」と思い込む。だが血管の内壁に脂肪が蓄積し始めている。動脈硬化が静かに進行している。痛くもかゆくもないから気づかない。

5〜10年目。動脈硬化が進行。血管が狭くなり、血流が悪くなる。血圧が上がる。まだ自覚症状は乏しい。「ちょっと息が上がりやすくなったかな」程度。この段階で治療を始めれば、薬(スタチン系薬剤)で進行を止められる。薬代は月1000〜2000円程度(保険適用)。

10〜15年目。ある日突然、胸に激痛が走る。心筋梗塞。または片側の手足が動かなくなる。脳梗塞。救急車で搬送される。

心筋梗塞の場合。緊急カテーテル治療(経皮的冠動脈形成術)。治療費は保険適用で自己負担約10〜20万円(高額療養費制度適用後)。入院期間は2〜4週間。入院中は仕事ができない。派遣社員なら収入ゼロ。退院後もリハビリが必要。完全復帰まで2〜3ヶ月。復帰後も心臓の薬を一生飲み続ける。薬代は月3000〜5000円。

脳梗塞の場合。後遺症(片麻痺、言語障害、認知機能低下)が残る可能性がある。リハビリは数ヶ月〜1年以上。後遺症が重ければ、仕事に復帰できない。障害年金の申請が必要になるかもしれない。介護が必要になるかもしれない。一人暮らしの独身者が脳梗塞の後遺症を抱えて生活する困難さは、想像を絶する。

放置のコストvs再検査のコスト

再検査のコスト。再検査費用3000〜5000円+半日の休業による収入減5000円=合計約1万円。再検査で異常が確認されれば、治療開始。薬代月1000〜2000円。年間12000〜24000円。

放置のコスト。心筋梗塞の場合。入院・治療費10〜20万円+入院中の収入減(1ヶ月の手取り16万円)+退院後のリハビリ期間の収入減(2ヶ月で32万円)+一生の薬代(月3000円×30年=108万円)。合計約170〜180万円。

再検査に行っていれば1万円で済んだものが、放置したせいで170万円以上に膨れ上がった。170倍。これが「放置のコスト」だ。

脳梗塞で後遺症が残った場合は、さらにコストが増える。介護費用、住居の改修費用(バリアフリー化)、収入の喪失。トータルで数百万円〜数千万円。「1万円をケチった結果、数百万円を失う」。これは節約ではなく、最も高い浪費だ。

「要再検査」の各項目と放置リスク

コレステロール以外にも、「要再検査」になりやすい項目とそのリスクを示す。

項目1は「血糖値(HbA1c)」。高血糖を放置すると糖尿病に進行。糖尿病の合併症は網膜症(失明のリスク)、腎症(透析のリスク)、神経障害(足の切断のリスク)。透析は週3回、1回4〜5時間。仕事との両立は極めて困難。透析の医療費は年間約500万円(大部分は保険と助成で賄われるが、通院の負担は甚大)。

項目2は「血圧」。高血圧を放置すると動脈硬化が進行し、脳卒中、心筋梗塞のリスクが高まる。高血圧の治療は降圧剤の服用。薬代は月500〜1500円。薬を飲むだけで脳卒中リスクが大幅に下がる。

項目3は「肝機能(AST、ALT、γ-GTP)」。肝機能の異常を放置すると、脂肪肝→肝炎→肝硬変→肝臓がんへと進行する可能性がある。肝臓がんの治療費は高額療養費適用後でも年間数十万円。

項目4は「尿蛋白・尿潜血」。腎臓の異常を示す。放置すると慢性腎臓病に進行し、最終的に人工透析が必要になる可能性がある。

項目5は「胸部X線の異常陰影」。肺がんの可能性がある。早期発見なら手術で完治する可能性が高い。放置して進行すると、治療が困難になり、生存率が大幅に低下する。

すべての項目に共通するのは「早期発見・早期治療なら安く済む。放置すれば高くつく」ということだ。「要再検査」は「今なら安く治せますよ」というシグナルだ。シグナルを無視するのは、バーゲンセールを無視して定価で買うようなものだ。いや、定価どころか、10倍、100倍の値段で買うようなものだ。

「再検査に行く時間がない」への処方箋

「再検査に行きたいが時間がない」。派遣社員が平日に半日休むのは、確かに難しい。だが対策はある。

対策1は「土曜日に診療している医療機関を探す」こと。多くの病院・クリニックが土曜日も診療している。土曜日なら仕事を休まなくていい。「○○科 土曜日 診療」で検索すれば見つかる。

対策2は「有給休暇を使う」こと。派遣社員にも有給休暇がある。6ヶ月以上勤務していれば年10日の有給が付与される。有給を使って半日休む。有給なら収入は減らない。「有給を使うのが気まずい」なら、「病院に行くため」と正直に伝える。健康上の理由は、有給取得の正当な理由だ。

対策3は「派遣元の健康相談を利用する」こと。一部の派遣会社は、派遣社員向けの健康相談サービスを提供している。電話やオンラインで医師に相談できる場合がある。再検査の優先度を確認し、「すぐに行くべきか」「数ヶ月後でも大丈夫か」をアドバイスしてもらう。

「再検査の費用が出せない」への処方箋

再検査の費用は保険適用で3000〜5000円程度。血液検査の追加項目があると、もう少し高くなることもある。

対策1は「国民健康保険の一部負担金減免制度を利用する」こと。低所得者の場合、窓口負担が減額される制度がある。自治体の国保窓口に相談する。

対策2は「無料低額診療事業を利用する」こと。前のエッセイでも紹介した「無料低額診療事業」。経済的に困難な人が無料または低額で医療を受けられる。再検査も対象になる場合がある。

対策3は「生活防衛資金から出す」こと。再検査の費用は「緊急の出費」に該当する。生活防衛資金50万円から5000円を出しても、残りは49万5000円。5000円で将来の170万円の出費を防げるなら、最もリターンの高い「投資」だ。

「たぶん大丈夫」は根拠のない楽観

「要再検査」を無視する人の多くは、「たぶん大丈夫だろう」と考えている。この「たぶん大丈夫」は、何の根拠もない楽観だ。

医師が「要再検査」と判断したのは、数値が基準値を超えているからだ。基準値は「これ以上は異常の可能性がある」という科学的な根拠に基づいて設定されている。医師が「念のため再検査してください」と言っているのに、医学の素人が「たぶん大丈夫」と判断するのは、おかしい。

「たぶん大丈夫」で再検査を無視した結果、「全然大丈夫じゃなかった」と判明するのは、数年後だ。数年後には、治療の難易度もコストも跳ね上がっている。「たぶん大丈夫」の代償は、「全然大丈夫じゃなかった場合のコスト」×「全然大丈夫じゃなかった確率」で計算できる。コストが170万円、確率が10%なら、期待損失は17万円。再検査の費用1万円と比較すれば、再検査に行くほうが合理的だ。

再検査で「異常なし」だった場合

再検査に行って、結果が「異常なし」だった場合。1万円と半日の時間が「無駄になった」と感じるかもしれない。だが「異常なし」という結果自体が価値だ。「自分の体は現時点では問題ない」という安心感。この安心感は、不安に苛まれている氷河期世代にとって、プライスレスだ。

「異常なし」は「今後も放置していい」ではない。1年後の健康診断で再びチェックする。「異常なし」を毎年確認し続けることで、「問題ないまま歳を取っている」ことが保証される。この保証の積み重ねが、健康への信頼になる。

まとめ——「要再検査」は「今なら安い」のサイン

「要再検査」の紙を、引き出しにしまわないでほしい。その紙は「今なら安く治せますよ」というサインだ。今日しまえば、明日は忘れる。忘れれば、3年後に170万円の請求書が届くかもしれない。

今週中に、再検査の予約を入れてほしい。電話1本で予約できる。予約を入れたら、あとは当日に行くだけ。行って、血液を抜かれて、結果を待つ。異常がなければ安心。異常があれば早期治療。どちらに転んでも、行って損はない。行かなければ、損しかない。

1万円で170万円を防ぐ。これが「要再検査」の本当の意味だ。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

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