はじめに——「公務員になる」は自分のためだけではない
これまでのシリーズでは、公務員になるメリットを「自分の人生を変える」視点で語ってきた。給料が増える。雇用が安定する。退職金が出る。年金が手厚くなる。すべて「自分のため」のメリットだ。
だがこの最終回では、視点を変える。「氷河期世代が公務員になること」が、「社会にとって」どんな意味を持つか。氷河期世代の公務員が、行政サービスに何をもたらすか。当事者だからこそできる「革新」とは何か。
大げさに聞こえるかもしれない。「自分が社会を変える?もやし炒めを食べてるだけの人間が?」。だが考えてほしい。行政の窓口に座る人間が「生活保護の申請者の気持ち」を理解しているかどうか。理解しているかどうかで、対応が変わる。対応が変われば、市民の人生が変わる。一人の公務員の「理解」が、一人の市民の「救い」になる。この「一対一のつながり」が、社会を少しずつ変える。
「当事者意識」は最強の行政スキル
行政サービスの現場で最も不足しているのは「当事者意識」だ。窓口で生活保護の相談に来た人に対して、「この人がどんな気持ちでここに来たか」を想像できる職員と、できない職員がいる。
新卒で公務員になり、安定した環境で20年以上働いてきた職員は、「経済的な困窮」を経験したことがない。知識としては知っている。だが「体験」していない。体験していないことへの共感には、限界がある。
氷河期世代の公務員は「体験している」。100社不採用の絶望。手取り16万円の綱渡り生活。友達がゼロの孤独。将来への漠然とした恐怖。これらを「知識」ではなく「体験」として持っている。体験から生まれる共感は、知識からの共感より遥かに深い。
窓口に来た市民が「仕事が見つからなくて」と言ったとき。新卒公務員は「それは大変ですね。ハローワークの情報をお渡しします」と対応する。氷河期世代の公務員は「私も同じ経験をしました。お気持ちはよくわかります。一緒に使える制度を探しましょう」と対応する。この違いは小さく見えて、受け取る側にとっては天と地ほどの差がある。
氷河期世代が行政にもたらす「3つの変化」
変化1は「制度の『使いにくさ』を改善する視点」だ。行政の制度は「使う側」ではなく「作る側」の論理で設計されていることが多い。書類が多い。手続きが複雑。窓口の開庁時間が平日の日中だけ。非正規雇用者にとって、平日の日中に窓口に行くこと自体がハードルだ。
氷河期世代の公務員は、「使う側」の不便さを知っている。「この書類、もう少しシンプルにできないか」「この手続き、オンラインでできないか」「土日に窓口を開けられないか」。制度を「使う側」の視点で改善する提案ができる。「使いにくさ」を知っている人こそ、「使いやすさ」を設計できる。
変化2は「支援が届いていない人への目配り」だ。行政サービスは「申請主義」だ。申請しないともらえない。だが「申請する」には、制度を知っていること、書類を揃えられること、窓口に行く時間があることが必要。これらの「前提条件」を満たせない人がたくさんいる。制度を知らない人。書類が書けない人。窓口に行けない人。
氷河期世代の公務員は「申請できない人」の存在を知っている。なぜなら自分がかつて「申請できない人」だった可能性があるからだ。「この制度、知っていますか?」と積極的に情報を届ける。窓口に来られない人に対して、訪問や電話でアプローチする。「待つ行政」から「届ける行政」への転換。この転換を推進できるのは、「届けられなかった側」の経験を持つ氷河期世代の公務員だ。
変化3は「多様な人生への理解」だ。公務員の組織は「新卒で入庁→同じ組織で昇進」という「一本道のキャリア」が主流。この「一本道」からは「多様な人生」が見えにくい。非正規で転々とした人生。中年で転職した人生。離婚した人生。病気で長期休業した人生。これらの「一本道ではない人生」を歩んできた市民に対する理解が不足しがちだ。
氷河期世代の公務員は「一本道ではない人生」の当事者だ。30以上の職場を経験した人生。100社不採用の人生。45歳で公務員になった人生。この「多様な経験」が、多様な市民への「共感」と「理解」を生む。組織に「多様な視点」をもたらす人材。それが氷河期世代の公務員だ。
「先輩公務員」として次の世代を支える
氷河期世代が公務員になることで、「次の危機」が起きたとき、組織に「経験知」が残る。リーマンショック、コロナ禍。経済危機のたびに雇用が不安定化し、市民が行政を頼る。このとき「危機を体験した公務員」がいるかどうかで、行政の対応が変わる。
氷河期世代の公務員は「経済危機の被害者」として、「次の被害者」に寄り添える。「私も同じ経験をしました。だからあなたの気持ちがわかります。一緒に解決策を探しましょう」。この言葉が、行政の窓口から出てくることの意味。それは「マニュアル通りの対応」とは次元が違う「人間としての対応」だ。
「公務員になる」は「社会への恩返し」か
「社会への恩返し」と言うと美しすぎるかもしれない。氷河期世代は社会から「恩」を受けたと言えるかどうかも疑問だ。むしろ社会から「見捨てられた」感覚のほうが強い。だが行政の窓口で、困っている市民の力になること。それは「恩返し」ではなく「連帯」だ。
「困っていたときに助けてくれた人がいた。だから自分も誰かを助けたい」。助けてくれた人がいなかったかもしれない。だが「助けてくれる人がいなかった辛さ」を知っているからこそ、「助ける人」になりたい。この動機は、氷河期世代の公務員にしか持てない。
「一人の公務員」が変えられる範囲
「社会を変える」と言っても、一人の公務員が変えられる範囲は限られている。法律を変えることはできない。予算を増やすことはできない。組織の方針を一人で転換することもできない。
だが「窓口で目の前の一人の市民に丁寧に対応すること」はできる。「この制度をご存知ですか?該当する可能性があるので、一緒に確認しましょう」と一言添えることはできる。「お気持ちはよくわかります」と共感を示すことはできる。
一人の市民への対応が変わっても、社会全体は変わらないかもしれない。だが「その一人の市民の人生」は変わる。制度を知らなかった人が制度を利用できるようになる。諦めていた人が「助けてもらえた」と希望を持てるようになる。一人の人生が変われば、その人の家族の人生も変わる。家族の人生が変われば、地域の人生も変わる。
「社会を変える」とは、一人の市民への対応から始まる。壮大なスローガンではなく、窓口での「一言」から始まる。その一言を言える公務員が、社会を「少しだけ」変える。少しだけの変化が、100人に及べば「大きな変化」になる。
まとめ——「もやし炒めを食べてきた公務員」が社会を変える
もやし炒めを食べてきた。発泡酒を飲んできた。6畳のワンルームで一人で生き延びてきた。100社落ちた。友達がいなくなった。将来が怖かった。それでも生き延びてきた。
この経験のすべてが、公務員としての「財産」になる。もやし炒めを食べたことがない公務員には、もやし炒めを食べている市民の気持ちはわからない。わかる公務員がいることが、行政を変える。行政が変われば、社会が変わる。
氷河期世代の公務員が「社会を変える」。大げさか。たぶん大げさだ。でも「大げさなことを言ってもいいじゃないか」。20年間、小さくなって生きてきた。「自分なんかが社会を変えられるわけがない」と思ってきた。でも公務員の窓口に座れば、目の前の一人の市民を助けることはできる。一人を助けることが「社会を変える」ことの始まりだとしたら——大げさではないかもしれない。
公務員試験の勉強を始めてほしい。合格してほしい。そして窓口に座って、困っている市民に「お気持ちはよくわかります」と言ってほしい。その一言が、社会を変える第一歩になる。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

