BNF・cis・テスタ──日本のスター個人投資家「三巨頭」を独自視点で読み解く
日本の個人投資家の歴史を語るとき、必ず最初に名前が挙がる三人がいる。BNF(本名・小手川隆)、cis(本名・森貴義)、そしてテスタ。三者ともに数十億円から数百億円規模の資産を株式投資だけで築き上げた、文字通り「日本の個人投資家界の三巨頭」である。
しかし、興味深いのは、この三人が「同じ時代を生き、同じ事件(ジェイコム事件)を経験し、同じような巨額の資産を築いた」にもかかわらず、投資スタイル・性格・メディアとの距離感・人生観のすべてがまったく違うという点だ。三人を並べて分析することは、株式投資という営為がいかに多様で、いかに「正解の道」が存在しないかを浮き彫りにする最高の素材なのである。
今回は、この三巨頭を私なりの独自視点で徹底的に掘り下げていきたい。彼らの経歴、投資手法、思想、そして我々凡人投資家が彼らから何を学べるか。これは長い旅になる。じっくりお茶を淹れて、向き合っていただきたい。
まず三人を一枚絵で並べてみる──「同じ時代の異なる主人公」
最初に、簡単な比較表を頭の中で作っておきたい。三人のプロフィールはこうだ。
BNF(小手川隆)。1978年3月5日生まれ、千葉県市川市出身。日本大学法学部に在籍中(2科目残して中退)、2000年に160万円を元手に株式投資を開始。2005年のジェイコム株大量誤発注事件で20億円を稼ぎ「ジェイコム男」として一躍有名になった人物。
cis(森貴義)。1979年3月生まれ。法政大学工学部4年生だった2000年に300万円の元手で株式投資を始め、一時104万円まで減らした後、長期から短期トレードへの転換を契機に資産を急増させ、2005年のジェイコム事件で6億円を獲得。2018年時点で資産230億円超とされる。
テスタ。兵庫県生まれ、最終学歴は高卒。2005年に300万円を証券口座に入金して株式投資を開始。初期はスキャルピングやデイトレードを中心とし、2016年からは中長期投資にもシフト。2021年8月に総利益50億円、2024年2月に同100億円を達成。2014年からは全国の児童養護施設への寄付を継続的に実施している。
ここで私の独自視点を最初に置いておきたい。三人とも「2000年代前半の日本」という共通の歴史的背景を持っている。具体的には──ITバブル崩壊の余波、ネット証券手数料の自由化、2ちゃんねるという匿名コミュニティの興隆、そして2005年のジェイコム事件。この「環境のセット」がなければ、日本の個人投資家三巨頭はこの形では生まれなかった。彼らは天才であると同時に、時代の落とし子でもある。
そしてもうひとつ重要な共通点がある。三人とも「学歴エリート」ではない。BNFは大学中退、cisは法政大学工学部、テスタは高卒。日本の伝統的な金融業界では中央に座れない経歴の人々が、まさに金融業界のトッププレイヤーを凌ぐパフォーマンスを叩き出した。これは日本の階級社会に対する痛烈な逆襲とも読める。
それでは一人ずつ深掘りしていこう。
BNF(小手川隆)──「無口な千葉県の青年」が世界を動かした
引きこもり大学生の160万円スタート
BNFの物語は、千葉県市川市の一人の大学生から始まる。BNFが株式投資を始めたのは大学生のとき。出身大学は判明していないがネット情報だと日大らしい(一浪で入学)。当時から人とのコミュニケーションが苦手な性格で、友達もおらずサークルにも入らずで引きこもりみたいな生活をする日々──これが彼の20歳前後の姿だ。
ここで独自視点として強調したいのは、「コミュ障で引きこもり気味の若者」という出発点である。日本の有名投資家を見ると、不思議なことに「学生時代に陽キャだった人」は少ない。BNFは陰キャ。片山晃はネトゲ廃人。テスタもフリーターの引きこもり時代がある。なぜか。
私の解釈では、これは偶然ではない。株式市場と長時間向き合う仕事は、人と関わるエネルギーを必要としない。むしろ、社交的すぎるとノイズが多くなって判断が鈍る。社会の集団行動からはみ出した者が、画面の中の数字と向き合うことに耐性を持っている。BNFはまさにその典型である。「友達がいなかったこと」は、後の投資家としての強みに直結している。
アルバイトで貯めていた貯金160万円で株式投資を始めた。BNFがトレードを始めた2000年ごろはまだ株トレード手法を書いた書籍もなく、トレードに関しては完全に独学でトレードを始めた。なのでBNFも最初は初心者らしく、一度買ったら長期保有スタイルで見事に負けていた。
スタート時の160万円は、彼が日々アルバイトで稼いだ全財産だった。これを失えば全てが終わる。失敗は許されない極限状況からの出発だった。
「BNF」という名前の由来──尊敬する伝説のトレーダー
BNFというハンドルネームの由来も面白い。「B・N・F」というハンドルネームは米国の投資家ヴィクター・ニーダーホッファーをもじったものである。
ヴィクター・ニーダーホッファーは、ジョージ・ソロスのもとで運用を学び、1990年代に世界的に名を馳せたトレーダーだ。しかし1997年のアジア通貨危機で破産している。それでも復活し、独自のスタイルを確立した。
なぜBNFはこの破産経験のある投資家から名前を取ったのか。私の独自解釈では、ここに彼の投資哲学の核心がある。BNFは「破産しなければ何度でも復活できる」というニーダーホッファーの生き様にこそ、本質を見ていたのだ。実際、後にBNF自身が2008年12月30日のラジオNIKKEIによる電話でのインタビューでリーマン株を7億円分ほど購入し2日後に倒産してしまったため、7億円の損失を出した際にはパソコンのモニター2台をリモコンで叩いて壊してしまったと発言している。彼も大損失を経験しているのだ。それでも生き残ったのは、心理的な強さがあったからである。
資産推移の壮絶さ──8年で160万→200億円
BNFの資産推移を眺めると、人類史でもまれに見る成長曲線が浮かび上がる。2000年10月に164万円(アルバイトで貯めたお金で投資スタート)、2000年末に280万円、2001年に6,100万円、2002年に1億円(1浪して入った大学を2留した末退学)、2003年に2億7,000万円、2004年に10億円、2005年に80億円(ジェイコム株大量誤発注事件で20億円の利益を得る)、2006年に150億円、2007年に165億円、2008年に200億円、不動産投資を開始──これがBNFの資産推移である。
8年で164万円→200億円。倍率にして約12,000倍。これは投資史に残る記録だ。私はこの数字を見るたびに、「これを真似できるか」ではなく「これが起こりうるという事実が重要だ」と感じる。資本主義のシステムは、20代の引きこもり青年が8年で12,000倍の資産を築くことを許容する。これだけ夢のあるゲームは他に存在しない。
ジェイコム事件──16分間で20億円の伝説
そして言わずと知れた2005年12月8日のジェイコム事件。これは日本の証券史上に永遠に残る出来事だ。
B・N・Fがマスメディアに初めて登場したのは2005年12月8日、新規上場したジェイコムの株式においてみずほ証券の男性担当者が「61万円で1株売り」とすべき注文を「1円で61万株売り」と誤注文し株式市場を混乱させたジェイコム株大量誤発注事件である。この事件において7,100株を取得し、同日中に市場で1,100株を売り抜け、残る6,000株(発行済み株式の41.38%)を現金決済(20億3,500万円)していたことが大量保有報告書で分かった。
この事件を、私は独自視点で「準備の重要性」の象徴的事例として位置づけたい。多くの人は「BNFはたまたまラッキーだった」と思っている。しかし違う。世間ではBNFのことを「世紀の御発注事件でたまたま大金を掴んだラッキー男」と誤解があったりしたが、BNFはこの事件当時すでに80億円くらい持っている──つまり、彼はジェイコム事件の前にすでに資産80億円の超富豪だったのだ。
BNFは当時の全財産の半分に当たる40億円を投入してジェイコム株を一気に買いまくり、その数分後、事態に慌てたみずほが全力で買い支えに走ったことで株価が高騰したところを一気に売り抜けた。その間、わずか16分でBNFが得た利益は約20億円。これは個人投資家が相場で稼いだ利益では最高額であった。
40億円を一銘柄に瞬時に投入するという判断は、80億円持っている人にしかできない決断である。もしBNFが「いつかチャンスが来るだろう」と漫然と考えていただけだったら、この機会は活かせなかった。彼は事件の数年前から、「いつ来るかわからないチャンスに備えて、十分なポジションサイズで動ける態勢を維持する」というトレーダーの基本姿勢を、徹底的に守っていた。
これが私の言う「準備の重要性」である。チャンスは突然来る。来た瞬間に動ける人と動けない人の差を生むのは、その日までの準備量だ。BNFは160万円から始まり80億円を築くまでの日々、毎日チャートを見続けていた。だからこそ、5分で誤発注の意味を理解し、40億円を瞬時に動かせた。
投資手法──乖離率を駆使した逆張りスイング
BNFの投資手法は、現在では語り尽くされているが、改めて整理しておきたい。BNF氏は相場の状況によって大きく2種類の投資手法を使い分けていた。下落相場では逆張りのスイングトレード、上昇相場では順張りのスイングトレード。手法は驚くほどシンプル。しかしシンプルながら理に適った手法で現物取引のみで驚異の資産推移を実現している。
BNFの投資手法は、剥離率逆張りのスイングトレード(2002年頃まで)、高乖離率銘柄のスクリーニング、順張りのスイングトレード(2004年頃から)などがある。ただしBNFはあくまで経験から生み出してきたスタイルであり、同じ手法を別の誰かが使っても利益が出る保証はないと明かしている。
具体的には、BNFは「25日移動平均線からの乖離率が大きく下に振れた銘柄」を逆張りで買うスタイルが有名だ。たとえば移動平均線から-15%以上下に乖離した銘柄は、統計的にリバウンドしやすい。これを大量に拾い、リバウンド後に売り抜ける。
私の独自視点で評価すると、BNFの手法は「相場のミクロな歪みを刈り取る」アプローチだ。市場が短期的に過剰反応している局面に介入し、それが平均値に戻る過程で利益を取る。これは現代の量的ファンドが使うミーンリバージョン戦略と本質的に同じだ。BNFは独学でこれを発見し、しかもアルゴではなく人間の判断で実行していた。空恐ろしい話である。
そして重要なのが、彼が一貫して「現物のみ・空売り無し」を貫いていることだ。BNFはレバレッジを使わない。これは彼の生存戦略の核心である。レバレッジを使えば資産はもっと早く増えただろう。しかし、その代わりに「ある日突然破産する確率」も急上昇する。BNFは「破産しないこと」を最優先にした。だから20年経った今も生き残っている。
不動産投資への転身──秋葉原の伝説
そしてBNFのもう一つの伝説が、不動産投資である。BNFはジェイコム株での大儲け以降も着実に資産を伸ばしていき、2008年には秋葉原にある「チョムチョム秋葉原」というビルを購入。彼はこの不動産をなんと現金一括で購入していて、当時の価格はなんと「90億円」だった。
90億円の現金一括購入。これは普通の人間の常識を超えた行動だ。しかし、BNFの視点で見れば合理的なのだ。10年間の賃料が60億円で、ビルの売却価格が100億から130億円ほどだったと言われていて、80億から90億円近くの利益を得たと推測されている。10年で90億円。年利10%以上のキャッシュリターンと、最終的なキャピタルゲインのダブル取りである。
私はこのビル購入を、BNFの「リスク管理意識」の表れと見る。株式投資だけで200億円を持つのは危険だ。一夜にして消える可能性がある。実物資産に変えれば、価値の変動はあっても消滅はしない。BNFは20代後半にしてこの分散の重要性を理解していた。これが彼の生存戦略の核心である。
完全沈黙への移行──現代のステルス投資家
そして2009年以降、BNFはメディアから完全に姿を消す。現在は自身が所有していた「チョムチョム秋葉原」を東京海上プライベートリート投資法人へ売却。そして、2009年の暮れ頃から一切メディアに露出しておらず、2024年には投資家のバイブル「四季報」にも名前が載らなくなる。
なぜ姿を消したのか。私の独自仮説では、三つの理由がある。第一に、これだけの資産を持つと、メディア露出は犯罪リスクを高める。第二に、本人が極度の人見知りで、社交を必要としない。第三に、保有比率5%未満に抑える「ステルス投資」に切り替えれば、市場での動向を悟られずに済む。
おそらく、名前が出て騒がれるのを避けるために、あえて保有比率を5%未満に抑える「ステルス投資」に切り替えたと見るのが自然。実際、株式情報サイト「バフェット・コード」によると、小手川隆さん名義で現在も複数の銘柄が保有されていることが確認できる。
完全に表舞台を去った後も、彼は静かにマーケットの中で生きている。これは個人投資家の最終形態だと私は思う。お金を稼ぐことを通じて自由を手に入れ、その自由を「人に知られない権利」として行使している。彼は権力者でもなく、有名人でもない。ただ、誰にも干渉されずに自分の判断だけで生きる権利を、絶対的に確保している。
BNF語録──「他人の金を運用しない」哲学
BNFの哲学を象徴する言葉がある。他人の金の運用はしたくないと言っており、証券会社の雇われトレーダーなどになる予定はなく、ソフトバンクの孫正義社長と会談した際に資産を運用するよう頼まれたが、断っている。
これは決定的に重要な発言だ。孫正義からの依頼を断るというのは、普通の感覚では考えられない。年間1兆円規模の資金を運用すれば、ファンドマネージャーとして桁違いの報酬を得られる。それを蹴ったのである。
理由は明確だ。他人の金を運用すれば、月次・四半期で結果を求められる。短期成績で苦しい局面でも我慢ができない。BNFが200億円を築けたのは「自分のお金を自由に動かせた」からこそであり、組織化したらそれが失われる。彼は自分の競争優位の源泉が「個人投資家の自由」にあることを正確に理解していた。
私はこれを「自由の経済価値」と呼んでいる。BNFは他人に管理されず自分の判断だけで動ける自由に、何兆円分の値段がついていると判断した。だから孫正義の誘いも断った。彼にとって自由は売り物にならないものだったのだ。
cis(森貴義)──「日経平均を動かせる男」の挑発と哲学
パチンコ・麻雀・競馬から株へ──ギャンブラーの転身
cisの物語は、BNFとは対照的な質感を持っている。彼の出発点は「ギャンブル」である。
cis氏は高校生の頃に親に連れられていったパチンコにハマり、1か月で40万円を稼いだこともあった。投資に出会うまでは麻雀やパチンコを嗜むギャンブラーでゲーマー、2ちゃんねらーという変わった経歴を持つ。
そしてcis自身が語るには、「僕は大学生のときには得意のパチンコで稼いだ貯金が2,000万円ありました。就職を考えるようになって2,000万円じゃ人生変わらないけど3億円あったら趣味を仕事にできるなというのはありました。その後、競馬で大負けして1,000万円を失った。そこで『投資』で勝負することにしたんです。当時、金融ビッグバンで証券会社の手数料が自由化されたことも大きかったです」。
ここに私はcisの本質を見る。彼は最初から「お金を増やすこと」ではなく「自分の趣味を仕事にする手段」として投資を選んでいる。3億円あれば一生ゲームをして暮らせる──これが彼の最初のモチベーションだった。BNFが孤独な技術者なら、cisは合理的な道楽者である。
104万円までの転落──逆境からのスタイル転換
そして、cisの最も学ぶべきエピソードがここから始まる。21歳時に300万円を元手に株式投資を始めるものの、年内に資産を三分の一に減らしてしまう。翌年2001年には800万円まで持ち直すも、その翌年には再び300万円に。2003年に短期トレードに切り替えてからは資産額は一気に右肩上がりになり、2004年には億超えを達成。元手の100倍に資産を増やすことに成功した。
300万円が104万円まで減った経験。これがcisの後の戦略の根幹を作った。cis自身が「初期は割安株に投資するスタイルだった。負け続けて口座の残高が104万円にまで減りました。でも株は3年間は続けてみようと思っていました」と語っている。
私はこの104万円エピソードを、「失敗が成功の最大の教材になる」事例として位置づけたい。cisは長期割安株投資が「自分には」合わないことを身をもって理解した。これは机上の勉強では絶対に得られない学習だ。負けて初めて、彼は短期トレードに転換し、そこに自分の天才性を見出した。
私の独自視点を強調すると、ここでのcisの判断の鋭さは、片山晃氏のデイトレードからの転換と同じ構造を持っている。両者とも「自分には合わない」と気づいた瞬間にスタイルを180度変える柔軟性を発揮した。多くの投資家は「もうちょっとで取り戻せる」と思って同じスタイルを続け、深みにはまる。cisと片山は逆方向に転換し、それが大成功した。違いは、cisは「短期に転換」、片山は「長期に転換」したという真逆の方向性だ。投資家にとって正解の方向は人それぞれ違うが、「変える」という決断の重要性は普遍的なのである。
順張りという宣言──「上がってる株を買え」
cisの投資スタイルは、徹底した順張りである。上がっている株を買い、下がっている株を売る、買った株が下がったら売る。勝率でなく、トータルの損益で勝つ。大きく儲けるには『人の恐怖』をチャンスと捉える──これがcisの三大原則だ。
そして、彼は逆張りに対して明確に否定的である。『押し目買いは、下がったところで買おうとするわけだから、一種の逆張りである』。cis氏は『逆張り』のスタンスに否定的で『順張り』のスタンスには肯定的。助言を求められたときは「上がり続ける株は上がり、下がり続けている株は下がる」と答えることが多い。「いつかあがる、いつか下がる」というときの『いつか』というのは、誰にもわからない。cis氏は投資を始めたばかりのころ、この原則を理解していなかったことで大きく元手を減らしてしまった。
ここで独自視点を述べさせてほしい。日本の投資家の多くは、「逆張り=賢い、順張り=ミーハー」というステレオタイプを持っている。「人の行く裏に道あり花の山」という相場の格言が大好きで、皆が買っているときに売る、皆が売っているときに買うのが正しいと信じている。cisはこの常識を真っ向から否定した。
そしてアカデミックな世界でも、cisが正しいことが証明されている。「モメンタム効果」と呼ばれる、上昇している株は短中期的にさらに上昇しやすいという統計的事実が、世界中の市場で観測されている。cisは独学でこの現象を発見し、徹底的にそれに賭けた。
私の独自分析では、BNFが「逆張り型ミーンリバージョン投資家」だとすれば、cisは「順張り型モメンタム投資家」である。同じ事件(ジェイコム)で同じように勝った二人だが、根本的なスタイルは正反対なのだ。これは興味深い対比である。一つの事件に対して二つの異なるアプローチが両方とも正解だった。市場の懐の深さを示している。
ジェイコム事件──cisの6億円とBNFの20億円
cisもジェイコム事件で大きな利益を得ている。2005年の「ジェイコム株大量誤発注事件」で、ジェイコム株をストップ安で3,300株購入し10分後に売却、約6億円の利益を得る。
ここで興味深いのは、同じ事件でBNFが20億円、cisが6億円を稼いだという事実だ。なぜBNFはより大きく取れたのか。私の解釈では、BNFはこのとき80億円の資産を持っていたのに対し、cisはまだ30億円程度だった。ポジションサイズの差が、最終的な利益額の差に直結したのである。
これは個人投資家にとって極めて重要な教訓だ。同じ判断力、同じタイミングでも、ポジションサイズが2倍違えば利益も2倍違う。資金力の差は、能力の差以上に大きく結果に表れる。だから資産形成の初期段階では、何より「種銭を増やすこと」が重要なのだ。
230億円への道──年率17%の継続
ジェイコム後、cisの資産は爆発的に伸びた。2002年〜2005年に資産を1,000倍に増やしたが、それ以降は年率17%。初期は短期投資のみだったが、2013年時点では長期投資も行っており、東京電力債を40億円保有している。不動産投資も行っており、世界金融危機で相場が落ち込んだ時期にビル2棟を10億円で購入した。
具体的な資産推移は、2000年に300万→104万、2001年に800万、2002年に300万、2003年に6,000万、2004年に3億、2005年に30億、2006年に42億、2007年に50億、2010年に100億、2011年に110億、2014年に160億、2015年に200億、2018年に230億──これがcisの資産推移である。
ここで注目すべきは「2002年→2005年に1,000倍」という驚異的な成長期と、「それ以降は年率17%」という落ち着いた成長期の対比である。私はこれを「資金量の壁」と呼んでいる。短期トレードは資金が小さい時に最も威力を発揮し、資金が大きくなると同じ手法が機能しにくくなる。なぜなら、自分の売買が市場に影響を与えてしまい、思った通りの値段で売買できなくなるからだ。
cisはこの壁を理解した上で、年率17%という現実的な目標に切り替えた。これは個人投資家として極めて健全な判断である。「1,000倍を狙い続けて破滅する」のではなく、「複利17%で確実に増やす」方向に進化した。実際、年率17%でも10年で4.8倍になる。230億円が10年後には1,000億円規模になる計算だ。
1兆円目標──cisの果てしなき挑戦
そしてcisが面白いのは、まだこの先がある点だ。cis氏は2007年の雑誌インタビューで、資産額目標は1兆円と語っている。複利を使えば可能であると断言している。
1兆円。これは個人としては実現困難な数字に思える。しかし、cisが現在230億円で年率17%を維持できれば、計算上は約24年で1兆円に到達する。つまり彼が60代の頃には1兆円プレイヤーになっている可能性がある。
この目標設定の凄さを、私は独自視点で「天井を設けない思考の凶暴性」と呼びたい。普通の人は10億円で十分、100億円なら使い切れない、と感じる。cisにとってお金は「目的」ではなく「ゲームのスコア」だから、上限がない。だからこそ彼は走り続けられる。
「日経平均を動かせる男」──個人で市場を動かす存在へ
cisの代表的な著書のタイトルは『一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学』(2018年)。これは挑発的なタイトルだが、誇張ではない。2013年には約1兆7,000億円の日本株を売買をしており、これはこの年の東京証券取引所での個人投資家による株式取引の0.5%に相当する。
年間1兆7,000億円の売買代金。これを一人の個人投資家が動かしているのは、世界的に見ても異常な事態だ。彼の動きは生命保険会社や銀行などの機関投資家に並ぶレベルである。
資金が100億円単位になった現在では、自分で上昇相場をつくる力があるよう。このやり方は機関投資家などのように、潤沢な資金がないと行えない。「一人の力で日経平均を動かせる男の投資哲学」の中でも語られているが、勝率を気にするのではなくトータルでの損益を大事にしている。
これは個人投資家が機関投資家化した極限事例である。cisは個人の枠を超え、市場のプライスメイカーになっている。彼が大型株を買えば、その動きを見た他の投資家が後追いし、結果として相場が形成される。これは普通の投資家には絶対に再現不可能な領域だ。
cisの語録──冷酷な合理主義
cisは数多くの名言を残している。それらを並べてみると、彼の哲学が浮かび上がる。
「ヘッジは無駄」「押し目買いは避ける」「資本主義は人類史上最高のゲームかもしれない」「最先端だから未来が予想できない」「AIの取れないリスクを取れるのが人間の強み」「株式市場は公平や平等という概念で動く場ではない」「3億貯められたなら人生が変わって、仕事を趣味にできる」「損するリスクに強いストレスを感じる人は、サラリーマンをしていた方がいい」「大きく負けるのは、自己能力と自己認識の乖離している人」「まずいのは自分の失敗、敗北を認められないこと」「マーケットのことはマーケットからしか学べない」「相場は仮説を生み出した人が勝つ」「本能に克てねば投資には勝てない」「トレード単位では負けも4割以上ある。トータルで金額取れればいい」「株で利益をだす秘訣は上がるとき買って、下がるとき売る。それだけ」
これらの言葉に通底するのは、徹底した合理主義である。彼は感情を排除する。希望的観測を排除する。「いつか戻る」「もう少しで反発する」といった願望を一切信じない。あるのは「上がっている株は上がり続ける、下がっている株は下がり続ける」という単純な事実だけだ。
私が特に好きなのは「マーケットのことはマーケットからしか学べない」という一言だ。本やセミナーで知識を仕入れても、それは実戦では役に立たない。実際に自分のお金を投じて、痛みを伴いながら学ぶしかない。これは投資の本質を突いた言葉である。
Twitter発信──情報を出すcisの戦略
cisは三巨頭の中で唯一、SNSで活発に発信している。2022年4月9日時点でツイッターのフォロワー数は540,300人に達した。BNFの完全沈黙、テスタの段階的撤退とは対照的に、cisは積極的に発信を続けている。
なぜか。私の独自仮説は、cisにとって発信は「市場操作の道具」ではなく「自己表現と暇つぶし」だということだ。彼は他人を煽って利益を得るタイプではない。むしろ自分の哲学を発信することで、思考を整理している。230億円持っている人にとって、Twitterは唯一の社交場であり、知的なエンターテインメントなのだろう。
これはcisならではの哲学である。BNFのように完全に隠れる必要も、テスタのように段階的に撤退する必要もない。彼は「見せながら勝つ」スタイルを貫いている。これも一つの強さだ。
テスタ──「20年連続プラスのミスター・サステナビリティ」
高卒フリーターからの出発
最後に、現代日本の個人投資家として最も影響力を持つテスタを紹介したい。
テスタ氏は高校卒業後、18歳で「高卒ニート」として一人暮らしを始めた。カーテンも洗濯機もない部屋に住み、1日13時間パチンコで生計を立てていた時期もあった。また、小学5年生の頃には「サラリーマンになるのは無理だ」と感じていたことも語られており、もともと一般的な会社員の働き方に強い違和感を持っていた。
ここで独自視点を述べたい。テスタの出発点は、BNF・cis以上に「絶望的」だ。BNFは大学生、cisも大卒の会社員経験がある。テスタは高卒でカーテンもない部屋に住むパチンコ生活者。社会的階層の最底辺に近い場所からのスタートだった。
しかし、これはテスタの強みでもあった。失うものがない人間は、振り切った行動ができる。学歴も、安定したキャリアも、家庭の期待もない。だからこそ、株式投資という不安定な世界に飛び込めた。
2005年、300万円スタート
テスタは2005年に株式投資の世界に飛び込み、専業トレーダーになった。初期はスキャルピング(超短期取引)を中心としたデイトレードを行い、16年からは中長期投資などを中心にしている。幾多の市場暴落で退場するトレーダーが続出する中、毎年利益を上げ続けている。21年8月に総利益50億円、24年2月には同100億円を達成。2014年からは全国の児童養護施設への寄付を継続的に行っている。
300万円スタートというのは、BNFの160万円より多く、cisと同額。テスタの場合、フリーター時代に貯めた金額だった。「投資のカリスマ」と呼ばれる億トレーダーのブログも読んでいたが、一番参考になったのは資産3,000万円程度で収支にブレがない方のブログだった。その方がデイトレードのなかでも特に時間軸の動きが短く、想定外の値動きに巻き込まれにくいスキャルピング(短時間に売買を繰り返して利益を積み重ねるトレード手法)で投資をしていた。私もその方のように毎月100万円の利益を安定的に獲得したいと思い、スキャルピングを選んだ。
私はこのスタート時の判断に、テスタの本質が表れていると見ている。彼は「億トレーダー」ではなく「3,000万円で収支が安定した人」をモデルにしたのだ。これは賢い選択だ。億トレーダーの真似をしようとすれば、リスクの取り方やポジションサイズが極端で、初心者には再現不可能だ。3,000万円規模の堅実なトレーダーなら、自分も到達可能な目標として参考にできる。
「身の丈に合った師匠を選ぶ」というのは、私たち個人投資家にも応用可能な教訓だ。憧れだけで億トレーダーを真似すると破滅する。等身大のロールモデルから始めることが、長期生存の鍵なのである。
20年連続プラス──不敗記録の正体
テスタの最大の特徴は、絶対金額の大きさよりも「20年連続で年単位プラス」という記録である。テスタは個人投資家。2005年に元手300万円で株式投資を開始。2024年2月に累計利益100億円を達成。最近はデイトレードから中長期投資にシフトし、高配当株や米国株にも投資する。2014年以降、全国の児童養護施設への寄附を継続的に行っている。
「2024年は投資家として20年目という節目だった。相場も大きく動いた。本当に歴史的な1年。日経平均株価がバブル後の最高値を更新したのは感慨深かった。自分としても、2024年2月に累計利益が100億円に到達。日本株の上昇を見越して、2023年末に日経平均先物を大量に買っていたのが大きかった。単年利益のプラスも20年連続で継続できた」。
20年連続プラスは、サブプライムショック・東日本大震災・コロナショック・利上げショックなどすべての地獄を生き残ってきた証である。これは天才性以上に「規律性」の証明だ。
私の独自分析を述べると、20年連続プラスを生み出したのは、テスタの「自分の限界を知る能力」である。「投資初心者のなかには、1つの手法があれば勝ち続けられると思っている人がいるようだが、そうではない。私は100種類以上の投資手法を持っていると思う。その時その時の相場に適した手法を選んで取引することが大切」。
100種類以上の手法を持つ──これは換言すれば、「ある手法が機能しなくなったら、別の手法に切り替えられる柔軟性」を持つということだ。これは一人の名人が究極の必殺技を磨くスタイルとは正反対だ。テスタは「忍者の七つ道具」を全部使いこなす職人型である。
スキャルピングからスイング・中長期へ──手法の進化
テスタの手法も、資金量と相場環境に応じて進化していった。「2013年のアベノミクスがあって、年初に1億円くらいの資産が1年で5億円くらいになった。5億円あると15億円のポジションが作れるようになった。ところが、15億円買って、15億円売るというようなスキャルピングは不可能だった。結果として資金が余ってきたので、新しい投資を始めるようになった。それから徐々に中長期の投資の比率が大きくなって、近年では中長期投資から得られる利益の方が圧倒的に大きくなっている」。
これはcisが経験したのと同じ「資金量の壁」である。スキャルピングは小資金で機能する。しかし数億円規模になると、自分の売買が板に影響して、思った値段で取引できない。そこで時間軸を伸ばし、中長期投資にシフトする。
テスタの場合、これに加えて「FIRE口座」という独立した配当狙いのポートフォリオを構築している。テスタの2023年の年間配当金総額は1.5億円超。配当だけで個人レベルでは桁違いの収入を得ている。これは「攻め(短期トレード)」と「守り(配当ポート)」を分離するという、極めて合理的なポートフォリオ設計である。
さくらインターネット事件──血尿が出るほどのストレス
テスタにも、語り継がれる失敗エピソードがある。「さくらインターネットでの損失経験は本当に辛かった。ブロックチェーンかなんかを材料にして短期に株価が急騰した。その時に空売りをして大きな損失がでた。その前の年に1年で1億円くらい勝ったのに、わずか1週間で1億円くらい失った。当時は血尿が出るくらいストレスを感じた。それまでポジションを翌日に持ち越すということをしていなかった。その自分のルールを曲げて、そして大損失を出してしまった。自分の甘さとか、他人に相談できないとか、仲間がいない孤独さとか、今から思うと未熟だったということだが、辛かった」。
ここに私はテスタの人間性を見る。BNFとcisが「クールな合理主義者」だとすれば、テスタは「血の通った人間」だ。彼は失敗を語る。痛みを語る。血尿が出るほどのストレスを率直に言語化する。これは多くの個人投資家が共感できる感覚だ。
そしてこの失敗から得た教訓は、「自分のルールを曲げない」という規律の重要性。一度ルールを曲げると、ルール自体の意味が崩壊する。テスタはこの経験を経て、自分の手法をさらに洗練させていった。
100億円達成後の宣言──「単利でなく複利を狙う」
そして2024年2月、テスタは累計利益100億円を達成。ここで彼は重大な決断をした。2024年2月に累計利益100億円に達したのを機に、日々の投資成績をSNSなどで公開するのをやめた。
その理由が秀逸だ。「運用資金が増えれば増えるほど、リスクの高いトレードにもある程度の資金を振り向けられるようになります。うまくいけば何倍にもなるけど、失敗したらもう5分の1になっちゃう、みたいな取引。今後はそんなトレードにも挑戦していかないと、100億は1,000億になりません。株式投資は複利で増やしていくのが大きな魅力。100億が110億、120億、130億と増えていくやり方は、今の僕にとってそれほど魅力を感じない」。
これは衝撃的な発言だ。100億円持つ人が、それを単利で増やすことに飽き、複利で1,000億円を狙うと宣言している。普通の感覚なら100億円は十分な金額だ。しかしテスタにとっては、まだスタートラインに過ぎない。
そして毎日の成績公開を辞めた理由も興味深い。「毎年プラスの成績を維持すること、累計利益を増やしていくこと、どちらが大事と問われれば、もちろんトータルの利益増大の方が重要です。成果が出るまでに時間を要するケースだってあるでしょう。そうなると、1日単位、1カ月単位で成績を区切る意味があまりなくなってくる。だって、その年マイナスになっても、次の年に3倍勝てるのだったら、その取引はやるべきです。『今年の成績がマイナスになってしまう』と踏みとどまる意味がない」。
私はこの発言を、「成績主義からの解放宣言」と呼びたい。20年連続プラスという記録は、彼自身の足かせになっていた。「今年もプラスにしなければ」というプレッシャーが、本当に大きく勝てる勝負を躊躇させていた。100億円を達成した時、彼はこの足かせを自分から外した。これは精神的な意味で、本当の意味で「自由なトレーダー」になった瞬間である。
児童養護施設への寄付──成功者としての社会貢献
テスタを語る上で外せないのが、彼の社会貢献活動である。2014年からは全国の児童養護施設への寄付を継続的に行っている。これは単発のチャリティではない。十年以上にわたる継続的な寄付活動だ。
私はテスタのこの行動に、BNF・cisにはない独特の価値観を見る。BNFは資産を持って静かに消える道を選んだ。cisは資産を持って自由に振る舞う道を選んだ。テスタは資産を持って社会に還元する道を選んだ。同じ巨額の資産でも、その使い道は人によって全く違うのだ。
なぜテスタは寄付を選んだのか。これは私の独自解釈だが、彼自身がフリーター時代の貧困を経験しているから、社会の最弱者である「親のいない子供たち」に強い共感を持てるのではないかと思う。エリート出身の投資家には理解しにくい痛みを、彼は知っている。だから具体的な行動として現れる。
配偶者と家族──地味で堅実な人生
最後に、テスタの私生活についても触れておきたい。彼は北海道に住んでいるとされ、専業投資家としてやっているので、日中の日本株の市場が動いているときに取引できる状態である。
派手なライフスタイルの逸話は聞かない。「車も、ついに前より安い車を買いましたし。家も、今より家賃が安いところとか、都心から離れてもいいかなと思うようになってきた」と本人が語っている。100億円持っているのに、暮らしぶりは年々控えめになっている。
これは私の独自視点で「成熟した投資家の最終形」だと思う。お金を稼ぐことは目的ではなくゲーム。生活水準は最低限快適なレベルでよい。残りはトレードを通じた自己実現と社会貢献に使う。これがテスタの到達した境地である。
三巨頭比較──同じ事件、違う人生
ここで三人を改めて並べてみよう。三人ともジェイコム事件で利益を得た。三人とも個人投資家のトップを走っている。しかし、その先のキャリアと人生観はまったく違う。
BNFは「完全沈黙のステルス投資家」になった。誰にも干渉されず、不動産も株も自分の判断だけで動かしている。彼の現在の資産は2,000億円超とも噂されるが、本人は何も語らない。
cisは「発信し続けるトレーダー」になった。Twitter で54万フォロワーを持ち、著書も出し、市場に参加し続けている。1兆円という遠大な目標を持ち、まだまだ走り続けている。
テスタは「社会的な投資家アイコン」になった。テレビ出演、書籍出版、児童養護施設への寄付。投資家であると同時に、教育者であり慈善家でもある。
この三者三様の進化を、私は次のように分類している。BNFは「Exit型(撤退して自由を得る)」、cisは「Compete型(参加し続けて市場を制覇する)」、テスタは「Contribute型(社会に還元する)」。同じ巨額の富を手に入れても、人によって行き着く場所はこれだけ違う。これが投資の最も人間的な側面である。
三巨頭の共通点──「成功者の遺伝子」
それでも三人を貫く共通点がある。私の独自視点で5つに整理しておきたい。
第一に、「失敗からの学習能力」。BNFはリーマン株で7億円の損失、cisは104万円までの転落、テスタはさくらインターネットで血尿が出るほどの損失。三人とも壮大な失敗を経験し、そこから学んでいる。失敗を「忘れたい記憶」ではなく「教科書」として扱う能力こそ、彼らを並みのトレーダーから区別している。
第二に、「自分のスタイルを早期に確立」。BNFは乖離率逆張り、cisは順張りモメンタム、テスタは100種類の手法のスイッチング。三人とも独自のスタイルを確立し、それを徹底的に磨いている。借り物のスタイルでは長期で勝てない。
第三に、「資金量に応じたスタイル進化」。BNFは株式から不動産へ、cisは短期から長期も併用へ、テスタはスキャルピングから中長期投資へ。三人とも資金量の壁を越えるために、自分のスタイルを進化させてきた。
第四に、「リスク管理の徹底」。BNFは現物・空売り無しを貫き、cisは損切りの早さで知られ、テスタは「リスクを排除する」ことを最優先にしている。攻めるためにこそ守りを固める、という基本を全員が体現している。
第五に、これが最も重要だが、「マーケットへの謙虚さ」。三人とも、自分が市場よりも賢いとは思っていない。市場から学び、市場に従い、市場の中で生き残ろうとしている。BNFが「他人の金を運用しない」のも、cisが「マーケットからしか学べない」と語るのも、テスタが「過去最高を狙うのが目標」と言うのも、すべてこの謙虚さの表れだ。
私たち凡人投資家が学べること
長くなったが、最後に「私たちは三巨頭から何を学べるか」について独自視点で整理して締めくくりたい。
第一に、「最初の数年は授業料」と思うべきだ。BNFは2年で破産寸前、cisは104万円までの転落、テスタも最初の2ヶ月はマイナス。最初から勝てる人はいない。最初の数年で破産しなければ、それは成功への第一歩である。
第二に、「自分のスタイルを発見するまで諦めない」こと。三人とも、最初に試した手法では負けている。違うスタイルに切り替えてから勝ち始めている。自分に合うスタイルが何なのかは、実戦でしか分からない。だから複数のスタイルを試す勇気が必要だ。
第三に、「銘柄のコピーは無意味、思想のコピーは有効」ということ。BNFが何を買っているか、cisが何に張っているか、テスタの保有銘柄は何か──これらをトレースしても勝てない。ポジションサイズもタイミングも違うからだ。しかし、彼らの哲学(「破産しない設計」「順張りの徹底」「複数手法の使い分け」)はコピーできる。これこそが学びである。
第四に、「お金以上に時間を投資する」こと。三人とも、毎日何時間も市場と向き合ってきた。BNFは引きこもりだったから可能だった。cisはゲーマー気質で集中力があった。テスタも毎日13時間トレードに向き合っていた時期がある。資金量より時間量こそが、最終的な差を生む。
第五に、最も重要なのが「お金との適切な距離感」だ。三人とも、お金を目的化していない。BNFにとってお金は自由を買う手段。cisにとってお金はゲームのスコア。テスタにとってお金は社会に還元するための原資。お金そのものに執着している人は、必ずどこかで判断を誤る。お金を「ツール」として捉えられる人だけが、長期で勝ち続ける。
結びに──三巨頭が日本市場に残したもの
BNF、cis、テスタ。この三人が日本の個人投資家文化に残したものは、単なる成功譚ではない。
彼らは「学歴も経歴もない若者が、自分の頭ひとつで世界を変えられる」という事実を示した。これは平成・令和を生きる若者にとって、最大の希望のメッセージである。BNFは大学中退、cisは法政大、テスタは高卒。誰一人として東大早慶ではない。それでも彼らは日本の金融業界のトップに立った。
彼らはまた、「お金の稼ぎ方は一つではない」という多様性を示した。BNFの逆張り、cisの順張り、テスタのマルチ手法。正解は一つではない。自分に合ったスタイルを見つけることこそ、投資の真髄である。
そして彼らは、「お金を持った後の生き方も多様である」という人生哲学を示した。沈黙、発信、貢献──同じ富でも、人によって使い道は違う。これは投資の最終的な意味を問う事例集である。
私が最後に強調したいのは、三人の中に共通する「自分との対話の能力」である。彼らは自分の失敗を直視し、自分の限界を理解し、自分のスタイルを確立した。これは投資以前に「人間としての成熟」の問題だ。投資で勝つということは、最終的には「自分自身を知る」ということに他ならない。
次に四季報をめくるとき、3,500社超ある日本の上場企業の中に、彼らの名前を探してみてほしい。BNFは姿を消したが、cisは大株主として時折現れる。テスタは保有銘柄を公開している。彼らの足跡を辿ることで、私たち自身の投資レンズも磨かれていく。そして願わくば、私たち自身も──資産規模は彼らに及ばなくとも──自分なりに「市場と向き合い、自分と向き合う」投資家人生を歩んでいきたい。彼らの背中を遠くから見つめながら、これからも丁寧に日本市場を観察していきたいと思う。
三巨頭は、日本の個人投資家にとっての「北極星」である。実際に到達することは難しい。しかし、その光を頼りに進む方向を決めることはできる。それだけでも、十分な恩恵を私たちは彼らから受けているのである。
