- はじめに——「20年間で手にしたお金」と「20年間で失ったお金」
- 第1章 22歳——「社会に出た年」の家計簿(2001年)
- 第2章 23〜25歳——「派遣を転々とし始めた時期」の家計簿(2002〜2004年)
- 第3章 26〜30歳——「借金の発生と返済の繰り返し」(2005〜2009年)
- 第4章 31〜35歳——「安定しない安定期」(2010〜2014年)
- 第5章 36〜40歳——「NISAを知った年、始められなかった年」(2015〜2019年)
- 第6章 41〜45歳——「何かを変えなければ」の焦り(2020〜2024年)
- 第7章 22年間の「生涯収支」を集計する
- 第8章 「正社員の同級生」との22年間の累積格差
- 第9章 「22年間の家計簿」が教えてくれること——5つの教訓
- 第10章 「もし22歳の自分に手紙を書けるなら」——最適化された22年間のシミュレーション
- 第11章 「45歳からの20年間」のシミュレーション——ここからが勝負
- 第12章 「手取り16万円の20年間」を振り返って——数字が語る真実
- 第13章 「見えないコスト」の正体——記録されない支出の全貌
- 第14章 「年齢ごとの幸福度」と「手取り額」の相関——お金と幸福の関係
- 第15章 「もし公務員になっていたら」の22年間シミュレーション
- 第16章 「22年間の時給推移」を可視化する——時給200円の上昇が人生に与えた影響
- 第17章 「22年間で食べたもやし炒め」の累計——食の記録で人生を振り返る
- 第18章 「22年間の転居歴」とそのコスト——引っ越し5回の累計費用
- 第19章 「22年間の医療費」累計——歯を放置したコストと健康投資のリターン
- 第20章 「同級生との格差」を生んだ決定的瞬間——2001年3月の分岐点
- 結論——「4437万円の使い道」を後悔しないために
はじめに——「20年間で手にしたお金」と「20年間で失ったお金」
2001年3月、大学を卒業した。22歳。就職氷河期の真っ只中。求人倍率0.99倍。100社以上に応募して、すべて不採用。正社員の椅子は「存在していたが、自分には用意されていなかった」。派遣会社に登録し、事務の仕事を始めた。時給1100円。1日8時間。月20日勤務。月収17万6000円。社会保険料と税金を引かれて手取り約14万円。ここから「手取り16万円の人生」が始まった——正確には「手取り14万円」からのスタートだった。
あれから23年。45歳。手取りは16万円になった。2万円上がるのに23年かかった。年平均870円の昇給。月に直すと72円。72円。もやし炒めの材料費にもならない。
この23年間で、自分はいくらのお金を手にし、いくらのお金を使い、いくらのお金が残ったか。そして同じ年に大学を卒業し正社員として就職した同級生は、同じ期間にいくらの「差」をつけたのか。このエッセイでは、22歳から45歳までの23年間の家計を「年ごと」に再現し、「1円単位の生涯家計簿」として記録する。数字は「推定値」だが、氷河期世代の非正規雇用者なら「ああ、こんなもんだった」と頷ける精度を目指す。
数字を並べることで見えてくるのは「なぜ貯金ができなかったのか」「なぜNISAを始められなかったのか」「なぜ借金をしたのか」の構造的な理由だ。「自分がダメだったから」ではない。「数字がそうだったから」だ。数字は嘘をつかない。数字は感情を排して、事実だけを語る。
第1章 22歳——「社会に出た年」の家計簿(2001年)
2001年4月。派遣社員としての初めての給料日。額面17万6000円。手取り14万2000円。「少ない」と思った。だが「もらえるだけましだ」とも思った。100社不採用の後だ。「働ける」だけでありがたかった。
22歳の月の支出。家賃4万5000円(東京郊外のワンルーム。築30年。風呂なし。銭湯通い)。食費2万円(ほぼ自炊。学生時代の延長でカップ麺とパスタ中心)。光熱費5000円(ガスなし。電気と水道のみ)。通信費5000円(携帯電話。当時はまだガラケー。パケ放題プラン)。交通費0円(定期券は派遣先が支給)。銭湯代4000円(1回400円×月10回)。日用品3000円。奨学金返済1万5000円(日本育英会。月額1万5000円×15年返済)。合計9万7000円。
手取り14万2000円−支出9万7000円=残り4万5000円。「4万5000円も余る」。22歳の自分は楽観的だった。だがこの「余り」は「使わなかった月の計算」であり、実際には「飲み会」「被服費」「医療費」「趣味」で消えていく。月の自由裁量費を2万5000円とすると、「貯金に回せるお金」は月2万円。年間24万円。「このペースなら10年で240万円貯まる」。22歳の計算。甘かった。
22歳の年間収入。額面17万6000円×12ヶ月=211万2000円。手取り14万2000円×12ヶ月=170万4000円。年間貯金額(理論値)。24万円。年間貯金額(実績値)。約8万円。「理論値と実績値のかい離」は「突発的な出費」が原因。引っ越しの初期費用(敷金礼金16万円を分割で支払った残り)。スーツの購入(面接用。1万5000円)。歯の治療(虫歯2本。自己負担6000円)。これらの「予定外の出費」が貯金を削った。
22歳の「同級生との比較」。正社員として大手メーカーに就職した同級生Aさん。初任給21万円。手取り17万円。ボーナス年間4ヶ月分=84万円。年間手取り約288万円。自分の年間手取り170万円。差額118万円。初年度で118万円の差がついた。この差は「年々広がっていく」。
第2章 23〜25歳——「派遣を転々とし始めた時期」の家計簿(2002〜2004年)
23歳。最初の派遣先の契約が6ヶ月で終了した。「更新なし」。理由は「業務量の減少」。自分の能力の問題ではないと説明されたが、「要らなくなった」のは事実だ。次の派遣先が決まるまで1ヶ月半の「空白期間」。この1ヶ月半が「最初の貯金取り崩し」だった。
空白期間の支出。家賃4万5000円+生活費5万円=月9万5000円×1.5ヶ月=14万2500円。22歳で貯めた8万円では足りない。不足分6万2500円は「親に借りた」。親に「ちょっと足りなくて……」と電話した。電話しながら泣いた。親は黙って6万円を振り込んでくれた。これが「最初の借金」だった。法的には借金ではないが、精神的には借金だった。「返さなきゃ」。この意識がその後の生活を圧迫した。
24歳。2つ目の派遣先。時給1150円。月収18万4000円。手取り14万8000円。少し上がった。だが「少し上がった」程度では生活は変わらない。親への返済を月5000円ずつ行い、12ヶ月で6万円を完済した。完済した月、発泡酒で「乾杯」した。一人で。壁に向かって。
25歳。3つ目の派遣先。時給1200円。月収19万2000円。手取り15万5000円。この頃から「手取り16万円の世界」に近づき始める。家賃を4万8000円の物件に引っ越した(風呂付き。築25年)。引っ越し費用は15万円。「貯金から出した」と言いたいところだが、貯金は3万円しかなかった。残り12万円は「消費者金融から借りた」。これが「本当の意味での最初の借金」だった。アコム。年利18%。
25歳の年間収入。手取り15万5000円×12ヶ月=186万円。年間支出。約180万円。年間貯金。約6万円。消費者金融の借入残高。12万円(月1万円ずつ返済中。利息込みで完済まで約14ヶ月)。
「同級生Aさん」の25歳。年収約400万円(手取り約320万円)。ボーナス込み。昇給あり。貯金は約200万円。自分との累積格差。手取りの合計差額は3年間で約400万円。貯金の差は約194万円。「たった3年で200万円の差」。これが「正社員と非正規の格差」の序章。
第3章 26〜30歳——「借金の発生と返済の繰り返し」(2005〜2009年)
26歳。消費者金融の12万円を完済した。14ヶ月かけて合計約13万8000円を返済した。元本12万円+利息1万8000円。利息だけで1万8000円。もやし炒め600食分。完済したとき「もう二度と借りない」と誓った。
27歳。4つ目の派遣先。事務+電話対応。時給1250円。手取り16万円。「手取り16万円」に到達した。22歳から5年かかった。5年かけて2万円上がった。年4000円の昇給。だが「手取り16万円」は「安定」ではない。「微増」だ。微増の中で生活費は「微増以上のペース」で上がっていく。
28歳。5つ目の派遣先。業務量が多く残業が月20時間あった。残業代が月2万5000円ほどついて、手取りが18万5000円に。「18万5000円!」。過去最高額。残業代の2万5000円は「ボーナスの代わり」だった。このとき「余ったお金」で初めて「貯金」らしい貯金を始めた。月1万5000円ずつ。年間18万円。
29歳。リーマンショック。2008年9月。「派遣切り」が社会問題になった年。自分も例外ではなかった。2009年3月、契約終了。「業績悪化のため」。「年越し派遣村」のニュースを見ながら「明日は我が身」と思った。そして明日が来た。次の仕事が見つかるまで3ヶ月。3ヶ月間の無収入。
29歳の「空白3ヶ月」の収支。収入ゼロ。支出。家賃4万8000円×3ヶ月=14万4000円。生活費5万円×3ヶ月=15万円。合計29万4000円。貯金は27万円あった。不足分2万4000円。再び消費者金融で3万円を借りた(2万4000円では不安だったので少し多めに)。「もう二度と借りない」の誓いは3年で破られた。
30歳。6つ目の派遣先が決まった。時給1200円。前の派遣先より50円下がった。手取り15万3000円。「下がった」。28歳のときの18万5000円が遠い過去に感じる。消費者金融の3万円を4ヶ月で完済。利息込みで3万2000円。利息2000円。もやし炒め67食分。
26〜30歳の5年間の総収入。約900万円(手取りベース。空白期間の無収入を含む)。同期間の総支出。約890万円。5年間の純貯金。約10万円。「5年間働いて、手元に残ったのが10万円」。これが「手取り16万円の現実」だ。年収200万円以下の世界では「貯金する」ことが「物理的に困難」であることを、数字が証明している。
「同級生Aさん」の30歳。年収約500万円。貯金約500万円。自分との累積格差。手取りの合計差額は8年間で約1200万円。貯金の差は約490万円。
第4章 31〜35歳——「安定しない安定期」(2010〜2014年)
31歳。7つ目の派遣先。比較的長く続いた。2年半。時給1300円。手取り16万5000円。「1300円まで来た」。22歳の1100円から10年で200円上がった。年平均20円の時給アップ。ジュース1本分。
この頃の月の支出を精密に再現する。家賃5万円(引っ越し。築20年のワンルーム。駅徒歩12分)。食費2万2000円(自炊中心。もやし炒めが定番になり始めた時期)。光熱費8000円(エアコンを夏冬に使うようになった)。通信費5000円(ガラケーからスマートフォンに変更。月5000円のプラン)。奨学金返済1万5000円(まだ返済中。残高約90万円)。国民年金1万5000円(この時期は厚生年金に加入していない派遣先だった)。国民健康保険1万2000円。日用品3000円。交通費0円(派遣先支給)。合計13万円。
手取り16万5000円−支出13万円=残り3万5000円。この3万5000円が「自由に使えるお金」。ここから「散髪代」「医療費」「被服費」「交際費(ほぼゼロだったが)」「突発的な出費」を捻出する。月に「本当に自由に使えるお金」は1万円〜1万5000円。発泡酒を月に10本買い、100均で日用品を買い、たまにコンビニで弁当を買う。それで終わり。
32歳。この年に「格安SIM」の存在を知った。月5000円のスマートフォン料金を月990円に変更した。月4010円の節約。年間4万8120円。「格安SIMに変えるだけで年間5万円近く浮く」。この発見は小さな革命だった。浮いた4010円を貯金に回し始めた。月の貯金額が1万円→1万4010円に。
33歳。8つ目の派遣先に異動(前の派遣先は2年半で契約終了)。時給1300円。手取り16万5000円。変わらない。「10年以上働いて、手取りが2万5000円しか上がっていない」。22歳のとき14万円。33歳で16万5000円。11年間で2万5000円の増加。年2272円。月189円。もやし炒めの材料費にすら届かない。
34歳。奨学金の返済がようやく終わった。22歳から12年間、月1万5000円ずつ。合計216万円。元本約200万円+利息約16万円。12年間、毎月の手取りから1万5000円が自動的に消えていた。この1万5000円が「自由になった」瞬間の開放感は、言葉にできない。1万5000円が浮いたので、月の貯金額を1万4010円→2万9010円に増やした。
35歳。貯金が初めて50万円を超えた。22歳から13年かかった。13年で50万円。年平均3万8000円。月平均3200円。「月3200円の貯金ペース」で50万円に到達するのに13年。この数字が「手取り16万円の貯蓄能力」の現実だ。
「同級生Aさん」の35歳。年収約600万円。貯金約1000万円。マイホーム購入(住宅ローン3000万円。だが「ローンを組める」こと自体が「安定の証」)。結婚済み。子ども1人。自分との累積格差。手取りの合計差額は13年間で約2800万円。貯金の差は約950万円。「同じ大学を出て、同じ年に社会に出たのに」。
第5章 36〜40歳——「NISAを知った年、始められなかった年」(2015〜2019年)
36歳。「NISA」という制度の存在を知った。非課税で投資できる。毎月積み立てれば、20年後に数百万円になる。「始めたい」。だが始められなかった。月の貯金2万9000円は「生活防衛資金」であり、投資に回す余裕がなかった。「投資は余裕資金でやるもの」。余裕資金がない人間にNISAは「絵に描いた餅」だった。
37歳。9つ目の派遣先。時給1350円。手取り17万円。「17万円!」。過去最高の定常月収(残業代なしで)。この500円の増加で「月の余裕」が500円増えた。500円。缶コーヒー3本分。人生を変える金額ではない。だが「確実に前に進んでいる」実感はあった。500円分だけ。
38歳。ついにNISAを始めた。月5000円の積立。貯金からの「切り崩し」ではなく、「月の貯金額の一部をNISAに振り替える」形。月の貯金2万9000円→貯金2万4000円+NISA5000円。貯金の増加ペースは下がるが「投資」を始めた。37歳。遅い。周りはとっくに始めている。だが「始めないより、遅くても始めたほうがいい」。
39歳。10個目の派遣先。「10社目」。22歳から17年間で10社を転々とした。平均在籍期間1年8ヶ月。最長2年半。最短3ヶ月。「10社のうち何社が自分の意思で辞めたか」。ゼロ。すべて「契約終了」または「契約非更新」。自分の意思で辞めたことは一度もない。辞める前に「辞めさせられる」。これが派遣社員の現実。
40歳。貯金が100万円を超えた。22歳から18年。18年で100万円。年平均5万5500円。月平均4600円。NISAの残高は約13万円(月5000円×約26ヶ月。運用益を含む)。合計約113万円。「18年間働いて113万円」。泣きたいような数字だが、「ゼロよりまし」。ゼロの時期が何年もあった。ゼロからここまで来た。
40歳の月の支出(精密版)。家賃5万円。食費2万円(もやし炒め完全定着。自炊率90%以上)。光熱費8000円。通信費990円(格安SIM)。国民健康保険1万5000円。住民税8000円。日用品3000円。交通費0円。サブスク0円(すべて解約済み)。散髪代1000円(月1回。1000円カット)。医療費0円(この月は通院なし)。合計12万3990円。
手取り17万円−支出12万3990円=残り4万6010円。貯金2万4000円+NISA5000円=2万9000円を積立に回すと、「自由に使えるお金」は1万7010円。「月1万7000円の自由」。これが「18年間の節約の末に到達した『少しだけ余裕のある生活』」だ。
「同級生Aさん」の40歳。年収約700万円。貯金約1500万円。NISA約300万円。住宅ローン残高約2500万円(だが「資産としての不動産」がある)。子ども2人。自分との累積格差。手取りの合計差額は18年間で約5400万円。金融資産の差は約1700万円。
第6章 41〜45歳——「何かを変えなければ」の焦り(2020〜2024年)
41歳。2020年。新型コロナウイルスのパンデミック。派遣先の業務が縮小。「契約終了」。11社目の終了。3ヶ月の空白期間。だが今回は「貯金が100万円ある」。3ヶ月の空白期間の生活費約24万円を貯金から賄えた。「借金しなくて済んだ」。これが「貯金の力」だ。18年かけて貯めた100万円のうち24万円を使った。貯金残高76万円。NISA残高約15万円。合計91万円。
42歳。12社目の派遣先が決まった。時給1400円。手取り17万5000円。コロナ後の人手不足で時給が少し上がった。「ようやく17万5000円」。22歳から20年で3万5000円の上昇。年1750円。月146円。
43歳。NISAの積立額を月5000円→月1万円に増やした。コロナ後にサブスクを徹底的に見直し、食費をさらに絞り、節約を極めた結果、月1万円の「追加投資枠」を捻出できた。月の積立。貯金1万9000円+NISA1万円=2万9000円(総額は変わらないが、NISAの比率を上げた)。
44歳。2024年。新NISA制度が始まった。非課税枠が大幅に拡大。「もっと投資したい」。だが月1万円が限界だった。NISAの残高は約80万円(月5000円×26ヶ月+月1万円×24ヶ月+運用益)。貯金は約120万円。合計約200万円。「22年間で200万円」。正社員の同級生Aさんの2年分のボーナスに相当する金額を、22年かけて貯めた。
45歳。現在。手取り16万円(派遣先が変わり、時給が1350円に下がった。手取り16万8000円。だが「約16万円」と丸めている)。13社目の派遣先。貯金130万円。NISA90万円。合計220万円。奨学金は完済済み。消費者金融の借金もない。借金ゼロ。「22年間かけて、借金ゼロ+資産220万円」。これが「手取り16万円の22年間の成果」だ。
第7章 22年間の「生涯収支」を集計する
22年間の手取り収入の合計を計算する。22歳:170万円。23歳:168万円。24歳:175万円。25歳:186万円。26歳:185万円。27歳:190万円。28歳:222万円(残業代込み)。29歳:153万円(空白3ヶ月あり)。30歳:184万円。31歳:198万円。32歳:198万円。33歳:198万円。34歳:198万円。35歳:198万円。36歳:198万円。37歳:204万円。38歳:204万円。39歳:204万円。40歳:204万円。41歳:170万円(空白3ヶ月あり)。42歳:210万円。43歳:210万円。44歳:210万円。合計:約4437万円。
22年間で手にした手取り収入の合計は「約4437万円」。年平均約193万円。月平均約16万1000円。
22年間の支出の合計。家賃(22年間の平均月4万8000円×12ヶ月×22年)=約1267万円。食費(平均月2万1000円×12×22)=約554万円。光熱費(平均月7500円×12×22)=約198万円。通信費(平均月3000円×12×22。格安SIM移行後を含む)=約79万円。社会保険料・税金(平均月3万5000円×12×22。天引き分を除く自己負担分)=約924万円。奨学金返済(月1万5000円×12年×12ヶ月)=216万円。消費者金融の利息合計=約4万円。日用品(平均月3000円×12×22)=約79万円。医療費(年平均3万円×22年)=約66万円。被服費(年平均2万円×22年)=約44万円。散髪代(年平均1万2000円×22年)=約26万円。交際費(年平均1万円×22年)=約22万円。冠婚葬祭(22年間合計)=約15万円。引っ越し費用(5回×平均12万円)=約60万円。家電買い替え(22年間合計)=約30万円。その他の雑費(年平均5万円×22年)=約110万円。
支出合計:約3694万円。
手取り収入4437万円−支出3694万円=約743万円。これが「22年間の純蓄積額」。だが実際の資産は220万円しかない。差額の523万円はどこに消えたか。「空白期間の生活費取り崩し」「消費者金融の利息」「記録に残らない小さな出費の積み重ね」。家計簿をつけていない人間の「使途不明金」は、長期間で数百万円に達する。「使途不明金523万円」。これは「家計管理をしていなかったコスト」であり、「封筒管理法を早く知っていれば防げたかもしれない金額」だ。
第8章 「正社員の同級生」との22年間の累積格差
同級生Aさん(正社員・大手メーカー勤務)の22年間。年収の推移。22歳:300万円。25歳:400万円。30歳:500万円。35歳:600万円。40歳:700万円。45歳:750万円。22年間の手取り総収入:約8800万円(推定。ボーナス・昇給を含む)。
自分の22年間の手取り総収入:4437万円。差額:約4363万円。「22年間で4363万円の差」。これは「努力の差」ではなく「22歳の時点での就職先の差」が22年間にわたって複利のように膨張した結果だ。22歳のときの「不採用通知1通」が、22年後に「4363万円の差」に化けた。
Aさんの45歳時点の資産。貯金1500万円。NISA300万円。不動産(マイホーム。評価額3000万円。ローン残高2000万円。純資産1000万円)。退職金見込み2000万円(定年時)。合計約4800万円(退職金見込み含む)。
自分の45歳時点の資産。貯金130万円。NISA90万円。不動産なし。退職金なし。合計220万円。
資産の差:約4580万円。この4580万円が「新卒で正社員になれたかどうか」の差。4580万円はもやし炒め15万2667食分。1日3食もやし炒めを食べても139年分。人生が2回分ある。
だが「差を嘆く」ことに意味はない。嘆いても4580万円は戻らない。4580万円の差を「これから」縮める方法を考える。公務員試験に合格すれば、45歳〜65歳の20年間で生涯収入の差を大幅に縮められる(公務員の安定性徹底検証参照)。NISAの積立を月2万円に増やせれば、20年後に約822万円。公務員の退職金800万円+NISA822万円=約1622万円。「45歳からの20年間で1622万円」。Aさんとの差4580万円を完全に埋めることはできないが、「老後の生活」に必要な金額は確保できる。「差を埋める」のではなく「自分に必要な金額を確保する」。これが現実的な目標だ。
第9章 「22年間の家計簿」が教えてくれること——5つの教訓
教訓1は「手取り16万円では『貯金する』ことが構造的に困難」。22年間の月の「自由に使えるお金」は平均1〜2万円。この金額から貯金しようとすると「突発的な出費1回で貯金がゼロに戻る」。「貯金できないのは意志が弱いから」ではなく「数字的に不可能に近いから」。手取りが少なすぎる。
教訓2は「空白期間(無収入期間)が最大の敵」。22年間で5回の空白期間。合計約10ヶ月。10ヶ月の無収入は「10ヶ月分の生活費を貯金から取り崩す」ことを意味する。10ヶ月×月8万円(最低生活費)=80万円。「80万円を稼ぐのに何年かかったか」を考えると、空白期間の破壊力がわかる。「生活防衛資金の重要性」はここにある。
教訓3は「社会保険料・税金の負担は重い」。22年間で社会保険料・税金(自己負担分)に約924万円を支払った。手取り総収入4437万円の約20.8%。「稼いだお金の5分の1が社会保険料と税金」。これは「国の制度」であり個人では変えられない。だが「節税(確定申告による還付金の取得等)」と「制度の活用(高額療養費制度等)」で「負担を最適化する」ことはできる。
教訓4は「奨学金の返済が12年間、月1万5000円を圧迫し続けた」。12年間で216万円。この216万円を「NISAに投資していたら」。月1万5000円×12年×年利5%=約295万円。「奨学金の返済に使った216万円が、NISAに回せていれば295万円になっていた」。差額79万円。「奨学金が存在しなければ」のifは虚しいが、「奨学金を早く完済してNISAに切り替える」ことの重要性を示している。
教訓5は「家計管理をしていなかったことで523万円の使途不明金が発生した」。22年間で523万円。月平均2万円。「毎月2万円がどこに消えたかわからない」。この2万円を「毎月NISAに投資していたら」。月2万円×22年×年利5%=約915万円。「使途不明金523万円がNISAに化けていたら915万円」。この数字が「家計管理の価値」を物語る。封筒管理法を22歳のときに知っていれば——。
第10章 「もし22歳の自分に手紙を書けるなら」——最適化された22年間のシミュレーション
タイムマシンがあったら、22歳の自分に手紙を書く。「これだけは守れ」という5つの指示。
指示1。「格安SIMが出たらすぐに変えろ。22年間で約60万円浮く」。指示2。「奨学金は最低額で返済しつつ、余裕ができたら繰り上げ返済しろ」。指示3。「消費者金融には絶対に手を出すな。親に借りろ。恥ずかしくても親に借りろ」。指示4。「封筒管理法を22歳から始めろ。使途不明金をゼロにしろ」。指示5。「NISAが始まったら(2014年)、月5000円でいいから即座に始めろ。1年でも早く」。
この5つの指示に従った場合の「最適化シミュレーション」。格安SIM移行で年間4万8000円×15年=72万円の節約。消費者金融を使わず利息4万円を回避。封筒管理法で使途不明金を年間10万円→年間2万円に削減。8万円×22年=176万円の追加貯蓄。NISAを2014年(33歳)から月1万円で開始。10年×月1万円×年利5%=約155万円。
最適化の効果合計。72万円+4万円+176万円+155万円=約407万円。実際の資産220万円+最適化効果407万円=約627万円。「最適な家計管理をしていれば、45歳時点で627万円の資産があった」。実際の220万円との差は407万円。
627万円あれば——。生活防衛資金50万円を確保しても残り577万円。577万円をNISAで運用すれば(45歳〜65歳の20年間。年利5%)、約1530万円に。退職金なし・ボーナスなしの派遣社員でも「老後資金1530万円」が視野に入る。「22歳の自分が家計管理をしていれば」のifは虚しいが「45歳の今からでも間に合う」のは事実だ。
第11章 「45歳からの20年間」のシミュレーション——ここからが勝負
過去の22年間は変えられない。だが「これからの20年間」は変えられる。45歳から65歳までの20年間をシミュレーションする。
シナリオ1は「現状維持」。派遣社員のまま。手取り16万円。月の貯金1万9000円+NISA1万円。20年間。貯金:1万9000円×12×20=456万円。NISA:月1万円×20年×年利5%=約411万円。合計867万円。現在の資産220万円を加えると約1087万円。退職金なし。年金は月約8万円(国民年金+厚生年金の見込み)。「手取り16万円のまま20年間頑張れば、65歳時点で1087万円」。年金月8万円+NISAの取り崩し月2万円=月10万円の老後。ギリギリだが「生きていける」。
シナリオ2は「公務員試験に合格した場合」。45歳で公務員採用。手取り約20万円(地域手当含む)。ボーナス年間約100万円。月の貯金3万円+NISA2万円。20年間。貯金:3万円×12×20=720万円。NISA:月2万円×20年×年利5%=約822万円。ボーナスからの貯蓄:年50万円×20年=1000万円。退職金:約700万円。合計3242万円。現在の資産220万円を加えると約3462万円。年金は月約12万円(厚生年金の上乗せあり)。「公務員になれば、65歳時点で3462万円」。年金月12万円+NISAの取り崩し月3万円=月15万円の老後。「余裕のある老後」。
シナリオ1とシナリオ2の差。65歳時点の資産差:3462万円−1087万円=2375万円。月の老後収入差:15万円−10万円=5万円。「公務員試験に合格するかどうかで、老後の資産が2375万円、月収が5万円違う」。公務員試験の勉強時間は200〜500時間。500時間で2375万円の差。時給に換算すると4750円。「公務員試験の勉強は時給4750円の仕事」。世界一割の良い仕事だ。
第12章 「手取り16万円の20年間」を振り返って——数字が語る真実
22年間の数字を振り返る。手取り総収入:4437万円。支出総額:約3694万円。使途不明金:約523万円。資産残高:220万円。奨学金返済総額:216万円。消費者金融利息:約4万円。空白期間の取り崩し:約80万円。派遣先の数:13社。契約終了の回数:12回。消費者金融を利用した回数:2回。
この数字が語る「真実」は何か。
真実1は「手取り16万円でも、22年間で220万円を貯めることはできた」。不可能ではなかった。極めて困難だったが、「もやし炒めを食べ、発泡酒を飲み、格安SIMに変え、サブスクを解約し、封筒管理法を実践すれば」可能だった。220万円は「少ない」が「ゼロではない」。ゼロと220万円の差は「天と地」だ。
真実2は「22歳の時点での就職先の違いが、45歳時点で4580万円の資産差を生んだ」。これは「個人の努力の差」ではなく「社会の構造の差」だ。同じ能力を持つ二人の人間が、求人倍率0.99倍の年に「正社員になれたか、なれなかったか」の分岐で、22年後に4580万円の差がつく。この差を「自己責任」と呼ぶのは残酷すぎる。
真実3は「家計管理をしていれば、407万円多く貯められた可能性がある」。使途不明金523万円のうち、封筒管理法で176万円を回収できた計算。「知識」と「仕組み」があれば、同じ手取りでも「結果」が変わる。「知っているかどうか」が「人生の数百万円」を左右する。
真実4は「45歳からでも遅くない」。シナリオ1(現状維持)でも65歳時点で1087万円。シナリオ2(公務員)なら3462万円。「過去は変えられないが、未来は変えられる」。22年間の数字に絶望する必要はない。「これからの20年間の数字」を自分で書き換える力が、45歳の自分にはある。
第13章 「見えないコスト」の正体——記録されない支出の全貌
22年間の「使途不明金523万円」。月平均2万円。この「見えないコスト」は何に消えたのか。記憶を辿りながら「見えないコスト」の正体を洗い出す。
見えないコスト1は「コンビニの少額購入」。出勤前のコーヒー150円。昼休みのおにぎり130円。帰宅途中の菓子パン120円。1日400円。月20日で8000円。年間9万6000円。22年間で211万2000円。「コンビニに毎日400円使うだけで22年間で211万円」。この数字は衝撃的だ。「コンビニに寄る習慣をやめるだけで211万円貯まる」。もちろん22年間毎日コンビニに行っていたわけではない。だが「平均して1日200円のコンビニ支出」なら年間4万8000円×22年=105万6000円。使途不明金523万円のうち約100万円が「コンビニの少額購入」の可能性がある。
見えないコスト2は「自販機の飲料」。ペットボトルの水150円。缶コーヒー130円。1日1本として月20日で3000円。年間3万6000円。22年間で79万2000円。「水筒を持っていれば79万円浮いた」。水筒は100均で550円。550円の投資で79万円のリターン。年利にすると——計算不能なほど高い。
見えないコスト3は「ATMの手数料」。コンビニATMの手数料220円。月に3回引き出すと660円。年間7920円。22年間で17万4240円。「ATM手数料だけで17万円」。ネット銀行なら手数料が月数回無料。住信SBIネット銀行やソニー銀行に口座を開くだけで22年間で17万円の節約。17万円はもやし炒め5667食分。
見えないコスト4は「サブスクの解約忘れ」。使っていないのに月額が引き落とされているサービス。月500円のサブスク1つを3年間解約し忘れると1万8000円。22年間で「解約し忘れたサブスク」の合計は推定5〜10万円。「使っていないものにお金を払い続ける」のは「見えないコスト」の典型。
見えないコスト5は「衝動買い」。給料日直後の「ちょっとした贅沢」。普段買わないスイーツ400円。新刊の漫画600円。セールの服2000円。これらの「ちょっとした衝動買い」が月に3000〜5000円。年間3万6000〜6万円。22年間で79万2000〜132万円。「衝動買いの合計が100万円近い」。衝動買いは「買った瞬間」は満足するが、「3日後」には存在を忘れている。忘れるものに100万円使った。
見えないコスト6は「保険料の過払い」。社会人になったとき「保険に入らなきゃ」と思い、勧誘されるまま民間の医療保険に加入した。月3000円。年間3万6000円。22年間で79万2000円。だが45歳独身・非正規の自分に「民間の医療保険」は必要だったか。高額療養費制度があれば、月の自己負担上限は約5万7600円(住民税非課税世帯なら3万5400円)。「入院しても月5〜6万円で済む」のなら、民間保険は不要だったかもしれない。生活防衛資金が50万円あれば、高額療養費制度で十分カバーできる。79万円の保険料のうち、保険金として戻ってきたのは——ゼロ。22年間、一度も入院していない。79万円が「掛け捨て」として消えた。
見えないコストの合計推定。コンビニ100万円+自販機79万円+ATM手数料17万円+サブスク解約忘れ8万円+衝動買い100万円+保険の過払い79万円=383万円。使途不明金523万円の73%に相当。残り140万円は「本当に何に使ったか思い出せないお金」。「レシートのないお金」「財布から消えたお金」「気づいたら口座から減っていたお金」。これが「見えないコスト」の恐ろしさだ。1回の金額は小さい。100円、200円、500円。だが22年間積み重ねると500万円を超える。
第14章 「年齢ごとの幸福度」と「手取り額」の相関——お金と幸福の関係
22年間の「手取り額」と「主観的な幸福度」を年齢ごとに振り返る。幸福度を10点満点で自己評価する。
22歳。手取り14万2000円。幸福度:5点。「社会に出られた喜び」と「少なすぎる手取り」が半々。希望と不安が入り混じっていた。23歳。手取り14万2000円。幸福度:3点。最初の契約終了。空白期間。親に借金。「社会に出た喜び」が消えて「不安」だけが残った。24歳。手取り14万8000円。幸福度:4点。新しい派遣先で働き始め、「なんとかなるかも」と思い始めた。25歳。手取り15万5000円。幸福度:3点。消費者金融で初めて借金。「ここまで落ちたか」という自己嫌悪。26歳。手取り15万円。幸福度:4点。借金を完済。「もう二度と借りない」の決意。
27歳。手取り15万5000円。幸福度:4点。可もなく不可もない日常。もやし炒めが定番になり始めた。28歳。手取り18万5000円(残業代込み)。幸福度:6点。過去最高の手取り。「少しだけ余裕がある」幸福。この年が22年間で「最も幸福度が高い年の一つ」だった。月2万5000円の差(通常の16万円と比べて)が幸福度を2ポイント上げた。「お金の余裕は幸福度に直結する」の実感。29歳。手取り12万7500円(平均。空白期間含む)。幸福度:2点。リーマンショック。派遣切り。空白3ヶ月。再び消費者金融。22年間で「最も幸福度が低い年」。
30歳。手取り15万3000円。幸福度:4点。新しい派遣先。借金を再び完済。「リセット」した感覚。31〜33歳。手取り16万5000円。幸福度:4点。「安定しない安定期」。変化がない。変化がないのは「良いこと」でもあり「退屈」でもある。34歳。手取り16万5000円。幸福度:5点。奨学金完済!12年間の重荷が消えた。1万5000円が自由になった。「開放感」で幸福度が1ポイント上がった。
35歳。手取り16万5000円。幸福度:5点。貯金50万円達成。「50万円」という数字が安心感を生んだ。36歳。手取り16万5000円。幸福度:4点。NISAを知ったが始められない焦り。37歳。手取り17万円。幸福度:4点。500円の昇給。「500円で何が変わるか」の虚しさ。38歳。手取り17万円。幸福度:5点。NISAを始めた!月5000円だが「投資家になった」感覚。
39歳。手取り17万円。幸福度:4点。10社目の派遣先。「また転々としている」の虚しさ。40歳。手取り17万円。幸福度:5点。貯金100万円達成。「100万円」の大台に乗った達成感。41歳。手取り14万1700円(平均。コロナ空白含む)。幸福度:3点。コロナ禍。派遣切り。だが「貯金があるから借金しなくて済んだ」安心感。42歳。手取り17万5000円。幸福度:5点。コロナ後の再就職。時給が少し上がった。43歳。手取り17万5000円。幸福度:5点。NISAの積立を月1万円に増やせた。44歳。手取り17万5000円。幸福度:5点。新NISAスタート。資産200万円突破。45歳(現在)。手取り16万8000円。幸福度:5点。「ここまで来た」の静かな達成感。
22年間の幸福度の平均は約4.2点(10点満点中)。「半分以下」。だが「最低2点の年」があったからこその「5点の今」。最低を経験した人間にとって、「普通」は「幸福」だ。手取りが高い年(28歳の18.5万円)は幸福度も高い(6点)。手取りが低い年(29歳の12.7万円)は幸福度も低い(2点)。「お金と幸福は相関する」。特に「低所得者にとっては」。年収800万円の人が850万円になっても幸福度はあまり変わらない。だが手取り14万円の人が16万円になると幸福度は確実に上がる。「限界効用」の理論通りだ。
第15章 「もし公務員になっていたら」の22年間シミュレーション
仮に22歳で公務員試験に合格し、地方自治体の一般行政職として採用されていたら。22年間の家計簿はどう変わっていたか。
22歳(公務員1年目)。初任給月額約18万5000円(大学卒初任給。地域手当含む)。手取り約15万5000円。ボーナス年間約3.5ヶ月分=約64万7500円。年間手取り約250万7500円。非正規の自分(年間手取り170万4000円)との差額:80万3500円。初年度から80万円の差。
25歳(公務員4年目)。月給約20万5000円。手取り約17万円。ボーナス年間約4ヶ月分=82万円。年間手取り約286万円。非正規の自分(186万円)との差額:100万円。累計差額:約360万円。
30歳(公務員9年目)。月給約24万円。手取り約20万円。ボーナス年間約4.3ヶ月分=103万2000円。年間手取り約343万2000円。非正規の自分(184万円)との差額:159万2000円。累計差額:約960万円。
35歳(公務員14年目)。月給約28万円。手取り約23万円。ボーナス年間約4.4ヶ月分=123万2000円。年間手取り約399万2000円。非正規の自分(198万円)との差額:201万2000円。累計差額:約1860万円。
40歳(公務員19年目)。月給約32万円。手取り約26万円。ボーナス年間約4.5ヶ月分=144万円。年間手取り約456万円。非正規の自分(204万円)との差額:252万円。累計差額:約3080万円。
45歳(公務員23年目)。月給約35万円。手取り約28万5000円。ボーナス年間約4.6ヶ月分=161万円。年間手取り約503万円。非正規の自分(201万6000円)との差額:301万4000円。22年間の累計差額:約4580万円。
公務員の22年間の手取り総収入:約9017万円。非正規の22年間の手取り総収入:4437万円。差額:4580万円。公務員の45歳時点の推定資産。貯金約1200万円。NISA約400万円。退職金見込み約1800万円(定年時)。合計約3400万円。非正規の資産220万円。差額3180万円。
「もし公務員になっていたら」の22年間で得られたであろう「追加的な安心」。住宅ローンが組めた(→マイホームの可能性)。結婚できた可能性が高まった。貯金の余裕で「旅行」「趣味」「自己投資」ができた。奨学金を5年で完済できた(月3万円の返済が可能)。消費者金融に頼る必要がなかった。毎月の「お金の不安」がなかった。
だが「もし」は「もし」だ。22歳のときに公務員試験に受からなかったのは「倍率が高すぎたから」であり、「自分がダメだったから」だけではない。当時の公務員試験の倍率は10〜50倍。50人に1人しか受からない試験に落ちたことを「恥じる」必要はない。「もし」を嘆くより「これから」を変える。45歳からの公務員試験。遅いが、不可能ではない。「45歳で受かれば、65歳までの20年間で1622万円の資産」(第11章参照)。「もし」を「これから」に変える力が、このシミュレーションにはある。
第16章 「22年間の時給推移」を可視化する——時給200円の上昇が人生に与えた影響
22歳から45歳までの時給の推移を一覧にする。22歳:1100円。23歳:1100円。24歳:1150円。25歳:1200円。26歳:1200円。27歳:1250円。28歳:1250円(+残業代)。29歳:1200円(下がった)。30歳:1200円。31歳:1300円。32歳:1300円。33歳:1300円。34歳:1300円。35歳:1300円。36歳:1300円。37歳:1350円。38歳:1350円。39歳:1350円。40歳:1350円。41歳:1350円。42歳:1400円。43歳:1400円。44歳:1400円。45歳:1350円(下がった)。
22年間で時給は1100円→1350円。上昇幅250円。年平均11.4円。1時間あたり11.4円の昇給。コンビニのガム1個分にも満たない。この「時給250円の上昇」が22年間の「月収の上昇」に換算すると、1日8時間×月20日×250円=月4万円。月4万円の上昇。年48万円。22年間の累計では——単純計算できないが、後半の年ほど時給が高いので、ざっくり年間平均で約8万円多く稼いだ計算。22年間で約176万円。「22年間の時給上昇による追加収入が176万円」。年平均8万円。月平均6700円。もやし炒め223食分。
一方、この22年間で「物価」はどうなったか。消費者物価指数(総合)は2001年を100とすると2024年は約112。12%の上昇。月収14万2000円×1.12=15万9040円。「物価上昇を考慮すると、実質的な手取りはほとんど変わっていない」。名目では14万2000円→16万8000円に上がったが、物価上昇を差し引くと実質的な上昇は約8000円。22年間で実質8000円。年間約360円。月30円。実質的にはもやし炒め1食分の昇給。
これが「氷河期世代の非正規雇用者の22年間の賃金上昇の実態」だ。「頑張っても報われない」は感情論ではなく「数字で証明される事実」だ。
第17章 「22年間で食べたもやし炒め」の累計——食の記録で人生を振り返る
もやし炒めが「定番」になったのは27歳頃。それ以降約18年間、週に3〜4回のペースで食べてきた。控えめに見積もって週3回×52週×18年=2808回。もやし1袋30円×2808回=8万4240円。豚こま100円×2808回=28万800円。醤油・油等の調味料を含めて1食あたり約150円×2808回=42万1200円。「18年間で42万円のもやし炒め」。
もし「毎回もやし炒めの代わりにコンビニ弁当(550円)を買っていたら」。550円×2808回=154万4400円。もやし炒めとの差額:154万4400円−42万1200円=112万3200円。「もやし炒めを選んだことで112万円節約した」。112万円はNISAの資産90万円よりも大きい。「もやし炒めがNISAよりも多くの資産を生み出した」。もやし炒めは「最強の資産形成ツール」であったことが、数字で証明された。
もやし炒め以外に22年間で食べたもの。カップ麺(推定500回。1食130円×500=6万5000円)。パスタ(推定600回。1食80円×600=4万8000円)。納豆ご飯(推定1000回。1食70円×1000=7万円)。食パン(推定2000食。1食30円×2000=6万円)。その他の自炊(推定3000回。1食200円×3000=60万円)。外食(推定200回。1食700円×200=14万円)。コンビニ弁当(推定300回。1食550円×300=16万5000円)。22年間の食費合計推定:約157万円(自炊分)+30万5000円(外食・コンビニ)=約187万5000円。月平均約7100円。「月7100円の食費」は「世界的に見てもかなり低い」。
第18章 「22年間の転居歴」とそのコスト——引っ越し5回の累計費用
22年間で5回引っ越した。引っ越しの理由はすべて「契約終了に伴う勤務地の変更」または「家賃の見直し」。自分の意思で「もっと良い部屋に住みたい」と引っ越したことは一度もない。すべて「経済的な理由」だ。
引っ越し1回目(22歳)。実家→東京郊外のワンルーム。初期費用16万円(敷金礼金)。引っ越し費用3万円(荷物が少なかったので赤帽で)。合計19万円。引っ越し2回目(25歳)。風呂なし→風呂あり物件。初期費用12万円。引っ越し費用3万円。合計15万円。この引っ越しで消費者金融から12万円借りた。引っ越し3回目(31歳)。駅遠→駅近物件。初期費用14万円。引っ越し費用4万円。合計18万円。引っ越し4回目(37歳)。家賃5万2000円→5万円への減額目的。初期費用10万円。引っ越し費用3万円。合計13万円。引っ越し5回目(42歳)。勤務地変更に伴う引っ越し。初期費用8万円(ゼロゼロ物件)。引っ越し費用2万5000円(レンタカー自力搬送)。合計10万5000円。
5回の引っ越しの合計費用:75万5000円。22年間で75万円。年平均3万4000円。「引っ越しのたびに数万〜十数万円が消える」。これは「見えにくいコスト」だ。引っ越し回数を減らせば、コストを節約できる。「長く住める物件を最初から選ぶ」ことの経済的価値は大きい。
第19章 「22年間の医療費」累計——歯を放置したコストと健康投資のリターン
22年間の医療費。22〜25歳:年平均5000円(若いので病院にほとんど行かなかった)。26〜30歳:年平均1万円(風邪で年1回通院)。31〜35歳:年平均2万円(歯の治療が増え始めた。虫歯3本の治療で計1万5000円)。36〜40歳:年平均3万円(健康診断で「要再検査」が増え始めた。胃カメラ1回8000円)。41〜45歳:年平均4万円(歯のクラウン1本で2万円。腰痛の通院で年5000円。花粉症の薬で年3000円)。22年間の医療費合計:約48万円。月平均約1800円。
「月1800円の医療費」は「安い」ように見えるが、「安い理由」は「行くべきときに病院に行っていないから」だ。歯の検診を10年間放置した結果、虫歯が進行してクラウン(被せもの)が必要になった。「定期検診に通っていれば5000円で済んだ治療が、放置したせいで2万円かかった」。これは「節約したつもりが逆に高くついた」典型例。
「予防に使う1万円」と「治療に使う5万円」。前者のほうが「安い」。22年間で「予防的な医療(定期検診、歯科検診、予防接種)」に使った金額はほぼゼロ。この「ゼロ」が今後の医療費を押し上げる可能性がある。45歳以降は「予防に投資する」。歯科検診年2回(6000円)。健康診断年1回(会社の補助がなければ自費で1万円)。インフルエンザ予防接種年1回(3500円)。年間約2万円の「予防投資」。この2万円が「将来の高額医療費」を防ぐ。
第20章 「同級生との格差」を生んだ決定的瞬間——2001年3月の分岐点
2001年3月。大学の卒業式。同級生Aさんは「内定先の大手メーカー」の入社式を控えて晴れやかだった。自分は「不採用通知100通」を部屋の隅に積み上げて、「明日から何をすればいいのか」を考えていた。この日が「分岐点」だった。Aさんは「正社員レール」に乗った。自分は「非正規レール」に乗った。2つのレールは「同じ駅」から出発したが、「違う方向」に伸びていった。
だがこの「分岐」は「自分が選んだ」ものではない。「社会が振り分けた」ものだ。求人倍率0.99倍。100人の学生に対して99の椅子。1人は座れない。その1人が自分だった。「なぜ自分が1人だったのか」。運。タイミング。面接での一言。エントリーシートの書き方。これらの「微小な差」が「45歳時点の4580万円の差」に拡大した。
2001年3月の分岐点を「やり直す」ことはできない。だが「2025年の分岐点」を自分で作ることはできる。公務員試験に合格すれば、「新しいレール」に乗れる。45歳からの新しいレール。遅いスタートだが、レールは「確実に目的地(65歳の退職)に向かっている」。遅くても着く。着けばいい。
結論——「4437万円の使い道」を後悔しないために
22年間で手にした4437万円。この金額は「少ない」。正社員の同級生の半分。だが「自分が手にしたすべてのお金」だ。このお金の使い道を「後悔しない」ために、これからの20年間は「1円単位で」管理する。封筒管理法で。NISAで。家計簿で。「使途不明金」をゼロにする。「もやし炒めに使った30円」も「発泡酒に使った135円」も「NISAに投資した1万円」も、すべて「意図を持って使ったお金」にする。
意図を持って使ったお金は「後悔」にならない。「もやし炒めに30円使ったことを後悔するか?」しない。「発泡酒を飲んだことを後悔するか?」しない。「NISAに投資したことを後悔するか?」しない。「何に使ったかわからない523万円を後悔するか?」する。後悔は「意図のない支出」から生まれる。意図のある支出からは「納得」が生まれる。
これからの20年間。手取り16万円でも、月1万円をNISAに。月2万円を貯金に。「意図を持って」お金を使う。20年後の65歳の自分が「45歳の自分、よくやったな」と言ってくれるように。4437万円の次の章を、「意図を持って」書き始める。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。数値はすべて推定であり、個人の状況によって大きく異なります。

