はじめに——「生きがいがない」は「推しがいない」だけかもしれない
「生きがいがない」。45歳独身、非正規雇用、手取り16万円。仕事にやりがいはない。趣味もない。休日は何もせずに終わる。「何のために生きているのかわからない」。この虚無感を、多くの氷河期世代が抱えている。
だが「生きがいがない」のは、「生きがいを見つける方法」を知らないだけかもしれない。近年「推し活」という言葉が広まった。アイドル、俳優、声優、スポーツ選手、Vtuber、アニメキャラクター。「推し」と呼ばれる「応援する対象」を持ち、その活動を追いかけ、応援する。この「推し活」が、「生きがい」の強力な源泉になる。
「推し活は若い女性がやるものでは?」。いいや。推し活に年齢制限も性別制限もない。45歳の独身男性がプロ野球チームを「推し」ても、地下アイドルを「推し」ても、歴史上の人物を「推し」ても、何の問題もない。推しがいれば、毎日に「楽しみ」が生まれる。楽しみがあれば、明日を迎える理由ができる。「発泡酒の一口のために明日を生きる」に加えて、「推しの新情報を見るために明日を生きる」。生きる理由が2つに増える。
「推し」とは何か——45歳男性にとっての再定義
「推し」の定義は広い。「自分が応援したい・注目したい対象」のすべてが「推し」になりうる。若者の文脈ではアイドルや声優が典型的だが、45歳男性の推しは「何でもあり」だ。
推しの候補1は「スポーツチーム・選手」。地元のプロ野球チーム、Jリーグのクラブ、大相撲の力士、高校野球の地元代表。スポーツの「推し活」は男性にとって最もハードルが低い。テレビで試合を見る(0円)。ネットで結果をチェックする(0円)。選手の成績を追いかける(0円)。勝てば嬉しい。負ければ悔しい。この「感情の揺れ」が、フラットな日常に「起伏」を生む。起伏があれば、毎日が少しだけ面白くなる。
推しの候補2は「歴史上の人物」。戦国武将、幕末の志士、古代ローマの皇帝。「歴史推し」は0円で深く楽しめる。図書館で伝記を借りる。NHKの大河ドラマを見る。城跡や史跡を散歩がてら訪れる。「推し武将」のことを調べれば調べるほど、知識が増え、歴史への理解が深まる。知識は「教養」であり、会話のネタにもなる。
推しの候補3は「料理研究家・YouTuber」。リュウジ、料理のお兄さん、至高のレシピ。「料理系YouTuber推し」は実益を兼ねる。推しのレシピを試して自炊スキルが上がり、食費が下がる。推しの新動画が「明日の夕食のヒント」になる。「推し活=自炊スキルアップ=節約」。最強の推し活。
推しの候補4は「地元の風景・自然」。「推し」は人間である必要はない。近所の公園の桜の木。通勤途中の猫。夕暮れの空の色。「この桜の木を推す」。毎日通りかかるたびに「今日の桜はどうかな」と見上げる。春に花が咲けば歓喜する。散ったら切なくなる。夏に新緑を褒める。秋に紅葉を愛でる。冬に裸の枝を励ます。「桜の木を1年間推す」だけで、365日の日常に「季節の彩り」が加わる。コスト0円。
推しの候補5は「自分自身」。これは半ば冗談で半ば本気だ。「自分を推す」。毎日、自分の小さな成果を褒める。「今日もやし炒めを作った。偉い」「今日30分散歩した。偉い」「今日も生き延びた。偉い」。自分を推すことは「自己肯定感の強制回復」であり、精神的な健康に直結する。
「0円の推し活」の具体的方法
推し活に「お金をかける」必要はない。グッズを買う、ライブに行く、課金する。これらは「お金がある人の推し活」だ。手取り16万円の氷河期世代は「0円の推し活」を極める。
方法1は「情報を追いかける」。推しのSNS(X、Instagram)をフォローする。0円。推しの最新情報がタイムラインに流れてくる。新しい情報があるたびに「お、動きがあったな」と嬉しくなる。情報を追いかけるだけで、日常に「小さなイベント」が生まれる。
方法2は「推しについて語る」。推しのことを語る場所を見つける。Xのハッシュタグ、5ch(掲示板)、Discord。同じ推しを持つ人たちと感想を共有する。「あの試合、最高だったよな」「あの選手、今シーズンは調子がいい」。共有の喜び。一人で推すより、誰かと推すほうが楽しい。そして「共有する相手」がいることで、孤独感が和らぐ。
方法3は「推しの聖地巡礼」。推しに関連する場所を訪れる。プロ野球なら球場の周辺を散歩する(入場しなくても雰囲気は味わえる)。歴史推しなら城跡や記念館を訪れる(無料の場所も多い)。アニメ推しなら舞台になった街を歩く。「聖地巡礼」は「散歩+推し活」の二重効果。交通費は徒歩圏内なら0円。
方法4は「推しノート」を作る。推しに関する情報、感想、メモをノートに書く。100均のノート(110円)と100均のペン(110円)。合計220円の初期投資。「今日の推しの活動」「推しの成績」「推しに対する自分の感想」を書き溜める。1年後に読み返すと「あの頃こんなことがあったな」と思い出に浸れる。推しノートは「0円の日記」であり「0円の思い出帳」だ。
「推し活」が精神にもたらす5つの効果
効果1は「生きる理由が増える」。「推しの次の試合を見るために、今週を乗り切ろう」。「推しの新曲が来月出るから、それまで生きよう」。大げさに聞こえるかもしれないが、「明日の楽しみ」が精神の支えになることは心理学的にも裏付けられている。「楽しみの予測」はドーパミンを分泌し、意欲を高める。推しは「ドーパミンの供給源」だ。
効果2は「感情の起伏が生まれる」。氷河期世代の日常は「フラット」だ。嬉しいことも悲しいこともない。ただ「無」が続く。推し活は感情に「波」を作る。推しが勝てば嬉しい。負ければ悔しい。新情報にワクワクする。不調な時期にヤキモキする。この「感情の波」が、フラットな日常に「生きている実感」を取り戻す。
効果3は「社会とのつながりが生まれる」。推しを通じて「同じ推しを持つ人」とつながる。SNSのコミュニティ、ファンクラブ、掲示板。「推しが同じ」という共通点だけで、見ず知らずの人と会話ができる。会話は「孤独の解消」の最も基本的な手段。推しは「他者とつながるための架け橋」だ。
効果4は「知識が増える」。推しを深く知ろうとすると、自然と「勉強」することになる。歴史推しなら歴史の知識が増える。スポーツ推しなら戦術や選手の経歴に詳しくなる。料理推しなら料理の知識が増える。「推し活=楽しみながらの学習」。最も効率的な自己啓発だ。
効果5は「お金を使わない楽しみ」が定着する。推し活の多くは0円でできる。情報チェック0円、SNSでの交流0円、散歩がてらの聖地巡礼0円。「楽しむ=お金を使う」の等式を壊し、「楽しむ=推しを追いかける(0円)」に書き換える。書き換えが完了すれば、「楽しみのための散財」が不要になる。散財が減れば節約になる。推し活は「楽しみ」と「節約」を同時に実現する魔法だ。
「45歳男性の推し活」への偏見を気にしない
「45歳の男がアイドルの推し活?キモい」「いい歳してアニメのファン?幼稚」。こうした偏見が存在するのは事実だ。だが偏見は「偏った見方」であり、事実ではない。
事実は「推し活をしている人は、していない人より幸福度が高い傾向がある」。推し活は「他者を応援する行為」であり、「利他的な行動」だ。利他的な行動は幸福感を高めることが心理学の研究で示されている。「45歳男性がアイドルを推す」ことは「45歳男性が他者を応援し、そこから幸福を得ている」ことであり、「キモい」のではなく「健全」だ。
偏見を気にしなくてよい理由。推し活は「自分のため」にやるものだ。他人の評価は関係ない。誰かに迷惑をかけていないなら、何を推しても自由だ。「自分が楽しい」。それが推し活の唯一の目的であり、唯一の基準。
もし偏見が気になるなら、「推し活をしていることを誰にも言わない」という選択肢もある。推し活は「一人で完結」できる。SNSでは匿名で活動できる。リアルの知人には言わない。「秘密の楽しみ」として、こっそり推す。こっそりでも、楽しいものは楽しい。
「推しを見つける」ための3つのステップ
「推し活がいいのはわかった。だが推しがいない。何を推せばいいかわからない」。この問題への処方箋。
ステップ1は「過去の自分が好きだったもの」を思い出す。中学生のとき好きだったバンドは?高校生のとき夢中になったスポーツは?大学生のときハマったゲームは?これらの「かつての好き」を掘り起こす。20年経った今でも「あの頃は楽しかったな」と感じるものがあれば、それが「推し候補」だ。
ステップ2は「試しに触れてみる」。推し候補が見つかったら、試しに情報に触れてみる。プロ野球が好きだったなら、今夜テレビで中継を見る。音楽が好きだったなら、YouTubeで最近のアーティストを聴いてみる。「あ、面白いな」と感じたら、次のステップに進む。「別に」と感じたら、別の候補を試す。
ステップ3は「1ヶ月間、追いかけてみる」。「面白い」と感じたものを、1ヶ月間追いかけてみる。SNSをフォローし、関連動画を見て、ニュースをチェックする。1ヶ月後に「もっと知りたい」と思えていれば、それは「推し」になっている。1ヶ月で飽きたなら、別の候補を試す。「推し探し」は「自分探し」であり、焦る必要はない。
「推しのいる毎日」のシミュレーション
推しがいる場合の1日。朝、起きてスマートフォンで推しの最新情報をチェックする(2分)。「お、今日は試合があるのか」。少しワクワクしながら出勤する。昼休み、推しのSNSをチェックする(3分)。「ファンの反応が面白い」。帰宅後、推しの試合をテレビで観戦する(2時間)。「勝った!最高!」。寝る前にSNSで感想を投稿する(5分)。「今日の試合について語りたい」。
推しがいない場合の1日。朝、起きてスマートフォンでニュースを見る(特に興味のあるニュースはない)。出勤する。昼休み、スマートフォンでSNSをだらだらスクロールする(特に面白い投稿はない)。帰宅後、テレビをつけるが何も見たい番組がない。寝る前にスマートフォンを見るが、特に投稿するものがない。
違いは明確だ。「推しがいる日」は「小さなイベント」が散りばめられている。「推しがいない日」は「何もない」が続いている。同じ24時間だが、「密度」が違う。密度が違えば、人生の「質」が違う。推しは人生の密度を上げる「増粘剤」だ。
「推し活」の注意点——ハマりすぎない
推し活にも「ハマりすぎ」のリスクがある。注意すべき点を示す。
注意点1は「課金しすぎない」。推しのグッズ、ライブのチケット、ソーシャルゲームの課金。これらに月の収入の10%以上を使うようになったら、「ハマりすぎ」のサインだ。手取り16万円なら、推し活の予算は月3000円以内。0円でも十分に楽しめる。
注意点2は「推しに依存しすぎない」。推しの活動休止、引退、不祥事。推しが「いなくなる」可能性はある。推しに精神的に依存しすぎると、推しがいなくなったときに「心の支えがすべて消える」。推しは「生きがいの一つ」であり「生きがいのすべて」にはしない。散歩、読書、自炊。推し以外の「小さな楽しみ」も並行して持っておく。
注意点3は「他のファンとのトラブルに巻き込まれない」。SNSでは推しに関する意見の対立(「推し論争」)が発生することがある。「自分の推しを否定された」と感じると感情的になりやすい。対立が生じたら「スルーする」。他人の意見は他人のもの。自分の推しへの愛は、他人の意見で揺るがない。
まとめ——「推し」は「もやし炒めの次に安い生きがい」
推し活の最大の魅力は「0円で生きがいが手に入る」ことだ。もやし炒め(30円)の次に安い。いや、0円だから、もやし炒めより安い。0円で得られる「ワクワク」「喜び」「悔しさ」「つながり」「知識」。これらすべてが「生きがい」の構成要素だ。
「生きがいがない」と嘆いている時間があったら、YouTubeを開いて何か面白い動画を探してみてほしい。スポーツのハイライト、料理の動画、歴史のドキュメンタリー。「あ、面白い」と思ったものがあれば、それが「推し候補」だ。候補を1ヶ月追いかけてみる。1ヶ月後に「もっと知りたい」と思えていれば、あなたには「推し」がいる。推しがいれば、明日を迎える理由が1つ増える。
発泡酒の一口。推しの最新情報。この2つが「明日を生きる理由」になる。2つあれば十分だ。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

