ANAホールディングスの航空×LCC×マイレージ×物流複合モデル ~ コロナ4,647億円赤字から営業利益2,079億円V字回復の戦略~

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はじめに ~ ANAマイレージクラブ会員4,400万人の意味

私の家族や友人の財布の中には、必ず「ANAマイレージクラブ」のカードが入っています。日本人成人の3人に1人が会員。「飛行機に乗る」だけでなく、Amazon、楽天、コンビニ、ガソリンスタンド、クレジットカード、ホテル――至るところでマイルを貯めて、特典航空券に交換する。これが日本の「マイル経済圏」を支える基盤です。

ANAホールディングス株式会社(証券コード9202、東証プライム)の2024年3月期業績は、売上高2兆559億円、営業利益2,079億円(過去最高益)、純利益1,570億円。営業利益率は初めて10%を超えました。国際線旅客収入7,281億円(前期比+68%増)が初めて国内線(6,449億円)を上回る歴史的な転換点。

2025年3月期売上見通し2兆1,900億円。2026年度の営業利益目標2,000億円以上必達。

ANAマイレージクラブ会員約4,400万人、就航率98.7%、SKYTRAX 5スター12年連続。FSC(フルサービスキャリア)のANAブランド、LCCのPeach、FSCとLCCの長所を併せ持つAirJapanの3ブランドを展開。

2025年8月、日本貨物航空(株)グループ化。物流事業へ本格進出。

しかし、ANAホールディングスのビジネスモデルにも、複数の深刻な弱点があります。コロナで顕在化した航空業界の脆弱性、為替・燃料費変動、JALとの寡占でもLCC・海外勢との競争、SAF(持続可能な航空燃料)への巨額投資負担、人手不足、地政学リスク――。

本記事では、ANAホールディングスの「航空×LCC×マイレージ×物流」モデルを多角的に分析し、その独自の強さと弱点の両面に迫ります。

ANAの歴史 ~ 1952年「日本ヘリコプター輸送」から73年

ANAの起源は、1952年12月27日、米森源治郎氏らが東京で設立した「日本ヘリコプター輸送株式会社」です。

当時の事業:

  • ヘリコプターによる輸送・遊覧飛行
  • 写真撮影、空中広告
  • 日本航空(JAL)が国際線・主要国内線を独占する中、ニッチ市場で生き残り

1957年、「全日本空輸(All Nippon Airways、ANA)」に社名変更。

1958年、極東航空と合併、国内線の本格運航開始。

1970年代、日本の高度成長期に、国内線の主要キャリアに成長。「JAL=国際線、ANA=国内線」という棲み分け。

1985年、初の国際線就航(東京-グアム)。これがANAの国際線進出の起点。

2000年代、「Star Alliance」(スターアライアンス)加盟(1999年)。Lufthansa、United、Singapore Airlines等との提携で国際線網拡大。

2012年、LCC「Peach Aviation」を設立(最初の本格的なLCC)。

2013年、ANAホールディングス株式会社へ持株会社制移行。

2020年、コロナ禍で航空需要消失。2021年3月期売上7,286億円、営業損失4,647億円という巨額赤字。総額4,000億円の劣後特約付シンジケートローン契約。

2022年、コロナ収束で需要回復開始。

2024年2月、エアージャパン(AirJapan)を新ブランドとして運航開始(成田-バンコク線)。FSCとLCCの長所を併せ持つ新業態。

2024年3月期、売上2.06兆円、営業利益2,079億円(過去最高)。コロナ前最高益(1,966億円)を超える完全V字回復。

2025年8月、日本貨物航空(株)グループ化。物流事業強化。

ANAホールディングスのビジネスモデル ~ 4つの事業

ANAホールディングスのビジネスモデルは、4つの主要事業から成り立っています。

第一に、「航空事業」(最大の収益源)。

3ブランド体制:

  • ANAブランド(FSC):プレミアム・高サービス・国際線中心
  • Peach(LCC):低価格・短中距離・レジャー需要
  • AirJapan(中距離国際線):FSCとLCCの長所を併せ持つ新業態(2024年2月就航、ボーイング787、300席2クラス制)

事業内容:

  • 国際線旅客(売上8,055億円、構成比35.6%)
  • 国内線旅客(7,039億円、31.1%)
  • LCC旅客(Peach・AirJapan)
  • 国際線・国内線貨物(2,179億円、9.6%)

第二に、「マイレージ・ライフバリュー事業」。

  • ANAマイレージクラブ(会員4,400万人)
  • ANA Pay
  • クレジットカード会社からのマイル販売
  • 提携店舗(コンビニ、ガソリンスタンド、Amazon等)
  • ANAショッピング A-style
  • ANAビジネスソリューション

第三に、「旅行事業」。

  • ANAセールス
  • ANAトラベラーズ
  • 国内・海外パッケージツアー
  • ダイナミックパッケージ

第四に、「商社事業・その他」。

  • ANA Strategic Research Institute
  • ANA Cargo(貨物事業)
  • 日本貨物航空(NCA、2025年8月グループ化)
  • 機内食、整備、空港地上業務
  • 不動産

これら4事業が、相互に連携しながら、ANAホールディングスの「航空グループ」を形成しています。

マイレージ事業 ~ 安定収益の隠れた柱

ANAホールディングスの隠れた強みの一つが、マイレージ事業です。

ANAマイレージクラブ会員数:約4,400万人。日本の成人の約3割が会員。

マイル獲得方法:

  • ANA・スターアライアンス航空券購入
  • ANAカード(クレジットカード)の利用
  • 提携店舗(コンビニ、ガソリンスタンド、ホテル、レストラン、Amazon等)
  • ポイント交換(Pontaポイント、楽天ポイント等)
  • ANA Pay
  • 各種キャンペーン

マイル使用方法:

  • 特典航空券(国内線・国際線)
  • 座席アップグレード
  • 提携店舗での支払い
  • ANAショッピング
  • 旅行商品

マイレージ事業の収益構造:

  • クレジットカード会社からのマイル販売:銀行・カード会社がマイルを購入してカード会員に付与
  • 前受金モデル:マイル販売時に収入計上、特典航空券として使われる際に費用計上
  • 失効マイル:使用されないマイルは収益として残る
  • 提携店舗からの手数料

この「前受金モデル」は、ANAにとって極めて優れた財務構造:

  • 安定的なキャッシュフロー
  • 為替・燃料変動の影響を受けにくい
  • 航空需要変動のリスクヘッジ

加えて、ANA Pay、ANAペイメントなどの非航空事業も拡大中。「マイレージ・ライフバリュー事業」として、独立したセグメントに育っています。

コロナからのV字回復

ANAの最大の特徴の一つが、コロナ禍からの劇的なV字回復です。

コロナ前後の業績推移(連結営業利益):

  • 2019年3月期:1,650億円
  • 2020年3月期:608億円(コロナ初期)
  • 2021年3月期:▲4,647億円(過去最大赤字)
  • 2022年3月期:▲1,731億円(赤字継続)
  • 2023年3月期:1,200億円(黒字復帰)
  • 2024年3月期:2,079億円(過去最高益)
  • 2025年3月期見通し:1,700億円
  • 2025年度(2026年3月期)見通し:2,000億円必達

連結売上高:

  • 2019年3月期:2兆583億円
  • 2021年3月期:7,286億円(コロナ底)
  • 2022年3月期:1兆203億円
  • 2023年3月期:1兆7,074億円
  • 2024年3月期:2兆559億円
  • 2025年3月期:2兆1,900億円見通し
  • 2025年度見通し:2兆4,800億円(さらに拡大)
  • 2025年度:2兆2,618億円(過去最高)

V字回復の主因:

  • 国際線旅客需要の急回復(特に訪日インバウンド)
  • 円安による訪日客増加
  • 国内線レジャー需要の回復
  • LCC(Peach)の好調
  • 国際線旅客単価の上昇
  • 国際線旅客収入が初めて国内線を超える

国際線旅客収入7,281億円(2024年3月期、前期比+68%増)。これは、ANAの事業構造が「国内中心」から「国際線重視」へと根本的に変化したことを意味します。

加えて、2020年10月の総額4,000億円劣後ローン契約で財務健全性を確保。コロナ後の本格的な成長への布石を打ちました。

3ブランド戦略 ~ ANA・Peach・AirJapan

ANAホールディングスの近年の戦略の中核が、「3ブランド体制」です。

ANAブランド(FSC)

  • プレミアムエアライン
  • 国際線:北米・欧州・アジア各地
  • 国内線:羽田・成田・関西・伊丹・福岡・札幌等
  • ビジネス・ファースト・プレミアムエコノミー
  • SKYTRAX 5スター12年連続
  • ANAマイレージクラブの中核
  • 単価が高く、収益性が高い

Peach(LCC)

  • 2012年設立
  • ピーチ・アビエーション株式会社
  • 低価格・短中距離・国内・近距離アジア
  • 大阪・関西国際空港中心
  • ANAが取りきれない「価格帯需要」を補完
  • 2024年3月期:旅客数934万人(+20.2%)、旅客収入1,380億円(+52.9%)
  • マイル交換などANAとの連携強化

AirJapan(中距離国際線、新業態)

  • 2024年2月成田-バンコク線就航
  • エアージャパン株式会社(ANAグループの国際線専業会社)
  • 「FSCとLCCの長所を併せ持つビジネスモデル」
  • ボーイング787(300席2クラス制)で低ユニットコスト
  • 訪日旅客のインサイトを押さえた「日本らしさ」で差別化
  • 東南アジア・オーストラリア路線のレジャー需要獲得

この3ブランド体制は、「価格帯セグメント別」のサービス提供で、市場全体をカバーする戦略。JAL(FSC)+ ZIPAIR・SPRING JAPAN(LCC)の2ブランドより、より細かいセグメンテーション。

日本貨物航空グループ化と物流戦略

2025年8月、ANAホールディングスが日本貨物航空株式会社(NCA)をグループ化しました。

日本貨物航空(NCA)の概要:

  • 1978年設立
  • 日本郵船グループから分離・統合
  • 国際貨物専業の航空会社
  • ボーイング747-8F等の貨物機運航
  • アジア・北米・欧州ネットワーク

ANAグループ化の戦略的意義:

  • 旅客機の貨物室(ベリー)と専用貨物機の連携
  • 国際物流市場での競争力強化
  • アジア・北米・欧州の物流ネットワーク統合
  • e-コマース・国際物流需要の取り込み
  • 旅客事業との需要差異(旅客の繁忙期と貨物の繁忙期は異なる)

加えて、ANAは「ANA Cargo」(旅客機ベリーを活用した貨物事業)も運営。NCAとの統合で、ANAの貨物事業は世界トップクラスに。

物流事業は、旅客事業と異なる需要構造を持つ安定収益源として、ANAの事業ポートフォリオを多様化します。

業績の推移と財務状況

ANAホールディングスの近年の業績推移を改めて整理しておきましょう。

2024年3月期(コロナ前最高益を超えるV字回復):

  • 売上高 2兆559億円
  • 営業利益 2,079億円(営業利益率10%超、過去最高)
  • 純利益 1,570億円(前期894億円から大幅増)
  • 国際線旅客収入 7,281億円(+68%増、初めて国内線超え)
  • 国内線旅客収入 6,449億円
  • 配当 1株当たり50円に増額(5期ぶり復配)

2025年3月期:

  • 売上高 2兆1,900億円見通し(過去最高)
  • 営業利益 1,700億円見通し
  • 上期営業利益 1,083億円(前年同期比-16.5%)
  • 整備費・人件費等のコスト増

2025年度(2026年3月期)見通し:

  • 売上高 2兆4,800億円見通し
  • 営業利益 2,000億円必達目標
  • 営業利益2,000億円以上を必達、2026年度以降本格成長

財務基盤:

  • 4,000億円劣後ローン(2020年10月締結、長期性資金確保)
  • 自己資本比率は徐々に回復
  • 連結子会社55社、持分法適用子会社・関連会社13社(2024年度末)

主要指標:

  • ANAマイレージクラブ会員:約4,400万人
  • 就航率:98.7%
  • SKYTRAX:12年連続5スター
  • 低燃費機材比率:82.7%
  • CO2排出量:1,123万トン

弱点1:航空業界の構造的脆弱性

ANAの最大の構造的弱点は、航空業界自体の脆弱性です。

航空業界の特徴:

  • 高い固定費(航空機購入・リース、整備、人件費、空港費等)
  • 需要変動の大きさ(経済、感染症、テロ、戦争、天候等)
  • 燃料費(ジェット燃料)の変動
  • 為替変動の影響
  • 規制(IATA、各国航空当局)

リスクイベント:

  • 1991年湾岸戦争
  • 2001年9.11テロ
  • 2003年SARS
  • 2008年リーマンショック
  • 2011年東日本大震災
  • 2020年コロナ禍(過去最大の航空業界危機)

2021年3月期の▲4,647億円という巨額赤字は、航空業界の脆弱性を象徴。次の世界的危機(パンデミック、戦争、経済危機等)が、ANAに大きな打撃を与える可能性は常に存在します。

弱点2:燃料費と為替変動

ANAの主要コストは、ジェット燃料(航空機燃料)です。

ジェット燃料コスト:

  • 営業費用の約15-20%(時期による)
  • 国際線では更に大きな比率
  • 燃料価格は原油価格に連動
  • 円建てではなく、ドル建てが主流(円安リスク)

為替リスク:

  • 国際線収入:各通貨建て(米ドル、ユーロ、人民元、シンガポールドル等)
  • 国際線コスト:ドル建て(燃料、着陸料、整備等)
  • 円安:訪日客には追い風だが、コストは上昇
  • 円高:訪日客には逆風

ANAは:

  • 燃料サーチャージ(旅客への転嫁)
  • 燃料ヘッジ
  • 為替ヘッジ
  • 燃費効率改善(低燃費機材82.7%)

などで対応していますが、完全には防げません。

特に、2024年の急速な円高転換、ジェット燃料価格上昇は、ANAの2025年3月期業績の減益要因の一つです。

弱点3:LCC(Peach・AirJapan)の難しさ

Peach、AirJapanのLCC事業は、ANAホールディングスの成長エンジンとして期待されています。

しかし、LCC事業の難しさ:

第一に、価格競争。

  • ZIPAIR・SPRING JAPAN(JAL系)
  • ジェットスター・ジャパン
  • 中国・韓国のLCC(春秋航空、エアアジア、チェジュ航空等)
  • 路線ごとの激しい価格競争

第二に、コスト管理。

  • 機材稼働率の最大化
  • 人件費の抑制
  • 空港費の交渉
  • 機材タイプの統一(標準化)

第三に、サービスとブランド。

  • 「低価格」と「品質」の両立
  • 顧客満足度
  • 機内サービス(有料化)

第四に、スケールメリット。

  • 大量機材保有・運航
  • 旅客数の確保
  • LCC専用空港

Peachは2024年3月期に旅客数934万人で順調ですが、AirJapanは2024年2月就航で旅客数16万9,000人(2024年上期)とまだ小規模。中距離国際線LCCの収益化は、長期的な挑戦です。

弱点4:人手不足とパイロット確保

航空業界全体で、深刻な人手不足が問題化しています。

人手不足の領域:

  • パイロット(操縦士)
  • 客室乗務員
  • 整備士
  • 空港地上スタッフ
  • 管制官(航空局)

特にパイロット不足:

  • 養成に5-10年かかる
  • 世界的な航空需要回復で各国が獲得競争
  • 高齢化(定年退職)
  • 待遇向上の必要性
  • 訓練機関の不足

ANAは:

  • 自社パイロット養成(ANAスカイラーニング)
  • 海外パイロット採用
  • 待遇改善(給与・労働環境)
  • 業務効率化

などで対応していますが、人手不足は構造的な課題。

2025年3月期上期の営業利益減益(前年同期比-16.5%)の主因も、整備費・人件費の増加です。

弱点5:地政学リスクと国際線

ANAの国際線事業は、世界各地の地政学リスクの影響を直接受けます。

主要リスク:

  • 米中対立:中国路線(北京、上海、香港等)への影響
  • ロシア・ウクライナ戦争:ロシア上空使用不可、欧州路線の遠回り、燃料費増、時間増
  • 中東情勢:イスラエル-パレスチナ紛争、紅海ホルムズ海峡
  • 台湾海峡:日台路線、東アジア全体
  • 朝鮮半島情勢
  • アジアの感染症

特にロシア上空使用不可は、ANA-欧州路線(パリ、フランクフルト、ロンドン、ブリュッセル等)に大きな影響:

  • 飛行時間:1-2時間長くなる
  • 燃料費:大幅増
  • 機材稼働率:低下
  • パイロット労働時間規制

加えて、各国政府の航空政策変更(オープンスカイ、出入国規制、ビザ要件等)も、ANA国際線に影響します。

弱点6:JALとの寡占体制の限界

ANAとJAL(日本航空)は、日本航空業界の2大キャリアとして長年寡占体制を維持してきました。

しかし、寡占体制にも限界:

第一に、新興LCCの参入。

  • ジェットスター・ジャパン(JAL系LCC、しかし独立)
  • ピーチ(ANA系LCC)
  • ZIPAIR(JAL系LCC、長距離)
  • SPRING JAPAN(JAL系LCC、近距離アジア)
  • AirJapan(ANA系、中距離)

第二に、外資系航空会社の積極展開。

  • スカイチームメンバー(KLM、エールフランス、デルタ、大韓航空等)
  • ワンワールド(キャセイ・パシフィック、ブリティッシュ・エアウェイズ等)
  • 中東勢(エミレーツ、カタール、エティハド)
  • 中国勢(中国国際航空、東方航空、南方航空)
  • LCC(春秋航空、エアアジア、チェジュ航空等)

第三に、新幹線との競争。

  • 国内幹線(東京-大阪、東京-福岡、東京-札幌)では、新幹線・リニアモーターカーが代替手段
  • 環境意識の高まりで、近距離は鉄道シフト

ANAは差別化(プレミアム、ANAマイレージ、3ブランド)で対応していますが、競争激化は不可避です。

弱点7:SAF(持続可能な航空燃料)への巨額投資

世界的にカーボンニュートラル目標が掲げられる中、航空業界では「SAF(Sustainable Aviation Fuel、持続可能な航空燃料)」への移行が急務となっています。

SAFの特徴:

  • 動物脂(Animal Fat)、廃食用油等を原料
  • 従来の航空燃料と比較してCO2排出量を約9割削減
  • 既存航空機・空港インフラで使用可能
  • 現状は高コスト(通常燃料の3-5倍)

ANAは:

  • SAF購入・使用拡大
  • 低燃費機材(B777、B787、B737-700/-800、A320neo/A321neo含むA321LR)82.7%
  • 機材更新(77機の大量発注)
  • フライト最適化(経路、高度、速度)

しかし:

  • SAF価格が高い
  • SAF供給量が限定的
  • CO2排出量1,123万トンの大幅削減が必要
  • 各国規制(EUの航空燃料SAF混合義務等)

「環境対応」と「収益性」の両立は、航空業界の永遠の課題。長期的にはSAF投資が利益率を圧迫する可能性があります。

弱点8:機材投資負担

ANAは継続的に巨額の機材投資を行っています。

主要機材:

  • ボーイング777
  • ボーイング787(中型ワイドボディ)
  • ボーイング737-700/-800(国内線中心)
  • エアバスA320neo / A321neo
  • A321LR(中距離国際線)

機材発注:

  • 77機の大量発注(中期)
  • ボーイング、エアバス両方からの調達
  • 機材更新と路線拡大の両方を目的

機材1機の価格:

  • ボーイング787:約3-4億ドル(500-600億円)
  • A321neo:約1億ドル(150億円)
  • 旅客機の総額:数兆円規模

機材投資負担:

  • 減価償却負担
  • 機材ファイナンス(リース、購入)
  • 為替リスク(機材はドル建て)
  • 機材技術の変化(次世代機材、電動航空機等)

「機材を保有しなければ運航できない」が「機材は重い固定費」――これがANAなど大手キャリアのジレンマです。

弱点9:マイレージ事業のリスク

マイレージ事業はANAの安定収益基盤ですが、リスクも:

第一に、マイル価値の希薄化。

  • マイル発行量の増加
  • 特典航空券交換需要の高まり
  • マイル価値の低下を防ぐ管理が必要

第二に、提携先との関係性。

  • クレジットカード会社(三井住友、JCB、AMEX、ダイナース等)
  • 提携店舗(コンビニ、Amazon、楽天等)
  • ポイント交換先(Pontaポイント、楽天ポイント等)

第三に、競合との戦い。

  • JALマイレージバンク
  • 海外航空会社のマイレージプログラム
  • 楽天ポイント、PayPayポイント、dポイント等の経済圏

第四に、規制リスク。

  • マイレージは「前受金」だが、会計処理の見直し可能性
  • 「ポイント問題」(消費者保護、税務)

ANAマイレージクラブ会員4,400万人という巨大基盤は維持しつつ、進化が必要です。

弱点10:訪日インバウンド需要への依存

ANAの近年のV字回復の最大要因は、訪日インバウンド需要の急回復です。

2024年訪日外客数:3,687万人(過去最高)。

ANAの国際線収益も、訪日インバウンド需要に大きく依存:

  • 2024年3月期:国際線旅客収入7,281億円(前期+68%)
  • 訪日需要が中心
  • 為替(円安)が追い風

しかし、訪日インバウンド需要は外部要因に強く依存:

  • 為替変動(円安が前提)
  • 各国経済(中国、米国、欧州等)
  • 地政学リスク(米中対立、台湾海峡等)
  • 感染症リスク
  • 自然災害(地震、火山噴火等)
  • オーバーツーリズム問題(規制可能性)
  • 国際関係(日中・日韓・日米)

円高転換、中国経済急減速、米中対立深刻化、新型感染症発生――これらが起きれば、ANAのインバウンド依存度の高さが、業績の不安定化要因となります。

まとめ ~ 73年の歴史を持つANAの未来戦略

ANAホールディングスの航空×LCC×マイレージ×物流複合モデルを、改めて整理しましょう。

強みとしては、1952年「日本ヘリコプター輸送」から73年の歴史、日本最大の航空キャリア、ANAブランド(FSC)・Peach(LCC)・AirJapan(中距離LCC)の3ブランド体制、ANAマイレージクラブ会員4,400万人、就航率98.7%、SKYTRAX 5スター12年連続、低燃費機材82.7%、2024年3月期売上2兆559億円・営業利益2,079億円(過去最高、コロナ前を超える完全V字回復)、国際線旅客収入7,281億円(初めて国内線超え)、Star Alliance(スターアライアンス)加盟、日本貨物航空(NCA)2025年8月グループ化、4,000億円劣後ローン(2020年10月)による財務健全性確保、マイレージ事業の前受金モデル、機材77機大量発注、SAF導入の環境戦略、2026年度営業利益2,000億円必達目標。

ただし弱点も多数あります。航空業界の構造的脆弱性(コロナで4,647億円赤字経験)、燃料費と為替変動、LCC(Peach・AirJapan)の難しさ、人手不足とパイロット確保、地政学リスクと国際線(ロシア上空使用不可、米中対立、中東情勢等)、JALとの寡占体制の限界(外資系・新興LCC参入)、SAFへの巨額投資負担、機材投資負担(数兆円規模)、マイレージ事業のリスク、訪日インバウンド需要への依存。

ANAホールディングスの本質的な強さは、「73年の航空運航経験」「ANAマイレージクラブ4,400万人の安定基盤」「3ブランド体制によるセグメント対応」「コロナという過去最大の危機からの完全V字回復」「日本貨物航空グループ化による物流統合」――これらの組み合わせです。

コロナ禍で4,647億円の巨額赤字を経験したANAが、わずか3年で営業利益2,079億円という過去最高益を達成した「V字回復」は、日本企業史上でも稀有な経営の機動性を示しています。

私たちが何気なく予約するANAの航空券、貯めるANAマイル、利用するANAカード、Peachの格安便、AirJapanの中距離便――これらすべての背後に、73年のANAの歴史、コロナ禍を乗り越えた経営力、世界各地の路線網、4,400万人のマイレージ会員、77機の機材投資、SAF・カーボンニュートラルへの挑戦――これらが結晶しています。

ビジネスを設計する人にとって、ANAホールディングスの事例は「危機(コロナ)からのV字回復の経営力」「3ブランド戦略によるセグメント対応」「マイレージ事業の前受金モデル」「FSC×LCC×物流の複合経営」「劣後ローン4,000億円による財務基盤強化」「カーボンニュートラル時代の航空業界戦略」――多面的な教訓を提供してくれます。

10年後、ANAはまだ日本最大の航空キャリアであり続けているでしょうか。Peach・AirJapanはLCC市場でどう成長しているでしょうか。日本貨物航空との統合は成功しているでしょうか。SAF移行はどこまで進んでいるでしょうか――。それは、現代日本の航空業界における興味深いテーマの一つです。

参考資料

  • ANAホールディングス株式会社 公式IRサイト https://www.ana.co.jp/group/investors/
  • ANAホールディングス株式会社「統合報告書 2025」https://www.ana.co.jp/group/investors/irdata/annual/pdf/25/25_00_2.pdf
  • ANAホールディングス株式会社「事業戦略 2023-25年度中期経営戦略」https://www.ana.co.jp/group/investors/irdata/annual/pdf/23/23_04.pdf
  • ANAホールディングス株式会社「Fact Book 2024」https://www.ana.co.jp/group/investors/irdata/annual/pdf/24f/24_FB_00.pdf
  • ANAホールディングス株式会社「2024年3月期決算について」https://www.anahd.co.jp/group/pr/202404/20240426.html
  • TravelVoice「ANA、売上高大幅増で過去最高の営業利益、国際線旅客収入が過去最高」https://www.travelvoice.jp/20240430-155561
  • TravelVoice「ANA、売上高が過去最高の一方で、人件費などのコスト増で減益に」https://www.travelvoice.jp/20241031-156587
  • TravelVoice「ANA、生き残り賭けてビジネスモデル大転換」https://www.travelvoice.jp/20201027-147400
  • note「【ANAホールディングス】(9202)投資家向け分析レポート」株Times https://note.com/kabu_times/n/n3082d61ce374
  • ANAホールディングス株式会社「会社説明会資料」https://www.ana.co.jp/group/investors/individual/pdf/briefing_materials_2603.pdf
  • 全日空(ANA)社史
  • 米森源治郎(ANA創業者)関連書籍
  • JAL(日本航空)など競合の公式情報
  • Star Alliance、Skyteam、Oneworld等アライアンスの公式情報
  • 国際航空運送協会(IATA)統計
  • ICAO(国際民間航空機関)レポート
  • 日本経済新聞、東洋経済オンライン、ダイヤモンド・オンライン、Bloomberg、TravelVoice等のANA関連報道
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