「正社員登用あり」という求人の9割が嘘だった件

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希望の四文字

求人票に「正社員登用あり」と書いてある。

この四文字に、何度希望を持たされただろう。派遣でも、契約社員でも、パートでも、「正社員登用あり」の四文字があれば、その先に光がある気がした。今は非正規だが、頑張れば正社員になれる。正社員になれれば、安定する。安定すれば、人生が変わる。

この希望を胸に、何社もの「正社員登用あり」の求人に応募してきた。採用され、一生懸命働き、正社員を目指した。結果はどうだったか。

20年間で「正社員登用あり」の職場に5回入った。そのうち、実際に正社員になれたのは0回。ゼロ。打率0割。完全試合を食らったバッターの心境だ。

1社目、「実績がない」という壁

最初の「正社員登用あり」の職場は、25歳のときに入った中小の事務機器メーカーだった。契約社員として入社し、1年後に正社員登用の可能性がある、と面接で説明を受けた。

1年間、真面目に働いた。遅刻も欠勤もなく、与えられた業務をこなし、残業も断らなかった。上司の評価は「問題ない」。問題ない、つまり可もなく不可もなく。可もなく不可もなくは、正社員登用の選考では弱い。

1年後、正社員登用の選考があった。結果は不合格。理由を聞くと、「正社員登用の実績がまだ制度として定着していないので、今年は見送り」。実績がない。制度はあるが、実績がない。つまり、誰もまだ正社員になっていない。制度だけが存在して、運用されていない。

「来年は?」と聞いたら、「来年検討します」。翌年も同じ回答だった。「今年も検討の結果、見送り」。3年目にして「この会社では正社員になれない」と悟り、退職した。

求人票に「正社員登用あり」と書いてあったのは嘘ではない。制度としてはあった。あったが、運用されなかった。制度と実態の乖離。これが1社目の教訓だった。

2社目、「枠がない」という現実

2社目は、30歳のときに入った物流企業。派遣社員として入り、「優秀な方は正社員に」と派遣会社の営業に言われた。

1年間働いた。業務を完璧にこなした。派遣先の上司からも「よくやってくれている」と言われた。正社員登用の話を派遣会社に持ちかけた。

返ってきた答え。「先方に確認したところ、現在正社員の枠がないそうです」。枠がない。正社員の人件費を計上する予算がない。いくら優秀でも、枠がなければ登用できない。

「枠ができたら?」と聞いた。「そのときは検討します」。いつ枠ができるかは不明。来年かもしれないし、5年後かもしれないし、永遠にこないかもしれない。不確実な「いつか」を待ち続けるのは、宝くじの当選を待っているのと変わらない。

2年間待って、枠はできなかった。退職した。

3社目、「登用試験」の茶番

3社目は、33歳のときのIT企業。契約社員として入社。正社員登用試験が年に1回あると聞いて入った。

試験は筆記と面接。筆記は一般常識とITの基礎知識。面接は役員との面談。これまでの2社とは違い、明確な選考プロセスがあった。期待した。

1年間真面目に働き、試験対策もした。筆記試験を受けた。自己採点では、まあまあの手応え。面接も、準備した回答を落ち着いて述べられた。

結果。不合格。理由は「総合的な判断」。総合的な判断。これ以上曖昧な言葉はない。何がダメだったのか聞いても、「総合的に」としか返ってこない。

同僚の契約社員に聞いたところ、過去5年間で正社員登用試験を受けた人は10人以上いるが、合格したのは1人だけだそうだ。合格率10%以下。試験を実施することで「正社員登用あり」の看板を維持し、契約社員のモチベーションを保つ。だが実際に登用するのはごく少数。試験は、モチベーション管理のツールとして機能していた。

翌年も受けた。また不合格。3年目はもう受けなかった。受ける気力がなくなった。4年目に契約満了で退職した。

4社目、「直接雇用」への切り替えトリック

4社目は、37歳のときの小売企業。派遣社員として入った。「3年後に直接雇用への切り替えを行います」と説明を受けた。

労働者派遣法の改正により、同じ派遣先で3年以上働く場合、派遣先企業は直接雇用を申し込む義務がある。この法律のおかげで、3年経てば直接雇用になれる。正社員になれる。そう思った。

3年間働いた。3年目の秋、派遣先の人事担当者から面談の連絡があった。「直接雇用への切り替えについて」。ついに来た。ついに正社員になれる。

面談室に入った。人事担当者が言った。「直接雇用への切り替えを行います。契約社員として雇用します」。

契約社員。正社員ではなく、契約社員。

確かに「直接雇用」ではある。派遣社員から契約社員への切り替え。法律上の義務は果たしている。だが「正社員」ではない。雇用期間は1年更新。ボーナスなし。退職金なし。保険は加入するが、それ以外の待遇は派遣とほぼ同じ。名前が変わっただけ。

求人票には「正社員登用あり」と書いてあったじゃないか。確かに書いてあった。だが「正社員」と「直接雇用」は別物だ。直接雇用には正社員もあれば契約社員もある。求人票は「直接雇用への切り替え」を「正社員登用あり」と匂わせていたが、実態は契約社員への切り替えだった。

言葉のトリックだ。嘘ではないが、真実でもない。法的にはセーフ。倫理的にはアウト。この灰色の地帯で、多くの派遣社員が期待を裏切られている。

5社目、「頑張り次第」という幻想

5社目は、41歳のときのサービス業。パート社員として入った。面接で店長が言った。「うちは頑張り次第で正社員になれます。実際に正社員になったパートさんもいます」。

「実際に正社員になった人がいる」。この一言は強い。実績がある。制度だけでなく、実績がある。前例があるなら、自分にもチャンスがある。

2年間頑張った。店舗の売上に貢献し、シフトは率先して入り、新人の教育も担当した。店長からは「助かってるよ」と言われた。

2年目の末、正社員登用の話を切り出した。店長は少し考えて、「上に掛け合ってみるよ」と言った。期待した。

1ヶ月後。店長から回答があった。「上に聞いたんだけど、今は正社員の枠がないって」。また「枠がない」。2社目と同じ回答だ。

「正社員になったパートさんがいると言っていたじゃないですか」と聞いた。店長は「ああ、それは5年くらい前の話だね。あの頃は枠があったんだけど」。5年前。5年前に1人だけ登用された実績で、「正社員登用あり」を今も求人票に書き続けている。5年間で1人。年率0.2人。

これを「正社員登用あり」と呼んでいいのか。法的にはいいのだろう。制度はある。過去に実績もある。だが実質的には、ほぼ機能していない。看板だけが残っている。

9割が嘘、という推定

「9割が嘘」と書いたが、正確な統計を取ったわけではない。あくまで個人の体感だ。

5社中0社で正社員になれた。打率ゼロ。私の経験だけで見れば、10割が嘘だ。だが世の中には、「正社員登用あり」で本当に正社員になれた人もいる。いるにはいるが、少数派だ。

「正社員登用あり」の求人のうち、実際に登用が行われている企業がどれだけあるか。正確なデータは見当たらないが、体感としては1割程度だと思う。1割が本物で、9割が看板倒れ。この9割の中には、「制度はあるが運用されていない」「枠がない」「選考が形骸化している」「直接雇用=契約社員」など、様々なパターンがある。

「正社員登用あり」は、求人票の中で最も信用できない四文字かもしれない。少なくとも、額面通りに受け取ってはいけない。受け取って期待して、裏切られるダメージは、最初から期待しない場合よりずっと大きい。

「正社員登用あり」は誰のための言葉か

「正社員登用あり」は、誰のための言葉か。

求職者のためではない。求職者を集めるためだ。

企業が非正規の求人を出すとき、「正社員登用あり」と書くだけで応募数が増える。求職者は「いつか正社員になれる」という希望を持って応募する。希望があると、低い賃金でも我慢できる。劣悪な条件でも耐えられる。「今は我慢の時期、正社員になれば報われる」と自分に言い聞かせて、働き続ける。

つまり「正社員登用あり」は、非正規社員のモチベーション管理ツールだ。正社員になれる「可能性」をちらつかせることで、低賃金・低待遇での労働を受容させる。餌をぶら下げて走らせる、ロバの目の前のニンジン。ニンジンに追いつくことはないが、追いかけている間は走り続ける。

この構造に気づいたのは、5社目を辞めた後だった。気づくのが遅かった。20年間、ニンジンを追いかけていた。追いかけたエネルギーは膨大だったが、ニンジンは一度も口に入らなかった。

気づいた後は、「正社員登用あり」の求人を見ても心が動かなくなった。これは免疫ができた、とも言えるし、希望を失った、とも言える。どちらでもある。

求人票の「正社員登用あり」の見分け方

20年の経験から、「正社員登用あり」が本物かどうかを見分けるポイントをいくつか挙げておく。完全に信頼できるわけではないが、参考にはなるだろう。

ポイント1。登用の実績を聞く。面接や面談で、「過去何年間で何人が正社員に登用されましたか」と具体的に聞く。数字が出てこない場合、または「把握していない」と言われた場合は、実態がない可能性が高い。

ポイント2。登用のプロセスを聞く。「どのような選考を経て正社員になるのですか」。プロセスが明確でない場合、「総合的な判断」「上の判断」などの曖昧な回答が返ってくる場合は、形骸化している可能性がある。

ポイント3。「直接雇用」と「正社員」を区別する。「正社員登用あり」と言いながら、実態は契約社員への切り替えだったケースがある。「正社員として雇用されるのか、それとも契約社員か」を明確に確認する。

ポイント4。ネットの口コミを調べる。転職口コミサイトで、その企業の「正社員登用」について書かれていないか確認する。「正社員登用ありと聞いて入ったが、実際にはない」という口コミがあれば、そのまま信じていい。

ポイント5。最初から正社員の求人に応募する。これが最も確実な方法だ。「正社員登用あり」の非正規求人ではなく、最初から正社員として募集している求人に応募する。ハードルは高いが、入社した時点で正社員だ。登用を待つ必要がない。

ポイント5は「それができたら苦労しない」と思うだろう。その通りだ。正社員の求人に通らないから、「正社員登用あり」の非正規求人に応募するのだ。この構造的な袋小路が、氷河期世代の多くが抱える現実だ。

それでも働くしかない

「正社員登用あり」が嘘だとわかっても、働くしかない。非正規でも、仕事がないよりはましだ。給料は安いが、ゼロではない。ゼロよりは、ましだ。「ゼロよりまし」が、私の行動原理であることは、何度でも書く。

正社員になれなかった。なれなかったが、働いてきた。20年間、非正規として。正社員にはなれなかったが、社会の一員として、税金を払い、保険料を払い、生活を維持してきた。

「正社員登用あり」の四文字に踊らされた20年間。それは無駄だったか。無駄と言えば無駄だ。だが「無駄」を積み重ねたおかげで、今の自分がここにいる。ここにいることの価値を、誰が測れるだろう。少なくとも私は、ここにいる。ニンジンには届かなかったが、走った距離は残っている。距離は嘘をつかない。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。「正社員登用あり」に裏切られた経験がある人は、きっと少なくないはずです。

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