「TOB・MBO急増時代」を独自視点で読み解く——「会社が売り物になった」日本で、いま何が起きているのか

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  1. この記事の見取り図——「急増」の正体を、二つのベクトルで捉える
  2. 第1章 まず数字を見る——「急増」はどれくらい「急」なのか
    1. 1-1 TOB件数——18年ぶりに「最多記録」を更新
    2. 1-2 M&A全体——5年連続の「過去最多」、金額は20兆円超
    3. 1-3 MBO——「過去最高」を更新し続ける非公開化
    4. 1-4 上場企業数が「減少」に転じたという歴史的事実
  3. 第2章 言葉を整理する——TOB、MBO、非公開化、「同意なき買収」
    1. 2-1 TOB——「公開の場で、株を買い集めます」という宣言
    2. 2-2 MBO——「経営陣が、自分の会社を買う」
    3. 2-3 非公開化・上場廃止・スクイーズアウト——「市場から完全に出る」ための仕上げ
    4. 2-4 「敵対的買収」から「同意なき買収」へ——言葉が変わったことの重み
  4. 第3章 なぜ「いま」なのか①——「要塞」が取り壊された
    1. 3-1 かつて、日本の上場企業は「買えなかった」
    2. 3-2 要塞は、この30年で取り壊されてきた
    3. 3-3 壁が消えると、何が起きるか——「浮動株」という獲物
    4. 3-4 「要塞の取り壊し」と「TOB急増」は、コインの裏表
  5. 第4章 なぜ「いま」なのか②——「規範」が書き換えられた
    1. 4-1 2023年8月、経産省が出した「異例の指針」
    2. 4-2 三つの原則——「企業価値」「株主意思」「透明性」
    3. 4-3 「真摯な買収提案」には「真摯な検討」を——取締役会への踏み込んだ要求
    4. 4-4 「ノーと言う自由」が制約された——これが革命だった
    5. 4-5 「敵対的」から「同意なき」へ——言葉の革命の意味
    6. 4-6 指針には「系譜」がある
  6. 第5章 なぜ「いま」なのか③——「市場」が変わった
    1. 5-1 2022年の市場再編——「上場の質」が問われ始めた
    2. 5-2 2023年の「PBR1倍割れ」要請——市場からの最後通牒
    3. 5-3 「PBR1倍割れ」が、なぜTOB・MBOにつながるのか
    4. 5-4 上昇する「上場コスト」
    5. 5-5 三本の柱を、束ねる
  7. 第6章 遠心力のベクトル——MBO・非公開化はなぜ急増したのか
    1. 6-1 「上場ゴール」から「上場は手段」へ
    2. 6-2 MBOを選ぶ企業の「共通点」
    3. 6-3 トヨタグループ・豊田自動織機——「創業の源流」すら非公開化へ
    4. 6-4 過去の「成功体験」——すかいらーくの再上場
    5. 6-5 「アクティビストに狙われる前に」という動機
    6. 6-6 遠心力のベクトルの「影」を、予告しておく
  8. 第7章 「在庫化」のベクトル——「同意なき買収」の時代
    1. 7-1 「すべての上場企業が、買える」という新常識
    2. 7-2 「同意なき買収」が、ありふれた選択肢になった
    3. 7-3 競合提案・対抗TOB——「買収は、入札になった」
    4. 7-4 ホワイトナイト——「白馬の騎士」という選択肢
    5. 7-5 「対抗策」は、まだ生きている——ただし「時間稼ぎ」へと性格を変えた
    6. 7-6 二つのベクトルは、こうしてつながる
  9. 第8章 ケーススタディ①——セブン&アイ・ホールディングス vs クシュタール
    1. 8-1 「黒船」、3度目の来航
    2. 8-2 創業家のMBO構想と、その頓挫
    3. 8-3 NDA締結、そして交渉決裂
    4. 8-4 この事例は、何を象徴しているのか
  10. 第9章 ケーススタディ②——ニデック vs 牧野フライス製作所
    1. 9-1 「事前打診なしTOB予告」という衝撃
    2. 9-2 対抗策、仮処分、そして撤回
    3. 9-3 ホワイトナイト「MBKパートナーズ」の登場
    4. 9-4 思わぬ壁——外為法による「中止勧告」
    5. 9-5 この事例は、何を象徴しているのか
  11. 第10章 新しい主役たち——PEファンド、アクティビスト、海外勢
    1. 10-1 PEファンド——「非公開化」と「カーブアウト」の主役
    2. 10-2 アクティビスト——「狙う側」であり「狙わせる側」でもある
    3. 10-3 海外勢——存在感の急拡大
    4. 10-4 「新しい主役」が変えた、買収の「景色」
    5. 10-5 影の予告——「数字」がすべてになることの危うさ
  12. 第11章 規制の「軍拡競争」——金商法改正と東証ルールの相次ぐ見直し
    1. 11-1 公開買付制度の改正——「3分の1ルール」から「30%ルール」へ
    2. 11-2 大量保有報告制度の見直し——「誰が、どれだけ、何のために」をより透明に
    3. 11-3 東証の「MBO新ルール」——少数株主保護の強化
    4. 11-4 「規制が後追いする」のは、悪いことなのか
  13. 第12章 影——「急増時代」の負の側面を直視する
    1. 12-1 MBOの「原罪」——構造的な利益相反
    2. 12-2 「PBR1倍割れでの買付け」という不条理
    3. 12-3 「強圧性」——「応じないと、もっと損をする」という圧力
    4. 12-4 「不成立」と「価格引き上げ」——市場が示し始めた抵抗
    5. 12-5 「東京コスモス電機」——ガバナンスが揺れた異例の事態
    6. 12-6 影を直視したうえで——それでも「急増」は止まらない
  14. 第13章 光——「急増時代」の前向きな意味
    1. 13-1 「新陳代謝」——市場の入口と出口が、両方開いた
    2. 13-2 「資源の再配分」——人・技術・資金が、活きる場所へ
    3. 13-3 「親子上場」の解消——長年の宿題への回答
    4. 13-4 「経営の規律」——買われうるからこそ、緩まない
    5. 13-5 「会社は誰のものか」——規範の、静かな転換
    6. 13-6 光と影は、同じ現象の両面である
  15. 第14章 経済安全保障という「最後の壁」
    1. 14-1 牧野フライス——「初の中止勧告」が引いた一線
    2. 14-2 「無重力経営」の終わり
    3. 14-3 「買われてよい会社」と「そうでない会社」の線引き
    4. 14-4 「対日投資の促進」と「安全保障」の、難しい両立
    5. 14-5 独自の視点——「経済安全保障」は、買収議論の「第四の軸」になった
  16. 第15章 これからどうなるのか——六つの論点で展望する
    1. 15-1 「急増」は続く——構造である以上、簡単には止まらない
    2. 15-2 「上場の再定義」が進む——上場は「当然」から「選択」へ
    3. 15-3 「揺り戻し」のリスク——買収防衛の再強化はあるか
    4. 15-4 「真摯さ」をめぐる攻防——指針の「解釈」が次の主戦場
    5. 15-5 「市場の論理」と「国家の論理」の折り合い
    6. 15-6 最大の問い——「誰のための会社か」
  17. おわりに——「会社が売り物になった」時代を、どう生きるか
  18. 参考資料・出典
    1. 政府・取引所等の一次資料
    2. 調査機関・専門資料
    3. 報道・解説

この記事の見取り図——「急増」の正体を、二つのベクトルで捉える

2025年、日本のTOB(株式公開買付け)は年間136件に達した。前年(100件)を4割近く上回り、これまで最多だった2007年の104件を、18年ぶりに更新した。M&A全体の件数は1344件で、5年連続の過去最多。取引総額は20兆円を超え、7年ぶりに歴代最高を塗り替えた。経営陣が自社を買収するMBO(マネジメント・バイアウト)も急増し、上場企業が市場から「退出」していく動きが止まらない。2024年には94社が東証で上場廃止となり、東証の上場企業数は史上初めて「減少」に転じた。

新聞や雑誌は、この状況を「TOBラッシュ」「MBO急増」「M&Aの黄金時代」と呼ぶ。たしかに数字を見れば、文句なしの「急増」である。

だが、この記事が伝えたいのは、「急増している」という事実そのものではない。「急増」という一語でひとくくりにされている現象が、実は正反対を向いた二つのベクトルの衝突である、ということだ。

一つは、遠心力のベクトル。企業を株式市場の「外」へと押し出す力である。MBOや非公開化がこれにあたる。「もう上場していたくない」「市場から降りたい」という企業が、続々と株式市場を去っていく。

もう一つは、「在庫化」のベクトル。あらゆる上場企業を、買収の対象——いわば「いつでも買える在庫」——へと変えていく力である。「同意なき買収」(かつて「敵対的買収」と呼ばれた行為)が、もはや特殊な事件ではなく、ありふれた経営の選択肢になった。日本を代表する企業ですら、ある日突然「7兆円で買いたい」と外国企業から提案される時代になった。

この二つは、表面的には逆向きだ。一方は「市場から出ていく」動き、もう一方は「市場のなかで売買される」動き。だが、根っこは同じである。どちらも、「上場していること」「独立していること」が無条件に良いことだ、という70年続いた常識が崩れたことの帰結なのだ。

かつて、日本の上場企業は「要塞」だった。株式持ち合いと安定株主に守られ、「会社が買収されること=乗っ取られること=恥」という社会規範に守られ、外部からの買収圧力をはね返してきた。その要塞が、この30年でじわじわと、そしてこの数年で一気に、取り壊された。要塞の壁が消えたとき、企業の前には二つの道が開けた。「壁のない市場に居続けて、買収の標的であり続ける」か、「市場そのものから降りて、壁の外へ逃げる」か。 TOB・MBO急増時代とは、日本中の上場企業が、この二択を突きつけられている時代のことである。

これがこの記事の独自の視点だ。「急増」を一枚岩で捉えず、「遠心力(MBO・非公開化)」と「在庫化(同意なき買収)」という二つのベクトルに分解し、その両方が「会社は売り物になった」という同じ一点に発していることを示す——それがこの記事の狙いである。


第1章 まず数字を見る——「急増」はどれくらい「急」なのか

抽象的な議論に入る前に、足元で何が起きているのかを、数字で押さえておきたい。「急増」という言葉が、決して大げさではないことを実感してもらうためだ。

1-1 TOB件数——18年ぶりに「最多記録」を更新

最も分かりやすいのが、TOB(株式公開買付け)の件数である。M&A専門メディアのM&A Onlineの集計をもとに、推移を追ってみよう。

TOBの過去最多記録は、長らく「2007年の104件」だった。リーマン・ショック前夜の、M&Aがもっとも盛んだった年である。その後、この記録は長く破られなかった。リーマン・ショック後の2009年に79件まで戻したのが二番手で、その後は年間50〜70件台で推移する「凪」の時代が続いた。2022年などは59件、敵対的TOBはゼロ、という静かな年だった。

ところが、2023年に74件、2024年にちょうど100件と、急に数字が跳ね上がる。2024年の「100件」は、過去最多の2007年(104件)以来、17年ぶりに年間100件の大台に乗せた、エポックメイキングな数字だった。 そして2025年、TOBは年間136件に達した。前年を4割近く上回り、2007年の記録を18年ぶりに、しかも大幅に塗り替えた。

件数だけではない。2025年は金額も過去最高で、TOBの取引額は史上初めて年間10兆円の大台を超えた。「件数も金額も過去最高」——これが2025年のTOB市場だった。

1-2 M&A全体——5年連続の「過去最多」、金額は20兆円超

視野をTOBからM&A全体に広げると、勢いはさらにはっきりする。

M&A仲介大手のストライク(ストライクグループ)の集計によれば、2025年のM&A件数は1344件で、前年を122件上回り、5年連続で過去最多を更新した。取引総額は20兆3870億円。前年の10兆7900億円から約2倍に膨らみ、7年ぶりに歴代最高値を更新した。金額を押し上げたのは、トヨタグループによる豊田自動織機の非公開化のような「超大型案件」である。

別の集計では、さらに大きな数字も出ている。投資銀行のフーリハン・ローキーの推計では、2025年(11月末時点)のM&A取引金額は35兆円強に達し、過去最高だった2018年をも大幅に更新した。これは同期間の世界のM&A市場(約580兆円)の6.1%に相当し、世界市場における日本のプレゼンスが拡大していることを示している。

つまり、何かが構造的に変わった。年に1〜2件の「大型M&A」が話題になる時代から、M&Aが日本企業の経営の「日常」になった時代へと、明確に移行したのである。

1-3 MBO——「過去最高」を更新し続ける非公開化

ここまでは「買う側」の話だった。今度は「降りる側」、つまりMBO・非公開化の数字を見てみよう。

MBO(経営陣による買収)は、上場企業が自ら市場から退出する代表的な手段である。日本経済新聞によれば、2023年に発表されたMBOによる非上場化案は、計1.4兆円と過去最大に達した。

件数ベースでも記録更新が続く。投資調査会社いちよし経済研究所の分析によれば、2024年に東証で上場廃止した94社のうち、20社がMBOによるものだった。フーリハン・ローキーの集計では、2025年のMBO発表件数は11月末時点で既に28件と、過去最高を記録している。東京商工リサーチの集計では、2025年に「上場廃止を前提とした」TOB・MBOを発表した企業は合計112社(TOB80社、MBO32社)にのぼった。

1-4 上場企業数が「減少」に転じたという歴史的事実

これらの数字が積み重なった結果、日本の資本市場の歴史において、一つの「初めて」が起きた。

東証の上場企業数が、初めて減少に転じたのである。 2024年に上場廃止した94社は、2013年以降で最も多い数だった。新規上場よりも退出が上回り、東証の上場企業数は頭打ちから減少へと向かった。フーリハン・ローキーの集計によれば、市場が新区分に再編された2022年4月時点で、プライム市場とスタンダード市場の上場企業数の合計は3305社だったが、2025年11月末時点では3168社にまで減っている。

長らく「日本は上場企業が多すぎる」と言われてきた。新規上場(IPO)はめでたいこと、上場廃止は何か問題があったとき——そういう一方通行のイメージが、根本から書き換わった。上場企業の数が「増え続けるのが当たり前」だった時代が終わり、「市場に入る企業」と「市場から出る企業」が、双方向に活発に動く時代が始まった。 これは、単なる景気の波ではない。構造の変化である。

数字の確認はここまでにして、次章では、その数字の背後にある「言葉」を整理しよう。TOB、MBO、非公開化、同意なき買収——これらの言葉を正確に理解することが、この記事全体を読み解く鍵になる。


第2章 言葉を整理する——TOB、MBO、非公開化、「同意なき買収」

「TOB・MBO急増時代」を理解するには、まず言葉の交通整理が欠かせない。ニュースで飛び交うこれらの用語は、似ているようで意味が違い、しかも互いに組み合わさって使われる。一つずつ、丁寧に押さえていこう。

2-1 TOB——「公開の場で、株を買い集めます」という宣言

TOB(Take-Over Bid、株式公開買付け)とは、ある会社の株式を、「買付け期間・買付け価格・買い付ける予定の株数を、あらかじめ公表したうえで、証券取引所を通さずに、不特定多数の株主から買い集める」手続きのことだ。

なぜ、わざわざこんな仕組みがあるのか。たとえば、ある投資家が、市場でこっそり大量の株を買い集めて、ある日突然「私が筆頭株主です。経営権をいただきます」と宣言したら、どうなるか。それを知らずに株を売ってしまった一般株主は、「もっと高く売れたかもしれないのに」と不利益を被る。逆に、情報を知っていた一部の人だけが得をする。これは不公平だし、市場の信頼を損なう。

そこで法律(金融商品取引法)は、「会社の支配権に影響を与えるような大量の株式取得をするときは、TOBという『公開の場』でやりなさい」と義務づけた。価格も期間も株数も公表し、すべての株主に「同じ条件で売る機会」を平等に与える。それがTOBの本質である。TOBとは、買収という行為を『密室』から『公開の場』に引きずり出すための制度なのだ。

TOBで提示される買付け価格は、通常、その時点の株価(市場価格)よりも高い。この「上乗せ分」を「プレミアム」と呼ぶ。買収者は、「いまの株価より3割高く買いますよ」というように、プレミアムを乗せることで株主に売却を促す。プレミアムが薄ければ株主は応じないし、厚すぎれば買収者の負担が重くなる。このプレミアムの水準が、後で見るように、TOBをめぐる攻防の最大の争点になる。

2-2 MBO——「経営陣が、自分の会社を買う」

MBO(Management Buy-Out、マネジメント・バイアウト)は、TOBの「目的」や「主体」に着目した言葉である。会社の経営陣自身が、買収資金の全部または一部を出して、自分が経営している会社を買収することを指す。

普通の買収は、「A社がB社を買う」というように、買い手と売られる会社が別である。ところがMBOでは、「B社の経営陣が、B社を買う」。買い手と、買われる会社の経営者が、同じなのだ。

なぜ経営陣が自社を買うのか。最大の目的は「非公開化(上場廃止)」である。MBOによって市場に流通する株式をすべて買い取ってしまえば、その会社は上場企業ではなくなる。株式市場から「降りる」。これによって何が変わるのかは、第6章で詳しく述べるが、ひとことで言えば「短期的な株価や株主の圧力から解放され、経営の自由度を取り戻す」ことが狙いとされる。

ただし、ここには構造的な問題が潜んでいる。MBOでは、買い手(経営陣)は「できるだけ安く買いたい」、売り手(一般株主)は「できるだけ高く売りたい」。両者の利害は真っ向から対立する。そして、買おうとしている経営陣は、その会社の内情を誰よりも知っている。情報を握っている側が、情報を持たない側から、安く買おうとする——MBOには、こういう「構造的な利益相反」がビルトインされている。この問題は第12章の核心になる。

実務的には、MBOには「経営陣+ファンド」という組み合わせが多い。経営陣だけでは買収資金が足りないので、PE(プライベート・エクイティ)ファンドが資金を出し、経営陣と組んで買収する。だから「MBO」と言いながら、実態は「ファンドによる買収」に近いケースも少なくない。

2-3 非公開化・上場廃止・スクイーズアウト——「市場から完全に出る」ための仕上げ

「非公開化」「上場廃止」は、ほぼ同じ意味で使われる。その会社の株式が、証券取引所で売買されなくなることだ。

ここで一つ、技術的だが重要な言葉がある。「スクイーズアウト(squeeze-out、締め出し)」だ。

TOBを実施しても、すべての株主がそれに応じるとは限らない。「売りたくない」という株主が、必ず一定数残る。だが、非公開化を完成させるには、この「残った株主」も含めて、株式を100%(あるいはそれに近い水準)にまとめ上げる必要がある。そこで使われるのが、株式併合などの手法を使った「スクイーズアウト」である。たとえば、ある会社が「269万4000株を1株に併合する」というような株式併合を行うと、買収者以外の株主の持ち分は「1株未満の端数」になってしまう。端数になった株式は、最終的に金銭で精算される。つまり、TOBに応じなかった少数株主も、強制的に「現金を受け取って退場」させられる。これがスクイーズアウトだ。

この「強制的な締め出し」があるからこそ、非公開化は完成する。だが同時に、「TOB価格に納得していない株主まで、その価格で追い出される」という問題も生む。だから、TOB価格の公正性は、応じる株主のためだけでなく、応じない株主のためにも重要なのである。

2-4 「敵対的買収」から「同意なき買収」へ——言葉が変わったことの重み

最後に、この記事で最も重要な言葉の変化を扱う。「敵対的買収」から「同意なき買収」へ、という呼び方の変更である。

「敵対的買収」とは、買収される側の会社の経営陣の同意を得ないまま仕掛けられる買収のことだ。長らく日本では、この「敵対的買収」という言葉自体に、強烈なネガティブな響きがあった。「敵対的」=「会社に敵対する」=「乗っ取り」=「悪」。そういう連想が、社会に染みついていた。

ところが、後で詳しく述べる経済産業省の「企業買収における行動指針」(2023年)は、この「敵対的買収」という言葉を、意識的に「同意なき買収」という、より価値中立的な表現に改めた。同じように「買収防衛策」も「買収への対応方針・対抗措置」と言い換えられた。

これは、単なる言葉づかいの問題ではない。「言葉が変わった」ということ自体が、規範の転換を示している。 「敵対的買収」と呼べば、それは最初から「悪いこと」だ。だが「同意なき買収」と呼べば、それは「良い買収もあれば、悪い買収もある、ニュートラルな行為」になる。経営陣の同意がないこと自体は、もはや「悪」ではない。むしろ、企業価値を高める良い提案なら、経営陣が同意しなくても、株主のために検討されるべきだ——そういう発想の転換が、この言い換えには込められている。

この記事でも、原則として「同意なき買収」という言葉を使っていく。それは、この言葉の変化こそが、「TOB・MBO急増時代」の出発点だからである。

言葉の整理はここまでだ。次の三つの章では、いよいよ核心——「なぜ、いま」これほどのTOB・MBOが起きているのか——を、三つの角度から解き明かしていく。


第3章 なぜ「いま」なのか①——「要塞」が取り壊された

「なぜ、いまTOB・MBOが急増しているのか」。この問いに答えるには、三本の柱を立てる必要がある。第3章では一本目、「要塞の取り壊し」を扱う。

3-1 かつて、日本の上場企業は「買えなかった」

話を理解するために、少しだけ時間を巻き戻そう。

戦後の日本では、長らく「上場企業を、その経営陣の意に反して買収する」ことは、事実上ほとんど不可能だった。なぜか。日本の上場企業は、株式持ち合いと安定株主という「要塞」に守られていたからである。

仕組みはこうだ。A社は取引先のB社、メインバンクのC銀行、生命保険のD社などに、自社の株式を持ってもらう。その見返りに、A社もB社・C銀行・D社の株式を持つ。こうしてお互いに「相手の経営には口を出さない、株は売らない」という暗黙の約束で結ばれた「安定株主」が、株主名簿の大半を占める。

仮に、買収者がA社を買おうとしても、市場に出回っている株(浮動株)はわずかしかない。大半の株は「絶対に売らない安定株主」ががっちり握っている。買おうにも、買う株がない。これが、日本の上場企業が長らく「買えない会社」だった理由である。要塞の壁は、「持ち合い」という名のコンクリートでできていた。

3-2 要塞は、この30年で取り壊されてきた

ところが、この要塞は、1990年代後半から、じわじわと取り壊されてきた。

バブル崩壊後、株価が下がると、持ち合い株は「安定の象徴」から「リスクの塊」に変わった。会計ルールが変わり(時価会計の導入)、持ち合い株の株価変動が企業の財務を直撃するようになった。銀行は法律(銀行株式保有制限法)で株式保有を制限され、持ち合い株を放出した。

そして2015年以降、コーポレートガバナンス・コードや東証の市場改革、機関投資家やアクティビストの圧力によって、「政策保有株式(持ち合い株)の解消」は、もはや止まらない潮流になった。野村資本市場研究所の推計では、政策保有株が時価総額に占める比率は、1990年前後のピーク時のおよそ70%程度から、2022年度には31%程度まで下がった。2025年に各社が提出した有価証券報告書ベースでは、政策保有株の売却額は年間9兆7655億円に達し、2年連続で過去最高を更新している。

この「持ち合い解消」の長い歴史そのものは、それだけで一本の長大な記事になるテーマだ。ここで押さえてほしいのは、結論だけである。戦後70年かけて積み上げられた「要塞の壁」が、この30年、とりわけこの数年で、急速に取り壊された。

3-3 壁が消えると、何が起きるか——「浮動株」という獲物

要塞の壁が取り壊されると、何が起きるか。

第一に、「浮動株(市場で自由に売買される株)」が増える。安定株主が持ち合い株を売れば、その株は市場に放出される。誰でも買える株が、市場にあふれ出す。買収者から見れば、「買える獲物」が増えたということだ。

第二に、株主名簿の中身が入れ替わる。放出された株式の主な受け皿は、海外投資家だった。東証などの「株式分布状況調査」によれば、外国法人等(海外投資家)の株式保有比率は2024年度に32.4%となり、過去最高を更新し続けている。海外投資家は、「ものを言わない安定株主」とは違う。彼らは合理的で、企業価値を高める提案——たとえば魅力的な価格のTOB——が来れば、ためらわず株を売る。

つまり、こういうことだ。かつての日本の上場企業は、「買える株が少なく、しかもその株を握っているのは絶対に売らない安定株主」という二重の壁に守られていた。いまや、「買える株は増え、しかもその株を握っているのは、良い条件なら売る合理的な投資家」になった。 二重の壁が、二重に崩れた。

3-4 「要塞の取り壊し」と「TOB急増」は、コインの裏表

ここで、独自の視点を一つ明確にしておきたい。

世間では、「持ち合い解消」と「TOB・MBO急増」は、別々のニュースとして報じられがちだ。だが、この二つは、同じ一つの現象の「原因」と「結果」である。持ち合い解消は、TOB急増の『前提条件』であり、TOB急増は、持ち合い解消の『必然的な帰結』なのだ。

要塞があるあいだは、いくら買収したくても買えなかった。要塞が消えたから、買収が「物理的に可能」になった。第1章で見た「TOB件数が18年ぶりに過去最多を更新した」という事実の、最も深いところにある原因は、ここにある。景気が良いからでも、金利が低いからでもない。70年続いた要塞が、ついに買収を防ぎきれなくなった——それが、TOB・MBO急増時代の、最も根本的な「なぜ、いま」なのである。

ただし、「要塞が物理的に取り壊された」だけでは、まだ説明が足りない。物理的に買えるようになっても、「敵対的買収は悪だ」という社会の規範が強固に残っていれば、買収者は二の足を踏む。その「規範」の壁を、誰が、どうやって取り払ったのか。それが、次の第4章のテーマである。


第4章 なぜ「いま」なのか②——「規範」が書き換えられた

第3章で見たのは、「買収が物理的に可能になった」という話だった。だが、それだけでは足りない。「やればできる」ことと「やってよい」ことは違う。日本では長らく、「同意なき買収=悪」という規範が、買収を心理的・社会的に押しとどめてきた。この章では、その規範を書き換えた決定的な文書——経済産業省の「企業買収における行動指針」——を扱う。

4-1 2023年8月、経産省が出した「異例の指針」

2023年8月31日、経済産業省は「企業買収における行動指針——企業価値の向上と株主利益の確保に向けて——」を策定・公表した。

この指針は、2022年11月に設置された「公正な買収の在り方に関する研究会」での議論を踏まえて作られたものだ。法律ではない。罰則もない。位置づけとしては「ソフトロー」、つまり「法的強制力はないが、関係者が共有すべき行動規範・ベストプラクティス」である。

だが、この「法律ではない指針」が、日本のM&A実務を一変させた。なぜか。それを理解するために、指針の中身を見ていこう。

4-2 三つの原則——「企業価値」「株主意思」「透明性」

行動指針は、上場会社の経営支配権を取得する買収一般において尊重されるべき「三つの原則」を掲げた。

第一が、「企業価値・株主共同の利益の原則」。 買収が望ましいかどうかは、「企業価値を高め、株主共同の利益に資するか」で判断されるべきだ、という原則である。ここで指針は「企業価値」を、「企業が将来にわたって生み出すキャッシュ・フローの割引現在価値の総和である」と、明確に定量的な概念として定義した。「企業価値」という言葉を、経営者が保身のために振りかざす曖昧な精神論にさせない——という意図がここにある。

第二が、「株主意思の原則」。 会社の支配権に関わる重要な決定は、最終的には株主の意思に委ねられるべきだ、という原則である。

第三が、「透明性の原則」。 買収者も対象会社も、株主が適切に判断できるよう、必要な情報を開示すべきだ、という原則である。

この三原則の根底にあるのは、極めてシンプルなメッセージだ。「会社は経営陣のものではない。会社は、企業価値と株主のためにある。」 当たり前のことのように聞こえるかもしれない。だが、安定株主に守られて株主の顔色をうかがう必要がなかった日本の経営者にとって、これは決して当たり前ではなかった。

4-3 「真摯な買収提案」には「真摯な検討」を——取締役会への踏み込んだ要求

行動指針の最大の核心は、第3章にあたる「買収提案を巡る取締役・取締役会の行動規範」である。ここで指針は、従来の指針にはなかった、かなり踏み込んだ要求を、買収される側の取締役会に突きつけた。

要点はこうだ。

まず、経営陣や取締役は、経営支配権を取得する旨の買収提案を受け取ったら、速やかにそれを取締役会に付議または報告することが原則となる。つまり、社長が一人で握りつぶしてはいけない。具体性と一定の信用力のある買収提案を、取締役会に上げないことによって、望ましい買収が表に出る機会を失わせてはならない、とした。

そして、取締役会は、「真摯な買収提案(bona fide offer)」に対しては、「真摯な検討」をすることが基本となる、とした。ここで「真摯な買収提案」とは、「具体性・目的の正当性・実現可能性のある買収提案」のことを指す。そういう提案が来たら、取締役会は、買収後の経営方針、買収価格などの取引条件の妥当性、買収者の資力や経営能力、実現可能性などを、「企業価値の向上に資するかどうか」という観点から、真剣に検討しなければならない。指針は、企業価値を高める提案を「安易に断ることにならないよう留意する必要がある」と、はっきり書いた。

日本経済新聞の解説を借りれば、行動指針は、真摯な買収提案を受けた取締役会に「企業価値を高める提案を安易に断ることにならないよう」求め、提案に応じる際にも株主利益の確保に向けて「合理的な努力を行うべき」とした。買収という取引が企業価値を高めるかどうか、その判断を担う取締役会の役割が、決定的に重みを増したのである。

4-4 「ノーと言う自由」が制約された——これが革命だった

ここで、独自の視点を述べたい。行動指針が「革命」だった理由は、経営者から「理由なくノーと言う自由」を奪ったことにある。

それまで、日本の経営者は、買収提案に対して、実質的に「無視する」「握りつぶす」「門前払いする」ことができた。安定株主に守られていたから、株主に説明する必要もなかった。「敵対的買収は悪」という規範が、その門前払いを正当化してくれた。

ところが行動指針は、こう言ったに等しい。「真摯な買収提案が来たら、あなた(取締役会)は、それを取締役会のテーブルに載せ、真剣に検討し、断るなら断るで、なぜ断るのかを株主に説明できなければならない」。

つまり、買収を断ること自体は、いまも可能だ。だが、「説明なしに断ること」「保身のために断ること」ができなくなった。 これは、買収する側にとっては「固い扉が、こじ開けられるようになった」ことを意味する。実際、法律事務所の専門家による座談会では、同意なき買収の対象会社の取締役が、指針を子細に読み込んで「この箇所はどう解釈すべきか」と真剣に議論する場面が見られるようになった、と語られている。買収する側も、「真摯な買収提案として扱ってもらうには、どこまでやればいいか」を検討するようになった。指針は、買収する側・される側の双方の行動を、現実に変えた。

4-5 「敵対的」から「同意なき」へ——言葉の革命の意味

第2章でも触れたが、行動指針は、「敵対的買収」を「同意なき買収」に、「買収防衛策」を「買収への対応方針・対抗措置」に、それぞれ言い換えた。価値中立的な表現にすることを意図したものである。

この言い換えの効果は、絶大だった。「敵対的買収を仕掛ける」と言えば、その買収者は「会社の敵」だ。だが「同意なき買収を提案する」と言えば、その買収者は「経営陣の同意は得ていないが、株主のために提案をしている主体」になる。買収を仕掛けることの『社会的な後ろめたさ』が、公的な指針によって、公式に取り除かれたのである。

行動指針の公表後、日本では「同意なき買収」が次々と表面化した。日経新聞が挙げる例だけでも、第一生命ホールディングスがベネフィット・ワンに同意なき買収を提案して成功させ、物流のAZ-COM丸和ホールディングスが同業のC&Fロジホールディングスに同意なき買収を提案した(こちらはC&FがSGホールディングスをホワイトナイトに選び、失敗に終わった)。指針が、日本のM&Aを明らかに活性化させた。

4-6 指針には「系譜」がある

なお、行動指針は、突然空から降ってきたわけではない。日本には、M&Aをめぐる指針の「系譜」がある。

2005年には、経済産業省と法務省が「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」(2005年指針)を策定した。これは、企業価値を害する買収に対する「合理的な買収防衛策」が満たすべき原則を示したもので、どちらかといえば「悪い買収からどう守るか」に重点があった。2007年には、経済産業省が「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」を、2008年には企業価値研究会が「近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策の在り方」(2008年報告書)を出している。さらに2019年には、経済産業省が「公正なM&Aの在り方に関する指針」(公正M&A指針)を策定し、MBOや支配株主による従属会社の買収における「公正な手続き」のあり方を整理した。

2023年の行動指針は、この系譜の最新版である。ただし、性格はこれまでと違う。2005年指針や2008年報告書が「悪い買収からどう防衛するか」に力点を置いていたのに対し、2023年の行動指針は「経済の活性化につながる買収を促し、その障害を取り除く」という、買収に対して前向きな姿勢を、かなり強く打ち出している。「守る指針」から「促す指針」へ。 この性格の転換そのものが、時代の変化を物語っている。

規範の壁は、こうして取り払われた。だが「なぜ、いま」の説明には、もう一本、柱が要る。「市場」そのものの論理の変化だ。次の第5章で扱う。


第5章 なぜ「いま」なのか③——「市場」が変わった

「要塞の取り壊し」(第3章)が買収を物理的に可能にし、「規範の書き換え」(第4章)が買収を社会的に許容した。三本目の柱は、「市場」の論理の変化である。東証の市場改革が、上場企業に「変われ、さもなくば……」という強烈な圧力をかけ、その圧力こそが、TOB・MBO急増の直接の引き金になった。

5-1 2022年の市場再編——「上場の質」が問われ始めた

2022年4月、東京証券取引所は、市場区分を「プライム市場・スタンダード市場・グロース市場」の三つに再編した。

この再編は、単なる名称変更ではなかった。それぞれの市場に明確なコンセプトと、具体的な「上場維持基準」が設定された。とりわけ最上位のプライム市場には、流通株式比率や流通株式時価総額について、厳しい数値基準が課された。基準を満たせなければ、最終的には上場廃止もありうる。

「上場していれば安泰」だった時代が終わり、「上場し続けるには、基準を満たし続けなければならない」時代が始まった。「上場の量」から「上場の質」へ。 東証は、上場企業の数を追うのではなく、質を重視する姿勢を明確にした。

5-2 2023年の「PBR1倍割れ」要請——市場からの最後通牒

そして2023年3月31日、東証は、日本の資本市場の歴史に残る「要請」を発した。プライム市場・スタンダード市場の全上場会社を対象とした、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請である。

メディアでは「PBR1倍割れ問題」として大きく報じられた。PBR(株価純資産倍率)が1倍を割っているということは、「その会社の株式市場での評価額が、会社が持っている純資産の額よりも低い」ことを意味する。極端に言えば、「会社を解散して資産を分配したほうが、株を持ち続けるより価値がある」と市場に判断されている、ということだ。当時、東証の指摘によれば、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社が、ROE8%未満かつPBR1倍割れという状況にあった。

東証は、全上場企業に対して、自社の資本コストと資本収益性を正確に把握し、改善計画を策定・開示し、投資家との対話を通じて継続的に取り組むことを求めた。さらに2024年1月からは、「要請に基づいて開示している企業の一覧表」を毎月公表し始めた。「やっている企業」と「やっていない企業」を、名指しで可視化したのである。

これは、上場企業にとって、強烈なプレッシャーだった。「資本効率が低い」「株価が安い」ことが、もはや見過ごされない。市場全体から、改善を迫られる。

5-3 「PBR1倍割れ」が、なぜTOB・MBOにつながるのか

ここが、この章の核心である。「PBR1倍割れを改善せよ」という東証の要請が、なぜTOB・MBOの急増に直結するのか。論理は二つある。

論理①——「安い会社」は、買収の格好の標的になる。 PBRが1倍を割っている会社は、言い換えれば「持っている資産の価値よりも、安い値段で買える会社」である。買収者から見れば、これほど魅力的な「獲物」はない。1万円の価値があるものが、8000円で売られている。買って、中身を立て直すか、資産を活用すれば、差額が利益になる。東証が「PBR1倍割れ企業」を可視化したことは、皮肉にも、買収者に対して「お買い得物件のリスト」を提示したようなものだった。 TOBの増加、とりわけアクティビストやファンドによるTOBの増加は、この「割安な獲物」の存在と切り離せない。

論理②——「市場にいるのが面倒」な会社は、市場から降りようとする(MBO)。 東証の要請、アクティビストの圧力、投資家との対話の負担——これらに常にさらされ続けるのは、企業にとって相当なコストである。とりわけ、「中長期的な抜本改革に取り組みたいのに、短期的な株価ばかり問われる」と感じる経営者にとって、上場は「足かせ」に見えてくる。だったら、いっそ市場から降りてしまえばいい。MBOで非公開化すれば、東証の要請からもアクティビストの圧力からも解放される。日本経済新聞のポッドキャストの解説でも、東証が「資本コストや株価を意識した経営」を要請し、アクティビストも株価重視の要求を強めるなかで、中長期的な事業の抜本改革に取り組むには「経営の自由度が高い非上場化が得策」と考える企業が増えている、と説明されている。

つまり、東証の同じ一つの要請が、企業を二つの方向に追い立てた。 「安い」と見なされた会社は買収の標的になり(在庫化のベクトル)、「面倒だ」と感じた会社は市場から逃げ出す(遠心力のベクトル)。第0章(はじめに)で述べた「二つのベクトル」が、ここで具体的に姿を現す。

5-4 上昇する「上場コスト」

もう一つ、見落とせない要因がある。「上場コスト」の上昇だ。

近年、上場企業に求められる開示や対応は、年々重くなっている。コーポレートガバナンス・コードへの対応、人的資本やサステナビリティの開示、有価証券報告書の拡充、そして2025年春からはプライム市場上場企業に対する決算情報・適時開示情報の英文開示の義務化。一つひとつには意味があるが、企業の側から見れば、上場を維持するための事務的・人的・金銭的な負担は、確実に増している。

「上場のメリット」と「上場のコスト」を天秤にかけたとき、かつてはメリットが圧倒的に重かった。資金調達、知名度、人材採用、信用力——上場の恩恵は大きかった。だが今、すでに十分な資金と知名度を持つ成熟企業、とりわけオーナー系でキャッシュリッチな企業にとっては、「上場のメリットは薄れ、コストだけが重くのしかかる」という計算が成り立ちやすくなっている。これも、MBO・非公開化を後押しする構造的な force である。

5-5 三本の柱を、束ねる

第3章から第5章まで、「なぜ、いま」の三本柱を見てきた。ここで束ねておこう。

  • 第3章(要塞の取り壊し): 持ち合い解消で安定株主が消え、買収が「物理的に可能」になった。
  • 第4章(規範の書き換え): 経産省の行動指針で「同意なき買収」が「社会的に許容」され、取締役会は「安易に断れなく」なった。
  • 第5章(市場の変化): 東証の改革で「安い会社」は標的になり、「面倒な会社」は市場から逃げ出すようになった。

この三本が、同時に、同じ方向に作用した。だからこそ、TOB・MBOは「波」ではなく「構造的な急増」になった。一過性の景気循環なら、いずれ揺り戻す。だが、要塞は取り壊されたら元には戻らないし、規範は書き換えられたら元には戻らないし、市場の論理は変わったら元には戻らない。TOB・MBO急増時代は、循環ではなく、構造である。 これが、三本柱から導かれる、この記事の中核的な主張だ。

次の二つの章では、この構造から生まれた「二つのベクトル」——遠心力(MBO・非公開化)と在庫化(同意なき買収)——を、それぞれ詳しく見ていく。


第6章 遠心力のベクトル——MBO・非公開化はなぜ急増したのか

ここからは、「二つのベクトル」を一つずつ掘り下げる。まず、企業を市場の「外」へ押し出す遠心力のベクトル、すなわちMBO・非公開化である。

6-1 「上場ゴール」から「上場は手段」へ

かつて、日本のビジネス社会では、「上場」は経営者にとっての「ゴール」だった。会社を興し、育て、上場させる——それは経営者人生の到達点であり、勲章だった。「上場企業の社長」という肩書きには、特別な重みがあった。

ところが、この「上場=ゴール」という価値観が、静かに崩れている。上場は、ゴールではなく、「資金調達や成長のための、数ある手段の一つ」にすぎない。手段である以上、それが目的に合わなくなれば、手放してもいい。「上場し続けることが、本当に自社にとって最善なのか」を、改めて問い直す経営者が増えた。 そして、その問い直しの結果として、「No」という答えを出す企業が、MBO・非公開化に向かう。

6-2 MBOを選ぶ企業の「共通点」

では、どういう企業がMBOを選ぶのか。投資調査会社いちよし経済研究所の分析は、過去にMBOを実施した企業の「共通点」を、いくつか挙げている。

一つは、「オーナー系企業」であること。創業家やそれに連なる経営陣が、もともと相当の株式を持っている企業だ。彼らにとって、残りの株式を買い集めて非公開化することは、心理的にも実務的にも、ハードルが比較的低い。「もともと自分たちの会社だ」という意識がある。

二つ目は、「株価が低調」であること。PBRが低く、市場で「割安」に評価されている企業だ。割安だということは、買い取るコストが低いということでもある。経営陣から見れば、「市場が自社を正しく評価してくれないなら、自分たちで買い取って、非公開でじっくり立て直す」という発想になる。

三つ目は、「キャッシュリッチ」であること。手元に潤沢な現金や、現金化しやすい資産を持っている企業だ。これらの資産は、買収資金の裏付けになる。皮肉な言い方をすれば、「自社の金庫の中身を使って、自社を買う」ことができる。

いちよし経済研究所は、こうした条件——オーナー系、株価低調、キャッシュリッチ——でスクリーニングして、「MBO予備軍」の銘柄をリストアップしている。実際、2024年以降、同社の継続調査対象だけでも、複数の企業が次々とMBOで上場廃止になった。MBOは、もはや「予測できるパターン」になっている。 これは、MBOが偶発的な事件ではなく、構造的な現象であることの、何よりの証拠だ。

6-3 トヨタグループ・豊田自動織機——「創業の源流」すら非公開化へ

MBO・非公開化の象徴的な案件が、2025年に動いた。トヨタグループによる豊田自動織機の非公開化である。

豊田自動織機は、トヨタグループの「源流」ともいえる会社だ。創業家のトヨタ自動車創業家が、買収・非上場化に向けた提案を行ったと報じられ、最終的にトヨタグループによる株式公開買付け(TOB)によって非公開化される案件となった。日本のM&A史上でも屈指の規模であり、2025年のM&A取引総額を20兆円超に押し上げた「超大型案件」の一つである。

報道では、その背景として、海外企業などの「黒船」から経営の自由度を確保する狙いや、グループ全体の資本効率の向上、意思決定の迅速化が挙げられている。日本を代表するグループの「源流企業」ですら、上場を続けるより非公開化を選ぶ。 この事実は、「上場=当然の善」という常識が、いかに根本から崩れたかを、これ以上ないほど雄弁に物語っている。

6-4 過去の「成功体験」——すかいらーくの再上場

MBO・非公開化が増えている背景には、「過去の成功体験」もある。

代表例が、外食大手のすかいらーく(現すかいらーくホールディングス)だ。すかいらーくは2006年にMBOを実施して非公開化した。非公開化したあと、上場企業としての制約から解放された状態で、抜本的な経営改革——不採算店舗の整理、業態転換、コスト構造の見直しなど——を断行した。そして2014年、改革を経て、再び上場を果たした。

この「MBOで一度市場から降り、非公開のあいだに立て直し、再上場する」というモデルは、後続の企業にとっての「成功テンプレート」になった。MBOは「市場からの撤退」ではなく、「立て直しのための、一時的な離脱」でありうる。出口(再上場や、ファンドへの売却など)まで含めた一連のシナリオとして、MBOを構想できるようになった。これも、MBOのハードルを下げた要因の一つだ。

6-5 「アクティビストに狙われる前に」という動機

もう一つ、見逃せない動機がある。「アクティビストに狙われる前に、自分から動く」という、いわば「先回りのMBO」だ。

第3章で見たとおり、要塞が取り壊された結果、割安な上場企業は、いつアクティビストやファンドの標的になってもおかしくない。標的にされてから対応するのは、消耗戦になる。だったら、標的にされる前に、自分たちの主導で(=経営陣の主導で)MBOを実施し、非公開化してしまったほうがいい——そう考える企業がある。

東京商工リサーチも、「アクティビストなどの標的になる前にMBOなどで上場廃止を選択する企業も目立つ」と指摘している。これは、第7章で扱う「在庫化のベクトル」(同意なき買収の脅威)と、第6章の「遠心力のベクトル」(MBO)が、実は深く連動していることを示している。買収の脅威が高まれば高まるほど、それを避けようとする非公開化も増える。 二つのベクトルは、無関係に並走しているのではなく、互いに引き合い、押し合っている。

6-6 遠心力のベクトルの「影」を、予告しておく

MBO・非公開化には、明るい面がある。経営の自由度を取り戻し、腰を据えた改革ができる。市場の短期的な圧力から離れられる。

だが、影もある。最大の影は、第2章で触れた「構造的な利益相反」だ。MBOでは、買い手(経営陣)は安く買いたい、売り手(一般株主)は高く売りたい。情報を握る経営陣が、情報を持たない株主から、安く買おうとする構図。「経営の自由度を取り戻す」という美しい物語の裏で、「一般株主が、不当に安い価格で締め出される」という不公正が起きていないか——これは、第12章で正面から扱う、急増時代の最も深刻な論点である。ここではまず、「遠心力のベクトルには光と影の両面がある」ことだけ、頭に置いておいてほしい。

次の第7章では、もう一つのベクトル——あらゆる上場企業を「在庫」に変える、「同意なき買収」の時代——を見ていく。


第7章 「在庫化」のベクトル——「同意なき買収」の時代

第6章で見た遠心力(MBO・非公開化)が「企業を市場の外へ押し出す」ベクトルだとすれば、第7章で扱う「在庫化」のベクトルは、「市場に残るすべての企業を、買収の対象=『在庫』に変える」ベクトルである。

7-1 「すべての上場企業が、買える」という新常識

要塞が取り壊された世界(第3章)では、論理的な帰結として、こうなる——市場に上場し続けているすべての企業は、原理的に「買える」状態にある。

かつては違った。持ち合いと安定株主に守られた企業は、いくら買収したくても「買えない」企業だった。買収者は、買えそうな会社(要塞の弱い会社)だけを選んで狙うしかなかった。だが今は、安定株主が消え、浮動株が増え、株主名簿は合理的な投資家で埋まっている。良い条件を出せば、株は集まる。「狙えば、買える」。 これが新しい常識だ。

この変化は、経営者の心理を根本から変える。かつての経営者は、「自社が買収されることなど、まずありえない」と考えていられた。要塞があったからだ。だが今の経営者は、「自社も、ある日突然、買収提案を受けるかもしれない」という前提で経営しなければならない。上場しているということは、常に「売り物の棚」に並んでいる、ということなのだ。 これが「在庫化」という言葉の意味である。

7-2 「同意なき買収」が、ありふれた選択肢になった

「在庫化」を駆動する直接の力が、「同意なき買収」の常態化だ。第4章で見たとおり、経産省の行動指針が「敵対的買収」を「同意なき買収」と言い換え、その社会的な後ろめたさを取り除いた。

その効果は、はっきりと数字に表れている。M&A Onlineの集計によれば、2022年には敵対的TOBはゼロだった。それが、行動指針の公表(2023年8月)を経て、状況は様変わりした。2024年・2025年には、経営陣の同意を得ないまま、あるいは同意を得る前に仕掛けられる買収提案が、次々と表面化した。

ここで重要なのは、「同意なき買収」が、もはや一部の特殊なプレーヤー(強面の買収ファンドなど)だけのものではなくなった、ということだ。第一生命ホールディングスのような、日本を代表する大企業が、同意なき買収を仕掛ける。事業会社が、同業他社に同意なき買収を提案する。「同意なき買収」は、まっとうな大企業が、まっとうな成長戦略として選ぶ、ありふれた選択肢になった。 これが、2000年代の「敵対的買収」(村上ファンドやライブドアなど、どこか「異物」として扱われた)との決定的な違いである。

7-3 競合提案・対抗TOB——「買収は、入札になった」

「在庫化」の時代のもう一つの特徴が、「競合提案(対抗TOB)」の増加である。

ある会社にA社が買収提案をすると、それを見たB社やC社が「うちはもっと高く買う」と名乗りを上げる。一つの「獲物」をめぐって、複数の買収者が競り合う。買収が、いわば「入札」のようになる。

アンダーソン・毛利・友常法律事務所などの専門家も、近年は「当初の買収提案を契機に第三者から新たな買収提案(競合提案)が提示され、それぞれの提案に関する評価を巡って見方が分かれるケースが増加している」と指摘している。経産省の行動指針が策定された動機の一つも、まさにこの「競合提案が増え、どの提案が望ましいかをめぐって混乱が生じる」状況に、判断の枠組みを与えることだった。

競合提案が増えるということは、買収される側の株主にとっては、悪い話ではない。複数の買い手が競り合えば、買収価格は吊り上がる。第9章で見る牧野フライスのケースは、まさに複数の買収提案者が競い合った典型例だ。「在庫化」は、見方を変えれば、「上場企業という商品が、競争的な市場で適正に値付けされるようになった」ということでもある。

7-4 ホワイトナイト——「白馬の騎士」という選択肢

「同意なき買収」を仕掛けられた企業には、いくつかの対抗手段がある。そのなかでも、近年とりわけ目立つのが「ホワイトナイト(白馬の騎士)」の活用だ。

ホワイトナイトとは、同意なき買収を仕掛けられた会社が、「望まない買収者に買われるくらいなら、こちらの会社(あるいはファンド)に買ってもらいたい」と考えて、自ら招き入れる、友好的な買収者のことだ。

たとえば、第4章で触れたC&Fロジホールディングスのケース。同業のAZ-COM丸和ホールディングスから同意なき買収を提案されたC&Fは、SGホールディングスをホワイトナイトとして選び、丸和の買収提案を退けた。第9章で詳しく見るニデックと牧野フライスのケースでも、牧野フライスはニデックの同意なき買収に対して、MBKパートナーズというファンドをホワイトナイトとして招き入れた。

ここで、独自の視点を一つ。ホワイトナイトという解決策が成立すること自体が、「在庫化」の証明である。 「望まない買収者に買われるくらいなら、別の相手に買われよう」——この発想は、「自社が買われること自体は、もはや避けられない前提」になっていることを意味する。かつての経営者なら、「買われること自体を拒否する(要塞に立てこもる)」のが第一の選択肢だった。今の経営者にとっては、「どうせ買われるなら、誰に買われるか」が、現実的な選択肢になっている。問いが「買われるか、買われないか」から、「誰に、いくらで買われるか」へと変わった。 これこそ、「在庫化」のベクトルの本質である。

7-5 「対抗策」は、まだ生きている——ただし「時間稼ぎ」へと性格を変えた

もちろん、「同意なき買収」に対して、企業がまったく無防備になったわけではない。「買収への対応方針・対抗措置」(かつての「買収防衛策」)は、今も使われている。

ただし、その性格は変わってきている。かつての買収防衛策は、「買収を、そもそも成立させないため」のものという色彩が強かった。だが近年の対抗措置は、「買収提案を、株主が十分に検討するための『時間』を確保するため」のものへと、性格を変えつつある。

第9章で見る牧野フライスのケースが典型だ。牧野フライスがニデックに対して導入した対抗策は、その狙いを「第三者提案の具体化・検討のために必要な時間を確保すること」と明示していた。「買収を永久に阻止する」のではなく、「ホワイトナイトを探したり、株主が冷静に判断したりするための時間を稼ぐ」。対抗措置の正当性が、「経営陣の保身」ではなく「株主の利益(十分な検討時間の確保)」によって基礎づけられるようになった。これも、行動指針が示した「企業価値・株主共同の利益の原則」「株主意思の原則」が、実務に浸透してきたことの表れである。

7-6 二つのベクトルは、こうしてつながる

第6章と第7章で、「遠心力(MBO・非公開化)」と「在庫化(同意なき買収)」という二つのベクトルを見てきた。最後に、この二つがどうつながっているかを、改めて整理しておきたい。

表面的には、二つは逆向きだ。一方は市場から「出ていく」、もう一方は市場のなかで「売買される」。

だが、実際には、二つは強く引き合っている。「在庫化」が進む(=同意なき買収の脅威が高まる)からこそ、「遠心力」が強まる(=狙われる前にMBOで降りようとする)。 逆に、「遠心力」で優良企業が市場から姿を消せば、市場に残った企業に買収圧力が集中し、「在庫化」がさらに進む。二つのベクトルは、互いをエネルギー源にしている。

そして、両方の根っこは同じだ——「上場・独立が当然」という70年の常識が崩れたこと。会社は、要塞ではなくなった。会社は、売り物になった。 売り物になった会社は、「店先(市場)に並び続ける」か「店から引っ込む(非公開化)」かを、選ばなければならない。TOB・MBO急増時代とは、日本中の上場企業が、この選択を迫られている時代のことなのである。

抽象的な議論が続いた。次の二つの章では、この「二つのベクトル」を、最も鮮やかに体現した二つの実例——セブン&アイと、ニデック×牧野フライス——を、具体的に追いかけていく。


第8章 ケーススタディ①——セブン&アイ・ホールディングス vs クシュタール

「在庫化」のベクトルを、これ以上ないほど鮮明に示した事例が、セブン&アイ・ホールディングスをめぐる攻防である。日本を代表する企業が、外国企業から約7兆円の買収提案を受ける——この出来事が持つ意味を、時系列で追いながら考えていこう。

8-1 「黒船」、3度目の来航

カナダのコンビニエンスストア大手、アリマンタシォン・クシュタール(Alimentation Couche-Tard、以下クシュタール)。この会社がセブン&アイに買収提案をするのは、実は初めてではない。報道によれば、2005年、2020年に続く「3度目」の接近だった。

そして3度目の今回、事態は本格的に動いた。2024年8月、クシュタールがセブン&アイに対して、法的拘束力のない買収提案を行ったことが明らかになった。当初の提案額は1株あたり14.86ドル、規模にして約6兆円とされた。セブン&アイは同年9月、これを拒否する。理由は、「自社の戦略が過小評価されている」「統合によるシナジーが不透明」といったものだった。

しかし、クシュタールは引き下がらなかった。提案額を1株あたり18.19ドル、約7兆円規模に引き上げて、再提案した。実現すれば、海外企業による日本企業の買収としては、史上最大級の規模になるはずだった。

8-2 創業家のMBO構想と、その頓挫

外からの買収提案に直面したセブン&アイは、対抗策を模索した。その一つが、「創業家主導のMBO(非公開化)」である。

ここで、第6章で述べた「遠心力のベクトル」と、第7章の「在庫化のベクトル」が、一つの企業のなかで交差することになる。外から「在庫化」の圧力(クシュタールの買収提案)を受けたセブン&アイは、「遠心力」の方向(MBOによる非公開化)に逃げ込もうとした。「望まない買収者に買われるくらいなら、創業家主導で市場から降りる」という発想である。

ところが、このMBO構想は頓挫する。報道によれば、創業家が主導し経営陣が参加するMBO計画には、大口の出資者が必要だった。その出資者候補として名前が挙がっていた伊藤忠商事が、最終的に出資を断念したのである。約7兆円規模の買収提案に対抗できるだけの巨額のMBOには、それを支える資金の出し手が要る。その資金の手当てがつかなかった。

伊藤忠の離脱は、重い意味を持っていた。「遠心力」への逃げ道(MBO)が塞がれたことで、セブン&アイは、クシュタールとの「在庫化」の圧力に、正面から向き合わざるをえなくなった。

8-3 NDA締結、そして交渉決裂

2025年4月、両社は秘密保持契約(NDA)を締結した。クシュタールがセブン&アイの財務データにアクセスし、協議が一歩進んだかに見えた。「完全拒絶」ではなく、「協議の余地を残す」対応だった。

だが、最終的に、交渉は決裂する。2025年7月、クシュタールは一連の買収提案の撤回を発表した。

撤回をめぐっては、両社の主張が真っ向から食い違った。クシュタール側は、「セブンが建設的な協議に応じなかった」と主張した。協議の場は厳しく制約されたミーティングが2回だけで、資産査定(デューデリジェンス)の機会も限られていた、と訴えた。一方、セブン&アイ側は、「クシュタールが一方的に協議を終了し、買収提案を撤回する決定を下した」と確認する声明を出した。表向きは、米国の独占禁止法による制限をクリアするために真剣に協議を重ねた末の決裂、とされている。だが、最後まで両社の議論はかみ合わなかったとみられている。

8-4 この事例は、何を象徴しているのか

セブン&アイ×クシュタールの一件は、結果として「買収は不成立」に終わった。だが、結果以上に、この事例が「投げかけたもの」が重要である。独自の視点で、三点に整理したい。

第一に、「日本の象徴的企業すら、『売り物』になった」ことを、誰の目にも明らかにした。 セブン-イレブンは、日本人の生活に深く根ざした、いわば「国民的インフラ」である。そのセブン&アイが、外国企業から7兆円で買収提案を受ける。かつてなら「ありえない」と一蹴されたであろうこの出来事が、現実に起きた。「うちは大丈夫」と思える企業は、もはや日本に一社も存在しない。 これが、この事例の最も重い含意である。

第二に、「MBOという逃げ道は、万能ではない」ことを示した。 セブン&アイは「遠心力」の方向(創業家MBO)に逃げ込もうとしたが、資金の手当てがつかず頓挫した。巨大企業ほど、MBOに必要な資金も巨大になる。「狙われたらMBOで降りればいい」という発想は、規模が大きくなればなるほど、現実には難しくなる。逃げ道は、すべての企業に等しく開かれているわけではない。

第三に、「買収提案は、撤回されても、企業を変える」ことを示した。 クシュタールの提案は撤回された。だが、セブン&アイはこの間、ノンコア事業の売却、自社株買い、北米事業の一部上場(IPO)検討など、企業価値向上のための施策を次々と進めた。買収提案がなければ、ここまでのスピードで動いただろうか。クシュタールは「1株2600円」という買収価格を提示していた。提案が撤回された後も、セブン&アイの経営陣は、この「クシュタールが引いた最低ライン」を意識した成長戦略を描かざるをえない。買収提案は、たとえ成立しなくても、経営に対する強烈な『規律』として作用する。 これは、第7章で述べた「在庫化」のもう一つの側面——買収の脅威そのものが、経営を規律づける——の、具体的な実例である。

セブン&アイの事例が「在庫化のベクトル」と「経営への規律」を示したとすれば、次の第9章で見るニデック×牧野フライスの事例は、「同意なき買収の作法」と、それが直面した思わぬ「壁」を示している。


第9章 ケーススタディ②——ニデック vs 牧野フライス製作所

セブン&アイの事例が「巨大企業の在庫化」を示したとすれば、ニデックによる牧野フライス製作所への買収提案は、「同意なき買収の作法」をめぐる攻防と、その先に待っていた「経済安全保障」という新しい壁を、鮮やかに描き出した事例である。

9-1 「事前打診なしTOB予告」という衝撃

事の発端は、2024年12月末。モーター大手のニデックが、工作機械メーカーの牧野フライス製作所に対し、翌2025年4月4日から1株1万1000円でTOBを実施すると「予告」した。完全子会社化を目的とし、買収総額は2570億円規模とされた。

この一件が業界に衝撃を与えたのは、その「やり方」だった。事前の通知や協議が、一切なかったのである。ダイヤモンド編集部の表現を借りれば、これは「事前打診・事前交渉なしTOB」という、極めて異例の手法だった。普通、同意なき買収であっても、まずは水面下で対象会社に提案を伝え、相手の反応を見るのが一般的だ。ニデックは、その前段階をすべて飛ばして、いきなり「TOBをやります」と公表した。

ニデックには、それだけの執念があった。同社は工作機械事業を新たな収益の柱に据え、「売上高1兆円、世界首位」という大目標を掲げて積極的なM&Aを進めていた。航空機やEV向け部品の加工に強みを持つ牧野フライスは、その目標に向けた重要なピースだった。

9-2 対抗策、仮処分、そして撤回

突然「TOB予告」を突きつけられた牧野フライス側は、「買収提案を検討する時間が必要だ」として、TOBの開始を約1カ月延期するようニデックに要請した。だが、ニデックはこれを拒絶した。

再三の要請を拒まれた牧野フライスは、2025年3月、対抗策を公表する。ニデックがTOBを延期しない場合、ニデックと一般株主とで条件が異なる新株予約権を無償で割り当てる、という内容だった。これは、ニデックの持ち分を希釈化させる効果を持つ「対抗措置」である。

それでもニデックは、予定どおり2025年4月4日にTOBを開始した。これに対し、牧野フライスの取締役会は4月10日、TOBへの反対を正式に表明し、対抗策を発動する方針を決めた。ニデックは、対抗策の差し止めを求める仮処分を東京地方裁判所に申し立てた。攻防は、法廷に持ち込まれた。

東京地裁は、ニデックの申し立てを却下した。そして2025年5月9日、ニデックは牧野フライスへのTOBを撤回する届出書を関東財務局長宛てに提出した。撤回の理由としてニデックが挙げたのは、牧野フライスの対抗策によって「損害が生じる恐れがある」「本公開買付けを維持することは著しく経済合理性を欠くことになりかねない」というものだった。

9-3 ホワイトナイト「MBKパートナーズ」の登場

ここで、第7章で見た「ホワイトナイト」が登場する。

牧野フライスは、ニデックの同意なき買収に対抗するため、第三者の買収提案者を募っていた。複数の提案者が名乗りを上げるなか、牧野フライスは、アジア系の投資ファンドであるMBKパートナーズに優先交渉権を与えた。日本経済新聞の報道によれば、MBKは複数いた買収提案者のなかで、牧野フライスと約束した期日を守った「唯一の存在」だった。牧野フライスが期日にこだわったのは、ニデックへの対抗策を発動する際に、「株主が十分に検討するための時間を確保する」と株主に約束していたからだ。

2025年6月、MBKは1株1万1751円で牧野フライスを完全子会社化する、と発表した。ニデックの提案価格(1万1000円)を上回る、友好的な買収。これで決着——かに見えた。

9-4 思わぬ壁——外為法による「中止勧告」

ところが、この案件には、誰も予想しなかった「壁」が待っていた。経済安全保障である。

2026年4月、政府は、MBKパートナーズによる牧野フライス買収計画について、「中止するよう勧告した」ことが明らかになった。財務相と経済産業相が、「外国為替及び外国貿易法(外為法)」第27条第5項に基づいて出した勧告である。牧野フライスの工作機械が、国内の防衛産業の製造過程で使われていることなどから、安全保障上の懸念がある、という判断だった。

これは、極めて重い「初めて」だった。外国投資家による投資規制を強化した2017年の外為法改正以降、政府が外資の買収に「中止勧告」を出したのは、これが初の事例である。さかのぼれば、2008年に英国系ファンドによる電源開発(Jパワー)株の買い増しを止めた事例以来、約18年ぶりの「待った」だった。中止勧告を受けて、牧野フライスの株価は急落した。

MBKは当初、この勧告を「大きな驚き」と表明したが、最終的に2026年4月30日、中止勧告を受け入れると発表し、牧野フライスと結んでいた公開買付契約も解除した。一方で、別の日系投資ファンドであるNSSK(日本産業推進機構)が新たに買収を提案するなど、牧野フライスをめぐる動きは、なお続いている。

9-5 この事例は、何を象徴しているのか

ニデック×牧野フライスの一件は、TOB・MBO急増時代の「複数の論点」を、一つの案件のなかに凝縮していた。独自の視点で、三点に整理する。

第一に、「同意なき買収には『作法』がある」ことを、はっきりさせた。 ニデックの「事前打診なしTOB予告」は、たしかに法律違反ではない。だが、対象会社に検討の時間を一切与えないやり方は、経産省の行動指針が重視する「真摯な検討」の機会を奪うものだった。牧野フライスが導入した対抗策が、裁判所によって(少なくとも差し止めを認めない形で)容認され、結果としてニデックがTOBを撤回したことは、市場に一つのメッセージを送った——「同意なき買収は許容される。だが、対象会社に『真摯に検討する時間』も与えない強引なやり方は、対抗策によって押し返されうる」。 同意なき買収が常態化する時代だからこそ、その「作法」の輪郭が、こうした攻防を通じて、判例や実務として固まっていく。

第二に、「ホワイトナイトと対抗策が、株主のための『時間稼ぎ』として機能した」ことを示した。 牧野フライスの対抗策は、「買収を永久に阻止するため」ではなく、「ホワイトナイト候補との協議を進め、株主が十分に検討する時間を確保するため」のものだった。実際、その時間のなかで、ニデックの提案(1万1000円)を上回るMBKの提案(1万1751円)が出てきた。対抗策が、結果として株主の利益(より高い価格、より多くの選択肢)に資した。これは、第7章で述べた「対抗策の性格の変化」——保身の道具から、時間確保の手段へ——の、具体的な実証例である。

第三に、そして最も新しい論点として、「経済安全保障という『最後の壁』」を浮かび上がらせた。 要塞(持ち合い)は取り壊された。規範(敵対的=悪)は書き換えられた。市場の論理も変わった。買収を阻む三つの壁が、次々と取り払われてきた。だが、牧野フライスの一件は、まだ一つ、壁が残っていることを示した——「国家」という壁である。防衛・先端技術に関わる企業は、たとえ友好的な買収であっても、経済安全保障の観点から、政府が「待った」をかけうる。「無重力経営(国家を意識せずにすむ経営)」の時代は終わった、と評する論者もいる。この「経済安全保障」という新しい論点は、TOB・MBO急増時代の今後を左右する重要なテーマであり、第14章で改めて正面から扱う。

二つのケーススタディを通じて、「在庫化のベクトル」の現実が見えてきた。次の第10章では、この急増時代の「新しい主役たち」——PEファンド、アクティビスト、海外勢——に焦点を当てる。


第10章 新しい主役たち——PEファンド、アクティビスト、海外勢

TOB・MBO急増時代を動かしているのは、事業会社だけではない。むしろ、この時代の「色」を決めているのは、新しいタイプのプレーヤーたちだ。PE(プライベート・エクイティ)ファンド、アクティビスト、そして海外勢。この章では、彼らが何者で、何をしているのかを整理する。

10-1 PEファンド——「非公開化」と「カーブアウト」の主役

PEファンドとは、投資家から集めた資金で企業(あるいは事業)を買収し、数年かけて企業価値を高めたうえで、再上場や転売によって利益を得る投資ファンドのことだ。米ベインキャピタル、米ブラックストーン、米KKR、そしてアジア系のMBKパートナーズ——こうした名前が、近年の日本のM&Aニュースに、繰り返し登場する。

ストライクの2025年M&Aサマリーによれば、2025年の金額上位20案件のうち、米ベインキャピタル、米ブラックストーン、米KKRといった海外ファンドや、国内のMBKパートナーズなどが関与する案件が、8件を占めた。上位案件の4割が、ファンド絡みだったということだ。

PEファンドが日本で果たしている役割は、大きく二つある。

一つは、「非公開化(MBO/TOB)の資金の出し手」としての役割である。 第2章・第6章で見たとおり、MBOは「経営陣+ファンド」の組み合わせが多い。経営陣だけでは買収資金が足りないので、PEファンドが資金を出す。第9章の牧野フライスのホワイトナイトとして登場したMBKパートナーズも、その一例だ。「市場から降りたい企業」と「その資金を出すファンド」は、需要と供給の関係にある。 遠心力のベクトル(第6章)が強まれば強まるほど、PEファンドの出番が増える。

もう一つは、「カーブアウト(事業の切り出し)の受け皿」としての役割である。 大企業が、ノンコア(非中核)の事業部門を切り離して売却する——これを「カーブアウト」と呼ぶ。東証の資本効率要請やアクティビストの圧力を受けて、大企業は「選択と集中」を迫られている。本業に集中するために、周辺事業を手放す。その「手放された事業」の受け皿になるのが、PEファンドだ。ストライクの分析でも、「企業の非公開化や、大企業からのカーブアウト案件において、投資ファンドが重要な役割を担っている」と指摘されている。たとえばセブン&アイは、スーパー事業などの中間持株会社を米ベインキャピタルに譲渡した。

10-2 アクティビスト——「狙う側」であり「狙わせる側」でもある

「アクティビスト(物言う株主)」は、TOB・MBO急増時代において、二重の役割を果たしている。

第一の役割は、直接的な「買収・提案の主体」としての役割である。 東京商工リサーチの集計によれば、2025年に上場廃止を前提としたTOBを発表した80社のうち、買い手として最も多かったのは「アクティビストを含むファンド」で、22社、約3割を占めた。アクティビストは、もはや「株主提案で揺さぶる」だけの存在ではなく、「自ら買収して非公開化する」主体にもなっている。

第二の役割は、間接的に、他のTOB・MBOを『誘発する』役割である。 これが、より構造的に重要だ。アクティビストが、割安な(PBRの低い)企業の株式を取得し、企業価値向上を要求する。すると、その企業は二つの方向に動く。一つは、アクティビストの圧力に応えて自ら改革する。もう一つは、第6章で見たとおり、「アクティビストに振り回されるくらいなら」とMBOで非公開化する。あるいは、アクティビストが入ったことで「この会社は変化の途上にある」と見た別の買収者が、TOBを仕掛けてくる。アクティビストは、自分が買収しなくても、その存在自体が、市場に『この会社は動く』というシグナルを送り、TOB・MBOの連鎖を誘発する。

実際の事例を見よう。セブン&アイは、2021年に米投資ファンドのバリューアクト・キャピタルから株式を取得され、百貨店とスーパー事業の切り離しを要求された。最終的にセブン&アイは、2022年にそごう・西武の売却を決定した。アクティビストの「襲来」が、巨大企業の事業ポートフォリオを実際に動かした。そして、こうしてアクティビストに揺さぶられて「内憂」を抱えた状態が、後のクシュタールという「外患」(第8章)を呼び込む土壌にもなった。アクティビストは、TOB・MBO急増時代の「触媒」なのである。

10-3 海外勢——存在感の急拡大

三つ目の新しい主役が、海外勢だ。

M&A Onlineの集計によれば、日本企業のTOBにおける海外投資ファンドの存在感は、急速に高まっている。2024年のTOBは、9月初めの時点で前年より2カ月早く60件に到達したが、そのうちの4分の1に海外投資ファンドが関与していた。前年(2023年)は、海外ファンド関与のTOBが年間を通じても5件にとどまっていたというから、まさに「様変わり」である。

海外勢の参入が増えている理由は、これまでの章で見てきたとおりだ。要塞(持ち合い)が取り壊され、規範(敵対的=悪)が書き換えられ、市場には割安な「獲物」があふれている。円安も、海外勢にとっては「日本企業がドル建てで割安に見える」追い風になる。日本の上場企業は、グローバルなM&A市場における「魅力的な投資先」として、はっきりと認識されるようになった。

第8章のクシュタール(カナダ企業)による7兆円規模の買収提案は、その象徴である。「日本企業を、海外企業が、本気で、大規模に買いに来る」時代が、現実になった。

10-4 「新しい主役」が変えた、買収の「景色」

ここで、独自の視点を述べたい。PEファンド・アクティビスト・海外勢という「新しい主役」の登場は、買収の「景色」を、根本的に変えた。

かつての日本のM&Aは、基本的に「事業会社が、事業上のシナジーを求めて、別の事業会社を買う」というものだった。買い手と売り手は、同じ業界の「顔見知り」であることが多く、買収は「業界内の話し合い」に近い性格を持っていた。

ところが、新しい主役たちは違う。PEファンドにとって、買収は「投資」である。事業上のシナジーよりも、「数年後にいくらで売れるか(出口戦略)」が重要だ。アクティビストにとって、買収や提案は「リターンを得るための手段」である。海外勢にとって、日本企業は「グローバルなポートフォリオの一部」だ。

彼らに共通するのは、「企業を、感情ではなく、数字で見る」という姿勢である。 「この会社は、いくらの価値があるか」「いまの株価は、その価値に対して高いか安いか」「経営陣を入れ替えれば、価値はどれだけ上がるか」——彼らは、こうした問いを、徹底的に冷徹に突き詰める。

この「数字で見る」プレーヤーが市場の主役になったことは、日本企業に、ある「踏み絵」を迫っている。「自社の企業価値を、自分たちで、数字で説明できるか」。 説明できる企業は、買収提案が来ても、株主に「我々の計画のほうが価値が高い」と示して、独立を保てる。説明できない企業は、「数字で見る」プレーヤーに、その曖昧さを突かれる。新しい主役たちは、日本企業に「経営の言語を、情緒から数字へ」と切り替えることを、否応なく迫っているのである。

10-5 影の予告——「数字」がすべてになることの危うさ

ただし、この「数字で見る」姿勢には、影もある。

企業の価値は、本当に「将来キャッシュフローの割引現在価値」だけで測りきれるのか。長年その企業で働いてきた従業員、その企業の製品を信頼してきた顧客、その企業が支えてきた地域社会——こうした「数字になりにくい価値」は、買収の計算式のなかで、どう扱われるのか。

PEファンドが買収した企業が、出口(転売や再上場)で利益を出すために、過度なコスト削減や人員整理に走るのではないか。海外勢に買われた企業の技術やノウハウが、流出するのではないか。「数字で見る」プレーヤーの合理性は、ときに、企業を取り巻く「数字にならないもの」を切り捨てる冷たさと、表裏一体である。

この「光と影」は、第12章・第13章で、改めて両面から整理する。次の第11章では、こうした新しい主役たちの動きを追いかける形で進む、「規制の軍拡競争」を見ていく。


第11章 規制の「軍拡競争」——金商法改正と東証ルールの相次ぐ見直し

TOB・MBOが急増し、新しい主役たちが次々と参入すると、既存のルールでは「想定外」の事態が次々に起きる。すると、規制当局がルールを見直す。ルールが変わると、また新しい動きが生まれ、さらにルールが追いかける——。TOB・MBO急増時代は、「実務の急増」と「規制の追いかけ」が、いたちごっこのように進む時代でもある。この章では、その「規制の軍拡競争」を整理する。

11-1 公開買付制度の改正——「3分の1ルール」から「30%ルール」へ

まず、TOBそのものの基本ルールである「公開買付制度」の改正だ。

2024年5月15日、「金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律」が成立し、同月22日に公布された。この改正は、2023年12月25日にまとめられた金融審議会の「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ報告」を踏まえたものだ。公開買付制度については、2006年以来の本格的な改正となる。施行日は、2026年5月1日とされた。

改正の柱は、二つある。

一つは、TOBが義務づけられる「閾値」の引き下げである。 これまでは、市場外取引で買付け後の株式保有割合が「3分の1」を超える場合に、TOBが義務づけられていた(「3分の1ルール」)。改正により、この閾値が「30%」に引き下げられた(「30%ルール」)。なぜ30%か。専門家の解説によれば、日本の上場企業の株主総会における議決権行使割合を考えると、30%の議決権があれば、多くの上場企業で株主総会の特別決議を阻止でき、普通決議にも重大な影響を及ぼしうるからだ。「会社支配権に重大な影響を及ぼす取引」の入口を、より低いところに設定し直したわけである。

もう一つは、「市場内取引」も規制の対象に含めたことである。 これまで、証券取引所の立会内での市場内取引は、「誰でも参加でき、価格や数量が公表され、競争売買で価格が形成される」という透明性ゆえに、原則としてTOB規制の対象外だった。ところが近年、市場内取引を通じて、短期間のうちに議決権の3分の1超を取得する事例が見られるようになった。一般株主に、投資判断に必要な情報や時間が十分に与えられないまま、支配権が移ってしまう。実際、東京高裁の決定(令和3年)は、市場内取引を通じて約3カ月間で約39.94%の株式を取得した取引について、一般株主への「売却への圧力(強圧性)」を持つものだ、と判示していた。この「抜け穴」を塞ぐため、改正後は、市場内取引による買付けでも、保有割合が30%超となる場合は、原則としてTOB規制の対象になる。

これらの改正は、「支配権の移動は、公開の、透明な手続きで行われるべきだ」という公開買付制度の原則を、新しい買収手法の広がりに合わせて、強化したものといえる。

11-2 大量保有報告制度の見直し——「誰が、どれだけ、何のために」をより透明に

公開買付制度とセットで見直されたのが、「大量保有報告制度」(いわゆる「5%ルール」)である。これは、上場企業の発行済株式の5%超を保有することになった者に、「大量保有報告書」の提出を義務づける制度だ。「誰が、どの会社の株を、どれだけ持っているか」を、市場に開示させる仕組みである。

2024年の改正および関連政府令の整備では、いくつかの見直しが行われた。たとえば、大量保有報告書の「保有目的」欄の記載事項を明確化し、買収や重要な提案を予定している場合には、その内容をできる限り具体的に書かせるようにした。また、「現金決済型エクイティ・デリバティブ取引」——株式そのものは持たずに、デリバティブ取引を通じて経済的に株式に近い持ち分を握る手法——も、一定の要件のもとで大量保有報告制度の対象に含めることにした。「株式そのものは持っていないから報告不要」という抜け穴を塞ぐ趣旨である。

一方で、機関投資家どうしが協働して企業に働きかける「協働エンゲージメント」を萎縮させないよう、一定の要件を満たす場合には「共同保有者」に該当しないこととする見直しも行われた。「隠れて株を集める」ことは難しくする一方で、「正当な対話」は妨げない——透明性と対話促進の、両方をにらんだ改正である。

11-3 東証の「MBO新ルール」——少数株主保護の強化

公開買付制度・大量保有報告制度の改正が「買収一般」のルール見直しだとすれば、東証は、とりわけ問題の多い「MBO」と「支配株主による完全子会社化」に焦点を当てて、独自のルール強化に踏み切った。

東京証券取引所は、2025年4月14日にパブリックコメントに付したうえで、2025年7月7日に「MBOや支配株主による完全子会社化等に関する上場規程等の一部改正」を行い、7月22日から施行した。

この改正のポイントは、三つある。第一に、企業行動規範の適用対象となる行為を拡大したこと。第二に、「特別委員会」の機能発揮を求めたこと。特別委員会とは、MBOなどの場面で、買収者から独立した立場で取引の公正性を検証する委員会である。改正では、特別委員会から「一般株主にとって公正であることに関する意見」を入手し、その意見を開示することを義務づけた。第三に、情報開示の拡充。一般株主が、十分な情報を得たうえで取引の公正性を判断できるよう、株式価値算定の重要な前提条件などの開示を拡充した。さらに、上場会社に対してIR体制の整備を求める規定も盛り込まれた。

なぜ、東証はここまで踏み込んだのか。背景には、投資家からの強い懸念があった。MBOや支配株主による完全子会社化については、2007年のMBO指針、2019年の公正M&A指針によって、特別委員会の活用などの「公正性確保の実務」が一定程度進展していた。それでもなお、投資家からは、「特別委員会の実効性に疑問がある」「価格の公正性を判断するための情報開示が不足している」という声が、根強く寄せられていた。

ここで重要なのは、改正の「位置づけ」だ。2007年・2019年の指針は、あくまで「指針」であり、法的な強制力はなかった。それに対して、今回の東証の改正は「有価証券上場規程」の改正である。これまで強制力のなかった『公正性確保の実務』に、上場規程という形で、実質的な強制力が付与された。 ある税理士法人のニュースレターは、この点を「大きな前進」と評している。

11-4 「規制が後追いする」のは、悪いことなのか

ここで、独自の視点を一つ。「規制が、実務の後を追いかけている」——この状況を、どう評価すべきか。

ネガティブに見れば、「ルールが追いついていない」「制度に穴がある」ということになる。実際、市場内取引による支配権取得のような「抜け穴」が、改正までのあいだ、放置されていた面はある。

だが、私は、この「後追い」を、必ずしも悪いことだとは思わない。理由は二つある。

第一に、「後追い」は、市場が実際に動いている証拠だからだ。 TOB・MBOが活発に行われ、新しい手法が次々に編み出されているからこそ、規制はそれを追いかけることになる。市場が凍りついていれば、規制を見直す必要すらない。「規制が後追いしている」のは、裏を返せば「市場が、規制を更新せざるをえないほどの活力を持っている」ということだ。

第二に、日本は「ルールを先に作って、実務を縛る」のではなく、「実務を見て、必要なルールを足す」というアプローチを取っている。 経産省の行動指針も、東証の上場規程改正も、金商法改正も、すべて「実際に起きた問題(強引な同意なき買収、安すぎるMBO価格、市場内取引による支配権取得など)」を見たうえで、それに応える形で作られている。これは、判例の蓄積を通じてM&Aの規範を形成してきた米国とは違う、日本なりの「漸進的なルール形成」のスタイルである。拙速に重い規制をかけて市場を萎縮させるよりは、実務の動きを見ながら、必要なところに、必要なだけ手を入れていく。

ただし、この「後追い」アプローチには、明白な限界もある。ルールが整備される「前」に行われた取引で、不利益を被った株主は、救済されない。 とりわけ、第12章で見るように、MBOの「価格の公正性」をめぐる問題では、ルールが追いつく前に、安い価格で締め出されてしまった少数株主が、現実に存在する。「後追い」の代償を払うのは、いつも、ルールの空白に立っていた人々なのである。

規制の動きを押さえたところで、次の第12章では、いよいよ、この「TOB・MBO急増時代」の最も深刻な「影」——少数株主の保護をめぐる問題——に、正面から切り込む。


第12章 影——「急増時代」の負の側面を直視する

ここまで、TOB・MBO急増の「構造」と「メカニズム」を見てきた。だが、フェアな議論のためには、この急増がもたらす「影」を、正面から直視しなければならない。とりわけ深刻なのが、「少数株主の保護」をめぐる問題である。

12-1 MBOの「原罪」——構造的な利益相反

第2章で予告したとおり、MBOには「構造的な利益相反」がビルトインされている。これは、MBOの「原罪」と言ってもいい。

MBOでは、買い手は会社の経営陣自身だ。買い手である経営陣は、当然「できるだけ安く買いたい」。一方、売り手である一般株主は、「できるだけ高く売りたい」。両者の利害は、完全に対立する。

しかも、買おうとしている経営陣は、その会社の内部情報——本当の収益力、隠れた資産価値、将来の事業計画——を、誰よりもよく知っている。情報を完全に握っている側(経営陣)が、情報を持たない側(一般株主)から、株式を買い取ろうとする。 これは、公正な取引の前提が、最初から崩れている構図だ。

わらしべ瓦版(アセットマネジメントOneのコンテンツ)の解説も、この点を端的に指摘している。「買い手と売り手が同じMBOは、本来の価格よりも安く買い付け価格が設定される可能性がある」。東証が、MBOに対してとりわけ厳しい目を向け、第11章で見た「MBO新ルール」を作ったのは、まさにこの「原罪」を、少しでも是正しようとするためだった。

12-2 「PBR1倍割れでの買付け」という不条理

利益相反が、最も具体的な形で表れるのが、「買収価格の水準」である。

東京商工リサーチの分析によれば、近年のMBOでは、「当初発表の買付価格のPBRが1を下回るケース」が見られるという。これは、よく考えると、不条理な話だ。

PBRが1を下回るということは、第5章で説明したとおり、「会社が持っている純資産の額よりも、安い値段で買う」ということである。つまり、経営陣は、「自分の会社が、解散価値(純資産)よりも安い」と認める価格で、一般株主から株式を買い集め、非公開化しようとしている。一般株主から見れば、「あなたの持っている株は、会社の純資産価値より安いですが、その安い値段で買い取らせてください。応じない場合も、スクイーズアウトで強制的に締め出します」と言われているに等しい。

東京商工リサーチは、「PBRが1を超える場合でも、PBRが業種平均の価格水準を要求されるケースもある」と指摘している。つまり、市場参加者の側も、「単にPBR1倍を超えていればいい」という話ではなく、「業種の平均的な水準に照らして、本当に公正な価格か」を、厳しく見るようになっている。

12-3 「強圧性」——「応じないと、もっと損をする」という圧力

MBOやTOBには、「強圧性(coercion)」という、見えにくいが本質的な問題がある。

強圧性とは、こういうことだ。仮に、ある株主が「この買収価格は安すぎる。応じたくない」と思ったとする。だが、その株主は、こう考えざるをえない。「もし買収が成立してしまったら、自分は少数株主として、流動性の乏しい(売りにくい)非公開企業の株式を持ち続けるか、あるいはスクイーズアウトで、結局この安い価格で締め出されるかもしれない。それくらいなら、不本意でも、いま応じておいたほうがマシだ」。

つまり、「この価格は不当だ」と思っている株主すら、「応じないと、もっと損をするかもしれない」という恐怖から、応じざるをえなくなる。 これが強圧性である。第11章で触れた東京高裁の決定も、市場内取引を通じた急速な株式取得が、一般株主に対して「売却への動機付けないし売却へ向けた圧力(強圧性)を持つ」と判示していた。買収という行為には、株主の自由な意思決定を歪める力が、構造的に内在している。

12-4 「不成立」と「価格引き上げ」——市場が示し始めた抵抗

ただし、明るい兆しもある。少数株主が、そして市場が、安すぎる買収価格に対して「抵抗」し始めているのだ。

東京商工リサーチの集計によれば、2025年に上場廃止を前提としたTOB・MBOを発表した112社のうち、5社は不成立に終わった。不成立の5社のうち2社は、MBOの発表後、既存株主やアクティビスト投資家から「MBO価格の引き上げ」を求められ、結果として買付予定数の下限に応募株数が届かず、不成立になった。そのうち1社は、その後、別のファンドが「上場廃止を前提としない対抗TOB」を実施し、そちらが成立した。

これは、重要な変化である。かつてなら、経営陣が「この価格でMBOします」と言えば、一般株主は強圧性に押されて、しぶしぶ応じるしかなかった。だが今は、アクティビストを含む株主が「その価格は安すぎる」と声を上げ、実際にMBOを「不成立」に追い込むことができるようになった。買収価格が、もはや「買い手の言い値」では通らなくなりつつある。 東京商工リサーチも、「近年、株主要求で成立した事例も含め、発表後に価格変更するケースも目立つ」と指摘している。

12-5 「東京コスモス電機」——ガバナンスが揺れた異例の事態

買収をめぐって、企業のガバナンスそのものが激しく揺れた、象徴的な事例もある。東京コスモス電機のケースだ。

東京商工リサーチの記述によれば、東京コスモス電機をめぐっては、2025年6月10日に米国企業がTOB開始を発表した。ところが、6月24日に開催された株主総会で、異例の事態が起きる。会社側が提案した取締役候補5名が全員否決され、アクティビスト株主が提案した取締役候補8名が全員選任されたのである。経営陣が、株主によって、丸ごと入れ替えられた。

さらにその後、新経営陣は、「旧経営陣が米国企業によるTOBを決定するに至った経緯に、適切性の疑義が生じた」として、経緯を解明するための特別調査委員会を設置した。調査報告書は、米国企業によるTOBの実現に向けた価格設定などをめぐる経緯を検証する内容となった。結果として、この米国企業によるTOBは不成立に終わった。

この事例が示しているのは、買収というプロセスが、企業の「ガバナンスの健全性」を、容赦なくあぶり出すということだ。「経営陣が決めたTOB」が、本当に株主の利益にかなっていたのか。その意思決定のプロセスは公正だったのか。買収をめぐる攻防は、こうした問いを、株主総会という場で、生々しく突きつける。

12-6 影を直視したうえで——それでも「急増」は止まらない

第12章で見てきた「影」——構造的利益相反、安すぎる買収価格、強圧性、ガバナンスの動揺——は、どれも深刻だ。「TOB・MBO急増は、手放しで歓迎できるものではない」。これは、はっきりと認めなければならない。

だが、ここで一つ、冷静に押さえておきたいことがある。これらの「影」が認識され、批判され、是正に向けた動き(規制強化、株主の抵抗、不成立事例の増加)が出てきていること自体が、市場が「成熟」しつつある証拠でもある、ということだ。

数年前なら、安すぎるMBO価格は、誰にも問題視されないまま、静かに成立していたかもしれない。今は、メディアが報じ、アクティビストが声を上げ、東証がルールを作り、不成立に追い込まれる案件すら出てきている。「影」が見えるようになったのは、影が濃くなったからではなく、それを照らす光(情報開示、株主の関心、規制当局の目)が強くなったからだ。 この見方は、第13章で扱う「光」の側面とも、深くつながっている。

次の第13章では、視点を反転させ、TOB・MBO急増の「前向きな意味」を、これもフェアに整理する。


第13章 光——「急増時代」の前向きな意味

第12章で「影」を直視した。フェアな議論のためには、同じだけの熱量で「光」も語らなければならない。TOB・MBO急増には、日本経済にとって、確かに前向きな意味がある。

13-1 「新陳代謝」——市場の入口と出口が、両方開いた

最大の「光」は、日本の資本市場に、本格的な「新陳代謝」が起き始めたことだ。

これまで、日本の株式市場は、しばしば「入口はあるが、出口がない市場」と批判されてきた。新規上場(IPO)で企業は次々と入ってくるが、いったん上場した企業は、どれだけ業績が低迷し、どれだけ資本効率が悪くても、ほとんど市場から出ていかない。その結果、「経営が優れない企業」も含めて上場企業の数だけが膨れ上がり、しかもそれらが自動的にTOPIX(東証株価指数)に組み入れられていく——という構造が、長く批判の対象だった。

TOB・MBO急増は、この「出口のなさ」を解消しつつある。第1章で見たとおり、2024年には東証の上場企業数が史上初めて減少に転じた。NewsPicksの記事でも、「非上場化を探る企業が増え、東証の上場会社数は頭打ちから減少傾向に転じた。これについては投資家の間で肯定的な見方が多い」と紹介されている。市場の「出口」が開いたことで、市場全体の質が、底上げされていく。 経営が振るわない企業が市場から退出し(あるいは買収されて立て直され)、市場には、より企業価値の高い企業が残っていく。これは、長い目で見れば、日本株市場全体の魅力を高める。

13-2 「資源の再配分」——人・技術・資金が、活きる場所へ

M&Aには、経済学でいう「資源の再配分(リソース・アロケーション)機能」がある。経産省の行動指針も、望ましい買収が活発に行われることは「M&Aが有するリソース分配の最適化機能の発揮や、業界再編の進展、資本効率性の低い企業の多い日本の資本市場における健全な新陳代謝に資する」と明記している。

具体的に考えてみよう。優れた技術や製品を持っているのに、資金不足や人材不足で、それを大きく展開できない企業がある。一方に、豊富な資金と採用力を持つ企業がある。M&Aによって前者が後者の傘下に入れば、優れた技術が、それを活かすための資源(資金・人材・販路)と結びつく。わらしべ瓦版の解説も、「優良な事業を行っているにもかかわらず新規人材を獲得できない企業が、採用力の高い企業の傘下に入ることで、優秀な人材などを採用でき、高い技術革新につながる可能性がある」と指摘している。

「会社」という器に閉じ込められていた人・技術・資金が、買収を通じて、それらがもっと活きる場所へと流れていく。M&Aは、経済全体で見れば、『資源を、最も価値を生む場所へ動かす』ための仕組みなのである。

13-3 「親子上場」の解消——長年の宿題への回答

TOB・MBO急増がもたらした、もう一つの具体的な「光」が、「親子上場」の解消が進んでいることだ。

親子上場とは、親会社と子会社が、両方とも上場している状態をいう。これは、ガバナンスの観点から、長らく問題視されてきた。子会社の少数株主の利益と、親会社の利益が、対立しうるからだ。親会社は、自社に有利なように子会社を動かすかもしれない。子会社の少数株主は、その犠牲になりかねない。

近年のTOBの増加には、この親子上場を解消する動き——親会社が子会社を完全子会社化して、子会社を上場廃止にする——が、相当数含まれている。フーリハン・ローキーの分析も、非公開化を目的としたTOBの類型の一つとして「事業会社グループ内での完全子会社化」を挙げている。東証も、2023年12月以降、親子上場に関する少数株主保護の開示のあり方を繰り返し整理・公表し、「親子上場等に関する投資者の目線」をまとめるなど、この問題に強く関与してきた。TOBの増加は、『親子上場』という、日本のガバナンスの長年の宿題に、現実的な回答を与えつつある。

13-4 「経営の規律」——買われうるからこそ、緩まない

第8章のセブン&アイの事例で見たとおり、買収提案は、たとえ成立しなくても、経営に対する強烈な「規律」として作用する。これは、TOB・MBO急増の、最も本質的な「光」かもしれない。

「自社も、いつ買収提案を受けるか分からない」。この緊張感は、経営者を、緩ませない。「資本効率の低い経営をしていれば、いつか割安な株価を突かれて買収される」「株主に説明できない経営をしていれば、アクティビストに突かれる」。だから経営者は、平時から、企業価値を高め、資本効率を意識し、株主に説明できる経営をしようとする。経産省の行動指針も、平時からの企業価値向上の取組みが、買収提案を受けた際の的確な対応にも資する、と述べている。

かつての日本企業は、要塞(持ち合い)に守られて、この緊張感から免れていた。買われる心配がないから、緩んでいられた。「買われうる」という状態は、経営者にとっては脅威だが、企業価値という観点からは、最良の規律装置である。 「在庫化」のベクトル(第7章)は、影の側面(経営者の不安、短期主義の懸念)を持つと同時に、この「規律」という、かけがえのない光の側面も持っている。

13-5 「会社は誰のものか」——規範の、静かな転換

最後に、最も大きな「光」を挙げたい。それは、「会社は、経営者のものではない」という規範が、日本社会に、静かに、しかし確実に定着しつつあることだ。

長らく、日本では、会社は実質的に「経営者のもの」「従業員と経営者の共同体のもの」という意識が強かった。株主は、配当をもらう「資金の出し手」ではあっても、会社の「持ち主」として遇されることは、必ずしも多くなかった。だからこそ、「敵対的買収=乗っ取り=悪」という規範が、強い説得力を持った。

TOB・MBO急増時代は、この規範を書き換えている。経産省の行動指針が掲げた三原則——企業価値、株主意思、透明性——の根底にあるのは、「会社は、企業価値と株主のためにある」という思想だ。買収提案が来たら、経営者は、自分の保身ではなく、企業価値と株主の利益を基準に、真摯に検討しなければならない。会社は、経営者が「自分のもの」として守り抜く要塞ではなく、企業価値を最大化するために、最も適した担い手に委ねられるべき『公器』である。 この規範の転換は、痛みを伴うが、長い目で見れば、日本企業を、より健全で、より強くする。

13-6 光と影は、同じ現象の両面である

第12章で「影」を、第13章で「光」を見てきた。最後に強調したいのは、光と影は、別々の現象ではなく、同じ一つの現象の、両面であるということだ。

「会社が売り物になった」。この同じ事実が、ある株主にとっては「不当に安い価格で締め出される影」であり、別の株主にとっては「経営に規律が働く光」である。同じ買収が、ある従業員にとっては「リストラの恐怖」であり、ある技術者にとっては「自分の技術が活きる場所への移動」である。

だからこそ、必要なのは、「TOB・MBO急増は良いことか、悪いことか」という二者択一の問いではない。必要なのは、「光をできるだけ大きくし、影をできるだけ小さくする」ための、制度と実務の不断の改善である。 第11章で見た「規制の軍拡競争」は、まさにその営みだ。次の第14章では、この「光と影のバランス」が、最も鋭く問われる新しい論点——経済安全保障——を扱う。


第14章 経済安全保障という「最後の壁」

第3章から第5章で、買収を阻む三つの壁——要塞(持ち合い)、規範(敵対的=悪)、市場の論理——が、次々と取り払われてきたことを見た。だが、第9章の牧野フライスの事例が示したように、まだ一つ、壁が残っている。「国家」という壁、すなわち経済安全保障である。この章では、この最も新しい論点を、正面から扱う。

14-1 牧野フライス——「初の中止勧告」が引いた一線

第9章で詳述したとおり、2026年4月、政府は、アジア系投資ファンドのMBKパートナーズによる牧野フライス製作所の買収計画について、外為法(外国為替及び外国貿易法)に基づき「中止するよう勧告した」。牧野フライスの工作機械が、国内の防衛産業の製造過程で使われていることなどから、安全保障上の懸念がある、という判断だった。

繰り返しになるが、これは「初めて」だった。外国投資家による投資規制を強化した2017年の外為法改正以降、政府が外資の買収に「中止勧告」を出したのは、これが初の事例である。財務相と経済産業相が、外為法第27条第5項に基づいて勧告した。

注目すべきは、買収者であるMBKパートナーズが、「同意なき買収者」ではなかったことだ。MBKは、ニデックの同意なき買収に対抗するために、牧野フライス自身が招き入れた「ホワイトナイト」だった。つまり、買収される側の会社が『この相手なら』と選んだ友好的な買収者ですら、経済安全保障の観点からは、政府が『待った』をかけうる。 「友好的か、同意なきか」「日本のファンドか、海外のファンドか」——そうした従来の対立軸とは、まったく別の次元から、買収にブレーキがかかったのである。

14-2 「無重力経営」の終わり

実業之日本フォーラムの論考は、この牧野フライスの一件を、「『無重力経営』時代の終わり」と表現した。これは、的確な言葉だと思う。

「無重力経営」とは、企業が、国家という「重力」をほとんど意識せずに経営できた状態を指す。グローバル化が信奉された時代、企業は、国境を越えて、最も効率的な場所で、最も効率的な相手と、自由に取引し、自由に資本を移動させることができた。「どの国の資本に買われるか」は、純粋に経済的な問題であって、安全保障の問題ではなかった。

だが、その前提は崩れた。地経学的な緊張が高まるなか、各国政府は、技術・産業・インフラへのアクセスを、国家戦略の観点から管理するようになった。米国のCFIUS(対米外国投資委員会)はその象徴であり、日本製鉄による米USスチール買収が、米国の安全保障審査をめぐって長い紆余曲折をたどったことは、記憶に新しい。牧野フライスの一件も、同じ文脈のなかにある。企業は、望むと望まざるとにかかわらず、「国家という重力」の下での経営を、求められるようになった。

14-3 「買われてよい会社」と「そうでない会社」の線引き

経済安全保障という壁の登場は、TOB・MBO急増時代に、新しい——そして極めて難しい——問いを突きつける。

それは、「買われてよい会社と、買われてはいけない会社の、線引きをどこに引くか」という問いだ。

これまでの章で見てきたとおり、「会社は売り物になった」。原則として、企業価値を高める買収は、歓迎されるべきものになった。だが、防衛装備品の製造に関わる技術、先端的な重要技術、社会インフラ——こうした「国家の安全保障に直結する領域」については、「企業価値が高まるなら、誰に買われてもよい」とは言えない。たとえ経済合理性のある買収であっても、重要技術や能力が海外に流出するリスクがあれば、国家は介入する。

問題は、その「線引き」が、簡単ではないことだ。どこまでが「守るべき安全保障上の領域」で、どこからが「自由な経済活動に委ねるべき領域」なのか。工作機械は、民生品でもあり、防衛装備品の製造にも使われる。多くの技術は「デュアルユース(軍民両用)」である。線は、くっきりとは引けない。

14-4 「対日投資の促進」と「安全保障」の、難しい両立

ここに、深刻なジレンマがある。

一方で、日本は、長らく「対日投資が少ない」「日本市場は閉鎖的だ」と批判されてきた。海外からの投資を呼び込み、日本経済を活性化させることは、国家的な課題である。実際、この記事で見てきたTOB・MBO急増、海外勢の参入は、その「開かれた日本市場」の表れでもある。

他方で、安全保障上の懸念がある買収には、歯止めをかけなければならない。

この二つは、容易には両立しない。安全保障を理由にした介入が、不透明で、恣意的で、予測不可能なものになれば、それは「正当な外国投資まで萎縮させ、日本市場全体の信認を損なう」リスクをはらむ。実業之日本フォーラムの論考も、財経新聞の記事も、ともにこの「バランス調整の難しさ」を指摘している。「外国投資の緩さ」が問題視される一方で、「規制の不透明さ」もまた問題になる。『開く』と『守る』を、どう両立させるか。 これは、TOB・MBO急増時代が、日本社会に突きつけた、最も新しく、最も難しい宿題である。

14-5 独自の視点——「経済安全保障」は、買収議論の「第四の軸」になった

ここで、独自の視点を述べたい。

これまで、買収の良し悪しを論じる軸は、おおむね三つだった。「企業価値を高めるか」「株主の利益になるか」「手続きは公正か」。経産省の行動指針が掲げた三原則も、この三つに対応している。

牧野フライスの一件は、ここに「第四の軸」を加えた。「国家の安全保障に資するか、害さないか」という軸である。

そして、この第四の軸は、ほかの三つの軸とは、性質が違う。企業価値・株主利益・手続きの公正性は、いずれも「企業と株主と市場」の世界のなかで完結する軸だ。当事者は、経営者、株主、買収者、投資家である。ところが「安全保障」の軸は、その世界の「外」にいる主体——国家、政府——を、買収の議論のなかに、正式に引き入れる。

TOB・MBO急増時代の前半(2023年〜2025年)が「市場の論理が、要塞と規範を突き崩していく」物語だったとすれば、後半は、「市場の論理と、国家の論理が、どこで折り合うか」という物語になる。 牧野フライスの「初の中止勧告」は、その後半戦の、号砲だったのかもしれない。

次の最終章では、ここまでの議論をすべて踏まえて、TOB・MBO急増時代の「これから」を展望する。


第15章 これからどうなるのか——六つの論点で展望する

最終章では、これまでの通史と分析を踏まえて、TOB・MBO急増時代の「これから」を、六つの論点に分けて展望したい。

15-1 「急増」は続く——構造である以上、簡単には止まらない

まず、大きな絵として、TOB・MBOの「急増」は、当面続く可能性が高い。

第5章で述べたとおり、この急増は「循環」ではなく「構造」である。要塞(持ち合い)は取り壊されたら元に戻らない。規範(敵対的=悪)は書き換えられたら元に戻らない。市場の論理(資本効率重視)も、変わったら元に戻らない。三つの構造変化が、同時に、同じ方向に作用している以上、TOB・MBOは「一過性のブーム」では終わらない。景気が多少変動しても、金利が多少動いても、この構造そのものは揺らがない。「TOBが年間100件を超えるのが普通」という新常識が、これからの日本の資本市場の、ベースラインになる。

15-2 「上場の再定義」が進む——上場は「当然」から「選択」へ

第6章で述べたとおり、「上場=当然の善」という常識は崩れた。これからは、「上場し続けること」の意味が、一社一社、改めて問い直されていく。

上場の本来のメリット——資金調達、知名度、信用力、人材採用——を必要とする企業は、上場を続ける。だが、すでに十分な資金と知名度を持ち、上場のコスト(開示負担、短期的圧力、買収リスク)のほうが重いと判断する企業は、非公開化を選ぶ。上場は、「ゴール」でも「当然の状態」でもなく、「経営戦略上の、一つの選択」になる。 その結果、東証の上場企業数は、当面、減少傾向が続く可能性が高い。だが、これは「日本市場の衰退」ではない。「数」を追ってきた市場が、「質」を問う市場へと、健全に作り変えられていく過程である。

15-3 「揺り戻し」のリスク——買収防衛の再強化はあるか

ただし、楽観ばかりはできない。「揺り戻し」のリスクは、常にある。

歴史を振り返れば、買収の脅威が高まったとき、日本企業は「防衛」に回帰してきた。2000年代半ば、村上ファンドやスティール・パートナーズの登場で買収の脅威が高まると、買収防衛策の導入がブームになり、株式持ち合いの「再強化」さえ起きた。

同じことが、再び起きる可能性はある。「同意なき買収」が増えれば増えるほど、「狙われたくない」企業は、防衛を強化したくなる。あからさまな持ち合いの復活は、もはや制度的に難しい。だが、「業務提携に伴う資本提携」「純投資という建前での相互保有」「買収への対応方針(対抗措置)の事前導入」といった、形を変えた防衛策が、再び広がる可能性はある。TOB・MBO急増が『不可逆』だとしても、それは『防衛の試みが二度と現れない』という意味ではない。 「買収の活性化」と「防衛の再強化」の綱引きは、これからも続く。

15-4 「真摯さ」をめぐる攻防——指針の「解釈」が次の主戦場

経産省の行動指針は、「真摯な買収提案には、真摯な検討を」という原則を打ち立てた。だが、「真摯」とは、具体的にどういうことか。「真摯な買収提案」と「そうでない提案」の境目は、どこにあるのか。「真摯な検討」を尽くしたと言えるのは、どこまでやったときか。

これらは、指針の条文だけでは、確定しない。実際の買収案件のなかで、当事者が攻防し、ときに裁判所が判断し、その積み重ねによって、「真摯さ」の輪郭が、少しずつ固まっていく。第9章のニデック×牧野フライスの攻防は、その輪郭形成の、初期の一例だった。これからのTOB・MBO急増時代の「主戦場」は、件数の多寡ではなく、『真摯さ』をめぐる解釈と実務の蓄積になる。 どんなやり方が「フェアな買収」で、どんなやり方が「行き過ぎ」なのか。その線引きが、案件ごとに、判例ごとに、議論ごとに、描かれていく。

15-5 「市場の論理」と「国家の論理」の折り合い

第14章で述べたとおり、経済安全保障という「第四の軸」が、買収議論に正式に加わった。

これからの焦点は、「市場の論理(企業価値・株主利益・公正な手続き)」と「国家の論理(安全保障)」が、どこで、どうやって折り合うか、である。重要なのは、「守る」べき領域を、できるだけ明確に、予測可能な形で示すことだ。線引きが恣意的で不透明なら、正当な投資まで萎縮する。線引きが甘すぎれば、守るべきものが守れない。『開かれた市場』と『守られるべき安全保障』を、どう両立させるか。 これは、制度設計の問題であると同時に、政府と企業のあいだの「継続的な対話」の問題でもある。

15-6 最大の問い——「誰のための会社か」

そして、すべての論点の根底にある、最大の問いは、これだ。「会社は、誰のためのものか。

TOB・MBO急増時代は、この問いに、一つの強い回答を与えつつある。「会社は、経営者のものではない。会社は、企業価値と、それを支える株主のためにある。だから、企業価値を高める担い手が現れたなら、会社はその担い手に委ねられるべきだ」。これが、経産省の行動指針が、東証の改革が、そして数々のTOB・MBOが、共通して発しているメッセージである。

だが、この回答は、まだ「完成」していない。第12章で見たように、その「株主のため」という大義のもとで、少数株主が不当に締め出される影がある。第10章・第14章で見たように、「企業価値」を数字で測りきれない価値——従業員、技術、地域、安全保障——を、どう扱うかという難問が残っている。

「会社は、企業価値と株主のためにある」。この命題は、おそらく正しい。だが、『企業価値』とは何か、『株主』とは誰か、そして『企業価値と株主』だけで本当に語り尽くせるのか——その問いは、いまも開かれたままである。 TOB・MBO急増時代とは、日本社会が、70年ぶりに、この根本的な問いを、本気で考え直している時代なのだ。その答えが出るのは、まだ先のことである。


おわりに——「会社が売り物になった」時代を、どう生きるか

この長い記事を、三つのポイントに凝縮して締めくくりたい。

第一に、「急増」は、二つの逆向きのベクトルの衝突である。 企業を市場の外へ押し出す「遠心力」(MBO・非公開化)と、あらゆる企業を買収対象に変える「在庫化」(同意なき買収)。表面的には逆を向くこの二つは、「上場・独立が当然」という70年の常識が崩れたという、同じ一点に発している。「急増」を一枚岩で捉えず、二つのベクトルに分解して見ること——それが、この時代を理解する鍵である。

第二に、「急増」は、循環ではなく構造である。 持ち合いという要塞が取り壊され(第3章)、「敵対的=悪」という規範が書き換えられ(第4章)、東証改革で市場の論理が変わった(第5章)。この三つの構造変化は、いずれも不可逆だ。だから、TOB・MBOの活発化は、景気の波で消える「ブーム」ではない。これからの日本の資本市場の、新しい「常態」である。

第三に、この時代の評価は、「光と影のバランス」をどう取るかにかかっている。 新陳代謝、資源の再配分、経営の規律、親子上場の解消——確かな光がある。同時に、少数株主の締め出し、安すぎる買収価格、強圧性、そして経済安全保障という難問——直視すべき影もある。光と影は、同じ現象の両面だ。問うべきは「良いか悪いか」ではなく、「光を大きく、影を小さくするために、制度と実務をどう改善し続けるか」である。

戦後70年、日本の上場企業は「要塞」だった。買われない安心、独立している誇り、経営者が守り抜くべき城——それが「会社」だった。いま、その要塞の壁は、取り壊された。会社は、要塞ではなく、「売り物」になった。

「売り物になる」ことは、痛みを伴う。買われる恐怖、締め出される不安、守ってきたものを失うかもしれないという怯え。だが同時に、「売り物になる」ことは、規律をもたらす。緩んでいられない緊張、説明し続ける責任、企業価値を高め続ける動機。

TOB・MBO急増時代とは、日本中の上場企業が、この「痛み」と「規律」を、同時に引き受けることになった時代である。そして、その先に、日本企業がより強く、より健全になった姿があるのか——それを決めるのは、買収する側でも、される側でもなく、ルールを作る規制当局でもなく、最終的には、「会社とは何か」「会社は誰のためのものか」を考え続ける、私たち一人ひとりの社会なのである。「会社が売り物になった」時代を、どう生きるか。その問いは、いま、開かれたばかりだ。


参考資料・出典

本記事は、以下の一次資料・調査資料・報道等に基づいて執筆した。データや事実関係は、各資料の公表時点のものであり、件数・金額等は集計主体によって対象範囲や算出方法が異なる点に留意されたい。

政府・取引所等の一次資料

  • 経済産業省「企業買収における行動指針——企業価値の向上と株主利益の確保に向けて——」(2023年8月31日策定・公表)、および「公正な買収の在り方に関する研究会」関連資料、パブリックコメントの結果
  • 経済産業省・法務省「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」(2005年)、経済産業省「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」(2007年)、経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針」(公正M&A指針、2019年)
  • 「金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律」(2024年5月15日成立、5月22日公布。公開買付制度・大量保有報告制度の改正。施行日2026年5月1日)
  • 金融審議会「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ報告」(2023年12月25日)
  • 金融庁「令和6年金融商品取引法等改正に係る政令・内閣府令案等の公表について」(2025年3月14日)、関連パブリックコメントの結果(2025年7月4日)
  • 東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請(2023年3月31日)、開示企業一覧表の公表(2024年1月〜)、市場区分の見直しに関するフォローアップ会議の関連資料
  • 東京証券取引所「MBOや支配株主による完全子会社化等に関する上場制度の見直し」(2025年4月14日パブリックコメント付議)、有価証券上場規程等の一部改正(2025年7月7日改正、7月22日施行)、「親子上場等に関する投資者の目線」(2025年2月)
  • 日本取引所グループ「上場廃止銘柄一覧」、株式分布状況調査
  • 外国為替及び外国貿易法(外為法)第27条等。牧野フライス製作所に関する適時開示資料、MBKパートナーズの公表資料

調査機関・専門資料

  • M&A Online(M&Aオンライン)によるTOB件数の集計・分析(2024年100件到達、2025年136件で過去最多更新、海外ファンドの関与状況、公開買付代理人ランキング等)
  • 株式会社ストライク(ストライクグループ)「2025年M&Aサマリー」(2025年のM&A件数1344件、取引総額20兆3870億円等)
  • フーリハン・ローキー株式会社「日本M&A市場の最新動向〜2025年の総括」「経産省による『企業買収における行動指針』の概要」(非公開化TOBの急増、MBO発表件数、上場企業数の推移、取引金額の推計等)
  • 東京商工リサーチ(TSR)「2025年、上場廃止への『TOB・MBO』は112社」(上場廃止前提のTOB・MBOの内訳、買い手の属性、不成立事例、価格引き上げ要求、東京コスモス電機の事例等)
  • いちよし経済研究所「MBOを実施する企業の共通点と中小型株企業」(2024年の上場廃止94社の内訳、MBO企業の共通点、MBO予備軍のスクリーニング)
  • デロイト トーマツ グループ「企業買収における行動指針の概要」「公開買付制度に係る金融商品取引法の改正」
  • 大和総研「企業買収における行動指針」「公開買付制度の改正」に関する各レポート
  • 森・濱田松本法律事務所、アンダーソン・毛利・友常法律事務所、三浦法律事務所、あいわ税理士法人等による、企業買収行動指針・公開買付制度改正・東証MBOルール改正に関する解説
  • 飯田秀総・石綿学ほか「『企業買収における行動指針』の検討」(座談会)

報道・解説

  • 日本経済新聞「企業買収における行動指針とは 取締役会、真摯な検討を」「増えるMBO、上場廃止で事業改革の道」「25年のTOB、件数最多で初の10兆円台」「牧野フライス、政府がMBKによる買収中止を勧告」「牧野フライス買収の中止勧告、ファンドのMBKが受け入れ」「牧野フライス製作所買収、ファンド選ばせた2つの約束」ほか
  • Bloomberg「セブン&アイへの買収提案、クシュタールが撤回——株価大幅安」ほか
  • ダイヤモンド・オンライン「ニデックの大誤算!同意なき買収の”撤回”を招いた本当の理由とは?」「セブンがクシュタールによる買収撤回で自力成長路線へ」ほか
  • 実業之日本フォーラム「牧野フライス買収に『待った』——改正外為法、初の中止勧告が示す『無重力経営』時代の終わり」
  • 財経新聞「牧野フライス買収に政府が中止勧告、経済安保と対日投資の分岐点」
  • アセットマネジメントOne「わらしべ瓦版」(上場廃止・非公開化の流れと日本経済への影響)、NewsPicks(創業家による株式非公開化の動き)
  • BUSINESS LAWYERS「公開買付(TOB)・大量保有報告制度等の見直しと改正金商法」「解説:MBOや支配株主による完全子会社化等に関する上場規程等の一部改正」
  • TheFinance、fundbook、M&Aお役立ちコラム等によるTOB・MBO・公開買付規制に関する解説記事

※本記事中の数値・固有名詞・時期等は、上記資料に基づき可能な限り正確を期したが、TOB・M&Aの「件数」は、集計主体(M&A Online、ストライク、フーリハン・ローキー、東京商工リサーチ、レコフデータ等)によって、集計基準(届け出ベース/適時開示ベース/公表ベース)や対象範囲が異なるため、数値に幅がある。厳密な数値は、各一次資料・集計資料を直接参照されたい。また、牧野フライス製作所をめぐる案件など、一部の事案は本記事の対象時点(2026年5月)以降も進行中であり、その後の展開については最新の情報を確認されたい。

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