- はじめに ~ ビッグマックの裏に隠された真実
- マクドナルドの歴史 ~ ハンバーガー店から多国籍企業へ
- 「フランチャイズ+不動産」という二重の収益構造
- なぜマクドナルドは「不動産業」と呼ばれるのか
- 直営とフランチャイズの絶妙なバランス
- 日本のマクドナルドのフランチャイズモデル
- QSC&V ~ 世界中の店で同じ味、同じサービス
- ハッピーセットというイノベーション
- 値上げしても客が増える ~ 2024年の好業績
- デジタル化とデリバリーの加速
- 弱点1:健康志向への逆風
- 弱点2:円安と原材料費の高騰
- 弱点3:人手不足と人件費の上昇
- 弱点4:競合の台頭
- 弱点5:環境・サステナビリティへの圧力
- 弱点6:不動産戦略の限界
- 弱点7:ブランドイメージの陳腐化リスク
- 弱点8:労働問題とフランチャイジーとの関係
- 弱点9:食品安全と異物混入リスク
- 弱点10:地政学リスクとロシア撤退
- まとめ ~ ハンバーガーの皮をかぶった不動産会社
- 参考資料
はじめに ~ ビッグマックの裏に隠された真実
休日のドライブの途中、ふと目に入る「m」のゴールデンアーチ。家族で立ち寄って、ビッグマック、ポテト、コーラを注文する。子どもはハッピーセットのおもちゃに目を輝かせる。
私たちにとってマクドナルドは「ハンバーガーを売る店」です。世界中の人が、同じイメージを持っているでしょう。
ところが、マクドナルドの本当の正体は、もう少し複雑です。
「マクドナルドの主な収益源は、実はハンバーガー販売ではなく不動産業である」――こんな話を聞いたことがあるかもしれません。
実際、米国マクドナルドの2021年の不動産賃貸収入は84億ドル超で、全収入の約35%を占めていました。世界で約3万6,000店舗ある中、93%がフランチャイズ運営。そのフランチャイジーから受け取る賃料が、マクドナルドの安定収益の大きな柱になっているのです。
日本マクドナルドも、2024年12月期の連結営業利益は480億円(前年比17.5%増)と過去最高を更新。全店売上高は8,291億円、最終利益は319億円(前年比27%増)と、いずれも記録的な数字でした。価格を上げても客足が減らず、利益が増え続ける――この強さの背後にあるのが、本記事のテーマである「不動産+FCモデル」です。
ところがこのモデルにも、無視できない弱点があります。健康志向の高まり、円安と原材料費の高騰、人手不足、競合の台頭、社会的責任の負担――本記事では、マクドナルドのビジネスモデルの強さと弱さの両面を、徹底的に掘り下げていきます。
マクドナルドの歴史 ~ ハンバーガー店から多国籍企業へ
マクドナルドの起源は、1940年に米国カリフォルニア州サンバーナーディーノでマクドナルド兄弟(リチャードとモーリス)が開いた小さなレストランです。当初はバーベキュー専門店でしたが、1948年に「スピーディー・サービス・システム」というセルフサービス方式に転換。15セントのハンバーガーを驚異的な速さで提供する「ファストフード」の原型を作り上げました。
転機は1954年。ミルクシェイク用のミキサーを売り歩いていたレイ・クロックが、マクドナルド兄弟の店を訪問。「この仕組みは全米展開できる」と直感し、フランチャイズ事業の権利を獲得します。
1955年、レイ・クロックがイリノイ州デスプレーンズに最初のフランチャイズ店をオープン。これがマクドナルドコーポレーションの始まりです。
ところが当時のフランチャイズビジネスでは、加盟金やロイヤリティだけでは本部の収益が不安定でした。そこで、CFOのハリー・ソナボーンが提案したのが、「不動産戦略」です。
「マクドナルドは、ハンバーガー店ではなく、不動産会社になるべきだ」――ソナボーンはこう語ったとされます。
1956年、マクドナルドは「フランチャイズ・リアルティ・コーポレーション」を設立。本部が店舗用地を購入し、フランチャイジーに賃貸する仕組みを構築しました。この発明が、マクドナルドの巨大化の真の起点となります。
日本では、1971年に藤田田氏が日本マクドナルドを設立し、銀座三越1階に1号店をオープン。「日本人の食生活を変える」という大胆な戦略で、ハンバーガーを日本の国民食に押し上げました。現在、日本国内の店舗数は約2,900店、アジアでも最大規模のマクドナルドネットワークを誇ります。
「フランチャイズ+不動産」という二重の収益構造
マクドナルドのビジネスモデルの真髄は、「フランチャイズ+不動産」という二重の収益構造にあります。
これを少し詳しく見ていきましょう。
第一の収益源は「ロイヤリティ収入」です。フランチャイジー(加盟店オーナー)は、毎月の売上高の3%(日本の場合)をロイヤリティとして本部に支払います。世界全体の店舗数3万6,000、米国だけで1万3,000店舗以上ありますから、これだけで巨額の収入になります。
第二の収益源は「契約金・加盟金」です。フランチャイズ契約時に、初期費用として一定額が徴収されます。
第三の収益源は「広告宣伝費」です。フランチャイジーから1店舗あたり売上の4.5%が、本部の広告宣伝費として徴収されます。テレビCMやキャンペーンの原資が、ここから生まれます。
そして第四の収益源、これが極めて重要ですが、「賃料収入」です。マクドナルドは、優良な立地の土地・建物を自社で所有し、フランチャイジーに賃貸しています。フランチャイジーは、ロイヤリティとは別に、毎月の賃料を本部に支払うのです。
通常のフランチャイズビジネス(コンビニやレストランの多く)では、店舗の土地・建物はフランチャイジー自身が用意します。これに対しマクドナルドは、本部が土地・建物を所有することで、フランチャイジーの初期投資負担を軽くする代わりに、賃料という安定収入を確保しているのです。
賃料は、店舗の売上に左右されません。景気が悪くて売上が落ちようが、コロナで来店客が減ろうが、賃料は毎月固定で入ってきます。これがマクドナルドの「不景気でも崩れない」収益基盤を作り上げています。
なぜマクドナルドは「不動産業」と呼ばれるのか
マクドナルドの不動産戦略の凄さを、もう少し具体的に見てみましょう。
マクドナルドは世界中で、ファストフードチェーンとしては最大級の不動産ポートフォリオを保有しています。米国だけで保有する土地の総評価額は数兆円規模に達するといわれます。
これらの不動産は、いずれも「将来人が集まる立地」を予測して取得されたものです。高速道路のインターチェンジ近く、主要道路の交差点、駅前の好立地、郊外の集客力ある場所――半世紀以上にわたる不動産投資の蓄積が、マクドナルドの隠れた資産になっています。
その結果、土地の含み益も巨大です。米国マクドナルドの財務諸表を見ると、不動産関連資産は数兆円規模で、企業価値の重要な構成要素になっています。
実際、マクドナルドのキャッシュフローを見ると、本業の「ハンバーガー販売」よりも、「フランチャイズ事業(ロイヤリティ+賃料)」のほうが収益性は高くなっています。フランチャイズ事業の営業利益率は80%超といわれ、これは賃料収入が極めて高いマージンを生むからです。
「マクドナルドはハンバーガーを売る不動産会社である」――この言葉は、決して比喩ではなく、財務的にも実態を表しているのです。
直営とフランチャイズの絶妙なバランス
マクドナルドは、すべての店舗をフランチャイズ化しているわけではありません。直営店とフランチャイズ店の二つの形態を、戦略的に使い分けています。
世界全体で見ると、約93%がフランチャイズ店、約7%が直営店です。直営店は新規メニュー開発のテスト、新オペレーションの実験、ブランドコントロールの強化、収益性の検証などの役割を果たしています。
2015年、米国マクドナルドは、当時の直営約6,800店のうち3,500店舗をフランチャイズに売却する計画を発表しました。これにより、直営比率を約19%から10%に下げ、年間3億ドルのコスト削減を実現。CEOのイースターブルックは「売上高がより安定的で見通しやすくなる」と説明しました。
直営店は売上は大きいですが、運営コスト(人件費、食材費、光熱費など)も負担しなければなりません。一方、フランチャイズ店は、本部の負担はわずかなロイヤリティ・賃料の徴収と、ブランド・システム提供だけ。利益率が桁違いに高くなります。
「収益の安定性」と「利益率の高さ」の両方を追求するため、マクドナルドは長年にわたって「フランチャイズ化シフト」を進めてきたのです。
日本のマクドナルドのフランチャイズモデル
日本マクドナルドのフランチャイズの仕組みを、もう少し具体的に見ていきましょう。
加盟金は2,500万円。研修費が別途必要です。これに加えて、店舗用の運転資金、什器備品費などが必要で、トータルで5,000万円~1億円程度の初期投資が必要とされています。
フランチャイズオーナーは、平均10店舗を運営しているとされ、年商は約20億円規模。1店舗あたりの月商は4,000万円前後で、年間営業利益は約960万円という試算もあります。
本部に支払う費用は、ロイヤリティ(売上の3%)、賃料、広告費(売上の4.5%)、光熱費、商品仕入れ代金など。
これは個人で気軽に開業できる業態ではなく、すでに事業経験のある法人や、複数店舗を運営できる体力のあるオーナーが対象です。マクドナルドのフランチャイズオーナーは、地域の有力企業経営者であることが多く、店舗運営の「プロ集団」が日本中のマクドナルドを支えています。
QSC&V ~ 世界中の店で同じ味、同じサービス
マクドナルドのフランチャイズが機能する前提として、徹底した「QSC&V」(Quality・Service・Cleanliness・Value)という品質管理思想があります。
日本のマクドナルドで食べるビッグマックも、ニューヨークで食べるビッグマックも、パリで食べるビッグマックも、基本的に同じ味です。この「世界中で同じ品質を維持する」というのは、極めて難しい挑戦です。
マクドナルドは、Hamburger University(マクドナルドの社内大学)で店長候補生を体系的に教育し、レシピ・調理時間・温度・盛り付けまで、すべてマニュアル化しています。
調理機器も、世界統一の専用機器を使います。ポテトを揚げるフライヤー、パテを焼くグリル、シェイクを作るマシン、すべてが同じ仕様で、誰が操作しても同じ仕上がりになるように設計されています。
この徹底した標準化があるからこそ、フランチャイジーは「マクドナルドのシステム」を購入する形で安心して開業でき、本部は「世界中で同じブランドを維持」できるのです。
ハッピーセットというイノベーション
マクドナルドのもう一つのイノベーションが、「ハッピーセット」です。
1979年に米国で誕生し、日本では1987年から提供されているこの商品は、子ども向けにポーション調整された食事と、おもちゃがセットになっています。
ハッピーセットの本質は、「子ども連れ家族を、確実に引き寄せる集客装置」です。子どもは、食事の内容ではなく「今月のおもちゃ」を目当てに来店をねだります。親はそのリクエストに従い、家族でマクドナルドを利用する習慣が形成されます。
おもちゃのコラボ先も巧みです。ポケモン、すみっコぐらし、リカちゃん、トミカ、プラレール、ディズニー、ピクサーなど、子どもに人気のキャラクターと年間を通じてコラボを展開。「集めたくなる」というコレクター心理を巧みに刺激しています。
これは「価格=価値」だけで競うフードビジネスとは違う、「体験=価値」を提供するエコシステム的な発想です。サンリオの「いちごコラボ」「ちいかわコラボ」などは、SNSで毎回大バズリし、開店前から行列ができる現象まで生んでいます。
値上げしても客が増える ~ 2024年の好業績
近年のマクドナルドの強さを最も象徴するのが、「値上げしても客足が落ちない」という現象です。
日本マクドナルドは2022年以降、4回もの価格改定(実質的な値上げ)を行ってきました。ビッグマック単品は450円から500円超へ、ポテトMサイズは290円から380円弱へと、軒並み値上がりしています。
普通の飲食店なら、値上げすれば客足は確実に落ちます。ところがマクドナルドは、値上げしても客が増え続けてきました。2024年12月期の客数は前年比で増加し、客単価も上昇。結果、過去最高益を更新しました。
なぜでしょうか。
第一に、世界的なインフレと外食価格全般の上昇により、「マクドナルドだけが特別に高くなった」わけではない状況。むしろ他のチェーンも値上げしている中で、マクドナルドは「相対的に手頃」というポジションを維持できています。
第二に、メニューイノベーションの継続。期間限定メニュー、サムライマック、ホットマン、月見バーガー、てりやきマックバーガー新味など、絶えず新しい話題を提供しています。
第三に、デジタル化。モバイルオーダー、デリバリー、ドライブスルー、店舗のキオスク端末など、注文体験を向上させ続けています。
第四に、ハッピーセットコラボ。サンリオ、ポケモン、すみっコぐらし、ちいかわなど、SNS時代に爆発的な集客力を持つコラボを連発しています。
第五に、値上げ後の客単価上昇による収益性改善。
これらが複合的に効いて、「マクドナルドだけ強い」という構造を作り出しています。
デジタル化とデリバリーの加速
マクドナルドは、世界中で急速にデジタル化を進めています。
スマホアプリ(McDonald’s公式アプリ、Mobile Order & Pay)は、米国・日本ともに数千万ダウンロードを記録。アプリ経由の注文比率は年々上昇しています。
日本では、店舗のキオスク端末(セルフ注文機)も急速に普及し、注文オペレーションの効率化に貢献しています。これにより、レジスタッフを減らし、人件費を削減しています。
Uber Eats、出前館などのフードデリバリーとの提携も積極的。マクドナルドのデリバリー売上は近年急成長しており、新たな顧客層(高齢者、子ども連れ、テレワーク層)を取り込んでいます。
これらのデジタル化は、マクドナルドの売上を押し上げるだけでなく、顧客データの蓄積も生み出しています。アプリの利用履歴、購入パターン、来店時間帯などのデータを分析し、個別化されたクーポン配信、メニュー開発、立地戦略に活用しています。
弱点1:健康志向への逆風
マクドナルドのビジネスモデルが直面する最大の長期的弱点は、「健康志向への逆風」です。
世界的に、肥満、糖尿病、心臓疾患などの生活習慣病への意識が高まり、「ファストフード=不健康な食事」というイメージが定着しています。
特に米国では、マクドナルドを批判するドキュメンタリー映画『スーパーサイズ・ミー』(2004年)以降、ファストフード批判は社会運動レベルに発展しました。ニューヨーク市は2018年、メニューにカロリー表示を義務付ける条例を制定するなど、規制も強化されています。
日本でも、メタボリックシンドローム対策、糖尿病予防、子どもの肥満対策など、健康志向の高まりは年々強まっています。「ハンバーガーは月に1回」「子どもにマクドナルドはなるべく食べさせない」という親も増えています。
マクドナルドは、サラダメニュー、スムージー、低カロリーバーガー、植物性プロテインを使ったハンバーガーなど、ヘルシーオプションも提供していますが、ブランドの根本イメージを変えるには至っていません。
健康志向は、長期的にマクドナルドのターゲット人口を縮小させる可能性を秘めています。
弱点2:円安と原材料費の高騰
日本マクドナルドの2024年12月期決算は好調でしたが、その背後にはコスト上昇の重い負担があります。
円安により、輸入食材(牛肉、ジャガイモ、小麦など)のコストが急上昇しています。マクドナルドの主要食材の多くは、海外(オーストラリア、米国、ニュージーランド、タイなど)からの輸入に依存しているため、為替の影響を直接受けます。
加えて、世界的な食品インフレ、エネルギー価格の高騰、物流費の上昇も、コスト構造を圧迫しています。
日本マクドナルドは2022年から4回の値上げで価格転嫁に成功していますが、これ以上の値上げを続けると、消費者の「マクドナルド離れ」を招くリスクがあります。「100円マック」「マック60円」など、安さで集客した時代の記憶を持つ消費者にとって、ビッグマック500円超は心理的に大きな壁です。
弱点3:人手不足と人件費の上昇
外食業界全体で深刻化する人手不足は、マクドナルドにも重い影響を与えています。
日本では、若年人口の減少、最低賃金の上昇、外食業界の「ブラック」イメージなどから、アルバイト・パートの確保が困難になっています。
マクドナルドは、24時間営業や深夜営業を一部店舗で廃止せざるを得なくなりました。営業時間短縮は、機会損失と直結します。
また、最低賃金の上昇は、フランチャイジーの収益を直撃します。フランチャイズ加盟店の1店舗あたりの営業利益が薄くなれば、新規加盟希望者が減り、店舗網拡大のスピードも鈍化します。
セルフ注文機、モバイルオーダー、調理ロボットなどの自動化技術への投資が進んでいますが、人件費削減のスピードは、人件費上昇のスピードに追いつかない構造的な課題があります。
弱点4:競合の台頭
ハンバーガーチェーン業界は、年々競争が激化しています。
国内では、モスバーガー(プレミアム志向)、バーガーキング、ロッテリア(韓国Lotteから米国SUNFOOD HD系へ)、フレッシュネスバーガー、ファーストキッチン・ウェンディーズなどが、それぞれ独自のポジションで競争しています。
「テラ・モス」「クア・アイナ」など、本格志向の高級バーガーチェーンも増加。「アボカドバーガー1,500円」など、マクドナルドとは異なる価値を提供する店も人気です。
加えて、コンビニ各社(セブン-イレブン、ローソン、ファミマ)が、ホットスナック(チキン、ホットドッグ、ハンバーガーなど)を強化しており、「コンビニで手軽に食事」する層を取り込んでいます。
宅配・デリバリーチェーンも脅威です。ピザ、寿司、お弁当、中華料理など、選択肢が増える中、マクドナルドのデリバリーシェアを奪い合っています。
弱点5:環境・サステナビリティへの圧力
マクドナルドは、世界最大級の食品消費企業として、環境負荷への批判を受け続けてきました。
第一に、牛肉生産による温室効果ガス排出。牛のげっぷから出るメタンガスは、地球温暖化の主要因の一つとされています。
第二に、アマゾン熱帯雨林の伐採。マクドナルドの牛肉サプライチェーンが、熱帯雨林破壊につながっているとの指摘が、環境NGOからされてきました。
第三に、プラスチック包装の大量使用。ストロー、カップ、容器、トレーマットなど、毎日大量の使い捨て包装が世界中で廃棄されています。
第四に、食品ロス。世界中の店舗で、毎日大量の食品が廃棄されています。
マクドナルドは、紙ストローへの移行、植物性ベースのバーガー開発(ビヨンドミート、植物プロテイン使用商品)、再生エネルギー使用、サプライチェーンの透明化など、サステナビリティ施策を進めています。
しかし、ビジネスモデルの根本にある「大量生産・大量消費」「使い捨て」「グローバルサプライチェーン」という構造を変えるのは容易ではありません。
弱点6:不動産戦略の限界
マクドナルドの強みである不動産戦略にも、いくつかの限界があります。
第一に、都市部の地価高騰。東京、ニューヨーク、ロンドン、上海など、世界の主要都市の地価は、過去30年で大きく上昇しました。今からマクドナルドが「優良立地」を新規取得するのは、コスト面で非常に難しくなっています。
第二に、店舗網の物理的限界。多くの先進国では、すでにマクドナルドの店舗網がほぼ飽和状態に達しています。日本でも、人口減少地域や郊外型立地の見直しが進んでおり、新規出店余地が縮小しています。
第三に、賃料収入の硬直性。長期賃貸契約に基づく賃料は、インフレに対応した値上げが難しい場合があります。フランチャイジーの収益が圧迫されると、賃料交渉や閉店要請が増える可能性もあります。
第四に、地震・自然災害リスク。日本では、不動産集中保有は災害リスクを伴います。能登半島地震や南海トラフ地震などの大規模災害が起きた場合、マクドナルドの所有不動産にも甚大な被害が出る可能性があります。
弱点7:ブランドイメージの陳腐化リスク
マクドナルドは半世紀以上にわたって、世界中で「ファストフードの代名詞」として君臨してきました。しかしその一方で、「古い」「ありふれた」「特別感がない」というブランドイメージの陳腐化リスクも抱えています。
Z世代やα世代(2010年代以降生まれ)にとって、マクドナルドは「親世代の店」というイメージになりつつあります。彼らはInstagramでバズる「ニッチで個性的なバーガー店」「韓国系チキン店」「健康志向カフェ」などに惹かれる傾向があります。
マクドナルドは、ハッピーセットのコラボ展開、若者向けキャンペーン、TikTok活用などで若年層を引き付ける努力をしていますが、ブランドの長期的な「クール感」を維持するのは大きな課題です。
弱点8:労働問題とフランチャイジーとの関係
マクドナルドは、世界中で労働問題に直面しています。
米国では、店舗スタッフの最低賃金引き上げ運動、労働組合化の動き、不当解雇訴訟などが続いています。「Fight for $15」(最低時給15ドル運動)の発端となったのも、マクドナルド店舗のスタッフでした。
日本でも、深夜営業店舗でのスタッフの過重労働、長期雇用が難しいことによる人材定着問題、研修コストの増加などが指摘されています。
フランチャイジーと本部の関係も、常に緊張をはらんでいます。本部のロイヤリティ要求、メニュー戦略の押し付け、店舗改装の負担などをめぐって、フランチャイジー側から不満の声が上がることもあります。
これらの問題を抱える中、マクドナルドのブランドが「企業倫理面で問題のある会社」と見なされれば、長期的なブランド価値の毀損につながりかねません。
弱点9:食品安全と異物混入リスク
マクドナルドは過去、食品安全に関する重大な問題に何度も直面してきました。
日本マクドナルドは2014~2015年、中国の調達先工場での期限切れ鶏肉使用問題、商品への異物混入(人の歯、ビニール片、プラスチック破片など)が相次いで発覚。社会的に大きな問題となり、業績は壊滅的に悪化しました。サラ・カサノバCEO(当時)が記者会見で謝罪する事態にまで発展。1年以上にわたって既存店売上が前年割れする「マック離れ」を経験しました。
この経験から、マクドナルドは食品安全管理を抜本的に強化しましたが、世界中の何万店舗、毎日数千万食を提供する規模では、食品事故のリスクは構造的にゼロにできません。
SNS時代では、店舗での小さな事件もすぐに拡散します。一つの大きな食品事故が、マクドナルドのブランド全体を揺るがすリスクは、常に存在しているのです。
弱点10:地政学リスクとロシア撤退
近年、マクドナルドは地政学リスクにも直面しています。
2022年、ロシアのウクライナ侵攻を受け、マクドナルドはロシアから完全撤退を決定。ロシアの全850店舗を売却し、撤退コストとして数億ドルの損失を計上しました。
ロシア撤退は、企業の社会的責任の観点では正しい判断でしたが、地政学リスクが直接的に巨大な財務インパクトを生むことを示しました。
今後、中国市場、中東市場、台湾海峡情勢など、地政学リスクが顕在化すれば、マクドナルドの店舗網と利益に大きな影響が出る可能性があります。
世界3万6,000店舗というスケールは、世界の地政学的変動と切り離せない構造をマクドナルドに与えているのです。
まとめ ~ ハンバーガーの皮をかぶった不動産会社
マクドナルドの不動産+FCモデルを、改めて整理しましょう。
強みとしては、フランチャイズ+不動産という二重の収益構造、世界最大級の不動産ポートフォリオ、QSC&Vによる徹底した品質標準化、Hamburger Universityでの体系的人材育成、ハッピーセットなど絶え間ない集客イノベーション、デジタル化(アプリ、モバイルオーダー、デリバリー)の積極展開、値上げしても客足を維持できるブランド力、フランチャイジーの「プロ集団」化、過去最高益更新中の経営力、そして50年以上にわたるグローバルブランド構築の蓄積。
ただし弱点も多数あります。健康志向への逆風、円安・原材料費高騰の負担、人手不足と人件費上昇、競合(モス、コンビニ、デリバリー、本格バーガー店)の台頭、環境・サステナビリティへの圧力、不動産戦略の限界(都市部地価高騰、出店余地縮小、賃料硬直性、災害リスク)、ブランドイメージの陳腐化リスク、労働問題とフランチャイジーとの緊張関係、食品安全と異物混入リスク、そして地政学リスク。
マクドナルドの本質的な強さは、「ファストフード企業の皮をかぶった不動産&フランチャイズ・コングロマリット」であるという、二重構造にあります。
ハンバーガーを売って稼ぐ業績の「上の利益」と、不動産賃料・ロイヤリティで稼ぐ「下の利益」――この二段構造があるからこそ、マクドナルドは景気変動、消費者嗜好の変化、競合の台頭という荒波の中で、半世紀以上にわたって安定成長を続けてこられたのです。
ビジネスを設計する人にとって、マクドナルドの事例は「事業の本質を再定義することの威力」を教えてくれます。1956年にCFOのソナボーンが「マクドナルドは不動産会社になるべきだ」と発想転換したことが、その後の世界制覇の起点でした。
私たちが何気なく食べるビッグマック1個の背後には、世界最強級のフランチャイズシステム、何兆円もの不動産資産、半世紀の経営イノベーションが結晶しています。
次にマクドナルドに立ち寄るとき、ぜひ「m」のゴールデンアーチの下にある、ハンバーガー以外のビジネスの仕組みに、少し思いを馳せてみてください。あなたが買う500円のセットメニューの売上の一部は、ロイヤリティ、賃料、広告費という形で、マクドナルドの巨大な収益エンジンを回しているのです。
参考資料
- McDonald’s Corporation 公式IRサイト(Investor Relations)https://corporate.mcdonalds.com/corpmcd/investors.html
- 日本マクドナルドホールディングス株式会社 公式IRサイト https://www.mcdonalds.co.jp/company/investor/
- 日本マクドナルドホールディングス「2024年12月期 決算短信」
- 財経新聞「日本マクドナルドが『不動産業』と言われる根拠」千葉明 https://www.zaikei.co.jp/article/20220420/669204.html
- ZUU online「マクドナルドの本質は『不動産業』 ビジネスモデルを分析」https://news.line.me/detail/oa-zuuonline/tocvf4m5v3ua
- ダイヤモンドオンライン「マクドナルドが『不動産会社』でもある理由、収益を生む2つの契約の秘密」https://diamond.jp/articles/-/274023
- 貴人たちのマイセン「なぜマクドナルドは不動産会社とみなされるのか?」https://www.akamizu.com/mcdonalds/
- キッズノミクス「日本マクドナルド2024年決算好調!値上げでも選ばれる理由とは?」https://kidsnomics.space/kidsnews/mcdonalds-japan-2024-financial-results-strong/
- コントリ「マクドナルドのビジネスモデルから学ぶ中小企業の成長戦略」https://comtri.jp/30_column/businessmodel-mcdonalds/
- strate.biz「マクドナルドのフランチャイズは儲かる?開業資金や評判・年収は?」https://strate.biz/fcs/japan-mcdonalds/
- note「マクドナルドは『不動産業』」吉岡悠人 https://note.com/yopcandy420/n/n73b4b9a794ac
- 株で勝つためのブログ「マクドナルドは不動産業だった!?驚きの収益モデルとは」https://hoterunochosyoku.com/macdonald/
- レイ・クロック『成功はゴミ箱の中に―レイ・クロック自伝 世界一、億万長者を生んだ男マクドナルド創業者』プレジデント社
- 藤田田『勝てば官軍―成功の法則』KKベストセラーズ
- 日経クロストレンド、Bloomberg、Wall Street Journal、Financial Timesなどのマクドナルド関連報道

