スターバックスのサードプレイス戦略 ~ コーヒーではなく「居場所」を売るビジネス~

この記事は約19分で読めます。

はじめに ~ 私たちはなぜ、500円のコーヒーを買いに行くのか

街中の喫茶店でコーヒーを1杯飲もうとすると、それなりの値段がします。私の家の近くにあるスターバックスでは、ドリップコーヒーのトールサイズが455円、ラテのトールサイズが495円、フラペチーノなら600円超え。コンビニコーヒーが100~200円で買える時代に、なぜわざわざスターバックスでコーヒーを買うのでしょうか。

考えてみると、私自身、不思議な行動をとっています。

朝、駅近のコンビニで仕事用のコーヒーを買うときには100円のセブンカフェで満足するのに、休日にカフェで仕事をしたいときは、わざわざスターバックスを選びます。電車の中で読み物をしたいときに駅前のドトールで200円のコーヒーを買うのに、友達と話し込みたいときは、混雑する休日のスターバックスを選んだりします。

「コーヒーを飲む」という同じ行為なのに、場面によって支払う金額がまったく違う。そして多くの人が、それを当たり前のように受け入れている。

これこそが、スターバックスのビジネスモデルの核心です。スターバックスは「コーヒーを売っている店」ではなく、「居場所と体験を売っている店」だからです。

スターバックスは現在、世界80以上の国・地域に約4万店舗を展開する世界最大のコーヒーチェーンです。日本にも約1,900店舗があり、ドトール、タリーズ、サンマルク、コメダ珈琲店などの強力な競合がひしめく中、安定したトップポジションを維持しています。

なぜスターバックスは、これほどまでにブランドとして強いのか。そして、最近言われている「サードプレイス戦略の揺らぎ」とは何なのか。本記事では、スターバックスの「サードプレイス戦略」を深掘りしつつ、その弱点・課題についても率直に分析していきます。

サードプレイスとは ~ 社会学からビジネスへ

スターバックスの戦略を語る上で、まず押さえておきたいのが「サードプレイス(Third Place)」という概念です。

サードプレイスとは、アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグ氏が1989年に著書『The Great Good Place』で提唱した概念です。

オルデンバーグ氏は、人々が幸福で健康的に暮らすためには、3つの場所が必要だと論じました。

第一の場所(First Place)は「家庭」。家族と過ごし、生活の基盤となる場所です。

第二の場所(Second Place)は「職場や学校」。仕事や勉強をする場所です。

第三の場所(Third Place)は、家庭でも職場でもない、リラックスでき、コミュニティと繋がれる場所。カフェ、パブ、図書館、教会、公園、地域のたまり場などが該当します。

オルデンバーグ氏は、現代の都市化、核家族化、住宅地と職場の分離が進む中で、人々のサードプレイスが失われつつあり、これが社会の孤立感やコミュニティ崩壊を生んでいると警鐘を鳴らしました。

このサードプレイス論をビジネスに巧みに応用したのが、スターバックスの元CEOハワード・シュルツ氏です。

ハワード・シュルツとイタリアの衝撃

スターバックスの起源は、1971年に米国シアトルで開業した、コーヒー豆の販売店です。当初は、コーヒー豆や器具を売るだけのお店でした。

転機が訪れたのは1983年。当時マーケティング担当役員だったハワード・シュルツ氏が、出張でイタリアのミラノを訪れたときのことです。

シュルツ氏は、ミラノの街角にあるエスプレッソバー(イタリアの伝統的カフェ)の文化に深く感銘を受けました。バリスタが客の名前を覚え、笑顔で挨拶し、地元の人々が朝も昼も夜も集まって会話を楽しむ――そんなコミュニティの中心としての役割を、カフェが果たしていたのです。

「これこそが、アメリカに足りないものだ」――シュルツ氏は確信しました。

帰国後、シュルツ氏はスターバックスの経営陣に「コーヒー豆販売から、エスプレッソバーへの転換」を提案しましたが、経営陣には受け入れられませんでした。シュルツ氏は1985年にスターバックスを退社し、独自のカフェ「Il Giornale」を創業。1987年、Il Giornale社がスターバックスを買収する形で、シュルツ氏が社長に就任しました。

ここから、コーヒー豆販売店としてのスターバックスは、「サードプレイスを提供するカフェチェーン」へと大変身を遂げていきます。

「コーヒーを売る」ではなく「体験を売る」

スターバックスのビジネスモデルの核心は、「コーヒーを売っているのではなく、コーヒーを通じて体験を売っている」という発想にあります。

普通のカフェチェーン(ドトール、コンビニコーヒーなど)は、「いかに早く、安く、美味しいコーヒーを提供するか」を競います。これは「コモディティ競争」と呼ばれる、価格と効率の戦いです。

ところがスターバックスは、コモディティ競争に巻き込まれることを意図的に避けました。そして「居心地の良い空間、温かいバリスタとの会話、自分だけのカスタマイズメニュー、洗練されたブランドイメージ」――こうした体験全体を「商品」として提供する戦略を取ったのです。

これが「体験経済」の代表例として、世界中のビジネススクールで学ばれることになります。

私たちがスターバックスで500円のラテを買うとき、その対価は単なるコーヒー1杯ではありません。

落ち着いた音楽、ウッディな内装、ふかふかのソファ、無料Wi-Fi、電源コンセント、勉強したり仕事したりできる雰囲気、バリスタの「お待たせしました」の笑顔、カップに書かれた自分の名前、SNSでシェアしたくなる新作フラペチーノ――これらすべてが「500円」に含まれているのです。

サードプレイス体験を支える4つの柱

スターバックスのサードプレイス戦略は、4つの柱で支えられています。

第一の柱は、「店舗空間」です。

世界中のスターバックスは、ある程度の統一感を持ちながら、それぞれの店舗が独自のデザインを採用しています。ウッディな温かみのある内装、暖色系の照明、座り心地の良いソファ、適度な広さのテーブル、ジャズやインディーミュージックを中心としたBGM。

特に注目すべきは、「画一的でない店舗設計」です。歴史的建造物を活用した店舗(京都の二寧坂ヤサカ茶屋店、神戸北野異人館店など)、地域のアートを取り入れた店舗、ドライブスルーに特化した店舗など、その場所ならではの「サードプレイス」を作り上げています。

第二の柱は、「バリスタ(パートナー)」です。

スターバックスでは従業員のことを「パートナー」と呼びます。これは「ともにブランドを作る仲間」という意味で、単なる「雇用者と被雇用者」の関係を超えた、フラットな組織文化を象徴しています。

パートナーは入社時に40時間以上の研修を受けます。コーヒーの淹れ方だけでなく、お客とのコミュニケーション、カスタマイズ対応、衛生管理、店舗運営など、多岐にわたる訓練を受けます。

そして、パートナーには給与だけでなく、福利厚生、ストックオプション、大学進学支援(米国の場合)など、業界水準を超える待遇が提供されています。これにより、パートナーの満足度と定着率を高め、結果として顧客体験の質を保っているのです。

第三の柱は、「カスタマイズ」です。

スターバックスでは、ミルクの種類、シロップの追加、エスプレッソショットの追加、サイズ変更、温度調整など、極めて多彩なカスタマイズが可能です。「自分だけの1杯」を作る楽しみが、ファンを惹きつけています。

カスタマイズは、お客との「対話」を生む仕組みでもあります。「キャラメルマキアートのオーツミルク、エスプレッソショット追加、シロップ少なめで」というオーダーは、お客とバリスタとの会話の素材です。これが、サードプレイスとしての温かさを生み出します。

第四の柱は、「商品の革新性」です。

季節限定の新作ドリンク(桜フラペチーノ、ハロウィーン限定など)、季節のフード、限定マグカップやタンブラー――スターバックスは常に新しい話題を提供し、お客が「また行きたい」と思う動機を作り続けています。

特に、SNSで映える新商品の開発に力を入れており、新作が出るたびにInstagramやTwitterで話題になります。これが、無料の口コミマーケティングとして機能しているのです。

日本市場でのスターバックス

スターバックスは1995年に日本法人を設立し、1996年に銀座に日本1号店をオープンしました。

当時の日本のカフェ業界は、ドトールやプロントなど、薄利多売型のチェーンが主流でした。「立ち飲みエスプレッソ」「サラリーマンの一服場所」という雰囲気が、業界の標準でした。

そこにスターバックスは、「禁煙(当時としては画期的)」「ゆったりした店内」「女性客重視」「カフェラテなどのエスプレッソ系ドリンク中心」という、それまでの日本のカフェとは全く異なるスタイルを持ち込みました。

特に女性客の獲得が見事でした。「カフェラテをスタバで飲む」というライフスタイルが、20~30代の女性を中心に、瞬く間に定着しました。

2024年時点で、日本のスターバックス店舗数は約1,900店舗。1996年の日本1号店から28年で、ここまで規模を拡大しました。

日本独自の店舗も多数あります。京都の二寧坂ヤサカ茶屋店(築100年以上の和風家屋を活用)、福岡の太宰府天満宮表参道店(隈研吾デザイン)、富山の富山環水公園店(「世界一美しいスタバ」と評されたこともある)、神戸の北野異人館店など、ここでしか味わえない体験を提供する旗艦店が、観光名所にもなっています。

価格戦略 ~ 高くても買いたくなる仕掛け

スターバックスの価格戦略も特徴的です。

トールサイズのドリップコーヒーが455円、カフェラテが495円、フラペチーノが625円――これは日本のカフェ業界の中では明らかに高価格帯です。コンビニコーヒーの100円、ドトールの250円、タリーズの400円台と比較すると、価格優位性はありません。

それでもスターバックスが選ばれるのは、「価格以外の価値」を提供しているからです。

第一に、ブランド価値。スターバックスのカップを持って歩くこと自体が、ある種のステータスです。「インスタ映え」する商品も、ブランドの一部です。

第二に、空間価値。コーヒー1杯で何時間も滞在できる場所として、スターバックスのコスパは決して悪くありません。

第三に、選べる楽しみ。多彩なカスタマイズや季節商品は、買い物体験そのものに楽しさをもたらします。

第四に、コミュニティ価値。スターバックスリワードプログラム(日本では「スターバックス リワード」)の会員になると、特典が得られます。「My スターバックス」アプリのMOBILE ORDER(モバイルオーダー)も、リピーターを増やす仕掛けです。

デジタルフライホイール戦略

近年のスターバックスは、デジタル化に大きく舵を切っています。

「スターバックス リワード」というロイヤルティプログラムは、米国で2,890万人以上、世界全体で1億人を超える会員を抱えており、来店頻度を高める強力な装置として機能しています。

会員はスマホアプリで事前注文・決済ができ、店舗で並ばずに受け取れます。さらに、購入金額に応じて「Star」が貯まり、無料ドリンクなどに交換できます。

このデジタル戦略により、スターバックスは「ロイヤルカスタマーの行動データ」を膨大に蓄積。AIによるパーソナライズオファー、需要予測、新商品開発に活用しています。

米国では、モバイルオーダーが全取引の27%を占めるレベルまで成長しています。これは「サードプレイス」というアナログな概念と、デジタル便利性を融合させる新しい挑戦です。

「リザーブ ロースタリー」という上位体験

スターバックスは、ブランドの上位体験として「Starbucks Reserve Roastery(スターバックス リザーブ ロースタリー)」を世界6都市(シアトル、ニューヨーク、シカゴ、ミラノ、上海、東京)に展開しています。

東京の「スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」は、目黒川沿いの中目黒に2019年にオープン。延床面積約2,000平米、地上4階建ての巨大な店舗で、世界最大級のリザーブ ロースタリーです。

ここでは、コーヒー豆の焙煎から抽出まで、コーヒー製造の全工程が見学できます。アロマ・スコープ(コーヒー豆の香りを楽しめる装置)、メインバー(コーヒー)、ティバーナバー(紅茶)、アリビアーモバー(カクテル&軽食)、プリンチ(イタリアンベーカリー)など、複数のバーが楽しめます。

これは、「コーヒーを通じた究極の体験」を提供することで、ブランドのプレミアム性を維持する戦略です。普段のスターバックスでは味わえない、特別な体験ゾーンを設けることで、ブランドのトップエンドを引き上げているのです。

サステナビリティへの取り組み

スターバックスは、サステナビリティを経営の中核に据えています。

第一に、エシカルなコーヒー調達。「C.A.F.E. Practices」というガイドラインに基づき、フェアトレード、有機栽培、適切な労働環境を満たした豆を調達しています。

第二に、環境負荷削減。プラスチックストローの廃止、リユーザブルカップへの割引、店舗での廃棄物削減などを進めています。

第三に、コミュニティ支援。地域のNPO支援、若者の就労支援、災害被災地への支援などを行っています。

これらの取り組みは、特に若い世代の支持を集め、「サステナブルなブランドを選ぶ」という消費者意識に応えています。

弱点1:価格の高さと値ごろ感の低下

ここからは、スターバックスのビジネスモデルの弱点を見ていきましょう。

最大の弱点は、「価格の高さ」です。

スターバックスのドリンクは、明らかに他のカフェチェーンより高価格です。物価高、円安、生活費上昇が続く中、消費者の財布の紐は固くなっています。「コーヒー1杯500円」は、特に若年層や節約志向の層には、高すぎると感じられる金額です。

2024年以降、スターバックスは複数回の価格改定(実質値上げ)を行っており、消費者の値ごろ感はさらに揺らいでいます。

コンビニコーヒーが100~200円で買え、コメダ珈琲店が「モーニング無料」を打ち出し、ドトールが250円台でコーヒーを提供する中、スターバックスの相対価値は問われています。

弱点2:競合の台頭と差別化の難しさ

スターバックスの「サードプレイス戦略」は、もはや業界内で広く模倣されています。

ドトール系の「エクセルシオール カフェ」、タリーズ、サンマルク、コメダ珈琲店、星乃珈琲店、PRONTO、上島珈琲店、CAFFE VELOCEなど、日本の主要カフェチェーンはすべて、「居心地の良い空間」「Wi-Fiと電源」「ソファ席」「軽食やデザート」を提供しています。

さらに、サードウェーブ系コーヒー(ブルーボトル、フグレントウキョウ、オニバスコーヒーなど)が、「スターバックスより質の高いコーヒー」「より洗練された空間」を提供し始めています。これらは1杯1,000円超えする高級店ですが、コーヒー好きの層を取り込んでいます。

逆に、コンビニコーヒーは「100~200円でそこそこのコーヒー」を提供し、忙しい層を取り込んでいます。

スターバックスは、価格でも品質でも、両側から挟まれている状況です。「中途半端な存在」になりつつあるという批判は、業界内で繰り返し聞かれます。

弱点3:コロナ禍以降の利用形態の変化

コロナ禍は、カフェ業界の利用形態を根本から変えました。

リモートワークが普及し、自宅で仕事をする人が増えました。「カフェで仕事」「カフェで勉強」というニーズは、コロナ前より明らかに減少しています。

逆に、テイクアウト、デリバリー、ドライブスルーといった「店内に滞在しない利用」が増えました。米国ではドライブスルー店舗の比率が高まり、「サードプレイス」というコンセプトを物理的に体現する店内ゾーンの重要性が、相対的に低下しています。

スターバックス自身も、「To Go型店舗」「ドライブスルー型店舗」「モバイルオーダー特化型店舗」など、店内滞在を前提としない店舗フォーマットを増やしています。

ただしこれは、「居心地の良いサードプレイス」というコアブランドの希薄化を意味するという批判もあります。スターバックスが目指してきた「コーヒー以上の体験」が、コロナ禍以降、徐々に「ただのコーヒー販売」に近づきつつあるのではないか――そんな指摘が、業界紙やコンサルタントから出てきています。

弱点4:店舗の混雑とサードプレイス機能の崩壊

逆説的ですが、サードプレイスとしての成功が、サードプレイス機能を崩壊させているという問題もあります。

人気店舗では、休日や夕方には全席が埋まり、長時間の滞在は実質的に難しい状況です。注文に並ぶ列も長く、「リラックスできる場所」とは言い難い状態になります。

特に、ノートPCを広げて長時間作業する人と、おしゃべりを楽しみたい人と、勉強したい学生が、同じ店内で混在することで、「居場所」としての機能が損なわれる場合があります。

最近、米国を中心に「カフェに長時間滞在する人」への対応が問題化しています。1杯のコーヒーで何時間も占有することへの店舗側の対応(「長居禁止」のルール導入、混雑時の滞在時間制限など)が議論されています。これは「サードプレイス」というコンセプトと正面からぶつかる問題です。

弱点5:従業員(パートナー)の労働環境問題

スターバックスは「パートナーへの厚遇」で知られていますが、近年は労働環境を巡る問題も浮上しています。

米国では、2022年以降、スターバックス店舗での労働組合化の動きが急速に進みました。労働条件の改善、賃上げ、シフトの安定化などを求める動きで、本部との対立も続いています。

ハワード・シュルツ氏自身が、2022年に暫定CEOとして復帰し、組合化への反対姿勢を示したことが報じられ、ブランドイメージにも影響を与えました。

日本でも、人手不足が深刻化し、店舗運営に苦慮する場面が増えています。バリスタの教育・定着が、これまでよりも難しくなっており、サービスの質を維持する難しさが増しているのです。

弱点6:ブランドの希薄化

スターバックスは世界4万店舗、日本1,900店舗という巨大チェーンに成長したことで、「希少性」と「ブランドの特別感」が希薄化しつつあります。

1990年代後半、日本にスターバックスが上陸したばかりの頃は、「スタバに行く」こと自体がステータスでした。ところが今や、駅、ショッピングモール、商店街、空港、観光地――どこに行ってもスターバックスがあります。「特別な場所」というブランドイメージは、明らかに薄まっています。

これは規模拡大の必然的な代償です。スターバックスは、この「ブランドの希薄化」と「成長への要求」のバランスを、絶えず取り続けなければなりません。

リザーブ ロースタリーのような上位業態は、まさにこの問題への対応策ですが、全店舗の希薄化を補うほどのインパクトはまだありません。

弱点7:環境・サステナビリティ批判

スターバックスは「エシカル」「サステナブル」を打ち出していますが、批判も少なくありません。

第一に、使い捨てカップの大量消費。世界中で毎日数千万杯が、紙カップやプラスチックカップで提供されています。リユーザブルカップへの誘導や植物由来素材への切り替えは進めていますが、根本的解決には至っていません。

第二に、コーヒー豆生産地での課題。「エシカル調達」と言いつつ、生産地での労働環境や環境破壊の問題が、NGOから指摘されることがあります。

第三に、政治・社会的なスタンス。スターバックスは多様性、LGBTQ+支援、人種問題への発言など、社会的な姿勢を明確に打ち出していますが、これが一部の保守層からの反発を招き、ボイコット運動が発生することもあります。

弱点8:日本市場特有の課題

日本市場では、スターバックスはいくつかの特殊な課題に直面しています。

第一に、コメダ珈琲店の急成長。「モーニング無料」「広いテーブル」「長居しやすい雰囲気」を売りにするコメダは、特にシニア層・家族層に支持を拡大しており、スターバックスの「サードプレイス」と直接競合する存在になっています。

第二に、サードウェーブコーヒーの台頭。ブルーボトル、フグレン、Mel Coffee Roastersなど、高品質コーヒーを提供する小規模店が、若年層・コーヒー愛好家を取り込みつつあります。

第三に、コンビニコーヒーのレベル向上。セブンカフェ、ローソンのMACHI café、ファミリーマートのファミマカフェなど、コンビニコーヒーの品質は格段に上がり、価格は5分の1。普段使いのコーヒーは、コンビニで十分という消費者が増えています。

第四に、人口減少と少子化。長期的には、日本のカフェ市場全体の縮小が避けられません。

弱点9:DXとモバイルオーダーの「両刃の剣」

モバイルオーダーやテイクアウト中心の利用が増えると、「店内でゆっくりするサードプレイス」というブランドイメージとの矛盾が生まれます。

並ばずに買えるモバイルオーダーは便利ですが、「バリスタとの会話」「カップに書かれた名前」「注文時のカスタマイズ体験」など、サードプレイスの要素を奪う側面もあります。

スターバックスは「効率化と体験のバランス」という、永続的な課題を抱えているのです。

弱点10:「セカンドプレイス化」する人々への対応

近年、コワーキングスペースや在宅勤務の普及により、「スターバックスを職場として使う人」「学校として使う人」が増えています。これは厳密には「サードプレイス」ではなく、職場・学校の延長としての「セカンドプレイス的利用」です。

ノートPCを広げて1日中作業する人、教科書を広げて勉強する学生――こうした利用は、本来のサードプレイス(リラックスと交流の場)とはかなり違うものです。

スターバックスが目指してきた「家庭でも職場でもない第三の場所」というコンセプトが、現実の利用実態と乖離しつつあるのです。

まとめ ~ ブランドの真価が問われる時代

スターバックスのサードプレイス戦略を改めて整理しましょう。

強みとしては、「コーヒーではなく体験を売る」という発想転換、サードプレイス概念の徹底した具現化、パートナー(従業員)への厚遇とブランドコミュニティ作り、徹底したカスタマイズ文化、画一化を避けた店舗デザイン、ブランドのプレミアム維持、デジタルフライホイール(スマホアプリとリワードプログラム)、リザーブ ロースタリーによる上位体験、サステナビリティへの取り組み、世界80カ国・4万店舗の規模感。

ただし弱点も多数あります。価格の高さと値ごろ感の低下、競合の台頭と差別化の難しさ、コロナ禍以降の利用形態の変化、店舗の混雑によるサードプレイス機能の崩壊、従業員の労働環境問題、ブランドの希薄化、環境・サステナビリティ批判、日本市場特有の課題(コメダ・サードウェーブ・コンビニコーヒーの台頭)、DXとモバイルオーダーの両刃の剣、「セカンドプレイス化」する利用実態。

これらの弱点は、スターバックスが「単なるカフェチェーン」に逆戻りするリスクを示唆しています。

スターバックスの真価が問われるのは、これからの数年です。サードプレイスというコンセプトを、デジタル時代にどう再定義するか。価格を維持しつつ、新たな価値を加えられるか。競合に押されつつあるブランドの希少性を、どう再構築するか。

私たちが何気なく500円を払って買うカフェラテ。その背後には、半世紀近くかけて構築されてきた「居場所を売る」という壮大なビジネスモデルが動いています。

ハワード・シュルツ氏がイタリアで受けた衝撃が、世界を変えました。コーヒーを売っていた小さなシアトルの店が、世界4万店舗の巨大チェーンになり、「サードプレイス」という言葉を世界共通の概念にしました。

そして今、その「サードプレイス」を、デジタル時代、ポストコロナ時代、低成長時代に、どう再発明するか――これが、スターバックスの次の挑戦です。

ビジネスを設計する人にとって、スターバックスの事例は「機能ではなく体験を売る」「価格ではなく価値で選ばれる」という戦略の見本であると同時に、「成功した戦略にも時代適合の宿題が必ず付いてくる」という現実も教えてくれます。

次にスターバックスでコーヒーを買うときには、ぜひ500円の対価として「何を買っているのか」を意識してみてください。コーヒー1杯ではなく、半世紀かけて磨かれた「居場所」と「体験」を、私たちは購入しているのです。

参考資料

  • Starbucks Corporation 公式年次報告書(Annual Report)各年度版 https://investor.starbucks.com/
  • スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社 公式企業情報 https://www.starbucks.co.jp/company/
  • レイ・オルデンバーグ著『The Great Good Place』(邦訳:『サードプレイス─コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』みすず書房、2013年)
  • ハワード・シュルツ著『スターバックス成功物語』日経BP、1998年
  • ハワード・シュルツ著『Onward』(邦訳:『スターバックス再生物語』徳間書店、2011年)
  • コントリ「スターバックスのビジネスモデルを徹底解説|高価格でも選ばれ続ける5つの戦略」https://comtri.jp/30_column/busibessmodel-starbucks/
  • 商売支援サイト「【3分で理解】差別化戦略の象徴、スターバックスの経営方針」https://www.shopowner-support.net/glossary/differentiation/starbucks/
  • note「『サードプレイス』で見るスターバックスのコンセプト戦略」Steve T https://note.com/steve_t/n/n1051c28458ac
  • catapult「スターバックスにおける『サードプレイス』戦略、その起源、現在、そしてコロナ禍以降の有効性に関する考察」https://note.com/catapult_co_jp/n/n0371c119b4f9
  • M2S「スターバックスが描く『サードプレイス戦略』:顧客を魅了し続けるマーケティングの真髄」https://m2s-power.com/starbucks-third-place-strategy/
  • マーケティング戦略部「【スターバックスのSTP分析】『サードプレイス』を創出したブランド戦略の真髄」https://yushutsulabo.com/starbucks-stp-analysis/
  • WOW MEDICAL株式会社「スターバックスの成功事例から学ぶ!実店舗で活かせるマーケティング4.0」https://www.wow-medical.tokyo/posts/6545784/
  • ビジネス戦略ラボ「スターバックス成功の秘密:『サードプレイス戦略』で世界を魅了するビジネスモデルとは?」https://note.com/mayariki/n/n25ef142f70a2
  • 日経クロストレンド、Bloomberg、Financial Times等の関連記事
タイトルとURLをコピーしました