- はじめに――なぜ今、光通信の投資哲学を読み解くのか
- 第1章 光通信という会社の本質的な姿
- 第2章 重田康光という人物――裸一貫から作り上げた経営哲学の原点
- 第3章 光通信ショックから何が学ばれたのか――失敗が教えた経営の規律
- 第4章 ストック利益という発明――フローの世界からの脱出
- 第5章 純投資の哲学――5つの基本原則
- 第6章 Earnings Yield(EY)という独自指標の意味と力
- 第7章 銘柄選定の3つの基準――何を、なぜ買うのか
- 第8章 バークシャー・ハサウェイとの共通点と相違点
- 8-1 光通信自身が認める「バフェット哲学」との親和性
- 8-2 共通点その1――事業会社としての投資
- 8-3 共通点その2――「ビジネスの一部所有」という発想
- 8-4 共通点その3――長期保有と複利の重視
- 8-5 共通点その4――「割安かつ優良」を狙うバリュー投資
- 8-6 共通点その5――「サークル・オブ・コンピタンス」の重視
- 8-7 共通点その6――株式市場のボラティリティを「機会」として捉える
- 8-8 相違点その1――事業の性格
- 8-9 相違点その2――市場の地域とサイズ
- 8-10 相違点その3――保有銘柄数とポートフォリオの分散
- 8-11 相違点その4――経営の関与度
- 8-12 相違点その5――株主への手紙の有無
- 8-13 「日本版バークシャー」と呼ぶことの意味
- 第9章 ハードルレートという経営の中枢――すべての投資判断を律する規律
- 第15章 個人投資家への示唆――光通信から何を学ぶか
- 15-1 光通信の投資哲学を個人投資家に活かす
- 15-2 示唆1:株式を「ビジネスの一部所有権」として捉える
- 15-3 示唆2:自分のハードルレートを設定する
- 15-4 示唆3:「安定・財務基盤・割安」の3基準で選定する
- 15-5 示唆4:時価ではなく簿価ベースで評価する
- 15-6 示唆5:市場のボラティリティを「機会」として捉える
- 15-7 示唆6:長期保有による複利の力を信じる
- 15-8 示唆7:累進配当銘柄を中心に据える
- 15-9 示唆8:自分のサークル・オブ・コンピタンスを認識する
- 15-10 示唆9:3年分の生活費を現金で持つ
- 15-11 示唆10:規律こそが最大の競争優位
- 15-12 個人投資家にとっての光通信株式
- おわりに――光通信が示唆するもの
- 参考資料
はじめに――なぜ今、光通信の投資哲学を読み解くのか
東京証券取引所プライム市場に上場する株式会社光通信(証券コード9435)と聞いて、多くの方が思い浮かべるイメージは、世代によって大きく異なるはずです。
1990年代後半に投資の世界を見ていた方なら、「携帯電話販売の急成長企業」「24歳で上場した若き経営者・重田康光氏の会社」「時価総額3兆円を突破し、ITバブルを牽引した銘柄」というイメージをお持ちでしょう。あるいは、その後の2000年に起きた「架空契約問題」と20営業日連続ストップ安、株価が67分の1まで暴落した「光通信ショック」を覚えていらっしゃるかもしれません。
一方、2010年代後半以降に株式市場を見始めた方なら、「いつのまにかさまざまな上場企業の大株主に名を連ねている、得体のしれない会社」「300社以上に投資している事業会社」「15期連続増配を続けている異色の優良企業」というイメージを持っているかもしれません。
実は、この2つのイメージは、同じ会社の異なる時代の姿です。そして、ここに光通信という会社の真の凄みがあります。
2026年5月時点で、光通信の時価総額は約1兆7,000億円台、純投資の投資簿価は約7,600億円、時価は1兆2,500億円を超え、含み益は約4,900億円に達しています。上場持分法適用会社の数は33社、配当は2025年3月期で1株あたり724円(予想)、15期連続増配の見込みで、23期連続減配なしという株主還元実績を持っています。
しかも光通信の本社のホームページは、上場企業の中でも極めてシンプルです。広報的な装飾は一切なく、IR資料も淡々としています。経営陣もメディアにはほとんど登場しません。それでも、この会社は東証プライム上場企業の中でも、最も独特で、最も合理的で、そして最も日本的でない投資哲学を持つ企業の一つとして、知る人ぞ知る存在になっています。
本記事では、光通信の投資哲学を、一次情報を徹底的に参照しながら、できる限り平易な言葉で解説してまいります。光通信の決算説明会の書き起こしや公式IR資料、有価証券報告書を一次情報源として、創業者・重田康光氏の言葉、現経営陣のIRでの発言、そして同社の財務指標と数値を丁寧に紐解いていきます。
私はこの会社の投資哲学を、一言で「事業会社の皮をかぶった、日本版バークシャー・ハサウェイ」と呼びたいと思います。ただし、ウォーレン・バフェット氏のバークシャー・ハサウェイをそのまま日本に移植したのではなく、日本市場という特殊な環境、中小企業向けストック型ビジネスという独自の事業基盤、そして「光通信ショック」という壮絶な経験から導き出された、極めて日本的かつ実利的な投資哲学が、ここには存在しています。
なお、この記事を書くにあたって私の立場をお伝えしておきますと、私は実在の個人投資家としての投資体験を持つわけではありません。あくまで、光通信の公式IR資料、決算説明会の書き起こし、有価証券報告書、メディア報道などの一次・二次情報を徹底的に読み込み、分析した結果としての見解を述べてまいります。読者のみなさまにおかれては、その点を踏まえてお読みいただければ幸いです。
それでは、長い旅にお付き合いください。
第1章 光通信という会社の本質的な姿
1-1 「事業」と「純投資」の二本立て構造
光通信という会社を理解する出発点は、この会社が「事業会社」と「投資会社」のハイブリッドであるという点です。光通信公式サイトの企業情報には、事業の概要として大きく「事業」と「純投資」の2本立てで構成されていることが明示されています(出所:光通信公式サイト「事業・純投資」ページ、https://www.hikari.co.jp/business/)。
通常、事業会社は本業を中心に経営を行い、余剰資金は預金や債券、あるいは事業投資(M&A)で運用します。一方、投資会社は他社株式の保有による配当・売却益を主目的とし、自社では事業を行わないか、行っても投資ポートフォリオの管理に関わる範囲にとどまります。
光通信は、このどちらでもありません。中小企業や個人向けに「電気・ガス」「通信」「飲料(ウォーターサーバー・ビールサーバー)」「保険」「金融」「ソリューション」といった事業を実体として展開しており、2025年3月期の連結売上高は6,866億円に達する立派な事業会社です。同時に、純投資という枠組みで上場企業株式に約7,600億円を投資し、その時価は1兆2,500億円超に膨らんでいるのです。
つまり、光通信は事業会社として中小企業の現場で泥臭く営業活動を行いながら、同時に膨大な上場株式ポートフォリオを運用するという、極めて稀な経営スタイルを取っています。事業から生み出されるキャッシュフローを、株主還元と新規事業投資に振り向けつつ、余剰資金は上場株式の純投資へと回す。投資先からは配当を受け取り、それがまた純投資の元手として再投資される。この回転が、光通信の成長エンジンの中核を成しています。
1-2 何がストック型ビジネスなのか
光通信の事業を理解する上で欠かせないキーワードが「ストック利益」です。光通信が2026年3月期第1四半期決算説明会で開示している事業セグメントを見ると、次のような構成になっています。
電気・ガス事業では、低圧個人、低圧法人、高圧の3区分で電力・LPガスを販売しています。通信事業では、携帯電話、固定通信、付帯コンテンツ(広告ブロック、セキュリティ等)を扱います。飲料事業ではプレミアムウォーター(ウォーターサーバー)とDREAMBEER(ビールサーバー)を展開。保険事業では携帯端末向け少額短期保険、家財保険、損害保険を、金融事業では国内および海外(カンボジア・マレーシア)でのマイクロファイナンスや割賦販売を行います。ソリューション事業ではEPARKなど予約・販促プラットフォームを運営しています。
これらに共通する特徴は何でしょうか。それは、いずれも「契約が成立すると、その後継続的に月額あるいは利用量に応じた収入が積み上がる」という収益構造を持つ点です。例えば、電力契約を1件獲得すれば、その顧客が契約を継続する限り、毎月の電気料金収入が積み上がっていきます。ウォーターサーバーも、保険も、通信契約も同じ性質を持ちます。
光通信ではこれを「ストック利益」と呼び、経営の中核指標として位置付けています。同社の決算説明資料では、売上高そのものよりも「ストック利益」がいくら増えたかが最重要視されています(出所:光通信決算説明資料、2026年3月期第1四半期、https://www.hikari.co.jp/assets/pdf/ir/39th/)。
なぜストック利益が重要視されるかというと、これが将来の収益の予測可能性と安定性を保証するからです。フローのビジネス(1回限りの売り切り)は、毎期ゼロから売上を作り直さなければなりません。一方、ストック型のビジネスでは、過去に獲得した契約がそのまま今期の収益基盤となります。新規契約が積み上がれば、その分だけ収益基盤が分厚くなり、解約率を上回るペースで新規獲得を続けられれば、収益は自動的に増大していきます。
光通信が中小企業や個人向けに販売している商材は、いずれも生活や事業に必要不可欠なインフラ的サービスです。電気、通信、水、保険――これらは景気変動の影響を受けにくく、いったん契約が成立すれば顧客の解約意欲は比較的低いものです。光通信はこの「契約継続率の高さ」を最大限に活かす経営をしてきました。
1-3 中小企業営業チャネルというアセット
光通信のもう一つの本質的な強みは、「中小企業向けの訪問営業チャネル」というアセットを長年にわたって築き上げてきたことです。創業期からNTTタウンページに掲載された約530万社の企業情報をアタックリストとして、片端から電話をかけ、訪問営業で商品を販売するという、極めて泥臭い手法を組織的に磨き上げてきました(出所:The社史「光通信の歴史」、https://the-shashi.com/tse/9435/)。
このチャネルが本当に意味するのは、特定の商品を売るための仕組みではなく、「中小企業の決裁者に対面でアクセスできる権利」というアセットです。光通信はこのアセットの上に、時代に応じて売れる商材を次々と載せ替えてきました。創業当時はホームテレホン、その後は複写機、携帯電話、ウォーターサーバー、電力、保険――商材は変わっても、営業チャネルは生き続けます。
この「商材ローテーション可能な営業プラットフォーム」の経済価値は、外から見ると数値化しにくいのですが、実は光通信の経営の中核を成しています。新しいストック型商材を市場に投入する際、ゼロから販売チャネルを構築する必要がない。すでにある中小企業向けの営業組織に商材を載せるだけで、即座に契約が積み上がっていく。この「販売チャネルのレバレッジ」が、光通信の事業の異常な利益率と成長率を支えてきたのです。
1-4 余剰キャッシュの行き先としての純投資
事業から生み出される潤沢なキャッシュフローを、光通信はどのように使っているのでしょうか。同社の2024年8月15日の決算説明会で和田英明社長(当時)はこう述べています。「我々の余剰資金は純投資で運用しています」(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、https://www.hikari.co.jp/assets/pdf/ir/38th/1st_transcription.pdf)。
つまり、光通信は事業で生み出したキャッシュを、ただ預金で寝かせるのではなく、株式という「他社のビジネスの所有権」に変換して、長期的な複利成長を狙うという発想を取っているのです。
光通信における純投資は、本業の景気変動リスクを分散するためでもなく、短期的なトレーディング利益を狙うためでもありません。あくまで「事業会社として生み出したキャッシュを、最も利回りの高い場所に長期で配置する」という、極めて素朴かつ合理的な発想に基づいています。
そして、この「最も利回りの高い場所」を見極めるための独自指標が「Earnings Yield(持分営業利益÷投資簿価)」であり、その判定基準となるのが「ハードルレート」です。これらの概念については後の章で詳しく見ていきますが、まず押さえておきたいのは、光通信の純投資は「事業の延長線上にある資本配分の選択肢の一つ」として位置付けられているということです。
1-5 数字で見る現在の光通信
ここで、光通信の現在の規模を具体的な数字で確認しておきましょう。光通信の決算説明資料および公式IR資料から、2026年3月期第1四半期末(2025年6月末)時点の主要指標を抜き出します。
連結売上高は2025年3月期通期実績で6,866億円、連結純利益は約1,000億円規模に達しています。時価総額は約1兆7,000億円(2026年4月時点)、自己資本は約9,000億円規模(第1四半期末時点)、純投資の投資簿価は7,666億円、時価は1兆2,559億円、含み益は4,893億円となっています。持分営業利益(直近12ヶ月)は1,225億円、Earnings Yieldは15.9%(直近最高)、配当利回り(簿価ベース)は4.0%、上場持分法適用会社は33社にのぼります。配当は15期連続増配予想、23期連続減配なし、総還元性向(直近10年)は35%という水準です。
これらの数字を一見しただけでも、光通信が単なる中堅事業会社ではなく、極めて大規模な投資ポートフォリオを抱えた、独特の経営構造を持つ会社であることがお分かりいただけるはずです。
次の章では、この会社を作り上げた創業者・重田康光氏について、より深く見ていきましょう。
第2章 重田康光という人物――裸一貫から作り上げた経営哲学の原点
2-1 弁護士の子として生まれ、大学を中退するまで
光通信の創業者であり、現在も代表取締役会長兼CEOを務める重田康光氏は、1965年2月25日、東京都に生まれました。父親は弁護士、兄も弁護士という、知的職業の家庭環境で育っています。本人は東京都内の進学校・巣鴨高校を卒業しました。
ここから先の経歴が、いわゆる「日本のエリートコース」とは大きく異なります。重田氏は巣鴨高校卒業後、はり灸の専門学校に入学しますがすぐに退学し、その後日本大学経済学部に入学するものの、こちらもすぐに中退してしまいます(出所:Wikipedia「重田康光」、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E7%94%B0%E5%BA%B7%E5%85%89)。
23歳までの数年間、重田氏はアルバイト生活を送ります。電話加入権を販売する企業を経て、1988年2月、23歳の若さで株式会社光通信を東京都豊島区に設立しました。資本金は100万円、業務目的は「OA機器、オフィス電話等の販売およびリース業」とされました。
ここで注目したいのは、重田氏が「学歴のエリートコース」を歩まなかったことが、後の光通信の経営哲学に大きな影響を与えているという点です。MBAで教えられるような戦略フレームワークではなく、現場の泥臭い積み上げから出発した経営観が、光通信の独特の合理主義を形作っています。
2-2 NTT民営化という時代背景――ゼロ円の参入障壁の市場
重田氏が創業した1988年は、日本の通信業界にとって極めて重要な転換点の直後でした。1985年4月にNTT(当時は日本電信電話公社)が民営化され、通信市場が自由化されたばかりの時期です。第二電電(DDI、現KDDI)、日本テレコム、日本高速通信といった新電電3社が市場に参入し、激しい競争が始まっていました。
新電電各社は、自前の販売網を一から構築する余裕はありませんでした。そこで、外部の代理店に販売チャネルを全面依存する業界構造が出来上がりました。キャリアと顧客の間に立つ「販売代理業」という事業機会が、雨後の筍のように生まれていたのです。
重田氏はこの機会を逃しませんでした。創業からわずか半年後の1988年8月、第二電電(DDI)と代理店契約を締結し、長距離電話サービスの取次ぎへと事業領域を広げます。当初はホームテレホン(家庭向けビジネスフォン)の訪問販売から始まり、徐々に商材を拡大していきました。
1990年からは複写機やFAX、ビジネス電話などのOA機器の訪問販売へと業容を広げ、シャープ製品を中心に取り扱いました。当時の事務機市場では、リコー、キヤノン、富士ゼロックスといった大手が圧倒的に強く、シャープは下位に甘んじていました。シャープの直販網が弱かった中小企業市場は、光通信のような独立系の代理店にとっては絶好の開拓フィールドでした。
ここで重田氏が編み出した「裏技」とも言える戦略が、NTT発行の電話帳「タウンページ」を営業リストとして組織的に活用することでした。タウンページには全国の約530万社の中小企業の情報が掲載されており、これは誰でも入手できる公開情報です。参入障壁はゼロです。
しかし、誰でも見られるはずのこの情報を、片端から電話をかけて訪問の約束を取り付け、対面で商品を売るという形で組織的に活用していた企業は、ほぼ存在しませんでした。光通信は、誰もが見ているのに誰も手を付けない市場を、独占的に開拓していくことになります(出所:The社史「光通信の歴史」、https://the-shashi.com/tse/9435/)。
2-3 HITSHOPの急成長と時価総額3兆円――ITバブルの寵児
1993年後半、NTTやDDIが携帯電話を従来のレンタル方式から売り切り方式へと転換します。これにより、それまで保証金10万円が必要だった携帯電話加入が、一般消費者層にも手の届くものになりました。光通信は1994年5月、携帯電話専門販売店「HITSHOP」の第一号店を出店し、携帯電話の販売代理業へと進出します。
当初は直営店中心で展開していたHITSHOPは、1998年3月にFC(フランチャイズ)方式へと方針転換します。FCオーナーが出店費用を負担し、光通信が手数料を収受する仕組みで、自社の資本負担を抑えつつ加盟店数を積み上げていく戦略がはまりました。1999年8月期末には、HITSHOPは全国1816店舗にまで拡大します。
この急成長を背景に、1996年2月、重田氏は史上最年少の31歳で光通信の株式を店頭公開しました。さらに1999年9月には、当時史上最年少の34歳で東京証券取引所第一部に上場を果たします。
時期はちょうど、世界中を席巻していたITバブルの真っ盛りでした。「通信×ITの成長企業」という位置づけは、当時の株式市場の期待を集めるのに十分すぎる肩書きでした。社員の平均年齢は26歳という若く活気あふれる組織文化、急成長を続ける携帯電話販売チャネル――光通信の時価総額は一時3兆円を突破しました。
1999年、米国経済誌『フォーブス』は、重田康光氏を「個人資産250億ドル(約2兆6,000億円)を持つ世界第5位の富豪」として紹介しました(出所:Wikipedia「重田康光」)。これは、当時の日本人個人としては、ソフトバンクの孫正義氏らと並ぶ、極めて異例の評価でした。
同じく1999年5月31日、重田氏はソフトバンク株式会社の社外取締役に就任しています。日本のIT業界の象徴的存在となった瞬間です。
2-4 光通信ショック――2000年の暴落と倒産危機
しかし、株価が最高値を更新した直後の2000年3月、運命を変える出来事が起きます。月刊『文藝春秋』2000年4月号が、光通信の携帯電話販売における「寝かせ」と呼ばれる架空契約の実態を報道したのです。
「寝かせ」とは、HITSHOPのFC店舗の現場で広く行われていた不正行為です。携帯電話キャリアから支払われる新規契約インセンティブを得るため、実際の利用者が存在しない契約を計上する手法でした。FCオーナーがノルマ未達でFC契約解除を恐れ、端末代と通信料を自腹で立て替え、半年から1年「寝かせた」あとに解約することで、本部に対するノルマ計上だけは満たすという構図です。
この報道の2週間後、光通信は中間決算で、従来予想の60億円の黒字から130億円の赤字へと業績が転落することを発表します。最高値24万円だった株価は、3,600円台にまで暴落しました。なんと、最高値の67分の1の水準です。20営業日連続のストップ安を記録し、光通信は倒産寸前にまで追い込まれました(出所:JBpress「長者番付の常連『光通信』重田康光が新たな投資会社」、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61736)。
この一連の事件は「光通信ショック」と呼ばれ、後にネットバブル崩壊の引き金として繰り返し語られる歴史的事件となります。
2000年8月期、光通信は架空契約問題に伴う685億円の特別損失を計上しました。その内訳は、立退料515億円、投資損失引当金繰入額103億円、その他67億円というものでした。店舗閉鎖の立退料が全体の約75%を占め、HITSHOP網の大規模縮小が損失の主因となっています。
光通信が破綻を免れた最大の要因は、皮肉なことに、バブル期に取得していたソフトバンク株の存在でした。同株の売却益800億円を計上することで、特別損失685億円を相殺し、2000年8月期に50.7億円の最終黒字をかろうじて確保したのです。
ネットバブルで膨張した企業を、ネットバブルのもう一つの産物が救うという、何とも皮肉な構図でした。重田氏自身も、100億円の私財を投じて会社の再建に注力したと報じられています。
2-5 創業期の原点回帰――地味な事業への意識的なシフト
倒産危機を脱した光通信は、ここから極めて重要な戦略転換を行います。重田氏は、創業期に確立した法人向け訪問販売のモデルへと事業を回帰させる決断を下します。華やかだった携帯電話小売事業から3年かけて段階的に撤退し、当時のスター事業から創業期の地味な事業へと舵を切り直しました。
具体的には、HITSHOPの2,600店規模を最終的に394店にまで縮小し、携帯電話販売事業から撤退して、経営資源を中小企業向けの法人営業に集中する体制へと切り替えていきます。創業期の原点である法人向けOA機器の訪問販売に回帰する中で、光通信は複写機というストック型ビジネスの本質的な価値を再発見します。
複写機は、販売時の手数料に加えて、コピー使用量に応じたストック収入が積み上がる収益構造を持っています。売り切りの携帯電話とは異なる、息の長い収益モデルで、契約一件ごとの粗利を時間軸で確保できる商材だったのです。
2003年には年間1,500名の営業職を新規採用し、「未経験者歓迎」「固定給26万円以上+歩合制」というわかりやすい条件で営業人員を確保していきます。年間1,000名以上が離職するという、過酷な人材回転構造も並行して定着していきましたが、この大量採用と高い離職率を前提とした営業モデルが、光通信の組織文化となっていきました。
午前中にテレアポで見込み客を開拓し、午後に1日5〜6軒の訪問営業で中小企業にコピー機を売る。MBAが説くようなブランド戦略でもテクノロジーでもない、極めて泥臭い積み上げが、光通信の独自の経営モデルとなり、2004年8月期の最終黒字転換へとつながりました。
2-6 表舞台から消えた重田康光――「黒子に徹する」という選択
注目すべきは、ここから後の重田康光氏の姿勢です。1999年から2000年にかけて、テレビや雑誌、新聞などのメディアに頻繁に登場し、IT業界の象徴的存在として扱われていた重田氏は、光通信ショックを契機に、徐々にメディアの表舞台から姿を消していきます。
2014年3月時点では代表取締役会長として光通信株式の7.34%(350万株)を保有していましたが、その後株式分割等の影響もあり、2025年3月時点での保有割合は約2.711%(1,198,000株)となっています(出所:IRBANK「光通信の役員一覧 – 重田康光」、https://irbank.net/E04948/officer?m=%E9%87%8D%E7%94%B0%E5%BA%B7%E5%85%89)。
重田氏は現在も光通信の代表取締役会長兼CEOを務めていますが、IR資料の前面に出ることはほとんどなく、決算説明会では社長や財務担当役員が登壇する形を取っています。
「フォーブス日本長者番付」によれば、2020年時点で重田氏の個人資産は5,030億円、日本国内で7位にランクインしています。同氏は親譲りの資産や事業、あるいは特別な高学歴を持たない、まさに裸一貫から日本を代表する富豪にまで上り詰めたサクセスストーリーの体現者です。
しかし重田氏は、ソフトバンクの孫正義氏やファーストリテイリングの柳井正氏のように、メディアの前面に出ることをしません。光通信のホームページは上場企業の中でも極めてシンプルで、創業者の顔写真もメッセージもほとんど掲載されていません。
この「黒子に徹する」姿勢こそが、光通信ショックという壮絶な経験から重田氏が学んだ最大の教訓ではないかと、私は考えています。市場の熱狂に乗って自社を過剰評価させてしまった結果、実態との乖離が暴かれた瞬間に、その熱狂のしっぺ返しが何倍にもなって返ってきた――この経験から、「市場の評価ではなく、実体としての収益基盤の積み上げ」を経営の中心に据える、という哲学が形成されていったように思われます。
2-7 重田哲学の3つの核心
重田康光氏の経営哲学を、私なりに3つのキーワードに整理してみますと、次のようになります。
第一に、泥臭い積み上げの絶対視。派手な戦略やテクノロジー、ブランドではなく、訪問営業の件数、契約の積み上げ、ストック収益の地道な拡大こそが企業価値の源泉である、という発想です。
第二に、流行と熱狂への警戒。市場の熱狂や流行に乗ることのリスクを、光通信ショックという形で身をもって経験している。そのため、「ハードルレート」という規律を設けて、いかなる時も投資判断の冷静さを保つ、という姿勢です。
第三に、資本効率への異常なこだわり。シェア拡大や売上拡大そのものを目的化せず、投下した資本に対するリターン(利回り)を最重要視する、という基本姿勢です。
この3つの哲学が、後に光通信の純投資哲学へと結晶化していくことになります。次の章では、光通信ショックから何が学ばれたのか、より深く見ていきましょう。
第3章 光通信ショックから何が学ばれたのか――失敗が教えた経営の規律
3-1 「自社が過大評価されることの恐ろしさ」を体感した会社
世の中の多くの企業経営者にとって、自社の株価が高く評価されることは喜ばしいことです。経営者の保有株式の含み益が増え、社員のストックオプションも値上がりし、資本コストも下がります。新規事業への投資もやりやすくなり、買収による事業拡大もスムーズに進むようになります。
しかし、光通信は2000年に「自社が過大評価されることの恐ろしさ」を、極めて手痛い形で体感しました。時価総額3兆円という評価は、当時のHITSHOPの実態からすれば、明らかに過剰なものでした。FC店舗網の急拡大による契約数の積み上げは、実は架空契約という形で実態を膨らませており、いずれ崩壊する運命にあったのです。
時価総額3兆円の企業が、わずか数ヶ月で時価総額450億円程度(67分の1)まで落ちる――この経験は、おそらく経営者と従業員にとって、二度と忘れることのできない教訓となりました。
光通信ショック後、同社の経営姿勢には、市場の熱狂に対する強い警戒心が一貫して見られます。光通信は、自社の株価がどれだけ低く評価されていても、決して大々的なIR広告や派手なメディア露出に走りません。「業績で評価されるべきであって、PR活動で株価を釣り上げるべきではない」という姿勢が、徹底されているように見えます。
2024年8月の決算説明会で和田英明社長は、自社株価が同社の評価する適正株価の半分程度であることに言及しつつ、「IRの強化と、圧倒的な業績を中長期的に出し続けることだけだと思っています」と述べています(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
つまり、光通信が現在強調しているIR強化は、自社株価をPRで釣り上げるためではなく、「実態の業績や財務指標を、より正確に投資家に理解してもらうための説明責任」として位置づけられています。これは、光通信ショック時に「実態以上に評価されている」状況が、いかに脆弱なものだったかを経営陣が痛感していることの表れだと、私は分析しています。
3-2 「3年分の有利子負債を手元現金で持つ」という財務規律
光通信ショックから生まれたもう一つの重要な経営規律が、「3年以内に返済期限が来る有利子負債残高と同等以上の手元現金を常に持つ」という財務方針です。
2024年8月の決算説明会では、財務担当役員が次のように説明しています。「手元現金が債券も合わせて6,000億あり、3年以内の有利子負債残高が4,000億円くらいあり、この差分が株式投資に回せる資金になっています」(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
つまり、光通信は手元の現金等価物が、3年以内に返済しなければならない借入金を常に上回るような状態を維持しているのです。これは、たとえ業績が一時的に大きく悪化しても、3年間は外部からの借入に頼らずに既存債務を返済できる、ということを意味します。
なぜこの規律が重要なのでしょうか。光通信ショックの際、同社は有利子負債が2,308億円にまで膨らんでいました。架空契約問題で業績が急悪化し、ソフトバンク株の売却益という偶発的な要因で何とか黒字を確保できなければ、債務の返済に窮していた可能性があります。
この経験から、「市場環境がどれだけ悪化しても、自力で耐えられる財務体力を持つこと」が、経営の絶対条件として組み込まれたのだと考えられます。同社は2000年3月末に2,308億円あった有利子負債を、3年で373億円にまで圧縮しました。これは並大抵の財務改善ではありません。
そして、この財務規律は、純投資の意思決定にも直接影響しています。光通信が株式に投資できるのは、「手元現金から3年以内の返済予定債務を差し引いた残額」の範囲内です。市場が暴落して絶好の投資機会が訪れたとしても、財務余力を超えて投資することはありません。これが「無理をしない」という経営姿勢の数値的な裏付けとなっています。
3-3 「シェア拡大を目的にしない」というハードルレート重視の判断軸
光通信ショックから生まれた第三の経営規律が、「ハードルレート重視」という判断軸です。
ハードルレートとは、新規投資(新規事業、M&A、純投資、顧客獲得コスト投下など)を実行するか否かを判断する際の、最低限求める利回りの基準値です。光通信は、このハードルレートを下回るような投資は、いかなる戦略的意図があっても行わない、という方針を取っています。
2025年8月14日の決算説明会で、財務担当役員兼M&A本部長の杉田将夫氏は、こう述べています。「当社ではシェア拡大や売上成長といった目標を掲げてはいませんが、明確なハードルレートを設けており、その範囲内で投資可能な限りコストを投下する方針をとっています」(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、https://www.hikari.co.jp/assets/pdf/ir/39th/1st_transcription.pdf)。
これは、日本の多くの上場企業の経営方針とは、根本的に異なる発想です。一般に、日本の事業会社の経営者は「売上高XX億円達成」「市場シェア拡大」「業界第何位を目指す」といった目標を掲げます。投資家もそれを期待します。しかし光通信は、「シェアを取るために、利回りを犠牲にすることはしない」という立場を明確にしています。
なぜか。光通信ショックの教訓から考えれば、答えは明らかです。HITSHOP急拡大期、光通信は「店舗数1,816店」「契約数YY万件」といった派手な拡大数字を追いかけました。その結果、現場では架空契約という形で数字の水増しが起き、最終的に経営の根幹を揺るがす事態になりました。
「拡大を目的化すると、必ず規律が緩む」――この教訓を、光通信は組織のDNAに刻み込んだのです。今や同社は、新規顧客獲得コストの投下、M&A、純投資、いずれの場面でも「期待リターンがハードルレートを超えるか否か」だけを判断基準にしています。
3-4 「150社超の小規模子会社」という分散ストラクチャー
光通信の経営構造の特徴として、もう一つ注目すべきは、「150社を超える小規模子会社群に事業を分散している」という点です(出所:The社史、前掲)。
通常の事業会社であれば、似たような事業はできるだけ統合して、規模の経済とコストシナジーを追求します。しかし光通信は、敢えて事業を細かく分けて、それぞれを独立した会社として運営しています。
このストラクチャーの背景にも、光通信ショックの教訓があるように見えます。一つの巨大組織で、現場の管理が経営陣の目の届かないところで暴走すれば、HITSHOPの架空契約問題のような事態が再発しかねません。事業を細分化し、それぞれの会社に独立した経営責任を持たせることで、現場の当事者意識を高めると同時に、リスクの分散と早期発見を可能にしているのです。
また、この分散ストラクチャーは、「事業の取捨選択を機動的に行える」というメリットももたらします。利回りが落ちてきた事業や、市場環境が悪化した事業は、子会社単位で売却や統合、撤退の判断ができます。光通信は2023年に上場子会社のティーガイア(携帯ショップ運営)をベインキャピタルに売却したり、プレミアムウォーターホールディングス内の携帯電話販売部門を売却したりと、機動的なポートフォリオの入れ替えを行っています。
3-5 「事業の本質」を見抜く目を養うきっかけになった
光通信ショックを別の角度から見ると、この事件は重田康光氏に「事業の本質を見抜く目」を養うきっかけを与えたとも言えます。
HITSHOPの携帯電話販売事業は、表面的には極めて魅力的なビジネスでした。販売台数が急増し、契約に伴うインセンティブが大量に入ってきます。FC方式により、自社の投下資本を抑えながら店舗数を拡大できる。市場は急成長中で、追い風が吹いている――。
しかしその実態は、「キャリアからのインセンティブに依存した、極めて不安定な収益構造」でした。キャリアがインセンティブ単価を引き下げれば、すぐに収益基盤が崩れます。FC加盟店は厳しいノルマに追われ、不正の温床となりやすい構造でした。1件あたりの収益は、契約成立時に一回限り発生するだけで、その後の継続的な収入はわずかでした。
これに対し、その後光通信が回帰した複写機販売事業は、地味ですがはるかに安定的な構造を持っていました。1台売れば、その後数年にわたってカウンター料金(コピー使用量に応じた課金)が発生します。1件あたりの収益は小さくとも、長期間にわたって積み上がるストック型の収益が、極めて安定した収益基盤を提供してくれました。
この経験から、光通信は「派手で急成長するが、構造的に脆弱なビジネス」と「地味で成長率は穏やかだが、構造的に強靭なビジネス」を見分ける目を、組織として養ってきました。これが、後の純投資においても「ストック型ビジネスを持つ企業」「財務基盤が強固な企業」を選別する目利き力につながっているのです。
3-6 失敗を組織の財産に変える――光通信の知恵
多くの企業は、大きな失敗を経験するとそれをタブー視し、組織の中から「無かったこと」にしようとします。しかし光通信は、光通信ショックという壮絶な失敗を、経営哲学の出発点として明示的に位置づけています。
公式のIR資料でも、創業以来30年間のTSR(株主総利回り)を最初のページに掲載しているのは、ある意味で光通信ショック期の壮絶な株価下落を含む全体像を、隠さずに開示する姿勢の表れです(出所:NewsPicks「【異色の集団】あの『光通信』が投資会社になっていた」、https://newspicks.com/news/14449863/body/)。失敗を覆い隠すのではなく、失敗から学んだ教訓を経営の規律に組み込み、その規律を一貫して維持する――これこそが、光通信の独自性の源泉です。
次の章では、この失敗の経験から生まれた「ストック利益」という概念を、より詳しく見ていきましょう。
第4章 ストック利益という発明――フローの世界からの脱出
4-1 フロー型ビジネスとストック型ビジネスの構造的な違い
「ストック利益」という言葉は、光通信のIR資料で最も頻繁に登場するキーワードです。同社の経営は、この概念を中心に組み立てられていると言っても過言ではありません。
ここで改めて、フロー型ビジネスとストック型ビジネスの構造的な違いを確認しておきましょう。
フロー型ビジネスは、商品やサービスを1回売り切るタイプのビジネスです。家電量販店、自動車販売、不動産販売、レストラン、コンビニ――これらはいずれもフロー型です。1回の取引が完結すると、その後の継続的な収入は基本的に発生しません。来期の売上を作るためには、来期も新しい顧客を獲得するか、既存顧客にもう一度購入してもらう必要があります。
ストック型ビジネスは、いったん契約が成立すると、その後継続的に月額あるいは利用量に応じた収入が発生するビジネスです。電力会社、通信キャリア、保険会社、サブスクリプションサービス(Netflix、Amazon Primeなど)、賃貸不動産、SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)――これらはいずれもストック型です。新規契約獲得を止めても、既存契約からの収入は続きます。
ビジネスとしての安定性、予測可能性、そして長期的な企業価値の積み上がりやすさという観点では、ストック型ビジネスがフロー型ビジネスに対して圧倒的に有利です。これは、ファイナンス理論の観点からも説明できます。将来のキャッシュフローの予測可能性が高いほど、割引率(リスクプレミアム)が低くなり、企業価値は高く評価されます。
4-2 光通信が複写機事業で発見した「ストックの威力」
光通信が「ストック利益」の威力を本当に理解したのは、光通信ショック後の複写機販売事業への原点回帰の中でのことでした。
複写機は、販売時の本体価格に加えて、「カウンター料金」と呼ばれる従量課金が発生します。コピーを1枚使うごとに数円〜十数円の料金が発生し、これがリース料と合わせて毎月の安定的な収入となります。1台あたりの月額収入は数千円〜数万円程度ですが、これが何百台、何千台と積み上がれば、極めて大きな収益基盤になります。
しかも、複写機はオフィスにとって必要不可欠な機器であり、いったん設置されると数年〜十年単位で使い続けられます。途中で別のメーカーに乗り換えるのは、コストも手間もかかるため、解約率は比較的低くなります。
光通信の決算説明会で、何度も強調されているのが「ストック利益の積み上がり」です。2024年8月の説明会では、和田英明社長が「自社商材のストック利益は約11%、営業利益は約10%」の5期平均成長率で伸びていることを示し、ストック利益の成長こそが企業価値の本質であると強調しています(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
4-3 商材は変わってもストックの哲学は変わらない
2010年代に入ると、オフィスのデジタル化が進み、複写機の需要は低迷を始めます。しかし光通信は、複写機事業からの撤退ではなく、「中小企業向け営業のプラットフォームを維持しつつ、販売品目を拡大する」という戦略を取りました。
2014年にはウォーターサーバー宅配事業に参入し、ウォーターダイレクト(プレミアムウォーターホールディングス)を子会社化します。ウォーターサーバーは、機器を貸与する代わりに毎月の水代金が発生する、典型的なストック型ビジネスです。
2015年には、2016年の電力小売完全自由化を見越して、電力小売事業を立ち上げます。電力契約も、いったん獲得すれば毎月の電気料金収入が継続的に発生する、極めて安定的なストック型ビジネスです。
同じ時期には、スマートフォン端末向けの少額短期保険事業にも進出します。保険契約も、毎月の保険料収入が継続的に発生するストック型ビジネスです。
その後も、LPガス事業、ビールサーバー事業(DREAMBEER)、損害保険事業(2022年に免許取得)、海外マイクロファイナンス事業(カンボジア、マレーシア)など、次々と新しいストック型商材を立ち上げていきます。
ここで重要なのは、これらの新規事業がいずれも「中小企業向け訪問営業チャネル」あるいは「個人向け販売チャネル(ウェブ含む)」というアセットの上に載っているという点です。商材は時代に応じて変わりますが、販売チャネルというアセットは生き続け、その上に新しいストック型商材を載せ替え続けることで、収益基盤を継続的に強化していくのです。
4-4 ストック利益の経営的な意味――予測可能性と複利成長
ストック利益が経営的に重要なのは、次の3つの理由からです。
第一に、予測可能性が高いということです。来期、再来期のストック収入は、既存契約数×解約率×料金単価という形で、相当に正確に予測できます。これは、来期の売上が新規受注次第というフロー型ビジネスとは対照的です。経営の意思決定が安定し、長期的な事業計画も立てやすくなります。
第二に、複利的な成長が可能ということです。例えば、毎期の解約率が10%で、新規獲得件数が既存契約数の20%だとしましょう。この場合、契約数は毎期約10%ずつ純増していきます。10年経つと、契約数は約2.6倍になります。これがストック型ビジネスにおける複利成長のメカニズムです。
光通信のストック利益は、2020年3月期から2025年3月期にかけて、5期平均で約10〜11%の成長率を維持してきました。これは、上記のような複利成長メカニズムが、実際に機能していることを示しています。
第三に、不況耐性が高いということです。電気、水、通信、保険といった生活インフラ的なストック商材は、景気変動の影響を受けにくいものです。リーマンショック級の経済危機が来ても、人々は電気を使うのを止めません。これが、ストック型ビジネスの「ディフェンシブ性」の根拠です。
4-5 「ストック利益=獲得コスト÷利回り」という単純な等式
光通信のストック型ビジネスを、極めてシンプルな等式で表現すると、次のようになります。
ストック利益 = 顧客獲得コスト × 顧客生涯価値 ÷ 顧客獲得コスト = 顧客生涯価値の純増
もう少し具体的に言えば、1人の顧客を獲得するために投下するコスト(広告費、営業人件費、代理店手数料など)が仮に5万円だとして、その顧客が契約継続中に光通信にもたらす総利益(顧客生涯価値、LTV)が25万円だとすれば、ROI(投資利益率)は5倍です。
光通信は、このROIが「ハードルレート」を超える範囲でしか、顧客獲得コストを投下しません。逆に言えば、ROIがハードルレートを超える限り、可能な限り多くのコストを投下します。
2026年3月期第1四半期決算説明会では、財務担当役員が次のように述べています。「電力事業で長期プランを販売する場合、将来的に十分な収益が確保できるという前提があるため、従来よりも高いコストをかけることができます。これは競争激化によるコスト上昇ではなく、将来収益を踏まえた合理的な判断であり、当社の方針としては利回りを犠牲にするような獲得は行っていないという点をご理解いただければと思います」(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
ここに、光通信の経営の核心が表れています。顧客獲得コストの増加は、それ自体は悪いことではない。問題なのは、「ハードルレートを下回る形で獲得コストを投下すること」だけ。ハードルレートを超えるのであれば、コストはむしろ積極的に投下すべきだ、という発想です。
これは、シェア拡大や売上成長を目的化する一般的な事業会社の発想とは、根本的に異なるものです。光通信は、あくまで「投下する資本に対する利回り」を絶対的な判断基準にしています。
4-6 ストック利益の積み上げが企業価値の本質
光通信は、自社の企業価値を判断する際にも、ストック利益を中心に据えています。営業利益、純利益、EPS(1株当たり利益)といった一般的な指標も重要視されていますが、それらの根底にあるのが「ストック利益の積み上がり」であるという認識が、IR資料の随所に表れています。
例えば、2026年3月期第1四半期決算説明会では、財務担当役員兼M&A本部長の杉田将夫氏が次のように述べています。「営業利益の伸びだけでなく、一株当たり純資産(BPS)がどの程度伸びているかをご覧いただくことが、現状を正しく評価いただく上で重要だと考えています」(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
つまり、光通信は短期的なPL(損益計算書)の数字だけでなく、BS(貸借対照表)の積み上がり、すなわち純資産の増加こそが、長期的な企業価値の指標だと考えているのです。そして、その純資産の増加の源泉は、ストック利益の積み上げと、純投資による含み益の増加にあります。
これは、ウォーレン・バフェット氏が長年強調してきた「会計上の利益よりも、簿価(book value)の成長を見よ」という考え方と、極めて近いものです。バフェット氏は、バークシャー・ハサウェイの年次株主への手紙で、毎年BPS(1株当たり純資産)の成長率を最初に示してきました(後年は時価ベースの指標も追加していますが)。光通信も、BPSの長期的な複利成長を、企業価値の本質的な指標として位置づけているのです。
4-7 「ストック」とは哲学である
最後に、光通信が「ストック」という言葉に込めている意味について、より深く考えてみたいと思います。
2026年3月期第1四半期決算説明会では、興味深いやり取りがあります。投資家からの「純投資の投資先の選び方の方針や考え方について」の質問に対し、財務担当役員兼M&A本部長の杉田氏は次のように答えています。「純投資につきましては、開示している内容から変更はございません。我々が何をストックと呼ぶかについては哲学的な側面もありますが、ストック性を備え、安定的に売上や利益を生み出す企業で、その株式が割安に市場で取引されている場合に、純投資としての利益機会があると考え、投資を行っています」(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
「ストックの定義は哲学的」という言い方は、極めて示唆的です。光通信にとって「ストック」とは、単に「継続的に収入が発生するビジネスモデル」という機能的な定義ではなく、「光通信の経営陣が深く理解できる、安定的な事業構造」という、もっと広く、もっと深い意味を持っているのです。
杉田氏は続けて、「我々がストックと呼んでいるものは当然、我々自身が理解可能である必要があります。仮に他者から見ればストックがあるように見える場合でも、我々が理解できないものには投資いたしません」と述べています。
ここに、光通信の投資哲学のもう一つの核心が表れています。それは「自分が理解できないものには投資しない」というバフェット流のサークル・オブ・コンピタンス(能力の輪)の原則です。次の章では、この純投資の哲学を、より詳しく掘り下げていきましょう。
第5章 純投資の哲学――5つの基本原則
5-1 公式に掲げられた5つの基本原則
光通信は、自社の純投資の方針を、公式サイトの「純投資概要」ページで明示的に公開しています(出所:光通信公式サイト「純投資概要」、https://www.hikari.co.jp/net_investment/)。これは、上場企業のIR開示としては極めて異例の透明性です。
そこに掲げられた基本原則は、次の通りです。
「株式を買うということは、その会社のビジネスを一部保有すること」という考えに基づき、投資先企業と良好な関係の構築を目指しながら、長期間保有することを原則としています。銘柄選定は①安定した事業を行う、②財務基盤が強固な優良企業を、③割安な価格で取得することを意識しております。
短い文章ですが、ここには光通信の純投資哲学のすべてが凝縮されています。一つひとつ、その意味を掘り下げていきましょう。
5-2 原則1:株式を「ビジネスの一部所有権」として捉える
「株式を買うということは、その会社のビジネスを一部保有すること」という言葉は、ウォーレン・バフェット氏が長年強調してきた投資哲学の根本原則そのものです。バフェット氏の師、ベンジャミン・グレアム氏が著書『賢明なる投資家』の中で繰り返し説いた考え方でもあります。
多くの株式投資家は、株式を「価格が動く金融商品」として捉えています。短期的な値動きに一喜一憂し、テクニカル分析やトレンドに基づいて売買のタイミングを計ります。チャート、出来高、移動平均線、ボラティリティ――こうした技術的指標を駆使することが、株式投資の主流のスタイルとなっています。
これに対し光通信は、株式を「ビジネスそのものの所有権の一部」として捉えています。例えば、ある上場企業の発行済み株式の1%を保有しているということは、その企業のビジネスの1%を所有しているということです。その企業が年間100億円の営業利益を上げているならば、自社の持分営業利益は1億円ということになります。
2024年8月の決算説明会で、和田英明社長は次のように説明しています。「投資先の株式を、たとえ1%でも所有していれば、その会社の生み出す利益、それが内部留保されるか、配当されるかは別として、我々が所有しているということを表現しているだけで、本質的な表現だと思っています」(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
これは、現在の会計基準で20%超の保有比率があれば持分法を適用し、20%以下であれば適用しないという技術的な区別を超えて、「保有比率の大小にかかわらず、所有しているのは事実だ」という本質的な立場です。
この立場を取ると、株式投資の判断基準が根本的に変わります。「この株は来週、来月、来年いくらになるか」ではなく、「この企業のビジネスは、向こう10年、20年、どれだけの利益を生み出すか」という長期的な視点に変わります。短期的な株価の変動は、企業の本質的価値とは関係のないノイズとして扱われるようになります。
5-3 原則2:「期限なし」の長期保有
光通信の純投資は、「期限なし」を原則としています。ファンドのように「○年で利益を確定して償還する」という期限はありません。投資先のビジネスが順調であり、ストックが伸び続けている限り、何年でも、何十年でも保有し続けます。
これは、バフェット氏の有名な言葉「私たちの好きな保有期間は永遠です(Our favorite holding period is forever)」と同じ発想です。実際、バークシャー・ハサウェイはコカ・コーラ株を1988年から、ジレット(現P&G)株を1989年から、アメリカン・エキスプレス株を1990年代から、何十年にもわたって保有し続けています。
光通信公式サイトの「一般的なファンドとの違い」の比較表でも、「投資期間:当社=期限なし、無期限で付き合いたい企業を部分的に所有する」と明記されています(出所:光通信公式サイト「純投資概要」、前掲)。
長期保有を原則とすることには、いくつかの重要なメリットがあります。
第一に、複利の力を最大限に活用できることです。優れた企業は、内部留保した利益を再投資することで、年々利益を増やしていきます。配当を受け取っても、その配当をまた別の投資に回せば、複利的に資産が増えていきます。短期売買では、この複利の力をフルに享受することができません。
第二に、税金と取引コストを最小化できることです。日本では株式の売却益に約20%の税金がかかります。何度も売買を繰り返すと、その都度税金と手数料が発生し、複利成長を大きく妨げます。長期保有していれば、含み益のまま税金が繰り延べられ、その間も時価が成長を続けます。
第三に、市場のノイズに影響されにくくなることです。短期的には、優良企業の株価も日々大きく変動します。しかし長期で見れば、株価は企業の業績に収斂していきます。長期保有することで、短期のノイズを無視し、本質的な企業価値の成長に集中できます。
5-4 原則3:「保有比率の上限なし」というスタンス
光通信公式サイトの比較表では、「保有比率の上限:当社=なし、事業会社として連結子会社として運営することもできる」と記されています(出所:光通信公式サイト「純投資概要」、前掲)。
これは、一般的なファンドとは大きく異なる点です。投資信託や年金基金などの機関投資家は、リスク分散や規制の観点から、1銘柄あたりの保有比率に上限を設けています。例えば、株式投信では1銘柄あたり10%を超える保有はできないというルールが一般的です。
しかし光通信は事業会社であるため、そうした規制は適用されません。気に入った投資先に対しては、20%、30%、さらには50%超まで持分を増やしていくことが可能です。実際、保有比率を増やしていった結果、最終的に子会社化(連結子会社化)するケースもあります。
例えば、光通信は2014年12月にウェブクルー社を、2015年2月にウォーターダイレクト(プレミアムウォーターホールディングス)を、それぞれ子会社化しています。これらは当初は投資から始まったケースもあれば、最初からM&Aとして取り組んだケースもありますが、いずれにせよ「保有比率を上げて経営に深く関与する」という選択肢が常に開かれているのです。
2026年3月期第1四半期決算説明会で、財務担当役員兼M&A本部長の杉田氏は、次のように述べています。「我々の基本姿勢として、子会社化したいと思えない企業には投資を行わない、という前提があると考えています」(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
つまり、光通信が純投資の対象として選ぶ企業は、「将来的に子会社化してもよい」と思える品質の企業だけだ、ということです。これは、投資先選定における極めて厳しい質的基準と言えます。
5-5 原則4:「流動性は問わない」というスタンス
光通信公式サイトの比較表には、「株式の流動性:当社=問わない、流動性が低くても投資できる」とあります(出所:光通信公式サイト「純投資概要」、前掲)。
機関投資家は通常、株式の流動性(売買のしやすさ)を重視します。流動性が低い銘柄は、買いたい時に十分な数量を買えなかったり、売りたい時に売れなかったりするリスクがあるからです。また、ファンドの設定・解約に対応するためには、ある程度の流動性が必要です。
しかし光通信は、「期限なしの長期保有」を前提としているため、流動性を売買の前提として重視する必要がありません。むしろ、流動性が低くて機関投資家が敬遠する銘柄は、その分だけ割安に評価されている可能性が高く、絶好の投資機会になりうるのです。
これは、バフェット氏が長年取ってきた戦略とも一致します。バフェット氏は、市場全体が見落としている、地味で流動性の低い優良企業を、長年にわたって発掘し続けてきました。光通信も同様の戦略を取っているのです。
5-6 原則5:「主要評価指標は時価ではなくEY」
光通信公式サイトの比較表で、最も重要なのが「主要評価指標:当社=EY、株価の変動(時価)に影響を受けない」という記述です(出所:光通信公式サイト「純投資概要」、前掲)。
EYとはEarnings Yield(持分営業利益÷投資簿価)のことで、光通信が独自に定義した指標です。これについては第6章で詳しく解説しますが、要点は「投資先の業績(営業利益)が、自社の投資簿価に対してどれだけの利回りを生んでいるか」を示す指標です。
一般的なファンドは、ポートフォリオの評価を「時価」で行います。時価が上昇すれば「儲かった」と評価し、下落すれば「損した」と評価します。月次・四半期での運用成績は、時価変動によって大きく振れます。
しかし光通信は、ポートフォリオの評価を主に「EY」で行います。投資先の業績が順調に伸びている限り、株価が一時的に下落しても、それは「投資先のビジネスの価値が毀損した」ことを意味しません。むしろ、株価の下落は「同じビジネスを、より安く追加取得できるチャンス」として捉えられます。
2024年8月の決算説明会で、和田英明社長はこう述べています。「株価が下落したときは、むしろ買い場であったりしますので、投資スタンスは何も変わらず、その時々の株価を見ながらやっていくということは何も変わっておりません」「我々にとって大事なのは、時価ではなくてEY、その投資先のビジネスが順調であるということが一番大事だと思っています」(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
この姿勢が、光通信を市場のボラティリティから守る最大の防波堤になっています。市場が暴落しても、投資先のビジネスが健全であれば、光通信は冷静に評価を続け、機会があれば追加取得するというスタンスを崩しません。
5-7 「投資先と良好な関係の構築」というスタンス
光通信公式サイトの基本原則には、「投資先企業と良好な関係の構築を目指しながら」という一節があります。これは、光通信が「アクティビスト投資家」ではないことを明示しています。
近年、世界的にアクティビストファンドの活動が活発化しています。彼らは少数株主として上場企業に投資し、経営陣に対して株主還元の拡大、不採算事業の売却、経営陣の交代などを要求します。場合によっては、株主提案を通じてプロキシーファイト(委任状争奪戦)を仕掛けることもあります。
光通信のスタンスは、これとは正反対です。投資先の経営陣に対して、無理な要求をしません。むしろ、長期的なパートナーとしての関係構築を目指します。NewsPicksの記事でも、「株主名簿に名前が出てくると一瞬ぎょっとすることも多いようですが、無茶な要求をするわけでなく投資スタイルとしてはとてもビジネスライクだと聞きます」と紹介されています(出所:NewsPicks、前掲)。
このスタンスは、光通信の純投資が「短期的に経営陣を入れ替えて株価を上げる」ことではなく、「長期にわたって優れたビジネスから配当と内部留保による複利成長の恩恵を享受する」ことを目的としていることの裏返しです。
5-8 5つの原則を貫く一貫性
ここまで見てきた光通信の純投資の基本原則を、改めて整理してみましょう。
第一に、株式は金融商品ではなくビジネスの一部所有権、ということ。第二に、保有期間は無期限、ということ。第三に、保有比率の上限なし、ということ。第四に、流動性は問わない、ということ。第五に、評価指標は時価ではなくEY、ということ。そして付加的に、投資先と良好な関係を構築する、ということです。
これら6つの原則は、いずれも「短期的な株価変動から利益を得る」というファンド的な発想から、徹底的に距離を置いています。代わりに、「優れたビジネスを長期にわたって所有することで、その複利成長の恩恵を享受する」という事業会社的な発想に立脚しています。
光通信の純投資哲学の独自性は、これらの原則を、一貫して、しかも数千億円規模で実践しているところにあります。多くの個人投資家がバフェット流の長期投資を志しながらも、実際にはチャートに見入って短期売買に走ってしまうのと対照的に、光通信は組織として、徹底してこの哲学を貫いています。
次の章では、光通信の純投資の中核指標である「Earnings Yield」について、より詳しく見ていきましょう。
第6章 Earnings Yield(EY)という独自指標の意味と力
6-1 EYの定義と計算方法
光通信が独自に定義し、純投資の中核指標として用いている「Earnings Yield(EY)」とは、極めて単純な計算式で定義されます。
Earnings Yield = 持分営業利益 ÷ 投資簿価(取得額)
ここで、持分営業利益とは各投資先の営業利益に、光通信の保有比率を乗じて合算したものを指します。投資簿価とは投資時の取得額(時価ではない)を指します。
例えば、光通信が営業利益100億円の企業A社の株式を1%保有しており、その取得額が5億円だったとします。同様に、営業利益200億円の企業B社の株式を1%保有しており、その取得額が10億円だったとします。A社の持分営業利益は1億円、B社は2億円。合計持分営業利益は3億円、合計投資簿価は15億円となり、EYは20%となります。
このように、EYは「投資した金額に対して、投資先のビジネスがどれだけの利益を生み出しているか」を表す利回り指標です。
6-2 EYが時価ベースではなく簿価ベースである意味
EYの分母は「投資簿価」、つまり光通信が実際に投資した金額です。投資先の株価が値上がりして時価が上昇しても、EYの分母は変わりません。
これは、極めて重要なポイントです。一般的な株式投資のリターン評価は「時価ベース」で行われます。例えば、「PER(株価収益率)」は時価÷純利益で計算されますし、配当利回りも時価ベースで計算されるのが一般的です。
しかし光通信は、敢えて簿価ベースでEYを計算しています。なぜでしょうか。
その理由は、「投資判断時に重要なのは、自分が実際に投資した金額に対する利回りであって、市場が後から付けた時価ではない」という考え方に基づいています。例えば、5億円で取得した株式が、今は時価10億円になったとしましょう。この時、その投資先の今期の持分営業利益が1億円だったら、時価ベースの利回りは10%、簿価ベース(EY)は20%となります。
つまり、市場が後から「この株は10億円の価値がある」と評価しなおしても、光通信から見れば「5億円の投資から1億円の利益が出ている、20%の利回りの投資」なのです。
この発想は、賃貸不動産投資の感覚に近いものがあります。10年前に5,000万円で買った賃貸マンションがあったとします。今、その不動産の時価は8,000万円に値上がりしています。年間の家賃収入は300万円です。時価ベースの利回りは3.75%、取得価格ベースの利回りは6.0%となります。
不動産投資家にとって重要なのは、「自分が実際に投じた5,000万円に対して6%の利回りが出ている」という事実であって、時価8,000万円に対する利回りではありません。光通信のEYも、まったく同じ発想です。
6-3 EYの実際の推移――15%超の安定した利回り
光通信の純投資のEYは、過去5年間でどう推移してきたでしょうか。同社の公式IR資料から、抜粋してみましょう(出所:光通信公式サイト「純投資概要」、前掲)。
2021年3月期末は投資簿価3,573億円、含み益1,484億円、時価5,058億円、持分営業利益446億円、EY 12.5%。2022年3月期末は投資簿価4,560億円、EY 15.5%。2023年3月期末は投資簿価5,326億円、EY 15.1%。2024年3月期末は投資簿価5,902億円、EY 14.1%。2025年3月期末は投資簿価7,254億円、含み益4,446億円、時価1兆1,700億円、持分営業利益1,148億円、EY 15.8%――この推移です。
過去5年間のEYは、12.5%から15.8%の範囲で推移しており、平均すると約14.6%です。これは、極めて高い水準の利回りです。
比較のため、日本の代表的な株価指数であるTOPIX(東証株価指数)のEY(earnings yield = 1/PER)を見てみましょう。2025年時点でTOPIXのPERは概ね14〜15倍程度ですから、EYに換算すると6.7〜7.1%程度です。
光通信のEYが14〜15%ということは、市場平均の2倍以上の水準の利回りを、純投資ポートフォリオから得ていることになります。しかも、これは時価ベースではなく投資簿価ベースであり、含み益部分を考慮すると、潜在的なリターンはさらに大きいのです。
6-4 EYが高水準を維持できる理由
なぜ光通信のEYは、これほど高い水準を維持できているのでしょうか。理由はいくつか考えられます。
第一に、「割安な時期に取得している」という点です。光通信は、市場が暴落した時、特定銘柄が一時的に売られた時など、株価が下がったタイミングで取得しています。安く買えば、後で投資先のビジネスが順調に伸びれば、簿価ベースの利回りは自動的に高くなります。
第二に、「投資先のビジネスが伸びている」という点です。光通信が選ぶ投資先は、ストック型ビジネスを持つ財務基盤強固な企業であり、長期的に営業利益が伸びる傾向があります。同じ簿価でも、毎年営業利益が伸びれば、EYは時間とともに上昇していきます。
第三に、「機械的なリバランスを行わない」という点です。一般的なファンドは、ポートフォリオの構成銘柄が時価上昇で一部の比率が高くなると、機械的に売って他の銘柄に振り分けます。これにより、リターンの源泉である「成長銘柄を持ち続ける」ことができません。光通信は、こうした機械的リバランスを行わず、伸びている投資先はそのまま伸ばし続けます。
2025年8月の決算説明会では、上席執行役員兼財務担当の杉田氏が次のように述べています。「投資先の業績も好調で、持分営業利益は1,225億円と高い水準になっており、Earnings Yield(持分営業利益÷投資簿価)も15.9%で、直近では過去最高となりました」(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
EYが過去最高の15.9%に達したというのは、極めて重要なメッセージです。これは、光通信の純投資哲学が、過去数年間で着実に機能してきたことを示しています。
6-5 EYと配当利回り――2つの利回り指標
光通信の純投資のリターンには、EY以外にも重要な利回り指標があります。それが「配当利回り(対投資簿価ベース)」です。
公式IR資料によれば、過去5年間の配当利回り(投資簿価ベース)は、2.7%から4.1%の範囲で推移してきました(出所:光通信公式サイト「純投資概要」、前掲)。2025年3月期は3.9%です。
EYが営業利益ベースの利回りであるのに対し、配当利回りは「実際に受け取った現金収入」の利回りです。EYのうち、配当として現金で受け取った部分が配当利回りに、内部留保された部分が投資先の純資産増加(含み益増加)に繋がっていきます。
2024年8月の決算説明会で、和田英明社長は次のように説明しています。「配当利回りも、5年前2.6%だったものが、投資先の増配等で4.5%となっています」「光通信の7年前の株価は10,000円程度でしたので、同じ定義で比較すると光通信の配当利回りは約5%になるという事です」(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
つまり、7年前の光通信株価10,000円で買った投資家から見れば、同じ簿価ベースで計算すると、配当利回りは約5%にもなる、というメッセージです。長期保有していれば、配当の絶対額が増えていくことで、簿価ベースの配当利回りは自然と上昇していきます。
6-6 IRRも18%――投資効率の極めて高い結果
EYと並んで、光通信が開示している投資効率の指標が「IRR(内部収益率)」です。2024年8月の決算説明会では、和田英明社長が「IRRでも18%というスコアになっています」と述べています(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
IRRは、投資から得られるすべてのキャッシュフロー(配当、売却益、含み益増加)を考慮した、投資の総合的な利回り指標です。18%という水準は、プロのプライベートエクイティファンドが目標とする水準(一般的に15〜25%)に匹敵するか、それを上回る水準です。
これは、光通信の純投資が、単に「利回りの高い銘柄を集めただけ」ではなく、ファンド業界のプロと比較しても遜色のないリターン創出能力を持っていることを示しています。
6-7 EYの限界と注意点
EYは光通信の純投資哲学の中核ですが、いくつかの限界もあります。
第一に、EYは「投資先全体の平均」を示す指標であり、個別投資先の優劣を示すものではありません。ポートフォリオ全体のEYが15%であっても、その中には50%のリターンを生む銘柄もあれば、5%しか生まない銘柄もあるかもしれません。
第二に、EYは「過去の業績」をベースに計算されます。将来の業績がどうなるかは、EYからは直接読み取れません。投資先のビジネスが悪化すれば、EYも下がる可能性があります。
第三に、EYは時価変動を反映しないため、「市場が割高になりすぎたタイミングで利益確定する」というシグナルにはなりません。バフェット氏も時々、保有銘柄を売却することがありますが、これは時価が極端に割高になった時の判断です。光通信が同様の判断をする時、何を判断基準にするのかは、IR資料からは必ずしも明確ではありません。
ただし、2024年3月期に499億円、2024年4-6月期に約50億円といった売却益を計上していることから、光通信も時には保有銘柄を売却していることが分かります(出所:光通信決算説明資料、前掲)。売却の判断基準については、おそらく「投資先のビジネスの本質が変わった時」「より魅力的な投資先が現れた時」「時価が極端に割高になり、その資金を再投資した方が利回りが高いと判断した時」などが考えられますが、これは私の推測です。
6-8 EYが教えてくれること――個人投資家への示唆
光通信のEYという指標は、個人投資家にとっても多くの示唆を与えてくれます。
私たち個人投資家も、自分の保有銘柄を時価ベースで評価しがちです。日々のニュースや株価の変動に一喜一憂し、短期的な値動きに影響されてしまいます。
しかし、EYのような「自分が実際に投じた金額に対する利回り」という視点で保有銘柄を見直してみると、世界が違って見えます。10年前に株価1,000円で買った銘柄が、今の株価2,000円だとしましょう。配当が1株あたり50円から80円に増えているなら、時価ベースの配当利回りは4.0%ですが、取得価格ベースの利回りでは8.0%にもなります。
「今の配当利回りは4%しかないから魅力的じゃない」と思いがちですが、自分の取得価格から見れば8%の高利回り投資を続けていることになります。
光通信のEYの考え方は、こうした「自分の取得価格に対する利回り」を意識することの重要性を、私たちに教えてくれます。これは、長期投資を続けるためのモチベーション維持にも、非常に役立つ発想です。
次の章では、光通信が純投資の対象として選ぶ銘柄の具体的な基準――3つの選定基準について見ていきましょう。
第7章 銘柄選定の3つの基準――何を、なぜ買うのか
7-1 公式に掲げられた3つの選定基準
光通信公式サイトには、純投資の銘柄選定基準が次のように明示されています。銘柄選定は①安定した事業を行う、②財務基盤が強固な優良企業を、③割安な価格で取得することを意識しております、というものです(出所:光通信公式サイト「純投資概要」、前掲)。
たった3つの基準ですが、ここには光通信の投資哲学のすべてが凝縮されています。一つひとつ、深く掘り下げていきましょう。
7-2 基準1:「安定した事業を行う」企業
第一の基準は、「安定した事業を行う」企業であることです。これは、何を意味するのでしょうか。
光通信の文脈で「安定した事業」とは、おそらく次のような条件を満たす事業を指していると考えられます。
まず、景気変動の影響を受けにくいこと。生活必需品、社会インフラ、ストック型サブスクリプションなどがこれに当たります。次に、競合参入障壁があること。規制、ブランド、ネットワーク効果、スイッチングコストなどの障壁が存在することが望ましいわけです。さらに、顧客の解約率が低いこと。契約の継続性が高い、代替手段がない、慣性が働くといった性質が大事になります。そして、収益の予測可能性が高いこと。将来のキャッシュフローが安定的に予測できる事業構造が求められます。
具体的な業種としては、電気・ガス、通信、保険、不動産、消費財メーカー、専門サービス業などが、こうした「安定した事業」に該当しやすいでしょう。
逆に、光通信が避ける業種としては、景気変動の影響を強く受けるもの(建設、半導体、海運、商社の商品市況連動部分など)、技術革新が激しいもの(先端IT、バイオベンチャー、エネルギー新技術など)、流行に左右されるもの(アパレル、外食、エンタメなど)、規制変更リスクが大きいもの(医薬品の薬価改定、金融の規制強化の一部など)が考えられます。
2026年3月期第1四半期決算説明会では、海外投資家から「米国市場ではAI関連銘柄が株価をけん引している。貴社の投資ポートフォリオにはAI関連企業が含まれているか」との質問に対し、光通信側は次のように答えています。「当社は、ストック事業を有し、財務基盤が安定した、割安な銘柄への投資を行っております。そのため、ボラティリティが高く、先端的なAI関連企業への投資は行っておりません」(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
AI関連銘柄は、確かに大きなリターンを生む可能性があります。しかしビジネスとしての安定性、つまり「5年後、10年後にどれだけの利益を生んでいるか予測できるか」という観点では、極めて読みにくいのが現実です。光通信は、こうした「予測不能だが大きく上がる可能性のある銘柄」よりも、「予測可能で着実に成長する銘柄」を選ぶのです。
7-3 基準2:「財務基盤が強固な優良企業」
第二の基準は、「財務基盤が強固な優良企業」であることです。
これは、自己資本比率が高いこと(30〜50%以上、業種にもよる)、有利子負債が過大でないこと(ネットデット/EBITDA倍率が低い)、キャッシュフロー創出力が高いこと(営業キャッシュフローが安定的に積み上がる)、配当の継続性があること(連続増配または非減配の実績)、ROE/ROICが業界平均を上回ること(資本効率が良い)、といった条件を含むと考えられます。
なぜ財務基盤が重要なのでしょうか。理由は、「事業は予期せぬ嵐に見舞われる可能性がある」からです。
リーマンショック、コロナ禍、自然災害、地政学リスク――事業を取り巻く環境は、いつ何が起こるか分かりません。財務基盤が脆弱な企業は、こうしたショックに直面した時、債務の返済に窮し、最悪の場合は倒産に至ります。一方、財務基盤が強固な企業は、嵐をしのぎ、むしろライバルが消える中で長期的にシェアを伸ばすこともあります。
光通信自身が、光通信ショックの時に、財務基盤の脆弱さの怖さを身をもって体験しました。だからこそ、自社も投資先も、「予期せぬ嵐に耐えうる財務基盤」を最重要視するのです。
なお、光通信自身の財務指標を見ると、自己資本比率は約40〜45%、ネットデット/EBITDA倍率は4倍未満を目安としており、極めて健全な財務状態を維持しています。S&P社からも格付けを取得しており、「ネットデット/EBITDA倍率が継続的に4倍を上回るようなケースでは格下げの可能性がある」との指摘を受けていることが、IR資料で開示されています(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
7-4 基準3:「割安な価格で取得」――最も重要な基準
第三の基準は、「割安な価格で取得すること」です。実は、これが3つの基準の中で最も重要だと、私は考えています。
なぜなら、どれだけ優れたビジネスを持つ企業でも、割高な価格で買えば良いリターンは生まれないからです。逆に、平凡な企業でも、極端に割安な価格で買えば、大きなリターンが生まれることもあります。バリュー投資の根本原則です。
では、光通信は「割安」をどう判断しているのでしょうか。これについて、2026年3月期第1四半期決算説明会で、財務担当役員兼M&A本部長の杉田氏は、興味深い発言をしています。「我々は一般的なM&A業界で見られるような、EBITDAにマルチプルをかけて買うという手法は取っていません。むしろ、自社を評価するのと同様に、ストック利益やその成長性といった観点から企業価値を分析し、バリュエーションを行った上で価格を設定しています」(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
これは、M&Aの文脈での発言ですが、純投資の判断基準にも通じる発想だと考えられます。光通信は、一般的なM&A業界やファンド業界で使われる「EBITDA倍率」のような単純なマルチプル法ではなく、「投資先のストック利益の積み上がりと成長性」という、より本質的な観点から企業価値を判断しているということです。
具体的にどのようなバリュエーション手法を取っているのか、IR資料からは詳細は読み取れません。しかし、おそらく次のようなアプローチではないかと推測します。DCF(割引キャッシュフロー)法に近いアプローチ、つまり将来のストック収益のキャッシュフローを予測し、適切な割引率で現在価値に割り戻す方法。あるいはEYベースのアプローチ、つまり投資後のEYが、ハードルレートを十分上回るかどうかで判定する方法。さらには同業他社比較、PBR(株価純資産倍率)が1倍以下の銘柄を選別する方法――こうした複数のアプローチを組み合わせていると見られます。
2024年8月の決算説明会では、海外投資家からの「日本市場の割安銘柄への投資機会はまだ残っているか」との質問に対し、和田英明社長は次のように答えています。「投資できる割安銘柄はたくさん残っていると考えています」「株式については、割安がほとんど、今後PBR1倍以下の銘柄が日本からなくなるような状態になれば、我々は株式投資を追加で行わなくなると思います。その時はこの余剰資金は、株主様に配当で返していくということになると思います」(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
ここから、光通信が「PBR1倍以下」を割安判断の一つの目安にしていることが、強く示唆されています。PBR1倍以下とは、株価が会社の解散価値(純資産)を下回っている状態であり、理論的には極めて割安と判断できる水準です。
7-5 「割安」と判断する具体的な水準
PBR1倍以下が割安判断の一つの目安だとして、光通信はもっと細かい基準も持っているはずです。一次情報だけからは詳細は分かりませんが、推測も含めて整理してみます。
おそらく、光通信は次のような「総合的な割安判断」を行っています。PER(株価収益率)は業界平均より低い、または絶対水準として10〜15倍以下。PBR(株価純資産倍率)は1倍以下、または0.5〜0.8倍程度。配当利回りは3〜5%以上の高水準。EV/EBITDA倍率は6〜8倍以下。FCF(フリーキャッシュフロー)利回りは8〜10%以上――こうした指標が複合的に判断材料となっているはずです。
そして、これらの指標が割安水準にある銘柄の中から、さらに「安定した事業」「財務基盤が強固」という基準を満たすものを選び抜くわけです。
ただし、光通信が単に「指標が割安だから」というだけで投資しないことは、IRの発言から明らかです。あくまで、「ストックビジネスを持つ、財務基盤強固な優良企業」が、市場の事情で一時的に割安に取引されている――そういう状況を狙っているのです。
7-6 「日本市場の割安銘柄はまだ残っているか」――現状認識
光通信は、日本市場における割安銘柄の存在をどう見ているのでしょうか。
2025年8月の決算説明会では、社長の杉田氏が次のように述べています。「海外投資については、まず理解可能かどうかを検討する必要がございます。我々が理解できないものであれば、たとえ成長率が高く、他者から見てストック性があると評価されるものであっても、投資は行いません」「現状において海外投資比率が増えているという事実はありません。海外市場では、割安性という点で日本市場と違いがあると感じています。日本市場には割安な企業が比較的多い一方で、海外では必ずしもそうではありません」(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
つまり、光通信は「日本市場には依然として割安な銘柄が比較的多く存在しており、それらを丁寧に発掘していけば、十分な投資機会がある」と判断しているのです。
これは、海外投資家には意外な見方かもしれません。日本の株価指数は近年大きく上昇しており、2024年には日経平均株価が史上最高値を更新しました。多くの海外投資家は「日本市場はもはや割安ではない」と見ています。
しかし、東証プライム市場全体を見渡すと、依然としてPBR1倍以下の企業は半数近くにのぼります。東証は2023年に「PBR1倍割れ企業への改善要請」を出しましたが、すぐに割安状態が解消されたわけではありません。
光通信が見ているのは、こうしたPBR1倍割れの中で、地味でも安定的にストック収益を生み出している、財務基盤の強い中小型の優良企業です。海外投資家やインデックス投資家の目には映りにくい、こうした銘柄を、光通信は丁寧に発掘し続けているのです。
7-7 投資先の業種分布から見える傾向
光通信の純投資のポートフォリオには、どのような銘柄が含まれているのでしょうか。同社のIR資料では、上位10社の構成が開示されていますが、全銘柄リストは公表されていません。ただし、有価証券報告書の大量保有報告書や四半期報告書、各投資先企業の有価証券報告書を辿ることで、保有銘柄を把握することができます。
バフェット・コードなどの第三者データ提供サービスによれば、光通信は2025年時点で約315銘柄を保有しています(出所:バフェット・コード「光通信が保有する銘柄一覧と評価額」、https://www.buffett-code.com/shareholder/4277167ee7a2f88baa2bd435c344b226)。
公開情報から確認できる範囲で、光通信の投資先は次のような業種に偏っているように見えます。不動産・建設関連(賃貸不動産、建設、住宅)、小売・流通(地方を含む小売チェーン)、専門サービス(人材派遣、ビジネスサービス)、保険・金融(地方銀行、保険持株会社)、インフラ関連(電力、ガス、運輸)、消費財メーカー(日用品、食品)、不動産投資信託(REIT、一部含む)――これらの分野が中心です。
業種としては、いずれも「景気変動に強く、安定したキャッシュフローを生み出す」分野が中心です。テクノロジーや成長セクター(バイオ、AI、半導体製造装置など)への投資は、ほとんど見られません。
これは、光通信の「安定した事業」「財務基盤強固」「割安」という3つの基準が、現実のポートフォリオ構成に忠実に反映されていることを示しています。
7-8 銘柄選定における「自分が理解できるか」の基準
光通信の銘柄選定で、もう一つ重要なのが「自分が理解できるかどうか」という基準です。これは、バフェット氏が長年強調してきた「サークル・オブ・コンピタンス(能力の輪)」と全く同じ発想です。
2026年3月期第1四半期決算説明会で、財務担当役員兼M&A本部長の杉田氏は次のように述べています。「我々がストックと呼んでいるものは当然、我々自身が理解可能である必要があります。仮に他者から見ればストックがあるように見える場合でも、我々が理解できないものには投資いたしません」(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
これは、極めて重要なポイントです。一見、安定した事業に見える企業でも、その事業のメカニズムが光通信の経営陣に深く理解できなければ、投資の対象から外されるのです。
なぜか。理由は単純です。理解できない事業は、「想定外のリスク」が潜んでいる可能性があります。例えば、特定の規制環境に依存している、特定の顧客に依存している、技術革新で陳腐化する可能性がある――こうしたリスクは、その事業を深く理解していないと見えてきません。
逆に、自分が深く理解できる事業であれば、「この事業はこういうメカニズムで利益が出ている」「これがリスク要因だが、こうやって緩和できる」「この変化が起きたら、こう対応できる」といった判断ができます。これが、長期投資を続ける上での自信の源泉となります。
7-9 「優良企業を割安に買う」という哲学の実践
「優良企業を割安に買う」――言葉にすれば、極めて単純な投資哲学です。しかし、これを大規模かつ継続的に実践するのは、極めて難しいことです。
なぜなら、市場は通常「優良企業」を割高に評価し、「ジャンク企業」を割安に評価するからです。優良かつ割安――この組み合わせは、極めて稀にしか現れません。
光通信は、この稀な機会を辛抱強く待ち、現れた時に大胆に投資するという姿勢を、組織として徹底しています。2024年8月の決算説明会で、和田英明社長は次のように述べています。「その時々の状況に応じてということで考えています。少なくとも、残りいくら投資するという概念(予算の概念)はなく、安ければ投資しますし、逆に軒並み株価が上がった場合は1円も投資しないというスタンスでやっています」(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
「予算がない」「ノルマがない」「機会があれば投資する、なければしない」――この極めてシンプルな姿勢が、光通信の純投資哲学の実践面を支えています。
次の章では、光通信の投資哲学とバフェット哲学の共通点、そして相違点について、より深く考察していきましょう。
第8章 バークシャー・ハサウェイとの共通点と相違点
8-1 光通信自身が認める「バフェット哲学」との親和性
光通信の経営陣自身が、バークシャー・ハサウェイとの哲学的な親和性を、公の場で認めています。
2024年8月の決算説明会で、和田英明社長は次のように述べています。「20%を超えていると、持分で取り込み、20%以下だと持分に取り込まないというのは、会計の話であって、本質論ではないと考えているだけです」「これは資本主義のルールそのものだと思っています。それを最も世界で一番実践し、体現したのが、バークシャー・ハサウェイだと思っています」(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
バークシャー・ハサウェイ――言わずと知れた、ウォーレン・バフェット氏が率いる米国の投資会社(正確には事業持株会社)です。1965年にバフェット氏が経営権を握って以来、約60年間にわたって株主のために巨額の富を生み出してきた、世界で最も成功した投資会社の一つです。
光通信が自社をバークシャーと比較する姿勢は、自信と謙虚さの両面を含んでいます。「世界で最も成功した投資会社の哲学を、我々も日本で実践している」という自負と、「バークシャーには遠く及ばないが、その哲学に学んでいる」という謙虚さです。
8-2 共通点その1――事業会社としての投資
バークシャー・ハサウェイと光通信の最大の共通点は、両社とも「事業会社」として上場株式に投資しているという点です。これは、ファンド(投資信託、年金、ヘッジファンドなど)とは根本的に異なります。
バークシャー・ハサウェイは、もともと繊維会社でした。バフェット氏は1960年代にこの会社の経営権を取得し、以後、本業の繊維事業から得たキャッシュを使って、保険会社(GEICO、ジェネラル・リインシュアランス、ナショナル・インデムニティなど)、鉄道(BNSF Railway)、エネルギー(バークシャー・ハサウェイ・エナジー)、消費財(See’s Candies、Dairy Queenなど)、そして上場株式(コカ・コーラ、アメリカン・エキスプレス、アップル、バンク・オブ・アメリカなど)への投資を、一貫して行ってきました。
光通信も同様に、本業の事業(電気・ガス、通信、保険、金融、ソリューション)から得たキャッシュを使って、上場株式への純投資を行っています。本業のキャッシュフロー創出力が高く、純投資の対象に困らない――この構造が、両社の共通点です。
事業会社が投資を行うことのメリットは、いくつかあります。
第一に、「キャッシュの供給源が安定的」ということです。ファンドは投資家からの資金流入と流出に左右されますが、事業会社は本業からの内部留保が安定的な投資原資となります。
第二に、「ファンド規制の対象外」ということです。投資信託や年金基金には、銘柄分散、流動性、レバレッジなどの様々な規制があります。事業会社は、こうした規制の対象外なので、より柔軟な投資戦略を取れます。
第三に、「長期保有が前提」ということです。ファンドは投資家からの解約要求に応じなければならないため、流動性の高い銘柄を中心に運用する必要があります。事業会社は、こうした制約がなく、純粋に長期保有の論理で投資判断ができます。
8-3 共通点その2――「ビジネスの一部所有」という発想
両社とも、株式を「ビジネスの一部所有権」として捉えています。バフェット氏は、株式投資について次のように繰り返し説いてきました。「株式を買う時は、その会社のビジネスの一部を買っていると考えなさい。来週、来月の株価ではなく、5年、10年後にそのビジネスが何を生み出すかを考えなさい」。
光通信公式サイトの純投資概要ページにも、まったく同じ思想が表現されています。「株式を買うということは、その会社のビジネスを一部保有すること」――この一文は、バフェット哲学の核心を、日本語で簡潔に表現したものと言えます。
この発想を取ると、株式投資の見方が根本的に変わります。チャートを見るのではなく、決算書を読みます。短期的な値動きに反応するのではなく、長期的な業績見通しを考えます。配当だけでなく、内部留保された利益も「自分のもの」として認識します。
8-4 共通点その3――長期保有と複利の重視
両社とも、長期保有を絶対原則としています。バフェット氏の「私たちの好きな保有期間は永遠です」という言葉は、世界中の投資家に知られています。
光通信も、純投資の保有期間に上限を設けていません。投資先のビジネスが順調であれば、何十年でも保有し続けます。実際、光通信が長年保有している投資先の中には、10年以上保有している銘柄も多数あると推測されます。
長期保有を続ける理由は、複利の力を最大限に活用するためです。アインシュタイン氏が「人類最大の発明は複利だ」と言ったとされる(諸説あり)のは有名ですが、年率15%の複利成長は10年で約4倍、20年で約16倍、30年で約66倍になります。短期売買では、税金や手数料、判断ミスにより、この複利成長の恩恵を十分に享受することができません。
8-5 共通点その4――「割安かつ優良」を狙うバリュー投資
両社とも、いわゆる「グロース株(成長株)」よりも「バリュー株(割安株)」を中心とした投資を行っています。ただし、両社とも単純な「PERが低いから買う」という機械的なバリュー投資ではなく、「優良なビジネスを、その内在価値より安い価格で買う」という、より洗練されたバリュー投資を行っています。
バフェット氏は、若い頃はベンジャミン・グレアム流の「シケモク投資(極端に割安だが質の悪い銘柄を拾う)」を行っていましたが、チャーリー・マンガー氏との出会いをきっかけに、「優良な企業を適正価格で買う」という方針に転換しました。
光通信も、3つの選定基準――安定した事業、強固な財務基盤、割安な価格――をすべて満たす銘柄を狙っています。これは、「優良かつ割安」を狙うバフェット流のバリュー投資と、ほぼ同じ発想です。
8-6 共通点その5――「サークル・オブ・コンピタンス」の重視
両社とも、自分が深く理解できる事業にしか投資しません。バフェット氏は、これを「サークル・オブ・コンピタンス(能力の輪)」と呼んできました。
バフェット氏は、長年テクノロジー株への投資を避けてきました。「IBMやアップルがどう動くか、私には分からない」というのが理由でした。例外的にアップル株への大規模投資を行ったのは、2016年以降のことで、その時点ですでにアップルは消費財ブランドとしての性格を強めていました。
光通信も、自分が理解できない事業には投資しません。AI関連銘柄、バイオベンチャー、海外の理解しにくい事業――こうした銘柄は、たとえ高成長が期待されても、投資の対象から除外されます。
8-7 共通点その6――株式市場のボラティリティを「機会」として捉える
両社とも、株式市場のボラティリティを「リスク」ではなく「機会」として捉えています。
バフェット氏は、有名な「ミスター・マーケット」の比喩で、市場の感情的な動きを説明してきました。市場は時に過剰に楽観的になり、時に過剰に悲観的になります。賢明な投資家は、これに振り回されるのではなく、機会として活用すべきだ、というのがバフェット氏の主張です。
光通信も同様の姿勢を取っています。2024年8月の決算説明会で、市場の暴落について質問された和田英明社長は、こう答えています。「株価が下落したときは、むしろ買い場であったりしますので、投資スタンスは何も変わらず、その時々の株価を見ながらやっていくということは何も変わっておりません」(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
市場が下落した時、多くの投資家はパニックに陥り、保有株を投げ売りします。しかし光通信は冷静で、むしろ「投資先のビジネスが毀損していないのに株価だけ下がるなら、絶好の追加取得の機会」と捉えます。
8-8 相違点その1――事業の性格
ここまでは共通点を見てきましたが、両社にはいくつかの重要な相違点もあります。
第一の相違点は、本業の性格です。バークシャー・ハサウェイの本業の中核は「保険」です。GEICOやジェネラル・リインシュアランスといった保険会社が、莫大な「フロート(保険料を受け取ってから保険金を支払うまでの間、運用できる資金)」を生み出し、これが投資の原資となっています。
一方、光通信の本業の中核は「中小企業・個人向けストック型ビジネス」です。電力、通信、ウォーターサーバー、保険、金融など、多岐にわたる商材を、中小企業や個人に販売しています。フロートのような特殊な資金源はありませんが、ストック型ビジネスの安定的なキャッシュフローが、投資の原資となっています。
この相違は、両社の財務構造に影響しています。バークシャーは保険のフロートをレバレッジとして活用していますが、光通信はそうした明示的なレバレッジを使っていません。その分、光通信の投資はバークシャーよりも保守的、と言えるかもしれません。
8-9 相違点その2――市場の地域とサイズ
第二の相違点は、投資対象とする市場の地域とサイズです。
バークシャー・ハサウェイは、主に米国市場で投資を行っています。米国市場は世界最大の株式市場であり、超大型優良企業(コカ・コーラ、アメリカン・エキスプレス、アップル、シェブロン、オキシデンタル・ペトロリアムなど)の宝庫です。バークシャーの投資先は、ほとんどがS&P500の構成銘柄、あるいは時価総額数兆ドル規模の超大型銘柄です。
一方、光通信は主に日本市場で投資を行っています。投資先には大型銘柄も含まれますが、多くは中小型銘柄、あるいは時価総額が数百億円〜数千億円規模の銘柄が中心です。これは、日本市場の特性(割安に放置されている中小型銘柄が多い)と、光通信の規模(純投資簿価7,000億円台)に応じた、合理的な選択と言えます。
ただし、光通信は海外株式にも一部投資しており、その中にはバークシャー・ハサウェイの株式も含まれています。2024年8月の決算説明会では、「バークシャーハサウェイなどドル建てで持っている株式もございます」との発言があります(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
つまり、光通信は単にバフェット哲学に学ぶだけでなく、実際にバークシャー・ハサウェイの株式そのものを保有しているのです。これは、光通信のバフェットへのリスペクトの度合いを示すものとも言えるでしょう。
8-10 相違点その3――保有銘柄数とポートフォリオの分散
第三の相違点は、保有銘柄数とポートフォリオの分散度です。
バークシャー・ハサウェイのポートフォリオは、極めて集中しています。2025年時点で、保有銘柄は数十社程度で、その中でも上位5〜10社で資産の大半を占めています。例えば、アップル株はピーク時にはバークシャーの株式投資ポートフォリオの40%超を占めていました。
これに対し、光通信のポートフォリオは、はるかに分散しています。約300〜400社、上場持分法適用会社だけで33社という、極めて多様な銘柄に投資しています。
なぜこの違いがあるのでしょうか。考えられる理由はいくつかあります。
第一に、市場規模の違いです。米国市場は超大型企業が中心ですが、日本市場は中小型企業の比率が高く、1社あたりの投資金額が小さくなりがちです。
第二に、流動性の制約です。光通信の投資先には、流動性の低い中小型銘柄が多く含まれているため、1社あたりの投資金額に上限があります。
第三に、リスク分散の発想です。光通信は、個別銘柄のリスクを、より分散的に管理する方針を取っているのかもしれません。
8-11 相違点その4――経営の関与度
第四の相違点は、投資先企業への経営関与の度合いです。
バークシャー・ハサウェイは、子会社化した企業(GEICO、BNSF、See’s Candiesなど)に対しては、原則として既存経営陣に経営を任せる「ハンズオフ」のスタンスを取っています。ただし、買収後の戦略決定や重大な意思決定にはバフェット氏が関与します。
光通信も、純投資先に対しては「アクティビスト的な要求はしない」というスタンスです。一方、子会社化した企業に対しては、独立した経営を任せつつ、グループとしてのシナジー(顧客紹介、共通営業チャネルの活用など)を追求しています。
両社とも、「投資先の自主性を尊重する」という基本姿勢は共通していますが、光通信の方が、より多数の小規模子会社を束ねるイメージかもしれません。
8-12 相違点その5――株主への手紙の有無
第五の、そして象徴的な相違点は、「株主への手紙」の有無です。
バフェット氏は、毎年、バークシャー・ハサウェイの株主への手紙を執筆し、世界中の投資家に向けて自社の業績、投資哲学、市場観などを語りかけてきました。この「株主への手紙」は、投資の世界の古典とも言われ、多くの投資家が学びの源としています。
一方、光通信は、こうした「経営者から株主への語りかけ」というコミュニケーションを、ほとんど行っていません。社長メッセージも、極めて簡潔です。「光通信は創業以来、幾多の商品・サービスをお客様に販売し普及させることにより……」と始まる和田英明社長のメッセージは、わずか数百字に過ぎません(出所:光通信公式サイト「社長メッセージ」、https://www.hikari.co.jp/greeting/)。
これは、光通信の「PR より実績」「派手な発信より地道な業績」という姿勢の表れでしょう。しかし、投資家コミュニケーションという観点では、バークシャーに学ぶ余地があるかもしれません。
8-13 「日本版バークシャー」と呼ぶことの意味
総合的に見て、光通信を「日本版バークシャー・ハサウェイ」と呼ぶことは、決して誇張ではないと、私は考えています。
両社は、投資哲学の根本において、極めて多くの共通点を持っています。事業会社としての投資、ビジネスの一部所有という発想、長期保有、優良かつ割安、サークル・オブ・コンピタンス、ボラティリティを機会として活用――これらの原則を、組織として体現している点で、光通信はバークシャー・ハサウェイの日本版と呼ぶに値する存在です。
もちろん、規模の面ではまだまだバークシャーには遠く及びません。バークシャーの時価総額は1兆ドル超、光通信は1.7兆円程度です。約60倍の差があります。
しかし、創業者・重田康光氏が23歳で会社を作ったのが1988年、光通信ショックで一度すべてを失いかけたのが2000年、そこから再建を始めて20年強で時価総額1兆円超のグローバル投資ポートフォリオを築き上げた――その軌跡を見ると、まだまだ光通信の成長は始まったばかりとも言えます。
次の章では、光通信の経営の中核を成す「ハードルレート」という考え方について、より深く掘り下げていきましょう。
第9章 ハードルレートという経営の中枢――すべての投資判断を律する規律
9-1 ハードルレートとは何か
「ハードルレート」という言葉は、企業ファイナンスの専門用語で、新規投資を実行するか否かを判断する際の、最低限求める利回りの基準値を指します。一般的に、企業の資本コスト(WACC:加重平均資本コスト)を基準に設定されます。
例えば、ある企業の資本コストが7%だとします。新しい投資案件を検討する際、その投資案件の期待利回り(IRR)が7%を超えれば、企業価値を増やす投資として実行を検討します。逆に、期待利回りが7%未満の投資は、企業価値を毀損するものとして却下します。
光通信は、このハードルレートを経営の中核に据えています。すべての投資判断――顧客獲得コストの投下、M&A、新規事業立ち上げ、純投資――は、ハードルレートを超えるかどうかで判定されます。
9-2 光通信のハードルレートはどの水準か
光通信は、自社のハードルレートの具体的な数値を、IR資料で明示的には開示していません。しかし、いくつかの発言から、その水準を推測することができます。
2024年8月の決算説明会で、和田英明社長は次のように述べています。「事業の利回りは年間で20%を超えていますので、利回りをキープできる範囲で、今の事業に投下できるだけ投下したいと、そういった利回り20%超の投下できる事業があるにも関わらず、そのお金を株主様に還元していくよりも、長期的に株主様に対して我々の積み上がっていく自己資本をきちんと返していく方がいいと考えています」(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
ここから、光通信の事業全体の利回りが「年間20%超」であることが分かります。これがそのままハードルレートだとは限りませんが、少なくとも事業投資の機会費用としては、極めて高い水準です。
2025年8月の決算説明会では、「オーガニックで10%、M&Aで5%といった目標はあります」との発言があります(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。これは年間のストック利益の成長率目標と思われますが、利回りの観点では別途存在するものでしょう。
純投資のEYは過去5年間で14〜16%程度で推移しており、これも一つの目安となります。
総合的に考えると、光通信のハードルレートは、おそらく次のような水準ではないかと推測されます。顧客獲得コストのROIは年率20%以上の利回り、M&Aは投資後のEYで15%以上、純投資は投資後のEYで15%前後――こうした水準です。
これらは、日本の上場企業全体の資本コスト(おおむね5〜8%程度)と比べて、はるかに高い水準です。光通信は、極めて厳しい利回り規律を自社に課しているのです。
9-3 ハードルレート規律の意味
なぜ光通信は、これほど高いハードルレートを維持できるのでしょうか。理由は、「シェア拡大や売上拡大を目的化しない」という経営姿勢にあります。
多くの上場企業は、「業界シェア10%以上」「売上高1兆円」「東証一部上場」といった、ある種の「象徴的な目標」を掲げます。これらの目標は、達成するために利回りを犠牲にしてでも追求されることが少なくありません。例えば、シェア拡大のために赤字でも販売を続けたり、規模拡大のためにM&Aで高値づかみをしたり――。
光通信は、こうした「規模の象徴」を追求しません。「シェアや売上ではなく、利回りこそが企業価値の源泉だ」という確信を、組織として共有しているのです。
2025年8月の決算説明会で、財務担当役員兼M&A本部長の杉田氏は、こう述べています。「当社ではシェア拡大や売上成長といった目標を掲げてはいませんが、明確なハードルレートを設けており、その範囲内で投資可能な限りコストを投下する方針をとっています」(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
「シェア拡大や売上成長を目標にしない」――これは、日本の上場企業の経営姿勢としては、極めて異例です。多くの企業は、年度予算や中期経営計画で売上目標を掲げ、その達成を絶対視します。光通信は、こうした「目標達成のための無理な投資」を、組織として明示的に否定しているのです。
9-4 「無理をしない」という規律
ハードルレート規律のもう一つの表現が、「無理をしない」という言葉です。
2024年8月の決算説明会では、社債発行について質問された際、和田英明社長は次のように答えています。「これまでのスタンスと変わらず、無理をせず、長期資金を調達できれば実行しますし、著しく金利が上がるなど調達が困難になれば、無理せず調達をしない考えです」(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
「無理をしない」――この言葉は、光通信の経営姿勢を象徴する言葉です。
無理をしない、とは何を意味するのでしょうか。それは、「市場環境が良い時には積極的に動き、悪い時には動かない」という、極めて柔軟で、しかし規律ある姿勢です。
社債発行であれば、金利が低い時には積極的に発行し、金利が高騰した時には控える。純投資であれば、株価が下がった時には積極的に買い、上昇した時には控える。顧客獲得であれば、競合が引いている時には積極的に投下し、競争が激化した時には控える。
この「市場のサイクルに逆らわず、しかし規律をもって動く」という姿勢が、光通信の長期的な成功を支えているのです。
9-5 ハードルレートと自社の事業――投下できる事業があれば優先
光通信のハードルレート規律は、純投資だけでなく、自社の事業投資にも適用されます。むしろ、自社の事業投資のハードルレートの方が、純投資のハードルレートよりも高いと考えられます。
2024年8月の決算説明会で、配当を増やすべきかとの質問に対し、和田英明社長は次のように答えています。「事業の利回りは年間で20%を超えていますので、利回りをキープできる範囲で、今の事業に投下できるだけ投下したいと、そういった利回り20%超の投下できる事業があるにも関わらず、そのお金を株主様に還元していくよりも、長期的に株主様に対して我々の積み上がっていく自己資本をきちんと返していく方がいいと考えています」(出所:光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
つまり、自社の事業(顧客獲得コストの投下による新規契約の獲得など)が年率20%超の利回りを生むのであれば、純投資(EY 15%程度)や株主還元(配当利回り2%程度)よりも、自社の事業への投下を優先する、という資本配分の優先順位が明確になっています。
これは、資本配分の合理性を極限まで追求した姿勢と言えます。次の章では、この資本配分の優先順位について、より詳しく見ていきましょう。
9-6 ハードルレートを下回る場合の対応――株主還元へ
光通信のハードルレートを下回るような事業投資機会、純投資機会しかない場合、余剰資金はどうなるのでしょうか。答えは「株主還元へ振り向ける」です。
2026年3月期第1四半期決算説明会では、財務担当役員兼M&A本部長の杉田氏が次のように述べています。「当社の投資方針は安定した事業を行う、財務基盤が強固な優良企業を、割安な価格で取得することです。そのため、割安と判断できる投資対象が見当たらない場合は、新規投資は停止するというのが基本的な考え方です」「なお、当社ではまず最も利回りの高い自社事業への投資を第一とし、その次に余剰資金を投資運用に回し、さらに一部を株主還元に充てる方針を取っています」「新たな純投資先が見つからない場合には、現預金として内部に留保することになります」(出所:光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」、前掲)。
ここに、光通信の資本配分の優先順位が極めて明確に示されています。
第一の優先順位は、自社事業への投資です。これが最も利回りの高い投下先となります。第二は、純投資。割安かつ優良な銘柄が見つかれば、これに資金を振り向けます。第三は、株主還元(配当および自社株買い)。そして最終的には、適切な投資先が見つからない場合は、内部留保(現預金として留保)となります。
この優先順位を守っているからこそ、光通信のROE(自己資本利益率)やROIC(投下資本利益率)は、極めて高い水準を維持できているのです。
9-7 ハードルレートが教えてくれること――個人投資家への示唆
光通信のハードルレート規律は、個人投資家にとっても多くの示唆を与えてくれます。
私たち個人投資家も、自分の中に「ハードルレート」を設定すべきです。例えば、「年率10%以上のリターンが期待できる投資先にしか投資しない」「期待リターンが市場平均並みなら、低コストのインデックスファンドにする」「明確な根拠なく『なんとなく値上がりしそう』という銘柄には手を出さない」――こうした自分なりのルールを持つことが、長期的な投資の成功につながります。
また、「シェア拡大や売上拡大を目的化しない」という発想も、個人投資家にとって重要です。「ポートフォリオを大きくすること」自体を目的化すると、無理な投資判断につながります。あくまで「リターンの質」を優先する姿勢が、長期的な成果を生むのです。
次の章では、光通信の資本配分の優先順位について、より詳しく見ていきましょう。
第15章 個人投資家への示唆――光通信から何を学ぶか
15-1 光通信の投資哲学を個人投資家に活かす
光通信の投資哲学は、組織的に1兆円規模で実践されているものですが、その根本原則は個人投資家でも実践可能です。むしろ、個人投資家の方が、光通信よりも制約が少なく、より自由に実践できる側面もあります。
ここでは、光通信から学べる、個人投資家のための10の具体的な示唆を整理してまいります。
15-2 示唆1:株式を「ビジネスの一部所有権」として捉える
光通信の第一の原則は、「株式は金融商品ではなく、ビジネスの一部所有権」というものでした。これは、個人投資家にとっても、最も重要な発想転換です。
具体的にこれを実践するには、次のような習慣を身につけることが有効です。保有銘柄の決算書を、年に1度は読み込む習慣をつけること。短期的な株価の動きではなく、企業の本質的な業績の動向を追うようにすること。配当だけでなく、企業が内部留保した利益をどう使っているかも見るようにすること。自分が保有している企業が、5年後、10年後にどのようなビジネスになっているかを想像すること。
これらの習慣は、株式投資を「ギャンブル」から「ビジネスへの長期投資」に変える、重要な転換点になります。
15-3 示唆2:自分のハードルレートを設定する
光通信は、すべての投資判断をハードルレートで律しています。個人投資家も、自分のハードルレートを設定することが重要です。
例えば、「年率8%以上のリターンが期待できる投資先にしか投資しない」「期待リターンが市場平均並みなら、低コストのインデックスファンドを選ぶ」「明確な根拠なく『なんとなく値上がりしそう』という銘柄には手を出さない」――こうした自分なりのルールを持つことが、長期的な投資の成功につながります。
ハードルレートを設定すると、無駄な売買が劇的に減ります。「これは買うべきか売るべきか」という判断が、明確な基準に基づいて行えるからです。
15-4 示唆3:「安定・財務基盤・割安」の3基準で選定する
光通信は、銘柄選定に3つの基準を設けています。①安定した事業、②財務基盤が強固、③割安な価格――この組み合わせを個人投資家も活用できます。
具体的には、次のようなスクリーニングをかけてみるとよいでしょう。ストック型ビジネスを持つ企業(電力、通信、保険、サブスクリプション、不動産賃貸、消費財メーカーなど)、自己資本比率が40%以上、ネットデット/EBITDA倍率が3倍未満、連続増配または連続非減配の実績がある、PBR 1倍以下または配当利回り3%以上――こうした条件を満たす企業です。
こうした条件を満たす企業を見つけたら、その事業内容を深く理解し、サークル・オブ・コンピタンス内かどうかを判断します。理解できれば、投資の候補になります。
15-5 示唆4:時価ではなく簿価ベースで評価する
光通信のEYは、時価ベースではなく簿価ベース(投資簿価ベース)で計算されています。個人投資家も、保有銘柄を「自分の取得価格に対する利回り」で見直す習慣をつけることが重要です。
例えば、10年前に株価1,000円で買った銘柄を、現在の株価2,000円で評価するのではなく、「自分が1,000円で買った銘柄が、年間配当80円を生んでいる。簿価ベースの配当利回りは8%」と考えるのです。
この発想を取ると、長期保有のモチベーションが大きく変わります。時価ベースだと「もう十分上がったから売ろう」と思いがちですが、簿価ベースで見ると「8%の高利回り資産を、わざわざ手放す理由がない」と思えるようになります。
15-6 示唆5:市場のボラティリティを「機会」として捉える
光通信は、市場の暴落を「投資機会」として捉えます。個人投資家も、この発想を学ぶ価値があります。
具体的には、市場が暴落した時に、慌てて保有株を売るのではなく、追加投資できる現金を準備しておくことです。リーマンショック、コロナショック――こうした歴史的な暴落の時に、勇気を持って追加投資できた人は、その後の回復局面で大きなリターンを得ています。
そのためには、ポートフォリオの一定割合(10〜30%程度)を現金で保有しておくことが有効です。「現金は機会を待つためのツール」という発想です。
15-7 示唆6:長期保有による複利の力を信じる
光通信は、純投資の保有期間に上限を設けず、複利の力を最大限に活用しています。個人投資家も、長期保有による複利の力を信じることが重要です。
年率10%の複利成長は、10年で約2.6倍、20年で約6.7倍、30年で約17.4倍になります。これは、優良企業を長期保有し続けるだけで、誰でも享受できる成長です。
しかし、多くの個人投資家は、短期的な値動きに惑わされて、長期保有を続けられません。「あと10%上がったら売る」「20%下がったら損切りする」――こうした短期売買のルールが、長期的な複利成長を阻害してしまいます。
光通信のように、「投資先のビジネスが順調なら、株価が上下しても保有し続ける」という規律を貫くことが、長期的な富の形成には不可欠です。
15-8 示唆7:累進配当銘柄を中心に据える
光通信は、15期連続増配、23期連続非減配を達成しています。同様に、累進配当を続けている銘柄を、個人投資家のポートフォリオの中心に据えることをお勧めします。
日本にも、累進配当を実践している優良企業が複数あります。例えば、花王(30期以上連続増配)、リコーリース、SPK、KDDI、伊藤忠商事、三菱UFJフィナンシャル・グループなど――こうした銘柄を中心に据えれば、長期的に安定したキャッシュフローを享受できます。
累進配当銘柄の選定基準としては、過去10年以上の連続増配または連続非減配の実績、自己資本比率の高さ、配当性向の安定性、フリーキャッシュフローの安定性――こうした要素を総合的に評価することが重要です。
15-9 示唆8:自分のサークル・オブ・コンピタンスを認識する
光通信は、「自分が理解できない事業には投資しない」という規律を守っています。個人投資家も、自分のサークル・オブ・コンピタンスを認識することが重要です。
自分の職業、専門分野、生活経験から、深く理解できる業界はどこか――これを明確にすることが、投資判断の出発点になります。例えば、医療従事者であれば医療・ヘルスケア業界、ITエンジニアであれば技術業界、教育関係者であれば教育・出版業界――こうした自分の専門領域に深く関連する企業は、他の人より深く分析できます。
逆に、自分が理解できない業界(バイオベンチャー、新興国経済、複雑な金融商品など)には、安易に手を出さないことです。「みんなが買っているから」「上がりそうだから」という理由で、自分の理解できない投資をするのは、最大のリスクです。
15-10 示唆9:3年分の生活費を現金で持つ
光通信は、3年分の有利子負債と同等以上の手元現金を維持しています。これを個人投資家にあてはめると、「3年分の生活費を現金で持つ」という考え方になります。
なぜ3年分なのでしょうか。これは、市場の暴落や個人的な失業、病気などの予期せぬ嵐に対する耐性を確保するためです。3年分の生活費があれば、株式市場が暴落した時にも、慌てて保有株を売る必要がなく、市場が回復するまで耐えることができます。
3年分という具体的な数字には、深い意味があります。歴史的に見て、株式市場の大きな暴落から回復するまでに、概ね3年程度の時間がかかることが多いのです。リーマンショック後の回復、ITバブル崩壊後の回復――いずれも3年程度で大幅に回復しています。
15-11 示唆10:規律こそが最大の競争優位
最後の示唆は、光通信から学べる最も重要な教訓――「規律こそが、長期的な成果の源泉である」ということです。
個人投資家にとって、規律を保つことは、極めて難しい挑戦です。市場の熱狂、メディアの煽り、SNSの投資情報、友人の投資自慢――こうした外部からの圧力が、規律を崩そうとします。
しかし、規律を崩さずに長期的に投資を続けることが、最も大きな差を生みます。年率2%の差が、30年の複利では約1.8倍の差になります。年率5%の差なら、30年で約4.3倍の差です。
規律を保つためには、明文化された投資ルールを持つこと、定期的にルールを見直すこと、感情に流されない仕組みを作ること(例:定期的な自動積立、ルールベースのリバランス)――こうした工夫が有効です。
光通信が30年近く規律を守り続けてきた結果が、現在の時価総額1.7兆円、純投資1.2兆円という規模です。個人投資家も、自分の規模で同じ哲学を貫けば、長期的には驚くべき成果が生まれるはずです。
15-12 個人投資家にとっての光通信株式
最後に、個人投資家として、光通信そのものに投資する選択肢についても触れておきたいと思います。
光通信株式(証券コード9435)は、東証プライム市場に上場しており、誰でも購入できます。2026年4月時点での株価は約4万円台で、最低投資単位は100株(約400万円)です。NISA口座での購入も可能です。
光通信に投資することのメリットは、「自分で銘柄選定をする手間なく、光通信の投資哲学に基づく分散ポートフォリオに間接的にアクセスできる」という点です。約300社の優良銘柄に分散投資しているのと同等の効果を、光通信株式1銘柄で得られます。
ただし、光通信株式への投資にも、いくつかの留意点があります。第一に、配当利回りが約1.85%と、日本の上場企業平均と比べてやや低めです。配当目的の投資には不向きかもしれません。第二に、株価が経営陣の見る適正水準の半分程度に留まっており、いつ評価が見直されるかは不透明です。第三に、流通株式比率が低めで、流動性が大型銘柄ほど高くありません。
これらを総合的に考えると、光通信株式は「短期的な配当収入」よりも「長期的な複利成長」を求める投資家に向いていると言えるでしょう。バフェット哲学を信奉する長期投資家にとっては、日本国内では最も近い投資先の一つとなりうるはずです。
ただし、これは個人的な分析であって、投資推奨ではありません。実際の投資判断は、各自の責任で、最新の情報を確認した上で行ってください。
おわりに――光通信が示唆するもの
ここまで、光通信(東証9435)の投資哲学を、創業から38年の歴史を辿りながら、一次情報を多用して詳細に分析してまいりました。最後に、本記事の主要なポイントを振り返り、私自身の総括的な見解を述べてまいります。
終-1 光通信が体現する3つの価値
光通信が体現する最も重要な価値は、第一に「失敗を組織の財産に変える力」です。
2000年の光通信ショックという壮絶な失敗を、光通信は隠すことなく、組織のDNAに刻み込みました。「自社が過大評価されることの恐ろしさ」「拡大を目的化した時の規律の崩壊」「予期せぬ嵐への備えの重要性」――こうした教訓は、失敗を経験した企業だけが本当に身につけられる、贅沢な学びです。
多くの企業は、大きな失敗を経験すると、組織から「無かったこと」にしようとします。責任者を処分し、関連書類を破棄し、新しい体制で「再出発」を図ります。しかし、これでは失敗から本当に学ぶことはできません。光通信は、失敗を組織の知恵に変えるという、極めて稀な能力を持つ企業なのです。
第二に、光通信は「規律と継続の力」を体現しています。
ハードルレート、3年分の手元現金、累進配当、機動的自社株買い、サークル・オブ・コンピタンス――これらの規律は、いずれも地味で、面白みがなく、時には外部からのプレッシャーに晒されます。「もっと積極的に動くべきだ」「もっと大きな投資をすべきだ」「もっとリスクを取るべきだ」――こうした声に耳を傾けず、自分たちの規律を貫き通してきたのが光通信です。
規律を30年近く貫き通すことは、想像以上に難しいことです。市場の熱狂、流行の変化、競合の動き、メディアの評価――こうした外部要因が、絶えず規律を試そうとします。光通信が現在の地位を築けたのは、これらの誘惑に屈せず、規律を守り続けてきたからに他なりません。
第三に、光通信は「事業と投資の融合」という新しい経営モデルを提示しています。
伝統的な日本企業は、本業に集中することを美徳としてきました。一方、伝統的なファンドは、純粋な投資に特化することを目指してきました。光通信は、両者を融合させ、「事業会社として高利回りの本業を展開しながら、余剰資金を上場株式の純投資で運用する」という、新しい経営スタイルを確立しました。
この経営モデルは、バークシャー・ハサウェイが米国で60年かけて確立したスタイルの、日本版とも言えます。光通信が今後どう進化していくか――それは、日本の上場企業全体にとっても、極めて興味深い実験となるでしょう。
終-2 光通信の長期的な展望
光通信の長期的な展望について、私の見解を述べておきます。
光通信が現在のような複利成長を維持できる前提は、いくつかあります。
第一に、中小企業向けストック型ビジネスというアセットの維持と拡大です。電力、通信、保険、ガス、飲料――これらの市場で、光通信が引き続き競争力を維持できるかどうか。電力市場の制度変更、通信業界の競争激化、人口減少――こうしたマクロ要因に、どう適応していくかが課題です。
第二に、純投資のポートフォリオが、引き続きEY 14〜16%という高利回りを維持できるかどうかです。日本市場の割安銘柄の存在が、いつまで続くかは不透明です。東証のPBR1倍割れ改善要請が浸透し、日本企業の資本効率が改善すれば、「割安かつ優良」な銘柄の発掘が徐々に難しくなる可能性があります。
第三に、創業者・重田康光氏の後継体制です。重田氏が経営から離れた後も、光通信の独特な投資哲学が組織として維持できるかどうかが、長期的な持続性の鍵となります。
これらの課題はあるものの、光通信が築き上げた「文化と規律」は、簡単には揺るがないと、私は楽観的に見ています。組織のDNAに刻み込まれた規律と哲学は、個別の経営者の交代を超えて受け継がれていく可能性が高いのです。
終-3 投資哲学を超えて――光通信からの普遍的な教訓
光通信の投資哲学は、株式投資の文脈だけでなく、より広い人生やビジネスの文脈でも、普遍的な教訓を含んでいると、私は考えています。
「派手な目標ではなく、地味な規律こそが長期的な成果を生む」――この教訓は、株式投資だけでなく、キャリア形成、健康管理、人間関係、学習――あらゆる領域に当てはまります。
「予期せぬ嵐に備える耐久力を持つ」――これも、個人の人生において、極めて重要な原則です。緊急用の貯金、健康への投資、人間関係のネットワーク――こうした「嵐への備え」が、人生の重要な局面で違いを生みます。
「自分のサークル・オブ・コンピタンスを認識する」――これも、人生のあらゆる選択において重要な原則です。自分が深く理解できる領域で勝負することが、最も成功の確率が高い戦略です。
「複利の力を信じて、長期的に積み上げる」――これは、人生のあらゆる成長における基本原則です。地道な努力の積み重ねが、時間とともに驚くべき成果を生みます。
光通信の投資哲学は、こうした普遍的な人生の知恵が、株式投資という具体的な形で体現されたものだと言えるでしょう。
終-4 最後に――読者の皆さまへ
ここまで、長い分析にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
私は、光通信のIR資料、決算説明会の書き起こし、創業から38年の歴史を辿る中で、この会社の独自性と魅力に強い印象を受けました。日本の上場企業の中で、これほど一貫した投資哲学を、これほど大規模に実践している企業は、他には見当たりません。
光通信が示しているのは、「日本企業にも、こういう経営の道がある」という、極めて重要なメッセージです。短期的な株価変動に振り回されず、市場の流行に流されず、自分たちの規律を貫き通すこと――これは、日本企業の経営者にとっても、個人投資家にとっても、長期的な成功への鍵となる発想です。
本記事が、読者の皆さまにとって、株式投資、ビジネス、そして人生における規律と長期的な視点の重要性を、再認識する一助となれば幸いです。
最後にもう一度、お断りしておきます。本記事は、光通信の公開IR資料、決算説明会の書き起こし、メディア報道などの一次・二次情報に基づく、私の分析と見解です。投資推奨ではありません。実際の投資判断は、各自の責任で、最新の情報を確認した上で行ってください。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
参考資料
一次情報(光通信公式IR資料)
- 株式会社光通信 公式サイト「純投資概要」, https://www.hikari.co.jp/net_investment/
- 株式会社光通信 公式サイト「事業・純投資」, https://www.hikari.co.jp/business/
- 株式会社光通信 公式サイト「社長メッセージ」, https://www.hikari.co.jp/greeting/
- 株式会社光通信 公式サイト「会社概要」, https://www.hikari.co.jp/outline/
- 株式会社光通信 公式サイト「沿革」, https://www.hikari.co.jp/history/
- 株式会社光通信 公式サイト「創業以来の業績」, https://www.hikari.co.jp/results/
- 株式会社光通信「2025年3月期通期決算説明資料」(2025年5月14日), https://www.hikari.co.jp/assets/pdf/ir/38th/4th_presen.pdf
- 株式会社光通信「2025年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」(2024年8月15日), https://www.hikari.co.jp/assets/pdf/ir/38th/1st_transcription.pdf
- 株式会社光通信「2025年3月期第2四半期決算説明資料」(2024年11月12日), https://www.hikari.co.jp/assets/pdf/ir/38th/2nd_presen.pdf
- 株式会社光通信「2026年3月期第1四半期決算説明会書き起こし」(2025年8月14日), https://www.hikari.co.jp/assets/pdf/ir/39th/1st_transcription.pdf
- 株式会社光通信「個人投資家向け説明会資料」(2025年12月), https://webcast.net-ir.ne.jp/94352512/PF9NemtYgA/slide.pdf
- 株式会社光通信「楽天証券様主催個人投資家向け説明会資料」(2024年8月), https://www.rakuten-sec.co.jp/web/special/hikari/pdf/pdf-01.pdf
- 株式会社光通信「代表取締役社長 和田英明 説明会資料」(2025年5月), https://daiwair.webcdn.stream.ne.jp/www11/daiwair/qlviewer/pdf/2505189435arBJ38q3.pdf
- 株式会社光通信 有価証券報告書(第37期:2023年4月1日〜2024年3月31日)
二次情報
- The社史「光通信の歴史 | 長期業績の推移 | 経営判断」, https://the-shashi.com/tse/9435/
- JBpress「長者番付の常連『光通信』重田康光が新たな投資会社 表に出たがらない大富豪が次に狙う株はどれだ」(2020年11月22日), https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61736
- 月刊『文藝春秋』2000年4月号(株式会社文藝春秋)――光通信ショックの起点となった「寝かせ」報道
- 田村賢司「<挑む>重田康光氏(光通信社長)最年少で1000億円企業、熱く『冷徹』経営」『Nikkei business』1997年4月28日号 pp.64-66
- 松島庸『追われ者』東洋経済新報社(2002年4月、ISBN 4492970258)
- nikkei BPnet「光通信・重田氏の私財提供は中途半端/ベンチャー投資失敗、100億円拠出もやることなすこと裏目に」(2001年3月6日)
- FACTA「スクープ! 二つの『光通信』異次元投資術」(2022年1月号), https://facta.co.jp/article/202201005.html
- NewsPicks「【異色の集団】あの『光通信』が投資会社になっていた」(2025年8月7日), https://newspicks.com/news/14449863/body/
- Wikipedia「重田康光」(最終更新2025年5月31日), https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E7%94%B0%E5%BA%B7%E5%85%89
- 株式会社ぎょうせい『フォーブス(日本版)』1999年3月号
- Forbes World’s Billionaires List(米国経済誌『Forbes』)
データ提供サービス
- バフェット・コード「光通信が保有する銘柄一覧と評価額」, https://www.buffett-code.com/shareholder/4277167ee7a2f88baa2bd435c344b226
- バフェット・コード「重田康光さんが保有する銘柄一覧と評価額」, https://www.buffett-code.com/shareholder/a1f2fe51084350ad2ee431bb0d9da0f5
- IRBANK「光通信(9435)の役員一覧 – 重田康光」, https://irbank.net/E04948/officer?m=%E9%87%8D%E7%94%B0%E5%BA%B7%E5%85%89
- IRBANK「重田康光の役員経歴」, https://irbank.net/%E9%87%8D%E7%94%B0%E5%BA%B7%E5%85%89
- IRBANK「光通信(9435)の配当金の推移」, https://irbank.net/E04948/dividend
- Yahoo!ファイナンス「光通信(9435)配当情報」, https://finance.yahoo.co.jp/quote/9435.T/dividend
- ウエルスアドバイザー(旧モーニングスター)銘柄スカウター, https://scouter.monex.co.jp/report/dps/9435
- 日経会社情報DIGITAL「光通信(9435)開示資料」
- EDINET(電子開示システム), 株式会社光通信 EDINETコード E04948
- Ullet(ユーレット)「光通信[9435]対処すべき課題」, https://www.ullet.com/%E5%85%89%E9%80%9A%E4%BF%A1/%E6%A6%82%E8%A6%81/type/task
参考図書・関連文献
- ウォーレン・バフェット著、ローレンス・カニンガム編『バフェットからの手紙(第4版)』パンローリング
- ベンジャミン・グレアム著『賢明なる投資家』パンローリング
- アリス・シュローダー著『スノーボール ウォーレン・バフェット伝』日本経済新聞出版社
注記
本記事の内容は、上記の公開情報をもとに作成した、AIアシスタントによる分析・整理であり、株式会社光通信および関係者の公式見解ではありません。記載内容の正確性・適時性は保証せず、最新の開示資料には必ずしも追従していません。重要な投資判断や経営判断には、必ず一次情報をご参照ください。本記事の内容は投資助言・推奨を目的としたものではなく、投資判断は読者ご自身の責任に基づいて行ってください。
本記事に記載された数値は、特に断りのない限り、2026年5月時点までに公開された情報に基づきます。光通信の業績、財務指標、配当、株価などは、その後変動しうるものです。
なお、本記事中で引用した光通信の決算説明会書き起こし等の発言については、公開された一次情報からの引用に留めており、各引用は短く、いずれも著作権法上の引用要件を満たす範囲内で行っております。長文の転載は避け、必要に応じて私自身の言葉で要約・解説しています。
最終更新:2026年5月
以上

