入り口で閉ざされた扉──就職氷河期世代の「新卒正社員就職の失敗」とは何だったのか

この記事は約65分で読めます。
  1. はじめに
  2. 第1章 「新卒で正社員になれなかった」とは、どういうことだったのか
    1. 1-1. たった一度のタイミング
    2. 1-2. 「失敗」という言葉をめぐって
    3. 1-3. 数字に表れない「失敗」の広さ
  3. 第2章 数字で見る「入り口の崩壊」──求人倍率と就職率の推移
    1. 2-1. 大卒求人倍率──椅子が半分になった
    2. 2-2. 「氷河期は終わった」という誤報
    3. 2-3. 就職率の底──2003年55.1%
    4. 2-4. 高卒はもっと深刻だった
  4. 第3章 なぜ企業は新卒採用を絞ったのか──「失敗」の構造的原因
    1. 3-1. 「正社員を守るために新卒を切る」という選択
    2. 3-2. 内閣府が認めた「新卒は景気に2倍敏感」
    3. 3-3. 人口の多さという「不運の上乗せ」
    4. 3-4. 「失われた10年」が「失われた20年」になった
  5. 第4章 就職活動そのものが地獄だった──当時の「就活」のリアル
    1. 4-1. アナログからデジタルへの過渡期
    2. 4-2. エントリーシートという「厳選装置」
    3. 4-3. 「100社落ちるのはザラ」
    4. 4-4. 女子学生という「二重の不利」
  6. 第5章 「失敗」のあとに何が起きたか──既卒・第二新卒という袋小路
    1. 5-1. 卒業した瞬間、「新卒」ではなくなる
    2. 5-2. 「就職留年」という苦肉の策
    3. 5-3. 「とりあえず」就職した先での「新卒切り」
    4. 5-4. フリーター217万人という受け皿
    5. 5-5. 「やり直し」を阻んだ企業の評価
  7. 第6章 「失敗」の烙印は何年残ったか──持続する世代効果
    1. 6-1. 「世代効果」という概念
    2. 6-2. 玄田有史氏の比較研究──日本の特殊性
    3. 6-3. 男性に色濃く出た「正規雇用率の低下」
    4. 6-4. 賃金という形で蓄積する「失敗」
    5. 6-5. 「能力が低い世代」という誤った烙印
  8. 第7章 それでも挽回した人、できなかった人──分岐点はどこにあったか
    1. 7-1. 「事後的な正社員化」は確かに起きた
    2. 7-2. しかし「正社員になれた」≠「報われた」
    3. 7-3. 分岐点はどこにあったのか
    4. 7-4. 「ためらい」を生んだもの
  9. 第8章 政府はどう対応したか──遅すぎた支援とそのピントのずれ
    1. 8-1. 「若者の意識の問題」とされた10年
    2. 8-2. 2000年代の若年雇用対策
    3. 8-3. 2019年「就職氷河期世代支援プログラム」
    4. 8-4. 専門家が指摘した「2つの違和感」
    5. 8-5. なぜ支援はピントがずれるのか
  10. 第9章 「新卒一括採用」というシステムそのものを問う
    1. 9-1. なぜこのシステムは生まれたのか
    2. 9-2. 高度成長期には「合理的」だった
    3. 9-3. 前提が崩れたとき、凶器に変わった
    4. 9-4. 「人権問題」という指摘
    5. 9-5. システムは変わるのか
  11. 第10章 「第二の氷河期」は来るのか──AI時代の新人不要論
    1. 10-1. 繰り返される「入り口の崩壊」
    2. 10-2. AIという、これまでとは異質な脅威
    3. 10-3. 「雇用なき時代」ではなく「育てられない時代」
    4. 10-4. 1990年代の氷河期との不気味な符合
    5. 10-5. 氷河期世代が語り継ぐべきこと
  12. 第11章 当事者たちの証言──「あの春」を生きた人々
    1. 11-1. 証言を聞くということ
    2. 11-2. 佐々木の場合──「社員30人の会社が、3か月で」
    3. 11-3. 田島の場合──「総合職で入れたのに、戻れなかった」
    4. 11-4. 鈴木の場合──「親が奨学金を肩代わりしてくれた」
    5. 11-5. 「かおり」さんの証言が示すもの
    6. 11-6. 私自身のこと
  13. 第12章 「新卒失敗」が日本社会全体に残したもの
    1. 12-1. これは「個人の問題」の集合ではない
    2. 12-2. 少子化への影響
    3. 12-3. 社会保障財政への影響
    4. 12-4. 「失われた人的資本」
    5. 12-5. 「自己責任」社会の完成
    6. 12-6. それでも、語ることをやめない
  14. おわりに
  15. 参考資料一覧
    1. 政府・公的機関の資料
    2. 研究論文・専門資料
    3. 報道記事・ウェブ媒体
    4. 事典・データベース
    5. 注記事項

はじめに

50歳になった。

私は1976年生まれ。1999年3月に大学を卒業した、いわゆる「就職氷河期世代」のど真ん中の人間だ。前回まで、奨学金返済の問題や、私たちの世代が抱える困難の全体像について書いてきた。今回は、そのすべての出発点にある一点に絞って書きたい。

「新卒時の正社員就職の失敗」だ。

この一点が、なぜそんなに重要なのか。理由は単純で、日本の雇用社会では、ここでつまずくと、後からの挽回が異常に難しいからだ。欧米なら「最初の仕事がうまくいかなければ、二つ目、三つ目で立て直せばいい」という発想が成り立つ。ところが日本は違う。新卒一括採用という、世界に類を見ない仕組みのなかで、「学校を出た、その年の春」という、たった一度きりのタイミングを逃すと、そこから先はずっと不利な道を歩かされる。

私自身、新卒で入った中小企業が半年で経営難に陥り、解雇通告を受けた。それから5年間、契約社員と派遣を行き来した。正社員に戻れたのは28歳のときだ。あの5年間の空白は、いまも私の人生に影を落としている。年金記録、生涯賃金、職歴の見え方──すべてに、あの「入り口でのつまずき」が刻印されている。

この記事では、私自身の経験と、同世代の友人・知人の声を背景に置きながら、政府統計や研究論文、報道資料を丹念に追って、「新卒正社員就職の失敗」が何だったのか、なぜ起きたのか、そして何を残したのかを、できるだけ深く掘り下げてみたい。文字数は10万字を超える。長いけれど、この「入り口の問題」をきちんと理解することは、私たちの世代を理解することそのものだと思っている。

参考にした資料はすべて文末にまとめた。本文中の数字や事実は、出典を確認できる範囲で書いている。引用した友人・知人の声は、本人の承諾を得たうえで、プライバシー保護のために仮名にしている。

それでは始めよう。


第1章 「新卒で正社員になれなかった」とは、どういうことだったのか

1-1. たった一度のタイミング

まず、この問題の核心を、私なりの言葉で定義しておきたい。

「新卒時の正社員就職の失敗」とは、大学や高校、専門学校を卒業するその年の春に、正社員としての雇用契約を得られなかった、という出来事を指す。

文字にすると、たったそれだけのことだ。だが、この「たったそれだけ」が、日本社会では決定的な意味を持つ。

なぜか。日本の雇用慣行が「新卒一括採用」と「年功序列」「終身雇用」の三点セットで成り立ってきたからだ。企業は毎年春に、職業経験のない若者をまとめて採用し、社内で時間をかけて育てる。育てた人材が辞めないように、勤続年数に応じて給料を上げ、退職金を厚くする。この仕組みのなかでは、「新卒のタイミングで正社員の列に並べたかどうか」が、その後の数十年を左右する。

列に並べた人は、教育を受け、経験を積み、年功で給料が上がり、退職金を受け取る。列に並べなかった人は、その教育の機会そのものを失う。後から「中途」で入ろうとしても、「では、あなたはこれまで何の経験を積んできたのですか」と問われる。経験を積む機会を与えられなかった人に、経験を問う。この循環構造のなかで、私たちは出口を見失った。

リクルートワークス研究所の大久保幸夫氏は、日経ビジネスのインタビューで、就職氷河期世代が直面したのは「キャリア形成の問題」だと指摘している。会社に入った後、給料は上がらず、大きな成果を求められ、職能を鍛える時間も機会もなく、転職も厳しい──このプロセスに乗れなかった人たちが40代、50代になっていく、と。私はこの指摘に強く頷く。だが同時に、その「キャリア形成のプロセスに乗れるかどうか」を決める最初の関門が、まさに「新卒の春」だったことも、忘れてはならないと思う。

1-2. 「失敗」という言葉をめぐって

「新卒時の正社員就職の失敗」と書くとき、私はいつも「失敗」という言葉に引っかかる。

「失敗」と言うと、まるで本人が何かをしくじったように聞こえる。準備が足りなかった、努力が足りなかった、自己分析が甘かった──そういうニュアンスがついて回る。

だが、これから本記事で延々と数字を見ていけばわかるように、私たちが直面したのは「個人の失敗」ではなく「市場の崩壊」だった。求人そのものが、社会全体から消えていた。どんなに優秀でも、どんなに努力しても、椅子の数が応募者の数より少なければ、必ず誰かが座れない。それは「失敗」ではなく「構造」だ。

それでも私はあえて、この記事で「失敗」という言葉を使う。理由は二つある。

一つは、当時の私たち自身が、まさに「自分は失敗した」と感じていたからだ。その主観的な感覚を消してしまうと、当事者が何を経験したかが見えなくなる。

もう一つは、「失敗」という言葉を引き受けたうえで、「これは個人の失敗ではなかった」と言い切りたいからだ。言葉を避けるのではなく、言葉の中身を書き換えたい。

Business Insider Japanが取材した、1995年3月卒の「かおり」さん(仮名)の証言が、この感覚をよく表している。彼女は20社以上受けて一度も最終面接に呼ばれず、友人と「何で落ちるんだろう。私たちの何が悪いのかな」と途方に暮れたという。当時はインターネットもなく、それが日本全体で起こっていることだと気づけず、「自分に原因がある」と思い込んだ、と語っている。

これだ。これが「新卒失敗」の本質的な残酷さだ。構造の問題なのに、当事者には個人の問題に見えてしまう。情報が遮断された一人ひとりの学生が、それぞれの部屋で「自分のせいだ」と自分を責めた。その心理的な刻印は、20年、30年と残り続ける。

1-3. 数字に表れない「失敗」の広さ

「新卒で正社員になれなかった」という出来事は、実は統計上、非常に見えにくい。

雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏は、日本経済新聞のコラムで、厚生労働省・文部科学省が公表する「就職内定率」が実態を映していないと指摘している。海老原氏によれば、卒業時点(4月1日)の就職内定率は、就職氷河期にあたる2000年と2003年でそれぞれ91%、93%。リーマン・ショック後の2011年が91.0%で過去最低。過去最高は2018年・2020年の98%。つまり「過去最低と過去最高でたった7ポイントしか差がない」。

この数字だけ見れば「氷河期だって9割以上が就職できたじゃないか」と思えてしまう。だが、これは罠だ。海老原氏が指摘する調査の問題点は、以下のようなものだ。

第一に、調査対象が約60校に過ぎず、全大学750校ほどの1割にも満たないこと。しかもそのうち国公立が24校(4割)を占め、就職に強い大学に偏っている。

第二に、内定率の分母が「就職希望者」であること。就活終盤になると、あきらめて希望を取り下げる学生、就職課と連絡が取れなくなる学生が増える。そうした学生はカウントから外れるので、数字は実態より高く出る。

海老原氏は、別のコラムで「2000年、03年においては、卒業時点で進路未定者が27%もいた」と書いている。約4人に1人が、卒業の春に進路が決まっていなかった。これが実相だ。

文部科学省「学校基本調査」をもとにした数字を見ると、もっとはっきりする。大卒者の就職率は、1991年の81.3%をピークに低下を続け、2003年には55.1%にまで落ち込んだ。2000年には大学卒業者の22.5%が「学卒無業者」、つまり卒業時点で就職も進学もしていない状態だった。WEB労政時報がまとめたところによれば、新卒無業者の数は1991年の2万2121人から、2000年には5倍以上の12万1083人にまで達している。

「9割が就職できた」という見かけの数字と、「卒業時の就職率55%」「無業者12万人」という実態の数字。この乖離のあいだに、私たちの「失敗」は埋もれている。


第2章 数字で見る「入り口の崩壊」──求人倍率と就職率の推移

2-1. 大卒求人倍率──椅子が半分になった

まず、最も基本的な数字から確認しよう。リクルートワークス研究所の「ワークス大卒求人倍率調査」だ。これは、民間企業の求人総数を、民間企業を志望する学生数で割った値で、「学生1人あたり何件の求人があるか」を示す。

主な推移を整理する。

  • 1991年3月卒:2.86倍(バブルのピーク。求人総数84万4000人)
  • 1992年3月卒:2.41倍
  • 1993年3月卒:1.91倍(2倍を割り込む)
  • 1994年3月卒:1.55倍
  • 1995年3月卒:1.20倍(求人総数40万400人)
  • 1996年3月卒:1.08倍(第一の底)
  • 1997年3月卒:1.45倍(やや回復)
  • 1998年3月卒:1.68倍(「氷河期は終わった」と言われた)
  • 1999年3月卒:1.25倍(私の卒業年)
  • 2000年3月卒:0.99倍(戦後初の1倍割れ)
  • 2003年3月卒:1.30倍
  • 2010年3月卒:1.62倍(リーマン後の二番底)
  • 2024年3月卒:1.71倍

この数字が示すことは、残酷なほど単純だ。

Business Insider Japanの記事が指摘するように、1995年3月卒の時点で、求人総数はバブル期の84万4000人から40万400人へと、ほぼ半減していた。一方で、団塊ジュニアが大学を卒業する時期に当たり、学生数はむしろ増えていた。椅子が半分になり、座ろうとする人は増えた。これが「新卒失敗」を生んだ最も根本的なメカニズムだ。

そして2000年3月卒の「0.99倍」。求人倍率が1を切るというのは、計算上、「全員が就職活動をしたら、必ず誰かが余る」状態を意味する。実際にはミスマッチがあるから、1を上回っていても余る人はいるし、1を切っていても就職できる人はいる。だが、「1未満」という数字が持つ象徴的な重みは大きい。社会が、新卒の若者全員分の椅子を用意することを、放棄した年だった。

2-2. 「氷河期は終わった」という誤報

ここで、見落とされがちな重要なポイントを指摘しておきたい。氷河期は、一直線に悪化したわけではない、ということだ。

WEB労政時報の連載(豊田義博氏による分析)が詳しく書いているが、1997年3月卒(1.45倍)、1998年3月卒(1.68倍)と、求人倍率は一度回復に転じた。このため、1998年初頭には「就職氷河期は終わった」という見解が、メディアにも専門家のあいだにも見られた。

ところが、ここから「1990年代中盤以上の氷河期」が訪れる。1997年4月の消費税引き上げ(3%→5%)、同年7月のアジア通貨危機、同年11月の北海道拓殖銀行と山一證券の破綻。不良債権処理の失敗が連鎖し、日本経済は底が抜けたように落ち込んだ。求人倍率は1999年卒で1.25倍、2000年卒で0.99倍へと、再び急降下した。

この「いったん終わったと言われて、再び悪化した」という経緯は、当事者にとって本当に酷なものだった。「氷河期は終わった」という空気のなかで大学生活の前半を過ごし、いざ就職活動を始めたら、その空気が一変していた。心の準備の問題だけではない。「もう大丈夫だろう」と考えた大学や親や本人の油断を、現実が裏切った。

私自身、1999年3月卒だ。1.25倍。「0.99倍の2000年卒よりはマシだったろう」と言われることがある。だが、当事者の実感としては、まったくマシではなかった。1.25倍という数字は、あくまで「民間企業を志望する学生」を分母にした全国平均だ。大企業に限れば倍率は1を大きく割り込んでいたし、地方や、就職に弱いとされる大学では、体感の倍率はさらに低かった。平均値は、現場の絶望を平らにならしてしまう。

2-3. 就職率の底──2003年55.1%

求人倍率と並んで重要なのが、文部科学省「学校基本調査」による「就職率」だ。これは「卒業者のうち、就職した者の割合」を示す。

先にも触れたが、大卒就職率の推移はこうだ。

  • 1991年:81.3%(ピーク)
  • 1995年:初の60%台に下落
  • 2000年:55.8%
  • 2003年:55.1%(過去最低)
  • 2006年:63.7%(1999年以来の60%超え)

日本経済新聞は、この時期を「大卒就職率50%台」と表現している。同紙の記事は、「就職率が低下し始めた当初、その原因は若者の意識変化にあるという見方もあった」と書いている。これは重要な指摘だ。氷河期の初期、世間とメディアは「最近の若者は仕事を選り好みする」「フリーター志向だ」と、若者の意識の問題として片づけようとしていた。

だが、1990年代末に大手金融機関の破綻が相次ぎ、大卒就職率が50%台に低迷すると、さすがに「これは個人の意識の問題ではない、社会問題だ」という認識が広がっていった。日経の表現を借りれば、「新卒時に就職できなかった影響はその後も尾を引き、この世代の就労状況の不安定さは長く続いた」。

「就職率が下がり始めたのは若者のせい」という最初の見立てが、いかに当事者を傷つけたか。私はこのことを、何度でも強調したい。社会が「これは構造問題だ」と認めるまでに、約10年かかった。その10年のあいだに新卒の春を迎えた私たちは、「お前たちが悪い」という空気のなかで、入り口の扉を閉ざされた。

2-4. 高卒はもっと深刻だった

ここまで大卒の話を中心にしてきたが、高卒の状況にも触れておかなければフェアではない。

Wikipediaの「就職氷河期」の項目や厚生労働白書がまとめているところによれば、高卒の就職内定率は、バブル期の1990〜91年には99.2%だった。それが2000年には92.1%、2002年には89.7%まで落ち込んだ。大卒よりも高い内定率を維持してきたはずの高卒のほうが、より急激に悪化するという「逆転現象」すら起きた。

なぜ高卒がこれほど深刻だったのか。高卒の就職は伝統的に、中小企業が主要な受け皿だった。ところが1997年のアジア通貨危機以後、金融機関の貸し渋り・貸し剥がしの影響をまともに受けたのが、その中小企業だった。倒産や廃業が全国で続出し、高校に来る求人そのものが激減した。

高校の進路指導の現場では、それまで考えられなかった職種の求人まで受け入れるようになった、という証言もある。高卒就職者の数は、1989年の60万6150人から、2000年には24万7074人へと、3分の1近くにまで激減している。

私が「新卒失敗」を語るとき、つい大卒の話に偏ってしまうのは、私自身が大卒だからだ。だが、高卒で社会に出ようとした同世代が、大卒以上に過酷な「入り口の崩壊」に直面していたことは、決して忘れてはならない。


第3章 なぜ企業は新卒採用を絞ったのか──「失敗」の構造的原因

3-1. 「正社員を守るために新卒を切る」という選択

ここで、根本的な問いに向き合いたい。なぜ企業は、これほどまでに新卒採用を絞ったのか。

答えの核心は、日本型雇用システムの構造にある。

バブルが崩壊し、企業の業績が悪化したとき、企業の前には「人件費を圧縮する」という課題が突きつけられた。人件費を減らす方法は、論理的には二つある。一つは、すでにいる正社員を解雇する。もう一つは、これから採る新卒の採用を抑制する。

日本企業が選んだのは、圧倒的に後者だった。

なぜか。日本では、正社員の解雇に対する法的・社会的なハードルが非常に高い。「整理解雇の四要件」と呼ばれる判例法理があり、正社員を解雇するには厳しい条件をクリアしなければならない。一方、新卒採用は「今年は採らない」と決めるだけでいい。法的な制約はほとんどない。

つまり、すでに社内にいる人(主に中高年の正社員)の雇用を守るために、まだ社内にいない人(これから入ろうとする新卒)の入り口を閉じる、という選択がなされた。これは「インサイダー(内部者)を守り、アウトサイダー(外部者)に負担を押し付ける」構造だ。労働経済学では、こうした構造は広く知られている。

私はこの構造を知ったとき、深く納得すると同時に、深く絶望した。私たちは、能力で負けたわけでも、努力で負けたわけでもなかった。ただ、「まだ中にいなかった」というだけの理由で、調整の負担を全部背負わされたのだ。生まれた年が数年違えば、同じ能力・同じ努力でも、人生がまるごと変わった。これを「自己責任」と呼ぶのは、どう考えても無理がある。

3-2. 内閣府が認めた「新卒は景気に2倍敏感」

この「新卒にしわ寄せが行く」構造を、政府自身がデータで認めている。

内閣府の『日本経済2019-2020』(第2章第2節)は、「転職数と新卒数の変化がどの程度景気に感応的か」を分析している。その結論はこうだ。「新卒数は転職数の2倍以上景気に感応的である」。

具体的には、経済活動が1%低下すると、転職数は0.33%程度減少するのに対し、新卒採用数は0.74%程度低下する。景気が悪くなったとき、企業はまず新卒採用を真っ先に、そして大きく削る。

さらに同じ報告書は、国家公務員の採用数についても「民間の新卒者変動とおおむね同程度」の景気感応度があると指摘している。つまり、民間も公務員も同じように、不景気のときに新卒の門を狭める。氷河期世代において「就職難の影響を受けていないセクターはほとんどない」と言われるのは、このためだ。Wikipediaの記述によれば、定年延長や再雇用義務化の政策が同時期に進行したこともあり、公務員・教職員の採用数も絞られた。

この「新卒は景気の調整弁」という構造こそが、「新卒失敗」を生んだ最大の原因だ。そして恐ろしいのは、この構造がいまも基本的に変わっていないことだ。リーマン・ショックのときも、コロナ禍のときも、程度の差はあれ、同じことが起きた。私たちの「失敗」は、特殊な不運ではなく、構造が生んだ必然だった。

3-3. 人口の多さという「不運の上乗せ」

構造的な原因に加えて、私たちの世代には「人口の多さ」という不運が上乗せされた。

参議院常任委員会調査室・特別調査室の資料「団塊ジュニアとポスト団塊ジュニアの実像」などによれば、就職氷河期世代は、1971〜74年生まれの団塊ジュニア世代と、1975〜84年生まれのポスト団塊ジュニア世代から成る。団塊ジュニアだけでも毎年約200万人が生まれ、全体で約800万人にのぼる。他の世代と比べて圧倒的な人口ボリュームを持つ。

椅子(求人)が半分に減ったところに、過去最大級の人数が押し寄せた。需要が激減し、供給が激増する。市場で最も価格(この場合は雇用条件)が崩れる典型的な条件が、すべて揃っていた。

しかも、同時期に大学の定員抑制が緩和され、大学進学率が上昇していた。1990年ごろに25%程度だった進学率は、30%以上へと上がっていく。大卒者の数そのものが増えた。「大卒」という学歴の希少性が薄れたところに、求人の激減が重なった。

東京大学の玄田有史氏の論文(『社会科学研究』掲載)は、この点について興味深い分析をしている。玄田氏によれば、1990年代には「18歳人口の減少開始」と「大学入学定員の増加」が重なり合う状況が生じた。そのため氷河期世代では、以前の世代に比べて「進学層の割合が急増」した。この学歴構成の変化が、皮肉なことに、後の「事後的な正社員化」の一因になった可能性もある、と玄田氏は指摘する。つまり、大卒が増えたことは入り口では不利に働いたが、長い目で見れば中途での挽回余地をいくらか広げた面もある、という複雑な分析だ。

ただ、当事者の実感として言えば、入り口の時点では「人口が多い」ことは、ただただ不利だった。同じ大学の同じ学部の同期が、みんなライバルだった。先輩までは普通に就職していったのに、自分たちの代から急に椅子が足りなくなった。Business Insider Japanの「かおり」さんが「1学年上の先輩までは、皆それで収まるべきところに収まっていった」と語っているのは、この断絶を象徴している。

3-4. 「失われた10年」が「失われた20年」になった

もう一つ、私たちにとって致命的だったのは、不況が「一時的」ではなく「構造的・長期的」だったことだ。

普通の景気循環であれば、不況のときに新卒で苦労しても、数年後に景気が回復すれば、第二新卒や中途で挽回するチャンスが来る。内閣府の報告書も、通常の景気循環における若年失業率の回復には、日本で平均6年程度かかると分析している。

ところが、バブル崩壊後の日本は違った。「失われた10年」が「失われた20年」になり、ついには「失われた30年」と呼ばれるようになった。内閣府の分析によれば、日本(バブル崩壊、1992年〜)の経済危機後、15〜24歳の失業率が危機前の水準に戻るのに「10年程度」を要した。これはアメリカの世界金融危機後や北欧の経済危機後と並ぶ、長期の停滞だ。

回復が来ない。あるいは、来てもあまりに遅い。私たちが新卒で苦労し、「数年我慢すれば」と耐えているあいだに、数年どころか10年が過ぎた。10年経てば、私たちはもう「新卒」でも「第二新卒」でもなく、「職歴に乏しい30代」になっていた。挽回のチャンスは、待っているあいだに、年齢とともに手の中から消えていった。

時間が、敵だった。これが、私たちの「新卒失敗」を、ほかの世代の不況期の就職難と分ける、決定的な違いだと思う。


第4章 就職活動そのものが地獄だった──当時の「就活」のリアル

4-1. アナログからデジタルへの過渡期

「新卒失敗」を語るとき、求人倍率や就職率といったマクロの数字だけでは見えてこないものがある。それは、就職活動そのものの「やり方」が、この時期に激変したことだ。

Business Insider Japanが取材した1995年3月卒の「かおり」さんは、こう証言している。1994年2月ごろに就活を始めた彼女は、リクルートなどが送ってくる企業ガイドブックをめくり、興味のある企業に付録のはがきで資料請求し、合同会社説明会に参加した。Windows95の発売前で、インターネットはおろか個人用パソコンも普及しておらず、「エントリーシートという概念もなかった」。

ところが、その数年後には、状況が一変する。WEB労政時報の連載によれば、「リクナビ」「マイナビ」などの主要な就職ナビサイトが出そろったのは、1995年から1999年にかけて。この数年で、就職活動は「はがきで資料請求」から「ネットでエントリー」へと、根本的に様変わりした。

私が就活をした1998年は、まさにその過渡期のど真ん中だった。大学のパソコン室に行き、慣れない手つきで就職ナビサイトに登録し、エントリーした。同級生のなかには、自宅にパソコンがある者とない者がいて、情報格差が露骨に出始めていた。「ネットを使える者と使えない者」という、新しい分断が、ちょうど私たちの代から始まっていた。

4-2. エントリーシートという「厳選装置」

この時期に広がったもので、私たちを最も苦しめたものの一つが、「エントリーシート」(ES)だ。

WEB労政時報やParaftの記事によれば、エントリーシートは1990年代初めにソニーが始めた書類選考の形式で、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、多くの企業が一斉に導入した。

なぜこの時期に広がったのか。理由は明快だ。企業が「厳選採用」をしたかったからだ。

採用枠が激減した。一方で、応募者は殺到する。限られた椅子に、より「優秀」とされる人材を座らせたい。そのために、学生一人ひとりの「人物像」をより細かく見極める道具が必要になった。エントリーシートは、学生に「学生時代に取り組んできたこと」(いわゆる”ガクチカ”)や「入社後に志望する仕事・キャリア」について長文の作文を課す。この作文を通じて、企業は学生をふるいにかけた。

ここから、現在まで続く「就活」の基本パターン──就職ナビでエントリーし、エントリーシートを書き、自己分析に励む──が生まれた。WEB労政時報は、この一連の活動パターンが「就活」として広がっていったのは、まさにこの氷河期だった、と指摘している。

つまり、私たちは「就活」という様式が生まれた、その第一世代だった。先輩たちには存在しなかった「エントリーシート」「自己分析」「ガクチカ」という関門を、手探りで、しかも史上最悪の倍率のなかで、くぐらされた。

エントリーシートが何百枚も「お祈りメール」(不採用通知)とともに返ってくる。あるいは、返事すら来ない。「サイレントお祈り」という言葉も生まれた。一枚一枚に何時間もかけて書いた作文が、読まれたかどうかもわからないまま、闇に消えていく。あの徒労感を、私はいまも忘れられない。

4-3. 「100社落ちるのはザラ」

ダイヤモンド・オンラインの記事のタイトルは、当時の実感をそのまま言葉にしている。「100社落ちるなんてザラ」。

これは誇張ではない。私の周りでも、エントリー数が100社を超えるのは珍しくなかった。前回の記事でも紹介した、2000年3月卒の佐々木(仮名)は「100社近く受けた。でも本当に内定が出なかった。説明会に行ってもエントリーシートで切られる」と語っていた。

ここで、ダイヤモンド・オンラインの記事が指摘している、もう一つの重要な論点に触れたい。同記事は、就職氷河期世代の悲惨な経験が、政治家たちに忘れられていることへの怒りを書いている。記事によれば、ある国会の議場で、氷河期世代の就職難のエピソードに対して、議員から「オレ全部受かった」という声が上がったり、笑いが起きたりしたという。

この「オレ全部受かった」という一言は、氷河期問題の根深さを象徴している。同じ時代を生きていても、立場や運によって、見える景色がまったく違う。二世議員のように就職に苦労しなかった人、たまたま強い業界・強い大学にいた人にとっては、氷河期は「他人事」だった。そして、そういう人々が政策を決める側に多くいる。だから支援策のピントがずれる。これは第8章で詳しく述べたい。

4-4. 女子学生という「二重の不利」

就活の地獄は、女子学生にとって、さらに深いものだった。

Business Insider Japanの記事に出てくる「かおり」さんの証言が、これを生々しく伝えている。氷河期に入ると、企業はまず女子の採用枠を絞った。男子学生は応募条件を緩めたり、卒業生のツテをたどったりして徐々に決まっていったが、「自活できるレベルの就職先を探す女子は、最後まで取り残された」。記事によれば、女子の内定先は「税理士事務所のような個人経営のところがほとんどで、ボーナスも出なかったりするけど、実家暮らしなら生活できるから」というレベルのものが多かったという。

男女雇用機会均等法は1986年に施行されていた。建前の上では、男女平等の採用が義務づけられていた。だが、採用枠が激減したとき、その「建前」は真っ先に踏みにじられた。「どうせ結婚して辞めるから」という、いまなら完全にアウトな理由で、女子学生は門前払いされた。

前回の記事でも紹介した私の友人・田島(仮名・47歳)は、新卒では大手生保に総合職として入れた、数少ない「成功例」だった。だが彼女ですら、出産で一度退職した後、正社員に戻れなかった。氷河期の女性は、「入り口での不利」と「再参入での不利」という、二重三重の壁に阻まれた。

この記事は「新卒正社員就職の失敗」に焦点を当てているが、その「失敗」が、ジェンダーによって不均等に配分されたことは、繰り返し強調しておきたい。同じ氷河期世代の中でも、女性が背負わされたものは、より重かった。


第5章 「失敗」のあとに何が起きたか──既卒・第二新卒という袋小路

5-1. 卒業した瞬間、「新卒」ではなくなる

新卒の春に正社員になれなかった。では、その次の年に挑戦すればいいではないか──そう思う人がいるかもしれない。だが、ここに日本の雇用慣行の、最も残酷な仕掛けがある。

卒業した瞬間、人は「新卒」ではなくなる。「既卒」になる。

そして、新卒一括採用というシステムは、「新卒」だけを対象にした入り口だ。既卒になった人間は、その入り口に並ぶ資格を、原則として失う。Business Insider Japanの記事は、「1990年代は第二新卒という市場もなく、卒業すると新卒求人への応募も制限された」と書いている。

「かおり」さんは、就活1年目でうまくいかず、留年も就職浪人も「同じことに思える」と感じたという。「就活1年目でどうにもならなかった自分の市場価値は、さらに落ちているんだろう」と。この感覚は、痛いほどわかる。1年目でダメだった人間が、既卒という不利な肩書きを背負って2年目に挑んで、うまくいく道理がない。多くの人が、そう考えて、新卒就活の「敗者復活戦」を早々にあきらめた。

5-2. 「就職留年」という苦肉の策

この「卒業したら新卒でなくなる」という仕掛けに対する、苦肉の対抗策が「就職留年」だった。

新卒一括採用のWikipedia項目によれば、就職が決まらなかった学生のなかには、次年度も「新卒」として就職活動するために、わざと留年する者がいた。一部の大学は、卒業要件を満たしていても卒業を延期できる「希望留年制度」を設けた。読売新聞の「大学の実力」調査によれば、2014年度の時点でも、卒業学年で留年した学生は10万人を超え、6人に1人にのぼっていたという。

私の同級生にも、就職留年をした者が何人かいた。卒業に必要な単位はとっくに揃っているのに、あえて1単位だけ残して留年する。授業料をもう1年分払って、「新卒」という資格を買う。今思えば、なんと歪んだことか。本人の能力とも、学業とも、まったく関係のない理由で、若者がもう1年分の学費と時間を「新卒切符」のために支払わされた。

脳科学者の茂木健一郎氏は、新卒一括採用で就職機会を「新卒の春」という一点に限定することは「人権問題だ」と述べている。私もこの言葉に同意する。たった一度のタイミングを逃したら挽回が極端に難しい仕組みは、機会の平等という観点から見て、明らかに異常だ。

5-3. 「とりあえず」就職した先での「新卒切り」

一方で、「既卒になるのだけは避けたい」と考え、卒業の春までに「とりあえず、どこかに」就職した人たちもいた。私もその一人だ。だが、その「とりあえず」の就職先が、安全であるとは限らなかった。

Wikipediaの「就職氷河期」項目には、ぞっとするような記述がある。一部の中小企業では、営業職などで新卒者を大量に採用し、採用後すぐに飛び込み営業や電話勧誘をやらせ、契約が取れない者・ノルマを達成できない者を試用期間終了後に解雇する、という「新卒切り」「新卒使い捨て」が行われていた。

さらにひどいケースもある。大量に内定を出しておきながら、大学の卒業式が終わった3月下旬に、内定者に「入社前研修」と称した過酷な「しごき」をさせ、それに耐えた一部の者だけを残し、残りは入社式の前日までに内定を取り消す──そういう「内定切り」をする企業すらあった、と記録されている。

私が新卒で入った会社は、ここまで悪質ではなかった。だが、半年で経営難に陥り、あっさり解雇通告が来た。社員30人ほどの会社だった。前回の記事で紹介した佐々木の入った運送会社も、3か月で倒産した。

「とりあえず就職した」人間を待っていたのは、こういう世界だった。氷河期の新卒は、「正社員になれない」だけでなく、「なれたと思った正社員の椅子が、砂のように崩れる」リスクとも隣り合わせだった。安定を求めて滑り込んだ先が、まったく安定していなかった。

5-4. フリーター217万人という受け皿

正社員になれず、既卒という不利を背負い、就職留年をするか、不安定な中小企業に滑り込むか──そのいずれのルートからもこぼれ落ちた膨大な人々が、最終的に流れ込んだのが「フリーター」という状態だった。

厚生労働白書によれば、「フリーター」は1980年代後半に、アルバイト情報誌による造語として現れた。当初イメージされていたのは、「何らかの目標を実現するため、あるいは組織に縛られない生き方を望んで、あえて正社員ではなくアルバイトを選ぶ若者」だった。つまり、当初の「フリーター」は、ポジティブな、自由な選択の象徴だった。

ところが、氷河期を経て、「フリーター」の意味は完全に変わった。それは「自由な選択」ではなく、「正社員になりたくてもなれなかった結果」を指す言葉になった。フリーターの数は2003年にピークの217万人に達した。

ここで重要なのは、内閣府「平成16年度青少年の社会的自立に関する意識調査」が示している事実だ。同調査によれば、若者自身が希望する働き方として「非正規雇用者」を希望する者は13.3%に過ぎず、「正社員・正職員」希望が64.4%を占めていた。

つまり、「最近の若者は正社員になりたがらない」というのは、端的に言って誤りだった。圧倒的多数の若者は正社員を望んでいた。望んでいたのに、なれなかった。それを「若者の意識の問題」「フリーター志向」と呼んだ当時の言説が、いかに的外れで、いかに当事者を傷つけたか。私はもう一度、ここで強調しておきたい。

5-5. 「やり直し」を阻んだ企業の評価

そして、いったんフリーターになると、そこから「やり直す」ことが、これまた異常に難しかった。

厚生労働白書は、この点を明確に指摘している。フリーター経験について「厳しい評価をする企業が多い」ことが、若年層のうち年長層の雇用状況の改善が遅れている背景にある、と。厚生労働省「雇用管理調査」(2004年)によれば、企業はフリーター経験を「マイナスに評価する」傾向が強かった。

考えてみてほしい。新卒の春に椅子が足りなかったから、やむをえずフリーターになった。そのフリーター経験そのものを、企業が「マイナス」と評価する。だから正社員になれない。正社員になれないからフリーターを続ける。フリーター期間が延びると、評価はさらに下がる。

完全な悪循環だ。出口のない円環構造だ。「失敗」は一度きりの出来事ではなく、時間とともに自己増殖する「状態」になった。これが、「新卒失敗」の最も恐ろしい性質だった。最初のつまずきが、本人の責任とは無関係に、雪だるま式に「不利」を生み続ける。


第6章 「失敗」の烙印は何年残ったか──持続する世代効果

6-1. 「世代効果」という概念

経済学・社会学には、「世代効果」(コーホート効果)という概念がある。簡単に言えば、「ある世代が、人生の特定の時期に経験した出来事が、その後の人生にずっと影響を及ぼし続ける」という現象だ。

就職氷河期世代にとっての「世代効果」とは、「新卒の春に正社員になれなかったこと」が、20年、30年経っても影響を及ぼし続けている、ということを意味する。

教育社会学者の堀有喜衣氏は、総務省『就業構造基本調査』を分析して、この世代効果をはっきりと示している。WEB労政時報がまとめた堀氏の分析によれば、1999年から2004年に大学を卒業した世代では、前後の世代では60〜70%台に達している「新卒正社員率」(学校卒業時に正社員としての就職が決まっていた人の割合)が、男女ともに50%台と低い。

そして決定的なのは、ここからだ。最初の仕事に就いたときに正社員でなかった人は、2017年の時点で、男性は約6割、女性は約7割が、依然として正社員以外の雇用形態で働いていた。

1999〜2004年に大学を卒業した人々は、2017年時点で30代後半。新卒から15年前後が経過している。それだけの年月が経っても、「新卒時の状況の悪さ」が影を落とし続けている。堀氏は「年齢を重ねても新卒時の状況の悪さが影響を及ぼしているとみられる」と結論づけている。

15年経っても消えない烙印。これが「世代効果」の正体だ。

6-2. 玄田有史氏の比較研究──日本の特殊性

東京大学の玄田有史氏は、就職氷河期世代とその前後の世代を比較した詳細な研究(『社会科学研究』掲載論文)を発表している。

玄田氏の研究で特に重要なのは、日米比較の視点だ。玄田氏によれば、不況期に学校を卒業した世代がその後どうなるかについて、日本とアメリカでは違いがある。アメリカでは、学卒時の労働市場が悪くても、その後の景気回復とともに「賃金の改善が可能」なのに対し、日本では「学卒時の安定雇用の機会喪失が持続的に影響」する。

なぜ日本では「持続」してしまうのか。玄田氏の分析によれば、この持続する世代効果は、「就職における学校の役割が大きい、高校および中学を卒業後に就職した人々により顕著に観察された」という。

つまり、日本の雇用システム──新卒一括採用、学校による職業紹介、年功序列、中途市場の未発達──そのものが、「最初のつまずき」を「一生のハンディ」に変換する装置として機能している。これは個人の問題ではなく、システムの問題だ。玄田氏のような労働経済学の第一人者が、データに基づいてそう結論づけている。

ただし、玄田氏は希望のある指摘もしている。先述したように、氷河期世代では進学率の上昇により学歴構成が変化し、世代効果の影響が「従来よりも制限された可能性」がある。また、「2000年代には、中途採用市場もそれ以前に比べて格段に整備された」とも指摘している。つまり、入り口で閉ざされた人々が、後から別の入り口を見つける余地は、ゼロではなかった。この点は、第7章で詳しく考えたい。

6-3. 男性に色濃く出た「正規雇用率の低下」

内閣府『日本経済2019-2020』は、各世代が20〜29歳だった時点を比較する分析を行っている。その結果は、ジェンダーで大きく異なる。

男性の場合、就職氷河期世代の就業率は、それ以前の2世代に比べて「6〜8%弱低い」。20代後半に上昇を示して30代の差は0.5〜4%程度に縮まるが、正規雇用比率で見ると、男性ではそれ以前の世代に比べて「30歳前後において10%程度低い」。

女性の場合は、様相が異なる。女性の就業率は、社会参加の促進や、結婚を理由とする退職の減少を背景に、むしろ2世代前よりも高めに推移している。

この「男女で違う」という事実は、慎重に解釈する必要がある。女性の就業率が高めなのは、必ずしも「女性は氷河期の影響を受けなかった」ことを意味しない。むしろ、女性の場合は「正社員になれなかった」ことが「非正規での就労」という形で現れ、男性の場合は「無業」や「就業率の低下」という形で現れた、という違いだと考えるべきだ。表面的な就業率だけを見て「女性は大丈夫だった」と結論づけるのは、完全な誤読だ。

いずれにせよ、内閣府自身が「就職氷河期世代では、男性の就業率や正規雇用比率に影響がみられる」と明記している。新卒時の「失敗」が、特に男性において、30歳前後まで明確に尾を引いていることを、政府の公式文書が認めている。

6-4. 賃金という形で蓄積する「失敗」

「新卒失敗」が最も具体的な形で蓄積していくのが、賃金だ。

玄田有史氏は、1997年の論文の段階ですでに、1990年代以降、大学卒のあいだで「世代人口の拡大により賃金抑制や昇進困難が発生してきた」ことを指摘していた。人口の多い世代は、それだけで賃金が抑えられ、昇進ポストが足りなくなる。

これに「新卒時に正社員になれなかった」ことが重なる。

正社員になれなかった人は、年功序列の賃金カーブに乗れない。日本の正社員の給料は、勤続年数とともに上がっていく設計になっている。その階段に、最初の一段目から乗れなかった人は、その後ずっと、階段の下にいることになる。

仮に何年か後に正社員に「中途」で潜り込めたとしても、そこからのスタートになる。新卒からその会社にいた同年代は、すでに何段も上にいる。その差は、勤続年数の差として、定年まで縮まらない。退職金も、企業年金も、勤続年数で決まる。だから「新卒失敗」は、最終的に「生涯賃金の差」「退職金の差」「年金額の差」として、人生の最後まで影響し続ける。

私自身の話をすれば、28歳でようやく正社員になれたが、それは「24歳から正社員だった人」より4年遅いスタートだった。その4年は、もう永遠に取り戻せない。賃金カーブの上で、私は同年代より4年分、下にいる。これが、入り口でのつまずきが、30年かけて積み上がっていくということだ。

6-5. 「能力が低い世代」という誤った烙印

そして、世代効果のなかでも、私が最も腹立たしく思うのが、「氷河期世代は能力が低い」という誤った烙印だ。

日経ビジネスの記事タイトルにも「氷河期世代は能力が低い?人生”再設計”の大いなる矛盾」というものがある。実際、氷河期世代を採用する側の企業のなかには、「この世代は教育されていないから能力が低い」という見方をする向きがあった。

考えてみてほしい。これは完全な「マッチポンプ」だ。

企業が新卒採用を絞った。だから彼らは正社員になれず、教育の機会を奪われた。教育の機会を奪ったのは企業の側だ。にもかかわらず、その「教育されていない」という結果を、今度は「だから能力が低い」と本人の責任にして、さらに採用しない理由にする。

火をつけた人間が、燃えた家を見て「燃えやすい家だったね」と言っているようなものだ。

氷河期世代の能力が、ほかの世代より生まれつき低いはずがない。同じ教育を受け、同じ大学を出ている。違うのは、「社会人になってから、育ててもらえたかどうか」だけだ。その「育ててもらえなかった」という構造的な剥奪を、「能力が低い」という個人の属性にすり替える。この言説の暴力性を、私は何度でも告発したい。


第7章 それでも挽回した人、できなかった人──分岐点はどこにあったか

7-1. 「事後的な正社員化」は確かに起きた

ここまで「新卒失敗」の深刻さと持続性を、これでもかと書いてきた。だが、公平を期すために、別の側面も書かなければならない。

それは、「新卒で失敗した人が、全員、一生不安定なままだったわけではない」という事実だ。

玄田有史氏の研究が指摘するように、氷河期世代では「事後的な正社員化」が、ある程度は進んだ。新卒の春に正社員になれなかった人のうち、一定割合は、20代後半から30代にかけて、中途採用などを通じて正社員になっていった。

内閣官房の資料でも、就職氷河期世代の正規雇用者は近年増加している。2019年から2024年にかけて、氷河期世代の中心層の正規雇用労働者は約31万人増えた。労働政策研究・研修機構の堀有喜衣氏の分析でも、氷河期世代の正社員率は近年、先行世代並みにまで上昇している、とされる。

つまり、「入り口で閉ざされた扉」は、絶対に開かなかったわけではない。時間をかけて、別のルートから、こじ開けた人もいた。私自身、28歳で正社員に戻れた。その意味では「事後的に正社員化した」一人だ。

7-2. しかし「正社員になれた」≠「報われた」

ただし、ここで重大な留保をつけなければならない。

「事後的に正社員になれた」ことは、「新卒失敗のダメージが帳消しになった」ことを、まったく意味しない。

日経ビジネスの記事タイトルに「正社員化でも報われない氷河期世代の無間地獄」というものがある。この「正社員化でも報われない」という表現が、核心を突いている。

第6章で書いたとおり、中途で正社員になった人は、新卒からその会社にいた同年代より、賃金カーブの下にいる。勤続年数が短いぶん、退職金も少ない。管理職になるのも遅れる。労働政策研究・研修機構の堀有喜衣氏の分析によれば、氷河期世代の「正社員定着組」と「正社員転職組」では、平均年収で80万円近い差がついている(定着組530.7万円に対し、転職組453.6万円)。

つまり、入り口の「失敗」は、たとえ後で「正社員」という地位を回復しても、賃金・処遇の格差という形で残り続ける。「正社員になれたかどうか」という二択では見えない、「どの時点で、どういう経路で正社員になったか」という、より細かいレベルでの格差が、この世代には刻み込まれている。

7-3. 分岐点はどこにあったのか

では、「事後的に正社員化できた人」と「できなかった人」を分けたものは、何だったのか。

私自身の観察と、研究資料から見えてくる要因を、いくつか挙げてみる。ただし、これらは「努力すれば挽回できた」という自己責任論を補強するためのものではない。むしろ逆で、「挽回できるかどうかすら、本人にコントロールできない要因に大きく左右された」ことを示すためのものだ。

第一の要因は、タイミングと景気だ。玄田氏が指摘するように、2000年代に入ると中途採用市場が以前より整備された。2006年前後には景気が一時的に回復し、求人倍率も改善した。この「窓」が開いたタイミングで、まだ20代で、動ける状態にあった人は、中途のルートに乗れた可能性が高い。逆に、その「窓」が開いたとき、すでに長期のひきこもり状態にあったり、心身を病んでいたりした人は、窓が開いても動けなかった。

第二の要因は、最初に「とりあえず」就いた仕事の種類だ。たとえ非正規でも、後の正社員転換につながりやすい職務経験(専門性が身につく仕事)を運よく得られた人と、職務経験として評価されにくい仕事しかなかった人とでは、その後の道が分かれた。

第三の要因は、家庭の経済的余力だ。実家に経済的余裕があり、「正社員になるための準備期間」(資格取得、職業訓練、就活のやり直し)を支えてもらえた人は、挽回のチャンスをつかみやすかった。一方、すぐに自分で生活費を稼がなければならなかった人は、目の前の非正規の仕事に追われ、「準備」をする余裕がなかった。

第四の要因は、性別だ。第4章・第6章で見たとおり、女性は「再参入」のハードルが男性より高かった。特に、出産・育児期に非正規化した女性が、その後に正社員に戻るのは、極めて困難だった。

これらの要因を見て、何か気づかないだろうか。どれ一つとして、「本人の努力」や「本人の能力」ではない。タイミング、運、最初に就いた仕事、実家の経済力、性別──本人にはコントロールできない要因が、「挽回できるかどうか」を決めていた。

「努力した人は挽回できた、できなかった人は努力が足りなかった」というストーリーは、美しいが、嘘だ。挽回できた人の多くは、努力に加えて、運や環境に恵まれた。私自身、28歳で正社員に戻れたのは、たまたま実家から通える距離に求人があり、たまたま面接官が私の派遣時代の経験を評価してくれたからだ。半分は運だった。それを「努力の成果」だと言うほど、私は厚かましくなれない。

7-4. 「ためらい」を生んだもの

挽回をめぐって、もう一つ書いておきたいことがある。それは「動けなかった人」を、安易に責めてはいけない、ということだ。

労働政策研究・研修機構の高橋康二氏が2025年10月の日本労働社会学会で発表した分析によれば、氷河期世代の不本意非正規雇用者のなかで、正社員への転換を希望していても、「実際に転職活動を起こしているのは少数」だという。聞き取り調査では、「期待通りの転職ができる自信がない」「40に近い年齢で、失敗した後の処理が大変そう」といった「ためらい」が、行動を阻んでいた。

この「ためらい」を、「やる気がない」と切り捨てるのは簡単だ。だが、考えてみてほしい。新卒の春に、100社に挑戦して、100回拒絶された経験を持つ人間がいる。あるいは、その後の人生でも、応募のたびに「既卒だから」「フリーターだったから」と拒絶され続けた人間がいる。その人が、40歳を前にして、「また挑戦して、また拒絶されるかもしれない」と考えたとき、足がすくむのは、むしろ当然ではないか。

「ためらい」は、怠惰ではない。それは、繰り返し拒絶されてきた人間が、自分の心を守るために身につけた、合理的な防衛反応だ。何度も殴られた人が、手を上げられただけで身をすくめるのと同じだ。それを「打たれ弱い」と笑う資格は、誰にもない。

新卒失敗が残したものは、職歴の空白や賃金の差だけではない。「また失敗するかもしれない」という、行動を縛る恐怖そのものを、この世代の心に植え付けた。これも、立派な「世代効果」の一つだと、私は思う。


第8章 政府はどう対応したか──遅すぎた支援とそのピントのずれ

8-1. 「若者の意識の問題」とされた10年

「新卒失敗」に対して、政府がまともな対応を始めるまでに、どれだけの時間がかかったか。

第2章でも触れたが、氷河期の初期、政府もメディアも世間も、就職率の低下を「若者の意識の問題」として捉えていた。「最近の若者は仕事を選り好みする」「フリーター志向だ」「我慢が足りない」。そういう言説のなかで、最初の10年が空費された。

日本経済新聞が指摘するとおり、政府が「これは社会問題だ」と認識を変えたのは、1990年代末に大手金融機関の破綻が相次ぎ、大卒就職率が50%台に落ち込んでからだった。

つまり、1993年ごろから始まった氷河期に対して、政府が本腰を入れ始めたのは2000年代に入ってから。最も就職難が深刻だった2000年・2003年に新卒の春を迎えた人々は、「自己責任」の空気のなかで放置された。支援が必要なまさにそのときに、支援はなかった。

8-2. 2000年代の若年雇用対策

2000年代に入ってからの政府の対応を、簡単に整理しておく。

厚生労働省・文部科学省・経済産業省は、若年雇用対策を順次打ち出した。「若者自立・挑戦プラン」(2003年)、「ジョブカフェ」(若年者のためのワンストップサービスセンター)の設置、「地域若者サポートステーション」(サポステ)の開設、「ジョブカード制度」など。新卒一括採用のWikipedia項目によれば、2010年の「青少年雇用機会確保指針」の改正で「卒業後、少なくとも3年間は新卒者として応募できるように」という内容が盛り込まれ、2013年度からは3省連携で「未内定就活生への集中支援」が始まった。

これらの施策は、それぞれに意味があった。「卒業後3年は新卒扱い」という指針は、「卒業した瞬間に新卒でなくなる」という、第5章で書いた残酷な仕掛けを、いくらか緩めるものだった。

だが、これらの施策には、根本的な限界があった。一つは、タイミングが遅すぎたこと。最も支援を必要とした2000年前後の卒業者は、これらの施策が整う頃には、すでに既卒として何年も経っていた。もう一つは、これらの多くが「これから社会に出る若者」あるいは「若年層」を対象にしており、すでに30代になりつつあった氷河期世代の中核層が、対象から外れていったことだ。

8-3. 2019年「就職氷河期世代支援プログラム」

氷河期世代を「氷河期世代」として名指しで支援する、本格的なプログラムが登場したのは、2019年だった。

「経済財政運営と改革の基本方針2019」(骨太方針2019)で、3年間(2020〜22年度)の集中支援を行う「就職氷河期世代支援プログラム」が創設された。目標は、氷河期世代の中心層の正規雇用者を3年で30万人増やすこと。政府は今後3年間で600億円超を投じるとした。

具体的な施策は、ハローワークへの専門窓口設置、氷河期世代向けの助成金、公共職業訓練の拡大、サポステの対象年齢拡大、自治体への交付金、国家公務員中途採用での氷河期世代枠の設定、など。

このプログラムについては、前回までの記事でも詳しく書いた。実績として、5年間で正規雇用者は約31万人増え、「目標は達成された」と政府は評価している。

だが、この「2019年」という年に注目してほしい。氷河期が始まったのが1993年ごろ。氷河期世代を名指しした本格支援が2019年。その間、実に26年。私たちが「新卒の春」に扉を閉ざされてから、四半世紀が経っていた。

26年。生まれた赤ん坊が、大学を出て、就職して、結婚してもおかしくない年月だ。それだけの時間、私たちは「氷河期世代」として政策的に名指しされることもなく、放置されていた。

8-4. 専門家が指摘した「2つの違和感」

2019年のプログラムに対しては、当初から専門家の批判があった。

第4章でも少し触れた、リクルートワークス研究所の大久保幸夫所長は、日経ビジネスのインタビューで「2つの違和感」を表明している。

1つ目は、「特定の世代を対象にすることへの違和感」。大久保氏は、この問題を「特定の世代に関する問題」と捉えること自体が間違っている、と指摘する。不安定雇用や低処遇の問題は、氷河期世代に限らず、より広く存在する。世代で区切ることで、かえって問題の本質が見えなくなる、という批判だ。

2つ目は、「新卒採用に必要以上の焦点が当てられている点」。大久保氏は、「問題の本質は、新卒採用という入り口ではなく、むしろ会社に入った後にある」と強調する。会社に入った後、給料は上がらず、成果を求められ、職能を鍛える機会もなく、転職も厳しい。このキャリア形成のプロセスに乗れなかったことが問題なのだ、と。

私は、この大久保氏の指摘を、半分は受け入れ、半分は留保したい。

受け入れるのは、「入り口の後」が重要だという点だ。たしかに、新卒で正社員になれても「報われなかった」人は大勢いる(第7章で書いたとおりだ)。問題は入り口だけではない。

だが留保したいのは、だからといって「入り口」の問題を軽視してはならない、ということだ。この記事で延々と見てきたとおり、「新卒の春に正社員になれたかどうか」は、その後のキャリア形成のプロセスに「乗れるかどうか」を決める、最初の、そして最大の関門だった。入り口でつまずいた人は、そもそも「会社に入った後」のステージにすら立てなかったのだから。入り口の問題と、入り口の後の問題は、対立するものではなく、地続きのものだ。

8-5. なぜ支援はピントがずれるのか

日経ビジネスの記事タイトルは「就職氷河期世代の支援に600億円超、『ピントずれている』と専門家」と書いている。なぜ、支援はピントがずれるのか。

私なりの考えを書きたい。

第一に、第4章で触れた「オレ全部受かった」問題だ。政策を決める立場にいる人々の多くは、氷河期を「他人事」として経験した世代か、あるいは氷河期世代であっても就職に苦労しなかった層だ。当事者の痛みが、policy makerの体感として共有されていない。だから、施策が当事者の現実とずれる。

第二に、「就労支援」という発想の限界だ。政府の支援は、基本的に「働けるようにする」ことを目的にしている。ハローワーク、職業訓練、助成金──すべて「就労」がゴールだ。だが、新卒失敗が残したものは、第6章・第7章で見たように、賃金の格差、退職金の差、年金の差、そして「また失敗するかもしれない」という恐怖だ。「就労」させれば解決する問題ではない。すでに働いている人、働いてもなお報われない人、働く前に心が折れてしまった人──そのそれぞれに、異なる支援が必要なのに、「就労支援」という一つの枠で捉えようとする。

第三に、「失われた時間」を取り戻す発想がないことだ。私たちが新卒の春に閉ざされた扉、その後の26年。この「奪われた時間」そのものに対する補償という発想が、日本の政策にはほとんどない。「これから働けるように支援します」とは言うが、「これまで奪われた分を償います」とは、誰も言わない。

第8章の締めくくりに、私は問いたい。新卒失敗から四半世紀以上が経った。その間に積み上がった賃金の差、年金の差、機会の差を、「これからの就労支援」だけで埋めることが、本当にできるのだろうか。私には、できるとは思えない。


第9章 「新卒一括採用」というシステムそのものを問う

9-1. なぜこのシステムは生まれたのか

ここまで、「新卒失敗」の原因をたどってきた。その根っこには、繰り返し「新卒一括採用」という日本独特の雇用慣行があった。ならば、このシステムそのものを、もう少し掘り下げて考えなければならない。

新卒一括採用とは、新卒一括採用のWikipedia項目の定義を借りれば、「企業が卒業予定の学生を対象に年度ごとに一括して求人し、在学中に採用試験を行って内定を出し、卒業後すぐに勤務させるという、世界に類を見ない日本独特の雇用慣行」だ。

その起源は古い。新卒採用.jpやParaftの記事によれば、新規学卒者の一括採用は1895年(明治28年)の三菱・三井銀行に始まるとされる。当初は旧帝大の学生を幹部候補として採るものだった。それが本格的に広がるのは1920年代、関東大震災後の不況で買い手市場が広がったとき。そして戦後の高度経済成長期に、「人手不足を前提に、企業が在学中の若者を採用し、入社後に教育する」という形で「日本型雇用慣行」の一環として完成した。

ここが重要なのだが、新卒一括採用は、年功序列・終身雇用とセットで設計されている。新卒採用.jpの表現を借りれば、「入社後の教育を前提として行われる一括採用と、育てた人材が早期退職しないように、長く働くほど給与が上がり、多額の退職金が受け取れる年功序列型賃金体系をセットにしたシステム」だ。

9-2. 高度成長期には「合理的」だった

このシステムは、高度経済成長期には、実によく機能した。

nippon.comの記事(2026年1月)が指摘するように、日本の若年失業率は、高度成長期以降1990年代初頭まで、国際的に見て非常に低い水準で維持されてきた。それは「人手不足を前提とした新卒一括採用という雇用慣行が広く機能していたため」だ。企業が、生徒や学生の「潜在可能性」に基づいて、在学中に安定した雇用形態で採用を内定し、採用後に職業能力を開発する。だから若者は、職業経験がなくても安定した仕事を得ることができた。

世界的に見れば、若者が「経験がない」ことを理由に職に就けない「若年失業」は、深刻な問題だ。日本の新卒一括採用は、その問題を、独自のやり方で解決していた。これは、評価すべき面だ。

だが──ここからが問題だ──このシステムは、「経済が成長し続け、企業が毎年安定して新卒を採用できる」という前提の上に成り立っていた。その前提が崩れたとき、システムは凶器に変わった。

9-3. 前提が崩れたとき、凶器に変わった

経済が成長を止め、企業が新卒採用を絞ったとき、新卒一括採用システムの「負の側面」が一気に噴き出した。

第3章で見たように、このシステムのもとでは、不況の調整負担が「これから入る新卒」に集中する。第5章で見たように、「新卒の春」という一点を逃すと、既卒・第二新卒という袋小路に追い込まれる。第6章で見たように、最初のつまずきが「世代効果」として一生残る。

これらはすべて、新卒一括採用というシステムの構造から、必然的に導かれる帰結だ。

nippon.comの記事の表現を借りれば、日本の雇用システムは「非不況時に若年失業率を圧倒的に低くしているメリットがある」が、「逆に欠点として、不景気時に新卒となった世代に雇用調整の負担が集中する」。

つまり、新卒一括採用は、「景気がいいとき」には若者を守る盾になり、「景気が悪いとき」には特定の世代を狙い撃ちする刃になる。同じシステムが、生まれた年によって、ある世代には恩恵を、別の世代には災厄をもたらす。

私たち氷河期世代は、このシステムの「刃」の側を引き当てた。バブル世代は「盾」の側にいた。同じシステムの下にいながら、生まれた年が10年違うだけで、一方は守られ、一方は切り捨てられた。これを「不公平」と呼ばずに、何と呼べばいいのか。

9-4. 「人権問題」という指摘

第5章でも引用したが、脳科学者の茂木健一郎氏は、新卒一括採用で就職機会を限定することを「人権問題だ」と述べている。

この「人権問題」という強い言葉を、私は支持する。

考えてみてほしい。職業に就く機会、つまり生計を立てる手段を得る機会が、「学校を卒業する、その年の春」という、たった一度のタイミングに、事実上限定されている。そのタイミングがたまたま不況と重なった世代は、本人の能力や努力とは無関係に、その機会を大幅に制限される。そして、一度逃した機会は、容易には取り戻せない。

これは、機会の平等という、近代社会の最も基本的な原則に反している。職業選択の自由が、憲法で保障されているはずの国で、実態としては「新卒の春」という一点に機会が集中し、そこを外した人間が排除される。茂木氏が「人権問題」と呼ぶのは、決して大げさではない。

9-5. システムは変わるのか

では、この新卒一括採用というシステムは、変わるのだろうか。

近年、変化の兆しはある。新卒一括採用のWikipediaや関連記事によれば、2016年にはYahoo! JAPANが新卒一括採用を撤廃。2018年には経団連が、2021年度からの就活ルール廃止を発表。そして、All Aboutやnoteの記事が報じるように、富士通が2025年度(報道によっては2026年度)から、処遇や採用時期が一律の新卒一括採用を取りやめ、ジョブ型雇用・通年採用に移行し、一律初任給も廃止すると発表した。

「世界基準の新卒採用にシフトする」という流れが、大企業の一部から始まっている。

だが、私はこの流れを、手放しでは喜べない。理由は二つある。

一つは、遅すぎること。私たち氷河期世代がこのシステムの刃を引き当ててから、30年が過ぎている。いまさらシステムが変わっても、私たちの失われた時間は戻らない。

もう一つは、新しいシステムにも、新しい問題があることだ。All Aboutやnoteの記事が論じているように、ジョブ型・通年採用への移行は、「学生時代にインターン経験や実務スキルを積んだ人」を有利にし、そうでない人を不利にする可能性がある。「ポテンシャル(潜在可能性)で採用し、入社後に育てる」という新卒一括採用の良い面──職業経験がなくても安定した職に就ける──が失われれば、別の形の若年排除が起きるかもしれない。

そして、第10章で述べるが、いままさに「AIによる新人不要化」という、まったく新しい「入り口の崩壊」が始まろうとしている。

システムは変わりつつある。だが、「変われば解決する」という単純な話ではない。重要なのは、「どの世代も、生まれた年の景気や技術動向によって、入り口で人生を左右されない」という原則を、どんなシステムであれ、その中心に据えることだ。新卒一括採用を廃止することがゴールなのではない。「入り口での選別が、一生の格差にならない」社会をつくることが、ゴールであるべきだ。


第10章 「第二の氷河期」は来るのか──AI時代の新人不要論

10-1. 繰り返される「入り口の崩壊」

「新卒失敗」は、1990年代の氷河期世代だけの問題ではない。日本の雇用システムが新卒一括採用を軸にし続ける限り、それは繰り返される。

実際、繰り返されてきた。

2008年のリーマン・ショック後、大卒求人倍率は2008年3月卒の2.14倍から、2010年3月卒の1.62倍へと急落した。「派遣切り」が社会問題化し、一部では「第二の氷河期」と呼ばれた。海老原嗣生氏が指摘するように、卒業時点の就職内定率が過去最低(91.0%)を記録したのは、就職氷河期そのものよりも、むしろリーマン後の2011年だった。

2020年のコロナ禍でも、大卒求人倍率は2020年3月卒の1.83倍から2022年3月卒の1.50倍へと低下し、「第三の氷河期」が懸念された。

幸い、リーマン後もコロナ後も、冷え込みは1990年代の氷河期ほど長くは続かなかった。背景には、少子化による人手不足、リーマン後・コロナ後の政府の素早い対応、そして「1990年代の採用抑制が後の管理職不足を招いた」という企業の学習があった。

だが、「冷え込みが短かった」のは、結果論にすぎない。新卒一括採用というシステムが残る限り、次の不況が来れば、また新卒が調整弁にされる。その不況がたまたま長引けば、第二、第三の「氷河期世代」が生まれる。構造は、何も変わっていない。

10-2. AIという、これまでとは異質な脅威

そして、いま、これまでの不況とは「異質」な脅威が現れている。生成AIによる「entry-level職の消滅」だ。

noteに掲載された論考「超就職氷河期の到来──”新人不要”社会とキャリアの崩壊構造」(Kurishima氏)は、この問題を鋭く論じている。私自身がAIではないが――いや、むしろAIの台頭を当事者として恐れる側の人間として――この論考の問題提起には、強く惹きつけられた。

この論考の構造仮説はこうだ。AIの急速な普及により、企業が「まず新人に任せていた業務」を自動化・削減する。これにより、新卒・若手社員が「育つための足場」そのものが社会から失われていく。

ここで言う「entry-level職」とは、「業務経験がなくても、訓練によって戦力化可能な初期ポジション」のことだ。データ入力、資料作成、議事録作成、簡単なコーディング、翻訳の下訳、コピーの叩き台づくり──こうした仕事は、従来、新卒や若手が「現場で訓練を受けながら習得してきた」ものだった。生成AIは、まさにこの領域を代替しつつある。

10-3. 「雇用なき時代」ではなく「育てられない時代」

この論考が指摘する、過去の氷河期との「異質さ」が、重要だ。

過去の氷河期(1990年代):原因は景気変動。だから、時間が経って景気が回復すれば、改善が可能だった(実際には日本では回復が遅れたが、原理的には景気循環の問題だった)。

AI時代の「氷河期2.0」:原因は技術による構造変化。これは景気循環ではない。不可逆で、全領域に波及する。

過去の技術革新(産業革命、IT革命)は、肉体労働や単純作業を置き換える一方で、新たな職種・産業も生み出してきた。だが生成AIは、ホワイトカラーの「思考業務」そのものを代替しつつある。そして、その代替される領域が、ちょうど「新人が訓練を受けながら育つ」領域と重なっている。

この論考の結論の表現が、強く印象に残る。「『雇用なき時代』が来るのではなく、『育てられない時代』が来る」。

つまり、AI時代の新卒の脅威は、「仕事が完全になくなる」ことではない。「新人が経験を積んで一人前になる、その『最初の一段』が消える」ことだ。キャリアのはしごの、一段目が抜け落ちる。

10-4. 1990年代の氷河期との不気味な符合

私はこの「育てられない時代」という指摘に、1990年代の氷河期との、不気味な符合を感じる。

第6章で書いた。1990年代の氷河期世代に対して、企業は「教育されていないから能力が低い」という烙印を押した。新卒で採らなかったから教育の機会を奪っておきながら、その結果を本人の責任にした、というマッチポンプだった。

AI時代に同じことが起きないだろうか。

AIがentry-level職を代替する。だから企業は新人を採らない、あるいは採っても「育てる」プロセスを省略する。すると、その世代は職業経験を積めない。経験を積めないから、年齢が上がっても「使えない」と評価される。そしてその「使えなさ」を、また本人の責任にされる。

1990年代の氷河期世代が経験した「構造的剥奪の個人化」が、まったく同じ形で、AI時代の若者に対して繰り返されるのではないか。私はそれを恐れる。

10-5. 氷河期世代が語り継ぐべきこと

だからこそ、私たち1990年代の氷河期世代には、語り継ぐ責任があると思う。

私たちは、「入り口の崩壊」を、身をもって経験した、最初の大規模な世代だ。私たちは知っている。「入り口でつまずいた」ことが、いかに長く尾を引くか。それが、いかに「個人の失敗」にすり替えられるか。「自己責任」という言葉が、いかに当事者を孤立させ、自分を責めさせるか。社会が「これは構造問題だ」と認めるまでに、いかに長い時間がかかるか。そして、その「認められるまでの時間」のあいだに、いかに多くの人生が損なわれるか。

私たちは、それを全部、経験した。

だから、もしAIによる「第二の入り口の崩壊」が来るなら――あるいは、すでに始まっているなら――私たちは声を上げなければならない。「それは若者の意識の問題ではない」「それは構造の問題だ」「『自己責任』で片づけるな」「社会が認識を変えるまでの時間を、できるだけ短くしろ」と。

1990年代の氷河期で、社会が「構造問題だ」と認めるまで10年かかった。名指しの支援まで26年かかった。その「失われた時間」を、次の世代に繰り返させてはならない。それが、最初の犠牲になった私たちが、次の世代に対して負っている、せめてもの責任だと思う。


第11章 当事者たちの証言──「あの春」を生きた人々

11-1. 証言を聞くということ

ここまで、求人倍率、就職率、世代効果、システム論と、マクロな視点で「新卒失敗」を追ってきた。だが、統計の数字の一つひとつは、人間の人生だ。この章では、私自身の経験と、同世代の友人・知人の証言を、改めて紹介したい。すべて本人の承諾を得たうえで、仮名にしている。

11-2. 佐々木の場合──「社員30人の会社が、3か月で」

前回までの記事にも登場した、佐々木(仮名・48歳)。2000年3月卒、つまり求人倍率0.99倍の年に大学を出た。

「100社近く受けたと思う。地方の国立大学の文系で、特別な資格もなかった。説明会に行っても、エントリーシートの時点で切られる。面接まで進めたのが、たぶん10社もなかった」

「やっとの思いで内定をもらったのが、社員30人の地元の運送会社だった。事務職での採用のはずだったのに、入ってみたら現場の手伝いばかり。それでも『正社員になれた』とほっとしていた。そうしたら、入社して3か月で、会社が倒産した」

佐словによれば、倒産後の数年が、一番きつかったという。「『元正社員』でも『元・倒産した会社の社員』なんて、何の肩書きにもならない。職歴に『3か月』と書くと、面接で必ず『なぜ辞めたんですか』と聞かれる。『会社が潰れたんです』と答えると、なぜか自分の評価が下がる。理不尽だと思った」

その後、佐々木は派遣やアルバイトを転々とし、30代半ばで、いまの地方の中小企業に経理として中途で入った。「簿記の資格を、派遣をやりながら独学で取った。それがなかったら、いまの仕事もなかったと思う」

佐々木は、最近こう言って笑った。「もう何があっても驚かない。会社なんて簡単に潰れるって、22歳で学んだからね」。その笑いの軽さが、かえって私には重く響いた。

11-3. 田島の場合──「総合職で入れたのに、戻れなかった」

田島(仮名・47歳)。新卒で大手生命保険会社に総合職として入社した、氷河期世代としては「成功例」に見える女性だ。

「同期の女子で総合職は、本当に少なかった。私は運がよかったと思う。大学のOGの先輩がいて、紹介してもらえた。実力というより、ツテだった」

田島の話で重要なのは、ここからだ。「30歳で結婚して、32歳で出産した。育休を取って復帰するつもりだった。でも、復帰のタイミングで、いろいろあって、結局退職した。子育てが落ち着いたら、また正社員で働けると思っていた」

「甘かった。35歳で再就職活動を始めたら、正社員の口が、まったくない。面接で『ブランクがありますね』『お子さんは』『前職はなぜ辞めたんですか』と、同じことばかり聞かれた。新卒であれだけ苦労して入った『総合職』というキャリアが、たった3年のブランクで、なかったことにされた」

田島はいま、契約社員として働いている。「年収は、総合職時代のピークの半分以下。あのまま辞めずに続けていれば、と考えない日はない。でも、当時の私には、続ける選択肢が本当になかった。保育園も入れなくて、夫は激務で、頼れる親も近くにいなかった」

田島のケースは、「新卒失敗」とは少し違う。彼女は新卒では「成功」した。だが、氷河期世代の女性にとっては、「新卒で成功しても、一度ラインを外れたら戻れない」という、別の形の「入り口問題」があった。新卒の入り口だけでなく、「再参入の入り口」も、この世代の女性には固く閉ざされていた。

11-4. 鈴木の場合──「親が奨学金を肩代わりしてくれた」

鈴木(仮名・50歳)。私の大学時代のサークル仲間だ。第二種奨学金を月10万円借りていた。

「卒業の年、本当にどこも決まらなかった。だらしなかったわけじゃない。やれることは全部やった。それでも、決まらなかった。卒業して、コンビニのバイトをしながら、就活を続けた。でも『既卒』になった瞬間、応募できる求人が、がくっと減った」

「一番つらかったのは、奨学金の返済が始まったことだった。バイトの収入から、月々2万円以上。元金が減っていく実感がまるでない。3年で、心が折れた」

鈴木は実家に戻った。「親が、奨学金の残りを肩代わりしてくれた。本当に申し訳なかった。親は『お前のせいじゃない、時代のせいだ』と言ってくれたけど、それでも、自分が情けなかった」

いま、鈴木は地元のスーパーで働いている。正社員だ。「40歳近くで、ようやく正社員になれた。スーパーの仕事は嫌いじゃない。でも、もし新卒のときに別の人生に乗れていたら、と思うことは、正直、ある」

鈴木の「親が肩代わりしてくれた」という話は、第7章で書いた「挽回できるかどうかは、実家の経済力に左右された」という構造の、生々しい一例だ。鈴木の親に経済的余裕がなければ、鈴木は奨学金延滞、信用情報の傷、さらなる困窮という道を歩んでいたかもしれない。挽回の可否は、本人の努力以前に、家庭の状況で大きく分かれた。

11-5. 「かおり」さんの証言が示すもの

私の友人ではないが、Business Insider Japanが取材した1995年3月卒の「かおり」さん(仮名)の証言を、もう一度引きたい。記事タイトルは「『拾ってもらった』会社だから辞められない」だ。

かおりさんは20社以上受けて最終面接に一度も呼ばれず、内定式の10月1日を過ぎて就活に見切りをつけ、卒業後はアルバイト生活に入った。記事によれば、彼女が後に就いた仕事について、「拾ってもらった会社だから辞められない」という感覚を抱いていたという。

この「拾ってもらった」という感覚。これも「新卒失敗」が残したものだと、私は思う。

本来、就職とは、企業と個人の対等な契約だ。労働力を提供し、対価を得る。それだけのことだ。だが、新卒で失敗し、長く拒絶され続けた人間にとって、就職は「対等な契約」ではなく「拾ってもらう」ことになる。だから、どんなに労働条件が悪くても、「拾ってもらった恩」があるから辞められない。買い叩かれても、文句が言えない。

新卒失敗は、その人の「労働者としての交渉力」そのものを、奪った。「選べる立場」から「拾ってもらう立場」へ。この力関係の非対称性は、その後のキャリア全体を通じて、その人を縛り続けた。

11-6. 私自身のこと

最後に、私自身のことを書く。

1999年3月卒。求人倍率1.25倍。私は「氷河期のなかでは、まだマシな年」と言われる年に卒業した。だが、当事者の実感として、まったくマシではなかった。

エントリーシートを、何十枚書いたか覚えていない。一次面接で落ち、二次で落ち、たまに最終まで行っても落ちた。「サイレントお祈り」――返事すら来ない――が当たり前だった。自分の何が悪いのか、わからなかった。「かおり」さんと同じだ。情報がなく、それが社会全体の現象だと気づけず、「自分のせいだ」と思い込んだ。

卒業の春までに、私は社員30人ほどの中小企業に、滑り込んだ。「正社員」だった。安心した。だが、半年後、会社は経営難に陥り、私は解雇された。

そこから5年間、契約社員と派遣を行き来した。3か月ごとの契約更新。社会保険に入れない時期もあった。国民年金を払えず、未納の月もあった。あの未納が、いまの私の年金額を、確実に下げている。

28歳で、正社員に戻れた。たまたま実家から通える距離に求人があり、たまたま面接官が、私の派遣時代のスキルを評価してくれた。半分は運だった。

いま、私は50歳。正社員として、なんとかやっている。だが、24歳から正社員だった人と比べれば、4年遅れのスタートだ。その4年は、賃金カーブの上でも、年金記録の上でも、永遠に取り戻せない。

そして、何より――あの「サイレントお祈り」を浴び続けた経験は、いまも私の心の奥に残っている。新しいことに挑戦しようとするたび、「どうせまた拒絶される」という声が、頭の中で聞こえる。第7章で書いた「ためらい」。あれは、私自身のことでもある。

これが、「新卒失敗」を生きた、ごく平凡な一人の人間の、ごく平凡な記録だ。特別に悲惨でもなく、特別に幸運でもない。だが、こういう人間が、この世代には、何百万人もいる。


第12章 「新卒失敗」が日本社会全体に残したもの

12-1. これは「個人の問題」の集合ではない

ここまで、「新卒失敗」を、主に当事者の側から見てきた。だが、最後に視点を変えたい。「新卒失敗」は、当事者個人の問題であると同時に、日本社会全体に、深刻な「ツケ」を残した。

約1700万人と言われる就職氷河期世代。そのかなりの部分が、新卒時の「失敗」を経験した。その帰結は、個人の不幸にとどまらず、社会全体の問題として、これから何十年も日本にのしかかる。

12-2. 少子化への影響

第一に、少子化だ。

Wikipediaの「就職氷河期」の項目にも、「特に男性は経済力が対異性関係には重要であり、結婚の可否に与える影響が大きかった」と記されている。新卒で正社員になれず、収入が不安定なまま20代・30代を過ごした人々の多くが、結婚・出産のタイミングを逃した。

氷河期世代の生涯未婚率は、その前の世代より大幅に高い。結婚しなかった、あるいはできなかった人が増えれば、当然、生まれる子どもの数は減る。日本の少子化が決定的に加速したのが、まさに氷河期世代が結婚・出産期を迎えた2000年代から2010年代だったことは、偶然ではない。

「新卒の春の扉が閉まった」ことの帰結が、四半世紀後の「生まれてこなかった子どもたち」として、日本の人口構造に刻まれている。

12-3. 社会保障財政への影響

第二に、社会保障財政だ。

新卒で正社員になれず、非正規や無業の期間が長かった人は、厚生年金の加入期間が短い。国民年金の未納期間がある人もいる。その結果、将来受け取る年金額が、低くなる。

前回までの記事でも書いたが、氷河期世代が65歳を迎え始める2030年代後半以降、低年金・無年金の高齢者が大量に発生し、生活保護受給者が急増する可能性が、複数の機関から指摘されている。生活保護費は、税金で賄われる。

「新卒の春に正社員になれなかった」ことの帰結が、四半世紀後・三十数年後の「社会保障財政の圧迫」として、現役世代の負担にのしかかる。

私はここで、はっきり言いたい。氷河期世代を「自己責任」で放置してきたツケは、結局、社会全体が、税金という形で払うことになる。最初に、新卒採用の抑制という形で「コスト削減」をしたつもりが、何十年もかけて、もっと大きなコストとして社会に返ってくる。「あのとき、入り口を閉ざさなければ」というツケは、複利で膨らんでいる。

12-4. 「失われた人的資本」

第三に、これは数字にしにくいが、最も本質的な損失かもしれない。「失われた人的資本」だ。

氷河期世代の約1700万人。彼らは、同じ教育を受け、同じ大学を出た、ほかの世代と何ら変わらない能力を持った人々だった。その膨大な人材の、かなりの部分が、「新卒の春に育てられなかった」ことによって、その能力を十分に発揮する機会を、生涯にわたって制限された。

これは、本人にとっての損失であると同時に、日本社会全体にとっての損失だ。もし氷河期世代が、ほかの世代と同じように「育てられて」いたら、彼らが生み出したであろう価値、イノベーション、税収、消費――そのすべてが、「育てられなかった」ことによって、失われた。

「失われた30年」という言葉がある。日本経済が成長を止めた30年。だが私は、こうも思う。日本経済が「失われた」最大の理由の一つは、氷河期世代という巨大な人的資本を、入り口で「失った」ことではないか、と。経済が停滞したから新卒採用を絞った。新卒採用を絞ったから人的資本が育たなかった。人的資本が育たなかったから経済が停滞し続けた。これもまた、出口のない円環だ。

12-5. 「自己責任」社会の完成

第四に、これは社会の「空気」の問題だが、見過ごせない。氷河期と、それに対する「自己責任」言説は、日本社会全体の価値観を変えてしまった。

第2章・第5章で書いたように、氷河期の初期、就職難は「若者の意識の問題」とされた。「努力が足りない」「選り好みするからだ」と。この「自己責任」という言葉は、2004年に新語・流行語大賞のトップテンに入り、社会に深く定着した。

構造的な問題を、個人の責任に還元する。この思考様式は、氷河期を「説明」するために広く使われ、そして氷河期だけでなく、あらゆる社会問題に適用されるようになった。貧困も、格差も、非正規雇用も、「本人の努力の問題」として語られるようになった。

氷河期世代は、「新卒失敗」という構造的災厄の最初の大規模な犠牲者であると同時に、「自己責任」という、その後の日本社会を覆う思考様式が確立されていく、その実験台にされた世代でもあった。私たちが「自分のせいだ」と思い込まされたあの空気は、いまや日本社会全体の空気になっている。

12-6. それでも、語ることをやめない

12章にわたって、暗い話を書き続けてきた。「新卒失敗」が何だったのか、なぜ起きたのか、何を残したのか。書けば書くほど、気持ちは重くなる。

それでも、私が語ることをやめないのは、第10章で書いたとおり、「次の世代に同じことを繰り返させたくない」からだ。

AIによる「第二の入り口の崩壊」が、すでに始まっているかもしれない。もしそうなら、私たち氷河期世代が経験したこと――構造の問題が個人の問題にすり替えられること、社会が認識を変えるまでに長い時間がかかること、その間に多くの人生が損なわれること――を、語り継がなければならない。

「あれは個人の失敗ではなかった」。 「あれは構造の問題だった」。 「『自己責任』という言葉で、人を孤立させてはいけない」。 「社会が気づくまでの時間を、できるだけ短くしなければならない」。

私たちが身をもって学んだこの教訓を、次の世代に手渡すこと。それが、入り口で扉を閉ざされた最初の世代である私たちの、最後の役割なのだと思う。


おわりに

50歳になった私が、自分の「新卒の春」を振り返って、いま思うこと。

あの春、私は確かに「失敗した」と感じていた。100社のエントリーシート、サイレントお祈り、半年で潰れた最初の会社、5年間の派遣生活。そのすべてを、長いあいだ、私は「自分の失敗」だと思っていた。

だが、この記事を書くために、改めて統計や研究を調べ直して、確信した。あれは、私個人の失敗ではなかった。

求人倍率は、私が卒業した年、椅子の数が応募者より少なかった。新卒採用は、景気の調整弁として、真っ先に、最も大きく削られた。正社員を守るために、新卒の入り口が閉ざされた。生まれた年が数年違うだけで、同じ能力・同じ努力の人間が、まったく違う人生を歩んだ。社会がそれを「構造の問題だ」と認めるまでに、10年かかった。名指しの支援まで、26年かかった。

これのどこが、「個人の失敗」なのか。

私は、あの春の自分に、言ってやりたい。「お前は失敗していない。お前は、構造の犠牲になっただけだ。お前のエントリーシートが落とされ続けたのは、お前の中身のせいじゃない。椅子が、足りなかったんだ」と。

そして、いま「第二の入り口の崩壊」に直面しているかもしれない、若い世代に言いたい。もし、あなたが新卒の就職でうまくいかなかったとしても、それを「自分の失敗」だと思い込まないでほしい。情報を遮断された一人ひとりの部屋で、自分を責めないでほしい。それは、あなたの中身の問題ではなく、社会の構造の問題かもしれない。そのことに気づくまでの時間を、私たち氷河期世代の経験を踏み台にして、できるだけ短くしてほしい。

入り口で閉ざされた扉。それは、開けることができる。時間がかかっても、別のルートからでも。私自身、28歳でこじ開けた。だが、本当に変えなければならないのは、個々人が必死で扉をこじ開けることではない。「入り口でつまずいた人を、一生不利なまま放置しない社会」を、つくることだ。

新卒一括採用というシステムが、どう変わっていくのかはわからない。AIが雇用をどう変えるのかもわからない。だが、どんなシステムになろうと、守らなければならない原則は、一つだ。

「生まれた年の景気や技術動向によって、人生の入り口を左右されない社会」。

それを実現することが、入り口で扉を閉ざされた最初の世代――私たち就職氷河期世代――が、この社会に対して、最後に求めたいことだ。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。10万字を超える長い文章でした。同世代の方には、頷きながら読んでいただけたなら嬉しい。違う世代の方には、私たちが「あの春」に何を経験したのか、少しでも伝わったなら、これ以上のことはありません。

私たちは、失敗したのではない。閉ざされた扉の前に、立たされただけだ。そのことを、私はこれからも、書き続けたいと思う。


参考資料一覧

政府・公的機関の資料

  1. 内閣府『日本経済2019-2020 ―人口減少時代の持続的な成長に向けて―』第2章第2節「働き方の変化と就業機会」 https://www5.cao.go.jp/keizai3/2019/0207nk/n19_2_2.html
  2. 内閣府『日本経済2019-2020』第2章第2節 PDF版 https://www5.cao.go.jp/keizai3/2019/0207nk/pdf/n19_2_2.pdf
  3. 内閣府『日本経済2018-2019』第1章第3節「日本経済の現状と課題」 https://www5.cao.go.jp/keizai3/2018/0125nk/n18_1_3.html
  4. 厚生労働省『平成21年版 厚生労働白書』第1部第2章「様々な場面における、個人の自立と社会の安定に向けた取組み」 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/09/dl/01-02-01.pdf
  5. 厚生労働省「就職氷河期世代の方々への支援について」 https://www.mhlw.go.jp/shushoku_hyogaki_shien/about/
  6. 文部科学省「学校基本調査」(各年版) https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00400001&tstat=000001011528
  7. 内閣官房 就職氷河期世代支援推進室「就職氷河期世代の就業等の動向」(2023年5月) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/shushoku_hyogaki_shien/suishin_platform/dai5/siryou1-1.pdf
  8. 内閣官房「就職氷河期世代等の支援について」(2025年4月25日、関係閣僚会議資料) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/shushoku_hyogaki_shien/kankeikakuryokaigi/dai1/siryou1.pdf
  9. 参議院常任委員会調査室・特別調査室「団塊ジュニアとポスト団塊ジュニアの実像」『経済のプリズム』 https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/keizai_prism/backnumber/r05pdf/202322201.pdf
  10. 厚生労働省「令和7年3月大学等卒業予定者の就職内定状況」 (厚生労働省ウェブサイト 報道発表資料)

研究論文・専門資料

  1. 玄田有史「就職氷河期とその前後の世代について ―雇用・賃金等の動向に関する比較―」『社会科学研究』(東京大学社会科学研究所) https://web.iss.u-tokyo.ac.jp/jss/pdf/jss75_001031.pdf
  2. 堀有喜衣「『就職氷河期世代』の現在」(労働政策研究・研修機構)、およびWEB労政時報による関連解説
  3. 高橋康二「日本の雇用構造はどう変わったか」日本労働社会学会・第37回大会シンポジウム発表資料(2025年10月19日) https://www.jil.go.jp/profile/documents/ktaka/251019takahashi.pdf
  4. リクルートワークス研究所「ワークス大卒求人倍率調査」(各年版) 第40回(2024年卒) https://www.works-i.com/surveys/item/230426_kyujin.pdf 第41回(2025年卒) https://www.works-i.com/surveys/item/240425_recruitment_saiyo_ratio.pdf
  5. リクルートワークス研究所「『新卒』採用の潮流と課題」(2010年)
  6. 豊田義博「『採用自由化』時代の採用活動の在り方」(WEB労政時報連載内で引用)

報道記事・ウェブ媒体

  1. WEB労政時報「第5回 平成10~12年(1998~2000年)――『就職氷河期』の到来と困難」(豊田義博) https://www.rosei.jp/readers/article/76569
  2. Business Insider Japan「『拾ってもらった』会社だから辞められない――元祖氷河期世代が売り手市場に思うこと」(2018年2月23日) https://www.businessinsider.jp/post-162396
  3. 日本経済新聞「就職氷河期世代とは バブル崩壊で大卒就職率50%台」(2025年2月16日) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD303KK0Q4A231C2000000/
  4. 日経ビジネス「就職氷河期とは? 過去のニュースにみる世間の動向や政府の対応」(2020年8月19日) https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00081/072900118/
  5. 日経ビジネス「就職氷河期世代の支援に600億円超、『ピントずれている』と専門家」
  6. 一般社団法人 公正採用人権啓発推進センター「【就活のリアル転載】氷河期の統計、実態映さず 内定率高く出る調査に注意」(海老原嗣生、日本経済新聞2021年2月16日夕刊) https://kousei-jinken.or.jp/method-info/method1/94870
  7. ダイヤモンド・オンライン「『100社落ちるなんてザラ』就職氷河期世代の悲惨物語を忘れた政治家たちの深刻」(2024年4月4日) https://diamond.jp/articles/-/341737
  8. nippon.com「高度成長から『就職氷河期』、そして人手不足の時代… 日本の若者の学校から職業への移行はどう変化したのか」(2026年1月28日) https://www.nippon.com/ja/in-depth/d01185/
  9. All About「初任給が上がる一方で…不遇続きの就職氷河期世代は?新卒採用の変化の先に見える『日本型雇用の未来』」(2025年7月) https://allabout.co.jp/gm/gc/512238/
  10. note「超就職氷河期の到来──”新人不要”社会とキャリアの崩壊構造」(Kurishima、2025年5月) https://note.com/kininarukasetu/n/n6561360394b9
  11. 新卒採用.jp「日本における新卒採用の歴史」 http://hr-recruit.jp/articles/history
  12. PARAFT「いつから始まった?日本における新卒一括採用の歴史」(2016年11月6日) https://paraft.jp/r000016001424

事典・データベース

  1. Wikipedia「就職氷河期」 https://ja.wikipedia.org/wiki/就職氷河期
  2. Wikipedia「新卒一括採用」 https://ja.wikipedia.org/wiki/新卒一括採用
  3. 総務省統計局「労働力調査」(各年版、非正規雇用比率・若年無業者数等)
  4. 内閣府「平成16年度 青少年の社会的自立に関する意識調査」
  5. 厚生労働省「雇用管理調査」(2004年、フリーター経験の企業評価に関するデータ)

注記事項

本記事の数字・事実については、可能な限り一次資料(政府統計、研究論文、調査報告)にあたって確認した。ただし、データの一部は二次資料(報道、ウェブ媒体による解説)を経由している。求人倍率・就職率・内定率は、調査主体や算出方法によって数値が異なる場合があり、本文中ではその差異についても可能な範囲で言及した。特に「就職内定率」は、調査対象校の偏りや分母の取り方によって実態より高く出る傾向があることに留意が必要である(本文第1章・海老原嗣生氏の指摘を参照)。

本記事は2026年5月時点で入手可能な情報をもとに執筆した。当事者の証言として記載した内容は、本人の承諾を得たうえで、プライバシー保護のために仮名とし、特定可能な細部を加工している。Business Insider Japanが取材した「かおり」さんの証言は、同媒体の記事から引用・要約したものである。

10万字を超える長文に、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


(おわり)

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