- はじめに——「標準語で生きてきた22年間」の疲弊
- 第1章 「方言を使えなくなった日」の記憶
- 第2章 「方言を使える場所がない」孤独
- 第3章 「帰りたいが帰れない」のジレンマ
- 第4章 「もし地元に残っていたら」のシミュレーション
- 第5章 「地方移住」の現実——45歳から「帰る」選択肢
- 第6章 「方言」は「アイデンティティ」だ——失った言葉を取り戻す
- 第7章 「方言と年収」の隠れた関係——標準語を話せないと就職できなかった時代
- 第8章 「電話の方言」——親に電話するとき、声が変わる
- 第9章 「方言を捨てた」のは自分だけではない——地方出身の氷河期世代の共通体験
- 第10章 「方言」と「メンタルヘルス」——母語を使えないストレスの科学
- 第11章 「方言」と「恋愛」——方言が消えたことで失った「人間的な魅力」
- 第12章 「方言」と「もやし炒め」——料理に方言はあるか
- 第13章 「地方の消滅」と「方言の消滅」——故郷がなくなる恐怖
- 第14章 「Uターン」「Iターン」「Jターン」——45歳からの選択肢を具体的にシミュレーションする
- 第15章 「方言で書く」という試み——標準語のエッセイの中に方言を忍ばせる
- 第16章 「方言を捨てなかった人」の話——東京で方言を貫いた同郷の友人
- 第17章 「方言」と「SNS」——ネット上で方言を使う自由と不自由
- 第18章 「方言の経済学」——方言を使えることの「市場価値」
- 第19章 「方言」と「料理」の深い関係——「おふくろの味」は「方言の味」
- 第20章 「方言」と「老後」——65歳以降、方言はどうなるか
- 第21章 「方言」と「死」——最後に言う言葉は方言であってほしい
- 第22章 「方言」と「子どもの不在」——伝えるべき言葉を伝える相手がいない
- 第23章 「方言マップ」を作る——東京の中に「故郷」を見つける
- 結論——「方言を捨てた日」を悲しむのではなく「方言を取り戻す日」を作る
はじめに——「標準語で生きてきた22年間」の疲弊
「あんた、もうすっかり東京の言葉やね」。帰省したとき、母親に言われた。「そう?」と答えた自分の声は——確かに「標準語」だった。22年間、東京で暮らし、東京の派遣先で働き、東京の言葉で話してきた。地元の方言は——どこに行ったのだろう。脳の奥底に「沈殿」している気はする。だが「意識的に使おうとしても出てこない」。出てくるのは「標準語に混じった微かなイントネーション」だけ。「あれ、今の言い方ちょっと訛ってた?」と東京の同僚に指摘されたことがある。「いや、訛ってないです」と否定した。否定した自分が——悲しかった。
氷河期世代の多くが「地方出身」だ。「地元に仕事がないから東京に出た」。大学で東京に来て、卒業後もそのまま東京に残った人。地元で就職活動に失敗し、東京で派遣の仕事を見つけた人。「東京に来た理由」は人それぞれだが、共通するのは「地方に帰れなかった」こと。帰れば「仕事がない」。帰らなければ「故郷が遠くなる」。22年間の「引き裂かれた人生」を、「方言」を軸に語る。
第1章 「方言を使えなくなった日」の記憶
大学1年。18歳。東京に来て最初の1週間。自分の言葉が「通じない」ことに気づいた。正確には「通じるが、笑われる」。方言で話すと「え、何て言ったの?」「面白いね、どこの出身?」。悪意はない。だが「標準語が普通」の世界で「方言=異物」として扱われる感覚。1週間で「方言を隠す」ことを覚えた。意識的に「標準語」で話す。イントネーションを矯正する。方言の単語を標準語に置き換える。「めっちゃ」→「すごく」。「しんどい」→「疲れた」。「なんでやねん」→「なぜですか」。
大学4年。22歳。方言はほぼ消えた。4年間の「矯正」の成果。「標準語ネイティブ」を装えるようになった。装えるが「本当のネイティブではない」。努力して標準語を話している。「努力して話す言葉」は「自然な言葉」ではない。標準語を話しているとき「自分ではない誰かを演じている」感覚が微かにある。この感覚が22年間続いている。22年間、「自分ではない誰かを演じ続けた」。この疲弊は「目に見えない」が「確実に積み重なっている」。
第2章 「方言を使える場所がない」孤独
東京で方言を使える場所がない。職場は「標準語」。コンビニは「標準語」。病院は「標準語」。すべての公的・社会的な場は「標準語」。方言を使えるのは「同郷の人と話すとき」だけ。だが東京に「同郷の人」はいない。22歳のときに数人いた同郷の友人は疎遠になった。「方言を使える相手がゼロ」。
唯一、方言を使える場は「帰省したとき」。だが帰省は年に1〜2回。帰省中の3〜5日間だけ「方言モード」に切り替える。最初の1日は「標準語と方言が混ざる」。2日目から「方言が戻ってくる」。3日目に「完全に方言モード」。そして東京に戻る日が来る。電車に乗った瞬間から「標準語モード」に切り替わる。「方言モード」は3〜5日間だけの「里帰り」であり「日常」ではない。「方言が日常だった頃」が遠い昔に感じる。
「方言を使えない」ことの孤独は「言語化しにくい」孤独だ。「仕事がない」「お金がない」「友達がいない」は「具体的な問題」として認識できる。「方言を使えない」は——問題として認識されにくい。「標準語で話せるなら問題ないでしょ」と言われる。だが「母語を使えない」ストレスは「第二言語で生活し続けるストレス」と同質だ。海外で暮らす日本人が「日本語を話したい」と感じるのと同じ。自分は「日本にいるのに、母語(方言)を話せない」。日本国内の「言語的疎外」。
第3章 「帰りたいが帰れない」のジレンマ
「地元に帰りたい」。帰省するたびに思う。見慣れた風景。懐かしい方言。母親の手料理。「ここに住みたい」。だが帰れない。理由は明確。「仕事がない」。地元の求人は「少ない」「給料が低い」「非正規が多い」。東京の手取り16万円ですら厳しいのに、地元なら手取り12〜13万円かもしれない。「帰っても生活が成り立たない」。
もう一つの理由は「帰った後の視線」。「東京に出て行ったのに、結局帰ってきたんだ」。「東京で成功できなかったんだね」。田舎の「噂のネットワーク」は強力であり、「Uターンした独身45歳男性」は格好の話題になる。「帰る場所がある」はずなのに「帰る場所が居心地悪い」。東京にも居場所がない。地元にも居場所がない。「どこにも居場所がない」のが氷河期世代の地方出身者の孤独だ。
第4章 「もし地元に残っていたら」のシミュレーション
もし22歳のとき、東京に出ずに地元で就職していたら。地元の中小企業に正社員として入社(地方は「大企業」が少ないが「中小企業の正社員」は東京より入りやすい場合がある)。初任給16万円。手取り13万円。ボーナス年間2ヶ月分=32万円。家賃2万5000円(実家暮らしなら0円)。食費は実家なら0円。
メリット。家賃が安い(または0円)。食費が安い(実家暮らしなら母親の手料理)。通勤が短い(車で15分)。方言で話せる。地元の友人がいる。親のそばにいられる。介護が必要になったとき対応できる。
デメリット。給料が低い。昇給が少ない。転職先が少ない。文化的な刺激が少ない。「ここから出られない」閉塞感。「都会に出た同級生」と比較される。
「もし地元に残っていたら」の45歳。正社員。年収350万円。貯金300万円。実家暮らし(または実家の近く)。親と近い距離。方言で話す友人が数人。独身かもしれないが「地元のコミュニティ」に属している。「東京の手取り16万円・派遣・貯金220万円・孤立」と比較すると——「地元に残っていたほうが良かったかもしれない」。だがこれは「結果論」であり、22歳の自分は「地元に仕事がない」と判断して東京に出た。その判断は「当時の情報では合理的」だった。
第5章 「地方移住」の現実——45歳から「帰る」選択肢
45歳の今から「地元に帰る」選択肢はあるか。ある。だが「ハードル」もある。
ハードル1は「仕事」。地方の45歳向け求人は「介護」「農業」「製造業」が中心。事務系の仕事は少ない。「東京でやっていた事務の仕事」が地方にあるとは限らない。リモートワークが可能な仕事があれば「地方に住みながら東京の仕事をする」ことも理論上は可能だが、派遣の事務職はリモートワーク対象外が多い。
ハードル2は「人間関係」。22年ぶりに地元に戻っても「知り合いが少ない」。地元の友人は「結婚して家庭を持っている」。「45歳独身で帰ってきた男」が地元のコミュニティに馴染めるか。
ハードル3は「親の状態」。親が健在で「帰ってきていいよ」と言ってくれるなら実家に住める。親が介護が必要な状態なら「帰って介護する」選択肢がある(ただし「介護のために帰る」のは精神的に重い)。親が亡くなっている場合は「実家が空き家になっている」可能性がある。空き家の管理コストがかかる。
メリットは大きい。家賃が劇的に下がる(月2〜3万円。実家なら0円)。食費が下がる(地元の新鮮な食材が安い)。通勤ストレスがなくなる。自然が豊か。空気がきれい。「月曜の朝の満員電車」がない。そして——方言で話せる。22年ぶりに「母語」で暮らせる。この「母語で暮らせる安心感」は金額に換算できないが、精神的な価値は計り知れない。
第6章 「方言」は「アイデンティティ」だ——失った言葉を取り戻す
方言は「単なるコミュニケーションの道具」ではない。「アイデンティティの一部」だ。「どこの出身か」「どんな土地で育ったか」「どんな文化に触れてきたか」。これらが方言に凝縮されている。方言を「捨てた」ことは、アイデンティティの一部を「切り捨てた」ことと同じだ。
方言を「取り戻す」ことはできるか。できる。方法1は「地元のラジオを聴く」。radiko(無料。エリアフリーはプレミアム月385円)で地元のラジオ局を聴けば「方言のシャワー」を浴びられる。方法2は「地元の友人に電話する」。疎遠になった友人に「久しぶり」と電話する。電話中は方言に戻る。方法3は「方言の歌を聴く」。地元出身のアーティストの歌を聴く。方法4は「帰省する」。年に1〜2回の帰省を「方言のリハビリ」として位置づける。
方言を取り戻すことは「自分を取り戻すこと」だ。22年間、標準語で「自分ではない誰か」を演じてきた。方言で話すとき「素の自分」に戻れる。素の自分に戻る時間を意識的に作る。東京のワンルームで、一人で、方言で独り言を言ってみる。「今日のもやし炒め、うまかったばい」。誰も聞いていない。聞いていないからこそ「素の自分」で言える。方言の独り言が「自分を取り戻す時間」になる。
第7章 「方言と年収」の隠れた関係——標準語を話せないと就職できなかった時代
2001年の就職活動。面接で「方言が出る」ことは「マイナス評価」だった。面接官は東京の人間だ。「この人、訛りがあるな」と思われた瞬間に「印象点」が下がる。面接マニュアルには「標準語で話すこと」が書かれていた。「方言=田舎者=洗練されていない」という暗黙の評価基準。これは「方言差別」と呼んでもいい。
100社不採用の原因の一部は「方言」だったかもしれない。面接で緊張すると「方言が出やすい」。「え〜と、自分は〜」の「自分は」のイントネーションが標準語と違う。面接官が「ん?」と一瞬顔をしかめる。その一瞬で「この人は地方出身だ」と認識される。認識された瞬間から「東京の大学を出た地方の人」として扱われる。「東京出身の人」とは「同じ土俵」に立てない。見えない差別。方言差別。
「方言を直したら面接に受かるようになるか」。実証は不可能だが、35歳頃に「完全に標準語で話せるようになった」後は「面接での第一印象が少し良くなった気がする」。「気がする」レベルだが、「方言がないことで『減点されない』」効果はあったと思う。「方言を捨てること」は「就職のための投資」でもあった。「アイデンティティの一部を切り捨てて、就職の確率を上げる」。この「トレードオフ」を22歳の自分は無意識にやっていた。
地方に残った同級生は「方言で仕事をしている」。地元の企業。地元の顧客。「方言が通じる世界」で働いている。「標準語に矯正する必要がない」。「方言のまま仕事ができる」のは「アイデンティティを捨てなくていい」ということであり、「精神的なコストがゼロ」。東京で働く自分は「毎日8時間、標準語を演じるコスト」を払い続けている。22年間。このコストは「目に見えない」が「確実に精神を消耗させている」。
第8章 「電話の方言」——親に電話するとき、声が変わる
親に電話する。月に1回程度。「もしもし、元気?」。この「もしもし」のイントネーションが——東京の「もしもし」ではない。無意識に方言の「もしもし」が出る。電話の相手が「方言を話す人」だと認識した瞬間に「脳が方言モードに切り替わる」。コードスイッチングと呼ばれる現象。バイリンガルが「相手に合わせて言語を切り替える」のと同じメカニズム。
親との電話。5分間。この5分間だけ「素の自分」に戻れる。「うん、元気やで」「仕事は、まあぼちぼちやな」「ご飯?もやし炒め食べとるよ」。方言で話す5分間は「22年間の標準語生活のリセットボタン」だ。5分間だけ「18歳以前の自分」に戻る。戻った後に、また「標準語の自分」に切り替わる。切り替わる瞬間に「軽い疲労感」がある。「スイッチを入れ直す」疲労。
「親がいなくなったら」。親が死んだら——「方言で話す相手」がゼロになる。「方言の最後の受け皿」が消える。その日が来たら、自分の方言は「完全に消滅する」かもしれない。「方言を使う機会がゼロになった言語」は「死語」だ。自分の中で方言が「死語」になる日。その日は——親の死と同時に来る。「親の死」と「方言の死」が同時に起きる。二重の喪失。考えたくないが——いつか来る。
「方言を保存する」ための予防策。方法1は「方言で日記を書く」。毎日でなくていい。月に1回。「今日はもやし炒め作ったで。うまかったわ」。方言で書くことで「文字として方言が残る」。声としての方言が消えても「文字としての方言」は残せる。方法2は「方言の音声を録音する」。スマートフォンのボイスメモで「方言の独り言」を録音する。5分間。「今日の天気はええなぁ」「もやし炒めうまいわ」。自分の方言の声を「デジタルデータとして保存する」。10年後、20年後に聞き返したとき「ああ、自分はこういう話し方をしていたんだ」と確認できる。方言のデジタル遺品。これは「消すべき遺品」ではなく「残すべき遺産」だ。
第9章 「方言を捨てた」のは自分だけではない——地方出身の氷河期世代の共通体験
自分だけが「方言を捨てた」のではない。東京で暮らすすべての地方出身者が「方言の調整」を経験している。だが氷河期世代の地方出身者には「特有の事情」がある。
事情1は「地元に帰る選択肢がなかった」。バブル世代は「東京で就職したが、転勤で地元に戻れた」ケースがある。Z世代は「リモートワークで地方に住みながら東京の仕事をする」選択肢がある。氷河期世代には「転勤で地元に戻る」(正社員ではないので転勤がない)も「リモートワーク」(派遣事務にリモートはない)も使えなかった。「地元に帰る選択肢がゼロ」。だから「東京に居続けるしかない」。居続けるために「方言を完全に捨てるしかない」。
事情2は「地元の友人との格差」。地元に残った友人は「方言で暮らし、実家の近くに住み、地元の企業で正社員として働いている」ケースが多い。年収は東京より低い(300〜400万円程度)が「実家暮らし」「通勤10分」「方言OK」の環境。一方、東京に出た自分は「方言を捨て、6畳のワンルームに住み、派遣社員で手取り16万円」。「どちらが幸せか」は単純に比較できないが、「どちらが自分らしく生きているか」と問われれば——地元の友人のほうが「自分らしい」かもしれない。「方言を使える=自分らしさを保てている」。
事情3は「帰省のコスト」。手取り16万円から「帰省の交通費」を捻出するのは大変だ。新幹線なら往復2〜3万円。飛行機なら往復3〜5万円。「1回の帰省で1ヶ月の自由裁量費に匹敵する」。結果「帰省の回数が減る」→「方言を使う機会が減る」→「方言が衰える」。「お金がないから帰省できない→帰省できないから方言が消える」。経済的な制約が言語的なアイデンティティを侵食する。
第10章 「方言」と「メンタルヘルス」——母語を使えないストレスの科学
「母語を使えないストレス」は科学的に実証されている。移民研究において「母語以外の言語で生活することのストレス」が広く研究されている。「第二言語で生活する人」は「母語で生活する人」に比べて「精神的疲労が高い」「自己表現の制限を感じる」「感情の言語化が困難」であることが示されている。
「でも、方言と標準語は『同じ日本語』じゃないか」。そうだ。方言と標準語は「同じ日本語」であり「別の言語」ではない。だが「ニュアンスの違い」がある。方言で「しんどいわ」と言うときの「しんどさの表現力」と、標準語で「疲れました」と言うときの「疲労の表現力」は——「しんどいわ」のほうが「実感に近い」。「しんどいわ」には「疲れている」だけでなく「つらい」「やりきれない」「でもまあ頑張るわ」のニュアンスが含まれている。標準語の「疲れました」にはその複層的なニュアンスがない。
「感情を正確に表現できない言語」で生活することは「感情の抑圧」に近い。「しんどい」を「疲れた」に変換するとき、「しんどい」に含まれていた「やりきれなさ」が消える。消えた「やりきれなさ」はどこに行くか。「体に溜まる」。ストレスとして。胃痛として。不眠として。「方言を捨てたこと」が「心身症の一因」だった可能性すらある。22歳の胃痛。27歳の不眠。37歳のパニック障害。これらの症状の「一部」は「母語を使えないストレス」から来ていたかもしれない。証明はできないが——「可能性はある」。
「方言で気持ちを吐き出す」ことの治療的効果。心理カウンセリングでは「母語で話すことが最も効果的」とされている。「方言で話すカウンセリング」があれば——地方出身の氷河期世代にとって「最高の治療」になるかもしれない。「先生、しんどいんですわ」「ほうか、しんどいんか。何がしんどい?」。方言で吐き出す。方言で受け止めてもらう。「標準語では言えなかった本音」が「方言なら言える」。この可能性を、心療内科の先生にいつか伝えたい。
第11章 「方言」と「恋愛」——方言が消えたことで失った「人間的な魅力」
方言には「人間的な温かみ」がある。標準語にはない「柔らかさ」がある。「好きやで」と「好きです」。「ありがとうな」と「ありがとうございます」。「ほんまにええ人やなぁ」と「本当にいい人ですね」。方言のほうが「距離が近い」。「温かい」。「人間らしい」。
標準語で22年間を過ごした自分の話し方は「丁寧」だが「距離がある」。「よそよそしい」と言われたことがある。よそよそしいのは「標準語のせい」かもしれない。標準語は「公的な言語」であり「プライベートな言語」ではない。「仕事で使う言語」で「プライベートも過ごしている」状態。「スーツを着たまま寝ている」ようなもの。リラックスできない。リラックスできないから「人間的な温かみ」が出ない。
もし方言で話していたら——「もっと人間味のある自分」がいたかもしれない。「もっと温かみのある話し方」をする自分がいたかもしれない。「方言で話す自分」のほうが「好かれやすい自分」だったかもしれない。結婚できなかった理由の一つが「標準語で話すよそよそしさ」だったとしたら——方言を捨てたことの「コスト」は「結婚の機会損失」をも含むことになる。
だがこれは「たられば」の話だ。「方言で話していたら結婚できた」かどうかは証明できない。できないが——「方言を話す自分」に会ってみたい。「22歳以前の、方言で話していた自分」はどんな人間だったか。「もっと笑顔が多かった」気がする。「もっと言葉が多かった」気がする。「もっと——自分らしかった」気がする。
第12章 「方言」と「もやし炒め」——料理に方言はあるか
もやし炒めに「方言」はあるか。ある。地域ごとに「もやし炒めの味付け」が違う。自分の地元のもやし炒めは——思い出せない。母親がもやし炒めを作っていた記憶がない(母親はもっと手の込んだ料理を作っていた)。「もやし炒め」は東京に出てから覚えた料理であり「東京の味」だ。醤油味。塩こしょう味。焼肉のタレ味。これらは「東京のもやし炒め」。
「地元の方言で味付けしたもやし炒め」を想像する。地元が九州なら「柚子胡椒もやし炒め」。地元が大阪なら「お好み焼きソースもやし炒め」。地元が名古屋なら「味噌もやし炒め(八丁味噌)」。地元が東北なら「生姜たっぷりもやし炒め」。「地元の調味料」で味付けしたもやし炒めは「方言を持つもやし炒め」であり「故郷の味のもやし炒め」だ。
「方言のもやし炒め」を作ってみよう。地元の調味料をスーパーで探す。「この調味料、地元でよく使っていたやつだ」。100均にあるかもしれない。なければスーパーで300〜500円。地元の調味料を使ってもやし炒めを作る。食べる。「——故郷の味がする」。もやし炒めに「故郷の味」を重ねる。フライパンの中で「東京」と「地元」が融合する。「標準語のもやし炒め」に「方言の調味料」をかける。「ハイブリッドもやし炒め」の誕生。方言を完全に取り戻すことはできなくても「もやし炒めの中に方言を忍ばせる」ことはできる。
第13章 「地方の消滅」と「方言の消滅」——故郷がなくなる恐怖
日本の地方は「消滅」の危機にある。「消滅可能性都市」という概念がある。2040年までに「若年女性の人口が50%以下に減少する自治体」は「消滅の可能性がある」とされ、全国の自治体の約半数がこれに該当する。自分の故郷が「消滅可能性都市」に該当しているかもしれない。
故郷が消滅するとき「方言」も消滅する。方言は「その地域で暮らす人々の間で使われる」ことで維持される。人がいなくなれば方言も消える。「100年後、自分の方言を話す人はゼロになるかもしれない」。方言の消滅は「文化の消滅」であり「その地域の歴史の消滅」だ。
自分が東京に出たことも「故郷の消滅」の一因だ。「若者が都市に流出する→地方の人口が減る→地方が消滅する」。自分は「故郷を消滅させる加害者の一人」かもしれない。「仕事がないから東京に出た」のは「やむを得ない選択」だった。だが「やむを得ない選択」が積み重なって「故郷の消滅」を招いている。「氷河期世代が地元に帰れなかったこと」は「地方消滅の加速要因」であり、これもまた「社会の構造の問題」だ。「地方に仕事があれば帰れた。帰れれば故郷は消滅しなかった。仕事を地方に作らなかった政策が、故郷を消滅させようとしている」。怒りが湧く。だが怒っても故郷は戻らない。
「故郷が消滅する前にやるべきこと」。やるべきこと1は「帰省する」。できるだけ多く。年に1回でもいい。「故郷の風景を目に焼き付ける」。「故郷の空気を吸う」。「故郷の方言を聴く」。やるべきこと2は「故郷の写真を撮る」。スマートフォンで。帰省したときに。風景。通学路。商店街。実家。「消えてしまう前に記録する」。やるべきこと3は「方言を記録する」。親の方言を録音する。自分の方言を録音する。「音声として残す」。テキストとしてノートに書く。「方言辞典」を自分で作る。「○○(方言)=○○(標準語)」のリスト。100語でいい。100語の方言リストが「故郷の記憶のアーカイブ」になる。
第14章 「Uターン」「Iターン」「Jターン」——45歳からの選択肢を具体的にシミュレーションする
Uターン(故郷に戻る)。Iターン(故郷以外の地方に移住する)。Jターン(故郷の近くの地方都市に移住する)。45歳からの「地方移住」の選択肢を具体的にシミュレーションする。
Uターンシミュレーション。故郷に戻る。実家が健在なら「実家暮らし」で家賃ゼロ。食費は実家なら大幅に減る(母親の手料理)。仕事は「地元のハローワーク」で探す。介護職なら「人手不足」で採用される可能性が高い。月収は手取り14〜16万円程度。「東京の手取り16万円と同等だが、家賃ゼロで実質的な可処分所得は大幅に増える」。月の固定費が東京の10万円→地元の4万円に下がるとすれば、月6万円の余裕が生まれる。年間72万円。NISAに月3万円積み立てられる。「Uターンすることで、NISAの積立額が3倍になる」。
メリット。家賃の大幅削減(または0円)。食費の削減。通勤時間の短縮。方言で暮らせる。親の近くにいられる。故郷のコミュニティに属せる。デメリット。仕事の選択肢が少ない。給与水準が低い。文化的な刺激が少ない。「Uターンした独身45歳男性」への地域の視線。車が必要な場合がある(月3〜5万円の維持費)。
Jターンシミュレーション。故郷の近く(同じ県の県庁所在地等)の地方都市に移住する。家賃4万円程度のアパート。仕事は「地方都市のハローワーク」で探す。事務系の仕事もある程度ある。月収手取り15〜17万円程度。東京とほぼ同等だが「家賃が安い」分だけ可処分所得が増える。「故郷には電車で1時間で行ける距離」。帰省が容易。月に1回でも「方言の世界」に戻れる。
「45歳で地方移住」の現実的なハードル。ハードル1は「仕事を見つけてから移住する」が鉄則。仕事なしで移住すると「無収入+引っ越し費用」で貯金が急速に減る。「地方のハローワークにオンラインでアクセスして、事前に求人を調べる」。「リモートで面接を受けて、内定をもらってから移住する」のが理想。ハードル2は「引っ越し費用」。15〜30万円。貯金220万円から捻出できるが「大きな出費」。「引っ越し費用を抑える方法」(荷物を最小限にする。133点の持ち物なら「宅急便3〜5箱+手荷物1つ」で済む。引っ越し業者不要。コスト5000〜10000円)。
第15章 「方言で書く」という試み——標準語のエッセイの中に方言を忍ばせる
このエッセイは「標準語」で書いている。だが「方言で書いたら」どうなるか。試みに「第1章の一部」を方言で書き直してみる(具体的な地方を特定しない「架空の方言」として)。
「大学1年のとき、東京来てびっくりしたんよ。自分の言葉が通じんのやもん。いや、通じるんやけど、笑われるんよね。方言で話すと『面白いね、どこ出身?』って。悪気はないんやろうけど、なんか恥ずかしくてさ。1週間で方言隠すようになったわ。標準語で話す練習して。イントネーション直して。でもさ、標準語で話すときの自分って、なんか——偽物みたいやったわ。本物の自分は方言で話す自分やのに。22年間、偽物やっとったんかもしれんなぁ」。
どうだろうか。「標準語版」より「距離が近い」感じがしないか。「温度がある」感じがしないか。方言で書くと「書いている自分」が「素の自分」に近づく。「素の自分」で書いた文章は「読者にも伝わりやすい」かもしれない。「壁がない文章」。方言は「壁を取り払う力」を持っている。
だがこのエッセイは「全国の氷河期世代」に向けて書いている。特定の方言で書くと「その方言がわからない読者」に伝わらない。だから「標準語」で書いている。「伝えるために標準語を使う」。22年間、「仕事のために標準語を使ってきた」のと同じ理由。「伝えたいから、自分の言葉を捨てる」。この「捨てる」行為は「犠牲」でもあり「戦略」でもある。
でも——いつか「方言のエッセイ」を書いてみたい。「もやし炒めを方言で語るエッセイ」。「もやし炒め作ったんよ。うまかったわ。醤油がちょうどええ感じでさ。発泡酒もプシュッて開けて。ふーって息ついて。しんどい1日やったけど、もやし炒め食べたら元気出たわ」。これを読んで「この人の気持ち、わかるわ」と思ってくれる人がいたら——方言は「方言がわからない人にも伝わる」ことの証明になる。方言の力は「意味の正確さ」ではなく「感情の温度」にある。温度は国境も方言の壁も越える。
第16章 「方言を捨てなかった人」の話——東京で方言を貫いた同郷の友人
大学時代に同郷の友人がいた。同じ県の出身。同じ大学の同じ学部。だがその友人は「方言を捨てなかった」。東京でも方言で話していた。「えー、訛ってるね」と言われても「うん、訛っとるよ。地元の言葉やもん」と堂々と答えていた。自分はその友人を「すごいな」と思った。「恥ずかしくないのか」と思った。「損するんじゃないか」と思った。
その友人はどうなったか。大学卒業後、地元に帰った。地元の市役所に入った(公務員試験に合格した)。結婚した。子どもが2人いる。家を建てた。「方言を捨てなかった友人」は「標準語圏ではなく方言圏で生きることを選んだ」。「方言を捨てなかったこと」が「地元に帰る選択」と結びついていたのかもしれない。「方言を維持すること=故郷とのつながりを維持すること=帰る場所を持ち続けること」。自分は「方言を捨てた→故郷とのつながりが薄れた→帰る場所がなくなった」。友人は「方言を捨てなかった→故郷とのつながりが続いた→帰る場所があった」。「方言を捨てるかどうか」が「人生の分岐点」だったのかもしれない。
もちろんこれは「後知恵」であり「因果関係」とは限らない。「方言を捨てなかったから地元に帰れた」のではなく「もともと地元に帰るつもりだったから方言を捨てなかった」のかもしれない。原因と結果が逆。だが「方言を捨てること」と「故郷から離れること」が「連動している」ことは否定できない。「言葉」と「場所」は結びついている。「言葉を失うこと」は「場所を失うこと」に近い。
第17章 「方言」と「SNS」——ネット上で方言を使う自由と不自由
SNSでは「方言で投稿する」ことが許されている。いや、むしろ「方言で投稿すると親しみやすい」「方言ツイートはバズりやすい」という現象がある。「今日もしんどかったわ〜」「もやし炒めうまかったんよ」。方言の投稿は「人間味」があり「温かみ」があり「フォロワーとの距離が近い」。標準語の「今日も疲れました」より方言の「しんどかったわ〜」のほうが「いいね」がつきやすい。
「リアルでは方言を隠し、ネットでは方言を使う」。この二重生活。職場では完璧な標準語。帰宅後、Xを開いて方言で投稿する。「今日の仕事しんどかったなぁ。帰ってもやし炒め作ったら元気出たわ」。フォロワーが「いいねー!何味?」とリプライする。「醤油味やで。いつもの」。この「やで」が——リアルの生活では「です」に変換される。ネットでしか使えない「やで」。
SNSは「方言の避難所」かもしれない。リアルの生活では「標準語」を強いられるが、SNSでは「方言で自分を表現できる」。「匿名」であれば「職場の人に見られるリスク」もない。「ネット上の方言の自分」が「本当の自分」であり、「リアルの標準語の自分」が「仮面の自分」。本当の自分がネットにしかいない。この「逆転現象」は——少し寂しい。だが「ネット上にでも本当の自分がいる」のは「どこにも本当の自分がいない」よりマシだ。
「方言アカウント」を作ってみよう。Xで「方言専用アカウント」を作る。フォロワーは「同郷の人」「方言に興味がある人」。投稿はすべて方言で。「今日のもやし炒め、ニンニク多めにしたったわ。うまかったで」。「発泡酒プシュッてやったら、今日の疲れ吹っ飛んだわ」。方言で投稿するたびに「素の自分」が外に出る。「素の自分を外に出す行為」は「精神の換気」であり「心の窓を開ける行為」だ。22年間閉め切っていた窓を、SNSで開ける。風が入ってくる。故郷の匂いがする風。
第18章 「方言の経済学」——方言を使えることの「市場価値」
「方言を使えること」に経済的な価値はあるか。ある。いくつかの場面で「方言がスキルとして評価される」。
場面1は「地方の観光業」。地方のホテル、旅館、観光案内所では「地元の方言で接客できる」ことが「おもてなし」の一部になる。「標準語で接客する旅館」と「方言で温かく接客する旅館」。後者のほうが「リピーター」が多い。「方言=ホスピタリティ」。地方の観光業に転職する場合「方言が使える」ことは「プラスのスキル」だ。
場面2は「コールセンター」。一部の企業は「地方向けのコールセンター」で「方言が話せるオペレーター」を求めている。「お年寄りの顧客に方言で対応する」ことで「安心感」を与える。「標準語のオペレーター」より「方言のオペレーター」のほうが「顧客満足度が高い」ケースがある。
場面3は「介護」。高齢者の介護現場では「方言で話しかけること」が「認知症の高齢者の安心感を高める」効果がある。「標準語で話しかけると反応しないが、方言で話しかけると笑顔になる」高齢者がいる。方言は「故郷の記憶」と結びついており、認知症で記憶が失われても「方言の記憶」は最後まで残る場合がある。「方言で話せる介護士」は「方言で話せない介護士」より「質の高いケア」を提供できる。
場面4は「YouTuber・配信者」。「方言で喋るYouTuber」はニッチだが根強いファンがいる。「方言で料理を教えるチャンネル」「方言でゲーム実況するチャンネル」。「もやし炒めを方言で実況しながら作るYouTubeチャンネル」——需要があるかどうかは不明だが「唯一無二のコンテンツ」であることは間違いない。再生回数が伸びなくても「方言で自己表現する場」として機能する。
「方言を捨てた」と思っていたが「方言は市場価値を持つスキル」でもあった。「捨てたもの」が実は「隠し資産」だった。この「隠し資産」を「再活用する」道がある。「45歳で方言を取り戻す=隠し資産を現金化する」。
第19章 「方言」と「料理」の深い関係——「おふくろの味」は「方言の味」
「おふくろの味」は「母親が作った料理の味」だ。だがもう少し深く考えると「おふくろの味」は「方言の味」でもある。母親が方言で「ほら、食べなさい」「美味しい?」「もっと食べる?」と言いながら出してくれた料理。「味」と「言葉」がセットで記憶に刻まれている。「おふくろの味」を思い出すとき、同時に「おふくろの方言」も思い出す。「味の記憶」と「言葉の記憶」は脳の中で「結合」している。
もやし炒めは「おふくろの味」ではない。母親はもやし炒めを作ったことがない(たぶん)。もやし炒めは「自分が東京で編み出した味」であり「標準語の味」だ。もやし炒めを食べるとき、頭の中で鳴っているのは「標準語」。「美味しいな」「今日も乗り切った」「明日も頑張ろう」。
もし「方言でもやし炒めを食べたら」。「うまいわぁ」「今日もなんとかなったわ」「明日もぼちぼちやるか」。同じもやし炒めが「別の味」に感じられるかもしれない。「標準語のもやし炒め」は「丁寧だが距離がある味」。「方言のもやし炒め」は「雑だが温かい味」。「温かい味」のほうが——美味い気がする。
今度の帰省で「母親のキッチンでもやし炒めを作る」実験をしてみたい。母親の家のフライパンで。母親が使っている醤油で。そして——「方言で独り言を言いながら」。「もやし入れるで」「醤油かけるわ」「ええ感じやな」。方言で作るもやし炒め。東京のワンルームでは作れない「方言味のもやし炒め」。帰省しなければ作れない味。「帰省の理由」がまた1つ増えた。「方言味のもやし炒めを作るために帰省する」。これは——立派な帰省理由だ。
第20章 「方言」と「老後」——65歳以降、方言はどうなるか
65歳。退職(または派遣契約の終了)。東京で暮らし続けるか、地元に帰るか。この選択が「方言の運命」を決める。
東京で暮らし続ける場合。方言を使う機会は「さらに減る」。仕事がなくなれば「標準語で話す場面」は減るが「方言で話す場面」も増えない。「方言も標準語も使わない」沈黙の老後。一人暮らしで「話す相手がいない」状態が続けば「言語そのもの」が衰える。「方言の消滅」どころか「言語能力の全体的な衰え」が起きる。「使わない機能は退化する」。脳の言語野も例外ではない。「話さない老人」は「認知機能が低下しやすい」。
地元に帰る場合。方言が「復活する」。毎日の買い物で。近所の人との会話で。地元の友人との再会で。「方言で暮らす老後」は「自分らしさを取り戻す老後」であり「言語能力を維持する老後」だ。方言で話すことで「脳の言語野が活性化される」。標準語だけで暮らすより「方言+標準語のバイリンガル的な脳」のほうが「認知機能が維持されやすい」という研究もある。「方言を使う=認知症の予防」かもしれない。
「65歳で地元に帰る」計画を今から立てる。NISAが65歳で400〜800万円に育っていれば「引っ越し費用」と「最初の数ヶ月の生活費」は賄える。地元の公営住宅に入れれば家賃は月2〜3万円。年金月10万円で「地元なら暮らせる」。「東京では暮らせないが、地元なら暮らせる」。年金月10万円の「価値」は東京と地方で「2倍以上違う」。同じ10万円が「東京ではギリギリ」で「地元ではゆとり」になる。
「65歳の帰郷」を目標にする。そのために45歳から20年間。NISAを積み立てる。貯金を守る。健康を維持する。そして——「方言を忘れない」。方言を忘れてしまったら「帰っても馴染めない」。「標準語で帰郷した65歳」は地元のコミュニティに「よそ者」として扱われるリスクがある。「方言を維持すること」は「帰郷の準備」でもある。「20年後に帰る場所のために、今日方言を維持する」。月に1回、方言で日記を書く。年に1回、帰省して方言のシャワーを浴びる。radikoで地元のラジオを聴く。これらの「方言のメンテナンス」が「20年後の帰郷」を可能にする。
第21章 「方言」と「死」——最後に言う言葉は方言であってほしい
人生の最後の瞬間。最後に口にする言葉は何だろうか。「ありがとう」か。「もういいよ」か。「もやし炒め食べたい」か。何を言うにしても——最後の言葉は「方言」であってほしい。22年間「標準語で演じてきた自分」が、最後の最後に「素の自分」に戻る。「ありがとうな」。「もうええわ」。「うまかったわ」。方言で終わる人生。それが——自分らしい終わり方だ。
「最後の言葉が方言であるために」必要なこと。方言を「完全に忘れない」こと。忘れてしまったら、最後の瞬間にも「標準語」で話すことになる。「ありがとうございました」。丁寧だが——冷たい。「ありがとうな」のほうが——温かい。温かい言葉で終わりたい。そのために方言を維持する。「方言の維持」は「温かい死に方の準備」でもある。
孤独死マニュアルでは「安否確認の仕組み」を推奨した。もし自分が一人で死ぬなら——誰にも聞こえない最後の言葉を、方言で言おう。「ありがとうな。もやし炒め、うまかったわ。23年間、よう頑張ったわ」。誰にも聞こえなくても。壁に向かって言っても。方言で言えば「素の自分」が「最後まで素の自分」でいられる。「標準語の仮面」を脱いで、「方言の素顔」で死ぬ。それが——22年間方言を捨てていた人間の「最後の取り戻し」だ。
第22章 「方言」と「子どもの不在」——伝えるべき言葉を伝える相手がいない
子どもがいない。45歳独身。子どもがいれば「自分の方言を子どもに伝える」ことができた。「お父さんの故郷ではこう言うんやで」「『ありがとう』は地元では『おおきにな』って言うんよ」。方言は「親から子へ」伝承される。伝承されなければ「一代で消滅する」。自分の方言は——自分一代で消滅する。
「方言の消滅」は「文化の消滅」だと第13章で書いた。自分の中で方言が消滅することは「自分という小さな文化圏の消滅」だ。もやし炒めのレシピはノートに書き残せる。NISAの口座は遺族に相続できる。だが「方言」は——誰にも引き継げない。方言は「体の中にしか存在しない文化」であり「文字にしても音にしても完全には再現できない文化」だ。イントネーション。語尾の微妙なニュアンス。「やで」の柔らかさ。「やねん」の親しみ。これらは「自分の声帯」と「自分の記憶」の中にしか存在しない。自分が死ねば——消える。
子どもがいれば「方言のDNA」を引き継げた。子どもは「父親の方言」を「耳で覚える」。完全にコピーしなくても「断片的な方言」が子どもの中に残る。子どもが大人になったとき「お父さん、こう言ってたな」と思い出す。思い出しの中に方言が「生き続ける」。だが自分には子どもがいない。方言の伝承者がいない。「一代限りの方言」。これは「子どもがいないことの損失」(「親になれなかった問題」参照)のリストに加えるべき項目かもしれない。「子どもがいない=方言を伝承できない=文化が一代で消滅する」。
「伝承する相手がいないなら、記録に残す」。方法は第8章で示した。方言で日記を書く。方言の音声を録音する。方言の語彙リストを作る。これらの「記録」は「伝承」の代わりにはならないが「証拠」にはなる。「こういう方言を話す人間がいた」という証拠。100年後、誰かがこの記録を見つけて「2024年にはこんな方言を話す人がいたんだな」と知る。方言の「化石」を残す。恐竜が化石を残したように。自分の方言を「言語の化石」として残す。ロマンチックに聞こえるかもしれないが——実際には「100均のノートに方言を書く」だけだ。110円のロマン。
第23章 「方言マップ」を作る——東京の中に「故郷」を見つける
東京に住んでいても「故郷」を感じられる場所がある。同郷の県のアンテナショップ(東京駅周辺や銀座に多い)。故郷の食材が買える。故郷の酒が買える。店員が方言で接客してくれることもある。「東京のど真ん中で方言が聞こえる」奇跡の空間。入場無料。もやし炒めの材料は売っていないが「故郷の調味料」は買える。
同郷者の集まり。「○○県人会」が東京に存在する場合がある。年に数回の集まり。参加費は数千円。だが「方言で2〜3時間過ごせる」価値は数千円以上。「同郷の人と方言で話す」体験は「帰省の縮小版」であり「方言のリハビリ」だ。月2500円の推し活予算を「方言活動(方言活)」に充てるのもアリかもしれない。「推しは故郷。推し活は方言で話すこと」。
「東京の方言マップ」を作る。「ここに行けば故郷を感じられる場所」のリスト。アンテナショップの住所。県人会の連絡先。故郷の食材が買えるスーパー。同郷の人が経営している飲食店。このリストは「東京の中の故郷の地図」であり「方言を使える場所の地図」だ。地図があれば「方言を使いたくなったとき」に「行く場所」がわかる。「方言の渇き」を癒せる「オアシス」の場所を知っておく。砂漠(標準語の東京)の中のオアシス(方言が通じる場所)。オアシスの場所を知っている旅人は——砂漠で死なない。
「方言を取り戻す」ことは「大きな決断」ではない。「日常の中の小さな行動」の積み重ねだ。月に1回、方言で日記を書く。年に1回、帰省する。radikoで地元のラジオを聴く。アンテナショップに寄る。県人会の情報を調べる。SNSで方言を使う。もやし炒めに故郷の調味料を使う。1つ1つは「5分〜30分の小さな行動」。だがこれらの積み重ねが「方言を完全に忘れないための防波堤」になる。防波堤がなければ「標準語の波」に方言が飲み込まれる。防波堤があれば「方言の小さな島」が残る。小さな島でいい。島があれば——帰る場所がある。
結論——「方言を捨てた日」を悲しむのではなく「方言を取り戻す日」を作る
22年前に方言を捨てた。捨てたのではなく「しまった」。引き出しの奥に。取り出せなくなっていただけで、なくなったわけではない。今日、引き出しを開けてみる。「なんでやろ」「しんどいなあ」「まあ、ええか」。出てきた。少し錆びているが、まだ使える。
方言で、もやし炒めの感想を言ってみる。「うまいやん」。標準語で言う「美味しい」より、3文字分だけ——心が温かい。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。方言の表現は特定の地域を示すものではなく、フィクションを含みます。

