婚活を休んだ期間に何をしていたか正直に書く
「休んだ」のか「やめた」のか
婚活を「休んだ」期間がある。正確に言えば、複数回ある。婚活を始めてはやめ、始めてはやめ、を繰り返してきた。
「休んだ」と「やめた」の境界は曖昧だ。「休んでいるだけ、いつか再開する」と自分に言い聞かせている期間を「休み」と呼び、「もう二度とやらない」と決めた瞬間を「やめた」と呼ぶなら、私は「やめた」ことはない。常に「休んでいる」だけだ。休みが1年続いても2年続いても、「休み」だ。永遠の休憩中。
この「休み」の期間に何をしていたか。正直に書く。正直に書くと、あまりカッコいい話にはならない。
最初の休み:28歳〜31歳
28歳のとき、付き合っていた相手と別れた。経済的な理由で結婚を踏み切れなかったことが一因だった。別れたあと、しばらく恋愛や結婚について考えることを避けた。避けたというより、考える余裕がなかった。
この3年間、何をしていたか。正直に書く。
仕事をしていた。派遣の仕事を転々としていた。半年ごとに職場が変わる生活。新しい環境に適応するのに精一杯で、恋愛のことを考える余裕がなかった。
テレビを見ていた。仕事から帰って、発泡酒を飲みながらテレビを見る。バラエティ番組、ドラマの再放送、深夜のアニメ。何を見ていたかは、ほとんど覚えていない。覚えていないほど、ただ流していた。
寝ていた。休日は、ほぼ寝ていた。昼まで寝て、起きて、コンビニで何か買って、食べて、また寝る。または、ベッドの中でスマートフォンを見る。ニュースサイト、SNS、動画。見ても見なくても変わらないコンテンツを、何時間も見ていた。
何もしていなかった。3年間、婚活に限らず、何も積極的な行動をしていなかった。生存に必要な最低限のこと——仕事に行く、食べる、寝る——だけをして、それ以外の時間は、何もしないで過ごしていた。
この3年間は、「休み」ではなく「停滞」だった。停滞の理由は、エネルギーの枯渇だ。仕事と生活で精一杯のエネルギーを使い果たし、婚活に回す分がなかった。婚活どころか、趣味にも友人関係にも自己啓発にも、何にもエネルギーを使えなかった。
二度目の休み:35歳〜38歳
35歳のとき、マッチングアプリを始めてみたが、前述の通り結果が出なかった。数ヶ月でアプリをアンインストールし、婚活を「休んだ」。
35歳から38歳の3年間。何をしていたか。
仕事をしていた。相変わらず派遣だが、少し長めの契約先に入れた。2年間、同じ職場で働いた。これは私にとっては長い。同じ職場で2年。少しだけ安定した気分になれた。
節約術を磨いていた。半額シールの技術、もやし料理のレパートリー、100均の活用法。前のエッセイで書いた内容の多くは、この時期に開発されたものだ。婚活に使うはずだったエネルギーが、節約に向かった。婚活で使わなかった6000円を、食費の節約に充てた。
図書館に通い始めた。近所の図書館が、この時期の唯一の外出先だった。本を借りて読む。読み終わったら返して、また借りる。月に3冊から4冊。ジャンルはバラバラ。小説、新書、エッセイ、実用書。読んでも読まなくても人生は変わらないが、読んでいる間は人生を忘れられた。
年金のことを調べた。ねんきん定期便を開封したのが、この時期だ。年金の見込額に愕然とし、NISAやiDeCoについて調べ始めた。婚活のことを考える代わりに、老後のことを考え始めた。考える対象が「結婚」から「老後」に変わった。どちらも不安の対象だが、老後のほうがより切実だった。
三度目の休み:40歳〜44歳
40歳で婚活アプリを再インストールし、数ヶ月やって、またアンインストールした。婚活パーティーに2回参加し、マッチングゼロで撤退した。そこから44歳まで、4年間の「休み」。
この4年間は、前の休みとは少し違っていた。「何もしていない」のではなく、「別のことをしていた」。
NISAを始めた。月5000円の積立。少額だが、始めた。将来への唯一の行動。婚活のエネルギーを、資産形成に振り替えた。
健康のことを考え始めた。歯医者に行った。心療内科に行った。散歩を始めた。体と心のメンテナンスに、わずかなエネルギーを割り始めた。
このエッセイを書き始めた——というのは半分冗談だが、自分の経験を言語化する作業を始めたのは、この時期だ。言語化することで、経験を整理する。整理することで、少しだけ荷物が軽くなる。婚活の代わりに、自分の人生の棚卸しをしていた。
「休んでいた」ことの正体
婚活を休んでいた期間の正体は何か。正直に分析してみる。
ひとつは、「傷の回復期間」。婚活で傷ついた心を、時間をかけて修復していた。マッチングゼロの衝撃、アンケートの数字の冷たさ、「ご職業は?」への反応。これらの小さな傷が蓄積し、心のHPがゼロに近づいた。回復するには、ダメージ源から離れるしかない。婚活を休むことで、ダメージ源を遮断する。遮断して、少しずつHPを回復させる。
もうひとつは、「優先順位の再設定期間」。人間のエネルギーは有限だ。有限のエネルギーを、何に割り当てるか。婚活に割り当てていた分を、仕事、健康、資産形成に再配分する。婚活よりも、目の前の生活を安定させることが優先だと判断した。この判断は合理的だったと思う。生活が不安定な状態で婚活しても、うまくいく可能性は低い。まず生活を固めてから、余裕ができたら婚活を再開する。問題は、余裕がいつできるかわからないことだが。
そしてもうひとつは、「諦めの漸進的受容」。休んでいる間に、少しずつ「結婚しないかもしれない」という可能性を受け入れていた。最初は「休んでいるだけ、いつか再開する」だったが、休みが長くなるにつれて、「再開しないかもしれない」に変わっていった。完全に諦めたわけではない。だが諦めの比率が、年々少しずつ上がっていった。
休んでいたことを恥じるべきか
婚活を休んでいた期間に「何をしていたか」を正直に書いた。書いてみると、「何もしていなかった」期間が多い。特に最初の3年間は、ほぼ停滞していた。
この停滞を恥じるべきか。恥じる必要はないと思う。
停滞していたのは、エネルギーがなかったからだ。エネルギーがないのは、生活に消耗しきっていたからだ。消耗しきっていたのは、経済的に不安定だったからだ。不安定だったのは、就職氷河期の影響だ。
因果関係を遡れば、停滞の原因は個人の怠慢ではなく、構造的な問題に行き着く。構造的な問題で停滞した人間を、「何もしていなかった」と批判するのは、因果の取り違えだ。
もちろん、「何もしていなかった」のは事実だ。事実を認めた上で、「それは仕方がなかった」と自分に言い聞かせる。仕方がなかった。あの状況で、あれ以上のことはできなかった。自分を責めても、過去は変わらない。変わらない過去を責めるのは、エネルギーの無駄遣いだ。無駄遣いできるほど、エネルギーに余裕はない。
婚活を休んでいた期間に何をしていたか。正直に言えば、「生き延びていた」。それ以上でもそれ以下でもない。生き延びること自体が、あの時期の最大の成果だ。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。婚活を休んだ経験がある人は、きっと少なくないはずです。

