氷河期世代の「鏡」に映る自分——22歳から45歳まで、老いていく顔を一人で見続けた記録

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はじめに——「鏡の中の自分」が「知らない中年」に変わっていた

朝、歯を磨く。鏡の前に立つ。鏡に映っている人間。目の下のクマ。額のシワ。ほうれい線。頬のたるみ。白髪が数本。「この人、誰だ」。——自分だ。45歳の自分。22歳のとき鏡に映っていた「若い男」はどこに行ったのか。23年間、毎朝同じ鏡の前に立ち続けた。毎朝「少しずつ老いていく自分」を見続けた。「少しずつ」だから「変化に気づかない」。だが22歳の写真と45歳の鏡を比べれば——「別人」だ。

「老い」は「一人で見る」とき最も残酷だ。家族がいれば「あなたも歳を取ったわね」「お互い様だよ」と笑い合える。パートナーがいれば「シワが増えたね」「でも素敵だよ」と言ってもらえる。一人暮らしの独身男性は——鏡に向かって一人で「老いた」と認識する。「老いた」と言ってくれる人がいない。「でも素敵だよ」と言ってくれる人もいない。「老いの確認作業」を「一人で行う」孤独。

第1章 22歳の鏡——「若さ」に気づかなかった

22歳。毎朝鏡を見ていた。だが「自分の顔」を「意識的に観察する」ことはなかった。「鏡は歯を磨くための道具」であり「自分の顔を鑑賞するための道具」ではなかった。22歳の肌は——張りがあったはずだ。シワはなかったはずだ。白髪はなかったはずだ。だが「当時はそれに気づかなかった」。「若さ」は「持っているときには気づかない」。「失ったときに初めて気づく」。もやし炒めと同じだ。「もやし炒めが作れる日常は当たり前」。「作れなくなったとき(被災時等)に初めて価値に気づく」。「若さ」も「もやし炒め」も「当たり前の中にある宝物」。

22歳の鏡に映っていた表情。「不安」。100社不採用の不安が顔に出ていた。眉間にシワ(若くても不安のシワは出る)。口角が下がっている。目が泳いでいる。「若いが不安な顔」。22歳の肌の張りは「不安の表情」に覆い隠されていた。「若さの価値」を「不安が食いつぶしていた」。

第2章 30歳の鏡——「疲れた顔」が常態化した

30歳。リーマンショックの翌年。鏡に映る顔は「疲れている」。目の下にクマ。頬がこけている(食事がカップ麺中心で栄養不足だった時期)。肌が荒れている。「22歳の不安な顔」が「30歳の疲れた顔」に変わった。不安は「消えた」のではなく「疲労に吸収された」。「疲れすぎて不安を感じる余裕すらない」状態。

30歳の鏡で「変化」に気づいた瞬間。額に「うっすらとしたシワ」を発見した。「これ、シワ?」。22歳にはなかった線。「8年で額にシワができた」。「8年分のストレスが額に刻まれた」。このシワは「100社不採用+派遣切り+借金+リーマンショック」の「物理的な痕跡」だ。「ストレスの化石」。お薬手帳が「体の履歴書」なら、シワは「顔の履歴書」だ。

第3章 37歳の鏡——「パニック障害の顔」

37歳。パニック障害を発症した年。鏡に映る顔が「怯えている」ことに気づいた。目が大きく見開かれている。常に「何かに怯えている」表情。「電車に乗るのが怖い」「人混みが怖い」「発作が起きるのが怖い」。この「恐怖」が顔に出ている。自分の顔を見て「この人、怯えているな」と客観的に思った。「この人」が自分であることの——辛さ。

心療内科でエスシタロプラムを処方されて2ヶ月後。鏡を見た。「顔が変わった」。怯えの表情が「少し緩んでいた」。目の力が「少し戻っていた」。口角が「少しだけ上がっていた」。エスシタロプラムの効果が「顔に出ている」。薬の効果を「鏡で確認できた」瞬間。「お薬手帳に書かれた処方」が「鏡の中の表情」に反映されている。「薬が効いている」。鏡が証明してくれた。

第4章 40歳の鏡——「老い」が始まった

40歳。「老い」が「加速的に」顔に現れ始めた。ほうれい線が「線」として明確に見えるようになった。目尻のシワ(笑いジワ。だが「笑っていないのにシワがある」のは——笑いジワではなく「老いジワ」だ)。額のシワが「複数本」に。頬のたるみ。顎のラインがぼやけてきた。白髪が1〜2本見えた。「白髪」の発見は——衝撃だった。「白髪=老人」のイメージ。「自分は老人になり始めている」。40歳で。

「一人で老いる」ことの特殊性。パートナーがいれば「一緒に老いる」。「お互いのシワの増加」を共有できる。「一緒に白髪を見つける」体験ができる。一人暮らしでは「自分だけが老いている」ように感じる。周囲の人(職場の同僚等)の老いは「気にしていない」。自分の老いだけが「鏡の中で進行する」。「鏡の中の老い」は「自分だけの秘密」であり「誰にも相談できない孤独」だ。

第5章 45歳の鏡——「受容」の表情

45歳。現在。鏡に映る顔。シワ。白髪。たるみ。クマ。すべてが「ある」。だが「22歳のときの不安」も「30歳のときの疲労」も「37歳のときの恐怖」も——「薄まっている」。45歳の表情は「穏やか」とまでは言わないが「受容」に近い。「こういう顔なんだ、自分は」。「こういう顔で、45年間生きてきたんだ」。シワの1本1本が「23年間の記録」であり「サバイバルの証拠」であり「もやし炒め2808回の痕跡」だ。

「受容」が生まれた理由。理由1は「エスシタロプラムの効果」。薬が精神を安定させ「自分の老いを受け入れる余裕」を生んだ。理由2は「NISAの安心感」。90万円の資産が「将来への不安」を軽減し「今の自分を肯定する余裕」を生んだ。理由3は「散歩の効果」。毎日30分の散歩が「気分の安定」を生んだ。理由4は「もやし炒めの効果」。「自分で自分の食事を作っている」自己効力感が「自分を肯定する力」を育てた。理由5は「260冊の読書」。哲学書(ストア哲学)で「変えられないものは受け入れる」技術を学んだ。「老い」は「変えられないもの」。変えられないなら「受け入れる」。

第6章 「鏡」との付き合い方——45歳の「鏡の作法」

作法1は「鏡を見る時間を決める」。朝の歯磨きの3分間だけ。「鏡の前で自分の顔をじっと見つめる」のは——精神衛生上よくない。「老いのあら探し」になる。「シワが増えた」「白髪が増えた」「たるみがひどい」。これらの「発見」は「気分を下げる」。「3分間の歯磨きのついでに見る」程度が最適。「鏡は歯磨きの道具。自己評価の道具ではない」。

作法2は「鏡に向かって笑顔を作る」(笑いの変遷参照)。フェイシャルフィードバック仮説。笑顔を作ると脳が「楽しい」と認識する。朝の歯磨き後に「10秒間の笑顔」。鏡の中の自分が笑っている。シワだらけの笑顔。だが「笑顔」は「シワ」を「表情の一部」に変える。「笑っていないシワ」は「老い」に見える。「笑っているシワ」は「人生の証」に見える。同じシワでも「笑顔があるかないか」で印象がまるで違う。

作法3は「鏡の中の自分に声をかける」。「おはよう。今日ももやし炒め作ろう」。壁に向かって「あけましておめでとう」と言うのと同じ。鏡の中の自分は「壁」と違って「自分の顔をしている」。「自分の顔をした相手」に声をかけるのは「壁に声をかける」より「少しだけ人間的」。「自分自身に挨拶する」行為は「自分を大切にする行為」の最小単位。0秒。0円。

作法4は「写真を撮る」。年に1回。誕生日に。「今年の自分の顔」を記録する。「去年の自分」と「今年の自分」を比較する。「1年で変わったこと」を確認する。「シワが1本増えた。でもNISAも12万円増えた」。「老いの進行」と「資産の進行」を同時に確認する。「老い」は「マイナスの変化」。「資産」は「プラスの変化」。「マイナスとプラスが同時に進行している」。人生は「老いと成長が同時に起きる」プロセスだ。

結論——「鏡の中の自分」は「23年間のサバイバーの顔」

鏡に映る45歳の顔。シワがある。白髪がある。クマがある。だがこの顔は「100社不採用を耐えた顔」であり「13社の派遣先を生き延びた顔」であり「もやし炒め2808回を作った顔」であり「NISAを90万円まで育てた顔」であり「パニック障害から回復しつつある顔」であり「260冊の本を読んだ顔」だ。シワの1本1本が「物語」を持っている。白髪の1本1本が「経験」を証明している。この顔は「若くない」が「弱くもない」。23年間のサバイバーの顔。サバイバーの顔は——美しくなくても「誇らしい」。

明日の朝も鏡の前に立つ。歯を磨く。「おはよう」と鏡の中の自分に言う。10秒間の笑顔を作る。シワだらけの笑顔。「今日ももやし炒め作ろう」。鏡の中の自分がうなずく(ように見える)。「うなずいてくれた」(気のせいだが)。鏡は答えない。壁と同じだ。だが鏡には「自分の顔がある」。壁にはない。「自分の顔がある場所」=「自分が存在する証拠」。鏡は「存在証明の装置」だ。6畳のワンルームの洗面台の、小さな鏡。この鏡だけが——毎朝「あなたはここにいる」と教えてくれる。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

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