氷河期世代の「1万円札の重さ」——手取り16万円の人間にとっての金銭感覚を完全解剖する

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はじめに——「1万円」が怖い

1万円札を財布から出すとき、手が震える——は大げさだが、「躊躇する」のは本当だ。1万円は手取り16万円の6.25%。月収の16分の1。「1万円を使う」とは「今月の月収の6.25%を一度に手放す」ということだ。年収700万円(手取り約530万円。月約44万円)の人にとって1万円は月収の2.3%。「2.3%を手放す」のと「6.25%を手放す」のでは「痛み」がまるで違う。同じ1万円なのに。

金銭感覚は「収入」で決まる。同じ商品を見ても「安い」と思う人と「高い」と思う人がいる。差は「その金額が自分の収入の何%に当たるか」で決まる。手取り16万円の人間にとっての「金銭感覚」を金額ごとに解剖する。「100円の重さ」「500円の壁」「1000円の贅沢ライン」「5000円の大出費」「1万円の恐怖」。それぞれの金額が「心理的にどのくらいの重さを持つか」を分析する。

第1章 「10円」の世界——もやしと自販機のつり銭

10円。手取りの0.00625%。もやし1袋30円の3分の1。「10円なんてどうでもいい」と思えるか。思えない。10円が10個集まれば100円。100円が10個集まれば1000円。1000円は「1日の食費」に匹敵する。「10円を笑う者は10円に泣く」。この格言は手取り16万円の世界では「リアル」だ。

10円の使い道。スーパーのレジで「10円安い」ほうを選ぶ。もやし30円と32円のもやしがあれば、30円を選ぶ。「2円の差」を気にする自分に「そんなの気にしなくていい」と言われたことがある。「2円の差を365日積み重ねると730円」。730円はもやし炒め24食分だ。24食分を「気にしなくていい」とは言わせない。

第2章 「100円」の世界——100均の王国

100円(税込110円)。手取りの0.069%。100均の世界。「100円で買えるもの」は「生活に必要なほぼすべて」(100円ショップ依存症参照)。100円は「氷河期世代の基本通貨単位」だ。すべての支出を「100円単位」で考える。「このランチは600円か。もやし炒め20食分だな」。「この本は800円か。もやし炒め27食分」。すべてが「もやし炒め何食分か」に換算される。この「もやし炒め換算」が氷河期世代の金銭感覚の基本OSだ。

100円を「自由に使える」か。使える。100円なら「ためらいなく使える」金額。缶コーヒー。菓子パン。100均の商品。100円は「日常的な支出の最小単位」であり「使っても罪悪感がないライン」。だが「100円×30回=3000円」。3000円は「月の自由裁量費1万7000円の17.6%」。100円を30回使うと「月の自由費の2割が消える」。「100円は安い」が「100円を舐めてはいけない」。

第3章 「500円」の壁——「ワンコイン」は「壁」だった

500円。手取りの0.31%。「ワンコイン」と呼ばれるこの金額は、手取り16万円の人間にとって「壁」だ。500円を超える買い物には「判断」が入る。「本当に必要か?」「もっと安いものはないか?」「来月まで待てないか?」。

500円で買えるもの。コンビニ弁当(1食分)。ペットボトル飲料3〜4本。100均の商品4〜5点。牛丼の並盛(380〜500円)。文庫本(中古)。この中で「500円を払う価値がある」のはどれか。答えは人それぞれだが、自分は「文庫本(中古)」を選ぶ。コンビニ弁当は「1食で消える」。文庫本は「何度でも読める」。「消えるもの」より「残るもの」に500円を使うのが「氷河期世代の金銭感覚」。

「500円ランチ」の世界。仕事の昼食を「500円以内」に収めるのが日課。おにぎり2個(260円)+お茶(100円)=360円。または手作り弁当(材料費150〜200円)。500円を超えるランチは「贅沢」。ファミレスの800円のランチは「特別な日」のもの。「800円のランチを毎日食べる同僚」を見て「あの人、月に1万6000円もランチに使っている」と計算する自分。1万6000円は月の自由裁量費に匹敵する。

第4章 「1000円」の贅沢ライン——千円札を出すときの心理

1000円。手取りの0.625%。この金額は「贅沢ライン」だ。1000円を超える支出は「贅沢」のカテゴリに入る。1000円以上の買い物をするとき、脳内で「本当に必要か会議」が開催される。出席者は「欲しい自分」と「節約したい自分」と「将来の自分」の3人。3人のうち2人が賛成しなければ「買わない」。

1000円の使い道。1000円カットの散髪。月1回の「贅沢デー」の予算の一部。古本屋で本3〜4冊。スーパーの半額品をまとめ買い(5〜6点)。銭湯2回分。映画のレイトショー(1300〜1500円なので1000円では足りないが、「1000円以上の出費」としてカウント)。

「1000円の外食」は「年に数回の贅沢」。ラーメン屋。カレー屋。定食屋。「1000円の定食」を食べた日は「今日は贅沢した」と帰り道に思う。1000円の定食は「もやし炒め33食分」。33食分のもやし炒めを1回の外食で消費した「罪悪感」と「満足感」が同時に押し寄せる。

第5章 「5000円」の大出費——月に1回あるかないかの「大きな買い物」

5000円。手取りの3.125%。月に1回あるかないかの「大出費」。5000円の支出が発生すると「今月は厳しい」。5000円の出費の例。靴の買い替え(ワークマン1900〜3900円。5000円に近い)。病院の診察+薬代(歯科で3000〜5000円)。家電の修理・買い替え(電気ケトル2000円+部品代)。「5000円の出費」は「計画的でなければ家計を崩壊させる」。

5000円を「使う決断」をするプロセス。ステップ1。「本当に必要か」を確認する。「靴に穴が開いた→必要」。「新しいマグカップが欲しい→今のマグカップはまだ使える→不要」。ステップ2。「もっと安い代替品はないか」を探す。100均に同じものがないか。中古品はないか。ステップ3。「今月の予算に5000円の余裕があるか」を封筒管理法で確認する。余裕がなければ「来月に持ち越す」。

「5000円以上の出費は月に1回まで」。このルールを守れば家計は破綻しない。月に2回以上の5000円超の出費が発生すると「赤字」になるリスクが高い。「今月は靴を買ったから、歯医者は来月にしよう」。この「優先順位の判断」が手取り16万円の世界では日常的に行われている。正社員の同僚は「靴も買うし歯医者も行く」。「両方できる」のと「どちらか選ばなければならない」のは「自由度」がまるで違う。

第6章 「1万円」の恐怖——万札を出すとき指が止まる

1万円。手取りの6.25%。「恐怖」の金額。1万円札を財布から出すとき「本当にいいのか」と自分に問いかける。1万円を使う場面。冷蔵庫の買い替え(中古1万5000円。1万円では足りないがこのクラスの出費)。引っ越しの初期費用の一部。健康診断(自費の場合1万円前後)。NISAの月の積立額(1万円)。

NISAに月1万円を投資するとき、「1万円を『使う』のではなく『移す』のだ」と自分に言い聞かせる。「使えば消える。投資すれば増える」。この認知の転換が「1万円の恐怖」を和らげる。とはいえ「口座残高が1万円減る」事実は同じ。「減った1万円はNISAの口座にある。消えたわけではない」。この言い聞かせを毎月繰り返す。毎月繰り返しても、毎月「ちょっと怖い」。

「1万円以上の出費」が連続すると「パニック」に近い感覚になる。冷蔵庫が壊れた(1万5000円)。翌週に歯の治療(5000円)。翌月にインフルエンザの予防接種(3500円)。合計2万3500円。月の自由裁量費1万7000円を超えている。「どうやってやりくりするか」のシミュレーションが頭の中で始まる。もやし炒めの頻度を上げる。発泡酒を週5本→週3本に減らす。散髪を1ヶ月延期する。「ありとあらゆるところを削って、2万3500円を捻出する」。この「捻出の計算」が手取り16万円の世界では「日常業務」だ。

第7章 「10万円」の世界——「見たことのない金額」ではないが「使う勇気がない金額」

10万円。手取りの62.5%。月収の半分以上。10万円を「一度に使う」ことはほぼない。「10万円の出費」が発生するのは「引っ越し」「大型家電の故障」「入院」など「人生のイベント」だけ。10万円の出費は「数ヶ月かけて貯めた貯金を取り崩す」行為であり「心理的な痛み」が極めて大きい。

「10万円を気軽に使える人」の存在が信じられない。「週末に10万円のスーツを買った」。「旅行で10万円使った」。「推しのライブで10万円」。これらは「月収の62.5%を一度に使う」行為だ。自分には不可能。「10万円使ったら、今月と来月の生活が危機的状況になる」。10万円は「使ったら取り返しがつかない金額」。

第8章 「金銭感覚の格差」——同じ「1万円」でも重さが違う世界

手取り16万円の自分と年収700万円の同級生Aさん。同じ「1万円」の重さを比較する。

自分にとっての1万円。月収の6.25%。「自由裁量費1万7000円の58.8%」。1万円を使うと「自由に使えるお金」がほぼなくなる。1万円は「もやし炒め333食分」。1万円を使うとき「333食分のもやし炒めを手放す覚悟」が必要。

Aさんにとっての1万円。月収44万円の2.3%。「自由裁量費15万円の6.7%」(推定。家族持ちでも自由裁量費は月15万円程度あるとする)。1万円を使っても「自由に使えるお金」はまだ14万円ある。1万円は「週末の家族ランチ1回分」。

同じ1万円で「333食分の覚悟」が必要な人と「家族ランチ1回分」の人。この「重さの差」が「消費行動の差」を生み、「生活の質の差」を生み、「人生の選択肢の差」を生む。「1万円が軽い人」は「迷わず使える」。「1万円が重い人」は「使うたびに苦しむ」。同じ紙幣。同じ1万円。だが「心理的な重さ」は何倍も違う。

この「金銭感覚の格差」は「想像力の欠如」を生む。年収700万円の人が「1万円くらい、気にしなくていいよ」と言う。善意の言葉。だが手取り16万円の人間にとっては「333食分のもやし炒めを気にするなと言われた」に等しい。333食分を「気にしない」のは不可能だ。「金銭感覚の違い」を理解しないアドバイスは「善意の暴力」になりうる。

第9章 「お金の使い方」の哲学——手取り16万円なりの幸福最大化戦略

手取り16万円でも「幸福」は可能だ。ただし「幸福の買い方」が違う。年収700万円の人は「高いもの」を買って幸福を得る。手取り16万円の人は「安いものの中から最も幸福度の高いもの」を選んで買う。「選ぶ力」が「幸福の鍵」。

幸福度の高い支出。発泡酒(135円。幸福度10/10。1日の疲れを癒す効果は値段以上)。もやし炒めの材料費(60円。幸福度8/10。自分で作る喜び+満腹感)。図書館の本(0円。幸福度9/10。知識+エンタメ+時間つぶし)。散歩(0円。幸福度7/10。健康+気分転換)。100均のノート(110円。幸福度6/10。日記を書く喜び)。

幸福度の低い支出。コンビニの菓子パン(150円。幸福度3/10。食べた瞬間は美味いが5分で忘れる)。自販機のペットボトル(150円。幸福度2/10。水筒の麦茶と味の差はほぼない)。ゲームの課金(500〜5000円。幸福度1/10。課金した瞬間は嬉しいが翌日には後悔)。

「幸福度/コスト」の比率が高いものに投資する。発泡酒は135円で幸福度10。「幸福度/コスト=0.074」。図書館の本は0円で幸福度9。「幸福度/コスト=∞(無限大)」。コンビニの菓子パンは150円で幸福度3。「幸福度/コスト=0.02」。「幸福度/コスト」が高い支出を優先し、低い支出を削る。これが「手取り16万円の幸福最大化戦略」だ。

結論——「1万円の重さ」は「人生の重さ」だ

1万円札を財布から出す。指が一瞬止まる。「333食分のもやし炒め」が脳裏をよぎる。だが「この1万円がNISAに入れば、20年後に2万6500円になる」と思えば、指が動く。「手放す」のではなく「未来に送る」。1万円の「重さ」が「恐怖」から「希望」に変わる瞬間。

金銭感覚は「人生を映す鏡」だ。「1万円が怖い」のは「手取り16万円で生きてきた23年間」が鏡に映っている。「1万円が怖くなくなる日」が来るだろうか。公務員になって手取りが20万円になれば、1万円は月収の5%になる。「5%」は「6.25%」より「軽い」。軽くなった分だけ「自由」が増える。「自由を増やすために公務員を目指す」。この動機は——十分に「正当」だ。

今日、財布の中の1万円札を見る。「お前は重い。重いけど、一緒にいてくれてありがとう」。1万円に話しかける45歳独身男性。変わっていると思われるだろう。だが手取り16万円の世界では「1万円札は家族同然」だ。大切にする。無駄にしない。そして「未来のために使う」。もやし炒めのために。発泡酒のために。NISAのために。自分のために。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

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