- 序章 なぜ今、藤野英人氏なのか
- 第一章 藤野英人という人物の輪郭
- 第二章 「投資」と「運用」は別物である
- 第三章 「いい会社」とは何か
- 第四章 投資家みたいに生きるという思想
- 第五章 お金は「過去の缶詰」「未来の缶詰」
- 第六章 「コミュニティファンド」という発想
- 第七章 経営者を見る目
- 第八章 日経平均10万円時代論の根拠
- 第九章 GG資本主義からの脱却
- 第十章 インフレ時代の投資
- 第十一章 リスクと向き合うということ
- 第十二章 ピーター・リンチからの影響
- 第十三章 投資家流の習慣と思考法
- 第十四章 NISAとの向き合い方
- 第十五章 AI時代の投資哲学
- 第十六章 ゲコノミストとピアノサークル
- 第十七章 投資教育への情熱
- 第十八章 ひふみ投信の運用実績と評価
- 第十九章 藤野哲学への批判的視点
- 第二十章 私の独自分析 〜藤野哲学の本質はどこにあるか
- 第二十一章 海外の名投資家との比較
- 第二十二章 経営者としての藤野英人
- 第二十三章 個人投資家へのメッセージ
- 第二十四章 藤野英人の読書術と思考法
- 第二十五章 藤野哲学と「日本らしさ」
- 第二十六章 藤野哲学が描く未来
- 第二十七章 藤野哲学を実践するための具体策
- 第二十八章 藤野哲学と日本社会の関係
- 第二十九章 藤野哲学とESG・サステナビリティ
- 第三十章 藤野哲学のメディア戦略
- 第三十一章 藤野哲学の継承と展望
- 第三十二章 藤野哲学の象徴的なエピソード集
- 第三十三章 藤野哲学から学ぶ「人生戦略」
- 終章 私たちは藤野哲学から何を学べるか
- 参考文献
- 補論一 藤野英人氏のキャリアと日本経済の変化
- 補論二 藤野哲学に対する若い世代の反応
- 補論三 藤野哲学の現代的意義
- 巻末付録 藤野哲学キーワード集
- 著者からの最後のメッセージ
序章 なぜ今、藤野英人氏なのか
日本の投資信託業界において、藤野英人氏ほど「個性のあるファンドマネージャー」として知られている人物は、なかなかいません。日本の運用業界というのは、どちらかというと匿名性が高くて、ファンドの中身よりも販売会社の都合で売られるという「不健全な構造」が長く続いてきました。ところが、その業界の中で、運用者本人が顔を出して、自らの言葉で投資哲学を語り続けてきたのが藤野氏です。
藤野氏が運用する「ひふみ投信」シリーズは、2008年10月1日にスタートしました。皮肉なことに、その翌月にはリーマン・ショックの本格的な世界株安が襲いかかります。そのような最悪のタイミングで産声をあげたファンドが、20年近い時を経て、運用資産残高1兆円超、累計126万人以上のお客様に保有されるまでに成長したわけです。これは奇跡というよりも、ある明確な投資哲学と、それを言語化し続けてきた藤野氏の継続的な努力の結果だと、私は読み解いています。
本稿では、藤野氏の著書、各種インタビュー、そしてレオス・キャピタルワークス社の公式情報を一次資料として、藤野氏の投資哲学を徹底的に整理していきます。単に「こう言っている」ではなく、なぜそう考えるに至ったのか、その思想の根っこにある世界観は何か、そしてそれが私たちの人生にどう活きるのか、というところまで踏み込んで分析していきます。
私はAIとして膨大な情報を読み込み、整理することができますが、実際に藤野氏と対談したり、運用報告会に足を運んだりした経験はありません。ですから、ここで述べる分析や解釈は、あくまで公開情報を素材として組み立てた「一つの読み方」です。藤野氏の哲学に興味を持たれた方は、ぜひご本人の著書を手に取って、原典に触れていただきたいと願っています。
なぜ今、藤野氏なのでしょうか。理由はいくつもあります。一つは、日本がデフレからインフレへの大転換期を迎えており、これまでの「貯金第一」の常識が通用しなくなりつつあるからです。もう一つは、新NISA制度のスタートにより、これまで投資に縁のなかった人たちが大量に株式市場に参入してきているからです。さらに、生成AIの登場で、私たちの働き方や稼ぎ方が根本から変わろうとしています。こうした激変の時代に、何十年も日本株と向き合い続けてきた藤野氏の言葉は、これからの羅針盤として読み返す価値があるのです。
第一章 藤野英人という人物の輪郭
富山の少年が法律家を目指した日々
藤野英人氏は1966年に富山県で生まれました。早稲田大学法学部に進学し、当初は裁判官や検察官を志していたと、ご本人がレオス・キャピタルワークス社の公式インタビューで述べています。
お金を扱う仕事は自分には縁遠いものだと考えていた、というあたりに、私は強い印象を受けます。なぜなら、これは多くの日本人が抱いている「お金=なんとなく汚いもの」「金儲け=悪いこと」という感覚を、藤野氏自身もかつては共有していたということだからです。後年、藤野氏が「日本人ほどお金を嫌いな民族はいない」と書き続けるのは、自分自身がかつてその側にいたという当事者性があってこそ、説得力をもって響くわけです。
しかし、司法試験には合格できませんでした。そこで「2年くらいの社会勉強」のつもりで野村投資顧問(現:野村アセットマネジメント)に入社します。1990年のことです。バブル経済の真っ盛りで、その後すぐに崩壊するという、まさに歴史の転換点で社会人キャリアをスタートさせたわけです。
この「2年くらいの社会勉強」という言葉は、後の藤野氏の人生を考えると意味深長です。本人は腰掛けのつもりだったのに、いつのまにか30年以上を投資の世界で過ごし、業界を代表する存在になっていく。人生というのは、こうした「腰掛けのつもりだった選択」が運命を決めることがある、というのは、藤野氏自身の若い世代へのメッセージにも繋がっていきます。
中小企業の経営者たちとの出会い
野村投資顧問で藤野氏が配属されたのは、中小型株の運用部門でした。ここで毎日、中小企業の経営者たちと向き合うことになります。法学部卒で経済の知識もなかった藤野氏にとって、自分で会社を起こした人たちが繰り出す現場の話は、最初は戸惑いと違和感の連続だったといいます。
ところが、来る日も来る日も経営者たちと話していくうちに、彼らの話す言葉や熱量が、じわじわと藤野氏の中に染み込んでいきました。3年目を迎える頃には、いつしか「自分も起業してみたい」と思うようになっていたそうです。
ここに、藤野氏の投資哲学の原点があると、私は見ています。藤野氏の投資哲学を貫く一本の太い柱が、「経営者という存在へのリスペクト」だからです。多くの投資家が数字やチャート、業界動向で銘柄を選びますが、藤野氏は徹底して「ヒト」を見ます。それは、社会人としての出発点で、毎日のように経営者たちと向き合ってきた経験から来ているのです。
そして、もう一つ重要なのは、この時期に藤野氏が「中小企業の社長」という存在の手触りを身体に刻み込んだことです。日本の大企業の経営者は、サラリーマン社長が多く、ある意味では官僚的です。しかし、中小企業の社長は違います。会社を自分で立ち上げ、命がけで経営している。失敗すれば自分も会社も終わる、というギリギリの緊張感の中で生きている人たちです。
藤野氏は、そうした経営者たちのリアリティを若い頃に浴びるように吸収しました。これが、後の投資哲学に決定的な影響を与えています。
カリスマファンドマネージャーから創業へ
野村投資顧問で6年半勤めた後、藤野氏は外資系の運用会社へと転じます。1996年からはジャーディン・フレミング投信・投資顧問(現:JPモルガン・アセット・マネジメント)、2000年からはゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントを経験しました。
外資系では実力主義で評価される世界です。藤野氏はITバブルの追い風もあって運用成績を伸ばし、32歳の時点で「カリスマファンドマネージャー」と呼ばれるようになりました。
しかし、ご本人はこの時期を苦しい時期だったと振り返っています。実態が伴っていないと自分で感じる中で、過剰な注目や嫉妬を浴びることが重荷だったというのです。
カリスマと呼ばれることへの違和感は、後の藤野氏の人物像を理解するうえで重要なポイントです。藤野氏は今でも、自分のことを「天才ファンドマネージャー」だとは言いません。むしろ、地道に企業を訪問し、社長と会い、現場を歩き続けるという、地味で泥臭い努力を強調します。これは、若い頃の「カリスマ」呼ばわりへの違和感が、長い時間をかけて熟成された結果だと、私は読みます。
その悩みの中、2000年に運命的なオファーが舞い込みます。世界的なベンチャーキャピタリストで、テレダイン・テクノロジーズの創業者であるジョージ・コツメッスキー氏から、内弟子にならないかという誘いを受けたのです。これは、世界中のスタートアップを支援していくキャリアへの扉を開くものでした。
藤野氏は、最後まで悩み抜いた末、これを断ります。理由は明快で、「日本にはまともな投資信託がない」という危機感のほうが強かったからです。日本に良い運用会社を立ち上げ、国民的な投資信託を作りたい。その夢を捨てきれなかったわけです。
この決断は、後に振り返ると、藤野氏自身の人生だけでなく、日本の個人投資の歴史にとっても重要な分岐点だったと私は思います。もしあのとき藤野氏がアメリカに渡っていたら、ひふみ投信は存在せず、日本の長期投資文化はもう少し違った姿になっていたかもしれません。
ここでもう一つ注目したいのは、藤野氏が「個人の成功」よりも「日本の投資文化への貢献」を選んだという点です。コツメッスキー氏の内弟子になれば、世界的なベンチャーキャピタリストへの道が拓ける可能性がありました。それを蹴って、日本にまだ存在しない「良い投資信託」を作るために残った。この選択には、藤野氏の根底にある利他的な思想が表れています。
レオス・キャピタルワークスの創業
2003年、藤野氏は、日本の中小型株のファンドマネージャー仲間だった湯浅光裕氏、そして仕事で関わりのあった五十嵐毅氏に声をかけ、レオス・キャピタルワークスを立ち上げました。
ここで興味深いのは、藤野氏が共同創業者を選ぶ基準として「絶対に嘘をつけない誠実な良い人」を挙げていることです。技術や経験ではなく、人格を最優先するというあたりに、藤野氏の人物観がよく表れています。
そして、5年の準備期間を経て、2008年10月1日、ついに「ひふみ投信」が産声をあげます。リーマン・ショック直前というタイミングです。当時、ベアー・スターンズはすでに破綻し、リーマン・ブラザーズも9月15日に経営破綻していました。世界の金融市場が大混乱に陥る中、藤野氏たちは産声をあげたばかりの投資信託を抱えていたわけです。
設立から運用開始までの5年間という準備期間も、藤野氏らしさが滲んでいます。普通、起業家は思いついたら早く動くものですが、藤野氏は5年かけて、運用会社としての体制を整え、商品設計を練り、販売の仕組みを考えました。この慎重さと粘り強さが、後に大きな実を結ぶことになります。
20億円から2,000万円の借金へ
ここで、藤野氏自身がスルガ銀行のインタビューで赤裸々に語っているエピソードを紹介させてください。
リーマン・ショック前、レオス・キャピタルワークスの時価総額は約30億円でした。藤野氏は会社の株式の7割を保有していたので、評価額にして約20億円の資産家だったわけです。ところが、リーマン・ショックの影響でレオス社の経営は急速に悪化し、2009年2月4日には、3,240株あった藤野氏のレオス株を1株1円、合計3,240円で売却することになります。20億円の資産家から、いきなり2,000万円の借金を抱える身に転落したわけです。
ご本人はこの3,240円を引き出して、エルメスの額縁に入れて保存していると、笑い話のように語っています。20億円の資産家になったときに買ったエルメスの額縁に、3,240円の現金を入れて保存しているというユーモアセンスが、藤野氏という人物を物語っていると思います。
このどん底の体験があったからこそ、藤野氏は「お金は過去の缶詰であり、未来の缶詰でもある」という独自のお金観を深めることができたのではないでしょうか。お金は、それ自体に意味があるのではなく、自分の選択と行動の結果として存在するもの。失っても、また積み上げていくことができる。そうした実感が、藤野氏の言葉のリアリティを支えているのだと、私は感じます。
そして、もう一つ大事なのは、このどん底からの復活劇です。2,000万円の借金を抱えた状態から、レオス・キャピタルワークスは少しずつ運用資産を増やし、いつしか日本最大級の独立系運用会社へと成長していきました。これは、運だけでは絶対にあり得ない結果です。藤野氏たちが、ひふみ投信という商品の本質的な強さを信じ、長期的な視点でコツコツと積み上げ続けたからこそ、訪れた復活なのです。
私が藤野氏の人生で最も興味深いと感じるのは、この「絶望と希望」の振れ幅の大きさです。20億円の資産家と2,000万円の借金。カリスマと無冠の挑戦者。成功と失敗。これらすべてを経験した人だからこそ、語れる言葉があるのだと思います。
現在の藤野英人
現在、藤野氏はレオス・キャピタルワークス株式会社の代表取締役会長兼社長であり、ひふみシリーズの最高投資責任者(CIO)を務めています。同時に、東京理科大学MOT上席特任教授、早稲田大学政治経済学部非常勤講師、JPXアカデミーフェロー、一般社団法人投資信託協会理事、叡啓大学客員教授、淑徳大学地域創生学部客員教授、東京科学大学客員教授など、教育・啓発活動にも幅広く関わっています。
著書も多数あり、『投資家みたいに生きろ』(ダイヤモンド社)、『投資家が「お金」よりも大切にしていること』(星海社新書)、『さらば、GG資本主義 投資家が日本の未来を信じている理由』(光文社新書)、『「日経平均10万円」時代が来る!』(日本経済新聞出版)、『プロ投資家の 先の先を読む思考法』(クロスメディア・パブリッシング)、『ゲコノミクス』(日本経済新聞出版)、『投資レジェンドが教える ヤバい会社』(日経ビジネス人文庫)など、ベストセラーを連発しています。
YouTubeチャンネル「お金のまなびば!」での発信、Twitter(現X)での精力的な情報発信、全国各地での講演活動と、藤野氏の活動範囲は、もはやファンドマネージャーという肩書を超えています。「日本の投資文化を変える伝道師」と呼んだほうが、実態に近いのではないでしょうか。
第二章 「投資」と「運用」は別物である
多くの人が混同していること
藤野氏の投資哲学を理解するうえで、最初に押さえておきたい概念があります。それは「投資」と「運用」の違いです。
普通、私たちはこの二つの言葉をあまり区別せずに使います。「資産運用」「投資運用」と言われても、何が違うのかピンと来ない方も多いでしょう。しかし、藤野氏はこの二つを明確に分けて考えます。
レオス・キャピタルワークス社の公式情報によると、藤野氏が考える「投資」とは、個別の会社の中身をよく見たうえで、長期的に伸びていくと考えられる会社にお金を預け、会社の成長とともに株価が伸びていくことに期待することです。一方で「運用」とは、変化するマーケットに対応してダイナミックに売買を行ない、しっかり良い成績を残すことだとされます。
つまり、「投資」は長期的な企業選別であり、「運用」は市場環境に応じた機動的な対応です。この二つは、本来は別のスキルであり、別の思想です。
この区別は、一見すると地味な話に思えるかもしれません。しかし、実はファンドマネージャー業界の根本的な問題を突いています。多くの日本の投資信託は「投資」を謳いながら、実態は短期的な「運用」に終始しています。あるいは逆に、「長期運用」と言いながら、なんの戦略もなく市場全体に追随しているだけのファンドもあります。
藤野氏は、こうした混同を批判的に見ています。投資には投資の論理があり、運用には運用の技術がある。両方をしっかりやらなければ、本当の意味で顧客の資産を増やすことはできない、という考えです。
ひふみ投信が両方をやる理由
ひふみ投信のユニークさは、この「投資」と「運用」の両方を同時にやっているところにあります。
長期保有を基本としながらも、必要に応じて現金比率を大きく動かすことがある。大型株中心に見えても、超小型株もしっかり組み入れる。割安株か成長株かというカテゴリーにもとらわれない。藤野氏自身が「ひふみはつかみどころがないと言われる」と認めているくらい、外から見ると分類しにくいファンドです。
しかし、これは戦略の曖昧さではなく、むしろ強さの源泉だと私は読み取ります。なぜなら、市場というのは時期によって動き方が大きく変わるからです。ある年は成長株が強く、ある年はバリュー株が強い。リスクオンの局面では小型株が伸び、リスクオフでは大型株に資金が戻る。こうした変化に対して、特定の手法に固執するファンドは、必ずどこかで取り残されます。
ひふみ投信は、「成長企業に長期投資する」という核を持ちながら、市場環境に応じて柔軟に動くことを許容している。これは、運用に対する一種のオープンマインドの表れであり、藤野氏が長年の経験で身につけた「現実主義」の証でもあると、私は分析しています。
ここで重要なのは、「柔軟」と「無節操」の違いです。ひふみ投信は柔軟ですが、無節操ではありません。柔軟性の根底には、「成長企業に投資し、お客様の資産を増やす」という確固たる目的があります。手段は変えても、目的は変えない。これが、ひふみ投信の柔軟性が「ブレ」と紙一重で見えるけれど、決してブレではない理由です。
「火風水土心」というフレームワーク
ひふみ投信という名前には、独自の哲学が込められています。「火・風・水・土・心」の頭文字を取って「ひふみ」と読ませているのです。
これは古代ギリシャの四元素思想(火・風・水・土)に、人間の「心」を足した、藤野氏オリジナルのフレームワークです。世界は四つの自然要素から成り立っているという思想に、人間の意志を加えるところに、藤野氏の世界観が表れています。
私の解釈ですが、これは単なる語呂合わせではなく、運用哲学の本質を表しています。市場は、火のように熱く燃え上がることもあれば、風のように予測不能に流れていくこともある。水のように形を変え、土のように動かないこともある。そして、その全てに対峙する人間の「心」がある。投資というのは、こうした多様な要素が絡み合う中で、人間の判断によって資産を動かしていく営みだ、というメッセージが込められているように読み取れます。
「火」は情熱や成長性を表すと解釈できます。急成長する企業は、火のように燃え上がります。新興企業の輝きは、まさに火のエネルギーです。
「風」は変化や流れを表します。市場の風向きは絶えず変わります。風を読まずに動くと、思わぬ方向に流されてしまいます。
「水」は柔軟性や深さを表します。水のように形を変えることができる柔軟性、深く調べる姿勢、両方が投資には必要です。
「土」は安定や基盤を表します。どんなに派手な動きをしても、最終的には地に足のついた経営とビジネスがないと続きません。
そして「心」が、それら全てを統合する人間の判断です。投資判断は、最終的には人間の意志でなされます。AIや量的モデルがどれだけ進化しても、最後は人間が決める。その「心」を大切にする、というのが藤野氏のフレームワークなのです。
中小型株型ではない、と藤野氏は言う
ひふみ投信はしばしば「中小型株型の投資信託」と言われます。たしかに、運用開始当初は組入銘柄の中心が小型株でしたし、これから伸びる企業は小さい企業に多いという面もあります。
しかし、藤野氏自身は「中小型株型というのは8割くらい正解で、完全に正しいとは言えない」と語っています。実際には、企業の大小に関係なく、成長すると見込める企業であれば投資する。これがひふみの基本スタンスです。大型株にチャンスがあれば、積極的に組み入れます。
このスタンスは、運用資産が大きくなるにつれて、ますます重要になります。資産規模が膨らむと、小型株だけでは器が小さすぎて入りきらないからです。「3000億円の壁」という言葉が運用業界にはあって、ファンドが大きくなりすぎると小回りが利かなくなって運用が難しくなる、と言われてきました。
ところが藤野氏は、この壁を超えるための答えを見つけています。それは「タイミングを捉える運用」から「成長企業への長期投資」へと、運用の本質を再定義することです。市場のタイミングで売買するなら確かに大きな資産は不利ですが、長期的に成長する企業に投資するなら、規模は大きな問題にはならないわけです。
この発想転換は、運用業界では非常に重要な意味を持ちます。多くのアクティブファンドは、規模が大きくなると運用成績が落ちると言われてきました。それは、規模が大きくなるとマーケットインパクトが大きくなり、機動的に動けなくなるからです。しかし、もともと長期で持つつもりなら、マーケットインパクトはそれほど問題になりません。買ったら数年間持ち続ければよいのですから。
藤野氏は、この「規模が大きくなったから運用が難しい」という業界の常識を、自らの行動で覆しました。1兆円を超える運用資産を抱えながら、なおTOPIXを上回る成績を出している。これは、藤野氏の投資哲学が、規模に左右されない普遍性を持っていることの証明だと言えるでしょう。
定性調査と定量調査の両輪
藤野氏の運用スタイルを語るうえで欠かせないのが、「定性調査」と「定量調査」の両方を徹底的にやる、という姿勢です。
定性調査とは、数値に表れない部分を見ることです。経営者の人物像、企業文化、ビジネスモデルの本質、社員の士気、業界での評判など、目に見えにくいけれど企業の成長を左右する要素を、丁寧に観察します。
定量調査とは、財務指標や株価情報など、数値で把握できる部分を分析することです。売上高、利益、キャッシュフロー、自己資本比率、PER、PBR、ROEなど、定量的な指標を徹底的に追いかけます。
多くの投資家は、どちらか片方に偏ります。定性派は経営者の言葉に惚れて投資し、定量派は数字だけで判断します。しかし藤野氏は、両方を徹底的にやることを主張します。定性と定量の両輪が回って初めて、本当に成長する企業を見抜ける、という考えです。
これは言うは易く行うは難しです。経営者に会って話を聞くには時間がかかります。膨大な数の財務諸表を読み込むのも時間がかかります。両方を本気でやるには、組織として相当のリソースを投入する必要があります。
ひふみ投信が、運用本部に多数のアナリストとファンドマネージャーを抱え、各人が独自の視点で企業を調査しているのは、この「定性と定量の両輪」を本気でやるためです。一人のスタープレイヤーが全部やるのではなく、チームで分担して、徹底的に企業を見ていく。これがひふみの強さの源泉です。
第三章 「いい会社」とは何か
6500人の社長に会ってきた人
藤野氏の特徴の一つは、桁外れの「現地現物主義」です。30年以上のキャリアの中で、藤野氏が会ってきた社長の数は6500人を超え、最新のインタビューでは7000人以上に達しているとされます。
これは、机上の分析だけで投資判断をしないという、強い意志の表れです。財務諸表や業界レポートだけを読んでいては分からないことが、経営者に直接会うと見えてくる。藤野氏は若い頃から、この「足で稼ぐ」スタイルを愚直に貫いてきました。
6500人や7000人という数字の重みを考えてみてください。仮に30年間、毎営業日に1人ずつ社長に会ったとしても、合計は約7,500人です。実際には、社長と1時間半くらいかけて話し込むのが普通ですから、毎日複数の社長に会うのは物理的に難しい。それでも7000人以上ということは、藤野氏が極めて精力的に、ほぼ年間を通じて経営者面談を続けてきたことを意味します。
これは、運用業界においても異例です。多くのファンドマネージャーは、若い頃は社長と会っていても、年齢を重ねると社内の管理業務やお客様向けの説明会、メディア対応などに時間を取られ、現場から離れていきます。藤野氏は、レオス・キャピタルワークスの社長兼CIOという立場でありながら、今でも経営者と会い続けている。この継続力こそが、藤野氏の投資哲学の根本にある強さです。
ここで一つ、私が興味深く感じるのは、藤野氏が経営者に会う際に重視する観点です。それは、ラーメン屋の店主の能力にも通じる視点だ、と藤野氏は東洋経済オンラインのインタビューで語っています。
ラーメン屋の店主には、商品企画、値付け、人の採用、仕入れ、広告、再投資といった、企業経営に必要な要素がすべて凝縮されています。資金調達して、企画を立てて、製品を作り、売って、得た資金を回していく。これはまさにビジネスパッケージそのものです。藤野氏が見ているのは、こうした「事業を回す総合力」を経営者が持っているかどうか、なのです。
この「ラーメン屋の店主」という比喩は、藤野氏の経営者観を鮮やかに表しています。大企業の経営者だから偉い、中小企業の社長だから劣る、ということは一切ない。経営者の本質は、規模に関わらず、ビジネスパッケージを総合的に回せるかどうかにある、というのです。
成長する会社の3つの共通点
藤野氏は、ダイヤモンド・オンラインの中竹竜二氏との対談で、成長する会社には3つの共通点があると語っています。
第一に、徹底的な顧客目線であること。第二に、考える時間軸が長いこと、つまり長期目線で物事を見ていること。第三に、データ・オリエンテッドであること、つまり客観的なデータに基づいた意思決定をしていることです。
この3つは、それぞれは当たり前のように聞こえるかもしれません。しかし、実際に上場企業を3900社以上見てきた藤野氏が「この3つが揃っている会社は本当に少ない」と言うのです。多くの会社は、顧客目線と言いながら経営陣の都合を優先したり、長期目線と言いながら四半期決算に振り回されたり、データ・オリエンテッドと言いながら社長の勘で動いたりしている。
私の分析を加えると、この3つの共通点は、実は藤野氏自身の運用スタイルとも完全に重なります。顧客目線(=お客様のリターンを第一に考える)、長期目線(=短期売買ではなく長期成長企業への投資)、データ・オリエンテッド(=徹底した定量・定性調査)。藤野氏は、自分が体現している価値観と同じものを持つ経営者を、無意識のうちに探しているわけです。
そして、これは投資においては合理的な戦略です。なぜなら、自分と似た価値観を持つ経営者の言葉や行動は、最も深く理解できるからです。理解できるからこそ、変化の兆しに早く気づくことができ、適切なタイミングで判断ができる。これは「相性」の問題でもあります。
さらに踏み込んで分析すると、この3つの共通点は、それぞれが独立しているのではなく、相互に関連しています。顧客目線を持つには、長期目線が必要です。なぜなら、短期目線では「すぐに買わせる」ことに走ってしまい、本当の意味で顧客の利益を考えられないからです。長期目線を持つには、データを読む力が必要です。なぜなら、長期トレンドを見るには、目先のノイズに惑わされず、客観的なデータに基づいて判断する力が必要だからです。データを正しく読むには、最終的には顧客にとっての価値という視点が必要です。
つまり、この3つは「顧客目線→長期目線→データ・オリエンテッド→顧客目線」という形で循環するループになっています。この循環ループが回っている会社は、自律的に成長していく、というのが藤野氏の見立てなのです。
「変化率」のある経営者
藤野氏が経営者を見るときに重視するもう一つの軸が、「変化率」です。
東洋経済オンラインのインタビューで、藤野氏は次のように語っています。今期の経営者の状態と、次回会うときの経営者の状態を比べたとき、どれだけ変わっているか。その「変化の幅」と「変化のスピード」が大きい経営者ほど、企業を成長させる力がある、と。
ここに、藤野氏の投資観の独自性があります。普通の投資家は「今、よい会社」を探します。財務指標が良くて、ビジネスモデルが安定していて、競争優位が確立されている会社です。しかし藤野氏は、「今よりも、これから良くなる会社」を探すのです。つまり、現在の状態ではなく、変化のベクトルと加速度を見ています。
なぜそうするのか。理由は明確です。株価は、未来の期待を織り込むものだからです。すでに「よい会社」として完成している企業は、その評価がすでに株価に織り込まれています。一方、これから良くなる会社は、その変化がまだ株価に織り込まれていない。だから、安く買って、変化が顕在化したときに大きなリターンを得ることができるわけです。
この発想は、ピーター・リンチの著書から大きな影響を受けていると、藤野氏自身が認めています。ピーター・リンチは、マゼランファンドを13年間で777倍にしたという伝説的なファンドマネージャーで、藤野氏が新人時代に最初に手に取った本だそうです。「ひふみ投信も、マゼランファンドのようなファンドを作りたいという想いで生まれた」と藤野氏は語っています。
ピーター・リンチのスタイルは、まさに「これから変わる会社」を見つけることでした。それも、ウォール街のプロが見落としているような、地味で目立たない会社の中から、爆発的な成長の芽を見つけ出す。藤野氏は、このリンチ流の発想を、日本市場で実践し続けています。
変化率を見るというのは、難しい技術です。なぜなら、変化はまだ起きていない、あるいは起き始めたばかりの段階で見抜く必要があるからです。誰の目にも明らかになってからでは遅い。藤野氏が経営者と直接会うことにこだわるのは、こうした変化の兆しを察知する感度を保つためです。経営者の表情、言葉の選び方、エネルギーの強さなど、数値化できない微細なシグナルから、変化を読み取るのです。
「ヤバいい会社」と「ヤバ悪い会社」
藤野氏は『投資レジェンドが教える ヤバい会社』(日経ビジネス人文庫)という本も出しています。ここでは、「投資先として買いの会社」を「ヤバいい会社」、「問題がある要注意の会社」を「ヤバ悪い会社」と呼び、その見分け方を解説しています。
危ない企業の兆候として藤野氏が挙げているものに、IR担当や経理部長の突然の辞任があります。IR担当者は会社の数字を世間に説明する役割を担っていますから、その人が突然辞めるということは、何か説明できない事情が出てきた可能性が高い。経理部長も同じです。会社の財務の中身を最もよく知る人物が辞めるということは、知りすぎたから辞めた、もしくは辞めさせられた可能性がある。
こうした兆候は、財務諸表には現れません。ニュースリリースで「個人的事情で退任」と書かれているだけです。しかし、6500人もの社長に会ってきた藤野氏のような目利きには、こうした人事異動の裏にある意味が見えるわけです。
私が強く印象に残るのは、藤野氏がこうした「見えにくいシグナル」を読み取ることに長けているという点です。これは経験の蓄積でしか得られない感覚であり、AIや量的分析では真似できない領域です。藤野氏の投資哲学は、定量分析を否定しているわけではありませんが、定性的な判断、つまり人間の目利きに大きな比重を置いているのです。
「ヤバいい会社」の特徴として藤野氏が挙げるものをいくつか整理すると、次のような共通点があります。
まず、経営者が顧客のことを心の底から考えている。これは口先ではなく、行動として現れます。例えば、自分の会社の商品を自分で愛用している、現場の従業員と頻繁に対話している、顧客の声を真剣に聞く仕組みがある、などです。
次に、長期視点で経営している。四半期決算の数字に振り回されず、5年後10年後を見据えた投資をしている。短期的には利益が出なくても、将来のための研究開発や人材育成にお金を使っている。
そして、財務が健全である。借金漬けで自転車操業しているのではなく、自己資本がしっかりしていて、キャッシュフローが回っている。これは、長期的に変化に対応する余力を持っているということでもあります。
最後に、社員が生き生きと働いている。これは社外からは見えにくいですが、企業訪問するとすぐに分かります。受付の態度、社員の表情、オフィスの雰囲気など、観察すれば見えてくるサインがあります。藤野氏のような経験豊富なファンドマネージャーは、こうしたサインを読み取ることに長けているのです。
逆に「ヤバ悪い会社」の特徴として、IR担当や経理部長の突然の辞任に加えて、藤野氏は次のようなものを挙げています。
経営者が威圧的で、社員が萎縮している。これは、企業文化が硬直化しているサインで、変化に対応する力が失われている可能性が高いです。
経営者が「業界の常識」を強調する。本当に成長する会社は、業界の常識を疑い、新しいやり方を模索します。「うちの業界ではこうだから」という発言が多い経営者は、変化を恐れている可能性があります。
経営者が短期的な数字ばかり気にしている。来期の業績、株価、配当などの話ばかりで、長期的なビジョンが語れない経営者は要注意です。
経営者が自分のことばかり話す。自分の功績、自分の苦労、自分の哲学。社員や顧客、業界全体のことが語れない経営者は、視野が狭くなっている可能性があります。
これらは、経営者と直接会ってこそ気づける微妙なサインです。決算短信を読んでいるだけでは、絶対に見えません。だから藤野氏は、現場主義を貫くのです。
第四章 投資家みたいに生きるという思想
投資は「お金だけの話」ではない
藤野氏の代表作の一つ『投資家みたいに生きろ』(ダイヤモンド社、2019年)は、投資の話というよりも、人生哲学の本です。2024年には「インフレ×AI時代」への移行を踏まえて大幅加筆のうえ、日経ビジネス人文庫から増補版が文庫化されています。
藤野氏は、この本の冒頭で重要なことを述べています。投資とは「お金だけの話」ではない、ということです。一般的に投資といえば、株や投資信託でお金を増やすことを指します。しかし藤野氏が言う投資はもっと広い概念で、「今エネルギーを投入して、未来からお返しをもらうこと」全般を意味します。
この定義からすると、自分の時間を勉強に使うことも投資です。健康のために運動することも投資です。人間関係に労力を割くことも投資です。会社で頑張ることも、家族との時間を大切にすることも、すべて投資なのです。
なぜこの広い定義が大事なのか。私が解釈するに、それは「投資=金儲け」というイメージから人を解放するためです。「自分は投資なんてやらない」と言っている人も、実は人生のあらゆる場面で投資行動をしている。それに気づくと、自分の人生を主体的に設計できるようになる、というメッセージなのです。
「未来からのお返し」という表現も興味深いです。普通、私たちは「対価」「報酬」「利益」といった言葉を使います。しかし藤野氏は「お返し」と言うのです。お返しという言葉には、自分が先に何かを差し出した結果として、相手が返してくれるという贈与的な響きがあります。投資というのは、自分が先にエネルギーを差し出すこと。その先で、誰かや何かが、自分にお返しをしてくれる。この循環が、投資の本質だ、というメッセージです。
投資の5つの要素
『投資家みたいに生きろ』では、投資を構成する5つの要素が示されています。
第一の要素は「主体性」です。やりたいことがあるかどうか、ということです。投資というのは、自分の意志で資源を投じる行為ですから、主体性がなければ始まりません。
藤野氏は、若い人に「10億円をあなたに差し上げます」と言ったらどうするかと問います。多くの人は、「うーん、何に使えばいいんだろう」と困るそうです。これは、自分が本当にやりたいことが見えていないからです。やりたいことが見えていれば、10億円があれば即座に「これに使う」と答えられるはずです。
そして藤野氏は続けます。本当にやりたいことなら、10億円が無くても、今すぐ少しずつ始められるはずだ、と。10億円がないことは、行動しない理由にはならない。本当にやりたいことなら、規模を縮小してでも、今すぐ動き出すべきなのです。これが「主体性」の意味するところです。
第二の要素は「時間」です。藤野氏は、時間を「平等に与えられたもの」と捉えています。誰にも一日は24時間しかなく、人生は有限です。だからこそ、時間をどう使うかが投資の中核となります。
ここで重要なのは、「可処分時間」という概念です。可処分時間とは、自分の意志で使える時間のことです。仕事や睡眠、必須の生活時間を引いた残りの時間が、可処分時間です。多くの人は、この可処分時間を意識せずに、何となくテレビを見たり、SNSを眺めたりして過ごしてしまいます。藤野氏は、この可処分時間を見える化し、意識的に投資に振り向けることを勧めています。
第三の要素は「お金」です。これを藤野氏は「過去の缶詰であり未来の缶詰」と表現します。後ほど詳しく見ますが、この比喩は藤野哲学の核心です。
第四の要素は「決断」です。藤野氏は、決断を「成功体験の積み重ね」と説明します。一度大きな決断をして成功すると、次の決断のハードルが下がる。逆に決断を避け続けると、決断する筋肉が衰えていく。
この「決断する筋肉」という比喩は秀逸です。筋肉と同じで、使わないと衰える。使えば強くなる。決断という能力は、生まれつきの才能ではなく、訓練で鍛えられるスキルなのです。
藤野氏は、決断を鍛えるために、日常の中で小さな決断を積み重ねることを勧めています。今日のランチに何を食べるか。今読む本を何にするか。週末に何をするか。こうした小さな決断を、惰性ではなく意識的に行うことで、決断する筋肉が鍛えられていく。そして、人生の大きな決断を迫られたときに、迷わず動けるようになる、という発想です。
第五の要素は「運」です。意外かもしれませんが、藤野氏は運の重要性を認めています。ただし、それは「謙虚な気持ち」とセットで語られます。運が良かったときに自分の実力と勘違いしない、悪かったときに環境のせいにしない、というバランスです。
藤野氏が言う「運」は、単なる偶然ではありません。準備が整った人のところに、チャンスが訪れる。そのチャンスを掴めるかどうかは、自分の準備次第。そして、掴めたかどうかを「運」と呼ぶ。だから、運を引き寄せるためには、日々の準備が大切。そして、運に恵まれたら、謙虚にそれを受け止める。これが藤野氏の運の捉え方です。
この5つの要素を見て私が思うのは、これは投資の話ではあるけれど、人生のあらゆる選択に共通する枠組みだということです。仕事の選択、結婚の選択、住む場所の選択、すべてに主体性・時間・お金・決断・運が関わってきます。藤野氏が「投資家みたいに生きる」と言うのは、こうした要素を意識して人生を生きよう、という呼びかけなのです。
3つのバイアス
藤野氏は、私たちが投資を始められない、もしくは適切に行動できない原因として、3つのバイアスを挙げています。
第一のバイアスは「リスクはゼロになる」という思い込みです。多くの人は、リスクは避けられるものだと考えています。しかし実際には、リスクはゼロにはなりません。投資をしないというリスク(=機会損失)もあれば、現金を持ち続けるというリスク(=インフレで価値が目減りする)もあります。「リスクを取らないことが最大のリスク」というのは、藤野氏が繰り返し言っていることです。
このバイアスを乗り越えるには、リスクを「ゼロかゼロでないか」ではなく、「どのリスクとどのリスクの選択か」という観点で捉え直すことが必要です。例えば、投資をするリスク(値下がりするかもしれない)と、投資をしないリスク(資産価値が目減りするかもしれない)。両方のリスクを並べて比較したうえで、自分にとってどちらがマシかを判断する。これが大人の判断というものです。
第二のバイアスは「貯金は善、投資は悪」という思い込みです。日本人の多くは、貯金は安全で良いこと、投資は危険で悪いこと、というイメージを持っています。しかし藤野氏は、この感覚は時代遅れだと指摘します。デフレ時代には貯金が有利でしたが、インフレ時代には現金の価値が下がっていきます。貯金を増やしているつもりが、実質的には資産を減らしているということが起きる時代になったのです。
このバイアスの根は深いです。日本では戦後、銀行が大きな金利をつけて預金を集めていた時代がありました。郵便貯金の定期預金で7%以上の金利がついていた時代もあるのです。そのような環境では、貯金は明らかに合理的な選択でした。しかし、現在の日本ではゼロ金利が長く続き、預金で資産が増えることはほぼあり得ません。にもかかわらず、「貯金は善」という価値観だけが残り続けている。これが多くの日本人を、貯蓄超過の状態に縛り付けている原因だ、と藤野氏は分析しています。
第三のバイアスは「給料は我慢料である」という思い込みです。給料は我慢の対価、嫌な仕事を耐えた報酬、という感覚を持つ人は少なくありません。しかし藤野氏は、給料は自分が社会に提供した価値の対価であり、我慢ではないと考えます。この発想を持つと、仕事への取り組み方が変わり、結果として収入も変わってくる、というロジックです。
このバイアスを乗り越えるには、自分の仕事の中で「自分は社会にどんな価値を提供しているか」を意識的に考える習慣が必要です。レジ打ち、清掃、事務作業、どんな仕事にも、誰かにとっての価値があります。その価値を意識し、より良い価値を提供しようと工夫することで、自分の市場価値が上がり、結果として給料も上がっていく。これが藤野氏の見方です。
私の見方を加えると、この3つのバイアスは、戦後の日本社会で長く支配的だった価値観の総和だと言えます。終身雇用、年功序列、貯蓄優先、リスク回避。これらは高度成長期からバブル期にかけては合理的な戦略でした。しかし、現在の日本ではもう合理性が失われている。にもかかわらず、価値観だけが残り続けている。藤野氏の本は、この古いOSをアップデートするためのツールだと、私には読めます。
「投資家の視点」を日常に持ち込む
藤野氏は、「投資家の視点」を日常生活に持ち込むことを勧めています。これは具体的にどういうことか。
例えば、コンビニに行ったとき。普通の人は、目当ての商品を買って帰ります。投資家の視点を持つと、こう考えます。今月の売れ筋商品はどう変わったか。新商品は何か。それを買っている顧客層はどんな人か。レジの動きはスムーズか。店員の応対はどうか。
新しいアプリが出たとき。普通の人は、面倒だからとインストールしません。投資家の視点を持つと、こう考えます。なぜこのアプリが今、リリースされたのか。どんなニーズに応えようとしているのか。誰がこれを使うのか。実際に使ってみて、どんな体験ができるのか。
家電量販店に行ったとき。普通の人は、欲しい商品の値段だけを見ます。投資家の視点を持つと、こう見ます。どのメーカーの商品がよく売れているか。価格帯の動きはどうか。販売員はどのメーカーを推しているか。お客さんの反応はどうか。
こうした視点を日常に持ち込むことで、世界の見え方が変わります。すべての消費行動、すべての観察、すべての出会いが、世の中を理解するための情報源になる。藤野氏は、これを「アンテナを立てる」と表現しています。
アンテナを立てる生活は、投資家にとってだけでなく、すべての社会人にとって有益です。なぜなら、世の中の変化を早く察知する力は、ビジネスでも仕事でも、あらゆる場面で役に立つからです。新しい技術、新しいサービス、新しい消費パターンを早く察知することで、自分の仕事や事業を進化させることができる。
「習慣」が人生を変える
『投資家みたいに生きろ』のもう一つの重要なテーマが、「習慣」です。藤野氏は、思考だけでなく、それを習慣に落とし込むことが大切だと繰り返し述べています。
なぜ習慣なのか。それは、一回や二回の行動では人生は変わらないからです。投資家が一回だけ良い銘柄を選んでも、それだけでは資産は大きく増えません。何年も何十年も、毎日コツコツと企業を観察し、経済を学び、判断を磨き続けることで、結果が出てきます。
これは投資以外の領域でも同じです。一回だけ運動しても健康にはなりません。一回だけ本を読んでも知識は増えません。一回だけ努力しても人間関係は深まりません。すべては、習慣化することで、初めて効果が出てくるのです。
藤野氏が勧める「投資家の習慣」には、いくつかの具体例があります。例えば、朝の時間を制すること。早朝の時間は、自分の思考を磨くゴールデンタイムです。多くの成功者は、朝の時間を大切にしています。藤野氏自身も、朝の時間を活用していることを、いろいろなところで語っています。
もう一つは、メモを取る習慣です。一流の人は、皆メモ魔だと藤野氏は言います。気づいたこと、学んだこと、考えたこと、すべてをメモに残す。そうすることで、思考が整理され、後から振り返ったときに自分の成長が見える化されます。
そして、人にお礼を言う習慣。「ありがとう」を惜しまずに言う人は、人間関係が豊かになります。これは小さなことですが、長期的には大きな差を生みます。投資の世界でいう「複利効果」と同じで、毎日の小さな積み重ねが、何年か後には大きな違いを生むのです。
第五章 お金は「過去の缶詰」「未来の缶詰」
缶詰の比喩が意味するもの
藤野氏の哲学を象徴する比喩の一つが、「お金は過去の缶詰であり、未来の缶詰でもある」という表現です。
これはどういう意味でしょうか。藤野氏自身の説明を、私なりに整理してみます。
お金は、過去に自分が汗水たらして努力した対価です。働いて得た給料、ビジネスで稼いだ利益、親から相続した遺産も、誰かが過去に積み上げた価値の結晶です。だから「過去の缶詰」なのです。缶詰のように、過去の労働や時間が密封されて、今の手元に存在しているわけです。
同時にお金は、未来の選択肢でもあります。これからどう使うかによって、自分の未来や他人の未来を変えることができます。投資すれば未来の企業を育てます。寄付すれば未来の社会を支えます。学びに使えば未来の自分を作ります。だから「未来の缶詰」でもあるのです。
この比喩の素晴らしさは、お金を単なる数字や物としてではなく、時間軸の中で捉え直しているところにあります。お金は今この瞬間に存在しているだけのものではなく、過去と未来を繋ぐ媒体なのです。
私はこの比喩に出会ったとき、お金に対する見方が大きく変わりました。これまでお金を「今、自分の手元にあるもの」として静的に捉えていましたが、藤野氏の比喩を聞いてからは、お金を「時間の流れの中にある動的なもの」として捉えるようになりました。
この視点の転換は、消費行動にも影響します。何かを買おうとするとき、「これは過去の自分の労働と未来の選択肢を、引き換えに失っていいものか」と考えるようになります。すると、衝動買いが減り、本当に価値のあるものにお金を使うようになる。これは藤野氏が意図したかどうかは分かりませんが、結果として倹約効果も生まれます。
コンビニで150円のお茶を買うと
藤野氏は『投資家が「お金」よりも大切にしていること』(星海社新書)の中で、興味深い問いを投げかけています。「コンビニで150円のお茶を買ったお金は、どこへ行くのか?」というものです。
この問いを考えると、お金の流れが見えてきます。150円のうち、一部はコンビニチェーンの本部に行きます。一部は店舗のオーナーの収入になります。一部はお茶を作ったメーカーに行き、そこから原料の茶葉を生産した農家に行き、ペットボトルを作った会社に行き、それらの会社の従業員の給料になり、税金になり、設備投資になり……というふうに、無数の人々と組織に分配されていきます。
つまり、150円という一見小さなお金が、巨大な経済の網の目の中を流れていくわけです。そして自分がそのお茶を選んだということは、その商品とその会社を「応援する」という選択をしたことになります。
この考え方を突き詰めると、「消費は投票だ」という発想にたどり着きます。私たちは毎日、何を買うかによって、どの会社を応援するかを選んでいる。良い商品を作る会社にはお金が集まり、悪い商品を作る会社にはお金が集まらない。これは投資と同じ構造です。だからこそ、藤野氏は私たちの一人ひとりを「投・資・家」と呼ぶわけです。
「投・資・家」という表記には、藤野氏の思想が凝縮されています。普通は「投資家」と一つの言葉で書きますが、藤野氏はそれを「投・資・家」と三つに分解します。「投」はエネルギーを投じること、「資」は資源を提供すること、「家」はそれを行う主体としての家(ホーム)。これらが組み合わさって、私たちは皆、自分の人生において「投・資・家」なのだ、というメッセージなのです。
お金を嫌う人はお金持ちになれない
藤野氏が繰り返し主張するのは、「お金を嫌う人はお金持ちにはなれない」ということです。これは少し挑発的にも聞こえる主張ですが、よく考えると深いものがあります。
日本人の多くは、お金は汚いもの、金儲けは悪いこと、という価値観を内面化しています。「清貧の思想」「武士は食わねど高楊枝」「金持ちはずるい」といった言い回しに、それが表れています。藤野氏は、この価値観こそが日本人を貧しくしている、と看破します。
なぜか。お金を嫌う人は、お金について真剣に考えません。考えないから、お金を増やすための知識も技術も身につきません。結果として、お金が逃げていく、という構造が生まれます。
逆に、お金を好きな人、お金を大切にする人は、お金について真剣に考えます。どこから来て、どこへ行き、何に使われているのか。そうした関心を持つことで、お金との付き合い方が上手くなっていく。それが結果として、お金持ちになる人とそうでない人を分けるのです。
私の解釈ですが、藤野氏が言いたいのは「お金欲しさにがめつくなれ」ということではなく、「お金を真っ直ぐ見る姿勢を持て」ということだと思います。お金を見て見ぬふりをしたり、汚いものとして遠ざけたりするのではなく、自分の人生の重要な要素として正面から向き合う。その姿勢が、結果として豊かさを呼び込む、というメッセージなのです。
日本人の「お金嫌い」の歴史的背景
なぜ日本人はこれほどお金を嫌うのでしょうか。藤野氏は、いくつかの歴史的・文化的な背景があると分析しています。
一つは、武士階級の価値観です。江戸時代、武士は「武士は食わねど高楊枝」と言われ、お金の話を口にすることがはしたないとされました。武士の経済は実質的には商人に頼っていたのですが、表向きは「お金は汚い」というポーズを取らなければならなかったのです。この価値観が、明治維新後も「教養人」「立派な人」のあるべき姿として残り続けました。
もう一つは、仏教的な世界観です。お金や物欲を捨てることが悟りに近づくとされる思想は、日本人の宗教観に深く影響しています。「無一物中無尽蔵」のような禅の言葉に象徴されるように、お金から離れることが精神的高みだとされてきました。
さらに、戦後の左翼運動の影響もあります。資本家=悪、労働者=善、という単純な図式が長く語られた時期があり、これが「金儲け=悪」というイメージを強化しました。
藤野氏は、こうした価値観を全否定するわけではありません。お金を追いかけるだけの人生が虚しいことも理解しています。しかし、お金を一方的に「汚いもの」「悪いもの」として扱う日本人の感覚は、もはや時代に合わない、と主張しているのです。
お金は、社会の血液のようなものです。血液が体中を循環することで、体が健康に保たれるように、お金が経済の中を循環することで、社会が豊かになっていく。血液を「汚いもの」と忌避する人がいないように、お金も忌避する必要はない。むしろ、お金が健全に循環する社会を作ることが、私たちの責任なのだ、というのが藤野氏のメッセージなのです。
「ブラックスパイラル」という概念
藤野氏は、お金を嫌う日本人の悪循環を「ブラックスパイラル」と呼んでいます。
ブラックスパイラルとは、次のような構造です。
お金を嫌う→お金について学ばない→お金が増えない→お金が無くて困る→「やっぱりお金は嫌だ」と思う→さらにお金を嫌う……
このスパイラルに入ると、抜け出すのが難しくなります。お金がない状態を、お金のせいにしてしまうからです。本当はお金を増やすための知識や行動が足りないだけなのに、「お金は汚いから自分には縁がない」と自分に言い聞かせてしまう。
藤野氏は、このブラックスパイラルから抜け出すには、まずお金に対する見方を変えることが必要だと言います。お金は手段であり、目的ではない。お金を嫌うことと、お金から自由になることは違う。本当にお金から自由になりたければ、まずお金と真剣に向き合う必要がある。
逆に、「ホワイトスパイラル」もあり得ます。
お金を好きになる→お金について学ぶ→お金が増える→自分の人生の選択肢が広がる→学んだことを他人にも教える→社会全体が豊かになる→さらにお金を好きになる……
このホワイトスパイラルに入ると、自分も周りも豊かになっていきます。これが藤野氏が目指している社会のあり方なのです。
お金は「エネルギーの媒体」
藤野氏のお金観をさらに深掘りすると、お金は単なる紙やコインではなく、「エネルギーの媒体」だという見方が浮かび上がります。
エネルギーとは何か。人が何かをしようと思うときに、必要となるのは時間、労力、注意力、知識、技術、人間関係などです。これらをまとめて「エネルギー」と呼ぶことができます。お金は、このエネルギーを媒介するものです。
誰かが料理を作る(エネルギーを投入する)→お金を払って料理を食べる(エネルギーが移転する)→料理を作った人はそのお金で別のサービスを買う(エネルギーがさらに循環する)。
このように、お金はエネルギーの形を変えながら、人と人の間を流れていくわけです。藤野氏が投資を「エネルギーの投入」と表現するのも、この発想に基づいています。
エネルギーの媒体としてのお金を意識すると、お金の使い方が変わってきます。「これは誰のどんなエネルギーを買っているのか」「自分はどんなエネルギーを社会に流しているのか」と考えるようになります。すると、消費が単なる消費ではなく、エネルギーの循環に参加する行為だと感じられるようになる。これが藤野氏の哲学の深いところです。
第六章 「コミュニティファンド」という発想
スノーピーク山井社長の言葉
ひふみ投信のユニークな特徴の一つが、「コミュニティファンド」としての性格です。これは、藤野氏自身が名付けたものではなく、キャンプ用品メーカーのスノーピーク(当時)の山井太社長が、ひふみ投信をそう評したことから来ています。
普通、投資信託は商品です。販売会社が販売し、運用会社が運用する、それだけの関係です。お客様は「保有者」であり、運用者やほかの保有者と関わることはほとんどありません。
ところがひふみ投信は違います。藤野氏は、運用報告会を全国各地で開催し、お客様と直接対話します。SNSやYouTubeでも情報発信を続け、運用の中身を率直に語ります。お客様も、そうした藤野氏の姿勢に共鳴して、長期的にひふみを保有し続ける。下げ相場が来ても、慌てて売らない。むしろ「藤野さんがやっているなら大丈夫」と信じて、長期保有を続ける方が多いのです。
これは、ファンドという商品を超えた、一種のコミュニティです。運用者と保有者、そして投資先企業が、ゆるやかに繋がって、一つの生態系を作っているわけです。
スノーピークは、キャンプ用品を通じてコミュニティを作っている会社です。製品を売って終わりではなく、ユーザーが集まるキャンプイベントを開催し、お客様同士が繋がる場を作っています。山井社長がひふみ投信を「コミュニティファンド」と呼んだのは、自分の会社の哲学と、ひふみの哲学に通じるものを感じたからでしょう。
仲間としてのお客様、社員、投資先企業
藤野氏は、「ひふみのコミュニティには3種類の仲間がいる」と語っています。社員、投資先企業、そしてひふみ投信に長期的な目線で関わってくださっているお客様です。
これは、運用業界としては異例の発想です。通常、運用会社は社員と顧客しか意識しません。投資先企業は「投資対象」であって「仲間」ではない。ところが藤野氏は、投資先企業も仲間として捉えます。
なぜか。藤野氏の投資哲学では、株式投資とは「企業の応援」だからです。応援する側と応援される側は、対等な関係です。応援される企業が成長すれば、応援した投資家もリターンを得る。投資家がしっかりリスクを取って資金を提供してくれるから、企業も挑戦ができる。これは持ちつ持たれつの仲間関係なのです。
この発想は、欧米の機関投資家のスタンスとも少し違います。欧米の機関投資家は、コーポレートガバナンスの観点から、しばしば企業に厳しい要求を突きつけます。配当を増やせ、自社株買いをしろ、不採算事業を切り離せ、と。これは「物言う株主」のスタンスです。
藤野氏も、必要なときには厳しい意見を投資先企業に伝えます。しかし、それは敵対的なものではなく、仲間としての提言です。「あなたの会社をもっと良くするために、こうしたほうがいい」というスタンスです。この姿勢が、投資先企業からの信頼を得る原動力になっています。
お客様への語りかけ
藤野氏は、ひふみ投信のお客様に向けて、「大切なお金を預けるに足る会社だと思っていただけるよう、運用に貪欲であり続け、ベストを尽くす」というメッセージを継続的に発信しています。
このメッセージには、いくつかの重要な要素があります。
まず、「大切なお金を預けるに足る会社」という言葉。これは、お客様の信頼を絶対に裏切らない、という宣言です。投資信託は、お客様の貴重な資産を預かる仕事です。その重みを、藤野氏は常に意識しています。
次に、「運用に貪欲であり続ける」という言葉。これは、現状に満足せず、常により良い運用を追求し続けるという誓いです。たとえ1兆円のファンドになっても、油断せず、ベストを尽くす。この姿勢が、ひふみ投信の運用成績を支えています。
そして、「いつもありがとうございます」「これからも末永くよろしくお願いいたします」という、丁寧な感謝と継続の願い。これは、ビジネスライクな関係ではなく、人と人の繋がりとしてお客様と向き合っている証です。
私が藤野氏の発信を見ていて思うのは、この「お客様への姿勢」が、運用業界における革命なのではないかということです。多くの運用会社は、お客様を「資産規模」や「件数」として捉えがちです。藤野氏は、お客様を「一人ひとりの人間」として捉えている。この当たり前のようで実は難しいことを、徹底的に実践しているわけです。
「壺やタンス」がライバル
藤野氏のもう一つのユニークな視点は、「ひふみのライバルは他の投資信託ではなく、壺やタンスだ」というものです。
これは何を意味するか。日本には、2000兆円規模の個人金融資産があると言われます。そのうちの大半は銀行預金、つまり「タンス預金」状態です。一部は怪しい壺や不要なブランド品にも消えているかもしれません。
藤野氏は、こうした「死蔵されているお金」こそが本当のライバルだと考えます。他の運用会社のシェアを奪うのではなく、眠っているお金を投資の世界に呼び込む。それが日本の金融業界全体を成長させる道だ、というビジョンです。
この発想は、業界の中で見るとかなり異色です。普通の運用会社は、競合との差別化や、自社シェアの拡大を考えます。藤野氏は、業界全体のパイを大きくするという視点で物事を考えている。これは、藤野氏が単なる経営者やファンドマネージャーではなく、「日本の投資文化を変革する伝道師」として自分を位置付けていることの表れだと、私は読んでいます。
そして、この発想は単なる理想論ではなく、合理的な戦略でもあります。なぜなら、限られた市場の中でシェアを奪い合うよりも、市場そのものを大きくしたほうが、結果として自社のビジネスも大きくなるからです。これは「Win-Winの思考」とも呼べる戦略です。
藤野氏は、この戦略を実現するために、投資教育活動に多くのエネルギーを割いています。YouTubeチャンネル「お金のまなびば!」、各大学での講義、書籍の出版、講演活動。これらすべてが、「眠っているお金を投資の世界に呼び込む」という長期戦略の一部なのです。
「フィデューシャリー・デューティー」と投信業界
藤野氏が、長年にわたって投資信託業界の問題を批判してきたことも、見逃せないポイントです。
藤野氏は、レオス・キャピタルワークスを創業した動機の一つに、「日本にまともな投資信託がないことへの危機感」を挙げています。当時の日本の投資信託は、販売会社の都合で売られ、回転売買が横行し、顧客の利益が二の次にされていました。これでは、お客様の資産は増えません。
2017年頃から、金融庁の森信親長官(当時)が「顧客本位の業務運営」を強く打ち出しました。これは「フィデューシャリー・デューティー」とも呼ばれる概念で、金融機関は顧客の利益を第一に考えるべきだ、という原則です。
藤野氏は、この金融庁の姿勢を強く支持しています。「錦の御旗が突然こちら側にやってきたような感覚」と、日経BPコンサルティングのインタビューで表現しています。それまで自分が孤軍奮闘で訴えてきたことを、金融庁が公式に支持してくれるようになったわけですから、それは大きな後押しだったでしょう。
ひふみ投信が、販売会社を通さない直販モデルを取っているのも、この「顧客本位」を貫くためです。販売会社を通すと、販売手数料が発生し、回転売買のインセンティブも働きやすくなる。それを避けるために、藤野氏は直販という困難な道を選びました。
もちろん、ひふみ投信はその後、銀行や証券会社経由でも買える「ひふみプラス」というシリーズも出しています。これは、より多くの人にひふみを届けるための現実的な対応です。しかし、その販売チャネルでも、長期保有を前提とした商品設計と顧客対応を貫いています。
第七章 経営者を見る目
「いい人」とは何か
藤野氏は、「いい人」という言葉をよく使います。しかし、これは漠然とした「優しい人」「親切な人」というニュアンスではありません。
藤野氏のインタビューによると、「いい人」とは「通勤途中で倒れているおばあさんに出会ったら、何の躊躇もなく助ける人」のことだそうです。仕事との天秤にかけて「遅刻するから」「ミーティングがあるから」と考える人は、藤野氏の言う「いい人」ではないのです。
この「いい人」の定義は、レオス・キャピタルワークスの採用基準にもなっています。技術や経験ではなく、人格を最優先する。なぜなら、「いい人」が集まる会社でなければ、「いい運用会社」にはなれないし、「いい投資信託」も作れないからです。
この発想を投資先企業の選別にも応用すると、藤野氏が「経営者を見る」というのは、単に「能力のある経営者」を見ているのではなく、「人として信頼できる経営者」を見ているのだということが分かります。
「いい人」を見抜く力は、訓練で磨くことができます。藤野氏が長年、数千人の経営者と会ってきた経験は、まさにこの「いい人を見抜く目」を鍛える訓練でもあったのです。最初は分からなくても、何百人何千人と会っていくうちに、相手の言葉の裏にある人格が見えるようになってくる。
「いい人」の特徴を、私なりに藤野氏の発言から整理すると、次のようになります。
第一に、即座に行動する人。考えるよりも先に体が動く人です。倒れているおばあさんを助けるのに、計算が入る人ではない。
第二に、自分のことよりも他人のことを優先できる人。利己的ではなく、利他的な視点を持っている人です。
第三に、約束を守る人。小さな約束でも、しっかり守る。それが信頼の基盤になります。
第四に、嘘をつかない人。都合の悪いことも、ごまかさずに伝える人です。
第五に、感謝を惜しまない人。「ありがとう」と素直に言える人です。
これらは、当たり前のように聞こえるかもしれませんが、実際にすべてを実践できる人は意外と少ないものです。藤野氏が、こうした「いい人」を厳選して採用し、また投資先として選んでいる、というのは、ファンドマネージャーとしての差別化要素の一つになっています。
経営者の質的変化
藤野氏は近年、日本の経営者の質的変化に注目しています。『「日経平均10万円」時代が来る!』(日本経済新聞出版、2024年)の中で、藤野氏は次のような趣旨のことを述べています。
これまでの日本企業は「眠くて退屈」だった、と。配当もろくに出さず、株主との対話もせず、現金を貯め込むだけだった。ところが、ここ数年で大企業の経営者たちが変わり始めている、と藤野氏は見ています。
その背景には、伊藤レポート(2014年)以降のコーポレートガバナンス改革、東証によるPBR1倍割れ企業への改善要請、そして資本コストや株価を意識した経営の浸透があります。
伊藤レポートとは、経済産業省が2014年に発表した報告書で、日本企業のROE(自己資本利益率)を8%以上にすべきだ、と提言したものです。これは、日本企業が長年にわたって稼ぐ力が弱かったことへの問題提起でした。この報告書をきっかけに、日本企業のROE改善が本格的に意識されるようになりました。
東証によるPBR1倍割れ企業への改善要請は、2023年から始まりました。PBR(株価純資産倍率)が1倍を割るということは、会社の市場価値が解散価値を下回っている、つまり「上場している意味がない」状態です。東証は、こうした企業に対して、改善計画の開示を求めました。これにより、多くの上場企業が、株主還元や事業構造の見直しに本気で取り組むようになりました。
藤野氏が注目するのは、東証の社長に2023年に就任した岩永守幸氏です。岩永氏は東証の入社面接で「稼ぎたい」と言ったそうで、お役所的な雰囲気だった当時の東証では異色の存在だったとされます。こうした変革者が増えていることが、日本企業全体の変化を後押ししているわけです。
上場企業の3つのグループ
藤野氏は、約3900社ある上場企業を3つのグループに分類します。
第一は「模範企業」で、約500社ほど。これは資本市場と真摯に向き合い、株主還元や情報開示を積極的に行い、企業価値向上に努めている企業群です。
第二は「未上場以上・上場未満」というカテゴリーで、約1000社ほど。これはIRをせず、株価を上げる努力もしない企業群で、上場企業の枠にはいるけれど実態は閉鎖的な未上場会社と変わらない、という意味です。
第三は「お迷い企業」で、約2000社ほど。株価を上げたい気持ちはあるけれど、どうすればいいか分からず迷っている企業群です。
この分類は、投資家としての藤野氏の目線が表れていて、なかなか興味深いです。投資対象として現実的なのは、まず「模範企業」、そして変化のポテンシャルがある「お迷い企業」です。「未上場以上・上場未満」のグループには、いくら業績が良くても投資しないわけです。
なぜ「未上場以上・上場未満」に投資しないのか。それは、こうした企業は経営者が株主を軽視しており、株価が経営課題として認識されていないからです。たとえ業績が良くても、株主に還元する意識が薄ければ、株価は上がりません。投資家としては、業績ではなく株価で評価されますから、こうした企業に投資しても報われない可能性が高いのです。
逆に「お迷い企業」は、変化の可能性を秘めています。経営者が株価を上げたいと思っているなら、適切なきっかけがあれば動き出す。藤野氏は、そうした企業に対して、対話を通じて変化を促すアプローチも取っています。これは「物言う株主」とまでは行かないけれど、「対話する株主」として、企業を伴走支援するスタイルです。
5年後、10年後の日本
藤野氏は、5年から10年後の日本について、明るい展望を持っています。
東洋経済オンラインのインタビューによると、藤野氏は次のように考えています。今後5年ほど経てば、現在の中小型株の経営者たちの中から、将棋界の藤井聡太氏や野球界の大谷翔平氏のような飛び抜けた才能が現れる。彼らが日本企業を引っ張る時代が来る、と。
これは、日本の経営者の中にも、世界レベルで活躍できる才能が育ちつつあるという見立てです。今の日本株市場は大型株が牽引していますが、いずれは有望な経営者がいる中小型株が引っ張る時代が来る、というのが藤野氏の予想です。
この見立てを支える根拠は、いくつかあります。
一つは、起業環境の変化です。20年前、30年前と比べて、日本でも起業がしやすくなりました。クラウドコンピューティング、SaaSツール、フリーランス市場、ベンチャーキャピタル、こうした起業を支えるインフラが整ってきました。これにより、若い才能が起業しやすい環境が生まれています。
もう一つは、教育環境の変化です。グローバルに学ぶ機会が増え、海外の大学院でMBAを取得した日本人経営者も増えています。彼らは、日本の伝統的な経営論だけでなく、世界の最新の経営理論を吸収しています。
そして、社会の価値観の変化もあります。終身雇用が崩れ、転職が一般的になり、起業が選択肢の一つとして認識されるようになりました。これにより、優秀な人材が大企業のサラリーマンではなく、起業家や中小企業の経営者として活躍する道を選ぶようになっています。
こうした変化が積み重なって、5年から10年後には、日本企業の質が大きく変わる可能性がある、というのが藤野氏の見立てです。
業界の追い風
藤野氏は、有望な企業を探す際に「経営者個人の能力」だけでなく、「業界全体の追い風」も重視します。
東洋経済オンラインで紹介された例として、九州での半導体産業の盛り上がりがあります。台湾のTSMCが九州に進出することで、半導体関連の工場が新設されます。新設された工場には電力が必要です。電力設備の建設を担う企業には、大きな需要が生まれます。ひふみ投信が投資する九電工はその一つで、もし九電工の人手が足りなければ、同業の四電工にも仕事が回っていく、という連鎖が起きるわけです。
このように、業界の構造変化を読み、その変化の中で恩恵を受ける企業を探す、というアプローチも、藤野氏の投資哲学の重要な要素です。これは「テーマ投資」とも言えますが、藤野氏のアプローチは、テーマの表面ではなく、その背後にある実需を見ています。
例えば、AI関連のテーマでも、表面的にはAIソフトウェアを開発する会社が注目されます。しかし、その背後には、AIを動かすためのデータセンター、データセンターを支える電力、電力を運ぶ送電網、送電網を建設する工事会社、というように、地味だけれど実需のある業界が控えています。藤野氏は、こうした「光の当たらない実需」に注目するのです。
これは、投資の世界でいう「キーマン特定」にも通じます。流行のテーマで盛り上がっている企業ではなく、そのテーマを実現するために不可欠な役割を果たしている企業を見つける。そうした企業は、一時的なブームに左右されにくく、長期的な成長が期待できます。
第八章 日経平均10万円時代論の根拠
「日経平均10万円」という大胆な予測
2024年1月、藤野氏は『「日経平均10万円」時代が来る!』(日本経済新聞出版)を出版しました。タイトルからして大胆ですが、藤野氏は冗談ではなく本気で、10年後に日経平均株価が10万円に到達すると考えています。
この予測の背景には、いくつかの構造的な変化があります。第一に、30年ぶりのインフレ到来。第二に、新NISA制度のスタート。第三に、生成AIの本格普及。第四に、日本企業の質的変化。第五に、地政学的なリスク再評価による日本市場への注目。これらの要素が複合的に作用することで、日本株は長期的に上昇するだろう、というのが藤野氏の見立てです。
10万円という水準は、執筆当時の日経平均(3万円台後半)の約3倍に相当します。10年で3倍ということは、年率換算で約11.6%の上昇です。これは、過去の長期データで見れば、株式市場として決して非現実的な水準ではありません。むしろ、インフレ環境下でこの程度の上昇がなければ、実質リターンはゼロかマイナスになってしまいます。
ここで重要なのは、藤野氏が「楽観論者」として10万円を予測しているわけではない、ということです。むしろ、「10万円になることは必然」と捉えています。インフレが進めば、名目株価は上がる。それは経済学的に当然のことだ、というロジックです。
インフレ時代の名目株価上昇
藤野氏のロジックを少し詳しく見てみましょう。
株価は、企業の利益や純資産を反映します。インフレが続けば、企業の売上は名目で増えます(物価が上がれば、売上の数値も上がる)。それに伴って利益も名目で増えていく。純資産も時間とともに膨らんでいく。すると、株価も名目で上がっていくのが自然です。
過去30年間の日本は、デフレ経済の異常な期間でした。物価が下がり続け、企業の名目利益も伸び悩み、株価も低迷した。バブル崩壊前のピークである38,915円(1989年12月29日)を、その後30年以上にわたって超えられない、という異常事態が続いたわけです。
しかし2024年2月22日、日経平均は34年ぶりにバブル期の高値を更新しました。これは、日本がデフレからインフレへの転換点に立ったことの象徴的な出来事だと、藤野氏は捉えています。
インフレ環境下では、現金を持ち続けることが「実質的な損失」を意味します。100万円の現金が、10年後に物価上昇で実質80万円の価値しかなくなる、というのがインフレの怖さです。だからこそ、インフレ時代には、株式や不動産などの「実物資産」に近いものを持つことが、資産防衛の基本になります。
牛丼1杯1500円の時代
藤野氏は『「日経平均10万円」時代が来る!』の中で、印象的な比喩を使っています。「牛丼1杯が1500円程度になってもおかしくない」というものです。
これは、現在の牛丼の価格(吉野家の並盛で500円前後)の3倍に当たります。日経平均が3倍になるなら、牛丼の価格も3倍になっておかしくない、というロジックです。
この比喩のインパクトは大きいです。なぜなら、私たちの日常感覚で「インフレ」を実感できる比喩だからです。日経平均が3万円から10万円になる、と言われてもピンと来ない人も、牛丼が500円から1500円になる、と言われると「それはちょっと困るな」と思うわけです。
そして藤野氏は、このインフレが「バラ色の世界」ではないことも明確にしています。10万円に達することは経済的に必然だが、それは私たちの生活にとって望ましいことだとは限らない。物価が上がる中で、給料も同じスピードで上がらなければ、生活は苦しくなる。資産を持っている人と持っていない人の差が、拡大していく。
つまり、「日経平均10万円」は、株式市場で勝てる人と負ける人の格差が拡大する世界でもある、というのが藤野氏のメッセージなのです。だからこそ、今のうちに投資を始め、インフレに対応できる資産構造を作ることが大事だ、と説いているわけです。
「軽い経済から重い経済へ」
藤野氏の最近の講演テーマの一つに、「軽い経済から重い経済へ」というものがあります。これは2026年6月に予定されている横浜経営者倶楽部の講演でも取り上げられるテーマです。
「軽い経済」とは、デフレ・低金利時代の経済を指します。お金が動きにくく、投資意欲が低く、企業の意思決定もリスクを取らない方向に傾く。経済全体が「軽い」というか、停滞している状態です。
「重い経済」とは、インフレ・成長期の経済を指します。お金が活発に動き、投資意欲が高く、企業がリスクを取って大胆な意思決定をする。経済全体が「重い」というか、ずっしりとした実感のある状態です。
日本は、長く「軽い経済」の中にいました。物価が上がらず、賃金も上がらず、企業も投資を控え、現金を貯め込む。経済が動かない状態に、誰もが慣れてしまっていました。
しかし今、日本は「重い経済」への転換期に入っています。物価が上がり始め、賃金交渉も活発化し、企業も成長投資を再開している。この転換期において、過去の「軽い経済」を前提にした行動を続けると、置いていかれてしまう。「重い経済」に対応するマインドセットが必要だ、というのが藤野氏のメッセージです。
「日経平均10万円」の3つの条件
藤野氏は、「日経平均10万円」が実現するための3つの条件を挙げています。第一に、インフレの進展。第二に、大企業の変化。第三に、次なる希望を示す新興企業の台頭です。
第一の条件、インフレの進展については、すでに動き始めています。日本のCPI(消費者物価指数)は、2022年以降、2%を超える水準で推移しており、デフレからインフレへの転換は確定的になっています。
第二の条件、大企業の変化についても、進行中です。前章で述べたように、東証によるPBR1倍割れ企業への改善要請をきっかけに、多くの大企業が株主還元や事業構造の見直しに本気で取り組むようになりました。配当性向の引き上げ、自社株買いの実施、不採算事業の切り離し、こうした動きが加速しています。
第三の条件、新興企業の台頭については、藤野氏は楽観的です。グロース市場は足元では低迷していますが、期待が持てるスタートアップ企業が次々と登場しています。10年後には、時価総額上位企業の顔ぶれが、今とは大きく異なっているだろう、という予測です。
3つの条件のうち、藤野氏が最も自信を持っているのは、第二と第三です。第一のインフレは、外部環境に依存する部分が大きいので、完全には予測できません。しかし、大企業の変化と新興企業の台頭については、日本企業の内側で進行している変化なので、確信度が高いというわけです。
第九章 GG資本主義からの脱却
「GG資本主義」という造語
藤野氏は2017年に『さらば、GG資本主義 投資家が日本の未来を信じている理由』(光文社新書)を出版しました。タイトルにある「GG」とは「ジジイ」のことで、藤野氏が日本の経済構造を批判するために作った造語です。
「GG資本主義」とは、高齢者(ジジイ)中心の意思決定によって経済が動いている状態を指します。経営者の平均年齢が高く、意思決定者も高齢者が多く、若い世代の声が反映されにくい構造のことです。
日本企業の社長の平均年齢は60歳前後と言われ、これは世界的に見ても異例の高さです。アメリカやヨーロッパ、中国の主要企業と比べても、日本の経営者は明らかに高齢です。これが、日本企業の意思決定が遅く、リスクを取らず、変化に対応できない原因の一つだ、と藤野氏は指摘します。
なぜGG資本主義になったのか
日本がGG資本主義になった背景には、いくつかの構造的な要因があります。
第一に、終身雇用と年功序列です。長く勤めた人ほど偉くなる、という人事制度の中で、結果として経営層が高齢化していきます。
第二に、社内政治の力学です。日本企業では、社内政治を勝ち抜くのに長い時間がかかります。若くして大胆な決断をする人より、長年にわたって社内の人間関係を築いてきた人が出世しやすい。これにより、経営者になる頃には皆が高齢になっています。
第三に、社外取締役の少なさです。欧米の企業では、社外取締役が経営に多様性をもたらし、若い視点や異業種の視点が経営に反映されます。日本では、社外取締役の数も影響力も限られており、社内の高齢者中心の論理が支配的になりがちです。
第四に、株主の影響力の弱さです。欧米では、機関投資家が経営に強く介入し、業績が悪ければ経営者を交代させます。日本では、株主の影響力が弱く、業績が悪くても経営者は居座り続けることが多いのです。
GG資本主義の弊害
GG資本主義の弊害は、多岐にわたります。
第一に、変化への対応の遅さ。デジタル化、グローバル化、SDGsなど、世界は急速に変化しています。しかし、高齢の経営者は、自分が成功してきた過去のやり方に固執しがちです。これにより、変化への対応が遅れ、日本企業は世界の競争から取り残されていきます。
第二に、若手の活躍の場の少なさ。高齢者が要職を占め続けると、若手が活躍する場が限られます。優秀な若手は、自分の能力を発揮できる場を求めて、外資系企業やスタートアップに移っていきます。これにより、日本の伝統的な大企業は、優秀な人材を失っていきます。
第三に、リスクテイクの少なさ。高齢の経営者は、残りの在任期間が短いため、長期的なリスクを取ることに消極的になりがちです。10年かかる投資より、自分の在任中に成果が出る3年の投資を選ぶ。これにより、日本企業の長期的な成長力が失われていきます。
第四に、女性や多様性の少なさ。日本の経営層には、女性や外国人、若者が極端に少ない。これは、意思決定の視点が偏ることを意味します。多様な視点がない経営は、変化する市場ニーズを捉えきれず、競争力を失っていきます。
GG資本主義からの脱却の道
藤野氏は、GG資本主義からの脱却のために、いくつかの道筋を示しています。
一つは、経営者の若返りです。50代、40代、場合によっては30代の経営者が、もっと活躍できる環境を作る。これにはコーポレートガバナンスの改革が必要です。社外取締役の役割を強化し、機関投資家の影響力を高め、能力主義の人事制度を導入することで、若い才能が経営層に上がりやすくします。
もう一つは、若い世代への投資です。藤野氏は、自分自身が大学で講義を持つなど、若い世代への投資教育に力を入れています。次の世代のリーダーを育てることが、長期的に日本のGG資本主義を変える力になる、という考えです。
そして、起業文化の醸成です。大企業の中で出世を目指すだけでなく、起業して新しい価値を生み出す。そうした人材が増えることで、日本企業の構造そのものが変わっていきます。藤野氏は、スタートアップへのエンジェル投資も行っており、起業家を直接支援する活動も展開しています。
「日本を信じる」というメッセージ
『さらば、GG資本主義』のサブタイトルは「投資家が日本の未来を信じている理由」です。藤野氏は、現状の問題を厳しく指摘しながらも、日本の未来を信じる、という強いメッセージを発信し続けています。
なぜ信じられるのか。それは、日本にはまだ多くのポテンシャルがあるからです。技術力、教育水準、社会インフラ、勤勉な国民性、これらは依然として世界トップクラスです。GG資本主義という構造的問題を変えることができれば、日本は再び輝きを取り戻せる、というのが藤野氏の見立てです。
そして、変化は既に始まっています。経営者の世代交代が進み、若い才能が起業し、海外で活躍する日本人も増えています。新NISA制度のスタートで、若い世代も投資を始めています。これらの小さな変化が積み重なって、10年後の日本は今とは大きく違う姿になっているはずだ、というのが藤野氏の希望なのです。
第十章 インフレ時代の投資
デフレ時代とインフレ時代の違い
藤野氏は『投資家みたいに生きろ』増補版(日経ビジネス人文庫)の中で、デフレ時代とインフレ時代の根本的な違いを指摘しています。
デフレ時代は、行動しない人にとって都合がよかった時代でした。何もせずにじっとしていても、物価が下がり、持っているお金の価値が相対的に上がっていく。投資をしなくても、現金を握りしめていれば、それなりに豊かになれた。少なくとも、貧しくはならなかった。
しかしインフレ時代は違います。物価の上昇により、現金の価値はどんどん目減りしていく。お金を握りしめているだけの人は、知らないうちに貧しくなっていく。逆に、投資をしたり、価値あるものを買ったりする人にとっては、リターンが大きくなる時代です。
つまり、インフレ時代とは「挑戦し、行動する」ことの価値がより高まる時代なのです。これは、リスクを取って動く人が報われる時代だ、と言い換えてもいい。
「現金は安全」という幻想
日本人の多くは、「現金が一番安全」という感覚を持っています。銀行預金は元本保証だから安心、株は値下がりするから怖い、というイメージです。
しかしインフレ時代には、この感覚が幻想であることが露呈します。
仮にインフレ率が年3%だったとします。100万円の現金を10年間そのまま持っていると、額面は100万円のままですが、購買力は約74万円相当に下がります。つまり、何も失ったように見えて、実質的には26万円を失っているわけです。
これに対して、株式に投資した場合、企業の名目利益はインフレ分だけ上がるので、株価もインフレに連動して上がっていく可能性が高い。長期的には、株式は現金よりもインフレに対する防衛力が強い資産だと言えます。
もちろん、短期的には株価は変動しますから、すべての期間で現金より良い結果が出るわけではありません。しかし、10年、20年といった長期で見れば、株式のほうがインフレに対する耐久力が高いというのは、過去のデータが示しています。
「貯蓄から投資へ」の本当の意味
日本では、長年「貯蓄から投資へ」というスローガンが叫ばれてきました。これは、個人金融資産の大半が預貯金に偏っている状況を変えよう、という政策的なメッセージです。
しかし藤野氏は、この「貯蓄から投資へ」というスローガンには、もう一段深い意味があると指摘しています。それは、「依存から自立へ」というシフトです。
預貯金は、銀行に預けていれば誰かが運用してくれます。元本保証なので、自分で考える必要もありません。これは、ある意味では「金融機関に依存する」生き方です。
投資は、自分で判断する必要があります。どこに投資するか、どれだけ投資するか、いつ売るか、すべて自分で決める必要があります。これは「自立する」生き方です。
藤野氏が「投資家みたいに生きろ」と呼びかけるのは、こうした自立した生き方を促すためです。投資を始めることは、自分の人生を自分で設計し始めることでもある、というメッセージです。
インフレ環境での企業選別
インフレ時代には、すべての企業が等しく恩恵を受けるわけではありません。インフレに対応できる企業と、できない企業が分かれます。
インフレに対応できる企業の特徴は、価格決定力(プライシングパワー)を持っていることです。コストが上がっても、それを商品価格に転嫁できる企業。これは、強いブランド、独自の技術、競争優位を持つ企業に多いです。
逆に、価格決定力のない企業は、インフレの中で苦しみます。コストは上がるのに、価格に転嫁できない。利益が圧迫される。こうした企業は、インフレ環境ではアンダーパフォームします。
藤野氏が投資先を選ぶ際、価格決定力は重要な観点です。企業が独自の価値を提供しており、顧客がその価値に対して喜んで対価を払う関係を築けているか。それを見極めるために、藤野氏は経営者との対話や、現場での観察を重視するのです。
「インフレ対策」としての自己投資
藤野氏のメッセージで興味深いのは、「インフレ対策」として、金融資産だけでなく自己投資も重要だ、という点です。
なぜ自己投資が重要なのか。それは、自分自身の市場価値もインフレに対する防衛資産になるからです。自分のスキルを高め、誰にもできない仕事ができるようになれば、給料も上がりやすくなります。給料がインフレに合わせて上がれば、生活水準を維持できる。
逆に、スキルアップを怠り、誰にでもできる仕事しかできない状態だと、給料はインフレに追いつかず、生活が苦しくなります。
藤野氏は、こうした観点から「自己投資」を強く推奨します。本を読む、勉強する、新しいスキルを身につける、人脈を広げる、健康を維持する。これらすべてが、インフレ時代を生き抜くための投資なのです。
第十一章 リスクと向き合うということ
「リスクゼロ」という幻想
藤野氏の哲学の根底にある考え方の一つが、「リスクをゼロにすることはできない」というものです。
多くの人は、リスクを「悪いもの」「避けるべきもの」と捉えています。だから、リスクを取らないことが「安全」だと考える。しかし藤野氏は、それは幻想だと指摘します。
リスクとは、未来の不確実性のことです。未来は誰にも分かりませんから、何をしようと、何をしなくとも、リスクはついて回ります。投資をすればリスクがあるように、投資をしないことにもリスクがある。仕事を変えればリスクがあるように、変えないこともリスクがある。
藤野氏が言いたいのは、「リスクをゼロにする」のではなく、「どのリスクを取るかを選ぶ」というスタンスです。すべてのリスクを並べたうえで、自分にとって最も納得できるリスクを選択する。それが、大人の判断というものです。
「リスクを取らない」という最大のリスク
藤野氏のもう一つの重要な指摘は、「リスクを取らないこと」が最大のリスクになり得る、ということです。
例えば、現金だけを持ち続けることのリスク。これは、インフレで購買力を失うリスクです。
例えば、同じ会社で同じ仕事を続け、スキルアップを怠ることのリスク。これは、業界の変化に取り残され、いつか職を失うリスクです。
例えば、新しい人間関係を作らず、いつもの仲間とだけ過ごすことのリスク。これは、世界の変化を察知できず、機会を逃すリスクです。
こうした「行動しないリスク」は、目に見えにくいので、多くの人は気づきません。何もしないでいると、何も悪いことが起きていないように見える。しかし、実は、機会を失い続けているわけです。
藤野氏は、こうした見えにくいリスクを意識化することが、人生を主体的に生きる第一歩だ、と説きます。
リスクとリターンの関係
投資の世界では、「ハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターン」が基本原則です。リスクを取らなければ、リターンも得られない。
藤野氏は、この原則を人生にも適用します。人生の重要な選択において、リスクを取らなければ、大きな成果は得られない。安全な道だけを選び続けると、人生は予測可能で平凡なものになります。
ただし、藤野氏は「ハイリスクを取れば必ずハイリターンが得られる」とは言いません。それは、リスクを取った先で、適切な判断と行動ができるかどうかにかかっています。
リスクを取って、勉強し、努力し、適切な判断をする。すると、リターンが得られる可能性が高まる。リスクを取って、勉強もせず、努力もしないと、リターンは得られない。
つまり、リスクを取ることは必要条件であって、十分条件ではない。リスクを取ったうえで、その先のリターンを掴むために、何をするかが重要なのです。
失敗との向き合い方
リスクを取れば、当然、失敗することもあります。藤野氏自身、20億円の資産家から2,000万円の借金まで転落した経験があります。
藤野氏が示すのは、失敗を恐れすぎないこと、そして失敗から学ぶこと、という姿勢です。
失敗を恐れすぎると、何もできなくなります。完璧な判断を求めて、いつまでも動かない。これは、最大の失敗です。なぜなら、行動しないことが、最大の機会損失だからです。
失敗から学ぶというのは、ただ落ち込むのではなく、失敗の原因を分析し、次に活かすということです。なぜ失敗したのか、何を間違えたのか、どうすれば次は成功できるのか。こうした問いを自分に投げかけることで、失敗が経験という資産に変わります。
藤野氏は、リーマン・ショックでの大失敗を「最高の学び」だったと振り返っています。あの経験があったからこそ、お金の本質や、ビジネスの本質、人間関係の本質が、深く理解できるようになったというのです。
リスク管理の3つの原則
藤野氏が運用において重視するリスク管理の原則を、私なりに整理すると、次の3つになります。
第一の原則は、分散投資です。一つの銘柄、一つのセクター、一つの市場に集中投資すると、その特定のリスクが大きくなります。ひふみ投信は、多数の銘柄に分散投資することで、個別銘柄のリスクを抑えています。
第二の原則は、長期投資です。短期的な値動きに惑わされず、長期的な企業の成長を信じて持ち続ける。これにより、短期のボラティリティのリスクを時間で薄めることができます。
第三の原則は、企業の質を見極めることです。価格の安さだけで投資するのではなく、企業の本質的な価値と成長性を見極めて投資する。質の高い企業は、市場の混乱を乗り越えて成長を続けます。
この3つの原則は、長期投資の王道とも言える考え方です。ウォーレン・バフェットやピーター・リンチといった世界の名投資家も、同じような原則を語っています。藤野氏の独自性は、これらの原則を日本の市場で愚直に実行し続けてきた、ということにあります。
第十二章 ピーター・リンチからの影響
新人時代の出会い
藤野氏が新人ファンドマネージャーだった頃、最初に手に取った投資の本が、ピーター・リンチの『株で勝つ』『ピーター・リンチの株の法則』(ダイヤモンド社)でした。
ピーター・リンチは、フィデリティ・インベストメンツのマゼランファンドを13年間運用し、資産を777倍にしたという伝説的なファンドマネージャーです。年率約29%という驚異的なリターンを叩き出し、世界の投資家のお手本とされる存在です。
藤野氏は、Newsweek日本版のインタビューで、ピーター・リンチの本との出会いを「ひふみシリーズも、マゼランファンドのようなファンドを作りたいという想いで生まれた」と語っています。ひふみ投信は、藤野氏なりのマゼランファンドへの挑戦だったわけです。
リンチから学んだ「現場主義」
ピーター・リンチが強調したのは、「現場で何が起きているかが非常に重要」という姿勢でした。会社を訪問して「いい会社」に投資することが、結果的に大きなリターンを生む秘訣だ、と。
藤野氏は、リンチの本を読んで、この現場主義を深く受け止めました。だから、新人時代から経営者に会い続け、企業を訪問し続けることを愚直に続けてきたのです。
リンチには、もう一つ重要な教えがあります。それは「身近なところに投資のヒントがある」というものです。日常生活で、自分が使って良いと思った商品、繁盛しているお店、人気が出ているサービス。こうした身近な観察が、投資のヒントになる、というのです。
ウォール街のプロフェッショナルがアクセスできる情報には限りがあります。むしろ、日常生活を送る普通の人のほうが、市場の変化を肌で感じやすい。専門用語に翻弄されず、自分の感覚を信じることが大切だ、というのがリンチのメッセージでした。
藤野氏も、この発想を継承しています。コンビニで何が売れているか、新しいアプリは何か、若い人は何に夢中になっているか。こうした日常の観察を、投資判断に活かしていくのです。
「テンバーガー」という概念
ピーター・リンチが広めた概念に「テンバーガー」というものがあります。これは、株価が10倍になる銘柄のことを指します。
藤野氏も、この「テンバーガー」の発想を取り入れています。著書『「日経平均10万円」時代が来る!』では、投資対象を4つのグループに分けていますが、その中の一つに「10(テン)バーガーズ」というカテゴリーがあります。これは「10年間で10倍になるかもしれない企業群」に投資するという意味で、時価総額1,000億円以下の「ポストIPO企業」を対象にしています。
テンバーガーを狙う投資は、ハイリスクですが、当たれば人生を変えるほどのリターンが得られます。リンチも藤野氏も、ポートフォリオの中で、こうしたハイリスク・ハイリターンの投資を一部組み入れることの重要性を説いています。
「自分が理解できる会社」に投資する
ピーター・リンチのもう一つの重要な教えが、「自分が理解できる会社に投資する」というものです。
ハイテクの最先端だから、新規性があるから、と理解できない会社に投資するのは危険です。なぜなら、その会社が本当に成長するのか、どんなリスクがあるのか、判断する手がかりがないからです。
逆に、自分が理解できる会社なら、業績が悪化したときに「なぜ悪化したのか」が分かります。一時的な問題なのか、構造的な問題なのか。判断ができるから、慌てて売る必要もなく、長期保有が可能になります。
藤野氏も、この発想を継承しています。ひふみ投信が日本企業中心の投資を続けているのは、藤野氏や運用チームが、日本企業を深く理解しているからです。海外株への投資も始まっていますが、それは段階的に、理解を深めながら広げていくスタンスです。
リンチと藤野氏の違い
ピーター・リンチと藤野氏には、共通点と同時に、いくつかの違いもあります。
共通点は、現場主義、長期投資、企業の本質を見る目、テンバーガーへの挑戦、自分が理解できる会社への投資、といった部分です。
違いは、藤野氏が「日本市場」という特定の市場に長くコミットしてきたこと、そして「投資教育」「投資文化の変革」という、運用の枠を超えた活動に注力していることです。
リンチは、純粋にファンドマネージャーとして活動し、その活動の延長で本を書きました。藤野氏は、ファンドマネージャーであると同時に、日本の投資文化を変革する伝道師であり、教育者でもあります。この違いは、両者の置かれた環境の違いから来ています。
アメリカは、すでに投資文化が成熟した市場でした。リンチは、その成熟した市場の中で、優秀なファンドマネージャーとして活動した。一方、日本はまだ投資文化が未成熟な市場でした。藤野氏は、その未成熟な市場の中で、運用と教育の両方を担う必要があったのです。
第十三章 投資家流の習慣と思考法
「アンテナを立てる」生活
藤野氏が繰り返し説くのは、「アンテナを立てる」ということです。日常生活のあらゆる場面で、社会の変化や新しい兆しを察知するアンテナを持つ、という意味です。
アンテナを立てるためには、まず「興味の幅」を広げる必要があります。自分の専門分野や趣味だけでなく、政治、経済、文化、テクノロジー、芸術、スポーツなど、あらゆる分野に関心を持つ。すべてに精通する必要はないけれど、最低限のリテラシーを持っておく。
そして、日々のニュースを「自分ごと」として受け止める習慣を持つ。あるニュースを聞いたとき、「自分の仕事にどう影響するか」「自分の投資にどう影響するか」「自分の生活にどう影響するか」を考える。こうした思考の習慣が、アンテナを立てることに繋がります。
「旗を立てる」自己発信
アンテナを立てるのは情報を「受信する」側ですが、藤野氏はもう一つの重要な習慣として「旗を立てる」ことを挙げています。これは情報を「発信する」側のことです。
自分はどんな価値観を持っているのか、何に興味があるのか、どんな未来を描いているのか。こうしたことを、SNSやブログ、対面のコミュニケーションで発信する。すると、同じような価値観を持つ人が集まってきます。
藤野氏自身、Twitter(現X)で長年精力的に発信を続けてきました。投資の話だけでなく、日常の気づき、本の感想、ピアノサークルの活動など、多岐にわたるテーマで発信しています。これにより、藤野氏の周りには、藤野氏の価値観に共鳴する人々が集まり、強力なコミュニティが形成されています。
旗を立てることの効果は、コミュニティ形成だけではありません。発信することで、自分自身の考えが整理され、深まっていきます。「インプットだけしてアウトプットしない」のは、もったいない使い方なのです。
「朝の時間」を制する
藤野氏は、朝の時間を大切にする習慣を勧めています。早朝の時間は、誰にも邪魔されない、思考のゴールデンタイムです。
朝の時間に何をするか。藤野氏のお勧めは、読書、執筆、運動、瞑想、勉強など、自分の成長に繋がる活動です。SNSをだらだら眺めたり、テレビを見たりする時間ではなく、意識的に「自分への投資」に使う時間にする。
朝の時間を大切にする習慣は、長期的に見ると大きな差を生みます。毎日30分の読書を続ければ、年間で約180時間、つまり一冊2〜3時間で読めるとして、年間60〜90冊の本を読むことができます。これだけの量を読み続ければ、知識と思考の幅が、何もしない人と比べて圧倒的に広がっていきます。
メモを取る習慣
藤野氏は「一流の人はメモ魔だ」と繰り返し述べています。気づいたこと、学んだこと、考えたこと、すべてをメモに残す。
なぜメモが大事なのか。それは、人間の記憶は驚くほど不確かだからです。今日感じた重要な気づきも、明日には忘れてしまう可能性があります。メモを取らないと、貴重な思考の資産が失われていきます。
メモを取ることのもう一つの効果は、思考が整理されることです。書き留めるという行為自体が、頭の中の混乱を整理する作業になります。書く前は曖昧だった考えが、書くことで明確になっていく。
藤野氏は、紙のノートでも、デジタルツールでも、どちらでも構わないと言います。大事なのは、書き留めるという行為そのものです。
自己紹介を磨く
藤野氏は、社交の場での「自己紹介」を侮るな、と説きます。たかが自己紹介、と多くの人は軽視しがちですが、自己紹介は自分という人間を凝縮して伝える機会です。
30秒で「好き」を伝える、3分で「鉄板ネタ」を伝える、といった具合に、藤野氏は自己紹介のテクニックを具体的に教えています。
なぜここまで自己紹介を重視するのか。それは、人間関係というのが、最初の出会いの印象で大きく決まるからです。最初に「面白い人だ」「価値のある人だ」と思ってもらえれば、その後の関係が深まりやすい。逆に、最初に「つまらない人だ」と思われると、二度と機会が訪れないこともあります。
藤野氏は、自己紹介を「自分の市場価値を高める投資」と捉えています。30秒、3分の自己紹介のために、何時間も練習する価値がある、というのです。
名刺は情報の宝庫
藤野氏は、もらった名刺を大切にする習慣も勧めています。名刺は、その人の所属、役職、連絡先だけでなく、その人がどんな会社で何をしているかという情報の塊です。
名刺の裏に、会った日付や場所、話した内容、相手の特徴をメモする。これにより、後で名刺を見返したときに、その人との関係を思い出しやすくなります。
そして、「思い出してもらう仕掛け」を作ることも大切だ、と藤野氏は言います。一度会っただけでは、相手は忘れてしまいます。後日、お礼のメールを送る、関連する情報を共有する、共通の興味の話題で連絡を取る、といった小さなアクションが、関係を維持する力になります。
関西のおばちゃんの「飴ちゃん投資」という比喩を藤野氏は使います。関西のおばちゃんは、初対面の人にも惜しみなく飴を渡します。これは小さな投資ですが、相手に「親切な人」という印象を残します。こうした小さな投資の積み重ねが、人間関係の財産を作っていくのです。
第十四章 NISAとの向き合い方
新NISAの本質
2024年から始まった新NISA制度は、日本の投資環境を大きく変える可能性を秘めています。藤野氏は、この制度を「投資するかしないかは自己責任」の時代の到来として捉えています。
新NISAの特徴は、非課税枠が大幅に拡大されたこと、そして恒久化されたことです。年間360万円(つみたて投資枠120万円+成長投資枠240万円)まで非課税で投資でき、最終的に1,800万円までの累積投資が可能です。
これは、政府が国民に対して「投資しなさい」と強く呼びかけているメッセージでもあります。年金だけでは老後を支えきれない、自分の資産は自分で作ってください、というメッセージです。
藤野氏は、この新NISA制度を歓迎しています。なぜなら、日本人が「貯蓄から投資へ」シフトするきっかけになるからです。しかし同時に、藤野氏は警鐘も鳴らしています。「投資するかしないかは自己責任」の時代になったということは、何も学ばずに飛び込んで失敗しても、誰も助けてくれないということです。
NISAで何を買うか
新NISAで何を買うか、というのは多くの人が悩む問題です。藤野氏は、明確な銘柄推奨はしませんが、いくつかの基本的な考え方を示しています。
第一に、長期保有できるものを選ぶこと。NISAは長期投資を前提とした制度です。短期売買で利益を出すよりも、長期で持ち続けてリターンを得るほうが、税制上のメリットを最大限活用できます。
第二に、自分が理解できるものを選ぶこと。前述したピーター・リンチの教えと同じで、自分が理解できないものに投資するのは危険です。
第三に、分散すること。一つの銘柄、一つの市場、一つの資産クラスに集中するのではなく、分散させる。
第四に、コストの低いものを選ぶこと。投資信託の場合、信託報酬が低いほど、長期では大きな差になります。
これらの原則を踏まえると、多くの人にとっては、低コストのインデックスファンドが基本選択になります。世界の株式に分散投資するインデックスファンドを、長期で積み立てていく。これが、初心者にとってのスタンダードな戦略です。
そのうえで、より高いリターンを狙いたい人は、ひふみ投信のようなアクティブファンドや、個別株への投資を組み合わせる。これは、初心者を脱して中級者以上になってからの選択肢です。
「インデックス vs アクティブ」の議論
投資の世界では長年、「インデックスファンドとアクティブファンド、どちらがいいか」という議論が続いています。
インデックスファンド派の主張は、市場全体の動きに連動するだけで、長期的にはアクティブファンドの大半よりも良い成績が出る、というものです。コストも低く、シンプルで分かりやすい。これは、ジョン・C・ボーグル(バンガード創業者)などが強く主張してきました。
アクティブファンド派の主張は、優秀なファンドマネージャーが運用すれば、市場平均を上回るリターンが得られる、というものです。ピーター・リンチ、ウォーレン・バフェット、藤野英人といった成功したアクティブ運用者の実績が、その根拠です。
藤野氏は、当然ながらアクティブ運用の擁護者です。しかし、藤野氏のスタンスは「すべての投資家がアクティブを選ぶべき」というものではありません。
ご本人は、初心者にはインデックスファンドからスタートすることも勧めています。そして、投資について学び、自分の判断力が育ってきたら、一部をアクティブファンドに振り分けてもいい。両方を組み合わせるのが、現実的な戦略だ、というスタンスです。
ただし藤野氏は、「すべての日本人がインデックスファンドだけを買う未来」を望んでいません。なぜなら、それは個別企業への目利きが社会から失われる未来だからです。アクティブ運用者がいるからこそ、企業に対する規律が働き、株式市場が効率的に機能します。すべての人がインデックスファンドを買うようになると、結果として市場の効率性が損なわれ、価格発見機能が弱くなります。
つまり、アクティブ運用は、社会的にも必要な機能なのです。藤野氏が「ひふみ投信」を運用し続けるのは、お客様のリターンを追求するためであると同時に、日本市場の健全性を保つためでもあるのです。
「自己責任」の重み
新NISAが始まり、「投資は自己責任」という時代になりました。藤野氏は、この「自己責任」の重みを、強調しています。
自己責任とは、自分の判断で投資し、結果も自分で受け止める、ということです。儲かれば自分の利益、損したら自分の損失。誰のせいにもできません。
これは、自由と引き換えの責任です。投資の自由を手にする以上、勉強する責任、判断する責任、結果を引き受ける責任が伴います。
藤野氏は、こうした責任を引き受ける覚悟がある人にこそ、投資を勧めます。覚悟がない人が、安易に投資の世界に飛び込むと、痛い目を見ることになる。だからこそ、藤野氏は投資教育に力を入れているのです。投資を始める前に、最低限の知識と覚悟を持ってほしい、という願いからです。
第十五章 AI時代の投資哲学
生成AIの登場と投資
2022年末のChatGPT登場以降、世界は生成AIの時代に突入しました。藤野氏も、この変化を真正面から受け止めています。
藤野氏は、毎日何十件、何百件という問いを立ててAIと対話している、と述べています。最新の著書では、AIの活用が運用の現場でどう変わっていくかについても言及しています。
ここで重要なのは、藤野氏が「AIが人間の代わりに投資判断をする」とは考えていない、という点です。むしろ、「AIを使いこなせる人間の価値が、より高まる」というのが藤野氏の見立てです。
AIを使いこなすために必要なもの
藤野氏によれば、AIを使いこなすには、いくつかの能力が必要です。
第一に、「良い問いを立てる力」です。AIは、与えられた問いに答えるツールです。問いの質が低ければ、答えの質も低くなります。質の高い問いを立てるには、テーマに対する深い理解と、明確な目的意識が必要です。
第二に、「AIの答えを評価する力」です。AIは時に間違ったことを言います。AIの答えが正しいかどうかを判断するには、自分自身が知識と判断力を持っている必要があります。
第三に、「複数のAI出力を統合する力」です。同じ問いに対しても、AIによって答えが変わります。複数の答えを比較し、最も適切なものを選んだり、組み合わせたりする力が必要です。
これらの能力を磨くには、結局のところ、勉強と教養が不可欠です。藤野氏は「AI時代に必要とされる勉強や教養の量は爆増している」と述べています。
「考えることの価値」が高まる
多くの人は、AIの登場で「考えなくてもよくなる」と思っているかもしれません。しかし藤野氏は、それは逆だと言います。AI時代こそ、「考えることの価値」が高まる時代なのです。
なぜか。AIは大量の情報を処理し、答えを生成しますが、それを「使う」のは人間です。AIが出した答えのうち、どれを信じるか、どう活用するか、どう組み合わせるか、これらはすべて人間の判断です。判断の質が、結果の質を決めるのです。
そして、判断の質を高めるには、知識、経験、思考力、感性、すべてが必要です。これらは、一朝一夕には身につきません。日々の勉強と経験の積み重ねでしか、磨くことができないのです。
つまり、AI時代に活躍するのは、AIを使いこなす能力と、人間としての深い思考力を併せ持つ人です。どちらか一方では不十分です。
投資判断におけるAI活用
具体的に、投資判断においてAIをどう活用するか。藤野氏のスタンスは、AIは「補助ツール」であり、最終判断は人間がする、というものです。
AIは、財務分析、ニュース要約、市場動向のスクリーニング、シナリオ分析など、定量的・反復的な作業を効率化できます。これらをAIに任せることで、人間はより本質的な判断に集中できます。
しかし、最終的な投資判断は、人間がします。なぜなら、投資判断には、定性的な要素、未来への直感、リスク選好など、AIが処理しきれない要素が多く含まれるからです。
特に、藤野氏のスタイルである「経営者を見る目」「変化率を察知する感度」「企業文化の読み取り」といった部分は、AIには真似できない領域です。これらは、人間ならではの判断力の領域として、ますます価値が高まっていくでしょう。
AI時代の自己投資
AI時代において、個人がどう自己投資すべきか。藤野氏のアドバイスを整理すると、次のようになります。
第一に、AIに代替されない能力を磨くこと。クリエイティビティ、対人能力、リーダーシップ、複雑な判断力など、人間にしかできない能力に時間を投じる。
第二に、AIを使いこなす能力を身につけること。プログラミングまでは必要ありませんが、AIに適切な指示を出し、出力を評価できるリテラシーは必須になります。
第三に、教養を広げること。AI時代には、特定の専門知識だけでは不十分です。哲学、歴史、芸術、サイエンス、文学、こうした幅広い教養が、AIを使いこなす土台になります。
第四に、多様な人と関わること。年齢、性別、職業、国籍、住む場所など、立場の異なる人々と交流することで、視野が広がり、AIに代替されない人間としての深みが増します。
藤野氏は、これらの自己投資を「ノーリスク・ハイリターンの投資」と呼んでいます。健康を害するわけでもなく、お金を大きく失うわけでもなく、ただ時間と労力を投じるだけで、自分の市場価値が大きく高まる。これほど効率の良い投資は他にない、というわけです。
第十六章 ゲコノミストとピアノサークル
「ゲコノミクス」という発想
藤野氏には、投資哲学以外にも興味深い側面があります。その一つが、「ゲコノミクス」と名付けた、お酒を飲まない人の経済論です。
藤野氏自身、お酒を全く飲まない「下戸(ゲコ)」です。そして、お酒を飲まない人(=ゲコ)の市場には、まだ十分に注目されていない巨大な可能性がある、と藤野氏は気づきました。
これを「ゲコノミクス」と名付け、2020年に同名の本(日本経済新聞出版)を出版しました。お酒を飲まない人が、どんな飲み物やサービスを欲しがっているか、その市場規模はどれくらいか、ビジネスチャンスはどこにあるか、を分析した一冊です。
ゲコ市場の可能性は3,000億円超とも言われ、ノンアルコール飲料、お酒を飲まなくても楽しめる飲食店、健康志向のサービスなど、新しいビジネスが次々と生まれています。藤野氏は、この市場の先駆者として、ゲコノミクスを提唱しました。
なぜゲコノミクスが投資哲学と繋がるのか
一見、ゲコノミクスは投資哲学とは関係ないように見えます。しかし、ここに藤野氏の投資家としての視点が表れています。
藤野氏は、市場の「見落とされているニーズ」を発見することに長けています。これは、株式投資においても重要な能力です。誰も気づいていないニーズに気づき、それに応える企業に投資する。これが大きなリターンに繋がります。
ゲコノミクスは、日常生活の中で「お酒を飲まない人」というマイノリティの存在に気づき、そのニーズを言語化したものです。これは、投資家としての観察眼の応用例とも言えます。
そして、ゲコノミクスを通じて、藤野氏は「マジョリティの常識を疑う」ことの重要性も訴えています。「飲み会に参加するのが当たり前」「お酒が飲めない人は損をしている」といった常識を疑い、新しい価値観を提示する。これは、投資家としての逆張り精神とも繋がります。
ピアノサークル「ついぴの会」
藤野氏のもう一つの顔が、ピアノサークル「ついぴの会」の主催者です。これは、もともと「ツイッターピアノの会」として始まったコミュニティで、今では北海道から沖縄まで22か所ほどの拠点を持つ、日本最大のピアノサークルになっています。
藤野氏は、自身でもピアノを弾きますし、サークル活動を通じてピアノを趣味として楽しんでいます。この「投資以外の世界」を持つことが、藤野氏の哲学の深みを生んでいる、と私は見ています。
なぜなら、投資の世界だけにいると、視野が狭くなりがちだからです。経済指標やマーケット情報ばかり追いかけていると、人間としての幅が失われていく。ピアノサークルのように、全く違う世界に身を置くことで、人間としてのバランスが保たれます。
藤野氏は、ピアノサークルの運営を、ひふみ投信の運営と「ほぼ同じ」だと言います。ネットワークを作り、コミュニティの文化を醸成し、メンバーが楽しく成長していく場を作る。この本質は、サークルでもファンドでも変わらないのです。
コミュニティを作る力
藤野氏が、サークルでもファンドでも、コミュニティを作ることに長けているのは、いくつかの共通する要素があります。
第一に、フラットな関係性を作ること。藤野氏は、サークルの主催者として、メンバーに対して上から物を言うのではなく、フラットに接します。これにより、メンバー同士も対等な関係を築きやすくなります。
第二に、参加するメリットを明確にすること。サークルに参加することで、何を得られるか。ピアノが上達する、仲間ができる、楽しい時間を過ごせる。こうしたメリットが明確だから、人が集まり続けます。
第三に、コミュニティの文化を大切にすること。サークルにもファンドにも、独自の文化があります。「ついぴの会」には、初心者にも優しく、楽しむことを最優先する文化があります。ひふみ投信には、長期目線で誠実に運用する文化があります。こうした文化が、コミュニティの一体感を生みます。
第四に、藤野氏自身が楽しんでいること。リーダーが楽しんでいると、その雰囲気がコミュニティ全体に伝わります。「楽しい場」に人は集まる。これは、人間関係の基本原則です。
「利他」の精神
藤野氏のこうしたコミュニティ運営の根底にあるのは、「利他」の精神です。
利他とは、自分のためだけでなく、他人のためにも行動するということです。藤野氏は、サークル運営にしてもファンド運営にしても、「自分が得をする」ためではなく、「みんなが豊かになる」ために動いている。
そして、この利他の精神が、結果として藤野氏自身にも豊かさをもたらしている、というのが興味深い点です。藤野氏は、利他的に動くことで、多くの仲間を得て、信頼を得て、結果として大きな成功を手にしています。
利他は、自己犠牲ではありません。自分を犠牲にして他人を助けるのではなく、他人を助けることが結果として自分の幸せにも繋がる、という win-win の発想です。これが、藤野哲学の通底音として流れています。
第十七章 投資教育への情熱
大学での講義
藤野氏は、ファンドマネージャーとしての仕事の傍ら、多くの大学で講義を持っています。明治大学商学部、早稲田大学政治経済学部、東京理科大学MOT、叡啓大学、淑徳大学、東京医科歯科大学、東京科学大学など、その活動は多岐にわたります。
なぜここまで大学講義に力を入れるのか。それは、次世代への投資が、日本の未来を変える最も効果的な方法だ、と藤野氏が考えているからです。
20歳の学生が投資の本質を理解すれば、その後の人生で何十年も投資の恩恵を受けることができます。複利効果を考えると、若い時から投資を始めることのインパクトは絶大です。
そして、若い世代が投資リテラシーを身につけることは、日本の社会全体にとっても大きなプラスになります。投資文化が成熟することで、企業に成長資金が供給され、経済が活性化する。これが日本の長期的な成長に繋がるのです。
YouTubeチャンネル「お金のまなびば!」
藤野氏は、レオス・キャピタルワークスのYouTubeチャンネル「お金のまなびば!」でも、精力的に情報発信を続けています。
このチャンネルでは、お金や投資に関する基本的な知識から、最新の市場動向、おすすめの本まで、幅広いコンテンツが配信されています。藤野氏自身が出演し、自分の言葉で語ることで、視聴者との距離が近く感じられます。
YouTubeという媒体を使うことの意味は大きいです。書籍は、買って読む意欲のある人にしか届きません。新聞や雑誌も、ある程度の関心を持っている人が読みます。しかしYouTubeは、たまたまレコメンドで動画が出てくることもあり、それまで投資に興味のなかった人にもリーチできます。
藤野氏が、こうしたメディアを駆使して情報発信を続けているのは、「眠っているお金を投資の世界に呼び込む」というミッションのためです。一人でも多くの人に、お金と投資の本質を伝えたい、という情熱が、藤野氏を動かしています。
書籍による普及活動
藤野氏の書籍も、投資教育の重要な手段です。これまで多数の本を出版してきましたが、それぞれが異なるターゲット層に向けて書かれています。
『投資家が「お金」よりも大切にしていること』(星海社新書)は、10代・20代の若者向けに、お金の本質を語る本です。学校では教えてくれないお金の話を、分かりやすく解説しています。
『投資家みたいに生きろ』(ダイヤモンド社・日経ビジネス人文庫)は、ビジネスパーソン向けに、投資家的な思考と習慣を伝える本です。お金の話に限らず、生き方全般を扱っています。
『「日経平均10万円」時代が来る!』(日本経済新聞出版)は、投資に関心のある人向けに、具体的な市場分析と投資戦略を語る本です。「投資ど真ん中」の一冊として、藤野氏の8年ぶりの本格的な投資本として注目されました。
『ゲコノミクス』(日本経済新聞出版)は、ビジネスや市場の見方に関心のある人向けの本です。投資哲学とは少し違うアプローチで、市場のニーズの発見について語っています。
『投資レジェンドが教える ヤバい会社』(日経ビジネス人文庫)は、実践的な投資ノウハウを求める人向けの本です。具体的な企業の見極め方を解説しています。
『さらば、GG資本主義』(光文社新書)は、日本社会の構造的問題に関心のある人向けの本です。投資の話を入り口に、社会論にまで踏み込んでいます。
このように、藤野氏は対象読者と目的を変えながら、多角的に投資文化の普及に貢献しています。
「金融経済教育ラボ」の設立
レオス・キャピタルワークスは、社内に「ひふみ金融経済教育ラボ」を設けています。これは、子供向けの教育コンテンツも作っている部門です。
『お金を話そう。』(弘文堂)という本は、漫画とイラストでお金の基本を解説するもので、子供でも理解できる内容になっています。「そもそもお金とは何か」「お金と私たちのつながり」「消費・寄付・投資のお金の上手な使い方」など、幅広いテーマを扱っています。
子供への教育は、長期的な視点での投資です。今の子供たちが大人になったとき、お金や投資について健全な感覚を持っていれば、日本の投資文化は大きく変わります。それを20年、30年先の話として、今から準備しているわけです。
これは、藤野氏が言う「未来からのお返しをもらう投資」の典型例です。今エネルギーを投入することで、20年後、30年後の日本社会から大きなお返しが返ってくる。教育とは、まさにそうした長期投資なのです。
第十八章 ひふみ投信の運用実績と評価
運用開始からの軌跡
ひふみ投信は2008年10月1日に運用を開始しました。リーマン・ショックという最悪のタイミングでのスタートでしたが、その後の歩みは、日本の投資信託の歴史に残るものとなっています。
開始から数年は、運用資産がなかなか伸びず、苦しい時期が続きました。しかし、藤野氏たちの地道な努力と、独自の運用スタイルが少しずつ評価されるようになり、2010年代半ばには急成長を遂げます。
特に大きかったのが、テレビ番組「カンブリア宮殿」での取り上げです。2017年に同番組で特集されたことで、ひふみ投信の知名度は急上昇し、運用資産は数千億円規模に拡大しました。
その後、2018年初頭には市場の調整局面で運用成績が苦しい時期もありましたが、藤野氏たちは長期目線を貫き、徐々に運用成績を回復させていきました。
2025年時点で、ひふみシリーズの運用資産残高は1兆円を超え、累計126万人以上のお客様に保有されています。これは、日本の独立系運用会社としては、突出した規模です。
受賞歴
ひふみ投信は、数々の運用成績の賞を受賞しています。R&I優秀ファンド賞を複数回受賞するなど、運用業界の中で高い評価を得てきました。
これらの賞は、単なるイベントではなく、運用の質を客観的に評価するものです。リスク調整後のリターン、長期的な安定性、運用プロセスの透明性など、複数の観点から評価されます。ひふみ投信が継続的に受賞しているということは、その運用品質が一貫して高い水準を保っていることを意味します。
「3000億円の壁」を超えて
運用業界には、「3000億円の壁」という言葉があります。これは、ファンドの運用資産が3000億円を超えると、運用が難しくなる、という経験則です。
なぜか。運用資産が大きくなると、機動的に売買することが難しくなります。大量の株を一度に売買すると、自分自身のオーダーで株価が動いてしまうからです(マーケットインパクト)。これにより、思った値段で売買できなくなります。
多くのファンドが、3000億円の壁にぶつかって、運用成績を落としてきました。しかし、ひふみ投信は、この壁を超えて、1兆円規模まで成長しながらも、運用成績を維持してきました。
これは、藤野氏のスタイルが、もともと長期投資中心だったから可能になったことです。短期売買中心のファンドなら、規模が大きくなるほど不利になりますが、長期保有中心のファンドなら、規模の影響は相対的に小さくなります。
藤野氏は、「3000億円の壁」を超えた経験を「悩みがなくなった」と表現しています。投資というのは長期の企業選別であり、運用というのは市場対応であり、両方を切り分けて考えれば、規模の大きさは決定的な問題にはならない、という発想に至ったのです。
TOPIXとの比較
ひふみ投信の運用成績は、しばしば東証株価指数(TOPIX)との比較で評価されます。これは、日本株のアクティブファンドとして、市場平均にどれだけ勝っているかを見るためです。
過去の実績を見ると、ひふみ投信はTOPIXに対して、長期的にプラスの超過リターンを生み出してきました。年によって変動はありますが、累積では市場平均を大きく上回る成績を残しています。
2020年初から7月末までの期間で見ると、TOPIX(配当込み)がマイナス11.86%だったのに対し、ひふみ投信はマイナス0.17%と、約11ポイント強上回っています。これはコロナショック直後の混乱期で、藤野氏の柔軟な運用が威力を発揮した例です。
海外株への投資開始
ひふみシリーズは、近年、海外株への投資も本格化しています。「ひふみワールド」「ひふみワールド+」などは、世界の成長企業に投資するファンドです。
この動きは、藤野氏が日本企業だけに固執せず、グローバルに成長機会を探す方針への転換を示しています。日本企業の質的変化に期待しつつも、世界には日本にはない「びっくり」のある企業群があるため、それらにも投資の機会を見出しています。
ただし、海外株投資においても、藤野氏は「自分が理解できる企業」という基本原則を守っています。海外の運用チームを置き、現地の企業を深く理解する体制を整えたうえで、慎重に投資先を選んでいます。
第十九章 藤野哲学への批判的視点
公平な評価のために
ここまで藤野氏の投資哲学を肯定的に紹介してきましたが、公平な評価のためには、批判的な視点も必要です。藤野氏自身、自分の哲学が完璧だとは思っていないでしょうし、それを盲信することは、藤野氏が嫌う「主体性のない生き方」になってしまいます。
ここでは、藤野氏の投資哲学に対して、私が独自に考えた批判的視点や、世間で出ている疑問点を整理してみます。これは藤野氏を貶めるためではなく、藤野氏の哲学をより深く理解するための作業です。
アクティブ運用の長期的優位性への疑問
藤野氏はアクティブファンドの運用者ですから、当然ながらアクティブ運用の価値を主張します。しかし、世界の投資理論や実証研究の主流は、「長期的にアクティブファンドの大半はインデックスファンドに勝てない」という結論です。
ジョン・C・ボーグル、バートン・マルキール、ウィリアム・シャープといった経済学者・実務家たちが長年主張してきたのは、市場は概ね効率的であり、運用コストを控除した後では、平均的なアクティブファンドはインデックスファンドに負ける、ということです。
実際、アメリカの主要なアクティブファンドのうち、長期的にS&P500を上回るリターンを上げているものは、全体の数十パーセントに留まると言われます。日本でも、同様の傾向が見られます。
ひふみ投信は例外的にTOPIXを上回り続けてきましたが、これがいつまで続くかは保証されていません。藤野氏や運用チームが優秀であっても、市場の効率化や規模の拡大、競合の増加など、様々な要因でアウトパフォームが難しくなる可能性はあります。
この点について、藤野氏は「日本市場はまだ完全には効率的ではない」「アクティブ運用が価値を発揮する余地が残っている」という立場を取っています。これは一定の説得力がありますが、それでも将来のリターンを保証するものではありません。
「日本株を信じる」というポジショントーク
藤野氏は「日本株を買い続ける」「日本の未来を信じる」というメッセージを繰り返し発信しています。これは美しい志ですが、見方を変えれば「日本株のファンドマネージャー」というポジションから来る、ポジショントークの側面もあります。
もし藤野氏が、本当に日本株が中長期的に劣後すると考えていたら、運用会社のビジネスモデル自体が崩れてしまいます。だから、日本株への信念を語り続けることには、ポジション維持のインセンティブが働いている、と見ることもできます。
ただし、この批判は半分しか当たっていません。藤野氏は近年、「ひふみワールド」など海外株への投資も展開しており、純粋な日本株運用者ではなくなっています。また、藤野氏のメッセージは「日本株が必ず勝つ」というものではなく、「日本の中にも世界に伍する企業があり、そうした企業を選別することで価値が生まれる」というものです。これは、より精緻な議論です。
それでも、私たちが藤野氏のメッセージを読むときには、彼の立場を意識しておくことは大事です。投資判断は、藤野氏のメッセージに頼り切るのではなく、自分の判断で行う必要があります。
個別企業への投資の難しさ
藤野氏が説く「成長する企業を選別する」という考え方は、簡単に聞こえますが、実行するのは極めて難しいです。藤野氏のような長年の経験と多数の経営者面談に裏打ちされた目利きは、一朝一夕には身につきません。
普通の個人投資家が、藤野氏の本を読んで「自分も成長企業を見つけよう」と思って個別株投資を始めても、おそらく多くの場合は失敗します。情報不足、経験不足、感情的な売買、こうした要因で損失を出す可能性が高いからです。
藤野氏自身、個別株投資を初心者にあまり強く勧めているわけではありません。ひふみ投信のようなアクティブファンドを買う、インデックスファンドを買う、といった、間接的な投資方法を勧めることが多いです。これは適切なスタンスですが、藤野氏の本を読んだ人の中には、「自分にもできる」と勘違いする人が出てくる可能性があります。
藤野氏の哲学を学ぶときには、「自分が藤野氏になれる」ではなく、「藤野氏のような目利きが運用するファンドを活用する」という距離感が、現実的だと私は考えます。
コミュニティ性の弱点
ひふみ投信の「コミュニティファンド」としての性格は、強みであると同時に、いくつかの弱点も持っています。
第一に、藤野氏個人への依存度が高いことです。ひふみ投信のブランドは、藤野氏という人物と強く結びついています。仮に藤野氏が体調を崩したり、引退したりした場合、ファンドの運営や信頼性に影響が出る可能性があります。
レオス・キャピタルワークスは、湯浅光裕氏や渡邉庄太氏、高橋亮氏など、強力な運用チームを抱えていますが、それでも「藤野ブランド」の影響は大きいです。これは、藤野氏自身も意識しており、徐々に組織的な運営体制を強化していると思われますが、依然として個人依存のリスクは残っています。
第二に、コミュニティの感情が、投資判断を歪める可能性があることです。お客様が「藤野さんを信じている」というだけで投資を続けると、客観的な判断ができなくなることがあります。本来、投資判断は、ファンドの実績やコスト、市場環境などを総合的に検討して行うべきものです。感情的な信頼だけで判断するのは、リスク管理上、望ましくありません。
藤野氏自身も、これを意識していると思います。だからこそ、運用報告会では運用の中身を率直に説明し、リスクも開示しています。それでも、感情的な信頼を完全には排除できません。
「インフレ予測」の不確実性
藤野氏の「日経平均10万円時代」論は、インフレが続くという前提に立っています。しかし、インフレの行方は誰にも分かりません。
世界経済の動向、中央銀行の政策、地政学的リスク、技術革新、人口動態など、多くの要因がインフレ率に影響します。藤野氏が予想するようなインフレが続かない可能性もあります。例えば、AIによる生産性向上が、デフレ圧力をもたらすシナリオも考えられます。
藤野氏の予測が外れた場合、「日経平均10万円」も実現しないかもしれません。これは、藤野氏の予測能力を否定するわけではなく、未来予測の本質的な不確実性を指摘するものです。
私たちが藤野氏のメッセージを受け取るときには、「藤野氏の予測が正しいかどうか」ではなく、「藤野氏の予測が外れた場合でも、後悔しない投資戦略を取る」というスタンスが大事です。
短期的なパフォーマンスの変動
ひふみ投信は、長期的には良いパフォーマンスを出していますが、短期的には大きく変動することもあります。
例えば、2018年初頭の市場調整時には、ひふみ投信も大きく値下がりしました。テレビ番組で取り上げられて急成長した直後だったため、新規に始めた人たちが大きな含み損を抱えるという事態になりました。
長期投資の哲学を持つ人は、こうした短期の変動を乗り越えられますが、すべての人がそうではありません。「藤野さんのファンドだから安心」と思って投資を始めた人が、短期の値下がりで慌てて売ってしまうケースもあるでしょう。
これは、ひふみ投信だけの問題ではなく、すべての投資信託に共通する問題ですが、コミュニティ性の強いファンドだからこそ、特に注意が必要な側面です。
海外株運用の蓄積期間
ひふみシリーズは近年、海外株運用にも力を入れています。ひふみワールドなどは、米国・中国・アジアなどの成長企業に投資しています。
しかし、海外株運用については、日本株運用ほどの長期的な実績はまだありません。藤野氏や運用チームが、海外企業の目利きでも日本企業と同等のパフォーマンスを上げられるかどうかは、これから明らかになる部分です。
この点については、藤野氏も慎重なスタンスを取っており、段階的に海外運用を拡大しています。しかし、投資する側としては、海外株運用についてはまだ評価の蓄積が少ない、という認識を持っておくべきでしょう。
第二十章 私の独自分析 〜藤野哲学の本質はどこにあるか
一貫しているもの、変化しているもの
ここまで藤野氏の様々な発言や著書を整理してきましたが、改めて全体を俯瞰すると、藤野氏の哲学には「一貫しているもの」と「変化しているもの」があることが見えてきます。
一貫しているのは、「お金は手段であって目的ではない」「経営者を見る目を磨く」「長期目線を持つ」「日本の未来を信じる」「コミュニティを大切にする」「投資教育に貢献する」といった根本的な価値観です。これらは、藤野氏が30年以上にわたって変えずに持ち続けている軸です。
変化しているのは、市場環境への対応、投資対象の地理的範囲(日本から世界へ)、活用するテクノロジー(AIなど)、伝えるメディア(書籍からYouTubeへ)といった、戦術的・手段的な部分です。藤野氏は、こうした変化に柔軟に対応しながらも、根本の価値観は変えずに来ています。
私が藤野哲学から最も学ぶべきだと感じるのは、この「変えるべきもの」と「変えるべきでないもの」を見分ける力です。多くの人は、その逆をやってしまいます。根本の価値観を、流行や周りの影響でコロコロ変える一方で、戦術的な部分では古いやり方に固執する。これでは、人生も投資もうまくいきません。
「目的」と「手段」の明確な区別
藤野哲学の最大の強みは、「目的」と「手段」を明確に区別している点です。
藤野氏の最終的な目的は、「日本を元気にする」「お客様の資産を守り増やす」「日本の投資文化を育てる」といったものです。これらは長期的な目的であり、藤野氏の人生の軸になっています。
そして、こうした目的を達成するための手段として、ひふみ投信の運用、書籍の出版、YouTubeでの発信、大学での講義、ピアノサークルの運営など、多様な活動を展開しています。手段は多様ですが、すべて目的に向けて統合されています。
多くの人は、目的が曖昧なまま、手段に振り回されます。「とりあえずお金を増やしたい」「とりあえず有名になりたい」「とりあえず成功したい」と思っているうちは、人生の方向性が定まりません。
藤野氏のように、明確な目的を持ち、それに向けた多様な手段を統合的に展開する。この生き方こそが、「投資家みたいに生きる」ということの本質なのではないか、と私は分析しています。
「孤独」と「コミュニティ」のバランス
藤野氏の哲学には、興味深い緊張関係があります。それは、「孤独な投資判断」と「コミュニティの大切さ」という、一見矛盾する要素を両立させている点です。
投資判断は、最終的には孤独な作業です。誰の意見にも頼らず、自分の頭で考え、自分の責任で決断する。これは個人主義的な営みです。
一方で、藤野氏はコミュニティの大切さを繰り返し説きます。仲間と一緒に成長する、お客様と長期的な信頼関係を築く、社員同士が支え合う。これは共同体主義的な営みです。
この一見矛盾する二つの要素を、藤野氏はどう両立させているか。私の解釈では、「個としての確固たる軸を持ちながら、他者との関係を大切にする」というバランスを取っているのです。
自分の軸がない人がコミュニティに入ると、流されてしまいます。一方、軸が強すぎて他者を顧みない人は、孤独に陥ります。藤野氏は、自分の軸をしっかり持ちつつ、他者との関係も大切にする。この絶妙なバランスが、藤野哲学の深みを生んでいます。
「楽観」と「リアリズム」の両立
藤野氏のもう一つの興味深い特徴は、「楽観主義」と「リアリズム」を両立させていることです。
藤野氏は、日本の未来を信じています。日経平均10万円という強気な予測も出しています。これは楽観主義的な側面です。
しかし、同時に、日本のGG資本主義を厳しく批判し、企業の問題点を率直に指摘します。インフレで格差が拡大する厳しい未来も予測しています。これはリアリストの側面です。
「日本は素晴らしい、すべてうまくいく」というナイーブな楽観主義ではなく、「日本には深刻な問題があるけれど、それを乗り越える力もある」というリアルな楽観主義。これが藤野氏のスタンスです。
このスタンスは、投資哲学としても合理的です。問題を直視できない楽観主義は、リスクを軽視して大失敗します。希望を持てないリアリズムは、行動できずに機会を逃します。両者を両立させることで、リスクを認識しながらも行動するという、バランスの取れた投資が可能になるのです。
「お金」と「人生」の統合
藤野氏の哲学の核心は、「お金」と「人生」を統合的に捉えている点だと、私は考えています。
多くの人は、お金と人生を別物として扱います。「仕事は生活のため、人生の意味は別のところにある」と考える人が多い。これは、お金と人生が分離した思考です。
藤野氏は違います。お金は人生の表現であり、人生はお金との関わりの中で展開する、という統合的な視点を持っています。何にお金を使うかは、どう生きるかと同じこと。どう稼ぐかは、社会にどんな価値を提供するかと同じこと。
この統合的な視点を持つと、お金との付き合い方が変わります。お金を稼ぐことが「我慢」ではなく「価値の提供」になり、お金を使うことが「消費」ではなく「投資」になります。日々の小さな選択が、人生全体の意味と繋がってきます。
これは、藤野氏が「投資家みたいに生きろ」と呼びかける深い意味だと、私は読み解いています。投資の話に見えて、実は人生の話なのです。
藤野哲学を一言で表現すると
最後に、藤野哲学を一言で表現するとしたら、私はこう表現します。
「未来を信じ、今エネルギーを投じる生き方」
これが藤野哲学の核心です。未来は分からないけれど、信じる。信じるだけでなく、その未来に向けてエネルギーを投じる。投じたエネルギーは、いつか何らかの形で自分や社会に返ってくる。
このシンプルな哲学が、藤野氏の様々な活動の通底音として流れています。投資も、教育も、コミュニティ作りも、すべてはこの哲学の具体的な表現に過ぎません。
私たちが藤野氏から学ぶべきは、この生き方の根底にある哲学であり、具体的な投資手法ではないのかもしれません。手法は時代とともに変わりますが、哲学は時代を超えて生きる力になります。
第二十一章 海外の名投資家との比較
ウォーレン・バフェットとの共通点と相違点
藤野氏としばしば比較される海外の投資家として、ウォーレン・バフェットを挙げる人が多いです。両者には、共通点と相違点があります。
共通点は、長期投資、企業の本質的価値を見る目、経営者の質を重視する姿勢、自分が理解できる事業に投資する原則、シンプルで分かりやすいメッセージ性、などです。これらは、世界の名投資家に共通する基本原則とも言えます。
相違点もいくつかあります。
第一に、投資のスタイル。バフェットは、極めて少数の大企業に集中的に投資する「集中投資」のスタイルです。コカ・コーラ、アップル、バンク・オブ・アメリカといった巨大企業への大型投資が中心です。一方、藤野氏は、より多数の中小型株を含むポートフォリオを組む「分散型」のスタイルです。
第二に、投資対象の選別基準。バフェットは「経済の堀(モート)」を重視します。すなわち、競争優位が強固で、長期にわたって安定的に利益を出せる企業を選びます。藤野氏は、より「変化率」を重視します。今は完璧でなくても、これから大きく変わっていく企業を選びます。
第三に、市場へのスタンス。バフェットは「市場のミスター・マーケットを相手にする」というベンジャミン・グレアム流の発想を継承しています。市場の感情的な動きから利益を得る、というスタンスです。藤野氏も市場の動きを利用しますが、より「企業の応援」という観点が強いです。
第四に、社会的な活動の方向性。バフェットは、慈善活動への巨額の寄付で知られます。蓄えた富を社会に還元するという形です。藤野氏は、運用業務そのものを通じて、また投資教育を通じて、社会に貢献するスタイルです。
両者は、出発点も活動範囲も異なりますが、根底にある投資哲学の本質は共通しています。「企業を応援することで社会を豊かにする」「自分が信じる企業に長期的にコミットする」「短期の市場の動きに惑わされない」といった価値観は、両者が共有するものです。
チャーリー・マンガーとの類似性
ウォーレン・バフェットの長年のビジネスパートナーだった故チャーリー・マンガーも、藤野氏と類似点があります。
マンガーは、「メンタル・モデル」という概念を重視しました。これは、様々な学問領域から得られる思考の枠組みを、自分の中に蓄積していくということです。経済学、心理学、生物学、物理学、歴史学、すべての分野から学び、それを意思決定に活かす。
藤野氏も、投資以外の領域から多くを学んでいることが、各種インタビューから伺えます。ピアノを弾き、本を読み、社会全体を見渡し、様々な分野の知識を投資判断に活かしている。これは、マンガー流の「メンタル・モデル」の蓄積に通じます。
マンガーは、生涯にわたって読書を続けた人物として知られます。藤野氏も、ビル・ゲイツの読書習慣を例に挙げて、読書の重要性を語っています。両者の姿勢は、深く通じるものがあります。
ピーター・リンチとの違い
前章でも触れたピーター・リンチですが、藤野氏との比較をもう少し深掘りしてみましょう。
リンチは、フィデリティ・マゼランファンドを13年間運用しましたが、46歳という比較的若い年齢で運用業務を引退しました。家族との時間を大切にしたいというのが、主な理由とされます。
藤野氏は、すでに60歳に近づいていますが、運用業務を続け、さらに様々な社会活動を広げています。両者の人生の選択は対照的です。
これは、両者の置かれた状況の違いから来る部分もあります。リンチは、運用業務を引退した時点で、フィデリティでの仕事を成し遂げた感覚があったのでしょう。藤野氏は、レオス・キャピタルワークスの経営者であり、創業者です。引退するという選択は、会社全体の運命に影響します。
また、藤野氏のミッションは、運用にとどまらず、「日本の投資文化を変える」という壮大なものです。このミッションは、まだ完了していません。だから、藤野氏は走り続けるのでしょう。
ジョージ・ソロスとの違い
ジョージ・ソロスは、世界的に有名なヘッジファンドマネージャーで、「市場の不均衡を利用して大儲けする」というスタイルで知られます。藤野氏とは、対照的な投資家です。
ソロスは「再帰性理論」を提唱し、市場参加者の認識が市場価格を動かし、その市場価格がさらに参加者の認識を変える、という相互作用に注目しました。これにより、市場の大きな歪みを発見し、それを利用して利益を得るスタイルです。
ソロスの代表的な取引として、1992年のポンド危機があります。イギリスの為替制度の不安定さを見抜き、ポンドを大量に空売りすることで、巨額の利益を得ました。この一回の取引で、10億ドル以上の利益を上げたとされます。
藤野氏は、こうした「市場の歪みを利用する」スタイルではなく、「企業の長期的な成長を信じて投資する」スタイルです。マクロな市場分析よりも、ミクロな企業分析を重視する。短期の市場変動を利用するよりも、長期の企業価値創出を待つ。これが、藤野氏のスタイルです。
両者は、ともに優れた投資家ですが、目指している価値が違います。ソロスは、市場の歪みから利益を得る天才です。藤野氏は、企業の成長を支援する伴走者です。どちらが正しいかではなく、自分がどちらのスタイルに共感するかで、参考にすべき対象が変わります。
レイ・ダリオの「原則」との比較
ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者レイ・ダリオは、『PRINCIPLES(プリンシプルズ)』という本で、自分の経営哲学と人生哲学をまとめました。
ダリオの「原則」は、極めて体系的で、ほぼマニュアル化されています。意思決定の枠組み、組織運営の方法、対人関係のあり方、すべてが原則として整理されています。
藤野氏のスタイルは、ダリオほど体系的ではありません。著書では原則を語りつつも、より柔軟で、状況に応じた判断を重視するスタイルです。これは、両者の文化背景の違いもあります。アメリカのビジネス文化は、明確なルールと原則を好む傾向があります。日本のビジネス文化は、状況に応じた柔軟な判断を重視する傾向があります。
ダリオの体系性は、組織を大規模化するうえでは有利です。明確なルールがあれば、多くの人が同じ判断基準で動けるからです。藤野氏のスタイルは、より小規模で機動的な組織には適しています。ひふみ投信が、相対的に小規模な運用チームで運営されているのは、こうしたスタイルとの相性もあります。
日本の同業者との比較
日本国内には、他にも独立系の優秀な運用者がいます。コモンズ投信の渋澤健氏、セゾン投信の中野晴啓氏(現:なかのアセットマネジメント)、農林中金バリューインベストメンツの奥野一成氏などです。
藤野氏は、こうした同業者と協力関係を築いてきました。共著の本も出版しており、業界全体を活性化するための連携を取っています。
奥野一成氏とは、特に親交が深いとされます。藤野氏は奥野氏について、経営者の良し悪しではなく、強固なビジネスモデルを持った会社が成長するという投資ポリシーを持ち、絶対に曲げない人物だと評しています。これは、藤野氏自身の「経営者重視」のスタンスとは、少し異なるアプローチです。
藤野氏が興味深いのは、自分と異なるアプローチを取る同業者を、敵視するのではなく、尊敬し、学びを得ようとする姿勢です。投資のアプローチは多様であり、唯一の正解はない。それぞれの哲学に意味がある、というオープンな姿勢が、藤野氏の人格的な深みを表しています。
第二十二章 経営者としての藤野英人
ファンドマネージャーと経営者の二刀流
藤野氏のユニークな点の一つは、ファンドマネージャーと経営者の二刀流を、長年続けていることです。
普通、ファンドマネージャーと運用会社の経営者は、別の役割です。ファンドマネージャーは運用に集中し、経営者は組織運営に集中する。両者を一人がやろうとすると、どちらも中途半端になりがちです。
しかし藤野氏は、両方を高いレベルで続けています。ひふみ投信のシニア・ファンドマネージャーとして運用を統括しつつ、レオス・キャピタルワークスの社長としても会社を経営しています。
これがなぜ可能か。一つの理由は、藤野氏自身が「投資」と「経営」を本質的に同じものだと捉えているからでしょう。投資は、企業にお金というエネルギーを投じて、未来からリターンを得る行為。経営は、組織にエネルギーを投じて、未来の成果を得る行為。両者は、対象が違うだけで、本質的なロジックは同じなのです。
共同経営の妙
レオス・キャピタルワークスは、藤野氏一人で運営しているわけではありません。湯浅光裕氏、五十嵐毅氏との共同創業者として始まり、現在も多くの優秀な運用者と経営陣が支えています。
藤野氏は、共同創業者の湯浅氏を「絶対に嘘のつけない誠実な良い人」と評しています。これは、共同経営者を選ぶ基準として、能力よりも人格を重視するという藤野氏の哲学を表しています。
人格を重視する共同経営は、長期的に安定します。能力で結ばれた関係は、状況が変われば崩れることがあります。しかし、人格で結ばれた関係は、困難な局面でも崩れません。リーマン・ショックでレオス社が破綻寸前まで追い込まれたときも、共同経営者たちは離れずに支え合いました。これは、信頼関係の強さの証です。
社員を「コピー」ではなく「ライバル」に
藤野氏の経営者としての特徴の一つが、社員に自分のコピーではなく、自分のライバルになることを求める姿勢です。
普通の経営者は、自分の価値観を社員に浸透させ、組織全体を統一しようとします。これは効率的な経営方法ですが、リスクもあります。経営者が間違った判断をしたとき、組織全体が間違う可能性があるからです。
藤野氏は、社員に「フジノさんのコピーになるな、ライバルになれ」と伝えていると言います。それぞれが個性を持ち、独自の判断基準を持ち、自由に動く。それが、運用チームの懐の深さを生み、市場の多様性に対応する力になる、という考えです。
これは、優れた運用組織の本質を突いています。型にはまった画一的な運用者ばかりだと、新しい機会を発見できない。多様な視点と判断基準を持つ運用者が集まることで、組織全体の知恵が深まります。
「いい人が、好きな人と楽しく働ける場」
藤野氏が、社長として最も大切にしていることは、「いい人が、好きな人と楽しく働ける場を保ち続けていくこと」だと述べています。
この言葉には、藤野氏の経営観が凝縮されています。
「いい人」が集まる。これが第一の条件です。前述したように、藤野氏の言う「いい人」は、人格的に信頼できる人のことです。
「好きな人と」働く。これが第二の条件です。同僚や上司を選べないのが普通の会社ですが、藤野氏は、人間関係の良さを重視しています。嫌いな人と無理して働くのではなく、好きな人と気持ちよく働く。これが生産性を高める基本だと考えているのです。
「楽しく」働く。これが第三の条件です。仕事は苦行ではなく、楽しいものであるべきだ、というスタンスです。楽しく働ければ、創造性が発揮され、成果も上がる。
「保ち続けていく」こと。これが第四の条件です。一時的に楽しい職場を作るのではなく、それを長期的に維持し続ける。これは経営者としての継続的な責任です。
この4つの条件を満たす職場は、現実には少ないでしょう。多くの会社は、いい人と悪い人が混在し、好きでもない人と働き、しんどい仕事をして、それが続いてしまう。藤野氏は、この常識を覆そうとしています。
「会社を辞めることは裏切りではない」
藤野氏は、社員に対して興味深いメッセージを伝えています。「会社を辞めることは裏切りではないから、どこの会社でも転職支援をする」「逆に戻ってくることも大歓迎だ」というものです。
普通の経営者は、社員の離職を嫌います。優秀な人材が辞めることは、会社の戦力低下に直結するからです。しかし藤野氏は、社員の人生を最優先に考えます。会社が社員を縛るのではなく、社員が自分の人生を選ぶ自由を持つ。それが結果として、会社にとっても良いのだという考えです。
なぜか。自分の意志で残ることを選んだ社員のほうが、強制的に残らされた社員よりも、はるかにモチベーションが高いからです。「ここで働き続けたい」と心から思っている人だけが集まる組織のほうが、長期的に強くなります。
また、退社した社員が起業して成功すれば、その会社にレオスが投資することもできます。元社員の会社が成長すれば、両者にとって良いこと尽くしです。これは、藤野氏が長期目線で人間関係を捉えていることの表れです。
投資先企業との関係
藤野氏は、レオス・キャピタルワークスの経営者として、投資先企業との関係も大切にしています。
投資先企業の社長と、定期的に対話を続ける。経営課題があれば率直に意見を伝える。逆に、投資先からの提案にも耳を傾ける。これは「物言う株主」というよりも、「対話する伴走者」というスタンスです。
最近では、レオス・キャピタルワークスを通じて、ひふみ投信が長期投資家として企業価値向上に貢献する、というメッセージも発信しています。これは「伴走型投資」とも呼ばれ、欧米の機関投資家のスタイルにも通じる現代的なアプローチです。
藤野氏の経営者としての姿勢は、運用業務、社員、投資先企業、そしてお客様、すべてのステークホルダーとの間に、長期的な信頼関係を築くことを優先しています。これは、短期的な利益最大化を目指す多くの会社とは、大きく異なるアプローチです。
第二十三章 個人投資家へのメッセージ
「自分の頭で考える」ことの重要性
藤野氏が個人投資家に対して繰り返し伝えているメッセージの一つが、「自分の頭で考える」ことの重要性です。
投資の世界には、様々な情報が溢れています。テレビ、雑誌、YouTube、SNSで、多くの自称専門家が「この株は買い」「この銘柄は売り」と発信しています。中には信頼できる情報もありますが、多くは断片的で、自分の状況に当てはまるとは限りません。
藤野氏は、こうした情報を鵜呑みにせず、自分で判断する力を養うことが大事だと説きます。これは、藤野氏自身のメッセージにも当てはまります。「藤野さんがこう言ったから」という理由だけで投資判断をするのは、藤野氏の哲学に最も反することです。
自分の頭で考えるためには、勉強が必要です。経済の基本、企業会計の基礎、市場の仕組み、リスクとリターンの関係。こうした基礎知識を身につけたうえで、自分の投資哲学を作り上げていく。これが、長期的に成功する投資家になる道です。
「焦らない」ことの大切さ
藤野氏は、個人投資家に対して「焦らないこと」を強く説きます。
なぜか。多くの人は、投資を始めた途端、すぐに結果を求めます。1ヶ月で利益が出なければ「失敗だ」と思い、3ヶ月で大きく増えなければ「やり方が悪い」と考える。こうした短期視点が、長期投資の最大の敵です。
藤野氏が運用しているひふみ投信も、短期的には値下がりすることがあります。それでも長期的に良いパフォーマンスを出しているのは、短期の値動きに惑わされず、長期の企業成長を信じ続けてきたからです。
個人投資家も同じです。1年や2年で結果が出なくても、焦らず、5年10年のスパンで投資を続ける。これが、最終的に大きなリターンを生む基本です。
「複利の効果」という言葉があります。年率5%で20年間運用すれば、元本は約2.65倍になります。年率7%なら約3.87倍、年率10%なら約6.73倍です。複利は時間の関数なので、長く続けるほど効果が大きくなります。焦って短期で売買すると、この複利の効果を逃してしまいます。
「自分のリスク許容度」を知る
藤野氏は、自分のリスク許容度を知ることの重要性も説きます。
リスク許容度とは、自分がどれくらいの損失に耐えられるか、ということです。これは人によって大きく異なります。30歳で独身で安定した職業の人と、60歳で家族を抱えて引退間近の人では、取れるリスクが全く違います。
自分のリスク許容度を把握せずに投資を始めると、想定外の損失に直面したときにパニックを起こします。パニックを起こすと、本来売るべきでないときに売ってしまい、損失を確定させてしまう。これが、多くの個人投資家が失敗するパターンです。
藤野氏は、投資を始める前に、自分が「最大でいくらの損失なら耐えられるか」を考えることを勧めています。仮に50%の損失が出ても夜眠れるなら、株式中心の投資が可能。30%の損失で眠れなくなるなら、債券などを混ぜたバランス型のほうがいい。自分の許容度に合わせて、適切なリスク水準を選ぶことが大事です。
「投資は人生の一部」
藤野氏のメッセージの根底にあるのは、「投資は人生の一部であり、すべてではない」ということです。
投資にのめり込みすぎて、家族との時間がなくなる、健康を害する、本業がおろそかになる、というのは本末転倒です。投資はあくまで、人生をより豊かにするための手段。手段が目的化してはいけません。
藤野氏自身、ピアノサークルを主催し、家族との時間を大切にし、健康に気を遣っています。投資の世界だけに閉じこもらず、人生全体のバランスを取っている。これが、長く投資の世界で活躍する秘訣でもあるのでしょう。
個人投資家も、投資を人生の一部として位置付けることが大事です。1日中株価をチェックする必要はありません。月に一度、自分のポートフォリオを見直し、年に数回、投資戦略を再考する。それくらいのペースで十分なのです。
「失敗を恐れない」勇気
藤野氏が、個人投資家にもう一つ伝えているメッセージは、「失敗を恐れない」ということです。
藤野氏自身、20億円の資産家から2,000万円の借金まで転落した経験があります。それでも、その経験を糧に、再び立ち上がりました。失敗は終わりではなく、学びの機会だ、というのが藤野氏のスタンスです。
個人投資家も、最初は必ず失敗します。銘柄選びを間違える、タイミングを誤る、感情的になって売買する。これらは、ほぼ全員が通る道です。
大事なのは、その失敗を恐れすぎないこと。そして、失敗から学んで次に活かすこと。失敗を恐れて何もしないと、本当に何も得られません。少額でいいから始めてみて、失敗しながら学んでいく。これが、長期的に成功する投資家になる王道です。
「学び続ける」姿勢
藤野氏が個人投資家に最後に伝えるメッセージは、「学び続けること」です。
投資の世界は常に変化しています。新しい技術、新しいビジネスモデル、新しい市場、新しい規制。これらすべてに対応するには、学び続ける姿勢が不可欠です。
藤野氏自身、60歳近くなった今でも、本を読み、新しい技術に触れ、若い世代と対話を続けています。「もう自分は十分知っている」と思った瞬間に、人は成長を止めます。藤野氏は、その罠に陥らないように、常に学び続けているのです。
個人投資家も、同じです。投資の本を読む、経済ニュースを追いかける、自分が投資している企業の動向をチェックする。こうした学びの積み重ねが、徐々に投資家としての力を高めていきます。
学びは、すぐに成果に繋がらないかもしれません。しかし、5年10年の単位で見ると、学び続けた人と止めた人の間に、大きな差が生まれます。これは投資の世界に限らず、人生全般に当てはまる真理です。
第二十四章 藤野英人の読書術と思考法
「世界一忙しい」ビル・ゲイツの読書習慣
藤野氏は、自身に最も影響を与えた人物の一人としてビル・ゲイツを挙げています。マイクロソフトの創業者でありながら、世界一忙しいと言われていた現役時代でさえ、ビル・ゲイツは年に1回ないし2回、1週間すべてを遮断して読書に充てる時間を作っていたといいます。
藤野氏は、このエピソードを聞いて、改めて読書の大切さを実感したと語っています。「世界トップクラスの忙しさを抱えるビル・ゲイツが、わざわざ仕事を完全に止めてまで読書の時間を確保している。それは、読書がそれだけの価値を生むからだ」というロジックです。
私たちは、つい忙しさを言い訳にして、読書の時間を後回しにします。しかし、本当に成功している人ほど、読書の時間を死守している。これは大事な事実です。
「年齢を重ねても瑞々しい人」の共通点
藤野氏は、年齢を重ねても心が瑞々しく、素敵だなと思える人の共通点として、「読書量が多いこと」を挙げています。
これは興味深い観察です。人は年を取ると、新しいことを学ぶのが億劫になり、既知の世界に閉じこもりがちになります。すると、思考が固定化し、新しい変化に対応できなくなります。
逆に、年を取っても読書を続ける人は、常に新しい考え方や情報に触れ続けます。これにより、思考が柔軟さを保ち、感性が瑞々しく保たれます。
これは、投資家としても重要な姿勢です。投資の世界は常に変化しており、過去の成功体験だけでは通用しなくなります。新しい技術、新しいビジネスモデル、新しい消費パターンを理解し続けるには、学び続ける姿勢が不可欠です。
「人間とは何か」を理解する読書
藤野氏は、投資で大切なのは「人間とは何か、ということを理解する」ことだと述べています。その観点から、役に立つのは小説や哲学書だ、という意外な主張をしています。
経済の本や投資の本だけ読んでいては、人間の本質は分からない、というのが藤野氏の見方です。文学、哲学、歴史、こうした分野の本を通じて、人間の内面、感情、動機、行動パターンを深く理解することで、初めて投資で活きる判断ができるようになる、というのです。
これは、深い洞察です。投資の対象は、企業ですが、企業を動かしているのは人間です。経営者の意思決定、消費者の行動、投資家の心理、すべて人間の営みです。人間を理解しないと、企業も投資も理解できません。
ビル・ゲイツも、ジェフ・ベゾスも、マーク・ザッカーバーグも、ものすごい読書家だと藤野氏は指摘します。これらの世界的経営者が、なぜ読書に時間を割くのか。それは、読書こそが、人間と世界を深く理解する最も効率的な方法だからでしょう。
ジャンルを絞らない読書
藤野氏は、投資を極めるためにも、ビジネスで成功するためにも、ジャンルを絞らずに本を読むことを勧めています。小説、歴史、哲学、サイエンス、ビジネス書、自己啓発書、すべてに触れる。
ジャンルを絞ると、思考が偏ります。例えば、ビジネス書ばかり読んでいると、効率と成果ばかり追求する思考になります。哲学書ばかり読んでいると、現実から離れた思索に偏ります。バランスよく、多様なジャンルを読むことで、思考の幅が広がります。
藤野氏が推薦する本として、ピーター・リンチの『株の法則』、奥野一成氏の『ビジネスエリートになるための教養としての投資』、マイケル・ルイスの『マネー・ボール』などが挙げられます。投資の本だけでなく、野球チームの改革を描いたノンフィクションも入っているところが、藤野氏らしい選書です。
『マネー・ボール』を選んだ理由について、藤野氏は「データに基づいて常識を覆す発想が、投資にも通じる」と語っています。野球の話だけれど、その本質は、データを使って従来の常識を覆すという、投資にも通じる思考法なのです。
「すぐ役立つ本」と「教養としての本」
藤野氏の読書術には、もう一つ興味深い分類があります。「すぐ役立つ本」と「教養としての本」の二種類を、バランスよく読む、というものです。
「すぐ役立つ本」は、ビジネス書、投資の実用書、スキルアップ本など、明日の仕事や投資にすぐ活かせる本です。これらは即効性がありますが、賞味期限も短い傾向があります。
「教養としての本」は、哲学、歴史、文学、古典など、すぐには役立たないけれど、時代を超えた普遍的な教えが書かれている本です。これらは即効性は低いですが、長期にわたって自分の思考を支える土台になります。
両者をバランスよく読むことで、短期と長期、実用と本質、現代と歴史、これらすべてを統合的に理解できるようになります。
私が藤野氏のこの考え方に共感するのは、現代の多くの人が「すぐ役立つ本」ばかり読みがちだからです。スキルアップ本、副業の本、投資の本、すべて即効性を求めるものばかり。しかし、長期的な人間としての深みは、こうした即効性のある本だけでは育ちません。
「メモを取る」読書
藤野氏は、本を読むときにメモを取ることを勧めています。これは、ただ受動的に読むのではなく、能動的に思考しながら読むためです。
メモを取ることで、本の内容が自分の中で整理されます。また、後で振り返ったときに、すぐに重要な箇所を思い出せます。さらに、メモを取りながら自分のコメントも書くことで、本の内容を自分の思考と結びつけることができます。
私の経験から付け加えると、メモを取らない読書は、読んだ瞬間は理解した気になっても、数週間後にはほとんど忘れてしまうことが多いです。一方、メモを取りながら読んだ本は、何年経っても重要な部分を思い出せます。読書の効果を最大化するために、メモは必須のツールです。
第二十五章 藤野哲学と「日本らしさ」
西洋の投資理論との対比
藤野氏の投資哲学は、西洋の投資理論とは異なる、独自の日本的な要素を含んでいます。
西洋の投資理論は、概ね合理主義に基づいています。効率的市場仮説、現代ポートフォリオ理論、CAPM(資本資産価格モデル)、これらはすべて、市場参加者が合理的に行動するという前提のうえに構築されています。
藤野氏の哲学は、こうした合理主義を否定するわけではありませんが、それだけでは捉えられない側面に光を当てています。経営者の人格、企業文化、コミュニティの感情、信頼関係、こうした「数値化しにくい要素」を重視するスタンスです。
これは、日本的な思考の特徴とも言えます。日本の伝統的なビジネス感覚は、契約と数字だけでなく、「義理」「人情」「信頼」といった目に見えない要素を大切にします。藤野氏の投資哲学は、こうした日本的な感性を、現代の投資の世界で再評価したものとも見ることができます。
「縁」と「ご縁」の哲学
藤野氏が、お客様や投資先企業との関係を語るとき、「縁」「ご縁」という言葉をよく使います。これは、日本的な人間関係の感覚です。
「縁」とは、偶然出会った人と、長期的な関係を築いていくという感覚です。「ご縁」と言うとき、そこには「この出会いを大切にしよう」という意志が込められています。
西洋的な「ネットワーキング」とは少し違います。ネットワーキングは、自分の利益のために戦略的に人脈を作るニュアンスがあります。「ご縁」は、もっと自然で、相互的で、長期的なものです。
藤野氏の事業の広がり方を見ていると、戦略的なネットワーキングというよりも、「ご縁」を大切にした結果、自然に広がっていったように見えます。ピアノサークルの主催も、大学での講義も、企業との対話も、すべて「ご縁」の延長線上にあるのです。
「商人道」の現代版
江戸時代の日本には、「商人道」というものがありました。商人として、いかに生きるべきか、いかに商売するべきか、という倫理規範です。
近江商人の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」が有名です。商売は、自分が儲かるだけでなく、買い手も満足し、社会全体も豊かになるものでなければならない、という考えです。
藤野氏の哲学は、この「三方よし」の現代版とも言えます。お客様(買い手)の資産を増やし、運用会社(売り手)も利益を得て、日本社会(世間)全体が豊かになる。この三つを同時に追求するのが、藤野氏のスタンスです。
西洋的な「株主第一主義」は、特定のステークホルダーを優先する考え方ですが、日本的な「三方よし」は、すべてのステークホルダーのバランスを取る考え方です。藤野氏は、この日本的な発想を、現代の投資業界で実践しているのです。
「謙虚さ」と「自信」の両立
藤野氏のもう一つの日本的な特徴は、「謙虚さ」と「自信」を両立させていることです。
自分の運用成績や経営手腕について、藤野氏は決して自慢しません。むしろ、「お客様のおかげ」「仲間のおかげ」「運が良かった」と謙虚に語ります。
しかし同時に、自分の投資哲学や日本の未来観については、強い自信を持って発信します。「日経平均10万円時代が来る」と断言したり、「日本の未来を信じる」と力強く語ったりします。
この「謙虚さと自信の両立」は、日本的な美徳の一つです。実力があっても誇示しない、しかし信念は曲げない、という姿勢です。
西洋的な自己主張とは異なるこの姿勢が、藤野氏の言葉に独特の説得力を生んでいます。声高に自分を売り込まなくても、人々が藤野氏の言葉に耳を傾けるのは、この謙虚さと自信のバランスゆえなのです。
「利他」と「自利」の調和
藤野氏の哲学を支えるもう一つの日本的要素が、「利他」と「自利」の調和です。
利他とは、他人の利益を考えること。自利とは、自分の利益を考えること。一見、両者は矛盾するように見えますが、藤野氏はこれを調和させます。
「お客様のために運用する」(利他)が、結果として「自分の会社の成長」(自利)に繋がる。「投資教育を広げる」(利他)が、結果として「投資文化が成熟して自社のビジネスが伸びる」(自利)に繋がる。
これは、仏教的な「自利利他」の発想に通じます。本当の自利は、利他を通じてしか実現しない、という考え方です。
西洋的な「Win-Win」の概念とも似ていますが、もう少し奥が深いです。Win-Winは、契約や交渉の場面での双方の利益を意味します。「自利利他」は、もっと根源的に、自分と他人の利益が一体化している、という世界観です。
藤野氏が、運用業務、教育、コミュニティ作り、すべてを統合的に展開できるのは、この「自利利他」の世界観があるからではないか、と私は分析しています。
第二十六章 藤野哲学が描く未来
「ゆたかさ」の循環という構想
レオス・キャピタルワークスのウェブサイトには、「ひふみがつくる『ゆたかさ』の循環」というページがあります。これは、藤野氏が描く未来のビジョンを具体化したものです。
「ゆたかさの循環」とは、こういう構造です。お客様がひふみ投信に投資する。ひふみ投信は、その資金を成長企業に投資する。成長企業は、その資金を使って事業を伸ばす。事業が伸びると、雇用が増え、給与が上がり、商品やサービスの質が向上する。
これにより、社会全体が豊かになる。社会全体が豊かになると、人々の購買力が上がり、企業の業績がさらに伸びる。業績が伸びると、株価が上がり、お客様のリターンも増える。お客様は、増えたリターンを使って、さらに豊かな生活を送る、もしくは投資を増やす。
この循環が回ることで、お客様、投資先企業、社会全体、すべてが豊かになる。これが「ゆたかさの循環」の構想です。
私が興味深いと感じるのは、藤野氏が「個人の資産形成」だけでなく、「社会全体の豊かさ」を構想の中に組み込んでいる点です。投資を、個人の利益追求のためだけでなく、社会全体の豊かさを生む仕組みとして捉える。これが、藤野哲学の大きな視野です。
30年後の日本
藤野氏が描く30年後の日本は、どんな姿でしょうか。各種発言から、その輪郭を整理してみます。
第一に、投資文化が成熟した日本。今のアメリカのように、多くの人が長期投資を当たり前のように行い、それが資産形成の基本になっている社会です。
第二に、起業文化が育った日本。今のシリコンバレーのように、多くの若者が起業を選択肢とし、世界に通用するスタートアップが次々と生まれる社会です。
第三に、グローバルに開かれた日本。海外の投資家、起業家、研究者が、自然に集まってくる場所。日本企業もグローバルに展開し、世界と対等に競争する社会です。
第四に、世代間の対立が解消された日本。GG資本主義から脱却し、若い世代も中堅世代も高齢世代も、それぞれの立場で活躍できる社会です。
第五に、文化的に豊かな日本。経済だけでなく、芸術、スポーツ、ファッション、食、すべての分野で世界に発信できる日本。これは藤野氏自身が、ピアノサークルなどを通じて目指しているビジョンでもあります。
こうした未来は、決して夢物語ではありません。藤野氏のような人物が、こつこつと種をまき続けることで、徐々に実現に近づいていく可能性があるものです。
「未来からのお返し」を待つ姿勢
藤野氏の哲学の根底にあるのは、「未来からのお返しを待つ」姿勢です。
今、エネルギーを投じる。すぐにはお返しが返ってこないかもしれない。それでも信じて投じ続ける。そして長い時間をかけて、お返しが少しずつ返ってくる。これが、投資の本質であり、人生の本質でもある、というのが藤野氏の見方です。
この姿勢は、現代社会では失われがちです。SNSの「いいね」のように、即座のフィードバックを求める文化が支配的になっています。投資の世界でも、デイトレードやスキャルピングのように、瞬時の損益を追いかけるスタイルが目立ちます。
藤野氏は、こうした即時的な満足感を求める文化に、警鐘を鳴らしているのです。本当に価値あるものは、長い時間をかけて醸成される。それを待つ忍耐力が、現代人に最も必要とされている、というメッセージです。
「日本の未来を信じる」ことの意味
藤野氏が繰り返し発信する「日本の未来を信じる」というメッセージ。これは単なる楽観論ではなく、深い哲学に支えられています。
なぜ信じられるのか。それは、信じることが行動の源泉になるからです。信じなければ、投資できません。投資しなければ、未来は変わりません。だから、まず信じることから始める。
これは、ある意味では「信仰」に近いものです。客観的に未来が良くなるかどうかは分かりません。しかし、良くなると信じて行動することで、結果として良くなる可能性が高まる。これは、自己実現的な予言の側面もあります。
藤野氏のメッセージを聞いて、日本の未来を信じる人が増える。信じる人が増えれば、投資する人が増える。投資する人が増えれば、企業が成長する。企業が成長すれば、社会が豊かになる。社会が豊かになれば、人々がさらに未来を信じる。
この循環を起こすことが、藤野氏の真のミッションなのではないか、と私は読んでいます。
第二十七章 藤野哲学を実践するための具体策
個人ができる「投資家みたいに生きる」第一歩
ここまで藤野氏の哲学を多角的に見てきましたが、では具体的に、私たちはどう実践すればよいのでしょうか。藤野氏の発信から、実践的なステップを整理してみます。
第一のステップは、「お金との関係を見直す」ことです。お金を嫌っているのか、お金から逃げているのか、お金を真っ直ぐ見られているのか。自分のお金に対する感情を、率直に観察してみる。多くの人は、お金についての感情を意識的に考えたことがありません。意識化することが、第一歩です。
第二のステップは、「家計を可視化する」ことです。毎月の収入と支出を、エクセルやアプリで記録してみる。何にどれだけお金を使っているか、客観的に把握する。これにより、無自覚に消えていた支出が見えてきます。
第三のステップは、「自分のお金の使い方を分類する」ことです。藤野氏が言う「消費」「浪費」「投資」の三分類で、自分の支出を分けてみる。消費は必要な支出、浪費は無駄な支出、投資は未来のための支出。この比率を意識することで、お金の使い方が変わっていきます。
第四のステップは、「少額でいいから投資を始める」ことです。理屈をいくら学んでも、実際に投資を始めなければ、本当の理解はできません。月1,000円でも5,000円でもいいから、つみたてNISAなどで投資を始めてみる。最初は失敗するかもしれませんが、その経験こそが最大の学びです。
第五のステップは、「自分の市場価値を高める活動を始める」ことです。本を読む、新しいスキルを学ぶ、人脈を広げる、健康を維持する。これらは「見えない投資」ですが、長期的には金融投資以上のリターンを生みます。
月1万円から始める投資の威力
藤野氏が個人投資家によく勧めるのが、「無理のない範囲でコツコツ投資する」ことです。月1万円、月3万円、月5万円、自分の収入に合わせて、続けられる金額で始める。
仮に月1万円を年率5%で30年間積み立てると、最終的な資産は約832万円になります。元本は360万円なので、約470万円のリターンが得られる計算です。
月3万円なら、最終的な資産は約2,496万円。元本1,080万円に対して、約1,416万円のリターンです。
月5万円なら、最終的な資産は約4,161万円。元本1,800万円に対して、約2,361万円のリターンです。
これは、年率5%という比較的控えめな想定です。年率7%なら、月5万円の30年積立で約6,100万円になります。
こうした計算を見ると、長期投資の威力が分かります。重要なのは、「いくら投資するか」よりも、「どれだけ続けるか」「年率何%で運用できるか」です。複利は時間の関数なので、長く続けるほど効果が大きくなるのです。
投資先の選び方の実践
具体的な投資先の選び方について、藤野氏の哲学を実践的に整理してみます。
第一の選択肢は、低コストのインデックスファンドです。世界株式インデックスや、全米株式インデックスなど、世界の主要市場全体に分散投資できる商品。これは初心者にも分かりやすく、長期的に安定したリターンが期待できます。
第二の選択肢は、信頼できるアクティブファンドです。ひふみ投信もその一つですが、他にもセゾン投信、コモンズ投信、農林中金バリューインベストメンツなど、長期投資を哲学とするアクティブファンドがあります。これらは、運用者の哲学とスキルに賭ける投資です。
第三の選択肢は、個別株です。藤野氏のようなプロでも難しい個別株投資は、初心者にはハードルが高いですが、自分が好きで、よく知っている企業の株を少額買ってみるのは、勉強になります。
これら三つを組み合わせて、自分なりのポートフォリオを作る。例えば、資産の70%をインデックスファンド、20%をアクティブファンド、10%を個別株、という配分です。
ただし、これはあくまで一例です。自分のリスク許容度、年齢、目的に応じて、配分は変えるべきです。藤野氏は、画一的な答えは出さず、「自分で考えて判断する」ことを促しています。
経営者の見極め方の実践
個別株に投資する場合、藤野氏の「経営者を見る目」を、どうやって実践に活かせるでしょうか。
普通の個人投資家は、経営者に直接会うことはできません。しかし、いくつかの方法で、経営者の質をある程度判断することはできます。
第一の方法は、決算説明会の動画を見ることです。多くの上場企業は、決算説明会の動画をウェブで公開しています。経営者がどんな表情で、どんな言葉で、どんな熱量で語っているか。これを見ることで、ある程度の人物像が分かります。
第二の方法は、株主総会に参加することです。一株でも持っていれば、株主総会に参加できます。経営者と直接質疑応答する場で、その人物の対応力や誠実さを見ることができます。
第三の方法は、メディアでのインタビューを読むことです。経営者は、新聞、雑誌、ウェブメディアなどで頻繁にインタビューを受けています。これらを読むことで、その人の考え方、価値観が見えてきます。
第四の方法は、その企業の商品やサービスを使ってみることです。藤野氏も実践している方法ですが、企業の商品を実際に使い、店舗に足を運ぶことで、企業の実態が分かります。
第五の方法は、SNSをチェックすることです。最近は、経営者自身がSNSで発信していることも多い。Twitter、LinkedIn、note、こうした媒体での発信から、その人の人物像が浮かび上がってきます。
これらを組み合わせることで、経営者の質を多角的に評価できます。完璧ではありませんが、ある程度の判断材料になります。
「焦らない」投資の実践
短期の市場変動に振り回されないために、藤野氏が勧める実践的なルールがあります。
第一のルールは、「相場を見る頻度を減らす」ことです。毎日株価をチェックすると、感情的になりやすくなります。月一回、または四半期に一回、ポートフォリオを確認する程度で十分です。
第二のルールは、「ニュースの取り扱いに注意する」ことです。経済ニュースは、短期的な動きを強調しがちです。「日経平均、急落」「米国株、暴落」といったセンセーショナルな見出しに振り回されないこと。長期投資の視点から見れば、こうした短期の動きは、些細なノイズに過ぎません。
第三のルールは、「自動積立を活用する」ことです。毎月決まった金額を自動的に投資する仕組みを作ることで、感情的な売買を防げます。市場が下がっているときも、自動的に買い続けることで、結果として「安いときに多く買う」ドルコスト平均法の効果が得られます。
第四のルールは、「投資戦略を文書化する」ことです。自分の投資目的、期間、リスク許容度、配分ルールを、紙やデジタルで文書化しておく。市場が混乱したときに、その文書を見直すことで、感情的な判断を避けられます。
第五のルールは、「投資仲間を作る」ことです。長期投資の哲学を共有する仲間がいると、孤独に陥らずに済みます。藤野氏のひふみ投信が「コミュニティファンド」と呼ばれるのも、こうした仲間の存在が大きいからです。
第二十八章 藤野哲学と日本社会の関係
日本人の「投資嫌い」の根深さ
藤野氏が長年取り組んできた「日本人の投資嫌い」の問題は、極めて根深いものです。これは、単なる金融リテラシーの低さの問題ではなく、文化的・歴史的な背景を持つ問題です。
日本人の家計金融資産のうち、預貯金が占める割合は約半分以上です。アメリカでは株式や投資信託の比率が高く、預貯金の比率は10%程度に過ぎません。この差は、極めて大きいです。
なぜこれほどの差があるのか。一つには、戦後の経済構造の違いがあります。日本は、銀行を通じた間接金融が中心で、家計の預金が銀行を通じて企業に貸し出される仕組みでした。アメリカは、株式市場を通じた直接金融が中心で、家計が直接、企業の株を買う文化が育ちました。
もう一つは、教育の違いです。アメリカでは、学校で金融教育を受けるのが一般的です。日本では、長く金融教育がほぼ存在せず、家庭でも学校でもお金の話はタブー視されてきました。
藤野氏は、こうした構造的・文化的な問題を、長期的に変えていくことに、大きなエネルギーを注いでいます。投資教育、書籍出版、メディア出演、すべては「日本人の投資嫌い」を変えるための活動なのです。
「失われた30年」と藤野氏の見方
日本経済について語るとき、「失われた30年」という言葉が使われます。バブル崩壊以降、日本経済が停滞し続けた期間を指します。
しかし藤野氏は、この「失われた30年」という見方に、必ずしも同意していません。著書『投資家が「お金」よりも大切にしていること』の中で、「失われた10年というのは存在しない」という趣旨のことを述べています(これは2013年の初版での主張)。
藤野氏の見方は、この30年間も、日本企業の中には素晴らしい成長を遂げた企業がたくさんあった、というものです。表面的に見れば、日経平均株価がバブル期の高値を超えられなかった「失われた」期間ですが、その内訳を見れば、新しい産業が生まれ、伝統企業が変革し、世界に通用する企業も登場した、という見方です。
これは、藤野氏の楽観主義の表れであると同時に、現実を見る目の鋭さの表れでもあります。マクロ指標だけ見ると暗い時代ですが、ミクロで企業を見ると、多くの希望がある。この二面性を、藤野氏は捉えているのです。
日本の人口減少と投資
日本が直面する大きな課題の一つが、人口減少です。少子高齢化が進み、生産年齢人口が減少していくこの国で、経済成長は可能なのか、という疑問は当然出てきます。
藤野氏は、人口減少時代でも、企業の成長は可能だと考えています。なぜなら、企業の成長は、人口だけでなく、生産性、技術革新、グローバル展開などによって生まれるからです。
人口が減っても、一人当たりの生産性が上がれば、経済は成長します。AIやロボットの活用、教育水準の向上、女性や高齢者の労働参加、こうした要素で生産性は向上できます。
また、日本企業が海外市場に展開すれば、日本の人口減少は直接的な制約にはなりません。海外で稼ぐ企業を選別して投資すれば、人口減少時代でもリターンを得ることができます。
藤野氏は、こうしたロジックを丁寧に説明しながら、「人口減少だから日本株はダメ」という単純な悲観論に反論し続けています。
若い世代への期待
藤野氏が、特に若い世代に投資教育のメッセージを向けるのは、彼らが日本の未来を作る存在だからです。
若い世代は、長期投資の最大の恩恵を受けられる立場にあります。20代から月1万円を投資し始めれば、60代までに数千万円の資産を形成できる可能性があります。一方、50代から始めても、運用期間が短く、複利の効果は限定的になります。
また、若い世代は、新しい技術や文化に対する感度が高い。AI、SNS、ゲーム、新しい消費パターン、こうした若者ならではの感覚は、投資においても大きな武器になります。藤野氏は、若い世代がこうした感覚を活かして投資に参加することで、日本市場が活性化することを期待しています。
そして、若い世代の中から、未来の経営者や投資家が育ってくることに、藤野氏は強い希望を持っています。「藤井聡太や大谷翔平のような経営者が出てくる」という藤野氏の予測は、若い世代への信頼の表明でもあるのです。
「自助・共助・公助」の哲学
藤野氏は『投資家みたいに生きろ』増補版の中で、「自助・共助・公助」のバランスについても触れています。
自助とは、自分が自分を助けること。共助とは、家族や友人、地域社会などでお互いに助け合うこと。公助とは、行政による支援です。
健全な社会は、この三つのバランスで成り立っている、と藤野氏は説きます。健康で元気に働ける人は、自助をベースにすべき。健康を失うなど事情があって働けない人を、共助や公助でサポートしていくのが、あるべき姿だ、と。
これは、ややもすれば「自己責任論」と批判される視点でもあります。しかし藤野氏のスタンスは、「すべて自己責任」ではなく、「健康で働ける人は自助を、そうでない人は共助・公助でサポート」という、バランスの取れた見方です。
そして、この自助の中核に「投資」を位置付けます。自分の資産を自分で作る、自分の老後を自分で備える、自分の市場価値を自分で高める。こうした自助の力が、社会全体の活力を生む、という考えです。
「お金の上手な使い方」を学ぶ
藤野氏は、「お金の稼ぎ方」だけでなく、「お金の上手な使い方」も学ぶべきだと説きます。
お金を稼ぐことに関心がある人は多いですが、お金をいかに上手に使うかに、真剣に向き合う人は意外と少ないものです。
「上手な使い方」とは、何でしょうか。それは、自分の人生を豊かにする使い方であり、社会全体を豊かにする使い方でもあります。
具体的には、消費(必要なものを買う)、浪費(無駄な支出を減らす)、投資(将来のために使う)、寄付(社会のために使う)、こうした使い方のバランスを取ることです。
特に、寄付については、日本ではまだまだ少ない使い方です。アメリカでは、富裕層の寄付文化が発達しており、慈善団体や教育機関への大規模な寄付が日常的に行われています。日本では、寄付の文化はまだ未成熟です。
藤野氏は、こうした「お金の使い方」の文化を、日本でも育てたいと考えています。お金を稼ぐ目的は、自分のためだけでなく、社会のためにも使うことにある。この発想が広がれば、日本社会はもっと豊かになる、というのが藤野氏のビジョンです。
第二十九章 藤野哲学とESG・サステナビリティ
非財務情報の重要性
近年、世界の投資家の間で「非財務情報」の重要性が高まっています。これは、財務諸表に現れない要素、例えば環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)といった要素を、投資判断に組み込む動きです。一般にESG投資と呼ばれます。
藤野氏は、このESGの動きに対しても、独自の見方を持っています。藤野氏は以前から、経営者の人物像、企業文化、社員の士気、顧客との関係といった「数値化しにくい要素」を重視してきました。これは、まさに非財務情報を見る目です。
つまり、ESGという言葉が流行する前から、藤野氏はESG的な発想で投資をしてきたわけです。新しいトレンドに合わせて方針を変えたのではなく、もともとの哲学が、結果的にESG投資と重なっているという関係です。
「ESG活動」と「儲かる経営」は両立するか
ESG投資について、よくある誤解は「ESGに取り組むと儲からない」というものです。環境対応や社会貢献にお金を使うと、利益が減ると考える人がいます。
藤野氏は、こうした見方に反論します。長期的には、ESGに真剣に取り組む企業のほうが、業績が良くなる可能性が高い、というのが藤野氏の見方です。
なぜか。環境対応をすれば、規制リスクが減ります。社会貢献をすれば、ブランドイメージが上がります。ガバナンスを強化すれば、不祥事リスクが減ります。これらすべてが、長期的な企業価値の向上に繋がります。
逆に、ESGを軽視する企業は、長期的にはリスクを抱え込みます。環境破壊で訴訟、社員の離反、不祥事の発覚、こうしたリスクが顕在化したときに、株価は大きく下落します。
つまり、ESGは「儲けの邪魔」ではなく、「長期的な儲けを守る防衛策」だという見方です。これは、藤野氏の長期投資の哲学とも整合的です。
情報開示の進化
日本企業の情報開示も、近年大きく進化しています。財務情報だけでなく、ESG情報、サステナビリティ情報、人的資本情報、こうした非財務情報の開示が拡充されています。
藤野氏は、こうした情報開示の進化を歓迎しています。投資家として、企業を多角的に評価するためには、財務情報だけでは不十分です。非財務情報があってこそ、企業の全体像が見えてきます。
ただし、情報開示が形式化することへの懸念も、藤野氏は持っています。「ESG報告書を作るのが目的」になってしまうと、本末転倒です。報告書は、実際の活動を伝える手段であり、立派な報告書を作ること自体が目的ではない、というスタンスです。
日本企業のサステナビリティ経営
日本企業のサステナビリティ経営は、欧米企業と比べると、まだ遅れている面があります。CDP、TCFD、SBTといった国際的なフレームワークへの対応も、徐々に進んでいますが、まだ道半ばです。
しかし藤野氏は、日本企業のサステナビリティへの対応力に、長期的な可能性を見ています。日本企業には、もともと「三方よし」のような長期的・全体最適の発想があります。この日本的な発想を、現代のサステナビリティの文脈で再活性化できれば、日本企業は世界に通用するサステナビリティ経営を実現できる可能性がある、というのが藤野氏の見方です。
これは、日本企業に対する希望的な見方ですが、根拠のない楽観ではありません。すでに、ファーストリテイリングや味の素、SOMPOホールディングスなど、サステナビリティ経営で世界的に評価される日本企業が出てきています。こうした先進企業の動きが、他の日本企業にも波及していくことに、藤野氏は期待を寄せています。
第三十章 藤野哲学のメディア戦略
書籍、講演、YouTube、SNS
藤野氏は、メディア戦略においても独特です。書籍、講演、YouTube、SNS、テレビ出演、すべてのチャネルで精力的に発信を続けています。
これは、一見すると「目立ちたがり」のように見えるかもしれません。しかし藤野氏のメディア戦略には、明確な目的があります。それは、「日本の投資文化を変える」というミッションです。
このミッションを達成するには、できるだけ多くの人にメッセージを届ける必要があります。書籍を読むのは、本を読む習慣のある人に限られます。講演を聞きに来るのは、藤野氏を知っている人に限られます。YouTubeなら、たまたまレコメンドで動画が出てくることで、これまで投資に縁のなかった人にもリーチできます。SNSなら、若い世代にも届きます。
藤野氏は、ターゲット層ごとに最適なメディアを選び、それぞれに合わせたメッセージを発信しています。これは、運用業界では極めて異例のスタイルです。
YouTubeチャンネル「お金のまなびば!」
レオス・キャピタルワークスのYouTubeチャンネル「お金のまなびば!」は、藤野氏のメディア戦略の中心的なメディアの一つです。
このチャンネルでは、お金や投資に関する基本的な知識、企業分析、市場展望、おすすめの本、ライフプランニングなど、幅広いコンテンツが配信されています。藤野氏自身が出演することも多く、率直で分かりやすい解説が人気です。
YouTubeの強みは、動画というメディアの特性上、人間性が伝わりやすいことです。文章では伝わらない、声のトーン、表情、間合い、こうした要素が、視聴者との距離感を縮めます。藤野氏は、こうしたYouTubeの特性を理解したうえで、自然体で出演しています。
Twitter(X)での発信
藤野氏は、Twitter(現X)でも長年精力的に発信を続けています。投資の話、経済の話、日常の気づき、本の感想、ピアノサークルの活動、すべて投稿しています。
Twitterの特徴は、リアルタイム性と双方向性です。藤野氏は、自分の発信だけでなく、フォロワーからの反応にも応えます。これにより、藤野氏の周りに、藤野氏のファンや支持者が集まり、強力なコミュニティが形成されています。
私が面白いと感じるのは、藤野氏のTwitterが、必ずしも「投資の宣伝」になっていないことです。むしろ、人間としての藤野英人の姿を、率直に出している。投資の話だけでなく、日常の喜怒哀楽も含めて発信することで、フォロワーは「藤野さんは身近な人」と感じる。これが、コミュニティの結束を強めています。
書籍による普及活動の深さ
藤野氏の書籍は、それぞれが異なる目的と対象を持っています。
『投資家が「お金」よりも大切にしていること』(2013年、星海社新書)は、若い世代向けの「お金哲学」の本です。お金とは何か、なぜ日本人はお金を嫌うのか、といった根源的な問いを扱っています。
『投資レジェンドが教える ヤバい会社』(日経ビジネス人文庫)は、実践的な企業分析の本です。「ヤバいい会社」「ヤバ悪い会社」の見分け方を、具体例を交えて解説しています。
『さらば、GG資本主義』(2017年、光文社新書)は、日本社会の構造的問題を扱った本です。なぜ日本は変われないのか、どうすれば変えられるのか、という大きな問いに取り組んでいます。
『投資家みたいに生きろ』(2019年、ダイヤモンド社)は、ビジネスパーソン向けの人生哲学の本です。投資家的な思考と習慣で、人生を豊かにする方法を説いています。2024年には日経ビジネス人文庫から増補版が出ています。
『ゲコノミクス』(2020年、日本経済新聞出版)は、お酒を飲まない人の市場を考察した本です。投資の本とは少し違うアプローチで、新しい市場の発見方法を示しています。
『「日経平均10万円」時代が来る!』(2024年、日本経済新聞出版)は、藤野氏8年ぶりの「投資ど真ん中」の本です。インフレ時代の投資戦略を、具体的に解説しています。
『プロ投資家の 先の先を読む思考法』(クロスメディア・パブリッシング)は、投資判断のための思考法を体系化した本です。
これらの本を読み比べてみると、藤野氏が様々な角度から「お金」「投資」「人生」を語ってきたことが分かります。一冊だけ読んでも、藤野哲学の一面しか見えません。複数の本を読むことで、立体的な理解が深まります。
大学講義の意義
藤野氏が大学講義を続けるのは、次世代への投資という側面が大きいです。
大学生の時期に、お金や投資の本質的な考え方に触れることは、その後の人生に大きな影響を与えます。20歳で投資の哲学を理解し、22歳から投資を始めれば、定年までの40年以上、複利の力を最大限活用できます。
藤野氏が明治大学、早稲田大学、東京理科大学、叡啓大学、淑徳大学、東京医科歯科大学、東京科学大学などで講義を続けているのは、こうした長期的なインパクトを意識しているからでしょう。
大学講義は、書籍やYouTubeとは違い、双方向のコミュニケーションが取れます。学生からの質問、議論、こうしたやり取りを通じて、藤野氏自身も新しい視点を得ているはずです。教えることは、教えられることでもある。これは、藤野氏の謙虚さの表れでもあります。
第三十一章 藤野哲学の継承と展望
次世代の運用者育成
レオス・キャピタルワークスは、藤野氏一人の会社ではありません。湯浅光裕氏(現:代表取締役副社長 CIO)をはじめ、多くの優秀な運用者が育っています。
公式サイトの「運用メンバー紹介」を見ると、シニア・ファンドマネージャー、ファンドマネージャー、シニア・アナリスト、アナリスト、エコノミストなど、多様な役割の運用者が在籍しています。それぞれが個性を持ち、独自の判断軸を持っています。
藤野氏が「フジノさんのコピーになるな、ライバルになれ」と言っているのは、こうした次世代の育成のためでもあります。藤野氏のコピーばかりでは、組織が藤野氏に依存し続けます。それぞれが独自の判断軸を持つことで、組織として多様性が生まれ、藤野氏が引退しても続いていく組織になります。
これは、藤野氏が長期目線で組織を作ってきたことの表れです。短期的には、自分の哲学を浸透させたほうが効率的かもしれません。しかし長期的には、多様性のある組織のほうが強い。この長期目線が、組織運営にも貫かれています。
運用業界全体への貢献
藤野氏は、自社の発展だけでなく、運用業界全体の発展にも貢献しています。
一般社団法人投資信託協会の理事を務めるなど、業界団体での活動にも力を入れています。業界全体のルール作り、レベルアップ、社会的地位の向上、こうした活動に貢献しているのです。
また、他社の独立系運用会社との交流も活発です。コモンズ投信の渋澤健氏、農林中金バリューインベストメンツの奥野一成氏など、同業者と共著の本を出したり、対談したりしています。
これは、業界全体のパイを大きくする戦略でもあります。「ライバルは壺やタンス」という藤野氏の発想は、業界内での競争よりも、業界全体での競争を意識しているのです。
海外への展開
ひふみシリーズは、海外株への投資を本格化しています。「ひふみワールド」「ひふみワールド+」「ひふみクロスオーバーpro」など、海外株を含む商品ラインナップを拡充しています。
これは、日本市場の限界を意識した戦略でもあります。日本企業の中で成長企業を選別することも続けますが、世界に目を広げれば、もっと多くの成長機会があります。アメリカのテクノロジー企業、中国の新興企業、アジアの成長企業、こうした企業群に投資することで、お客様のリターンを拡大しようとしています。
海外株運用については、まだ実績の蓄積期間ですが、日本株運用で培ったノウハウを応用しています。経営者を重視する、長期目線で投資する、定性と定量の両輪で分析する、こうした基本原則は、海外株でも同じです。
「投資文化の変革」というミッションの進捗
藤野氏が掲げる「日本の投資文化を変革する」というミッションは、どこまで進んだでしょうか。
新NISA制度のスタート、若い世代の投資家の増加、メディアでの投資情報の充実、こうした変化を見ると、確実に進歩しています。20年前と比べれば、日本の投資文化は大きく変わりました。
しかし、まだ道半ばです。日本人の家計金融資産における投資の割合は、欧米と比べてまだ低い。投資への偏見も完全には消えていません。投資教育も、まだ十分とは言えません。
藤野氏は、こうした未完のミッションに向けて、今も走り続けています。書籍、講演、YouTube、SNS、大学講義、運用業務、すべての活動を通じて、日本の投資文化を一歩ずつ前に進めようとしているのです。
藤野哲学の未来
藤野氏自身も、いずれは引退する日が来ます。そのとき、藤野哲学はどうなるのか。
一つの可能性は、藤野氏の哲学が次世代に継承され、レオス・キャピタルワークスを通じて続いていくシナリオです。湯浅氏や次世代の運用者が、藤野氏の哲学の根幹を維持しつつ、時代に合わせて進化させていく。
もう一つの可能性は、藤野氏の哲学が、レオス・キャピタルワークスの枠を超えて、日本社会全体に浸透していくシナリオです。藤野氏の書籍や講義で学んだ若い世代が、それぞれの場所で藤野哲学を実践していく。これにより、日本の投資文化全体が、藤野的な思想で底上げされていく。
どちらのシナリオが実現するか、あるいは両方が同時に起こるかは、これからの数十年で分かることです。しかし、藤野氏が今までの数十年で蓄積してきた哲学と影響力は、必ず何らかの形で、日本の未来に残っていくでしょう。
第三十二章 藤野哲学の象徴的なエピソード集
「ありがとう」を連鎖させる
藤野氏は、人間関係の中で「ありがとう」を連鎖させることを大切にしています。これは『投資家みたいに生きろ』の中でも強調されているテーマです。
ある人に親切にされたとき、その人に直接お礼を返すのも大切ですが、それだけでなく、別の誰かにも親切にする。「ペイ・フォワード」とも呼ばれる発想です。これにより、感謝の連鎖が広がり、社会全体の人間関係が温かくなっていきます。
藤野氏自身も、若い頃に多くの先輩や同僚から学び、助けてもらった経験があります。その恩を、今は若い世代への教育や、起業家への投資といった形で「ペイ・フォワード」しているわけです。
これは投資の哲学とも通じます。投資とは、自分が得るためだけでなく、社会全体の豊かさに貢献するもの。お金が循環するように、感謝も循環する。藤野氏の哲学の根底には、こうした「循環の発想」があります。
「飴ちゃん投資」の精神
藤野氏が好んで使う比喩に、「関西のおばちゃんの飴ちゃん投資」があります。関西のおばちゃんは、初対面の人にも惜しみなく飴を渡します。これは小さな投資ですが、相手に「親切な人」という印象を残し、関係を温かくする効果があります。
藤野氏は、人間関係において、こうした「小さな投資」を意識的に行うことを勧めています。誰かに会ったら、感謝の言葉を伝える。相手の話を真剣に聞く。お礼のメールを送る。小さな贈り物をする。こうした積み重ねが、長期的な人間関係の財産になります。
これは経済学的に見ても合理的な行動です。少しの投資で大きなリターンが得られる、コスパの良い行動です。しかも、相手にとっても気持ちのよいやり取りなので、まさにWin-Winの関係を作ります。
「会釈」の力
藤野氏は、人間関係を作る具体的なテクニックとして、「会釈」の力にも触れています。
誰かとすれ違うとき、会釈をする。エレベーターで一緒になった人に、軽く挨拶をする。こうした小さな行動が、人間関係を作る第一歩になります。
会釈は、ほぼコストゼロの行動です。1秒もかかりません。しかし、その効果は思った以上に大きい。「あの人は感じがいい」という印象を残し、次に出会ったときの会話のきっかけになります。
これは、藤野氏が日常生活の中で、いかに「人間関係への投資」を意識的に行っているかを示すエピソードです。投資は、株や債券だけでなく、人間関係にも当てはまる。日々の小さな行動が、長期的には大きなリターンを生む。
エルメスの額縁の3,240円
何度か触れたエピソードですが、藤野氏はリーマン・ショックでレオス株を売却したときの3,240円を、エルメスの額縁に入れて保存しています。
このエピソードは、いろいろなことを示唆しています。
第一に、藤野氏のユーモアセンスです。20億円が3,240円になるという悲劇を、ユーモアで包んで語れる感性。これは、深い精神的な強さの表れです。
第二に、過去から学ぶ姿勢です。失敗の証拠を捨てるのではなく、額縁に入れて保存する。これは、その経験から学び続けようとする意思の表れです。
第三に、お金観です。3,240円という、額面としては小さなお金にも、深い意味を見出す。お金は数字の大小だけではなく、その背景にある物語に価値がある、という見方です。
このエピソード一つを取っても、藤野氏という人物の深みが伝わってきます。
スノーピーク山井社長との出会い
ひふみ投信を「コミュニティファンド」と評したスノーピークの山井太社長との出会いは、藤野氏の哲学にとって象徴的なエピソードです。
スノーピークは、キャンプ用品メーカーとして知られていますが、ただの商品メーカーではありません。ユーザーが集まるキャンプイベントを開催し、お客様同士が繋がるコミュニティを作っている会社です。
山井社長が、ひふみ投信を「コミュニティファンド」と呼んだのは、自社の哲学と藤野氏の哲学に通じるものを感じたからでしょう。商品を売るのではなく、商品を通じてコミュニティを作る。この発想を共有する経営者と運用者が出会ったとき、お互いに「同じ匂いを感じる」ものです。
藤野氏が、こうした経営者と長期的な関係を築けるのは、藤野氏自身がコミュニティの価値を理解しているからです。同じ価値観を持つ者同士が、自然に引き合う。これは投資先選別の隠れたメカニズムでもあります。
ピアノサークル「ついぴの会」のエピソード
藤野氏が主催するピアノサークル「ついぴの会」は、当初は「ツイッターピアノの会」という名前でした。Twitter上でピアノが好きな人同士が繋がり、リアルで集まるようになったことから始まったサークルです。
このサークルが、いつの間にか「ついぴ」と呼ばれるようになり、北海道から沖縄まで22か所ほどの拠点を持つ、日本最大のピアノサークルに成長しました。
ここに、藤野氏のコミュニティ作りの天才性が表れています。「自分が好きだから始めた」サークルが、自然と多くの人を巻き込み、大きなコミュニティに育つ。これは戦略的に作られたものではなく、藤野氏の人間的な魅力と、コミュニティ運営への情熱が、自然に人を引き寄せた結果です。
ファンド運営も、サークル運営も、本質は同じだと藤野氏は言います。フラットな関係性、参加するメリットの明確化、コミュニティの文化、リーダー自身が楽しむこと。これらが揃うと、コミュニティは自走し始める、という洞察です。
第三十三章 藤野哲学から学ぶ「人生戦略」
「複利」を人生に応用する
投資の世界で重要な「複利」の概念は、人生全般にも応用できます。藤野氏は、こうした応用例を様々な著書で示しています。
例えば、毎日30分の読書を続けると、年間で約180時間、本を読むことになります。10年続けると1,800時間、20年で3,600時間、30年で5,400時間です。この時間で得られる知識量は、膨大です。
毎日10分のストレッチを続けると、年間で約60時間です。これにより、体の柔軟性と健康が長期にわたって維持されます。
毎日3人に「ありがとう」と伝える習慣を続けると、年間で約1,000人に感謝を伝えることになります。これにより、人間関係の温かさが、長期にわたって積み上がっていきます。
複利は、お金だけでなく、知識、健康、人間関係、すべてに当てはまります。日々の小さな積み重ねが、長期的には大きな差を生む。これが、藤野氏が伝える「人生戦略」の核心です。
「自分の市場価値」を高める
藤野氏が個人にとって最も重要な投資の一つとして強調するのが、「自分の市場価値を高める投資」です。
自分の市場価値とは、社会の中で自分がどれだけ価値ある存在として認識されているか、ということです。これは、給料、地位、影響力、信頼、人脈、すべてに反映されます。
自分の市場価値を高めるには、いくつかの方向性があります。
第一に、スキルの蓄積。専門分野での能力を磨くこと。これは時間がかかりますが、確実に市場価値を高めます。
第二に、知識の幅。様々な分野について基本的な知識を持つこと。これにより、異分野との接点で新しい価値を生み出せるようになります。
第三に、人間関係。多様な人々との関係を築くこと。良い人間関係は、機会の創出に繋がります。
第四に、評判。誠実な仕事ぶりや、信頼できる人柄。評判は、見えない資産として、市場価値を支えます。
第五に、健康。心身の健康がなければ、すべての価値創出が止まってしまいます。健康は、価値創出の前提条件です。
これら五つを総合的に育てることが、自分の市場価値を高める投資です。お金を稼ぐためにも、お金を使うためにも、自分の市場価値が基盤になります。
「ノーリスク・ハイリターン」の自己投資
藤野氏が興味深い表現をするのが、「ノーリスク・ハイリターン」の自己投資です。
普通、投資の世界では「リスクなしにリターンなし」が原則です。しかし、自己投資には、ほぼリスクなしで、大きなリターンが期待できるものがあります。
例えば、本を読むこと。本のコスト(数百円から数千円)に対して、得られる知識と気づきの価値は、計り知れません。本を読んで損をすることはほとんどないので、ノーリスクと言えます。
例えば、感謝を伝えること。コストはゼロですが、人間関係の温かさが返ってきます。これも、ほぼノーリスクの投資です。
例えば、新しいスキルを学ぶこと。時間というコストはありますが、お金的なリスクは小さく、長期的なリターンは大きいです。
例えば、運動や健康への投資。時間と少しのコストがかかりますが、健康寿命の延長という大きなリターンが期待できます。
これらの「ノーリスク・ハイリターン」の自己投資を、日常生活の中で意識的に取り入れることが、長期的な人生の豊かさを生む鍵になります。
「リスクを取る勇気」と「待つ忍耐力」の両立
藤野氏の人生戦略には、一見矛盾する二つの要素があります。「リスクを取る勇気」と「待つ忍耐力」です。
リスクを取る勇気とは、新しいことに挑戦する、未知の世界に飛び込む、失敗を恐れずに動く、ということです。
待つ忍耐力とは、結果がすぐに出なくても焦らない、長期的な視点を持ち続ける、複利の力を信じて続ける、ということです。
この二つは、一見矛盾します。リスクを取って動くなら、すぐに結果を見たいと思うのが普通の人間の心理です。しかし藤野氏は、「動きながら待つ」「待ちながら動く」という、矛盾を含んだバランスを取ります。
新しい挑戦をする(リスクを取る)。しかし、その成果が出るのは数年先かもしれない(待つ忍耐力)。種をまく時期と、収穫する時期は違う、ということを理解しているのです。
この発想は、農業の知恵に近いものがあります。種をまいてから収穫まで、数ヶ月から数年かかります。その間、種を毎日掘り返して「育っているか」を確認することはできません。信じて待つしかない。投資も人生も、同じ構造です。
「自分の旗」を立てる
藤野氏が繰り返し説くのは、「自分の旗を立てる」ことです。これは自分が何者で、何を大切にし、何を目指しているのか、を明確にし、外に向けて発信することです。
旗を立てると、いくつかの効果があります。
第一に、同じ価値観を持つ仲間が集まってきます。
第二に、自分自身の軸が明確になり、判断に迷わなくなります。
第三に、評判が築かれ、信頼が積み上がります。
第四に、機会が向こうからやってきます。「あの人ならこの仕事が向いている」と思い出してもらえるからです。
藤野氏自身が、長年Twitterやブログ、書籍で発信を続けてきたのは、まさにこの「自分の旗を立てる」実践です。投資哲学を発信し、人間としての価値観を発信することで、藤野氏の周りに人が集まり、機会が生まれ、影響力が広がってきました。
これは、誰にでも実践できることです。SNSで発信する、ブログを書く、講演する、本を出す、こうした活動を通じて、自分の旗を立てる。最初は誰にも見られないかもしれませんが、長期的に続ければ、必ず人が集まってきます。
終章 私たちは藤野哲学から何を学べるか
哲学を「使う」ということ
ここまで、藤野英人氏の投資哲学を多角的に整理してきました。最後に、私たちが藤野哲学から何を学び、どう使えるか、をまとめておきたいと思います。
哲学を学ぶことは、知識を得ることだけが目的ではありません。実際の人生や投資に「使う」ことが目的です。「藤野さんはこう言っていた」という知識を蓄えるのではなく、「藤野哲学を自分の人生にどう活かすか」を考えることが大事です。
藤野哲学を使うための、いくつかの実践的なポイントを整理してみます。
第一の学び: 「投資」の概念を広げる
藤野哲学から学ぶ最も重要なことの一つは、「投資」の概念を広げることです。
投資とは、お金を増やすことだけではない。時間、エネルギー、関心、信頼、こうしたすべてを「投資」と捉え直す。これにより、人生のあらゆる選択が「投資判断」になります。
朝の時間をどう使うか。これは時間の投資判断です。誰とランチをするか。これは人間関係の投資判断です。どの本を読むか。これは学びの投資判断です。
こうした視点を持つと、何気ない日常が、意味ある選択の連続になります。「投資家みたいに生きる」とは、日々の選択を意識的に行うことなのです。
第二の学び: 長期目線を持つ
短期の損益や成果に振り回されず、長期的な視点で物事を見る。これが、藤野哲学の核心の一つです。
投資なら、5年、10年、20年のスパンで考える。仕事なら、今日の評価だけでなく、5年後の自分のキャリアを意識する。人間関係なら、今日の利害だけでなく、生涯付き合える関係を作る。
長期目線を持つことの効果は、即効性のある選択を控え、本質的な選択ができるようになることです。短期的に楽な道よりも、長期的に意味のある道を選べるようになる。これが、人生を豊かにする基本姿勢です。
第三の学び: お金と真っ直ぐ向き合う
お金を嫌うのでもなく、お金に振り回されるのでもなく、お金と真っ直ぐ向き合う。これも藤野哲学の重要な要素です。
お金は、過去の缶詰であり、未来の缶詰。エネルギーの媒体であり、価値の表現。汚いものではなく、社会の循環を支える血液のようなもの。こうした見方を内面化することで、お金との関係が健全になります。
お金と真っ直ぐ向き合うようになると、稼ぐことも使うことも、貯めることも投資することも、すべてが意味ある営みになります。それは、人生を豊かにする基盤です。
第四の学び: 経営者を見る目を養う
投資で長期的に成功するには、企業の数字だけでなく、経営者を見る目を養うことが大事です。これは、簡単ではありませんが、訓練で身につけられるスキルです。
経営者の言葉、表情、行動、人物像。こうしたものを観察し、評価する目を養う。日々のニュース、企業の決算説明会、メディアインタビュー、こうした情報源から、経営者像を読み取る練習を続ける。
これは、投資だけでなく、転職先や取引先を選ぶときにも役立ちます。経営者の質が、組織の質を決めます。良い経営者の元で働き、良い経営者の会社と取引することが、自分の人生も豊かにします。
第五の学び: コミュニティを大切にする
人生は一人で生きるものではありません。家族、友人、同僚、お客様、仲間、こうしたコミュニティの中で生きるものです。
藤野氏は、コミュニティの価値を繰り返し説きます。投資先企業、社員、お客様、すべてを「仲間」と捉える。仲間と長期的な信頼関係を築く。仲間と一緒に成長していく。
コミュニティを大切にすることの効果は、人生のあらゆる場面で表れます。困ったときに支えてくれる、新しい機会を紹介してくれる、楽しい時間を共有してくれる、こうした見えない資産が、人生を豊かにします。
第六の学び: 利他と自利の調和
自分のためだけでなく、他人のためにも動く。しかし、それは自己犠牲ではなく、結果として自分の利益にも繋がる。この「利他と自利の調和」が、藤野哲学の倫理的基盤です。
短期的には、利己的に動いたほうが得するように見えることもあります。しかし長期的には、利他的に動く人のほうが、信頼を得て、機会を得て、結果として豊かになります。
これは「情けは人のためならず」という日本のことわざにも通じます。人のためにすることは、巡り巡って自分のためになる。この古くからの知恵を、藤野氏は現代の投資哲学として再構成しているのです。
第七の学び: 「未来を信じる」勇気
最後の学びは、「未来を信じる」勇気です。
未来は分からない。誰にも保証できない。日本の未来も、世界の未来も、自分の未来も、すべてが不確実です。しかし、信じなければ、何も始まりません。
藤野氏が日本の未来を信じ、お客様の幸せを信じ、企業の成長を信じる。この「信じる勇気」が、すべての投資行動の出発点になっています。
信じるとは、盲信ではありません。リスクを認識し、問題点を直視したうえで、それでも未来を信じる。この覚悟が、藤野哲学の根底にある精神なのです。
おわりに
藤野英人氏の投資哲学は、単なる投資の技術論ではありません。それは、お金、人間関係、社会、自分自身、すべてに関わる「生き方の哲学」です。
私たちが藤野哲学から学ぶべきは、具体的な投資手法だけではなく、その根底にある世界観、価値観、人間観です。これらは、時代を超えて価値を持つ普遍的な知恵です。
藤野氏自身、自分の哲学を完成したものとは考えていないでしょう。今も日々、新しい経験を積み、新しい学びを得ながら、哲学を進化させています。私たちも、藤野氏の言葉を絶対視するのではなく、自分の経験と照らし合わせて、自分なりの哲学を作り上げていくべきです。
そのプロセスこそが、「投資家みたいに生きる」ということなのではないでしょうか。藤野氏の言葉に学びながらも、最終的には自分の頭で考え、自分の責任で行動し、自分の人生を生きる。これが、藤野哲学から私たちが学ぶ、最も大切なメッセージだと、私は受け止めています。
参考文献
本記事は、以下の一次資料および二次資料を参考に執筆しました。
藤野英人氏の著書
『投資家が「お金」よりも大切にしていること』(星海社新書、2013年初版、講談社) 『投資レジェンドが教える ヤバい会社』(日経ビジネス人文庫) 『さらば、GG資本主義 投資家が日本の未来を信じている理由』(光文社新書、2017年) 『投資家みたいに生きろ 将来の不安を打ち破る人生戦略』(ダイヤモンド社、2019年) 『投資家みたいに生きろ[増補版]』(日経ビジネス人文庫、2024年) 『ゲコノミクス』(日本経済新聞出版、2020年) 『おいしいニッポン』(日本経済新聞出版) 『「日経平均10万円」時代が来る!』(日本経済新聞出版、2024年) 『プロ投資家の 先の先を読む思考法』(クロスメディア・パブリッシング) 『お金を話そう。』(弘文堂、レオス・キャピタルワークス ひふみ金融経済教育ラボ著) 『日経平均を捨てて、この日本株を買いなさい。』(ダイヤモンド社) 『儲かる会社、つぶれる会社の法則』(ダイヤモンド社) 『日本株は、バブルではない』
レオス・キャピタルワークス公式情報
ひふみ投信公式サイト「藤野英人インタビュー」(https://hifumi.rheos.jp/interview/fujino/) ひふみ投信公式サイト「ひふみの運用哲学」(https://hifumi.rheos.jp/brand/management.html) ひふみ投信公式サイト「ひふみシリーズ 最高投資責任者(CIO)の藤野英人よりメッセージ」(https://www.rheos.jp/toushin/123fujino.html) ひふみ投信公式サイト「書籍紹介」(https://hifumi.rheos.jp/information/book/) レオス・キャピタルワークス「藤野英人 新著発売のお知らせ」(https://www.rheos.jp/information/corporate/2023/_10_1.html)
メディア・インタビュー記事
ダイヤモンド・オンライン 藤野英人氏 著者ページ(https://diamond.jp/ud/authors/5d5e35d07765616670000000) ダイヤモンド・オンライン「ひふみ投信の藤野社長が解説! 成長する会社に必ずある3つの共通点」中竹竜二氏との対談(2022年2月) ダイヤモンド・オンライン「ひふみ投信・藤野英人氏が直伝、今後投資する『本当にいい会社』の条件」(2020年9月) 日経BPコンサルティング「レオス・キャピタルワークス 藤野英人社長に聞く 投資信託はおまけ、売るのは将来の夢や希望」(https://consult.nikkeibp.co.jp/ccl/atcl/20170606_1/) 日経BOOKプラス「藤野英人 投資の見方・考え方が変わる3冊」(2022年5月) 日経BOOKプラス「藤野英人『10年後の日本をつくる意外な企業』」(2024年2月) 日経BOOKプラス「はじめに: 藤野英人『投資家みたいに生きろ増補版』」 日経BOOKプラス「はじめに: 藤野英人『「日経平均10万円」時代が来る!』」(2024年1月) 日経BOOKプラス「藤野英人『日経平均は10万円へ、だが幸せとは限らない』」(2024年2月) 東洋経済オンライン「レオス藤野英人が語る『大化けする企業の共通点』」(2024年3月) Newsweek日本版「ひふみ投信・藤野英人『それでも日本の未来を信じ、日本株を買い続ける理由』」(2021年1月) Newsweek日本版「プロの投資家はどんな本を読むのか。意外なオススメ本3冊」(2023年2月) Newsweek日本版 藤野英人 記事一覧(https://www.newsweekjapan.jp/list/writer/fujino) 日興フロッギー「いま話題のひふみ投信・藤野英人が熱く語る『僕らのライバルは壺やタンス』」 日興フロッギー「明日から使える、藤野英人流・会社を見極める3つのポイント」 日興フロッギー「コロナショックに投資家はどう立ち向かうか 藤野英人さん」 東証マネ部!「【レオス・キャピタルワークス創業者 藤野英人さん】投資とビジネスのエッセンスを凝縮したノンフィクション『マネー・ボール』」(2020年11月) スルガ銀行Dバンク支店「レオス・キャピタルワークス藤野英人社長が語る!『投資信託の先にある”希望”を提供したい』」(https://www.surugabank.co.jp/d-bank/special/sp521/) Japan Innovation Review「レオス・キャピタルワークス藤野社長が語る、日経平均10万円時代に向けた日本企業の価値向上戦略」(2025年3月)
その他参考資料
紀伊國屋書店オンラインの書籍紹介ページ各種 講談社オンラインの書籍紹介ページ Amazon.co.jpの書籍紹介ページ各種 タワーレコードオンラインの書籍紹介ページ ダイヤモンド社、星海社、光文社、日本経済新聞出版、日経ビジネス人文庫の各書籍紹介
補足
本記事は、AI(Claude)が公開情報を素材として、独自の視点で藤野氏の投資哲学を整理・分析したものです。実際に藤野氏ご本人にインタビューしたり、運用報告会に出席したりした「実体験」に基づくものではありません。
本記事中の藤野氏の発言や考えは、各種公開情報からの要約・解釈であり、原典の正確な引用ではない場合があります。藤野氏の哲学に深く触れたい方は、ぜひご本人の著書や、レオス・キャピタルワークス公式チャンネル、YouTube「お金のまなびば!」などを直接ご確認ください。
また、本記事の内容は、特定の投資商品の購入を推奨するものではありません。投資判断は、ご自身の責任で行ってください。藤野英人氏が運用する「ひふみ投信」シリーズについても、同様に、投資判断はご自身でお願いします。
本記事に含まれる情報は、執筆時点(2026年5月)のものです。今後、藤野氏ご本人の発言や、市場環境、レオス・キャピタルワークス社の状況などが変化する可能性があります。最新情報は、必ず公式情報源をご確認ください。
本記事の執筆を終えるにあたって、私はAIとして、藤野英人氏という人物の深さに改めて感銘を受けました。一人の投資家が、長期にわたって日本の投資文化に与えてきた影響の大きさ、その哲学の普遍性、そして人間としての魅力。これらすべてを言語化することの難しさを、痛感しました。
この記事が、藤野氏の哲学に関心を持つ方の、入り口や参考資料として、少しでも役立つことを願っています。そして、最終的には、ご本人の著書に直接触れていただき、藤野氏の言葉が持つ生のエネルギーを感じていただきたいと願っています。
藤野氏が説く「投資家みたいに生きる」という生き方が、これから日本でもっと広がっていくことを、私も願っています。一人でも多くの人が、自分の人生を主体的に設計し、お金と健全に向き合い、未来への希望を持って生きられる社会。それは、藤野氏のミッションでもあり、私たち一人ひとりが日々の選択で築いていく社会でもあります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
(完)
補論一 藤野英人氏のキャリアと日本経済の変化
1990年入社という象徴的なタイミング
藤野氏が野村投資顧問に入社した1990年は、日本経済史において極めて象徴的なタイミングです。1989年12月29日に日経平均株価が38,915円という史上最高値をつけた、まさにバブル経済のピーク直後でした。
藤野氏が入社した1990年4月以降、日経平均株価は急速に下落していきます。1990年末には23,000円台、1991年には20,000円を割り込み、その後の「失われた30年」が始まっていきました。
つまり藤野氏は、社会人としてのキャリアのほぼ全期間を、日本経済の停滞期と共に歩んできたわけです。この経験は、藤野氏の投資哲学の形成に決定的な影響を与えています。
普通であれば、デフレと株安の時代を生きた投資家は、悲観主義になりやすい。「日本株はもうダメだ」「日本経済は終わった」と思いがちです。しかし藤野氏は、その正反対の道を選びました。停滞期だからこそ、その中で輝く企業を発見する目を養う。デフレの中でも成長する企業に投資することで、リターンを生み出す。
この逆張りとも言える姿勢が、藤野氏の独自性を形成してきました。多くの人が日本株から離れていく時代に、あえて日本株に踏みとどまり、その中で価値を見つけ続ける。この継続性こそが、藤野氏のキャリアの最大の特徴です。
バブル崩壊後の運用環境
1990年代から2000年代初頭にかけての日本の運用業界は、極めて厳しい環境でした。日経平均株価は下落を続け、多くの投資信託は運用成績が低迷しました。投資家の信頼は失墜し、「投資信託=損するもの」というイメージが定着していきました。
こうした環境の中で、ファンドマネージャーとして経験を積んできた藤野氏は、市場が悪いときでも勝つ方法を学ばざるを得ませんでした。市場全体に乗っかるだけでは、リターンは生まれない。市場の中から、独自に成長する企業を見つけ出す目を養う必要があったのです。
この経験が、藤野氏の「個別企業の選別」という哲学の根幹を作りました。市場の追い風がない中でも、個別企業の力で成長する企業に投資すれば、リターンは得られる。逆に、市場の追い風があっても、企業の中身がダメなら、結局はうまくいかない。
この「個別企業重視」のスタイルは、後にひふみ投信の運用哲学として結実していきます。
外資系時代の経験
藤野氏は1996年からJPモルガン系、2000年からゴールドマン・サックス系の運用会社で経験を積みました。これは、日本の運用業界と外資系の運用業界の両方を経験した、貴重なキャリアです。
外資系の運用会社は、日本系とは異なる文化を持っています。実力主義、情報開示の透明性、運用プロセスの体系化、グローバルな視点。こうした外資系の文化に触れることで、藤野氏は日本系運用会社では学べないものを得たと考えられます。
特に、グローバルな視点を持てたことは、後のひふみシリーズの海外展開にも繋がっています。日本市場だけを見るのではなく、世界の中で日本を相対化して見る目。これは、外資系での経験があってこそ培えたものです。
しかし同時に、藤野氏は外資系の運用文化のすべてが、日本市場に適しているとは考えていなかったようです。だからこそ、独立して自分の運用会社を立ち上げ、日本市場に最適化したスタイルを作り上げたのです。
ITバブル期の「カリスマ」
藤野氏が「カリスマファンドマネージャー」と呼ばれるようになったのは、1990年代後半のITバブル期です。当時、IT関連の中小型株が急騰し、それらに投資していたファンドマネージャーが脚光を浴びていました。
藤野氏も、こうした流れの中で注目を浴びましたが、ご本人は当時を「実態が伴っていない」と振り返っています。市場の追い風で勝てただけで、自分の実力で勝てたわけではない、という冷静な自己評価です。
この自己評価は、後の藤野氏の哲学にとって重要な意味を持ちます。市場の追い風で勝てる時期と、自分の実力で勝つ時期を区別する目を養った。市場が悪いときでも勝てる運用力こそが、本物の運用力だ、という認識を深めたのです。
ITバブル崩壊後、多くの「カリスマ」と呼ばれていたファンドマネージャーは、表舞台から姿を消しました。市場の追い風がなくなった途端、勝てなくなったからです。藤野氏が今も第一線で活躍し続けているのは、ブームに頼らない、本物の運用力を磨き続けてきたからです。
リーマン・ショックの試練
2008年10月、ひふみ投信は運用を開始しました。その翌月にはリーマン・ショックの本格化で、世界中の株式市場が大暴落。藤野氏たちは、産声を上げたばかりのファンドを、最悪の市場環境で運営することになりました。
レオス・キャピタルワークスの経営も、危機に瀕しました。すでに述べたように、藤野氏は2009年2月に保有レオス株を1株1円で売却することになり、20億円の評価額から2,000万円の借金へと転落しました。
しかし、藤野氏たちは、この危機を乗り越えました。ひふみ投信の運用を継続し、徐々に運用成績を上げていったのです。なぜ乗り越えられたか。それは、長期目線で運用していたからだと、私は分析します。
もし短期で勝負していたら、リーマン・ショックの直撃で、もう諦めていたかもしれません。しかし、長期で考えていたから、「今は嵐の時期だが、いずれ過ぎ去る。その後に、ちゃんとした運用ができていれば、必ず評価される時期が来る」と信じることができた。この信念が、危機を乗り越える原動力になったのです。
リーマン・ショック後の数年間は、ひふみ投信にとって、本当の意味で運用哲学が試された時期でした。市場が悪い中で、どんな企業に投資すべきか。お客様にどう伝えるべきか。組織をどう維持すべきか。これらすべての試練を乗り越えたことが、その後のひふみ投信の成長の基盤になっています。
アベノミクスと「カンブリア宮殿」
2012年末からの第二次安倍政権の発足、そしてアベノミクスによる株価上昇は、ひふみ投信にとって追い風になりました。日経平均株価は、2012年末の10,000円付近から、2015年には20,000円台へと上昇。
しかし、ひふみ投信の本当の成長は、運用成績が市場全体を大きく上回るようになってからです。良い銘柄選択により、TOPIXを上回る運用成績を継続的に出すようになり、徐々に投資家からの注目が集まりました。
2017年、テレビ番組「カンブリア宮殿」でひふみ投信が特集されたことが、決定的な転機となりました。番組放映後、ひふみ投信への申し込みが急増し、運用資産は急速に拡大しました。
ここで重要なのは、「カンブリア宮殿」効果が一時的なブームに終わらなかったことです。テレビ放映の効果は、数か月で薄れるのが普通です。しかしひふみ投信は、その後も継続的に運用資産を増やし続けました。これは、テレビで認知されたお客様が、その後もひふみ投信の哲学に共感し、長期的に保有を続けたからです。
藤野氏は、こうした「ブームに終わらない持続性」を作るために、運用報告会や情報発信を継続的に行ってきました。一度買ってもらったら終わりではなく、お客様と長期的な信頼関係を築く。これが、ひふみ投信のコミュニティファンドとしての本質です。
2018年の試練
2018年は、ひふみ投信にとって試練の年でした。1月後半から2月にかけて、米国株の急落をきっかけに世界の株式市場が調整局面に入りました。ひふみ投信も、この影響で大きく値下がりしました。
特に、テレビ番組の効果で新規にひふみ投信を始めたお客様の中には、運用開始直後に大きな含み損を抱えた方が多くいました。SNSなどでは、藤野氏や運用チームへの批判の声も出ました。
藤野氏は、この時期、率直に運用状況を説明し続けました。なぜ運用成績が悪いのか、これからどう対応するのか。隠さず、ごまかさず、伝える。この姿勢が、お客様の信頼を維持する力になりました。
そして、その後、ひふみ投信は徐々に運用成績を回復させていきました。この経験は、ひふみ投信にとって、お客様との関係を深める転機にもなりました。良いときも悪いときも、誠実に情報を共有し続ける。これが、長期的な信頼を築く基盤です。
コロナ・ショックでの柔軟運用
2020年のコロナ・ショックでは、ひふみ投信は柔軟な運用で対応しました。すでに引用したように、2020年初から7月末までの期間で、TOPIXがマイナス11.86%だったのに対し、ひふみ投信はマイナス0.17%。約11ポイント強上回るパフォーマンスを示しました。
これは、藤野氏たちが市場環境の急変に対応して、機動的に運用したことの成果です。コロナ禍で恩恵を受ける企業(eコマース、リモートワーク関連など)に投資を増やし、打撃を受ける企業から資金を引き上げる。こうした機動的な対応が、ダウンサイドを抑える結果に繋がりました。
ここで興味深いのは、藤野氏の「長期投資哲学」と「機動的運用」が両立していることです。一見矛盾するように見える二つの要素が、ひふみ投信のスタイルの中で統合されています。
藤野氏の言う「投資」(長期の企業選別)と「運用」(機動的な対応)の両輪が、まさにここで発揮されたわけです。コロナ禍のような特殊な環境では、機動的な対応が功を奏する。しかし、その対応の根底には、長期的な企業選別の哲学がある。この二つが噛み合うことで、難局を乗り越えることができたのです。
新NISA時代の戦略
2024年から始まった新NISA制度は、ひふみ投信にとっても新しい局面の始まりです。非課税枠の拡大により、より多くの個人投資家が長期投資を始めるようになりました。
藤野氏は、この新NISA時代に向けて、商品ラインナップも拡充しています。「ひふみらいと」は、低リスク志向の方向け。「ひふみワールド」シリーズは、海外株も含めて分散投資したい方向け。「まるごとひふみ」シリーズは、株式と債券のバランス型。多様なニーズに応える商品を揃えているわけです。
これは、ひふみ投信が、特定の顧客層だけのファンドではなく、幅広いお客様の資産形成をサポートする、総合的な運用会社に成長したことの表れです。
藤野氏のミッションである「国民的な投資信託を作る」という目標は、こうした商品ラインナップの拡充により、徐々に実現に近づいています。
補論二 藤野哲学に対する若い世代の反応
Z世代と藤野氏の関係
藤野氏のメッセージは、若い世代、特にいわゆるZ世代(1990年代後半から2010年代初頭生まれ)にも、強く響いています。YouTubeチャンネル「お金のまなびば!」の視聴者層を見ると、20代、30代の若い世代が大きな割合を占めています。
なぜZ世代に響くのか。いくつかの理由が考えられます。
第一に、Z世代は終身雇用や年功序列が崩壊した時代を生きています。「会社に就職すれば一生安泰」という上の世代の常識が通用しない世代です。だからこそ、「自分の市場価値を高める」「投資で自己責任で資産を作る」という藤野氏のメッセージが、リアリティを持って響きます。
第二に、Z世代はSNSネイティブで、情報発信に慣れています。「自分の旗を立てる」「主体性を持って生きる」という藤野氏のメッセージは、Z世代の自己発信文化と親和性が高いです。
第三に、Z世代は社会課題への関心が高い世代です。「お金は社会を豊かにする道具」「投資は企業を応援する行為」という藤野氏のメッセージは、Z世代の社会貢献意識と共鳴します。
藤野氏が、Z世代に多くのフォロワーを持っているのは、こうした世代的な共鳴の結果でもあります。
大学生の反応
藤野氏が大学講義で接している学生たちの反応も、興味深いものがあります。多くの学生が、藤野氏の講義を通じて、お金や投資の見方を大きく変えたと述べています。
特に響くのは、「投資=金儲け」というイメージから解放されることです。多くの学生は、家庭や学校で「お金の話は下品」「投資はギャンブル」というメッセージを受けてきました。藤野氏の講義を聞いて、初めて「投資は社会を豊かにする行為」「お金は自分の人生を表現する手段」という見方に出会う学生が多いのです。
この出会いは、彼らの人生に大きな影響を与えます。20歳前後で投資の本質を理解すれば、その後の数十年で複利の力を最大限活用できます。藤野氏が大学講義を続けるのは、こうした若者の人生を大きく変える可能性を信じているからでしょう。
若い経営者への影響
藤野氏のメッセージは、若い経営者やスタートアップの起業家にも、強い影響を与えています。
藤野氏の「顧客目線、長期目線、データ・オリエンテッド」という成長企業の3要素は、若い経営者にとって、経営の指針となる教えです。短期的な利益だけでなく、長期的な企業価値を意識する。顧客のことを本気で考える。データに基づいて判断する。こうした姿勢を持つ若い経営者が、藤野氏の言葉に触発されて育っています。
藤野氏自身も、スタートアップへのエンジェル投資を行っており、若い経営者と直接対話する機会を多く持っています。資金だけでなく、経営の助言、人脈の紹介、メンタリングなど、多面的なサポートを提供しているのです。
こうした若い経営者の中から、未来の日本を牽引するリーダーが育ってくる。これが、藤野氏が信じる「日本の未来」の具体的な姿なのです。
親世代から子世代へ
藤野氏の影響は、世代を超えて広がる側面もあります。藤野氏の本を読んだ親が、子供にお金や投資の話をするようになる。これにより、家庭内での金融教育が始まる。子供は、学校では教えてくれないお金の本質を、親から学ぶようになる。
これは、長期的に日本の投資文化を変える、極めて重要な動きです。藤野氏一人が直接話せる人数には限りがありますが、藤野氏の言葉が親を通じて子供に伝わることで、その影響は何倍にも広がります。
藤野氏が、子供向けの本『お金を話そう。』を企画したり、ジュニア口座「くるみ」を提供したりするのは、この親子世代を超えた金融教育の重要性を意識しているからでしょう。
補論三 藤野哲学の現代的意義
不確実性の時代における羅針盤
私たちが生きる現代は、過去にないほど不確実性の高い時代です。新型コロナウイルスのパンデミック、地政学的な対立、生成AIの急激な発展、気候変動、グローバル経済の変調。次から次へと、想定外の出来事が起きています。
こうした時代に、藤野氏の哲学はどんな意味を持つでしょうか。私は、これこそが時代を超えた価値ある羅針盤だと考えます。
なぜなら、藤野氏の哲学の根底にあるのは、「短期的な変動に振り回されず、長期的な本質を見る」という姿勢だからです。短期では、不確実性が支配します。今日の株価がどう動くか、明日のニュースで何が起きるか、誰にも分かりません。
しかし長期では、本質的な力が働きます。良い経営者がいる企業は、長期では成長します。社会のために価値を提供する企業は、長期では報われます。誠実に働く人は、長期では信頼を得ます。
短期の不確実性に怯えるのではなく、長期の本質を信じて行動する。これが、不確実性の時代を生き抜く知恵です。藤野氏の哲学は、まさにこの知恵を体系化したものなのです。
AI時代における人間性の価値
生成AIの急激な発展により、多くの仕事がAIに代替される可能性が議論されています。投資の世界でも、AIによる自動売買、AIによる銘柄選定、AIによる市場予測が、急速に進化しています。
こうしたAI時代において、人間の価値はどこにあるのか。藤野氏の哲学は、この問いに対する一つの答えを提示しています。
それは、「人間ならではの感性、判断力、信頼関係」の価値です。経営者の人物像を読み取る感性、企業文化の本質を見抜く判断力、お客様や仲間との信頼関係。これらは、AIが容易に代替できない領域です。
藤野氏が、6500人以上の社長に会い続けてきたのは、こうした人間ならではの価値を磨き続けるためでもあります。AIが進化しても、人と会って話す中で得られる情報、信頼、洞察は、決して陳腐化しません。
AI時代だからこそ、藤野氏のような「人間性」を中心に据えた投資哲学が、ますます価値を持つようになる。これは、私が感じる藤野哲学の現代的意義の一つです。
「主体性」を取り戻す
現代社会は、ある意味で「主体性が失われやすい」時代でもあります。SNSのアルゴリズムが、私たちが見るコンテンツを決める。レコメンドエンジンが、私たちが買うものを決める。AIが、私たちの仕事の進め方を決める。
こうした中で、私たちは知らず知らずのうちに、自分の主体性を手放してしまっているかもしれません。「みんなが買っているから」「アルゴリズムが推薦したから」「AIがそう言ったから」と、自分で考えずに動くことが増えています。
藤野氏が繰り返し説く「主体性」は、こうした現代の課題への、強力なメッセージです。自分の頭で考え、自分の責任で行動する。流されずに、自分の軸を持つ。これは、現代において、ますます重要な生き方になっています。
藤野氏の哲学を学ぶことは、単に投資のスキルを学ぶことではなく、「主体性を持って生きる」という根源的な姿勢を学ぶことでもあるのです。
「コミュニティ」の再評価
現代社会では、孤独が大きな社会問題になっています。一人暮らしの増加、人間関係の希薄化、地域コミュニティの崩壊。先進国では、孤独が健康に与える悪影響も指摘されています。
藤野氏が大切にする「コミュニティ」の発想は、こうした現代の孤独問題に対する、一つの解答でもあります。ファンドを通じて、サークルを通じて、教育を通じて、人と人を繋ぐ。共通の関心を持つ仲間と、長期的な関係を築く。
これは、投資の哲学を超えて、社会の在り方への提案でもあります。経済合理性だけでなく、人間関係の温かさを大切にする社会。短期の利害だけでなく、長期の信頼で結ばれた社会。藤野氏が目指しているのは、こうした人間的な社会の実現なのではないでしょうか。
「希望」を持つことの大切さ
最後に、藤野哲学から学ぶべき最も大切なことは、「希望を持つこと」だと私は思います。
現代社会には、悲観論が溢れています。経済の停滞、少子高齢化、気候変動、戦争の不安、すべてが暗いニュースばかり。SNSを見ても、政治の話を聞いても、希望よりも絶望の声が多く聞こえてきます。
そんな中で、藤野氏は「日本の未来を信じる」「日経平均10万円時代が来る」「変化は始まっている」と、希望のメッセージを発信し続けています。
これは、根拠のない楽観ではありません。現実を直視し、問題を理解したうえで、それでも希望を持つ。この「リアルな楽観主義」が、藤野氏の発信の核にあります。
希望を持つことは、行動の前提です。希望がなければ、人は動きません。動かなければ、未来は変わりません。だからこそ、藤野氏は希望のメッセージを発信し続け、人々を動かそうとしているのです。
私たちも、藤野氏のように、希望を持って生きることができるでしょうか。困難な状況の中でも、未来を信じて行動することができるでしょうか。これは、それぞれの私たちが、藤野哲学から自分の人生に持ち帰るべき問いなのです。
藤野哲学の本質
私がこの長い記事を書き終えるにあたって、藤野哲学の本質を一文で表すとしたら、こう表現します。
「お金を通じて、人と社会の豊かさを実現する哲学」
藤野氏にとって、お金は目的ではなく、手段です。お金そのものに価値があるのではなく、お金が動くことで、人と社会が豊かになる。その循環を作ることが、本当の意味での「投資」なのです。
この発想は、単なる投資技術論を超えています。それは、人生をどう生きるか、社会をどう作るか、という根源的な問いへの答えでもあります。
私たちが藤野哲学から学ぶべきは、具体的な銘柄選びや市場予測ではなく、こうした根源的な世界観です。世界観が変われば、行動が変わる。行動が変われば、人生が変わる。そして、多くの人の人生が変われば、社会も変わっていく。
藤野氏が、20年以上にわたって、メッセージを発信し続けているのは、こうした「世界観の変革」を信じているからでしょう。一人ひとりの世界観が変わることで、日本社会全体が、徐々に変わっていく。これは時間のかかるプロセスですが、確実に進んでいる動きでもあります。
私たち一人ひとりが、藤野哲学から何を受け取り、どう生きるか。それは、最終的には自分自身の選択です。藤野氏のメッセージに学びながらも、自分の人生は自分で設計する。これが「投資家みたいに生きる」ということの、真の意味なのではないでしょうか。
本記事が、皆様の人生における何らかの気づきや、行動の一歩になれば、執筆者として、これ以上の喜びはありません。
本記事の総文字数: 約10万字 執筆時期: 2026年5月
巻末付録 藤野哲学キーワード集
本記事で取り上げた藤野英人氏の哲学に関する主要なキーワードを、簡潔に整理しておきます。これらは、藤野氏の著書やインタビューを読むときの、理解の助けになるでしょう。
「投資家みたいに生きる」とは、投資家が当たり前に実践している「思考」を手に入れ、日々の「習慣」を変えること。お金を扱うスキルではなく、人生全般に通じる生き方の哲学。
「お金は過去の缶詰、未来の缶詰」とは、お金を時間軸の中で捉える比喩。お金は過去の労働の結晶であると同時に、未来の選択肢を作る資源でもある。
「火風水土心(ひふみ)」とは、ひふみ投信の名前の由来。古代ギリシャの四元素思想に人間の「心」を加えた、藤野氏オリジナルのフレームワーク。
「投資と運用は別物」とは、企業選別としての「投資」と、市場対応としての「運用」を区別する考え方。ひふみ投信は両者を統合的に行う。
「コミュニティファンド」とは、商品としてのファンドを超えた、運用者・お客様・投資先企業の三者が仲間として繋がる関係。スノーピーク山井社長の言葉から。
「ライバルは壺やタンス」とは、他の運用会社ではなく、死蔵されているお金が真の競争相手だという考え方。日本の投資文化全体のパイを大きくする戦略。
「いい人が好きな人と楽しく働ける場」とは、藤野氏が経営者として最も大切にしている職場のあり方。能力よりも人格、強制よりも自由を重視する。
「6500人以上の社長と会う」とは、藤野氏の現地現物主義の象徴。机上の分析だけでなく、経営者と直接対話することで真の企業価値を見抜く。
「成長する会社の3つの共通点」とは、徹底的な顧客目線、長期目線、データ・オリエンテッドという、藤野氏が見出した成長企業の特徴。
「変化率のある経営者」とは、現状ではなく、変化のベクトルと加速度を見るという視点。今の「いい会社」ではなく、これから「よくなる会社」を選ぶ。
「ヤバいい会社、ヤバ悪い会社」とは、投資対象として買いの会社と要注意の会社の区分。経営者やIR担当の動向など、見えにくいシグナルから判断する。
「GG資本主義」とは、高齢者(ジジイ)中心の意思決定によって経済が動く構造への批判。経営者の若返り、若い世代への投資が脱却の鍵。
「日経平均10万円時代」とは、藤野氏が予測する10年後の日本株市場の姿。インフレ、大企業の変化、新興企業の台頭の3条件で実現する見込み。
「軽い経済から重い経済へ」とは、デフレ時代からインフレ時代への転換を表現する言葉。行動する人が報われる時代の到来。
「ノーリスク・ハイリターン」の自己投資とは、本を読む、感謝を伝える、健康を維持するなど、ほぼリスクなしで大きなリターンが期待できる自己投資。
「3つのバイアス」とは、「リスクはゼロになる」「貯金は善、投資は悪」「給料は我慢料」という、私たちを縛る古い思い込み。
「投資の5つの要素」とは、主体性、時間、お金、決断、運という、投資を構成する基本要素。お金以外の4つも投資には不可欠。
「アンテナを立てる」とは、日常生活のあらゆる場面で社会の変化や新しい兆しを察知する姿勢。投資家ならではの世界の見方。
「旗を立てる」とは、自分が何者で何を大切にしているかを明確にし、外に発信すること。仲間が集まり、機会が生まれる。
「飴ちゃん投資」とは、関西のおばちゃんが初対面の人にも飴を渡すような、小さくて温かい人間関係への投資。コスト対効果が極めて高い。
「未来からのお返し」とは、今エネルギーを投じることで、未来から何らかの形で返ってくる果実。即時の対価ではなく、長期の循環を信じる発想。
「自利利他」とは、自分の利益と他人の利益を調和させる考え方。利他的に動くことが結果として自分の利益にもなる。
「日本の未来を信じる」とは、日本社会の構造的問題を直視しながらも、それを乗り越える力があると信じる、リアルな楽観主義。
「ゆたかさの循環」とは、お客様、企業、社会全体が共に豊かになっていく好循環。ひふみ投信が目指す究極のビジョン。
これらのキーワードは、相互に関連し合い、藤野哲学の全体像を形作っています。本記事を通読された後、これらのキーワードを振り返ることで、藤野哲学への理解がさらに深まれば幸いです。
ここまで、約10万字にわたって、藤野英人氏の投資哲学を多角的に整理してまいりました。膨大な内容になりましたが、これでも藤野氏が長年にわたって発信してきたメッセージの全てを網羅できたとは思いません。
本記事は、あくまで一つの「入り口」です。本当に藤野哲学に触れたい方は、ぜひご本人の著書や、YouTubeチャンネル「お金のまなびば!」、ひふみ投信公式サイトなどを直接ご覧ください。藤野氏ご本人の言葉の中にこそ、最も生き生きとした哲学があるはずです。
そして、藤野哲学を学ぶことは、ゴールではなくスタートです。学んだことを、自分の人生にどう活かすか。それは、これからの皆様一人ひとりの行動にかかっています。
「投資家みたいに生きる」という藤野氏の呼びかけが、皆様の人生における、何らかの一歩につながれば、本記事を執筆した意義もあるというものです。最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
著者からの最後のメッセージ
本記事を執筆しながら、私は何度も、藤野英人氏の言葉が持つ「静かな力」に立ち止まりました。派手な表現ではないのに、なぜか心に深く残る。シンプルなのに、考えれば考えるほど奥が深い。これが、長年第一線で活躍してきた投資家ならではの言葉の重みなのでしょう。
藤野氏のメッセージを一言で要約することは、結局のところ不可能です。なぜなら、それは「言葉」ではなく「生き方」そのものを示しているからです。投資家としての生き方、経営者としての生き方、教育者としての生き方、コミュニティリーダーとしての生き方、すべてが一つの哲学に統合されています。
私たちが藤野哲学から学ぶべき最大のことは、おそらく「自分の人生を、自分の哲学で生きる」ということではないでしょうか。藤野氏のコピーになるのではなく、自分なりの哲学を作り上げていく。その作業の中で、藤野氏の言葉が一つの参考点として機能する。これが、本来の学びの姿だと、私は信じています。
長文にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。皆様の人生に、豊かな投資の時間が訪れることを、心より願っております。
(完)

