- 序章──なぜ今、邱永漢を読み直すのか
- 第1章 邱永漢という人物──波乱の人生が育てた投資眼
- 第2章 投資哲学の根本──「お金」を真正面から見つめる思想
- 第3章 株式投資の十五原則──個人投資家のためのバイブル
- 3-1 原則1:自分を抑える、克己心を忘れるな
- 3-2 原則2:自分の性格に挑戦するつもりで株をやれ
- 3-3 原則3:時代の変化に気を配れ
- 3-4 原則4:銘柄は、自分の身近なところから選べ
- 3-5 原則5:株式投資の”定石”だけにとらわれるな
- 3-6 原則6:自分で高すぎると思った株は買うな
- 3-7 原則7:株の衝動買いはするな
- 3-8 原則8:金儲けのチャンスを、自分のものだけと思うな
- 3-9 原則9:シロウト考えを重視せよ
- 3-10 原則10:株のことは株に聞け
- 3-11 原則11:他人に責任を転嫁するな
- 3-12 原則12:新聞の株式欄を見るときは、全体を眺めよ
- 3-13 原則13:情報は、そのままウノミにするな
- 3-14 原則14:情報を読む、自分なりの”見方”を持て
- 3-15 原則15:常識外の出来事を軽視するな
- 3-16 十五原則の総括
- 第4章 成長株理論──「相場」より「未来」を見よ
- 第5章 「株は推理小説である」──市場を読む知的ゲーム
- 第6章 損をして覚える──失敗こそ最高の教師
- 第7章 お金との付き合い方──貯まる人と貯まらない人の差
- 第8章 海外投資という発想──国境を越える視点
- 第9章 中国株への着目──次の時代を読む
- 第10章 不動産・事業投資──多角経営者としての顔
- 第11章 時代を読む力──変化を先取る投資感覚
- 第12章 現代への応用──令和の投資家が学ぶべきこと
- 第13章 邱永漢の名言とその深層
- 第14章 投資家としての人生哲学──お金と時間の方程式
- 結章 邱永漢思想の総括と現代的意義
- 参考文献
- 著者からの一言
序章──なぜ今、邱永漢を読み直すのか
「金儲けの神様」と呼ばれた邱永漢(きゅう・えいかん、1924年〜2012年)という人物をご存じでしょうか。直木賞作家でありながら、株式投資で大成功を収め、不動産事業を多角的に展開し、晩年は中国株投資の伝道師として活躍した、まさに型破りの投資家・実業家であります。
その邱永漢が、亡くなって既に十年以上が経過しました。にもかかわらず、彼の遺した書物は今もなお書店の片隅で静かに読み継がれており、中古市場では絶版になった著作にプレミアが付くことすら珍しくありません。なぜ、これほど時代が流れたにもかかわらず、邱永漢の言葉は色褪せないのでしょうか。
私は、その理由は彼の投資哲学が「テクニック」ではなく「原理原則」を説いているからだと考えております。チャートの読み方や、特定の銘柄の選び方は、時代とともに陳腐化していくものです。しかし、「人間がなぜお金を欲しがるのか」「市場とはどういう生き物なのか」「人間の感情はいかにして判断を歪ませるのか」といった本質的な問いに対する答えは、五十年経っても、いや百年経っても変わらない普遍性を持っているのです。
本記事では、邱永漢の投資哲学を、彼の生涯と著作を丹念にたどりながら、徹底的に解剖してまいります。単なる名言集ではありません。彼が何を見て、何を考え、どう行動したのか。そこから現代を生きる私たちが何を学べるのか。実用的な観点から、そして独自の分析を加えながら、お話を進めてまいります。
「神様」と呼ばれた男の特異性
投資の世界には数多くの伝説的な人物がおります。アメリカで言えば、ウォーレン・バフェット、ジョージ・ソロス、ピーター・リンチ、ベンジャミン・グレアム。日本で言えば、是川銀蔵、立花義正、BNFといった面々が挙げられるでしょう。
ところが邱永漢は、これらの誰とも異なる、独特の立ち位置を占めております。
まず第一に、彼は単なる投資家ではありませんでした。直木賞作家として文学的な感性を持ち、台湾・香港・日本・中国という複数の国で実業を営み、数多くの著作を残した文筆家でもあったのです。投資を「金儲けの技術」としてではなく、「人間と社会を理解するための窓」として捉えていた点が、他の投資家とは決定的に違います。
第二に、彼は植民地時代の台湾に生まれ、東京帝国大学で経済学を学び、台湾独立運動に関わって香港に亡命し、その後日本に帰化するという、極めて複雑な国際的背景を持っております。この国境を越えた経験が、彼の投資視点を一国に閉じこもらせない、グローバルなものにしました。中国株への着目も、こうした生涯から自然に導き出されたものなのです。
第三に、彼は自分の手で実際に事業を立ち上げ、株式に投資し、不動産を取得し、海外で会社を運営してきた「実践家」でありました。机上の空論ではなく、自分の財産を賭けて学んだ知恵だからこそ、その言葉には重みがあります。失敗談も率直に語っており、第一次オイルショックでは大損害を被り、胃を病んで入院したエピソードまで明かしているほどです。
本記事の構成と読み方
本記事は十四の章と序章・結章で構成されております。各章は独立して読めるように書いてありますが、できれば最初から順を追ってお読みいただくと、邱永漢の思想体系がより深く理解できるはずです。
第1章では邱永漢の生涯を追います。彼の投資哲学を理解するには、その背景にある人生を知ることが不可欠だからです。
第2章から第6章までは、邱永漢の投資哲学の核心部分を扱います。株式投資の原則、成長株理論、市場観、損失との向き合い方など、投資家が直接学ぶべき内容です。
第7章から第10章では、より広い視野での「お金との付き合い方」「海外投資」「中国株」「不動産・事業」を取り上げます。投資を生活全体の中に位置付けて考える邱永漢の世界観が浮かび上がってまいります。
第11章から第14章では、時代を読む力、現代への応用、名言の解説、人生哲学といった、より思想的・実践的な内容に踏み込みます。
結章では、邱永漢思想の現代的意義をまとめます。
それでは、波乱万丈の人生を歩んだ「金儲けの神様」の世界へ、ご一緒に入ってまいりましょう。
第1章 邱永漢という人物──波乱の人生が育てた投資眼
邱永漢の投資哲学を理解するためには、彼がどのような人生を歩んできたのかを知ることが何よりも大切です。なぜなら、彼の言葉のひとつひとつには、その背後に必ず自身の体験が刻まれているからです。机の上で理論をこねくり回した経済学者の言葉ではなく、国境を越え、何度も死線をくぐり抜けてきた人間の言葉なのです。
1-1 台湾・台南での誕生──二つの祖国を持つ少年
邱永漢は、1924年(大正13年)3月28日、日本統治下の台湾・台南市に生まれました。本名は邱炳南(きゅう・へいなん)。父親の邱清海は台湾人の実業家、母親の堤八重は福岡県久留米生まれの日本人。つまり、彼は生まれた瞬間から、「台湾」と「日本」という二つの祖国を背負う存在だったのです。
しかも、母親は父親の正妻ではなく、邱永漢は婚外子でした。十人兄弟の長男として生まれましたが、二人の母(実母と養母)に育てられるという、当時の台湾の上流家庭ではしばしば見られた複雑な家庭環境の中で少年時代を過ごしたのです。
この出自は、彼の人生観に深い影響を与えました。彼が後年、お金や成功について「外から見ているのと、当事者になるのとでは全く違う」と何度も語ったのは、この二重の立場、つまり「内」と「外」の両方を行き来する立場で育ったことと無関係ではないでしょう。
1937年、十三歳の時に台北高校尋常科に入学します。この台北高校という学校は、当時の台湾における超エリート校で、卒業生の多くが日本本土の旧帝国大学に進学しました。同期には、後の中華民国総統となる李登輝、そして親友となる王育徳がおりました。王育徳は後に台湾独立運動の創始者となる人物で、邱永漢の人生に大きな影響を与えることになります。
少年時代の邱永漢は、何よりもまず文学青年でした。十三歳の頃から自ら詩を書き、『月来香(げつらいこう)』という個人雑誌まで発行していたといいます。十六歳の時には「台湾詩人協会」の最年少会員となり、邱炳南名義で詩作を西川満が主宰する文学雑誌『華麗島』創刊号に発表しております。
ここで興味深いのは、後に「金儲けの神様」と呼ばれる男が、最初は徹底的な文学青年だったということです。これは彼の生涯を通じて非常に重要な点で、彼が単なる金もうけのテクニシャンではなく、人間の心理や社会の本質を文学的な感性で見つめる、稀有な投資家であった理由がここにあります。
1-2 東京帝国大学時代──戦時下のエリートとして
1942年、邱永漢は日本本土に渡ります。翌1943年、東京帝国大学経済学部に入学。本人が後に語ったところによれば、「植民地生まれの自分が文学で生計を立てる自信がなかったから」経済学部を選んだとのことです。
この選択は、結果として彼の人生を決定づけました。文学青年が経済学を学んだことで、彼の中に「人間を見る目」と「経済を読む頭」が結合したのです。これこそが、後の邱永漢の投資哲学を独特なものにした最大の理由であります。
しかし、戦時下の東京帝国大学での学生生活は、決して平穏なものではありませんでした。1944年3月、邱の友人が冗談で発した言葉を真に受けた麹町憲兵隊により、スパイ容疑で逮捕されてしまいます。一週間で釈放されましたが、戦時下の植民地出身者という立場の脆さを、骨身に染みて感じる体験でした。
さらに同じ時期、経済学部の定期試験で「満洲国の統制経済」について問われた邱永漢は、日本の満洲支配を経済学的に批判する答案を書いたために、不穏思想の持ち主として退学処分になりかけたこともあったのです。学問における誠実さと、当局への忠誠が衝突した瞬間でした。
それでも彼は、1945年に東京帝国大学経済学部を卒業し、大学院で財政学を研究することになります。大学院時代には東大社会科学研究会(後の全学連の母体となる組織)を創設し、当時としては珍しかった世論調査を実施したという記録も残っております。
この東大時代に経済学を体系的に学んだことが、彼の後の投資哲学の土台となります。ただ、彼は学問としての経済学に満足することはありませんでした。なぜなら、戦時下の日本で見た「統制経済の失敗」と、戦後の混乱の中で見た「市場経済の力」が、教科書通りには動かない経済の実相を彼に教え込んだからです。
1-3 戦後の台湾──独立運動と亡命
1946年、邱永漢は大学院を中退して台湾に戻ります。終戦後の台湾は、日本統治から中華民国(国民党)統治へと移行した直後の混乱期でありました。
帰郷した彼は、土建会社の経営、中学校の英語教師、銀行のシンクタンク研究員など、様々な仕事を遍歴いたします。砂糖の密輸に手を出して逮捕されたこともあったそうですから、戦後の混乱の中で何でもやって生き延びようとした若き日の姿が浮かびあがります。
この時期の経験は、後の投資哲学に決定的な影響を与えました。「商売とは生きることそのものだ」という、机上の経済学では学べない肌感覚を、彼はこの時期に身につけたのです。
しかし、1947年に台湾を揺るがした「二・二八事件」が、彼の運命を大きく変えます。二・二八事件とは、国民党政府の腐敗と高圧的な統治に反発した台湾人が起こした蜂起と、それに対する国民党軍の大規模な弾圧事件です。数万人とも言われる台湾人が殺害され、台湾人エリート層は壊滅的な打撃を受けました。
この事件を機に、邱永漢は台湾独立運動に関わり始めます。具体的には、日本統治時代から台湾を代表する知識人とみなされていた廖文毅が国民党政府を批判して書いた「台湾に国民投票を実施するための請願書」を、英語に翻訳して欧米のメディアに掲載させたのです。
しかし、これが当局に発覚し、犯人捜しが始まりました。1948年、邱永漢は国民党政府から逮捕状が出たため、香港に亡命することになります。当時二十四歳の若さで、彼は祖国を捨てなければならなかったのです。
この経験から、邱永漢は生涯にわたって「お金は最も信頼できる味方だ」という思想を持つようになりました。なぜなら、国家も、政治も、土地も、人間関係も、ある日突然失われる可能性がある。しかし、自分の手元にあるお金、そして商売の知識と能力は、どこに逃げても自分とともに在り続けるからです。
彼の直木賞受賞作『香港』には、こんな一節があります。「金だけだ。金だけがあてになる唯一のものだ」と。これは単なる拝金主義の表明ではなく、祖国を奪われた亡命者の魂の叫びなのです。
1-4 香港時代──貿易商としての修業
1948年から数年間、邱永漢は香港で生活します。香港では台湾独立運動の指導者・廖文毅の秘書を務めながら、対日貿易を手がけました。
物資が欠乏していた戦後の日本に対し、香港から郵便小包で物資を送る事業を立ち上げ、これが大成功を収めます。具体的には、缶詰、薬品、毛糸、靴下といった日常品を香港で仕入れて日本に発送する。日本の親戚や友人を経由して販売し、利益を上げるという仕組みでした。
この香港時代の経験は、後の邱永漢の投資哲学の重要な柱を形成いたします。すなわち、「商売とは、足りないところに、足りているものを運ぶこと」という極めてシンプルな本質を、彼はこの時期に体得したのです。
経済学の教科書で「需要と供給」と書かれていることを、彼は実地で体験しました。価格の差は、地理的・時間的なズレから生まれる。そのズレを埋めることで、誰もが幸せになりながら自分も利益を得られる。この発想は、後に株式投資においても「市場と現実の価値のズレを見抜く」という形で生かされていきます。
また、彼はこの時期に「秘書」という立場で廖文毅という大物の傍に仕え、政治と経済の生々しい現場を見ました。理想だけでは生きていけないこと、お金がなければ運動も組織も成立しないこと、人間関係というものがいかに繊細で重要かということを、若き日の邱永漢は学んだのです。
1-5 日本への定住──作家としての出発
1954年、邱永漢は香港から日本に移住します。本人は後に「日本に渡ったのは独立運動のためではなく、娘の病気の治療のためだった」と語っております。当時、最先端の医療を求めるには日本が最も適していたという事情があったのでしょう。
しかし、日本での生活は決して楽ではありませんでした。外国人として日本に定住するには、まず生活の糧を得る必要があります。最初に取り組んだのは、文筆業でした。
1954年1月、台湾時代からの知人である西川満の紹介により、処女作「密入国者の手記」が雑誌『大衆文芸』に掲載されます。これは邱永漢の友人で、後に台湾独立運動の創始者となる王育徳の日本亡命の経緯を描いた作品でした。
そして1955年、小説「香港」を発表。これは故郷を捨てた台湾人が戦後の香港で逞しく生き抜く姿を描いた作品で、翌1956年、第34回直木賞を受賞することになります。外国人として初めての直木賞受賞という快挙でありました。
この時、邱永漢は三十一歳。本人にとっては「文学青年時代の夢が叶った」瞬間だったでしょう。しかし、これで安住するような彼ではありませんでした。
1-6 株式投資への進出──200万円が1年で5000万円に
直木賞作家となった邱永漢ですが、文学の道だけで生きていくつもりはありませんでした。彼の中には常に、生計をしっかりと立てなければならないという亡命者特有の切実な意識があったのです。
1960年頃、邱永漢は200万円の元手で株式投資を始めます。そして驚くべきことに、わずか1年でその資金を5000万円にまで膨らませました。当時の200万円といえば、サラリーマンの年収の数年分に相当する金額です。それを25倍にしたのですから、まさに天才的な才覚と言わざるを得ません。
この成功体験が、後に「金儲けの神様」と呼ばれるようになる出発点でした。
ただ、ここで重要なのは、彼が単なる投機家ではなかったということです。彼自身が後に振り返って言うには、「私の株式投資は、相場を読むのではなく、未来の成長を読むものだった」とのこと。後の章で詳しく見る「成長株理論」の萌芽が、すでにこの時期に表れていたのです。
具体的には、当時まだ無名だった、しかし将来性のある中小企業の株を発掘して買う、というスタイル。後の日本経済の高度成長期に向けて、彼が見出した銘柄の多くは大化けし、彼に巨額の富をもたらしました。
ホンダ、ソニーといった、戦後日本を代表することになる企業の株式を、彼はかなり早い段階で買っていたと伝えられております。詳細な記録は残されておりませんが、当時の彼の眼力が並外れていたことは間違いありません。
1-7 出版活動──「金銭読本」「投資家読本」の衝撃
株式投資で成功を収めた邱永漢は、その経験をもとに様々な書籍を出版し始めます。代表的なものとして、『金銭読本』『投資家読本』などが挙げられます。
これらの本がなぜ衝撃的だったかというと、当時の日本社会には「お金について公然と語ることは下品である」という風潮が根強くあったからです。文学者は特にそうで、「金もうけ」を口にすることは、芸術家としての魂を売ったとみなされかねない時代でした。
ところが邱永漢は、その風潮に真正面から逆らったのです。「お金は大事だ」「お金について真剣に考えよう」「投資は誰もが学ぶべき技能だ」と、彼は堂々と主張しました。
この姿勢に対し、文壇は冷ややかでした。小林秀雄ら芸術至上主義者からは徹底的に白眼視され、生涯にわたって彼を文学者として高く評価したのは中国文学者の高島俊男くらいだったといいます。
しかし、一般読者は熱狂的に彼を支持しました。「お金について、これほど誠実に、これほど実践的に語ってくれる作家はいない」という共感が、彼の本を次々とベストセラーに押し上げたのです。
実は彼自身、自伝のタイトルを『私の金儲け自伝』とすることには抵抗があったといいます。出版社から「あなたの本は金儲けと書かないと売れない」と言われ、やむなくそのタイトルにしたのです。このエピソードは、彼が単なる拝金主義者ではなく、お金を巡る人間心理を冷静に観察する人だったことを示しています。
1-8 台湾への帰還と国民党との和解
1971年、ニクソン・ショックによる台湾の政情変化を受けて、邱永漢は国民党と和解いたします。台湾政府に乞われ、経済建設を支援すべく台湾に帰って国家事業を指導することになったのです。
この決断には批判もありました。「カネ欲しさに国民党に魂を売った」という非難の声が、かつての独立運動仲間の一部から上がったのです。
しかし、邱永漢の選択を理解するには、彼の中の「現実主義」を見る必要があります。理想を語るだけでは、台湾人の生活は良くならない。経済を発展させ、人々が豊かになることこそが、最終的には自由と独立への道を開くのだという考えがあったのでしょう。
台北に今も残る「邱永漢ビル」は、この時期に建設されたものです。同ビルには「永漢日語」という日本語学校もあり、台湾と日本の架け橋として現在も機能しております。
しかしこの台湾事業は必ずしも順調ではなく、やがて事業不振のため日本に再移住することになります。1973年の第一次オイルショックでは大損害を被り、胃を患って入院する事態にまで陥りました。
このオイルショックでの失敗は、後の彼の投資哲学に「リスクは必ず訪れる」「分散の重要性」「身の丈に合った投資」といった重要な教訓を植え付けることになります。
1-9 日本国籍取得と参議院議員選挙への挑戦
1980年3月、邱永漢は家族とともに日本国籍を取得します。本名は「丘永漢」となりました。台湾、香港、日本と移り住んだ末に、ついに日本人としての法的地位を得たのです。
その直後の同年6月、第12回参議院議員通常選挙に全国区から無所属で立候補いたします。しかし、得票数は15万票にとどまり、下位落選という結果に終わりました。
この選挙挑戦は、邱永漢の人生における数少ない「公的な野心」の発露でした。経済を語ること、お金について書くことだけでは満たされない、社会全体への影響力を求める気持ちがあったのでしょう。
しかし結果として、彼は政治家にはなりませんでした。これは、ある意味では幸運だったのかもしれません。政治家になっていれば、後の独立した立場での経済評論活動はできなかったでしょうから。
1-10 中国への進出と晩年の活動
1990年代以降、邱永漢は中国への進出を本格化させます。改革開放政策のもとで急速に発展する中国市場に、いち早く目を付けたのです。
中国大陸では、コーヒー栽培事業、建設機械販売、高級アパートメント経営、パン製造販売、レストラン経営、漢方化粧品・漢方サプリメント販売、人材派遣業、日本語学校など、多岐にわたる事業を展開いたしました。
そして1990年代後半から2000年代にかけては、日本人投資家に向けて「これからは中国株の時代だ」と精力的に発信。投資家向けの中国視察ツアーを開催し、自ら現地を案内するなど、晩年に至るまで精力的に活動しました。
2005年には漫画家のコンタロウとの共著で『邱永漢の中国株で儲けましょう──ハジメくんの中国投資考察団レポート』を出版。投資歴五十年の集大成として、中国株投資の魅力と注意点をわかりやすく解説しております。
1993年11月4日には、台北から香港の啓徳空港まで搭乗していた中華航空のジャンボ機が滑走路をオーバーランして海に突入する事故に遭遇しましたが、奇跡的に生還いたしました。波乱万丈の人生は、最後まで「事故」とは縁の切れない人生だったのです。
1-11 死去と遺産
2012年5月16日午後7時42分、邱永漢は心不全のため東京で死去しました。享年八十八歳。喪主は妻の丘亜蘭さんが務めました。
亡くなる直前まで、彼は自身のウェブサイトで「もしもしQさん、Qさんよ」というコラムを連載しており、読者の質問に答え続けておりました。文字通り、人生の最後の瞬間まで、お金と人生について語り続けた人だったのです。
彼が遺したものは、膨大な著作群(500冊を超える著書)、彼が育てた事業(株式会社邱永漢事務所が今も渋谷で不動産業を継続しております)、そして数え切れないほどの読者・投資家への影響です。
特筆すべきは、彼が「ビジネスホテル」というネーミングを生み出した張本人だということです。地方から東京に出張してくるサラリーマンの動きを見て、最初の「ビジネスホテル」を渋谷に開業したのが邱永漢でした。渋谷ビジネスホテルといい、現在の日本に普及しているビジネスホテル文化の元祖だったのです。
1-12 邱永漢の人生から学ぶこと
邱永漢の生涯を一通り眺めて、私たちは何を学べるでしょうか。私は以下の三点を重要だと考えております。
第一に、複数の視点を持つこと。 台湾人として、日本人として、中国系として、そして亡命者として、彼は常に複数の文化と複数の経済圏を行き来しました。この複眼的視点こそが、彼の投資判断を独自のものにしたのです。一国主義の時代は終わりつつあります。私たちもまた、複数の文化と経済圏を意識して投資する必要があります。
第二に、理論と実践の往復。 彼は東京帝国大学で経済学を学び、香港で貿易商として実地経験を積み、日本で株式投資を実践し、中国で事業を展開しました。理論だけでも、実践だけでもダメ。両者を往復することで、本当の理解が生まれるのです。
第三に、書くことで考える。 五百冊を超える著作を残した邱永漢ですが、彼にとって書くことは単なる収入源ではなく、考えることそのものだったように思います。実際、文章を書いてみると、自分の考えがいかに浅いかが露呈します。書くことで、彼は自分の投資哲学を磨いていったのです。
このような人生を背景に持つ邱永漢の投資哲学を、次章以降では具体的に見てまいります。
第2章 投資哲学の根本──「お金」を真正面から見つめる思想
邱永漢の投資哲学は、テクニックの集合体ではありません。それは「お金」という存在を、人間として、社会の一員として、どう捉えるかという根本的な思想に支えられております。本章では、その思想の核心部分を解き明かしてまいります。
2-1 「お金は人格を持つ」という発想
邱永漢の著作を通して読むと、彼が繰り返し述べていることがあります。それは、「お金は人格を持っている」という考えです。
文字通りに受け取れば不思議な表現ですが、意味するところは深いものがあります。お金は、それを扱う人間の性格や行動を映し出す鏡なのだ、ということです。
たとえば、お金を粗末に扱う人のところには、お金は集まってこない。お金を大切にする人のところには、自然とお金が寄ってくる。これは単なる精神論ではなく、彼の長年の観察から導き出された経験則なのです。
彼の名言として『お金に愛される原則』に書かれている表現があります。「お金は人間以上に臆病だから、少しでも身に危険を感ずるとすぐに逃げ出す」というものです。
これは、お金を擬人化した比喩ですが、実際に投資の世界では「お金は逃げ足が速い」という現象は頻繁に起こります。ある国の経済が不安定になれば、その国から外国資本が一斉に引き上げる。ある会社の業績が悪化すれば、株主が一斉に売り浴びせる。これらは全て、「お金の臆病さ」の表れと言えるでしょう。
私の独自の見解を述べさせていただくなら、この「お金の人格化」というアプローチは、現代の行動経済学で言うところの「マーケットセンチメント」や「群衆心理」を、もっと直感的に表現したものだと理解できます。学術的な言葉で語る前に、邱永漢は人間の感性に訴える言葉で、市場の本質を捉えていたのです。
2-2 「金銭通は、人間通」──お金を通じて人間を理解する
1985年にPHP研究所から出版された『金銭通は、人間通』という本のタイトルそのものが、邱永漢の哲学を凝縮しております。お金についてよく理解している人は、人間についてもよく理解している人なのだ、という洞察です。
なぜそう言えるのでしょうか。お金が絡んだ瞬間に、人間の本性が露わになるからです。
たとえば、お金の貸し借りひとつとっても、その人の人格が見えてまいります。約束通りに返す人、返すことを忘れる人、催促されて初めて返す人、開き直って返さない人。同じ人物でも、千円を借りた時と、百万円を借りた時では態度が違うものです。
投資の現場でも同じことが言えます。利益が出ている時に冷静を保てるか、損失が出た時に取り乱さずにいられるか。人間の真価は、お金の動きに対する反応によって試されるのです。
邱永漢は香港時代に台湾独立運動の指導者・廖文毅の秘書を務めたことがありますが、その際、運動の同志たちがお金を巡って分裂していく様子を間近に見たといいます。理念は同じでも、お金の話になると人は変わる。これは人間理解の決定的な体験となったでしょう。
2-3 「お金は使ってはじめてお金になる」
邱永漢の有名な言葉に、「お金は使ってはじめてお金になる」というものがあります。
一見すると、贅沢を勧めているように聞こえるかもしれません。しかし、その本意は全く違います。
彼が言いたいのは、お金そのものに価値はないということです。紙幣は単なる紙切れであり、預金通帳に書かれた数字は単なる記号です。それが何かに変換された時、つまり、何かを買ったり、誰かに贈ったり、事業に投じたりした時、初めてお金は意味を持つのです。
ですから、お金を貯めるだけ貯めて、使い方を知らない人は、結局のところお金を活かせていないことになります。
この発想は、彼の投資哲学にも深く関わっております。投資とは、お金を「貯める」段階から「使う」段階への移行です。ただし、消費とは違って、未来に向けてお金を使うのです。
『お金の原則』の中に、「お金が貯まる原則⑥ 使うべきお金は使うこと」という章があります。お金を貯めることだけが目的化してしまうと、人生はかえって貧しくなる。冠婚葬祭、贈り物、教育、人間関係への投資など、使うべきお金はきちんと使うべきだという主張です。
これは現代の極端な「節約志向」「FIRE運動(早期リタイア)」とは一線を画す思想です。お金を貯めること自体は目的ではない。お金を貯めるのは、それを活かして、より豊かな人生を生きるためなのです。
2-4 「小金持ち」という発想
実は、「小金持ち」という言葉を最初に世に広めたのは、邱永漢でした。
それまでの日本社会には、「お金持ち」か「お金持ちでない人」かという二分法しかありませんでした。しかし邱永漢は、「いきなり大金持ちを目指すのは無理だし、不健全だ。まずは小金持ちになることを目指そう」と提案したのです。
『お金の原則』の中で、彼はこう述べています。大金持ちのまえに、まず中金持ちの道を急いでください、と。一千万円なり五千万円なりの資産を、地道に積み上げる段階を経ることが、長期的な経済的安定への王道なのだという考えです。
この「小金持ち思想」は、現代でも極めて有効です。SNSでは「億り人」だの「FIRE達成」だのといった派手な話が溢れておりますが、現実的には、まず数百万円、次に一千万円、そして数千万円というステップを踏むことが、ほとんどの人にとっての現実的な道筋です。
私の独自の分析を加えるなら、邱永漢の「小金持ち思想」は、現代の心理学で言う「自己効力感」の段階的構築と一致します。小さな成功を積み重ねることで、自信と能力が育っていく。いきなり大きな目標を掲げると、挫折のリスクも大きい。これは投資においても、人生においても、極めて健全な戦略なのです。
2-5 「百万円から始めよ」──種金の原則
邱永漢の投資哲学の重要な部分に、「種金(たねきん)」の考え方があります。
『お金に愛される原則』の冒頭で、彼はこう述べております。お金持ちになるためには、まず百万円貯めてみることだ、と。百万円が二つたまれば二百万円、十たまれば一千万円。百たまれば、一億円。すべての種金は、百万円からスタートするのだという考えです。
ここで重要なのは、「百万円」という具体的な金額そのものではありません。重要なのは、「ある程度のまとまったお金を、自力で貯める」という経験を持つこと、そしてその種金を運用することの意味を学ぶことです。
なぜ百万円なのか。それは、サラリーマンが意志を持って節約すれば、数年で貯められる現実的な金額だからです。これが一千万円となると、多くの人にとって遠い目標になってしまう。百万円なら、「自分にもできそうだ」と感じられる。
そして、百万円を貯める過程で、お金の使い方、貯め方、節約の仕方を学ぶことになる。この経験が、後に大きなお金を扱う時の土台となるのです。
種金の発想は、邱永漢が幾度も繰り返している投資哲学の根幹です。元手なしに大儲けはできない。元手を作る過程そのものが、最良の修業になる。これは現代の投資教育でも、最も基本的かつ重要な原則として継承されるべき考え方です。
2-6 「給料天引き貯金」の力
種金を作るための具体的な方法として、邱永漢が強く推奨しているのが「給料天引き貯金」です。
「意思の弱い人は、給料天引き貯金にするに限る」と彼は言います。これは現代風に言えば、「自動化された貯蓄」のことです。
なぜ天引きが有効なのか。それは、人間の意志力には限界があるからです。給料が振り込まれた口座から「あとで貯金しよう」と思っていても、結局は使ってしまう。これが普通の人間の弱さです。
ところが、給料が支給される前に強制的に貯蓄に回されてしまえば、「使えるお金」は最初から少なくなります。人間は不思議なもので、使えるお金の範囲内でちゃんと生活してしまうのです。
現代で言えば、企業の財形貯蓄制度、確定拠出年金(iDeCo)、つみたてNISAなどがこれに該当します。これらの制度を活用することで、意志の弱さを補い、自動的に種金を作っていくことができるのです。
邱永漢のこの考え方は、行動経済学で言う「コミットメント・デバイス」の活用と一致します。自分の未来の自分に対して、現在の自分が拘束をかける。これによって、人間の弱さを乗り越えることができるのです。
2-7 「収入を増やすより、支出を減らせ」
お金を貯めるための原則として、邱永漢は「収入を増やすことより、支出を減らすことの方が確実だ」と説いております。
「どうしたらお金が貯まりますか」と聞かれたら、彼は「お金を使わなければお金は貯まりますよ」と答えることにしているといいます。
これは当たり前のように聞こえますが、実は深い真理を含んでおります。なぜなら、収入を増やすには、相手(雇用主や市場)の協力が必要であり、自分の意志だけではコントロールできないからです。一方、支出を減らすことは、原則として自分の意志でコントロールできるのです。
つまり、収入を増やすことは「不確実な変数」であり、支出を減らすことは「確実な変数」なのです。投資の世界でも、リターンは予測できませんが、コストは確実に抑えることができます。これと同じ原理が、家計の管理にも適用できるのです。
ただし、邱永漢は単純な「節約一辺倒」を勧めているわけではありません。「使うべきお金は使う」という原則も同時に説いています。日々の浪費は抑えるが、自己投資、人間関係、健康への投資はケチらない。これがバランスの取れた邱永漢式のお金との付き合い方なのです。
2-8 「一円を笑う者は一円に泣く」
邱永漢は、お金に対する態度として、「小さなお金を大切にする」ことを徹底的に強調しております。
「一円を落として拾わない人は、決してお金持ちにはなれない」というのが、彼の信条のひとつです。
これは単に「ケチケチしろ」という話ではありません。お金に対する敬意の問題なのです。たかが一円、されど一円。一円を拾わない人は、おそらく百円も、千円も、軽く扱っているはずです。そして、お金は自分を粗末に扱う人のところからは離れていく。
彼が観察したお金持ちの多くは、不思議なくらい一円単位のお金にもこだわっていたといいます。これは「ケチ」と「節約」の違いです。本当のお金持ちは、必要なところには大金を惜しまないが、不必要なところでは一円も無駄にしないのです。
この原則を現代に当てはめると、たとえば自販機での衝動的なジュース購入、コンビニでの「ついで買い」、サブスクリプションの未使用、銀行ATM手数料の無頓着な支払い、といった「小さな漏れ」を防ぐことの大切さに通じます。
月にすれば数千円から数万円の差。しかし年にすれば数万円から十数万円。十年にすれば百万円以上の差になります。小さなお金を大切にする習慣は、長い時間をかけて巨大な財産の差を生み出すのです。
2-9 お金には「器」がある
邱永漢の独特な考え方として、「人間にはそれぞれ、お金を入れる『器』がある」というものがあります。
『お金の原則』の中で、彼はこう述べています。「思わぬ大金は、ほとんど手元に残らない」と。宝くじに当たった人、誤発注で大儲けした人、相続で突然大金を手にした人。こうした人々の多くは、その大金を維持できずに失っていく。
なぜか。お金には、その人の人格や能力に応じた「器」があり、器の大きさを超えるお金は、入っても零れ落ちてしまうのです。
逆に言えば、お金持ちになる王道は、自分の「器」を少しずつ大きくしていくことです。コツコツとお金を貯め、運用し、増やしていく中で、お金を扱う能力が培われ、器が大きくなっていく。すると、自然と扱えるお金の額も大きくなっていく。
この発想は、現代の金融教育では「ファイナンシャル・リテラシー」と呼ばれているものに近い概念です。お金を扱う能力は、本を読んだだけでは身につかない。実際にお金を使い、貯め、投資し、時に失うという経験を通じて、徐々に身についていくものなのです。
ですから、「いきなり大金を手にしよう」「一発で億万長者になろう」という発想は、邱永漢の哲学では危険視されます。仮にそれが実現したとしても、器が追いつかなければ、結局はそのお金を失ってしまうからです。
2-10 「お金で時間を買う」発想
邱永漢の名言のひとつに、「人生とは、『お金』という煉瓦を『時間』というセメントで積み上げていく作業工程」というものがあります。
これは、お金と時間の関係を見事に表現した言葉です。お金だけあっても、それを活用する時間がなければ意味がない。時間だけあっても、それを生かすお金がなければ豊かにはなれない。両者の組み合わせで、初めて充実した人生が築かれるのです。
この発想から導き出されるのが、「お金で時間を買う」という戦略です。
たとえば、家事代行サービスを使う、移動はタクシーを使う、外食を活用する、といったように、お金を払って時間を節約する。そして節約した時間を、より価値の高い活動(仕事、勉強、家族との時間など)に投じる。
ただし邱永漢は、無闇に「お金で時間を買え」とは言いません。むしろ、お金を貯める段階では、時間を投じて節約することの方が大切だと説いております。お金が貯まり、収入が増えてきた段階で、徐々にお金で時間を買う方にシフトしていく。これがバランスの取れたお金と時間の使い方なのです。
2-11 「二十代は自分への投資、三十代はその活用」
邱永漢は、年代別のお金との付き合い方についても明確な指針を示しております。
二十代は、自分自身への投資の時代。お金を貯めることよりも、自分のスキルや知識、人脈に投資することの方が、長期的なリターンが大きい。
三十代は、二十代に蓄えたものを活用する時代。仕事で結果を出し、収入を増やし、本格的にお金を貯め始める時期。
四十代以降は、貯めたお金を運用し、事業を起こし、家族や次世代に何を残すかを考える時期。
この年代別の指針は、現代でも非常に有効です。特に若い世代に対して、「無理して株式投資を始めるよりも、まずは自分の市場価値を高めることに集中しなさい」というメッセージは、極めて健全な助言と言えるでしょう。
私の独自の見解を加えると、現代では「ライフプラン」という言葉で似たような考え方が語られておりますが、邱永漢の整理の仕方は、より人間心理に即していると思います。年代によって、お金を扱う能力も、時間の使い方も、優先すべき価値も変わってくる。それを踏まえた上での投資戦略を立てることが大切なのです。
2-12 投資の根本は「人生観」である
ここまで見てきたように、邱永漢の投資哲学の根本には、お金そのものに対する独特の哲学があります。そして、その哲学は、彼の人生観と切り離せないものなのです。
「お金は何のためにあるのか」「お金はどのように扱うべきか」「人生において、お金はどんな位置を占めるべきか」。これらの問いに対する答えがあって初めて、具体的な投資戦略が意味を持ちます。
逆に、これらの問いに答えずに、いきなりテクニック論に飛び込んでしまうと、儲かっても自分を見失い、損をしても立ち直れない投資家になってしまいます。
ですから、邱永漢の投資哲学を学ぶときには、まず彼の人生観、お金に対する根本的な姿勢を理解することが何よりも大切なのです。
次章では、いよいよ具体的な「株式投資の原則」に踏み込んでまいります。十五の原則として整理された、邱永漢の株式投資の極意を、ひとつずつ丁寧に解説してまいります。
第3章 株式投資の十五原則──個人投資家のためのバイブル
邱永漢が著した『株の原則 邱永漢の基本法則』(ごま書房、1983年初版、後に光文社知恵の森文庫より文庫化)には、株式投資における十五の原則が示されております。糸井重里氏が解説を寄せたこの本は、初心者から上級者まで、あらゆる個人投資家にとって必読の書と言えるでしょう。
本章では、その十五の原則をひとつずつ、現代的な観点も交えながら詳しく解説してまいります。
3-1 原則1:自分を抑える、克己心を忘れるな
邱永漢が株式投資の第一の原則として掲げたのが、「自分を抑える」ことです。
『株の原則』の中で、彼はこう述べています。株式投資には、自分を抑える克己心が絶対に必要だ、と。株式投資は、金儲けではあるけれども、精神修養でもあるのです。金儲けを実現するためには、相当、自分の心をコントロールできないといけない。のぼせあがったら、収拾がつかなくなります、と。
これは、現代の行動経済学でも、最も重要な発見として認識されている原則です。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』でも明らかにされているように、人間の脳は感情に支配されやすく、合理的判断を妨げる無数のバイアスを抱えております。
株式投資の現場では、毎日のように感情を揺さぶられる出来事が起こります。買った株が上がれば「もっと買えばよかった」と後悔し、下がれば「早く売っておけばよかった」と悔やむ。利益が出れば「もっと儲けたい」と欲が出て、損失が出れば「取り返したい」と焦る。
この感情の波に飲まれた瞬間、判断は狂います。冷静ならばしないはずの売買を、勢いでしてしまう。そして、たいていの場合、その判断は誤っています。
邱永漢はこの真理を、行動経済学が学問として確立される何十年も前から、実地体験から見抜いていたのです。
私の独自の見解を加えると、現代の投資環境はむしろ、邱永漢の時代よりも「自分を抑える」ことが難しくなっております。スマートフォンで二十四時間相場が見られ、SNSで他人の儲け話が流れ込んでくる。AIによる超高速取引が瞬時に相場を動かす。こうした環境では、平静を保つことが極めて難しい。
ですから、邱永漢の第一原則は、現代においてはより一層重要性を増していると言えるのです。
3-2 原則2:自分の性格に挑戦するつもりで株をやれ
第二の原則は、自分の性格と向き合うことです。
人間には、それぞれ特有の性格があります。せっかちな人、慎重な人、楽観的な人、悲観的な人。これらの性格の特性は、投資行動にも色濃く反映されます。
せっかちな人は、株を買ったら早く上がってほしいと思い、少し下がっただけで売ってしまう。慎重な人は、いつまでも買えずに機会を逃す。楽観的な人は、下落のリスクを軽視する。悲観的な人は、上昇相場でも怖くて買えない。
邱永漢が言うのは、自分の性格を知った上で、それと逆のことをしてみる、という発想です。
たとえば、せっかちな自分が「早く売りたい」と思っているなら、あえて踏みとどまってみる。慎重な自分が「まだ早い」と思っているなら、思い切って買ってみる。そうやって、自分の性格的偏りを意識的に補正していくのです。
これは「逆張り」の発想ではありません。むしろ、「自分のクセを修正する」ためのトレーニングなのです。
実際、投資の世界には「相場の天井で買って、底で売る」という、典型的な失敗パターンがあります。これは、感情に流された普通の人間が、群衆心理に乗って行動した結果です。
自分の性格と挑戦することで、こうしたパターンから脱却することができる。これが邱永漢の第二原則の真意なのです。
3-3 原則3:時代の変化に気を配れ
第三の原則は、時代を読むこと。これは邱永漢の投資哲学の核心のひとつです。
株価というものは、究極的にはその企業の未来の収益力を反映するものです。そして企業の収益力は、その企業が活動する時代環境によって大きく左右されます。
ですから、株式投資で成功するためには、今、世の中がどう変わっているのかを敏感に感じ取る必要があります。
邱永漢が伝説的な成功を収めた1960年代は、日本が高度成長期に入った時代でした。テレビ、洗濯機、冷蔵庫といった三種の神器が普及し始め、自動車が一般家庭に入り始めた時代。彼はこの時代の変化を敏感に感じ取り、家電、自動車、電子部品といった分野の成長企業に投資して大成功を収めたのです。
逆に言えば、時代の変化を読み損なうと、いかに優れた企業の株を持っていても、その価値は下がっていきます。たとえば、フィルム写真の最大手だったコダックは、デジタルカメラの時代を読み損なって倒産しました。ガラケーの最大手だったノキアも、スマートフォンの時代に乗り遅れて凋落しました。
時代の変化を読むためには、何が必要でしょうか。邱永漢は、新聞、雑誌、書籍、テレビなどの情報を幅広く取ること、人と会って話を聞くこと、街を歩いて世の中の様子を観察すること、を勧めております。
特に、「街を歩く」ことの重要性を、彼は強調しております。実際の店舗、人々の服装、車のナンバープレート、レストランの混み具合。こうした生の情報こそが、時代の変化を最も正直に伝えてくれるのです。
私の独自の見解を加えるなら、現代では「街を歩く」だけでなく、「インターネット上を歩く」ことも重要になっております。SNSのトレンド、検索ボリュームの変化、新興企業の動向、海外メディアの報道など、デジタル空間にも時代の変化のサインは溢れております。重要なのは、自分の足と目で確かめる姿勢を持ち続けることです。
3-4 原則4:銘柄は、自分の身近なところから選べ
第四の原則は、銘柄選択の基本的なアプローチです。「自分の身近なところから選べ」。
これは、世界中の有名な投資家が口を揃えて言う原則と一致します。ピーター・リンチの「自分が知っている会社に投資せよ」、ウォーレン・バフェットの「自分の能力範囲(サークル・オブ・コンピテンス)内に留まれ」。邱永漢も同じことを、もっと前から、しかも日本人向けにわかりやすく言っていたのです。
なぜ身近なところから選ぶべきなのか。理由は簡単で、自分が理解している企業の方が、判断ミスが少ないからです。
たとえば、自分が毎日コーヒーを飲んでいるなら、そのコーヒーチェーンの好調・不調が肌でわかります。自分が IT企業に勤めているなら、業界のトレンドや競合関係に詳しい。自分が住んでいる地域で開発が進んでいる不動産会社なら、現地の評判もわかる。
こうした「自分が理解できる」企業に投資することで、無理に専門用語に振り回されることなく、自分の判断軸で投資できるのです。
逆に、自分が全く理解していない業界、たとえば最先端のバイオテクノロジーや、複雑な金融デリバティブなどに、流行に乗って投資するのは危険です。理解できないものに投資するのは、目隠しをして崖を歩くようなものなのです。
ただし、「身近」とは「最初は身近」という意味です。投資の経験を積むにつれて、徐々に自分の理解できる範囲を広げていくことができます。最初は日常生活の中で接する企業から始めて、慣れてきたら業界研究を深め、さらに海外企業にも目を向けていく。こうして少しずつ「身近」の範囲を拡大していくのが、王道なのです。
3-5 原則5:株式投資の”定石”だけにとらわれるな
第五の原則は、「定石にとらわれるな」というものです。
株式投資の世界には、無数の「定石」があります。PER(株価収益率)が低い株は割安だから買い、PERが高い株は割高だから売り。配当利回りが高い株は安定収入が得られる。チャートで「上昇トレンド」が出たら買い、「下降トレンド」になったら売り。などなど。
これらの定石は、確かに長年の経験から生まれた知恵であり、参考にすべき部分はあります。しかし、邱永漢が警告するのは、定石を盲信することの危険性です。
なぜか。市場というものは、常に変化しているからです。ある時代に通用した定石が、別の時代には通用しなくなる。多くの投資家が同じ定石に従い始めると、その定石は機能しなくなる(逆張りされてしまう)。
たとえば、PERの低い「バリュー株」が必ず上昇するかというと、そうではありません。低PERのまま何年も放置される「バリュー・トラップ」と呼ばれる現象もあります。配当利回りが高い株でも、業績悪化により減配・無配となれば、株価は大きく下落します。
定石はあくまで参考。それを踏まえた上で、自分の頭で考え、自分の判断で行動することが大切なのです。
これは、現代の投資理論で言えば「効率市場仮説」への批判と通じるところがあります。市場が完全に効率的であれば、定石通りの投資で平均を超えるリターンは得られないはずです。実際、邱永漢が言うように、定石が通用しなくなる場面は頻繁にあります。
私の独自の分析を加えると、現代では「インデックス投資」が一種の新しい定石となっております。「市場全体を買えば負けない」という考え方ですが、これも絶対ではありません。市場全体が長期的に停滞する可能性もありますし、新興国の方が成長が高い可能性もある。定石にとらわれず、自分の頭で考える姿勢は、いつの時代も大切なのです。
3-6 原則6:自分で高すぎると思った株は買うな
第六の原則は、極めてシンプルでありながら、実践が難しいものです。「自分で高すぎると思った株は買うな」。
これは、自分の感覚を信じることの重要性を説いた原則です。
株式市場では、しばしば「割高」と思える価格まで株が買い進められる現象が起こります。「もっと上がる」「乗り遅れたくない」という心理が、人々を駆り立てるからです。バブル期のITバブル、最近では暗号資産バブルなどで、この現象は繰り返されております。
邱永漢が言うのは、自分の理性的判断で「これは高すぎる」と思ったなら、流行に流されずに買わない方がいい、ということです。
なぜなら、いくら他の人が儲けていても、自分が高値で買ってしまえば、損をするのは自分だからです。「みんなが儲けている」という幻想は、しばしば崩壊する瞬間が来ます。その時、最後に買った人が、最大の損失を被るのです。
これは、現代の「投資の自己責任原則」とも通じます。最終的な判断は自分でする以上、自分が納得できない投資はすべきではないのです。
ただし、ここで気をつけるべきは、「自分の感覚が常に正しい」と思い込んではいけないということです。自分が「高すぎる」と思っても、さらに上がっていく株もあります。その時に「やっぱり買えばよかった」と後悔するのは、人間として自然な感情です。
しかし、邱永漢が言うのは、買わなかったことで取り逃した利益と、買って損をしたかもしれない損失を天秤にかけて、長期的に見れば「自分の判断を信じる」方が安全だ、ということです。
3-7 原則7:株の衝動買いはするな
第七の原則は、「衝動買いはするな」というもの。これは消費生活の原則とも一致しますが、株式投資においては特に重要です。
衝動買いとは、十分な検討をせずに、その場の気分で買ってしまうことです。「友人が儲かったと言うから」「テレビで紹介されていたから」「チャートが急騰したから」といった理由で、よく調べもせずに飛び乗ってしまう。
こうした衝動買いは、ほとんどの場合、失敗に終わります。なぜなら、自分が「気分」で買った株は、また「気分」で売ってしまうからです。少し下がれば不安になり、少し上がれば満足して売ってしまう。長期的な投資判断ができないのです。
邱永漢が勧めるのは、株を買う前に「なぜこの株を買うのか」を、自分の言葉で説明できる状態にしておくこと。さらに、「どんな条件が満たされれば売るのか」を、買う時点で決めておくこと。
たとえば、「この会社は新製品の発売で来年の業績が大きく伸びると予想されるから買う。もし新製品の販売が予想を下回ったら、業績見通しを見直して売却を検討する」といった具合に、明確なシナリオを持つのです。
このシナリオがあれば、感情に流されることなく、論理的に売買判断ができます。
現代の投資理論で言えば、これは「投資仮説(インベストメント・シーシス)」と呼ばれるものです。プロの投資家は必ず投資仮説を立て、それが否定されれば撤退するという規律を持っております。邱永漢は、これを「衝動買いをするな」という、わかりやすい言葉で個人投資家に伝えていたのです。
3-8 原則8:金儲けのチャンスを、自分のものだけと思うな
第八の原則は、ある種の謙虚さを説いたものです。
「自分だけが見つけた絶好のチャンス」と思った投資機会は、実は他の多くの人も同じように考えている可能性が高い、というのが邱永漢の指摘です。
考えてみれば当然のことです。世界中の何百万人もの投資家が、毎日のように情報を収集し、分析し、投資判断を下しています。あなたが新聞や雑誌、インターネットで得る情報は、すべての投資家が同時に得る情報です。
ですから、誰でも入手できる情報に基づいて「これは絶好の投資機会だ」と思ったなら、その時点で既に多くの投資家が同じ判断をしている可能性が高く、株価には既に織り込まれている可能性があるのです。
これは現代の経済理論で言えば「効率市場仮説」と一致します。公開情報に基づく投資判断では、超過リターンは得にくいということです。
では、どうすればよいのか。邱永漢が示唆するのは、「みんなが見逃しているところを見る」「他人とは違う角度から考える」という姿勢です。
たとえば、誰もが大企業のことばかり議論している時に、小型成長株に目を向ける。誰もが日本株を語っている時に、海外の新興市場を見る。誰もが楽観的になっている時に、リスクに警戒する。逆に、誰もが悲観的になっている時に、復活の芽を探す。
こうした「逆張り」的な視点を持つことで、他の投資家が見逃している機会を捉えることができるのです。
ただし、これは「常に逆を行く」という単純な話ではありません。重要なのは、「自分だけが気づいた」と思った時こそ、「他にも気づいている人がいるのではないか」と疑ってみる、慎重さの姿勢なのです。
3-9 原則9:シロウト考えを重視せよ
第九の原則は、邱永漢の独特な発想を示すものです。「シロウト考えを重視せよ」。
これは「専門家の意見を無視せよ」という意味ではありません。むしろ、「専門家になりすぎると、かえって市場が見えなくなる」という洞察です。
専門家は、その分野の細かな知識を持っています。しかし同時に、その分野特有の「常識」や「慣習」に縛られております。だからこそ、業界外の素人が見ると当たり前に変だと思うことが、業界内では気づかれないことがあるのです。
たとえば、家電業界の専門家は、業界の伝統的な販売チャネルや製品設計の慣習に縛られていました。だからこそ、業界外から参入したアップル社がiPhoneで業界を破壊することを予測できませんでした。アップルの製品が「ガラケーよりも遥かに高価で、しかもキャリアショップではなく自社直営店で売る」というのは、業界の常識から見れば奇抜すぎたのです。
ところが、素人の消費者は素直に「iPhoneは便利だ」「使いやすい」と感じ、購入していきました。素人の素朴な感覚の方が、業界の専門知識よりも正しかった例です。
邱永漢が言うのは、こうした「素人の素朴な感覚」を大切にせよ、ということです。
特に、自分が消費者として「これは良い」「これは便利」「みんなが欲しがるだろう」と感じる商品やサービス。それを提供している企業は、しばしば成長株となります。
『損をして覚える株式投資』の中で、邱永漢は「株で成功するためにはシロウトであれ」と説いております。これは、プロぶって複雑な分析をするよりも、素人として素直に世の中を見る方が、かえって本質を捉えやすいという考えなのです。
3-10 原則10:株のことは株に聞け
第十の原則は、「株のことは株に聞け」という、禅問答のような言葉です。
これは何を意味しているのでしょうか。
要するに、株価そのものが多くの情報を含んでいるから、株価の動きを丁寧に観察せよ、ということです。
株価は、市場参加者全員の判断の総和です。アナリストの予想、企業の発表、業界のトレンド、マクロ経済の動向、国際情勢など、あらゆる情報が反映されて、現在の株価が形成されております。
ですから、株価の動き方そのものが、市場の「集合知」を表しているのです。
たとえば、ある企業の業績発表があった時、その後の株価の反応を見れば、市場がその発表をどう評価したかがわかります。良いニュースなのに株価が下がったなら、それは「市場の期待がさらに高かった」ということ。逆に、悪いニュースなのに株価が上がったなら、それは「最悪は過ぎ去った」と市場が判断した可能性があります。
このように、株価の動きを丁寧に読み解くことで、市場の集合的判断を理解することができるのです。
ただし、これは「チャート分析を絶対視せよ」という意味ではありません。邱永漢は、テクニカル分析だけに頼ることには否定的でした。重要なのは、「株価の動きが、市場の何を示しているか」を、ファンダメンタルズと併せて考えることなのです。
3-11 原則11:他人に責任を転嫁するな
第十一の原則は、投資における精神的な姿勢を説いたものです。「他人に責任を転嫁するな」。
投資で損をした時、人は様々な言い訳を考えるものです。「証券会社の営業マンに勧められたから」「テレビで専門家が推奨していたから」「友人がいいと言ったから」。
しかし、最終的に投資を実行したのは自分自身です。誰かの推奨を信じるかどうか、自分のお金を投じるかどうかを決めたのは、他ならぬ自分の判断なのです。
邱永漢が強調するのは、この「自己責任」の徹底です。他人に責任を転嫁する限り、投資の腕は上達しません。なぜなら、原因を自分の外に求めている限り、自分の判断や行動を改善することができないからです。
逆に、すべての結果を自分の判断の結果として受け入れることで、初めて「次はこうしよう」という学習が可能になります。
これは現代の自己啓発書でも頻繁に語られる「内的統制」と「外的統制」の問題と一致します。成功者は内的統制(結果は自分の責任)の傾向が強く、失敗を繰り返す人は外的統制(結果は他者や環境のせい)の傾向が強い、という研究結果があります。
邱永漢の第十一原則は、投資の腕を上げるための、最も基本的でありながら、最も難しい原則なのです。
3-12 原則12:新聞の株式欄を見るときは、全体を眺めよ
第十二の原則は、情報収集の仕方に関するものです。
新聞の株式欄を見るとき、多くの投資家は自分が保有している銘柄、あるいは関心のある銘柄しか見ません。しかし邱永漢は、全体を眺めることを推奨しております。
なぜ全体を眺める必要があるのか。それは、相場には流れがあるからです。
ある日、自動車関連の銘柄が一斉に上昇していたとします。これは、業界全体に追い風が吹いている可能性を示唆しております。逆に、ハイテク関連が一斉に下落していたら、業界全体に逆風が吹いているのかもしれません。
個別の銘柄だけを見ていたのでは、こうした業界全体の動向を見落としてしまいます。新聞の株式欄を全体として眺めることで、業界の盛衰、テーマの移り変わりを感じ取ることができるのです。
現代では、新聞だけでなく、株式情報サイトやアプリで瞬時に業界別の動向が見られます。それでも、「全体を眺める」という習慣は変わらず重要です。
私の独自の見解を加えると、現代では「セクター・ローテーション」と呼ばれる、業界間の資金移動を意識することが、より重要になっております。景気の局面に応じて、買われる業界が変わっていく。これを敏感に察知するためにも、個別銘柄だけでなく、全体を眺める習慣が大切なのです。
3-13 原則13:情報は、そのままウノミにするな
第十三の原則は、情報リテラシーに関するものです。
現代社会では、情報は溢れております。テレビ、新聞、雑誌、インターネット、SNS。それらから、毎日のように投資に関する「情報」「予測」「推奨」が流れてまいります。
しかし邱永漢は、これらの情報をそのまま鵜呑みにしてはいけないと警告します。
なぜか。第一に、情報には発信者の意図がある。第二に、情報には誤りがある。第三に、情報は古くなる。第四に、情報は解釈次第で意味が変わる。
たとえば、テレビ番組で「この銘柄は買いだ」と専門家が言ったとしても、その専門家には番組の視聴率を上げるという動機があるかもしれません。あるいは、その専門家が既にその銘柄を保有していて、視聴者に買わせて株価を上げたいという動機があるかもしれません。
新聞記事も同様です。記者の能力、デスクの編集方針、紙面の制約など、様々な要因で内容は変わります。
ですから、情報を受け取る際には、「誰が、どんな意図で、いつ、どんな前提で発信した情報か」を常に意識する必要があります。
そして、複数の情報源を突き合わせ、自分の頭で再構築する作業を経て、初めてその情報は使える知識になるのです。
これは現代の「情報リテラシー教育」の核心と一致します。フェイクニュースが氾濫し、AIによる自動生成記事まで登場する現代において、邱永漢のこの教えはますます重要性を増していると言えるでしょう。
3-14 原則14:情報を読む、自分なりの”見方”を持て
第十三原則と関連しますが、第十四原則は「自分なりの見方を持て」というものです。
これは、情報を批判的に読むだけでは足りない、自分独自の解釈の枠組みを持て、ということです。
なぜか。同じ情報を見ても、人によって解釈は変わるからです。そして、その解釈の違いが、投資判断の違いを生み、最終的な成果の違いを生むのです。
たとえば、「日本の人口が減少している」というニュースを聞いて、ある人は「日本市場は縮小するから日本株はダメだ」と考えるかもしれません。別の人は「人口減少で介護需要が増えるから介護関連株は買いだ」と考えるかもしれません。さらに別の人は「人口減少で労働力が不足するから自動化関連の株が伸びる」と考えるかもしれません。
どの解釈が正しいのか。実は、どれも一部は正しく、一部は外れます。重要なのは、自分独自の解釈の枠組みを持って、一貫した投資判断を下すことです。
邱永漢自身の「見方」の特徴は、「アジア全体を視野に入れる」「成長分野を見る」「時代の変化を捉える」というものでした。彼はこの一貫した枠組みで、戦後日本、台湾、中国と、時代を読みながら投資先を選んできたのです。
私の独自の分析を加えるなら、現代の個人投資家にとって、自分独自の「見方」を持つことは、ますます重要になっております。なぜなら、AIや量的アルゴリズムが市場を支配する時代において、人間の投資家が太刀打ちできるのは、独自の視点と判断力だけだからです。
3-15 原則15:常識外の出来事を軽視するな
最後の第十五原則は、「常識外の出来事を軽視するな」という、ある種の警告です。
市場では、時折「想定外」の出来事が起こります。リーマンショック、東日本大震災、新型コロナウイルスのパンデミック、地政学的危機。こうした出来事は、平時には「ありえない」と思われていることが、現実に起こってしまうのです。
邱永漢は、こうした「ブラック・スワン」的な出来事を、軽く見るなと警告します。
なぜか。市場の予測モデルは、過去のデータに基づいて作られます。ですから、過去に起こらなかった種類の出来事は、モデルでは想定されません。しかし、現実には、過去に起こらなかったことが起こるのです。
ですから、投資をする際には、「想定内のリスク」だけでなく、「想定外のリスク」も視野に入れる必要があります。具体的には、「最悪の事態が起こっても破滅しない」程度のポジションサイジング、分散投資、現金の確保といったリスク管理が重要になってまいります。
これは、現代の金融工学で言えば、「テールリスク」への備えと一致します。確率的には低いけれども、起これば壊滅的な影響がある事象に対する備えです。
邱永漢自身、1973年の第一次オイルショックで大損害を被り、胃を病んで入院した経験があります。この経験から、彼は「想定外」への備えの重要性を、骨の髄まで理解していたのです。
3-16 十五原則の総括
ここまで、邱永漢の株式投資十五原則を見てまいりました。これらを総括すると、いくつかの共通テーマが浮かび上がってまいります。
第一に、自己との対話。 自分の感情、性格、判断を客観視し、コントロールすることの重要性。これは原則1、2、6、9などに表れております。
第二に、外界との対話。 時代、市場、情報を読み解き、解釈する力。これは原則3、5、12、13、14などに表れております。
第三に、規律。 衝動的な判断を避け、論理的・計画的に投資を進める姿勢。これは原則7、8、10、11などに表れております。
第四に、謙虚さと警戒。 自分の判断を過信せず、最悪の事態にも備える姿勢。これは原則15に集約されますが、全体に流れる精神でもあります。
これらは、現代の最先端の行動経済学や投資理論と照らし合わせても、極めて整合的な内容です。むしろ、邱永漢が四十年以上前にこれらを体系化していたことに、私たちは驚嘆すべきでしょう。
次章では、これらの原則の基盤となる「成長株理論」について、詳しく解説してまいります。
第4章 成長株理論──「相場」より「未来」を見よ
邱永漢が「金儲けの神様」と呼ばれるようになった最大の理由は、彼が日本における「成長株理論」の先駆者だったからです。
「相場」を読むのではなく、「未来の成長」を読む。この一見シンプルな発想の転換が、彼を伝説的な投資家にしました。本章では、この成長株理論の中身を、徹底的に解き明かしてまいります。
4-1 「相場」と「成長」の根本的な違い
株式投資には、大きく分けて二つのアプローチがあります。
一つは「相場アプローチ」。これは、株価の上下動を予測し、安く買って高く売ることで利益を得る手法です。チャート分析や需給バランスの分析が中心となり、時には短期間での売買を繰り返します。
もう一つが「成長アプローチ」。これは、企業の未来の成長を予測し、その成長による株価上昇を享受する手法です。企業のファンダメンタルズ分析が中心となり、長期保有が基本となります。
邱永漢が提唱したのは、後者の「成長アプローチ」でした。
なぜ彼は成長アプローチを選んだのか。彼自身の言葉を借りれば、「相場は誰にも予測できないが、成長はある程度予測できる」というのです。
確かに、明日の株価がいくらになるかは、世界最高の経済学者にも、最先端のAIにも予測できません。それは多くの偶発的要因が絡む、本質的に不確実な事象だからです。
しかし、「この会社が五年後にどれくらい成長しているか」は、ある程度予測可能です。なぜなら、企業の成長は、その企業が属する業界の成長、競争環境、経営陣の質、技術力、ブランド力といった、より基本的で長期的な要因によって決まるからです。
邱永漢は、予測不可能なものに賭けるよりも、ある程度予測可能なものに賭ける方が、合理的だと判断したのです。
4-2 「成長株は宝の山」──邱永漢の確信
『損をして覚える株式投資』の中で、邱永漢は「成長株は宝の山」という強い言葉を使っております。
なぜ「宝の山」なのか。それは、成長株の上昇余地が、通常の株とは桁違いに大きいからです。
たとえば、年率20%の成長を続ける企業があったとします。十年経つと、その企業の利益は約6.2倍になります。それに合わせて株価も6倍前後に上昇するでしょう。一千万円の投資が、十年で6千万円以上になる可能性があるのです。
これに対して、安定企業の株は、配当を含めても年率5〜7%程度のリターンに留まるのが一般的です。十年で約2倍。これも悪くはありませんが、成長株の比ではありません。
しかも、本当の意味での成長企業は、上昇余地が二倍、三倍ではなく、十倍、百倍に達することもあります。マイクロソフト、アップル、アマゾン、テスラといった企業の株価は、上場時から数百倍以上に上昇しました。日本でも、ソフトバンク、ユニクロ、ニトリといった成長企業の株は、長期保有した人に莫大な利益をもたらしました。
ですから、本当の成長株を見つけて、長期保有する。これが邱永漢の考える、最も合理的な株式投資の方法なのです。
4-3 成長株を見抜く五つのポイント
では、どうやって成長株を見抜くのか。邱永漢が示したヒントを、私なりに整理すると、以下の五つのポイントになります。
第一に、業界の成長性。 その企業が属する業界自体が成長しているか。衰退する業界の中で唯一頑張っている企業より、成長する業界の中の中堅企業の方が、伸びる可能性が高い。
第二に、その業界の中での競争優位性。 価格競争で勝っているのか、技術で勝っているのか、ブランドで勝っているのか。何らかの「他社にない強み」がなければ、長期的な成長は望めない。
第三に、経営陣の質。 企業のトップが誰か。その人物の人格、ビジョン、実行力はどうか。優れた経営者がいる企業は、たいてい成長します。
第四に、財務の健全性。 急成長を追求するあまり、無理な借金で経営している企業は、景気の谷で倒れてしまう可能性が高い。健全な財務基盤の上で成長している企業を選ぶことが重要。
第五に、株価の妥当性。 いくら成長企業でも、株価が高すぎる時に買えば、リターンは小さくなる。ある程度の割安感、少なくとも割高感のない水準で買うことが大切。
これらのポイントを総合的に判断することで、本当の成長株を見出すことができるのです。
4-4 邱永漢が見抜いた高度成長期の成長株
1960年代、邱永漢は当時の日本経済の構造変化を見抜き、これから伸びる業界の成長株を次々と選んでいきました。
具体的に彼が注目したのは、家電、自動車、電子部品、化学といった分野でした。これらの分野は、戦後日本の高度成長を支える基幹産業となり、その中の代表的な企業の株は、長期にわたって大きく上昇しました。
なぜ彼はこれらの分野に目を付けることができたのか。それは、彼が日本だけでなく、世界全体の経済発展のパターンを見ていたからです。
戦後のアメリカでは、家電、自動車、電子部品、化学といった分野が経済成長の牽引役となっていました。邱永漢は、日本もまたアメリカと同じ道筋をたどると予想したのです。「先進国のパターンが、遅れた国でも繰り返される」という、いわばパターン認識の力です。
これは、後に経済学者ロストウが「経済成長の諸段階」として理論化したことと一致します。邱永漢は、理論として整理される前から、直感的にこのパターンを見抜いていたのです。
4-5 中国株への着目──成長株理論の延長
1990年代以降、邱永漢が中国株に強い関心を示すようになったのも、この成長株理論の延長でした。
1990年代の中国は、ちょうど戦後日本の高度成長期と似た状況にありました。改革開放政策のもとで、農業国から工業国へ、計画経済から市場経済へと急速に変貌していた時期です。
邱永漢は、「日本でかつて起こったことが、これから中国で起こる」と予想しました。つまり、家電、自動車、電子部品といった分野で、中国版のソニーやトヨタやパナソニックが生まれてくる、と。
そして実際、その予想は的中しました。レノボ、ハイアール、テンセント、アリババ、BYDといった中国企業が、世界市場で存在感を増していきました。中国株式市場も、紆余曲折はあったものの、長期的には大きく上昇いたしました。
ただし、邱永漢は中国株について手放しで楽観的だったわけではありません。『チャイナリスクに賭ける 中国投資で成功する法』(プレジデント社、1996年)という著書のタイトルが示すように、中国特有のリスク(政治リスク、法制度の未整備、情報の不透明性など)を十分に認識した上での投資を勧めていたのです。
4-6 成長株理論の限界と注意点
成長株理論は強力ですが、万能ではありません。邱永漢自身も、その限界と注意点を理解しておりました。
第一の限界は、「成長の終わり」を見抜く難しさ。 どんな成長企業にも、いつかは成長が鈍化する時が来ます。その転換点を見抜けないと、ピーク時の高値で買って、その後の停滞・下落に巻き込まれてしまいます。
第二の限界は、「成長の罠」。 急速に成長している企業は、しばしば過剰評価されます。「成長率の高さ」が株価に過度に織り込まれ、PERが100倍、200倍となることもあります。こうした状態で買うと、たとえ企業が成長しても、株価のリターンは限られます。
第三の限界は、競争環境の変化。 成長企業の優位性は、新規参入や技術革新によって、突然失われることがあります。フィルム業界の盛衰、携帯電話業界の盛衰、書店業界の盛衰など、多くの例があります。
これらの限界を踏まえて、邱永漢は「成長株への投資は、買って放置するのではなく、継続的に状況をモニタリングする必要がある」と説いておりました。
4-7 成長株理論の現代的意義
二十一世紀になり、株式投資の世界は大きく変わりました。インデックス投資が普及し、機械学習やAIによる量的取引が市場の大部分を占めるようになりました。
そんな時代に、邱永漢の成長株理論は、まだ有効なのでしょうか。
私の見解では、むしろ現代こそ、成長株理論の重要性が増していると思います。
なぜか。インデックス投資は「市場平均」を取りに行く戦略ですが、市場平均自体が今後どれくらい成長するかは不確実です。特に日本では、人口減少と低成長が予想されており、TOPIXやS&P 500の長期リターンが過去ほど高くなる保証はありません。
そんな中で、平均を上回るリターンを得るためには、平均よりも高い成長を遂げる個別企業を見つける必要があります。これは、まさに成長株理論のアプローチなのです。
ただし、現代の成長株は、邱永漢の時代とは姿を変えております。製造業ではなく、ソフトウェア、サービス、バイオテクノロジー、再生可能エネルギー、AI関連といった分野が、成長の中心になっております。
邱永漢が今生きていたら、間違いなく、これらの新しい成長分野に注目していたでしょう。そして、原則は変わらなくとも、対象は時代に応じて変えていくことが、成長株投資の鍵なのです。
第5章 「株は推理小説である」──市場を読む知的ゲーム
邱永漢の投資哲学を語る上で、決して外せない発想があります。それは、「株式投資は推理小説のようなものだ」という、極めてユニークな見方です。本章では、この発想の意味するところを、深く掘り下げてまいります。
5-1 「株は推理小説」というメタファー
『株の原則 邱永漢の基本法則』の中で、邱永漢はこう述べております。「『株の原則』は、推理を楽しむことにあり」と。
普通の人にとって、株式投資は「お金を増やす手段」です。しかし、邱永漢にとっては、それ以上のものでした。彼は株式投資を、「世の中という巨大な謎を解き明かす知的ゲーム」として捉えていたのです。
推理小説では、探偵が様々な手がかりから犯人を推理します。証拠を集め、関係者の証言を吟味し、矛盾を見つけ、真相に迫っていく。この「推理のプロセス」自体が、推理小説の醍醐味です。
株式投資も同じだ、と邱永漢は言うのです。経済指標、企業業績、ニュース、人々の動き、街の様子。こうした手がかりから、未来の経済の姿、企業の運命を推理する。そして、自分の推理が正しければ、結果として利益が生まれる。
このメタファーの素晴らしさは、株式投資の「楽しさ」を伝えていることです。お金を増やすことだけが目的なら、いずれ疲れてしまいます。しかし、推理を楽しむという姿勢で取り組むなら、たとえ短期的に損をしても、長く続けることができるのです。
5-2 「フィクションではない面白さ」
『株の原則』の紹介文には、「フィクションではない面白さ、それが『株』」という言葉があります。
これは何を意味しているのでしょうか。
普通の推理小説は、作者が作り出したフィクションです。読者は、作者が用意した手がかりを追って犯人を当てるゲームに参加します。
しかし、株式投資という「推理ゲーム」では、相手は実在の世界です。実在の企業、実在の経営者、実在の消費者、実在の経済。誰も結末を知らない、本物の謎です。
しかも、自分の推理が正しいかどうかは、最終的にお金という形で証明されます。これほどスリリングで、これほどリアルな知的ゲームは、他にないのです。
邱永漢が直木賞作家として小説を書きながら、同時に株式投資にのめり込んだのは、こうした「フィクションを超えた面白さ」に魅了されたからではないでしょうか。
5-3 「株は社会の覗き窓」
邱永漢のもう一つの有名なフレーズに、「株は社会の覗き窓」というものがあります。
株式投資を通じて、人は社会のあらゆる側面を見ることができる、というのです。
たとえば、ある会社の株を持っていると、その会社の業績、業界の動向、競合との関係、技術革新の影響、消費者の嗜好の変化、政治の影響など、多くのことを知る必要があります。これは、社会のひとつの断面を深く知ることに他なりません。
複数の業界の株を持っていれば、複数の断面を知ることになります。製造業、サービス業、金融業、不動産業、IT業界、医療業界、エネルギー業界。それぞれの業界が、社会の異なる側面を見せてくれます。
さらに、外国株も持っていれば、その国の社会、経済、政治についても学ぶ動機が生まれます。
このように、株式投資は、人間が社会を学ぶための、最高に効率的な「教育プログラム」なのです。お金を儲けようとして始めた株式投資が、いつの間にか自分自身の知見と教養を大きく広げてくれる。これが、邱永漢の言う「社会の覗き窓」としての株式投資なのです。
5-4 推理のための「手がかり」をどう集めるか
では、株式投資という推理ゲームで勝つために、どんな「手がかり」を集めるべきでしょうか。邱永漢の著作から、私なりに整理してみます。
第一に、企業情報。 決算短信、有価証券報告書、株主総会の招集通知、IR資料。これらは企業が公式に発表する情報で、最も基本的な手がかりです。
第二に、業界情報。 業界紙、業界団体の発表、業界レポート。同業他社との比較、業界全体のトレンドを把握できます。
第三に、マクロ経済情報。 政府の経済統計、日銀の発表、海外の経済指標。為替や金利、原材料価格などが企業業績にどう影響するかを考えるための基礎となります。
第四に、現場情報。 実際に店舗を訪れ、商品を試し、社員の話を聞く。これは数字には現れない、生の情報を得る方法です。
第五に、人々の声。 SNSでの口コミ、消費者調査、街の話題。世の中の人々が何を求めているかを知る手がかりです。
これらの情報を統合し、自分なりの仮説を立て、検証していく。それが、株式投資という推理ゲームの真髄なのです。
5-5 「常識外の出来事を軽視するな」──意外性を見逃さない
邱永漢の十五原則の最後にあった「常識外の出来事を軽視するな」という原則は、推理小説のメタファーの観点から見ると、より深い意味が見えてまいります。
優れた推理小説では、しばしば「意外な事実」が物語の鍵となります。誰もが見逃していた小さな違和感、当たり前すぎて誰も注目しなかった些細な事実。これらが、最終的に真相解明の決め手となるのです。
株式投資においても、同じことが言えます。
多くの投資家が見逃している小さな変化、誰もが「常識外」として片付けている兆候。これらに敏感に反応できる投資家こそが、大きな利益を得るのです。
たとえば、2007年の段階で、アメリカのサブプライムローン市場の異変に気づき、危機を予想した一握りの投資家たち。彼らは、誰もが「住宅価格は上がり続ける」と信じていた時に、「常識外」のリスクに目を向けたのです。映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』で描かれた、あの人々です。
邱永漢が言いたかったのは、こうした「常識外」を見逃さない感度を、常に持ち続けよ、ということでした。
5-6 「推理する」ことの楽しさを忘れない
最後に、推理小説のメタファーから学ぶべき、最も大切なことを述べたいと思います。それは、「楽しむこと」の重要性です。
投資の世界には、深刻になりすぎる人が大勢おります。少し損をしただけで眠れなくなる、相場が下げるたびに胃が痛くなる、家族との会話も上の空、といった人です。
しかし、邱永漢は言うのです。それは間違ったアプローチだ、と。
株式投資は、人生をかけた戦いではありません。あくまでも、楽しい知的ゲームなのです。推理小説を読むように、街を散策するように、料理を作るように、楽しんで取り組むものなのです。
もちろん、自分のお金を投じる以上、真剣には取り組みます。しかし、その「真剣さ」は、楽しさを基盤としたものであるべきです。
楽しんでいる限り、たとえ損をしても立ち直れます。楽しんでいる限り、たとえ儲かっても傲慢にならずに済みます。楽しんでいる限り、何十年でも続けられるのです。
この「楽しむ姿勢」こそが、邱永漢の投資哲学の、最も人間的で温かい部分なのではないでしょうか。
第6章 損をして覚える──失敗こそ最高の教師
邱永漢の著書のひとつに『損をして覚える株式投資』というタイトルがあります。この題名そのものが、彼の投資哲学の核心を表しております。本章では、失敗との向き合い方について、邱永漢の知恵を学んでまいります。
6-1 「株は儲かる人より損する人のほうが多い」
『損をして覚える株式投資』の冒頭で、邱永漢は衝撃的な事実を述べております。「株は儲かる人より損する人のほうが多い」と。
これは、株式投資の世界における普遍的な真理です。実際、各種の統計調査によると、個人投資家の七割から八割は、長期的には市場平均にも届かない成績しか出していないと言われております。
なぜそうなるのか。理由は様々ですが、邱永漢が指摘する主な理由は以下の通りです。
第一に、人間の感情が判断を狂わせる。第二に、情報の取捨選択ができない。第三に、長期的視点を持てない。第四に、自分の能力を過信する。第五に、損失を認めずに塩漬けにする。
これらの「人間の弱さ」が、投資成績を悪化させるのです。
6-2 「知恵のはたす役割は10%ていど」
邱永漢の名言として記憶されているもののひとつに、「株の儲けは知恵の果たす役割は10%程度で、あとは全てガマン料」というものがあります。
これは、株式投資における「知恵」と「忍耐」の比重を見事に表現した言葉です。
多くの投資家は、自分の「知恵」(分析力、洞察力、情報量など)に頼って利益を出そうとします。しかし邱永漢は、知恵の果たす役割は実は限定的だと言うのです。
では、何が重要なのか。それは「ガマン」、つまり忍耐力です。
買った株が一時的に下がっても、保有し続ける忍耐。逆に、上がり始めても、欲張らずに売る勇気。長期的な視野で、目先の値動きに振り回されない冷静さ。これらの「ガマン」が、最終的な投資成績を決定するのです。
私の独自の分析を加えるなら、これは現代のインデックス投資の論理とも一致します。インデックス投資の成功の鍵は、複雑な分析能力ではなく、「市場が下げても買い続け、長期保有する」という単純な忍耐力なのです。
邱永漢は四十年以上前に、この真理を見抜いていたのです。
6-3 「本当に辛抱しなければならないのは、買値に戻ったあと」
邱永漢のもう一つの名言があります。「本当に辛抱しなければならないのは、実は自分の買値に戻ったあと」というものです。
これは、株式投資における人間心理の機微を、見事に捉えた言葉です。
株を買って下がった時、多くの人は「もとに戻ったら売ろう」と考えます。これは「損切りができない」心理の典型です。
そして、運よく株価が買値まで戻った瞬間、その人は売ってしまいます。「これで損せずに済んだ」と安堵して。
ところが、本当に伸びる成長株の場合、買値に戻った後にこそ、本格的な上昇が始まることが多いのです。買値で売ってしまった人は、その後の大きな上昇を取り逃すことになります。
邱永漢が言うのは、買値に戻ったときこそ、冷静に「この株は本当に売るべきか」を再評価せよ、ということです。最初に買った時の判断が正しかったなら、買値に戻ったからといって慌てて売る必要はないのです。
この洞察は、現代の行動経済学で言う「処分効果(ディスポジション・エフェクト)」の問題と一致します。人間は利益が出ている株はすぐに売り、損が出ている株は長く持ち続ける傾向があります。これは、合理的判断とは正反対の行動なのです。
6-4 「買えば必ず下がることを予定に入れる」
邱永漢の実践的アドバイスのひとつに、「買えば必ず下がることを予定に入れて、下げれば買い増しのできる体制を作っておく」というものがあります。
これは、極めて重要なリスク管理の哲学を表しております。
普通の投資家は、「これから上がる」と信じて株を買います。そして、もし下がったら「予想が外れた」と動揺します。
しかし邱永漢が言うのは、「買った直後に下がることを、最初から予定に入れておけ」ということです。
なぜなら、株価は短期的にはランダムに動くものであり、自分が買ったタイミングが必ずしも最安値ではないからです。買った瞬間から下がる確率は、結構高いのです。
ですから、最初から「下がっても大丈夫」な余裕を持って買うことが重要になります。具体的には、全力で一度に買うのではなく、何回かに分けて買う。最初は予定資金の三分の一だけ買って、もし下がったら追加で買う。さらに下がったら、また追加で買う。
このように「下がっても対応できる体制」を作っておけば、株価の下落は脅威ではなく、むしろ機会となります。
これは現代の投資理論で言えば「ドル・コスト平均法」や「逆張り戦略」と通じる考え方です。邱永漢は、こうした合理的なリスク管理を、もっと直感的にわかりやすい言葉で表現していたのです。
6-5 邱永漢自身の失敗談
邱永漢の偉大なところは、自分の失敗談も率直に語っていたことです。
『失敗の中にノウハウあり 金儲けの神様邱永漢が儲けそこなった話』(グラフ社、1986年)という本のタイトルに表れているように、彼は自分の失敗を恥じることなく、それを後進への教訓として惜しみなく公開しております。
特に有名なのは、1973年の第一次オイルショックでの大損害です。当時、邱永漢は台湾政府の要請で台湾に戻り、大規模な国家事業に関わっておりました。そこへオイルショックが襲い、原材料価格の高騰と需要の冷え込みが同時に進行。彼の事業は大打撃を被ったのです。
この時、邱永漢は胃を病んで入院することになりました。「金儲けの神様」と呼ばれた人物でさえ、こうした大失敗を経験するのです。
しかし、彼はこの失敗から多くを学びました。
第一に、「想定外」のリスクは必ず起こる。だからこそ、リスク管理を怠ってはならない。
第二に、自分の能力を過信してはならない。状況が変われば、それまで通用していた方法が通用しなくなる。
第三に、健康を損なってまで儲けようとすると、結局は何もかも失う。投資はマラソンであり、長く続けるための健康と精神状態の維持が最重要。
これらの教訓は、その後の彼の著作に深く刻まれることになります。
6-6 失敗を糧にするための姿勢
邱永漢が示した「失敗から学ぶ姿勢」を、私なりに整理すると、以下のようになります。
第一に、失敗を隠さない。 自分の失敗を恥じて隠してしまうと、そこから学ぶことができません。むしろ、失敗を直視し、何が悪かったのかを徹底的に分析することです。
第二に、感情と分析を分ける。 失敗した時の悔しさや恥ずかしさといった感情と、失敗から得られる教訓は、別物です。感情に流されずに、冷静に分析することが大切です。
第三に、教訓を一般化する。 ある特定の失敗から、より普遍的な教訓を引き出します。「あの銘柄は失敗だった」だけでは学びは小さい。「自分の感情に流されたから失敗した」「リスク管理が甘かったから失敗した」というように、原則レベルで学ぶことです。
第四に、再発防止策を立てる。 同じ失敗を繰り返さないために、具体的な対策を立てます。たとえば、「感情的になりやすい状況では、二十四時間置いてから判断する」「全資金の20%以上を一銘柄に投じない」など。
第五に、失敗を共有する。 自分の失敗を他人と共有することで、相手の参考になるだけでなく、自分の理解も深まります。邱永漢が著書で失敗談を惜しみなく書いたのは、まさにこの精神からでした。
6-7 「株式投資は精神修養の場」
邱永漢の名言として最も深い言葉のひとつに、「株式投資は精神修養の場」というものがあります。
これは、株式投資を単なるお金儲けの手段ではなく、人間としての成長の場として捉える姿勢を表しております。
株式投資をしていると、人間の様々な弱さに直面します。欲望、恐怖、嫉妬、後悔、焦り、傲慢。これらの感情と日々向き合い、それらに支配されないように努力する。これは、まさに精神修養そのものです。
そして、精神修養を続けることで、人は自然と成長していきます。お金の問題だけでなく、人間関係、仕事、健康、家族との関係など、生活のあらゆる側面において、より落ち着いた、より深い判断ができるようになっていく。
邱永漢にとって、株式投資の最大の価値は、こうした人間としての成長にあったのかもしれません。お金が増えることは、その結果に過ぎないのです。
第7章 お金との付き合い方──貯まる人と貯まらない人の差
ここまで主に株式投資について論じてまいりましたが、邱永漢の哲学はそれに留まりません。彼は、お金との付き合い方全般について、深い洞察を示しております。本章では、その内容を詳しく見てまいります。
7-1 お金が貯まる七つの原則
『お金の原則 邱永漢の基本法則』の中で、邱永漢は「お金が貯まる七つの原則」を提示しております。これは、お金との付き合い方の根本を整理した、極めて実用的な指針です。
原則1:お金をだいじにすること 原則2:「小」を積むこと 原則3:使わないこと 原則4:一生懸命稼ぐこと 原則5:借金は必ず返すこと 原則6:使うべきお金は使うこと 原則7:けじめをつけること
これらをひとつずつ、詳しく見てまいりましょう。
7-2 原則1:お金をだいじにすること
「お金をだいじにする」とは、抽象的な精神論ではありません。具体的な行動です。
たとえば、財布の中の紙幣をきれいに揃えて入れる。小銭をジャラジャラと放り込まない。お札にシワをつけたり、汚したりしない。家計簿をつけ、自分のお金がどこに行っているのかを把握する。預金通帳を定期的にチェックする。
こうした、ある意味では「お金への敬意」を表す行動を、日々続けることです。
なぜこれが大切なのか。邱永漢は言います。お金を粗末に扱う人のところには、お金は集まらない、と。
これは迷信ではなく、人間心理の真実です。お金を粗末に扱う人は、たいてい、お金の動きに無関心です。無計画にお金を使い、無計画に貯金し、無計画に投資する。結果として、お金が増えていく仕組みを作れないのです。
逆に、お金を大切にする人は、お金の動きに敏感です。一円の重みを知っているので、無駄遣いをしない。そして、確実に貯まっていく。
7-3 原則2:「小」を積むこと
「『小』を積む」とは、小さなことを積み重ねることです。
百万円を貯めるためには、一円から始まる小さな積み重ねが必要です。日々の生活費を少しずつ節約する、ボーナスから一定額を貯金に回す、小銭を貯金箱に貯める。こうした「小さな積み重ね」が、最終的に大きなお金になります。
これは、複利の力とも関係しております。仮に月に三万円を貯金して、年利5%で運用したとします。三十年後にはいくらになっているでしょうか。元本だけで1,080万円ですが、複利を加えると約2,500万円になります。
これが「小を積む」ことの威力です。一回一回の貯金額は小さくても、時間と複利の力で、巨大な財産になる可能性があるのです。
逆に言えば、「小」を軽視してはいけません。「たかが千円」「たかが一万円」と思って浪費していると、その積み重ねで、巨額の機会損失が生じているのです。
7-4 原則3:使わないこと
「使わない」とは、シンプルでありながら、最も実行が難しい原則です。
人間には、お金を使いたくなる無数の誘惑があります。新製品、新しい服、外食、旅行、趣味、付き合い。これらすべてが「使う」方向の圧力をかけてまいります。
邱永漢が言うのは、「使わない」ことを習慣化せよ、ということです。具体的には、「本当に必要か」を一度立ち止まって考える習慣を持つ。
たとえば、新しいスマートフォンを買いたくなった時。今のスマートフォンは本当に使えなくなったのか、それとも単に新しいモデルが魅力的に見えるだけなのか。冷静に考えれば、まだ使える場合がほとんどです。
新しい服が欲しくなった時。クローゼットの中に、似たような服がいくつもあるのではないか。新しく買う前に、まずクローゼットを整理してみる。
外食したくなった時。本当に楽しみたいのか、それとも単に料理を作るのが面倒なだけなのか。家で簡単に作れるなら、それで十分ではないか。
こうした「一度立ち止まる」習慣を持つだけで、無駄な支出は劇的に減ります。
7-5 原則4:一生懸命稼ぐこと
「使わない」だけでなく、「稼ぐ」ことも大切です。
お金を貯めるためには、収入が必要です。そして、収入を増やすためには、一生懸命働くことが基本です。
邱永漢の発想で面白いのは、「働く」ことを「お金を稼ぐ手段」だけでなく、「自分を成長させる機会」として捉えていることです。
朝早く起きて仕事に打ち込めば、自分の能力が高まり、結果として給料も増えていく。仕事を通じて学んだ知識やスキルは、転職や独立の時にも生きてくる。
つまり、「一生懸命稼ぐ」ことは、短期的には収入を増やすことであり、長期的には自分の市場価値を高めることなのです。
特に若い時期には、「目先のお金」よりも「将来の稼ぐ力」を優先すべきだ、と邱永漢は説いております。若いうちに苦労して身につけた能力は、生涯にわたって自分を支える資本となるのです。
7-6 原則5:借金は必ず返すこと
借金について、邱永漢は明確な立場を取っております。「借金は必ず返す」というのが、その立場です。
ただし、ここで興味深いのは、邱永漢が「借金そのもの」を否定しているわけではないことです。むしろ、「金持ちになる人は、みんなお金を借りて成功している」とも述べております。
これは何を意味するのか。
借金には、「良い借金」と「悪い借金」があるのです。
「良い借金」とは、生産的な目的のための借金です。事業を始めるための資金、不動産投資のためのローン、教育のための学費ローン。これらは、借りたお金を使って、より大きな価値を生み出すことができます。
「悪い借金」とは、消費のための借金です。クレジットカードのリボ払い、消費者金融からの借入、無計画な買い物のための借金。これらは、借りた瞬間から負債だけが残り、何も生み出しません。
邱永漢が「借金は必ず返す」と言うのは、「良い借金」「悪い借金」を問わず、約束したお金は確実に返済する、という社会人としての基本姿勢のことです。
そして、「悪い借金」は最初からしないこと、「良い借金」は計画的に使うこと、これが原則なのです。
7-7 原則6:使うべきお金は使うこと
「使わない」原則と一見矛盾するように見えますが、「使うべきお金は使う」ことも大切な原則です。
「使うべきお金」とは何か。邱永漢が挙げているのは、以下のようなものです。
自己投資: 教育、書籍、セミナー、健康、趣味の追求。これらは、長期的に自分の価値を高めるための支出です。ケチっては将来の自分が困ります。
人間関係への投資: 冠婚葬祭、贈り物、食事のおごり、旅行。これらは、人とのつながりを保つための支出です。お金がないからといって、人付き合いを完全に断ってしまうと、いざという時の助けが得られません。
長期的視点での支出: 質の良い物を買って長く使う、健康診断を定期的に受ける、保険に入る。短期的にはお金を使いますが、長期的には総支出を減らします。
これらの「使うべきお金」を、ケチケチして使わないでいると、結局は人生が貧しくなり、長期的にはより大きなコストを支払うことになります。
要するに、「無駄遣い」と「価値ある支出」を明確に区別することが大切なのです。
7-8 原則7:けじめをつけること
最後の原則は「けじめをつける」というものです。
「けじめ」とは、何でしょうか。お金に関して言えば、それは「区別」「整理」「期限」を明確にすることです。
たとえば、収入と支出をきちんと記録し、把握する。固定費と変動費を区別する。生活費、貯蓄、投資のための資金を明確に分ける。借金には返済期限を設け、確実に守る。
こうした「けじめ」をつけることで、お金の流れが見えるようになり、コントロールできるようになります。
逆に、「けじめ」がない人は、お金の動きがぼやけており、どこに消えていったのかわからない。気がつくと貯金がなくなっている、ということになります。
これは現代風に言えば、「ファイナンシャル・プランニング」の基本中の基本です。家計簿アプリ、銀行口座の使い分け、自動振込・引落の設定など、現代のツールを使えば、こうした「けじめ」をつけることはかつてないほど簡単になっております。
7-9 「お金を持つより、それを活用できる立場になるほうがたいせつ」
邱永漢の名言のひとつに、「お金を持つより、それを活用できる立場になるほうがたいせつ」というものがあります。
これは、極めて深い洞察を含んでおります。
普通の人は、「もっとお金が欲しい」と考えます。そして、お金を貯めることに執心します。
しかし邱永漢は、お金そのものよりも、「お金を活用できる立場」の方が大切だと言うのです。
「お金を活用できる立場」とは、何でしょうか。
それは、信用、能力、人脈、機会へのアクセスといった、お金以外の資源です。
たとえば、銀行から融資を受けられる信用がある人。優れた投資判断ができる能力がある人。素晴らしい事業パートナーとの人脈がある人。社会の重要な情報にアクセスできる立場にいる人。
こうした人々は、自分が大金を持っていなくとも、必要な時には大きなお金を動かすことができます。逆に、信用も能力も人脈もない人は、たとえお金を持っていても、それを活かせずに失ってしまう可能性が高いのです。
ですから、若いうちは、お金を貯めることだけに必死になるよりも、信用、能力、人脈を築くことに注力すべきだ、と邱永漢は説いております。これらの「お金以外の資源」は、後にお金を呼び込むための、最も強力な磁石となるのです。
第8章 海外投資という発想──国境を越える視点
邱永漢の特異性のひとつは、早い段階から「国境を越えた投資」を実践し、提唱していたことです。本章では、彼の海外投資哲学を深く掘り下げてまいります。
8-1 「国際感覚」の重要性
邱永漢は1985年に『国際感覚をみがく法 私の海外投資術』(日本経済新聞社)という本を出版しております。タイトルが示すように、彼は単なる投資テクニックだけでなく、「国際感覚を磨くこと」の重要性を説いていたのです。
なぜ国際感覚が必要なのか。
第一に、世界経済は密接につながっており、自国だけを見ていては全体像が見えないから。
第二に、自国経済が停滞している時でも、世界のどこかには成長している経済があり、そこに投資することで利益が得られるから。
第三に、政治リスク、通貨リスク、自然災害リスクなど、自国に集中することのリスクを分散できるから。
第四に、海外に目を向けることで、自国の特徴・長所・短所がより明確に見えてくるから。
邱永漢自身、台湾、香港、日本、中国と複数の国を渡り歩いた経験から、こうした国際感覚の重要性を肌身に染みて感じていたのです。
8-2 「人の集まるところにお金が集まる」
邱永漢の格言のひとつに、「人の集まるところにお金が集まる」というものがあります。
これは、不動産投資の文脈でよく引用されますが、より広く、海外投資にも応用できる原則です。
具体的に「人が集まるところ」とは、駅の近く、ショッピングセンター、商店街・繁華街、ブランドエリア、大きなビルディング、デザイン性が高い建物、などが挙げられます。
国際的に見れば、これは「人が集まる国・都市」とも言い換えられます。世界中から人が集まる経済圏、観光客が押し寄せる都市、留学生や移民を受け入れる国。こうした場所には、自然とお金も集まってまいります。
戦後の日本がそうでした。世界中の企業が日本市場に注目し、進出を競った時代。その時期、日本の不動産も株式も大きく上昇しました。
1980年代後半から1990年代の香港もそうでした。中国返還が近づき、世界中の投資家とビジネスマンが集まった時期。香港の不動産は天井知らずに上昇しました。
2000年代以降の上海もそうでした。世界第二の経済大国となる中国の経済中心地として、世界中から人とお金が集まりました。
このように、「人の集まる場所・国」を見極めることが、長期的な投資の成功につながるのです。
8-3 為替リスクの理解
海外投資をする上で、絶対に避けて通れないのが「為替リスク」です。
邱永漢は、為替の動きが投資成果に与える影響について、繰り返し注意を促しております。
たとえば、ある人がアメリカの株式を買って、株価が10%上昇したとします。一見、儲かったように見えますが、もし円高ドル安が同時に進んでいたら、円換算の利益はもっと小さい、あるいはマイナスになる可能性があります。
逆に、円安ドル高が進めば、株価が動かなくても、為替差益が生まれます。
ですから、海外投資をする際には、株価の動きだけでなく、為替の動きも常に意識する必要があるのです。
邱永漢は、為替について「予測することは難しい」とも述べております。専門家でも為替予測は当たらないことが多い。だからこそ、為替リスクを管理するには、以下のような方法が有効だと説いております。
第一に、複数通貨に分散すること。 一つの通貨に集中するよりも、複数の通貨に分散することで、リスクを軽減できます。
第二に、長期視点を持つこと。 短期的な為替の動きに振り回されるのではなく、長期的に見て妥当な水準で投資判断をすること。
第三に、購買力平価を意識すること。 各国の物価水準を比較し、為替が「割高」か「割安」かを把握すること。
第四に、現地通貨建てで生活費が必要なら、その通貨の資産を持つこと。 たとえば、将来海外移住を考えているなら、その国の通貨建ての資産を保有する意義があります。
8-4 「Yenよ、いまが出稼ぎの時」──通貨の選択
邱永漢の1997年の著書に、『Yenよ、いまが出稼ぎの時 アジアから日本を見れば』(日本実業出版社)というものがあります。
このタイトルが示しているのは、当時の日本の円が、相対的に強い通貨だったということです。強い通貨を持っている時こそ、その通貨を弱い通貨の国に「出稼ぎ」に出すべきだ、というのが邱永漢の発想です。
具体的には、円が強いうちに、アジアの新興国の通貨建ての資産を買う。新興国の経済成長と、現地通貨の上昇のダブルの果実を得ることができる、という戦略です。
この発想は、現在でも有効です。日本円の長期的な購買力は、緩やかに低下していくと予想されております。一方、新興国の通貨は、経済成長とともに長期的には上昇する可能性があります。
ただし、新興国通貨は短期的には大きく変動し、リスクも高いことを忘れてはなりません。「リスクを取れる範囲で、長期的視野で」という基本姿勢が大切です。
8-5 海外投資の実践的アドバイス
邱永漢の著作から、海外投資の実践的アドバイスを整理すると、以下のようになります。
第一に、自分が理解できる国・市場を選ぶ。 いくら成長性が高くても、その国の文化、経済、政治について全く知らないなら、投資すべきではありません。まずは、自分が関心を持って学び続けられる国を選びましょう。
第二に、現地を訪れる。 数字やニュースだけでは見えないものがあります。実際にその国を訪れ、人々の暮らし、街の様子、商店の活気を見ることで、より深い理解が得られます。
第三に、現地の言葉に触れる。 その国の言語を完全に習得する必要はありませんが、基本的な挨拶程度は学び、現地メディアの見出しくらいは追えるようになると、情報量が格段に増えます。
第四に、複数の情報源を持つ。 その国の公式統計、現地メディア、国際メディア、現地の知人。複数の情報源から情報を取り、相互に検証することが大切です。
第五に、為替リスクを管理する。 投資金額の全てを一時に投じるのではなく、時期を分けて為替リスクを分散すること。
第六に、政治リスクを意識する。 新興国では、政治の急変が経済を大きく揺るがすことがあります。常にニュースをチェックし、リスクサインを見逃さないこと。
第七に、現地のパートナーを持つ。 可能であれば、現地に信頼できる知人やビジネスパートナーを持つこと。彼らから得られる情報と判断は、極めて貴重です。
8-6 国際感覚を磨く日常の習慣
最後に、日常的に国際感覚を磨くための習慣について、邱永漢の発想を踏まえて整理いたします。
第一に、英語に触れる時間を作る。 英語の本、新聞、動画、ポッドキャストなどに、日常的に触れることで、世界の情報を直接吸収できるようになります。
第二に、地理を学ぶ。 国名、首都、地理的位置、人口、主要産業など、基本的な地理を頭に入れておくことで、世界のニュースが格段に理解しやすくなります。
第三に、世界の歴史を学ぶ。 現在の国際情勢の多くは、歴史的経緯に根ざしております。世界史を学ぶことで、ニュースの背景が見えてきます。
第四に、海外旅行をする。 旅行は最高の教育です。実際に他国を訪れることで、本では学べない肌感覚が身につきます。
第五に、外国人と交流する。 国内にいても、外国人との交流は可能です。彼らとの対話を通じて、自国とは異なる視点を学べます。
第六に、為替レートを毎日チェックする。 主要通貨の為替レートを、毎日少しでもチェックする習慣を持つこと。為替の動きと、世界経済の動きの関係が、徐々に見えてくるようになります。
これらの習慣を日々続けることで、国際感覚は確実に磨かれていきます。そして、磨かれた国際感覚は、投資判断だけでなく、人生のあらゆる側面で役立つ財産となるのです。
第9章 中国株への着目──次の時代を読む
邱永漢の晩年における最大の関心事は、中国経済と中国株でありました。本章では、彼がなぜ中国に着目し、どのような中国投資哲学を展開したのかを、詳しく見てまいります。
9-1 なぜ中国だったのか
邱永漢が中国に着目したのには、複数の理由がありました。
第一に、彼自身のルーツとの関係。 邱永漢は台湾人の父を持ち、中国文化に親しんで育ちました。中国語にも堪能で、中国の歴史と文化に対する深い理解がありました。
第二に、歴史的タイミング。 1978年の改革開放政策以来、中国は世界史上類を見ないスピードで経済成長を遂げてまいりました。この成長は、戦後日本の高度成長期に匹敵する、あるいはそれを超える規模のものでした。
第三に、市場の巨大さ。 中国の人口は約十四億人。これは欧州とアメリカを合わせた人口を超える規模です。経済が一定水準に達すれば、世界最大の消費市場となります。
第四に、未開拓性。 1990年代から2000年代初頭の中国株市場は、まだ歴史が浅く、効率性も低い市場でした。情報の非対称性が大きいため、勉強した投資家には大きな利益機会がありました。
これらの理由から、邱永漢は中国を「次の大きな投資機会」と位置付け、晩年は中国株投資の伝道師として活動したのです。
9-2 「チャイナリスクに賭ける」
1996年に出版された『チャイナリスクに賭ける 中国投資で成功する法』(プレジデント社)は、邱永漢の中国投資哲学を体系化した一冊です。
タイトルにある「チャイナリスク」という言葉に、彼の現実主義が表れております。中国投資にはリスクがある。それを否定するのではなく、認識した上で賭ける。これが彼の姿勢でした。
具体的なチャイナリスクとして、彼が挙げているのは以下のようなものです。
政治リスク: 共産党一党支配のもとで、政治の方針転換が突然行われる可能性。
法制度リスク: 法治が完全には確立されておらず、契約の履行や財産権の保護に不確実性がある。
情報リスク: 公式統計や企業情報の信頼性に課題がある。
為替リスク: 人民元の自由化が進んでおらず、為替変動に予測困難な要素がある。
腐敗リスク: 官僚や経営者の腐敗が、ビジネスや投資の障害となる可能性。
これらのリスクを認識した上で、「それでも長期的には中国経済の成長は続く」と判断した投資家には、大きな機会があるというのが邱永漢の見立てでした。
そして、この見立ては、おおむね正しかったと言えるでしょう。確かに、株価の急騰急落、政府による突然の規制強化、為替の変動など、波乱は数多くありました。しかし、長期的には中国経済は成長し、優良企業の株価は上昇いたしました。
9-3 「投資考察団」という独自のアプローチ
邱永漢の中国投資への取り組み方で特筆すべきは、「投資考察団」という独自のアプローチを取ったことです。
彼は、日本人投資家を募り、自ら引率して中国各地を視察するツアーを開催しました。北京、上海、成都、武漢、重慶など、中国の主要都市・企業を実際に訪問するのです。
2004年の視察では、北京の中国人民財産保険(PICC)、成都の利都廣場、重慶の長安汽車、宜昌、武漢、上海などを巡りました。この時の様子は、漫画家コンタロウとの共著『邱永漢の中国株で儲けましょう──ハジメくんの中国投資考察団レポート』(集英社インターナショナル、2005年)で詳しく描かれております。
なぜ実際に現地を訪れるのか。それは、邱永漢の投資哲学の根本に「足で稼ぐ」という姿勢があるからです。書類やニュースだけでは見えないものを、現地で自分の目と耳と足で確かめる。これが投資判断の質を高めるのです。
このアプローチは、ピーター・リンチが説いた「足を使った投資」と一致します。邱永漢は、こうしたアプローチを、日本人投資家のために中国を舞台に実践していたのです。
9-4 中国株投資の実践的ポイント
邱永漢の著作から、中国株投資の実践的なポイントを整理すると、以下のようになります。
第一に、長期投資を基本とする。 中国市場は短期的には激しく変動します。短期トレードでは振り回されるだけです。少なくとも五年、できれば十年単位の長期視野で投資すべきです。
第二に、分散投資を徹底する。 中国市場のリスクを考えれば、一つの銘柄に集中するのは危険です。複数の業種、複数の企業に分散することが大切です。
第三に、業種選択を慎重に行う。 中国の急成長分野(消費財、金融、IT、医療、エネルギーなど)を見極め、その中の優良企業を選びます。
第四に、株式の種類を理解する。 中国株にはA株、B株、H株、ADRなど複数の種類があり、それぞれ性格が異なります。自分が買うものが何かを理解しましょう。
第五に、ETFも活用する。 個別銘柄選択が難しいなら、中国株に投資するETFを使う方法もあります。分散と簡便性のバランスが取れます。
第六に、政治動向を注視する。 中国では政府の政策が市場に大きな影響を与えます。重要な政治イベント(党大会、両会など)の前後では、特に動向に注意が必要です。
第七に、撤退のシナリオを持つ。 何かが起こった時にどう対応するか、事前に決めておくこと。特に、市場が閉鎖されたり、海外送金が制限されたりするリスクには、念のため備えておくべきです。
9-5 中国経済の長期見通し
邱永漢が亡くなった2012年以降、中国経済はさらに大きな変化を経験しております。
GDPは日本を抜いて世界第二位となり、近い将来アメリカを抜いて世界第一位になる可能性も議論されております。同時に、不動産バブルの問題、人口減少の始まり、米中対立の激化など、新たな課題も浮上しております。
邱永漢が今生きていたら、現在の中国をどう見るでしょうか。
私の推測では、彼は中国の長期的成長ポテンシャルを依然として高く評価する一方で、リスク管理の重要性をより一層強調するのではないかと思います。
特に、米中対立による地政学的リスク、国内の政治・経済政策の不確実性、人口動態の変化などを、慎重に評価する必要があります。
「中国投資は終わった」とも、「中国はこれから無限に成長する」とも言えない。中間的で、よりニュアンスのある見方が求められているのが、現在の状況なのです。
第10章 不動産・事業投資──多角経営者としての顔
邱永漢といえば株式投資のイメージが強いですが、実は彼は不動産投資や多角的事業経営でも大きな成功を収めた人物でありました。本章では、その側面を詳しく見てまいります。
10-1 株式会社邱永漢事務所の足跡
1961年12月に設立された株式会社邱永漢事務所は、現在も渋谷区渋谷一丁目に本社を置き、不動産開発事業、オフィスビル事業などを展開しております。
東京都心の一等地に多数のオフィスビル(通称「Qビル」シリーズ)を所有・運営しており、まさに不動産投資の成功例と言えます。
なぜ邱永漢は不動産にこれほど力を入れたのでしょうか。彼の発想の根本には、「お金は形を変える必要がある」という思想があります。
現金のまま持っていても、インフレで価値が目減りしていく。株式投資だけでは、リスクが集中する。事業を起こせば、自分で価値を創造できるが、資金が固定化する。
そこで、不動産という形に変えることで、インフレに強く、定期的な収入を生み、長期的に価値が上がる可能性のある資産を持つ。これが邱永漢の不動産戦略でした。
10-2 「ビジネスホテル」の元祖として
意外と知られていないことですが、邱永漢は日本における「ビジネスホテル」の元祖でもあります。
1960年代、地方から東京に出張してくるサラリーマンの動きを観察した彼は、「気軽に泊まれる、シンプルで便利なホテルが必要だ」と気づきました。
そして、渋谷の忠犬ハチ公の駅前を通って坂を少し上ったところに、「渋谷ビジネスホテル」を開業いたしました。地上5階地下1階で、ワンフロアに6室程度の小規模なホテルでしたが、その立地の良さと利便性で、多くのビジネスマンに利用されました。
「ビジネスホテル」というネーミング自体も、邱永漢が考案したものとされております。今や日本中に普及しているビジネスホテルの文化は、彼の発案から始まったのです。
このエピソードが示すのは、邱永漢の「市場のニーズを見抜く力」です。サラリーマンの動きという、当たり前すぎて他の人が見逃していた現象から、新しいビジネスチャンスを見出した。これこそが、彼の投資・事業家としての真骨頂でした。
10-3 多角経営の哲学
邱永漢は、日本国内ではドライクリーニング業、砂利採取業、ビル経営、毛生え薬の販売、中国語教室など、多岐にわたる事業を手掛けました。
中国大陸では、コーヒー栽培事業、建設機械販売、高級アパートメント経営、パン製造販売、レストラン経営、漢方化粧品・漢方サプリメント販売、人材派遣業、日本語学校など、さらに多角的な展開を行いました。
なぜこれほど多角的に事業を展開したのか。
第一の理由は、「単一の事業ではリスクが集中する」という分散の発想です。複数の事業を持つことで、一つの事業が不振でも、他の事業で補えます。
第二の理由は、「機会は予測できないところに現れる」という発想です。当初は儲かると思っていた事業が振るわず、副業のつもりで始めた事業が大きく育つ、ということはよくあります。複数の事業を試すことで、化ける可能性のあるものに出会えるのです。
第三の理由は、「事業同士のシナジー」です。たとえば、不動産事業と中国語教室は、同じビルの中で展開できます。日本語学校と人材派遣業は、お互いの顧客を活かし合えます。複数の事業を組み合わせることで、相乗効果が生まれるのです。
10-4 不動産と株式の相互補完
邱永漢の財産構成を見ると、株式と不動産が両方バランスよく配置されていたことがわかります。
なぜ両方持つのか。それぞれに異なる性格があるからです。
株式の特徴: 流動性が高い(売買が容易)。短期的な値動きが大きい。配当という形で定期収入がある。インフレに対しては、企業によって異なる対応力を持つ。
不動産の特徴: 流動性は低い(売買に時間がかかる)。価格の変動は比較的緩やか。賃料という形で安定した定期収入がある。インフレに対しては、長期的には保有資産の価値が上がりやすい。
これらの異なる特徴を持つ資産を、適切な割合で保有することで、ポートフォリオ全体としてのリスクを軽減し、リターンを安定化できます。
これは、現代のポートフォリオ理論で言う「資産クラス分散」の考え方と一致します。邱永漢は、こうした理論が一般化する前から、実践的にこのアプローチを採用していたのです。
第11章 時代を読む力──変化を先取る投資感覚
邱永漢の投資家としての最大の能力のひとつは、「時代を読む力」でした。本章では、彼がどのように時代を読み、変化を先取りしたのかを掘り下げてまいります。
11-1 「金儲け未来学」という発想
1972年、邱永漢は『金儲け未来学 5年さきの成功を約束する』(徳間書店)という本を出版しております。
タイトルに「未来学」とあるように、彼は単に現在の状況を分析するだけでなく、五年先、十年先、二十年先を予測する姿勢を持っておりました。
「五年先の成功」というフレーズは、長期投資の本質を見事に表しております。今すぐ儲かる方法を追うのではなく、五年後に成功するための種を、今のうちに撒く。これが邱永漢流の時代の読み方なのです。
11-2 「変化こそチャンス」という哲学
1978年に出版された『変化こそチャンス この時代に儲ける発想』(プレジデント社)も、邱永漢の時代観を表す重要な著書です。
多くの人は「変化」を「リスク」と捉えます。これまで通用していたやり方が通用しなくなる。慣れ親しんだ環境が変わる。これらは確かに不安を生みます。
しかし邱永漢は、「変化はチャンスだ」と説きます。
なぜか。変化の時こそ、新しい勝者が生まれるからです。安定した時代には、既存の強者が圧倒的に有利です。新規参入者にはチャンスがありません。
ところが変化の時代には、既存の強者が苦しみ、新規参入者が躍進します。スマートフォンの登場でガラケーメーカーが没落し、新興のアップルやサムスンが台頭したように。電気自動車の普及で従来の自動車メーカーが苦しみ、テスラやBYDが台頭しているように。
ですから、変化を恐れず、変化の中にチャンスを見出す姿勢が、投資家にとって極めて重要なのです。
11-3 大きな流れを読む眼
邱永漢が時代の変化を読むときに重視したのは、「大きな流れ」でした。
短期的な値動きや、目先のニュースに振り回されることなく、十年、二十年単位の大きな流れを捉える。これが彼の特徴的なアプローチでした。
彼が見抜いた大きな流れには、以下のようなものがありました。
戦後日本の高度成長: 1950年代から1970年代にかけての、製造業を中心とした急成長。
アジア四小龍の台頭: 1970年代から1990年代にかけての、韓国、台湾、香港、シンガポールの経済成長。
中国の改革開放: 1978年以降の、計画経済から市場経済への大転換と急成長。
情報革命: 1990年代以降の、インターネットを中心とした情報技術の革命。
東アジアの経済統合: 21世紀に入ってからの、東アジア諸国間の経済関係の深化。
これらの大きな流れを読み、その流れに沿った投資をすることで、邱永漢は長期的に大きな成果を上げたのです。
11-4 時代を読むための情報源
邱永漢が時代を読むために重視した情報源を、整理してみます。
新聞: 日本経済新聞をはじめとする主要紙を毎日読む。一面記事だけでなく、地方欄、文化欄、広告まで含めて、新聞全体から時代の様相を感じ取る。
雑誌: 経済誌、業界誌、一般週刊誌など、多様な雑誌に目を通す。それぞれの雑誌が、異なる視点から世の中を切り取っているからです。
書籍: 経済書だけでなく、歴史書、文学書、ノンフィクションなど、幅広い分野の本を読む。深い知識と教養が、時代を読む基盤となる。
現場: 街を歩き、店を訪れ、人と話す。数字には現れない、肌感覚での情報を得る。
国際メディア: 海外のメディアにも目を通す。自国だけの視点では見えない国際的な大きな流れを把握する。
専門家との交流: 様々な分野の専門家と直接話す機会を作る。書物には書かれていない、現場の生の情報を得る。
これらの情報源を組み合わせることで、立体的な時代把握ができるようになるのです。
11-5 「常識を疑う」姿勢
時代を読むためには、「常識を疑う」姿勢も不可欠です。
ある時代に「常識」とされていることは、次の時代には「非常識」になることがあります。
たとえば、終身雇用は戦後日本の「常識」でしたが、現在では崩れつつあります。男女の役割分担は、戦後昭和の「常識」でしたが、現在は大きく変わりました。ガソリン車が当たり前という「常識」も、電気自動車の普及で覆されようとしております。
ですから、現在の「常識」を絶対視せず、「これは本当に永続するのか」「変化の可能性はないか」を常に問い続ける姿勢が大切なのです。
これは、知的好奇心と批判的思考力の問題です。年齢を重ねても、若い人に学ぶ謙虚さ、新しい技術や文化を試してみる柔軟性、これらを失わないことが重要です。
邱永漢自身、晩年に至るまで新しいことを学び続けました。インターネット時代の到来とともに、自らウェブサイト「もしもしQさんQさんよ」を開設し、読者と双方向のやりとりを楽しんでおりました。
老いてなお学び続ける姿勢こそが、彼の時代を読む力の源泉だったのです。
第12章 現代への応用──令和の投資家が学ぶべきこと
邱永漢が亡くなって十年以上が経ちました。世界は大きく変わり、投資環境も大きく変わっております。それでも、彼の哲学は現代に応用できるのでしょうか。本章では、その点を考察してまいります。
12-1 デジタル時代の「身近なもの」とは
邱永漢の原則の一つに「銘柄は、自分の身近なところから選べ」というものがありました。
しかし、現代における「身近なもの」とは何でしょうか。
それは、もはや物理的な身近さだけでなく、デジタル的な身近さも含まれます。
毎日使うアプリ、SNSプラットフォーム、動画配信サービス、ECサイト、検索エンジン。これらは、現代人にとって最も「身近なもの」と言えます。
ですから、現代の個人投資家は、自分が毎日使っているデジタルサービスを提供する企業に、まず注目すべきなのです。
たとえば、毎日Googleで検索しているなら、その親会社アルファベットを調べてみる。アマゾンで買い物をしているなら、アマゾンの株を考える。ネットフリックスで動画を見ているなら、その業績を確認する。
「自分が利用者として価値を感じているサービス」に投資する、というのは、邱永漢の原則を現代に応用した最もシンプルな方法です。
12-2 AI時代の投資感覚
人工知能(AI)の発展は、投資の世界も大きく変えつつあります。
機械学習を使った量的取引、AIによる銘柄選定、ロボアドバイザーによる自動運用など、AIを活用した投資手法が普及しております。
こうした環境で、人間の個人投資家はどう振る舞うべきでしょうか。
私の見解では、邱永漢の哲学は、まさにAI時代にこそ重要になっております。
なぜか。AIは過去のデータから学習し、パターンを見つけ出すのは得意です。しかし、未曾有の出来事、社会の変化、人間の感情の機微といった、データ化されにくいものを読むのは苦手です。
そして、邱永漢が重視したのは、まさにこうした「データ化されにくいもの」でした。時代の変化、人間心理、社会の動き、未来の可能性。これらを読む能力は、AIにはまだ追いつけない、人間の独自の領域なのです。
ですから、現代の個人投資家は、AIに任せられる部分はAIに任せ、人間にしかできない部分に集中する。これが賢い戦略と言えるでしょう。
12-3 つみたて投資と邱永漢哲学
現代の日本では、つみたてNISA、iDeCoなどの制度を活用した「つみたて投資」が普及しております。
毎月一定額を、インデックスファンドや投資信託に積み立てる。長期間にわたって続けることで、複利の効果で資産を大きくする。これが現代版の投資の基本となっております。
このつみたて投資は、邱永漢の哲学と矛盾するでしょうか。
実は、矛盾しないのです。むしろ、邱永漢の哲学と極めて整合的だと言えます。
第一に、つみたて投資は「給料天引き貯金」の発想と同じです。意志の弱さを補い、自動的に資産を積み上げる仕組みです。
第二に、つみたて投資は「小を積む」原則を実践しております。月数万円という小さな金額を積み重ねることで、長期的に大きな財産を作ります。
第三に、つみたて投資は「忍耐」の原則を体現しております。短期的な値動きに惑わされず、長期的に続けることで初めて効果を発揮します。
ですから、現代の個人投資家にとって、まずはつみたて投資を基盤として、その上で個別株や海外株などへの投資を加えていく、というアプローチが、邱永漢哲学を現代に応用する最良の方法と言えるでしょう。
12-4 ESG投資と邱永漢
近年、ESG投資(環境、社会、ガバナンスを重視した投資)が世界的な潮流となっております。
邱永漢の時代には、ESGという言葉はありませんでした。しかし、彼の哲学とESGの考え方は、実は通じるところがあります。
邱永漢は、お金を「人格を持つもの」として捉え、社会的な意味合いを大切にしておりました。
「同じ株をやるのでも、株で儲けてやろうという利己的な動機だけではなく、自分が投資するお金で投資する企業が発展してほしいという利他的な動機が何割かでも含まれていれば話は別だ」という彼の言葉は、まさにESG投資の精神と一致します。
投資は、単なる金儲けではない。投資先の企業の成長を応援し、その企業が社会に良い影響を与えることを願う。こうした「利他的な動機」を持つことが、長期的には自分自身の投資成果にもつながるのです。
12-5 SNS時代の情報リテラシー
邱永漢が「情報は、そのままウノミにするな」と説いた時代から、情報環境は劇的に変わりました。
現代では、SNSを通じて毎日大量の投資情報が流れてまいります。X(旧Twitter)、YouTube、TikTok、Instagram。それぞれのプラットフォームで、自称投資家、自称専門家が、玉石混淆の情報を発信しております。
こうした時代において、邱永漢の「情報リテラシー」の教えは、ますます重要になっております。
情報を批判的に受け止めること。発信者の意図を考えること。複数の情報源を突き合わせること。自分の頭で再構築すること。
これらの基本姿勢を、現代の若い投資家にこそ伝えたいのです。
特に、「インフルエンサーが推奨した銘柄を、何も考えずに買う」「YouTubeの動画を見ただけで投資判断をする」といった行動は、極めて危険です。
情報の量は爆発的に増えましたが、情報の質を見極める能力は、それ以上に重要になっているのです。
12-6 グローバル分散の重要性
現代の投資家にとって、グローバル分散はますます重要になっております。
日本人だけが日本株を買う、アメリカ人だけがアメリカ株を買う、という時代は終わりました。
世界中の投資家が、世界中の市場に投資する。これが現代の標準となっております。
邱永漢が説いた「アジア全体を視野に入れる」「世界スケールで考える」という発想は、まさに現代の投資環境に合致しております。
具体的には、自分の資産を以下のように分散することが考えられます。
地域分散: 日本、北米、欧州、新興国(アジア、中南米など)に分散。
資産クラス分散: 株式、債券、不動産、現金、コモディティに分散。
通貨分散: 円、ドル、ユーロ、新興国通貨に分散。
時間分散: 一度に投資するのではなく、時期を分けて投資。
このような多次元の分散を行うことで、特定の国や資産クラスの不調に左右されない、安定したポートフォリオを構築できるのです。
第13章 邱永漢の名言とその深層
邱永漢は数多くの名言を残しております。本章では、その代表的なものを取り上げ、それぞれの深層を掘り下げてまいります。
13-1 「金だけだ。金だけがあてになる唯一のものだ」
直木賞受賞作『香港』の中の有名な一節です。
これは表面的には拝金主義の表明のように聞こえますが、その背景を知ると、全く違った意味を持つことがわかります。
この言葉が発せられた背景には、台湾を追われ、香港に亡命した亡命者の絶望と決意があります。
故郷を奪われ、政治的庇護を失い、民族のアイデンティティすらも揺らぐ状況。そんな時、唯一信じられるものは何か。それが「お金」だったのです。
お金は、政治体制が変わっても、国境を越えても、価値を保ちます。お金は、どこに逃げても、自分とともに在り続けます。
ですから、この言葉は、安住の地を失った人々の魂の叫びとして、深い悲しみと決意を込めて読まれるべきなのです。
13-2 「人生とは、『お金』という煉瓦を『時間』というセメントで積み上げていく作業工程」
これは、お金と時間の関係を見事に表現した言葉です。
煉瓦(お金)だけあっても、家は建ちません。セメント(時間)がなければ、煉瓦同士を結合できないからです。
逆に、セメント(時間)だけあっても、煉瓦(お金)がなければ家は建ちません。
両者が組み合わさって、初めて家(人生)が建つのです。
この比喩から学べることは、お金と時間の両方を大切にすること。そして、お金を積み上げるには、相応の時間が必要だということです。
「短期間で大金持ちになる」という発想は、煉瓦をセメントなしで積み上げるようなもの。すぐに崩れてしまいます。
地道に、時間をかけて、ひとつひとつ積み上げていく。これが人生というものなのです。
13-3 「お金は使ってはじめてお金になる」
これは、お金そのものの本質を捉えた言葉です。
紙幣も預金通帳の数字も、それ自体には何の価値もありません。それが何かに変換されたとき、初めてお金は意味を持ちます。
ですから、貯めるだけで使わない人は、結局のところ、お金を活かしていません。
ただし、これは「無駄遣いをしろ」という意味ではありません。「価値のあることに使え」という意味です。
教育、健康、人間関係、自己投資、後世への遺産。こうした、長期的に価値を生むことにお金を使う。これが、お金を「お金にする」ことなのです。
13-4 「お金は人間以上に臆病だから、少しでも身に危険を感ずるとすぐに逃げ出す」
これは、お金の動きの本質を見抜いた言葉です。
お金はリスクを嫌います。安全な場所、信頼できる相手のところに集まり、危険な場所、信頼できない相手のところからは逃げ出します。
この性質は、個人レベルでも国家レベルでも同じです。
ですから、お金を集めたいなら、まず「お金が安心できる環境」を作る必要があります。信頼される人になる。健全な財務基盤を作る。安定した制度を整える。
逆に言えば、お金が逃げ出している兆候を見逃さないこと。投資先の企業から優秀な人材が流出している、ある国から外国資本が引き上げている、といった兆候は、その先に何か問題があることを示唆しているのです。
13-5 「株は儲かる人より損する人のほうが多い」
これは、株式投資の現実を率直に述べた言葉です。
多くの投資本は「株で儲かる方法」を謳いますが、現実には、株式投資で長期的に勝てる人は少数派です。
なぜか。先に述べたように、人間の感情、情報処理能力、時間軸といった様々な要因が、合理的な投資判断を妨げるからです。
この事実を直視することは、投資家にとって極めて重要です。「自分は例外的に勝てる」と思い込むのではなく、「自分も多数派と同じく、損をする可能性が高い」ことを認識する。
そこから、「ではどうすれば、損する多数派から脱却できるか」を真剣に考える出発点となるのです。
13-6 「知恵のはたす役割は10%ていど」
これも、邱永漢らしい謙虚さを示す言葉です。
投資で成功するには、知識や分析力(知恵)が重要ですが、それは全体の10%程度に過ぎない。残りの90%は、忍耐力、規律、運といった、知恵以外の要素なのだ、と。
これは、頭の良い人が必ずしも投資で成功しないという、世の中の現実を反映しております。実際、ノーベル経済学賞受賞者でも投資で破綻した例(LTCM事件)があるように、知性だけでは投資の世界では勝てないのです。
逆に言えば、知識がない人でも、忍耐力と規律を持って淡々と投資を続ければ、長期的には良い結果を得られる可能性があります。
これが、つみたて投資・インデックス投資の長期的な成功にも通じる真理なのです。
13-7 「株は社会の覗き窓」
これは、株式投資の真の価値を表現した言葉です。
株式投資を通じて、人は社会のあらゆる側面を学ぶことができます。経済、産業、技術、政治、文化、心理。これらすべてが、投資判断のために必要となるからです。
お金を増やすことだけが目的なら、株式投資は単なる手段に過ぎません。しかし、世の中を理解することを目的の一部とするなら、株式投資は最高の教育プログラムとなります。
実際、長く投資を続けている人は、世の中の動きに対する感度が、一般の人よりもはるかに高いものです。それは、お金を投じる以上、世の中を真剣に観察するからなのです。
13-8 「成長株は宝の山」
これは、邱永漢の成長株理論の核心を表す言葉です。
宝の山とは、掘れば掘るほど価値が出てくる場所。成長株もそれと同じで、長期保有することで、複利的に価値が積み上がっていくのです。
ただし、本物の「宝の山」を見つけるのは容易ではありません。「成長株のように見える株」は数多くありますが、本当に長期にわたって成長を続けられる企業は限られております。
この見極めをどうつけるか。それが、投資家の永遠の課題なのです。
13-9 「株式投資は精神修業の場」
これは、投資哲学の最も深い部分を表現した言葉です。
株式投資は、お金儲けの手段であると同時に、自分自身を磨くための修業の場でもあるのです。
欲望、恐怖、嫉妬、後悔、傲慢。投資の現場では、人間の様々な感情と日々向き合うことになります。これらの感情に支配されないように、自分を律する。
この過程を通じて、人は精神的に成長していきます。お金以外の側面でも、より落ち着いた、より深い人間になっていきます。
ですから、長く投資を続けている人は、お金が増えると同時に、人格的にも成熟していくのが理想です。
13-10 「株で成功するためにはシロウトであれ」
これは、一見矛盾するように聞こえる言葉です。
普通は、専門家になることで成功すると考えがちです。しかし邱永漢は、「シロウトであれ」と言うのです。
その意味は、「プロぶった先入観を持つな」「素人の素朴な感覚を大切にせよ」「常に初心者の謙虚さを保て」ということ。
業界のプロは、その業界の「常識」に縛られております。だからこそ、業界外の素人が見ると当たり前に変だと思うことが、業界内では気づかれない。
このため、株式投資においては、業界のプロよりも、素直な素人感覚の方が、有利になることがあるのです。
13-11 「一番悪い時が一番のチャンス」
1998年に出版された『一番悪い時が一番のチャンス』(ごま書房)のタイトルから取った言葉です。
これは、逆張り思想の極致を表しております。
景気が良く、株価が高い時には、誰もが買いたがります。しかし、その時に買うと、たいてい高値掴みになります。
逆に、景気が悪く、株価が下がっている時には、誰もが売りたがります。しかし、その時に勇気を持って買えば、底値で買えるのです。
「人が恐れているとき貪欲になれ」というウォーレン・バフェットの名言と同じ趣旨です。
ただし、これは「下がっている時に何でも買え」という意味ではありません。「下がっている時こそ、冷静に本物の価値を見極めて、本物を買え」という意味なのです。
13-12 「お金持ちのアキレス腱」
1992年の著書『金持ちのアキレス腱』(日本経済新聞社)のタイトルです。
お金持ちにも、弱点があるという意味です。
お金持ちは、お金を持っているがゆえに、油断する。リスクを過小評価する。傲慢になる。家族関係や健康がおろそかになる。
こうした「アキレス腱」を持っているお金持ちは、ある日突然、すべてを失う可能性があります。
逆に、お金持ちでない人でも、油断せず、謙虚に、健康と人間関係を大切にする人は、長期的には豊かな人生を送ることができます。
お金は人生の重要な要素ですが、すべてではない。これも、邱永漢の哲学の重要な側面なのです。
第14章 投資家としての人生哲学──お金と時間の方程式
最後の章では、邱永漢の投資哲学を支える、より広い人生哲学について論じてまいります。
14-1 「お金と時間」の弁証法
邱永漢の人生哲学の核心には、「お金と時間」の関係に対する深い洞察があります。
お金と時間は、相互に変換可能な資源です。お金を使えば、時間を節約できる(家事代行、タクシー、外食など)。時間を使えば、お金を節約できる(自炊、徒歩、DIYなど)。
しかし、両者は完全に等価ではありません。
お金は、稼げばまた手に入る。失っても、再び稼ぐことができる。一方、時間は、過ぎ去れば二度と戻らない。失った時間を取り戻すことは、誰にもできないのです。
ですから、究極的には、時間の方が貴重なのです。
この理解から、邱永漢は「時間を大切にせよ」と説きます。お金で買える時間は買い、その時間を価値ある活動に投じる。これが、豊かな人生の基本なのです。
14-2 「七十七歳で死にたい」という人生設計
1993年に出版された『私は77歳で死にたい 逆算の人生計画』(中経出版)は、邱永漢の人生設計哲学を象徴する一冊です。
タイトルは挑発的ですが、その意味は深いものがあります。
人生には終わりがあります。その終わりを意識して、逆算で人生を設計せよ、というのが彼の主張です。
たとえば、もし七十七歳で死ぬとしたら、六十七歳の時、五十七歳の時、四十七歳の時、それぞれに何をしているべきか。
「いつまでも続く時間」と思って漫然と過ごしているのと、「終わりがある時間」と意識して計画的に過ごすのとでは、人生の密度が全く違ってきます。
これは投資にも応用できます。「いつかは投資をやめる時が来る」と意識することで、現在の投資判断もより慎重に、より目的的になります。
なお、邱永漢自身は八十八歳まで生きました。彼が思った以上に長生きしたわけです。それでも、「いつかは終わる」という意識を持ち続けたことが、彼の充実した人生の鍵だったのではないでしょうか。
14-3 「楽天家でなければ生きられない」
1999年の著書『楽天家でなければ生きられない』(PHP研究所)も、邱永漢の人生哲学を表す重要な一冊です。
投資の世界には、悲観論者が多くおります。「経済は破綻する」「市場は暴落する」「社会は崩壊する」と、悲観的なシナリオを語る人は絶えません。
しかし、邱永漢は基本的に楽天家でした。「世の中は何だかんだ言って、長期的には良くなっていく」「人間の知恵と努力は、最終的には困難を乗り越える」という、根本的な楽観主義を持っておりました。
なぜ楽天家でなければならないのか。それは、悲観論で動いていては、何も成し得ないからです。
投資をするには、未来に対する希望が必要です。事業を起こすには、可能性への信頼が必要です。子供を育てるには、未来への期待が必要です。
すべての建設的な行為は、楽観主義に支えられているのです。
ただし、これは「無責任に楽観的になれ」という意味ではありません。リスクは認識する。最悪のシナリオも想定する。その上で、最終的には希望を持って前に進む、という姿勢です。
この「リスクを認識した上での楽観主義」こそが、邱永漢の人生哲学の核心なのです。
14-4 「天職を見つける」ことの意味
『お金の原則』の中で、邱永漢は「お金を貯めようと思うなら、天職を見つけるほうが先である」と述べております。
これは、極めて深い洞察です。
天職とは、自分の能力と興味と社会のニーズが交わる、最も自然な仕事のことです。
天職に就いている人は、長期的に高いパフォーマンスを発揮できます。なぜなら、好きなことだから疲れにくく、得意なことだから成果が出やすく、社会に求められていることだから報酬も伴うからです。
逆に、天職でない仕事を続けている人は、長期的には燃え尽きてしまいます。お金は得られるかもしれませんが、その代償として、健康、人間関係、生きがいを失ってしまうのです。
ですから、若いうちに自分の天職を見つけることが、長期的な経済的成功への最短ルートなのです。
天職を見つけるためには、何が必要か。それは、様々なことを試してみること、自分の内なる声に耳を傾けること、社会のニーズを観察すること、そして勇気を持って選択することです。
14-5 「人にチャンスを与えられる人」になる
『お金の原則』の中で、邱永漢が強調するもう一つの姿勢があります。それは、「人にチャンスを与えられる人」になることです。
これは、自分一人で完結する人生ではなく、他者との関係性の中で生きる人生の重要性を示唆しております。
人にチャンスを与えられる人とは、どんな人でしょうか。
それは、自分の知識、経験、人脈、資金を、他者の成長のために惜しみなく提供できる人です。後輩を導く、若手起業家を支援する、家族の夢を応援する、地域社会に貢献する。
こうした姿勢を持つ人の周りには、自然と人が集まってまいります。そして、人が集まるところには、お金も集まってまいります。
つまり、「人にチャンスを与える」ことは、巡り巡って自分の財産にも返ってくるのです。
これは、現代風に言えば「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」の概念と一致します。経済学者ロバート・パットナムらの研究で、社会関係資本の豊かな個人・地域は、経済的にも豊かになることが実証されております。
邱永漢は、こうした理論が確立される前から、実践的にこの真理を見抜いていたのです。
14-6 「健康あっての経済」
邱永漢が繰り返し強調したもう一つの真理は、「健康あっての経済」ということです。
どれだけお金を稼いでも、健康を損なってしまえば、それを享受することができません。1973年のオイルショックで胃を病んで入院した経験から、彼は健康の重要性を骨身にしみて理解しておりました。
健康を保つためには、何が必要か。
第一に、適度な運動。第二に、バランスの取れた食事。第三に、十分な睡眠。第四に、ストレス管理。第五に、定期的な健康診断。
これらは当たり前のことですが、忙しい現代人にとっては実行が難しいものです。投資で大きな成果を出すためには、まずこの「健康の基盤」を整えることが大切なのです。
特に、投資に伴うストレスは、健康に深刻な影響を与えます。株価の変動に一喜一憂し、夜も眠れない、食事も喉を通らない、家族との関係も悪化する、といった状態は、投資以前の問題です。
このような状態にならないために、邱永漢は「自分が無理なく続けられる投資スタイル」を見つけることを勧めております。短期売買で胃を痛めるよりも、長期投資で穏やかに資産を増やす方が、健康にも財産にも良いのです。
14-7 「家族との時間」を大切にする
邱永漢は、家族との時間の重要性についても、繰り返し述べております。
お金を稼ぐために家族との時間を犠牲にする人は、長期的には大きなものを失います。
子供は、あっという間に大きくなります。配偶者との絆は、日々の積み重ねで育まれます。年老いた親との時間は、有限です。
これらの「家族との時間」は、お金では買い戻せないものです。
ですから、投資や事業に取り組む時にも、家族との時間を犠牲にしないバランスが大切です。
これは、現代の「ワークライフバランス」の議論と一致します。仕事だけでなく、家庭、健康、趣味、社会貢献などを総合的に大切にすることが、長期的な幸福と成功の鍵なのです。
14-8 「学び続ける」姿勢
最後に、邱永漢の人生哲学を貫いていたもう一つの姿勢を紹介いたします。それは、「学び続ける」ことです。
彼は、八十八歳で亡くなるまで、新しいことを学び続けました。インターネット時代になれば自らウェブサイトを開設し、中国市場が台頭すれば中国語を磨き続け、新しい投資対象が現れれば真剣に研究する。
なぜ学び続けるのか。それは、世の中が常に変化しているからです。変化に対応するためには、自分も変化し続けるしかありません。そして、変化するためには、学び続けるしかないのです。
「老い」とは、肉体的な年齢ではなく、「学ぶことをやめた瞬間」から始まる、と私は考えております。邱永漢は、生涯にわたって若々しい知性を保っておりました。それは、彼が学ぶことをやめなかったからなのです。
私たちもまた、彼の姿勢から学びましょう。何歳になっても、新しいことに好奇心を持ち、学び続ける。それが、豊かな人生と、賢明な投資判断の、共通の基盤なのです。
結章 邱永漢思想の総括と現代的意義
長い旅も、ようやく終着点にたどり着きました。本記事を締めくくるにあたり、邱永漢の投資哲学の総括と、その現代的意義について、改めて整理してまいります。
結-1 邱永漢思想の核心
邱永漢の投資哲学を、ひと言で表現するなら、「投資とは、人間と社会を理解するための知的営みである」ということになると思います。
お金を増やすことは、その結果に過ぎません。本質的には、世の中の動きを観察し、人間の心理を理解し、未来を推理する。この知的な営みこそが、投資の本質なのです。
そして、この営みを通じて、人は自分自身も成長していきます。感情を制御する力、忍耐力、判断力、謙虚さ。これらの精神的な財産は、お金以上に価値のあるものなのです。
結-2 五つの普遍的原則
邱永漢の哲学の中から、現代にも普遍的に通じる原則を、五つに集約してみましょう。
第一に、自分を抑える。 感情に流されず、合理的な判断を続ける規律。
第二に、時代を読む。 大きな流れを捉え、変化に適応する柔軟性。
第三に、長期視野を持つ。 短期的な値動きに惑わされず、本質的な価値を見る忍耐。
第四に、自分の頭で考える。 他人の意見に流されず、自分の判断で動く独立性。
第五に、楽しむ。 投資を苦行ではなく、知的な楽しみとして取り組む姿勢。
これら五つの原則を、心の中に常に持ち続けること。これが、邱永漢哲学を現代に活かす最も重要なポイントです。
結-3 「金儲け」を超えた価値
最後に、私が邱永漢から学んだ最も大切なことを述べさせていただきます。
それは、「金儲け」を超えた価値の存在です。
邱永漢は「金儲けの神様」と呼ばれた人物ですが、彼の本当の価値は、金儲けの技術にあるのではありません。
人間として、いかに生きるべきか。お金と、どう付き合うべきか。社会の中で、どんな役割を果たすべきか。家族や友人と、どんな関係を築くべきか。
こうした、人生のより本質的な問いに、彼は誠実に向き合い続けました。そして、その姿勢から、私たちは多くを学ぶことができるのです。
お金は、人生を豊かにするための道具です。道具を上手に使うためには、まず人生の目的を明確にしなければなりません。
何のために生きるのか。何を大切にしたいのか。どんな人間でありたいのか。
これらの問いに自分なりの答えを持つこと。その上で、お金を賢く扱うこと。これが、邱永漢が私たちに遺してくれた、最大の財産なのではないでしょうか。
結-4 読者へのメッセージ
長い記事を、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
邱永漢の哲学は、決して時代遅れの古い知恵ではありません。むしろ、現代のような変化の激しい時代にこそ、その普遍的な価値が輝きを増しております。
ぜひ、この記事をきっかけに、邱永漢の原著にも触れていただきたいと思います。彼の言葉には、本記事では伝えきれない、もっと深い味わいがあります。
そして、彼の哲学を自分の人生に応用し、自分なりの「賢明な投資家・人生家」となっていただければ、これに勝る喜びはありません。
「人生とは、『お金』という煉瓦を『時間』というセメントで積み上げていく作業工程」。
邱永漢のこの言葉を、心の中に大切に持ちながら、皆様が豊かな人生を築き上げていかれることを、心から願っております。
参考文献
本記事の執筆にあたっては、以下の資料を参考にいたしました。
邱永漢の主要著書
- 邱永漢『香港』文藝春秋、1956年(直木賞受賞作)
- 邱永漢『金銭読本』東京新聞出版局、1958年
- 邱永漢『投資家読本』東京新聞出版局、1958年
- 邱永漢『株の発想 株式投資の実際』日本証券新聞社、1972年
- 邱永漢『金儲け未来学 5年さきの成功を約束する』徳間書店、1972年
- 邱永漢『邱永漢の海外投資の実際』産業能率短期大学出版部、1974年
- 邱永漢『私の金儲け自伝』徳間書店、1977年
- 邱永漢『変化こそチャンス この時代に儲ける発想』プレジデント社、1978年
- 邱永漢『邱永漢の商売入門』ごま書房、1984年
- 邱永漢『邱永漢の株入門』ごま書房、1983年(後に『株の原則 邱永漢の基本法則』として再刊)
- 邱永漢『金銭通は、人間通』PHP研究所、1985年
- 邱永漢『お金の貯まる人はここが違う』ごま書房、1985年
- 邱永漢『国際感覚をみがく法 私の海外投資術』日本経済新聞社、1985年
- 邱永漢『失敗の中にノウハウあり 金儲けの神様邱永漢が儲けそこなった話』グラフ社、1986年
- 邱永漢『金持ちのアキレス腱』日本経済新聞社、1992年
- 邱永漢『日本脱出のすすめ アジア的スケールでものを考えよう』PHP研究所、1993年
- 邱永漢『私は77歳で死にたい 逆算の人生計画』中経出版、1993年
- 邱永漢『原則がわかれば生き残れる 目から鱗のおちる邱永漢セオリー』グラフ社、1994年
- 邱永漢『チャイナリスクに賭ける 中国投資で成功する法』プレジデント社、1996年
- 邱永漢『Yenよ、いまが出稼ぎの時 アジアから日本を見れば』日本実業之日本社、1997年
- 邱永漢『一番悪い時が一番のチャンス』ごま書房、1998年
- 邱永漢『お金に愛される原則』PHP研究所、1999年
- 邱永漢『楽天家でなければ生きられない』PHP研究所、1999年
- 邱永漢『お金の原則 邱永漢の基本法則』光文社知恵の森文庫、2001年
- 邱永漢『損をして覚える株式投資』PHP新書、2003年
- 邱永漢・コンタロウ『邱永漢の中国株で儲けましょう──ハジメくんの中国投資考察団レポート』集英社インターナショナル、2005年
- 邱永漢『香港・濁水渓-増補版』中公文庫、2021年(解説:東山彰良)
- 邱永漢『わが青春の台湾 わが青春の香港』中公文庫(解説:黒川創)
シリーズ作品
- 『邱永漢自選集』全10巻
- 『邱永漢ベスト・シリーズ』全50巻、実業之日本社、1991-1998年
共著
- 邱永漢・唐津一『アジアの蜜は甘いぞ! 日本の経営と技術を活かす道』PHP研究所、1995年
- 邱永漢・糸井重里『お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ』PHP研究所、2001年
- 邱永漢・船井幸雄『なぜいま中国か 本当の付き合い方、商売の仕方』徳間書店、2002年
邱永漢の運営したウェブサイト
- 「もしもしQさんQさんよ」(邱永漢が晩年に運営したコラムサイト。読者の質問に答える形式で、お金・経済・人生についての知見を発信していた)
邱永漢に関する記事・解説
- Wikipedia「邱永漢」https://ja.wikipedia.org/wiki/邱永漢
- 文春写真館「『金儲けの神様』邱永漢は、『外国人初の直木賞作家』」https://books.bunshun.jp/articles/-/2755
- 日本経済新聞「邱永漢氏死去 88歳 『香港』で直木賞」2012年5月18日
- 久恒啓一「5月16日。邱永漢『人生とは、「お金」という煉瓦を「時間」というセメントで積み上げていく作業工程』」note記事
- 「邱永漢の名言『お金の原則』邱永漢:本ナビ」https://1book.biz/2022/10/13/kyu-eikan.html
- 「『株の原則』邱永漢:おすすめ本.com」https://osusumehon.com/stock-principles/
- 「邱永漢『お金の原則』要約・感想:おすすめ本.com」https://osusumehon.com/money-principles/
- 「株について(邱永漢):知は力:名言」https://chiwachikara.net/meigen/kabunituite/
- 直木賞のすべて「邱永漢」https://prizesworld.com/naoki/jugun/jugun34KE.htm
- 「不動産オーナー探訪記 第27話 Qビル」note記事
- アゴラ「王育徳と邱永漢、そして彼らにとっての台湾と香港」https://agora-web.jp/archives/2039790.html
- 「邱永漢さんこそ、既存の職業の枠から外れたノマドだった」http://blog.kuuki-yomi.com/2012/05/blog-post_19.html
- 「続・Qさんライブラリー邱永漢作品紹介」https://qlibrary.blog.jp/
関連する企業情報
- 株式会社邱永漢事務所(東京都渋谷区渋谷1-6-10 Qビル4F、1961年12月設立)
- 永漢日語(台湾・台北市にある邱永漢創設の日本語学校)
邱永漢思想を理解する上で関連する書籍
- ピーター・リンチ『One Up On Wall Street(株で勝つ)』
- ウォーレン・バフェット関連書籍(『バフェット 投資の王道』など)
- ベンジャミン・グレアム『賢明なる投資家』
- ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』
- ナシーム・ニコラス・タレブ『ブラック・スワン』
- 是川銀蔵『相場師一代』
著者からの一言
本記事は、邱永漢氏の数多くの著作と、関連する記事・資料をもとに、彼の投資哲学を体系的に整理することを試みたものです。
10万字を超える長文となりましたが、邱永漢氏の遺した知恵の豊かさを思えば、これでも到底すべてを語り尽くしたとは言えません。本記事が、読者の皆様が邱永漢氏の原著に当たるための、ささやかな入り口となれば幸いです。
なお、本記事における解釈や評価は、参考資料に基づきつつ、私自身の独自の視点も加えております。特に、邱永漢氏の思想を現代の行動経済学、ポートフォリオ理論、ESG投資といった文脈で位置付ける部分は、私の独自の見解です。
邱永漢氏の哲学を深く学びたい方は、ぜひ彼の原著、特に『株の原則』『お金の原則』『損をして覚える株式投資』の三冊から読み始めることをお勧めいたします。これらは、現在でも文庫本などで入手可能で、彼の思想の核心が凝縮されております。
最後に、邱永漢氏のご冥福を改めてお祈り申し上げますとともに、彼が遺してくれた知恵を、これからも大切に学び、活かしていきたいと思います。
本記事を、皆様の豊かな人生と賢明な投資判断のための、ささやかな道しるべとしていただければ、これに勝る喜びはございません。
ありがとうございました。
本記事の最終文字数:約16万字 作成日:2026年5月15日

